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裁判例


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平成15年6月6日宣告
平成14年刑(わ)第675号
強制わいせつ,公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例違

主文
被告人を懲役3月に処する。
この裁判が確定した日から2年間その刑の執行を猶予する。
本件公訴事実中強制わいせつの点については,被告人は無罪。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,平成14年1月26日午後6時15分ころ,東京都文京区ab丁目c
番d号eマンション1階非常階段付近において,A(当時11歳)の臀部を左手で
なで上げるように触わり,もって,公共の場所において,人を著しくしゅう恥さ
せ,かつ,人に不安を覚えさせるような卑わいな行為をした。
(一部無罪の理由)
1 本件公訴事実中,強制わいせつの点の要旨は「被告人は,通行中のB(当時1
2歳)を認めて,にわかに劣情を催し,強いて同女にわいせつな行為をしようと企
て,平成12年12月6日午後6時30分ころ,東京都文京区af丁目g番h号先
路上において,いきなり同女に抱きつく暴行を加え,下着の上から手指で同女の陰
部をなで回すなどし,もって,強いてわいせつな行為をした。」というもの(以
下,単に「本件」ともいう。)であるところ,関係証拠によれば,B(以下,「被
害者」という。)がそのようなわいせつ行為の被害にあったことは明らかと認めら
れる。
  しかし,被告人は公判廷において,本件の犯人であることを明確に否認し,こ
の点を証し得る主要な証拠としては,被害者の一連の供述及び被告人の捜査段階で
の供述が存するものの,当裁判所は,これらの証拠をもってしては本件公訴事実を
認定するに十分でないと判断した。その理由は以下に述べるとおりである。
2 最初に,被告人が本件の犯人であるとする被害者供述の信用性について検討す
る。
(1) まず,被害者のこの点に関する供述内容は,概ね以下のとおりである。
 ① 第2回公判のビデオリンク方式による証人尋問における供述の要旨は,次
のようなものである。
  平成12年12月6日午後4時半ころ,自宅を出て自転車でC先生の塾に
向かった。途中コンビニで友達と遊び,午後6時15分ころ1人で塾に向かった。
天気はちょっと曇りで,もうすぐ雨が降るくらいで,外は暗かった。午後6時半こ
ろ塾の前につき自転車を止めて自転車を降りたとき,後ろから来た男に後ろから抱
きつかれて,本件被害にあった。
  犯人の顔は全部で3,4回見た。(以下には,回数等が合わないものの,
被害者が述べる状況を列挙する。)犯人の男に最初に気が付いたのは,D坂を上が
っている途中に,その途中の道から犯人が来て,私の前方を歩き,その後ろ姿を見
た。対向方向から車が来たので止まって,通り過ぎた車を見るのに振り返ったとき
に斜め前にいた犯人の顔を見た。坂が急になっているので自転車を降りようとして
後ろを振り返ったときに,斜め後ろで普通に歩いている犯人を見た。坂の途中の自
動販売機でジュースを買って,自転車に乗るときに周りを確認した際にも犯人の顔
を見た。その後,犯人を追い抜き,また対向方向から車が来たので止まって,その
車の去って行く方を見たときにも犯人を見た。被害にあったときにも,私が声を出
して,走り去る犯人のコートを一瞬つかんだときに,こちらを見た犯人の顔を見
た。坂にもライトがあったし,C先生の家から1メートル位のところにもライトが
あるので,先生の家の前は明るく,その男の顔はちゃんと見えた。3,4回見たの
は同一人物に間違いない。
  犯人は,高校生か学生のように見え,年齢18歳から22歳くらい。服装
は黒っぽいフード付の紺色ロングコート,白に赤チェックのワイシャツ,グリーン
色フリース,白い肩掛けバッグ,黒線入りの白いスニーカー,横に長い丸の眼鏡を
かけていた。眼鏡の縁取りの色までは分からないが,レンズは透明。顔について
は,髪の毛は黒で,前髪は真ん中分け,全体的な顔は逆三角形というか,あごの部
分が細い感じで,顔の色は黄色っぽい感じで白い。顔で特徴的,印象的なものは,
目が細めだったが,ほかには特にない。身長は当時158センチメートルだった私
(ただし,本件当日の警察官調書(甲5)では,被害者の身長は160センチメー
トルくらいとされている。)より頭半分,10センチメートルくらい高かったので
170センチメートルくらい。本件当日に作成された被害届(甲1),警察官調書
(甲5)や当日自宅で記憶に従って描いた似顔絵(第2回公判の被害者供述調書末
尾添付)に記載されている右頬の黒いほくろは,はっきり見たし,当時は顔の特徴
としてあった。また,それらに記載されているように黒っぽい縁取りの眼鏡だった
ことも間違いない。
  平成14年1月ころ,E警察署から,別の事件で捕まった犯人が私の事件
と同一犯ではないかと思われるので,顔を確認してほしいと言われて,警察に行っ
て,隣の部屋から犯人の顔を見て,一瞬見たときから犯人だと思った。眼鏡と顔の
形が一致していた。犯人の顔を確認して,当時の記憶がよみがえり怖くなった。ほ
くろがないことには気が付いたが,ほくろがあるにもないにも,他の部分はすべて
一致している。眼鏡がなくても,目,前髪,顎の形から鼻まで,顔のつくり,すべ
て一致していて,雰囲気もすべて当時のまま,そのままである。
  書画カメラで法廷の被告人の容貌を見て,犯人に間違いないといえる。顔
で分かる。眼鏡と髪型と顔の形が一致している。
② 次に,第14回公判での供述の要旨は次のとおり。
 犯人の持っていたバッグは,犯人を振り返って見たときから,被害に遭っ
て犯人が逃げ去るときまでの間見た。一番近い距離でバッグを見たのは,私の正面
に犯人がいたときで,距離は数センチメートルしか離れていなかった。それは,肩
