弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主          文
1 被告が,原告に対し,平成12年5月26日付けでした行政文書不開示決定処
分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
 事実及び理由
第1 請求
主文同旨
第2 事案の概要
本件は,原告が,被告に対し,愛知県情報公開条例(平成12年愛知県条例第19
号。以下「本件条例」という。)に基づき,博覧会国際事務局(以下「BIE」と
いう。)のa議長(当時。以下「BIE議長」という。)らが平成11年11月1
6日に来日した際に,被告あてに提出した,訪日目的が記載された英文の文書(以
下「本件文書」という。)について,開示請求をしたところ,被告が不開示決定
(以下「本件処分」という。)をしたので,その取消しを求めた事案である。
1 前提事実(争いのない事実及び証拠により容易に認定可能な事実)
(1) 被告は,本件条例2条1項の実施機関である。
(2) BIEは,国際博覧会条約に基づいて1928年に設置された国際機関で,国
際博覧会を成功裏に開催するために,加盟各国の意向を踏まえながら,開催国に対
し,必要な指示,助言等を行っており,現在88か国が加盟している。
日本国政府は,平成8年6月,愛知県瀬戸市周辺地域における国際博覧会を開催す
るために,BIE総会において,2005年(平成17年)開催についての希望を
表明し,平成9年6月,BIE総会において,愛知県内にて2005年日本国際博
覧会(以下「愛知万博」という。)を開催することが割り当てられ,これに伴い,
平成9年10月,日本における実施主体として,財団法人2005年日本国際博覧
会協会(以下「博覧会協会」という。)が設立された。
国際博覧会の開催にはBIEの承認や内容の登録が必要であり,その開催申請,開
催決定後の登録申請,各国への参加招請等の諸手続は,国が行うものとされている
(以下,国の上記事業を「国際博覧会推進事業」という。)。そして,愛知県は,
愛知万博の開催県として,愛知万博開催の受入体制や交通アクセスなどの基盤整
備,愛知万博後の跡地利用計画の策定・実施,その他愛知万博の推進に当たり,
国,博覧会協会及び関係自治体間の調整を行うこととされている(以下,愛知県の
上記事業を「愛知万博推進事業」という。)。
(3) BIE議長及びb事務局長(以下「BIE事務局長」という。)は,平成11
年11月15日,愛知県,国及び博覧会協会と愛知万博の登録に向けた実務協議を
行うべく,来日した。同議長らは,同月16日,被告を訪問して会談した(以下
「本件会談」という。)が,その際,被告に対して本件文書を交付した。
(4) 平成12年1月26日付けの朝日新聞(甲4)は,主見出し「愛知万博,BI
E「懸念」」,副見出し「議長 昨年来日時,知事に」との記事を掲載し,その中
で,本件文書について,「文書はA4判1枚。昨年十一月十六日午前,a議長らが
愛知県公館にc知事を訪ねた際に手渡した。内容は①会場計画の明確な説明②世界
自然保護基金(WWF)など,国際的な環境保護団体への対応の重要性③跡地利用
計画は登録時にきちんと説明し,(環境をテーマにした)愛知万博の理念を継承し
たものにすること④愛知万博が祝福されて開けるよう,市民から十分な支援や支持
を受けられるようにし,反対派に対する取り組みをBIEに説明すること--の四
点を個条書きにして指摘した。表題には「訪問目的」と書かれていたという。」と
報道した(以下
「本件新聞報道」といい,①ないし④の4点の箇条書部分を総称して「本件要請事
項」という。)。
(5) 本件条例(抜粋)は,以下のとおりである(甲1)。
前文 情報の公開は,地方自治の本旨にのっとり,公正で民主的な県政を推進して
いく上での基礎となるものである。
また,県の保有する情報を広く県民に公開していくことは,県がその諸活動を県民
に説明する責務を全うするとともに,県政に対する県民の理解を深め,県民と県と
の信頼関係を増進していく上で不可欠なものである。
このような認識の下に,県民の知る権利を尊重して,県の保有する行政文書の開示
を請求する権利を明らかにするとともに,情報の提供に関する施策の充実を図るこ
とにより,透明性の高い,開かれた県政を実現するために,ここにこの条例を制定
する。
第1条 この条例は,行政文書の開示を請求する権利につき定めること等により,
実施機関の管理する情報の一層の公開を図り,もって県の有するその諸活動を県民
に説明する責務が全うされるようにするとともに,県民の的確な理解と批判の下に
ある公正で民主的な県政の推進に資することを目的とする。
第3条 実施機関は,この条例の解釈及び運用に当たっては,行政文書の開示を請
求する権利を十分に尊重するものとする。この場合において,実施機関は,個人に
