弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、記録に編綴の弁護人免出礦提出の控訴趣意書記載のとおりで
あるから、これを引用する。
 同控訴趣意第一について。
 所論は、A金融公庫よりB改良区に対し資金の貸付決定がなさるれば、右両者間
に消費貸借契約が成立し、該借受金は右改良区のC協同組合連合会に対する預金と
なるのであるから、同改良区において自己の預金の払出を受けるに際し、虚偽の事
実を申し向けても詐欺罪の成立するいわれはない。
 然るに、原審か公庫と改良区との間の資金貸付に関する契約は消費貸借ではな
く、特殊の混合契約であつて、貸付金は改良区が右連合会から払出を受けたとき初
めて改良区のものとなるから、払出を受ける際虚偽の事実を告げれば詐欺罪が成立
すると判示したのは、法律の解釈、事実の認定を誤つたものであると主張する。
 よつて記録を精査するに、原判決挙示にかかる原審証人D、同E、同F、同Gの
各証言及びF、D、Eの司法警察員に対する各供述調書並びに証第五号、第二〇号
(いずれも農林漁業資金借用関係書類)、第二一号(農林漁業資金借用証書)、第
二二号(貸付書類綴)、証第三一号(貸付金受入証書)を綜合し、これに受託金融
機関事務取扱要領の各規定を参照して考察すれば、次の各事実が認められる。すな
わち、熊場市a町大字bc番地B改良区(法人)(以下改良区という)は開畑溜池
新設工事を総工費四〇〇万円を以て行うため、その八割に当る三二〇万円をA金融
公庫(以下公庫という)より借り受けることとして、昭和三一年七月五日事業計画
書等を添え農林漁業資金借入申込書を受託金融機関であるC協同組合連合会(以下
県信連という)を経由して公庫に提出したところ、同年一〇月一一日公庫より右金
額の貸付決定かあつたので、改良区は同月三〇日公庫に対し連帯保証人の連署ある
右金額の農林漁業資金借用証書並びに農林漁業資金借入に関する債務保証委託書を
差し入れたため、即日同金額の公庫貸付交付金が県信連の改良区に対する貸付受入
金口座に振り込まれたのである。そして、資金の借受者である改良区が公庫に対し
年五分の割合による貸付金利息を支払うべきは勿論であるが、一方受託金融機関で
ある県信連も亦貸付受入金(貸付金中改良区に対し貸付の実行をしないで自ら保留
している金員)については改良区に対し同利率の割合による利息を支払うべきもの
なるところ、貸付金利息は貸付残元金に対し貸付当日又は前回利息払込期日の翌日
から利息払込期日または償還日までの期間を基準として算定され(前記取扱要領第
四六条)、また貸付受入金利息は受入日または前回利息払込期日の翌日から払出の
前日または利息払込期日まで各日の最終残高の合計を基準として算定された上、双
方の利息を相殺するものにして(同第四八条)、結局改良区はその差額の利息を公
庫に支払うものである。
 かように、改良区が公庫に支払う貸付金利息と県信連が改良区に支払う貸付受入
金利息は、いずれも公庫貸付交付金が県信連の改良区に対する貸付受入金口座に振
り込まれた時を最初の起算日とし同利率により算出されて、双方相殺の上その差額
が支払われる事実に鑑み、併せて消費貸借契約及び預金契約(消費寄託)がいずれ
も要物契約であること(民法第五八七条、第六六六条)、及び前叙の如く資金借用
証書の差入と貸付交付金の改良区に対する貸付受入金口座振込が同時的になされる
事実に照らし、更に受託金融機関事務取扱要領において、貸付を受ける者を借用証
書差入前においては借入申込者と称しているのに対し(第一二条第一項)、その差
入後及び貸付交付金が受託金融機関に受け入れられた後においては借受者と称して
(第一二条第一項、第一<要旨第一>三条第一項第三項、第一六条第一項)その名称
を截然と区別していることを参酌すれば、改良区の農林漁業資金借用証
書が公庫に差し入れられて、公庫貸付交付金が県信連の改良区に対する貸付受入金
口座に振り込まれた時、右貸付金につき公庫と改良区との間に消費貸借契約が成立
するとともに、該金員は改良区の県信連に対する預金となるものと解するを相当と
する。