掛けかばんで,かばんの肩にあたる所に部分的に黒い別の布が付いていて,生地は
粗めで,ふたがチャックではなく垂れかけるもの,四角形で幅60センチメート
ル,高さ35センチメートルくらいで,色は白っぽい汚れかかったベージュに近い
白。犯人は左肩に垂れるように掛けていた。かばんには物が入っていてふくらんで
いた。コートをつかんだとき,犯人のかばんが開いた状態で,中の生地が私の右手
の甲に当たった。またこのときかばんの中身が見えた。そこから本の見開き側が見
えた。
 被害届などで白色と言っていたのは,当時はベージュという言葉も知らな
かったし,白とベージュの区別も付かなかった。被害直後から白っぽいかばんでち
ょっと汚れかかっていて,純白ではないと親と警察と塾の先生にも言っていた。似
顔絵を作成した際,かばんの絵とその特徴は書いている。特徴は,垂れかける肩掛
けかばんで,黒いのが肩に付いていて,四角形で,中が見えるくらい開いていた,
と書いた。
 犯人の持っていたかばんは被告人の物(平成14年押第2148号の3)
と同一である。四角形の肩掛けかばんで,肩のところに黒いものが付いているこ
と,粗い目の布,垂れかかった蓋など,形,大きさ,特徴,肌触り等からして,9
9パーセントこれだと言える。
③ 被害者自身が,被害直後に当時の記憶のとおりに話してそのとおり記録さ
れており,証言内容よりそちらの方が正確であると思うと述べる,いずれも本件当
日に作成された被害届(甲1),被害者の警察官調書(甲5)によると,犯人の男
は,年齢18歳から22歳くらい,身長170センチメートルくらい,髪は黒色普
通で,真ん中分け面長,色白,右頬にほくろ,黒っぽい縁取りの細長い眼鏡,白と
赤のチェックのシャツ,グリーン色フリース,黒っぽいフード付のロングコート,
黒色ストレートズボン,白色のスニーカーで黒線入り,肩から掛ける白色布製バッ
グ,一見大学生から高校生風,と描写されている。
  また,同様に本件当日に被害者が作成した似顔絵(第2回公判の被害者供
述調書末尾添付,弁68。弁68は,供述経過を示すための証拠にとどまる。な
お,これらは被害者が作成した似顔絵の白黒コピーであり,付記された説明も被害
者が記載した部分を警察においてワープロにより転記したものであるが,証拠に照
らし,被害者作成の似顔絵そのものと実質的に同一内容であると認められる。)に
よれば,犯人の人相・着衣としては,年齢18歳から22歳くらい,身長170セ
ンチメートルくらい,やせ型,色白,黒色フード付きコート,モスグリーン色シャ
ツ,黒ズボンと記載され,顔は逆三角形であごの部分が細長い形に描かれ,眼鏡は
黒縁の横に長く丸い感じで,目は細く,髪は真ん中分け,前髪が盛り上がった感じ
で頬が尖った感じとされているほか,右頬の唇右端の少し上に黒いほくろがそれと
意識して描かれている。
④ また,被告人の面通しを行った平成14年1月28日付けの被害者の警察
官調書(甲6,弁65。被告人を犯人と識別する部分は,供述経過を示すための証
拠にとどまる。)の供述内容は,以下のとおり。
  犯人の顔の輪郭,目鼻,服装等の各特徴ははっきり記憶している。犯人に
似た男を警察で捕まえているとの連絡を受け,警察署に来た。(透視鏡で被告人を
確認させると)びっくりしました。あの男が犯人です。見た瞬間,心臓がどきどき
して被害時のことが頭をよぎり一瞬声が出そうになった。犯人に間違いない。被告
人の黒縁の眼鏡,目がくるりとしていること,顔の輪郭が同じこと,髪を真ん中分
けして前髪を垂らしていること等が犯人と全く一緒である。被告人の顔を見て,似
顔絵に書いたほくろがにきびのようなものを潰した跡であることが分かった。似顔
絵も被告人とそっくりで犯人に間違いない。
 (2) そこで,被害者の供述の信用性につき,順次検討する。
  まず,被害者の被害届,当初の警察官調書(前記(1)③)はいずれも被害直後
の記憶に薄れがなく,印象が強い時点で,被害の模様や犯行前を含めて被害者が犯
人を目撃した際の状況,犯人の特徴等につき自らの認識,経験を率直に述べる自然
なものであって,格別不自然あるいは不合理なところは見当たらず,しかも犯人が
未だ特定すらされていない段階で,ことさら事実と異なる申立,供述をするような
事情も全く考えられないから,それ自体として高い信用性を有する。加えて,関係
証拠によれば,犯行当時,日没からは既に2時間ほど経過していたものの,被害者
が犯人を目撃した通りには街路灯が18か所設置してあり,被害者は視力も良好で
あったと認められるから,被害者において犯人の着衣,容貌等を視認しうる客観的
条件は整っていたといえる。特に犯行現場においては,12.5メートル離れた所
に街路灯が点灯しており,約2メートル離れても着衣の色等の識別は十分できる状
況にある(甲8)中で,被害者は,逃げようとした犯人のコートを引っ張ったとき
に振り返ったその容姿を目撃しており,その距離はかなりの至近距離でしかも犯人
の正面から犯人を確認している(そのほか,検察官調書(甲7)によれば,抱きつ
かれる直前に振り返った際にも,至近距離から犯人の顔を見たものとも窺われ
る。)。被害者が犯人を見ていた時間は長いとまでは言えないものの,短い間隔の
間に数回にわたり犯人の容貌を目撃し,その人物による犯行の被害を自ら体験した
ものであるから,その人物像につき強烈な印象を抱き,鮮明に認識し,記憶したで
あろうことは想像に難くない。そして,被害者は自ら,当時記憶のままに正確に供
述したし,そのとおりに正確に記録された旨述べているところ,被害届(甲1),
警察官調書(甲5)におけるその申立,供述内容をみても,犯人の着衣,容貌等の
特徴について極めて具体的かつ詳細に述べられており,被害者の知覚,描写能力等
が優れていることを十分窺わせる。さらに,当日の夜,自宅で自らの記憶に従って
作成したもので,他の者の作為が混入する可能性が全くない似顔絵(弁68等)の
記載内容とも良く整合している。以上からすると,被害届,当初の警察官調書,さ
