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平成25年(わ)第1780号,第1989号,平成26年(わ)第3
05号
強盗殺人,傷害,窃盗,覚せい剤取締法違反被告事件
平成27年7月9日千葉地方裁判所刑事第5部判決
主文
被告人を懲役6年に処する。
未決勾留日数中380日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
第1被告人は,Aと共謀の上,平成25年2月20日午前3時40分頃
から同日午前4時57分頃までの間,千葉県松戸市(以下省略)所在
のB駐車場において,同所に駐車していたC所有の普通乗用自動車1
台(時価約27万2000円相当)を窃取した。
第2被告人は,前記Aと共謀の上,同日午前3時40分頃から同日午前
4時57分頃までの間,同市(以下省略)所在のD駐車場において,
同所に駐車していたE所有の普通乗用自動車1台(時価約53万10
00円相当)を窃取した。
第3被告人は,前記A及びFと共謀の上,同月22日午前6時54分頃,
同県柏市GH番地I所在の月極駐車場において,同所に駐車していた
J所有の普通乗用自動車1台(時価約65万6000円相当)を窃取
した。
第4被告人は,法定の除外事由がないのに,同年11月20日頃,同市
(以下省略)所在のK被告人方において,覚せい剤であるフェニルメ
チルアミノプロパンの塩類若干量を加熱し気化させて吸引し,もって
覚せい剤を使用した。
第5被告人に対する傷害被告事件についての平成26年12月1日宣
告の部分判決(以下「部分判決」という。)の(罪となるべき事実)
に記載のとおり。(省略)
(証拠の標目)
(省略)
(争点に対する判断)
第1争点
強盗殺人被告事件(当裁判所は,判示第3のとおり窃盗の限度で認定。
以下「本件」という。)の公訴事実は,「被告人は,普通乗用自動車を
窃取しようと考え,A及びFと共謀の上,平成25年2月22日午前6
時54分頃,千葉県柏市GH番地I所在の月極駐車場において,同所に
駐車していたJ(当時31歳)所有の普通乗用自動車(時価約65万6
000円相当)を窃取し,同所から同市GH番地所在のL前路上まで運
転走行した際,これを発見して同車の前方に立ち塞がった同人に対し,
同車を取り返されることを防ぐとともに,逮捕を免れるため,殺意をも
って,同車を前進させて同人に衝突させて同人をボンネット上に乗り上
げさせ,さらに,同車にしがみついていた同人を転落させるため,その
頃,同所から同市MN番地O所在のP方付近路上に至るまでの約55メ
ートルの間に,時速約11キロメートルから時速約40キロメートルま
で急加速した後,急制動して急減速し,前記Jをボンネット上から同車
前方の路上に放出する暴行を加えてその後頭部等を路面に衝突させ,よ
って,同月28日午前1時頃,同市(以下省略)所在のQ病院において,
同人を頸髄損傷により死亡させて殺害したが,その際,前記A及び前記
Fは,窃盗の犯意を有するにとどまっていた。」というものである。
本件の主たる争点は,⑴被害者に衝突させた車両(以下「本件車両」
という。)を運転していたのが被告人であるか否か,及び,⑵⑴が認め
られる場合,被告人に殺意が認められるか否かであるところ,当裁判所
は被告人が本件車両を運転していたと認めるには合理的な疑いが残ると
判断したので,以下補足して説明する。
第2証拠構造
本件では,被告人が本件車両を運転していたことを裏付ける客観的証
拠は存在しない。
