弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成20年1月31日判決言渡
平成19年(ネ)第10030号損害賠償等請求控訴事件
(原審・東京地方裁判所平成17年(ワ)第15529号)
口頭弁論終結日平成19年10月17日
判決
控訴人X
訴訟代理人弁護士高木一嘉
同若林実
1被控訴人Y
被控訴人Y2
被控訴人ら訴訟代理人弁護士秋葉信幸
同高橋省
主文
1本件控訴を棄却する。
2控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決を取り消す。
2被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して880万円及びこれに対する平成
17年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3被控訴人らは,控訴人に対し,日本疾患モデル学会には原判決別紙謝罪広
告(1)記載のとおりの謝罪広告を,日本分子生物学会には同別紙謝罪広告(2)
記載のとおりの謝罪広告を,日本病理学会には同別紙謝罪広告(3)記載のとお
りの謝罪広告を,順天堂大学には同別紙謝罪広告(4)記載のとおりの謝罪広告
を,同別紙謝罪広告掲載方法一覧表記載の方法で,それぞれ1回ずつ掲載せ
よ。
4訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
第2事案の概要
本件は,順天堂大学医学部病理学第二講座の助教授である控訴人(第1審
原告)(以下「原告」という。)が,同教授である被控訴人(第1審被告)
Y1(以下「被告Y1」という。)及び同助手である被控訴人(第1審被
告)Y2(以下「被告Y2」という。)が,自己免疫疾患を発症するモデル
マウスに係る原告の研究成果ないし発明を,原告に無断でかつ原告の氏名を
発表者に掲げることなく,学会で研究発表したことにより,同研究成果の侵
奪による精神的損害及び同発明に係る特許を受ける権利の侵害による財産的
損害を被ったと主張して,被告らに対し,不法行為に基づく損害賠償(合計
880万円)の支払とともに,謝罪広告の掲載を求めた事案である。
原判決は,原告は,上記モデルマウスについての科学的ないし学術的思想
の創作行為に現実に加担したとはいえないので,その研究成果を最初に得た
ということはできず,また,原告は,同モデルマウスに係る発明の真の発明
者にも当たらないので特許を受ける権利を有していないなどとして,原告の
請求をいずれも棄却した。原告は,原判決を不服として本件控訴を提起し
た。
第3争いのない事実等,争点及びこれに関する当事者の主張
以下のとおり訂正付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第2の2
から第3の5まで(原判決2頁12行目から55頁23行目まで)に記載の
とおりであるから,これを引用する。
なお,以下においては,原判決の略語表示は,特に断りのない限り,当審
においてもそのまま用いる。
1原判決の訂正
(1)原判決6頁2行目から3行目にかけての「,B10.GDマウス系」を
削る。
(2)原判決18頁17行目の「NZB.GDマウス等」を「B10.GDマ
ウス」と改める。
(3)原判決22頁9行目から10行目にかけての「BXSB雌マウスとNZ
W(H−2)雄マウス」を「NZW(H−2)雌マウスとBXSB雄マbb
ウス」と改める。
(4)原判決23頁6行目から7行目にかけての「交配を行うことにしたが」
を「交配を行うことにしたが(なお,原告は,Yaa遺伝子の有無による
差異も念頭においていたため,NZB.GDマウスを雌にし,BXSBマ
ウスを雄にした交配も行っていた。)」と改める。
(5)原判決23頁8行目の「このとおり」から11行目の「(BXSB×NZB.GD)
F1(H-2:AE))」までを「さらに,原告は,BXSB雌マウスとNZb/g2b/db
B.GDマウス系(g2/dヘテロ)とを交配してF1マウスを作製し(<
F>(BXSB×NZB)F1(H-2:AE),<G>(BXSB×NZB.GD)F1(H-2:AE))」b/db/db/db/g2b/db
と改める。
(6)原判決25頁1行目の「4,5及び7番」を「5番ないし7番」と,同
25頁14行目の「4番」を「5番」とそれぞれ改める。
(7)原判決26頁22行目の「この交配実験については同被告は何ら関与し
ておらず」を「被告Y2は,この交配実験には関与しているものの,交配
立案については関与しておらず」と改める。
(8)原判決27頁2行目の「BXSBマウスにおいて」から9行目の「予想
された。」までを次のとおり改める。
「BXSBマウスの雄に重篤なSLEが発症するのは,雄の性染色体で
あるY染色体上のYaa遺伝子の影響であることが周知であった。ま
た,原告らが樹立したNZB.GDマウス系及びNZB.GDrマウス
系は,繁殖力が弱く,NZB.GD雌マウス又はNZB.GDr雌マウ
スと,BXSB雄マウスとを交配したのでは,T細胞移入実験を行う上
では,得られるF1マウスが少なくなることが予想された。」
(9)原判決28頁4行目の「,平成15年3月ころ」を「,平成15年3月
13日」と改める。
(10)原判決別表2「甲46,乙15各マウス系と遺伝子型一覧表」記載
の「(注)」中の「,上記の4番のF1マウスのTNF亜領域の遺伝子型
はd/bヘテロに」を削る。
2当審における原告の補足主張
(1)研究立案者を決定する判断基準について
研究には,必然的に,研究の成果と同時に未解決課題が残される。そし
て,残された未解決課題が新しい研究における課題となり,それを解決す
るために,さらに新たな研究手法が創意工夫され,そのサイクルが継続す
ることにより理論が発展して,新たな発見や成果が得られる。したがっ
て,研究を誰が行ったか,すなわち新たな研究課題の設定と解決のための
具体的な研究手法を誰が立案したかは,連続する研究の発展過程を踏まえ
て,新しい研究の課題を設定するに至った動機・目的や従前の研究内容・
成果に着目して,新しい研究を開始する動機や目的を保有することがで
き,能力が備わっているかなどをも考慮して,実質的に判断すべきであ
る。
この観点に照らすならば,以下のとおり,自己免疫疾患を発症するモデ
ルマウスである本件マウス①∼⑥に係る研究を立案したのは,原告であっ
て,被告Y2ではない。同被告は,原告の立案に基づく研究の実務を担当
したにすぎない。
(2)原告の行った研究内容
ア原告の行った背景となる研究
(ア)NZB(H−2)マウスとNZW(H−2)マウスを交配したdZ
F1(第1代雑種)マウスである(NZB×NZW)F1(H-2)には,代表的自己d/z
免疫疾患である全身性エリテマトーデス(SLE)が自然発症する。
原告は,その原因となるH−2遺伝子を特定することを研究課題と
して,H−2遺伝子型がH−2型のマウスを作製し,H−2型のマd/dd/z
ウスとの病態比較を行うことを計画した。そのため原告は,NZBの
H−2型遺伝子をNZWに導入したNZW(H−2)コンジェニッdd
クマウスを作製し,これとNZB(H−2)マウスを交配した(NZB×d
NZW(H-2)F1(H-2)を作製し,H−2型のマウスとの病態を比較したdd/dd/z
ところ,H−2型のマウスは,H−2型のマウスよりも,SLE病d/dd/Z
態が抑制されることを確認した。この事実から,原告は,H−2ヘテd/z
ロ接合性が重篤なSLE発症に重要であることを見出し,昭和58
年,論文として発表した(甲20の1)。
その後,原告は,佐賀医大甲教授との共同研究において,H−2ヘd/z
テロ接合性の上記役割は,H−2ヘテロに由来するA分子(AαAd/zd
β分子)が原因であるとの示唆を得て,平成4年,これを学会発表しz
た(甲51の81頁)。
(イ)原告の上記(ア)の一連の研究は,H−2遺伝子中のクラスⅡ遺伝
子がコードするE分子をともに同量発現するF1マウスにおいて,A
分子がA型かA型かの違いがSLEに与える影響について研究したd/zd/d
ものであり,SLEにおけるA分子の役割に着目した研究であった
が,E分子の役割については,未解明の状態にあった。すなわち,E
分子はEaの遺伝子型においては発現しないことが既に判明していb/b
たが,E分子のSLE発症を抑制する機序(メカニズム)については不
明のままであった。
そこで,原告は,E分子を発現しないコンジェニックマウス系を作
製し,E分子を発現しないF1マウスとこれを発現するF1マウスの
病態を比較することによって,SLEにおけるE分子の役割を解明す
る研究をする目的で,平成元年ころから,E分子を発現しないコンジ
ェニックマウス系の作製を開始した。
まず,原告は,NZB(H−2)マウスのH−2遺伝子型をB10d
.GD由来のH−2型に入れ替えて,E分子を発現しないNZB.Gg2
Dコンジェニックマウス系を樹立した。そして,これをNZWと交配
し,E分子の発現量が半分に抑制される(NZB.GD×NZW)F1を作製して,
本来の(NZB×NZW)F1マウスとの病態比較を行った。A分子はともにd/z
型で共通しているが,(NZB.GD×NZW)F1は,本来の(NZB×NZW)F1と比較
して,E分子の発現量が半分になるという違いがあり,また,本来の(
NZB×NZW)F1マウスよりも重篤なSLEを発症するということが判明し
た。すなわち,E分子の発現は,SLEの病態を抑制する可能性があ
るという研究成果を得た。
原告は,平成4年,この実験を研究ノート(原告平成4年メモ。甲2
5の2)に記載した。
上記研究は,A分子をともにd/z型にして,E分子の発現の有無や程
度とSLEの発症との関係とを研究対象とし,SLE発症におけるH
−2ヘテロ接合性のマウス(A分子d/z型マウス)に対してE分子の発d/z
現量を変えることによって,SLEにおけるE分子の役割を解明しよ
うとした研究であり,「E分子の発現量が半分に抑制されるときに重
篤なSLEが発症する」という研究成果を得た。原告は,その研究成
果を,平成6年に論文発表した(甲20の2)。
(ウ)原告は,上記(イ)の研究成果から,「E分子の発現の有無や程度
がSLE発症やその病態の程度に影響を与えた」ものと推測し,重篤
なSLEを発症するH−2ヘテロ接合性のマウス以外のマウスにおいd/z
ても,E分子を発現しないときにはSLEを発症するのではないかと
の予測を立て,また,SLE病態が抑制されている(NZB×NZW(H-2)Fd
1(H-2)マウスでも,A分子をともにd/d型にした上で,E分子を発現d/d
しないマウスとE分子を発現するマウスとを作製,比較した場合,E
分子を発現しないマウスに重篤なSLE病態が発症する可能性がある
のではないかと考えた。
そこで,原告は,上記予測ないし可能性を証明する目的で,平成6
年から,再度,NZB.GD及びNZW.GDの作製を開始し(それ
までにNZB.GD系は樹立したが,繁殖力が低下しており,また,
NZW.GD系の樹立は成功しなかった。),平成10年ころから,(
NZB.GD×NZW.GD)F1マウス(H-2:Aで,かつ,E分子を発現しg2/g2d/d
ないマウス)を作製して病態を観察することにした。
原告は,「E分子の発現量が半分の(NZB.GD×NZW)F1マウスには重
篤なSLEが発症した」という研究成果を踏まえて,「(NZB/W)F1マ
ウスから完全にE分子を消す実験」の研究立案を記載したが(原告平
成4年メモ(甲25の2)の最終頁の「1)」),この「完全にE分
子を消す(NZB/W)F1マウス」として作製したのが,(NZB.GD×NZW.GD)F
1マウスである。
NZW.GDマウス系の樹立には約4年を要したが,このF1マウ
スの作製と病態解析は,平成9年に助手になった被告Y2に担当させ
た。
d/d
そして,原告は,(NZB.GD×NZW.GD)F1マウスの病態観察から,A
ホモ型でもE分子が欠損すれば,重篤なSLEが発症することを見出
した。原告は,平成11年,被告Y2に,日本免疫学会で,この研究
成果についての発表をさせた(甲47の2)。
以上のとおり,原告は,平成4年の研究(甲25の2)においてE分
子がSLEを抑制する事実を初めて見出し,以来,E分子の研究に取
り組み,E分子を発現しないマウスにSLEが発症するかについて,
種々のマウスを作製((NZB.GD×NZW.GD)F1系の作製を含む。)してE分
子に関する研究を重ねてきた。一方,被告Y2は,平成9年以降,原
告の指導の下で,その研究実務を担当していたにすぎない。
イNZB.GDr系マウスの樹立
(ア)遺伝子の組み換え(recombination)は,生殖細胞ができる時の減数
分裂の時に起こり,染色体の乗り換えともいわれる。染色体の乗り換
え部分を挟んで,遺伝子の組み換えが起こる。ある遺伝子間の組み換
え率は,遺伝子間の距離に左右され,距離が長いと組み換え率が高
く,距離が短いと組み換え率は低くなる。H−2領域内には,異なる
機能を持つK,Ab,Aa,Eb,Ea,TNFa,D等の複数の遺
伝子が近接して存在する。組み換えの確率は,その距離等の影響を受
ける。100匹に1匹の割合で組み換えが起こる遺伝子間距離を1c
M(センチモルガン)と定義されている。したがって,EaとTNFa
遺伝子間の距離は,0.36cMであれば(甲77),10000匹に3
6匹の確率で組み換えが起こる。
原告は,既に,自己免疫疾患の病態には,A遺伝子型の違い,E分
子の発現の有無,TNFa遺伝子型の違いが大きく影響を与えること
が周知であることから,これらの影響を除外するためには,遺伝子組
み換えにより,H−2領域内の遺伝子を組み換えたリコンビナントコ
ンジェニックマウス系を作製することが必要であると考えて,研究を
行った。遺伝子組み換えマウス作製の立案は,原告平成4年メモ(甲2
5の2の最終頁の「1)」)に記載されている。
(イ)原告は,平成11年から平成12年ころにかけて,遺伝子組み換
えマウスの樹立を目的として,NZB.GDをNZBに,NZW.G
DをNZWにそれぞれ何世代にもわたる退交配を進め(NZB.GD
系マウスにつき平成11年9月ころ甲36の№.307以降,NZW.