関する情報がみだりに公にされることのないよう最大限の配慮をしなければならな
い。
第7条 実施機関は,開示請求があったときは,開示請求に係る行政文書に次の各
号に掲げる情報(以下「不開示情報」という。)のいずれかが記録されている場合
を除き,開示請求をしたものに対し,当該行政文書を開示しなければならない。
 (1)ないし(5)(略)
 (6) 県の機関又は国若しくは他の地方公共団体が行う事務又は事業に関する情報
であって,公にすることにより,次に掲げるおそれその他当該事務又は事業の性質
上,当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの
イ 監査,検査,取締り又は試験に係る事務に関し,正確な事実の把握を困難にす
るおそれ又は違法若しくは不当な行為を容易にし,若しくはその発見を困難にする
おそれ
ロ 契約,交渉又は争訟に係る事務に関し,国又は地方公共団体の財産上の利益又
は当事者としての地位を不当に害するおそれ
ハ 調査研究に係る事務に関し,その公正かつ能率的な遂行を不当に阻害するおそ

ニ 人事管理に係る事務に関し,公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれ
ホ 国又は地方公共団体が経営する企業に係る事業に関し,その企業経営上の正当
な利益を害するおそれ
第8条 実施機関は,開示請求に係る行政文書の一部に不開示情報が記録されてい
る場合において,不開示情報が記録されている部分を容易に区分して除くことがで
きるときは,開示請求をしたもの(略)に対し,当該部分を除いた部分につき開示
しなければならない。ただし,当該部分を除いた部分に有意の情報が記録されてい
ないと認められるときは,この限りでない。
  2(略)
第9条 実施機関は,開示請求に係る行政文書に不開示情報(第7条第1号に掲げ
る情報を除く。)が記録されている場合であっても,公益上特に必要があると認め
るときは,開示請求者に対し,当該行政文書を開示することができる。
(6)原告は,平成12年5月12日,本件条例に基づき,本件文書の開示を請求し
た(甲2)。これに対し,被告は,同月26日付けで,国際機関との信頼関係が損
なわれるなど事務事業の適正な執行に支障を生ずるおそれがあり,本件条例7条6
号に該当することを理由に,本件処分をした(甲3)。
そこで,原告が本件処分について異議申立てをしたところ,本件条例19条に基づ
いて諮問を受けた愛知県情報公開審査会は,平成13年8月17日,「BIE並び
に関係機関との検討や協議に関する情報は,広く県民に説明していくことが望まし
いところである」が,「BIEや国の意向に反して開示することは,県と国との信
頼関係を損なうのみならず,ひいては国とBIEとの関係にも影響を与え,県が国
及び博覧会協会と一体となって進めるべき愛知万博の円滑な推進にも支障を生ずる
おそれがある」として,本件文書を不開示としたことは妥当であるとの答申をした
(乙4)。これを受けて,被告は,同月29日,上記異議申立てを棄却した(甲
5)。
(7) なお,経済産業大臣は,平成13年4月4日,行政機関の保有する情報の公開
に関する法律(以下「情報公開法」という。)に基づいて,愛知万博又はBIE関
連文書合計15点の開示請求を受けたが,同大臣は,同年5月31日,本件文書及
びその訳文ほか数点については,「当該文書はBIE(中略)との非公開会議に関
する情報であって,当該会議の内容は非公開にすべきとのBIEからの要請もある
ことから,公開することによりBIE等との信頼関係が損なわれるおそれがあり,
法第5条第3号に該当する」ことを理由に,(一部)不開示決定をした(乙1)。
これに対し,上記請求人が異議申立てをしたところ,これについて諮問を受けた情
報公開審査会は,平成14年9月25日,本件文書及びその訳文を記載した「文書
には,BIE議長等が来日するに当たっての目的や関心事項及びこれを和訳したも
のが記載されている」ところ,これらの「文書には,法5条3号の不開示情報に該
当する情報が文書の全般にわたって記載されて」いるから,不開示としたことは妥
当であるなどとする答申をした(乙9)。
(8) 当裁判所は,BIEに対して,平成14年2月1日付けで,本件文書が公開を
前提としたものか否か,公開されることについて支障を感じるか否かについて,調
査嘱託書を送付して照会し,同嘱託書は同年5月中にはBIEに到達したが,回答
を得られなかったため,念のため,同年10月2日付けで,再度,同一の照会事項
について同年12月25日を回答期限として調査嘱託書を送付し,同嘱託書もほど
なくしてBIEに到達したが,上記回答期限までに回答を得られなかった。
2 争点
本件文書は,本件条例7条6号の不開示情報が記録された文書に該当するか。
3 争点に関する当事者の主張