したがって,本件現場にいたA及びF並びに本件の数日後に本件の状
況について話を聞いたというRの各公判供述から,被告人が本件車両を
運転していたことが認定できるか,すなわち,前記各人の供述を信用す
ることができるかが問題となる。
第3前提となる事実関係
関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。
1本件の経緯
判示第3の日時場所において,被告人,A及びFの三人が共謀して
J所有の本件車両(スバルインプレッサSTi)を窃取した。
被害者は,千葉県柏市GH番地所在のL前路上で何者かが運転する
本件車両に衝突し,同車のボンネット上に乗り上げ,約55メートル
先にある同市MN番地O付近路上において本件車両が急制動したこと
によってボンネット上から路上に放出され,その頭部が路面に衝突し,
平成25年2月28日午前1時頃に頸髄損傷により死亡した。
本件当日の夕方,A,F,R及びSなる人物が,本件車両を含む盗
難車両3台を千葉県袖ケ浦市に所在するヤードに売却目的で運搬し
た。
2本件後の経緯
平成25年10月17日,Fが別件窃盗の被疑事実で勾留され,そ
の後さらに別件窃盗の被疑事実等で勾留された。Fは,同年11月1
9日,検察官に対し,本件車両を運転していたのは被告人である旨を
供述した。
被告人は,同月20日,判示第5の傷害の被疑事実で逮捕され,翌
21日に勾留された。
同年12月8日,本件について,被告人が被害者に対する強盗殺人
の被疑事実で,A及びFが本件車両に対する窃盗の被疑事実でそれぞ
れ勾留された。
同月9日,本件の盗品である自動車の運搬について,Rが盗品等運
搬の被疑事実で勾留された。
同月27日,本件について,被告人は被害者に対する強盗殺人の公
訴事実で,A及びFは本件車両に対する窃盗の公訴事実で,Rは盗品
等運搬の公訴事実でそれぞれ起訴された。
Rは,この日までに,検察官に対し,Aと被告人の発言から,本件
車両を運転していたのは被告人であると思った旨の供述をした。
平成26年2月13日,本件車両の窃盗について,Aを被告人とす
る第1回公判期日が開かれ,Aはそれまで黙秘を続けていた本件車両
に対する窃盗について公訴事実を認めた。
同月下旬,Aから,接見禁止中の被告人に対し,Aの弁護人である
T弁護士及び被告人の判示第5の傷害事件の私選弁護人として選任さ
れていたU弁護士(なお,同弁護士はAが金を出して被告人のために
選任した。)を介して,以下の内容等が記載された手紙2通(弁5,
6)がまとめて渡された。
弁5「柏の件,再逮捕の件は,全て被告人主導で行なった事件であり,
私,Aが『実は被告人の言いなりである。』という旨の供述をする
こと。※被告人はどうしても長期刑を避けられないので,せめて私
が少しでも早く出て,サポートに回れるように,という合理的な判
断をしてほしい。」
「F,Rといった人間を使ったのは私の痛切な人選ミスなので,
結果,被告人の人生が大きく変わってしまった。私の社会復帰後に
は,Fらの親,兄弟,女房,子供は安穏な生活など,間違ってもさ
せない。([注]なお,他の文字の抹消部分は完全に読み取れない
ように抹消されているにもかかわらず,「Fらの親~させない。」
との部分には,文字の上に二重線が引かれているものの,文章を読
み取ることは可能な状態となっている。)私は絶対に許さないので,
そこは信頼してまかせてほしい。」
弁6「本当に悪いけど,今回,こうなった以上は,もう被告人を悪者
にして,俺だけでも早く出れる方向にした方が賢こい選択だろ…?