GD系マウスにつき同年8月ころ甲36の№.430以降),その結
果,平成13年1月,NZB.GDrが誕生した。
NZB.GDrを発見した経緯は,以下のとおりである。
原告は,平成12年8月中旬ころに被告Y2が病休から復帰した
後,NZB.GD系及びNZW.GD系に,組み換えマウスができて
いないかを調べるために,末梢のリンパ球膜上に発現しているK,
A,E,D分子の遺伝子型を抗体を用いて解析することを被告Y2に
指示した。その結果,平成13年1月に,NZB.GD(H−2)マg2
ウスとNZB(H−2)マウスとの間で,EaとDの間に遺伝子組みd
換えが起こった可能性のあるマウス(甲36のNZB.GD系マウス
のNo.362のマウス)が発見された。原告は,この組み換えマウスの
繁殖が可能であり,子孫を増やしてリコンビナントコンジェニックマ
ウス系として樹立できる見通しを立てた後に,TNFa遺伝子型を乙
技術員に解析させた。原告は,Ea遺伝子とTNFa遺伝子の遺伝子
型がそれぞれd型,b型と決定され,組み換え場所が特定された後,
この遺伝子組み換えマウスをNZB.GDrと命名した(甲93)。甲7
4は,平成15年1月28日に行ったTNFa遺伝子型の解析結果で
あるが,最初の解析時期は,遅くとも平成13年11月8日より前で
あると推定される。この点は,原告が同日に作成した書面(甲93)に
は,このリコンビナントコンジェニックマウス系をNZB.GDrと命
名すること,このH−2型を一時的に「gdr」と命名すること,その組
み換え部位がEaとTNFaの間であることが記載されていることか
ら明らかである。
(ウ)E分子によるSLE発症抑制効果がEa遺伝子のみに由来してい
るか否かという研究課題を設定し,その研究に必要なNZB.GDr系
を最初に樹立したのは,原告である。この研究は,平成4年の研究に
おいて設定していた課題「E分子を完全に消す方法」(甲25の2の最
終頁)を発展させたものである。
また,NZB.GDr系の樹立のためには,NZB.GDをNZBに
何世代にもわたって退交配させる必要性のあること,NZB.GDr系
の樹立が確立されたことを科学的に確認するためには,TNFa遺伝
子の解析が不可欠であることを理解していたのも,原告である。
そして,原告は,被告Y2が本件講座の助手に採用される以前か
ら,NZB.GDr系の樹立を目的に,NZB.GDをNZBに何世代
にもわたって退交配させることを行い,同被告が助手に採用された後
は,その退交配の研究実務を,同被告に引き継がせた。
(エ)以上のように,原告は,A型マウスにおいてE分子がSLE発症d/z
を抑制している可能性(E分子の欠損がSLEを重篤化する可能性)の
あることを見出し,次いで,A型遺伝子型以外のマウスでも,E分子d/z
が欠損するとSLEが発症するという実験結果を得て,さらに,NZ
B.GDr系の樹立によってE分子が単独でSLEを抑制するという事
実の確証を得て,最終的にその機序を解明することで,一連の研究を
発展させてきた。被告Y2は,一連の研究の途中から実験実務を担当
したにすぎず,上記の研究の立案は,原告が単独で行ったものであ
る。
ウT細胞移入実験の研究立案
(ア)前記ア(イ)のとおり,E分子のSLE発症を抑制する機序は未解
明のままであったが,一方で,自己抗体は自己反応性B細胞によって
産生され,自己反応性B細胞は自己反応性T細胞によって活性化され
ることが既に判明していた。
原告は,平成4年に,E分子が自己抗体産生を抑制する機序に関
し,①E分子は自己反応性T細胞を胸腺で排除する働きを担っている
のか(「T細胞のセレクション」),それとも,②E分子は胸腺でのT
細胞のセレクションとは関係なく,自己反応性B細胞の活性を抑制す
るサプレッサーT細胞を誘導(活性化)して,自己反応性B細胞の活性
を抑制しているのか,あるいは,①及び②の両方なのか,という疑問
を抱き,それを解明する研究に取り組むことにした。
そこで,原告は,SLE発症抑制の機序を解析するプロジェクトを
原告平成4年メモ(甲25の2の最終頁の「2)a),b)」)に記
載した。
上記②の研究について,原告は,「αI−EmAb」というE分子に
結合してE分子の機能を抑制する抗体を,SLE発症前の若い(NZB×N
ZW)F1マウスに直接投与してE分子の機能を抑制すれば,サプレッサ
ーT細胞が誘導されないので,SLE病態が増悪すると予想した。し
かし,「αI−EmAb」の投与実験の結果は,予想に反し,SLEの
病態は改善されるとの結果を得た。これは,同抗体の投与によって,
E分子を発現した自己抗体産生B細胞が死滅したことが原因であっ
た。
そこで,原告は,平成11年,上記②の研究課題を解明するため
に,「αI−EmAb」を投与する代わりに,E分子を発現したマウス
の脾臓から取り出したT細胞を,E分子を発現しないマウスに移入す
ることによって,E分子によって誘導されたサプレッサーT細胞が自
己反応性B細胞の活性を抑え,自己抗体産生を抑制するかどうかを解
明する実験を発案し,E分子とサプレッサーT細胞の関係に着目する
ことにした(甲86)。
原告は,平成11年初旬にT細胞移入実験を計画し,後記のとお
り,その後,同実験の研究を含む,「科学研究費補助金」の申請をし
た。
(イ)また,原告は,平成4年,分子がSLEを増悪させる原AαAβ
dz
因の一つであることを,自己反応性T細胞のクローンを樹立すること
によって解明していた(甲51の81頁)。すなわち,分子にAαAβ
dz
反応するT細胞がSLE病態を増悪させる自己反応性T細胞と考えら
れるところ,この自己反応性T細胞を増殖させ,このクローンT細胞
をSLE未発症の若い(NZB×NZW)F1マウスに移入してSLE発症を誘
導することができるかどうかを確認する実験研究を行った。その実験
の結果,原告は,分子に反応するT細胞は,SLEの代表的AαAβ
dz
病態であるIgG抗DNA抗体の産生を誘導し,重篤なSLEを発症させ
るという機序を解明し,その研究成果を,平成6年に論文発表した(甲
13の5頁60番の論文)。
原告は,上記研究における手法を踏まえ,E分子に反応する抑制性
T細胞が存在すれば,このT細胞をSLE病態を発症するF1マウス
に移入することにより,SLE病態を抑制する可能性があると考え
た。すなわち,細胞を移入することによってSLE病態を抑制するこ
とができれば,その細胞こそが,自己反応性T細胞のクローンと逆の
働きをするSLE抑制細胞であると考えた。このような背景研究を基
礎として,原告は,T細胞移入実験を立案した。
(3)原告の研究立案による本件マウス①∼⑥の作製
本件マウス①∼⑥は,原告が立案した研究を行うため,原告が研究代表
者として申請し獲得した「科学研究費補助金」(以下,上記補助金を「科研
費」,上記補助金の支給を受けて行う研究を「科研費研究」という場合が
ある。)により作製したマウスであり,原告の研究立案に係るマウスであ
る。
ア本件マウス④,⑥の作製
本件マウス④,⑥は,平成11年8月,平成12年度・平成13年度の
科研費研究(甲82の1。以下「科研費研究A」という場合がある。)に
おけるT細胞移入実験の候補マウスとして作製したものである。
(ア)前記(2)ウ(ア)のとおり,原告は,平成11年初旬にT細胞移入実
験を計画した。T細胞移入実験を実施するためには,E分子を発現し
ないマウスではSLEを高度に発症するが,E分子を発現するF1マ
ウスではその病態が高度に抑制されるという条件を満たしたF1マウ
スを数多く必要とした。
(イ)ニュージーランドマウス系は繁殖力が弱いため,繁殖力が高いB
XSBを雌とし,ニュージーランドマウス系を雄にすれば,多数のF
1マウスを得ることが可能となる。このため,原告は,T細胞移入実
験の候補マウスとして,BXSB雌とNZW.GD雄,BXSB雌g2/z
とNZB.GD雄とを交配することとした。g2/d
原告がBXSBを雌とし,ニュージーランドマウス系を雄とする親
マウスの組合せを立案した経緯は,以下のとおりである。
a平成6年にジュネーブ大学出井博士の研究室が発表した論文(甲1
13の1。以下「出井論文」という。)は,「(BXSB.H-2d)congenic
雄マウス系」と「(NZB.H-2b)congenic雌マウス系」とを作製し,こ
れらを交配することでH−2遺伝子がb/b型(E分子発現せず),b/d
型(E分子を半分量発現する),d/d型(E分子を発現する)の3種類の
(NZB×BXSB)F1雌雄マウス系を作製し,雄親のBXSBマウス系由
来のYaa遺伝子を引き継いでいるF1雄マウスとYaa遺伝子を
引き継がないF1雌マウスのSLE病態を比較した実験研究に関す
るものであった。出井論文には,①実験の結果,F1雌では,H−
2遺伝子がb/b型,b/d型では高度のSLE病態を発症したが,d/d型
では病態の高度の抑制がみられたのに対し,F1雄では,b/b型,b/
d型,d/d型のいずれの型を問わず,高度のSLE病態がみられたこ
と,②結論として,H−2b型はSLE病態の亢進に関わり,H−
2d型はSLEの発症抑制に関わっているが,雄のYaa遺伝子
は,H−2d型におけるSLEの発症抑制効果を消失させてしまう
ことが記載されている。
b原告は,原告平成4年メモ(甲25の2)に記載のとおり,E分
子がSLE病態を抑制する可能性があると予測していたので,出井
論文(甲113の1)における「H−2d型はSLEの発症抑制に関
わっている」という論文の内容から,病態抑制は,E分子によるも
のであると考えた。ところで,出井論文においては,単に「H−2
d型はSLEの発症抑制に関わっている」と述べているだけなの
で,H−2d型における病態抑制に関与しているのが,E分子では
なく,A分子であるとの可能性を否定することができなかった。そ
こで,原告は,NZB.GDとNZBを利用して,BXSBとの交
配F1マウスのSLE病態を比較することにより,病態抑制に関与
しているのが,A分子ではなく,E分子であるか否かの解明を目的
として,NZB.GDマウスを用いる病態比較実験を行うことを計
画した。すなわち,NZB.GD系のH−2型は「H−2g2/d」型
であるから(維持のためNZBと交配している。),BXSB雌とを
交配したF1は「H−2b/d型」と「H−2b/g2型」となる。そのF
1は,ともにA遺伝子はb/d型となるが,E遺伝子は,前者ではE
ab/d型となるのに対して,後者ではEab/b型となるので,E分
子の発現量に差が生じ,その差異がSLE病態に差異をもたらすか
どうかを比較し,その差異が認められれば,E分子にその原因を求
めることができる。そして,前者のF1マウスにSLE発症が認め
られなければ,E分子がSLEの発症を抑制したとの結論を得るこ
とができる。
c出井論文(甲113の1)で,Yaa遺伝子が存在するF1雄マウ
スではH−2d遺伝子型の抑制効果がなくなると報告されていたた
め,F1雄マウスでなくF1雌マウスを解析する必要があった。F
1雌マウスを作製するためには,Yaa遺伝子をもつBXSBを雄
親にする必要性がなかったので,繁殖力が低いNZB.GD系では
なく繁殖力が高いBXSBを雌親として交配F1マウスを作製する
こととした。NZB.GD系は繁殖力が弱いため,NZB.GD系
自身の繁殖維持のためにNZB.GD系雌マウスが必要であったか
らである。その結果,誕生したのが本件マウス④,⑥である。
また,本件マウス④,⑥の作製が平成11年となったのは,NZ
B.GDを平成6年から再度作製開始したので,このマウス系が樹
立され交配に用いる充分な数のマウスが確保ができるまでに5年の
歳月を要したからである。
g2/z
(ウ)上記(イ)の交配実験の結果,BXSB雌マウスとNZW.GD
雄マウスとの交配F1マウスのうち,E分子を発現するF1マウスと
発現しないF1マウスとの間には,SLE病態上の差は認められなか
った。一方,BXSB雌とNZB.GD雄マウスとを交配して,平g2/d
成11年8月,E分子を発現しない本件マウス④(F1雌マウス,H
−2遺伝子型b/g2ヘテロ)9匹と,E分子を発現する本件マウス
⑥(F1雌マウス,H−2遺伝子型b/dヘテロ)6匹を作製したと
ころ(甲87の28頁,29頁),約1年の経過観察を経て,本件マウ
ス④と本件マウス⑥のSLE病態の差が極めて大きく,T細胞移入実
験に適していることが判明した(甲48,甲90の1,甲91)。
科研費研究Aに係る「平成12年度基盤研究(C)研究計画調書
(新規)」(甲82の1)中の「研究計画・方法」の「【4】」(平
