弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を横浜地方裁判所に差し戻す。
         理    由
 本件控訴の趣意は、検察官栗本六郎が作成した控訴趣意書に記載してあるとおり
であるから、これを引用する。
 原審証人A、同Bの原審公判廷での各供述、原審の検証調書、司法警察員作成の
昭和四四年一一月一五日付、同月一八日付実況見分調書、証人Aの当審公判廷での
供述を総合すると、次の事実を認めることができる。
 神奈川県大和警察署長は、過激派学生が米海軍C基地を爆破する計画がある旨の
情報に基づき、昭和四四年一一月一三日から同月一七日までの間、右基地周辺の警
戒警備を実施した。右警備は、同署長を警備本部長とし、附近の九警察署から派遣
された者を含む四〇名の警察官を四名ずつ一〇班に編成し、津久井警察署から派遣
されたA、B、D、Eの四巡査で一班を編成したが、この一班が同月一四日午後五
時四〇分頃中村巡査運転の警備車に同乗し、同車が時速約二〇キロメートルで神奈
川県高座郡a町bc番地先路上に差しかかつたところ、同車の前照灯のライトの中
に約五〇メートル前方から歩いてくる女性を含む四、五人の人影を助手席に乗つて
いたA巡査が発見した。その人影は、一瞬のうちに左前方の茂みに消えたが、ここ
は、前記C基地の外周金網から約一〇〇メートル離れた畑地で、近くの同基地内に
は米軍燃料貯蔵タンクが設置されていたため、前記警備計画においては重点警戒地
区(徒歩警戒地区)に指定されていた。しかもそのあたりは一般民家が遠く、夜人
の通行することは通常考えられない場所だつたので、中村巡査は直ちに警備車を停
車させ、A巡査らは下車し、懐中電灯で草むらを照らしながら捜したところ、附近
の農道脇の薮の中のくぼ地に前かがみの姿勢でしやがんでいる被告人を発見した
が、被告人以外の者の姿は見当らず、その附近を捜したものの発見するに至らなか
つた。A巡査は、被告人の異常な挙動その他事態の推移、周囲の状況等から犯罪の
容疑があると判断して被告人に対し、「名前は」「今ごろ何してるんだ」などと職
務質問をしたが、被告人は黙つていてほとんど応答しなかつたので、その足元にあ
つたシヨルダーバツグを指して「このバツグはお前のか」と尋ねたところ、「私の
です」と答えただけで、中味については全然答えなかつた。A巡査は、被告人を約
四・四メートル離れた農道まで連れ出した上、他の三名の巡査が被告人に対し職務
質問をしている間に、被告人がしやがんでいた地点に戻り、被告人がおいていたシ
ヨルダーバツグに外側から手で触れたところ、中に固いびんのような物体が入つて
いることがわかつたので、被告人に対し、「中を見せろ」「開けていいか」と言つ
たが、被告人は、「いけない」「見せる必要はない」と答え、応じなかつた。しか
し、A巡査は当日午後五時頃警備に出動する直前、当直主任から情報として同日夜
か、翌晩、過激派学生八〇名が四班に分かれ、C基地など四か所の米軍基地を爆破
するという計画がある旨聞いていたし、事態の推移、周囲の状況等からみて、被告
人が承諾しないからといつてシヨルダーバツグの内容を確認しないわけにはいかな
いと考え、被告人に「開けるぞ」といつただけで、その承諾を得ないで右バツグの
チヤツクを開いた。懐中電灯で照らしながら、その中をみると、大封筒に入つた鉄
パイプのような物体、サイダーびんのような物の上部に小びんがついている物体お
よび小さい時計のような物体等が入つていたので、A巡査は、初めてこれは爆弾で
あると考え、前記情報および被告人が学生風であることをも考え合わせて、被告人
がC基地を爆破する目的で爆発物を所持していると認め、その場で被告人を爆発物
取締罰則違反被疑者として現行犯逮捕するとともに、前記バツグおよびその内容物
を差押えた。
 そこで次に、右のような状況のもとでの職務質問に際し、その附随行為として所
持品検査が許されるかどうか、許されるとすれば、その限度、方法などについて検
討してみたい。
 原判決は、本件の場合、警察官が被告人に対し職務質問をしたこと及びそのバツ
グに外側から手を触れたことは、警察官職務執行法(以下警職法という)による適
法な行為であるが、チヤツクを開いて内容物を検査した行為は、強制力を用いたも
のであつて、強制力をもたない職務質問の範囲をこえているから、その附随行為と
しても許されず、捜索という強制処分に属する行為として憲法、刑事訴訟法(以下
刑訴法という)の厳格な規制を受けるべきであると解し、この観点から、それを違
憲、違法であると判断している。
 警職法二条一項による職務質問を実効的なものとするため、その附随行為として
