弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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○ 主文
原告の請求を棄却する。
ただし、昭和五一年一二月五日に行われた衆議院議員選挙の東京都第三区における
選挙は、違法である。
訴訟費用は、被告の負担とする。
○ 事実
一 原告は、「昭和五一年一二月五日に行われた衆議院議員選挙の東京都第三区に
おける選挙を無効とする。」との判決を求め、その請求の原因として別紙(一)、
請求原因の補充、被告の主張に対する反論として別紙(二)のとおり述べ、立証と
して甲第一号証を提出し、乙号各証の成立を認めた。
二 被告は、本案前の申立として、訴却下の判決を、本案に対する答弁として、請
求棄却の判決を求め、本案前の申立の理由として別紙(三)、請求原因に対する認
否及び主張として別紙(四)(五)のとおり述べ、立証として乙第一号証の一ない
し四を提出し、甲第一号証の成立を認めた。
別紙(一)請求原因
一 原告は、昭和五一年一二月五日に行われた衆議院議員選挙(以下「本件選挙」
という。)の東京都第三区における選挙の選挙人である。
二 さて、国会議員の選挙においては、どの選挙人の一票も他のそれと均等な価値
を与えられることが憲法第一四条第一項の要求するところであり、居住場所を異に
することによつて投票の価値に差別を設けることは、同項に違反すると解すべきで
あるところ、本件選挙は、公職選挙法(以下「公選法」という。)第一三条、別表
第一及び同法附則第七項ないし第九項による選挙区及び議員定数の定めによつて実
施されたものであるが、右規定による各選挙区間の議員一人あたりの有権者分布差
比率は最大三・五対一に及んでおり、これは、明らかに、なんらの合理的根拠に基
づかないで、住所(選挙区)のいかんにより一部の国民を不平等に取り扱つたもの
であるから、憲法第一四条第一項に違反し無効とされるべきである。
三 よつて、原告は、憲法第一四条第一項及び公選法第二〇四条の各規定に基づ
き、自らが選挙人である選挙区における本件選挙を無効とする旨の判決を求めるた
め本訴請求に及ぶ次第である。
別紙(二)請求原因の補充(原告準備書面)(被告の主張に対する反論)
原告準備書面(一)
第一、「代表の基礎」――人口比例の原則(註一)
一、現代における代表民主制は、「一人一票」の原則と「多数決」原理とを大前提
とする。したがつて、「投票の価値」の平等を憲法上の要請として承認する立場に
立つ限り、「代表」は論理必然的に「人口」に比例するものでなければならない。
けだし、そこに非人口的要素を加味することを許すならば、たとえその立論が選挙
制度の目標とされるべき「公正かつ効果的な代表」の確保という美衣を纏つたとし
ても、それは、所詮、マイノリテイ擁護論を議員定数配分に導入することとなり、
前記の大前提に背馳するにいたるからである。(註二)
要するに、実際政治における諸々の配慮は、これをマジヨリテイの過少代表、すな
わち人口比例の原則からの乖離の正当化に役立てることはできないというべきであ
る。
二、われわれは、議員定数配分をめぐる具体的な憲法論争が、右述の抽象的原則論
のみでは解決し難いものであることを承認するにやぶさかではない。けだし、「投
票の価値」の平等といい、また議員定数の「人口比例」の原則といつても、「制
度」として非目的的・非実践的なものが要求される道理はないからである。そこ
で、われわれは、選挙区別議員定数と人口との間の不均衡が、憲法第一四条第一項
との関連において、いかなる理由およびいかなる限度で容認され得べきかについて
検討を加えたい。
三、地域はもとより人口の点においても大小あるいくつかの選挙区の存在を前提と
する以上、各選挙区の人口がそれぞれ整数化を示すことは到底期待し得ない。した
がつて、議員定数配分にあたり、端数処理という技術的な理由から若干の不均衡が
選挙区別議員定数と人口との間に生ずること、すなわち「投票の価値」の不均衡が
生ずることは避け難い。
また、立法後当該選挙までの間における人口の移動変動に伴つて各選挙区別人口に
異動が生じ、もつて立法当時以上の不均衡がその間に発生することがあるのも見や
すいところである。
そして、このような事由は、いずれもここで論ずべき議員定数に係る不均衡を許容
し得るものとして何人もが異論をさしはさみ得ないものであろう。しかしながら、
その余の事由による不均衡の是認は、それが憲法所定の平等原則の保障を奪うに足
る価値あるものであることについてよほど強い正当性の証明なくしては、これを承
認することはできないといわなければならない。けだし、国民の選挙権と関係のな
い要素を重視することによつてその選挙権を実質的に制限する結果を是認すること
になるからである。(註三)
総じて、各選挙区間における「投票の価値」の平等が憲法第一四条第一項の一適用
であることを承認する限り、合理性ある理由に基く不平等はこれを容認すべきもの
であろう。しかしながら、選挙権、就中、国会議員選挙におけるそれは、主権在国
民のわが憲法下においては、国民にとつて最も重要な基本的権利の一つであるか
ら、選挙区別議員定数と人口との間の不均衡――「投票の価値」の不平等――はこ
れを許容し得るとしても、そのよつて生ずる理由は何人にも首肯されるべき真にや
むを得ないものでなければならないのみならず、その限度には自ら一定の限界が存
するものというべきであり、したがつて、その限度を超えた不均衡を是認する法令
は、その不均衡を生ぜしめた原因・理由のいかんを問わず、憲法の前記条項に違背
するものとして無効の評価を受けるべきものというべきである。(註四)
(註一)代表民主制の理論から厳密にいえば、人口ではなく選挙人口もしくは有権
者数というべきであるが、人口と選挙人口とはほぼ等しい比率を示すものとの前提
に立てば、ここでこの点を議論する実益はない。したがつて、以下の論述における
「人口」は「選挙人口」もしくは「有権者数」との厳格な区別の下に用いられたも
のではない。
(註二)代表におけるマイノリテイの問題は極めて重要であり、したがつて実際政
治においてマイノリテイの権益を擁護することに留意がなされるべきことはこれを
承認するにやぶさかではない。しかし、それは議員定数配分という選挙制度の枠内
においてではなく、その枠外で処理されるべきものである。
(註三)われわれは、「従来の選挙の実績や、選挙区としてのまとまり具合、市町
村その他の行政区画、面積の大小、人口密度、住民構成、交通事情、地理的状況等
諸般の要素」(最判大昭五一・四・一四)が選挙区割において考慮されるべきこと
には必ずしも異を唱えるものではない。
(註四)たとえ不可抗力によるにせよ、選挙の公正が著しく害されたと目される場
合には、その選挙を無効と断ずべきであり、このことは、選挙無効原因が、結局に
おいて、選挙の公正を担保し得ないまたはその虞れあることに帰着すべきことを示
すものであつて、「投票の価値」の不平等の問題もその一適用場面にすぎないとい
うべきであろう。
第二、違憲判断のための「基準」
一、われわれは、かつて、議員定数の不均衡の許容限度について、「その不均衡が
合理的理由に基くものであることの立証が果された場合において、かつ、『一人に
二人分以上のものを与えない』限度をもつて正当とされるべきであり、したがつて
これを超える不均衡を生ぜしめる場合には、その一事をもつて該選挙を無効と断じ
るに足る」旨を主張したことがある。(註一)
われわれは、今、これを次のとおり改めたいと思う。「一対一の平等を達成しよう
とする『誠実な努力』にもかかわらず、人口偏差を生ずることが不可避である場
合、またはその偏差について正当性が証明された場合にのみ、その人口偏差は許容
され得る。」
と。
二、この改説の理由は概ね以下に述べるとおりである。
「一人一票」の原則と「多数決」の原理とは、有権者各人の「人格」の平等と「価
値観の多様性」の承認との結びつきによつてはじめて現実的機能を発揮するにいた
るものと考えられる。
そして、かの米合衆国最高裁判所が定立した「実行可能な限り精密に」の基準(a
s nearly as practicable standard)も、恐ら
くは、このような理解に基くものと考えられる。
ところで、右の基準は、また、わが衆議院における議員定数配分にも妥当するもの
と解すべきところ、それはいかなる数量的または比率上の偏差をも許容限界を示す
ものとしてはこれを認めないものであること明らかである。
今、かりに、議員定数不均衡の許容限度として二対一という比率基準を承認すると
するならば、それは「限りなく一対一に近づけようとする努力」に代えて、いかに
