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平成14年(行ケ)第418号 審決取消請求事件(平成15年11月26日口頭
弁論終結)
          判    決
       原   告      日本ゼオン株式会社
訴訟代理人弁理士   西 川 繁 明
       被   告      特許庁長官 今井康夫
       指定代理人      加 藤 友 也
同          西 川 惠 雄
同高 木   進
同          宮 川 久 成
同          伊 藤 三 男
          主    文
      特許庁が不服2001-16643号事件について平成14年6月2
4日にした審決を取り消す。
      訴訟費用は被告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   原告は,平成3年11月29日(以下「本件優先日」という。)付け特許出
願に基づく優先権を主張して,平成4年3月31日,名称を「電子部品処理用器
材」とする発明について特許出願(特願平4-103930号,以下「本件出願」
という。)をしたが,平成13年8月8日に拒絶の査定を受けたので,同年9月1
9日,これに対する不服の審判を請求し,同請求は,不服2001-16643号
事件として特許庁に係属した。
   特許庁は,上記事件について審理した結果,平成14年6月24日,「本件
審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年7月15日,原
告に送達された。
 2 本件出願の願書に添付した明細書(平成13年10月18日付け手続補正書
による補正に係るもの。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の【請求
項1】の記載
   電子部品,その製造中間体,またはその製造工程の処理液と接触する器材で
あり,その接触面が熱可塑性飽和ノルボルネン系樹脂で形成されており,前記樹脂
の成形後の80℃の温水中での1日当りの有機物抽出量が,有機炭素量(TOC)
で500μg/m2
以下であることを特徴とする電子部品処理用器材。
  (以下,上記発明を「本願発明」という。)
 3 審決の理由
   審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願発明は,特開平3-2233
28号公報(以下「引用例」という。)に記載された技術的事項(以下「引用例発
明」という。)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたも
のであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないので,本件
出願は拒絶されるべきものとした。
第3 原告主張の審決取消事由
   審決は,特定の用途への応用に係る容易想到性の判断を誤り(取消事由
1),有機炭素量(TOC)による規定に係る容易想到性の判断を誤り(取消事由
2),本願発明の顕著な作用効果を看過した(取消事由3)結果,本願発明の引用
例発明及び周知技術に基づく容易想到性を誤って肯定したものであるから,違法と
して取り消されるべきである。
 1 取消事由1(特定の用途への応用に係る容易想到性の判断の誤り)
(1) 本件明細書の特許請求の範囲の【請求項1】には,「電子部品処理用器材
として周知の電子部品の製造工程の処理液収容容器も含まれ・・・本件発明1
(注,本願発明)は,周知の電子部品の製造工程の処理液収容容器において,材料
として熱可塑性飽和ノルボルネン系樹脂を選択し,成形後の80℃の温水中での1
日当りの有機物抽出量を,有機炭素量(TOC)で500μg/m2
以下としたもの
と同一ということができる」(審決謄本2頁「第3対比・判断」の第1段落~第2
段落)が,引用例(甲5)は,熱可塑性飽和ノルボルネン系ポリマーを電子部品処
理用器材,例えば,電子部品の処理液収容容器などとして使用可能であることや使
