弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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 (用語例)
 主 文
 理 由
 〔序〕
 〔一〕 被告人A1、同A2、同A3、同A4、同A5、同A6、同A7、同A
8、同A9、同A10、同A11、同A12、同A13関係
 [二〕 被告人A14、同A15、同A16、同A17、同A18、同A19、
同A20、同A21、同A22、同A23、同A24、同A25、同A26、同A
27関係
 〔三〕 被告人A28関係
 〔四〕 被告人A29、同A30関係
 〔五〕 被告人A31、同A32、同A33、同A34、同A35関係
 〔六〕 被告人A36、同A37、同A38関係
 〔七〕 被告人A39関係
 〔八〕 被告人A40関係
 〔九〕 被告人A41、同A42、同A43、同A44、同A45、同A46、
同A47、同A48、同A49、同A50、同A51、同A52、同A53、同A
54、同A55、同A56、同A57関係
 〔一〇〕 被告人A58、同A59、同A60、同A61、同A62、同A6
3、同A64、同A65、同A66、同A67、回A68、同A69、回A70関

 〔一一〕 被告人A71関係
 〔一二〕 被告人A72関係
 〔一三〕 被告人A73、同A74、同A75、同A76、同A77、同A7
8、同A79関係
 〔一四〕 被告人A80関係
 〔一五〕 被告人A81関係
 〔一六〕 被告人A82関係
 〔一七〕 被告人A83、同A84関係
 〔一八〕 被告人A85関係
 〔一九〕 被告人A86関係
 〔二〇〕 被告人A87関係
 〔二一〕 被告人A88関係
 〔二二〕 被告人A89関係
 〔二三〕 被告人A90関係
 〔二四〕 被告人A91関係
 〔二五〕 被告人A92関係
 〔二六〕 被告人A93関係
 〔二七〕 被告人A94関係
 〔二八〕 被告人A95関係
 〔二九〕 被告人A96関係
 〔三〇〕 被告人A97、同A98関係
 〔三一〕 被告人A99関係
 〔三二〕 被告人A100関係
 別 紙 
 (用語例)
 本判決中で「原審証人の証言」として表示したのは、原審判決裁判所の公判手続
更新前における合議体、単独体各裁判所の公判調書中の証人の供述記載部分、ない
し証人尋問調書を含む趣旨であり、また「被告人の原審公判期日における供述」と
して表示したのは、同じく、原審判決裁判所の公判手続更新前における合議体、単
独体各裁判所の公判調書中の被告人の供述記載部分を含む趣旨である。
         主    文
     一 被告人A66、同A67、回A68、同A69、回A70、同A9
6、同A100を除くその余の被告人九三名に対する各原判決をそれぞれ破棄す
る。
     二 1 被告人A28を懲役六月に、同A45を懲役五月に、同A5
9、同A64、同A65を各懲役六月に、同A62、同A63を各懲役四月に、同
A83を懲役五月に、同A85を懲役六月にそれぞれ処する。
     2 右被告人九名に対し、いずれも本裁判確定の日から一年間右各刑の
執行を猶予する。
     3 本件公訴事実中、被告人A59に対する騒擾指揮の点、回A28、
同A45、同A64、同A65、同A62、同A63に対する各騒擾助勢の点につ
いて、各被告人はいずれも無罪。
     三 被告人A66、同A67、回A68、同A69、回A70、同A9
6、同A100、回A28、同A45、同A59、同A64、同A65、同A6
2、同A63、同A83、同A85を除くその余の被告人八四名は、いずれも無
罪。
     四 被告人A66、同A67、回A68、同A69、回A70、同A9
6、同A100の本件各控訴は、いずれもこれを棄却する。
         理    由
 本件各控訴の趣意は、弁護人上田誠吉、同石島泰、同安達十郎、同安藤章、同新
井章、同飯塚和夫、同菊池紘、同熊谷悟郎、同坂本修、同島田正雄、同白石光征、
同寺本勤、同中田直人、同野田宗典、同原田敬三、同松本善明、同松本津紀雄、同
渡辺良夫(被告人A29についてはいずれも解任前の上記各弁護人)、並びに別紙
第三記載の各被告人提出の各控訴趣意書に、これに対する答弁は、東京高等検察庁
検事飯嶋宏、同原弘提出の答弁書に、それぞれ記載するとおりであるから、ここに
いずれもこれを引用するが、これに対する当裁判所の判断は、つぎのとおりであ
る。
 〔序〕
 第一 各被告人(〔一〇〕の暴力行為等処罰に関する法律違反の罪のみの関係被
告人を除く)に共通する控訴趣意について
 一 弁護人の控訴趣意中、昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集
団示威運動に関する条例(以下昭和二五年東京都公安条例と略称する。)は、憲法
二一条に違反し無効であり、したがつて同条例四条に基づく原判示警察官の職務執
行は違法である旨の論旨について
 右条例が表現の自由を保障した憲法二一条の規定に違反するものでないことは、
すでに最高裁判所判例の示すとおりであり(昭和三五年七月二〇日大法廷判決・刑
集一四巻九号一二四三頁、なお、同四四年一二月二四日大法廷判決・刑集二三巻一
二号一六二五頁参照)。これと異なる所論はにわかに賛成することができないもの
と考えるので、所論違憲の主張は理由がなく、また、その違憲の主張を前提として
右条例四条に基づく原判示警察官の職務執行を違法とする論旨も採ることができな
い。論旨は理由がない。
 二 同、刑法一〇六条の騒擾罪の規定は、そこにいう「多衆」も、「暴行、脅
迫」の程度も、無内容かつあいまいであり、しかも、右の「多衆」並びに「暴行、
脅迫」の程度を限定する機能をになう「公共の静謐阻害」の概念も、無内容であ
り、しかも裁判官の恣意の判断を許す極めて危険な抽象かつ漠然たるものであるか
ら、憲法三一条に違反し、その運用のいかんにより同二一条に違反するものである
との論旨について
 刑法一〇六条に「多衆」というのは、一般に説かれているように、一地方におけ
る公共の平和を害するに足りる程度の暴行、脅迫をするのに適当な多人数であるこ
とを要し、かつ、それで足りるものというべく、はたしてその人数が幾人以上に達
することを必要とするかについて、これを判断すべき標準を、右刑法の条規として
は明示するところがないのであるが、その人数は、騒擾罪の保護法益たる公共の平
和を侵害するに足りる危険の有無の観点から、当該の具体的状況を勘案して自ら決
定されることであり、所論の如く、これを無内容の概念ということは相当でない。
そしてまた、同条にいう「暴行、脅迫」の程度も、前同様条文自体においてその判
断の基準を明示していないが、これまた、一地方における公共の平和を害するに足
りるものであることを要するとともに、現実に公共の平和が侵害される結果の発生
を必要とするものでなく、その侵害の危険のあるものであれば足りるのである。な
お、判例に、「刑法一〇六条は、多衆集合して暴行または脅迫をしたときは、その
行為自体に当然地方の静謐または公共の平和を害する危険性を包蔵するものと認め
たがゆえに騒擾の罪として処罰するものである。」として、「多衆」若しくは「暴
行、脅迫」の程度を限定する意味をもつ「公共の平和を害するに足りる」という概
念を無用のものとしているかに解されるもののあること(例えば、昭和二八年五月
二一日最高裁判所第一小法廷判決・刑集七巻五号一〇五三頁、大正一二年四月七日
大審院判決・刑集二巻三一八頁等)は、論旨に指摘するとおりであるが、これらの
判例も、その具体的事実関係に徴すれば、騒擾罪が成立するためには、現実に公共
の平和が害されたという結果の発生までを必要とするものでないことを示した趣旨
にすぎないものというべく、所論の如く、「多衆」若しくは「暴行、脅迫」の程度
を無内容または無限定のものと解した趣旨とは考えられない。つぎに、「公共の平
和」という概念は、法秩序が違法な侵害から保障されている状態、すなわち、一般
住民の生命、身体、財産等の法益が法秩序により保護されているという状態をいう
ものであつて、この状態が侵害されることの危険を感じさせる行為が、公共の平和
を害する虞れのある行為であり、それを所論の如く無内容であるとか理解できない
ものであるとかいうのは、独自の見解である。そして、公共の平和を保障するた
め、他の犯罪から独立に、特に公共の平和自体を保護法益とする騒擾罪の規定を設
ける必要があるかどうかということは、結局立法政策の問題というべきである。論
旨は、騒擾罪の規定は、その構成要件があいまい無内容であるから、憲法三一条に
違反するというものであるが、すでに説明したように、所論の「多衆」若しくは
「暴行、脅迫」の程度は、いずれも「公共の平和」の概念により限定され、しか
も、前記の如く、右の「公共の平和」の概念も意味内容のあるものとして機能する
ものである以上、所論の如く、騒擾罪の規定があいまいであるとか、無内容である
とかということを前提とする違憲の非難<要旨第一>は当らず(昭和三五年一二月八
日最高裁判所第一小法廷判決・刑集一四巻一三号一八一八頁参照)、また「多 旨第一>衆」並びに「暴行、脅迫」の程度を限定する「一地方における公共の平和を
害する慮れがある」かどうかということは、集合した人員の数ばかりでなく、集合
の時刻、場所、携行した兇器の有無、種類、集合の目的等、当該具体的状況によつ
て自ら異なるものであることは見易い道理であり、これを一義的に明確な基準を設
けて示すことは相当でないというべきであるから、刑法一〇六条の規定が、所論の
如く、規範的構成要件要素をもつて記述されているからといつて、所論の如く、憲
法三一条に違反するものといえないことは当然である。なお、騒擾罪の規定が、運
用のいかんにより、表現の自由を保障した憲法二一条に抵触する危険のあること
は、所論のとおりであるが、それは結局同罪の規定の解釈、運用の問題であつて、
同罪の規定自体を違憲とする理由とはなし難い。論旨は理由がない。
 三 同、本件は、政府が国民を弾圧するため国民を挑発し計画的に引き起した事
件であるのみならず、本件の公訴は、労働組合弾圧等の政治的目的に出たもので違
法、無効であるから、公訴を棄却すべきであるとの論旨について
 所論前段の論旨の理由のないことは、原判決に詳細示すとおりであるから、これ
をここに引用することとし、また、所論後段の論旨については、記録を精査検討し
てみても、本件が、所論の如く、労働組合弾圧等の不当な政治的目的による公訴、
あるいは、検察官の公訴権乱用にかかる違法な起訴であるとは、とうてい認められ
ない(なお、被告人らの控訴趣意中に、同様の理由により、原判決の違法を主張す
る部分もあるが、この点の論旨の採るを得ないことは論をまたない。)。そして、
公判審理の途中において証拠上とうてい公訴を維持できない被告人がいたからとい
つて、それはその被告人に対する本件公訴提起が妥当であつたかどうかという問題
に帰するのであつて、そのことの故に公訴を違法、無効なものとする論拠とするこ
とはできない。また、本件において、検察官が、警察官側のした違法な行為につい
て公訴を提起せず、被告人らデモ隊側のみを起訴したからといつて、そのことだけ
をとらえて、ただちに、本件被告人側に対する公訴提起の手続が法律上違法、無効
なものとなるものでないことも、原判決にいうとおりである。この点の論旨はすべ
て独自の主張であつて、論旨は理由がない。
 四 同、原判決は証拠能力のない検察官調書により被告人らに対する原判示当該
各犯罪事実の成立を認めた点において、憲法三一条、三七条二項、三八条二項に違
反し、迅速公平な裁判に違反した点において、同三一条、三七条一項に違反する旨
の論旨について
 所論前段について検討してみるのに、原判決は、被告人らに対する原判示当該各
犯罪事実を認定するについて、検察官に対する被告人及び関係者の供述調書のみに
よりこれを認定しているものでないことは、原判決の証拠説示に照らし明らかであ
るから、所論憲法違反の主張は、すでにその前提において失当であるばかりでな
く、原判決が、証人または共同被告人が検察官の面前でした供述調書を、被告人ら
に対する有罪認定の証拠としたことが、憲法三七条二項に違反するものでないこと
は、つとに最高裁判所判例の趣旨とするところであり(昭和二五年一〇月四日大法
廷決定・刑集四巻一〇号一八六六頁参照)、また、原判決が証拠とした当該検察官
調書の証拠能力については、各被告人に対する控訴趣意中当該論旨に対する判断と
して示したとおりであり、それらの調書に記載された供述が、強制、拷問若しくは
脅迫によるものであることを疑うべき資料は記録上見出せないのであるから、憲法
三八条二項違反の主張も、その前提を欠くものである。
 つぎに、所論後段の原判決は迅速公平な裁判に違反するとの主張について検討し
てみるのに、原審が本件審理に要した期間が所論の如く長期であり、この間被告人
らに対し社会生活上不安定な生活を強いたこと、証人の記憶も薄らぎ公判廷の審理
を通じ確実な証拠を期待することの困難な事態を招いたことは、極めて遺憾とすべ
きことであるが、原審の審理の経過、状況は、原判決の「審理の長期化について」
と題する項において説示するとおりであり、審理がかくも長期化したことについて
は、一面やむを得ない事情があつたことも否定し難いところであり、審理が長期化
したからといつて、ただちに国の刑罰請求権が消滅し免訴等の裁判により訴訟を打
ち切るべきであるとの見解には左袒し難く、長期の審理による証拠の散逸があつた
とすれば、そのための不利益を被告人らに転嫁することの許されないことは当然で
あり、本件において記録を精査してみても、原審が、証人が記憶を喪失したという
だけの理由により、所論の如く調書裁判を余儀なくされたとか、証拠の散逸を理由
に被告人らに不利益な裁判をしたものとはとうてい認められない。違憲の論旨は理
由がない。
 五 同、警察官証人の証人不適格性を主張する論旨について
 本件において証人として喚問された警察官が、争いの一方当事者的立場にあるこ
とは否定し難いところであるが(反面、被告人側証人が被告人と同調的立場にある
こともまた同様である。)、それだからといつて、そしてまた、かかる警察官証人
のある者が偽証したからといつて、本件において警察官証人はすべて証人適格がな
いと主張する論旨は、独自の主張であつて、とうてい採用の限りでない。この点の
論旨も理由がない。
 なお、〔一〇〕の暴力行為等処罰に関する法律違反の罪のみの関係被告人につい
ては、以上の論旨に対する判断中同被告人らに関係すると認められる部分について
は、同一の判断が及ぶものとする。
 第二 当裁判所の基本的見解
 なお、ここで、本事件を審判するについての当裁判所の基本的見解に関して一言
しておく。
 原判決は、総論第一ないし第四分冊にわたり、騒擾の成否に関する事実上及び法
律上の判断として、昭和二七年五月一日に開催された東京都における昭和二七年度
第二三回メーデー中央大会にいたるまでの経緯や、右メーデー当日の明治神宮外苑
会場から皇居外苑広場ないしその周辺にいたる諸事象に関し、その事態の推移を追
い、生起した諸事象の逐一について詳細に認定判示したうえ、当日皇居外苑広場を
中心として発生した事態について騒擾罪の成否を問い、これを各被告人に対する各
論部分について一括引用しているのである。原判決のかかる判断の方法には、もち
ろん相応の理由があつたと考えられる。しかし、原判決が騒擾関係の犯罪事実とし
て認定したところは、原判決自体に徴し明らかなように、皇居外苑広場内の桜田濠
沿い砂利敷道路、二重橋前砂利敷十字路、銀杏台上の島、若しくは楠公銅像島、ま
たは皇居外苑広場外の祝田橋交差点その他の特定の場所における、集団員と警官隊
との接触乱闘等の事態に際し、当該各被告人が、その集団員の一員として、原判示
の当該場所において、集団員のした暴行、脅迫に加担したという事実である。そし
て、原判決は、当該各被告人の関与した各場面における集団員と警官隊との接触乱
闘等の事態、すなわち、右各集団員のした暴行、脅迫は、包括して一個の騒擾罪を
構成するものとして、当該被告人に対し、いずれもこの騒擾罪の罪責を問うている
のである。しかし、右各場面における集団の構成員については自ら異動のあつたこ
とは、原判決もまたこれを肯認しているところであるから、原判決が、このように
人的構成においてそれぞれ異なる集団員のした暴行、脅迫を、右の如く包括一罪を
構成するというためには、これら各場面における集団員が、その人的構成の異動に
かかわらず、その各場面を通じ、騒擾罪の主体としてのいわゆる「多衆」として、
同一性を維持していたということを前提としているものといわざるを得ない。もつ
とも、原判決は、この点について、当日、桜田濠沿い砂利敷道路並びに二重橋前砂
利敷十字路における警官隊と集団員との接触乱闘を契機として発生した集団員の組
織的、一体的な暴行、脅迫は、さらに時を異にし場所を移しながらも、さらに一層
規模を大にしたり様相を激化して発展し、事態の鎮圧を見た当日午後六時過頃迄継
続したというだけであつて、右の「多衆」、すなわち、集団の同一性については、
格別説明するところがないばかりか、各論判決においても、当該各被告人の関与し
た集団の構成とか集団の性格とかについて、具体的に判示するところがないのであ
る。
 思うに、原判決は、これら各場面において起きた集団員による暴行、脅迫の事態
が、その構成員において異なるものがあつたにせよ、それらはいずれも、当日皇居
外苑広場における無許可のメーデー集会を志向して同広場に入場し、または入場し
ようとした原判決にいう集団員により惹起されたものであるとし、これらの集団員
は、反権力、反米的思想感情において共通のものがあつたこと、しかも、それらの
暴行、脅迫は、時間的に継続し、場所的に近接して、警備の警官隊に対する抗争と
いう形をとつて起きたことから、これら各場面における暴行、脅迫の事態を、連続
して生じた一個の社会事象として観察し、法的にもこれを包括して一個の騒擾罪を
構成するものと評価したのかも知れない。
 しかし、当裁判所としては、当日の原判示各場面における集団員による暴行、脅
迫の事態が、連続して起きた一個の社会事象として観察できるということから、た
だちに、それが法的にも包括して一個の騒擾罪を構成<要旨第二>するという推論に
は、とうてい賛成することはできない。すでに見た如く、原判示各場面において暴
行、脅迫を行なつた集団の構成員について異動があるのにかかわらず、
そのうちのある場面における集団員の暴行、脅迫に関与したということだけで、当
該被告人に対し、当日のすべての場面における集団員の暴行、脅迫について騒擾罪
の罪責を問うためには、これら各場面におけるそれぞれの集団員、なかんずく桜田
濠沿い砂利敷道路並びに二重橋前砂利敷十字路において警官隊と接触乱闘に及んだ
集団員と、その後の各場面において暴行、脅迫に及んだ各集団員とが、騒擾罪の主
体たる「多衆」として、前後同一性を維持していたことが必要である。
 ところで、本件に事いて、原判示各場面における当該各集団員の暴行、脅迫は、
社会的事象としては連続して起きているが、それがあらかじめ定められた騒擾計画
に基づくものであつたとか、あるいは、特定の首謀者により画策され、支配された
ものであつたとかの事実は、原判決も毫も認定しなかつたところである。したがつ
て、右集団の同一性を判断するためには、原判示各場面における当該集団の構成員
の異動にかかわらず、その各集団の主たる構成員を共通にしていたとか、それらの
各集団員が同一の統制集団に属していたとか等の理由により、質的に同一集団を構
成し共通の集団意思が存するものと認められ、時間的、場所的に接着してそれぞれ
暴行、脅迫が行なわれた場合、あるいは、一の集団による暴行、脅迫が行なわれて
いる事実を認識認容し、これと合同力を形成する意思、または一の集団した暴行、
脅迫の事実を認識認容し、その意思を承継し、かつその集団のした暴行、脅迫の事
態を利用する意思が存するものと認められる状況のもとに、いずれも、その集団に
よる暴行、脅迫に時間的、場所的に接着して、他の集団による暴行、脅迫が行なわ
れた場合等の事情を勘案してこれをきめなければならない。
 そして、これらの事情を勘案して集団の同一性が肯定された場合、原判示のある
場面における集団の暴行、脅迫に関与したにすぎない当該被告人が、他の場面にお
いて他の集団のした暴行、脅迫についても罪責を負うことになり、もし、その集団
の同一性が否定された場合には、被告人としては、その関与した当該集団の集団<要
旨第三>員による暴行、脅迫についてのみ相応の罪責を負うにすぎないことになるわ
けである。そして、個々の被告人について騒擾罪の罪責を問うために
は、主観的に、その被告人について、騒擾加担の意思、すなわち、多衆の合同力を
恃んで自ら暴行または脅迫をなす意思、ないしは多衆をしてこれをなさしめる意
思、あるいはかかる暴行または脅迫に同意を表しその合同力に加わる意思の備わる
ことはもとより、客観的にも、騒擾の主体たる集団の構成員たるの地位を取得して
いるものと認められる事実がなければならないことは当然である。
 そこで、当裁判所は、以上の観点に立つて、もとより裁判所の課題である各被告
人の罪責の有無を確定することを主眼とし、原判決が総論で示した、当日の社会事
象としての皇居外苑広場を中心として発生した警備警官隊と集団員の乱闘抗争等一
連の事象についての法的評価については、
 各被告人の罪責の有無の確定に必要な限度内で判断するに止めた。そして、判断
の方法としては、各被告人の当該具体的場面における原判決認定の具体的関与行為
の有無、関与した集団の構成、その性格、特に、その関与した集団の構成員と他の
場面において警官隊と接触乱闘等の暴行、脅迫の行為に及んだ集団員との集団とし
ての同一性の有無、なかんずく、本件騒擾の始期とされた桜田濠沿い砂利敷道路並
びに二重橋前砂利敷十字路において警官隊と接触乱闘した原判示集団員との集団と
しての同一性の有無について検討し、その同一性が否定された場合においては、当
該各場面における集団員のした行為の評価に及び、それとの関係において、当該被
告人の主観に即し、その故意の内容を検討し、罪責の有無を判断するという方法を
とつた。けだし、このように、当該各被告人の関与した各場面における集団員の行
為を中心として検討することにより、最も端的に当該各被告人の罪責の有無を確定
することができるはずであるからである。しかも、その判断も、専ら原判決の当否
の判断の観点から、争点に即してなされたことも、控訴審の性格上当然のことであ
る。そして、かかる方法により被告人らの罪責の有無を可及的早期に確定すること
こそが、憲法所定の迅速裁判の要請に副う所以であり、二〇年の長期にわたる本事
件の控訴審として相当な方法と考えたのである。
 なお、弁護人の控訴趣意中桜田濠沿い砂利敷道路におけるB1第七方面予備隊副
隊長の前進命令及びこれに基づく警官隊による集団員排除行為は違法であり、これ
に対して防禦の行為に出た集団員の行為は騒擾罪を構成せず、また集団員のした暴
行、脅迫の行為は一地方の静謐を害するに足りる程度のものとは解されない旨、並
びにこれに関連する論旨は、騒擾関係被告人全員について共通する論旨であるが、
判断の便宜上、本判決では、原判決において、本件騒擾の開始時点とされている桜
田濠沿い砂利敷道路若しくは二重橋前砂利敷十字路における警官隊と集団員との接
触乱闘について騒擾罪に問われている〔一〕冒頭掲記の各被告人に対する関係で右
論旨に対する判断を示すこととし、その余の騒擾関係被告人に対する論旨の判断と
して、右〔一〕の各被告人に対する判断として示したところに譲り、当該関係被告
人に対する判断としては重ねてその判断を示さなかつたことを付記しておく。
 〔一〕 被告人A1、同A2、同A3、同A4、同A5、同A6、同A7、同A
8、同A9、同A10、同A11、同A12、同A13関係
 第一 弁護人の控訴趣意中訴訟手続の法令違反の主張について
 一 被告人A2、同A3、同A4関係
 所論は、原審が、A101、A102、A103並びに被告人A2及び同A3の
検察官に対する各供述調書を証拠として採用したことは、証拠能力のない証拠を証
拠としたもので、訴訟手続に法令違反があるというのである。
 しかし、記録を検討してみても、原審が、所論のA101、A102、A103
の検察官に対する各供述調書について、それらがいずれも同人らの公判期日におけ
る供述に比べて特に信用すべき情況があるものと認めてこれを証拠に採用した措置
に、所論の如き違法があるものとは認められない。同人らの右各供述調書中、その
供述内容に一部客観的事実に相反するところがあつたとしても、それは右各供述調
書の証明力に関することであり、証拠能力に関することがらではない。そして、A
102の昭和二七年五月二〇日付検察官に対する供述調書は、調書作成後改ざんさ
れたものであるとの主張については、記録上未だかかる事実を認めることはできな
い。さらに、論旨は、A102の昭和二七年六月二百付、同年七月四日付並びにA
103の同年七月一〇日付の各検察官調書は、同人らに対する本件公訴提起後作成
されたものであるから証拠能力がないというが、右各供述調書が、所論の如く、同
人らに対する公訴提起後作成されたからといつて、ただそのことの故に、右各供述
調書が違法な取り調べに基づくものであつて証拠能力を欠くものであるということ
はできない(昭和三六年一一月二一日最高裁判所第三小法廷決定、刑集一五巻一〇
号一七六四頁参照)。つぎに、所論は、A103の昭和二七年六月二八日付及び同
年七月一日付検察官に対する各供述調書は、同人と当時の同人の弁護人であつた上
田誠吉との接見の内容を詳細に記載したものであつて、弁護人の秘密交通権を侵害
し証拠能力を欠くというのである。A103の右各検察官調書の内容は論旨に指摘
するとおりであるが、それは、同人が検察官に対し本件について自白した後、A2
4やその他の労働組合の仲間の者に迷惑のかかることを懸念する一方、従前の供述
はあくまで維持するとの心情を述べる経緯として語られているのであつて、検察官
の方から、上田弁護人との接見の状況について、特に同人に対し供述を求めたもの
とは認められないのであるから、同人が同弁護人との接見の状況を検察官に語つた
からといつて、ただちに所論の如く弁護人の秘密交通権を侵害したものであるとい
うことはできないし、また、そのことを理由として右各供述調書が証拠能力を欠く
ものということもできない。さらに、所論は、被告人A2、同A3の検察官に対す
る各供述調書は、脅迫若しくは利益誘導に基づくものであつて任意になされたもの
ではないというが、記録を検討してみても、右各供述調書中の同被告人らの各供述
が任意になされたものでないことを疑うべく事情は、とうてい認められない。原審
が、同被告人らに対する審理の過程を通じて、右各供述調書が同被告人らの任意の
供述を録取したものと認めてこれを証拠に採用したことに、未だ所論の如き瑕疵が
あるものとは認められない。論旨は理由がない。
 二 被告人A5、同A6関係
 1 所論は、原審が、被告人両名に対する起訴状の訴因につき、検察官が起訴後
八年を経て申し立てた訴因変更を許可し、右変更訴因によつて有罪の認定をしたこ
とに対し、右訴因変更は実質的には追起訴であり、公訴時効の趣旨を潜脱し、被告
人の実質的防禦権を奪うものであるから、許さるべきではなく、原審の右措置は、
訴訟手続の法令違反をおかしたものであると主張する。
 そこで検討してみるのに、被告人両名に対する昭和二七年五月三一日付起訴状記
載の訴因と、昭和三五年一一月二一日付訴因変更訂正申立書記載の訴因とを対比す
ると(但し、ここでは、訴因変更の適否と関係のない被告人A5に対する起訴状第
一の二、訴因変更訂正申立書第一の二の訴因を除外して検討する。)、当初の訴因
は、被告人両名の楠公銅像島における警察職員との対峙の際の言動、及びそれ以前
における警察職員との乱闘を内容とするのに対し、変更訂正訴因は、右当初の訴因
中の警職察員との乱闘内容を訂正したうえ、右楠公銅像島における対峙後さらに銀
杏台上の島に進出して警察職員と乱闘に及んだとの事実を追加したものであること
が明からであり、検察官は、該追加部分を含め包括して一個の騒擾罪を構成すると
の見解の下に、右訴因変更を申し立てたものと認められる。
 ところで、騒擾罪は、多衆集合して一地方の静謐を害するに足りる程度の暴行、
脅迫を行なうことによつて成立するものであり、社会通念上同一事実と認められる
範囲内において、その時期、場所、方法に追加変更を生じたところで、公訴事実の
同一性を害するものではないと解すべきところ(昭和二五年六月一七日最高裁判所
第三小法廷決定・刑集四巻六号一〇一三頁参照)、前記訴因変更訂正申立書の追加
部分が、起訴状の訴因と同一の騒擾罪を構成し、公訴事実の同一性を害するもので
ないことは、その各具体的記載内容に照らして明らかであり、また前記訴因変更の
申立が、起訴後八年余を経てなされたもので、その追加部分に関する限り、右変更
申立時を基準とすれば、計数上すでに公訴時効期間を経過していることは所論のと
おりであるが、公訴時効完成の有無は、起訴の時を基準として判断すべきであつ
て、訴因変更の時を基準として判断すべきではないものと解すべきであるから(昭
和二九年七月一四日最高裁判所第二小法廷決定・刑集八巻七号一一〇〇頁参照)、
右訴因変更をもつて、実質上新たな公訴提起であるとか、公訴時効の趣旨を潜脱す
るものとかいうことはできない。さらに原審における証拠調の経過に徴しても、右
訴因変更により、被告人両名の防禦に実質的な不利益が及んだと認むべき形跡は見
出し難い。以上の諸点を総合勘案すれば、原審が検察官の前記訴因変更の申立を許
可した措置には、所論のような違法は認められないから、所論は理由がないものと
いうべきである。
 2 つぎに論旨は、原判決が挙示引用する被告人A5、同A6、A104、A1
05、A106、A107、A108の検察官に対する各供述調書には、いずれも
任意性、特信性がなく、また、右のうち被告人A5の昭和二七年六月六日付調書
は、同被告人の起訴後に取り調べ作成された不適法な書面であり、以上の各調書に
はすべて証拠能力が認められないのに、原審がこれに証拠能力を認め証拠として採
用したのは、訴訟手続の法令違反をおかしたものであると主張する。
 しかしながら、所論に鑑み記録を精査検討してみても、所論各供述調書の任意
性、特信性を疑うべきふしは見出し得ず、また被告人A5の所論昭和二七年六月六
日付調書が、同被告人の起訴後(但し第一回公判期日前)に取り調べ作成されたも
のであることは、所論のとおりであるが、同調書の任意性を疑うべきふしを見出し
得ないことは右のとおりであり、起訴後の取り調べ作成にかかるとの一事をもつて
証拠能力を欠く不適法な書面ということはできない(第一の一参照)。所論はすべ
て理由がない。
 三 被告人A7、同A8、同A9、同A10関係
 1 所論は、原判決が当該被告人についてそれぞれ挙示引用する右各被告人、並
びにA109の検察官に対する各供述調書には、いずれも任意性ないし特信性が認
められないのに、原審がこれに証拠能力を認めて証拠として採用したのは、訴訟手
続の法令違反であると主張する。
 所論に鑑み、記録を精査検討してみても、原審が所論の各供述調書に証拠能力を
認めて証拠に採用した措置に、所論のような瑕疵を見出すことはできないから、所
論は理由がない。
 2所論は、原判決が被告人A10に対する関係で挙示引用する同被告人の検察官
に対する各供述調書は、少年法の規定を潜脱し、当時少年であつた同被告人を、勾
留やむを得ない場合でないのに勾留したうえ取り調べた結果作成された違法なもの
であつて、証拠能力が認められないのに、原審がこれに証拠能力を認めて証拠とし
て採用したのは、訴訟手続の法令違反であると主張する。
 所論に鑑み、記録を精査検討してみても、同被告人に対してなされた所論勾留の
処分を、当時同被告人が少年であつたことを理由として違法とすべき事由は認めら
れず、原審が所論の各供述調書に証拠能力を認めて証拠に採用した措置に、所論の
ような瑕疵を見出すことはできないから、所論は理由がない。
 四 被告人A11、同A12、同A13関係
 所論は、まず、原判決が証拠として引用した被告人A12の検察官に対する各供
述調書は、任意になされたものでない疑いがあるばかりでなく、特信性もないもの
であるから、証拠能力を欠くものというべく、しかも、原審が、同被告人に対する
右各検察官調書の署名、指印が、はたして同被告人自身のものであるか否かを本人
について確認することなく、これを証拠として採用したことは違法であり、かり
に、その証拠能力を肯定するとしても、他に補強証拠のない本件において、原判決
が被告人A11、同A13については共犯者である被告人A12の自白のみで、同
被告人については本人の自白のみで、右各被告人らに対する原判示各犯罪事実を認
定したことは、本人の自白を唯一の証拠として犯罪事実を認定した違法があるとい
うのである。
 まず、所論前段について検討してみるのに、記録を調査してみても、原審が、所
論の被告人A12の検察官に対する各供述調書について、その任意性、特信性を認
めた措置に、所論の如き瑕疵が存するものとは、未だ認め難いところであるばかり
でなく、同被告人の右検察官に対する各供述調書の署名、指印が本人のものである
ことについて、原審が直接本人についてこれを確認した形跡のないことは、所論の
とおりであるが、右署名、指印が本人のものであることを確認するためには、必ず
しも直接これを本人に示し、これを確認しなければならないものではなく、審理の
経過に鑑み、相当な手段、方法によりこれを確認すれば足りるものというべく、原
審が、かかる方法により、所論の被告人A12の検察官に対する各供述調書の同人
名義の署名及びその名下の指印について、これを同被告人のものと認めた措置に、
所論の如き瑕疵は存しないものというべきである。つぎに、論旨後段について検討
すると、共犯者の自白がいわゆる本人の自白に当らないことは、昭和三三年五月二
八日最高裁判所大法廷判決(刑集一二巻八号一七一八頁)に示すとおりであるばか
りでなく、原判決は、当該被告人らに対する原判示各犯罪事実認定の証拠として、
所論の被告人A12の検察官に対する各供述調書(自白)のほか、当該被告人らの
原判示当該各行為当時における警官隊並びに集団員の行動について、原判決総論に
おいて証拠に基づき適法に認定した事実を補強証拠としてあげているのであるか
ら、この点の論旨は、すでにその前提を欠き理由のないことは明らかである。
 五 被告人A5関係
 所論は、原判決が、被告人A5を原判示東京商工会議所付近における投石関係事
実につき騒擾助勢の罪に問擬したのに対し、原判決は右認定の証拠として、同被告
人並びに原審相被告人A6、及び原審分離組被告人A105の検察官に対する各供
述調書を掲げているが、共同被告人ないし共犯者たる右A6及びA105の各自供
調書は、被告人A5の自白の補強証拠となし得ないものであり、原判決には訴訟手
続の法令違反があるという。
 そこで検討してみるのに、まず、共同審理を受けていない単なる共犯者はもちろ
ん、共同審理を受けている共犯者(共同被告人)であつても、被告人本人との関係
においては、被告人以外の者であつて、かかる共犯者または共同被告人の犯罪事実
に関する供述は、憲法三八条三項にいわゆる「本人の自白」と同一、ないしこれに
準ずるものでないことは、最高裁判所判例の示すとおりであり(第一の四参照)、
所論訴訟手続の法令違反の主張は、独自の見解に立脚するもので、その前提を欠
き、採用するに由ない。
 第二 同、事実誤認の主張について
 所論は、〔一〕冒頭掲記の被告人らの原判示桜田濠沿い砂利敷道路若しくは二重
橋前砂利敷十字路における当該各所為は、いずれも原判決引用の証拠によるも認め
られないというのであるが、原判決が当該各被告人について挙示引用する証拠によ
れば、当該各被告人らが、原判示桜田濠沿い砂利敷道路の突出部における警官隊と
の接触を契機に、該接触部の右方から銀杏台上の島の西縁、さらに同島西北角へと
順次波及する形で、警察官に対し暴行、脅迫に及んだ数百名の集団員と共同してな
す意思のもとに、原判示当該各具体的所為をなした事実を認定するに難くなく、記
録並びに原裁判所が取り調べた証拠を検討してみても、原判決のこの点の事実認定
にいずれも誤認を疑うべきかどは認められない。
 第三 同、桜田濠沿い砂利敷道路におけるB1第七方面予備隊副隊長の前進命
令、及びこれに基づく警官隊による集団員排除行為は違法であり、これに対して防
禦の行為に出た集団員の行為は騒擾罪を構成せず、また、集団員のした暴行、脅迫
の行為は一地方の静謐を害するに足りる程度のものとは解されないから、騒擾罪は
成立しないとの主張について
 以下各論点について判断することにする。
 一 所論は、昭和二五年東京都公安条例四条は、当時の警察官等職務執行法(以
下警職法と略称する。)五条の要件を著しく緩和し、警察権発動に関して定められ
た限界を逸脱しているから、「地方公共団体は、法律の範囲内で条例を制定するこ
とができる。」とする憲法九四条に違反するという。
 そこで、警職法五条と右条例四条の関係について検討すると、両者は、ともに公
共の秩序を保持するための手段として設けられた警察上の即時強制の措置を定めた
規定であるという点においては類似性をもつといえるが、その規定の趣旨、目的及
び規制の対象はそれぞれ異なるものといわなければならない。すなわち、前者は、
犯罪行為一般を対象として、犯罪がまさに行なわれようとする場合の規制措置を定
めたものであるのに対し、後者は、憲法の保障する表現の自由が濫用されて他の法
益を侵害する結果が切迫した場合の規制措置を定めたものである。しかも、右条例
四条による規制措置は、公共の秩序に対する明白かつ切迫した危険が認められる場