(1) 被告の主張
ア 不開示事由の解釈について
本件条例に基づく行政文書開示請求権は,間接的には憲法21条に基礎を置く知る
権利に奉仕するものであるが,知る権利は,それ自体としては抽象的な権利である
上,憲法21条に基づいて直接具体的な請求権が発生するものではないから,本件
条例によって初めて認められた権利である。したがって,愛知県が保有している情
報を,いかなる者に,いかなる限度で,公開するかは,本件条例によって決定され
るべき問題であるから,その範囲は,本件条例の目的(前文及び1条)並びに解釈
及び運用の基本(3条)を前提とし,その規定の文言の意味するところを合理的に
解釈して定められるべきである。
ところで,愛知県の機関又は国若しくは他の地方公共団体が行う事務事業は,公益
に適合するよう適正に遂行されるものであるが,これらの事務事業に関する情報の
中には,公にすることによって,当該事務事業の性質上,その適正な遂行に支障を
及ぼすおそれがあるものが含まれるため,本件条例7条6号は,これらの情報が記
録された行政文書を不開示とすることを定めている。
そして,同号イないしホは,各機関共通に見られる事務又は事業に関する情報であ
って,公にすることにより事務事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあると考
えられる典型的なものを例示列挙したものにすぎず,それ以外の事務事業を排除す
る趣旨ではないことが明らかであるから,同号柱書後段所定の「その他当該事務又
は事業の性質上,当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるも
の」にいう「おそれ」と,同号イないしホの事務事業に係る「おそれ」の間に,解
釈上の差はないというべきであり,後段の「おそれ」を厳格に解すべきとする原告
の主張は独自の見解であって失当である。
イ 本件文書における不開示事由について
国及び愛知県は,愛知万博について,前記1(2)のとおり,国際博覧会推進事業や愛
知万博推進事業を行うこととされているところ,これらは,本件条例7条6号の
「県の機関又は国…が行う事務又は事業」に該当する。そして,本件文書には,上
記事業に関する情報が記録されており,以下のとおり,本件文書を公開することに
より,同号柱書後段の「当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれ」が
ある。
(ア) 本件文書の特殊性
一般に,国際機関と加盟国が行う内部的な会談又は意思決定過程において作成され
る書類は,あくまでも検討中の,しかも政治的に複雑かつ微妙な検討過程の一部分
を表しているにすぎないから,そのような書類が非公開とされることは外交上の常
識であり,仮に日本がこのような文書を公開すれば,日本の国際社会における信頼
性を失墜させることになる。
本件文書は,愛知万博の開催登録前にBIE議長らが国等と実務協議を行うために
来日した際の訪日目的が記載されているところ,その内容は,本件要請事項のよう
な簡潔なものではなく,BIE議長らの訪問に当たっての訪問先に対する心構えが
読み取れ,BIE議長らと被告との間の非公開の会談の場での会談内容の一部が判
明するものであって,上記のように,情報管理を必要とする国際機関との外交に係
わる情報に属するものである。そのため,開示・不開示の判断には高度の政策的配
慮が伴い,国及びBIEの意向を踏まえ,慎重に対応する必要がある。
ところで,愛知県は,愛知万博の開催県として,愛知万博推進事業の事業主体とさ
れているものの,愛知万博は,あくまでも国が行う事業であり,BIEとの交渉,
実務協議は国が主体となって行うものである。したがって,愛知万博推進事業及び
国際博覧会推進事業の適正な遂行のためには,愛知県,国及びBIEの三者間の信
頼関係が不可欠である。
しかるところ,愛知県が,後記のように,BIEや国の意向に反して本件文書を開
示すると,BIEとの信頼関係が損なわれ,必要な指導や助言が得られなくなり,
また,愛知万博の開催等に向けて今後行われるBIE及びBIE加盟国との円滑な
交渉や率直な協議に支障を及ぼすおそれがある。その結果,愛知県,国及びBIE
の三者間の信頼関係が損なわれ,愛知万博推進事業の適正な遂行に支障を及ぼすお
それがあるだけでなく,国際博覧会推進事業の適正な遂行にも支障を及ぼすおそれ
がある。
(イ) 国の意向
国は,BIE議長から本件文書と同一の文書の交付を受けたところ,経済産業大臣
は,当該文書につき情報公開法に基づく公開請求を受けた際,当該文書は非公開協
議に関する情報であって,非公開にすべきとのBIEからの要請もあり,公開する
ことによりBIE等との信頼関係が損なわれるおそれがあるとの理由で,当該文書
を開示しない旨決定しており,被告が外務省及び経済産業省あてにした照会に対し
