弁護士法人ITJ法律事務所

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主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は原告に対し,1100万円及びうち1000万円に対する平成12年11月
24日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は原告が被告に対し,損害保険契約に基づく保険金とこれに対する遅延損害金
に加え,弁護士費用の支払いを求めた事案である。
1 争いのない事実等
(1) 原告は,平成12年3月24日,住友海上火災保険株式会社(以下「住友海
上」という。)との間で,以下のとおりの損害保険契約(以下「本件契約」とい
う。)を締結した。
ア 保険の種類  総合自動車保険
イ 被保険自動車 フェラーリF348B(以下「本件車両」という。)
(登録番号A)
ウ 担保種目,保険金額
① 車両     1000万円
② 盗難保険1000万円
③ 対人賠償   無制限
④ 対物賠償   無制限
⑤ 搭乗者傷害  1000万円(1名につき)
エ 保険期間
平成12年3月24日から平成13年3月24日午後4時まで
オ 保険料
月額4万6620円(初回のみ9万3240円)
カ 車両所有者(車両被保険者) 原告
キ 賠償被保険者,保険金受取人 原告
(2) 原告は,本件契約に基づき,平成12年3月24日9万3240円の保険料を
支払い,その後も毎月の保険料4万6620円を支払った。
(3) 原告は,平成12年8月24日朝,原告のマンションの駐車場(以下「本件駐
車場」という。)に前日駐車した本件車両がなくなっていることに気がつき(甲
6),同日,愛知県西警察署に対し,同月23日夜から同日までの間に本件車両が
盗難に遭った(以下「本件盗難事故」という。)旨の盗難届を提出した。
(4) 本件契約の約款第4章(車両条項)第1条第1項には,保険会社は,衝突,接
触,墜落,転覆,物の飛来,物の落下,火災,爆発,盗難,台風,こう水,高潮そ
の他偶然な事故によって保険証券記載の自動車に生じた損害に対して,この車両条
項及び一般条項にしたがい,被保険自動車の所有者に対しててん補する旨(以下
「本件約款1」という。),第5章(一般条項)第5条第2項には,保険会社は,
被保険自動車が譲渡された後(所定の書面による請求に対し,保険会社が承認した
場合を除く。)に,被保険自動車について生じた損害または傷害に対しては,保険
金を支払わない旨(以下「本件約款2」という。),それぞれ定められている(乙
1)。
(5) 被告は,損害保険業等を目的とする会社であり,平成13年10月1日,住友
海上と三井海上火災保険株式会社とが合併して設立された会社である。
2 被告の主張
(1) 本件に関しては,以下の事情があり,本件盗難事故は本件約款1にいう偶然な
事故には該当しない。
ア 原告には,高度の運転技術を要するスポーツカーである本件車両を購入する動
機やその代金980万円を支払う能力がなかったことに加え,本件車両の履歴が不
自然であり,売買契約書が作成されず,代金支払時期にも疑義があり,原告が本件
車両を代金980万円で購入したとは認めがたい。
イ 原告自身が本件車両を自ら運転した形跡がなく,本件車両はBがもっぱら使用
していた。
ウ 本件車両の代金の調達方法や代金決済の方法に関する原告の供述に信用性がな
い。
エ 本件車両は,その履歴に照らし,せいぜい200万円ないし300万円で取引
されたものと考えられるが,仮に本件盗難事故により保険金1000万円が支払わ
れると,原告ないしはその関係者は差額分を利得することとなる。
オ 本件車両の売主であるC,仲介者のDやBの周辺では,不審な保険事故が頻発
している。
カ 原告は,本件車両を購入した際には,複製されたスペアキーのみを受領しなが
ら,盗難防止のための対策を取ることもなく,盗難事故が発生しやすい状況を放置
していた。
キ 本件車両は,もっぱらBが使用し,本件駐車場で保管されていなかったが,本
件盗難事故発生の直前2週間前から本件駐車場に駐車されるようになった。
(2) 仮に,本件盗難事故が偶然な事故であったとしても,本件においては,以下の
とおり,本件約款2に基づく免責事由がある。
原告は,本件車両をBに譲渡する目的で購入し,本件車両購入後,もっぱらBが単
独使用しており,原告と譲受人であるBの間で,Bが本件車両を現実に支配,管理
する旨の合意があり,本件契約成立後,Bが本件車両の使用を開始し,現実に支配
することにより,本件車両はBに譲渡された。
3 原告の主張
(1) 本件盗難事故は偶然な事故である。この点に関する被告の主張は以下のとおり
根拠がない。
ア 本件車両の購入資金の一部は郵便貯金を解約したものであり,残部について
は,手持ちの現金を充て,現実に車検も受けており,本件車両の購入が偽装された
という事実はない。
イ 原告の出勤時間は午後1時であり,平日の昼間動くことができなかったため,
その間,いわゆる男女の仲にあるBに本件車両を使用させ,洗車・給油等の管理を