成13年度)には,予備実験として行った交配実験において,E分子
発現によるSLE抑制効果が確認された「【2】」(平成12年度)
のF1マウスを用いてT細胞移入の予備実験を行ったことが記載され
ている。
なお,原告は,研究計画調書には本件マウス④,⑥を記載しなかっ
たが,これは,同調書を作成した平成11年10月時点において,本
件マウス④,⑥の病態観察結果が未だ得られていなかったためであ
る。また,原告は,平成13年3月,本件マウス④,⑥を用いたT細
胞移入実験を被告Y2に行わせたが(甲49の9頁),この段階で
は,充分な数のF1マウスを用いた実験を実施しなかったため,科研
費研究Aの研究期間中には結論を得ることができなかった。
(エ)なお,科研費研究Aの予備実験に係る研究費は,丙前教授を研究
代表者とする科研費,順天堂大学学内のアトピーセンター研究費(甲
59の3)及び原告を研究代表者とする厚生省の研究費(甲82の1
の4頁)を充てた。
(オ)以上のとおり,本件マウス④,⑥は,原告が,E分子の発現によ
るSLE病態の抑制機序の解析法の一つとしてT細胞移入実験を行う
という研究を立案し,T細胞移入実験に相応しい実験候補マウスを作
製する目的で作製されたものである。
イ本件マウス①∼⑥の作製
本件マウス①∼⑥は,NZB.GDr系の樹立を前提として,平成13
年度ないし平成17年度科学研究補助金「特定領域研究(B)」を用いた科
研費研究(甲83。以下「科研費研究B」という場合がある。)の研究費
を用いて作製された。すなわち,本件マウス①∼⑥は,E分子によるS
LE抑制効果の機序の解析手段としてのT細胞移入実験用マウスとし
て,また,Yaa遺伝子によるE分子のSLE抑制効果の消失の有無に
ついて解析する実験用マウスとして作製され,さらに,MHCハプロタ
イプの違いによる病態の変換についての解析用実験マウスとして利用さ
れたものであるが,これらの研究の立案は,原告が行った。
(ア)原告は,平成13年11月8日付けの甲93において,被告Y2
に対し,本件マウス①∼⑥の作製の指示をし,この指示に基づいて,
本件マウス①∼⑥は,科研費研究Bの科研費を用いて,同年12月2
5日から平成15年3月22日にかけて作製された(甲49の9頁の№
1∼25頁の№270)。
a前記ア(ウ)のとおり,原告は,本件マウス④,⑥の病態観察によ
り,E分子がSLEの病態を高度に抑制する可能性を示す事実を得
た。しかし,この抑制がE分子をコードするEa遺伝子の近傍に存
在するTNFa遺伝子やD遺伝子の影響である可能性を否定できな
いので,その影響を排除する目的で,Ea遺伝子とTNFa遺伝子
との間に組み換えが起こったNZB.GDr系の樹立を必要とした。
NZB.GDrとを交配したF1マウスを作製し,それらF1マウス
の病態比較を行うことによって,初めてSLE病態抑制がE分子の
存在そのものに由来するかどうかを確認することができる。そのた
めに,原告は,本件マウス①∼⑥を作製することを考えた。
b出井論文(甲113の1)において,「H−2d型の病態抑制効
果がYaa遺伝子の存在によって消失」することが報告されていた
ので,原告が見出した「E分子によるSLE病態抑制」について
も,BXSB雄マウスのYaa遺伝子によってその抑制効果が消失
するかどうかを検証することを必要とした。そのため,「Yaa遺
伝子が存在し,かつ,E分子が発現しない(NZB.GD×BXSB)F1雄マウ
ス系」,「Yaa遺伝子が存在し,かつ,E分子が発現する(NZB.GD
r×BXSB)F1雄マウス系」,「Yaa遺伝子が存在せず,かつ,E分
子が発現しない(BXSB雌×NZB.GD)F1マウス系」,「Yaa遺伝子が
存在せず,かつ,E分子が発現する(BXSB×NZB.GDr)F1雄マウス
系」をそれぞれ作製して,E分子の抑制効果に対するYaa遺伝子
の影響の有無を比較することが必要となった。また,Yaa遺伝子
のみではなく,性ホルモンがSLE病態を左右することはよく知ら
れていたため,Yaa遺伝子の影響や性ホルモンの影響などを総合
的に解析する目的で,1979年(昭和54年)にBXSBを樹立
したアメリカの研究者が発表している研究論文(甲54の1)と同じ
ように,(BXSB×NZB)F1系雌雄及び(NZB×BXSB)F1系雌雄を作製
し,これらF1マウス系の病態を観察し比較する研究を立案した。
これにより,E分子のSLE病態に対する影響,Yaa遺伝子の影
響,性ホルモンによる影響について,それぞれ詳細な検討結果が得
られる。
原告は,BXSB雌雄とNZB系雌雄(NZB.GD系,NZB.
GDr系)を用いて,合計8通りのF1マウスを作製することとし
た。本件マウス①∼⑥は,そのような目的で作製された。
(イ)科研費研究Bは,自己反応性B細胞が自己抗体産生B細胞へと分
化・成熟していく過程において,どのような遺伝的制御が働いている
かを総合的に解析することを目的とする研究であり,科研費を獲得
し,科研費研究Bの立案をしたのはすべて原告である。被告Y2は,
科研費研究Bに係る研究計画調書(甲83の1)に掲載されていない。
科研費研究Bには,本件マウス①∼⑥マウスについては,いずれも
A分子がd/b型であり,先行する研究から「Ad/b型がリウマチ発症に
親和性を有している」という研究結果を得ていたことから,「MHC
ハプロタイプの違いによる自己免疫病態の変換」の解析用マウスとし
ても利用する計画を追加した。そして,その研究目的を科研費研究B
の中間報告書(甲19)では,「主な研究成果」(12頁)の図❸に「
MHCハプロタイプの違いによる病態の変換」との事項を記載した。
「主な研究成果」の「❸MHCハプロタイプの違いによる病態の変
換」の項目において,自己免疫疾患の発症過程として,「自己反応性
B細胞」が増殖し,抗体のIgMからIgGへのクラススイッチを経て,病
的IgG自己抗体産生細胞に分化し,その結果として産生する自己抗体が
自己抗原と結合して免疫複合体を形成し,この免疫複合体が組織に沈
着して組織障害を起こす過程を記載した。「❸MHCハプロタイプの
違いによる病態の変換」と記載された研究は,H-2遺伝子のうちA領
域の遺伝子型の違いやE領域の遺伝子型の違いが,上記発症過程にお
いて,どのように機能するのかを解明するための研究であって,科研
費研究Bの研究内容を構成する。
そして,上記研究は,原告による以下の研究成果を基礎とするもの
である。
a(NZB×NZW)F1のSLE自然発症モデルマウス系のH-2遺伝子のう
ち,A領域の遺伝子型の違いがSLE発症や病態に影響を与える。す
なわち,A領域がd/zヘテロ接合性は重篤なSLEを発症させる。
bA領域がd/zヘテロ接合性であっても,E分子が発現するとSL
Eの発症は抑制され,また,A領域がd/dホモ接合性であっても,
E分子を欠くことで重篤なSLEが発症する。すなわち,E分子の
発現はA分子とは異なりSLE病態を抑制するが,この原因の一つ
として,抑制性T細胞の誘導作用に加えて,当時の実験データか
ら,T細胞によるサイトカイン産生にE分子が影響する可能性が考
えられる。
c原告は,E分子によるSLE抑制効果の観察とT細胞移入実験を
目的に,平成11年から,((NZW(H-2)×NZB(H-2))F1マウスの作bg2/d
製を開始したところ,平成12年8月1日,H-2遺伝子型がb/d型
及びb/g2型のF1マウスにRA病態が発症することを発見した。原
告は,この発見について,中間報告書(甲19)の「主な研究成果」
に,「H-2d/b型(NZB×NZW)F1はリウマチ関節炎(RA)を発症」
と記載した。
d中間報告書(甲19)の「主な研究成果」の図中には,A領域の遺
伝子型として「H-2(A)(A)」との記載がある。上記のとおd/zd/b
り,A型はSLE病態の増悪に関わるが,A型はSLE病態のd/zd/b
増悪に加えてRA様の関節炎が発症することから,原告は,このA
領域の遺伝子型に着目した。A遺伝子は抗原提示機能に関与し,「
抗原提示細胞において抗原提示する抗原の種類に影響を与えるた
め,自己抗体産生細胞が産生する自己抗体の種類に影響を与え,そ
の結果,発症する自己免疫疾患の病態が異なってくるという可能
性」があると考えた。
(ウ)E遺伝子近傍にはTNFa遺伝子やD遺伝子が存在するので,E分
子独自の作用を解析するには,平成13年に樹立したNZB.GDr系
d/d
マウスが必要であった。原告は,NZB.GDrマウスを用いて,A
ホモのF1マウスに加え,AヘテロのF1マウスの作製と病態解析のd/b
データ収集を被告Y2に指示したが,その経緯は,次のとおりであ
る。
a甲94の3頁の左上の表が,NZB.GDrマウスを用いたAホモd/d
のF1マウスの作製を指示したものである。原告は,平成16年に,
その研究成果を論文(甲20の3)としてまとめた。
bまた,平成13年11月8日付けの甲93は,NZB.GDrマウ
スを用いたAヘテロのF1マウスの作製を指示した書面である。甲d/b
93に「②」として記載されている部分には,本件マウス①∼⑥の作
製と病態観察の指示を,また,「③」として記載されている部分に
は,Aヘテロの(NZB×NZW)F1マウスの作製と病態観察の指示を,そd/b
れぞれ記載している。甲93記載の指示事項は,科研費研究Bの内容
と完全に一致する。
(エ)原告がAヘテロの(NZB×NZW)F1マウスに加えて,本件マウス①d/b
∼⑥の作製を被告Y2に指示した理由は,次のとおりである。
a科研費研究AのT細胞移入実験の候補マウスとして交配実験を行
った結果,本件マウス④と⑥(いずれも雌)にE分子によるSLE抑
制効果が高度に認められたことから,BXSB雌とNZB.GD
雄,BXSB雌とNZB.GDr雄を交配する交配実験において得ら
れたF1雌雄マウスの観察を継続して行うことは自然の流れであ
る。
bまた,本件マウス①∼⑥は,甲19の12頁に記載された「❸M
HCハプロタイプの違いにより病態が変換する」可能性を研究の課
d/b
題とし,その可能性を探るために利用するためのものであり,A
ヘテロの影響とE分子の発現の有無の影響を独立して解析すること
を目的とするマウスであった。すなわち,BXSB雌とNZB.G
D雄の交配F1マウス,BXSB雌とNZB.GDr雄の交配F1マ
ウスは,いずれもAヘテロの(NZB×NZW)F1マウスと同様にAヘd/bd/b
テロとなるので,両者の病態発症を比較することにより,「MHC
ハプロタイプの違いにより病態が変換する」という研究課題に適し
ていた。
これらのF1マウスの病態解析から,Aヘテロ接合性の本件マウd/b
ス①∼③にもRA様の病態の発症が認められたので,これらの発見
について中間報告書(甲19)13頁❸の部分にH-2型(NZB×NZW)Fd/b
1マウスのRA発症を記載し,また,同報告書50頁に,「MHC
改変によるリウマチ自然発症モデルの特許申請中」と記載したとお
り,本件マウス①のRA発症に関する特許出願手続を行った(甲1
1,甲81)。
(オ)前記のとおり,被告Y2は,原告作成の平成13年11月8日付
け書面(甲93)に従い,本件マウス①∼⑥の作製を開始し,同年12
月25日に,マウスが最初に誕生した(甲49)。また,NZB.GDr
マウスを用いたAヘテロの(NZB×NZW)F1マウスは,平成14年1月d/b
10日に誕生した(甲98の24頁)。当時,BXSB雄のY染色体上
のYaa遺伝子の存在は,H−2遺伝子型の影響を弱めることが分か
っていたので,H-2遺伝子型の影響の雌雄差の解析には,BXSBを
雄として得られるF1雄マウス以外に,BXSBを雌として得られる
F1雄マウスの解析を必要とした。そのため,原告は,BXSBを雄
としたF1雄雌マウスと,BXSBを雌としたF1雄雌マウスの作製
を被告Y2に指示した(甲49)。
乙7には,BXSBを雄としたF1雄雌マウスの部分の記載がない
が,これは,被告Y2が,原告の指示で実験を行っている事実を隠ぺ
いするために,本来甲49と同じであるべきマウス台帳から,BXS
Bを雄としたF1雄雌マウスの部分を記載しなかったからである。こ
のことは,マウス台帳の表題には,原告が指示した,BXSBを雌あ
るいは雄にする両方の組合せが記されていることから,明らかであ
る。
(カ)以上のとおり,科研費研究Bは,従前の原告の研究成果に立脚し
て立案したものであり,原告平成4年メモ(甲25の2)記載の研究
や科研費研究Aの研究と密接に関連した研究である。
本件マウス①∼⑥は,科研費研究Bの下でその科研費を用いて,科