俺が変な男気出して,無駄に長く務めたって,誰も得しないよ。そ
んなら,俺が早く出て,被告人に早いとこエロ本でも送った方がい
いだろ?切り替えるしかねえよ。」
「V([注]なお,同人はAの妻である。)が,最近Fの女を追い
込んだらしいぞ(笑)女はサツに泣きついて,俺にデコから中止命
令が来たよ。」
同年3月18日,被告人は本件について本件車両を運転していたの
は自分である旨を検察官に供述し,被告人の自白調書が作成された。
同年5月29日,Aに対し,本件に関する窃盗を含む窃盗3件,覚
せい剤取締法違反2件について,懲役5年に処する旨の第一審判決が
言い渡された。
Aは前記判決に対し控訴したが,同年9月に前記判決は確定した。
同年11月25日,被告人及び弁護人は強盗殺人の犯人性を認めて
いたそれまでの主張を撤回し,犯人性を争う旨の予定主張書面を当裁
判所に提出した。
第4F,R及びAの各供述の要旨
1F供述の要旨
本件当日朝にAから本件車両までの道案内を頼まれたため,被告人及
びAと共に青色ハッチバック型のスバルインプレッサ(以下「帯同車両」
という。)に乗車して本件現場に向かった。
本件現場に到着後,被告人とAが帯同車両から降りて外に出た。本件
車両のエンジンをかけて運転したのは被告人であり,そのときFは帯同
車両の運転席に,Aは帯同車両の助手席に座っていた。
本件車両のエンジンがかかる音がしたところで,助手席のAから「発
進していいよ。」と言われたので,帯同車両を駐車場から出した。本件
車両も帯同車両に少し遅れて駐車場を出た。
帯同車両で走行中,Aが後ろを振り返って「人が出てきた。」と言っ
たのでサイドミラーで確認をしたが,人も本件車両も見えなかった。A
が「頭から落ちてた。」と言っていた。
その後,松戸市内の立体駐車場に本件車両を置き,帯同車両に3人で
乗って帰った。その際,被告人は「人が出てきて車の上に乗ってきた。
走って追いかけてきた。」と言い,Aは「頭から落ちてたよね。」と言
っていた。
2R供述の要旨
本件の二,三日後,Aの車の中で,A,被告人及びRの3人で本件に
ついて話をした。
本件車両の持ち主が轢かれた話の中で,Rが「運転したのはAか」と
尋ねたところ,Aが「被告人だ。」と答え,被告人はその会話を聞いて
いたが何も言わなかった。被告人は「落ちて,後ろを振り返ったら,起
き上がったので,そのまま逃げてきた。」と言っていたので,本件車両
を運転していたのは被告人だと思った。
3A供述の要旨
本件当日,被告人と本件車両を盗みに行くことになり,道案内のため
にFを呼び出して合流し,3人で帯同車両に乗車して本件現場に向かっ
た。
被告人が本件車両のエンジンをかけて運転し,Aは帯同車両の助手席
に,Fは帯同車両の運転席にいた。
帯同車両が先に駐車場から出て,すぐ後ろに本件車両が来ていた。後
ろを振り向いて見ていたところ,アパートから人が出てきたので,Fに
「人が出てきたよ。」と言った。ガシャンという音がしたので,助手席
のドアミラーを見ると,ドアミラー越しに,本件車両のボンネット上に
人が大の字になってフロントガラスの左右の枠を掴んでへばりついてい
るところが見えた。本件車両は歩くようにゆっくりと走り,左右に蛇行
したりブレーキを踏んだりしていた。道が右カーブになっているところ
で,人が遠心力でごろんと横か斜めに頭から落ちた。落ちた後,一回転
して立ち上がり,追いかけていたように見えた。
ボンネットに乗っていた人が落ちたので,「前,走っちゃっていいよ。」
とFに指示を出し,最終的には保管場所である松戸の立体駐車場に行き,
本件車両を置いた。3人で帯同車両に乗っている際,被告人が「持ち主
が飛び出してきた。飛び込んで,ボンネットに乗っかってきた。」と話
していた。
第5F,R及びAの各供述の信用性の検討
1F,R及びAの各供述は,本件車両を運転していたのが被告人である
という点で合致しており,一見すると相互に信用性を高め合っているよ
うにもみえる。しかし一方で,被告人は本件車両を運転していたのはA