合に限り許されるのみならず、それは必要な限度を超えてはならない旨を同条に明
記しているのであつて、この趣旨からすれば、右同条による権力発動の要件が、警
職法五条に比し、必ずしも緩和されているということはできない。結局、右条例四
条は、地方自治法一四条一項、二条二項、同条三項一号に基づくものであり、その
規定内容は、当時の警察法一条一項所定の警察の責務内容を超えるものではないか
ら、まさに法律の範囲内で制定されたことが明らかであつて、所論は理由がない。
 二 所論は、昭和二五年東京都公安条例四条にいう所要の措置の中には、集団の
解散措置は含まれないと主張する。
 しかしながら、憲法の保障する集会、集団行進、集団示威運動の自由といえど
も、無制限なものではなく、それは公共の福祉に反しない限りにおいて保障される
ものというべく、集団の行動が暴力を行使する等すでに表現の自由を離れ実質的違
法性を帯び、かつ、右集団を解散させる以外には公共の秩序を保持することができ
<要旨第四>ないような場合にも、なおその集団を解散させることができないとする
いわれはない。結局、右条例四条にいう所要の措置は、公共の秩序に対
する明白かつ切迫した危険が認められる場合で、しかもそれが必要な限度を超えな
い限り、集団行動の参加者に実力を用いることによりその集団を解散させ集団員を
排除する措置をも許容するものと解されるのであつて、所論は全く独自の見解とい
うほかなく、採用の限りでない。
 三 所論は、昭和二五年東京都公安条例四条にいう所要の措置の中に集団の解散
措置が含まれる場合があるとしても、本件排除措置は専ら政治的目的に出たもので
あるから、適法性をもち得ないと主張するが、記録並びに原裁判所が取り調べた全
証拠を検討しても、所論B1副隊長の前進命令に基づく集団員の排除措置が、所論
の如く政冶的目的に出たものとは毫も認められないから、この点に関する論旨もす
でにその前提において理由がない。
 四 所論は、B1副隊長及びB2第一方面予備隊第三中隊長には、集団員の排除
措置にでる抽象的権限すらなかつたと主張する。
 この点につき、原判決は、B1副隊長の指揮する第七方面予備隊計二六八名は、
当日午後二時五〇分過頃、当日の警戒総本部長であつたB3警備第一部長より、第
一方面予備隊に協力し皇居外苑広場内の集団員を排除すべき旨、またB2中隊長の
指揮する第一方面予備隊第三中隊第一、第二小隊計八一名は、当日午後三時前後
頃、B4第一方面本部長より、皇居外苑広場に急行し第一方面予備隊長の指揮下に
入るべき旨それぞれ命を受けたとの事実を認定し、これをもつて、B1第七方面予
備隊副隊長に対する右命令は、皇居外苑広場内で現に行なわれており、またはさら
に規模を大きくして行なわれるであろう集会、集団行進または集団示威運動の参加
者に対し、昭和二五年東京都公安条例四条所定の所要の措置をとるべきことを命じ
たものであり、また、B2第一方面予備隊第三中隊長に対する右命令は、皇居外苑
広場内ですでに行動中の第一方面予備隊長の指揮を受け、前示集団行動の参加者に
対し、右条例四条所定の所要の措置をとるべきことを命じたものとしているが、原
審証人B5(昭和三七年五月一四日及び同年七月一九日原審各公判期日におけるも
の)、同B4(昭和二九年七月七日、同月一七日及び昭和三二年三月八日原審各公
判期日におけるもの)、同B6(昭和二九年七月六日、同月二一日及び同年九月三
日原審各公判期日におけるもの)、同B1(昭和三二年三月一八日及び同年四月三
日原審各公判期日におけるもの)、同B2(昭和三二年三月二〇日原審公判期日に
おけるもの)の各証言を総合すれば、前示B3警備第一部長よりのB1副隊長に対
する命令は、B5警視総監の指示に基づき、B3警備第一部長がB1副隊長に対
し、皇居外苑広場へ急行し、広場内の集団員の動きに応じた適切な処置をとるべき
旨を命じたものと解されるのであり、またB4第一方面本部長よりのB2中隊長に
対する命令は、第一方面予備隊長の指揮下に入るべく皇居外苑広場への出動を命じ
たものとみるべきであつて、これらの命令をもつて、ただちに原判決のいうよう
に、右条例四条所定の所要の措置として、警視総監よりの集団員排除命令があつた
ものと解することはできない。しかしながら、右条例四条の所要の規定する警視総
監の権限は、昭和二五年七月二日付警視庁警邏交通部長依命通牒により、緊急の場
合には各警察署長(現場指揮者)においてこれを行使することができるよう右の者
に委任されているが、かような緊急の場合に備えて警視総監が右権限を部下である
警察署長(現場指揮者)に委任するのは、必要かつやむを得ないところと解される
から、右委任を違法若しくは無効とする理由はない(昭和二七年六月一〇日東京高
等裁判所判決・高刑集五巻六号九五一頁、昭和三一年七月一〇日同高等裁判所判
決・東高時報七巻七号二八三頁参照)。そうだとすれば、現場指揮者として、皇居
外苑広場へ急行したB1副隊長としては、緊急の場合には、右委任により、前示警
視総監の権限を行使することが許されるのは当然である。したがつて、B1副隊長
において集団員の排除措置にでる抽象的権限すらなかつたとの所論は、採ることが
できない。また、B2中隊長は、前記命令に基づき皇居外苑広場に急行したとこ
ろ、直属上司たるB7第一方面予備隊副隊長より、B1第七方面予備隊副隊長の指
揮下に入りこれに協力せよとの命を受け、以後第七方面予備隊の右翼に位置し、B
1副隊長の指揮命令に従つて集団員の排除措置にでることができたものであつて、
右事実は、原審証人B8の証言(昭和三二年七月一六日及び同年八月三〇日原審各
公判期日におけるもの)、並びに前記原審証人B2の証言によつても明らかである
から、結局、B1副隊長の指揮下に入りその命令に基づき行動したB2中隊長が無
権限のまま独断専行したとの所論も当らない。なお、この点に関する原判決の判断
は相当でないと認められるが、この点の原判決の瑕疵は、未だ判決に影響を及ぼす
ものとはいえない。
 五 所論は、原判決が、B1副隊長の前進命令が発せられる直前の桜田濠沿い砂
利敷道路から銀杏台上の島にかけて集まつていた集団員の行動並びに状況を目し
て、公共の秩序を維持するため猶予することができない明らかでさしせまつた事態
に立ち至つていたものと認定し、右B1命令及びこれに基づく警察官の前進、接
触、排除行為を適法としたことは、事実を誤認し、明白かつ現在の危険の法理の解
釈適用を誤つたものであるという。
 この点につき、原判決が、当時桜田濠沿い砂利敷道路から銀杏台上の島にかけて
集まつていたきわめて多数の集団員の行動及び状況としての原判示の事実(原判決
総論第四分冊六八七丁(三)ないし六九〇丁(六))、並びに、原判示中部第一、
二群、南部群に属する者について、原判示の諸事情(原判決総論第二分冊三五九丁
ないし三六五丁、第四分冊六八六丁裏ないし六八七丁裏の(一))のあつたこと、
中部第一群に属していた者については、すでに第一方面予備隊第二中隊、第四中
隊、第一中隊との接触乱闘を経験しながら、皇居外苑広場から退去せず、中央自動
車道路を挟んで同予備隊らと対侍した後銀杏台上の島に進出したものであること、
これらきわめて多数の集団員のうちの相当数の者は、もし警察官が実力を行使して
集団の解散を強行して来るにおいては、数をたのみ、所携の棒や竿を使用したり投
石したりして警察官に対抗しようとする意図を抱き、あるいは、それらの者の意図
を察知し、これを支持認容する意思を有していたこと等、集団員の行動、状況、意
思等を勘案して、きわめて多数の集団員中の相当数の者は昭和二五年東京都公安条
例四条所定の警告をうけてもとうてい自発的解散に出る見込みがなく、このまま放
置するときは、その集団行動の勢いが一層拡大していくことが必至であり、公共の
秩序を維持するため猶予することができない明らかでさしせまつた事態に立ち至つ
ていたものと判断できるから、B1命令及びこれに基づく第七方面予備隊本部、第
三中隊、第二中隊の一部及び第一方面予備隊第三中隊の前進、接触、排除の措置
は、右条例四条所定の所要の措置として適法であると認定したことは、所論のとお
りである。
 ところで、所論のうち、原判示の桜田濠沿い砂利敷道路から銀杏台上の島にかけ
て集まつていたきわめて多数の集団員の行動及び状況として、原判決の認定したと
ころ、及び右集団員中の相当数の者の意思として原判決の認定した事実につき、事
実認定の誤りを主張する点は、原判決総論引用の証拠によれば、優に原判示の右各
事実を認定することができるのであつて(但し、右相当数の者の集団員全体に対す
る関係については、後に説明するとおりである。)、記録を精査してみても、右事
実の認定に誤認を疑うべきかどは認められない。
 しかしながら、原判決引用の証拠によれば、桜田濠沿い砂利敷道路から銀杏台上
の島にかけて集まつていた集団員中、原判示の如く、警察官に対し投石したり、棒
や竹竿を振り上げたり、「ポリ公殺せ」等の脅迫にわたる言辞を弄したりしていた
者は、これら集団員のうち、前方の部分に位置した集団員の一部に限られていたも
のであり、また、前記集団員中原判示の如き意思を有していた者も、当時桜田濠沿
い砂利敷道路から銀杏台上の島にかけて進出し、同所を埋め尽くさんばかりに集ま
つていたおよそ万にも達すると認められる集団員全体からすれば、その一部指すぎ
ない人数の者であつたといわなければならない。むしろ、本件記録並びに原裁判所
が取り調べた証拠によれば、これら集団員全体としては、第二三回メーデー中央大
会の会場として皇居外苑広場を使用することを禁止した政府の措置を不当としてこ
れに抗議する意識のもとに同広場に集まつただけで、共通した目的をもつていたも
のとは認められないのみか、かえつて、同広場に集まつた目的、所属の組織、団
体、並びに同所に集合するにいたつた経緯もそれぞれ異なるものであつて、もとよ
りその全体を指揮統率するような指揮者もなく、中には広場に入れたことだけで当
日の目的はすでに達せられたとして、解散大会を志向して退出の時期を待つていた
にすぎない者や、原判決も認定しているように、これら集団員のうち後方や外周に
いた者の中には、傍観者的態度の者や、児童、幼児を同伴した女性、物を食べたり
して休む者もあつたり、あるいは、前記の如く警察官に対し石を投げる者に対し、
付近の集団員の中にあつて、これを制止する者もあつたほどであることが認定でき
るのである。そして、原判決も、当時同所に集まつた集団員全体を一つの統制集団
とみていないことはもちろん、証拠上も、これを一個の統制集団、若しくは一部が
全体を支配し得る関係にある集団とは認められないのであり、当時同広場に集まつ
ていた集団員の状況が、前認定の一部の現に暴行、脅迫に及んでいた者や、前認定
の如き意思を有していた一部の者の存在により、ただちに集団員全体の動向を左右
し得る関係にあつたものとは認め難いところである。
 してみれば、原判決が、原判示集団員中の相当数の者は前記条例四条所定の警告
をうけてもとうてい自発的解散に出る見込みがなく、このまま放置するときは、そ
の集団行動の勢いが一層拡大していくことが必至であり、集団を解散させ集団員を
排除するための要件たる公共の秩序を維持するため明白かつ切迫した事態に立ち至
つていたと認定したことは、とうてい首肯し難いものというべきである。
 つぎに、B1副隊長が指揮下の部隊に対し前進命令を下す直接の契機となつた。
桜田濠沿い砂利敷道路上の対面した警官隊の前面中央部よりやや濠寄りの部分の集
団員が、一きわ高い喊声とともに、渦を巻くような形をしたりして幾分ふくれ上る
ように警官隊の方向へ出てきたとの原判示事実について検討してみるのに、原判決
引用の当該関係証拠によれば、右集団員は、そのようにして対面する警官隊に対し
積極的に攻撃してきたというのではなく、その部分の集団員が数メートルふくれ上
るようにして出て来て、それまで維持していた前面警官隊との距離が原判示のよう
に一五ないし二〇メートルにちぢまつたという事実が認定できるだけであり、他に
この部分の集団員の行動として、前面の警官隊に対し一団となつて攻撃をしかけて
くる事態にあつたことを思わせるような特別な動きがあつたものとは認められな
い。そして、B1副隊長は、前記証拠上明らかなように、このように警官隊との間
の距離をちぢめてきた集団員が、さらに前進を続け前面警官隊の方に攻撃をしかけ
てくる状況にあつたかどうか、そしてまたこの部分の集団員以外のその周辺の集団
員の動向はどうであつたかを確認せず、そのまま放置するときは、右集団員は一体
となり警官隊に攻撃をかけ、それによる警官隊の被害が甚大となるであろうと速断
し、むしろこの機会に、警官隊の方からこれら集団員の方に進んで行き、実力を行
使して、これらふくれ上るようにして出てきた集団員はもとより、桜田濠沿い砂利
敷道路から銀杏台上の島にかけて集まつていた集団員を排除すべきであると考え、
ただちに指揮下の警官隊に対し前進を命じ、実力による排除措置に及んだのであ
る。右B1副隊長の命令が以上の趣旨に出たものであることは、原判決引用の当該
関係証拠によつて認められるとおり、B1副隊長は右命令を発するにあたり特に排
除の対象となる集団員を限定することなく、同副隊長ら前進警察官が銀杏台上の島
まで一気に前進し、この間ふくれ上るようにして出てきた右集団員以外の者に対し
てまで無差別に排除に及んだことに徴しても明らかである。してみれば、このB1
副隊長の前進命令は、当時の集団員の行動を正確に認識したうえでの判断に立つも
のといい難いのはもちろん、さきに認定した当時桜田濠沿い砂利敷道路から銀杏台
上の島にかけて集まつていた集団員中の前部に位置していた者の中に、警察官に対
し、投石したり、棒や竹竿を振り上げたり、あるいは原判示の脅迫にわたる言辞を
弄する等の不穏な状況があつたこと、並びに右集団員中には前示の如き意思を有し
ていた者があつたことを勘案してみても、B1副隊長が前記の如く判断したことに
首肯するに足りる相当な理由があつたものとは未だ認め難い。
 <要旨第五>結局、当時の桜田濠沿い砂利敷道路から銀杏台上の島にかけて集まつ
ていた集団員の前示状況からすれば、右集団員全体を対象として、前示
条例四条に基づく解散を要する程、公共の秩序を維持するため猶予することができ
ない明らかでさしせまつた事態に立ち至つていたものとはとうてい認められないの
であり、この場合警官隊としては、警職法五条により、前示のように、集団員中の
前部にあつて直接警察官に対して暴行、脅迫の行為に及んでいた者を排除する限度
においてしか実力行使は許されなかつたものというべきである(集団員による右の
暴行、脅迫の事態は、個個の暴力事犯を構成するにすぎないものであつて、これら
暴行、脅迫の行為をとらえて騒擾事態がすでに始まつたものといえないことはもち
ろんである。)。ところで、本件においてB1副隊長のした前記命令、並びにこれ
に基づく第七方面予備隊の本部、第二、第三中隊、及び第一方面予備隊第三中隊所
属警察官の集団員排除措置は、前記の如く、警察官に対し暴行、脅迫の行為に及ん
でいた者を対象としこれを排除する措置としてなされたものではなく、まさに、前
認定のように、桜田濠沿い砂利敷道路から銀杏台上の島にかけて集まつていた集団
員全体、若しくはこれら集団員を一体としてその排除の対象とし、これに対して強
制力の行使に及んだものと認めるほかなく、したがつて、かかるB1副隊長の前記
命令、並びにこれに基づく命令の執行は、前記説明に照らし、違法というべく、こ
れを適法とした原判決の判断は、事実の誤認に基づくものというほかはない。この
点について原判決の判断を正当とする検察官の主張は採用できないが、B1副隊長
の前進命令並びにこれに基づく警官隊の実力行使が違法であるからといつて、これ
に対抗する集団員のいかなる行為も違法性を阻却しなんらの犯罪を構成しないとは
いえない筋合であるから、B1命令の違法を理由としてただちに騒擾罪の成立を否
定する弁護人の所論も、未だ採るを得ない。
 六 所論は、原判決が、B1副隊長ら前進警察官と原判決にいわゆる突出部集団
員の接触にともない、その接触部分の右方から銀杏台上の島の西縁を経て同島西北
角付近にわたる集団員が、一体となつて、右の前進警察官及び第七方面予備隊第二
中隊、第一中隊、第六方面予備隊第一中隊の各警察官に対し、一地方の静謐を害す
るに足りる程度の暴行、脅迫に及んだとして、集団員らの右行為を騒擾罪に当ると
したのは、事実を誤認し、法令の解釈適用を誤つたものであると主張する。
 そこで検討してみるのに、原判決が、B1副隊長ら前進警察官と突出部集団員と
の間に、接触開始後たちまち双方押し合つたり、集団員は棒や竹棒を、警察官は警
棒をそれぞれ使用して、相手を殴つたり、突いたり、相手を蹴つたりするような乱
闘状態が起り、さらに、右接触部分の右方から銀杏台上の島の西縁、同島西北角付
近に集まつていた集団員中、右接触部分の方向へ進んだ集団員と右前進を続けよう
とする警察官との間も、右同様の乱闘状態となつたとの事実を認定して、これらは
集団員一体としての暴行に当るとし、続いて、右斜め前方に移動している第七方面
予備隊第二中隊の方に進んだ集団員は、旗を掲げ、喊声をあげ、そのうちのかなり
の人数の者が棒を持ち、中には、これを振り上げたり、または、突き出したり、あ
るいは投石などしたりしつつ警官隊の方に近づき、同警官隊の後尾を桜田濠の方へ
寄らしめたとの事実、及び当時祝田橋方向に隊形をとつていた第六、第七方面予備
隊各第一中隊の方に右と同様の方法で前進した集団員は、第七方面予備隊第一中隊
をして、御森林島東南角付近の地点または祝田町警備出張所付近に後退せしめ、ま
た第六方面予備隊第一中隊をも、前進してきた集団員の先頭部分とすれすれの状態
で後退せしめるに至つたとの事実を認定して、これまた集団員の一体的暴行、脅迫
に当ると判示したうえ、これら数百名に及ぶ集団員は、刑法一〇六条にいう「多
衆」に当り、その行なつた暴行、脅迫は、おおむねこれら行動に参加した集団員一
体の、換言すれば、これら集団そのものの暴行、脅迫とみて誤りがないものと判断
したことは、所論のとおりである。
 そして、原判決掲記の各証拠によれば、これら原判示集団員のした原判示の行動
はこれを認めるに十分であつて、記録を精査してみてもこの点につき事実誤認を疑
うべきかどは認められない。すなわち、前記各証拠により認められる原判示の諸状
況、特にこれら暴行、脅迫に及んだ集団員中の前示突出部の集団員を除くその余の
集団員においても、B1副隊長ら前進警察官と突出部集団員との接触状況を見得る
場所に位置していたばかりでなく、そり現実にした行動も、警官隊と突出部集団員
との接触直後、これに呼応して、接触部の右方から銀杏台上の島の西縁さらには同
島西北角へと順次波及する形で、接触部の警察官、またはその方向へ進む警察官、
あるいはそれに連なつて警戒配置についていた警察官を目指して前進したものであ
つたことに徴すれば、右接触を契機に、これら数百名の集団員が、共同してなす意
思のもとに、前示の暴行、脅迫に及んだものと認めるに十分であつて、結局、原判
決が、右集団員らの暴行、脅迫を集団そのものの暴行、脅迫と認定した点に、所論
の如く、事実誤認の瑕疵、または法令の解釈適用を誤つた違法があるとはいえな
い。
 つぎに、前判示のこれら集団員の暴行、脅迫と公共の静謐阻害の関係につき、原
判決は、騒擾罪にいう暴行、脅迫の程度は、一地方の静謐を害するに足りる程度の
暴行、脅迫が行なわれたことを要するとの前提に立つて、桜田濠沿い砂利敷道路の
突出部集団員、及びその右方から銀杏台上の島の西縁さらには同島西北角にかけて
り集団員が、B1副隊長らの排除措置を受忍せずに行なつた前示暴行、脅迫は、B
1副隊長ら前進警察官百九十数名の大部分の者の排除行為を難渋せしめ、かつ、B
1副隊長ら前進警察官の方へ進みつつあつた第七方面予備隊第二中隊の警察官を桜
田濠側へ寄らしめたり、原判決にいわゆるかぎり型隊形の頂点付近に警戒配置中で
あつた第六、第七方面予備隊各第一中隊の警察官をして、勢いに押されたり恐れを
なさしめたりしたため後方へ退かしめるほどのものであつたから、その暴行、脅迫
の程度は、優に一地方の静謐を害するに足りる程度に達していたものと断定してさ
しつかえないと判示する。
 ところで、騒擾罪にいう暴行、脅迫の程度は、原判決もいうとおり、一地方の静
謐を害するに足りる程度のものであることを必要とするところ、本件において前示
集団員のした暴行、脅迫が、はたして右の程度の暴行、脅迫に当るといえるかどう
かについて検討してみるのに、この点については、原判決総論引用の証拠によれ
ば、以下の事実が認定できるのである。すなわち、B1副隊長の前進命令及びこれ
に基づく前進警察官の排除行為に対抗して暴行に及んだ集団員は、棒や竹棒をもつ
て警察官の警棒とわたり合い、互いに殴つたり、突いたり、あるいは投石したりし
たが、その中には、警察官の警棒による攻撃に対して専ら防禦目的のもとにこれを
迎え撃つたにすぎない者もかなり存していたのみならず、この間に、これら集団員
と接触した右警官隊は、たちまちにして桜田濠沿い砂利敷道路上で当面する集団員
を排除してある程度祝田橋方向に前進していたこと、B1副隊長の前進命令及びこ
れに基づく前進警察官の排除行為にやや遅れてこれに加わろうとして前進した第七
方面予備隊第二中隊所属の警察官に向かつて暴行、脅迫に及んだ集団員は、旗を掲
げ、喊声をあげ、棒を振り上げ、または突き出し、あるいは投石しながら急激に動
き出し、同中隊の後部を桜田濠側に寄つていく隊形をとらしめたというにとどまつ
たこと、第六、第七方面予備隊各第一中隊の警察官の方に向け前進した集団員も、
旗を掲げ、喊声をあげ、かなりの人数の者が棒を持ち、中にはこれを振り上げ、ま
たは突き出し、あるいは投石などしながら前進していつたが、警官隊との間に直接
接触乱闘に及ぶことがなかつたのみか、第七方面予備隊第一中隊の警官隊は、集団
員の右前進にともない、自らその警備力を保持するため、意図的に一時後退したふ
しもみられ、また同中隊の警官隊の方に向かつて進んだ集団員も、深追いすること
を避けて自ら警官隊と一定の距離を保つて停止し、また第六方面予備隊第一中隊の
警官隊は、瞬間的に隣接の第七方面予備隊第一中隊との連けいを保つため若干後退
したにとどまつたこと、当初の前進警官隊と乱闘に及んだ集団員、及び第七方面予
備隊第二中隊の後部を桜田濠の方に寄つていく隊形をとらしめた集団員も、前記第
六、第七方面予備隊各第一中隊の方に進んだ集団員も、いずれも第一方面予備隊特
別班A38分隊長らによつて投てきされた催涙ガスや、拳銃の発射音等の影響もあ
つて、間もなく後退に転じたこと、これら警官隊の左翼に連なつて、馬場先通り砂
利敷道路に面し警戒配置についていた第六方面予備隊第四中隊、本部、並びに第一
方面予備隊第一、第二中隊に対し、二重橋前砂利敷十字路内に進出して来た集団員
らが、投石したり棒を振り上げたりする状況があつたとはいえ、右警官隊はそのま
ま警戒線を維持していたもので、後退する状況すら見られなかつたこと、以上の事
実が認定できるのである。
 以上認定の事実に徴すれば、B1副隊長ら前進警官隊に対し暴行、脅迫に及んだ
集団員の行為は、前記B1副隊長の前進命令並びにこれに基づく警官隊の排除行為
が、すでに見たとおり違法なものである以上、これに対する集団員側の行為も、そ
の限りにおいては適法な警察権の行使を阻害したものといえないばかりか、第六、
第七方面予備隊各第一中隊の方向に進んだ集団員の行為も、右警官隊の警備力をほ
とんど損うことなく、また、第六方面予備隊第四中隊、本部、並びに第一方面予備
隊第一、第二中隊に対し、投石したり、棒を振り上げたりした集団員の行為も、こ
れら警察官の警戒配置にはほとんど影響を与えることがなかつたものであつて、結
局この方面の集団員の行為も警官隊の警備活動をそれほど阻害したものとは認めら
れないばかりか、右各集団員の使用した道具も、棒、竹棒、石等を超え、さらに危
険な火炎びん等の兇器を使用する等過激な手段に及んだものではなかつたことを考
え、なお、その暴行、脅迫に及んだ時間も極めて短い時間のことであり、しかもそ
の場所も、一般人の往来が比較的少ない桜田濠沿い砂利敷道路及び二重橋前砂利敷
十字路という極めて限定された場所であつて、一般住民の生命、身体、財産に対し
直接危害の及ぶ虞れの少ない場所であつたばかりでなく、その暴行、脅迫は、専ら
集団員に対する警官隊の規制措置に対抗するためにのみなされたもので<要旨第六>
あつて、一般住民を対象とするものでなかつたことを併せ考えれば、前示集団員の
した暴行、脅迫の程度は、警察の機能に著しい支障を与える程度に達し
ていたものと認め難いことはもとよりとして、未だ一般住民の生命、身体、財産に
危害を及ぼす虞れのある程度に達していたものとは認め難く、一地方の静謐を害す
るに足りる程度のものとはいい難いものといわざるを得ない。
 なお、この段階における前記集団員の暴行、脅迫を契機として、皇居外苑広場内
及びその周辺において、警官隊による強力な排除活動に対抗し、多数の者による暴
行が相次いで行なわれ騒然たる事態を招いたことは、記録上明らかであるが、
〔一〕冒頭掲記の被告人らの伍していた前記集団員と右の行為に及んだ多数の者と
の間に集団としての同一性を証拠上認定できない本件においては、これらの事態に
ついて同被告人らの罪責を問うことは許されないところである。
 はたしてしからば、原判決が、前記集団員の暴行、脅迫が騒擾罪にいう公共の静
謐を害するに足りる程度に達していたとして騒擾罪の成立を認めたことは、事実を
誤認したか、法令の解釈適用を誤つたものといわなければならない。そして、右の
瑕疵は、桜田濠沿い砂利敷道路若しくは二重橋前砂利敷十字路における当該各所為
について、騒擾罪に問われた被告人A1、同A2、同A3、同A4、同A5、同A
6、同A7、同A8、同A9、同A10、同A11、同A12、同A13に対する
関係において、判決に影響を及ぼすことが明らかであるというべきであるから、右
被告人らに対する原判決は、その余の控訴趣意に対する判断をまつまでもなく、当
然失当として破棄を免れない。
 よつて、その余の控訴趣意に対する判断を省略し、刑訴法三九七条、三八二条、
三八〇条に則り、前記被告人らに対する各原判決を破棄することとし、同法四〇〇
条但し書に従い被告事件についてさらに判決する。
 第四 一 被告人A1、同A2、同A5、同A7、同A11を除くその余の
〔一〕冒頭掲記の被告人らに対する本件各公訴事実については、これらの被告人ら
は、前記第三の六の桜田濠沿い砂利敷道路若しくは二重橋前砂利敷十字路における
警官隊との接触乱闘に関係しただけであり、その後引き続き行なわれた原判示の集
団員と警官隊との接触乱闘、あるいは集団員のした暴行、脅迫に関与したとか、あ
るいはこれらの事態を予見し、同被告人らの暴行、脅迫意思をこれら集団員に引き
継がせたとの事実は、証拠上とうてい認め難いところである。
 ところで、原判決は、特段の理由を示すことなく、前記桜田濠沿い砂利敷道路並
びに二重橋前砂利敷十字路において生じた原判示集団員と警官隊との接触乱闘を契
機として、同日夕刻までの間連続生起した原判示集団員の暴行、脅迫の事態を、
「全体として観察することにより」、通じて同一の集団による暴行、脅迫と認定し
たものと解されるのであるが、記録並びに原判決引用の各証拠によるも、これを同
一集団による暴行、脅迫と確認するに足りる資料はない。なかんずく、右桜田濠沿
い砂利敷道路並びに二重橋前砂利敷十字路において警官隊と接触乱闘した前記数百
名の原判示集団員は、すでに認定した如く、一個所に集結していたものでもなく、
また組織的集団であつたとも認められないのであり、これら集団員は、原判示の如
く、警官隊による催涙ガス筒の投てき、あるいは拳銃発射により、四散してたちま
ち後退または逃走し、その機会に第一、第六、第七各方面予備隊が一気に銀杏台上
の島に進出し、同所に集まつていた集団員を激しい勢いで排除することになるので
あるが、その際同島上の各所でこれら警官隊と接触乱闘に及んだ集団員は、証拠に
よれば、孤立した警察官を取り囲んで暴行に及んだ者、あるいは逃げおくれて警官
隊と接触し乱闘に及んだ者等、その暴行の態様も同一でなかつたばかりか、組織的
集団を形成して暴行、脅迫にふんだものとも認め難いところであり、これら暴行、
脅迫に及んだ集団員と前記桜田濠沿い砂利敷道路並びに二重橋前砂利敷十字路にお
いて警官隊と接触乱闘に及んだ集団員との間に、集団としての同一性を認めるにつ
いてはやはり証拠上許されないものというべきである。
 以上の次第であるから、同被告人らの罪責を判断するに当つては、右桜田濠沿い
砂利敷道路若しくは二重橋前砂利敷十字路における警官隊との接触乱闘に関する各
公訴事実について判断すべきところ、本件記録並びに原裁判所が取り調べたすべて
の証拠に当裁判所の証拠調の結果を併せ考えてみても、同被告人らを有罪と断ずる
に足りる証拠がないので、同法三三六条に則り、同被告人らに対し無罪の言渡をす
る。
 二 被告人A1に対する本件公訴事実中、桜田濠沿い砂利敷道路における同被告
人の騒擾助勢の訴因については、右一の被告人らに対し判断したところと同一の理
由により、同被告人を有罪と断ずるに足りる証拠はない。
 つぎに、同被告人に対する公務執行妨害の訴因について検討する。
 原判決は、同被告人が原判示公務執行中の第七方面予備隊第二中隊第一小隊所属
巡査B9の肩や腕を所携の棒で殴りつけたとの事実を、公務執行妨害罪に問うてい
るのであるが、右B9巡査の原判示公務の執行が、昭和二五年東京都公安条例四条
所定の所要の措置の執行として違法と解すべきことは、すでに第三の五の判断中に
示したとおりであり、右B9巡査の公務の執行としては、記録を検討してみても、
原判決の認定判示するところを措いて、他にこれを認定することはできない。して
みれば、前記の如くB9巡査の当時の公務の執行が違法である以上、同被告人の所
為を目して、刑法九五条にいう公務執行妨害罪に問擬することは許されない。
 そこで進んで、同被告人が前記の如くB9巡査の肩や腕を所携の棒で殴りつけた
行為についての罪責の点を検討してみる。さて、原審における証人B9の証言によ
れば、「同証人の所属する第七方面予備隊第二中隊は、桜田濠沿い砂利敷で正面の
デモ隊と衝突したが、そのデモ隊の中で手をつなぐようにして常に行動している男
女のあることが、特に同証人の注意をひいた。その男女は、後で写真で確認した被
告人A1と同A110である。ところで、デモ隊との衝突の経緯は、デモ隊がジリ
ジリ接近してくるので、同証人らの中隊も前進し、デモ隊と接触小ぜりあいになつ
たが、その際、接触の当初、前記の男の方が、手にしていた角材のような棒で、同
証人の肩や腕を殴りつけたが、そのため同証人としては別に負傷を蒙るようなこと
はなかつた。同証人はこの小ぜりあいで負傷したが、それはこの男以外の他の隊員
に殴られたためである。この男が前記の如く同証人を殴つたのは一回以上である
が、何回殴つたか判らない。」というのであつて、同被告人がB9巡査の腕や肩を
殴つたのは、原判示の集団員と警官隊とが殴り合いの乱闘をした際のできごとであ
ることは認定できるのであるが、より具体的に、いかなる状況のもとに同被告人が
B9巡査に殴りかかつたものか、すなわち、同被告人の方で積極的にB9巡査に殴
りかかつていつたものか、それとも同巡査らがいわゆる職務の執行としてデモ隊排
除のため警棒を使用した際、この違法な職務の執行に対し、同被告人の身体の安全
を守るため、防禦の目的から前記暴行に出たものか、この間の事情を確認するに足
りる資料はなく、B9巡査の所属する警官隊がデモ隊の方に前進して行き前記の如
くデモ隊と殴り合いの乱闘になつたことを思えば、同被告人の行為が、同巡査の違
法な職務執行に対し、自己の身体の安全を守るための防衛行為であつたことを否定
し去るには、なお合理的疑いを残すものであつて、しかも、その暴行の程度も、防
衛行為としての程度を超えたものであるか否かを確認し難い本件に器いては、同被
告人の所為を暴行罪として処断することは、なお疑わしいものというべきである。
 以上の次第であるから、同被告人に対し、刑訴法三三六条に則り、無罪の言渡を
する。
 三 被告人A2、同A7、同A11に対する本件公訴事実中、桜田濠沿い砂利敷
道路若しくは二重橋前砂利敷十字路における当該各騒擾の訴因については、前記一
の被告人らに対し判断したところと同一の理由により、右被告人ら三名を有罪と断
ずるに足りる証拠はない。
 つぎに、右桜田濠沿い砂利敷道路並びに二重橋前砂利敷十字路における原判示集
団員と警官隊との接触乱闘開始前の同被告人らの当該各騒擾の訴因について検討し
てみるのに、原判決引用の右被告人らに対する当該各関係証拠によれば、同被告人
らにつき原判示の如き当該各具体的所為はこれを認定できるが、原判決は、右被告
人A2、同A7の原判示各所為を、集団員の指揮に当つたものと認定している。し
かし、原判決の同被告人らに対する各摘示事実とその引用証拠とを対照してみれ
ば、右被告人らの当該各所為は、原判示の当該各集団員に対する指揮を司つたとみ
るのは相当でなく、むしろ当該集団員の中にあつてこれら集団員の気勢を昂揚させ
たものというべく、しかも、それは原判決に明らかなとおり、右集団員間に共同暴
行、脅迫の意思が形成される事前の段階における行為なのである。ところで、原判
決にいう本件騒擾開始前における騒擾助勢の罪の成立を否定すべきことは、後記
〔二〕の被告人A14外一三名に対する項において説明するとおりであり、被告人
A11についてはもとより、被告人A2、同A7の所為も、これと同一の理由によ
り、いずれも罪とならないものというべきである。その他本件記録並びに原裁判所
が取り調べたすべての証拠に当裁判所の証拠調の結果を併せ考えてみても、右各訴
因について同被告人らを有罪と断ずるに足りる証拠はない。
 よつて、同法三三六条に則り、同被告人らに対し無罪の言渡をする。
 四 被告人A5に対する本件公訴事実中、二重橋前砂利敷十字路における騒擾の
訴因については、前記一の被告人らに対し判断したところと同一の理由により、同
被告人を有罪と断ずるに足りる証拠はない。
 つぎに、右二重橋前砂利敷十字路における警官隊との接触乱闘の開始前の同被告
人の騒擾の訴因について検討してみるのに、原判決引用の関係各証拠によれば、同
被告人につき原判示の如き具体的所為を認定できるが、前記三の被告人A2、同A
7に対し判断したところと同一の理由により、右訴因について被告人A5を有罪と
断ずるに足りる証拠はない。
 さらに、東京商工会議所付近における同被告人の騒擾の訴因について検討してみ
るのに、原判決の挙示引用する各証拠を総合すれば、同被告人が警官隊の前進にと
もなつて皇居外苑広場から馬場先門外に出、東京商工会議所付近に到つた際、同所
前一帯には、右広場から逃げ出してきた二、三百人のデモ隊員が群がつていて、そ
の中には折から馬場先門辺に集結していた警官隊に向かつて投石をしている者もあ
り、同被告人はこれら投石者に立ちまじつて右警官隊に対し二回位投石したこと、
さらにその後同被告人らが右警官隊の排除をうけ東京駅方向に向かつて歩いて行く
途中、右商工会議所横路上に駐車中の外国人自動車に対し一回投石したとの原判示
事実は、優に認定できるところである。
 しかしながら、記録並びに原審が取り調べたすべての証拠を検討してみても、同
被告人を除く右投石者らが、はたしていかなる経路をたどつて同所に所在するにい
たつたものか、あるいはまた、はたしていかなる集団に属していた者であつたかも
確認できないのであり、右投石者らが、皇居外苑広場内において警官隊と接触乱闘
に及んだ原判示各集団員に属していたとか、右接触乱闘の事実を認識認容し、その
暴行、脅迫の意思を承継し、同人らのした暴行、脅迫の事態を利用する意図をもつ
て右投石に及んだと認められる状況のもとにおいてその投石行為を行なつたとかの
事実を認めるに足りないことはもとより、他にこれら集団員との間に集団の同一性
を確認するに足りる資料はない。
 なお、同被告人を含む右投石者らと同一集団に属すると認められる集団員が、当
時皇居外苑広場内並びにその周辺において、暴行、脅迫の所為に及んでいたとの事
実は、原判決の毫も認定判示しないところであるばかりでなく、証拠上もまたこれ
を認めることはできない。
 したがつて、右原判決認定の東京商工会議所付近における同被告人の投石行為の
罪責を論ずるについては、右の場面における事態に限つてこれを問わなければなら
ない。ところで、原判決が総論において引用する証拠、特に原審証人B10、同B
11の各証言によれば、当時、女性や高校生、中学生をまじえた相当多数の集団員
などが、馬場先門交差点内や、同交差点から日比谷交差点方向及び東京都庁方向に
通ずる道路のうち東京商工会議所付近に集まつていたので、第三方面予備隊長B1
0、同副隊長B11は、部下隊員を指揮してこれら集団員の排除活動に及んだので
あるが、これに対して、原判示のとおり、同会議所の前のあたりを中心にして、警
察官に対し間断なく投石したり、警察官が前進して行けば竿などで殴りかかる等、
警察官の排除活動に対し立ち向かつてくる集団員のあつたことは、原判決に認定す
るとおりであるが、一方、同被告人の昭和二七年五月二二日付検察官に対する供述
調書、A105の同年五月二一日付検察官に対する供述調書によれば、同被告人
は、右A105とともに警官隊に追われて皇居外苑広場から逃げ出し馬場先門を出
たところ、東京商工会議所の前から電車軌道一杯に二、三百人のデモ隊員が立ち止
つており、その中から馬場先門の所に集結していた警官隊等に対し投石している者
がいたので、同被告人も馬場先門にいた右警官隊の方に向かつて二回位投石したの
であるが、そのうち右馬場先門に集結していた警官隊が前記集団員の排除活動を開
始したことが認定できるのであつて、証拠上、同被告人が原判示の警官隊に対し投