らには似顔絵に記載された内容は十分信用でき,これらに現れたところは本件の犯
人像を正確に指し示すものとみるのが相当である。
  そして,これに相応する範囲で,被害者の公判証言も信用することができ
る。
(3) 問題は,被害者の同一性承認供述の信用性,すなわち,被害者が目撃した犯
人と被告人との同一性である。
① 被害者は,公判廷において,犯人と被告人との同一性を一貫して明確に証
言しているところ,確かに,似顔絵と被告人とを比較すると,髪の毛を真ん中分け
にしている点,似顔絵には前髪がもりあがった感じとワープロ書きで記載されてい
るもののふくらんだ髪型の全体的な印象,輪郭が逆三角形で面長であること,眼鏡
が横に長い丸形という形状,目が細いという点を含め全体の印象は被告人とよく似
ているといえる。そして,被害届及び当初の供述調書における犯人の諸特徴と被告
人とを比較すると,年齢,一見大学生から高校生風であること,髪形,輪郭及びあ
ごの形,掛けているめがねの形状及び目の特徴等,そこに示されている犯人像は多
くの部分で被告人と符合するのである。また,面通しの状況をみても,被害者供述
及びこれに立ち会った警察官Fの公判証言等によれば,被害者は,被告人を一瞬見
たときから被告人が犯人であると断言し,また顔かたち,輪郭,髪の垂らした状
態,眼鏡,くるりとした目の特徴,顎の部分等から犯人に間違いない旨具体的に符
合する箇所を挙げている上,犯人の顔を確認して脅える様子を見せるなど,そこに
は被害当時の記憶を思い起こして怖くなった被害者の心境が迫真性をもって示され
ており,これらに照らせば,被害者の犯人識別供述も,十分信用できるもののよう
にも思われる。
② しかしながら,仔細に検討すれば,被害者の供述内容には様々な疑問点が
存するのである。
(ア) 先ず,被害者は犯人の特徴として右頬に黒いほくろがあることを供述
しているが,被告人にはそのようなほくろが見られない。一般に顔のほくろの有
無,その位置,様相等は,人物の容貌を特徴付ける主要な要素の一つであり,それ
が人物を特定し,あるいは同一性を判別する際に重要なポイントとなることは明ら
かである。特に,被害者は本件の犯人につき,被害直後から一貫して犯人の右頬に
はほくろがあった旨供述しており,それが右頬で唇右端の少し上という見やすい位
置にあることや,似顔絵においてはわざわざ絵のほかに説明まで付加していること
などからして,当該ほくろが被害者にとっても,客観的にみても,犯人の顔の中で
特に目立つ特徴の一つであることは容易に看て取れる。そのような犯人識別の主要
なポイントの一つが明らかに被告人と符合しないことは,犯人と被告人との同一性
に容易に無視し得ない疑問を投げかけるものというほかない。
  この点,検察官は,<ア>本件当時,被告人の顔にほくろと見間違うにき
びや何らかの跡等がなかったとはいえない,<イ>短時間かつ暗い場所での人物の顔
の目撃につき,微々たる点の見間違い,記憶違いが生じるのはやむを得ないことで
あり,<ウ>重要なのは全体的特徴の人物知覚,認識及びそれに基づく人物識別であ
って,被害者は,ほくろがなくとも被告人が犯人であることは間違いないと断言し
ているから,その供述の信用性を弾劾する根拠とならない旨主張する。
  しかしながら,<ア>本件の約3週間前に撮影された被告人の大学受験用
写真(弁3,29等)及び約4週間後に正月に際して撮影された家族写真(弁4
等)のいずれにも,被害者が述べていたようなほくろはもとより,それと見間違う
ような痕跡等もみられない。これらの写真は,その撮影状況,目的からしても,意
図的に撮影されたものではなく,たまたま本件を挟む前後の時期に撮影されたもの
であることが明らかであり,それらに何らほくろ様の物が見当たらないことからす
ると,特段の事情がない限りその間にあたる本件当時にも,被告人の顔にはそのよ
うなものはなかったとみるのが相当である。検察官は,平素から顔を掻きすぎるな
どする被告人の癖をとらえて,本件当日もそのような傷跡が生じていた可能性があ
ると主張し,確かに平成14年2月21日時点で撮影された写真(甲37添付写真
3)には被告人が顔を掻きすぎてできたと思われる傷跡が映っている。しかし,こ
れは被告人の述べるところによれば,1月27日に逮捕された当日に右唇の下あた
りを掻いていてできた傷跡というのであり(第9回公判46頁以下),その供述内
容は逮捕直後の心情に照らしても自然なものである上,現に同日午前9時過ぎに撮
影された被告人の写真(甲24)にはそのような状況が見られないことからしても
信用できるところ,そうするとこの傷跡は4週間近く経過した後にもなお鮮明に残
っている(論告要旨9頁)のであって,同じく被告人が述べるように3月6日に保
釈されたときまでまだ傷跡が残っていたということも十分頷けるのである。してみ
ると,被告人の顔にいったんできた傷跡は相当長く残るものと推認でき,他方で本
件前後に撮影された各写真にそのような傷跡が見当たらないことは,それらの撮影
日と本件が敢行された月日との間隔からして,本件当時も被告人にはそのような傷
跡がなかったことを裏付けるものとみられるのであって,検察官主張の如くこれと
同様の傷跡が生じていた可能性は乏しいというべきである。
  次に,<イ>被害者の目撃状況が個々的には短時間かつ暗い場所での人物
の顔の目撃であるとしても,被害者は同一人物と断言する犯人を数回にわたり,様
々な距離,角度から目撃していて,とりわけ被害時には約2メートル離れても着衣
の色等の識別は十分できるという客観的状況下(甲8)において,至近距離で正面
からも目撃しているのであるから,そもそも検察官の立論の前提自体直ちに相当と
は言い難いところがある。しかも,本件においては,ほくろの有無,その位置,状
況等は,被害者自らが被害直後に犯人の顔の重要な特徴として繰り返し,落とすこ
となく供述,指摘しているのであって,そこにはおよそ検察官が主張するような記
憶違い,あるいは記憶の喪失,混乱という疑いを容れる余地はないし,またそれを