であると供述している上,AとF・Rとの間には一定の関係もうかがわ
れることから,F,R及びAの供述の信用性については慎重に検討する
必要がある。
2F及びR供述の信用性
Fは犯行状況について,Rは犯行後の被告人らの言動についてそれ
ぞれ供述しており,両者の供述は前記のとおり,被告人が本件車両を
運転していたという点で内容が整合している。両名の本件への関わり
からすると,それぞれの思惑で独立して内容の整合した虚偽供述をす
るとは考えにくく,また,F・R両名の間のみで虚偽供述について通
謀することも考え難い。両名の供述が虚偽であるとすれば,Aから両
名に働きかけがあった場合しか考えられない。
アそこで,FとAの関係性についてみると,Fからみれば,Aは特
定危険指定暴力団であるW会に入っている年上の先輩であり,出所祝
いとして現金10万円をもらったりするなど世話になっているほか,
本件の際もAに呼び出されて道案内をしていることから,Aに対して
従属的な立場にあったことがうかがわれる。また,Aが被告人に宛て
た手紙にはAの関係者がFの妻に何らかの嫌がらせや危害等を加えた
ことをうかがわせる文章が記載されており,Aがその気になれば,F
又はその妻子を「追い込む」ことでFに圧力をかけることができる立
場にあったことがうかがわれる。
他方,Fと被告人との関係をみると,本件までに一,二回会った程
度の関係でしかない上に,FはAと被告人を天秤にかけた場合,世話
になっているAの方が重くなる旨の発言をしたことを認めている。
これらの事情からすれば,Fは,Aから本件車両を運転していたの
は被告人である旨の虚偽供述をするよう働きかけがあれば,これに応
じて虚偽の供述をする可能性がありうるという関係にあるといってよ
い。
イRについても,AがW会に入っていることを認識し,盗品の運搬
を依頼されてAから報酬をもらう関係にあったこと,他方で,被告
人との付合いはほとんどなかったことからすれば,Fの場合と同様,
Aから,同様の働きかけがあれば,これに応じて虚偽の供述をする
可能性がありうる関係にあったといってよい。
次に,AがF及びRに実際に働きかけをする機会がありえたかにつ
いて検討する。
本件からFが別件窃盗の被疑事実で逮捕されるまでには約8か月間
もの期間があることからすると,その間にAがFらと通謀することも
客観的にみると可能であった。
また,Aは,被告人との間で,自己の費用で付けた弁護人らを通じ,
被告人に接見禁止が付されていたにもかかわらず,前記のとおり,自
己の刑責を軽減するため,被告人に何らかの刑責を負ってもらいたい
旨を依頼する内容の手紙をやりとりしている。さらに,Aと被告人は,
弁5,6の手紙以外にも手紙のやりとりがあったことを一致して認め
ている上,FもAの弁護人と接見したことがある旨を認めている。こ
のように,Aは,自己の刑責を軽減するため,弁護人らを利用して,
共犯者に対する連絡を実際に行っているのであり,Fらの逮捕後にA
が働きかけをすることも可能であったといってよい。
これに対し,検察官は,F及びRの両名が本件車両を運転していた
のは被告人である旨供述し始めた時期は,Aが本件車両の窃盗につい
ていまだ逮捕されていない又は逮捕後黙秘・否認していた時期であり,
そのような時期にAがA自身の窃盗の犯人性を裏付けるような働きか
けをするのは不自然であると主張する。
しかし,本件では人が死亡するという重大な結果が生じていること
や,Aらが本件車両を売却したヤードに警察の捜索が入っていること,
後にFが別件で逮捕されている状況などからすれば,Aはいずれ自分
にも捜査の手が及ぶことを想定していてもおかしくないのであり,自
らの刑責が重くならないように予めFやRに働きかけることは不自然
とまでいえない。特に,窃盗と強盗殺人では刑の重さが全く異なるの
であるから,本件車両を運転していたのがAであった場合,Aとして
は,窃盗について刑責を負うことは避けられないにしても,重い強盗
殺人の刑責を負うことだけは避けるべく,Aが逮捕される前あるいは