石した当時、はたして原判示の東京商工会議所付近において何人位の投石者がいた
ものか、そしてまたその投石の程度も詳らかにすることを得ないところである。と
ころで、同被告人の前記検察官に対する供述調書によれば、同被告人は、警官隊の
排除活動が開始され、これに対する集団員側の前記投石等の暴行が行なわれる前、
すでに同所を離れて東京駅に向かつて歩いていつた事実が認められるのであり、そ
してまた、同被告人のこの投石行為の後東京商工会議所付近において集団員が排除
活動中の警官隊に対して行なつた投石等の暴行行為が、騒擾罪を構成するかどうか
は格別として、同被告人が、これら集団員の行為を予見し、自己の暴行意思をこれ
ら集団員に引き継がせたものと認められる事情も証拠上見出し難いところであつ
て、同被告人に対しこれら集団員のした行為についてまで罪責を及ぼすことはでき
ないものというべきである。
 つぎに、原判示の同被告人の駐車中の外国人自動車に対する投石行為の点につい
て検討してみるのに、右は、同被告人が東京商工会議所前で警官隊に対し投石した
後、東京駅に向かつて歩いて行く途中、デモ隊の者が同会議所の建物に沿つて並べ
てあつた外国人自動車に投石していたので、同被告人もこれに一回投石したという
だけであり(前記同被告人の検察官に対する供述調書)、その投石の時期、すなわ
ち、それが前記集団員の排除活動従事中の警官隊に対する投石等の暴行が行なわれ
た時のものであるのか、その前の時期のものであるのか、あるいは、同被告人が目
撃したという前記自動車に対し投石したデモ隊の者の人数、投石の状況等について
は、原裁判所が取り調べた証拠上一切不明である。
 以上の次第であるのみならず、同被告人が皇居外苑広場内外における原判示各集
団員の暴行、脅迫に協力したと認めるに足りる証拠はないのであるから、同被告人
の右各投石行為を騒擾助勢の罪に当るとすることは、証拠上なお疑問があるものと
いうべきである。そして本件記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠を検討
してみても、右訴因について同被告人を有罪と断ずるに足りる証拠はない。
 よつて、同法三三六条に則り、同被告人に対し無罪の言渡をする。
 〔二〕 被告人A14、同A15、同A16、同A17、同A18、同A19、
同A20、同A21、同A22、同A23、同A24、同A25、同A26、同A
27関係
 第一 弁護人の控訴趣意中事実誤認の主張について
 所論はいずれも、原判決の認定した〔二〕冒頭掲記の当該被告人らの具体的所為
について、当該被告人らにおいて、原判示の如き所為に出た事実はないと主張する
のであるが、原判決が当該被告人らについて挙示引用する関係各証拠によれば、前
記原判決が当該各被告人らにつき認定判示した事実は、優にこれを認定できるもの
というべきである。所論に鑑み、各関係証拠を検討し、記録を調査してみても、未
だ原判決の当該被告人らの具体的所為に関する事実の認定に、所論のごとき瑕疵が
あるものとはとうてい認められない。なお、所論は、原審が所論の各検察官に対す
る供述調書に証拠能力を認めた措置を非難しているが、記録によれば、原審が所論
各調書に証拠能力を認め、これを有罪認定の証拠としたことを不当とすべき事由は
認められない(なお、被告人A24に対する弁護人の訴訟手続法令違反の論旨につ
いては、〔一〕の第一の一参照)。所論は結局、原判決の採用した関係各証拠の証
明力について独自の判断を施したうえ、原判決の事実認定を攻撃するものというべ
く、とうてい採用できない。
 第二 同、法令の解釈適用の誤り、または事実誤認の主張について
 所論はまず、原判決が、その認定判示する本件騒擾発生前の当該被告人らの各所
為を騒擾助勢の罪に当るとしたことは、未だ多衆集合して暴行、脅迫を開始してい
ない事前の段階において、騒擾助勢の罪の成立を認めたものであつて、刑法一〇六
条二号の解釈適用を誤つた違法があるか、または騒擾罪の成立に必要な共同意思の
認定について事実誤認の瑕疵があるというのである(なお、被告人A16、同A2
6、同A27に対する弁護人の理由不備若しくは理由くいちがいがある旨の論旨
は、結局事実誤認の主張に帰する。)。
 そこで検討してみるのに、刑法一〇六条二号にいう騒擾助勢の罪が成立するため
には、多衆集合して暴行または脅迫をなすに際し、多衆にぬきんでて特に騒擾の勢
いを助長する行為をする必要のあることは、所論のとおりである。そして、同罪が
成立するのは、騒擾開始後、騒擾の現場においてするのが一般であるが、必ずしも
その場合のみに限定すべきいわれはない。要は、その者のした行為が、多衆にぬき
んでて特に騒擾の勢いを助長する行為と認められれば足りるわけである。したがつ
て、「多衆が一集団を成し、将に暴行、脅迫を開始せんとするに臨み、其集団に向
ひ其決行を促す趣旨の演説を為し、もつてこれを煽動鼓舞し、よつて多衆をして勢
を得て目的の場所に向ひ殺到し暴行、脅迫を為すに至らしめた」場合の如きが、未
だ騒擾開始前ではあつても、騒擾助勢の罪を構成することは、わが判例のすでに認
めてきたところである(大正八年六月二三日大審院判決・刑録二五輯八一一頁、な
お昭和二年一〇月二七日同判決・法律新聞二七七五号一三頁参照)。けだし、この
場合であつても、前記騒擾助勢の罪の成立要件を充足するに十分であると考えられ
るからである。しかしながら、このような騒擾開始前における騒擾助勢の罪が成立
するためには、その行為の時において、すでに多衆が集合して共同して暴行または
脅迫を行なうべく共同意思を形成していることを必要とするものといわなけ<要旨第
七>ればならない。けだし、多衆が集合している場合であつても、この多衆の間に、
一体として暴行または脅迫をなすことの共同意思が成立していない以
上、そこに集合した多衆は、未だ騒擾の主体としての多衆を形成しているとはいえ
ないのであるから、この段階においてなされた行為をとらえて、騒擾の勢いを助長
するものとはとうてい考えることはできないからである。この段階においてなされ
た行為は、場合により、暴行または脅迫、あるいはその共犯として処罰されるにす
ぎないものというべきである。そして、この理は、たとえ、多衆の中の一部の者に
おいて暴行、脅迫に及ぶべき旨の意図を有していた場合であれ、あるいはまたその
行為者において、そこに集合した多衆が将来共同して暴行または脅迫に出るであろ
うことを予見しかつこれを認容していた場合であれ、異なるところはない。
 いまこれを本件について考えてみるのに、原判決は、その認定判示する本件騒擾
開始前になされた当該被告人らの原判示当該所為を、それぞれ騒擾助勢の罪に当る
ものとしているが、一方また、原判決は、B1第七方面予備隊副隊長ら前進警察官
が、桜田濠沿い砂利敷道路に集合していた集団員と接触し、これら前進警察官にょ
り排除を受けた集団員やその付近の集団員が一体となつてこれに抵抗し暴行、脅迫
を加えた時点において、右集団員の間に、多衆が一体となつて行なう暴行、脅迫の
共同意思が成立したとしているのであつて、それ以前において、この集団員が一体
となつて警察官に対し積極的に暴行、脅迫を加えようとする状態にあつたもの、す
なわち、右の接触乱闘以前において集団員間に暴行、脅迫の共同意思が成立してい
たとは認められないとしているのである。そして、原判示当該被告人らの所為は、
いずれも右警察官と集団員の接触前のもの、すなわち、前記集団員間に暴行、脅迫
の共同意思が成立する事前の段階のそれであり、原判示騒擾の主体たる集団の一員
としての行為でないことは、原判決の認定事実自体に徴し明らかなところであるか
ら、当該被告人らの原判示所為は、上来説示してきたところに鑑み、いずれも騒擾
助勢の罪を構成するに由なきものといわなければならない。
 もつとも、原判決は、原判示集団員の中には、「警察官の排除行為があつたなら
ば、数をたのみ、所携の棒や竿等を使用したりして警察官に自ら暴行、脅迫を加え
ようとする意図を抱いていたり、または、他の者のなすであろうこのような暴行、
脅迫を予見しながら、あらかじめこれを支持認容していた」相当数の者がいたと認
定判示しているが、そこにいう相当数の者について、それらの者の所在していた場
所等を特定して判示していないのであるから、それらの者が、はたして当該被告人
らが原判示所為に及んだ当該の場所及びその付近にいた集団員、またはその中に存
在していた者であるかどうかも明らかでなく、当該被告人らの原判示所為と前記原
判決にいわゆる相当数の者との関係もこれを知ることができない。したがつて、原
判示の本件騒擾開始前、原判示の集団員中に原判示の意思を有していた者が相当数
いたとしても、そのことをもつて、本件において、当該被告人らに対し、騒擾開始
前における騒擾助勢の罪を認める理由とすることのできないことは当然である。
 さらにまた、原判決は、「多衆集合して他に対し暴行、脅迫をするかも知れぬと
予見し、かつ、かかる事態の発生した際、敢て自らもそれらの者と一体となつて暴
行、脅迫をしようとの意図をもつて、その現場で、その対象たる者に対し棒を振り
上げたり怒号したりして、多衆の気勢を昂揚せしめた行為は、後に発生した騒擾に
際して自ら暴行、脅迫をしない場合であつても、その騒擾の勢を増進せしめたもの
として、率先助勢者に該当するものと評価する。」として、騒擾開始前における騒
擾助勢の罪の成立を認めているようであるが(被告人A28に対する原判決参
照)、〔二〕冒頭掲記の被告人らの具体的所為については、原判決も、それが原判
示の当該騒擾集団としての多衆の気勢を昂揚せしめたものであるとの事実は、認定
判示していないのである。もつとも、原判決は、被告人A14に対する関係におい
て、「同被告人は、多衆に加担する意思を以て、警官隊の方へ二、三回投石した
り、長さ三尺位の棒を振り上げて気勢をあげ」と判示し、また、同A16に対する
関係において、「同被告人は、多衆に加担する意思を以て、A14に対し、長さ二
尺位のプラカードの柄に使用されていたような棒を示し、『これでポリ公を殴つて
やる』旨申し向けて気勢を添え」と判示しているのであるが、そこで気勢をあげ、
あるいは気勢を添えた対象としての多衆は、原判示の騒擾開始前当該被告人らの周
囲に集まつていた集団員をいうものであつて、原判示騒擾主体としての多衆をいう
ものでないことは、原判決自体に徴し明らかである。そしてまた、騒擾開始前、行
為者において、右の如き意図をもつてその行為に出たとしても、多衆が一体となつ
て暴行、脅迫を行なうべき共同意思成立前の原判決にいう多衆は、すでに説明した
ように、未だ騒擾罪の主体としての多衆とはいえないのであるから、この段階にお
いて多衆の気勢を昂揚せしめた行為というのは、騒擾罪にいう多衆の気勢を昂揚せ
しめた行為に当らないことはいうをまたないところであり、原判決のかかる解決に
はとうてい賛成することができない。
 のみならず、本件において、同被告人らの原判示当該各所為が、同被告人らの周
囲に集まつていた集団員の気勢をあげ、あるいは気勢を添えたとしても、原判決に
おいて、同被告人らを含めてその気勢昂揚の対象となつた当該各集団員が加担すべ
きものとされている、桜田濠沿い砂利敷道路並びに二重橋前砂利敷十字路において
警官隊と接触乱闘に及んだ原判示集団員のした暴行、脅迫が騒擾罪を構成しないこ
とは、すでに前記〔一〕の第三において説明したとおりであり、このように加担の
対象となつた集団員の行為が騒擾罪を構成しないのに、その事前の段階においてこ
れに加担しようとしてした同被告人らの原判示当該各所為が、これと独立に騒擾助
勢の罪を構成するいわれのないことは、むしろ当然というべきである。
 以上の次第であるから、原判決が、当該被告人らの原判示所為を目して、騒擾助
勢の罪に当るとして処断したことは、刑法一〇六条二号の解釈適用を誤つたか、ま
たは事実を誤認した瑕疵があるものというべく、右の違法は判決に影響を及ぼすこ
とが明らかであるから、論旨は理由がある。
 よつて、その余の論旨に対する判断を省略し、刑訴法三九七条、三八〇条、三八
二条に則り、当該被告人らに対する原判決を破棄することとし、同法四〇〇条但し
書に従い、被告事件についてさらに判決する。
 本件記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠に当裁判所の証拠調の結果を
併せ考えてみても、当該被告人らに対する本件各公訴事実について、当該被告人ら
を有罪と断ずるに足りる証拠がないので、同法三三六条に則り、当該被告人らに対
し無罪の言渡をする。
 〔三〕 被告人A28関係
 第一 弁護人の騒擾助勢の罪についての控訴趣意について
 一 訴訟手続の法令違反の主張について
 所論はまず、原審が原判決に挙示するA12の検察官に対する各供述調書に証拠
能力を認めた措置を非難するが、記録を検討してみても、原審が右各供述調書に証
拠能力を認め、これを有罪認定の証拠としたことを不当とすべき事由は認められな
い。つぎに所論は、原判決が被告人A28の原判示騒擾助勢の事実を認定するに当
つて用いた実質的な証拠は、結局同被告人にとつて共犯者の自白となるA12の前
記各供述調書のみであり、右は本人の自白として補強証拠を必要とする場合である
のに、原判決は補強証拠のないまま同被告人の有罪を認定したものであるとして非
難するが、共犯者の犯罪事実に関する供述は、本人の自白と同一、またはこれに準
ずるものではないと解すべきであるから、所論はその前提において採るを得ない
(以上については〔一〕の第一の四参照)。以上の次第で訴訟手続の法令違反に関
する論旨は、すべて理由がないものというべきである。
 二 事実誤認の主張について
 所論は、同被告人の具体的所為に関する原判示認定事実について、原判決がその
証拠として挙示するA12の検察官に対する各供述調書には信用性がなく、他に右
事実を認めるべき証拠はないとして、原判決の事実誤認を主張するのであるが、原
判決が挙示引用する各証拠によれば、原判示認定事実は優にこれを認定できるもの
というべきであり、所論に鑑み、原審が取り調べた各関係証拠を検討し記録を精査
してみても、未だ原判決の同被告人の具体的所為に関する事実の認定に所論の如き
瑕疵があるものとは認められない。所論は結局、原判決の引用した関係各証拠の証
明力について独自の判断を施したうえ、原判決の事実認定を攻撃するものというべ
く、採用することはできない。
 三 法令の解釈適用の誤り、または事実誤認の主張について
 所論は、原判決がその認定判示する本件騒擾開始前の同被告人の所為を騒擾助勢
の罪に当るとしたことは、未だ多衆集合して暴行、脅迫を開始していない事前の段
階において、騒擾助勢の罪の成立を認めたものであつて、刑法一〇六条二号の解釈
適用を誤つた違法があるか、または騒擾罪の成立に必要な共同意思の認定について
事実誤認の瑕疵があるというのである。同被告人の原判示所為が原判決の認定した
本件騒擾開始前の行為にかかるものであることは、原判示事実自体に徴して明らか
であるところ、右所論に対する当裁判所の判断は、前記〔二〕の被告人A14外一
三名に対する項において示したところと同一であるから、ここにこれを引用する
が、原判決が被告人A28の原判示所為を目して騒擾助勢の罪に当るとして処断し
たことは、刑法一〇六条二号の解釈適用を誤つたか、または事実を誤認した瑕疵が
あるものというべく、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論
旨は理由がある。
 第二 弁護人の公務執行妨害、傷害罪についての控訴趣意について
 所論は、原判決が、同被告人について、B12巡査部長及びB13巡査に対する
公務執行妨害、傷害の、またB14巡査に対する公務執行妨害の各事実を認定した
のは、いずれも事実誤認であると主張するので、以下順次検討する。
 一 B12巡査部長に対する公務執行妨害、傷害の事実関係について
 所論の要旨は、原判決は、「同被告人は、東京都台東区北田原町路上で荒川警察
署巡査部長B12らに逮捕され、同所からタクシーで同都荒川区所在の右警察署へ
向け押送されたが、その途中右車内において、右B12巡査部長の右肩部を靴をは
いたままの足で強く蹴飛ばして、その押送の公務の執行を妨害するとともに、同巡
査部長に全治まで約二〇日間を要する右肩胛不完全骨折の傷害を負わせた。」との
原判示事実を認定したが、原判示の右所為の同被告人が行なつたとするには、まず
原判示車内における同被告人及びB12巡査部長の位置関係や姿勢がいかなるもの
であつたか両者の相互関係が確定されなければならないのに、この点に関する原判
決挙示の関係証言や同被告人の供述は区々であつて、何が真実であるか不明であ
り、またかりに同巡査部長が原判決認定のとおりの位置、姿勢にあつたとしても、
同被告人が同巡査部長の肩を蹴飛ばすことは絶対に不可能であつて、原判決は真実
あり得ない事実を認定したものというべく、さらに同巡査部長は同被告人に対し右
職務執行に際し明らかに許されない実力行使を行なつており、その職務執行は違法
であるのに、原判決がこれを適法と判断したのは誤りであるといい、以上の諸点か
ら原判決の事実誤認を主張するにある。
 そこで検討してみるのに、原判決が引用する原審証人B12、同B15、同B1
6の各証言並びに同被告人の原審公判期日における供述は、いずれも原判示車内に
おける各関係人の位置、姿勢につき、同被告人が応援の浅草警察署警察官を左右に
して後部客席中央に着席していた旨を原判示どおり一致して述べているほか、B1
2巡査部長がこれら後部客席に着席していた三名と前部運転席側仕切りとの中間に
腰をかがめるような不安定な姿勢で位置していたとの限度では、以上各証言、供述
の間にくい違いはない。ただ、同巡査部長が後部客席中央の同被告人から見て左右
いずれの側に位置しどの方向を向いていたかについては、原判決引用の前示各証拠
のうち、B12証人は、同巡査部長が、同被告人の左側に着席していた浅草警察署
警察官の膝に腰をかけるようにし、進行方向に対し体を斜め右にして同被告人を警
戒していた旨原判示のように証言して、その実状を原審公判廷で実演しているほ
か、後部客席の同被告人の右側に着席していたB15証人が、ほぼ同旨の事実を述
べているのに対し、前部助手席に着席していたB16証人は、同巡査部長の位置は
同被告人から見て右側であつた旨を証言し、また同被告人は、同巡査部長は自分の
膝に臀部をのせるような形ですわり体は進行方向左側を向いていた旨を供述してお
り、その間矛盾が見られないではない。しかしながら、これらの関係人の証言、同
被告人の供述中、右B12、B15両証人の各証言に矛盾する部分は、原判決が措
信しなかつたところであり、原判決のこの措置を目して不当とすべきかどは、記録
上毫も認めされない。原審が原判決挙示の各証拠を総合し、原判示車内における同
被告人及びB12巡査部長の位置関係や姿勢を原判示の如く認定した措置は、これ
を是認できるものというべきである。
 つぎに所論は、B12巡査部長が原判示の如き位置、姿勢にあつたとしても、同
被告人が原判示のように同巡査部長の肩を蹴飛ばすことは絶対に不可能であると主
張するが、何故に絶対不可能というのかその具体的根拠についてはなんら述べると
ころがないばかりか、原判決挙示の原審証人B12、同B15、同B16の各証言
を総合すれば、原判示タクシーは、所論のようなダツトサンではなく中型車であつ
たものと推認され、後部客席も、同所に位置した同被告人及び原判示B12巡査部
長以下警察官三名が身動きもままらない程に窮屈であつたとは考えられず、右各証
言に、原判決引用の原審証人B17に対する尋問調書中の証言、及び同人作成のB
12に対する診断証明書を併せ勘案すれば、同被告人は、後部客席中央の座席に寄
りかかつて足を伸ばした状態で、右警察官らに対し、暴言を吐き、つばをかける等
して暴れるうち、自己の左前に原判示のような姿勢でいた同巡査部長の右肩を靴ば
きのままの足で強く蹴りつけて原判示のような傷害を負わせ、そのため右警察官ら
において、同被告人の靴を脱がせその足を押えて以後の押送を続けたことが認めら
れ、以上の推移の過程に格別不自然な点もなく、同被告人が原判示認定の如き所為
に出ることは絶対に不可能であるとする所論は採用できない。
 所論はさらに、原判示B12巡査部長に違法な実力行使があつたと主張するが、
原判決挙示の各証拠を総合すれば、原判示逮捕ないし押送の間に、同巡査部長ら警
察官が、同被告人に対し、後ろ手錠をかけ、靴を脱がせ、足や身体を押える等の実
力行使をしたことは窺われるが、右は同被告人の激しい抵抗に対処して、被逮捕者
を押送するにつき許容される範囲内で必要な強制力を行使したもので、もとよりこ
れをもつて同巡査部長の同被告人押送の職務執行が違法となるものではない(原判
決は、原判示B12巡査部長の職務行為は、警職法七条の趣旨に則り適法であると
しているが、同法の趣旨を援用するまでもなく、右程度の実力行使は、刑訴法上逮
捕、押送にともなう実力行使として当然許容されるものと解する。)から、所論は
理由がない。
 以上のとおりであつて、その他記録及び原審が取り調べたすべての証拠を精査検
討しても、原判決の事実認定に誤認のかどは見当らず、所論は結局すべて採用する
に由ないものというべきである。
 二 B13巡査に対する公務執行妨害、傷害、B14巡査に対する公務執行妨害
の各事実関係について
 所論は、原判決が、「同被告人は荒川警察署玄関前において、同被告人の逃走を
防止し署内に引致する目的の公務を執行するため、巡査B13、同B14ら約一〇
名の同署警察官らが取り巻く状況下で、押送の自動車から降りたが、降りた瞬間、
右B14巡査に頭突きし、同巡査をしてその場に尻もちをつかせ、さらに、これを
制止しようとした右B13巡査の右脚大腿部を靴をはいたままの足で蹴飛ばし、も
つて両巡査の公務執行を妨害するとともに、B13巡査に対して全治まで約一五日
間を必要とする右脚大腿部打撲傷を負わせた。」との原判示事実を認定したのに対
し、原判決の挙示する各証拠は、B14巡査の関係では、具体的状況が不明のまま
単に「頭突き」と「しりもち」だけを強調するにすぎないものであり、またB13
巡査の関係では、暴行の部位や態様につき互いにくい違つていたり極めてあいまい
であつたりするものであつて、すべて信用できず、原判決が同被告人のB14巡査
に対する頭突き、並びにB13巡査に対する右足大腿部の足蹴りの右暴行行為を認
めたのは、いずれも事実誤認であると主張する。
 しかし原判決が挙示する各証拠を総合すれば、同被告人が原判示B14、B13
両巡査に対し原判示の如き各暴行を加えた事実は、優にこれを認め得るものという
べきである。そこで以下前記所論について順次検討する。
 まず原判示B14巡査の被害関係につき、所論は、原判決の挙示する証拠のう
ち、B14巡査と同被告人の中に入つたと証言する原審証人B13は具体的証言を
全くなし得ないし、同証人B15は「頭突き」そのものを見ていないと証言してい
ると主張するけれども、B13証人は、「私が車のドアをあけたとき、同被告人が
降りてからB14巡査をつき飛ばしたようなことがあつた。体ごとぶつけたような
記憶がある。それで私がすぐ近くにいたのでその中へ入つたように思う。」と具体
的に証言し、さらにB15証人は、「車から降りた同被告人は体当りされた状態で
一人の警官がしりもちをついた。」「同被告人が車から降りると同時に逃げようと
して体をぶつけたので、しりもちをついたのだと思う。ぶつかつたところは見
た。」旨証言しているのであつて、以上の各証言に、被害の状況を具体的に述べて
いる原審証人B14の証言を併せ勘案すれば、所論は採るを得ないものというべき
である。
 つぎに、原判示B13巡査の被害関係につき、所論は、原判決の引用する原審証
人B13の証言内容が大ざつぱであり、かつ被害の部位に関しても、原判決の挙示
する原審証人B17に対する尋問調書中の証言、及び同人作成のB13に対する診
断証明書の内容と矛盾していると主張するが、右B13証人の証言内容は十分具体
的であり、かつ右の各証拠はいずれも被害部位を右大腿部とするものであつて、被
害の瞬間の被害者の直感と事後の診断の細部とに若干の差異があるからといつて、
右B13証人の証言の信用性を否定することは不当であり、また所論は、原判決挙
示の原審証人B16の証言によると、同被告人は三回連続してB13巡査を蹴つた
ことになり、前記B13証人の供述と矛盾すると主張するが、B13証人は蹴られ
た回数にはふれておらず、またB16証人の証言をもつて、ただちに同被告人がB
13巡査を三回連続して蹴つたものと認めることも妥当でないから、以上両証人の
証言の間に矛盾があるとも言えず、さらに所論は、原判決の挙示するその余のB1
4、B15、B12各原審証人が、B13巡査の被害状況につき明白な証言をなし
得ないとし、このことは原判示B13巡査の被害が架空であることの証左であると
いうが、原判決の引用する前記B13、B16両証人の証言に徴し、右被害の存在
は明らかであり、これと立場や視点を異にする右三証人に明白な証言がないからと
いつて、これをもつて右被害が架空であることの証左とみるわけにはいかない。
 なお所論は、同被告人が荒川警察署玄関前で警察官らによりコンクリート柱に頭
を激突させられ怪我をした事実につき、原判決がふれていないのは不当であると主
張するが、かりに所論の事実が認められるとしても、右の点が原判示罪となるべき
事実の前提をなしたり、またその事実の有無がただちに原判示罪となるべき事実の
存否を左右するものとも認められず、したがつて、原判決がこの点にふれなかつた
のは当然であつて、非難するには当らない。
 以上の次第であつて、その他記録及び原審が取り調べたすべての証拠を精査検討
しても原判決の公務執行妨害、傷害の事実認定に事実誤認のふしを見出すことはで
きず、所論はすべて理由がない(なお、同被告人に対する騒擾助勢の罪の成立が認
められないとしても、同被告人に対する逮捕行為がただちに不適法のものとなるわ
けではないし、また、同被告人に公務執行妨害罪の故意がなかつたものとは、とう
てい考えられない。原審が取り調べた証拠及び記録によれば、逮捕状が無効と認め
られないことはもとより、右逮捕はこれを適法と認めるに十分であり、さらに逮捕
にあたつての被疑事実の要旨の告知についても、違法のかどを見出すことはできな
い。)。
 第三 以上の次第であつて、原判示騒擾助勢の罪については、前示の如く論旨は
理由があるものというべきところ、原判決は、右騒擾助勢の罪と原判示公務執行妨
害、傷害の罪とは併合罪の関係にあるものとして一個の刑で処断しているから、同
被告人に対する原判決は、破棄を免れない。よつて刑訴法三九七条、三八〇条、三
八二条に則り、原判決を破棄することとし、同法四〇〇条但し書に従い、被告事件
についてさらに判決する。
 原判決の確定した同被告人に対する原判示公務執行妨害、傷害の各所為中、B1
2巡査部長の押送の公務、並びにB14、B13両巡査の引致の公務に対する各公
務執行妨害の点は、いずれも刑法九五条一項に、B12巡査部長、B13巡査に対
する各傷害の点は、いずれも同法二〇四条、罰金等臨時措置法(昭和四七年法律第
六一号による改正前のもの、以下同法を引用する場合はこの例による。)三条一項
一号にそれぞれ該当するが、右は原判示確定裁判のあつた罪と刑法四五条後段の併
合罪であるので、同法五〇条により、未だ裁判を経ない前示の各罪につきさらに処
断すべきところ、B12巡査部長に対する公務執行妨害と傷害、並びにB14、B
13両巡査に対する公務執行妨害とB13巡査に対する傷害は、それぞれ一個の行
為で二個の罪名に該当する場合であるから、いずれも同法五四条一項前段、一〇条
により、一罪として重い各傷害罪につき定めた懲役刑で処断することとし、さらに
以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、重い
B12巡査部長に対する公務執行妨害、傷害の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲
内で、同被告人を懲役六月に処し、情状刑の執行を猶予するのを相当と考えるか
ら、同法二五条一項により、本裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予すること
とし、原審における当該関係訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但し書に従い、これ
を同被告人に負担させないこととする。
 本件公訴事実中騒擾助勢の訴因については、本件記録並びに原裁判所が取り調べ
たすべての証拠に当裁判所の証拠調の結果を併せ考えてみても、右訴因について同
被告人を有罪と断ずるに足りる証拠がないので、同法三三六条に則り、同被告人に
対し無罪の言渡をする。
 〔四〕 被告人A29、同A30関係
 弁護人並びに被告人A29、同A30の控訴趣意中、事実誤認、若しくは法令の
解釈適用の誤りの主張について
 所論は、まず、原判決が、被告人A29の行為として、「(1)同被告人が、被
告人A30らとともに、オート三輪車で祝田橋から皇居外苑広場に入り、さらに、
銀杏台島及びこれに接する馬場先通り砂利敷道路に集まつていた集団員が銀杏台上
の島に移動する時期に間近い頃、中央自動車道路の方から馬場先通り砂利敷道路に
進み、銀杏台島寄りで中央自動車道路より二重橋前砂利敷十字路に近い地点に停車
し、その助手台に立つて、付近の集団員らに対し、手を振つたり、叫んだりしてこ
れを激励し、(2)その後、被告人A29が、二重橋前砂利敷十字路に配置されて
いた第七方面予備隊第一中隊第一小隊長B18のところに進み出て、同小隊長との
間に原判示のような話し合いをした。」と認定したことについて、同被告人の乗車
したオート三輪車が、祝田橋から皇居外苑広場に入り、中央自動車道路を直進して
から、馬場先通り砂利敷道路に進み、銀杏台島寄りに停車した時期は、原判決認定
の時期よりも後であつて、銀杏台島に集結した南部群集団員が同島から銀杏台上の
島へ移動を開始した頃か、あるいは、その最中であり、また、右オート三輪車の停
車位置についても、原判決認定の場所とは異なつて、馬場先通り砂利敷道路の皇居
前交差点入口付近ないし中央自動車道路寄りであり、そのうえ、同被告人が、その
時期、場所において、原判決認定の如く集団員らを激励した事実はなく、また、そ
の後二重橋前砂利敷十字路において、原判示B18と話し合いをした事実もないと
いい、これらの点について、原判決の事実誤認を主張し、ついで、原判決が、被告
人A29、同A30らが、楠公銅像島の西北角付近で収容した負傷者を右オート三
輪車で病院に送つた後、再び祝田橋から皇居外苑広場に入つた際の付近集団員の状
況、並びに、右被告人両名の行為として、「(3)その後警官隊の排除により楠公
銅像島に後退させられた集団員が、中央自動車道路を挾んで警官隊と対峙していた
午後三時五〇分頃、右オート三輪車が祝田橋から皇居前交差点付近まで進んだ際、
被告人A29は助手台、被告人A30は荷台前部にそれぞれ立ち、楠公銅像島の集
団員に対し、被告人A29は右手を左右に振つて叫び、被告人A30は所持するプ
ラカードを上下に振り、激励した。」と認定したことについて、同被告人らが、第
二回目に祝田橋を渡つて皇居外苑広場に入つた時期は、銀杏台上の島の中央自動車
道路沿いに楠公銅像島の集団員と対峙していた警官隊が前進を開始し、皇居外苑広
場の大部分の集団員が、警官隊の右排除活動によつて、祝田橋と馬場先門より同広
場の外に押し出された後であるといい、この点についてもまた、原判決の事実誤認
を主張するとともに、さらに、当日の同被告人らの行動は騒擾加担行為と評価され
るべきものではないのに、原判決が被告人A29を騒擾指揮の罪に当るとして、ま
た被告人A30を同助勢の罪に当るとして処断したのは、騒擾加担の意思の点につ
いても、事実を誤認したが、または、法令の解釈適用を誤つたものであると主張す
る。
 一 そこで、所論に鑑み、まず、被告人A29に対する前記(1)に関する原判
決の事実認定の当否について検討してみるのに、銀杏台島及びこれに接する馬場先
通り砂利敷道路に集まつていた集団員が原判示の如く銀杏台上の島に移動する時期
に間近い頃、被告人A29や同A30らが乗つた前示オート三輪車が、中央自動車
道路の方から馬場先通り砂利敷道路に入り、銀杏台島寄りで、中央自動車道路より
二重橋前砂利敷十字路に近い地点に停車し、被告人A29が、右オート三輪車の助
手台に立つて、付近の集団員らに対し、手を振つたり叫んだりし、右集団員らは、
これにこたえ、喊声をあげたり手を振つたりしたとの原判示の事実は、原判決引用
の証拠、特に、原審証人B19の証言により、優に認定できるところであり、記録
を精査してみても、この点の原判決の事実の認定に誤認を疑うべきかどは認められ
ない。所論は、原判決挙示の原審証人B20、同B21、同B22の各証言を引用
し、原判決の右事実認定を攻撃するのであるが、記録によるも、所論の右各証人の
証言が、原判決認定事実と矛盾、そごするものとは認められない。
 ところで、原判決は、被告人A29の右所為をとらえて騒擾指揮の罪に当るもの
としているのであるが、同被告人が前記の如く付近集団員に向かつて叫んだ言辞の
内容も、証拠上これを明らかにすることができないばかりでなく、その手を振ると
いう挙動にしても、その示すところの意味は必ずしも一義的とはいえず、この挙動
をもつて、同被告人に原判示騒擾加担の意思があつたと即断できないことはもちろ
んである。加えて、同被告人が右所為に及んだのは、原判決の認定する本件騒擾開
始前の時期であることは、原判決自体に徴し明らかなところであり、前記集団員に
おいて、未だ本件騒擾に対する共同暴行、脅迫の意思の形成されていなかつた時期
のことであり、また、証拠によつても、被告人A29の右所為により、同被告人に
応待した集団員はもとより、その余の集団員が、本件騒擾にいたる共同暴行、脅迫
の意思を形成するにいたつた事実は認められないのであるから、原判決の判示する
諸事情、すなわち、同被告人の地位、並びに同被告人の当日皇居外苑広場内におけ
るすべての行動、及び前記所為に出るまで同被告人が同広場内において知りえた諸
状況を考えてみても、原判決が、同被告人の前記所為をとらえて騒擾指揮の罪に当
るものとしたことは、事実を誤認したか、法令の解釈適用を誤つた違法があるもの
といわざるを得ない。
 二 つぎに、被告人A29に対する前記(2)に関する原判決の事実認定の当否
について検討してみるのに、なるほど、同被告人の右行為を認定する証拠として
は、所論のように、原判決が引用する原審証人B18の証言(昭和三六年七月二四
日及び同月二八日原審各公判期日におけるもの)を措いて他に証拠はない。しか
も、右証言によれば、B18第七方面予備隊第一中隊第一小隊長は、原判示の如き
問答をした相手方が同被告人であつたことは当時知らなかつたが、同人がこれを同
被告人と目するに至つたのは、当日同人が隊へ帰つてから写真を見せられ、さら
に、昭和三〇年一〇月頃、警視庁公安一課で警察官と碁を打つていた同被告人を直
接見た結果であるというのである。もつとも、B18は、右証言において、同人が
後に同被告人と目するに至つた当の相手の服装につき、ねずみ色の服を着ており、
腕章をつけていたように思う旨供述し、このことは、B23、B24(昭和二七年
六月一八日付)の検察官に対する各供述調書、東京地裁昭和三二年押第八八六号の
うち第二の七九及び八一の各写真に徴すれば、同被告人の当日の服装と類似すると
ころがあるとはいえ、原判示の集団員と警官隊との接触が始まる前、警官隊の前面
付近で、一部の警察官と数名程度の集団員とが、一度ならず話し合いのようなこと
をしている状況があつたこと(原判決総論〔一七六〕参照)、また、当時前面の警
察官と話し合つた集団員は、B18小隊長が話し合つた当の相手のみにとどまらな
いことが原判決の引用する当該関係証拠により明らかであり、さらに、前記B2
0、B21の各証言、並びに被告人A29、同A30の原審公判期日における各供
述によれば、前記一で判示したように、同被告人からの乗車したオート三輪車が馬
場先通り砂利敷道路に停車した際には、下車する者もなく、間もなく右オート三輪
車は中央自動車道路の方に引き返し、そのまま中央自動車道路を北進して坂下門に
向け左折し、銀杏台島を一周したと認められるふしがあり、このことからすれば、
被告人A29が、原判示のような集団員と警官隊との接触が始まる前に、オート三
輪車から下車して銀杏台上の島の西縁に赴き、原判示のように、同方向からB18
小隊長の位置(警官隊のうち最も銀杏台上の島に近く隊列の突角地点にいた。)に
近づいて話したと認定するについては、疑いがあり、結局、B18小隊長が話した
相手が同被告人であつたと断定するにつき、やはり合理的疑いを容れる余地がある
ものといわざるを得ない。したがつて、同被告人が前記(2)の原判示所為に及ん
だとの事実は、これを認めるに由なく、原判決には、この点において、事実を誤認
した瑕疵があるものというべきである。
 三 つぎに、被告人A29、同A30に対する前記(3)に関する原判決の事実
認定の当否について検討してみるのに、原判決引用の当該関係証拠、特に、原審証
人B25の証言、B24の昭和二七年六月一八日付検察官調書によれば、楠公銅像
島の集団員と銀杏台上の島の警官隊とが、中央自動車道路を挟んで対峙し、右集団
員のうち、警官隊に投石し、あるいは中央自動車道路を通行中の米軍関係自動車に
対し原判示暴行に及ぶ者のあつた原判示時刻頃、被告人両名が、前記オート三輪車
に乗車して祝田橋から皇居前交差点に進んだ際、いずれも楠公銅像島の前記集団員
に対し、被告人A29が右オート三輪車の助手台に立つて右手を左右に振つて叫