用すること自体について,何ら教示も示唆もするところがないから,審決の「引用
例には・・・熱可塑性飽和ノルボルネン系樹脂が優れた耐薬品性,耐溶剤性を示す
ことが記載されており,電子部品の製造工程の処理液収容容器に高い耐薬品性,耐
溶剤性が要求されることは当業者に自明な事項であることから,周知の電子部品の
製造工程の処理液収容容器において,容器の材料として,熱可塑性飽和ノルボルネ
ン系樹脂を選択することに格別困難性はない」(同第3段落)とした判断は,誤り
である。
  (2) 引用例(甲5)には,「熱可塑性飽和ノルボルネン系ポリマーは・・・他
のポリオレフィン同様優れた・・・耐薬品性,耐溶剤性を示し」(2頁左下欄第2
段落)と記載されているにとどまり,具体的に,電子部品等の処理に用いられる
酸,アルカリ,過酸化水素水,有機溶剤,現像液,エッチング液などに対して優れ
た耐薬品性,耐溶剤性を示すことまでは開示されていない。これに対して,本件明
細書(甲2)では,熱可塑性飽和ノルボルネン系樹脂の耐薬品性及び耐溶剤性につ
いて,電子部品処理用器材に求められる高水準にあることが確認されている(段落
【0047】)。
  (3) 引用例(甲5)には,熱可塑性飽和ノルボルネン系ポリマーの有機物抽出
量が,有機炭素量(TOC)で極めて小さな値を示すことについて開示されていな
い。もっとも,引用例には,ポリマー中に含まれる揮発成分が0.3重量%以下で
あることが記載されているが,この揮発成分は,主として未反応モノマーや溶剤な
どであって,80℃の温水中に溶解する「水溶性」の有機物の抽出量とは,必ずし
も関連性はなく,揮発成分の含有量が0.3重量%以下であることと,成形後の成
形品の「80℃の温水中での1日当りの有機物抽出量が,有機炭素量(TOC)で
500μg/m2
以下」であることとの間には相関関係はない。
 (4) さらに,引用例(甲5)には,耐薬品性に関連する用途として,「注射
器,ピペット,薬品容器,光学分析用の容器やフィルム等の医療用具」が示されて
いる(10頁右下欄)が,このような医療用具の用途では,人体等に適用される薬
液や薬物が収容対象とされており,必ずしも酸やアルカリ,有機溶剤などに対する
高度の耐薬品性や耐溶剤性は必要とはされていない。むしろ,引用例には,「適当
なフィラー,染料,顔料等を加えて溶剤に溶かして耐湿塗料などの用途に有用であ
る」(同)と記載されており,熱可塑性飽和ノルボルネン系ポリマーが溶剤に溶解
すること,すなわち,耐溶剤性が十分ではないことを示唆している。
 2 取消事由2(有機炭素量(TOC)による規定に係る容易想到性の判断の誤
  り)
(1) 電子部品処理用器材の分野において,一般に,当該器材は不溶性で非汚染
性であることが要求されているが,更に進んで,温水に溶解する有機物の抽出量に
着目して,有機物抽出量を従来の技術水準を超えて可能な限り低くすることまで,
当業者が容易に想到することはできないから,審決の「どのような物質であれ,処
理液中に容器から物質が抽出されるのが好ましくないことも当業者に自明な事項で
あるから,成形後に容器からの有機物抽出量を出来る限り低くすることも当業者で
あれば容易に想到したことである・・・有機物抽出量として示された『80℃の温
水中での1日当りの有機物抽出量が,有機炭素量(TOC)で500μg/m2

下』という値については,その値を実現するために特別な樹脂,特別な加工方法を
採用するものでもないこと及び電子部品が具体的に特定されていないことから,特
段技術的意味は認められず,単に,有機物抽出量の低いことを示す目安に過ぎず,
当業者が適宜決めるべき値に過ぎない」(審決謄本2頁「第3対比・判断」の第4
段落~第5段落)とした判断は,誤りである。
  (2) 本願発明において,80℃の温水中での1日当りの有機物抽出量を,「有
機炭素量(TOC)で500μg/m2
以下」と規定したのは,「500μg/m2

下」であることが,従来の技術水準と対比して,有機物抽出量の点で極めて高水準
にあることを定量的に明りょうに示す指標となり得るからである。例えば,従来か