研費研究Aの下で行ったT細胞移入実験の継続実験のために使用する
マウスないしE分子によるSLE発症抑制効果の確認用マウスとし
て,あるいは,そのSLE発症抑制効果がYaa遺伝子の影響を受け
るかどうかを解析する研究用マウスとして作製したものである。その
後,科研費研究Bの研究目的の一部を除外して,T細胞移入実験の継
続実験を「平成15年基盤研究(A・B・C)(一般)研究計画調
書(新規)」(乙15)に係る研究(以下「科研費研究C」という場
合がある。)に移行させた。しかし,本件マウス①∼⑥(平成13年
12月25日から平成15年3月22日までに誕生)が科研費研究C
の科研費で作製されたものでないことは,科研費研究Cの研究期間の
始期が平成15年4月1日であることに照らし,明らかである。
ウ本件マウス①∼③のRA発症
(ア)原告は,被告Y2が療養中の平成12年8月1日,蛋白尿の検定
のために採尿を行う作業中に,前肢に腫脹を伴うマウス2匹を同時に
発見した。これが,最初のRA発症マウスの発見である。このマウス
は,H−2遺伝子型がb/g2型(台帳ではb/gdと記載)の№.132とb/d型の
No.136のマウス(甲89)であった。
原告は,これらの発見から,H−2b/g2型あるいはH−2b/d型の(N
ZB×NZW)F1マウスではSLEが関節炎に変化し,あるいは両者が合併
する可能性があると考えた。原告は,自己免疫病態(SLEとRA)
は,複数の遺伝要因の総和の上に発症する多遺伝子疾患であることか
ら,従来から,遺伝要因,特にH−2遺伝子型の違いが自己免疫病態
の発現に影響を与える可能性を念頭に置いて研究を進めていた。そし
て,原告は,仮に遺伝子変異が関与するのであれば,この変異を集積
させる操作,すなわち品種改良のようにRA発症マウスの子孫や兄弟
同士を交配することによって,高頻度にRAを自然発症するモデルマ
ウス系を樹立できるはずであると考えた。そこで,原告は,このRA
発症マウスの子孫や兄弟同士間の交配実験を大学院生の趙京元に行わ
せた(甲97)。
そして,原告は,新たに樹立されたNZB.GDr系を用いて,平成
14年1月から,TNFa遺伝子型がSLE及びRAの両病態に与え
る影響を解析する目的で,(NZW(H-2)×NZB.GDr)F1マウスの作製を開b
始した(甲98の24頁∼29頁)。これらの実験結果では,RA発
症率は低かった。
(イ)原告は,このマウス系をRAモデルマウスとするためには,何ら
かの方法でRA発症率を高める必要があると考えていたが,この時,
既にSLE病態の観察とT細胞移入時実験のために作製していたBX
SB(H-2)マウスを雌にし,NZB.GD系及びNZB.GDr系を雄b
b/g2
とした交配F1マウス,すなわち本件マウス①∼⑥でも,H−2
型,H−2型,H−2型のマウスができるので,平成15年3月b/g2rb/d
13日,被告Y2に対して,関節炎の発症について観察するように指
示した。その結果,本件マウス①∼③にRA病変が発症することを見
出した。
エ小括
以上のとおり,本件マウス①∼⑥に係る研究の立案をしたのは,原告
であって,被告Y2は,原告の立案に基づく研究の実務を担当したにす
ぎない。
(4)被告らの不法行為
ア科研費の研究代表者は,その研究成果を報告する義務を負担してい
る。
本件マウス①∼⑥を用いた研究は,原告が研究立案を行い,研究代表
者として申請書を起案し,厳しい審査を経て獲得した文部科学省の競争
的科学研究費補助金を用いて行われた研究である。そのため,研究代表
者である原告が,その研究成果を報告する義務を負っている(甲84)。
また,科研費を調達した研究代表者が立案した研究内容と異なる内容の
研究を,その科研費を用いて行った場合は「目的外使用」の不正行為と
なる(甲84)。
被告Y1が,本件マウス①∼⑥に係る研究に何ら寄与していないにも
かかわらず,研究責任者の原告の氏名を外して,学会発表の責任者とし
て原告の研究成果を発表したことは,社会から信頼を失う研究者のミス
コンダクトのうち,剽窃の定義である「他の研究者の発表結果や未発表
データあるいはアイディアを適切な手続を踏まず,かつ,引用もせずに
記述すること」に該当し,不法行為を構成する。また,被告Y2につい
ても同様である。
イ原告は,大学院時代から現在まで約40年にわたり,「自己免疫疾患
発症の遺伝学的解析」に関する研究を行ってきており,中でも「自己免
疫疾患とMHC」の研究について,世界に先駆けてH−2コンジェニッ
クマウス作製の手法を用いた解析を行ってきたが(甲133∼14
0),被告らの本件不法行為により,原告が大学院以来約40年間行っ
てきた,ライフワークといえる独創的な研究成果を,盗用されたことに
より,甚大な精神的苦痛を被り,名誉を毀損された。
被告Y2は,NZB.GD系及びNZB.GDr系の維持を放棄し,現
在は被告Y1の下で,免疫とは無関係の癌の研究を行っている。被告Y
2にとって,これらのマウス系は,今や何の価値もないのであろうが,
原告は,今後の研究発展に取り返しの付かない損失を被っており,その
精神的苦痛の程度は計り知れないものがある。
3当審における被告らの反論
(1)原告の行った研究に対し
ア原告平成4年メモ(甲25の2)には,本件マウス①∼⑥と関係のあ
る記載はないし,本件マウス①∼⑥の作製及びその研究成果は,原告平
成4年メモの記載から派生したものではない。原告平成4年メモには,(
BXSB×NZB.GD)F1マウス作製に関する記載は一切ない。g2/d
原告は,原審において,本件マウス①∼⑥に係る研究の着想時期及び
作製開始は,平成13年末以降であり,その契機がNZB.GDr系の樹
立であり,NZB.GD系やNZB.GDr系の繁殖力が弱いためにBX
SB雌を用いて(BXSB×NZB.GD)F1マウスを作製したと主張していた。g2/d
ところが,原告は,控訴審において,原審の主張を変更し,上記F1
マウス作製は,平成4年に発案したとして,発案時点を原審の主張より
9年も遡らせたり,作製目的も,T細胞移入実験を行う過程で必要であ
るなどと新たな主張をした。このような主張の変更は,不自然であっ
て,原告の新たな主張は,信用することができない。
イ原告は,遺伝子組み換えマウスの樹立を目的に,平成11年から平成
12年ころにかけて,NZB.GDをNZBに,NZW.GDをNZW
にそれぞれ何世代にもわたる退交配を進め,結果的に,平成13年1
月,NZB.GDrが誕生したと主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり,科学的根拠がなく,誤りであ
る。すなわち,遺伝子組み換えは生殖細胞の減数分裂時に生じる現象で
あり,ヘテロ遺伝子型個体のみが遺伝子型を換える可能性があり,退交
配によって生じる現象ではないのであるから,退交配と直接の因果関係
はない。また,遺伝子組み換えマウスの樹立を目的として,退交配をし
た場合,原告が計算の根拠とする10000匹に36匹の確率を前提と
するならば,市販NZB雌マウスを,はるかに多く購入し,交配しなけ
ればならないはずである。しかるに,平成11年9月ころ(甲36のN
ZB.GD系マウスのNo.307以降)から平成13年1月にNZB.GD
系の362番マウスの発見までの1年3か月の間に僅か56匹しかマウ
スを誕生させていない事実に照らすならば,原告が遺伝子組み換えマウ
スの樹立を目的とした退交配を考えていなかったことは明白である。
被告Y2は,NZB.GDrマウスについて,平成13年1月12日に
FACS(細胞分析機)解析よりNZB.GD系の362番マウスに遺
伝子組み換えを起こしていることを発見し,さらに同じ遺伝子型を持つ
子孫の繁殖にも成功し,同年6月27日に本件講座の研究発表会におい
て発表した。また,遺伝子組み換えを起こしたNZB.GD系の362
番マウスは,TNFa遺伝子型が解析されておらず,1年数か月後に,
TNFa遺伝子型を確認するために乙技術員に解析を依頼した時点で
は,既に,H−2リコンビナントマウスであるNZB.GDr系マウス(
H−2遺伝子型Ea,D)は樹立され,数多くの子孫が生まれていた。dd/b
乙技術員がTNFa遺伝子型の解析に用いたNZB.GDr系マウスのD
NAは,362番マウスではなく,その子孫の一部のDNAであり,T
NFa遺伝子型の解析はあくまでNZB.GDr遺伝子組み換えマウスの
樹立後の遺伝子型の確認にすぎない。
(2)原告の研究立案による本件マウス①∼⑥の作製に対し
ア本件マウス④,⑥の作製に対し
原告は,本件マウス④,⑥は,平成11年8月,科研費研究Aにおけ
るT細胞移入実験に使用するための候補マウスとして作製したと主張す
る。
しかし,原告の主張は,以下のとおり,失当である。
(ア)科研費研究Aの申請書(甲82の1)の作成は,平成11年10
月ころであり,被告Y2自らの着想と研究結果及び研究計画が記入さ
れた。被告Y2は,日本語が不自由なため,申請書類の作成を原告に
依頼したところ,原告は,研究代表者を原告の氏名に入れ替えて申請
した。同申請書記載の研究データと立案は,被告Y2が同年2月3日
にした本件講座での発表(乙49)に端を発し,被告Y2が同年7月
に提出した第29回日本免疫学会で発表する学会抄録(乙50)に基
づくことは,発表の時期に照らし,明らかである。
同申請書及び科研費研究Aに関する報告書(甲82の2,3,甲1
7の2)にも,BXSBマウス系を用いて得た研究成果及びBXSB
マウス系を用いることを示唆する内容の記載も一切なく,科研費研究
Aには,BXSB雌マウスのF1マウスは,使用されていない。
(イ)また,原告が本件マウス④,⑥をT細胞移入実験の候補マウスと
して作製したという主張は,原告の以下の主張に照らしても不自然で
ある。
すなわち,原告は,その主張によれば,平成11年初旬にT細胞移
入実験を計画したが,T細胞移入実験には,E分子を発現しないF1
マウスではSLEを高度に発症するが,E分子を発現するF1マウス
ではその病態が高度に抑制されるという条件を満たした,多数のF1
マウスが必要であったとしている。しかし,平成11年初旬は,BX
SB雌マウスとNZBコンジェニック系雄マウスを用いて作製するF
1マウスは生まれておらず,SLEが発症するかどうかもわからない
時期であったにもかかわらず,唐突に,本件マウス④,⑥にSLEが
発症することを前提に「SLE病態の抑制機序を解析するT細胞移入
実験」を計画することは不自然である。半年以上の時間をかけて自分
たちの目で病態観察を行い,SLEが発症するかどうかの結果を得て
からT細胞移入実験を計画するのが自然である。原告の新たな主張
は,以上のとおり破綻しているというべきである。
イ本件マウス①∼⑥の作製に対し
原告は,本件マウス①∼⑥は,科研費研究Bの研究費用を用いて作製
したと主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり,失当である。
(ア)科研費研究Bに係る書類(甲83の1∼7,甲19)には,本件
①∼⑥マウス((BXSB×NZB)F1コンジェニックマウス系)の記載は一切な
い。
(イ)出井論文(甲113の1)は,平成6年発表の論文であり,この
研究に使用されたBXSBマウスは雄のみであり,BXSB雌マウス
は使用されていない。原告は,出井論文を契機として,BXSB雌を
用いたF1マウスの作製を立案したと主張しているが,本訴が原審に
提訴された後2年経過して初めて出された新たな主張であり,不自然
である。
仮に原告の主張のとおり出井論文がBXSB雌を用いたF1マウス
の作製の立案の契機であったとすれば,論文の発表された平成6年か
ら月日をおかずして,BXSB雌マウスを使用したF1マウスを自ら
作製するか,あるいは,被告Y2に対しその旨の指示があってしかる
べきである。しかし,原告はそのような指示をしなかった。のみなら
ず,被告Y2によって本件マウス④,⑥が作製されたのは,平成11
年7月以降(誕生は同年8月)である。また,平成6年以後に原告(
原告が指導した大学院生を含む。)が行ったBXSBマウスに関する
研究は,BXSBマウスの雄とNZWマウス系の雌(ここでマウス系
というのは,野生型のNZW及びNZWコンジェニックマウスであ
る。)を用いたもののみであり,BXSBマウスの雌とNZBマウス
系の雄は用いられていない。
(ウ)原告は,平成13年11月8日付けの甲93は,NZB.GDrマ
ウスを用いたAヘテロのF1マウスの作製の指示書であると主張するd/b
が,甲93の記載内容,体裁に照らし,被告Y2に対する指示書でな