び、被告人A30がその荷台の前部に立つて所持するプラカードを上下に振つたと
の原判示事実を、優に認定することができる。所論は、前記B20、B21の原審
公判期日における各証言、B26の昭和二七年七月三日付検察官調書、原審証人B
27の証言並びに被告人A30の原審公判期日における供述を引用して、被告人両
名が前記の如くオート三輪車に乗車して祝田橋から皇居前交差点に進んだ時期は、
警官隊が中央自動車道路を挟んで対峙していた楠公銅像島の集団員の排除を始めた
時点より相当後の時点で、皇居外苑広場内にはすでに大きな混乱はなかつたという
のであるが、所論引用の各証拠、特に、B26の前記検察官調書、原審証人B27
の証言は、原判決が証拠として措信しなかつたところであるばかりでなく、記録に
よれば、被告人両名が当日前記オート三輪車に乗車して祝田橋から皇居外苑広場に
入つたのは、前認定の(1)及び(3)の時期以外にもあつたことが推認できるの
であるから、原判決が右各証拠を採用しなかつた措置を目して不当とすべき筋合は
ない。所論に鑑み記録を精査してみても、未だこの点の原判決の事実認定に誤認を
疑うべきかどは認められない。
 ところで、原判決は、被告人両名の前記各所為をとらえて騒擾指揮若しくは同助
勢の罪に当るものと認定しているので、この認定の当否について検討する。さて、
被告人両人が、原判示時刻頃、オート三輪車に乗車して前記の如く祝田橋から皇居
前交差点に向かつたのは、当時銀杏台上の島に進出した警官隊と対峙中の楠公銅像
島の原判示集団員に加わり、この集団員と一体となつて暴行、脅迫に出る意思のも
とに、これを激励する意図に基づくものであつたとの事実は、原審が取り調べたす
べての証拠によるもこれを認定するに由ないばかりでなく、かえつて原審証人B2
8の証言等によれば、被告人両名は、桜田濠沿い砂利敷十字路、二重橋前砂利敷十
字路並びに銀杏台上の島において警官隊と原判示各集団員との接触乱闘があつた直
後、馬場先通り砂利敷道路等において、集団員中の負傷者を収容して、C病院(慈
恵医大病院)に運び、さらに負傷者を救護、収容するため同病院から引き返し、前
記の如く祝田橋から皇居前交差点に向かい、楠公銅像島等において、負傷者を収容
し前記オート三輪車に乗せ、再び同病院に運んだ事実が認められるのであるから、
被告人両名の意図としては、専ら右の如く負傷した集団員の救護、収容に当る意思
であつたことを推認できるのである。そして、このことは、前記原審証人B25の
証言、B24の検察官調書によつて認められるように、被告人両名は、特にオート
三輪車を停車させる等して原判示所為に及んだものではなく、車を走行させたまま
の状態で原判示の所為に及んだものであることを考え合わせると、十分首肯できる
ことというべく、一方、被告人両名が、特にこの時期を選んで祝田橋から皇居前交
差点に向け前記オート三輪車を走らせたという事実も、証拠上認められないところ
である。つぎに、被告人両名の所為として認定できるところは、前記事実にすぎな
いのであり、被告人A29が付近集団員に向かつて叫んだ言辞の内容も証拠上これ
を明らかにすることができないばかりでなく、右原審証人B25の証言、B24の
検察官調書によれば、当時警官隊に対し投石し、あるいは中央自動車道路を通行中
の米軍関係自動車に対し原判示の暴行に及んでいた集団員が、被告人両名の存在を
認識し、被告人両名の乗車するオート三輪車が同所を通行中右の投石、暴行を中断
した事実は認められるが、右投石、暴行の程度について、被告人両名の前記所為の
前後を通じて格別の変化があつた事実も認められず、そしてまた、被告人両名の前
記所為を契機として、当時楠公銅像島にいた集団員の状況になんらかの変化のあつ
た事実も認められないのである。してみれば、原判決の判示する諸事実、すなわ
ち、当日被告人両名が皇居外苑広場内において知り得た諸状況、及び被告人両名の
地位等を十分勘案してみても、被告人両名の前記所為が、原判決にいう騒擾加担の
意思のもとになされた行為と即断することのできないのはもちろん、被告人A29
について、同被告人の前記所為が、警官隊に対し暴行、脅迫に及びまたは及ぼうと
する原判示集団員の気勢を高め、あるいはその行動を指示したものということ、被
告人A30について、同被告人の前記所為が、同じく右のような集団員の気勢を高
める行為に当るものと認定することは、証拠上疑問を容れるものといわなければな
らない。したがつて、この点において、原判決は、事実を誤認したか、または法令
の解釈適用を誤つた違法があるものというべきである。
 以上の次第であつて、前記一ないし三説明の原判決の瑕疵は、判決に影響を及ぼ
すことが明らかであるから、原判決は、弁護人及び被告人両名のその余の控訴趣意
に対する判断をまつまでもなく破棄を免れない。
 よつて、刑訴法三九七条、三八二条、三八〇条に則り、被告人両名に対する原判
決を破棄することとし、同法四〇〇条但し書に従い、被告事件についてさらに判決
する。
 本件記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠に当裁判所の証拠調の結果を
併せ考えてみても、被告人両名に対する本件各公訴事実について被告人両名を有罪
と断ずるに足りる証拠がないので、同法三三六条に則り、被告人両名に対し無罪の
言渡をする。
 〔五〕 被告人A31、同A32、同A33、同A34、同A35関係
 第一 被告人A33の控訴趣意中、原審裁判は時効制度の趣旨にもとる不当な長
期裁判であるとの主張については、すでに〔序〕の第一の四において説明したとお
りであつて、論旨は理由がない。
 第二 弁護人の控訴趣意中訴訟手続の法令違反の主張について
 所論は、原判決が挙示引用するB29並びに被告人A34の検察官に対する各供
述調書には、いずれも任意性、特信性がないのに、原審がこれに証拠能力を認めて
原判示事実を認定したのは、訴訟手続の法令違反をおかしたものであるというので
あるが、所論に鑑み記録を精査検討してみて、原審が所論の各検察官調書に証拠能
力を認めてこれを証拠に採用したことにつき、所論の如き瑕疵があるものとは未だ
認められないから、論旨は理由がない。
 第三 弁護人の控訴趣意中事実誤認の主張について
 所論は、原判決は、被告人A31、同A32、同A33、同A34、同A35
が、皇居外苑広場において、D労働組合E支部(以下DE支部と略称する。)の者
達と一団となつて行動したことを前提としたうえ、まず、右一団が楠公銅像島上に
集まつた時、及び同島から桜田濠沿い砂利敷道路の方へ向け銀杏台上の島へ西進を
始めた際、被告人A31、同A32、同A35が警官隊に対する加害意思をあらわ
すような原判示言動に出た旨を、つぎに、右一団が右砂利敷道路の集団員の前部に
進出した際、被告人A31、同A32、同A33が、右一団の者など付近集団員に
対し、原判示の如き言辞をもつて呼びかけ激励せん動し、また被告人A34が所携
のプラカードを壊してその柄を所持した旨を、さらに、右砂利敷道路上で、原判示
の如き集団員排除行動に移つた警察官に立ち向かつた同道路上の集団員が全面的に
総崩れの形で後退に転ずるに至つた状況の頃まで、右被告人五名がいずれも棒を所
持して右集団員に加わり、その際被告人A33、同A34は右警察官に向かつて石
ないし砂利を投げつけた旨を、それぞれ認定しているが、被告人A34は、皇居外
苑広場においては、右DE支部の一団にはぐれて別個に行動したものであるばかり
でなく、右一団が楠公銅像島に集まり、ついで同島から西進を始めたのは、当時の
デモ隊全体の移動に従つたものであり、右移動はもとより警官隊に対する攻撃的意
図に出たものではないから、この時点において、被告人A31、同A32、同A3
5に警官隊に対する加害意思をあらわすような言動があつたものとはいえず、さら
に桜田濠沿い砂利敷道路においては、右一団を含むデモ隊が解散を志向して待機す
るうち、警官隊の違法不当な先制攻撃によつて四散させられた状況であり、右被告
人五名が積極的に警官隊を攻撃したなどという事実は全くなく、なお被告人A34
は、同被告人が右道路上でプラカードを壊して柄だけにして持ち、また警官隊に対
し砂利を投げた旨原審公判で自認しているが、前者は、身の危険を感じ防衛的な立
場からなしたもの、また後者は、ガスが投げられピストルが炸裂するなかで、身を
守るためとつさに無意識になしたにすぎないものであり、以上の諸点において原判
決の事実認定は誤つていると主張する。
 そこで、以下右所論の当否について、順次検討することとする。
 一 被告人A34が皇居外苑広場においてDE支部の者達と別行動をとつた旨の
所論について
 被告人A34が原審公判で所論にそう趣旨の供述をしていることは、所論指摘の
とおりであるが、原判決が挙示引用する同被告人の右供述を除くその余の各証拠を
総合すれば、同被告人が、皇居外苑広場に入つた後、桜田濠沿い砂利敷道路から逃
げ出すまでの間、その余の本件被告人四名を含むDE支部の者達と一団となつて行
動をともにしたものであることが明らかであり、この点について記録上原判決の事
実誤認を疑うべきかどは認められない。
 二 原判示警官隊による桜田濠沿い砂利敷道路の集団員排除行動開始前における
本件被告人五名の原判示各所為に関する事実誤認の所論について
 記録並びに原審が取り調べた証拠を検討してみるのに、原判決が、その挙示引用
する証拠によつて、原判示警官隊による桜田濠沿い砂利敷道路の集団員排除行動開
始前における右被告人五名の原判示各所為を認定した措置は、十分首肯できるもの
というべきである。しかしながら、右被告人五名の原判示各所為は、いずれも原判
決の認定した本件騒擾開始前の行為にかかるものであることは、原判示事実自体に
徴し明らかなところであるから、前記〔二〕の被告人A14外一三名に対する項に
おいて詳しく説明したとおり、本件被告人五名の右原判示騒擾開始前の各所為は、
騒擾助勢の罪に当らないものというべきであり、原判決には、法令の解釈適用を誤
つたか、事実を誤認した違法があるものというべく、原判決のこの点の瑕疵は判決
に影響を及ぼすことが明らかであり、論旨は結局理由がある。
 三 原判示警官隊による桜田濠沿い砂利敷道路の集団員排除行動開始後における
本件被告人五名の原判示各所為に関する事実誤認の所論について
 1 被告人A34が砂利を投げつけた旨の原判示所為について
 まず、原判決が挙示する各証拠を総合すれば、被告人A34が、原判示DE支部
の者達とともに、桜田濠沿い砂利敷道路の原判示集団員の前部に進出し、約四〇メ
ートルの距離を隔てて警官隊と対峙するうち、右集団員側から向かつて左側の警察
官二〇名位が、同濠寄りに前進して来たこと、その際同被告人は、右警察官に向か
つて前進し砂利を投げつけたり棒等で殴りかかつたりする付近の集団員中に立ちま
じつて、五、六回にわたり、路上の砂利をつかんで投げつけたことが認められる。
 一方、原判決が原判示総論事実認定に引用した証拠によれば、右総論認定のとお
り、B1第七方面予備隊副隊長による原判示集団員排除のための実力行使開始の命
令に先だち、催涙ガス筒の使用を必要とする事態に備え、その使用場所を桜田門方
向に求むべく、第一方面予備隊特別班A38第一分隊長が、部下隊員をともなつ
て、桜田濠沿いに桜田土堤方向に進んで行き、同特別班第二分隊員もこれに続いた
が(原審証人B30の昭和三〇年九月二八日原審公判期日における証言によれば、
以上の特別班員の総数は二〇名と認められる。)、これら警察官の前進を知つた同
濠沿いの集団員中には、その前進を阻もうとし、同分隊長らに近づいたり、砂利な
どを投げつけたり、棒などで殴りかかつたりする者があり、同分隊長は、これら集
団員に対して「拳銃を撃つぞ」とか、所持の催涙ガス筒を示して「投げるぞ」とか
申し向け、集団員をおさえながら進んだこと、そのようにするうち、右B1副隊長
の実力行使開始の命令に基づき集団員排除のため前進した原判示警官隊と、これに
当面する原判示集団員との当初の接触が始まり、さらにその接触部分の集団員の右
方に連なる桜田濠沿い砂利敷道路上及び銀杏台上の島上の集団員が、その接触開始
とほとんど同時に、桜田濠寄りから銀杏台上の島の西北角付近に順次波及する形で
急激に動き出したが、その初期の頃、同濠沿いを進んでいた右A38分隊長は、右
接触の開始を知り、同砂利敷道路上の集団員中直接警察官と接触している集団員よ
りも後方に向かつて催涙ガス筒一個を投てきし、同分隊長に続いていた他の特別班
員も、これに相次ぐ状態で催涙ガス筒の投てきを開始したことが、それぞれ認めら
れる(原判決総論〔一八一〕)。
 そして原判決が挙示引用する関係各証拠を、右原判決総論認定の事実と対比しつ
つ仔細に検討してみると、右原判決総論にいうA38分隊長ほか第一方面予備隊特
別班員が桜田濠沿いを桜田門方向に進んでいた際、その前進を阻むため妨害行為に
及んだ付近の原判示集団員らに立ちまじり、被告人A34が、同濠沿い砂利敷道路
上で、同特別班員に向けて砂利を投げつけたものと認むべき余地が多分に存するも
のというべきである。もつとも原判決の引用する同被告人の昭和二七年六月三日
付、同月九日付各検察官調書には、右濠寄りに進んで来た警官隊に対し、同被告人
らが砂利を投げつける等の妨害行為に出たうえその場を逃げ出したのは、右警官隊
が集団員に向けガスを投げ込み始めた後であり、したがつて、右は前示B1副隊長
の命令に基づいて前進した警官隊と集団員との原判示接触開始後の所為であるかの
ように窺われる供述記載も存するが、右供述記載部分は、前示原判決総論に判示す
るとおり、A38分隊長が所持の催涙ガス筒を示して「投げるぞ」等と申し向け集
団員をおさえながら進んだ状況や、同被告人が砂利を投げた後逃走の際にうけた催
涙ガス被害の強烈な印象等による記憶の混乱に基づく可能性もないとはいえないば
かりか、前示のとおり、桜田濠沿い砂利敷道路上の原判示集団員の前部に、警官隊
と約四〇メートルの距離をおいて位置していたものと認められる同被告人及びDE
支部のB29のいずれもが、原判決引用の各検察官調書並びに原審公判期日におけ
る供述ないし証言中において、前示原判決総論判示のB1副隊長以下の警官隊とこ
れに当面する同道路上の集団員との原判示接触という顕著な事態に関し、首肯すべ
き特段の事情もないのに、なんら語るところがないのは、同被告人及び右田代が右
接触の事態を自ら体験していないことによるものと推認されることに徴しても、前
記の供述記載部分にたやすく信を措くことはできない。
 はたしてしからば、同被告人が砂利を投げつけた前示所為の相手方及び時期につ
いて、原判示の如く、警官隊が桜田濠沿い砂利敷道路上において集団員排除の行動
に移つた際に、右警官隊に対してこれをしたものと断ずるには、なお合理的な疑い
が残り、かえつて右所為は、右原判示警官隊による集団員排除行動が開始される
前、すなわち原判決にいう本件騒擾開始前の段階において、前示第一方面予備隊特
別班員に向けこれをしたものと認むべき余地が多分に存するものというべきであ
る。そして、後者の場合をとらえて騒擾助勢の罪に問擬することの許されないこと
は、前示二において述べたところと同様であるから、同被告人の前示砂利を投げつ
けた所為をもつて騒擾助勢の罪に当るものとした原判決には、事実を誤認したか、
法令の解釈適用を誤つた違法が存するものというべきである。
 2 被告人A33が投石した旨の原判示所為について
 原判決が挙示引用する証拠のうち、同被告人の原判示投石の所為を直接に証明す
るものは、B29の昭和二七年六月三日付、及び同月一一日付検察官に対する各供
述調書を措いて他にはない。しかもその供述内容は、本件メーデー当日の夜、同人
が被告人A31とともに被告人A33宅を訪ねた際、同被告人から、「二重橋前で
警官隊からガス弾を投げこまれて乱闘になつた際、石を投げつけてやつたが、追わ
れて馬場先門の方に逃げた。」旨を聞いたというにすぎず、これをもつてしては、
はたして同被告人が、皇居外苑広場のどの地点で、いかなる状態にある警官隊に対
し、どのような意図のもとに、どのような態様で投石を行なつたのかいつこうに不
明であり、記録並びに原審が取り調べたすべての証拠を検討してみても、右の諸点
を明らかにするに足りる証拠は見当らない。してみれば、同被告人について原判示
投石の所為を認めた原判決には、事実誤認の瑕疵があるものというべきである。
 3 本件被告人五名が、原判示警官隊による排除行動開始後桜田濠沿い砂利敷道
路上の原判示集団員が総崩れの形で後退するに至つた頃まで、棒ないしプラカード
の柄を所持して右集団員中に加わつていた旨の原判示所為について
 原判決が挙示引用する証拠によれば、本件被告人五名が、他のDE支部の者達と
ともに、桜田濠沿い砂利敷道路上の原判示集団員の前部に進出して警官隊と対峙
し、その際、いずれも棒ないしプラカードの柄を所持していたことは認められる
が、記録並びに原審が取り調べたすべての証拠を検討してみても、右被告人五名
が、原判示警官隊による排除行動開始後、なお右砂利敷道路上にあつて、右警官隊
に立ち向かつた原判示集団員の中に加わつていたことを認めるに足りる証拠はな
い。原判決引用にかかる被告人A34の原審公判期日における供述及び各検察官調
書、並びにB29の原審証言及び右検察官調書のうち、同被告人及び右田代が右砂
利敷道路から逃げ出したのは、警官隊による催涙ガス使用後であるかの如き趣旨の
供述ないし証言及び供述調書記載部分のたやすく措信できないことは、さきに説示
したとおりである。はたしてしからば、右砂利敷道路上の原判示集団員が総崩れの
形で全面的後退に転ずる頃まで、本件被告人五名が右集団員中に加わつていた旨の
原判示認定には、事実誤認の瑕疵があるものというべきである。
 以上のとおり、原判決には、前記1ないし3の諸点において、事実誤認の瑕疵、
ないし法令の解釈適用の誤りがあるものというべく、原判決のこの点の瑕疵は判決
に影響を及ぼすことが明らかであり、論旨は結局理由がある。
 よつてその余の控訴趣意に対する判断を省略し、刑訴法三九七条、三八〇条、三
八二条に則り、本件被告人五名に対する原判決をいずれも破棄することとし、同法
四〇〇条但し書に従い、被告事件についてさらに判決する。
 本件記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠に当裁判所の証拠調の結果を
併せ考えてみても、本件被告人五名に対する本件各公訴事実について、同被告人ら
を有罪と断ずるに足りる証拠がないので、同法三三六条に則り、本件被告人五名に
対し無罪の言渡をする。
 〔六〕 被告人A36、同A37、同A38関係
 第一 弁護人並びに被告人A37の控訴趣意中訴訟手続の法令違反の主張につい

 所論は、原判決が被告人A36、同A37、同A38に対する各関係犯罪事実認
定の証拠として引用した当該被告人各関係のB31、B32、B33、B34、B
35(被告人A37についてのみ)、B36(被告人B30についてのみ)、並び
に被告人A37、同B30の検察官に対する各供述調書は、任意性も特信性もない
もので、いずれも証拠能力のない供述調書であるのに、原審がこれを有罪認定の証
拠として採用したことは、訴訟手続の法令違反であるというのである。
 所論に鑑み記録を検討してみるのに、所論指摘のB31、B32、B33、B3
4(証言時は井上姓)、B35は、いずれも原審公判期日において証人として証言
した際、同人らの検察官に対する各供述調書は、当時記憶していたことを記憶どお
りに述べたもので、検察官に無理に言わされたような事実はなく、証言当時は忘れ
たことが多いと述べているのであるし、B36の検察官調書についても、原審がそ
の採用部分について、同人の原審公判期日における証言に比しより信用性があり、
かつその供述の任意性があることを認めたものであるから、原審がこれらの各供述
調書を証拠として採用した措置に、所論の如き瑕疵があるものとはとうてい認めら
れない。また、被告人B30、同A37の検察官に対する各供述調書について、同
被告人らの供述が任意になされたものでないことを疑うべき事情は認められないば
かりでなく、原審が右各供述調書について特信性を認めた措置を不当とすべき事情
は認められない。それ故、前記各供述調書の証拠能力を攻撃する論旨は理由がな
い。
 第二 同、事実誤認の主張について
 所論は、被告人A36、同A37、同B30は、桜田濠沿い砂利敷道路に進出し
ていた集団員のやや後方に位置し、警官隊の攻撃開始直後、事態不明のままその場
から逃走したものであつて、騒擾加担の意思はなかつたと主張し、原判示の当該被
告人の具体的所為に関する原判決の事実認定の当否を争うものである。
 まず、原判決は、被告人A36、同B30について、同被告人らが、原判決にい
う本件騒擾開始前、原判示F労働組合員らとともに楠公銅像島に集合し、さらに中
央自動車道路を越えて西進し、桜田濠沿い砂利敷道路に進出し、同所に集結した集
団員の前面から一五人目位のところに加わつた時点までの同被告人らの原判示所為
を、騒擾助勢の罪を構成すべき事実として認定判示していることは、原判決自体に
徴し明らかであるが、原判決は、原判示警官隊が、桜田濠沿い砂利敷道路上におい
て、集団員排除の行動に移り、集団員との間に乱闘が開始された時点をとらえて、
本件騒擾の開始時点と認めているのであり、原判決引用の当該関係証拠により認め
られる同被告人らの行為は、いずれもそれ以前の行為に関するものであるから、前
記〔二〕の被告人A14外一三名に対する項において詳細説明したとおり、被告人
A36、同B30の前記原判示騒擾開始前の行為は、騒擾助勢の罪に当らないもの
というべきである。原判決は、この点において、法令の解釈適用の誤りがあるか、
若しくは事実誤認の瑕疵があるものというべく、右は判決に影響を及ぼすことが明
らかであるから、論旨は結局理由がある。
 そこで、さらに、原判決にいう騒擾開始後の被告人A36、同A37、同B30
の原判示当該具体的行為に関する原判決の事実認定の当否を検討してみる。
 一 被告人A36について、前記騒擾開始時点以後の同被告人の行為として原判
決の認定するところは、原判示警官隊が桜田濠沿い砂利敷道路上に集結していた集
団員の排除行動に移り、やがて警官隊使用の催涙ガスが強く作用したため、周辺の
集団員が銀杏台上の島方向に後退する状況となる頃まで、同被告人が同砂利敷道路
上の集団員の中に加わつていたという事実である。
 そこで、記録並びに原裁判所が取り調べた証拠を検討してみるのに、原判決引用
の証拠、特に被告人B30の昭和二七年五月一四日付、同月一六日付並びに同月一
九日付検察官に対する各供述調書、B32の同年五月一四日付検察官に対する供述
調書、及び被告人A36の原審公判期日における供述によれば、同被告人が、その
所属のF労働組合の組合員らとともに、桜田濠沿い砂利敷道路に進出し、当時同所
に集結し原判示警官隊と対峙していた集団員の前面から一〇人ないし一五人目位の
所に加わつたこと、警官隊が催涙ガス筒を投てきしガスが同被告人の身辺に及んだ
頃同被告人が逃げ出したこと、右砂利敷道路と銀杏台上の島の西縁の境付近で、同
被告人が警官隊の発射したピストルの弾丸一発を左臀部に受け受傷したことは、認
定できるが、原判示警官隊と右砂利敷道路上に集結していた前記集団員との接触乱
闘中の同被告人の行動について、これを明らかにする資料は、原裁判所が取り調べ
た証拠中どこにも見当らない。したがつて、同被告人が前記の如く右砂利敷道路へ
進出後、同所から逃げ出すまでの間の同被告人の行動は不明というほかなく、これ
を原判決認定の如く、警官隊が集団員排除の行動に移り、総論認定の警官隊と集団
員との接触乱闘開始後警官隊による催涙ガス使用の時点まで、同被告人が、右砂利
敷道路上の前記集団員の中に、この集団員と一体となつて右警官隊に暴行を加える
意思のもとに加わつていたと認めることには、やはり合理的疑いを容れるものとい
うべく、この点の同被告人に関する原判決の事実の認定には、事実誤認の瑕疵があ
るものというべく、右の誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨
は理由がある。
 二 被告人A37について、同被告人の行為として原判決の認定するところは、
二重橋前砂利敷十字路付近において、警官隊とその前面で対峙していた集団員とが
接触を開始した直前頃、同被告人が銀杏台上の島の集団員の後方において、原判示
意図のもとに、旗の棒を携え、「やれ、やれ」と連呼しつつ、右集団員の群れの方
に駆け進み、集団員の前方の者が警官隊と乱闘を始めている状況を察知しながら、
銀杏台上の島上の集団員の後方から、付近の者をかき分け前進したという事実であ
る。
 そこで検討してみるのに、原判決引用の証拠、特に、B34の昭和二七年五月二
一日付、同月二九日付並びに同年七月三日付(原判決に同月三日付とあるのは七月
三日付の誤記である。)検察官に対する各供述調書、被告人A37の昭和二七年五
月一四日付、同月一九日付並びに同月二三日付検察官に対する各供述調書によれ
ば、同被告人が、銀杏台上の島上の集団員の後方で、原判示意図のもとに、所携の
旗の棒から旗をはずし、着用の上衣を脱いで、同被告人と同じくF労働組合所属の
組合員B34にこれを預けたうえ、右旗の棒を携え、「やれ、やれ」と連呼しつ
つ、前方で警官隊と対峙していた集団員の群れの方に駆け進んだことは認められる
が、それは、原判決もいうように、原判示集団員と警官隊との接触開始前のことで
あつたことが明認できる。そして、同被告人が、右警官隊と集団員との接触開始
後、乱闘中の集団員に加勢する意図のもとに、銀杏台上の島上の集団員の群れの後
方から、付近の者をかき分け前進したとの事実については、これを確認するに足り
る証拠がなく、かえつて、B34の前記各検察官調書、並びに同被告人の昭和二七
年五月二三日付検察官調書によれば、同被告人が前記の如く旗の棒を携え、六、七
メートル前進した後、集団員の前方二重橋前砂利敷十字路付近で警官隊と集団員と
が乱闘を始めたことを知り、やがて、警官隊が催涙ガス筒を投てき、前方の集団員
が逃げ始めたので、同被告人も逃げ出してきた事実を窺い知ることができるが、原
判示警官隊と集団員との接触開始後、同被告人が、警官隊と乱闘中の集団員に加担
するために、はたしていかなる行為に及んだものであるかは、証拠上これを知るこ
とができない。はたしてしからば、原判決が、同被告人について、原判示警官隊と
集団員との接触開始後の行為として原判示の事実を認定したことは、事実誤認の瑕
疵があるものというべく、また右接触開始前の同被告人の行為が騒擾助勢の罪を構
成すべきものでないことは、すでに被告人A36、同B30に対する冒頭説明にお
いて示したとおりであり、原判決はこの点において、法令の解釈適用の誤り、若し
くは事実誤認の瑕疵があるものというべく、以上の瑕疵は判決に影響を及ぼすこと
が明らかであるから、論旨は結局理由がある。
 三 被告人B30について、前示騒擾開始後の同被告人の行為として原判決の認
定するところは、同被告人が、桜田濠沿い砂利敷道路において警官隊と殴り合つて
いる集団員を声援すべく、同砂利敷道路上において、さきに銀杏台上の島において
労働者ふうの者から渡された角棒を携え、「この野郎、やつつけろ」とどなつたと
いう事実である。
 そこで検討してみるのに、原判決引用の証拠及び原裁判所が取り調べた同被告人
関係の証拠を検討してみても、同被告人が、原判示砂利敷道路上において原判示の
警官隊と集団員とが殴り合つている際、右集団員を声援すべく、所携の棒を携え、
「この野郎、やつつけろ」とどなつたとの事実を認定するに足りる証拠は存しな
い。もつとも、同被告人の昭和二七年五月一九日付検察官調書の中には、同被告人
が、銀杏台上の島の同被告人の同月一四日付検察官調書添付図面(ホ)点まで行つ
た時、その前方桜田濠沿い砂利敷道路付近で、警官隊とデモ隊とが殴り合つている
状況を認め、所携の棒を携え、右砂利敷道路上の前記図面(ヘ)点まで、「この野
郎、やつつけろ」と叫びながら、駆け進んだ旨の供述記載があるが、原判示の警官
隊と集団員とが接触し乱闘を始めるにいたつたのは、同被告人を含むF労働組合の
組合員らが、右砂利敷道路上に集結していた集団員の群れに加わつた後の時期であ
つたことは、同被告人の昭和二七年五月一四日付検察官調書、B31の同年五月二
八日付検察官調書、被告人A36の昭和三八年七月二四日原審公判期日における供
述により明認できるところであるから、被告人B30が前記銀杏台上の島(ホ)点
において警官隊と集団員との接触乱闘の事実を知つたとの同被告人の前記検察官に
対する供述調書中の供述記載は、とうてい措信し難いものである。そして、同被告
人の検察官に対する各供述調書中の供述記載を通して読めば、同被告人が原判示の
ように棒を携え、どなつたというのは、原判示警官隊と集団員との接触開始前、銀
杏台上の島において労働者ふうの者から角棒を手渡され、桜田濠沿い砂利敷道路の
方に進んだ途中であつたことを知ることができる。してみれば、同被告人の原判示
所為は、これまた原判示騒擾開始前の行為にかかるものというべく、騒擾助勢の罪
を構成しないことはすでに説明したとおりであり、右騒擾開始後原判示警官隊と集
団員との接触乱闘中の同被告人の行為に関しては、これを確認するに足りる資料が
ない。してみれば、原判決は、同被告人に対する原判示犯罪事実を認定するについ
て、事実を誤認したか、法令の解釈適用を誤つたものというべく、右は判決に影響
を及ぼすことが明らかであるから、論旨は結局理由がある。
 よつて、刑訴法三九七条、三八二条、三八〇条に則り、被告人A36、同A3
7、同B30に対する原判決を破棄することとし、同法四〇〇条但し書に従い、被
告事件についてさらに判決する。
 本件記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠に当裁判所の証拠調の結果を
併せ考えてみても、同被告人らに対する本件各公訴事実について同被告人らを有罪
と断ずるに足りる証拠がないので、同法三三六条に則り、同被告人らに対し無罪の
言渡をする。
 〔七〕 被告人A39関係
 第一 弁護人の控訴趣意中訴訟手続の法令違反の主張について
 所論は、原審がA101の検察官に対する各供述調書を被告人A39に対する犯
罪事実認定の証拠として採用したことは、証拠能力のない証拠を証拠としたもの
で、訴訟手続に法令違反があるというのである。
 しかし、記録を検討してみても、原審が、所論のA101の検察官に対する各供
述調書について、それが同人の公判期日における供述に比べて特に信用すべき情況
があるものと認めて、これを証拠として採用した措置に、所論の如き瑕疵があるも
のとは認められない。同人の昭和二七年五月一二日付検察官に対する供述調書の供
述記載内容中、一部客観的事実に反する部分のあることは所論のとおりであるが、
それは右供述調書の証明力に関することであり、証拠能力に関することがらでない
ことはもちろんである。A101自身が、証人として、原審公判期日において、検
察官に対しては当時記憶しているところを正直に述べたものであると語つている本
件では、所論の理由のないことは明らかである。
 第二 同、事実誤認の主張について
 所論は、同被告人については原判示行為をするに際し騒擾加担の意思がなかつた
というのである。
 さて、原判決は、同被告人が原判示映演総連の一団に加わり、右一団が桜田濠沿
い砂利敷道路に進出し、二重橋前砂利敷十字路付近に配置についていた警官隊と相
対する集団員の先頭に位置し、その際、同被告人は、桜田濠沿い砂利敷道路の集団
員の先頭から六列目位の位置にいたところ、間もなく原判示の経緯を経て、前記警
官隊と集団員とが接触乱闘するに及び、その頃警官隊と接触している集団員の後方
にいた同被告人は、付近にいた集団員が右警官隊に投石している状況下、足許の秒
利を拾い、集団員と接触していた警官隊の方へ投げつけたとの事実を認定し、同被
告人の行為を騒擾助勢の罪に当るとしている。
 ところで、原判決引用の証拠によれば、原判示の経緯を経て、原判示集団員と原
判示警官隊との間に接触乱闘が起り、当時同被告人の付近にいた集団員のうち原判
示のとおり警官隊に対し投石する者があつたこと、同被告人も右接触後足許の秒利
を拾い警官隊の方へ投げたことは、これを認定することができる。しかし、同被告
人が秒利を投げた状況については、原判決の引用する同被告人の検察官に対する供
述調書並びに同被告人の原審公判期日における供述によれば、同被告人は、原判示
映演総連の一団に加わり皇居外苑広場に入つた後、楠公銅像島に上がりしばらく休
んでいたところ、付近で大会を開こうという呼びかけもあり、同被告人も右映演総
連の一団とともに、原判示桜田濠沿い秒利敷道路まで進出し警官隊と対峙するにい
たつたが、右映演総連の後方にいた同被告人は、「棒を持つている者は前に出ろ」
という呼びかけのあるなかで、その位置にとどまり、付近の状況を傍観しているう
ち、やがて警官隊とこれに対峙していた集団員とが激しく接触するに及び、同被告
人は、右映演総連の一団からいち早く逃げ出し、その逃げる途中で足許の秒利を拾
つて無意識に警官隊の方へ投げたという次第であつて、同被告人がはたしてどの位
の量の秒利をどの位置から投げたものか、またその時、警官隊をどの場所に認め、
警官隊との間にどの位の距離があつたものかも、証拠上これを確認するに由ないも
のである。そして、その砂利も、前記のとおり無意識に警官隊の方へ投げたという
だけであつて、特に、警官隊を目がけて投げたという証拠もない。してみれば、同
被告人が砂利を投げた状況と、前示の同被告人が警官隊と付近集団員の接触を見る
に及びいち早く自己の属する映演総連の集団の中から逃げ出していることを考え合
わせると、同被告人が、原判示の警官隊と接触乱闘している集団員に加わり、この
集団員と一体となつて警官隊に暴行を加える意思のもとに、砂利を投げたと認定す
るについては、特にこれを積極に認めるに足りる証拠のない本件では、合理的疑い
を容れるものというべきである。
 以上の次第であるから、原判決が、同被告人に対し、騒擾加担の意思を認めて、
同被告人の行為を騒擾助勢の罪に当るものと認定したことは、事実を誤認したもの
というべく、右の誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点の論
旨は結局理由がある。
 よつて、その余の論旨に対する判断を省略し、刑訴法三九七条、三八二条に則
り、同被告人に対する原判決を破棄することとし、同法四〇〇条但し書に従い、被
告事件についてさらに判決する。
 本件記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠を検討してみても、同被告人
に対する本件公訴事実について、同被告人を有罪と断ずるに足りる証拠がないの
で、同法三三六条に則り、同被告人に対し無罪の言渡をする。
 〔八〕 被告人A40関係
 第一 弁護人並びに被告人A40の控訴趣意中訴訟手続の法令違反の主張につい

 所論は、原審が、任意性も特信性も認められないB37、B38並びにB39の
検察官に対する各供述調書を証拠とした点において、訴訟手続の法令違反があると
いうのである。
 そこで、所論に鑑み記録を検討してみるのに、B37は、証人として原審公判期
日において、検察官に対して述べたことは大綱において真実である旨を語り、B3
8、B39についても、所論の如く、当時勾留中であつた同人らが、身柄の釈放と
引き換えに検察官に対し不任意の供述をしたというが如き事実は認められない。記
録に徴し、原審が右B37、鴨沢並びにB39の検察官に対する各供述調書を証拠
として採用したことに、未だ所論の如く証拠能力のない証拠を採用したとの瑕疵が
存するものとは認められない。この点の論旨は理由がない。
 第二 同、事実誤認の主張について
 所論は、原判決が同被告人の行為として認定している事実について、同被告人と
しては、解散大会を期待して原判示桜田濠沿い砂利敷道路に進出し、警官隊が突然
デモ隊の方に押しよせてきたので、驚いてその場から逃げ出したもので、原判示の
如く、同被告人所属のG協会の組合員らに、「しつかりやれ」「がんばれ」等と連
呼し、あるいは「あんな者はやつてしまえ、云々」と大声で呼びかけた事実はない
というのである。
 所論に鑑み、記録並びに原裁判所が取り調べた関係証拠を検討してみるのに、ま
ず、同被告人が、原判示桜田濠沿い砂利敷道路に進出し、同所で警官隊と相対して
いたデモ隊の中に加わり、原判示の警官隊とデモ隊員との接触の直前頃、同被告人
と同行し同所で隊列を組んでいた同被告人所属のG協会の組合員らに対し、棒を持
ちながら、「しつかりやれ」「がんばれ」と連呼した事実は、原判決引用の証拠、
特にB38の昭和二七年五月一四日付検察官調書(同調書にA40とあるのはA4
0の誤記と解される。)により明認できるところであつて、記録を調べてみても、
この点の原判決の事実認定に誤認を疑うべきかどは認められない。したがつて、こ
の点の事実誤認を主張する論旨は採ることができないが、同被告人の右所為は、原
判決の認定した本件騒擾開始前の行為にかかるものであることは、原判示事実自体
に徴し明らかなところであるから、前記〔二〕の被告人A14外一三名に対する項
において詳しく説明したとおり、被告人A40の前記原判示騒擾開始前の行為は、
騒擾助勢の罪に当らないものというべきである。原判決には、この点において、法
令の解釈適用を誤つたか、若しくは事実誤認の瑕疵が存するものといわなければな
らず、右は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は結局理由がある。
 つぎに、原判示の警官隊と集団員との接触乱闘開始後の同被告人の行為について
の原判決の事実認定の当否について検討してみる。