Aが黙秘・否認していた段階において,F及びRに,本件車両を運転
していたのは被告人である旨供述するよう働きかけることも考えられ
なくはないのであり,F及びRの供述時期から,Aによる虚偽供述の
働きかけがなかったと断定することはできない。
また,検察官は,自らの裁判を終えて服役中のF及びRが偽証罪と
いう新たな罪を犯してまで虚偽供述をすることは考え難いこと,Aを
かばうのであれば,被告人ではなく架空の人物に押しつけることも可
能である旨指摘するが,前者については,偽証罪による制裁よりもA
からの報復を恐れて虚偽供述をする可能性もあり,後者については,
架空の人物に罪を押しつけることを成功させる現実的可能性が低いこ
とを考えれば,Aが架空の人物ではなく,一緒に本件現場にいた被告
人に罪を押しつけることを指示したとしても不自然ではない。
Fの供述内容についてみると,弁護人が主張するとおり,FはA及
び被告人と一緒に本件現場にいてその際の状況を共有しているのであ
るから,Aと被告人を入れ替えて話をしたとしても特段の矛盾は生じ
ない。さらに,Fは,Aではなく被告人が本件車両の窃盗の実行行為
を行うことになった理由について,Aに本件車両を盗む技術がなかっ
たからだと思うと述べるが,Aは,本件当時,年間500台もの自動
車を盗んでいた,自動車のエンジンをかけるのはA,F及び被告人の
いずれもができたと供述しているのであり,FにはAをかばっている
様子もうかがえる。
Rは,A及び被告人とのやりとりを具体的に述べているものの,A
の意に沿ってあたかも被告人が犯人であるかのように話すこともでき
ることからすると,被告人が犯人であるとするFやAの供述を強く裏
付ける性質のものとは言い難い。
以上のとおり,F及びRの各供述は,相互に整合しているものの,
Aからの働きかけを受けて,本件車両を運転していたのは被告人であ
る旨の虚偽の供述をしている可能性が否定しきれないのであって,F
及びRの各供述をそのとおり信用することは躊躇せざるを得ない。
3A供述の信用性
本件車両を運転していたのがAである場合,Aには自己の犯罪を被
告人に押しつけるために虚偽の供述をする十分な動機がある。当公判
廷の時点で,本件車両の窃盗に関するAの裁判はすでに確定しており,
改めてAが強盗殺人の刑責を問われることは法律上考えられないにし
ても,一度被告人を犯人として供述した以上,今更この供述を覆すこ
とができず,当公判廷でも同じ虚偽供述を維持することは十分に考え
られる。
また,Aは,自己の刑責が重くならないよう,被告人に働きかけを
したり,自らが被告人となっていた公判廷では本件時の状況について
詳細な供述を避け,当公判廷で初めて詳細な供述を始めているところ,
これらの事実はAが自己の置かれた状況に応じて供述内容を変えてい
ることをうかがわせるものであって,その供述態度は真摯なものとは
認め難い。検察官が主張するように本件車両の売却代金の分配につい
て自己の公判廷での供述を当公判廷で被告人に有利な方向に変えたか
らといって,A供述の信用性が高まるというものではない。
また,本件の犯行状況に関するAの目撃供述は,助手席側のドアミ
ラー越しに見ていたにもかかわらず,本件車両の動きを細かく観察す
ることができている点や,本件車両の速度やボンネットの上から落ち
た後の被害者の動きについて,本件車両のカーナビゲーションシステ
ムの速度に関するデータといった客観的証拠やY医師の意見といった
専門的知見と異なる供述をしている点でやや不自然な面が認められ
る。一方で,被告人が本件車両を運転していたのでなければ説明でき
ないような内容は含まれておらず,A自身が本件車両の運転席から見
た光景をあたかも帯同車両の助手席から見ていたように供述したもの
だとしても不自然な点はない。
これについて,検察官は,当公判廷における帯同車両の助手席から
見た犯行状況に関するAの供述内容(第5回公判期日)と被告人の供
述内容(第6回公判期日)はほぼ同じであり,Aが犯人であるならば,