 しかし、さればといつて右預金は普通預金のそれとは異り改良区において無条件
且つ自由に引き出して使用し得るものではない。
 元来、A金融公庫は、農林漁業者に対し農林漁業の生産力の維持増進に必要な長
期且つ低利の資金で、農林中央金庫一般金融機関が融通することを困難とするもの
を融通することを目的として設立されたものであり(A金融公庫法第一条)、農林
漁業者に対し農地等の改良、造成、灌漑、排水施設、開畑等の事業に必要な負金を
貸付けるものである(同法第一八条第一項、A金融公庫業務方法書第2・1)。従
つて、公庫は右貸付金が貸付目的に反し貸付対象事業以外に使用されることを防止
する措置を構すべきは当然のことであり、さればこそ、公庫から業務の委託を受け
た金融機関は、貸付金が貸付の目的以外に使用されることがないように適切な措置
をとることを要し(同業務方法書第3・5)、貸付の実行の際貸付金が貸付の目的
以外の目的に使用されることを防止するため必要があると認めるときは、貸付金の
全部又は一部を公庫勘定の貸付受入金として受け入れ(受託金融機関事務取扱要領
第一三条第一項)、また借入者から貸付受入金払出の請求があつたときは、貸付対
象事業の進捗状況並びに借入者の資金所要状況を勘案して必要と認める金額を払い
出し(同要領第一六条第一項)、更に公庫の貸付決定通り貸付を実行することを適
当と認めるときは、借入申込者から借用証書を提出させ、特約条項に基く必要な指
示を行うとともに、特約条項に基く義務を借入者に熟知させるものである(同要領
第一二条第一項)。かくて、借受申込者である改良区は農林漁業資金の消費貸借契
約締結の際、これに附帯して公庫に対し借入金を所定の使途である農地造成、潅概
捌水以外の目的に使用せず、且つ資金の使途については公庫が貸付の目的以外に使
用されることを防止するために指示する方法に従うことを特約しなければならない
ものであり(農林漁業資金借用証書特約条項第一条第二条)、よつて以て公庫の貸
付金が貸付目的以外に使用されることを防止するためその資金規正につき万遺漏の
ないよう期せられているのである。
 かくて、改良区は県信連より資金の払出を受けるためには、右工事に実際支出し
た金額の領収証、請求書並びに工事進捗の程度を示す熊本県熊飽事務所長作成の出
来型証明書または工事進捗状況調書を県信連に提出することを要し、県信連は右書
類に基いて工事進捗の実態を把握して資金必要の程度を判断し、その出来高に応じ
て必要と認める限度の資金を貸付受入金より改良区に払い出すものであることは、
原審証人F、同Eの各証言及び同人等の司法警察員に対する各供述調書により認め
られるのである。
 <要旨第二>してみると、改良区が公庫より借り受けた資金は県信連に預金され
て、その貸付の目的である開畑、溜池新設工事以外の目的に使用されな
いよう強力な資金の規正が構ぜられ、県信連において右工事の進捗状況に即応して
必要と認める限度の金額の払出が許されている場合、資金を貸付目的以外に使用す
るため、実際よりも過大な工事進捗状況と虚無の支出金額を記載した書類を真正な
もののように装うて県信連に提出し、係員をして右書煩のとおり工事が進捗し金員
の支出がなされているものと誤信せしめて資金の払出を受ければ、たとえ自己預金
の引出であつても詐欺罪が成立するものといわねばならない。
 ところで、原判決挙示の証拠によれば、改良区理事は原判示第一(一)(二)の
とおり、工事資金を特約以外の目的に費消するため過大な工事進捗状況を記載した
熊本県熊飽事務所長作成の出来型証明書または工事進捗状況調書と虚無の支出金額
を記載した領収証、請求書等を県信連に提出して多額の資金払出を請求し、係員を
して右書類のとおり工事が進捗して支払がなされたものと誤信せしめ、原判示の如
く六回に亘り金一五〇万円、金六〇万円、金四六万円、金三四万六〇〇〇円、金一
一万円、金八万円合計三〇九万六〇〇〇円の預金払出を受けたことが認められるか
ら、右改良区理事の所為はまさしく詐欺罪を構成するものというべきである。所論
は出来型証明書或は工事進捗状況調書は預金の払出を受けるための必要条件ではな