すれば二対一の基準内の議員定数配分が可能となるかを追及する努力を生む結果を
生ずるにいたるのであろう。かくして、憲法上立法府に対して要請される「限りな
く一対一に近づける」立法努力の放棄につながる「二対一」基準説はこの点だけで
すでにこれを維持することができない(註一)
三、そこで、われわれは、「投票の価値」に存する歪みを測定するいくつかの係数
の利用を更めて提唱する。
(A) 有権者分布差最大比率(註二)選挙区別に議員一人当りの有権者数(人
口)を算出し、
その最大値とその最小値との比率
(B) 議員一人当りの平均有権者数からの平均偏差(註三)
有権者総数(総人口)を議員総定数で除して得られる議員一人当りの平均有権者数
からの平均偏差
(C) 過半数議員の選出に要する最少有権者数の有権者総数百分率(註四)
選挙区別の議員一人当りの有権者数(人口)の大きい順に、議員定数の累計が議員
総定数の過半数に満つるまで、順次に累計したものの有権者総数(総人口)に占め
る百分率
なお、右(A)、(B)、(C)の三係数のほか、若干の補助係数が参考に供され
るべき場合がある。例えば、(B)係数の算出過程において算出されるものとし
て、議員一人当りの平均有権者数からの偏差の上限値(プラス偏差中の最大値)お
よび同下限値(マイナス偏差中の最小値)などがそれである。
(註一)芦部信喜「議員定数配分規定違憲判決の意義と問題点」ジユリスト六一七
号四四頁参照。
(註二)「二対一」を超える偏差を正当化し得る事由を予め想定することは困難で
あるから、この改説によつて「二対一」基準説の長所が矯められることにはならな
いと考えられる。
(註三)これは、「二対一」基準説における「二対一」のように、通常、「何対
一」という形で示される最もポピユラーな係数である。
(註四)この数値が大きいほど「歪」みも大きいと考えてよい。
(註五)これは、マジヨリテイ・コントロールという観点から有用なものである。
第三、本件選挙の「実態分析」
一、われわれは、本件選挙(昭和五一年一二月五日執行の衆議員議員総選挙を指
す。)の実態分析によつて前記の各係数を算出し、これによつて「投票の価値」に
存した歪みの程度を検証するため、自治省選挙部発表の「結果調」(甲第一号証)
を用いて別紙第三表を得た。(なお、右表においては、議員一人当りの有権者数の
小さい選挙区から順次に大きいそれへと配列してある。)
そして、前記の各係数を示すと次のとおりとなる。
(A) 有権者分布差最大比率 三・五〇対一
(整理番号一 「兵庫五」と同一三〇「千葉四」の各議員一人当りの有権者数八
〇、四〇四・三三と二八一、〇八二・三三との比)
(B) 議員一人当りの平均有権者数からの平均偏差 二六・二六%
(議員一人当りの有権者数の平均値からの偏差の絶対値の総和三、四一四・一一を
選挙区総数一三〇にて除す。

(C) 過半数議員の選出に要した最小有権者数の有権者総数百分率 三七・九六

(整理番号の若い順に議員定数を累積加算すると整理番号一「兵庫五」ないし同六
五「滋賀」にて二五四となり、その有権者累計は二九、三〇四、二七五となるが、
議員総定数五一一の最小過半数二六六に達せしめるため次位の整理番号六六「京都
一」の議員定数五のうち二を加算して議員定数累計を二五六とし、これに見合う有
権者数として同区の有権者数六九四、九一四の五分の二に相当する二七七、一三
五・二を前記有権者数累計に加算すると二九、五八一、四一〇・二となる。これの
有権者総数七七、九二六、五八八に対する百分率)
二、さて、わが衆議院議員総選挙は、昭和二二年の法改正によつて戦前の三ないし
五名の所謂中選挙区制に復帰した。そこでは選挙区数一一七、議員定数四六六とさ
れたが、現行の公職選挙法(昭和二五年四月一五日法律第一〇〇号)別表第一はこ
れをそのまま継承した。
そして、その間に行われた第二三回(昭和二二年四月二五日執行)ないし第二六回
(昭和二八年四月一九日執行)の四選挙では選挙区数、議員定数に変動なく、第二
七回(昭和三〇年二月二七日執行)ないし第三〇回(昭和三八年一一月二一日執
行)の四選挙では選挙区数、議員定数ともに一ずつ増、第三一回(昭和四二年一月
二九日執行)および第三二回(昭和四四年一二月二七日執行)の二選挙では選挙区
数一二三、議員定数四八六、第三三回選挙(昭和四七年一二月一〇日執行)では選
挙区数一二四、議員定数四九一、さらに第三四回の本件選挙では選挙区数一三〇、
議員定数五一一であつた。
三、そこで、われわれは第二三回総選挙および第三三回総選挙の二つを選んで本件
選挙結果につき施した手法に基いて実態分析を試みたところ、前者について別紙第
一表を、後者について別紙第二表を得たので、前記に倣つて諸係数を算出してみ
る。
(なお、第二三回総選挙が中選挙区制による戦後最初のもの、第三三回総選挙がさ
きに議員定数配分規定の違憲判決を呼んだものであることはいうまでもない。

(一) 第二三回衆議院議員総選挙の結果
(A) 有権者分布差最大比率 一・六四対一
(B) 議員一人当りの平均有権者数からの平均偏差 八・三二%
(C) 過半数議員の選出に要した最小有権者数の有権者総数百分率 四六・二〇

(二) 第三三回衆議院議員総選挙の結果
(A) 有権者分布差最大比率 四・九九対一
(B) 議員一人当りの平均有権者数からの平均偏差 二九・一四%
(C) 過半数議員の選出に要した最小有権者数の有権者総数百分率 三六・六二

四、第二三、三三、三四回の三選挙結果を対比するとき、われわれは何を想い、何
を感ずべきであろうか。
いま、かりに係数(A)につき一・六七対一を超えない範囲、係数(B)につき一
〇%を超えない範囲、係数(C)につき四五%を下らない範囲という目安をたてた
場合(註一)、その範囲内にあるのは第二三回総選挙の結果のみである。(なお、
別紙第四表を参照されたい。)
第二次大戦はわが国に民主制をもたらした。そして第二三回総選挙はその直後に行
われたものである。われわれは、その選挙結果を生んだ議員定数配分規定から窺え
る当時の立法者の意気込みに新生民主制の息吹きを感ぜずにはおられない。
昭和三九年二月の時点においてすら、人口に比例する議員定数配分が「法の下の平
等の憲法の原則からいつて望ましいところである」(最判民集一八巻二号二七〇
頁)としか説かれなかつた時代背景から推して、その感は一入である。
ましてや、社会の進化、平等観念の滲透により「投票の価値」の平等が憲法上の要
請と解されるにいたつた現今において、第三三回総選挙の結果を生んだ議員定数配
分規定が違憲の判断を受けた(註二)のは、しかく当然といつてよい。
しからば、本件選挙の結果はどうであろうか。本件選挙がすでに最高裁判所大法廷
による違憲判断が確定した議員定数配分規定について昭和五〇年法律第六三号によ
る公職選挙法の改正を経た新規定(以下、本件議員定数配分規定という。)に基い
て行われたものであることは公知のところである。
そして、その改正作業に用いられた議員定数配分の方式および基準そのものに多大
の欠陥が認められ、そのため本件議員定数配分規定はいまだ憲法の要請に適合する
にいたつていないというべきである。
また、かりにそうでないとしても、
本件議員定数配分規定が「投票の価値」に不平等をもたらした事実は明白であるか
ら、その是認されるべき合理的根拠が被告において主張立証されない以上、前同断
の評価に服すべきものである。
よつて、違憲の法令に基いて行われた本件選挙が無効とされるべきことは当然であ
る。
(註一)この目安はもとより論理的帰結として提唱されたものではないが、ある程
度の合理性をもつものと認められる。
(註二)最判民集三〇巻三号二二三頁
原告準備書面 (二)
第一 昭和五〇年法律第六三号による議員定数配分規定改訂の経緯とその実態
昭和五〇年法律第六三号による本件議員定数配分規定の改訂について、われわれは
すでにそこに用いられた方法および基準そのものに多大の欠陥が存することを指摘
したが、被告はその独自の見解に基き縷々陳弁する。
そこでわれわれは、国会におけるその改訂作業の一端を述べてその実態を明らかに
する。
一 その改訂作業は、昭和四五年施行の国勢調査の結果に基く人口を基礎とし、議
員定数に減員なし、人口比は上下三倍以内とするということで開始された。したが
つて、議員一人当りの人口が全国中最少である兵庫五区のそれである一一二、七〇
一に対し、その三倍に当る三三八、一〇三を超える選挙区が是正対象とされた。
それによると、議員一人当りの人口が三三六、一二一である愛知六区は是正対象か
ら除外されるのであるが、某党(前回総選挙において同区の欠点者を出した政党)
の提唱で、前記一一二、七〇一を一一二、〇〇〇と置き換え、その三倍に当る三三
六、〇〇〇を超えるとして右区を是正対象に加えた。(同区の議員定数は三、人口