ら有機物抽出量の少ないことが知られているポリビニリデンフルオリドの有機炭素
量(TOC)が実際には6500μg/m2
(本件明細書〔甲2〕の段落【005
8】比較例2)であり,これに対して,本願発明の有機炭素量(TOC)500μ
g/m2
以下という水準は,本件優先日当時,従来技術では達成できていない高水準
であって,半導体素子などの電子部品の汚染防止による高性能化や高信頼性化に対
して技術的に重要な寄与をするものである。
 3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)
  (1) 審決の「本件発明1(注,本願発明)の効果は,引用例記載の技術的事項
(注,引用例発明)及び上記周知技術から当業者が予測することが出来る程度のも
のであって,格別なものとはいえない」(審決謄本2頁下から第2段落)とした判
断は,本願発明の顕著な作用効果を看過するものであって,誤りである。
  (2) 本願発明によれば,寸法精度に優れ,その寸法精度が温度の影響を受け難
く,軽量で,耐薬品性に優れ,有機物が溶出し難い電子部品処理用器材を提供する
ことができる。特に,本願発明によれば,製造条件の制御や洗浄処理などによっ
て,「80℃の温水中での1日当りの有機物抽出量が,有機炭素量(TOC)で5
00μg/m2
以下」という,顕著に有機物抽出量が抑制された電子部品処理用器材
を得ることができるが,この器材は,再度の抽出処理によって,測定限界である7
μg/m2
以下にまでTOCを低減させることが可能である。そのため,例えば,本
願発明の器材を超純水などの処理液収容容器や配管などとして繰り返し使用すれ
ば,その優れた有機物抽出量の抑制効果を更に高めることができる。このような本
願発明の顕著な作用効果は,当業者が引用例発明及び本件優先日当時の技術水準な
いし周知技術から予測することは到底できない。
第4 被告の反論
   審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
 1 取消事由1(特定の用途への応用に係る容易想到性の判断の誤り)について
  (1) 引用例(甲5)には,たとえ,電子部品等の処理に用いられる液体に適す
ると具体的に記載されていないとしても,熱可塑性飽和ノルボルネン系ポリマーが
優れた耐水性,耐薬品性,耐溶剤性を示すことは記載されている。そして,本願発
明は,「電子部品処理用器材」を対象とするものであり,キャリアのように,酸,
アルカリ,過酸化水素水,有機溶剤,現像液,エッチング液等の種々の処理液に接
触するものばかりでなく,例えば,過酸化水素水の洗浄槽として用いられるよう
な,純水のほかには単一の処理液としか接触しないものも含まれるものであって,
そのような単一の処理液としか接触しない処理用器材として,優れた耐水性,耐薬
品性,耐溶剤性を示す熱可塑性飽和ノルボルネン系ポリマーを用いることが格別困
難なことであるとはいえない。
  (2) したがって,たとえ,引用例に,熱可塑性飽和ノルボルネン系ポリマーの
有機物抽出量が,有機炭素量(TOC)で極めて小さな値を示すことが開示されて
おらず,実施例として記載された医療用具の用途では,必ずしも酸やアルカリ,有
機溶剤に対する高度の耐薬品性や耐溶剤性は必要とされていないとしても,周知の
電子部品の製造工程の処理液収容容器において,容器の材料として,熱可塑性飽和
ノルボルネン系樹脂を選択することが当業者に困難なことであったとはいえない。
 2 取消事由2(有機炭素量(TOC)による規定に係る容易想到性の判断の誤
  り)について
  (1) どのような物質であれ,処理液中に容器から物質が抽出されるのが好まし
くないことは当業者に自明な事項であり,また,半導体素子表面に汚染物質である
有機物が付着しないようにすることも本件優先日前に周知の技術的事項である。ま
た,電子部品である半導体の製造工程で使用される合成樹脂材から成る器材におい
て,当該器材から高温の純水へ有機炭素が抽出するという問題があり,この抽出さ
れる有機炭素量(TOC)を極力少なくすることは,実願平1-102924号