く任意的、便宜的のものであると主張するが、仮りに所論のとおりとしても、内容
虚偽の文書を使用して相手方を欺罔したことには少しも変りがないから、詐欺罪の
成立に何等の消長を及ぼすものではない。従つてまた被告人の所為が詐欺幇助罪と
なることは明らかである。原判決が公庫貸付交付金が県信連の貸付受入金口座に払
い込まれても未だ公庫と改良区との間に消費貸借契約が成立するものではない趣旨
の判示をしたのは、法律の解釈、事実の認定を誤つた違法があるけれども、原判決
は虚偽の事実を申向けて県信連より資金の払出を受けた所為は詐欺罪を構成する旨
判示しているから、原審の判断は結局相当である。
 結局所論は、県信連に受け入れられた改良区の借入金に対し強力な資金規正が施
されている点に目を蔽い、自己の預金引出の点のみを強調して詐欺罪の成立を否定
するものであつて到底採用し難い。論旨は理由がない。
 同控訴趣意第二について。
 所論は、公務員による無形偽造は作成権限ある者が内容虚偽の公文書を作成する
場合に成立するものであるところ、出来型証明書は熊本県熊飽事務所長が作成すべ
きもので被告人に作成権限はないから、本件は被告人による公文書の無形偽造を構
成するものではないと主張する。
 A金融公庫法、A金融公庫業務方法書、A金融公庫貸付調査委託要綱の各規定に
よれば、公庫は主務大臣の認可を受けてA金融公庫業務方法書を定め、貸付に関す
る業務の方法を記載しなければならないこととなつており(法第二〇条第一項)、
また公庫は都道府県に対し必要あるときは工事の認定等を委嘱することができ(方
法書第4)、公庫法に基く融資の適正を図るため貸付対象事業に関し工業進捗状況
の調査等必要事項を都道府県に委嘱するものとしている(要綱第1・第2・第
3)。これにH、Iの司法警察員に対する供述調書を参酌すれば、出来型証明書又
は工事進捗状況調書の作成がA金融公庫法に基き公庫より熊本県に、更に同県の指
示によりその出先機関である熊飽事務所に委嘱されていることが認められるから、
右書類の作成権限は同所長にあるものといわねばならない。
 ところが、被告人の検察官及び司法警察員に対する各供述調書、原審並びに当審
公判における被告人の各供述によれば、被告人は熊本県熊飽事務所農地林務課に勤
務し、上司の命を受けて災害復旧事業の国庫補助金関係事務並びに土地改良区の潅
漑排水事業に関する事務を補助していたものであつて、本件出来型証明書、工事進
捗状況調書についても上司である所長を補佐してこれを起案し所長の決裁を受けて
係員が所長の職印を押捺して作成していたものなるところ、被告人は改良区理事J
等の依頼を受け同人等が県信連より不正に資金の払出を受けるため使用するもので
あることを知り乍ら、原判示第二、(一)乃至(五)の通り工事進捗状況を過大に
記載した内容虚偽の熊本県熊飽事務所長K名義の出來型証明書及び工事進捗状況調
書を起案し、情を知らない同所長の決裁を受けてその職印を押捺せしめ、以てこれ
を完成させたものこあるから、被告人には虚偽公文書作成罪の間接正犯が成立する
ものといわねばならない(最高裁判所昭和三二年一〇月四日判決参照)。従つて原
審が被告人の所為を同罪に問擬したのはまことに相当であり、原判決に所論の如き
違法はない。論旨は理由がない。
 同控訴趣意第三(量刑不当)について。
 なるほど、記録によれば所論の如く被告人の犯情は極めて憫諒すべきものがあ
る。さればこそ、原審は被告人の所為につき酌量減軽した上、被告人を虚偽公文書
作成罪の短期一年の法定刑を遥にに下る徴役八月に処し、且つこれに対し執行猶予
を付し、猶予期間も最短期間の一年としているのである。かようなわけで、原審の
被告人に対する科刑はまことに相当というべく、論旨は理由がない。
 そこで、刑事訴訟法第三九六条こ則り本件控訴を棄却することとする。
 よつて主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 藤井亮 裁判官 中村荘十郎 裁判官 横地正義)

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