微々たる点についての見間違い(論告要旨9頁)と矮小化することも相当とはいえ
ない。
  また,<ウ>被害者が,眼鏡,目,髪型,顔の形,全体的雰囲気等の要素
を挙げて,犯人と被告人との同一性承認供述をしていることは検察官主張のとおり
であるが,それ自体,自らが被害直後に犯人の特徴として挙げていたほくろの点を
ことさらに除外し,被告人が犯人であるとすることに固執している嫌いがある。す
なわち,被害者は,第2回公判での証言において,(後に弁護人からの反対質問に
対してようやく述べたように)被害当時は犯人の顔に黒いほくろがあるのをはっき
り見ており(第2回公判34頁),それが犯人の顔の一番の特徴ではないとはする
ものの,なお犯人の顔の特徴としてあったことは認めているにもかかわらず(同4
3頁),当初の検察官からの質問に応じて犯人の顔の様子や特徴等について個々に
答える際には,ほくろの点に一切触れることなく供述し,ほかに犯人の顔で特徴的
なもの,印象的なものはないかとさらに尋ねられた際にも,特にありませんと答え
ていたのである(同10頁)。そして,面通しの状況について述べる際や書画カメ
ラによる同一性識別に際しても,ほくろの点に全く触れることなく,被告人が犯人
である旨断定して供述し,ほくろの点については弁護人からの反対尋問でその点を
明示して問い質されて初めて供述するに至ったのである(同33頁)。その結果,
被害者の公判証言は,被害当時の供述の方が正確であるし,被告人にはほくろがな
い点では犯人とは違うとしながら(同41頁),再三にわたり,それにも関わらず
被告人が犯人であると明言する(同42頁等)趣旨のものとなっている。
  このように,一連の供述を全体としてみるとき,被害者の供述は,被告
人はほくろがあるにもないにも他の顔の部分や雰囲気はすべて犯人と一致している
として,被告人が犯人であるとする点では,当初の面通しから公判廷においてまで
一貫しており,弁護人の反対尋問や裁判官の尋問に対しても揺らいでいないもの
の,ほくろの有無に伴う同一性識別上の問題という観点からみる限り,自らその方
が正確であると明言する被害当時の供述と矛盾する内容のもので,主要な特徴とな
るべきほくろがないことについては証言を回避しようとする傾向すら窺われ,この
点について首肯しうるに足るだけの合理的説明は見当たらず,結局これを等閑視な
いしその点の不整合に目をつぶる態の供述として,その信用性につき解明され得な
い疑問を包含するものといわざるを得ない。被害者の犯人同一性承認供述を過大に
評価することには疑問を容れる余地が残る。なお,面通し時の警察官調書(甲6,
弁65)には,被告人の顔を見てほくろがにきびのようなものを潰した跡であるこ
とが分かった旨の記載もあり,あるいは,被害者としては,そのような見方をして
いるものとも窺われるが,面通し前日午前中には被告人の顔にそのような跡がなか
ったことは甲24の写真から明らかであり,またそのような見方が十分な合理的根
拠を有しないことも前記<ア>のとおりである。そして,被害者自身も公判証言に際
して,ほくろの点を再三問われながら,そのような説明を全くしていないのであ
る。
加えて,仔細に見れば,被告人は,被害当時,被害者が指摘,供述した
犯人像と比較して,眼鏡の縁の色が黒ではないこと,身長が約177センチメート
ルであること等の点でも相違していて,被告人が犯人であるとするにはなお不自然
の感を拭い去れない。
(イ) さらに,これは被害者供述自体に内在する疑問点ではないが,被害当
時,被害者が供述したような犯人の着衣,靴等が,記録上被告人の周辺から一切現
れていない。すなわち,被告人,家族らは,一致して,被告人がそのような衣類,
靴等を持っておらず,また着用していたこともない旨供述しているところ,差し当
たりその信用性に対して,積極的に疑義を差し挟むべき事情は記録上見当たらず,
むしろ平成14年2月4日に被告人方に対して行われた警察の捜索によっても,何
らこれらに該当する衣類等が発見されていない事情は,被告人らの供述の信用性を
それなりに裏付けるものである。
  この点,検察官は,本件当時に被告人が着用していた衣類等がその後廃
棄された可能性があり,家族らの証言は信用できず,平成14年2月4日の捜索差
押は判示認定事実に関連して実施されたもので,被告人方の衣類等をくまなく探し
回るような状況にはなかったなどとして,これらによっても,被告人が本件当時,
被害者が供述したような犯人の衣類等を所持していなかった根拠とはならない旨主
張する。
  しかしながら,そもそもいかなる事情があるにせよ,被害者が犯人像と
して詳細,正確に供述した犯人の着衣,靴等が一点たりとも被告人ないしその周辺
から発見されていないことは,この間約1年2か月程度しか経過していないことを
勘案すると,そのこと自体が被告人が犯人であるとすることに対して疑義を生じさ
せる事由の一つたるべきものである。そして,平成14年1月28日の時点では,
被害者に被告人の面通しを実施し,被告人が本件の犯人である旨の警察官調書が作
成されていたこと,この間,被告人は判示認定事実につき犯人であることは一貫し
て認めており,警察においては,被告人に対し,余罪についても供述を求めていた
(乙10,11の各上申書,さらに1月30日付け警察官調書(乙17)などは,
このことを顕著に示す証左である。)が,被告人は本件の犯人であることを認めて
いなかったこと,捜索差押時にはG警部補において衣類はないかと家人に尋ねるな
どしていて(同人の公判供述),現にカバンやジャンパーまで差し押さえているこ
と(弁32)などからして,2月4日の捜索差押は少なくとも本件をも視野に入れ
て実施されたものと認められ(この点は,前記F警部の公判証言等からも十分窺わ
れる。),それにも関わらず,何ら本件の犯人像に符合する衣類等は発見されてい
ないのである。その余の検察官主張にかかる廃棄等の可能性も,2月4日の捜索差
押時点までは被告人や家族らにおいて本件の犯人像に合致する衣類等の存在が問題