いことは明らかである。また,甲93が,NZB.GDrマウス及び本
件マウス①∼⑥の作製に重要な証拠であれば,原審で提出されてしか
るべきであるのに,これが甲86とともに,突如として控訴審で提出
されたのも不自然である。
(エ)本件マウス①∼⑥の作製は,科研費研究Cの補助金の使用開始前
であるが,被告Y2は,科研費研究Cの補助金を受けた後も,本件マ
ウス①∼⑥を研究の素材として使用し,実験を続けた。また,当時,
本件講座の研究に要する費用は,順天堂大学からの補助金や各研究者
が得た研究費などを一括し,ここから使用していた。すなわち,当時
の本件講座では研究者に対して科研費やアトピーセンターからの研究
費などが支給されるほかに,本件講座自体に毎年,順天堂大学から「
学内研究費」や「実習費」等が支給されていた。研究者のマウス作
製(交配)のための市販マウス購入費用は,科研費等から支出される
場合も,学内研究費等から支給される場合もある。さらに,購入した
マウス及び交配によって作製したマウスの飼育に要する餌代(維持
費)等の経常的な費用は,1匹当たりの単価が定められており,大学
から支給されるが,これは学内振り替えによって学内研究費から支出
された。そうでなければ,個人として科研費の支給を受けていない研
究者は,マウスを作製することもマウスを用いた研究もできなくな
る。
さらに,そもそも,研究費用は,研究成果の帰属と関係する問題で
はない。したがって,本件マウス①∼⑥の作製費用が原告の科研費研
究Bの研究費によるものであるから,原告が作製したと評価されるべ
きであるということにならない。
(3)小括
以上のとおり,本件マウス①∼⑥に係る研究の立案をしたのは,原告で
はなく,被告Y2である。
第4当裁判所の判断
当裁判所も,以下のとおり,被告らによる本件各研究発表は,原告主張の
不法行為を構成するものではないと判断する。
1前提事実
次のとおり訂正付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第4の1(
原判決55頁25行目から149頁25行目まで)に記載のとおりであるか
ら,これを引用する。
(1)原判決72頁3行目から4行目にかけての「NZW雄マウスとBXSB
雌マウス」を「NZW雌マウスとBXSB雄マウス」と改める。
(2)原判決75頁8行目,同75頁12行目及び同85頁11行目の「被告
Y2らの研究グループ」を「研究グループ」とそれぞれ改める。
(3)原判決81頁17行目の「しかし」から21行目の「断念した。」まで
を削り,同81頁22行目の「そこで」を「そして」と,同81頁末行か
ら82頁1行目にかけての「行うことにした(乙35(3頁))。」を「
行うことにした。」とそれぞれ改める。
(4)原判決82頁2行目の「被告Y2」を「丙前教授」と,同82頁5行目
の「申請書の草稿を」から7行目の「行われた。」までを「申請書を作成
し,平成11年3月27日ころ,同申請書を基に研究経費交付申請を行っ
た(甲59の1ないし3,弁論の全趣旨)。同申請書の作成には,原告が
関与した。」とそれぞれ改める。
(5)原判決84頁18行目から19行目にかけての「NZBコンジェニック
雌マウスとNZWコンジェニック雄マウス」を「NZBコンジェニック雌
マウス(NZB.GD(H-2)♀)とNZWコンジェニック雄マウス(NZW.GD(H-2g2/d
)♂)」と,同84頁23行目の「8.5か月齢で死亡した。」を「解剖(b
8.5か月齢)した。」とそれぞれ改める。
(6)原判決85頁2行目末尾に行を改めて次のとおり加える。
「シ原告は,平成11年10月27日ころ,日本学術振興会に対する平
成12年度及び平成13年度の研究経費申請のための「平成12年度
基盤研究(C)研究計画調書(新規)」を作成した(甲82の
1)。同調書においては,「研究課題」として「クラスⅡ内E領域に
規定される自己免疫疾患抑制の機構」が掲げられているほか,「研究
代表者」として原告が記載されており,「研究組織」として原告及び
被告Y2の2名が記載されており,「研究組織の「研究分担」の内容
として,原告が「研究の総括,免疫担当細胞の形質及び病態の解析」
を,被告Y2が「コンジェニックマウス系の樹立,免疫担当細胞の形
質及び病態の解析」を分担することが示されている。また,同調書
の「研究計画・方法」欄の最後に,「以上の実験は主に張が行い,庚
が研究を総括する。」と記載されている。
その後,原告は,平成12年初めころ,日本学術振興会から,平成
12年度分として180万円及び平成13年度分として150万円の
科学研究費補助金(基盤研究(C)(2))の交付内定を受け,その
後,同会から上記補助金を受けた(甲17の1,2)。」
(7)原判決85頁3行目冒頭の「シ」を「ス」と改め,同85頁末行から8
6頁4行目までを削る。
(8)原判決90頁1行目の「(乙33。)。」を「(乙33)。」と改め
る。
(9)原判決93頁17行目末尾に行を改めて次のとおり加える。
「ト原告は,遅くとも平成13年8月3日ころまでに,原告ほか4名の
文部科学省に対する「科学研究費補助金『特定領域(B)』平成13
年度発足特定領域申請」(申請代表者・京都大学再生医科学研究所教
授丁)のための申請書類の一つとして「特定領域研究(B)計画研究
予定課題計画調書」を作成した(甲83の1)。同調書において
は,「研究課題」として「自己反応性B細胞の寛容破綻に関わる遺伝
的機構とその制御」が掲げられているほか,「研究代表者」として原
告が記載されており,「研究組織」として原告及び戊の2名が記載さ
れており,「研究組織」の「役割分担」の内容として,原告が「遺伝
子解析,自己免疫マウスのES細胞株樹立」を,戊が「トランスフェ
クション法,ノックインによる遺伝子機能解析」を分担することが示
されている。
その後,原告は,文部科学省から,平成13年度に2850万円,
平成14年度に2700万円,平成15年度に2700万円,平成1
6年度に2470万円,平成17年度に2470万円の各科学研究費
補助金を受けた(甲4ないし7,弁論の全趣旨)。」
(10)原判決93頁18行目冒頭の「ト」を「ナ」と改める。
(11)原判決95頁17行目冒頭の「ナ」を「ニ(ア)」と改め,同95頁2
5行目冒頭の「ニ(ア)」を削る。
(12)原判決96頁20行目の「(甲49,55,乙7)。」を「(甲4
9)。」と,同96頁23行目の「乙7,35(7頁)」を「乙35」と
それぞれ改める。
(13)原判決97頁2行目から8行目までを削る。
(14)原判決137頁17行目の「同年11月」から19行目の「(後の本
件研究発表1)」までを「日本免疫学会において,RAを自然発症する本
件マウス①等を含む研究成果を発表すること」と改め,同137頁21行
目の「そこで」から23行目の「(乙34,35(11頁))。」までを
削る。
(15)原判決140頁25行目末尾に行を改めて次のとおり加える。
「サ(ア)前記コの論文(甲20の3)の内容は,平成16年12月開催
の日本免疫学会において研究発表が予定され,その学会抄録(乙2
4)が事前に提出(締切日・同年7月29日)されたが,被告Y2
は,同学会抄録では,被告Y2の氏名が発表者から外され,発表の
機会がないことを知った。
そこで,被告Y2は,日本免疫学会で研究成果を発表することを
断念するとともに,同年8月ころ,被告Y1に対し,RAを自然発
症する本件マウス①等を含む研究成果を学会発表したいと伝え,学
会抄録の最終発表者(ラストオーサー)になることを依頼したとこ
ろ,被告Y1はこれを了承した。
そして,被告Y2,被告Y1及び己らは,本件講座及びアトピー
研究センターで構成される研究グループの発表という形式で,同年
11月11日に日本疾患モデル学会総会において本件研究発表1
を,次いで,同年12月8日に日本分子生物学会年会において,本
件研究発表1を行った。本件研究発表1,2において,原告は発表
者に含まれず,また,研究グループの構成員としてもその氏名が表
示されることがなかった。」
(16)原判決140頁末行冒頭の「サ」を「(イ)」と改める。
(17)原判決142頁15行目末尾に行を改めて次のとおり加える。
「ス(ア)被告Y2,被告Y1及び己らは,本件講座の研究グループの発
表という形式で,平成17年4月14日,日本病理学会総会におい
て,本件研究発表3を行った。本件研究発表3において,原告は発
表者に含まれず,また,研究グループの構成員としてもその氏名が
表示されることがなかった。」
(18)原判決142頁16行目冒頭の「ス」を「(イ)」と改める。
2争点(1)(原告が本件各マウスに係る研究成果等を得たか否か)について
(1)本件各マウスに係る研究成果の得られた時期等
前記争いのない事実等及び前記1の認定事実を総合すれば,本件各マウ
スの作製時期,その病態に係る研究成果の得られた時期等は,以下のとお
りであることが認められる。
ア本件マウス①((BXSB×NZB.GD)F1(H-2)♂)b/g2
(ア)本件マウス①は,SLEを高率で発症するとともに,RAも低率
ではあるが発症する。
本件マウス①は,平成14年11月2日までに複数匹誕生し,平成
15年2月26日に最初の蛋白尿発症(SLEの一症状)が確認さ
れ,同年4月30日にも蛋白尿発症が確認されているから(前記1(4)
ニ(ク)),同年4月30日ころには,本件マウス①につきSLE発症
の有無及び特徴に係る研究成果が得られた。
また,被告Y2は,平成15年5月7日,原告に対し,本件マウス
①のRA発症について説明しているから(前記1(4)ヘ(ア)),遅くと
も同日までには,本件マウス①につきRA発症の有無及び特徴に係る
研究成果が確認されている。
(イ)本件マウス①は,本件各研究発表(平成16年11月11日にさ
れた本件研究発表1,同年12月8日にされた本件研究発表2及び平
成17年4月14日にされた本件研究発表3)において報告された(
本件研究発表1及び本件研究発表2の各表中(乙4の1,2)の③の
マウスのうちの雄マウス,本件研究発表3のEa亜領域遺伝子型bホ
モ(b/b)の雄マウス)。
イ本件マウス②((BXSB×NZB.GDr)F1(H-2)♂)b/g2r
(ア)本件マウス②は,SLEの発症頻度は低いものの,RAを本件マ
ウス①より高率で発症する。
本件マウス②は,平成14年9月5日までに複数匹誕生し,平成1
5年3月11日に最初の蛋白尿発症が確認され,同月25日以降に多
数匹につき蛋白尿発症が確認されているから(前記1(4)ニ(ク)),同
月25日ころには,本件マウス②につきSLE発症の有無及び特徴に
係る研究成果が得られた。
また,被告Y2は,同年5月7日,原告に対し,本件マウス②のR
A発症について説明しているから(前記1(4)ヘ(ア)),遅くとも同年
5月7日までには,本件マウス②につきRA発症の有無及び特徴に係
る研究成果が確認されている。
(イ)本件マウス②は,本件各研究発表において報告された(本件研究
発表1及び本件研究発表2の各表中(乙4の1,2)の②のマウスの
うちの雄マウス,本件研究発表3のEa亜領域遺伝子型b/dヘテロ
の雄マウス)。
ウ本件マウス③((BXSB×NZB.GD(H-2))F1(H-2)♂,(BXSB×NZB.GDr(g2/db/d
H-2))F1(H-2)♂)g2r/db/d
(ア)本件マウス③は,SLEの発症頻度が低いものの,RAを本件マ
ウス①よりも高率で発症する。
本件マウス③は,平成14年9月5日までに複数匹誕生し,平成1
5年2月26日に最初の蛋白尿発症を確認し,同年3月11日及び同
年4月30日にも蛋白尿発症が確認されているから(前記1(4)ニ(ク
)),同年4月30日ころには,本件マウス③につきSLE発症の有無
及び特徴に係る研究成果が得られた。
また,被告Y2は,同年5月7日,原告に対し,本件マウス③のR
A発症について説明しているから(前記1(4)ヘ(ア)),遅くとも同年
5月7日までには,本件マウス③につきRA発症の有無及び特徴に係
る研究成果が確認されている。
(イ)本件マウス③は,本件研究発表3において報告された(本件研究
発表3のEa亜領域遺伝子型b/dヘテロの雄マウス)。
エ本件マウス④((BXSB×NZB.GD)F1(H-2)♀)b/g2
(ア)本件マウス④は,SLEを早期かつ高度に発症する。
本件マウス④は,平成11年8月3日までに複数匹誕生し,同年1
1月ないし平成12年2月までの間に蛋白尿発症が確認されているか
ら(前記1(4)コ),平成12年2月までには,本件マウス④につきS
