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平成30年3月22日大阪高等裁判所第1刑事部判決
平成29年(う)第1199号傷害致死(予備的訴因及び認定罪名傷害致死幇
助),死体遺棄被告事件
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は,弁護人横尾和也作成の控訴趣意書に記載されたとおりである
から,これを引用する。
論旨は,傷害致死幇助についての事実誤認と量刑不当の主張である。
第1控訴趣意中,傷害致死幇助についての事実誤認の主張について
1控訴趣意の要旨
原判決は,被告人において,原審相被告人であった夫(以下「夫」という。)
が,被害児童(当時3歳)に対し暴行を加えて死亡させた際,その犯行を容易にし
て幇助したと認定した。しかし,被告人が,夫の犯行を幇助した事実はなく無罪で
あるから,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるというも
のである。
2被告人は,原審でも,夫が暴行を加えるなどとは思ってもいなかったし,
暴行に気づくや制止しようとしており,夫の犯行を容易にしていないなどと主張し,
幇助犯の成立を争っていた。
しかし,原判決は,要旨,次のように説示し幇助犯の成立を認めた。
被告人は,夫が本件暴行の前1週間以内に,被害児童のささいな言動に立腹し,
洗面所兼脱衣場(以下「洗面所」という。)に連れて行き暴行を加え怪我をさせた
ことが2回あったことを認識しており,夫がこれらと同様に被害児童を抱きかかえ
て洗面所に向かうのを目撃して,夫が同程度の暴行を加えることを認識できた。被
告人は,母親として被害児童を監護する立場にあり,しかも,洗面所の扉のすぐ近
くにいたのであるから,夫が洗面所に入るのを妨げるなどして,夫が暴行に及ぶの
を阻止することは十分に可能であったし,これらの措置をとって阻止する義務があ
った。このような措置がとられなかったことで,夫が暴行に及ぶことが容易になっ
たことは明らかであるし,このような措置をとっていれば,夫が被害児童に暴行に
及ばなかった可能性が十分にあるのだから,傷害致死罪の幇助犯が成立する。
被告人の主張する制止行為は,たとえ,それが事実であったとしても,既に暴
行が加えられた後のものであり,また,制止措置として不十分なものであるから,
夫の犯行を容易にしたことには変わりがない。
3原判決の上記認定,判断に不合理なところはなく,幇助犯を認めたことは正
当なものとして是認できる。以下,所論を踏まえて補足する。
原審証拠によれば,次のような経緯等が認められ,被告人も,原審公判にお
いて,同様の供述をしている。
ア被告人は,本件犯行当時,夫及び4人の子供と当時の自宅で暮らしていた。
子供たちはいずれも幼く,長女は7歳であったが,被害児童は3歳,その下の双子
の姉妹は2歳であった。
イ夫は,本件犯行の約1週間前の12月10日頃,被告人らの家族が歓談して
いた際に,被害児童が「ママ好き,パパ嫌い」などと言ったことに立腹し,被害児
童を洗面所に連れて行き暴行を加えた。被告人は,夫が洗面所から出てきた後に様
子を見に行き,被害児童にたんこぶができ,ほほも赤くなっていたことなどから,
夫に対し「けがしてるで」と注意した。
ウ夫は,12月14日頃,被害児童が自分に対して不服そうな態度をとったこ
とに立腹し,被害児童を洗面所に連れて行き暴行を加えた。被告人は,夫が洗面所
から出てきた後,様子を見に行き,被害児童の眉間が腫れ,鼻血のあともみられた
ので,夫に対し,前回と同様の注意をした。
エ被告人は,本件犯行当日,洗面所前の4畳半洋間で,子供4人を寝かし付け
ていたが,被害児童だけが「遊ぶ,食べる」などと言って,立ち歩き寝ようとしな
かったため,奥の6畳洋間でウトウトしていた夫に向かって,被害児童を寝かし付
けるよう頼んだ。
オその後,夫は,本件犯行に及んだが,被告人は,夫が被害児童を抱きかかえ
て洗面所に向かうのを目撃しながら,被告人の原審公判供述を前提にしても,夫が