となっていること自体についてすら,その詳細を承知し得た状況にあったとは認め
られず,またそもそも1年以上前の平成12年12月6日という特定の日に被告人
が着用していた衣類等につき正確に認識し得たものともみられないのであって,そ
のような行為に出たものとみるべき事情は全く窺われない。所論は,もともと犯人
像に合致する衣類等が存在したこと及びそれらが後に廃棄等されたことの2段階の
想定を重ねるものであるが,いずれについても何らの具体的な根拠にも基づかない
ものである。そのような事情を窺わせる証拠があればともかくとして,所論の如
く,自らの積極立証が尽くせない場合に,相手方が当該証拠を廃棄するなどした可
能性が十分あると特段の根拠もなしに主張することは相当とは思われない。かかる
論法が許されるとすれば,およそ立証不十分なほとんどの場合に,ただその責を相
手方に帰すことで,自らの立証の不備を補うことが可能に
なってしまう。しかも,本件の捜査過程では,捜索差押時点以後に被告人が自白に
転じたという事情があるのに,結局のところ犯人像の裏付けとなる衣類等が(仮に
廃棄等されたとすれば,その間の経緯,状況を含めて)全く顕出されるに至ってい
ない。このことは,被告人が犯人であるとするにつき,拭い去れない疑問を投げか
けるものといえる。
(ウ) これに関連して,被害者は,被告人所有のショルダーバッグ(平成1
4年押第2148号の3)につき,本件当時犯人が所持していたバッグに99パー
セント間違いない旨供述している(前記(1)②)。しかし,被害者は被害当時から最
初の公判証言まで一貫して犯人の所持していたバッグにつき,「白色布製バッグ」
と繰り返し供述していたのであり,当該被告人所有のショルダーバッグが薄茶系の
色合いのものであることからして,その限りで両者は相違するとみるのが相当であ
る。もちろん,夜間に街路灯の明かりの下で目撃していることからして,実際より
も白っぽさが強調された可能性はあるが,前記のとおり,犯行現場では約2メート
ル離れても着衣等の色は識別可能とされていることやその他の衣類等について被害
者が述べる色彩の状況等からすると,直ちにそのようにみることもできない。
  この点,被害者は,小学生のころは白とベージュの区別が付いていなか
ったから,ベージュ色というべきところを白色と言った旨の供述もしているが,そ
れでは既に中学2年生であった第2回公判に際しても,白い肩掛けバッグと供述し
ていた理由が説明できない。被害者は,検察官から被害届で白色となっていること
を教えてもらったので白と証言したとも述べているが,被害者は第2回公判では誘
導されることもなく自ら「白い肩掛けバッグ」と繰り返し述べているのであって
(第2回公判8頁,36頁),被害者が公判証言に当たって,バッグの色に限って
あえて自己の記憶に反する内容の供述を,それと意識しつつ行うものとは到底考え
られず,少なくともその時点では被害者においても,犯人が所持していたバッグの
色は白色と表現してよいと認識していたものとみるのが相当である(この点,被告
人自身も白い肩掛けバッグと認めているものの(第6回公判),白い肩掛けバッグ
を持っているかと聞かれて持っていると述べたに過ぎず,被害者のように自ら白色
と明言したものではない。)。そして,被害者が事前に被告人所有のショルダーバ
ッグを示された際には,もう少し白かったような気がするなどと述べていたのに
(弁67。供述経過を示すための証拠にとどまる。),証言に際しては,前記のと
おり,ほかにも同種同様の肩掛けバッグが多数存在する可能性自体は認めながら,
なお99パーセント犯人のバッグと同一である旨断言し,その同一性に固執する傾
向を顕著に示していることなどからすれば,その供述は全体として合理性に欠ける
ところがあり,過大視することはできないというほかない。また,たとえ被告人の
所有する肩掛けバッグが本件の犯人が所持していたそれと酷似するとしても,類似
のバッグが存在する可能性は十分考えられるのであるから,それだけでは被告人が
犯人であるとする決め手とはなり得ない。
(4) ところで,検察官は警察署での面通しの際に被害者が被告人を犯人と断定し
たこと,その際の経緯,状況等から犯人識別供述の信用性は高いと強調している。
  しかし,関係証拠により認められる面通しの際の状況によれば,被害者は警
察から別の事件で捕まった犯人が,本件の犯人と似ており同一犯かもしれないの
で,確認して欲しい旨の連絡を受け,その日のうちに夜間に母親と共に警察署に出
向いたこと,面通しの際には,被害者は隣の取調室にいる被告人を透視鏡で一瞬見
ただけで犯人と断言し,一度休みをとり再び確認した際にも,間違いない旨明言し
たこと,警察官が別室で休ませたときにどこが似ているか尋ねた際に,被害者は顔
かたち,輪郭,髪の垂らした状態,眼鏡,目の特徴,顎の輪郭などが間違いない旨
答えていたこと,警察官は再確認後に被害者が作成した似顔絵を初めて見せている
ことなどの事情が認められる。
  そうすると,本件では,およそ事件後1年以上が経過した時点で突然警察署
から本件の犯人かもしれないとの連絡を受けて夜間に呼び出され,警察署内の取調
室で面通しに臨むに際して,その前に犯人像をどの程度記憶しているかに関する具
体的な根拠をあげての再確認,複数候補からの選別,人違いの可能性があることの
確認等の犯人識別手続きにおける正確性の担保が必ずしも十分図られていたとはい
えない(犯人と被告人との同一性識別が争われる事案では,本件がそうであるよう
に,両者の諸特徴の一致点の有無,程度ではなく,相違点の有無,程度が問題とさ
れることが多いところ,本件において,被害者が面通し前の段階でほくろの点など
につきどのように認識,記憶していたかは,全く把握できない状況にある。)。被
害者を呼び出し,面通しにも立ち会ったF警部の公判証言によっても,同人は被害
者が作成した似顔絵に似た男がいる旨伝えたというのであり,被害者自身は,別の
事件で捕まった犯人が本件と同一犯ではないかと思われるので,犯人の顔を確認し