は一、〇〇八、三六三であつて議員一人当りの人口は三三六、一二一であるから、
僅か一二一、百分率で〇・一パーセントの差で議員定数を一つ増やしたことにな
る。)
こうなると、他の選挙区についても右某党だけでなく他の政党からも、この際に、
という欲望が絡み、
同じ上下三倍偏差でも基準を議員一人当りの平均人口である二一三、一六七(総人
口一〇四、六六五、一七一を議員総定数四九一で除した数)の二分の一偏差による
上下三倍偏差に代置して神奈川三区と兵庫一区をも是正区に追加し、さらに、右二
一三、一六七を二一三、〇〇〇に置き換えることによつて神奈川一区の増員幅を
〇・五パーセントの差(註一)で二名から三名に押し上げ、結局、合計二〇名増と
したものである。(註二)
二 さて、右に述べたところは前記の改訂作業内容の一端にすぎないが、われわれ
は「山賊の山分け」もどきと評するに何らの躊躇すら感じないその実態について更
に書き続ける勇気を持ちあわせていないし、それはまた本書面の主旨にも悖る。
思うに、議員総定数、議員配分の策定に関して右作業実態に見た不定見を嘆くよ
り、被告のいう「立法府の裁量権限」とか、「公正かつ効果的な代表制度」、最高
裁判所大法廷のいう「政策的配慮」に該当する事実が本件改訂において具体的に何
を指すか、それと右実態とはいかなる関連において憲法論争上の争点たり得るのか
の検討こそが焦眉の急である。
(註一)二一三、一六七であれば、二分の一偏差の上限は三一九、七五〇となり、
神奈川一区の定数五、人口二、二三八、二六四は二名増でよいが、二一三、〇〇〇
であれば、三名増とせざるを得ないことになる。
(註二)この間の事情については、藤田博昭「日本の選挙区制」(東洋経済新報
社)一九八頁以下に詳しい。
第二 諸外国に見る議員定数配分規定とその運用
一 かつてわが国では、人口三万人以上の市を独立区としてこれに議員一人を配分
し、この市独立区を除く他の地域につき府県を一選挙区として人口一三万人に議員
一人を配分する大選挙区制が採用されたことがある。(明治三三年法律第七三号)
(註一)
天皇制下における藩閥官僚勢力が農村地盤の政党勢力を弱める目的をもつて行なつ
たとされるこの政治的配分が現時の代表民主制下においては到底認容され得ないも
のであることには恐らく何らの異論もなかろう。
しからば、人口比を「三対一」の限度まで許容し得るとする論拠をわが憲法に求め
ることは可能であろうか。思うに、その答は断じて「否」でなければならない。
今、諸外国の実例を概観しながらそれを論証しよう。(註二)
二 わが国の衆議院議員に相当する議員の定数配分方法についてベルギー、イタリ
ア、
スウエーデン、カナダ等では、「最大剰余方式」(註三)が採られ、スイス、オー
ストラリア等では、「過半数剰余方式」(註四)が採用されている。(註五)
ア メリカでは、自動再配分法によつて均等比例方式が採られているが、これは総
人口と各州人口との比による配分ではなく、各州の過去一〇年毎の割当定数の幾何
平均値で各州の人口を除して得た商を基礎として定めるもので(配当基礎数は総定
数四三五から各州宛一を控除した三八五である。)、州への配分定数は過半数剰余
方式によるものに比してより精密な比例配分となつている。
(註六)
イ ギリスでは、「可能な限り選挙基準数(有権者数を選挙区数で除した商)に近
づけなければならない。」と定められている。
(註七)
西ドイツでは、人口偏差についての具体的な数値による限界基準が定められてい
る。すなわち、連邦選挙法(一九七五年九月一日改訂公示)第三条第二項第二号に
「一選挙区の人口数は、選挙区の平均人口数から二五パーセントを超えて上下に偏
差を生じてはならず、もしその偏差が三三と三分の一(331/3パーセントを超
えるときは、新たな区割を行なうものとする。」と規定されているのがそれであ
る。
これによれば、上限と下限の比が「二対一」を超えない限り再区割の必要は生じな
いことになるが、実際には、二五パーセント、つまり四分の一偏差の範囲内(上下
の比は一・六七対一の範囲内ということになる。)での運用がなされている。(註
八)
イ ギリス、カナダ、ニユージーランド等では、原則として偏差を認めず、各選挙
区の人口は配当基数に一致させなければならないとされている。
また、各州の選挙区間の人口偏差の限界が、大部分の州において、上下各一パーセ
ント以内という徹底した議員定数配分の運用がなされているのはアメリカである
が、これについては後述する。
(註一)衆議院議員の定数配分規定の変遷については、杣正夫「公職選挙法別表の
法的性格と問題点」(公法研究第二三号)参照。
(註二)以下、諸外国の実例については、前掲藤田「日本の選挙区制」一七六頁以
下参照。
(註三、四)配当基数にて除して得た商の小数点部分に残余定数を配当する際に、
その剰余の大なるものから順次に一議席ずつ追加配当する方式を「最大剰余方式」
といい、過半数に達した剰余に無条件で一議席を追加する方式を「過半数剰余方
式」という。
(註五)ベルギー国憲法第四九条第二項、イタリア共和国憲法第五六条第四項、ス
ウエーデン王国憲法第一五条第二項、カナダ国憲法第五一条第二項、スイス連邦憲
法第七二条、オーストラリア連邦憲法第二四条第二項各参照。
(註六)全国選挙管理委員会「アメリカ合衆国選挙制度視察報告書」(昭和二七年
三月)六五頁以下参照。
(註七)同国議席再配分法附表第二議席再配分規則第五項参照。
(註八)第四次選挙制度審議会資料「西ドイツ総選挙等の調査報告書」五一頁参
照。
第三 最高裁裁大法廷判決(昭五一・四・一四)の問題点と本件の帰趨
一 右に見たところから明らかなとおり、「人口比四倍、五倍」が放置されたり、
「この程度では立法政策の当否の問題に止り」(最高裁大法廷昭和三九年二月五日
判決)などと論じられたり、はたまた「三倍以内に」という審議が立法府で罷通る
などという国はわが国を措いてはすでに存在しない。
諸外国に共通しているところは、定数配分問題は定数配分かぎりのものとし、そこ
には政治問題を介入させない努力と工夫がなされていることおよび正に「一枚の紙
を剥がして二枚にする」作業が理論面だけではなく、現実に実践されていることで
ある。ラウンド・ナンバーや切上げ数値によつては混乱は必至であつて、そこに政
治の介入を許す余地を生ずることが充分に考慮されているのである。(註一)
二 われわれは、ここで諸外国に見た厳格な人口偏差基準の設定と運用が何に基づ
くものであるかについて深思すべきである。
思うに、議員定数配分問題はすぐれて憲法上の問題である。それは代表民主制の根
幹に直接係わるものであるから、その国の憲法に特段の規定が存在しない限り、議
員定数配分における人口偏差の限界基準は著しく厳格なものでなければならず、現
に、他の代表民主制国家の現状はそれを如実に示しているのである。
更にいえば、厳格な人口比例の原則が憲法に明記されているか否かはもとよりのこ
と、法の下の平等に関する明文規定の存否すら問題の帰趨に何らの影響も及ぼさな
いほどに、それは代表民主制国家の存立にとつて根本問題なのである。
三 わが最高裁判所大法廷は、「・・・・・・選挙権の内容、すなわち各選挙人の
投票の価値の平等もまた、憲法の要求するところであると解するのが相当であ
る。」としながら、「投票価値の平等は、・・・・・・原則として、
国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由との関連において調
和的に実現されるべきものと解さなければならない。」と説いた。(昭和五一年四
月一四日判決)
右にいう「投票価値の平等の調和的な実現」とは果して何を意味するのであろう
か。投票の価値、すなわち本件で論ずべき議員定数配分における人口偏差の問題に
は実践的技術面での処理が残されているにすぎないのではなかろうか。
しかもなお、「従来の選挙の実績や選挙区としてのまとまり具合、市町村その他の
行政区画、面積の大小、人口密度、住民構成、交通事情、地理的状況等の諸般の要
素」(前記判決)への配慮が議員定数配分規定の憲法適否をめぐる本件の論議にお
いて不可欠のものであるというのであれば、われわれはそれに対してかのカークパ
トリツク対プレイスラー事件についての米合衆国最高裁判所判決(註二)の説くと
ころをここに援用しよう。そこに示されている偏差基準と現代の代表民主制に対す
る深い認識は必ずや本件請求を理由あらしめるにいたるであろう。
(註一)例えば、オーストラリアでは、配当基数の算出および配当に用いる数値は
小数点三位まで求めて同四位以下を切捨てるよう規定されている。(同国下院議員
選挙法第五条第二、三項)
(註二)kirkpatric v.preisler、394 U.S.526
(1968).