LE発症の有無及び特徴に係る研究成果が得られた。
(イ)本件マウス④は,本件研究発表2及び本件研究発表3において報
告された(本件研究発表2の表中(乙4の2)の③のマウスのうちの
雌マウス,本件研究発表3のEa亜領域遺伝子型bホモ(b/b)の
雌マウス)。
オ本件マウス⑤((BXSB×NZB.GDr)F1(H-2)♀b/g2r
(ア)本件マウス⑤は,本件マウス④よりも遅くSLEを発症する。
本件マウス⑤は,平成14年9月5日までに複数匹誕生し,平成1
4年5月1日に最初の蛋白尿発症が確認され(平成13年12月25
日に誕生したマウス),次いで平成15年1月20日以降に多数匹に
つき蛋白尿発症が確認されているから(前記1(4)ニ(ク)),同年1月
20日ころには,本件マウス⑤につきSLE発症の有無及び特徴に係
る研究成果が得られた。
(イ)本件マウス⑤は,本件各研究発表において報告された(本件研究
発表1及び本件研究発表2の各表中(乙4の1,2)の②のマウスの
うちの雌マウス,本件研究発表3のEa亜領域遺伝子型b/dヘテロ
の雌マウス)。
カ本件マウス⑥((BXSB×NZB.GD(H-2))F1(H-2)♀,(BXSB×NZB.GDr(g2/db/d
H-2))F1(H-2)♀)g2r/db/d
(ア)本件マウス⑥は,本件マウス④,⑤よりも遅くSLEを発症す
る。
本件マウス⑥−1((BXSB×NZB.GD(H-2))F1(H-2)♀)は,平成g2/db/d
11年8月3日までに複数匹誕生し,平成12年6月ないし同年9月
の間に蛋白尿の発症が確認されているから(前記1(4)コ),平成12
年6月ころには,本件マウス⑥−1に係るSLE発症の有無及び特徴
に係る研究成果が得られた。
また,本件マウス⑥−2((BXSB×NZB.GDr(H-2))F1(H-2)♀)g2r/db/d
は,平成14年9月5日までに複数匹誕生し,平成15年2月10日
に最初の蛋白尿発症が確認され,同月26日以降に多数匹につき蛋白
尿発症が確認されているから(前記1(4)ニ(ク)),同月26日ころに
は,本件マウス⑥−2につきSLE発症の有無及び特徴に係る研究成
果が得られた。
(イ)本件マウス⑥は,本件研究発表3において報告された(本件研究
発表3のEa亜領域遺伝子型b/dヘテロの雌マウス)。
(2)原告の主張(本件マウス④,⑥−1に係る研究成果)について
ア原告は,科研費研究Aに係る「平成12年度基盤研究(C)研究計
画調書(新規)」(甲82の1)には,F1マウスを用いてT細胞移入
の予備実験を行ったことが記載されているとおり,平成11年初旬にT
細胞移入実験を計画したが,T細胞移入実験においては,E分子を発現
しないマウスではSLEを高度に発症するが,E分子を発現するF1マ
ウスではその病態が高度に抑制されるという条件を満たすF1マウスが
多数必要であるにもかかわらず,ニュージーランドマウス系は繁殖力が
弱いので,F1マウスを数多く得ようとして,繁殖力の高いBXSBを
雌とし,ニュージーランドマウス系を雄にすることによって,T細胞移
入実験の候補マウス用の本件マウス④,⑥を作製したこと,このような
着想の契機ないしヒントとなったのは,平成6年に発表された出井論文(
甲113の1)の研究成果である旨主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり採用することができない。
(ア)原告は,出井論文では,Yaa遺伝子が存在するF1雄マウスは
H−2d遺伝子型の抑制効果がなくなると報告されていたので,F1雄
マウスでなくF1雌マウスを対象にして解析する必要があり,F1雌
マウスを作製するためには,Yaa遺伝子をもつBXSBを雄親にす
る必要性がないので,BXSBを雌親として用いたと主張するが,そ
もそも出井論文の研究は,NZB.GD系マウスを用いていないか
ら,Yaa遺伝子をもつNZB.GD系マウスにおいて,出井論文と
同様の結果となることが同論文の内容から直ちには確認できないにも
かかわらず,NZB.GD系マウスを用いた場合にも同様の結果とな
るのかどうかについて検討することなく,Yaa遺伝子をもつBXS
Bを雌親として用いることを立案したというのは,いかにも不自然で
あって措信し難い。
(イ)また,平成11年6月ないし同年7月の1回目のT細胞移入実験
では合計28匹のマウスが,平成12年2月の2回目のT細胞移入実
験では合計12匹のマウスが用いられ,1回目のT細胞移入実験の結
果,E分子を発現しないマウスにT細胞を移入することによりSLE
が抑制されることが確認されたこと,1回目及び2回目のT細胞移入
実験ではマウスの雌親としてNZB.GDマウス等が用いられている
こと(以上,乙52,68,甲87,82の1)によれば,本件マウ
ス④,⑥−1(平成11年8月3日までに誕生)がそれぞれ交配され
た時期は,1回目のT細胞移入実験が実施されたころであって,未だ
T細胞を移入することにより,SLEが抑制されるという結果は得ら
れていない時期であり,T細胞移入実験が意義のあるものかどうかを
確認する予備実験段階であるから,この時期に,T細胞移入実験のた
めに繁殖力の高いF1マウスが多数必要であったということはできな
い。ましてや繁殖力が低いNZB.GDマウスを雌親として用いるこ
とを避けるため,繁殖力の高いBXSBを雌親として用いる必要性が
あったとする合理的根拠を見出せない。
(ウ)以上の(ア)及び(イ)に照らすならば,平成6年に発表された出井
論文(甲113の1)の研究成果を根拠とする原告の上記主張は,採用
することができない。
イまた,原告は,本件マウス④,⑥の作製が平成11年となったのは,
NZB.GD系を平成6年から再度作製開始したので,このマウス系が
樹立され交配に用いる充分な数のマウスが確保できるまでに5年の歳月
を要したためであり,科研費研究Aに係る「平成12年度基盤研究(
C)研究計画調書(新規)」(甲82の1)を作成した平成11年10
月時点では,本件マウス④,⑥の病態観察結果が未だ得られていなかっ
たので,同調書には本件マウス④,⑥を記載しなかったと主張する。
しかし,原告の上記主張も採用することができない。
すなわち,科研費研究Aに係る「平成12年度基盤研究(C)研究
計画調書(新規)」(甲82の1)のみならず,平成14年10月作成
の科研費研究Aに関する報告書(甲17の2)にも,BXSBマウス系
を用いて得た研究成果及びBXSBマウス系を用いることを示唆する内
容の記載は一切ないことに照らすならば,科研費研究AにおけるT細胞
移入実験の候補マウスとする目的で本件マウス④,⑥を作製を立案した
ことはないものと認定するのが自然である。
ウ原告は,H−2遺伝子がSLE病態に与える影響という壮大なテーマ
の下に研究を続けてきたが,平成10年における新しいテーマがNZB
マウス系のH−2遺伝子型とSLEとの関係であり,BXSBマウスと
NZB.GDマウス等との交配は,原告の一連の研究活動の中で行われ
たものであり,また,NZB.GD雌マウスの数に限りがあったので,
NZB.GD雌マウスとBXSB雄マウスとの交配をするだけでなく,
反対の組合せ,すなわち,BXSB雌マウスとNZB.GD雄マウスと
の交配を行うことにし,被告Y2に対し,その旨の指示をしたのである
から,その研究成果は原告に帰属すると主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり採用することができない。
前記1(3)及び(4)アないしケ認定のとおり,丙前教授や原告らが平成
11年8月までの間に実施していた研究の内容は,主としてNZBマウ
ス,NZWマウスやこれらのコンジェニックマウス系による交配であ
り,これらのマウスに由来するSLE病態の発症・増悪要因を解析する
ためにBXSBマウスを使用した交配も行われたものの,その交配は,
性染色体であるY染色上にYaa遺伝子を持つBXSB雄マウスを使用
した交配にとどまっていたこと,また,本件マウス④及び本件マウス⑥
−1が誕生した平成11年8月3日より前に,原告が,被告Y2に対
し,具体的かつ明確な意図の下に,NZB.GD雌マウスとBXSB雄
マウスとの交配を行うよう指示をした事実やBXSB雌マウスとNZ
B.GD雄マウスとの交配を行うよう指示をした事実を認めるに足りる
証拠はないことに照らすならば,原告の主張は採用し難い。
なお,原告は,被告Y2が作成したマウス台帳(甲49)の表紙
に,「(BXSB×NZB.GD/d)F1&(NZB.GD/d×B
XSB)F1」と記載され,この台帳にBXSB雌マウスを使用した交
配によるF1マウスとBXSB雄マウスを使用した交配によるF1マウ
スの双方が記載されているが,上記表題及びその内容は,被告Y2によ
る「(BXSB×NZB.GD/d)F1マウス」の作製が原告の指示
に基づくことを示すものであると主張する。
しかし,上記マウス台帳(甲49)には,平成13年12月25日以
降に生まれたマウスが記載されていることに照らすならば,上記マウス
台帳の表紙にBXSB雌マウスを用いた交配をも含む記載がされている
からといって,その一事をもって,平成11年8月3日より前に,原告
から被告Y2に具体的な指示があったということはできず,上記結論を
左右するものではない。
エ以上のとおり,原告が単独で本件マウス④,⑥−1の作製に係る研究
を立案し,その研究成果を得たとの原告の主張は,採用することができ
ない。
オ被告らの主張についての補足的検討
(ア)被告らは,以下のとおり主張する。すなわち,
a原告は,NZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウ
ス((NZB×NZW)F1)を使用して研究を行い,同F1マウスのSLE
の発症には,NZB雌マウス由来のd型のH−2遺伝子とNZW雄
マウス由来のz型のH−2遺伝子により,H−2遺伝子型がd/z
ヘテロ(d/zヘテロ接合体)になることが必須である旨の命
題(「廣瀬命題」)を研究発表していた。
bこれに対して,被告Y2は,平成10年ないし平成11年ころ,
NZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配した数種類のH−2コン
ジェニックF1マウスの実験データを比較した結果,F1マウスの
H−2遺伝子型がd/zヘテロでなくても,E分子が発現しなけれ
ば(欠損すれば)重篤なSLEを発症するという,原告が定立し
た「廣瀬命題」と矛盾する研究結果を発見し,平成11年2月3
日,本件講座内部の研究発表会で発表し,外部に論文発表をしよう
とした。
cところが,被告Y2は,原告ら本件講座の構成員から,「廣瀬命
題」を覆す論文発表に対して反対されたため,論文発表することを
断念せざるを得なかった。その後,同被告は,BXSB雌マウスと
NZB系雄マウスとを交配してF1マウスを作製することは報告さ
れていなかったことなどから,「廣瀬命題」との抵触を回避して,
E分子の発現がない場合に重篤なSLEを発症することを証明でき
さえすれば,論文発表ができると考えて,平成11年8月上旬,ニ
ュージーランドマウス系ではないBXSB雌マウスと,NZB.G
D雄マウスとを交配したF1マウス(H−2遺伝子型がb/g2ヘ
テロの雌マウス及びb/dヘテロの雌マウス)を使用して,実験及
び解析を行うこととし,本件マウス④,⑥−1の作製を立案した。
dしたがって,本件マウス④,⑥−1の作製に係る研究を立案し,
その研究成果を得たのは,専ら被告Y2である。
そして,被告Y2の陳述書(乙35,乙68)中には,上記主張に
沿った記載部分がある。
(イ)しかし,以下のとおり,被告らの主張は採用することができな
い。
a科研費研究Aに係る「平成12年度基盤研究(C)研究計画調
書(新規)」(甲82の1)中の「我々は最近,NZB.GDに加
えてNZW.GDマウス系を樹立し,(NZB.GD×NZW.GD)F1マウスを
作製したところ,これが(NZB×NZW)F1マウスと同等のSLE病態を
発症することが明らかとなった。すなわち,A領域がd/dのホモ接合
性であっても,E分子を欠くことで重篤なSLEが発症することが
示された。本研究の目的は,E分子によるSLE発症抑制機構を明
らかにする点にある。」との記載(3頁)を見る限り,原告
が,「(NZB×NZW)F1マウスのSLE発症にはH−2d/zヘテロ接合
体が必須である」こと(被告らのいう「廣瀬命題」)に固執してい
たものとは認め難い。
また,被告Y2が,原告ら本件講座の構成員から,外部に論文発