(実開平3-41291号)のマイクロフイルム(乙1,以下「乙1公報」とい
う。),特開昭62-297590号公報(乙2,以下「乙2公報」という。),
特開平2-143095号公報(乙3,以下「乙3公報」という。),特開昭62
-97686号公報(乙4,以下「乙4公報」という。)及び特開平1-2240
90号公報(乙5,以下「乙5公報」という。)に見られるとおり,本件優先日前
に周知の技術的課題である。
  (2) そうすると,本願発明の規定する「80℃の温水中での1日当りの有機物
抽出量が,有機炭素量(TOC)で500μg/m2
以下」という値は,その値を実
現するために,重合条件,水素添加条件,精製条件,成形条件,添加剤の種類と添
加量の選択等に特別な条件を付与するものでもなく,単に有機物抽出量が低いこと
を意味しており,当業者が設計的に求め得るものにすぎない。したがって,80℃
の温水中での1日当り抽出される有機炭素量(TOC)を500μg/m2
以下とす
ることは,本件出願前の技術水準に照らし,当業者が容易に想到し採用し得る水準
を超えているとはいえず,顕著に優れた水準であるともいえない。
3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について
  (1) 原告が主張する,「寸法精度に優れ,その寸法精度が温度の影響を受け難
く,軽量で,耐薬品性に優れ,有機物が溶出し難い電子部品処理用器材を提供する
ことができ」るという効果は,熱可塑性飽和ノルボルネン系樹脂を材料として選択
した時点で必然的に生ずる効果であり,当業者が予測し得る程度のものにすぎな
い。
  (2) また,本願発明の対象とする「電子部品処理用器材」は,「超純水などの
処理液収容容器や配管として」使用されるものに限定されないから,原告が主張す
る,「超純水などの処理液収容容器や配管として繰り返し使用すれば,その優れた
有機物抽出量の抑制効果を更に高めることができる」という作用効果は,請求項の
記載に基づかない主張であるばかりでなく,超純水などの処理液を繰り返し使用す
れば抽出量が減ることは当業者に自明のことであって,超純水などの処理液の繰り
返し使用によって必然的に生ずるものにすぎず,同じく当業者が予測し得る範囲内
のものである。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由2(有機炭素量(TOC)による規定に係る容易想到性の判断の誤
り)について
  (1) 原告は,電子部品処理用器材は不溶性で非汚染性であることが要求されて
いるとはいっても,温水に溶解する有機物の抽出量に着目して,有機物抽出量を従
来の技術水準を超えて可能な限り低くすることまで,当業者が容易に想到すること
はできないとして,本願発明が,80℃の温水中での1日当りの有機物抽出量を
「有機炭素量(TOC)で500μg/m2
以下」と規定した点について,審決が,
「その値を実現するために特別な樹脂,特別な加工方法を採用するものでもないこ
と及び電子部品が具体的に特定されていないことから,特段技術的意味は認められ
ず,単に,有機物抽出量の低いことを示す目安に過ぎず,当業者が適宜決めるべき
値に過ぎない」(審決謄本2頁「第3対比・判断」の第5段落)と判断したこと
は,誤りであると主張する。
  (2) 確かに,どのような物質であれ,処理液中に容器から物質が抽出されるの
が好ましくないことは当業者に自明な事項であり,また,昭和56年6月30日オ
ーム社発行,半導体ハンドブック編纂委員会編「半導体ハンドブック(第2版)」
(甲6)には,「9・1 半導体表面の洗浄方法 半導体素子の性能と信頼性の向
上には製作技術の改良が必要であるが,なかでも洗浄処理が大きな鍵を握ってい
る。半導体の表面は非常に敏感であるので,素子表面の汚染を最小にすることによ
って素子の特性の安定性・再現性が著しく改善される。このため,ウエハ製造工程
中に半導体表面に付着する汚染物が完成製品中に残らないよう,拡散,酸化,CV
D(気相成長),蒸着等の工程前に汚染物を注意深く除去しなければならない」