ある程度の所持品検査が許されることは疑いないが、この所持品検査は、任意的手
段(たとえば、所持者自身に呈示させるとか、その承諾を得て検査するとか等)に
よつて行われるべきで、強制処分に属する捜索と同じ手段、態様では行われ得ない
と解される。しかし、任意処分といい強制処分というも、当該行為の具体的態様や
これが行われた具体的状況を仔細に検討しないと、そのいずれに属するかを的確に
判断できない場合があり、、両者の限界には時に微妙なものがある。また厳密にい
うと、多くの場合、職務質問自体にも、強制的要素が全然ないとはいいがたく、本
件のように単にバツグの外側から手を触れるだけの行為でも、―明らかに相手方の
承諾が予想される場合以外には、―任意性に疑いのある一種の実力行使と見るほか
はない。原判決がこの程度の実力行使を職務質問に伴う附随行為として適法である
と解したのは、それが相手方に何ら実害を与えず、社会的にみて、前記のような状
況のもとでは、警察官に当然許される相当な行為であると判断したためであると思
われる。当裁判所も、この見解を支持する。
 <要旨>本件の問題点は、どのような状況のもとでも、職務質問ないしその附随行
為としてそれ以上の実力行使は絶対に許されないと解すべきかどうかにあ
る。原判決は、外から手を触れる以上の行為は、たといチヤツクを開き内容物を確
めるだけの行為でも、警職法上の行為としては絶対に許されないと説く。しかしこ
の理は、本件の具体的状況にあてはめて考えると、強い疑問を免れない。すなわ
ち、バツグに触つたあとの経過をみると、A巡査は、バツグの中に固いびんのよう
な物体が入つているのに気づいたので、被告人にその呈示を求めたが応ぜられなか
つたため、自らチヤツクを開き、内容物をそのままの状態で外から一見したという
のであつて、すでにチヤツクを開こうとする際には、被告人らがC基地を爆破しよ
うとしていたのではないか、バツグの内容物がそれに用いるための爆発物でない
か、という重大な犯罪についての容疑が相当濃厚になり、これをそのまま放置して
おくのは危険であるという緊迫した状況にあり、同巡査も、そのように感じていた
と思われる。右の状況に徴すれば、職務質問にあたつていたA巡査が、「中を見せ
ろ」といつて内容物の呈示を求めた行為および「開けていいか」と承諾を求めた行
為が警職法上の行為として適法なのはもちろん、これらが拒否された場合に、何ら
バツグを損壊することなく、単にそのチヤツクを開き、内容物をそのままの状態で
外から一見した行為も、―外形的には警職法二条一項による行為の範囲を多少こえ
るようにみえるが―問題になつている容疑事実の重大性と危険性、実力行使の態様
と程度、これによつて侵害される法益と保護されるべき利益との権衡等からみて、
警察法、警職法を含む法秩序全体の精神に反しない、社会的にも妥当性の肯定され
る行為として許容されると解するのが相当である。(ただこの際念のため附言して
おきたいことは、この種の行為は、あくまで具体的状況に即し、具体的にその適否
を判断すべきで、徒らに事を抽象化し一般化して論ずるのは、人権保障上も、刑事
司法の運営上も好ましくなく、この点に深く留意する必要がある、ということであ
る。)したがつて、この点において原判決は、警職法二条一項の解釈を誤つたもの
といわなければならない。
 その後A巡査は、所持品検査の結果バツグの中に爆発物を発見したので、被告人
がC基地を爆破する目的で爆発物を所持していると認め、これを現行犯人として逮
捕し、その場で爆発物在中のシヨルダーバツグを差押えたものと認められる。した
がつて、本件証拠物の差押手続は、刑訴法二二〇条一項に違反せず、憲法三五条に
も違反しないことは明らかで、本件証拠物の証拠能力を否定することはできない。
 原審が本件証拠物の証拠能力を否定し、証拠物の存在を前提として獲得された証
拠書類(原審証人Aの原審公判廷での供述の一部を含む)の証拠能力も否定し、証
拠物について取調請求を却下し、証拠書類について排除決定をし、爆発物取締罰則
違反の事実につき、被告人の自白のほかに補強証拠がないとして無罪の言い渡しを
したのは、訴訟手続に法令の違反があり、その違反が判決に影響を及ぼすことが明
らかであるから、この点において原判決は破棄を免れない。論旨は結局理由があ
る。
 そこで、その余の控訴趣意に対し判断するまでもなく、刑訴法三九七条一項、三
七九条、四〇〇条本文により、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 横川敏雄 裁判官 山崎茂 裁判官 中島卓児)

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