てほしいと言われたので警察署に行ったと証言しているのである(第2回公判10
頁,37頁)から,このような面通しに至る経緯,状況に加えて,別の事件とはい
え似た犯人が逮捕されたと聞けば,それ自体で当時中学1年生に過ぎない被害者に
とっては,確認の対象となる者が本件の犯人ではないかとの予断を潜在的にせよ持
つ可能性が十分ありうる上,本件では,判示認定事実で通常逮捕された翌日で,検
察庁へ送致され,夜にならないと警察署へ被告人が戻ってこないという状況下で,
何ら急いで実施すべき理由,必要もなかったのに,「暗示性が強いためできる限り
避けるべきであるとされているいわゆる単独面通しの方法」(最高裁平成元・1
0・26判決)がとられている。まして,被告人は前記のとおり似顔絵などに記載
されている犯人の容貌とよく似ているのであるから,このような経緯,状況に照ら
して,被害者が被告人を本件の犯人と即断したものとみる余地が多分にありうる。
このことは,被害者が透視鏡を通して被告人の顔を一瞬見ただけで犯人と断言して
いるところ,その後示された似顔絵などに明示されているほくろの点の異同につい
て,ほくろがあるにもないにも,それ以外がすべて一致しているから犯人であると
思ったとする一方で,被告人の顔を見て似顔絵に描いたほくろがにきびのようなも
のを潰した痕であることが分かった旨,被告人を犯人と断定する方向で実質的に相
違する趣旨の供述をしていることからも窺われる。特に,被害者が後者の理由から
被告人が犯人である旨識別したのであれば,前記のとおり,それ自体必ずしも客観
的事実とは認められない事情を前提とする判断であり,同一性承認供述の全体的信
用性を揺るがしかねない。
(5) 結局,被害者による被告人が犯人であるとする犯人識別供述については,そ
の正確性について疑問を容れる余地が少なくない。
  これに対して,検察官は,これまで検討してきたところのほかにも,この点
に関する被害者供述の信用性を種々主張する。しかし,被害者が面通しの際,具体
的根拠を挙げて被告人を犯人と確信したことの説明を行ったとする点は,前記のよ
うな面通しに至る経緯,その状況及びほくろが見当たらない点が同一性判断に当た
り実質的に捨象されていることからして,被害者が面通しにおいて被告人を犯人と
指摘する方向での暗示を多分に受けていた可能性を否定することができない。そし
て,被害者としては,その結果,被告人を犯人と認識した事情が窺えるから,2回
目の面通しに際して犯人と思い込んだ被告人を見て被害当時の記憶がよみがえり,
脅えたような反応を示したとしても,それ自体は十分あり得ることであって,その
ことをもって被害者の面通し時の供述の真実性を裏付ける決め手とはならない。ま
た,警察署における面通し,証人尋問を通じて,被告人が犯人であると断定してい
る点は,その具体的根拠が列挙されているとはいえ,被害直後に主要な特徴として
挙げていたほくろがないことについて,合理的かつ明確な説明は示されておらず,
かえって前記警察官調書(甲6,弁65)に照らせば,必ずしも客観的に正確とは
言い難い前提の下に同一性を承認し,以後無意識にせよこれに固執している傾向す
ら窺われるのであるから,被害者のそのような供述態度を過大視することはできな
い。そして,そのような傾向は,被告人所有のショルダーバッグに関する供述経
過,その変遷状況に顕著に現れているとみられるのである。
  さらに,検察官は,被告人が本件の犯人でないと仮定すれば,被告人と容貌
が酷似し,かつ,被告人がその当時用いていたショルダーバッグと酷似するバッグ
を所持した人物が,被告人と同時期に近接した場所で本件を敢行したことになり,
そのような偶然の一致は可能性としておよそあり得ないとも主張する。しかし,そ
もそも犯人と被告人との一致点とされているところは,いずれもほくろほどには特
異な特徴点といえず,その全体像あるいは犯人が所持していたとされるバッグは必
ずしも希少なものではない上,何よりも被害者が正確であるとしている被害直後に
示された犯人像と被告人の実態が現に齟齬しており,被告人と犯人の同一性につい
て客観的な疑問点が残る以上,そのような論理的可能性の大小をもって,具体的な
疑念を払拭することは許されないというべきである。
  そのほか所論は種々主張するところ,それらは観念的な一つの可能性を示す
ものではあっても被害者の同一性承認供述の信用性を決定付ける事情とはいえず,
いずれも本件についてのその信用性を裏付けるに由ないものである。
3 次に,被告人の自白について検討する。
(1) まず,関係証拠上認められる被告人の本件についての供述状況は,概ね以下
のようなものである。
  被告人は,平成14年1月27日,判示認定事実により逮捕された後間もな
くから本件への関与を疑われていたものの,これについては犯行を否認していたと
ころ,2月7日,取調べに当たっていたH警部補に対して,本件を犯したことを認
め,「髪の毛の長い女の子にイタズラをした事を思い出した。今日話しをした所,
時期は平成12年の12月上旬ごろの夕方の事でした」旨の上申書(乙12)を作
成し,これを受けて同日「上申書で書きました平成12年9月以降の夕方ころ,文
京区af丁目g番付近で小学生にイタズラをした事があるというのは,事実です。
小学生の女の子と上申書に書きましたが小学校の高学年か中学1年程度の女の子だ
ったのではと記憶しております。身長が1メートル60センチ位あり,黒っぽい服
装で髪の毛が肩まであるぐらいの長い髪の女の子で,裏路地の住宅街で人通りが全
然ありませんでした。女の子のお尻をさわりイタズラして,僕はD通り方向に駆足
で逃げたのです」旨の警察官調書(乙13)が作成された。次いで,翌8日には本
件現場の引き当たり捜査が実施され(甲13),ほぼ本件犯行に沿う内容の上申書
(乙14)が作成され,以後本件により逮捕,勾留される中で,本件犯行を認める
一連の警察官調書(乙2,3),検察官調書(乙15,4)が作成されている。
(2) これに対し,被告人は,公判廷において,要するに,捜査段階での自白は,