表することに反対された事実があるとしても,それは,研究内容が
不十分であり,さらなる研究結果の蓄積が必要であるとの理由によ
ることも考えられ,外部発表に反対された事実をもって,直ちに,
原告が被告らのいう「廣瀬命題」に固執していたことにはならな
い。
bそもそも,E分子のSLE発症に対する役割やSLE抑制機序を
解明する研究を進めていく過程で,「E分子の発現によりSLE病
態が抑制される」ことが一般化できるかどうかを検討するために,
H−2遺伝子型がd/zヘテロ以外の遺伝背景を有するマウスを作製
し,解析実験を行うことを考えた場合,その組合せの一つとして,
BXSBを雌とし,NZB系マウスを雄とするF1マウスの作製の
着想を得ることは,以下の事実を考慮すれば,ことさら特異である
とはいえない。
すなわち,①平成10年に発表された「ループス腎炎感受性遺伝
子群の解析−SLEモデル(NZW×BXSB)F1マウスにおけ
る性差−」と題する論文(甲20の6)は,本件講座の構成員であ
る原告,辛,壬,癸ほか1名を執筆者とするものであり,同論文で
は,NZW雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1雄マウス
とF1雌マウスとの病態等の比較や,BXSB雄マウス由来のYa
a遺伝子の遺伝子効果に関する考察がされており(前記1(4)キ),
被告Y2以外の本件講座の構成員も,H−2遺伝子がニュージーラ
ンド系マウスのSLEの病態にどのような影響を与えるかに関し,
片親にBXSBマウスを用いた研究を行っていること,②1979
年(昭和54年)に発表されたマーフィーらの論文(甲54の1)
において,BXSBとNZBの雌雄を入れ替えて交配した4種類の
F1マウスについて,病態を観察し報告されているように(前記1(
1)ア),雌雄を入れ替えた交配を行うこと自体は,一般的な着想で
あって,特異な着想とはいえないものであり,BXSBマウスにお
いて雄に強いSLEが発症するのは,Yaa遺伝子の影響であるこ
とは周知であったが,この知見が,BXSB雄マウスではなく,B
XSB雌マウスを用いた研究を行うことを阻害する要因となるもの
でもないこと,③丙前教授,原告,被告Y2らを執筆者とし,平成
4年12月に発表された「HeterozygosityoftheMajorHistocomp
atibilityComplexControlstheAutoimmuneDiseasein(NZW×BX
SB)F1Mice」(MHCヘテロ接合性の(NZW×BXSB)F1マ
ウスの自己免疫疾患への影響)と題する論文(甲20の4,甲2
1)にも,「(NZW×BXSB)F1(H-2)では,もともとのBXSBマウスz/b
よりもSLE病態が増悪するが,この現象は,BXSBマウスのY
染色体にある自己免疫疾患促進遺伝子であるYaa遺伝子が同F1
マウスにあるか否かにかかわらず見られる。」との記載があるこ
と(前記1(4)ア(ア))に照らすならば,BXSBを雌とし,NZB
系マウスを雄としてF1マウスの作製をすることは,研究の過程で
採り得る,通常の選択肢の一つであって,特異な着想とまではいえ
ない。
cそして,H−2遺伝子型がd/zヘテロ以外の遺伝背景を有する
マウスを作製し,E分子のSLE発症に対する役割やSLE抑制機
序を解明する研究は,丙前教授,原告を始めとする本件講座の構成
員が行っていたH−2遺伝子がニュージーランド系マウスのSLE
の病態にどのような影響を与えるかという共同研究の内容に基本的
に沿うものでもある。このことは,被告Y2が本件講座内部で発表
をした後の平成11年3月27日ころ,研究代表者を丙前教授,研
究組織を被告Y2とし,研究課題を「クラスⅡE分子の自己免疫疾
患抑制機構の解析」,研究分担課題を「コンジェニックマウスを利
用した自己免疫疾患に対するE分子の役割とその作用機構の解析」
とする平成11年度及び平成12年度の研究プロジェクト(アトピ
ー疾患研究センター研究プロジェクト)に係る研究経費交付申請が
行われたこと(前記1(4)ケ)が示している。
(ウ)以上のとおり,H−2遺伝子型がd/zヘテロ以外の遺伝背景を
有するマウスを作製し,E分子のSLE発症に対する役割やSLE抑
制機序を解明する研究において,BXSBを雌とし,NZB系マウス
を雄とするF1マウスの作製は,研究の対象となる組合せの一態様に属
するものであり,被告Y2が,原告の明示の指示を受けることなく,
上記マウスを作製したとしても,そのマウスの作製,研究は,本件講
座で行われたきた共同研究の過程で行われたものであり,被告Y2
が,共同研究とは独立して,独自の着想,発案によって実施された,
単独の研究成果であるとまで評価することはできない。
(3)原告の主張(本件マウス①∼⑥に係る研究成果)について
ア原告は,平成13年に,原告がNZB.GDr系マウスを樹立したこと
を前提として,E分子によるSLE抑制効果の機序の解析手段としての
T細胞移入実験用マウス,Yaa遺伝子によるE分子のSLE抑制効果
の消失の有無について解析する実験用マウス,又はMHCハプロタイプ
の違いによる病態の変換についての解析用実験マウスとして,本件マウ
ス①∼⑥を作製・利用することを立案し,同年11月8日付けの書面(
甲93)により,被告Y2に対し,本件マウス①∼⑥の作製を指示し,
この指示に基づいて,科研費研究Bの科研費を用いて,同年12月25
日から平成15年3月22日にかけて本件マウス①∼⑥が作製され,ま
た,平成15年3月13日,関節炎の発症について観察するように被告
Y2に指示をし,本件マウス①∼③にRA病変が発症することを見出し
たのであるから,原告が単独で本件マウス①∼⑥の作製に係る研究の立
案をし,その研究成果を得た旨主張する。
しかし,以下のとおり,原告の主張は採用することができない。
(ア)まず,原告は,自己免疫疾患の病態には,A遺伝子型の違い,E
分子の発現の有無,TNFa遺伝子型の違い等が影響する可能性があ
るので,これらの影響を除外した上で,病態を解明するため,遺伝子
を組み換えたリコンビナントコンジェニックマウスを作製することが
必要であり,これを目的として,一定の確率的な考察に基づいて,コ
ンジェニックマウスの出現を予測し,原告平成4年メモ(甲25の
2)に「(NZB/W)F1マウスから完全にE分子を消す実験」の研究立案
に記載したとおり(最終頁の「1)」),遺伝子組み換えマウスの樹
立を立案し,平成11年から平成12年ころにかけて,NZB.GD
をNZBに,NZW.GDをNZWに,それぞれ何世代にもわたる退
交配を進め,その結果として,平成13年1月,NZB.GDr(甲3
6のNZB.GD系マウスのNo.362のマウス)を誕生させ,NZ
B.GDr系マウスの樹立に至った旨主張する。
しかし,以下の各事情を総合すれば,原告の上記主張は採用するこ
とができない。
a原告が目指すべき遺伝子組み換え後の遺伝子の内容につき具体的
な目標を設定した事実や,被告Y2らに対して特定の遺伝子組み換
えの予測を表明した事実を認めるに足りる証拠はなく,また,原告
が遺伝子の組み換えが生じ得る確率を予測し,それに基づいて,被
告Y2らが,そのとおり実施したとしても,あくまでも計算上のも
のにすぎず,確率的な予測の結果としてNZB.GDrが誕生したと
評価することはできない。
b原告平成4年メモ(甲25の2)に記載された「E分子を完全に
消す方法」とは,「H−2とH−2の間でAαEβ間又はEβEα間にzb
recombinationを起こさせて,これをNZWマウスのbackgroundに入
れる。これとNZB.GDと交配してF1を作る。」というもので
あって,NZB.GDとNZW.GDを交配してF1マウスを作製
することであり,EaとTNF間に組み換えを起こすことを意味す
るものではなく,また,NZB.GDをNZBに,NZW.GDを
NZWに,それぞれ何世代にもわたって行う退交配は,NZB.G
D系又はNZW.GD系の樹立又はその維持のためにされたもので
あるから,退交配の指示が,直ちにリコンビナントマウス作製のた
めの指示であると評価することはできない。
c科学研究費補助金研究成果報告書(甲17の2)中には,SLE
病態抑制がE分子の発現そのものに由来しているのか否かを解析す
る必要があるので,H−2リコンビナントコンジェニックマウス系
の樹立を進めている旨の記載があるが,同報告書が作成され,提出
されたのは平成14年3月のことであって,マウス台帳(甲36)
によれば,この時点では既に相当数のNZB.GDrマウスが誕生
していることが認められるから,上記報告書中の上記記載をもって
原告が事前にNZB.GDr系の樹立を予測していたということは
できない。
d原告が乙に対しTNFa亜領域の遺伝子型の解析を実施させたの
は,最初にNZB.GDrマウスが発見された平成13年1月13
日よりも約1年3か月経過した平成14年10月以降であって(甲
74の1,2,甲75。それ以前に原告が乙等に対してTNFa亜
領域の遺伝子型の判定等を指示した事実を認めるに足りる証拠はな
い。),この時点では既に多数のNZB.GDrマウスが誕生して
おり,同マウス系の樹立がほぼ完成していたから(前記1(4)ツ),
この時期のTNFa遺伝子型解析の実施をもってリコンビナントコ
ンジェニックマウス発見のための作業とみることはできない。
e前記1(4)ツ認定のとおり,NZB.GDrマウスは,被告Y2が
他のマウス系であるNZW.GD系マウスの遺伝子を解析中に,同
マウスの遺伝子組み換えを偶然発見したことから,他のコンジェニ
ックマウス系にも遺伝子組み換えが生じている可能性に思い至り,
遅くとも平成13年1月13日にそのH−2遺伝子型g2r/dヘ
テロの雄マウスを確認したことに起因して,偶然発見され,樹立さ
れたものである。
(イ)また,原告は,E分子によるSLE抑制効果の機序の解析手段と
してのT細胞移入実験用マウス,Yaa遺伝子によるE分子のSLE
抑制効果の消失の有無について解析する実験用マウス,又はMHCハ
プロタイプの違いによる病態の変換についての解析用実験マウスとし
て,本件マウス①∼⑥を作製・利用することを立案し,平成13年1
1月8日付けの甲93において,被告Y2に対し,本件マウス①∼⑥
の作製の指示をしたとも主張する。
しかし,原告の上記主張も,以下のとおり理由がない。
すなわち,①甲93には,「②」として,「BXSB×NZ
B」,「BXSB×NZB.GD」,「BXSB×NZB.GD
r」,「7monthlater」等の記載があり,原告の陳述書(甲121)
中には,甲93を引用して,「SLEの抑制がE分子そのものによる
ことを確認するため,BXSBを雌とした交配F1の作製を被告Y2
に指示した」との記載があるが,前記(1)エ及びカのとおり,平成12
年2月までに本件マウス④につき,同年6月ころに本件マウス⑥につ
きそれぞれSLE発症の有無及び特徴に係る研究成果が得られてお
り,更に詳しい解析をするために,本件マウス④及び本件マウス⑥−
1を多数作製したり,BXSB雌とNZB.GDrを用いた交配を検
討を行うことは,研究の自然の流れであり,甲93の上記記載をもっ
て原告が本件マウス④,⑥の作製を立案し,あるいは指示したという
ことはできないこと,②甲93には,マウスの記載を消したり,矢印
を書いたり消したり,「?」が記されているのみで,特定の作業等を
実施するよう指示したことを窺わせる記載は一切ないこと,③甲93
には,RAに関する記載は一切存在せず,甲93をもって,RAの発
症を予測ないし期待して,本件マウス①∼③の作製の立案又は指示を
したということもできないこと等に照らすと,原告の主張は採用する
ことができない。
(ウ)さらに,原告は,被告Y2が療養中の平成12年8月1日,蛋白
尿の検定のために採尿を行う作業中に,前肢に腫脹を伴うマウス2匹
を同時に発見し,このマウスのH−2型がb/g2型とb/d型であったこと
から,H−2b/g2型あるいはH−2b/d型の(NZB×NZW)F1マウスではS
LEが関節炎に変化し,あるいは両者が合併する可能性があると考
え,その後,既にSLE病態の観察とT細胞移入時実験のために作製
していたBXSB(H-2)マウスを雌にし,NZB.GD系及びNZB.b
GDr系を雄とした交配F1マウスである本件マウス①∼⑥でも,H−
2型,H−2型,H−2型のマウスができるので,平成15年b/g2b/g2rb/d
3月13日,関節炎の発症について観察するように被告Y2に指示を
し,その結果,本件マウス①∼③にRA病変が発症することを見出し