被告の本案前の申立に対する原告の反論
所謂統治行為論とか立法裁量論とかによる司法判断の回避は、国民代表から成る議
会(立法府)の判断を最優先にて尊重するという民主政治の原理に支えられ得る問
題についてのみ認められるべきものと解される。
それ故に、本件のごとく、「政治の過程」、したがつて「民主政治」の原理を働か
せることのできない事案について司法判断の回避を叫ぶことは無意味と評せざるを
得ない。
さらに思うに、「立法府の施す医術によつては癒すことのできない病」とすらいわ
れる議員定数不均衡事案について、裁判所が、人口比例という規範的原則の確認を
通じて、積極的な役割を果すべきことは、わが憲法政治において司法府に課された
重大な責務の一つと解さなければならない。
別紙(三)被告の本案前の申立の理由
一 本件における選挙人の投票価値の不平等とは要するに選挙区別定数の不均衡を
さしており、選挙区別定数をどうするかは、単なる数字の操作の問題ではなく、政
治のあり方を規定し、政治の根幹に関わるものであつて、それは常に政党並びに国
民の真摯な関心事であり、高度の政治問題として立法府が自ら解決すべき筋合の問
題であつて、憲法上も立法府にその解決が委ねられており、その上、司法はその可
否を審査するに必要な明確な判断基準を当然持ち合せていないとともにそのために
必要な諸資料も持ち合せていないから、かかる訴は司法審査になじまないものとし
て却下されなければならない。
1 憲法第八一条は具体的訴訟事件につき裁判所に違憲立法審査権を認めている
が、三権分立が憲法の原則である以上その審査権には自づから限界があり、立法府
自らの解決が要請される高度の政治問題については立法府の専権事項として司法判
断が不適合とされている。この点については既にいわゆる砂川判決等において判例
上も認められているところである。
2 憲法第一五条、同第四一条乃至第四四条及び同第四七条は国会議員の定数、選
挙人並びに被選挙人の資格、選挙区及び投票の方法等選挙制度に関することはすべ
て法律の定めによるとし、選挙権被選挙権の資格につき人種、信条、性別、社会的
身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならないと規定しているにと
どまり、選挙権の内容につき特段の定めをしてはいない。
3 勿論憲法第一四条に基づく平等条項が存在し、選挙権等についても基本的には
その平等な行使が法律上認められねばならないが、選挙制度は、国の政治の根幹に
関わる問題なので、政局の安定をはかりながら、しかも少数意見をも国政に適正に
反映せしめ得るような代表制度を、その国民を代表する国会議員によつて確立させ
ることとした方がより望ましいため、選挙制度全般を立法府の裁量権限としたもの
である。従つて、各政党間の利害が最も厳しく対立するところでもあるけれども、
国会は、右憲法の要請に応え複雑な諸要素を総合調整し公正かつ効果的な代表制度
を定めなければならないことはいうまでもない。
4 現行の公選法の規定も右の趣旨をふまえ国会において総合的調整の結果定めら
れているものと考えられ、単なる数字的格差のみを原因として安易に改正すること
は適当でなく、また現実問題として政党間の利害対立により一朝一夕に改正が行わ
れうることは考えられない。従つて選挙制度の改正は、一定の年月をかけて慎重な
検討を行い諸要素を総合的に調整しながら漸進的な解決を図ることが現実的に最も
妥当な方策というべく、その違憲性を云々すべき筋合のものではない。
また立法府にその解決が委ねられている事項につき仮に裁判所が違憲判断をなし得
るとしても、その為には少くとも裁判所にその判断の為の明確な基準が存し、かつ
その判断に適合する実効性が保障されているという要件が充足される場合に限られ
るものと考える。本件の如き選挙区別定数の不均衡の是正は上述した如く憲法上立
法府にその解決が委ねられており、仮に裁判所がその是非を判断し得るとしても裁
判所はその違憲の限界を示す明確な基準を持ち合せておらず、その上違憲として選
挙を無効としてみたところで新たな立法措置が講じられない限りその是正は不可能
なことである。前記のように、選挙制度の改正には国会における相当長期の慎重な
審議が必要であることを仮に考慮しないとしても、現実問題として現在の如く与野
党間の議員数の接近した段階に於ては、定数是正の内容如何がその努力関係に直ち
に反映するのであつて、従つて、かかる政党間の厳しい対立状態を想定した場合、
裁判所の意向を酌んで国会により直ちに定数改正がなされると期待することはむし
ろ幻想に近く、折角の裁判所による選挙無効の判断も、単なる宣言効にとどまり、
その是正の為には全く効果がなく、かえつて選挙の無効を宣言した結果本来定数不
足として増員が認められるべき選挙区につきその代表を失わしめるという結果が招
来され、かくなつてはかかる請求を認めた意義が全く没却されてしまうのであつ
て、この点から考えても、本件の如き請求は司法審査不適合というほかはない。
5 要するに本件の如き請求については、司法判断を自制してこそ司法に対する国
民の信頼が確立されていくものである。
二 本件訴訟は訴状で明かな如く公選法第二〇四条を根拠とする選挙無効の訴であ
り、その主張の骨子は、昭和五一年一二月五日に行われた衆議院議員選挙は公選法
別表第一及び同法附則第七項乃至第九項による選挙区及び議員定数の定めに従つて
実施されたが、右による選挙区別定数は憲法第一四条第一項に反し違憲であるか
ら、右選挙は無効である、というものであり、右以外には選挙無効事由を主張して
いない。ところで、公選法第二〇四条の訴はいわゆる民衆訴訟に属し、法律の定め
により初めて訴の提起が認められるものであり、右訴訟は公選法に基づき施行され
た選挙の管理執行上瑕疵があつた場合これを無効とし、当該選挙管理委員会をして
早期に適正な再選挙を実施せしめ、もつて選挙の自由と公正を確保せんとするため
特に法により認められた制度であつて、本件の訴のようにたとえ選挙を無効とし再
選挙を実施しても、その瑕疵を是正できないような、およそ被告選挙管理委員会で
はその瑕疵の是正ができないような事由による訴訟までを許容する趣旨で制定され
た規定ではない。従つて、右第二〇四条に不適合の訴は却下を免れないものであ
る。ところで、原告らの選挙無効事由は前述した如く公選法別表第一自体を違憲と
するものであり、選挙管理委員会の権限をもつてしてはその是正が全く不可能なこ
とをその無効事由としており、そのことはその主張自体に徴し明白であるから、公
選法第二〇四条に不適合な訴というほかなく、本件訴は、不適法な訴として却下を
免れない。
また本件のような訴は本来公選法第二〇四条の訴に該当しないが、国権行為により
侵害された国民の政治的権利の回復を求めているものであるから基本的人権にかか
わる問題として極力その救済が考えられねばならず、他に適当な救済方法が見当ら
ない現状においては右第二〇四条を拡張解釈して司法判断の対象とすべしとの学説
判例がある。しかしながら被告は次の理由により右見解には賛同できない。
司法は本来具体的権利義務に関する紛争の解決を目的としているものであつて、あ
らゆる紛争をすべて救済する万能の制度ではなく、民衆訴訟の如きは法の制定によ
り初めてその救済が認められ、しかもそれがその法により司法の権限とされたとき
初めて司法に属せしめられるに至るにすぎないから、裁判所はその制定法の要件の
範囲内で裁判権を有するものといわなければならない。従つて、政治的権利も基本
的人権に関わるとして民衆訴訟を不当に拡張解釈することはその制定法の精神に反
するものであり、当事者の厳につつしまなければならないところである。
また、更に本件のような事態は立法当時予想していなかつたから適当な救済立法が
存在しない現状では右第二〇四条を拡張解釈することが許されるという見解があ
る。しかしながら立法当時予想していたか否か等の論議は法の制定により初めて認
められる民衆訴訟には全く無縁なことというべく、そのような論議より現に救済手
段が存在していないこと自体にそれなりの正当な理由が存在していることを知らな
ければならない。即ち、本件の如き事案につき救済制度が存在しないのは、選挙権
