弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原決定を取り消す。
     抗告人に補償金五千百円を交付する。
         理    由
 本件抗告理由の要旨は
 抗告人に対する逮捕及び勾留は饗応の事実に基くものであり、抗告人が起訴事実
である不法金銭供与の事実によつて逮捕勾留されたものではないこと原決定のとお
りである。
 しかし右饗応の事実についての逮捕状、勾留状に基いて、抗告人を逮捕勾留し、
金銭供与の事実について併せて取調を為し、起訴と同時に抗告人を釈放したことは
一件記録上明白である。
 然るに原決定は抗告人の拘禁中逮捕事実と公訴事実の外更に別の罪即ち公訴事実
の金員の出所についての嫌疑により取調を受けたことが窺えるとし、このような場
合には不起訴処分についても補償する旨の規定がない限り、その拘禁日数の一部に
ついても補償しないのを相当であるとして抗告人の請求を棄却したが、これは抗告
人が逮捕状、勾留状により拘禁され、その拘禁中取調を受けた事実につき起訴さ
れ、無罪の判決を受けた基本事実を無視するものであり、無罪となつた事実の取調
が自由の拘禁の下に為された者に対し、刑事補償を与えんとする法の根本精神を逸
脱するもので違法である。それ故原決定の取消及び抗告人に対し相当の刑事補償を
求めるというのである。
 よつて一件記録を調査するに、抗告人は「昭和二十七年九月三日頃神奈川県足柄
下郡a町旅館Aに於けるB組合員C外四十名に対する饗応」の事実により昭和二十
七年十月九日小田原簡易裁判所裁判官の発した逮捕状の執行を受け、その後四月三
十日まで引続いて右事実により横浜地方裁判所小田原支部裁判官の勾留状により勾
留され、翌十月三十一日同支部に「D、E、F、Gと共謀の上、同年十月一日施行
の衆議院議員選挙に際し神奈川県第H区から立候補したIに当選を得しめる目的
で、同年九月二十四日頃より同月二十七日頃までの間、数回に小田原市bc丁目D
方等に於て選挙人J外十六名に対し夫々金銭を供与した」との公職選挙法違反の事
実で起訴され爾来数度の審理の末、昭和二十八年七月二十日無罪の判決を受けたの
であるが、これだけでは抗告人に対する逮捕勾留の事実と、起訴の事実とは全然別
個であり、抗告人が起訴事実について逮捕され勾留を受けたとは云えない。しかし
抗告人の供述調書を精査し、抗告人が拘禁中との事実につきとのような取調を受た
かをみるに、逮捕直後の同年十月九日附司法警察員に対する供述調書中には逮捕の
事実即ち旅館Aに於ける饗応の事実等につき取調を受けたが、その後同月十四日以
降は抗告人がD等に度した金二万円に関する公職選挙法違反の嫌疑が発覚したので
この二万円を抗告人かとこから入手したか又Dにどのようにして度しているかとい
つた点につき取調を受けてるはかりか、右金二万円が正に右D、E、F等のJ外十
数名に金員供与の資金となつていることから、被告人も右J等に対する金員供与の
共謀者ではないかというような嫌疑の下に取調を受けていることが認められる。
 そうとすれば抗告人は公訴事実に基いて逮捕、勾留されたものではないが、別罪
による拘禁中に公訴事実について取調を受けたものであり、換言すれば、抗告人に
対する公訴事実の取調は別罪による拘禁を利用したものというべきであり、もし別
罪による拘禁がなければ公訴事実に基いて抗告人を逮捕し、勾留したであらうと<要
旨>推認し得るところである。而して刑事補償法第一条の未決の抑留又は拘禁とは、
公訴事実に基いて逮捕状、勾留状が発せられ、これが執行を受けた場合のみ
ならず、別罪による既存の勾留を利用し、公訴事実について取調を受けた場合に於
ける既存の勾留をも含むものと解するを相当とする。従つて饗応の事実につき逮捕
勾留せられた抗告人が、その後公訴事実たる金員供与の事実について既存の勾留を
利用して取調を受けしかもその公訴事実については無罪となつたこと前記のとおり
であるから、抗告人は公訴事実の取調に関して既存の勾留を利用して取調か行われ
た期間の勾留について国家に対し補償を請求しうるものといわなければならない。
原決定は抗告人は前記逮捕事実と公訴事実以外の別罪についても取調を受けている
から、その拘禁日数の一部についても補償し得ないものとしている。しかし公訴事
実、逮捕事実以外の第三の被疑事実に関する取調があつても、それが起訴され有罪
の判決かあつたとすれば、併合罪の一部につき無罪、他の一部につき有罪の裁判が
あつた場合に該当するから或は刑事補償法第三条第二号により、裁判所の健全な裁
量により補償の全部をしないことが許され得るかも判らないが、右第三事実につい
て起訴を受けることなく、従つて公訴事実については無罪の判決宣告があつた場合
にその未決勾留に対し刑事補償を与えないということは毫もいわれかないところで
ある。よつて抗告人の請求を棄却した原決定は相当でないから本名抗告は理由があ
る。
 よつて進んで抗告人に補償すべき未決の勾留日数並びにその金額につき按ずる
に、抗告人は昭和二十七年十月九日以降同月三十日まで拘禁せられていたことは前
記のとおりであるが、公訴事実に関する取調が行われたのは同月十四日以降のこと
で十月九日乃至同月十三円までには逮捕勾留の事実に関する取調が為されたのみ
で、公訴事実に関しては未だその取調を受けたものとはいえない。従つて、抗告人
に対し補償せられる勾留期間は同年十月十四日より三十日ま一通計十七日であると
認められる。
 而して右勾留期間が右のとおりであり、抗告人が既に別罪より勾留されていたと
いう事情の外に抗告人の地位、身分、財産上の損失や得べかりし利益の喪失、その
他諸般の事情を斟酌し抗告人に対しては一日金三百円の割合による補償金を交付す
べきものと認める。
 よつて主文のとおり決定する。
 (裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穗 判事 山岸薫一)

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