任せたことに不自然さはない。本件車両は男性向きで車に興味のない女性は買わな
いという経験則や,原告が本件車両を運転することが物理的に不可能あるいは困難
であるという事情もなく,スポーツカーの購入を望んでいた原告が本件車両を購入
したことに不自然さはない。
ウ 被告主張の不審な人物のうち,Bは原告の親しい友人であるが,その他の人物
のうち,Bの勤務先のホストクラブEの経営者であるDは見たことがあるという程
度であり,被告が周辺で発生したと称する不審な保険事故は原告と無関係であっ
て,原告において反論することも不可能である。
(2) 本件車両が原告からBに対し譲渡された事実はなく,本件約款2の免責事由は
ない。
原告の勤務先は自宅マンションから近く,原告の勤務形態からして,原告が平日の
昼間本件車両を運転することは少なかったにすぎず,原告が本件車両を使用した回
数が少なかったとしても特に問題はない。
原告は,午後1時出勤という勤務形態のため,昼間動くことができなかったことに
加え,親しい友人であり自動車に関する知識も豊富なBを信頼していたため,本件
車両の購入に際し,車種の選定や購入手続を任せ,試乗もしなかったものである。
また,休日にしか本件車両を使用しない原告が購入後の洗車・給油等の管理を依頼
し,原告が使用しない平日にBに本件車両を利用させていたことに不自然さはな
い。
原告とBは毎週2,3回会っており,本件車両をBに使用させていたとしても,長
期間原告の手元から離れるわけではない。
以上のとおり,原告はBに対し本件車両を貸与していただけであり,本件車両がB
に譲渡された事実はない。
第3 判断
1 偶然な事故の立証責任について
本件契約は,当事者の一方が偶然な一定の事故によって生ずべき損害をてん補する
ことを約することによって成立する損害保険であり,本件契約に基づいて保険金を
請求する者は,保険金請求権の発生要件の一つである,発生した事故が偶然による
ものであること,即ち事故の発生が予知できなかったことを主張立証すべきであ
る。
本件においては,前記争いのない事実等で認定したとおり,本件駐車場に駐車して
いた本件車両がなくなったこと,原告が盗難届を提出したことが認められるとこ
ろ,一般人にとって,盗難事故そのものを直接立証することは困難というべきであ
るから,本件盗難事故発生前後の状況等に疑問があるなど,特段の事情がない限
り,上記事実をもって本件盗難事故が偶然な事故であったと推認することができる
というべきである。
2 そこでこの推認を覆すに足りる特段の事情につき検討するに,本件に関し,以
下の事実が認められる。
(1) 原告は,昭和63年3月岐阜県立F高校を卒業して,郵便局に就職し,平成1
0年3月郵便局を退職したが,その間,毎月1万円ないし5万円の範囲で定額貯金
をし,平成10年6月15日には,100万円の定期貯金をしていた。
平成10年3月,原告が退職した当時,前記定額貯金の総額は相当額にのぼってい
たが,原告は,平成10年11月17日,定期貯金全額の払戻しを受け,これを引
越費用に充てた。平成10年12月14日,定額貯金の一部が払い戻されて,その
相当部分が郵便局から貸付を受けていた債務の返済に充てられた。平成11年10
月28日には,残っていた定額貯金の大半が払い戻されて,その相当部分が郵便局
から貸付を受けていた債務の返済に充てられ,その後,平成11年12月1日55
万0188円,平成13年3月1日84万6000円が払い戻されたことにより,
原告が郵便局在職中にした定額貯金はなくなった(甲4の1ないし7,6,原告本
人)。
(2) 原告は,郵便局在職中の平成9年夏ころ,ホストクラブに勤務するBと知り合
って交際するようになり,平成10年11月頃には,現住所に移転して同年12月
からいわゆる風俗店に勤務するようになった。なお,原告は,郵便局退職後風俗店
に勤務するまでの間無職であった(甲6,原告本人)。
(3) 原告は,本件車両の所有者として,本件契約を締結し,平成12年8月24
日,本件盗難事故に気づいたとして,保険代理店に連絡し,その指示を受けて本件
車両の盗難届けを提出し,その後,当時の住友海上に対し本件保険金の請求をする
旨伝えた(甲2,6,原告本人)。
(4) 住友海上は,本件がいわゆるモラルリスク事案であるとして,損害保険リサー
チ株式会社のGに対し,本件盗難事故の調査を依頼した(証人G)。
Gの調査の結果は,以下のとおりであった。
ア 原告に対する聴取り調査
Gは,原告に対する聴取り調査を2回行ったが,原告のGに対する説明は,概ね以
下のとおりであった。
本件車両は,友人の紹介でウエストロードから購入したが,原告自身は同店に行っ
たことも電話で話したこともない,購入に際し,本件車両の下見や試乗等しておら
ず,一切をBに任せていた,従前からスポーツタイプの車が欲しいと考え,Bに相
談していたところBが探してきた,前職は郵政事務で10年間の貯金と退職金を代
金に充て,平成11年末か平成12年初めに500万円を,平成12年1月末に残
金480万円を,それぞれ支払い,同年3月ころ納車された,代金の具体的な調達