は政治的権利のひとつではあろうがその内容は選挙区、議員定数等の選挙制度の在
り方によつて種々異なることが考えられ、その如何は現在並びに将来の国政のあり
方に重大な影響を及ぼすものであつて、もともと憲法上政治の分野において決着を
みることが要請されており、具体的な権利義務の紛争の解決を目的とする司法判断
の対象たるには本質的に適しないが故に、救済規定が存在しないのである。要は、
司法の効果的運営とそれに対する国民の信頼を保つ第一の方途は司法救済の限界を
明らかにすることにあるのではなかろうか。
別紙(四)請求原因に対する被告の認否
一 請求原因一は認める。
二 同二、三のうち、本件選挙が原告主張の法律に基づき実施されたことは認める
が、本件選挙が憲法に違反し、無効であるとの主張は、別紙(五)の被告の主張の
とおり争う。
別紙(五)本案についての被告の主張
一 本件総選挙は昭和五〇年法第六三号により改正された別表第一及び同附則第七
項乃至第九項に基き施行されたものであるから定数の不均衡に違憲性はなく選挙の
規定違反は存在しない。
1 本件の如き選挙区別定数の不均衡の是正問題は司法審査になじまないものであ
ることは前述した如くであるが、仮にしからずとしても前記憲法の諸規定に徴しこ
れら選挙制度の決定につき立法府に幅広い裁量権が存するということには何人も異
論のないところである。立法府が国民の代表にふさわしい公正かつ効果的代表制度
選択の裁量に際し、選挙権の平等について他の政策的目的ないし理由との関連にお
いて調和を図つている限り各選挙区別定数と人口との間に不均衡が存在していると
しても右不均衡は立法府の合理的裁量権の範囲内に属するものとして相当であり、
違憲ということはできない。
2 そもそも選挙権(投票権)の平等とは選挙権行使の平等をもつて足り、投票の
結果価値の平等までをも憲法が直接要請しているものとは解し難い。何故かなら若
し憲法が結果、価値の平等までも要請しているとすれば、それは理論上完全拘束式
比例代表制度に到達せざるを得ず、現に実施されている中選挙区単記投票制自体の
違憲性が問題となつてしまうことになろう。何故かなら、現行の中選挙区単記投票
制においては落選者に投票した選挙人の投票は無価値となり、その投票意思は国会
に反映しないこととなる。又選挙区間の投票価値の較差は当該選挙における棄権者
を除いた投票者の数で判断しなければ正確とはいえないであろう。要するに憲法が
選挙制度を立法府の専権とした趣旨は比例代表か少数代表か将亦多数代表か等々そ
の一切の当否を含む選挙制度の選択につき立法府の判断にかからしめ、その結果、
形式上投票の結果価値に多少の差異が存することとなつたとしても、立法府が公正
かつ効果的代表制度としての諸目的との総合の結果、選挙権(投票権)の内容を確
定したものとすれば、右は立法府の合理的裁量の範囲内のものとして違憲などと問
題にすべき筋合のものではない。
二 本件選挙に関し別表第一に違憲性はないし、その他本件選挙を無効とするいわ
れもない。
1 一旦公正かつ効果的な代表制度として制定をみた選挙区並びにその選挙区別定
数配分が、その後都市部への人口移動という主要因に基づきその選挙区間の定数に
不均衡が増大し、このため立法府においてこの較差是正を目的とする法改正措置を
とり、この結果、不均衡の幅が是正されている限り、元来抜本的改正とするか漸次
的改正とするか、その方法に関し立法府に裁量権が存する以上、右改正は立法府の
合理的裁量権の範囲内のものとして、裁判所といえどもその内容に立ち入り、違憲
の有無を判断しえないものといわなければならない。この点に関しては、既に最高
裁判所昭和五一年四月一四日大法廷判決で明らかにされているところである。即
ち、「人口の異動は不断に生じ、したがつて選挙区における人口数と議員定数との
比率も絶えず変動するのに対し、選挙区割と議員定数の配分を頻繁に変更すること
は必ずしも実際的ではなく、また相当でもないことを考えると、右事情によつて具
体的な比率の偏差が選挙権の平等の要求に反する程度となつたとしても、これによ
つて直ちに当該議員定数配分規定を憲法違反とすべきものではなく、人口の変動の
状態をも考慮して合理的期間内における是正が憲法上要求されていると考えるのに
それが行われない場合に始めて憲法違反と断ぜられるべきものと解するのが相当で
ある。」と。
ところで、本件選挙は以下に記す如く、昭和三九年改正後、定数に関し何等の是正
措置がなされなかつたところ、昭和四五年国勢調査の結果不均衡が一部選挙区で甚
しいことが明らかとなつたので、その不均衡是正を目的とする改正(昭和五〇年法
第六三号)がなされ、その改正法に基づく第一回選挙であるから、選挙区間の定数
にある程度の偏差があるとしても、これをもつて違憲と断ずべきいわれはなく、ま
して選挙無効となる理はない。
2 昭和五〇年法第六三号による改正の経過
(1) 昭和三九年の法改正は十九人を増員し、その結果、最高と最低の選挙区間
の較差がそれまでの三・二一倍から二・一九倍に縮小された。
(2) 昭和三九年の改正以後定数の改正がなされず、その不均衡が問題とされて
きたが、昭和四五年国勢調査の結果、その人口偏差が著しく大きくなつていること
が明らかとなつた。(一対四・八三倍)
(3) その主な原因は都市及びその周辺への人口集中の結果とみられ、定数是正
が現実的政治課題となり、各党間の長い折衝の末、昭和四九年に至り衆議院公職選
挙法改正に関する調査特別委員会が衆議院に設置され、衆議院議員の定数是正が真
剣に検討されることになつた。
(4) 昭和五〇年三月二〇日右特別委員会内に設けられた小委員会において、自
民、社会、公明、民社、共産の五党一致で定数を二〇名増員し選挙区別定数の不均
衡を是正するが減員ぱせず、過少選挙区にこれを振りあて六人以上となる選挙区は
分区し、分区については人口比、自然条件を勘案し、従来の選挙区域を尊重し自治
省に試案を作成せしめることとなつた。
(5) 政府は各党の意見並びに世論の動向に徴し右五党案が適切と判断し、これ
を政府案として提出し、ただ分区については国会に一任する方針をとつた。
(6) 分割については、(1)分割により設定される関係選挙区の国勢調査人口
及び将来人口がなるべく均衡のとれたものとなるようにすること(2)行政区域を
尊重し、この区域を分割することとならないようにすること(3)分割後の選挙区
の地域がそれぞれ地勢、交通、産業、行政的沿革等の諸般の事情を考慮して合理的
なものとなるようにすること(4)分割後の選挙区の地域がそれぞれ拠点を中心と
して地域的なまとまりを示すこととなる等社会的経済的観点からも地域的一体性を
保持することとなるよう配慮することの四基準を基本として国会において決定をみ
たこと。
(7) 国会において分区が決定され(五〇年七月三日)法第六三号として昭和五
〇年七月一五日公布され、次の総選挙から施行されることとなつた。
3 右法第六三号による定数是正の結果は左記のとおりであり、不均衡の限度は最
大と最小の差二・九、平均値からの較差はほぼ〇・五どまりとなり、較差の縮小に
著しい効果をもたらしたものというべく、仮に改正前の定数の不均衡にして違憲性
を帯びるものがあつたとしても、右改正の結果、衆議院議員の選挙区別定数の違憲
性は右改正時点で解消されたものといわなければならない。
(改正前)
昭和四五年国勢調査人口による全国平均議員一人当り人口 二一三、一六七
同 最高議員一人当り人口(選挙区・大阪府第三区) 五四五、一三六
同 最低議員一人当り人口(選挙区・兵庫県第五区) 一一二、七〇一
平均議員一人当り人口と最高議員一人当り人口の較差 二・五六(四捨五入)
平均議員一人当り人口と最低議員一人当り人口の較差 〇・五三(四捨五入)
(改正後)
昭和四五年国勢調査人口による全国平均議員一人当り人口 二〇四、八二四
同 最高議員一人当り人口(選挙区・東京都第七区) 三二九、一九九
同 最低議員一人当り人口(選挙区・兵庫県第五区) 一一二、七〇一
平均議員一人当り人口と最高議員一人当り人口の較差 一・六一 (四捨五入)
平均議員一人当り人口と最低議員一人当り人口の較差 〇・五五(四捨五入)
(注)昭和四五年国勢調査人口一〇四、六六五、一七一人、改正前議員定数四九一