(294頁左欄),「9・1・1 汚染物 表面の汚染物はおおむね分子状,イオ
ン状,原子状に分類することができる。分子状汚染物としてはワックス,レジン,
油,ホトレジスト,有機溶剤の残滓,等をあげることができる。指紋による脂肪も
この部類にはいる。分子状汚染物は基板表面に弱い静電気で付着している。有機物
による汚染は,特に表面に敏感なMOS構造において,プロトンの移動による分極
とイオン性のドリフトを起こす。水に不溶性の有機物が付着していると,基板表面
が発水性となり,このため吸着しているイオン性あるいは金属の汚染物の除去を困
難にする」(同),「9・1・2 洗浄方法 ・・・アルコール,トリクレン等,
有機溶剤の煮沸液による洗浄法が有機物の汚染を除去する方法として有効である」
(同頁右欄)と記載されている。これらの記載によれば,半導体表面の汚染物とし
て有機物があり,それを半導体表面に付着しないようにする技術的課題があって,
その解決のために洗浄により有機物の汚染を除去する方法があることは,本件優先
日前に周知の技術的事項であったと認められる。
(3) しかしながら,本件明細書(甲2)には,「【産業上の利用分野】本発明
(注,本願発明)は,電子部品処理用器材に関し,さらに詳しくは半導体,液晶表
示素子などの電子部品の製造においてシリコンウェハやガラス基板などの流通,運
搬,現像・エッチングなどの各種薬品処理,脱脂・水洗などの処理する際に用いら
れるキャリア,パイプ,チューブ,タンクなど,電子部品をプリント配線板やハイ
ブリッドICに自動で実装する際に電子部品を配列供給するためのICトレー,キ
ャリアーテープ,それらに保持された電子部品の保護用セパレーション・フィルム
などに関する」(段落【0001】),「【発明が解決しようとする課題】・・・
熱可塑性ノルボルネン系樹脂が,各種の強酸,強アルカリ等に耐性があり,また,
樹脂中の有機物が抽出されにくいために電子部品処理用器材の材料として優れてい
ることを見いだし,本発明を完成するに到った」(段落【0018】),「熱可塑
性ノルボルネン系樹脂は,その重合,水素添加等の処理に由来する有機の不純物を
含有していても,成形後に水やアルコールなどの有機溶媒等で洗浄して,表面の有
機物を除去すれば,以後,有機物は80℃の温水中で1日当りの有機物抽出量が有
機炭素量(TOC)で,500μg/m2
以下しか溶出せず,溶出量は実際上,問題
とならず,接触した物に有機物を付着させたり,接触した液に微量の有機物を溶出
することは実質的にない」(段落【0030】)と記載され,さらに,具体的な実
施例及び比較例として,80℃の温水中での1日当りの有機物抽出量が有機炭素量
(TOC)で,熱可塑性飽和ノルボルネン系樹脂に代えて従来のポリビニリデンフ
ルオリドを用いた場合の比較例2では6500μg/m2
(段落【0058】)であ
るのに対し,本願発明の参考例4では100μg/m2
(段落【0056】)と,高
い水準で有機炭素量(TOC)が抑制される旨記載されている。これらの記載によ
れば,本願発明は,電子部品処理用器材に関する発明であって,熱可塑性飽和ノル
ボルネン系樹脂が,「各種の強酸,強アルカリ等に耐性があり,また,樹脂中の有
機物が抽出されにくいために電子部品処理用器材の材料として優れている」という
性質を有することに着目し,従来技術より有機炭素量(TOC)の溶出を効果的に
抑制するための特徴的な指標として,特許請求の範囲の【請求項1】において,
「80℃の温水中での1日当りの有機物抽出量が,有機炭素量(TOC)で500
μg/m2
以下」と規定したものであることが認められる。
(4) 被告は,電子部品である半導体の製造工程で使用される合成樹脂材から成
る器材において,当該器材から高温の純水へ有機炭素が抽出するという問題があ
り,この抽出される有機炭素量(TOC)を極力少なくすることは,本件優先日前
に周知の技術的課題であって,本願発明の規定する「80℃の温水中での1日当り
の有機物抽出量が,有機炭素量(TOC)で500μg/m2
以下」という値は,当
業者が設計的に求め得るものにすぎないと主張し,乙1公報~乙5公報を提出する