 記録並びに原判決引用の関係証拠を検討してみるのに、原判示場所で同被告人の
所属するG協会の組合員らの付近で、原判示集団員と警官隊とが接触乱闘していた
際、同被告人が右組合員らに対し、原判示の如く呼びかけたとの事実については、
B39の昭和二七年五月一五日付検察官に対する供述調書を除いてこれを認定でき
る資料は皆無であり、右B39の検察官調書によれば、この事実を認定できる如く
である。しかし、右調書には、「自分が見たのはA40で、盛んに右腕を振り上
げ、前方でデモ隊と乱闘を始めている警官隊に向かつて、僕達に『あんなものはや
つてしまえ』『味方はやられているのだ』と大声をあげて勢をつけていた。もうそ
の頃は祝田橋の方に逃げ出した頃で、ただちりぢりになつて祝田橋へ逃げてくる途
中、A40さんが、その付近にいた一般のデモ隊の人達に、逃げおくれて警官隊に
やられている方を指さして、興奮の余り、『あの人達はやられているのだ。助けよ
うじやないか』と喚いていたのを見て、女ながら大したものと思つた。」旨の供述
記載があり、この供述調書には、同被告人の所属していたG協会の組合員らの付近
における原判示集団員と警官隊との接触乱闘の状況については、なんら語るところ
がなく、また、同被告人が呼びかけたというG協会の組合員、特に、被告人A2
1、同A23、同A22、B38らの行動についても、同人らはどこで何をしてい
たか判らないというだけであつて、被告人A40が、原判示集団員と警官隊とがG
協会の組合員らの付近で接触乱闘していた際、G協会の組合員らに対し原判示の如
く呼びかけたものとするには、その当時の状況が何も語られていないのは不自然で
あるばかりでなく、右B39の検察官調書によつて認められる同被告人の呼びかけ
行為というのは、前記の如く祝田橋の方に逃げ出した頃と祝田橋へ逃げてくる途中
の二回あつたものか、それとも同被告人の呼びかけ行為は一回だけであり、右供述
調書の前段は、B39が目撃したという同被告人の行為の概要を示し、後段におい
てこれを具体的に示したものであるのかも、実は右B39の検察官に対する供述記
載だけをもつてしては、一義的には読みとれないのである。つぎに、B38の検察
官に対する供述調書には、前記警官隊と集団員との接触乱闘開始前の同被告人の行
動について、かなり詳細な供述記載があるのに、それに引き続く接触乱闘開始後の
同被告人の行動について、首肯すべき理由もないのに、なんら語るところがないの
も不自然である。証拠の内容は以上のとおりである。してみれば、同被告人の呼び
かけ行為が、何時、いかなる状況の下において、だれに対して、そしてまたいかな
る意思のもとになされたものであるかについて、これを明確にすることは困難であ
り、前記B39の検察官調書のみにより、この点を原判示の如く認定することに
は、合理的疑いを容れるものといわざるを得ない。同被告人が、警官隊と接触乱闘
した原判示集団員に加わり、これと一体となつて警官隊に暴行を働く意思のもと
に、原判示呼びかけ行為を行なつたと認定するには、やはり証拠不十分といわざる
を得ないばかりでなく、二重橋前砂利敷十字路付近から銀杏台上の島上にかけての
原判示各集団員の暴行、脅迫に協力したと認めるに足りる証拠もない。はたしてし
からば、原判決はこの点において事実を誤認したものというべく、右の事実の誤認
は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点の論旨は理由がある。
 よつて、刑訴法三九七条、三八〇条、三八二条に則り、原判決を破棄することと
し、同法四〇〇条但し書に従い、被告事件についてさらに判決する。
 本件記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠に当裁判所の証拠調の結果を
併せ考えてみても、同被告人に対する本件公訴事実について、同被告人を有罪と断
するに足りる証拠がないので、同法三三六条に則り、同被告人に対し無罪の言渡を
する。
 〔九〕 被告人A41、同A42、同A43、同A44、同A45、同A46、
同A47、同A48、同A49、同A50、同A51、同A52、同A53、同A
54、同A55、同A56、同A57関係
 第一 騒擾助勢の罪に関する控訴趣意中、訴訟手続の法令違反の主張について
 一 弁護人の被告人A41、同A42、同A43、同A44、同A45、同A4
6、同A47、同A48、同A49、同A50(以上の被告人一〇名を以下H職安
関係被告人らと総称する。)に関する所論は、原判決が右各被告人らについて挙示
引用する被告人A50、同A49、同A44の検察官に対する各供述調書の任意
性、特信性は、いずれも疑わしく、なお、そのうち被告人A50の昭和二七年七月
一日付供述調書は、同被告人の起訴後作成された違法なものであり、また被告人A
49の同年五月一五日付供述調書につき、原判決はその第二九項及び同調書にとつ
て不可欠な添付図面をことさら除外して引用しており、さらに被告人A44の供述
調書添付図面の作成日付は、調書自体の作成日付と一致しておらず、以上の諸点か
らして、右各供述調書にはいずれも証拠能力がないのは、原審がこれを証拠として
採用し、H職安関係被告人らにつき、原判示各事実を認定したのは、訴訟手続の法
令違反をおかしたものであるというのであり、被告人A45、同A48、同A49
の各所論も、弁護人の右所論と同旨に帰するものと解される。
 よつて検討してみるのに、まず、記録によれば、原審において、検察官が、被告
人A49に対する関係で、原判決の挙示引用する同被告人及び被告人A44の検察
官に対する所論各供述調書、並びに被告人A50の検察官に対する所論各供述調書
のうち昭和二七年五月一〇日付及び同月一一日付分の取り調べを、また被告人A5
0に対する関係で、原判決の挙示引用する被告人A49、同A44の検察官に対す
る所論各供述調書の取り調べをそれぞれ請求したのに対し、被告人A49、同A5
0の原審各弁護人は、いずれも右各供述調書のすべてにつき、これを証拠とするこ
とに同意し、右被告人両名もこれについてなんら異議を述べていないことが明らか
であり、かかる場合、特段の事情も窺われないのに、控訴審に至つて、にわかに所
論のように右各供述調書の証拠能力を争う旨の主張をすることは、許されないもの
というべきである。さらに、被告人A50に対する関係で、原判決の挙示引用する
同被告人の検察官に対する所論各供述調書の、また被告人A49、同A50を除く
その余の被告人八名に対する関係で、原判決の挙示引用する被告人A50、同A4
9、同A44の所論各供述調書の各証拠能力を争う旨の所論に鑑み、記録を精査検
討してみても、原審が所論の各供述書に証拠能力を認め、これを証拠に採用したこ
とにつき、所論の如き瑕疵があるものとは、未だ認められない。なお、被告人A5
0の検察官に対する所論昭和二七年七月一日付供述調書が、同被告人の起訴後(但
し第一回公判期日前)に取り調べ作成されたものでであることは所論のとおりであ
るが、右取り調べが公訴維持の必要上なされたものであることは、右調書の内容に
照らして明らかであるうえ、右調書に任意性を認め得ること前示のとおりである以
上、起訴後の取り調べにかかるとの一事をもつて、右調書の証拠能力を否定すべき
いわれはない(〔一〕の第一の一参照)。つぎに、原判決は、被告人A49の検察
官に対する所論昭和二七年五月一五日付供述調書について、その第二九項を除外し
て証拠の標目に掲記し、またその添付図面を証拠の標目に明示して挙げていない
が、右図面は右供述調書と一体となりその供述中に引用されているのであるから、
原判決の意とするところは、右供述調書中原判決に掲記した供述記載部分と一体を
なす右図面の記載までを除外した趣旨とは、とうてい解されない。さらに、被告人
A44の検察官に対する所論昭和二七年五月一二日付、同月一六日付各供述調書添
付の各図面の作成日付が、右各調書の作成日付のそれぞれ前日となつており、両者
一致していないことも所論のとおりであるが、かかる不一致があるからといつて
も、ただそのことだけで末だ右各調書の証拠能力を否定するには足りないものとい
うべきである。論旨は結局すべて理由がない。
 二 被告人A54、同A56、同A57は、同被告人らは、昭和二七年五月六日
朝、道路交通取締法違反容疑により、現行犯逮捕され、ついでその拘束中の同夜に
至つて、騒擾罪容疑により逮捕されたものであるといい、右は当初騒擾罪容疑で逮
捕するに足りる証拠がないため、道路交通取締法違反の名目でいわゆる別件逮捕を
したもので、刑訴法上違法であり、原判決にはこの点において訴訟手続の法令違反
があると主張する。
 しかしながら、右被告人らに対する身柄関係記録によれば、同被告人らは、いず
れも昭和二七年五月六日午前八時一〇分、東京都大田区仲蒲田三の一〇番地先道路
上において、騒擾被疑事件により緊急逮捕され、同日東京地方裁判所裁判官より緊
急逮捕令状が発付されていることが明らかであり、所論にいわゆる別件逮捕が行な
われたものとは認められないから、論旨は理由がない。
 第二 騒擾助勢の罪に関する控訴趣意中、事実誤認の主張について
 一 H職安関係被告人らに関する控訴趣意について
 1 弁護人及び被告人A42は、同被告人は、本件当日、H職安の隊列に遅れて
祝田橋から皇居外苑広場へ入つた後、馬場先門を経て都庁内議員控室へ直行したも
のであるとし、また弁護人及び被告人A47は、同被告人は、本件当日、明治神宮
外苑のメーデー会場でH職安の一団と別れ、以後右一団とは行動をともにしていな
いとし、それぞれ、原判決が、右被告人両名について、銀杏台上の島における原判
示各所為に至るまでの間、終始H職安の一団と行動をともにした旨認定したのは、
事実を誤認したものであると主張する(なお弁護人は、この点について、原判決の
審理不尽及び訴訟手続の法令違反をも主張するが、その実質は、結局叙上事実誤認
の主張に帰するものと認められる。)。
 そこで所論に鑑み検討してみるのに、右被告人両名に対する原判決の挙示引用す
る各証拠によれば、右被告人両名が、原判示当日、いずれも原判示銀杏台上の島に
おける原判示各所為の時点に至るまで、原判示H職安の一団と行動をともにしてい
た事実を認めるに十分であり、所論は採用するに由ない。
 2 弁護人は、H職安関係被告人らにつき、原判決が、「桜田濠沿い砂利敷道路
上において、警察官と集団員とが、最初の接触を開始するや、これとほとんど同時
に、該接触部分の右方にいた集団員が、桜田濠寄りから銀杏台上の島の西北角付近
に順次波及する形で、その前方から急激に動き出し、各前面の警官隊の方向に進み
始めた。」旨の原判決総論認定事実を引用し、「その際、銀杏台上の島の西北角付
近に並んでいたH職安の一団も、前方にあがつた喊声に呼応し、前面の警察官の方
へ突進して行つたが、H職安関係被告人らは、いずれもその一団の一人として、H
職安の自由労務者を含む他の集団員が、警察官に対して暴行を加える目的で進むも
のであることを認識しながら、これらの者と一体となつて警察官に暴行を加える意
図のもとに、被告人A49は所携の板切れを、被告人A50は所携の棒をそれぞれ
携え、その余の被告人八名はそれぞれ所携の棒を振り上げて、前面の警察官の方へ
突進して行き、なお被告人A41は、その際、付近にいたH職安の自由労務者らに
対して、『皆気をつけろ』と叫んだ。」旨を認定判示したのに対し、原審が、H職
安関係被告人らの原判示各具体的所為に関する証拠として原判決中に挙示引用する
被告人A50、同A49、同A44の検察官に対する各供述調書は、いずれも証拠
価値に乏しく、また被告人A42、同A43、同A47、同A48に対する原判決
中に挙示引用する原審証人B40の証言は、措信できないことが明白であり、その
他H職安関係被告人らの原判示各所為を認めるに足りる証拠は存在しないから、原
判決の前記認定は、事実を誤認したものであると主張する(なお、弁護人は、この
点について、原判決の審理不尽及び訴訟手続の法令違反をも主張するが、その実質
は、結局叙上事実誤認の主張に帰するものと認められる。)。被告人A44を除く
その余の被告人九名の事実誤認の各所論も、弁護人の右所論と同旨に帰するものと
解される。
 そこで検討してみるのに、まず、原審が原判決総論事実認定に挙示引用した証拠
によれば、原判決に引用している前掲総論認定事実を優に認めることができる。一
方、原判決が挙示引用する被告人A50、同A49、同A44の検察官に対する各
供述調書によれば、前掲原判決引用の総論部分判示のように、桜田濠沿い砂利敷道
路における集団員と警官隊との最初の接触が開始され、これが該接触部分の右方に
順次波及した際、H職安関係被告人らは、いずれも銀杏台上の島にあつて、前方二
重橋砂利敷十字路方面に集団員の喊声があがつたことを知り、その方面の集団員の
方に赴くべく、その余のH職安の自由労務者らと一団となり、それぞれ原判示のよ
うに、棒または板切れを携えまたは振り上げて、前面の方向へ向かつて走り出し、
なお、その際、被告人A41が原判示のような叫び声を発した事実を認めることが
できる。
 ところで、さきに〔一〕の第三の六において認定したとおり、この段階において
右警官隊と直接接触乱闘に及んだ集団員は当時桜田濠沿い砂利敷道路から銀杏台上
の島にかけて集まつていたおよそ万にも達する集団員中、右桜田濠沿い砂利敷道路
から二重橋前砂利敷十字路にわたり警戒配置中の警官隊に相対面していた前部の数
百名の者にとどまつていたものであり、しかも、原判決が挙示引用する前記被告人
A50、同A44の検察官に対する各供述調書、並びに原判決が引用する前掲総論
部分の認定証拠として原判決総論が挙示している東京地裁昭和三四年証第一五九〇
号の四六、四七の写真二枚、及びこれに添付された各答申書を総合すれば、H職安
関係被告人らを含む同職安自由労務者らの一団が、原判示のように、銀杏台上の島
において前面の方向へ向かつて前進を始めた当初の位置は、同島の中心からやや北
西に寄つた付近の同島の内部に属する地点であり、その際、前記警官隊と直接接触
乱闘中の集団員から同被告人ら一団の右所在位置までのその周囲を含め前部一帯に
は、多数の他の集団の者達が幅広く厚い群れをなし同島を埋めつくして密集してお
り、同地点から前方の喊声をあげ警官隊と接触乱闘中の集団員までは、かなりの距
離を隔てていて、同被告人らがその接触乱闘の状況を直接目撃することのできない
状況にあつたばかりでなく、同被告人らの周囲を含め前部一帯に密集していた集団
員も、同被告人らと同様に前方にあがつた喊声を契機として一様に前進したわけで
なく、なお傍観者的態度をもつてその位置にとどまり事態の推移を見物していたに
すぎない者も多数存し、これらの者は、警官隊と集団員との接触に際し、集団員に
加担し警官隊に対し暴行、脅迫を行なう意思のなかつた者であることが認められる
のであり、これらの者が集団員の前部で警官隊と接触乱闘中の前記数百名の者と同
被告人らとの間に介在していたのであるから、同被告人らが前進を開始した時点に
おいて、同被告人らを含めてその周囲及び前部一帯に密集していた者が、前方にあ
がつた喊声を契機として、前方警官隊と接触乱闘中の集団員と共同して警官隊に対
し暴行、脅迫を加えるべく集合して一個の集団を形成したものとはただちに認定し
難いばかりでなく、同被告人らが前進を始めて間もなく、未だ同島芝生内にある間
に、催涙ガスの白煙が前方に立ちのぼり、前方から逃げ戻つてくる者があるに及
び、同被告人らを含むH職安関係の一団も混乱雑踏の中を後退逃走に転じたもので
あることが認められる。以上の経緯に徴すれば、H職安関係被告人らが、原判決引
用にかかる前掲原判決総論部分に示された最初の接触部分ないし順次波及部分の、
現に警官隊と接触乱闘する原判示集団員に加わつてこれと一個の集団を形成するに
至つたものと認めること、さらにはこれら集団員に率先して騒擾の勢いを増大する
行為をしたものと認めることには、なお多分に合理的な疑いの余地が残るものとい
わざるを得ない。なお、原審証人B40の証言の信憑性に重大な疑問があること
は、後記二の2において説明するとおりである。
 してみれば、原判決が他に特段の事実を示すこともなく、たやすく同被告人らの
原判示所為を騒擾助勢の罪に問擬したことは、前記原判決総論判示の警官隊と接触
乱闘する集団員の行為が騒擾罪に当るか否かにかかわりなく(右集団員の行為が騒
擾罪を構成するものと認められないことは、〔一〕の第三で述べたとおりであ
る。)、すでにその前提において、事実誤認、または法令の解釈適用を誤つた違法
があるものというべく、しかも右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであ
り、論旨は結局理由がある。
 二 被告人A51、同A52、同A53、同A54、同A55、同A56、同A
57に関する控訴趣意について
 1 弁護人は、被告人A53は、本件当日、南部群統制集団中に加わつていて皇
居外苑広場に入らなかつたものであるとし、また被告人A55、同A56は、同被
告人らは、本件当日中部コースを行進し、馬場先門から右広場に入つたものである
とし、いずれも銀杏台上の島における原判示警察官と集団員との衝突にはなんら関
係していないのに、原判決が右被告人三名について、右衝突の際、いずれも原判示
のように銀杏台上の島に位置した旨認定したのは、事実を誤認したものである旨を
それぞれ主張し、なお、弁護人は、被告人A53に対する右の関係において、原審
は審理不尽の違法をおかしている旨をも主張する(弁護人は、さらに、被告人A5
3に対する関係で、原判決の訴訟手続の法令違反を主張するが、その実質は、結局
叙上事実誤認の主張に帰するものと認められる。)。
 そこで所論に鑑み検討してみるのに、被告人A53に対する原判決の挙示引用す
る各証拠によれば、同被告人が原判示当日原判示南部群先頭集団とともに皇居外苑
広場に入つた事実を認めるに十分であつて、原審が審理を尽くしていないものとは
言い難いばかりでなく、この点に関し原判決が原判示「被告人の主張についての判
断」の項で示した判断内容は、優にこれを是認することができる。したがつて、弁
護人の所論は、この限度において理由がないものというべきである。さらに進ん
で、右被告人三名が、原判示警察官と集団員との接触乱闘の際、銀杏台上の島に位
置してこれに加わつたか否かについては、同被告人らの原判示具体的所為の存否に
関する次項掲記の所論と不可分の関係にあるので、これに対する判断の中において
一括して検討することとする。
 2 弁護人は、被告人A51、同岡本、同A53、同A54、同A55、同A5
6、同A57(以上の被告人七名を以下I関係被告人らと総称する。)につき、原
判決が、H職安関係被告人らに対すると同様の前掲総論認定事実を引用し、「その
際、銀杏台上の島の北縁付近に位置していたI関係被告人らは、いずれも、これら
集団員多衆が一体となつて、前面の警察官に対して暴行、脅迫を加える意図から、
前進して行くものであることを認識しっっ、自らもこれら多衆と一体となつて、警
察官に暴行、脅迫をする意思で、前面の警察官の方へ突進した。」旨を認定判示し
たのに対し、原審が右被告人らの原判示各具体的所為に関する証拠として原判決中
に挙示引用する原審証人B40の証言は、右被告人らの原判示各所為を含め、十
三、四名の具体的動静をつぶさに見聞したというのであるが、その際の同証人の位
置も不明で、記憶の混乱もあり、原判示の状況下で右の如き詳細を見聞することは
不可能というべきであつて、右証言にはなんらの証明力もないことが明白であり、
その他右被告人らの原判示各犯行を認めるに足りる証拠は存在しないから、原判決
の前記認定は、事実を誤認したものであると主張する(なお、弁護人は、この点に
ついて、原判決の審理不尽及び訴訟手続の法令違反をも主張するが、その実質は、
結局叙上事実誤認の主張に帰するものと認められる。)。被告人A51、同岡本、
同A54、同A55、同A56、同A57の事実誤認の各所論も、弁護人の右所論
と同旨に帰するものと解される。
 そこで検討してみるのに、右I関係被告人らの原判示各具体的所為を直接に証明
する証拠は、原判決の挙示引用する原審証人B40の証言を措いて他にはないもの
というべきであり、したがつて右被告人らに関する原判示所為が認定できるか否か
は、専ら右B40証言の信憑性いかんにかかることとなる。ところで、右B40証
言は、原判決が詳細に掲記引用しているように、原判示当日、皇居外苑広場桜田濠
寄りの道路上で起きたデモ隊と警官隊との最初の接触乱闘の経緯に関する目撃内容
を仔細に語るとともに、右接触乱闘が開始された瞬間の頃、南部群を含む一団のデ
モ隊が、全体として警察官の方向へ向かつて突進したが、その中に、A53、A5
1、B41、A52、A54、A47、A48、A42、A57、A55、A5
6、A49、A43、B42、B43らの駆け出して行く姿、棒を振り上げて突進
して行く姿を、瞬間的にはつきりと見た旨を述べている。しかしながら、記録及び
原審が取り調べたすべての証拠、なかんずく、H職安関係被告人らに関する前記第
二の一の2の判断の際に引用した被告人A50、同A44の検察官に対する各供述
調書、並びに東京地裁昭和三四年証第一五九〇号の四六、四七の写真二枚、及びこ
れに添付された各答申書を総合すれば、右の判断中において述べたように、H職安
関係の自由労務者の一団が前面の方向へ向かつて進み始めた当初の位置は、銀杏台
上の島の中心からやや北西に寄つた付近の同島の内部に属する地点であり、その際
警官隊と直接接触乱闘中の集団員から右H職安関係の自由労務者の一団の右所在位
置までのその周囲を含め前部一帯には、多数の他の集団の者達が幅広く厚い群れを
なし同島を埋めつくして密集していたうえ、前面の警察官やこれと現に接触乱闘す
る集団員まではかなりの距離を隔てていたため、右接触乱闘の状況を直接目撃する
ことは、とうてい不可能な状況であつたと認められるのであり、それにもかかわら
ず、B40証人が、一方において、桜田濠寄りの道路上における警官隊とデモ隊と
の最初の接触乱闘の具体的経緯を仔細に目撃すると同時に、他方、その接触乱闘が
始まつた瞬間の頃に、被告人A42、同A43、同A47、同A48、同A49ら
H職安関係被告人を含む南部のデモ隊が、前にいる警察官の方向へ向かつて突進し
て行く姿をはつきりと見た旨を証言しているのは、甚だ不可解なことと言わざるを
得ない。のみならず、その際における同証人及び同証人が目撃したという前記A5
3外一四名らの各所在位置、並びに両者の相互関係については、極めてあいまいで
漠然としており、証言の終始を通じてついにこれを確定するに由ない状況であるば
かりか、前記の如く集団員が密集している状況下で、同証人の証言するように、一
五名にも及ぶ多数の者の突進して行く姿を瞬間的に識別特定して確認することは、
他に特段の事情の認められない以上、著しく困難なことというべきであり、しかも
同証人が右のように南部のデモ隊の突進する状況を目撃確認したとの事実を裏づけ
るべき資料は、記録及び原審が取り調べたすべての証拠を通じてみても、他に全く
これを見出すことができないのである。
 はたしてしからば、右H職安関係被告人らとともに、被告人A51、同岡本、同
A53、同A54、同A55、同A56、同A57が警察官の方向へ突進するのを
目撃した旨のB40証言の信憑性には、重大な疑問があり右証言を実質的な唯一の
証拠として、右被告人七名の原判示所為を認めた原判決には、事実誤認の疑いがあ
るものというべく、しかも右の点は判決に影響を及ぼすことが明らかであり、論旨
は理由がある。
 3 弁護人は、被告人A51につき、原判決が、「桜田濠沿い砂利敷道路上にお
いて、警察官と集団員とが乱闘した混乱状態の中で、同被告人は後退しながら警察
官の方に向かつて投石した。」旨を認定判示したのに対し、原審が同被告人の右原
判示所為に関する証拠として原判決中に挙示引用する原審証人B44の証言内容
は、極めてあいまいで信用できず、その他同被告人の原判示犯行を認めるに足りる
証拠は存在しないから、原判決の前記認定は事実を誤認したものであると主張する
(なお、弁護人は、この点について、原判決の審理不尽及び訴訟手続の法令違反を
も主張するが、その実質は、結局叙上事実誤認の主張に帰するものと認められ
る。)。被告人A51の事実誤認の所論も、弁護人の右所論と同旨に帰するものと
解される。
 そこで検討してみるのに、同被告人の原判示所為を直接に証明する証拠は、結局
において、原判決の挙示引用する原審証人B44の証言につきるものというべく、
同被告人に関する原判示所為が認定できるか否かは、専ら右B44証言の信憑性い
かんにかかるものというべきところ、右証言内容を仔細に検討してみると、同証人
は、警官隊とデモ隊との乱闘が始まり、同被告人の周囲を多数のデモ隊が動き回つ
ていた混乱した時期の中で、同被告人が手を上下に振り後退して来ているのを瞬間
的に見て、投石したと直観したというにすぎず、同被告人から石が飛ぶのは見てい
ないし、同被告人が警察官の方向を向いていたのか背を向けていたのかもわからな
いというのであり、右証言によつて、同被告人の原判示投石の事実を認めることは
もとより、同被告人が警官隊に対抗して暴行、脅迫をした原判示集団員に属してい
たとの事実を認めることも、困難というのほかなく、右証言を実質的な唯一の証拠
として同被告人の原判示所為を認めた原判決には、事実誤認の疑いがあるものとい
うべきであり、しかも右の点は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨
は理由がある。
 第三 被告人A45の公務執行妨害罪に関する控訴趣意について
 弁護人の所論は、原判決は、「蒲田警察署警部補B45は、同署巡査B46ら約
一〇名の警察官を指揮し、騒擾関係容疑でB42を同人方家屋内で逮捕したが、そ
の際、同家屋内土間に立てかけてあつた竹棒一本を同事件の証拠物として差押える
ようその発見者たる右B46巡査に指示したところ、被告人A45は、同家屋内の
居室からその土間に飛び出して来て、B45警部補の右指示によりすでにその竹棒
を所持していたB46巡査に暴行を加え、同巡査の右証拠物差押えについての公務
の執行を妨害した。」として、同被告人につき公務執行妨害罪を認定したが、右は
専ら信用性の極めて乏しいB45、B46両警官証人の原審証言を信用して事実を
認定したもので、その認定内容はあいまいで漠然としており、原判決は未だ審理を
尽くしたものとはとうてい言えないし、かかる無価値の証拠で事実認定を行なつた
ことは訴訟手続の法令違反にあたり、ひいては事実誤認の瑕疵があるものというべ
く、さらに本件の如き場合には、警察官は住居主たる同被告人に対して事情を説明
したうえB42の逮捕行為に着手すべきであり、また差押えの際には、その対象物
が第三者所有のものか否かを確認しなければならないのにそれを怠たり、同被告人
を無視し、また所有者の確認をしないまま、逮捕、差押えに着手し、これに抗議し
た同被告人に対し、むしろ警察官側から暴行を加えたものであつて、以上の警察官
の行為は適法な職務執行とはいえず、原判決はこの点においても法令の解釈適用を
誤り事実誤認をおかしているというのであり、同被告人の主張するところも、竹棒
差押えの職務の適法性について、うす暗い土間で棒の先端の僅かゴマ粒大の血痕付
着が目に入るか疑わしく、しかも右血痕なるものが実はペンキであつたとすれば、
右は差押えという公務には当らないと主張する点を付加するほか、結局弁護人の右
所論と同旨に帰着する、よつて以下右論旨について順次判断する。
 一 職務執行の適法性を争い、法令の解釈適用の誤り、並びに事実誤認を主張す
る論旨について
 まず原判決は、被告人A45が、本件当時、B42と東京都大田区a所在の家屋
で同居していたとしたうえ、原判示警部補B45が、原判示巡査B46ら警察官を
指揮し右家屋に赴き、逮捕状の緊急執行として右B42を同家屋内で逮捕したと認
定しており、以上の事実は原判決引用の原審証人B45、同B46の各証言により
認められるところであるが、右各証言及び原判決挙示の司法警察員B45作成の差
押調書(見取図を含む)を総合すれば、原判示の右家屋は、入口を入つてすぐ右側
が土間、左側が三畳の同被告入居室、土間のつき当り奥六畳がB42の居室となつ
ており、各居室の出入口がそれぞれ右土間側にあり、右家屋入口及び土間は、右両
者共用の関係にあると認められるところ、前記逮捕にあたり、原判示警察官らは、
右家屋入口から土間に入り、B42居室出入口をノツクしたうえ、出てきた同人を
その場で逮捕したもので、その間同被告人の方で右警察官の同家屋への立ち入りに
ついて異議を述べた如き形跡は毫も認められないばかりでなく、所論の如く、前記
警察官がB42を逮捕するについて、たとえ同被告人が右家屋の管理者であるにせ
よ、同被告人に対し逮捕の事情を告げなければならないものでもない。してみれ
ば、同被告人に対し事前に事情を説明することなくB42を逮捕した原判示警察官
の職務執行(そして、それが原判示竹棒差押えの職務執行の適法性の前提となるこ
とは、いうまでもない。)には、なんら前記所論のような違法のかごは認められな
い。
 そこで進んで右の逮捕を前提とする原判示竹棒差押えの職務執行の適否について
検討してみるのに、刑訴法二二〇条一項二号によれば、およそ被疑者を逮捕する場
合に、その事件の捜査上必要があるときは、たとえそれが当該被疑者以外の第三者
の所有に属する物であつても、逮捕現場でこれを差押えることができるものと解す
べきところ、原判決挙示の各証拠を総合すれば、原判示警部補B45らが原判示竹
棒を差押えようとした経緯は、原判示のとおり、「B45警部補は、B42を同人
方家屋内で逮捕した際、同家屋入口につづく同家屋内土間の隅に立てかけられてあ
つた長さ約一・〇七メートル位の一本の竹の棒(東京地裁昭和三六年押第五八三号
の一号)の一端にはめ込まれている長さ約〇・二四メートル位の木の棒の先端にゴ
マ粒大の血痕様斑点が付着しているのを認め、この物が本件騒擾事件の証拠物であ
ると判断して、当該竹棒の発見者たるB46巡査に対して、その竹棒を同事件の証
拠物として差押えるように指示した。しかるところ、その際、同被告人は前示土間
から奥に向かつて左側にある同家屋内の居室からその土間に飛び出して来て、『そ
れは俺のものだ。持つて行くと承知しねえぞ。』とどなり、B45警部補の右指示
により、すでにその竹棒を所持していたB46巡査に暴行を加え右差押えを妨害し
た。」という事実関係にあり、なお右血痕様斑点は唯一点のみにとどまらず、木部
先端にぽつぽつと付着していたものであり、また原判示竹棒は、本件現場の同被告
人の面前において、最終的には同被告人所有のものとして差押えられ、差押調書に
もその旨記載されていることが、それぞれ認められる。はたしてしからば、右警察
官らが、右竹棒を騒擾関係証拠物にあたると判断したのは、数点に及ぶゴマ粒大血
痕様斑点の付着とともに、先端に木棒をはめ込んで旗竿の継ぎ竿用に仕立てたその
形状にも注目したためであることが明らかであり、同被告人が独自の見解に基づ
き、僅少なゴマ粒大血痕付着のみがその根拠であつたと前提して右差押えの適法性
を攻撃するのは失当であり、なお同被告人所論のとおり、検察官が、昭和三六年四
月六日の原審公判期日に、鑑定の結果右血痕様斑点が血痕ではなかつた旨を陳述し
ていることは、記録上明らかであるが、後日に至つてはじめて判明した右のような
事情は、未だもつて前記差押えの適法性を左右するには足りず、さらに前叙のとお
り、原判示竹棒は、同被告人が差押えの終始を自己の面前で見聞了知している中
で、最終的には同被告人所有にかかるものとして差押えられたものであり、弁護人
所論の如く、所有者の確認もないまま本件差押えがなされたとして非難するのは当
らない。
 以上の次第で、原判示竹棒差押えの行為は、適法な職務執行とはいえず、原判決
は法令の解釈適用を誤り事実誤認をおかしているとする論旨は、すべて理由がない
ものというべきである(なお、B42に対する騒擾罪の成立が認められないとして
も、同人に対する逮捕が当然に違法無効となるわけではなく、したがつてまた、右
逮捕にともなう差押えを妨げた本件公務執行妨害罪の成立に消長を来すものという
を得ないことはもとよりである。そして、原判決が取り調べた証拠及び記録によれ
ば、右逮捕はこれを適法有効と認めるに十分である。)。
 二 職務執行妨害行為に関する原審認定について審理不尽、訴訟手続の法令違
反、事実誤認を主張する論旨について
 原判決は、原判示竹棒を証拠物として差押えようとしたB46巡査の職務の執行
を妨害した被告人A45の暴行内容につき、「竹棒を所持していたB46巡査の後
襟首を片手で掴んで同巡査の身体をゆさぶり、他の片手でその竹棒を掴んで奪い返
そうとし、奪われまいとして同被告人の手を払いのけようとする同巡査に対して、
その手を引つ掻いたり、身体を蹴つたりする暴行を加えた。」と判示しているが、
以上は十分具体的で事実関係も特定されており、公務執行妨害罪の構成要件たる暴
行の判示として欠けるところはなく、その内容があいまいで漠然としているとの所
論非難は当らないばかりか、右原判示事実は、原判決挙示の原審証人B45、同B
46の各証言により優に認定できるところであり、右各証言を精査検討してみて
も、これら証言が具体性、明確性に欠けかつ互いに矛盾しているものとは認められ
ず、これら証言には信用性がないとして原審の採証措置を攻撃する所論は、たやす
く首肯できない。なお所論は、原判決はB45警部補がB46巡査に対し竹棒差押
えを指示した後に原判示の如き同被告人の所為があつたかのように認定するが、証
拠上この点も判然としないと主張し、また暴行はむしろ竹棒差押えに抗議した同被
告人に対して警察官側から加えられたものであると主張するけれども、前記B4
5、B46両証人の各証言を総合すれば、原判示のとおり、B45警部補による竹
棒差押えの指示がなされた後に、B46巡査に対する同被告人の暴行が加えられた
ものであることが明らかであり、また同被告人の右暴行に対抗して、その妨害を排
除し、さらには公務執行妨害現行犯人として同被告人を逮捕するため、警察官側か
らの実力行使があつたことは認められるが、所論のように、無抵抗の被告人に対
し、警察官側が一方的に暴行を加えたとの事実は、これを認めるに由ない。
 以上のとおりで、原判示職務執行妨害行為の認定について審理不尽、訴訟手続の
法令違反、事実誤認があるとする論旨もすべて理由がない。
 第四 以上の次第であつて
 一 被告人A45に対する原判示騒擾助勢の罪については、前示の如く論旨は理
由があるものというべきところ、原判決は、右騒擾助勢の罪と原判示公務執行妨害
罪とは併合罪の関係にあるものとして一個の刑で処断しているから、同被告人に対
する原判決は破棄を免れない。よつて刑訴法三九七条、三八二条、三八〇条に則
り、原判決を破棄することとし、同法四〇〇条但し書に従い、被告事件についてさ
らに判決する。
 原判決の確定した同被告人の原判示公務執行妨害の所為は、刑法九五条一項に該
当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期範囲内で同被告人を懲役五月
に処し、情状刑の執行を猶予するのを相当と考えるから、同法二五条一項により、
本裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予することとし、原審における当該関係
訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但し書に従い、これを同被告人に負担させないこ
ととする。
 同被告人に対する公訴事実中騒擾助勢の点については、本件記録並びに原裁判所
が取り調べたすべての証拠に当裁判所の証拠調の結果を併せ考えてみても、同被告
人を有罪と断ずるに足りる証拠がないので、同法三三六条に則り、同被告人に対し
無罪の言渡をする。
 二 被告人A41、同A42、同A43、同A44、同岡田、同A47、同A4
8、同A49、同A50に対しては、同法三九七条、三八二条、三八〇条に則り、
また被告人A51、同岡本、同A53、同A54、同A55、同A56、同A57
に対しては、同法三九七条、三八二条に則り、いずれも原判決を破棄することと
し、同法四〇〇条但し書に従い、各被告事件についてさらに判決する。
 本件記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠に当裁判所の証拠調の結果を
併せ考えてみても、右被告人一六名に対する本件各公訴事実について、同被告人ら
を有罪と断ずるに足りる証拠がないので、同法三三六条に則り、右被告人一六名に
対し、いずれも無罪の言渡をする。
 〔一〇〕 被告人A58、同A59、同A60、同A61、同A62、同A6
3、同A64、同A65、同A66、同A67、同A68、同A69、同A70関

 第一 弁護人の被告人A58、同A59、同A60、同A61に対する各騒擾指
揮の罪、並びに被告人A62、同A63、同A64、同A65に対する各騒擾助勢
の罪に関する控訴趣意について(以上の被告人八名を以下b町関係被告人らと総称
する。)
 所論は、原審は、b町関係被告人らについて、原判示のとおり、騒擾指揮ないし
騒擾助勢の事実を認定し、その根拠として数多くの証拠を列挙しているが、同被告
人ら罪責を決すべき皇居外苑広場における各被告人の具体的所為に関する証拠とし
ては、結局原判決が引用するB47の検察官に対する各供述調書がその唯一のもの
であるというべきところ、右調書は任意性を欠き証拠能力がないものであるばかり
か、その内容は、矛盾に充ちたものであつてとうてい信用性が認められないのに、
これを無批判にとり入れ、同被告人らに対する罪となるべき事実を右調書の記載内
容そのままに認定した原判決は、事実を誤認したものであるというのである。