たのであるから,本件マウス①∼③に係る研究成果は,専ら,原告に
帰属する旨主張する。
しかし,原告の上記主張は採用することができない。
すなわち,原告の主張を前提としても,本件マウス①∼③は,SL
E病態の観察とT細胞移入時実験のために作製されたものであって,
RAの発症とは異なる目的で作製されたものであり,RAの発症を予
測ないし期待して本件マウス①∼③が作製されたものとは認められな
いこと,RA(関節炎)の発症は,肉眼所見による外観の観察によっ
て確認できるものであるから,飼育の過程でいずれ発見される可能性
が高いものであることに照らすならば,仮に,原告が平成15年3月
13日に関節炎の発症について観察するように被告Y2に指示をした
という事実があったとしても,原告がRAを発症する本件マウス①∼
③に係る研究を立案したということはできない。
(エ)なお,被告Y2においても,同様に,RAの発症を予測ないし期
待して本件マウス①∼③を作製したものではなく,雌マウスである本
件マウス④∼⑥とのSLEの病態の対比等のために本件マウス①∼③
を作製し,その病態の観察中に,偶然RAの発症を確認したものと認
められる(前記1(4)ニ(ア),(オ)及び(カ))。そして,上記病態の対
比等のために,雄マウスである本件マウス①∼③を作製することは,
研究の過程において,ごく普通に用いられる着想の一つにすぎない。
また,被告Y2の陳述書(乙35)中には,平成14年12月こ
ろ,被告Y2は,原告から,雄マウスを全部処分するように命じられ
た旨の記載部分があるが,繁殖,交配のために雄マウスが必要である
ことことに照らすならば,マウスの種類を問わず,雄マウスを全部処
分するよう命じられたというのは不自然であり,上記記載部分は措信
することはできず,原告が,余分な飼育スペースを割り当てて欲しい
旨の被告Y2の申出に対して,雄マウスを処分するよう命じたのは(
前記1(4)ニ(エ)),一部の雄マウスの処分の趣旨であると認めるのが
相当である。したがって,被告Y2が,原告から雄マウスを処分する
よう命じられたにもかかわらず,その指示に反して,独自に本件マウ
ス①∼③を作製したとの事実を認めることはできない。以上のとお
り,本件マウス①∼③の作製は,原告の指示に反した被告Y2の独自
の着想に基づくものであると解することはできない。
イ原告は,本件マウス①∼⑥は,科研費研究Bの研究費を用いて作製さ
れたと主張する。
しかし,科研費研究Bに係る書類(甲83の1∼7,甲19)には,
本件マウス①∼⑥の記載は一切なく,本件マウス①∼⑥は,科研費研究
Bの研究費を用いて作製されたことを認めるに足りる証拠はない。
ウその他,原告は,単独で本件マウス①∼⑥に係る研究を立案し,その
研究成果を得た旨縷々主張するが,いずれも採用することができない。
3争点(2)(被告らによる研究発表が原告の研究成果を奪う不法行為となるか
否か)について
(1)原告主張の不法行為の成否
原告は,本件各マウス(本件マウス①∼⑥)に係る研究成果が原告の単
独の成果であるとして,被告らが本件各研究発表をしたことは,原告に帰
属すべき単独の研究成果を侵奪したという意味で不法行為に該当すると主
張する。
しかし,前記2認定のとおり,本件各マウスに係る研究成果は,原告が
単独で行った着想,発案による原告の単独の研究成果ではなく,被告Y2
が重要な部分を担当,関与した研究成果であるから,被告らが本件各研究
発表をしたことが原告の単独の研究成果を侵奪した不法行為に該当すると
の原告の主張は,その前提を欠き,理由がない。
(2)補足的検討
念のため,被告らの本件各研究発表において,原告の氏名を表示しなか
った点が不法行為に該当するか否かについて,進んで検討する。すなわ
ち,本件研究発表1,2は本件講座及びアトピー研究センターで構成され
る研究グループの発表という形式で,本件研究発表3は本件講座の研究グ
ループの発表という形式で,被告Y2,被告Y1及び己らによって学会発
表されたが,原告は発表者に含まれず,また,研究グループの構成員とし
てもその氏名が表示されることがなかった点について,不法行為の成否を
検討する。
ア事実認定
前記争いのない事実等,前記1及び2の認定事実を総合すれば,以下
の事実が認められる。
(ア)本件講座の助教授である原告は,丙前教授,助手の被告Y2ら本
件講座の他の構成員とともに,H−2遺伝子がニュージーランド系マ
ウスのSLEの病態にどのような影響を与えるかを,共同して研究を
行い,本件マウス④∼⑥に係る研究成果は,本件講座の構成員による
共同研究の一環として得られた。他方,被告Y2は,本件マウス①∼
③にRAが自然発症することを発見したが,この発見も,上記共同研
究の一環として行われた研究の過程でされたものであり,被告Y2が
本件マウス①∼③に係る研究を独自に着想,発案したということはで
きない。原告は,被告Y2に対する指導等を通じて,本件マウス①∼
③に係る研究成果が得られたことについて,少なからず,寄与し,貢
献したものと評価することができる。
(イ)被告らが実施した本件各研究発表の主題は,BXSB雌マウスと
NZB系雄マウスを交配した「リウマチ様関節炎の自然発症マウス」
である(乙4の1ないし3で示された三学会のパワーポイントの資料
のほとんどのデータが関節炎に関するものであり,SLEに関するデ
ータは,日本分子生物学会のグラフのみである。)。そして,その内
容は,交配により誕生したF1雄マウスである本件マウス①∼③につ
いて,RA(リウマチ)が自然発症することを見出したことを主眼と
するものであり,F1雌マウスである本件マウス④∼⑥については,
本件マウス①∼③との対比のために,SLEは発症するものの,RA
がほとんど発症しないこと,SLEの発症は,RAの発症と逆相関の
関係にあることなどを示したにすぎない。
(ウ)本件マウス④については,原告及び被告Y2らは,平成12年1
1月に日本免疫学会総会学術集会で,通常のBXSB雌マウスとNZ
b/g2
B.GD雄マウスとを交配したF1マウス((BXSB×NZB.GD)F1(H-2
))が極めて重篤なSLEを発症することを研究発表(甲47の3)し
ており(前記1(4)ソ),原告は,本件各研究発表がされる前に,本件
マウス④のSLE発症に係る研究成果を,既に学会で研究発表してい
た。
(エ)被告Y2は,平成16年7月ころ,原告に対し,日本免疫学会に
おいて,RAを自然発症する本件マウス①等を含む研究成果を発表す
ることを相談したが,原告から,被告Y1と一緒に氏名を載せること
は嫌であると言われ,共同発表者として被告Y1の氏名と原告の氏名
が並んで記載されることを拒否された。
また,被告Y2は,「ProceedingsoftheNationalAcademyofSc
iences」(PNAS)2004年(平成16年)9月21日号に掲載
の論文(甲20の3)では,原告の了承を得て,同被告を筆頭著者(
共同執筆者中の第1の論文執筆者)とする形式で論文発表ができたの
に対して,平成16年12月開催の日本免疫学会では同論文と同内容
の研究発表が予定されていたにもかかわらず,事前に提出された学会
抄録(乙24)では,同被告の氏名が発表者から外され,発表の機会
がないことを知った。
そこで,被告Y2は,日本免疫学会における研究成果の発表を断念
するとともに,同年8月ころ,被告Y1に対し,RAを自然発症する
本件マウス①等を含む研究成果を学会発表したいと伝え,学会抄録の
最終発表者(ラストオーサー)になることを依頼したところ,被告Y
1は,これを了承した。
その後,被告Y2は,本件各研究発表において,上記研究成果を公
表した。一方,原告は,本件各研究発表において,発表者に含まれ
ず,また,研究グループの構成員としてもその氏名が表示されること
がなかった。
イ判断
(ア)上記アの認定によれば,原告には,本件各マウスの共同研究者,
又は共同研究に寄与ないし貢献した者の一人として,本件各マウスに
係る研究成果について研究発表をする場合には,自己の氏名を挙げ
て,公表される利益を有しているということができる。
他方,上記認定の諸事情,すなわち,本件各研究発表の主題及び内
容,本件各研究発表の内容に関する原告の寄与及び貢献の程度,被告
らが,原告の氏名を発表者又は研究グループの構成員として表示する
ことなく,本件講座及びアトピー研究センターで構成される研究グル
ープの発表又は本件講座の研究グループの発表という形式で,本件各
研究発表を行うに至った経緯等を総合考慮すると,被告らが,原告の
氏名を表示することなく,本件各研究発表をしたことは,その形式に
おいて適切ないし配慮を欠く点があったとはいえるものの,少なくと
も,社会的に是認し得る限度を逸脱し,原告の上記利益を侵害するも
のとまではいえず,不法行為法上違法であると評価することはできな
い。
(イ)なお,被告Y1は,病理学及び腫瘍学がその専門分野であり,同
被告が本件講座の教授として着任したのは平成15年12月であるこ
と(乙34)に照らすならば,被告Y1はマウスのMHCに係る研究
に関しては専門外であって,被告Y1が被告Y2の原稿を点検した行
為は,おおむね形式的な点にとどまっていたことは明らかであり,被
告Y1の氏名を発表者の1人として本件各研究発表において掲げるこ
とは,前記1(6)ウの研究者行動規範にいう「名誉著者として,実際に
貢献をしていない人の名前を入れる」ことに当たり,同規範にいう「
広義の研究ミスコンダクト」に相当するというべきである。
そうすると,本件各研究発表において,発表者として被告Y1の氏
名を挙げたことは,研究発表の在り方として,適切ではなかったとい
わざるを得ない。しかし,前記ア認定の諸事情に照らすならば,この
ような形式で被告らが本件各研究発表を行った点が,原告との関係
で,不法行為法上違法であると評価することはできない。
(ウ)以上によれば,被告らが原告の氏名を表示することなく本件各研
究発表をしたことは,不法行為を構成するものではない。
4争点(3)(被告らによる研究発表が原告の特許を受ける権利を侵害する不法
行為となるか否か)について
(1)前記3(2)ア(ウ)のとおり,本件マウス④については,原告及び被告Y
2らは,平成12年11月に日本免疫学会総会学術集会で,通常のBXS
B雌マウスとNZB.GD雄マウスとを交配したF1マウス((BXSB×NZB.
GD)F1(H-2))が極めて重篤なSLEを発症することを研究発表し,そのb/g2
結果,平成12年11月の時点で,本件マウス④に係る発明は,SLE発
症モデルマウスの発明として,我が国において「公然知られた」(特許法
29条1項1号)ものとなったことが認められ,本件各研究発表の前に既
に,上記発明につき特許を受けることはできなかったのであるから,原告
の特許を受ける権利の侵害を理由とする不法行為に基づく請求のうち,本
件マウス④に係る発明についての特許を受ける権利の侵害を理由とする部
分は,その余の点につき判断するまでもなく理由がない。
(2)また,本件マウス①∼③,⑤,⑥に係る発明についての特許を受ける権
利の侵害を理由とする部分に係る請求は,原告が本件マウス①∼③,⑤,
⑥に係る研究を単独で立案し,その発明を行ったことを理由とするもので
あるが,前記3(1)のとおり,上記研究の成果は,原告の単独の研究成果で
あるとは認められず,また,前記3(2)のとおり,被告らが原告の氏名を表
示することなく本件各研究発表をしたことは社会的に是認し得る限度を逸
脱した違法なものとまでは認められないから,原告の上記請求も理由がな
い。
5小括
以上のとおり,被告らによる本件各研究発表は,原告の本件各マウスに係
る研究成果を侵奪し,特許を受ける権利を侵害する不法行為を構成するとの
原告の主張は,理由がない。原告は,他にも縷々主張するが,いずれも上記
結論を左右するものではない。
第5結論
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の本訴請求
はいずれも理由がないことに帰するから,原判決は結論において正当であ
る。
よって,原告の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,主文
のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官飯村敏明
裁判官大鷹一郎
裁判官嶋末和秀

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