ので,これらについて更に検討する。
   ア 乙1公報には,「半導体産業で用いられる超純水のような特殊な液体へ
の使用に適した配管構造」(1頁[産業上の利用分野])に関する考案として,
「接液部分となる内管がパーフロロアルコキシ樹脂またはポリテトラフルオロエチ
レン樹脂で形成され・・・ていることを特徴とする配管構造」(実用新案登録請求
の範囲)が開示されており,「従来,超純水用配管には,・・・例えば,ポリ塩化
ビニル(PVC),ポリビニリデンフロライド(PVDF),ポリエーテル・エー
テルケトン(PEEK)等の合成樹脂で成形した裸管が多く用いられている」(1
頁~2頁[従来の技術]),「上記合成樹脂材からなる配管は,常温で使用するこ
とを前提としたものであって,純水が加熱殺菌処理で高温(90℃前後)にされた
場合,配管を形成している合成樹脂材から金属イオン,微量のTOC等の不純物が
溶出し,超純水の水質を悪化させるおそれがある。この問題は,前記合成樹脂材料
に代えて,高温で安定した純粋性を有するパーフロロアルコキシ(PFA)樹脂,
またはポリテトラフルオロエチレン(PTFE)樹脂を用いることにより,解消す
ることができる。しかしながら,前記PFA樹脂およびPTFE樹脂は前述した樹
脂材に比べると,機械的強度に劣り・・・配管に撓みを生じるおそれがある。上記
の欠点は,・・・強度部材として・・・外管を使用することにより,除去すること
ができる」(2頁~3頁[考案が解決しようとする課題]),「本考案は,上述し
た問題を解決するためになされたものであって,超純水等の液体を扱う配管におい
て,高温液体に接しても有害な金属イオン,TOC等の溶出がなく・・・液体を滞
留させるおそれのない配管構造を得ることを目的としている」(3頁~4頁[考案
の目的])と記載され,さらに,8頁の表には,PFA樹脂及びPEEK樹脂製の
内管について,常温(20~25℃)及び加温(80~85℃)の各条件下で測定
したTOCのデータが示されている。表に示されているTOCの単位「μgC/m2
」は,「C」が有機炭素を意味しているので,実際には,「μg/m2
」と同じであ
り,表中の「封入日数」は,「封入水量」との記載に照らし,試験片を水中に封入
した日数を意味しており,水としては,TOC等を測定していることから見て,常
法に従って,有機物等の不純物を含まない純水が用いられていると解される。8頁
に記載されている二つの表のうち,下段の「加温(80~85℃)」の表中で,
「封入日数」が「1日」の場合のTOC値が,本願発明で規定する「樹脂の成形後
の80℃の温水中での1日当りの有機物抽出量」,すなわち80℃の温水中で1日
当りに抽出される有機炭素量(TOC)(μg/m2
)に相当するものであるが,表
に示されたTOCの測定結果によれば,「加温(80~85℃)」した温水中で1
日当りに抽出される有機炭素量(TOC)は,PEEK樹脂の場合には,3230
μg/m2
(1日)であり,本願発明の規定するTOCの上限値500μg/m2

6.4倍強となっている。
     また,高温液体に接する場合にTOCが改善されるとしているPFA樹
脂の場合でも,「加温(80~85℃)」した温水中で1日当りに抽出される有機
炭素量(TOC)は,1347μg/m2
(1日)であり,本願発明の規定するTO
Cの上限値500μg/m2
の2.6倍強である。さらに,PTFE樹脂を用いた場
合,PFA樹脂と同様の効果が得られると記載されており(9頁7行目~9行
目),その80℃の温水中で1日当りに抽出されるTOCもPFA樹脂の上記水準
(1347μg/m2
)と同水準である。このように,乙1公報には,合成樹脂製の
配管が有する高温条件下でのTOC等の不純物の溶出量が大きいという問題点が,
接液部分となる内管をPFA樹脂やPTFE樹脂で形成することにより解消される
と記載されてはいるものの,それらの80℃の温水中で1日当りに抽出される有機
物抽出量は,TOCの測定値からみて極めて大きいものである。
     以上によれば,乙1公報は,合成樹脂製配管の80℃の温水中で1日当
り抽出される有機炭素量(TOC)を500μg/m2