ても,同旨の回答をしている。
このように,国は,本件文書と同一の文書が公開されることにより,国とBIEの
信頼関係が損なわれると判断しており,被告に対しても同旨の要請をしているので
あるから,被告が本件文書を開示すると,国とBIEとの信頼関係が損なわれるだ
けでなく,国と愛知県との信頼関係が損なわれるおそれもある。
また,外交上の機密に属するか否かは,統治行為に関する判断に類するものである
から,被告としては,外交を行う国の判断を尊重せざるを得ない。
(ウ) BIEの意向
以下の①ないし④の事情に照らせば,BIEは,公開されないことを前提として本
件文書を被告に交付したことが明らかである。
① BIE議長が本件文書を被告に交付した際の会談は,双方の率直な意見交換を
確保するために,冒頭取材が許されたほかは,非公開で行われ,同議長が同じ来日
の機会に行ったその他の会議(実務協議及び通商産業省訪問の際の会談)も,すべ
て非公開会議とされていた。
② BIE議長は,記者会見において,訪日目的につき,本件文書を提示すること
なく,知事と会見すること及び会場地を視察することである旨を口頭でコメントし
ている。
③ 日本の一部マスコミが,本件文書の交付された際の非公開協議の内容につき報
道した際,BIE事務局長は,報道機関の取材に対し,「外部に伝えることを想定
したやりとりではないので,内容を明らかにすべきではないと考えている。これ
は,モラルの問題だ。」と述べている。
④ BIEは,国からの照会に対して,本件文書と同一の文書につき,当該文書は
BIE議長らとの非公開会議に関する情報であって,当該会議の内容は非公開にす
べきであると要請している。
(2) 原告の主張
ア 不開示事由の解釈について
憲法は,国民主権,基本的人権の尊重,平和主義を基本理念としているところ,国
民主権の理念が実効性を持つためには,国民に知る権利が保障されることが不可欠
である。そして,憲法21条が保障する表現の自由には,国民の知る権利も当然に
含まれていると考えられる。その意味で,情報公開制度は,国民主権ないしは民主
主義を実現するために欠かせない制度的担保であるといえる。本件条例は,情報公
開制度の一層の推進を図るために,それまでの愛知県公文書公開条例を改正したも
のであり,その解釈に当たっては,県民の知る権利の尊重と県の県民に対する説明
義務を明らかにする趣旨で新設された前文及び1条の趣旨と精神が指針とされなけ
ればならない。
ところで,本件条例7条6号は,事務事業に生ずる支障としてイからホまでの事由
を列挙しているところ,7条柱書が行政文書の開示を原則とし,不開示を例外と定
めていること並びに上記の指針に照らすと,列挙された上記事由に直接該当しない
「事務事業の適切な遂行に支障を及ぼすおそれ」が存するか否かの判断は,厳格か
つ慎重に,そして可能な限り個別具体的に行われるべきである。
イ 本件文書における不開示事由について
本件文書は,BIE議長らが,実務協議に入る前の段階で,被告に対して訪日目的
を明確に伝えるため,本件要請事項の4点を簡潔に記載したA4判1枚の書面にす
ぎないのであって,BIEが非公開を要請したとされる実務協議・非公開会議の内
容が記載された「極秘の内部文書」とは別物である。
被告は,本件文書を開示すると,国やBIEとの信頼関係が損なわれて,必要な指
導,助言等が得られなくなり,愛知万博推進事業の適正な遂行に支障を来すおそれ
があると主張する。
しかしながら,本件条例が,透明性の高い,開かれた県政の実現を目指すものであ
ることに照らすと,その開示,不開示の判断は,本件条例の趣旨,目的に即して判
断されるべきものであり,国の意向に左右されてはならない。また,本件文書を開
示することにより,なぜBIEとの信頼関係が損なわれ,なぜ愛知万博事業の適正
な遂行に支障を来すのかについては具体的な主張立証がなく,不開示理由としては
不十分である。仮に,被告主張のように,本件文書が,BIE議長らと被告との間
の非公開の会談の場での会談内容の一部が判明するものであれば,まさに県民は,
県がBIEといかなるやりとりをして,愛知万博開催についてどのように政策形成
をしたのか,当初の計画をどのように変更したのか,その過程を知る権利を有す
る。かえって,BIE
議長らの本件会談及び実務協議の際の助言,懸念の表明を契機に,県民参加のもと
に愛知万博の既存計画の見直し作業が行われたことからすると,被告が本件文書を
公開し,広く県民の意見を募ることこそ,BIEとの信頼を深めることになると思
われる。
本件文書の内容については,本件新聞報道が既に相当内容に踏み込んだ報道をして
いるところ,BIEの議長等が同報道に対して抗議したとか,不快感を示したとの
事実は全くない。このことからすれば,被告が本件文書を開示しても,そのことに
