弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人福田耕太郎の上告趣意第一点について。
 原判決認定の如く被告人がメチールアルコールを飲料に供せられることを知りな
がら他人にこれを売却するに当つて、メチールアルコールを飲用するときは、人体
の機能に障害を及ぼし引いては生命にも危険を生ずべきことを知悉していたことは、
原判決挙示の被告人に対する予審第三回訊問調書記載の同人の供述により十分に認
めるに足るのであり、右調書を証拠としたことは少しも採証の法則に違背するもの
ではなく、論旨は理由がない。なお論旨末尾援用の昭和二二年(れ)第三〇一号、
同二三年三月二〇日第二小法廷判決判(判例集二巻三号二五六頁)は、「メタノー
ルであることは知つていたが、過失によつてその有毒性を知らず、飲料としてこれ
を他人に譲渡し、譲受人がそれを飲んで死亡したときは、故意による有毒飲食物等
取締令第一条違反罪が成立すると同時に、刑法過失致死罪が成立する。」との判決
であつて、メチールアルコールの有毒性について認識を有していた本件にとつて適
切でない。
 同第二点。その(一)について。
 所論のCの死因についての医師Dの鑑定書(記録四八九丁)には、その鑑定の結
果を、「其ノ死因ハ解剖所見ノミニテハ判明セザレドモ、解剖所見及ビ生前ノ症状
及ビ押収ニカカル飲料ノ鑑定ノ結果ヲ綜合シテ考察スレバ此ノ死因ハメチールアル
コール中毒死ト鑑定ス」と記載されて居り、原判決がこの点を証拠として挙げてい
ること、及び鑑定書の記載によつては「生前の症状」について知ることができない
こと所論のとおおりである。がそのため右鑑定書の証拠能力を欠くものということ
はできない。しかもCの生前の症状については、記録上容易にこれを明かにするこ
とができるのであつて、原判決が右鑑定の結果を証拠としたことは、正当であつて
所論のような違法はない。
 その(二)について。
 原判決がAに対する傷害として認定した中毒による全身倦怠、膝蓋健反射亢進は
人の生活機能の障害を惹起したものであり、これ等は傷害罪にいわゆる傷害に当る
ものであつて、右傷害の原因部位程度については所論の診断書のみならず、原判決
挙示の証人Aの予審訊問調書中の供述記載等を綜合してこれを認めるに足るもので
あるから所論のような違法はない。
 その(三)について。
 原判決は、判示物件がメチールアルコールであることの一認定資料として医師D
の所論鑑定書を挙げているに過ぎないのであつて、所論鑑定書を証拠としたことに
何等の違法はなく、論旨は理由がない。
 弁護人中村登音夫の上告趣意第一点について。
 原判決が傷害の故意としてメチールアルコールを飲用するときは人体の機能に障
害を及ぼし引いて生命にも危険を生ずべきことを知悉していたにもかかわらずと判
示したことは殺人についての未必の故意を認めたようにも見えないではないが、被
告人の予審第三回訊問調書中の、被告人は「メチールを飲用に供すると健康を害し、
人体の機能に種々の障害を起し、最悪の場合には死亡するというようなことは知悉
していたが、E土木の方では或る程度は飲み方についても統制をとり、人夫達に無
茶な飲み方はさせないと思い、その結果たとえ人夫達が飲み過ぎても程度が知れて
いて、このアルコールのために生命を失くするということは先づないと思つていた。」
との記載を証拠に挙げて居る点に鑑みれば被告人に傷害の犯意があつたとするに止
まり、殺人の未必的故意を認定しているものではないことは明かである。従つて論
旨は理由がない。
 同第二点について。
 しかし予審第三回訊問調書中論旨に引用する部分を一読すればメチールを飲めば
健康を害し種々の障害を起すことは被告人が承知していたことを認めるに十分であ
る。従つて原審において右訊問調書を証拠として傷害の犯意を認めたことは正当で
あつて論旨は理由がない。
 同第三点について。
 原判決の判示犯罪行為の態様から見て、傷害致死、傷害の各所為は所論の如く一
所為数法の関係と見るのが相当であるが連続犯とするも想像的競合とするも同じく
一罪として処断することに差異はないのであつて判決に影響を及ぼさざること明白
である。従つて論旨は採用しがたい。
 同第四点について。
 原判決の証拠として挙示する証人B、同Fおよび同Gに対する所論予審訊問調書
中の同人等の各供述記載部分において予審判事が所論のドラム罐二本(証一、二号)
又はメタノール三升位入焼酎甕(証三号)を各証人に示して訊問しているのにかか
わらず、原審は公判廷における証拠調に際して右ドラム罐二本及び焼酎甕について
取調をしていないことは所論のとおりである。しかし予審判事が証人に示して訊問
した物件について証拠調がなされていなくても、その予審訊問調書について適法な
証拠調がなされている以上同調書中の右物件を除いても独立性のある供述記載部分
又は右物件に関係のない供述記載部分を証拠に採用することは違法でない。そして
所論ドラム罐及び焼酎かめの部分を除外しても同調書中の他の部分の証拠価値に影
響がないものであるから、原判決が右調書を証拠に引用したことは違法ではなく論
旨は理由がない。
 弁護人遠藤利一郎の上告趣意第一点について。
 原判決の判示第一事実の横領の事実はすべて原判決挙示の各証拠によつて十分認
め得るから論旨は理由がない。論旨援用の証拠は原判決の採用しないところであり
所論売得金員の使途は横領罪の成否に影響はないから論旨は理由がない。
 同第二点について。
 原判決認定の傷害の故意はその挙示する証拠により認定するに足るものであつて、
所論は傷害の故意は認められないとして事実誤認を主張するものに外ならないから、
適法な上告理由とならない
 同第三点について。
 原判決は判示第一の横領の事実につき被告人の第一審公判における自白及び予審
における自供の外、なお第一審公判調書中、証人Hの供述記載を綜合してこれを認
めたものであつて、原判決は被告人の自白のみによつて事実を認定したものではな
いから所論違憲の主張はその前提を欠き採用するを得ない。
 よつて旧刑訴四四六条により主文の通う判決する。
 以上は裁判官全員一致の意見である。
 検察官 石田富平関与
  昭和二六年九月二五日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    長 谷 川   太 一 郎
            裁判官    井   上       登
            裁判官    島           保

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