以下にまで低減することを開
示するものではなく,かえって,有機炭素量(TOC)値を本願発明の規定する5
00μg/m2
以下とすることが,本件優先日前の技術水準からみて,当業者が容易
に想到し採用し得る水準をはるかに超えており,かつ,顕著に優れた水準であるこ
とを示していることが明らかである。
 イ 乙2公報及び乙3公報には,「PEEK樹脂」から成る管継手と熱交換
器材が開示されているが,上記アの乙1公報に示されているように,PEEK樹脂
成形品の80℃の温水中で1日当りに抽出されるTOCは,3230μg/m2
と極
めて大きなものである。また,乙4公報には,プラズマ重合による「PTFE樹
脂」層と,それとほぼ同水準のTOC量を示す他の材料から成るプラズマ重合層を
備えた配管が記載されているが,PTFE樹脂成形品の80℃の温水中で1日当り
に抽出されるTOCは,上記アの乙1公報に示されているように,PFA樹脂成形
品の1347μg/m2
と同程度の高いものである。さらに,乙5公報は,超純水製
造装置に設備された混床式イオン交換塔において,「強塩基性陰イオン交換樹脂」
から漏出するTOC成分量を低減させるために,強酸性陽イオン交換樹脂と強塩基
性陰イオン交換樹脂との混合比を特定割合に調整し,漏出原因となる強塩基性陰イ
オン交換樹脂の混合割合を小さくすることが開示されているにとどまる。
   ウ 以上によれば,乙1公報ないし乙5公報に開示されている技術的事項
は,本願発明に係る,樹脂の成形後の80℃の温水中での1日当りの有機物抽出量
を「有機炭素量(TOC)で500μg/m2
以下」とすることが,本件優先日前の
技術水準であったことを示すものということはできないから,被告が主張するよう
に,当業者が設計的に求め得るものにすぎないことを立証するものではない。
 (5) そうすると,本願発明に係る技術分野において,乙1公報~乙5公報によ
り,電子部品処理用器材の有機炭素量に着目することは公知であって,抽出される
有機炭素量(TOC)を極力少なくすることが,本件優先日前に周知の技術的課題
であったとしても,それら公知技術において使用されている電子部品処理用器材の
有機炭素量は,最良のPFA樹脂においても1347μg/m2
程度であると認めら
れるから,本願発明に係る「80℃の温水中での1日当りの有機物抽出量が有機炭
素量(TOC)で500μg/m2
以下」という設定は,当業者が目標として設定す
るであろう水準を超えているものというべきである。一方,引用例には,熱可塑性
飽和ノルボルネン系樹脂がどの程度の有機炭素量(TOC)を持つものであるかに
ついて何らの記載も示唆もなく,他にそれを開示又は示唆する公知技術の存在を認
めるに足りる証拠もないから,本願発明のような水準を達成する樹脂を選択し,そ
のような水準の有機炭素量(TOC)を設定をすることは,当業者が容易にし得る
ところのものではないというべきである。
    したがって,本願発明が,80℃の温水中での1日当りの有機物抽出量を
「有機炭素量(TOC)で500μg/m2
以下」と規定したことに,「特段技術的
意味は認められず,単に,有機物抽出量の低いことを示す目安に過ぎず,当業者が
適宜決めるべき値に過ぎない」(審決謄本2頁「第3対比・判断」の第5段落)と
して,有機炭素量(TOC)による規定に係る容易想到性を肯定した審決の判断は
誤りであり,この誤りが審決の結論に影響することは明らかであるから,原告の取
消事由2の主張は理由がある。
 2 以上のとおり,原告主張の取消事由2は理由があるから,その余の点につい
て判断するまでもなく,審決は違法として取消しを免れない。
   よって,原告の請求は理由があるから認容することとし,主文のとおり判決
する。
     東京高等裁判所第13民事部
         裁判長裁判官   篠  原  勝  美
            裁判官   岡  本     岳
            裁判官   早  田  尚  貴

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