 そこで所論に鑑み検討してみるのに、まず所論は、B47の前示検察官調書の内
容は、捜査官が、同人の供述と引換に同人が法廷に出なくてすむようにしてやるこ
と、すなわち同人を起訴せず、また本件から一切関係がなくなるよう取り扱つてや
ることをもつて取引したものであるから信用性がないと主張するのであるが、所論
がその根拠として引用する原審証人B47ことB47の証言(昭和三七年六月一六
日の原審証人尋問期日におけるもの)によつても、同人が捜査官から法廷に出なく
てよい旨を聞いたかどうかははつきりせず、釈放後同人の一存でこれで済んだと思
つたというにすぎないのであり、他に所論を裏づけるべきなんらの資料もないか
ら、所論はとうてい採用できない。
 つぎに所論は、本件当時B47は、東京都江東区cb町居住者との面識ないし交
際がほとんどなかつたのに、同人の前示検察官調書に右同町居住の多くの人々の名
前が詳しく挙げられているのは納得できないと主張するのであるが、同人の原審証
言(昭和三七年六月一六日及び同年七月二日の各原審証人尋問期日におけるもの)
及び同人の昭和二七年六月三日付検察官調書によれば、同人は昭和二〇年九月以降
引き続き右b町d丁目e番地に居住し、同町居住のb町関係被告人ら(但し被告人
A61を除く。)を含む多数の朝鮮人とは、日常挨拶を交す程度の面識をもち、ま
た本件メーデーの頃b町に移つて来たという被告人A61については、右検察官調
書作成の際に、検察官から示された外国人登録原簿の写真によつて同被告人の同一
性と氏名とを確認のうえ供述したこと、さらにB47は、本件メーデーに際し、b
町関係被告人らを含む右b町居住の朝鮮人の一団に属して、明治神宮外苑会場から
皇居外苑広場まで終始行動をともにしていることが明らかであり、以上の諸点を併
せ考えれば、所論の非難は当らないものというべきである。
 さらに所論は、B47の昭和二七年六月三日付検察官調書の添付図面には、被告
人A58、同A59、同A60、同A61らの号令で警官隊との乱闘に突撃した地
点として、銀杏台上の島上に6なる記載があつて、同島桜田濠側の縁一面に突撃し
たように図示されているが、他方B47が恐ろしくなつて逃げ出した地点として7
なる記載があり、同人は同島に行く途中で逃げ出したことになつていて、図面上一
度も同島に上ていないことになつているのであり、右7点に関する記載よりすれ
ば、6点に関する記載は、同人が経験しないことを述べていることになるのみなら
ず、かりに同人が同島に上つたとしても、同人の原審証言(昭和三七年六月一六日
及び同年七月二日の各原審証人尋問期日におけるもの)によると、それは同島上に
いたデモ隊集団の最後尾に行つたものと見ざるを得ず、しかも右証言は、折から他
のデモ隊が雪崩をうつて後退して来たため、自分が逃げるのに精一杯で他人の行動
を目撃認識する余裕はなかつたと述べているのに、同人の前示検察官調書には、
「A58が最先頭に立つて手を振り上げ突込むように合図しながら進んで行き、A
60、A59、A61などが先頭に立つて突込んで行つた。突込んだ連中は、すで
に乱闘しておるデモ隊に加わつて警官隊と殴り合い等していた。」旨、同人が現実
に目撃していないことの明らかな事実が詳しく記載されているのであり、以上のよ
うな数々の矛盾の存することに徴しても、原判決が挙示引用する同人の検察官調書
には信用性がないものというべきであると主張する。そこで所論に鑑み、同人の各
検察官調書、原審証言、その他原判決が挙示引用する関係各証拠について、順次検
討することとする。
 一 B47の昭和二七年六月三日付検察官調書について
 本調書添付第三図(以下単に図面と略称する。)には、同人の説明により検事が
代筆し、これを同人が確認したものとして、b町朝鮮人の一団の皇居外苑広場にお
ける行動経緯が、要点についての簡単な説明付きで図示されているが、本調書の内
容を検討してみるのに、その二九項ないし三三項、及び右図面には、皇居外苑広場
に入つたb町朝鮮人の一団は、中央自動車道路を経て銀杏台島に上り、同島芝生上
で先着デモ隊の左側、図面5点に、皇居に向かつて三列縦隊で整列したこと(図面
によれば、同島上b町朝鮮人の一団の左側にも、なお他のデモ隊が並んでいたよう
に図示されている。)、そうするうちに銀杏台上の島の図面6点で、その二重橋寄
り前方で警備中の警官隊と対峙していたデモ隊が、右警官隊と乱闘を始めかけたの
で、被告人A58、同A60、同A59、同A61などの指揮者が、b町朝鮮人の
一団に対し、「今前でやられているから突込め」と号令したこと、その項右の一団
は特攻隊員四、五十名であり、右の号令で若い者などが棒等を持つて前方の乱闘を
やつているデモ隊に加勢して警官隊と乱闘するため突込んで行き落伍する者はなか
つたが、B47だけは、その途中馬場先通り砂利敷道路のほぼ中央、図面7点に来
た項、恐ろしくなり、うまくスクラムが解けたので、馬場先門方向へ逃げ出したこ
と、このようにして突撃する時には、被告人A58が最先頭に立つて手を振り上げ
突込むように合図しながら進んで行き、被告人A60、同A59、同A61などが
先頭に立つて突込んでいたが、突込んだ連中は、すでに乱闘をしておるデモ隊に加
わつて警官隊と殴り合い等していたこと等の記載が存し、なお右添付図面には、前
記5ないし7の各地点につき、5点は、「b町デモ隊が最初整列した地点」、6点
は、「A58、A60、A59、A61等の号令で警官隊との乱闘に突撃した地
点」、7点は、「私がおそろしくなつて逃げ出した地点」との説明がそれぞれ付記
され、また警官隊側と集団員側とが桜田濠沿い砂利敷道路を挾んで相対峙した状況
が図示されている。
 ところで、右b町朝鮮人の一団が、本件メーデーの南部コースを行進したうえ、
南部群先頭集団に後続する朝鮮人集団に属して銀杏台島に到つたものであること
は、原判決引用の証拠上認定できるが、原判決が原判示総論事実認定に引用した証
拠によれば、その後桜田濠沿い砂利敷道路上で、警官隊と集団員との間に原判示接
触乱闘が始まる少し前頃、銀杏島上の集団員は、順次馬場先通り砂利敷道路を渡つ
て銀杏台上の島の方に移動を開始し、右接触乱闘の始まつた頃には、これら集団員
の大部分の者は銀杏台上の島に上つたり、または右砂利敷道路の銀杏台上の島付近
に達したりしていたが、なおこれに後続して右砂利敷道路を銀杏台上の島の方向に
移動中の者もあつたという状況にあつたこと(原判決総論〔一七一〕)、また原判
示接触乱闘開始直前の警官隊と集団員との位置関係は、まず警官隊側が、二重橋前
砂利敷十字路上で、銀杏台上の島の角付近を角度のゆるやかな頂点として、馬場先
門方向と桜田土堤方向とにおおむね正対する二つの辺をもつかぎ型の隊形をなし
(原判決総論〔一六七〕)、これに対して集団員側は、右銀杏台島から移動した集
団員をも含め、銀杏台上の島から桜田濠沿い砂利敷道路にかけて、警官隊から見て
前面が不整形な弧状をなして連なる幅広い形をとつて密集し、前示かぎ型隊形の警
官隊と相対峙したこと(原判決総論〔一七三〕ないし〔一七五〕)、さらに右の原
判示接触乱闘は、桜田濠沿い砂利敷道路上の集団員の前面中央部よりやや濠寄り部
分と、これに対応する警官隊との接触乱闘に始まり、これが桜田濠寄りから銀杏台
上の島の西北角付近に順次波及したものであること(原判決総論〔一七七〕ないし
〔一八〇〕)、以上の事実が認められる。
 はたしてしからば、B47が、本調書中において、桜田濠沿い砂利敷道路を挟
み、銀杏台上の島の同道路側縁の線に集団員側が、また同道路の桜田濠沿いの線に
警官隊側が、それぞれ横に長い直線状に相対峙していたように図示し、さらにb町
朝鮮人の一団が、銀杏台島上の整列地点から、銀杏台上の島上の図面6の地点を目
指して直接に突進して行つたように供述しているのは、首肯し難いところである。
のみならず、B47を除く右b町朝鮮人の一団が右6点に突進した頃には、未だ同
所付近においては集団員と警官隊との乱闘が行なわれていたものとは証拠上とうて
い認め難いところであるばかりでなく、馬場先通り砂利敷道路中央の本調書図面7
点付近から、当時集団員の密集していたことの証拠上明らかな銀杏台上の島上の同
図面6点周辺に突進した右一団を、他の集団員と区別して目撃認識することは、他
に特段の事情の認められない本件では、著しく困難なことといわざるを得ない。以
上の理由で、b町関係被告人らの具体的所為に関する本調書の記載内容には、とう
てい信憑性を認め難いものというべきである。
 二 B47の昭和二七年六月一九日付検察官調書について
 本調書の内容を検討してみるのに、その四項には、b町朝鮮人の一団は、まず銀
杏台島芝生上で、先着朝鮮人デモ隊の左側に二重橋に向かつて三列縦隊で停止した
後、その隊列のまま銀杏台上の島の方へ向かつて左を向き、横にスクラムを組み直
したうえ、被告人A58、同A60、同A59、同A61らの指示で、同島の方に
向かつて移動したこと、右移動の理由は、すでに同島上にあつて、同島西方の濠の
前辺りに警戒線をひいていた警官隊と対峙していた他のデモ隊を応援して、右警官
隊を濠の中へ突き落す作戦ではないかと考えたこと、その時、前の方のデモ隊が警
官隊と衝突し乱闘を始め、白いガスが盛んに飛び始め、右指揮者らが「今、前でや
られているから、これを応援して突込め。」と号令をかけ、一同は声をあげて警官
隊に向かつて突撃したこと、突撃の先頭には被告人A58が立ち、手を振つて突撃
の合図をし、その後に被告人A60、同A59、同A61が従い、その直ぐ後には
JとKの責任者四名が従い、これに続いてその他の者が突撃したが、この時にはほ
とんどすべての者が棒を持つていたこと等の記載が存する。
 以上の記載によれば、b町朝鮮人の一団が、銀杏台島芝生上から横隊となつてス
クラムを組み、銀杏台上の島上のデモ隊を応援すべく、同島の方に向かつて移動し
たその時に、前の方のデモ隊が警官隊と衝突し乱闘を始め、ガスが盛んに飛び始
め、右一団も指揮者の号令により警官隊に向かつて突撃したこととなるかの如くで
ある。しかしながら、右調書にいう銀杏台上の島の方に向かつて移動したその時と
は、右一団が同島に上つた後の時点を言うのか、同島に向け馬場先通り砂利敷道路
を移動中の時を指すのか、必ずしも明確でなく、また同島に上つた後の時点を意味
するとしても、はたして同島のどの辺に上つた趣旨か明らかではなく、さらに、前
の方のデモ隊とは、どの位置にあつたデモ隊を意味し、それがどの位置の警官隊と
どのような乱闘を始めたのか、そして右一団の突撃とは、具体的にどのような言動
を言い、それが警官隊や周囲集団員に対しいかなる影響を及ぼし、どのように発展
したものか等、いつこうに不明で漠然としているばかりでなく、当の供述者たるB
47本人は、以上の顛末、殊に右一団の突撃をいかなる位置にあつて目撃し、また
同人自身はその際いかなる行動に及んだものであるかについて、本調書上いささか
も語るところがなく、専ら顧みて他を言うことのみに終始しておる状況であり、し
かも本調書を、さきに詳しく検討した同人の昭和二七年六月三日付検察官調書と対
比すると、デモ隊と警官隊との乱闘が始まつた時期と位置、b町朝鮮人の一団が銀
杏台島から銀杏台上の島へ向かつた動機、指揮者の突撃命令があり、これに従つて
右一団が突撃をした時期と位置、同人が右一団を離脱した時期と位置等幾多の点
に、重要な供述変更のなされていることが明らかであり、そうである以上、右調書
の僅か半月後に作成された本調書において、何故にわかにかかる多くの重要な供述
変更をみるに至つたかの合理的理由の説明が、本調書上に明示されてしかるべきも
のと思われるのに、調書上この点に触れた記載はさらになく、かえつて、その一項
冒頭に、メーデーの騒ぎに参加した時の状況は丸物検事に述べたとおりであるとい
い(昭和二七年六月三日付調書は同検事の作成にかかる。)、また警官隊に突撃し
た状況を述べた四項末尾に、その時の状況はこれまで申したとおりであると述べら
れているのは、たやすく納得し難いところである。以上の次第で、本調書をもつて
しては、未だ原判示b町関係被告人らの具体的所為を裏付けるには足りないものと
いわざるを得ない。
 三 原審証人B47ことB47の証言(昭和三七年六月一六日の原審証人尋問期
日におけるもの)について
 原判決がb町関係被告人らの具体的所為の証拠として引用するのは、本証言二二
丁ないし三一丁の部分であるが、右証言部分には、B47らb町朝鮮人の一団は、
祝田橋から皇居外苑広場に入り、自動車通りを進んで、左二っ目の芝生へ行き、列
を組んだまま宮城の方を向いて止つたこと、すると左側のデモ隊が気勢をあげ、一
番左側の方から濠の前に並んでいた警官隊へ突込んで行つたこと、そのとき被告人
A58ほか一、二名の指揮者が、「前のデモ隊がやられているから突込め」という
号令をかけたので、B47らの一団も、左側のデモ隊について隊列を組んだままど
んどんと左側へ寄り、さらに前のデモ隊についてどんどんと前へ進んで行つたこ
と、右の一団は気勢をあげ一固まりになつて突込んで行つたが、警官隊側からの白
い煙により皆退却したこと等の供述が存する。
 そこで検討してみるのに、右証言部分によれば、原判決総論判示の接触乱闘は、
銀杏台島上になおかなりのデモ隊が滞留していた状態において始まつたことにな
り、さきにB47の昭和二七年六月三日付検察官調書について検討したと同様の疑
問が残り、また所論も指摘するとおり、被告人A58らの「突込め」の号令は、b
町朝鮮人の一団に対する銀杏台島から銀杏台上の島方向への移動を指示したにすぎ
ないものとなつて甚だ不自然であり、さらに右移動の結果、はたして右一団が銀杏
台上の島へ上つたのかどうか、上つたとしてそれはどの辺の位置であつたのかにつ
き、右証言は漠然として明確を欠き、しかも、その後右一団が前のデモ隊について
警官隊へ突込んで行つたというのであるが、前のデモ隊は、どの位置にあり、どの
程度の人数で、どのような態勢にあつたのか、相手方たる警官隊は、どの位置にあ
つて、どのような対抗状況を示していたのか、右一団は、どの位の距離を、どのよ
うな状態で前進し、はたして暴行、脅迫の挙に出たことがあつたのか等の諸点につ
いては、一切不明であるばかりでなく、本証言中原判決の引用部分に引き続く三二
丁ないし三三丁の供述部分によれば、B47は、突込みかけ皆と一諸に行くことは
行つたが、同人が行くときには、白い煙が来て前の人たちが後退して来たので、こ
れ幸いとはだしになつて逃げた、そのときは自分が逃げるのに精一杯で人が何をや
つたか気がつかず、はつきり断定できないけれども、同人が逃げ始めるとき同人の
周囲にいた人は、「前へ突込んで行つた人もいるかもわかりませんし、退却して…
…………ほとんど退却したんじやないかと思います。」というのであつて、以上の
点に鑑みれば、原判決の引用する本証言は、未だb町関係被告人らの原判示所為を
証明するには足りないものというべきである。
 四 その他の原判決引用証拠について
 その他原判決が挙示引用する証拠のうち、B48(昭和二七年六月二四日付)、
B49(同年同月九日付)、B50(同年同月一三日付)の検察官に対する各供述
調書によれば、祝田橋から皇居外苑広場へ入つた右三名を含むb町朝鮮人の一団
が、銀杏台島へ到着した後、さらに銀杏台上の島へ移動した事実は、これを認める
ことができる。しかしながら、B48の右検察官調書によれば、右移動先は銀杏台
上の島の東北隅であつて、その付近には催涙弾が盛んに飛び交い、右一団は前のデ
モ隊を応援するため前になだれたというのであるが、その内容も漠としているばか
りか、同人はただちに楠公銅像島へ逃げ出したというものであり、またB49の右
検察官調書によれば、前記移動先は銀杏台上の島中央やや北寄り部分で、同人は群
衆の後方にいたため、白煙のあがるのは見えたが、警官隊との乱闘の模様は見え
ず、やがて大勢の者が同人の方に向かつて逃げて来たので、同人も逃げたというも
のであり、さらにB50の右検察官調書によれば、前記移動先は銀杏台上の島のほ
ぼ中央地点であるが、同人は移動直後ただちに隊列から離脱して楠公銅像島へ出た
というのであり、以上によつても、b町朝鮮人の一団が、銀杏台島から移動して銀
杏台上の島のどの地点に位置したのか、また同島に到つた時期が原判示接触乱闘と
の関係でいつにあたるのか、さらに、右接触乱闘の際、右一団がいかなる行動に及
んだのか等については、一切不明というほかはなく、以上の各検察官調書によつて
は、とうていb町関係被告人らの原判示所為を認めるに由なく、その他原判決が挙
示引用する各証拠を検討してみても、未だ同被告人らの原判示所為を認めるに足り
るものは、なんら見出し難い。
 以上原判決が挙示引用する一切の証拠を逐一個別に検討したのであるが、これら
の証拠を総合勘案してみても、被告人A58、同A59、同A60、同A61が、
はたして原判示集団員と警官隊との接触乱闘との関係上、どの時期、どの地点にお
いて、b町朝鮮人の一団に対し、原判示の如く「突込め」の号令をしたものか、そ
してまた、被告人A62、同A63、同A64、同A65らを含む右一団が、その
号令に基づき、原判示のとおり原判示集団員と乱闘中の警官隊へ向かつて突進して
いつたものかどうかについては、これを確認するに由なく、未だ原判決が判示する
b町関係被告人らの具体的所為を認定するについては、なお多分に合理的な疑いを
容れる余地があるものといわざるを得ず、原判決が、同被告人らに対し、原判示の
とおりの事実を認定して、同被告人らを騒擾指揮ないし率先助勢の罪に当るとした
ことは、事実を誤認したものというべく、右の誤認は判決に影響を及ぼすことが明
らかであるから、この点の論旨は結局理由があり、原判決はこの点において破棄を
免れない。
 第二 弁護人の被告人A59、同A66、同A62、同A67、同A63、同A
68、同A69、同A64、同A65、回A70(以上の被告人一〇名を以下L糸
被告人らと総称する。)に対する各暴力行為等処罰に関する法律違反の罪に関する
控訴趣意について
 弁護人の控訴趣意の要旨は、原判決は、原判示B51方におけるL系被告人らの
行為について、「同被告人らは、多数のM系朝鮮人らと互いに意思を通じ共同し
て、若しN脱退についての要求に応じなければ、B51の生命、身体に対して危害
を加えるべき気勢を示し、同人を畏怖せしめ、もつて多衆の威力を示し同人を脅迫
した。」と認定したが、同被告人らの真意は、専ら原判示B51に対してNからの
脱退を勧誘すべく、真面目な交渉を真剣に進めようとするにあり、もとより同人を
脅迫しようとする意思もなければ、また同人を畏怖させるに足りる害悪の告をした
こともなく、一部心ない発言が外庭よりあつたかも知れないが、それは同被告人ら
の行為とは関係のない無責任な野次にすぎず、同被告人らは、むしろ、交渉の妨害
となるような歌や悪口に対しては、その制止にまわつているのであつて、右の者ら
と意思を通じ共同して危害を加えるべき気勢を示したことはなく、当時未だ脅迫に
あたるような事態は生じていなかつたものであるといい、以上の点に関する原判決
の事実誤認と法令の解釈適用の誤りを主張するにある。
 そこで検討してみるのに、所論は、原判決が挙示引用する数多くの証拠の中か
ら、原審証人B52、同B53、同B51(昭和三六年三月三〇日の原審公判期日
におけるもの)、同B54(同年同月一六日及び同月二〇日の原審各公判期日にお
けるもの)の各証言中、その極めて一部分のみを、証言全体との関連を十分に顧慮
しないまま抽出引用して、原判決の事実認定を攻撃しているのであるが、右各証拠
を含め原判決が挙示引用するすべての証拠を、なかんずく、被害の顛末を具体的か
つ詳細に生々しく吐露している原判示B51、並びに同人の妻B55、及び同人ら
の養子B54の供述するところ(原判決挙示の証拠中5ないし9の分)を中心とし
て、仔細に検討し、これを総合勘案すれば、以下の諸事実、すなわち
 一 同被告人らは、原判示の日時頃、原判示のb町居住M傘下の朝鮮人数十名と
ともに、中学生を加えた隊列を組み、大挙して原判示B51方に赴いたが、右は当
日のメーデー参加による昂揚した気分の余勢を駆り、当時右Mと反目抗争中であつ
たNの有力者たる右B51に迫つて、同人をNから脱退させようとする意図に出た
ものであること、
 二 同被告人らを含む右の一団は、原判示B51方に到るや、ちゅうちよする同
人をして、右同人方母屋から事務室に出向かせ、一団中の約一〇名の者が、右事務
室内において、右B51、並びに同人の妻B55、及び同人らの養子B54と相対
したうえ、原判示の如き過激な態度で、右B51に対し、Nからの即時脱退方を交
々執拗にかつ一方的に迫つて強く即答を求めたが、その間怒鳴つたりテーブルを叩
いたりして気勢を添えるものもあり、いわゆる吊し上げのような状況を呈したこ
と、
 三 原判示B51方に到つた同被告人らを含む右一団のうち、右事務室に入つた
者を除くその余の者達は、同事務室外の同人方庭先にあつて、しきりに革命歌を合
唱して気勢をあげ、同人が母屋から右事務室へ赴くため右庭を通過しようとする
や、これに対して原判示の如き罵声を投げかけ、ついで右事務室内に購いて前示の
問答が始まつた際、右庭先の合唱が喧しく右問答の声が聞きとりにくいところが
ら、事務室内に入つた者よりの合図で一時右合唱を止めたが、やがて右B51が容
易に所期の応答に出ようとしない状況が右事務室内から伝えられるや、同人に対す
る事務室内における前示の如き激しい追及と相呼応して、再び原判示のような内容
の合唱を始め、かつ非難の怒声や罵声を発するに至つたこと、
 四 叙上の経過により、原判示B51は、ついには相対する大勢の者から袋叩き
にされるのではないかと観念するに至つたが、前示B55の指示をうけたB56の
連絡により、事態鎮圧のため同人方に到着した警官隊の姿を見るに及んで、ようや
く同被告人らはその追及を止めたこと、
 等の事実を優に認定し得るものというべく、以上によれば、同被告人らが、原判
示のB51方事務室内外の多数M系朝鮮人らと互いに意思を通じ共同して、右B5
1に対し、多衆の威力を示し、その生命、身体に対して危害を加えるべき気勢を示
して脅迫したものと認めるに十分であり、同人方外庭における歌や発言も、所論の
ように、同被告人らの行為と無関係な野次にすぎないということはとうていでき
ず、本件が正当な目的のための真面目な許容された団体交渉であつたとか、B51
が畏怖したとするもそれは将来の不確定な事態に対する畏怖というべく、同被告人
らの害悪告知によるそれでなかつたとかの所論は、いずれも独自の主張というべ
く、その他記録及び原審が取り調べたすべての証拠を検討しても、同被告人らの原
判示右所為を認定し、同被告人らを暴力行為等処罰に関する法律違反の罪に問擬し
た原判決には、所論のような事実誤認ないし法令適用の誤りを見出すことはできな
い。
 これを要するに、同被告人らの暴力行為等処罰に関する法律違反の罪についての
弁護人の論旨は、すべて理由がない。
 第三 以上の次第であつて
 一 被告人A58、同A59、同A60、同A61に対する原判示各騒擾指揮の
罪、並びに被告人A62、同A63、同A64、同A65に対する原判示各騒擾助
勢の罪については、前示の如く論旨は理由がある。
 1 ところで、原判決は、被告人A59、同A62、同A63、同A64、同A
65に対する右各罪と同被告人らに対する各原判示暴力行為等処罰に関する法律違
反の罪とは、いずれも併合罪の関係にあるものとして、それぞれ一個の刑で処断し
ているから、右被告人五名について、原判決は破棄を免れない。よつて刑訴法三九
七条、三八二条に則り、原判決を破棄することとし、同法四〇〇条但し書に従い、
各被告事件についてさらに判決する。
 原判決の確定した右被告人五名の原判示暴力行為等処罰に関する法律違反の各所
為は、いずれも暴力行為等処罰に関する法律一条(刑法二二二条)、罰金等臨時措
置法三条一項二号に該当するので、所定刑中各懲役刑を選択し、その所定刑期範囲
内で、被告人A59、同A64、同A65を各懲役六月に、被告人A62、同A6
3を各懲役四月にそれぞれ処し、いずれも情状刑の執行を猶予するのを相当と考え
るから、刑法二五条一項により、本裁判確定の日から各一年間右各刑の執行を猶予
することとし、原審における当該関係各訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但し書に
従い、これを右被告人五名に負担させないこととする。
 右被告人五名に対する各公訴事実中、被告人A59に対する騒擾指揮の点、被告
人A62、同A63、同A64、同A65に対する各騒擾助勢の点については、本
件記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠に当裁判所の証拠調の結果を併せ
考えてみても、右被告人五名を有罪と断ずるに足りる証拠がないので、同法三三六
条に則り、右被告人五名に対し無罪の言渡をする。
 つぎに、被告人A58、同A60、同A61に対しては、同法三九七条、三八二
条に則り、原判決を破棄することとし、同法四〇〇条但し書に従い、各被告事件に
ついてさらに判決する。
 本件記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠に当裁判所の証拠調の結果を
併せ考えてみても、右被告人三名に対する本件各公訴事実について、同被告人を有
罪と断ずるに足りる証拠がないので、同法三三六条に則り、右被告人三名に対し無
罪の言渡をする。
 二 被告人A66、同A67、同A68、同A69、同A70に対する各原判示
暴力行為等処罰に関する法律違反の罪についての本件各控訴は、すべて理由がない
から、刑訴法三九六条に則り、いずれもこれを棄却する。
 〔一一〕 被告人A71関係
 弁護人及び被告人A71の各控訴趣意について
 所論は、原判決は、被告人A71がラムネのあきびんを警官隊目がけて投げつけ
たと認定し、これを前提として、同被告人の右行為を騒擾附和随行の罪に当るとし
たが、同被告人がラムネのあきびんを警官隊の方に投げたのは、警棒、催涙ガス、
拳銃等を用いての警官隊の集団員排除活動に対する自己のうつ憤晴らしのためであ
つて、これを警官隊に命中させる予見もなく、また命中するような状況で投げたも
のでもないから、暴行に当らず、原判決の前記認定には事実の誤認があるというの
である。
 そこで検討してみるのに、同被告人が、本件当日、皇居外苑広場にいて、知り合
いのB57からラムネをもらい、これを飲み終つたうえ、そのあきびんを警官隊の
方に投げたことは、所論も争わないところであるが、さらに、原判決の挙示引用す
る各関係証拠を総合すれば、同被告人は、本件当日、祝田橋から皇居外苑広場に入
つて、銀杏台上の島南縁の桜田土堤下道路沿い地点に到り、同所において、二重橋
前砂利敷十字路付近から銀杏台上の島上にかけて起きた原判示警官隊と集団員との
接触乱闘の状況を、自らは右抗争の渦中から離れてこれを望見していたこと、やが
て警官隊の催涙ガス筒投てきもあり、集団員が原判示のとおり総崩れとなつて中央
自動車道路方向へ後退し始めるや、同被告人も恐怖を覚えて夢中でその場を逃れ桜
田土堤に登り、同土堤上でさらに状況を望見するうち、銀杏台上の島の南縁から中
間付近へかけての地帯で集団員に対し拳銃を擬する警察官を目撃し、また拳銃発射
音をも耳にするに及び、驚いて楠公銅像島西南角方面に逃げるべく、右土堤から駆
けおりたこと、その途中同被告人は、右土堤下付近で顔見知りの原判示B57に出
会い、同人からラムネ一本をもらい受け、これを持つて楠公銅像島西南角まで逃げ
て行き、同所で右ラムネを飲んだが、当時なお銀杏台上の島の南縁から中間にかけ
てのあたりで、警官隊が盛んに集団員を追い散らしている状況であり、同被告人は
これを見て、集団員に対し催涙ガス筒を投げ、挙銃を射ち、警棒で殴打する等して
いる警官隊に対する憎しみと興奮の念に駆られる余り、自己の周囲の者の動静等に
もなんら意を払うこともないまま、中央自動車道路を横切つて銀杏台上の島東南角
の同道路沿い地点まで駆けて行き、所携の右ラムネのあきびんを、同島の南縁から
中間あたりにかけての一帯で行動中の原判示警官隊の方に投げつけるや、右びんの
行方を見きわめることもないまま、ただちに反転し、急いで楠公銅像島南縁中間あ
たりまで逃げたこと等の諸事実を認めることができる。
 以上の諸事実を総合勘案すると、まず、同被告人が右ラムネのあきびんを警官隊
の方に投げつけるに至るまでの間、同被告人において、原判示二重橋前砂利敷十字
路付近の接触に始まり銀杏台上の島に及んだ警官隊と集団員との接触乱闘につき、
右集団員と一体となつてその乱闘に加わつたことは、これを認めるに由ないものと
いうべきであり、つぎに、同被告人が、原判示二重橋前砂利敷十字路付近から銀杏
台上の島に及ぶ警官隊と集団員との接触乱闘の推移をその周辺にあつて望見した
後、右現場から逃げ出す途中、同被告人としては、集団員が共同して警官隊に対し
暴行、脅迫に及んでいるが如き事態については毫も認識認容することなく、前示警
官隊の行動に対し怒りを覚えた余り、一時的、個人的な激情、昂奮に発して、銀杏
台上の島の南縁から中間あたりにかけた一帯で盛んに集団員を追い散らしていた警
察官の方にラムネびんを投げつけたというだけであり、しかもその警察官の範囲は
余りにも広範で漠然としており、警察官と同被告人との距離はどの程度であつたの
か、ラムネびんはどのあたりまで届いたのか等一切不明であり、その他原判決の引
用するすべての証拠を検討してみても、同被告人が、二重橋前砂利敷十字路付近か
ら銀杏台上の島上にかけての原判示各集団員の警官隊に対する接触乱闘に加担する
意思をもつて原判示ラムネのあきびんを投げつけたものと認めるには足りないばか
りか、原判示各集団員の暴行、脅迫に協力したものとも認められず、同被告人の所
為をもつて騒擾附和随行の罪に当るものと評価することはできない。論旨は結局理
由がある。
 はたしてしからば、原判決は事実を誤認したか、法令の解釈適用を誤つたものと
いうべく、原判決のこの点の瑕疵は判決に影響を及ぼすことが明らかであつて、原
判決は破棄を免れない。
 よつて刑訴法三九七条、三八二条、三八〇条に則り、原判決を破棄することと
し、同法四〇〇条但し書に従い、被告事件についてさらに判決する。
 本件記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠を検討してみても同被告人に
対する本件公訴事実について、同被告人を有罪と断ずるに足りる証拠がないので、
同法三三六条に則り、同被告人に対し無罪の言渡をする。
 〔一二〕 被告人A72関係
 第一 弁護人の控訴趣意中訴訟手続の法令違反の主張について
 所論は、原判決は、被告人A72が原判示の日時、場所において、騒擾に加わつ
ている多衆に加担する意思をもつて、路上の石を捨い、原判示の警官隊の方へこれ
を投げつけ、もつて騒擾に際して率先助勢したものであると認定したが、右原判示
事実認定の証拠は、同被告人の昭和二七年五月二一日付検察官に対する供述調書
(第二回)、及び同年六月三日付少年調査官補に対する供述調書の各自白、並びに
原審証人B58の証言のみであるところ、右自白は強制、利益誘導によるもので証
拠とすることができないものであり、また右証言は未だ同被告人の原判示投石行為
に関する右自白を補強するに足りず、原判決は同被告人の右自白のみで右投石の事
実を認定したものであると主張し、原判決には以上の点において訴訟手続の法令違
反があるというのである。
 そこで所論に鑑み検討してみるのに、まず同被告人の検察官に対する所論供述調
書については、記録を精査検討してみても、原審が右調書に証拠能力ありとしてこ
れを証拠に採用したことにつき、所論の如き瑕疵がある<要旨第八>ものとは未だ認
められないから、論旨は理由がない。しかしながら、同被告人の少年調査官補に対
する所論供述調書は、非行少年の保護を目的とし非公開で進められる家
庭裁判所における少年保護手続の段階において、対象少年の要保護性の有無、程度
を科学的、専門的立場から調査する少年調査官補の職責に基づき、その資料を護得
するため、少年との信頼関係を前提として面接調査した結果作成されたものであ
り、その間黙秘権の告知がなされた形跡も窺われず、かかる調書を、犯罪者の処罰
を目的とする刑事裁判手続において、犯罪事実の存否認定の資料に用いることは、
右調書の法的性質に照らして許容さるべきものではないと解すべきであるから、所
論供述調書をたやすく有罪認定の証拠として採用した原審の措置は違法であり。こ
の点に関する論旨は理由があるが、本件は右供述調書を除くその余の原判決引用の
証拠により、同被告人が原判示の如く警官隊に対し投石したとの事実を認定できる
場合であるから、右の違法は未だ原判決に影響を及ぼすものとはいえない。
 つぎに所論は、原判決は補強証拠なく同被告人の自白のみで同被告人の原判示投
石行為に関する事実を認定したと非難するが、原判決は、右原判示事実認定の証拠
として、所論同被告人の自白調書及び原審証人B58の証言のほかに、原判決総論
「一九四」の認定事実をも挙示引用しているのであり、右の証言並びに総論認定事
実は、同被告人の検察官に対する右自白調書と相まつて、自白にかかる同被告人の
原判示行為の真実性を保障するに十分と認められるから、同被告人の自白に補強証
拠がないとする論旨は理由がない。
 第二 被告人A72の控訴趣意中事実誤認の主張について
 所論は原判決の有罪認定を非難し、「私にしてみれば、大会に参加して皇居前広
場に入つただけのことである。」というのであるが、右は原判決の同被告人の具体
的所為に関する事実認定の誤りを主張するものと解される。
 そこで検討してみるのに、原判決が挙示引用する関係各証拠(但し同被告人の少
年調査官補に対する供述調書を除く。)を総合すると、同被告人は、原判示当日、
自由労務者仲間のB58とともに祝田橋から皇居外苑広場に入り、同人とともに南
日比谷土堤上祝田橋寄りの松の木に登り、二重橋前砂利敷十字路付近で警官隊と対
峙した原判示集団員が、右警官隊と接触乱闘に及んだうえ、警官隊による拳銃発射
や催涙ガス使用が行なわれる中を、銀杏台上の島上を警官隊に対抗しつつ後退して
来る状況を望見したこと、その後同被告人は、右松の木を降り、楠公銅像島西縁に
沿つて北進し、同西縁中央部付近から中央自動車道路に出て、同所付近で右B58
と別れたが、折から警官隊に圧倒された銀杏台上の島上の原判示集団員が、一部は
祝田橋の方向へ、一部は馬場先通りの方向へ算を乱して逃げ始めたのを目撃するに
及び、自らもまた右中央自動車道路を祝田橋の方へ向かつて逃げ出したこと、つい
で同被告人は、右逃走の途中、原判示楠公銅像島南西角と南日比谷土堤下芝生の北
西角との中間付近路上に到つた際、たまたま逃走する集団員の中に警察官の方へ石
を投げる者がいるのを見て、同地点に立ち止り、付近の小石をわしづかみに拾う
や、逃げ腰で体を後に向け、追いかけてくる警察官の方へ二回続けて投げつけたこ
と等の諸事実が認められる。なお原判決は、「警官隊が、おおむね銀杏台上の島の
集団員を一応祝田橋ないし楠公銅像島方向に後退させた後においても、集団員多数
が勢を盛り返し、その中には棒などを振り上げたり投石したりするものをまじえな
がら二重橋方向に前進して来て、その方面を前進した警察官の相当部分を桜田濠沿
い砂利敷道路まで後退させたこともあつた。」とし、「その際、同被告人は、これ
らの集団員の最後尾の方に加わり、銀杏台上の島の中央付近まで前進して行つ
た。」と認定しているが、同被告人の原判示右動静については、原判決が挙示する
同被告人の昭和二七年五月二一日付検察官に対する供述調書(第二回)、及び昭和
三六年七月三一日の原審公判期日における供述によつても、あるいは、中央自動車
道路から銀杏台上の島に入ろうとした時、デモ隊が列を乱して逃げ始めたので、驚
いて祝田橋の方へ逃げたと述べ(右検察官調書)、また、中央自動車道路の付近ま
で行つたことはないとも言い(右公判供述)、さらに同被告人の同年一〇月五日の
原審公判期日における供述に至つては、一方、土堤をおり中央自動車道路に出てか
ら銀杏台上の島の芝生の方へは全然行つていないと述べながら、他方、中央自動車
道路を越えて銀杏台上の島の芝生の中へ半分位入つたと思うと述べる等、同被告人
のこの点に関する供述はその変転が甚だしく、加えて原判決引用の原審証人B58
の証言も、中央自動車道路を渡り切つたところまで行つたら、デモ隊の後の人がこ
つちへ逃げて来たので、同被告人とはそこで別れ馬場先門の方へ逃げたというのみ
で、他にこの点に関する証拠はなく、以上の各証拠をもつてしては、前示の如く、
せいぜい同被告人が楠公銅像島側から中央自動車道路に進出したという限度の事実
が認められるにすぎず、とうてい原判示の如く、同被告人が集団員の最後尾に加わ
り銀杏台上の島中央付近まで前進したとの事実を認定することはできないものとい
うべきである。
 はたしてしからば、まず、同被告人は、原判示南日比谷土堤にあつて、二重橋前
砂利敷十字路付近から銀杏台上の島に及んだ原判示集団員と警官隊との接触乱闘の
推移を望見認識したうえ、中央自動車道路まで進出したものではあるが、折から警
官隊に圧倒され算を乱して同島上から逃げ出した集団員を見て、自らも祝田橋の方
へ逃走するに至つたものであり、以上の同被告人の所為を目して、同被告人が右原
判示集団員に加担すべくこれと一体となつたものと認めることは困難というべきで
ある。さらに、原判決引用の証拠(但し、前記同被告人の少年調査官補に対する供
述調書を除く。)によれば、同被告人が祝田橋方向への逃走途中投石行為を行なつ
たことは認められるが、記録を精査検討してみても、その際同被告人の周囲にあつ
て警官隊の方へ投石した集団員の数や、投石の程度、態様をも含め、銀杏台上の島
から祝田橋方向へ算を乱して逃走した原判示集団員の具体的状況を詳らかにするに