より愛知県とBIEの信頼関係が損なわれ,愛知万博事業への必要な指導,助言が
得られなくなるとは考え難い。
むしろ,BIEは,愛知万博の事業を巡る公的文書の情報公開に関し,国や被告よ
りもはるかに進んだ価値観と認識を持っており,本件文書の非公開にこだわらない
考えを有していると推測できるところ,現に,BIEは,裁判所による調査嘱託に
対して回答していないが,このことは,BIEが本件文書の公開に少なくとも積極
的には反対しない意向であることを示している。
第3 当裁判所の判断
1 不開示事由の解釈について
憲法21条は,表現の自由を保障しており,そこから派生するものとして知る権利
(情報公開請求権)についても尊重されるべきであると解されるが,これを具体的
権利として保障したものとはいえない。そうすると,情報公開請求権は,当該地方
公共団体等がその具体的行使について定めた条例等を制定したことにより,初めて
実定法上の根拠が与えられたものというべきである。したがって,具体的な情報公
開請求権の内容,範囲等は,当該条例の趣旨,目的を踏まえながら,その文言に即
して解釈・判断すべきである。
しかるところ,被告は,本件条例7条6号の「当該事務又は事業の適正な遂行に支
障を及ぼすおそれ」は,例示であるイないしホに記載されたものに限定されず,
「おそれ」について解釈上の差はない旨主張するのに対し,原告は,イないしホに
直接該当しない「おそれ」が存するか否かの判断は,厳格かつ慎重に,そして,可
能な限り個別具体的に行われる必要があると主張する。しかしながら,同号が,不
開示事由として「…公にすることにより,次に掲げるおそれ(イないしホ)」と
「その他当該事務又は事業の性質上,…支障を及ぼすおそれ」とを並列的に規定し
ていることに照らすと,イないしホは,不開示事由である事務事業の適正な遂行に
支障を及ぼすおそれのある場合を例示したものにすぎず,また,「おそれ」につい
て文言上区別していない
ことからすると,イないしホの事務事業に係る「おそれ」とその他の事務事業に係
る「おそれ」との間に,解釈上の差異はないと解すべきである。
2事務・事業に支障を来すおそれについて
(1) まず,本件条例7条6号所定の事務・事業に該当するかについて判断するに,
前記前提事実(2)のとおり,BIEに対する国際博覧会の開催申請,開催決定後の登
録申請,各国への参加招請等の国際博覧会推進事業は国が行うものとされ,そのた
めのBIEとの交渉,実務協議等も国が主体となって行う必要があるから,これら
の事業が同号の定める国が行う事業に当たることは明らかである。ちなみに,愛知
万博の開催に必要な措置を整備する目的で,「平成十七年に開催される国際博覧会
の準備及び運営のために必要な特別措置に関する法律」が制定,公布されていると
ころ,同法によれば,国は,愛知万博の実施主体である博覧会協会に対して,予算
の範囲内において必要経費の一部を補助することができること(2条),その準備
及び運営に必要な資
金に充てるために寄付金付郵便葉書等を発行することができること(3条),常勤
の協会職員に対する退職手当その他の給付等については,国家公務員退職手当法,
国家公務員共済組合法,地方公務員等共済組合法等が適用されるなど,公務員の出
向を予定していること(4条)などが定められている。
また,愛知県は,愛知万博の開催県として,愛知万博開催の受入体制や交通アクセ
スなどの基盤整備,愛知万博後の跡地利用計画の策定・実施,その他愛知万博の推
進に当たることとされており,愛知万博推進事業も,同号の定める県の機関の行う
事業に当たることが明らかである。
(2) ところで,国際博覧会は,国際博覧会条約に基づいて開催される公衆の教育を
主たる目的とする催しであり,2以上の国が参加するものをいう(同条約附属書1
条)ところ,国際博覧会の開催を希望する政府は,BIEに対して,開催について
の申請書を提出し,BIEは,BIE総会において開催を割り当てることとされて
いる。割当てを受けた開催国政府は,開催主体を設立し,同条約附属書6条1項に
基づき,BIEに対して,開催の登録申請をし,それが,BIE総会において,正
式に登録承認されて初めて,各国に対し国際博覧会への参加の招請を行うことがで
きる。なお,BIEは,同条約及び議定書の適用を監督し,確保する責任を有する
国際機関であるため(同条約附属書25条1項),開催国に対して,必要な指示,
助言等を行うことと
されている。
愛知万博については,前記前提事実(2)のとおり,日本国政府は,平成8年6月,愛
知県瀬戸市周辺地域における国際博覧会を開催するために,BIE総会において,
2005年(平成17年)開催についての希望を表明し,平成9年6月,BIE総
会において,愛知県内にて愛知万博を開催することが割り当てられ,これに伴い,
平成9年10月,日本における実施主体として,博覧会協会が設立されたものであ