Aの後に供述をする被告人の当公判廷における供述内容を予期して同
じ内容を証言したことになるが,それは不可能である旨主張する。
しかし,被告人が当公判廷で供述した犯行目撃状況は,後述のとお
り,A供述に比べてかなり曖昧な内容である上,本件車両の動きをド
アミラー越しではなく振り返って見ていたという点でもA供述とは異
なるのであり,両者の供述内容がほぼ同じであるとする検察官の主張
はその前提に誤りがあるといえる。
よって,Aの供述もその内容どおり信用するまでには至らない。
4結局,F,R及びAの供述から,被告人が本件車両を運転していたこ
とが間違いないとまで判断することはできない。
第6被告人の供述について
1被告人の当公判廷における供述の要旨
本件当日,Aに誘われて,途中で合流したFと3人で帯同車両に乗
って本件現場に向かった。
本件現場に到着後,被告人とAが帯同車両から降りて外に出た。被
告人は,Aが本件車両のドアを開ける作業を手伝い,ドアが開いた後
は帯同車両の助手席に戻って,Fが同車の運転席に移動した。
Aが本件車両を盗みだす作業をしていたところ,本件車両のエンジ
ンがかかった音がしたので,Fに「出していいですよ。」と指示を出
し,帯同車両が駐車場から出た。
本件車両が来るのが遅いと思って振り返ると,人が手を広げて本件
車両の真正面に立っているのが見えたが,一瞬しか見ていないので,
どこから人が出てきたかはわからない。「人が出てきた。」とFに聞
こえるくらいの声でつぶやき,後ろを振り返って見ていると,被害者
が本件車両のボンネット上から転がって頭から落ちたのが見えた。一
瞬のことなので,本件車両の動きはわからない。
その後,松戸の立体駐車場に行った際,Aに「大丈夫ですか。」と
聞いたところ,Aは「おう。人が出てきたよ。」と言っていた。
本件で逮捕後,検察庁でAに会った際に,黙秘することを暗示する
ようなAの発言があったため,黙秘をしていた。
そして,平成26年2月下旬に弁護士を通じてAからの手紙2通(弁
5,6)をまとめて渡された。弁5の手紙に記載されていた「柏の件」
は「全て被告人主導で行なった事件」であり,「Aが『実は被告人の
言いなりである。』という旨の供述をすること」という文面から,同
手紙の趣旨は,本件車両を運転していたのは被告人であることを確定
させろという趣旨のAからの指示であると受け取った。また,「Fら
の親,兄弟,女房,子供は安穏な生活など,間違ってもさせない。」(弁
5)という部分が読めるように二重線で消されているのは,Aの言うこ
とをきかなければ,自分の妻子にも同じことをするという趣旨だと受
け取った。
2被告人の供述の検討
Aが本件車両を運転していたという被告人の当公判廷における供述
の内容は,格別不自然な点は見当たらない上,Fの供述との整合性につ
いてみても,犯行時におけるAと被告人の立場を入れ替えると,Fの供
述と合致する。
供述の変遷について
検察官は,被告人の供述が変遷していることを理由に,被告人の当公
判廷における供述は信用できないと主張するので,以下この点について
検討する。
被告人は本件について当初黙秘をしていたが,平成26年3月18日
に検察官に対して自分が本件車両を運転していたと述べ,自白調書を作
成したものの,その後,公判前整理手続の途中で本件車両を運転してい
たのはAであるとして犯人性を争う主張を始めて公判に至っており,検
察官が主張するとおり供述の変遷が認められる。
ア被告人は,前記自白調書を作成するに至った理由について,要旨,
以下のように説明している。
自白調書を作成した理由の一つ目は,前記2通の手紙によるAから
の圧力である。Aが意図する趣旨は,強盗殺人の犯人だと自白しろと
いうものだと解釈した。過去にもAからの電話に出なかったことで,
家にいたずらをされたり車を壊されたりした経験があり,また,手紙
にはFの妻を追い込んだ旨も記載されていたことから,自分もAの言
うことを聞かなければ妻子が追い込まれると思った。
理由の二つ目は,Aからの経済的支援への期待である。Aは,被告