足りる適確な証拠はなんら見当らず、なお原判決は、「同被告人が路上の石を二重
橋寄り約二〇メートル前方に前進して来た警官隊の方へ投げつけた。」と認定して
いるが、当裁判所がさきに証拠能力を欠くと判断した同被告人の少年調査官補に対
する供述調書を除いては、他にこの点を明らかにする証拠はない。したがつて、同
被告人が、原判示の路上からわしづかみにした小石を、どのような周囲集団員の状
況下で、いかなる意図をもつて、いかなる位置、態勢にあつた警察官の方へ投げつ
け、それが集団員及び警官隊に対していかなる影響を及ぼすに至つたのか等の諸点
は、証拠上いずれも不明確であるばかりでなく、同被告人が二重橋前砂利敷十字路
付近から銀杏台上の島上にかけての原判示集団員の暴行、脅迫に協力したと認める
に足りる証拠もない。そうである以上、同被告人の原判示投石行為をもつてたやす
く騒擾罪にいう暴行に当るものとし、同被告人が原判示集団員と一体となり、これ
ら集団員に加担する意思で率先助勢したものと認めた原判決の事実認定には、なお
合理的な疑いを容れる余地が多分に存するものといわなければならず、論旨は結局
理由がある。
 以上の次第で、原判決は、事実を誤認したか、法令の解釈適用を誤つたものとい
うべく、原判決のこの点の瑕疵は、判決に影響を及ぼすことが明らかであり、弁護
人及び同被告人のその余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れ
ない。
 よつて刑訴法三九七条、三八二条、三八〇条に則り、同被告人に対する原判決を
破棄することとし、同法四〇〇条但し書に従い、被告事件についてさらに判決す
る。
 本件記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠を検討してみても、同被告人
に対する本件公訴事実について、同被告人を有罪と断ずるに足りる証拠がないの
で、同法三三六条に則り、同被告人に対し無罪の言渡をする。
 〔一三〕 被告人A73、同A74、同A75、同A76、同A77、同A7
8、同A79関係
 第一 弁護人の控訴趣意中訴訟手続の法令違反の主張について
 所論は、原判決の挙示する各証拠のうち、原判決が犯罪事実認定に必要不可欠の
ものとして用いているB59以下六名のO組労働組合員の各検察官調書には、特信
性及び任意性が存在しないから、これら調書を採用して犯罪事実を認定した原判決
には、訴訟手続の法令違反があると主張する。
 しかし、所論に鑑み記録を精査検討してみても、原審が所論の右各検察官調書に
証拠能力を認めてこれを証拠に採用したことにつき、所論の如き瑕疵があるものと
は未だ認められないから、論旨は理由がない。
 第二 弁護人及び被告人A73、同A75、同A78、同A79の各控訴趣意中
事実誤認の主張について
 弁護人の所論は、原判決が、被告人A73、同A74、同A75、同A76、同
A77、同A78、同A79(以上の被告人七名を以下P被告人らと総称する)に
つき、騒擾助勢ないし附和随行の原判示事実を認定したことについて、同被告人ら
の騒擾意思、並びに当該の具体的所為に関する事実誤認を主張するにあり、前記各
被告人の主張するところも、結局弁護人の右所論と同旨に帰着する。よつて以下右
論旨について順次判断する。
 一 P被告人らについて騒擾意思を認定したことが事実誤認であるとの論旨につ
いて
 所論は要するに、騒擾罪の成立を認めるためには、まずもつて同被告人らが騒擾
状態を認識していたことが前提となるべきところ、当時、祝田橋上から二重橋前砂
利敷十字路付近の状況を見渡すことは、距離的にも地理的にも不可能であり、同被
告人らについて認定し得るところは、せいぜい人が集まつて乱闘している状況を左
に見てことさらその者達を避けて祝田橋上右側に停止した程度の事実にすぎず、し
かも押送係警察官が祝田橋上に駆けつけた際には、同被告人らその他のP分会員、
O組労働組合員らは、「ポリ公が来た」との声とともに、祝田橋上からばらばらに
逃げ散つてしまつたものであり、たとえ同被告人らが見た同橋上の乱闘が、原判示
B60分隊長ら警察官に対する原判示集団員の暴行であつたとしても、同警察官ら
がいかなる目的で同橋上にきたものであるかについてその間の事情を理解するに由
ない同被告人らにおいては、一部のデモ隊員が棒を振り回したりして警察官に立ち
向かつているとの事実を認めたにすぎず、その事実を認識したからといつて原判示
の騒擾状態を認めたことにはならないものであり、騒擾状態の認識がない以上、同
被告人らには騒擾意思を欠くものというべく、原判決はこの点において事実を誤認
しているというのである。
 そこで検討してみるのに、原判示事実を原判決引用の証拠と対照して読めば、原
判決は所論騒擾意思の点について、「二重橋前砂利敷十字路付近の警官隊が、その
前面の集団員排除の行動に移り、桜田濠沿い砂利敷道路から祝田橋方面に進出した
B60分隊長ら第一方面予備隊第三中隊員を主とする二、三十名の警察官の先頭部
分が、同橋の祝田橋交差点側たもと付近等に達し、右警察官中巡査B61らが集団
員に取り囲まれたりして、棒などで殴る、蹴る、さらには濠に落して石や棒切れを
投げる等の暴行を受けたこと、東京地方検察庁構内から同巡査らの救助に駆けつけ
た警部B62ら押送係警察官が、祝田橋上において集団員から暴行を受けたこと、
及びそれらの状況」につき、原判決総論において認定したところを引用したうえ、
「同被告人らその他のP分会員、O組労働組合員らが祝田橋交差点に到つたのは、
右押送係警察官などが集団員から暴行を受けていた右総論認定の事象の頃」であつ
たとし、「その頃同被告人らその他のP分会員、O組労働組合員の方からは、祝田
橋上において他の集団員が棒を振り回したりして警察官に立ち向かつている模様が
看取された」ことをもつて、まずその根拠としているものと認められる。そして、
右の事実は、原判決引用の証拠によつて認定できるものというべきである(もつと
も、前記押送係警察官が祝田橋上に駆けつけたのは、所論のとおり、同被告人らそ
の他のP分会員、O組労働組合員らが祝田橋上に足を踏み入れた後の時点と認める
べきである。)。そして、この同被告人らが認識したところと、原判決引用の証拠
によつて認定できるつぎの事実、すなわち、同被告人らその他のP分会員、O組労
働組合員らが、「人民広場へ行こう」と盛んに叫ぶもののあるうちを日比谷公園桜
門を出て祝田橋交差点に到り、その間通行人らから広場の状況につき注意されたり
し、さらに同交差点においてプラカードを破壊して棒に仕立てたりなどしたものも
ある等の状況を経たうえ、皇居外苑広場に向け祝田橋に足を進めた事実、並びに記
録上窺われる祝田橋から皇居外苑広場にかけての地理的状況を総合すると、同被告
人らその他のP分会員、O組労働組合員らにおいて、当時祝田橋上で他の集団員が
警察官に立ち向かつている状況を認識していたのはもとよりのこと、たとえ、皇居
外苑広場内において原判示各集団員と警官隊との間に生じていた接触乱闘につい
て、その具体的内容は認識できなかつたとしても、両者の間に接触乱闘を生じてお
り、それが祝田橋にも及んで騒然たる状況を呈していた事実をも、未必的にもせよ
認識していたものと認められる。してみれば、同被告人らが、皇居外苑広場内から
祝田橋にかけての原判示各集団員と警官隊との乱闘の状況につき、毫も知るところ
がなかつたとの所論は採るを得ない。
 二 同被告人らの具体的所為に関する事実誤認の論旨について
 所論は要するに、原判決の挙示する証拠によつては、同被告人らその他のP分会
員、O組労働組合員らが、「喊声をあげ、棒を振り上げたりしながら、祝田橋上に
一団となつて駆け進み、この中には反対方向から駆けて来る態勢の数名の警察官の
方に棒を振り回したりしながら立ち向かつて行つたりした者があつた。」旨の原判
示事実を認定することはできないというのである。
 そこで検討するのに、原判決の挙示引用する証拠によれば、同被告人らその他の
P分会員、O組労働組合員らが、原判決の判示する経緯を経て祝田橋交差点に到つ
たうえ、喊声をあげ棒を振り上げたりしながら、祝田橋上に一団となつて駆け入つ
た外形的事実は、優にこれを認定できるところである。しかしながら、「同被告人
らその他のP分会員、O組労働組合員らが祝田橋上に進んだ際、その中には反対方
向から駆けて来る態勢の数名の警察官の方に棒を振り回したりしながら立ち向かつ
て行つたりした者があつた。」旨の原判決認定部分について、これを裏付ける証拠
としては、所論も指摘するとおり、原判決が挙示引用する多数の証拠のうち、僅か
にB63の昭和二七年六月一日付及び同月九日付各検察官調書が存するだけである
が、右各調書にあるように、被告人A73や、めがねの男すなわち被告人A74
(右B63は、その昭和二七年六月九日付検察官調書で、めがねの男は被告人A7
4であると述べている。)が、棒を振り上げて警察官に殴りかかつたとの事実は、
原判決も右被告人らの所為として認定しなかつたところであるばかりでなく、右被
告人らの所属するP分会の隊列の後方から、これに続いて祝田橋に駆け進んだO組
労働組合所属の右B63が、当時皇居外苑広場突入を目指す先行の集団員と警官隊
との乱闘により喧騒混乱していた前認定の状況の中で、前方にいて、平素それほど
交際もなかつた右被告人らの行動を、しかく識別してよく認識し得たかどうかにつ
いては疑問があるばかりでなく、前記B63の供述内容は、祝田橋上に駆け進んだ
P分会の者の行動について記されている原判決引用のその他の証拠と彼此対照して
みて、にわかに信用し難いものがあみ。したがつて、P被告人らその他のP分会
員、O組労働組合員らが、祝田橋上において、原判示の警察官に所携の棒の振り回
したりしながら立ち向かつていつたとの事実は、とうていこれを認めるに由ないも
のというべきである。
 つぎに、原判決総論引用の当該関係証拠によれば、B60分隊長ら第一方面予備
隊第三中隊員が祝田橋に進出して集団員から暴行を受けているとの事実が、当時東
京地方検察庁構内にいた押送係警察官B62ら、及び桜田土堤下道路を中央自動車
道路の方向へ前進中であつた第一方面予備隊第三中隊長B2らに、それぞれ急報さ
れ、時を移さず、皇居外苑広場の内と外からほぼ同時に、右被害警察官の救出活動
が行なわれたことが認められるところ(原判決総論(二〇七))、原判決の挙示引
用する関係各証拠を総合すれば、同被告人らその他のP分会員、O組労働組合員ら
が、皇居外苑広場内に入ることを志向して祝田橋に足を踏み入れ、現に他の集団員
が同橋上桜田門寄り歩道辺において警察官に暴行を加えているのを左に見ながら、
その右側を若干進んだ際、「後からポリ公だ」などの声があがり(この声に照応す
る警察官は、後方から救出活動に臨んだ押送係警察官であると認められる。)、同
橋上の車道右側に押され列が乱れるとともに、さらに前方皇居外苑広場の方から警
察官が押し寄せてくる姿を認めたため(これがB2中隊長以下の第一方面予備隊第
三中隊の救出活動にあたるものと認められる。)、同被告人らその他のP分会員、
O組労働組合員らは、同橋を渡り切る前に、たちまちばらばらに四散するに至つた
ものであることが認められる。
 以上によれば、同被告人らの具体的所為として証拠上認定できるところは、同被
告人らが、その他のP分会員、O組労働組合員らとともに、皇居外苑広場内に入る
ことを志向して、喊声をあげ棒を振り上げたりしながら祝田橋上に一団となつて駆
け入つたが、前方から押し寄せてくる警察官の姿を認めて、ばらばらに四散して散
げ出したという事実のみであつて、論旨も指摘するとおり、同被告人らにおいて警
察官に対し棒を振りかざして立ち向かつていつたとの原判示事実は、これを認める
ことができないのである。
 ところで、騒擾助勢ないし附和随行の罪が成立するためには、多衆集合して暴
行、脅迫をなしつつある際、これを認識認容したうえ、これに加担する意思をもつ
て、客観的に多衆の一員としてこれと同一の集団を形成することを必要とするもの
であるところ、以上同被告人らの所為として認定したところに徴すれば、同被告人
らが前記の如く祝田橋上に駆け入つたとの一事をもつて、ただちに、同被告人らが
祝田橋上の他の集団員の暴行に加担する意思をもつてこれを支持認容する所為に及
んだり、さらには皇居外苑広場内で警官隊と接触乱闘中の他の集団員と同一の集団
を形成したりして、これら集団員に率先して騒擾の勢いを増大し、ないしは附和随
行したものと認めるには、なお合理的な疑いの余地があるものというべきである。
たとえ、同被告人らにおいて前記の如く、当時祝田橋上で他の原判示集団員が警察
官に立ち向かつている状況を認識し、かつ皇居外苑広場内から祝田橋にかけて原判
示各集団員と警官隊との間に接触乱闘を生じていた事実を未必的に認識していたに
せよ、右判断を左右するものではない。論旨は結局理由がある。
 はたしてしからば、原判決が同被告人らを騒擾助勢ないし附和随行の罪に問擬し
たことは、当時祝田橋上及び皇居外苑広場内において警官隊と接触乱闘中であつた
他の原判示集団員の所為を騒擾罪としてとらえるかどうかにかかわりなく、すでに
その前提において、事実誤認、または法令の解釈適用を誤つた違法があり、右の違
法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、同被告人らに対する原判決は、
すでにこの点において失当として破棄を免れない。
 よつてその余の控訴趣意に対する判断を省略し、刑訴法三九七条、三八二条、三
八〇条に則り、原判決を破棄することとし、同法四〇〇条但し書に従い、被告事件
についてさらに判決する。
 本件記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠を検討してみても、同被告人
らに対する各公訴事実について、同被告人らを有罪と断ずるに足りる証拠がないの
で、同法三三六条に則り、同被告人らに対し無罪の言渡をする。
 〔一四〕 被告人A80関係
 弁護人の控訴趣意について
 所論は、被告人A80は、原判示の状況のもとで、原判示の多数の集団員の暴
行、脅迫に加担する意思で、原判示B64運転の自動車付近にいた事実はないとい
うのである。
 所論に鑑み、記録並びに原裁判所が取り調べた証拠を検討してみるのに、原判決
は、同被告人が原判示B65に語つたという事実のうち、同被告人が皇居外苑広場
内において、警察官に対し棒を振るつて殴りかかつたり、B64運転にかかるトラ
ツクに対し投石したりした事実は認定できないとしながら、同被告人が、前記B6
5の検察官に対する供述調書、及び同人の原審公判期日における証言に見られるよ
うな態度、経緯をもつて、同人に対し具体的にかつ克明に右B64運転手の遭難の
状況を物語つていることは、同被告人が、少なくとも、その頃同広場内において騒
擾を惹起せしめている多衆に加担する意思をもつて、右B64並びに同人運転にか
かる大型六輪貨物自動車が原判示集団員に暴行等の被害を受けたその遭難現場付近
にいたことを推認せしめるに十分であるとして、同被告人に対する原判示犯罪事実
を認定しているのである。
 ところで、同被告人は、昭和二七年八月四日付検察官に対する供述調書(第一、
二回)において、同被告人が、本件当日、全木労の労働組合員らとともに、皇居外
苑広場に入るべく祝田橋を渡り、同所から約一〇メートル位先の楠公銅像島の芝生
に入り、同所で休けい中、催涙弾の煙が流れてきて大勢の群集が押し出されてきた
ので、同所から逃げ出し、馬場先門から外に出たものであつて、同被告人がB65
らQの人々に語つたところも、同被告人が当日見てきた前記の程度のことであると
述べているだげであつて、B64運転手遭難の顛末について詳細に具体的事実を語
つたことを否認している。そればかりでなく、B65の検察官に対する供述調書に
は、同人が昭和二七年七月一〇日の夜Qの寮の食堂で同被告人から聞知したことと
して、原判決に引用するところと同旨の具体的かつ克明な供述記載があるが、同調
書によれば、当時右食堂に居合わせてB65とともに同被告人の語ることを聞いた
者として、Qの社員であるB66、B67の名前があげられているのであるが、同
人らが、同被告人から聞いたところに関してはなんらの資料も存しない。加えて、
B65は、原審公判期日に証人として、当夜同被告人は、メーデー事件の写真を買
つてくれといいながら、冗談まじりに、五月一日当日同被告人が体験したという事
実を話していたとして、原判決に引用するところと同旨の内容を語つているのであ
るが、その供述自体から明らかなように、同被告人が皇居外苑広場内において自ら
がし、または見聞したところとして、B65が同被告人から聞知した事実というの
も、B65自身の解釈や注釈を交えた部分もあり、同人がさきに検察官に対し述べ
た同被告人から聞知した事実というのも、同様、B65自身の解釈を交えて述べた
部分も存在するのではないかとの疑問がある。以上の事実をかれこれ考え併せる
と、同被告人が当夜B65らに語つたという事実の内容が、はたして前記の同人の
検察官に対する供述調書に見られるとおり、しかく具体的かつ克明なものであつた
かどうかについては、疑問なしとすることはできない。さらにまた、記録によれ
ば、同被告人が前示の如くB65に対しメーデー事件当日のことについて語つたと
いうのは、昭和二七年七月一〇日、すなわち事件後二月余を経過した後のことであ
り、当時すでにJ編集局編集にかかる「R」(東京地裁昭和三六年押第五五七号の
一)もでき上つていて、同被告人も、その日この写真集をQの労働組合員らに売り
にきたのであつて、この写真集の中には、B64運転手遭難に関する原判示状況を
撮影した写真の印刷物も存在していたことが認められる。したがつて、同被告人が
この状況について自ら体験したこととしてB65らに語つた事実の内容も、同被告
人がこの写真集等から得た知識を、あたかも自ら体験した事実の如くにして語つた
ところも多分に存在するのではないかとの疑問を容れる余地もある。
 以上の次第であるから、同被告人が前記七月一〇日の夜B65に語つたという事
実の内容を根拠にして、原判決のいうように、同被告人が少なくとも、B64運転
手遭難の頃、その遭難現場付近にいたということをただちに推認するについては、
合理的な疑いが存する。いわんや、同被告人が原判示集団員の行なつている暴行、
脅迫に加担する意思をもつて同所にいたという事実を推認するについては、なおさ
らのことである。
 してみれば、原判決が、その挙示引用する証拠により、同被告人に対する原判示
事実を認定した措置は、所論の如く事実誤認の瑕疵があるものというべく、右は判
決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があるものというべきであ
る。
 よつて、刑訴法三九七条、三八二条に則り、同被告人に対する原判決を破棄する
こととし、同法四〇〇条但し書に従い、被告事件についてさらに判決する。
 本件記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠を検討してみても、同被告人
に対する公訴事実について、同被告人を有罪と断ずるに足りる証拠がないので、同
法三三六条に則り、同被告人に対し無罪の言渡をする。
 〔一五〕 被告人A81関係
 第一 弁護人の控訴趣意中、本件は、当時少年であつた被告人A81に対し、不
法に公訴を受理した違法があり、かつ在日朝鮮人に対する仮借なき弾圧目的に出た
不正な政治的起訴であつて、公訴棄却すべきであるとの主張について
 まず、所論前段について本件記録を検討してみるのに、本件において、同被告人
は当時一六歳の少年であつて、東京家庭裁判所は、検察官から本件の送致を受けた
後、少年法一七条一項二号による観護措置決定を行ないながら、その後、同被告人
に対し、少年法所定の専門的知識を活用した調査を行なつた形跡の認められないこ
とは、所論のとおりであるが、家庭裁判所が同法二〇条による検察官への送致決定
をするについて、常に必ず同法八条二項、九条による調査を経由しなければならな
いものとは解されない。また本件の検察官への送致決定書記載の罪となるべき事実
は、たしかに所論の如く、一般的、抽象的なきらいがないわけではないが、それに
もかかわらず、それが本件メーデー騒擾事件に関する事実であることは特定できる
のであり、同被告人に対する本件公訴事実との同一性を認めるに支障はないものと
いうべきである。以上いずれの点よりするも、東京家庭裁判所がした本件の検察官
への送致決定に所論の違法があるものとは認められず、右の違法があることを前提
として、本件は当時少年であつた同被告人に対し不法に公訴を受理したものである
とする所論の主張は、とうてい採用できない。
 つぎに、所論後段について本件記録を検討してみても、本件が、所論の如く、在
日朝鮮人弾圧のための政治的目的実現のため、朝鮮人たる同被告人に対し公訴の提
起がなされたものと認めるに足りる証跡は、毫も認められないのであるから、この
点の論旨もまた理由がない。
 第二 同、事実誤認または法令の解釈適用の誤りの主張について
 所論は、同被告人は、原判決にその投石の場所と認定判示されている銀杏台上の
島の祝田橋寄り中央自動車道路に面した歩道付近、及び祝田橋口から日比谷土堤付
近にかけて当時存在していた集団員と一体となつて、警察官に対し暴行を働く意思
をもつて、本件投石を行なつたものでもなく、また、同被告人が投石した場所と当
時警察官が所在していた場所とは、優に数十メートルを隔てていたものであるか
ら、その投石行為は、とうてい警官隊に向けられた暴行ということができないもの
であり、しかも、同被告人の周辺には僅かの投石者が存在していただけであるか
ら、当時、現場付近には騒擾と目すべき事態は存在していなかつたものというべ
く、同被告人の投石行為を騒擾助勢の罪に問擬した原判決には、事実を誤認した
か、または法令の解釈適用を誤つた違法があるというのである。
 所論に鑑み、記録並びに原裁判所が取り調べた証拠を検討してみるのに、原裁判
所が総論事実認定の証拠として引用した証拠、並びに同被告人に対する原判示犯罪
事実認定の証拠として引用した証拠、特に、原審証人B68(旧姓上倉)の証言に
よれば、同被告人が投石した当時、同被告人の周囲の状況が原判示のとおりであつ
たこと、すなわち、原判示の経緯を経て、銀杏台上の島の警官隊が前進を開始し
て、楠公銅像島の集団員を排除すべく同島に上がり、その一部の部隊が同島の祝田
橋寄り角付近に一旦停止し、祝田橋口から日比谷土堤付近にかけての集団員と相対
峙したが、これらの集団員中には、右警官隊の方に石を投げている者がいたこと、
一方、同被告人が投石当時所在していた原判示場所付近には、見物人や集団員がい
たが、それは混雑していた状況ではなく、集団員中には、投石する者、警官隊に対
し喚声をあげている者がいたが、投石する者よりむしろ喚声をあげている者が多い
状況であつたこと、以上の事実を認定できるのである。そして、同被告人に対する
原判示犯罪事実認定の原判決引用の証拠によれば、同被告人は右状況のもとにおい
て、原判示場所において、前記楠公銅像島の祝田橋寄り角付近で集団員と相対峙し
ていた警官隊の方向に向けて、石を拾い何回かにわたつて投石した事実が認められ
る。そして、同被告人が投石していた原判示場所と前示警官隊のいた場所とは、原
判示中央自動車道路を隔てて約五、六十メートルの距離があつたことは、記録上明
らかであり、なるほど、同被告人の投げた石が右警官隊に届いたことの証拠はない
が、同被告人のした警官隊に向かつての投石行為を、警察官に対する暴行と認める
ことには毫も支障はないものといわなければならない。
 ところで、原裁判所が取り調べた証拠を検討してみるのに、前記祝田橋口から日
比谷土堤付近にかけて警官隊と相対峙していた集団員、及び同被告人の投石現場付
近にいた集団員が、皇居外苑広場の桜田濠沿い砂利敷道路、二重橋前砂利敷十字
路、銀杏台上の島等において警官隊と接触乱闘に及んだ原判示各集団員に属してい
たとか、あるいはこれら集団員のした暴行、脅迫の事実を認識認容し、その意思を
承継し、かつその暴行、脅迫の事態を利用する意思が存するものと認められる状況
のもとに、原判示の場所に集合し原判示の各暴行に及んでいたとかの事実を認定す
るに足りる証拠がないばかりでなく、他にこれら集団員との間に集団の同一性を認
めるに足りる資料を見出すことはできないのであるから、これら集団員との間に集
団の同一性を認めるに由ないものといわなければならない。つぎに、同被告人と前
記の如く当時祝田橋口から日比谷土堤付近にかけて集結し、前面の警官隊に対し投
石して暴行を働いていた前記集団員との関係を検討してみるのに、同被告人がこれ
ら集団員の行為を認識認容し、これに加担し、その集団員と一体となり合同力を形
成する意思のもとに、本件投石行為に及んだものと認定するに足りる証拠は備わら
ないのである。
 なお同被告人の投石現場付近にいた集団員と同一集団に属すると認められる集団
員が、当時他に皇居外苑広場内並びにその周辺において、暴行、脅迫の所為に及ん
でいたとの事実は、原判決の毫も認定判示しないところであるばかりでなく、証拠
上もまたこれを認めることはできない。
 以上の次第であるから、同被告人としては、その投石現場付近にいた集団員の中
にあつてした行為についてのみ責任を問われるにすぎないものというべきである。
しかるに、同被告人が投石していた場所の付近に集団員が存在し、そのうち警官隊
の方に向かつて投石する者がいたことは前記のとおりであるが、前記原審証人B6
8の証言によれば、当時同被告人の付近には、右集団員のほかに多数の見物人(い
わゆる野次馬)がおり、集団員と見られる者も、口々に何か喚いている者が投石者
に比べ多かつたばかりでなく、その投石者の数もはつきり判らなかつたばかりか、
警官隊の方もこの投石に対応する行動に出たことを認めるに足りる証拠がないので
あり、たとえ、同被告人がこれら投石者と共同して警官隊に対し投石し暴行に出る
意思であつたとしても、同被告人を含めて投石に及んだこれら集団員を、騒擾罪に
いわゆる「多衆」と認めることには、証拠上疑問があるといわなければならない
(そしてまた、前記の如くこれら集団員のうち口々に喚いている者があつても、そ
の行為をただちに脅迫と認めることのできないことも当然である。)。
 以上の次第であるから、原判決が、原判示の理由により、同被告人の本件投石行
為を目して騒擾助勢の罪に当るものと認定したことは、事実を誤認したか、または
法令の解釈適用を誤つた違法があるものというべく、この点の瑕疵は判決に影響を
及ぼすことが明らかであるから、論旨は結局理由がある。
 よつて、刑訴法三九七条、三八二条、三八〇条に則り、同被告人に対する原判決
を破棄することとし、同法四〇〇条但し書に従い、被告事件についてさらに判決す
る。
 本件記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠を検討してみても、同被告人
に対する本件公訴事実について同被告人を有罪と断ずるに足りる証拠がないので、
同法三三六条に則り、同被告人に対し無罪の言渡をする。
 〔一六〕 被告人A82関係
 弁護人の控訴趣意について
 所論は、原判決は、被告人A82が小石六個をポケツトに所持して、原判示の状
況下、原判示南日比谷土堤側土堤下道路に所在していた事実をとらえて、刑法一〇
六条三号の附和随行の罪に当るものとしているが、当時付近に原判決にいう騒擾状
態はなかつたばかりか、同被告人には、もともと多衆集団員が行なう暴行、脅迫を
認識認容して、自らもこの多衆集団員に加担するとの意思は、毫もなかつたのであ
るといい、原審が同被告人の前記小石所持の動機、同被告人が当時認識していた集
団員の状況等に関して同被告人について確めなかつたことは、審理不尽の瑕疵があ
るというのである。
 所論に鑑み、記録並びに原裁判所が取り調べた証拠について、所論の当否を検討
してみるのに、原判決引用の関係証拠によれば、同被告人は、当日午後二時過頃、
単独で皇居外苑馬場先門から同広場内に入り、先に入つた学生らのデモ隊が白煙の
あがる中を警備の警官隊に排除されるのを見て、同広場楠公銅像島に逃げ出し、同
所でアイスクリームを買つて食べ休けい中、中年の日本人の女に、「あんたもこれ
でやんなさい。」といわれて、本件の小石六個(東京地裁昭和三五年証第一九六七
号の一)を渡され、これをズボンポケツトに入れ、原判示南日比谷土堤側土堤下道
路付近に到つた際、当時付近でデモ隊員を排除中であつた警察官により、警察官に
木片を投げつけ暴行した現行犯人として逮捕されたものであり、原判決引用の証拠
によるも、同被告人が桜田濠沿い砂利敷道路、銀杏台上の島等において警官隊と接
触乱闘に及んだ原判示各集団員の中に加わつていたことは、とうてい認められない
わけである。ところで、前記証拠によれば、同被告人が前記南日比谷土堤側土堤下
道路に到つた頃、楠公銅像島及びその周辺においては、原判決の認定するとおり、
警官隊による集団員の排除活動が行なわれていたのであるが、同被告人のいた南日
比谷土堤側土堤下道路付近の状況としては、原審証人B69の証言によれば、土堤
上には二、三百人のデモ隊員が群がつていたが、土堤下道路では、第一方面予備隊
第三中隊第三小隊員約二〇名位が、三々五々逃走中の右警官隊より少ない人数のデ
モ隊員を排除中であつたことが認められる。同被告人は、この状況下、前認定のと
おり、小石六個をズボンポケツトに所持して右土堤下道路付近にいたのである。
 そこで、同被告人が、原判決の認定するとおり、多衆集団員の行なう暴行、脅迫
の事実を認識認容し、自らもまた、この多衆集団員の一員としてこれに加担する意
思のもとに同所にいたものであるかどうかについて検討してみるのに、同被告人
が、桜田濠沿い砂利敷道路及び銀杏台上の島等において警官隊と接触乱闘した原判
示の各集団員の中に加わつていたものでないことは、すでに前説明のとおりである
ばかりか、同被告人が、これら集団員の接触乱闘の事実を認識認容して、この集団
員に加担する意思をもつて、前記土堤下道路付近にいたものであるとの事実につい
ては、これを認定するに足りる証拠は存しない。そしてまた、当時同被告人のいた
土堤下道路付近の状況は、さきに説明したとおりであつて、同被告人が、当時楠公
銅像島及びその周辺において行なわれた原判決認定の警官隊と集団員との抗争の事
態を認識していたとの証拠も、これを見出すことができない。したがつて、同被告
人が、楠公銅像島及びその周辺において警官隊と抗争した集団員に加担する意思を
有していたとの事実も、これを認定するに由ないものというべきである。もつと
も、同被告人は、前記の如く小石六個をズボンポケツトに入れこれを所持していた
ものではあるが、それも同被告人が積極的に拾い集めて所持していたものではな
く、さきに認定したように、他人から渡されて所持するにいたつたものであり、し
かもこれを用いて警察官に対し投石等の行為に出た事実も認められないから、この
小石所持の一事をとらえて、ただちに、同被告人が多衆集団員の暴行、脅迫に加担
する意思があつたものと認定するについては、やはり合理的疑いを容れるものとい
うべきである。
 してみれば、原判決が、同被告人の原判示所為を目して、たやすく刑法一〇六条
三号の附和随行の罪に当るものとしたことは、事実を誤認したものというべく、右
は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があるものというべき
である。
 よつてその余の論旨に対する判断を省略し、刑訴法三九七条、三八二条に則り、
同被告人に対する原判決を破棄することとし、同法四〇〇条但し書に従い、被告事
件についてさらに判決する。
 本件記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠を検討してみても、同被告人
に対する本件公訴事実について同被告人を有罪と断ずるに足りる証拠がないので、
同法三三六条に則り、同被告人に対し無罪の言渡をする。
 〔一七〕 被告人A83、同A84関係
 第一 弁護人及び被告人A83、同A84の控訴趣意中事実誤認の主張について
 所論は、原判決は、原判示の各一団の警察官に対し、原判示の各場所で、被告人
A83が一、二回、被告人A84が一回、それぞれ投石したとの各事実を認定した
が、被告人両名にはいずれも投石の事実はなく、また本件において騒擾と目すべき
事態は存在しなかつたものであつて、原判決の認定は誤りであるというのである。
所論に鑑み、被告人両名について以下順次検討する。
 一 被告人A83について
 1 投石事実の有無について
 原判決が被告人A83について挙示引用する関係各証拠、なかんずく、原審証人
B70、同B71の各証言によれば、原判決が同被告人につき認定判示した投石の
事実は、優にこれを認定できるものというべきである。所論は、原判決がその理由
中において、同被告人の投石事実の有無の認定に関連し、同被告人及び被告人A8
4らの逮捕の場所と順序等、及び右被告人両名の馬場先門付近までの連行状況等、
並びに東京地裁昭和三五年証第一一九〇号の三の石六個の出所の諸点について、詳
細な証拠説明を加えているのに対して、右被告人両名に対する逮捕の場所、逮捕時
の状況、逮捕後の連行状況は、いずれも右原判示説明とは相異しており、また被告
人A83が逮捕時に石を所持していた事実はないというのであるが、所論に鑑み、
各関係証拠を検討し記録を調査してみても、原判決の右証拠説明は十分首肯するに
足り、同被告人の投石所為に関する原判決の事実認定には、未だ所論の如き瑕疵が
あるものとは認められない。所論は、結局原判決の採用した関係各証拠の証明力に
ついて独自の判断を施したうえ、原判決の事実認定を攻撃するものというべく、採
用することはできない。
 2 騒擾罪の成否について
 原判決は、「集団員を皇居外苑広場から排除する目的で楠公銅像島に向かつて前
進した警官隊のうち、第三方面予備隊員巡査B70ら一団の警察官が、日比谷土堤
角付近の厚生省国立公園部皇居外苑分室、財団法人皇居外苑保存協会(以下分室建
物と略称する。)の裏手まで前進して来た際、多数の集団員などが馬場先門方向へ
逃げており、その中で一部の者がこれら警察官の方に向かって投石していた状況
下、被告人A83は、同裏手のあき地から、右一団の警察官に対し一、二回投石し
た。」と認定しているが、原判決が同被告人の右所為をとらえて騒擾助勢の罪に当
るものと判断したことは、原判決に徴して明らかであり、同被告人が原判決にいう
騒擾に関与したという行為はこれに尽きる。
 そうとすれば、同被告人の原判示投石時点に至るまでの間における、二重橋前砂
利敷十字路付近の接触に始まり銀杏台上の島の衝突乱闘を経て楠公銅像島側に及ん
だ原判決総論判示各集団員と警官隊との接触乱闘の事態について、同被告人が責任
を負うためには、まずもつて、同被告人をも含め当時右分室建物裏手に群がつてい
た集団員などが、右接触乱闘に加担した各集団員といわゆる多衆としての同一性を
有し、かつ同被告人がこれら集団員の行動を認識認容し、これに加担する意思を有
しているのでなければならない。しかるに、原判決は、右時点に至るまでの同被告
人の動静や、前示接触乱闘の事態に関する同被告人の認識内容につき、なんら具体
的に判示しておらず、また同被告人の周囲にいた集団員などに関しても、前示の如
く、その多数は馬場先門方向へ逃げており、うち一部が警察官の方に向かつて投石
していたというのみで、これらの者と従前の接触乱闘に加担した原判決総論判示の
各集団員との関連については、全く触れるところがないばかりか、原判決が引用し
た証拠、特に原審証人B70、同B71の各証言によれば、同人ら約三〇名の警察
官が右分室建物裏手に前進した際、同所には二、三百人の集団員などがいたが、そ
のうち同被告人を含む前面の二、三十人が投石をして抵抗状態にあり、その余はた
だ警察官の排除活動に応じてひたすら馬場先門方向へ逃げて行くような状態であつ
たことが認められる。そうである以上、右投石に及んでいた二、三十人と、馬場先
門方向へ逃走中の右大多数の者との間に共同暴行、脅迫の意思があるものと認める
ことはできない。そして、右原審各証言並びに原判決引用の関係証拠によれば、現
に投石に及んでいた同被告人を含む右二、三十人の者は、激しい警官隊の一斉排除
活動を受け算を乱して逃走する集団員などの中にあつて踏み止まり、受動的、散発
的な抵抗行為に出たにすぎないものであることが認められるのであるから、前記原
判決総論判示の各集団員と多衆としての同一性を認定するについては疑問を容れる
ものというべく、のみならず、同被告人が前記各集団員のした行為を認識認容しそ
の行為に加担する意思を有していたものと認定するに足りる証拠もない。してみれ
ば、同被告人の原判示投石所為の時点までの間における前記原判決総論判示各集団
員のした行為が騒擾罪を構成すると否とにかかわらず、同被告人が右集団員のした
行為について罪責を問われるいわれはない。
 なお前記投石に及んでいた同被告人を含む二、三十人の者と同一集団に属すると
認められる集団員が、当時皇居外苑広場内並びにその周辺において、暴行、脅迫の
所為に及んでいたとの事実は、原判決の毫も認定判示しないところであるばかりで
なく、証拠上もまたこれを認めることはできない。
 つぎに、同被告人の原判示投石の頃、原判示分室建物裏手に群がつていた集団員
などのうち、同被告人を含む前記二、三十人の者がした投石が、公共の静謐を害す
るに足りる程度のものであつたかどうかについて検討してみるのに、その投石の程
度については、前記B71証人において、単にかなりの数の石が飛んできたという
にとどまり、同じくB70、B71両証言によつても、警察官中石に当つたり負傷
したりした者が出た形跡はなく、しかも前示のとおり、当時周辺の大多数が群をな