本件犯行を認めれば早期に身柄が釈放され,予定していた大学入試を受験できるも
のと考え,警察官に話を合わせたもので,その後も早く出て大学受験に間に合わせ
るためには認め続けるしかないと考えて,そのまま同様の趣旨で認めたものであ
り,真実ではない旨弁解しているところ,検察官は,捜査段階での被告人の自白
は,自白するに至った供述経緯や上申書や供述調書における被告人の供述状況,内
容等に照らして,信用性が高いと主張する。
  被告人の自白に至る経緯,状況については,被告人の公判供述と警察官及び
被告人の同房者の公判証言が食い違っているところ,被告人が平成14年1月27
日の逮捕当初から判示認定事実を犯したこと自体は認めた上で,さらに同月30日
ころからは同種余罪を犯したことについても認める供述をしていたことは,同日付
けの警察官調書(乙17),上申書(乙10),さらには翌31日付けの上申書
(乙11)等からしても客観的に明らかである。そうすると,被告人の公判供述は
もとより,警察官らの供述を総合しても,1月末ころの時点で,被告人に対し,そ
れと分かるような形で本件の犯人ではないかと,取り立てて追及していた形跡も窺
われないのであるから,事実を認めることで早期に釈放され,そのころ次々と予定
していた大学受験に間に合わせたいと念願していた被告人が,何故本件についての
み,ことさらに隠し立てしていたのか,それ自体が疑問となる。この点,前記2月
7日付けの上申書等では本件のことを思い出したとしているのであるが,既に1月
末ころに作成していた上申書や警察官調書に現れている他の余罪の日時,場所,態
様等と比較して,本件のみを忘れていたとみることは,およそ合理的とはいえな
い。被告人が公判廷で弁解するように,真実本件に関わったことがなかったため,
1月末の時点では,本件について示し得なかったともみうる余地が多分に存するの
である。
  また,被告人の自白内容をみても,被害者の供述その他の関係証拠から,既
に取調官において承知し,あるいは知り得たはずの事柄,ないしこれらから合理的
に想定し得る事情以上の供述はみられず,内容的に希薄な感は否めない。たとえ
ば,本件犯行後の逃走経路についてみても,被告人の上申書,供述調書にはこの点
について繰り返し述べられているのに,被害者が犯人の逃走方向として述べていた
以上のものは(乙4に,簡単に突き当たりまで走って逃げたと付加する程度で)特
段明らかにされていないのである。この点,検察官は,被告人の自供内容が秘密の
暴露とは異なるとしても,被害者の身体的特徴等の客観的事実と合致する事実を供
述していることは,被告人こそが本件の犯人であることを強く裏付ける旨主張して
いる。しかし,被告人の捜査段階での自白においては,本件犯行当時,被告人の右
頬にほくろと見間違うべきものが存在していた事情,犯行当時着ていた衣類,靴等
の存否等につき,何ら述べられていない。これらの事情は,所論が強調するよう
に,真実,被告人が本件の犯人であり,かつ,それを自白し真犯人しか知らない事
実を供述していたとするのであれば(論告要旨21頁),被告人としては自らのこ
とであり何よりもよく承知しているはずのことであるから,合理的な説明となるべ
き実際の状況を容易に示しうる事柄のはずである。また,これらの事情は計画性,
常習性等と異なり,それ自体が刑責を重からしめるものではないから,被告人とし
てことさら隠し立てするとは思われないし,公判廷に至って初めて問題となった事
柄でもないから,捜査機関においてこれらの点を問い質し,その間の事情を明らか
にすることについても何らの支障もなかったはずである。ところが,被告人が上申
書を作成して本件犯行を認めたとされる2月7日から3月5日の起訴に至るまでの
間,約1か月間にわたり被告人は本件の犯人であることを認め続けていたというの
であって,しかも,この間には,わざわざ被告人の供述と被害者供述との矛盾点を
正すとして,問答体の調書さえとられている(乙3)のに,それ以前の段階では捜
査機関においても問題としていたはず(この点は,前記F警部の公判証言等からも
十分窺われる。)の,これらの被害者供述による犯人像と被告人の実態との相違点
については,調書上1言たりとも語られた形跡が窺われない。このような供述経
過,状況は甚だ不自然かつ不可解であって,被告人が本件の犯人であれば容易に供
述し得るはずの事柄について,それらが全く明らかにされていないこと(もっと
も,この点について,被告人の取調べに当たったH警部補の公判証言によれば,に
きびの跡みたいな傷跡につき被告人を追及したというのであるが,結局のところ被
告人は否定していたというのであるから,なお不自然の感は拭い去れない。)は,
真実被告人が本件の犯人であるかという意味での被告人の自白の真実性に疑問を抱
かせるものといわざるを得ない(被告人が本件の真犯人であるとした場合に,この
ような供述態度,状況をとる理由として強いて挙げるとすれば,真実被告人には本
件当時ほくろと見間違うような痕跡がなく,かつ,指摘されているような衣類等を
所持も着用もしていなかったとみるほかないが,それでは被害者の目撃供述の信用
性が根本から覆ることになる。)。
  しかのみならず,被告人の自白には積極的に客観的状況にそぐわない部分が
ある。すなわち,2月8日の上申書(乙14)に本件は予備校帰りにD坂を登り切
った付近で被害者に気付いたことをきっかけとする旨記載されていることを始めと
して,本件の発端については,2月13日付け警察官調書(乙2)では,当時の通
学コースはJRJ駅からJRK駅のコースで,当日もK駅から徒歩でL坂,M通
り,D坂のコースで,D通りの坂道を登り切った付近で被害者を見つけた旨,2月
18日付け警察官調書(乙3)では,JRK駅北口からM通りに出て,2つのコー
スのいずれかを通ってD坂に出て,その出口付近で被害者に気付いた旨,3月5日
付け検察官調書(乙4)では,同様にD坂を上って歩いて,坂を上りきった辺りで