暴行を加えている途中,右肘をつかんで制止しようとした以外には,暴行を制止す
る措置を特段とらなかった。
上記のとおり,被告人は,本件以前に既に2度,夫が些細な言動に立腹して
被害児童に対し暴行を加えたことを知っており,夫が,被害児童の言動に立腹すれ
ば同様の行為に及びかねないことを分かっていた。しかも,被告人は,原審公判に
おいて「(寝かし付けを頼んだ際に),舌打ちとため息が出て,夫の機嫌が悪くな
ったことが分かっていたが,そのまま任せた」旨供述するとともに,「1回目2回
目があったので,しつけ,お尻をたたく以上のことはするかもしれないというのは
あった」旨供述している。したがって,被告人は,夫が被害児童を抱きかかえて洗
面所に向かおうとするのを目撃した際には,夫がしつけを超えた暴行を加える可能
性を認識していたといえる。
所論は,原判決は,被告人が本件暴行の行われる可能性を認識していたことを,
2度あることは3度ある的な大雑把なことで認定しており,論理に飛躍があり,不
当である旨主張する。しかし,上記のとおりいえるから,批判は当たらない。
そもそも,被告人は,母親として被害児童の生命・身体を保護しなければな
らない立場にあった上に,被告人以外には夫の暴行を止められる者はいなかったの
であるから,その要請は一層大きかったといえる。しかも,被告人は,深夜にもか
かわらず寝ようとしない被害児童に手を焼き夫に委ね,夫の機嫌が悪くなったこと
も認識していたし,夫が奥の6畳洋間から被害児童を抱きかかえ,被告人の居る4
畳半洋間を通り抜けて,洗面所に入ろうとするのを目撃していた。先述のとおり,
被害児童に対し,これまでと同程度の暴行が行われるであろうことも分かっていた
のであるから,被告人には,夫が被害児童に暴行に及ぶことを阻止する義務があっ
たといえる。原判決が説示するように,被告人には色々できることがあったのであ
り,被告人が,これらの措置をとっていれば,夫が本件暴行に及ぶことの大きな障
害になったことは間違いないし,その経緯に照らせば,阻止できていた可能性が極
めて高いと考えられる。被告人が,夫の行為をある程度容認し,本来とるべき,こ
れらの措置をとらなかったことが,夫による本件暴行を容易にしたことは明らかで
ある。原判決が,このような理由から幇助犯の成立を認めたことは正当である。
所論は,被告人は,生活費等を稼ぐ年長の夫に対し対等に意見をいえる立場には
なく,明らかな上下関係があったにもかかわらず,原判決はラインの一部のやり取
りだけを取り上げて否定しており経験則に違反する,また,本件当時,借金に追わ
れるとともに,病気も重なり精神的に追い詰められていたのに,原判決が,被告人
に対し夫の暴行を阻止する措置をとる義務があったとするのは過大な要求をするも
ので不当だと主張する。
しかし,本件前の生活状況等からは,被告人と夫との間に上下関係があったとは
認められないし,ラインの内容もこのような生活状況の延長線上にあったといえる
のであって,原判決が,生活状況やラインでのやりとりの内容などからすれば,被
告人らの間に特に上下関係などは見て取れないとしたのは正当である。先に述べた
とおり,被告人は,被害児童の生命・身体を保護することが強く要請される立場に
あったのに,本件以前にも,夫が被害児童に同様の暴力を振るっていた際には事後
的に注意するだけで,事態を軽く考え,放置し,事実上容認していたことがうかが
える。もとより,被告人にとって,本件のような結果に至ることは全く予想もして
いなかったことではあるものの,だからといって,夫がしつけを超えた暴行に及ぶ
ことが分かっていながら,事実上これを容認し,阻止の措置をとらなくても良いと
いうことにはならない。夫と育児を分担していたとはいえ,被告人は,被害児童の
扱いに手を焼き,夫に対応を任せ,それが原因で夫の機嫌が悪くなって,しつけを
超えた暴行を加えかねないことを認識していたのであるから,これを阻止しなけれ
ばならないのは当然のことであり,過大な義務を課すものとは到底いえない。その
旨判示する原判決の判断は正当である。
また,所論は,被告人は,夫が4畳半洋間から被害児童を抱えて洗面所に向かう
