弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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21く215
東京高裁平21・5・28
316条の14棄却
主文
本件即時抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣意は,弁護人A作成の抗告申立書に記載されたとおりであるから,これを
引用する。
論旨は,要するに,「検察官は,請求証拠のうち,供述者や被害者の住居,職業,本籍,電話番号
(以下,「本件各事項」ともいう。)について,刑訴法316条の14の開示義務を果たしていない
として,同法316条の26第1項による開示命令請求をしたのに対し,原決定は,弁護人が開示
を求める証拠は,①書証にそもそも本件各事項の記載がないもの,②原本に本件各事項の記
載がされているが,検察官は,原本の一部請求としてマスキングをして本件各事項を除いた
その余の部分を証拠請求しているか,本件各事項を除いた部分の抄本を作成して証拠請求
しているものと認められるとして,本件各事項が検察官の請求証拠に含まれていないこと
が明らかであるとし,本件証拠開示命令請求を棄却した。しかし,①の点については,本件各
事項の記載がない証拠書類が存在するとは考えられず,②の点についても,本件各事項を除
外し,これを秘匿して証拠請求することはそもそも認められないから,原決定の取消しと
不開示部分の証拠開示命令を求める。」という趣旨のものである。
そこで,記録を調査して検討すると,原決定が理由中で説示する内容は正当として是認で
きる。
すなわち,弁護人が本件各事項の開示を求める検察官請求証拠の中には,原決定が説示す
るとおり,もともと本件各事項の記載がない証拠書類が存在しており,これらは,不開示部分
が存在しないのであるから,開示命令請求の前提を欠くといわなければならない。また,証
拠書類の原本には本件各事項の記載があるものの,本件各事項を除くその余の部分を抄本
化して証拠請求したものも存在しており,これもまた,不開示部分が存在しないのである
から,上記と同様である。
次に,検察官が当初提出した証拠請求の書面(「証拠等関係カード」)では,本件各事項を含
む証拠書類の原本あるいは謄本について,その全体を証拠請求しているかのような記載に
なっているが,記録によれば,これらの証拠については,証拠開示の段階では本件各事項をマ
スキングして弁護人に開示し,弁護人もそれを前提にして証拠意見を述べていることがう
かがわれ,その経過に照らせば,上記書面の記載にもかかわらず,証拠開示の手続の段階で,
上記措置のとられた部分は証拠請求の対象としない旨の意思が検察官から弁護人に対し示
されたものと見ることができる。そして,その趣旨は,後に,検察官作成の平成21年5月19日
付け上申書により手続上も裁判所に対し明らかにされ,同日,証拠等関係カードの備考欄に,
上記上申書の趣旨に従って証拠の標目を訂正する旨の付記がされているのである。このよ
うな一連の手続にかんがみると,検察官は,当初から本件各事項を除くその余の部分を証拠
請求したものと認められ,この点の原判断にも誤りはない。
所論は,本件各事項は,供述者の供述内容の一部を除外する場合と異なり,供述者の供述内
容の信用性や証明力を判断するための前提事項であるので,本件各事項を除外し,これを秘
匿して証拠請求することはそもそも認められないとし,抄本化された証拠も含め,原証拠に
記載されている本件各事項を開示すべきであると主張する。
供述録取書について,刑訴法上,署名押印が供述録取書の要件とされているという意味に
おいて供述者の氏名の点は必要的な記載事項といえるが,住居,職業等は,取調べを始めるに
当たり,確認することが相当な人定事項にとどまり,取調官は,「司法警察職員捜査書類基
本書式例」あるいは「事件事務規程(法務省訓令)」に基づく一定の様式の書式に従ってこれ
ら事項を記入することとされているものの,刑訴法上,上記事項を記載すべきものとまでは
されていない。取調官は,合理的な理由があれば,その一部又は全部を記載しない取扱いを
することも可能であり,その記載がなくとも,刑訴法上は,供述録取書としての性質が失われ
るものではない。このような本件各事項の性質からすると,検察官が,事案の性質,内容,被告
人と供述者との関係,供述者の状況等を踏まえ,証拠請求に当たり,証拠書類の人定事項欄か
ら本件各事項を除外してその余の部分を証拠請求し,あるいは抄本化することも許される
というべきである。
また,本件各事項が,供述証拠中に記載されている場合においても,上記と同様の観点か
ら,公訴事実について立証責任を負う検察官が,その裁量により,本件各事項を除外して証拠
請求することもできるというべきである。これは,供述録取書以外の証拠書類において,供
述者の特定に係る事項として本件各事項が記載されている場合や,供述内容の一部として
上記事項が記載されている場合においても異なるところはないと考えられる。
所論は,証人尋問を請求するについては,あらかじめ,相手方に対し,その氏名のはかに,住
居を知る機会を与えなければならない(刑訴法299条1項)と規定されていることを挙げ,
証拠書類を請求する場合にも,上記規定の趣旨は及ぶ旨を主張する。
しかし,証人尋問請求に当たり,証人の住居を知る機会を与える旨の上記規定の趣旨と,人
定のため住居を供述録取書等に記載する趣旨とは異なると考えられ,証人尋問についての
上記規定の趣旨を供述録取書等に及ぼし,住居を必要的な記載事項とした上,証拠開示にお
いてもこれを必要的に開示すべきであるとする所論の解釈は採り得ないというべきである
(なお,刑訴法299条の2,3では,証拠書類等の開示により,住居,勤務先等が明らかになる場合
を想定し,検察官あるいは弁護人に一定の配慮を求める旨を規定しているが,これらの
規定は本件各事項を除外して証拠書類の一部請求をすることを許さないとする趣旨のもの
でないことも明らかである。)。
所論はいずれも採用できない。
以上によれば,本件各事項が検察官の請求証拠に含まれていないとして,刑訴法316条の
14第1号による証拠開示の対象とならないとし,本件証拠開示命令請求を棄却した原判断
に誤りは認められない。論旨は理由がない。
よって,刑訴法426条1項により,本件即時抗告を棄却することとし,主文のとおり決定す
る。
(裁判長裁判官・出田孝一,裁判官・多和田隆史,裁判官・矢数昌雄)

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