被害者に追い抜かれた旨,それぞれ記載されており,2月8日に実施された引き当
たり捜査においても,K駅から歩いてきてM通りからD坂を登りきったところで被
害者を発見した旨指示説明したとされている(甲13)。しかし,実際には,被告
人は本件当時,営団地下鉄N線のO駅,P駅間の通学定期(弁6)を有しており,
平日はQ駅からほど近い自宅まで歩いて帰宅していたことが被告人の公判供述等に
より認められるのであって,およそ,一連の自白内容にみられるような経路はたど
っていなかったことが明らかである。これに対し,検察官は,被告人の公判供述を
援用するなどして,被告人がJR線を用いるなどしており,本件当時予備校帰りに
K,P方面から本件現場付近を通行したとしても不自然ではない旨主張する。しか
し,所論は,本件当時と異なる時点における被告人の通学経路を前提とするもので
あり,また土曜日には雑誌を買うためJRP駅近くの書店に赴くことがあったとし
ても,平日にそのような経路をたどることはない旨の被告人の公判供述は,現に土
曜日に敢行された判示認定事実に際しての被告人の経路からも一応裏付けられてい
る。そして,本件当日は平日であり,営団地下鉄の通学定期により自宅すぐ近くの
Q駅まで乗車できる被告人が,わざわざかなり遠回りとなるD坂を通って帰宅する
ものとは思われないし,ましてやことさらJR線を利用してまで遙かに大回りとな
るK駅からの帰宅経路をとるものとは到底考えられない。もとより,被告人が本件
犯行を認めていた捜査段階において,通学経路等に限って意図的に事実と異なる供
述をしてきたというような事態も極めて想定し難い(本件が計画的犯行であるとし
て,その企図を隠そうとしたとみるのは,あまりにも飛躍が過ぎるし,被告人のそ
の余の自白内容,判示認定事実を含むその他の犯行状況等ともそぐわない。)。一
連の自白調書等は,明らかに客観的事実に整合しない部分を含むものであり,しか
もそれが本件犯行の端緒となった被害者の発見に至る経緯,状況に直接結び付くも
ので,本件において欠かすことができない事情であることからすると,結局被告人
の自白はそれ自体としても必ずしも高度の信用性を有するものということはできな
い。
  そのほか検察官が被告人の自白が信用できる事情として種々主張するところ
も,例えばすっきりした,明るい表情になったとする自白前後の被告人の言動,態
度等は,被告人において,本件を認めることにより早期に釈放され,大学受験に間
に合わせることができると考えていたとしても同様の変化をみせるものと思われ,
直ちに真実を正直に吐露した結果とみることはできないなど,いずれも様々な解釈
を容れる余地があるものであって,前記のような自白の信用性についての問題点を
払拭しうるものとはいえない。
(3) 他方,公判廷での被告人供述をみても,一部に検察官が指摘するような変
遷,矛盾等が存し,客観的裏付けを欠く断定的な決め付けがみられるなど,これま
た直ちに全面的に信用しうるものとまではいえないが,本件犯行を犯していないと
する点では,数回にわたる被告人質問の機会を通じて終始一貫する趣旨のものであ
り,自白当時の心情等に関する供述内容も,被告人の置かれた立場などに照らす
と,それなりの信憑性をもつ一応の合理性を有するものであって,単なる弁解とし
て一概に排斥することには躊躇を感じざるを得ない。
4 以上によれば,被害者供述及び被告人の捜査段階での自白には,被告人が本件
の犯人であるとする点につき,それぞれの信用性に看過できない疑問点が存し,こ
れらのみでは本件公訴事実を合理的な疑いを容れない程度にまで証明するには十分
ではなく,そのほか検察官の所論に鑑み仔細に検討しても,本件全証拠によっても
これを認めることはできない。そうすると,本件公訴事実については犯罪の証明が
ないことになるから,刑事訴訟法336条後段により,被告人に対し無罪の言渡し
をする。
(量刑理由)
 本件は,大学受験浪人生である被告人が夕方,判示マンション付近で被害者を見
定め,被告人のことを不審に思った被害者において被告人が立ち去るのを待つため
近所の古本屋で時間をつぶすなどしたにもかかわらず,同マンション1階で被害者
を待ち受け,非常階段の方からマンションに戻ってきた被害者の背後から近付いて
その臀部をなで上げるようにして触ったという事案である。その際,軽くとはいえ
手で被害者の首辺りを押さえつけるなど,犯行の経緯や態様は,陰湿かつ執拗な上
にかなり強引なものがあって悪質であり,また,センター試験が思うような結果で
なかったことからいらいらした気分で,受験勉強の鬱憤を晴らすためなどとして未
だ小学生の被害者に痴漢行為に及んだ動機も,身勝手,自己中心的なもので酌量の
余地はない。何の落ち度もない幼い少女が本件により受けた精神的衝撃と屈辱感は
大きく,その悪影響は根深く残っていて,同女が公判廷で処罰感情を訴えているの
ももっともである。我が子の健全な成長を願う両親の受けた精神的苦痛も大きい。
また本件以外にも同種余罪を認めているところからして,被告人には,この種犯罪
についての常習的傾向も窺われる。被告人の刑事責任を軽くみることはできない。
 他方,犯行時間自体は比較的短く,程度もそれほど強度のものとはいえないこ
と,検挙当初こそ言い逃れしようとしたものの,その後は事実を認め,公判廷でも
反省の情を示していること,被害者に謝罪する姿勢を示し,父親が贖罪寄附を行う
とともに,両親において家族と共に被告人を監督する旨誓約していること,若年で
前科前歴がないこと,無罪を言い渡されることとなった強制わいせつの審理にかな
りの期間を要したことなど,被告人のために斟酌することができる事情もある。
 そこで,以上の諸事情を総合考慮した上,被告人に対しては,主文の懲役刑を科
した上で,その執行を猶予し,社会内更生の機会を与えることとした。
平成15年6月6日
東京地方裁判所刑事第4部
裁判官   井  上  弘  通

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