際に,これを止めるために言葉を掛け,これまでよりも暴行がエスカレートしてい
ることを察知し,制止の措置をとるなど適切に対処していたもので,夫の犯行を容
易にしていない旨主張する。
この点に関する被告人の供述は,不合理な変遷等もみられるなど,にわかに信用
しがたいものである上,夫の原審公判供述にも,被告人をかばっている様子がうか
がわれるなど,所論のような制止措置が行われたとするには疑問がある。また,仮
に,所論のような措置がとられたのだとしても,原判決指摘のとおり,不十分ある
いは時機を失したものといわざるを得ない。被告人には,原判決が説示するような
直接的で効果的な措置をとることが求められ,これをとることが容易であったと認
められる。これらの措置が講じられていれば,夫の本件犯行は,阻止もしくは相当
困難になっていたと考えられるから,被告人の不作為が夫の犯行を容易にしたこと
は明らかである。原判決の判断に誤りは認められない。
その他所論が主張するところを検討しても,原判決の前記認定,判断に疑いは生
じない。
論旨はいずれも理由がない。
第2控訴趣意中,量刑不当の主張について
1控訴趣意の要旨
被告人を懲役3年に処した原判決の量刑は重すぎて不当である。
2当裁判所の判断
本件は,被告人において,夫の被害児童に対する傷害致死の犯行を容易にして幇
助するとともに,夫と共謀の上,その死体を布団でくるみ布団圧縮袋に詰め,転居
先を含む自宅の押入等に5か月余りの間隠した後に,河原に埋めた死体遺棄の事案
であるところ,原判決が「量刑の理由」の項で被告人に関して説示するところは正
当なものとして是認できる。
原判決も説示するとおり,被告人の幇助の態様は行うべき制止措置を行わなかっ
たという不作為であり,夫の暴行も被害児童を平手でたたくなどするといった比較
的危険性の低いものである。したがって,被告人は,被害児童の死につながるなど
とは夢にも思わず,当時は事態を軽く捉えていたものと考えられる。しかし,被告
人が,母親として本来とるべき措置をとっていれば,このような痛ましい結果には
至っていなかった可能性が高い。夫の責任との間には相応の差があるとはいえ,母
親としてなすべき行為をなさなかった被告人が相応に非難されることはやむを得な
い。
所論は,被告人は3人の子の世話で手一杯な中で,本件暴行に先立つ2回の暴行
の際には夫をたしなめ,本件暴行の直前にも「また何すんよ」などと声を掛けてお
り,これ以上の行為を被告人に要求するのは酷であるという。しかし,これでは不
十分であることは既に述べたとおりであって,被告人が本件暴行を阻止するために
取り得た措置があり,しかも,それが容易であったことからすると,所論が指摘す
る点を量刑上有利に考慮することはできない。
また,死体遺棄については,これを主導したのは夫であるが,被告人もこれに賛
同し夫に全てをゆだねていたのであり,まさに我が子の弔いから目を背け,その死
体を放置していたものにほかならない。現実から目を背け,夫任せにしている態度
は,傷害致死幇助の際の対応と共通するものがある。
所論は,被告人は夫と違って出頭を考えていたから非難の程度はより低いと主張
する。しかし,結局は,出頭しておらず,翻意し埋葬等をしたのでもないから,死
体遺棄に対する非難の強さは夫と変わりがないとした原判決の説示に誤りはない。
そうすると,被告人の刑事責任は重いというべきである。前刑の執行猶予が既に
取り消されており,その分を加算した服役を余儀なくされること,被告人を必要と
する幼子らがいることなど,所論が指摘する被告人のために酌むことのできる事情
を十分に考慮しても,被告人を懲役3年に処した裁判員裁判による原判決の量刑判
断は,同種事案の量刑傾向からみても,市民感覚を踏まえた誠に適切なものといえ
るのであって,これが重すぎるとはいえない。
論旨は理由がない。
第3適用法令
刑訴法396条,181条1項ただし書
平成30年3月22日
大阪高等裁判所第1刑事部
裁判長裁判官和田真
裁判官西森英司
裁判官酒井英臣

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