る。そして,本件会談がなされた後,日本国政府によって,BIEに対して,愛知
万博の登録申請を行うことが予定されていた。
そして,前記のとおり,愛知万博は国が行う事業であり,各国への参加招請は国が
行うが,具体的な会場計画,開催運営等は協会が行うこととされ,また,愛知県
は,愛知万博の開催県として開催の受入態勢や交通アクセスなどの基盤整備,愛知
万博後の跡地利用計画の策定・実施,その他愛知万博の推進に当たり国,協会,関
係自治体等の間の調整を行うこととされている。
そうすると,確かに,愛知県による愛知万博推進事業及び国による国際博覧会推進
事業の適正な遂行のためには,愛知県,国及びBIEの三者間の信頼関係が不可欠
であると考えられ,これが損なわれた場合には,上記事業の遂行に支障を生ずるお
それが客観的に存在するということができる。
3 開示により信頼関係を損なう可能性について
(1) まず,被告は,本件文書には,BIEの愛知県に対する心構えや本件会談の内
容が判明する部分が含まれ,情報管理を必要とする国際機関との外交に係わる情報
に属するものであるから,開示・不開示の判断には高度の政策的配慮が伴うことは
常識である旨主張するので,これについて判断する。
  本件文書は,前記前提事実(3)のとおり,BIE議長らが,平成11年11月1
6日,被告を訪問した際,直接手渡されたものであって,訪日目的が英文で記載さ
れた文書であるところ,本件新聞報道が,その内容を本件要請事項の4点であると
具体的に示し,かつ文書の形式(A4判1枚,箇条書)まで報じていること,これ
に対し,被告が,本件新聞報道の内容を直接否定することなく,本件文書は,本件
要請事項のような簡潔なものではなく,訪問先に対する心構えや非公開の会談内容
の一部が判明するものである旨主張していることに照らすと,その内容が本件要請
事項とこれに関する説明を中心としたものであって,しかも全体でA4判1枚に収
まる程度の簡潔な記述から構成されていると推認することができる。そして,証拠
(乙5)によれば,
BIE議長は,本件会談の際,今回の訪日目的,BIEの現状認識,考えられる問
題点,BIEとしての希望及び今後の予定などを詳しく述べた後,現時点のこれら
の課題等を事前に英文の文書に整理してきたとして,本件文書を被告に手渡したこ
とが認められ,これによれば,BIE議長らによる被告への訪問及び本件会談の主
要な目的が,本件要請事項を伝え,善処を求めることにあったと推認することがで
きる。
そして,本件要請事項は,国際博覧会を統括する立場にあるBIEから国ないし愛
知県に対する,愛知万博を成功に導くために必要と思われる助言と勧告を内容とす
るものであり(上記のとおり,本件会談の主要な目的がこれらを伝えることにある
と認められる以上,本件会談のテーマを推測することができるのは当然のことであ
る。),これらを個別的に検討しても,愛知万博を成功に導くための手法として一
般的に合理性を有すると考えられる事項ばかりであるから,そのような助言ないし
勧告をしたことが公にされたからといって,直ちにBIEの立場を危うくするもの
とは考え難い。また,上記のとおり,本件文書の内容は,本件要請事項とこれに関
する説明を簡潔に記述したものと推認することができ,外交機密として非公開が一
般的に承認されるよ
うな複雑かつ微妙な内容が記載されているとは認め難いから,本件文書が国際機関
との外交に係わる情報に属するものであるからという理由だけで,直ちに厳格な情
報管理が必要であると判断するのは相当でない。
(2) 次に,被告は,BIEが本件文書の非公開を望んでいるので,これを公開する
ことにより,信頼関係が損なわれる可能性があると主張するので,これについて判
断する。
ア 被告は,その裏付けとして,まず,①BIE議長と被告との会談やその他の会
談は,すべて非公開であったこと,②BIE議長は,記者会見において,訪日目的
につき,本件文書を提示することなく,口頭でコメントしていること,③BIE事
務局長は,報道機関の取材に対し,本件文書の交付された際の非公開協議の内容に
つき,非公開とすべき旨発言していること,以上のように主張するところ,前記前
提事実(2)に証拠(甲4,乙3の1,3の2の1ないし3,5,6の1及び2,7の
4ないし9)を総合すれば,次の事実が認められる。
    (ア) BIE議長及びBIE事務局長は,平成11年11月来日し,同月
16日午前9時から9時35分まで,愛知県公館の応接室において,被告を始めと
する愛知県関係者8名と会談した。その会談は,BIEとマスメディア関係者との
会見が別の機会に設定されていたことなどから,冒頭の写真撮影が許可された以外
は,非公開で行われた。その際,BIE議長は,訪日目的,BIEの現状認識,問
題点,希望,予定などを説明した後,これらの課題等を整理してきたと述べて,本