(含沖縄)、改正後議員定数五一一。
4 昭和五〇年一〇月の国勢調査の結果によればその後の人口異動により選挙区別
議員一人当り人口数の較差がやや拡大していることは否定できないけれども、右国
勢調査実施は五〇年七月の前記法第六三号による改正後のことであり、かつ該改正
は法のうち定数にかかる部分は「次の総選挙」より施行することとされていたの
で、「次の総選挙」の前に再度、改正を行うことは法的安定の確保という観点から
も適当ではなく、またこのような短期間における再改正など現実的には不可能であ
ることはいうまでもない。「次の選挙」に該当した本件総選挙は昭和五一年一二月
九日衆議院議員の任期満了に伴い同年一二月五日施行されたものであるが、国勢調
査による「世帯名簿による全国市区町村別人口」の全てが公表されたのは昭和五一
年四月一五日であるので、国勢調査の結果が判明してから右選挙公示まで僅か七か
月程度の短期間しか存しなかつたものである。従つて右期間中の改正は不可能のこ
とに属し、合理的期間内に改正しなかつたとはいい難いから、本件選挙に関し右別
表第一に違憲性はないし、本件選挙を無効とするいわれもない。
○ 理由
一 本件訴の適法性についての判断
原告が、昭和五一年一二月五日に行われた衆議院議員選挙の東京都第三区における
選挙人であつたことは当事者間に争いがない。
原告は、右の本件選挙における各選挙区間の議員一人当りの有権者分布差比率が、
最大三・五〇対一に及んでおり、これは明らかに、なんらの合理的理由に基づかな
いで、住所(選挙区)のいかんにより一部の国民を不平等に取り扱つたものである
から、憲法第一四条第一項に違反するとして、本訴を公職選挙法(以下「公選法」
という。)第二〇四条に基づく選挙無効訴訟として提起しているものであるとこ
ろ、本訴が同条所定の三〇日以内である昭和五二年一月四日に当裁判所に提起され
たものであることは本件記録上明らかである。
ところで、被告は、本件のような訴は、1司法審査の対象とならず、2公選法第二
〇四条の訴の要件に適合しない不適法なものである、と主張するので、被告の右各
主張について順次判断する。
1 本件訴が司法審査の対象とならないとの主張について
被告の右主張の要旨は、(一)議員定数の配分をいかにするかの問題は、国会の立
法政策的判断が裁判所の判断に優先すべき事項であり、(二)裁判所は、このよう
な判断のための基準を持ち合わさず、(三)裁判所が選挙無効の判決をしても、国
会が直ちに定数を改正することは事実上不可能であり、かえつて全選挙区について
代表を失わしめるという不都合な結果を生ずる、というに帰する。
しかし、
(一) 当該事項の固有の性質上裁判所において判断することを不適当とする場合
すなわち裁判所法第三条第一項にいう法律上の争訟にあたらない場合、あるいは当
該事項について憲法上明文をもつて立法府又は行政府に専権的に判断を委ねている
場合には、右事項は裁判所の審判の対象とならないものであることはいうまでもな
いところ、議員定数配分等の選挙に関する事項がそのいずれにもあたらないことは
明らかというべきである。右事項は、憲法第四三条第二項、第四七条によつて法律
で定める、とされており、そのかぎりにおいて国会の広汎な自由裁量に基づく立法
政策的判断が先行することは否定すべくもないことではあるけれども、憲法の右規
定が議員定数配分を含めて選挙に関する事項を法律の定めるところに委ねた趣旨
は、右事項が状況の変動に応じて技術的細目にわたる改正を必要とする性質のもの
であるため、憲法自体において規定することを不適当とし、一方事項の重大性に鑑
み、命令に委ねることも相当でないことによるものと解されるから、議員定数の配
分を定めた法律が憲法に牴触するような場合においでは、それが法律によつて定め
られたとの一事をもつて憲法に優先するということは、もとよりできず、憲法に基
づく裁判所による判断、規制は毫も妨げないものというべきである。
(二) 裁判所が右の判断をするにあたり、判断の基準を持ち合わせていない、と
いい得ないことは、本案についての判断において後述するとおりである。
(三) 裁判所が選挙無効の判決をしても、国会が直ちに定数を改正することは不
可能であるとの理由をもつて定数配分の問題が司法審査の対象とならないとする主
張は、その主張のかぎりにおいては本末転倒の議論といわざるを得ない。また選挙
無効の判決をすることによつて全選挙区について代表を失わしめる結果となるとの
主張も理論上肯認できないわけのものではないけれども選挙の無効を宣言すること
によつて生ずる右結果の不都合は、本案についての判断において後述するとおり、
具体的事情により選挙の無効を宣言せずに、その違法を宣言するに止めることによ
つて避けることができるものである。
2 本件訴が公選法第二〇四条の訴の要件に適合しないとの主張について
選挙人が、議員定数配分の不均衡の故に憲法上保障されている選挙権の平等に反す
ると主張して裁判による救済を求めている場合に、右のような訴は本来公選法第二
〇四条の訴の要件に適合しないとして、その救済を拒否することは、そもそも公選
法第二〇四条が選挙の執行、管理上の瑕疵についてすら救済を認め、公正な選挙の
実現を図つていることと権衡を失し、法の趣旨から乖離するばかりか、他に救済の
方途もない以上、憲法上保障されている基本的人権を害する結果となるものであ
り、従つてこのような結果の生ずることを避けるために、議員定数配分規定の違憲
を原因とする公選法第二〇四条の訴を認めることは、むしろ憲法の要請にそう所以
というべきであつて、民衆訴訟である同条の訴についての不当な拡張解釈にはあた
らないものと解すべきである。
以上判示したところを要約再言すると、被告の本案前の申立の理由とするところ
は、根本的には、議員定数配分の問題は、代表民主制を採用している国会の自主的
運営による決定にのみ専ら委ねられていることであり、裁判所はこのような問題に
ついて判断をする基準を持ち合わせていないから、判断を自制すべきであるとの見
解に依拠しているものと解されるのである。しかし司法的判断のための基準が欠如
しているといえないことは後述のとおりであるし、しかも選挙権平等の原則は、ま
さに代表民主制を支える根幹そのものであるから、これが国会の立法によつて侵さ
れているという場合には、代表民主制が十全に機能していないというべき筋合であ
る。そうとすれば、議員定数の定めが選挙権の平等に反するとして裁判による救済
が求められている場合に、代表民主制の法理を根拠として裁判による救済を拒否す
ることは、背理というほかなく、被告の本案前の申立は、根拠を欠くものであり、
排斥を免れないものといわなければならない。
二 本案についての判断
1 憲法第一四条第一項、第一五条第一項、第三項、第四四条の規定は、少くとも
選挙人資格の差別の禁止あるいは一人一票の原則(選挙権行使の平等または計算価
値の平等)を意味するものであることはいうまでもないところであるけれども、憲
法の右各規定が選挙権平等の理念の歴史的発展過程の中における一の所産であつ
て、憲法前文が代表民主制を人類普遍の原理として謳つていることに徴しても、右
理念は代表民主制を支える根幹としてさらに徹底して発展させ追求されるべきもの
であり、そうとすれば、選挙人の資格による差別が許されないとともに、住所(選
挙区)による差別も許されないものと解すべきであるから、憲法の前記各規定は、
単に前述のように選挙権の行使の平等を保障するに止まらず、選挙権の内容の平等
すなわち各選挙人の投票が選挙の結果に及ぼす影響力においても平等であること
(投票価値あるいは結果価値の平等)をも保障する趣旨を包含するものと解するの
が相当である。
従つて、本件選挙が、各選挙区間の議員定数配分の不均衡を理由に違憲となるか否
かについて判断するにあたつては、昭和五〇年法律第六三号による改正後の公選法
別表第一及び同法附則第七項ないし九項による選挙区及び議員定数の定め(以下
「本件議員定数配分規定」という。)に従つて実施された本件選挙における各選挙
区の選挙人の有した投票価値が、前述した憲法の要請に合致する平等なものであつ
たか否かについての検討を必要とするものというべきである。