人の傷害事件について約60万円の費用をかけて私選弁護人を付けて
くれたほか,被告人が強盗殺人で逮捕された際にはAの妻が被告人の
妻に150万円を渡そうとするなど,やることをやってくれる姿勢を
示しており,Aが出所後に被告人の家族を経済的に支えてくれること
を期待した。
理由の三つ目は,あきらめである。日本の有罪率の高さは知ってい
たので,起訴されたら終わりだと思った。また,起訴直前にX刑事に
「私が犯人じゃないと自分が供述したらどうなりますか。」と聞いた
ところ,同刑事から「今更そんなことを言ったって,事前共謀があっ
たとか何とか言って,二人とも強盗殺人になるのがオチだろうね。」
「全員が実体験者なので,要するに,言ったもん勝ちであって,早く
供述したもん勝ちという状況である以上,お前が何を言ったって変わ
ることはない。」等と言われたことから,Aと被告人が二人とも強盗
殺人になるよりは,助かれる者が助かればいいと思った。自白をすれ
ば接見禁止がとれるかもしれないという期待もあり,X刑事から「窃
盗とひき逃げだから自白すれば10年から15年だ。」と言われたこ
とや,取調べの際にAが同人の公判廷で本件車両を運転していたのは
被告人である旨供述したと聞かされたことも理由の一つである。
以上が被告人の説明の要旨である。
イAからの弁5の手紙の内容は,文言どおりに読むと,Aが当公判廷
で述べるように,一連の自動車窃盗の首謀者を被告人とするよう指示
する内容と読むのが素直であろう。これに対して,被告人は,「柏の
件」でかばうといったら,車を運転していた犯人が誰かということに
なるし,同時に渡された弁6の手紙に書いてあったAが無駄に長く務
めても誰も得しないという文面から考えても,本件車両を運転してい
たのが自分であると自白しろという趣旨と解釈したと説明する。この
被告人の説明は,やや不可解な点はあるものの,既に強盗殺人で起訴
されていた被告人の立場等に鑑みると,明らかにおかしいと言い切れ
るものでもない。
また,被告人が述べるX刑事とのやりとりには,「録音録画の場で
真実を語り出したら,警察としては再捜査せざるを得ない。」「録音
録画をやるときは違う人を迎えに行かせる。そしたら断ってくれ。」
と言われたなど,実際に体験しなければ話しえないような具体的な供
述が含まれており,前記やりとりが被告人の全くの作り話とは断定で
きないのであり,前記の一連のX刑事の発言を受けて,被告人が真実
を話すことをあきらめ,Aからの経済的支援を期待してその指示に従
ったというのも,ありえないとまで言い切れるものではない。
ウこの点,検察官は,被告人はAからの手紙を受け取る前からX刑事
に対して自分が本件車両を運転していた旨の自白をしていた(このこ
とは平成26年3月18日の取調べの際の検察官と被告人とのやりと
りから明らかであると主張する。)のであり,Aからの手紙を受けて
自白するに至ったとする被告人の供述は信用できないと主張する。
3月18日の取調べの際の検察官と被告人とのやりとりからは,被
告人がX刑事に対してどのような供述をしていたか定かではないが,
仮に検察官が主張するように被告人がAからの手紙を受け取る前から
X刑事に対して自白をしていたとしても,被告人が自白するに至った
理由はAからの手紙だけではないのであるから,そのことのみをもっ
て被告人の供述が信用できないと断定することはできない。
エ次に,被告人は,犯人性を争うに至った理由について,要旨,以下
のように説明している。
Aの第一審判決後,Aの行動が変わり始め,被告人の弟宛てに「被
告人なんていう男とはもう付き合う価値がない」と書かれた手紙が送
られたり,Aの紹介で車を売却した相手からの支払いが止まるなどし
たことから,Aに裏切られた,はめられたと気付いた。また,Aに対
して控訴などせずに早く出所してほしい旨の手紙を送ったところ,子
供が自転車に乗る練習をさせるために保釈申請をしているところであ
ると伝えられ,冗談じゃないと思った。
しかし,Aの刑が確定するまでは嘘を貫かなければならないと思い,