件文書を取り出し,被告に交付した。
(イ) BIE議長らは,本件会談後,現地視察を経て,博覧会協会や愛知県担当者
らと実務協議を行ったが,同月17日,記者会見し,愛知万博の準備状況につい
て,特に問題点はなく,順調に進展しているとの認識を口頭で述べた。
(ウ) BIE議長らは,同月18日,博覧会協会東京事務所における実務協議や通
商産業省幹部への訪問及び会談を行ったが,これらはいずれも非公開で行われた。
この際,BIE側は,通産省幹部らに対し,愛知万博の跡地利用計画について,愛
知万博を利用した自然破壊の土地開発事業であるとの厳しい批判を行った。
(エ) 中日新聞は,平成12年1月14日,この会談の模様を記録した協会職員作
成に係る文書(A4判12頁のメモ)の存在及び内容を報じたが,通産省幹部は,
ニュアンスが異なるなどと釈明する一方,愛知県幹部は,「公の場での発言は好意
的だっただけに,伝え聞いたときはやはりショックだった。」と述べて戸惑いの表
情を見せた。
BIE事務局長は,この件に関する中日新聞の取材に対し,発言内容についてコメ
ントを拒否し,その理由として,「外部に伝えることを想定したやりとりではない
ので,内容を明らかにすべきではないと考えている。これは,モラルの問題だ。」
と述べた。
(オ) 愛知県は,平成12年に入って,愛知万博の会場の見直し作業を本格化さ
せ,絶滅危惧種であるオオタカの保護策を求める自然保護団体の要望をも取り入れ
た結果,同年7月ころ,従前の「海上の森」会場を縮小し,愛知青少年公園を活用
する変更計画案を策定した。
以上の事実によれば,なるほど,被告が主張するとおり,①BIE議長と被告との
会談やその他の会談は,すべて非公開であったこと,②BIE議長は,記者会見に
おいて,訪日目的につき,本件文書を提示することなく,口頭でコメントしている
こと,③BIE事務局長は,報道機関の取材に対し,通産省幹部との会談の内容に
ついて,公にすべきでないと発言していることなどが明らかである。
しかしながら,BIE事務局長が,公にすべきでない旨の認識を示したのは,被告
との会談内容ではなく,通産省幹部との会談内容であり,被告との会談において
は,愛知万博を巡って厳しい指摘がなされたわけでないことは,前記中日新聞の報
道に接した愛知県幹部の反応からも十分に推認できるから,この事実をもって,B
IEが,被告との会談の際に交付された本件文書の非公開を望んでいると推認する
のは無理がある。また,本件会談等が非公開で行われたこと及び翌日の記者会見に
おいて口頭でコメントがなされたことからは,BIEが本件文書の内容を積極的に
公にしようとする意思がなかったことを推認させるものといえるが,これを超え
て,本件文書を非公開とすべき意思を有しているとまでは認め難い(ちなみに,本
件新聞報道に対し,BI
Eが不快感を示した事実を示す証拠はない。)。
イ 次に,被告は,④BIEは,国からの照会に対して,本件文書はBIE議長ら
との非公開会議に関する情報であって,当該会議の内容は非公開にすべきであると
要請していると主張するところ,前記前提事実(7)及び証拠(甲6,乙1,2,9)
を総合すれば,次の事実が認められる。
(ア) 本件処分に対する異議申立ての手続において,愛知県情報公開審査会の委員
が,BIEが本件文書の公開を望んでいないことは推測にすぎないのではとの疑問
を呈したことから,愛知県国際博推進局長が,平成13年5月7日,経済産業省商
務情報政策局博覧会推進室長及び外務省経済局総務参事官あてに,その確認を求め
る旨の照会をしたのに対し,上記推進室長らは,同年6月27日,照会者に対し,
同一文書が経済産業大臣あてに開示請求された際の平成13年5月31日付け不開
示決定(乙1)を引用し,これは「当方が行った問い合わせに対するBIE事務局
からの回答を踏まえたものであ」るから,この趣旨を踏まえて対応を行ってほしい
旨の回答を行った(甲6)。
(イ) 前記不開示決定には,同一文書を不開示とする理由として,「当該文書はB
IE(略)との非公開会議に関する情報であって,当該会議の内容は非公開にすべ
きとのBIEからの要請もあることから,公開することによりBIE等との信頼関
係が損なわれるおそれがあ」る旨記載されている。そして,上記不開示決定に対す
る異議申立てに関し,情報公開審査会が作成した答申書には,諮問庁(経済産業
省)の説明の要旨として,「BIEに対し,文書を例示してBIE関連のそれぞれ
の文書の開示についてのBIEの立場について,外交ルートにより問い合わせを行
った。これに対してBIEから,①BIEは情報公開を重視しており,BIEの規
則,決議等はインターネットにより開示されている,②同時に,加盟国が自由に意
見交換を行う権利は尊
重されなければならず,BIE内部のものであり,かつ,検討の過程にある文書及