しかるところ、被告は、選挙制度の決定については国会に幅広い裁量権があるか
ら、国会がその裁量にあたり、選挙権の平等に関し、他の政策目的等との関連にお
いて調和を図つている限り、各選挙区別議員定数と人口との間に不均衡が存在して
いるとしても、右不均衡は国会の裁量権の範囲内に属するものであつて違憲という
ことはできないものであるところ、本件選挙は、昭和五〇年法律第六三号によつて
右裁量権の範囲内で改正された本件議員定数配分規定に従つて実施されたものであ
るから、定数の不均衡に違憲性はない、と主張する。
しかし、選挙制度の決定について国会に広汎な裁量権が存することは前述のとおり
であり、また各選挙区の議員定数をいかにするかを決定するに際しては、議員定数
が、代表民主制の理念たる民意の効果的反映という目的達成のための手段としての
意義を有する関係上、多種多様の政策的、技術的要因についての配慮を必要とする
ものであることも否定できないものとしても、とのようにして決定された議員定数
の定めが、投票価値の平等に反するに至つたと考えられる場合には、そこに国会の
裁量権の範囲を越え、憲法に違反するものではないかとの疑を生ずるのであり、本
件訴は、まさに右の裁量権の範囲を超えるものとしてその根拠を具体的に示して提
起されているものであるから、これに対して、裁量の具体的内容を示すことなくし
て単に合理的裁量による法律に基づく議員定数の定めに従つて実施された選挙であ
るから違憲をいう余地がないと主張することは、無意味、無内容であつて、失当と
いうほかはない。
被告は、また、選挙権の平等は、選挙権の行使の平等をもつて足りるものであり、
結果価値の平等までも保障されるべきであるとすることは、これを理論的に徹底す
れば、完全拘束式比例代表制度に到達せざるを得ず、しかも投票価値の較差は、棄
権者を除いた投票者の数で判断しなければ正確とはいえない、と主張する。
しかし、前述した投票価値の平等は、あくまでも現行の中選挙区単記投票制の下に
おいて、しかも投票以前のことを制度として問題にしているにすぎないのであるか
ら、被告の右の論難は当らないものというべきである。
2 そこで、本件選挙が、投票価値の平等を害するものであるか否かについて検討
する。
本件選挙は、前述のとおり昭和五〇年法律第六三号により改正された本件議員定数
配分規定に従つて実施されたものであるが、右規定による各選挙区についての議員
定数の定め及び成立に争いのない甲第一号証(自治省作成にかかる本件選挙の結果
調)によると、本件選挙当時の各選挙区間の議員一人当りの有権者分布差比率は、
最大三・五〇対一(兵庫五区と千葉四区との比率)に及んでいたものであることが
認められる。
ところで、憲法の要請する投票価値の平等は、これを数字的な絶対的な平等と解す
れば、議員定数の配分にあたり較差を「限りなく一対一に近づける」ことではあろ
うけれども、このことは端数処理等の技術的原因による困難を伴うとともに、現行
制度上必ずしも実現の容易なものであるとも考えられない。すなわち「限りなく一
対一に近づける」という人口比例の原則を厳格に実現しようとするためには、人口
数の増減に比例する議員定数の増減という方法のみによつては処理し切れず、同時
に選挙区割の変更(分区、統合)ということを頻繁に考慮せざるを得なくなること
は必至というべきである(現に昭和五〇年法律第六三号による改正に際し、分区さ
れたことは後記のとおりである。)が、しかし、このように選挙区割を頻繁に変更
するということは、事実上実行困難であるばかりではなく、決して望ましいことで
もない。すなわち、憲法第四七条は、選挙区はこれを法律で定める旨規定している
のであるが、右規定は、選挙区割をできるかぎり歴史的、自然的、境界に一致させ
て、恣意的あるいは不自然な区分を制限しようとすることに由来するものであると
ころ、選挙区割を頻繁に変更するということは、歴史的、自然的境界以外の要因に
よつて不自然な区分をし、選挙区法定主義の前記立法目的に背馳する結果を招来す
る危険を内包しているものである。また、選挙区を多数に分けることは必ずしも理
論上の要請ではないけれども、便宜上にせよ、現実に多数に分けられている以上
は、選出議員がある程度当該選挙区の利益代表的性格を有することも否定できない
のであり、そうとすれば、選挙区が有権者と候補者(選出議員)とを結びつける一
つの紐帯としての役割を果たしている現実も、あながち不当として無視してしまう
ことはでき難いものというべきであるが、選挙区割を頻繁に変更することは、この
紐帯を弱める結果ともなるのである。
これを要するに、議員定数を配分するにあたり、人口比例の原則を厳格に実現する
ことは困難であつて、むしろ、前述のような選挙区割の頻繁な変更を避け、原則と
して行政区画に従つて選挙区割を定め中選挙区制を採用してきた我国の選挙制度を
是認し、維持しようとするかぎりは、議員定数の配分を定めるにつき、民意の効果
的反映を図るため、地域の特殊性(面積、住民構成、人口密度等)を考慮すること
も、制度上不可避のものとして同時に是認せられるべきものといわなければならな
い。
しかるところ、議員定数配分規定の定めを改正するにあたり、地域の特殊性をどの
ように考慮し、斟酌するかは、まさに国会の合理的裁量の範囲に属するものという
べきであるから、そのために不可避的に生じた人口数に比例しない較差は、投票価
値の平等の要請に反する違法のものではないというべきである。
しかしながら、投票価値の平等の要請は、前述したように各選挙人の投票が選挙の
結果に及ぼす影響力の平等を意味するものであることからすれば、投票価値の平等
の実現のために何よりも先に考慮されるべき要素は人口比率でなければならず、較
差は、前述のように地域性等に基づく合理的範囲内において許容されるに過ぎない
ものであるから、これらを斟酌してもなお一般に是認されない程度の較差が生じて
いる場合には、他にこれを正当化すべき特段の事情が示されない限り、憲法違反と
なるものといわざるを得ない。
本件議員定数配分規定は、前述のように昭和五〇年の改正にかかるものであるが、
成立に争いのない乙第一号証の一ないし四によると、右の改正の経過は、被告の主
張するとおりであつて、要するに、定数を二〇名増員し、選挙区別定数の不均衡を
是正するが、減員せず、過小代表区にこれを振りあて、六人以上となる選挙区につ
いては、人口数、自然条件等を勘案し、従来の選挙区域を尊重し、分区する、とい
うものであり、その結果、各選挙区間の議員一人あたりの人口差比率は、最大二・
九二対一となつたというものである。
しかしながら、本件選挙当時においては、各選挙区間の議員一人あたりの有権者分
布差比率は、前述のとおり最大三・五〇対一に及んでいたのであり、右のような較
差は、前述の非人口的要素を斟酌してもそれ自体一般に是認できない程度のものと
いうべきでみるところ、前記認定の改正の経過のごとき事情は、このような較差が
生じたことを正当化し得る特段の事由にはあたらないというべきであり、他に右事
由について被告はなんら主張、立証もしないから、本件議員定数配分規定の下にお
ける本件選挙当時の前記較差は投票価値の平等に反する程度に達していたものとい
わなければならない。
3 ところで、被告は、昭和四五年度の国勢調査の結果に基づく改正として本件議
員定数配分規定が制定された後昭和五〇年度の国勢調査がなされたが、その結果の
すべてが公表されたのは昭和五一年四月一五日であつたから、同年一二月に予定さ
れていた任期満了に伴う本件選挙の公示までの期間は七ケ月であり、その間に右規
定を改正することは不可能であつたと主張する。
よつて考えるに、昭和五〇年法律第六三号によつて定められた議員定数につき、同
法と同様の方法すなわち過小代表区についてのみ定数増、分区という方法によつて
同法の手直し程度の再改正をするので足りるのであれば、昭和五〇年の国勢調査の
結果の公表後遅滞なく改正作業に着手した場合には、本件選挙までの間に再改正を
なし得た相当期間が存したものということが、あるいはいい得るかもしれない。
しかし、翻つて考えてみると、このような是正の方法は、後に述べるように、公選
法の定数更正規定の本来の趣旨にそわないものと考えられるばかりでなく、較差の