方法は貯金を解約したものと手持ちの現金であった,代金はいずれもBに手渡し,
数日後Bから領収証を受け取った,納車はBが行ったので詳細は不明である,納車
後1か月に2,3回は運転した,家族所有の自動車を運転したことはあるが,原告
自身が以前に自動車
を所有したことはない,Bとは3年前から交際しており,本件車両の管理はBに任
せていたため,盗難時に本件車両を駐車していた本件駐車場にはほとんど駐車した
ことはなかった(乙3,6,証人G)。
イ 本件車両の履歴調査(京都支社担当)
本件車両については,平成7年8月4日に所有者Hとして,新規登録がされ,その
後平成9年1月28日には有限会社Iに対する移転登録が,同年3月21日にはJ
に対する移転登録がそれぞれされ,平成10年10月15日,Kに対する移転登録
と抹消登録が連番でされていたが,平成12年3月22日,所有者を原告とする再
度の新規登録がされている(乙8)。
この自動車登録上の前所有者であるKは,その登録上の住所である京都府相楽郡a
村大字b小字cd番地eに居住した事実はなく,Kから,a村長に対し,平成10
年3月10日,京都市f区g町h番地のijビル2Fから上記住所に転入した旨の
届出がされているが,平成12年9月8日現在,Kの前住所地にある建物は1階が
店舗,2階が住居と思われるが,いずれも無人であって郵便受けにもKらしき名前
はなかった(乙9)。
ウ ウエストロードの経営者であるCに対する聴取り調査
Gに対するCの説明は概ね以下のとおりであった。
ウエストロードは昭和63年10月開業し,名古屋市k区lに店舗を構えていた
が,平成10年3月か4月に立ち退いて店舗を閉鎖し,その後は自宅で営業してい
る,本件車両は,大阪泉の吉沢自動車関係から登録の1週間か10日前に仕入れた
が,裏付けとなる帳簿等は存在しない,本件車両と自動車登録上の前所有者である
Kとの関係は知らないし,本件車両が抹消登録されてから再度の新規登録までの1
年半の状況については聞いていない,Bとは3,4年前からの知り合いであり,B
に本件車両を見せた記憶はあるが日にちは不明であり,同人が購入意思を回答した
時点も覚えていない(乙7)。
エ 本件駐車場利用者に対する聴取り調査
本件車両は赤色のフェラーリであって人目に付きやすい車両であるが,平成12年
8月ころ駐車されていることが確認されているが,それ以前に駐車場に駐車された
ことは確認されていない(乙13)。
(5) 本件契約の際には契約書は作成されておらず,残代金480万円の領収書の日
付は平成12年2月5日であって(甲3の2),原告に対する新規登録の日である
同年3月22日と異なっているが,原告はその理由を知らない(原告本人)。
(6) 原告はGの聴取り調査の際に,本件車両の鍵は1本だけ受け取ったと説明して
いるが(乙3),本件盗難事故後,Gが原告から交付を受けた鍵は複製のものであ
った(証人G)。
(7) 原告は本訴提起後,本件車両はネットオークションで購入したと主張している
が,ネットオークションでは,履歴に問題のある車両が取引の対象となることは考
えにくく,かつ落札した場合はその購入代金を短期間に決済するのが一般的である
(乙24,弁論の全趣旨)。
3 2で認定した事実によれば,本件盗難事故に関し,以下のとおり疑問点があ
り,前記推認を覆す特段の事情があるというべきである。
原告の主張する本件車両の購入代金980万円につき,その裏付けとなる客観的資
料は何ら存在しない(本件車両購入時においては,原告の郵便貯金は全額払い戻さ
れていたことは前記認定のとおりである。)。また,原告の主張によれば,売買の
目的物である本件車両の引渡や自動車登録も受けないまま,残代金480万円を支
払ったこととなり,本件車両の購入目的がBに使用させることであって,原告自身
が本件車両を使用することに関心がなかったとしても,高額な商品を購入した者の
行動として極めて合理性を欠くものと言わざるを得ない。
本件車両の購入経緯につき,原告は,Gの聴取り調査に対して,ネットオークショ
ンで購入した旨の説明をせず,ウエストロードのCもGに対し,本件車両は大阪泉
の自動車業者から仕入れた旨説明しているもので,購入経緯についても多大な疑問
がある。
さらに,本件車両は原告購入後,Bがもっぱら使用し,本件駐車場に駐車すること
もなかったが,本件盗難事故の直前から,本件駐車場に駐車するようになり,その
後盗難事故が発生したものであるが,もっぱらBが使用していた本件車両をこの時
期に本件駐車場に駐車するようになったことにつき,何ら合理的な説明はなく,こ
の点についても疑問がある。
以上のとおりであって,偶然な事故の推認の基礎となる事実が,本件車両の喪失及
び盗難届の提出のみであることを考慮すると,上記疑問点を総合すれば,本件にお
いては前記推認を覆す特段の事情があるというべきである。
したがって,その余につき判断するまでもなく,原告の請求は理由がない。
名古屋地方裁判所民事第5部
裁 判 官  丸地明子

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