び論議の内容を日本政府が公開することとなるとBIE又は加盟国の日本政府に対
する信頼が傷つくおそれがある,③特に,BIE総会等の議事録,BIEとの協議
の記録,登録申請書を公開することは望ましくない,との趣旨の回答が外交ルート
を通じてあった。」旨記載され,また,審査会の判断の理由として,「上記1(1)イ
及びウの文書(同一文書とその訳文)には,BIE議長等が来日するに当たっての
目的や関心事項及びこれを和訳したものが記載されている。また,上記1(1)エの文
書(BIE議長及びBIE事務局長のd通産大臣表敬概要と題する文書)には,B
IEの加盟国である我が国の通商産業大臣とBIE議長等との会談の内容が記載さ
れている。このよう
な会談は,公開を前提として行われたものではなく,また,これらの文書はBIE
により公表されているものではなく,むしろBIEから公表しないように要請され
ていると認められる。」旨記載されている。
しかしながら,上記認定事実によっても,経済産業省の説明にある,BIEに対す
る「問い合わせ」の際に「例示」された「文書」に本件文書が含まれるかについて
明らかでなく(むしろ,本件文書がBIEの回答の②,③の文書に当たるとは言い
難いことに照らせば,「例示」された「文書」に本件文書が含まれていなかった可
能性が高いと考えられる。),情報公開審査会による判断でも,同審査会自身が,
実際に上記の「問い合わせ」と「回答」を確認したかについて明らかでない。ま
た,被告も,当裁判所からの「回答」文書の提出要請に対し,同文書を所持してい
ないから提出できないと釈明するのみである(本件文書の開示請求を巡って愛知県
と「回答」を受けた経済産業省等との間で意思疎通が行われていることは上記認定
事実からうかがうこと
ができるから,両者が提出の意思を有しているならば,その提出は容易なはずであ
る。)から,BIEが本件文書につき非公開とすべき意向を有しているとの事実を
認定するのに十分とはいえない(かえって,前記のとおり,本件文書は,本件要請
事項とこれに関する説明を簡潔に記載したものにすぎないと認められるところ,前
記認定事実の経緯に照らせば,本件文書によるBIEからの助言ないし勧告がその
契機となって,愛知県が愛知万博の会場計画の変更作業を本格化したと推認される
から,その時点で,なおBIEが非公開の意向にこだわるものかについて疑問が残
るというべきである。)。
加えて,前記前提事実(8)のとおり,当裁判所が,外務省を通じ,2度にわたって,
BIEに対し,本件文書は公開を前提としたものであるか,公開された場合に支障
を感ずるかについて簡易な照会を行ったにもかかわらず,回答がなかったことは,
BIEが,少なくとも積極的に非公開に固執する意思を有していないことを推認さ
せるというべきである(なお,行政訴訟において,違法性の有無は,当該処分のさ
れた時点を基準として判断されるべきものであるが,その後に収集された資料に基
づいて上記基準時の事実関係を認定することが許されることはいうまでもな
い。)。
ウ 以上を総合すれば,BIEが本件文書を非公開とすることを望んでいることを
認めるに足りる的確な証拠は何一つないといわざるを得ず,これが公開された場合
にBIEからの今後の協力が得られなくなる可能性があること等を理由とする前記
おそれの存在を肯認し難い。
(3) さらに,被告は,本件文書を公開することによって国との信頼関係が損なわれ
る可能性がある旨主張するところ,なるほど,前記認定事実のとおり,国(経済産
業大臣)は,本件文書について不開示決定を行い,愛知県に対しても同様の対応を
要請していることに照らすと,愛知県が本件文書の公開に踏み切ることは,国の意
向に反するとも考えられる。
しかしながら,国が本件文書を不公開とする方針を打ち出したのは,開示がBIE
の意向に反することを理由としているから,その前提が認められない以上,国が非
公開に固執する合理的な理由はないと考えられる。そうすると,国との信頼関係が
損なわれる可能性があることを理由とする前記おそれの存在も肯認できないという
べきである。
(4) よって,本件文書を公開することによって,BIEないし国との信頼関係が損
なわれ,前記事業に支障を来すおそれがあるとは認め難いから,本件処分は違法で
あって取消しを免れない。
4 結論
以上の次第で,原告の請求は理由があるから認容し,訴訟費用の負担につき行訴法
7条,民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。
      名古屋地方裁判所民事第9部
     裁判長裁判官   加   藤    幸   雄
       裁判官   舟   橋    恭   子
    裁判官   富   岡    貴   美

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