解消に必ずしも十分に効果的であるともいえず、少くとも、同時に過大代表区につ
いて定数減をすることが期待されて然るべきであり、しかも許容し得る一定の較差
を基準として、増減を要する選挙区が多数となるような場合には、総定数を一定限
度で固定して全選挙区を通じて新たな定数配分をするという抜本的解決を図ること
も必要とされるであろう。そうでなければ際限のない定数増を来たし、いずれ限界
に達することが考えられるのである。これを要するに、再改正をするについては、
昭和五〇年法律第六三号によつて是正された定数の手直し程度でよいということは
いい得ないのであつて、そうとすれば、結局、昭和五〇年の国勢調査の公表後、本
件選挙までの間に制度の趣旨にそつた再改正をなし得る相当期間が存したと断定す
ることには疑問があるというべきである。
また、仮に本件選挙までの間に右の再改正をなし得たとしても、一般に議員定数を
変更する法の施行と、それに基づく次期選挙までの間には、関係者にとつて候補者
の確定等の対応策を講ずるための相当期間を必要とするものであり、右の期間を欠
く選挙実施直前の議員定数の変更は、徒らな混乱を招来し、延いては効果的な代表
選出を阻害するおそれ無しとしないものというべきところ、本件において再改正を
要求するとすれば、右のことはそのまま妥当するものといわざるを得ない。
結局、昭和五〇年の国勢調査の結果公表後、本件選挙までの間に、昭和五〇年法律
第六三号による議員定数を、右国勢調査の結果により再改正し得るためには、これ
に必要とする相当期間が存したものとは断じ難いものというべきである。
以上、いずれにしても、昭和五〇年法律第六三号による議員定数を昭和五〇年の国
勢調査の結果によつて再改正せずに本件選挙を実施したとの一事をもつては、本件
選挙を違憲であると断ずることはでき難いものといわなければならない。
4 しかし、それにも拘らず、本件選挙が、憲法の要請する投票価値の平等に反す
る三・五〇対一という較差の下に実施されたものであつて、憲法上、本来容認され
るべきものでないことには変りないのである。
そこで、遡つて考察すると、右のような結果の生ずることは、既に昭和五〇年法律
第六三号による定数の更正過程のうちに胚胎していたものと考えざるを得ない。す
なわち、既に述べたように、右改正法は、昭和四五年の国勢調査の結果により過小
代表区につき二〇名の定数増、分区という方法によつて従前存した較差の縮少を図
つたのであるが、このような方法は理論上較差の縮少に不十分であるのみならず、
右国勢調査の結果によつても二・九二対一という較差を残存せしめるに至つたもの
である。しかも、右国勢調査後の人口異動を考慮に容れると、現実の較差は、それ
のみに止まらず、改正当時においてすら三対一を越え、本件選挙時にはさらに増大
するであろうことを右改正当時において既に予測し得たものといわざるを得ず、右
改正法の立法にあたつては、これらの事情を配慮して、より較差の縮少を図るべく
相応の措置を講ずべきであつたというべく、その方法は前述したとおり存するので
あつて、これを求めても決して不可能を強いることとはならないものと考えられ
る。しかるに、右のような措置は講じられず、前記較差の縮少は実現されなかつた
のであるが、これについて合理的理由ないし是認すべき事情は認められない。そし
てその結果、同法の下における本件選挙につき、己むを得ない事態ともいうことの
できない憲法違反の状態を現出せしめた以上は、同法における議員定数の更正は、
その内容が憲法の要請する国民の投票価値の平等を害し、従つて違法、違憲なもの
と断ずるよりほかないものというべきである。
しかして、制定当初から違憲であつた同法の下における本件選挙は、同法につき本
件選挙までの間に、改正をなし得る相当期間が存したか否かに関りなく、違憲であ
るといわなければならないものであることはいうまでもない。
被告は、本件議員定数配分規定の下における本件選挙は違憲ではないと主張するけ
れども、その根拠として述べるところは、以上の説示と相反するものであつて、採
用のかぎりではない。
5 そして、議員定数の配分は、性質上、議員総定数と関連させながら、全選挙区
を全体的に考察して、民意の反映が平等に図られるかという観点から決定されるべ
きものであり、公選法の規定上も同法別表第一の末尾の前記定数更正規定の本来の
趣旨は議員総定数を変動させずに、各選挙区の有権者数に比例させて各選挙区の議
員定数を増減することによる全体的更正を意図したもので、過小代表となつた当該
選挙区のみを切離して更正し、他の選挙区の定数をそのまま維持する趣旨のもので
あつたとは解せられない。
そうとすると、議員定数配分規定を違憲であるとする場合に、訴求している選挙区
毎に平均値からの較差の程度を問題にし、過小代表区のみについて、その限度で違
憲であるとするのは相当ではなく、各選挙区間における議員一人あたりの有権者数
の分布比率の最大と最小との較差の程度いかんによつて、その全体が一体不可分の
ものとして違憲となるものと解するのが相当であるから、本件議員定数配分規定も
全体として違憲であるというべきである。
6 ところで、本件議員定数配分規定が全体として違憲となるものとすれば、右規
定の下において実施された本件選挙も当然無効となる理と考えられるけれども、こ
れを肯定すると、本件選挙によつて選出された議員によつて議決された法律がすべ
て当初から無効となり、あるいは今後の議員定数配分規定の改正すら不可能となる
という事態が生じ、さらに公選法二〇四条によつて本件選挙が将来に向つてのみ失
効するものとしても、議員定数の多数を欠く(ちなみに、当裁判所に係属している
本件選挙に関する一〇件の選挙無効請求訴訟の議員定数の合計は三七名に達す
る。)状態において国政を運営してゆくという憲法の所期しない結果を生ずること
となる。
しかも、この結果は、定数の是正を目的として出訴した当該選挙区の有権者につい
て特に顕著に生ずることとなる。すなわち、右の有権者は、当該選挙区に関する選
挙が無効とされる結果、その選出議員を欠く状態の下において国政が運営され、も
とより、議員定数の是正の問題についても参与し得る選出議員が存在しないという
およそ出訴の目的と矛盾する結果を生ずることとなる。しかも、議員定数配分規定
の定めを改正するにあたり、前記改正に際して行われたように過小代表区における
定数増という方法のみによつて常に処理することは理論上の欠陥と実際上の限界を
伴うものであり、同時に過大代表区における定数減をし、あるいは総定数を不動の
ものとして全選挙区についての定数配分の全面改正を図るということがより投票価
値の平等の要請に合致する所以であるというべきところ、過小代表区について選挙
無効の判決がなされた場合には、当該選挙区のみについて、右のような改正後の新
規定の定めに従つて再選挙が行われることとなるわけであるが、かくては、全選挙
区を通じてみると、新、旧両規定に基づく議員定数が混在することとなり、その間
に果たして真に投票価値の平等が全体として図り得ることになるのか必ずしも保し
難いものがあるといわざるを得ない。
以上のように、選挙無効の判決をすることには、かえつて憲法の要請する投票価値
の平等の要請にそわない弊害があるとともに、必ずしも実効性を伴わない欠陥があ
るというべきなので、本件訴訟については、選挙が違憲であるとの理由をもつて直
ちにその無効を宣言することなく、行政事件訴訟法第三一条第一項前段の法理によ
り、原告の請求を棄却するとともに同項後段により本件選挙が違法であるとの宣言
をするのが相当というべきである。公選法第二一九条の規定もかかる事件について
行政事件訴訟法の右条項の法理によることまでをも排斥する趣旨のものではないと
解する。
三 よつて、原告の本訴請求を棄却し、本件選挙が違法であることを宣言すること
とし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第九二条但書を適
用して主文のとおり判決する。
(裁判官 安岡満彦 内藤正久 堂薗守正)

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