Aの判決確定後に弁護人に相談をし,主張を変更することになった。
以上が被告人の説明の要旨である。
オ被告人が犯人性を争うに至ったのはAの判決確定後であり,この時
点でAが強盗殺人の刑責を問われる可能性はないことからすると,A
の指示に反した場合に予想されるAからの報復の程度は,それ以前に
比べて低くなったと考えることもできる。
また,強盗殺人の法定刑は死刑又は無期懲役であることを被告人は
知っていたというのであるから,公判期日が近付く中で,自分がかぶ
ることになる刑責の重さを感じ,前記のように被告人が説明する理由
で自白を撤回して犯人性を争うに至ったというのも全く信用できない
というものではない。
カ供述に変遷があることは,一般的には,その供述の信用性に疑いを
持たせるものであるが,以上のとおり,被告人は,その変遷について,
不合理であると言い切れないそれなりの理由を説明しているのであっ
て,被告人の供述の変遷があるからといって,これが,被告人の当公
判廷における供述を全面的に信用できないものとするようなものでは
ない。
キなお,被告人の自白の内容は,被告人が帯同車両の助手席から見た
光景をあたかも本件車両の運転席から見たように話せば足りる内容で
あり,被告人が犯人でなければ話しえないような内容を含むものでは
なく,これを直接本件の認定に用いることはできない。
第7結論
仮に,F,R及びAが供述するところによれば,被告人が本件車両を運
転していたということとなり,これを反駁する事情は見当たらないのであ
るから,それが事実であるのかもしれないが,以上検討したとおり,F,
R及びAの各供述の信用性には疑問が残り,これらを鵜呑みにすることは
できない。結局,被告人が本件車両を運転していたということが常識的に
みて間違いないと認められるほどの証明はなされていないというほかな
いのである。
よって,被告人には強盗殺人罪は成立せず,窃盗罪の共同正犯が成立す
るに止まる。
(累犯前科)
1事実
(省略)
(省略)
2証拠
(省略)
(法令の適用)
罰条
判示第1ないし第3の行為いずれも刑法60条,235条
判示第4の行為覚せい剤取締法41条の3第1項
1号,19条
判示第5の行為刑法204条(部分判決の(罰条の
適用)に記載のとおり)(省略)
刑種の選択
判示第1ないし第3及び第5の罪について
いずれも懲役刑を選択
累犯加重
判示第1ないし第3の罪についていずれも刑法59条,56条1項,
57条(いずれも前記⑴⑵の各前
科との関係で3犯)
判示第4及び第5の罪についていずれも刑法56条1項,57条
(いずれも前記⑵の前科との関係
で再犯)
併合罪の処理刑法45条前段,47条本文,1
0条(最も重い判示第5の罪の刑
に刑法14条2項の制限内で法定
の加重)
未決勾留日数の算入刑法21条
訴訟費用の処理刑事訴訟法181条1項ただし書
(不負担)
(量刑の理由)
13件の窃盗についてみると,被害総額は合計約145万9000円と
大きく,いずれも被害弁償はされていない。これらの犯行は,自動車窃
盗を繰り返す中で行われた職業的犯行といえるものであって,強い非難
に値する。
2次に,傷害についてみると,その動機は身勝手であり酌量の余地はな
く,顔面を蹴るなどの暴行態様は悪質であり,傷害の結果も全治約1か
月と重い。
3そのほか,覚せい剤の自己使用にも及んでおり,被告人は,傷害等の
前科で服役して出所した後,2年も経たないうちにこれらの本件各犯行
に及んでいるのであって,犯情は悪い。
そこで,窃盗及び覚せい剤の自己使用については当公判廷において反
省の弁を述べていること,傷害については被害者側に対して謝罪及び被
害弁償の申入れを行っていることなど,被告人にとって酌むべき事情も
考慮した上,主文のとおりの刑を量定した。
(検察官の求刑・無期懲役,弁護人の科刑意見・懲役6年)
(裁判長裁判官髙橋康明裁判官鈴木敦士裁判官岡井麻奈美)

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