して馬場先門方向へひたすら逃走している状況下、受動的、散発的に投石したもの
であつたことや、右両証言によつて明らかなように、同被告人の投石を現認する
や、警察官三、四名がただちに前進して同被告人を現行犯として逮捕できたこと等
の諸点をかれこれ考え合わせると、とうていこれをもつて公共の静謐を害するに足
りる程度の暴行であつたと認めることはできない。
 はたしてしからば、原判決が、同被告人のした原判示投石の行為をとらえて、同
被告人をたやすく騒擾助勢の罪に問擬したことは、事実を誤認したか、法令の解釈
適用を誤つた違法があるものというべく、原判決のこの点の瑕疵は判決に影響を及
ぼすことが明らかであり、論旨は理由がある。
 二 被告人A84について
 1 投石事実の有無について
 原判決が被告人A84について挙示引用する証拠のうち、同被告人の投石行為を
直接証明するものは、原審証人B70の証言を措いて他にはない(なお、原審証人
B71の証言は、右B70から、「あいつが投げている」旨を聞いて同被告人の逮
捕に向かつたというにすぎないもので、同被告人の投石行為を直接に目撃したこと
を内容とするものではない。)。しかしながら、右証人B70も、同被告人の投石
については、さきに逮捕した被告人A83らを連行して分室建物から馬場先門の方
向へ通ずる歩道上を進んでいた際、石が飛んできたので、その方向を見たところ、
三、四十メートル離れた分室建物と馬場先門との間の土堤側の松林付近から、被告
人A84が石を投げている現場を目撃したが、その表情から自分達の方を狙つたも
のと感じたと言うのみであつて、その証言内容は極めて抽象的かつあいまいであ
り、はたして同証人の方へ飛んできた石が同被告人が投げたものであるかどうか確
認できないばかりでなく、また同証人が投げている現場を目撃したという石につい
ても、同被告人はどのような態勢で右投石行為に及んだものか、その石はどの方向
へ飛びどこまで届いたものか、右投石が同証人ら警察官にいかなる影響を及ぼした
ものか等の具体的な点については、同証人はそれ以上なんら述べるところがない。
そうである以上、右証言のみによつて同被告人の投石行為を認めるについては、な
お合理的な疑いを容れるものと言わざるを得ず、その他記録並びに原裁判所が取り
調べたすべての証拠を検討してみても、同被告人の原判示投石行為は、これを認め
るに由ない。
 はたしてしからば、原判決が、その挙示する証拠により、たやすく同被告人の原
判示投石行為を認めたことは、事実の認定を誤つたものであり、右事実誤認の瑕疵
は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。
 2 騒擾罪の成否について
 原判決は、「集団員を皇居外苑広場から排除する目的で楠公銅像島に向かつて前
進した警官隊のうち、第三方面予備隊員巡査B70ら一団の警察官が、分室建物裏
手へ進み、付近集団員などの排除等に当つていた際、被告人A84は、すでに人影
もまばらになつていた日比谷土堤角に近い東日比谷土堤下付近から、右一団の警察
官に対し一回投石した。」と認定し、同被告人の右所為をとらえて騒擾附和随行の
罪に当るものと判断している。しかしながら、同被告人について原判示の右投石行
為を認め難いことは前述のとおりであるから、右投石行為をとらえて同被告人に騒
擾附和随行の罪責を問うことは許されない。つぎに、右投石行為を除いてなお同被
告人を右同罪に問う余地があるか否かにつき、さらに考えてみるのに、原判決利用
の関係証拠によれば、同被告人が、原判示の頃、原判示東日比谷土堤下付近にいた
ことは認められるが、記録及び原裁判所が取り調べた証拠によれば、原判示の頃、
原判示東日比谷土堤下付近においては、集団員などの大多数が周辺から排除され、
すでに人影もまばらな状態になつていたもので、付近にいわゆる騒擾集団と目さる
べき集団はなかつたのであるから、同被告人を騒擾附和随行の罪に問うことができ
ないのは当然である。
 はたしてしからば、原判決が、同被告人をたやすく騒擾附和随行の罪に問擬した
ことは、事実を誤認したか、法令の解釈適用を誤つた違法があるものというべく、
原判決のこの点の瑕疵は判決に影響を及ぼすことが明らかであり、論旨は理由があ
る。
 よつて刑訴法三九七条、三八二条、三八〇条に則り、被告人両名に対する原判決
をそれぞれ破棄することとし、同法四〇〇条但し書に従い、各被告事件についてさ
らに判決する。
 第二
 一 被告人A83について
 原判決の確定した同被告人の原判示公務執行妨害の所為は、刑法九五条一項に該
当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期範囲内で同被告人を懲役五月
に処し、情状刑の執行を猶予するのを相当と考えるから、同法二五条一項により、
本裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予することとし、原審における当該関係
訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但し書に従い、これを同被告人に負担させないこ
ととする。
 なお同被告人に対する本件公訴事実中、騒擾助勢の訴因については、すでに前記
破棄理由中において説明したとおりであり、結局犯罪の証明がないのであるが、右
は原判示公務執行妨害の罪と一罪の関係にあるものとして起訴されたものであるか
ら、特に主文において無罪の言渡はしない。
 なお、騒擾助勢の訴因について犯罪の証明がなく無罪となつたからといつて、こ
れと一罪の関係にあるものとして起訴された公務執行妨害の訴因が、ただちに無罪
となるものでないことは当然である。
 二 被告人A84について
 本件記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠を検討してみても、同被告人
に対する本件公訴事実について、同被告人を有罪と断ずるに足りる証拠がないの
で、刑訴法三三六条に則り、同被告人に対し無罪の言渡をする。
 〔一八〕 被告人A85関係
 第一 弁護人の控訴趣意中投石並びに傷害の点に関する事実誤認の主張について
 所論は、被告人A85の原判示傷害、公務執行妨害並びに騒擾助勢(祝田橋交差
点付近における投石等の事実)の各事実について、同被告人は原判示の祝田橋交差
点の日比谷公園側において原判示第四方面予備隊所属の警察官に対し投石した事実
はなく、したがつてまた、原判示巡査B72に対し原判示の傷害を与えた事実もな
いというのである。
 しかし、原判決が所論の事実を認定する証拠として引用した所論の原審各証人の
証言及び医師B73作成のB72に対する診断書によれば、この点に関する同被告
人の原判示投石並びに傷害の事実は、優にこれを認定することができるのであり、
記録を精査してみても、原判決の右事実の認定に誤認を疑うべきかどは認められな
い。所論は原審の採用した原審証人B72、同B74、同B75の各証言の信憑性
を攻撃するにすぎないものであつて、とうてい理由がない。
 進んで、職権をもつて、原判示公務執行妨害罪についての原判決の当否について
検討してみるのに、原判決は、原判示巡査B72の執行していた公務の内容を判示
するについて、「第四方面予備隊長B76の率いる同予備隊が桜田土堤や祝田橋上
の集団員を排除して皇居外苑広場外に出て云々」と記載し、原判決総論認定の事実
を引用したうえ、「右状況の間、同被告人は原判示の投石行為に及び、そのうち一
個を同予備隊第一中隊員巡査B72の鼻部に命中させ、因つて同巡査に対し、その
鼻頭部に原判示の傷害を負わせ、同巡査の職務の継続を不能にさせた。」というだ
けであつて、当時右巡査B72がいかなる公務を執行していたかについて、直接こ
れを判示するところがなく、また原判決総論認定の当該部分の事実の摘示をこの部
分の事実摘示と対照して読んでみても、ついに原判決の摘示するところをもつてし
ては、右公務の内容を知ることができない。してみれば、原判決には、この点にお
いて、同被告人に対する罪となるべき事実を判示するについて、理由不備の違法が
あるものというべく、原判決はこの点において破棄を免れないものというべきであ
る。
 第二 同、本件において騒擾と目すべき事態はなかつた旨の論旨について
 そこで所論に鑑み、原判決のこの点に関する判断の当否について検討してみるの
に、原判決は、同被告人が、原判示の状況のもとにおいて、祝田橋交差点の日比谷
公園側に群がつていた集団員などの前の方に位置して、当時右祝田橋交差点の祝田
橋たもと付近に集結していた隊長B76の率いる第四方面予備隊員に対し、数回投
石した行為をとらえて、騒擾助勢の罪に当るものと判断したことは、原判決に徴し
明らかなところであり、同被告人が原判決にいう騒擾に関与したという行為は、こ
れに尽きるのである。そして、同被告人が皇居外苑広場内における原判示の警官隊
と各集団員との接触乱闘に直接関与したことは、原判決の認定判示しないところで
あるから、同被告人が原判示皇居外苑広場内の事態につき責任を負うためには、ま
ずもつて、同被告人を含めて当時祝田橋交差点の日比谷公園側に群がつていた原判
示の集団員と、前記皇居外苑広場内において警官隊と接触乱闘に及んだ原判示の各
集団員とが、すでに〔序〕の第二において説明したとおり、集団としての同一性が
認められる場合でなければならない。しかるに、原判決は、同被告人を含めて祝田
橋交差点の日比谷公園側に群がつていた群衆は、警察官に排除されたりして皇居外
苑広場から出て来た集団員や状況見物の一般人であるというだけであつて、右警察
官に排除されたりして同広場から出て来た集団員というのが、はたして同広場内に
おける警官隊との接触乱闘に関与した原判示の各集団員と同一であるかどうかにつ
いて語るところがなく、当時警官隊によつて同広場から排除され祝田橋から出て来
た者の中には、右警官隊との接触乱闘に関与しなかつた大勢のデモ参加者及び見物
人を含んでいたことは、原判決が総論において認定判示した事実自体から明らかで
あり、原判決が引用したすべての証拠及び記録に徴し、〔序〕の第二において述べ
たところにしたがつて、前記祝田橋交差点の日比谷公園側に群がつていた同被告人
を含む原判示の集団員と皇居外苑広場内において警官隊と接触乱闘した原判示の各
集団員とが集団としての同一性を有していたか否かについて検討してみるのに、そ
の同一性を確認するに足りる資料はない。してみれば、皇居外苑広場内において原
判示各集団員のした行為が騒擾罪を構成すると否とにかかわらず、同被告人が右皇
居外苑広場内において原判示各集団員のした行為について罪責を問われるいわれは
ない。
 なお前記祝田橋交差点の日比谷公園側に群がつていた同被告人を含む原判示の集
団員と同一集団に属すると認められる集団員が、当時皇居外苑広場内並びにその周
辺において、暴行、脅迫の行為に及んでいたとの事実は、原判決の毫も認定判示し
ないところであるばかりでなく、証拠上もまたこれを認めることはできない。
 つぎに、原判示の祝田橋交差点の日比谷公園側に群がつていた同被告人を含む原
判示の集団員が、刑法一〇六条にいわゆる多衆に当るかどうか、また同被告人のし
た原判示投石行為を含めその集団員のした投石等の暴行、脅迫の程度が、公共の静
謐を害するに足りる程度のものであつたかどうかについて検討してみるのに、原判
決(総論〔二七二〕)はこの点について、「祝田橋交差点に近い日比谷公園内植込
地帯や、これに接する歩道上の祝田橋交差点に近い部分には、日比谷公園内に逃げ
込んだ者を含めて数百名の集団員がいて、これら集団員などの中には、都電軌道上
あたりまで出て来たりした第四方面予備隊員らに対し、石、コンクリート破片等を
投げつける者や、『人民広場へ』『警官隊は帰れ』『やつてしまえ』との旨や、
『馬鹿野郎』などと叫ぶ者があつた。」というだけであつて、右の暴行、脅迫に及
んだ者が、はたしてどの位の人数であつたものか、あるいはその暴行、脅迫の行為
に出なかつた者も、それらの行為を認識認容し、これに加担する意思をもつて前記
祝田橋交差点の日比谷公園側に集結していたものかどうかについても、判示すると
ころがない。そして、記録並びに原裁判所が取り調べた証拠を検討してみても、右
の点については、これを明確にするに足りる証拠はない。
 この点について、原審証人B76(昭和三二年四月一七日原審公判期日における
もの)、同B77の各証言によれば、当時祝田橋交差点付近で第四方面予備隊員に
投石していた者は数千名いたことになつているが、この点に関する同証人らの証言
は、原判決も、その摘示事実自体に徴し明らかなように、これを措信していないと
ころである。つぎにまた、前記証人B76の証言によれば、当日の警備活動に際
し、第四方面予備隊においては、約一〇六名の警察官が傷害を蒙つた事実が認めら
れるのであるが、その負傷者の数は、当日の同予備隊の警備活動全般を通じてのも
のであつて、祝田橋交差点の日比谷公園側に群がつていた集団員のした原判示暴行
により、はたしてどの程度警官隊側に被害を生じたものであるかについても、これ
を確認するに足りる証拠はない。してみれば、原判示の祝田橋交差点の日比谷公園
側に群がつていた原判示集団員が、はたして刑法一〇六条にいう多衆に当るものか
どうか、そしてまた、同被告人のした原判示投石行為を含めてそれらの集団員のし
た原判示の暴行、脅迫が、公共の静謐を害するに足りる程度のものであつたかどう
かについても、これを判断するに足りる十分な資料を欠くものというべく、同被告
人のした原判示投石の行為を目して、たやすく騒擾助勢の罪に当るものと断定する
ことはできない。
 つぎにまた、同被告人を含む集団員が、右祝田橋交差点の日比谷公園側に群がつ
て祝田橋たもと付近に集結した第四方面予備隊と対向した後、やがて祝田橋交差
点、日比谷交差点間の日比谷濠側及び日比谷公園側各車道上において、集団員によ
る駐車中の自動車に対する転覆、放火等の事態を見るにいたつたことは、原判決の
認定判示するところであり、この事実は原判決引用の関係証拠により認定できると
ころであるが、同被告人がこれらの集団員に加担していたとか、あるいは、右自動
車に対する転覆、放火等の行為を認識予見して、これらの行為者に暴行の意思を引
き継がせる意図をもつて本件投石行為に及んだものであるとかの事実については、
原判決もこれを認定していないばかりでなく、記録上これを認めるに足りる証拠も
ない。
 してみれば原判決が、同被告人のした原判示投石行為をとらえて、たやすく騒擾
助勢の罪に問擬したことは、法令の解釈適用を誤つたか、若しくは事実を誤認した
瑕疵があるものというべく、原判決のこの点の瑕疵は判決に影響を及ぼすことが明
らかであるから、論旨は理由がある。
 よつて、刑訴法三九七条、三八〇条、三八二条、三七八条四号に則り、同被告人
に対する原判決を破棄することとし、同法四〇〇条但し書に従い、被告事件につい
てさらに判決する。
 当裁判所の認定した同被告人に対する公務執行妨害、傷害罪の犯罪事実及び証拠
の標目は、原判示第二の二の公務執行妨害、傷害の事実について、第四方面予備隊
第一中隊員巡査B72の職務行為として、「当時集団員のなかから、祝田橋たもと
付近に集結した第四方面予備隊の警察官に対し、投石等の行為に及ぶ者があり、警
察官の身体に危険を生ずる状態であつたから、当時の警察官等職務執行法五条の定
めるところによりこれを制止すべく待機中の」という文言を「同予備隊第一中隊員
巡査B72」とある前に追加するほか、原判決の判示するところと同一であるか
ら、ここにこれを引用する。
 右同被告人の所為中公務執行妨害の点は刑法九五条一項に、同傷害の点は同法二
〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するところ、右は一個の行為で二個
の罪名に該当する場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として
重い傷害罪につき定めた懲役刑で処断することとし、その所定刑期範囲内で、同被
告人を懲役六月に処し、情状刑の執行を猶予するのを相当と考えるから、同法二五
条一項により、本裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予することとし、原審に
おける当該関係訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但し書に従い、これを同被告人に
負担させないこととする。
 なお、本件公訴事実中騒擾助勢の訴因については、有罪と断ずるに足りる証拠が
ないのであるが、右は当裁判所の認定した公務執行妨害、傷害の罪と一罪の関係に
あるものとして起訴されたものであるから、特に主文において無罪の言渡はしな
い。
 なお、騒擾助勢の訴因について犯罪の証明がなく無罪となつたからといつて、こ
れと一罪の関係にあるものとして起訴された公務執行妨害、傷害の訴因が、ただち
に無罪となるものでないことは当然である。
 〔一九〕 被告人A86関係
 第一 弁護人の控訴趣意中訴訟手続の法令違反の主張について
 所論は、原判決はその判示する被告人A86の投石行為を認定するにあたり、な
んらの補強証拠のないまま、同被告人の自白だけにたよつて同被告人に有罪の言渡
をしたが、右は憲法三八条三項、刑訴法三一九条二項に違反し、判決に影響を及ぼ
すことが明らかな訴訟手続の法令違反に当ると主張する。
 そこで検討するのに、原判決の挙示する証拠のうち、同被告人が原判示の日時場
所において、原判示の第四方面予備隊所属の警察官に向かつて所持の小石数個を連
続して投げつけた事実を直接に証明するものが、同被告人の自白(昭和二七年五月
一一日付、同月一八日付の各検察官調書と昭和三六年一一月四日の原審公判期日に
おける供述)を措いて他にないことは、所論のとおりである。しかしながら、憲法
三八条三項、刑訴法三一九条二項が要求する自白の補強証拠は、必ずしも自白にか
かる犯罪組成事実の全部にわたつてもれなくこれを裏付けるものでなければならぬ
ことはなく、自白と相まつて自白にかかる事実の真実性を保障し得るものであれば
足りると解すべきところ、原判決は、同被告人の前記自白にかかる投石行為は、
「本件当日午後四時過頃、第四方面予備隊が皇居外苑広場内から桜田土堤及び祝田
橋上の集団員などを排除して祝田橋交差点の祝田橋たもと付近に集結を始めた頃か
ら、同予備隊が日比谷公園ないし日比谷交差点方向へ前進を始めるまでの時期の
間、おりから祝田橋交差点の日比谷公園側角付近から同予備隊に向かつて投石する
者がある状況下」で行なわれたものであると判示したうえ、この点について原審が
総論において適法に認定した事実(原判決総論〔二七二〕)を証拠に挙示引用して
いるのであり、右引用の証拠は、同被告人の前記自白と相まつて、自白にかかる同
被告人の原判示行為の真実性を保障するに十分と認められるから、同被告人の自白
に補強証拠がないとする論旨は理由がない。
 第二 同、本件において騒擾と目すべき事態はなかつた旨の論旨について
 所論に鑑み、原判決のこの点に関する判断の当否について検討してみるのに、原
判決が、同被告人が原判示の状況下、祝田橋交差点の日比谷公園側角付近から、第
四方面予備隊所属の警察官の方に向かい、持つていた一つかみの小石数個を連続し
て投げつけた行為をとらえて騒擾助勢の罪にあたるものと判断したことは、原判決
に徴して明らかであり、同被告人が原判決にいう騒擾に関与したという行為はこれ
に尽きる。そして、同被告人が皇居外苑広場内における原判示の警官隊と各集団員
との接触乱闘に直接関与したことは、原判決の認定判示しないところであるから、
同被告人が原判示皇居外苑広場内の事態につき責任を負うためには、まずもつて、
同被告人を含めて当時祝田橋交差点の日比谷公園側に群がつていた原判決の集団員
と、前記皇居外苑広場内において警官隊と接触乱闘に及んだ原判示の各集団員と
が、すでに〔序〕の第二において説明したとおり、集団としての同一性が認められ
る場合でなければならない。しかるに、原判決は、同被告人を含めて当時祝田橋交
差点の日比谷公園側に群がつていた群衆は、警察官に排除されたりして皇居外苑広
場から出て来た集団員や状況見物の一般人であるというだけであつて、右警察官に
排除されたりして同広場から出て来た集団員というのが、はたして同広場内におけ
る警官隊との接触乱闘に関与した原判示の各集団員と同一であるかどうかについて
原判決は語るところがなく、当時警官隊によつて同広場から排除され祝田橋から出
て来た者の中には、右警官隊との接触乱闘に関与しなかつた大勢のデモ参加者及び
見物人を含んでいたことは、原判決が総論において認定判示した事実自体から明ら
かであり、原判決が引用したすべての証拠及び記録に徴し、〔序〕の第二において
述べたところにしたがつて、前記祝田橋交差点の日比谷公園側に群がつていた同被
告人を含む原判示の集団員と皇居外苑広場内において警官隊と接触乱闘した原判示
の各集団員とが集団としての同一性を有していたか否かについて検討してみるの
に、その同一性を確認するに足りる資料はない。してみれば、皇居外苑広場内にお
いて原判示各集団員のした行為が騒擾罪を構成すると否とにかかわらず、同被告人
が右皇居外苑広場内において原判示各集団員のした行為について罪責を問われるい
われはない。
 なお前記祝田橋交差点の日比谷公園側に群がつていた同被告人を含む原判示の集
団員と同一集団に属すると認められる集団員が、当時皇居外苑広場内並びにその周
辺において、暴行、脅迫の所為に及んでいたとの事実は、原判決の毫も認定判示し
ないところであるばかりでなく、証拠上もまたこれを認めることはできない。
 つぎに、原判示の同被告人投石の頃、祝田橋交差点の日比谷公園側に群がつてい
た同被告人を含む原判示の集団員が、刑法一〇六条にいわゆる多衆に当るかどう
か、また同被告人のした原判示投石行為を含めてその集団員のした投石等の暴行、
脅迫の程度が、公共の静謐を害するに足りる程度のものであつたかどうかについて
は、当裁判所の判断は、前記〔一八〕の被告人A85に対する項で示したところと
同一であり、結局原判決総論判示の祝田橋交差点の日比谷公園側に群がつていた集
団員がはたして刑法同条にいう多衆にあたるかどうか、また同被告人のした原判示
投石行為を含めそれらの集団員のした原判示の暴行、脅迫が、公共の静謐を害する
に足りる程度のものであつたかどうかについても、これを判断するに足りる十分な
資料を欠くものというべく、同被告人のした原判示投石の行為を目して、たやすく
騒擾助勢の罪に当るものと断定することはできない。
 さらにまた、同被告人を含む集団員が、祝田橋交差点の日比谷公園側に群がつ
て、祝田橋たもと付近に集結した第四方面予備隊と対向した後、やがて祝田橋交差
点、日比谷交差点間の日比谷濠側及び日比谷公園側各車道上において、集団員によ
る駐車中の自動車に対する転覆、放火等の事態をみるに至つたことは、原判決総論
の認定判示するところであり、この事実は原判決引用の関係証拠により認定できる
ところであるが、同被告人がこれらの集団員に加担していたとか、あるいは右自動
車に対する転覆、放火等の行為を認識予見して、これらの行為者に暴行の意思を引
き継がせる意図をもつて本件投石行為に及んだものであるとかの事実については、
原判決もこれを認定していないばかりでなく、記録上これを認めるに足りる証拠も
ない。
 してみれば、原判決が、同被告人のした原判示投石行為をとらえて、たやすく騒
擾助勢の罪に問擬したことは、法令の解釈適用を誤つたか、若しくは事実を誤認し
た瑕疵があるものというべく、原判決のこの点の瑕疵は、判決に影響を及ぼすこと
が明らかであるから、論旨は理由がある。
 よつて、刑訴法三九七条、三八〇条、三八二条に則り、同被告人に対する原判決
を破棄することとし、同法四〇〇条但し書に従い、被告事件についてさらに判決す
る。
 本件記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠を検討してみても、同被告人
に対する本件公訴事実について、同被告人を有罪と断ずるに足りる証拠がないか
ら、同法三三六条に則り、同被告人に対し無罪の言渡をする。
 〔二〇〕 被告人A87関係
 弁護人の控訴趣意について
 所論は、原判決の事実誤認を主張するものであるが、その要旨は、原判決は、被
告人A87が、原判示状況に際し、日比谷公園側から祝田橋交差点の電車軌道上に
棒を振り上げたりして押し出し原判示の祝田橋たもと付近の警察官や日比谷濠端寄
りを進む警察官に向かつて石などを投げたりする集団員の群れの先頭部に立ち、棍
棒を携え警察官に立ち向かう構えを示して押し出したと認定しているが、原判決の
挙示する証拠、特に同被告人の行為を認定するについて決め手となる原審証人B7
8の証言、及び東京地裁昭和三四年証第一五九〇号の内三〇四号の写真によるも、
同被告人の原判示所為を認定することは困難であり、原判決はまずこの点において
事実を誤認しているというのである。
 そこで、所論に鑑み、原判決が同被告人の行為を認定するについて引用した証拠
並びに原裁判所が取り調べた証拠を検討してみるのに、原判決の引用する原審証人
B79、同B80の各証言は、東京地裁昭和三四年証第一五九〇号の内三〇四号の
前記写真一葉に写し出された人物(写真向かつてやや左前面中央の電車軌条敷石か
ら踏み出し棍棒を右手に持つた男)が同被告人に相違ない旨の同一性の確認に関す
るものであり、原審証人B78の前記証言は、右写真の撮影状況を述べたほか、当
時日比谷公園側から祝田橋交差点の電車軌道上に集結した群集の行動や、原判示の
集団員の鎮圧排除に向かつた警官隊の行動を語つているが、右写真に写し出された
群衆は祝田橋外に排除されたデモ隊員の状況を写したものであるというだけで、こ
の群衆がいかなる行動に及んでいるときのものであるか、そしてまたいかなる行動
に移ろうとしている状況を撮影したものであるかについては、触れるところがな
い。そして、右B78の証言と前記写真とを対照すれば、僅かに写真向かつて左側
の左方に向かつている多数の者が、原判示の日比谷濠端で白色側車付自動二輪車が
集団員によつて放火された際、その集団員の鎮圧排除に向かつた原判示警察官の方
に向かつて押し出してきたという原判示の集団員に属することは推認できるが、こ
の写真をもつてしては、写真向かつてやや左前面中央の同被告人が、この集団員と
いかなる関係にあつて、いかなる行動をし、さらにいかなる行動に及ぼうとしてい
るものであるかはもちろん、その余の写真に写し出された多数の者が、同被告人と
いかなる関係にあり、そしてまた、同被告人を含む右多数の者が、いかなる行動に
及んでおり、さらにいかなる行動に出ようとしているものであるかは、とうていこ
れを知ることができない。そして、この事実を確認できる資料は、原裁判所の取り
調べたすべての証拠を検討してみても、これを見出すことができない。
 してみれば、原判決が前記の証拠により、たやすく、同被告人が原判示の集団員
の群れの先頭部に立ち、棍棒を携え警察官に立ち向かう構えを示しその方向に押し
出したとして、同被告人に騒擾助勢の罪責を帰せしめたことは、原判示の事態が騒
擾罪を構成するかどうかを問わず、まず同被告人の行為に関する原判決の事実の認
定に、事実の誤認を疑うべきかどがあるものといわなければならない。もつとも、
右写真に写し出された同被告人及びその周囲の多数の者が、皇居外苑広場に入つた
後警察官に排除されて祝田橋交差点を経て同交差点電車軌道上に群がつた者である
ことは、前記原審証人B78の証言により認められるところであるが、同被告人を
含めこれらの者が、皇居外苑広場内及び祝田橋にかけて警官隊と乱闘した原判示各
集団員と同一集団に属することは確認できないばかりか、右写真に写し出された同
被告人及びその周囲の多数の者が、当時日比谷濠端で原判示の白色側車付自動二輪
車を焼き払う行動に出た原判示の集団員の行為を認容し、この集団員と一体となつ
て、その集団員の鎮圧排除に向かつた原判示の警察官の方に向かつて押し出したも
のであることについても、これを確認するに由ないものであるから、同被告人に対
しては、右皇居外苑広場内から祝田橋にかけての事態はもちろん、前記自動二輪車
放火の挙に出た集団員の行為についても、罪責を問うことは許されないところであ
る。
 以上の次第であるから、同被告人について原判示の行為を認定し、これを騒擾助
勢の罪に問擬した原判決は、事実を誤認したものというべく、この点の瑕疵は判決
に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。
 よつて、刑訴法三九七条、三八二条に則り、同被告人に対する原判決を破棄する
こととし、同法四〇〇条但し書に従い、被告事件についてさらに判決する。
 本件記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠を検討してみても、同被告人
に対する本件公訴事実について同被告人を有罪と断ずるに足りる証拠がないので、
同法三三六条に則り、同被告人に対し無罪の言渡をする。
 〔二一〕 被告人A88関係
 弁護人並びに被告人A88の控訴趣意中事実誤認の主張について
 所論はいずれも、原判決が、「同被告人は、皇居外苑広場で原判示集団員と警察
官とが衝突していることを察知し、これらの集団員に自ら加担し、かつ、原判示S
労働組合員などをしてこれに加担させる意図のもとに、少なくとも二〇名位の同組
合員などを集めて、自らその先頭に立ち、付近の組合員らに対して『人民広場へ行
こう』と呼びかけたりして、日比谷公園桜門から同公園を出て、右S労働組合員ら
とともに、原判示集団員の方に向かい同公園側を前進して行つた。」との、原判示
事実を認定したことについて、同被告人は、右の如くS労働組合員など二〇名位を
集めて、自らその先頭に立つた事実もなく、また、同被告人が、原判示の如く、当
時皇居外苑広場で原判示集団員と警察官とが衝突していることを察知していたとい
う事実もなく、さらにまた、同被告人が、右S労働組合員などをして原判示の集団
員に加担させようと意図した事実もないといい、これらの点について原判決の事実
誤認を主張する(所論訴訟手続の法令違反の主張は、右事実誤認の主張に帰す
る。)。
 しかし、原判決引用の証拠によれば、右の原判示事実は優に認定できるところで
あつて、記録を精査検討してみても、原判決がその挙示引用の証拠により右事実を
認定したことに、所論の如く事実の誤認を疑うべきかどは認められない。所論は、
同被告人とともに日比谷公園桜門を出て、同公園側を前進して行つたS労働組合員
などは、祝田橋で全員ばらばらになつて逃げ帰つているのであるから、同被告人
が、原判示の如く、これらS労働組合員などをして、皇居外苑広場内で警察官と衝
突している原判示集団員に加担させる意図のなかつたことは明らかであるという
が、所論の如く、同被告人と行をともにしたS労働組合員らが、祝田橋でばらばら
になつて逃げ帰つたからといつて、毫も同被告人の原判示加担の意図を否定する根
拠とすることはできない。所論は結局独自の主張であつて採るを得ない。論旨は理
由がない。
 しかし、さらに進んで、職権をもつて原判決の当否を検討してみると、原判決
は、同被告人の原判示所為を騒擾助勢の罪に問擬するについて、「多衆集合して、
現に、他に対して騒擾をもつて論ぜられるべき暴行と脅迫をなしつつある際、これ
を察知ないしは認識して、相当多数の者を前示多衆に接近せしめるような行為は、
騒擾の勢を増進せしめる有力な行為にほかならぬものであつて、このような行為に
出た者は、自ら暴行、脅迫をしないでも、騒擾罪における率先助勢の責を負うべき
である。」との見解に依拠している。なるほど、騒擾助勢の罪が成立するについて
は、自ら暴行、脅迫の行為に出ることを必ずしも必要としないことは、原判決の説
示するとおりであるが、同罪が成立するためには、多衆集合して暴行、脅迫をなし
つつある際、これを察知ないしは認識して、これに加担する意思があれば足りるわ
けのものでなく、客観的に、右の暴行、脅迫をなしつつある多衆の一員として、集
合した人に率先して騒擾の勢いを増大する行為をするものでなければならない。し
かるに、原判決の認定した同被告人の本件所為は、同被告人が、日比谷公園桜門を
出た後、原判示の如く警察官に対抗する集団員のいることを認識しつつ、原判示の
意図をもつて、S労働組合員など二〇名位とともに、これら集団員の方に向かい同
公園側を前進していつたというだけのことであつて、他に特段の事実を示すことな
く、ただこれだけの事実をもつて、同被告人が現に警察官に対抗する原判示集団員
に加わり、これら集団員に率先して騒擾の勢いを増大する行為をしたものとは、と
うてい考えられない。してみれば、原判決が、他に特段の事実を示すことなく、た
だちに、同被告人の原判示所為を騒擾助勢の罪に問擬したことは、原判示の警察官
に対抗する集団員の行為を騒擾罪としてとらえるかどうかにかかわりなく、すで
に、この点において、原判決には理由不備の違法があるものというべく、同被告人
に対する原判決は、その余の論旨に対する判断をまつまでもなく、失当として破棄
を免れない。
 よつて、刑訴法三九七条、三七八条四号に則り、同被告人に対する原判決を破棄
することとし、同法四〇〇条但し書に従い、被告事件についてさらに判決する。
 同被告人に対する本件公訴事実は、同被告人に対する起訴状記載の公訴事実に示
すとおりであつて、同被告人については、同被告人が原判示の認識(但し、同被告
人において、原判示の皇居外苑広場における警官隊と集団員との衝突抗争の事実に
ついては、これを未必的にせよ認識していたことは認められるが、原判示祝田橋交
差点付近において、右皇居外苑広場から排除された集団員らが、警官隊に対し暴
行、脅迫を行なつていることを認識していたかどうかについては、これを確認する
に足りる証拠がない。)のもとに、右皇居外苑広場内の集団員に加担する意図をも
つて、原判示S労働組合員らに対し、「人民広場に行こう」と呼びかけたりして、
右S労働組合員ら二〇名位とともに、日比谷公園桜門を出て、皇居外苑広場の方に
向かい同公園側を前進して行つた事実は、原判決の挙示引用する証拠により認める
ことができる。しかし、さらに進んで、同被告人において、これらS労働組合員ら
とともに、前記の如く皇居外苑広場等において警官隊に抵抗し暴行、脅迫に及んで
いる原判示の各集団員に加担し、これらの集団の一員と認めるに足りる具体的行為
があつたかどうかについて検討してみると、本件において同被告人の行為として証
拠上認定できるところは、前記のとおりでそれ以上に出ないものであり、同被告人
らS労働組合員らと右皇居外苑広場の各集団員とが相呼応した事実の認められない
ことはもとよりとして(同被告人が祝田橋交差点付近において警官隊に対し暴行、
脅迫を働いている集団員の存在を認識していたとの証拠に欠けることは、すでにみ
たとおりである。)、原審証人B81の証言によれば、前記の如く、日比谷公園桜
門を出て皇居外苑広場に向かつた同被告人及びS労働組合員らは、祝田橋入口にお
いて隊列を組んだ警察官が進出しているのを目撃し、恐ろしくなり四散して逃げ出
している実情であり、記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠を検討してみ
ても、他に、同被告人において、原判示S労働組合員らとともに、皇居外苑広場に
おいて警官隊に抵抗し暴行、脅迫に及んでいる原判示の各集団員に加担し、この集
団の一員となる行為があつたことを認めるに足りる証拠はない。のみならず、同被
告人が皇居外苑広場内から祝田橋上にかけての原判示各集団員の暴行、脅迫に協力
したと認めるに足りる資料もない。
 してみれば、同被告人に対する本件公訴事実は、皇居外苑広場内においてした原
判示各集団員の行為が騒擾に当ると否とを問わず、すでにこの点において犯罪の証
明を欠くものといわなければならないから、同被告人に対しては、同法三三六条に
則り、無罪の言渡をする。
 〔二二〕 被告人A89関係
 原判決は、被告人A89に対し、騒擾助勢並びに公務執行妨害の罪をもつて処断
しているので、原判決の認定判示する事実が、その判示自体に徴し、はたして右各
罪の成立要件を充たしているかどうかについて、まず、職権をもつて検討してみ
る。
 さて、原判決は、まず冒頭に、原判示騒擾に際し、祝田橋、日比谷両交差点間の
日比谷濠側緩行車道上に駐車中の乗用自動車三台位が、原判示集団員によつてつぎ
つぎと転覆、放火、焼燬され、当時日比谷交差点西側の日比谷濠側で交通制限を実
施していた丸の内中隊第一小隊第二分隊長B82らが、右犯行を現認して、これを
制止したり、その犯人を逮捕したりするため現場に駆けつけ、続いてB83中隊長
らも、有楽町巡査派出所の方から同様その現場に駆けつけ、付近の集団員などを排
除し、また第四方面予備隊員が、祝田橋方向から集団員などを排除しながら前進し
てきたこと、前示B82らが自動車転覆ないし放火の現場に駆けつけるのを認めた
右犯人などは、おおむね車道を日比谷公園の方へ逃げ出し、右B82らは、その犯
人を逮捕する目的でこれを追いかけたこと等の事実を認定したうえ、同被告人は、
右自動車の転覆、放火、炎上の状況を見ているうち、前記のB82らが自動車転
覆、放火の犯人を追いかけているという状況を目撃し、かねて警察官に対し不快の
感情を持つており、また、当日、皇居外苑広場で行なわれていた警察部隊の集団員
に対する制止、解散の状況等を目撃したりしたこともあつて、B82の前示犯行の
制止、犯人逮捕の行動を妨害しようとの意図から、付近に落ちていた長さ数十セン
チメートルのプラカードの柄か枠を拾い持ち、B82のあとを追いかけ、原判示電
車軌道の上で、B82の頭のあたりを殴ろうとして右柄か枠を振り上げたが、その
場によろめいたため、現実に殴打するにいたらないまま、他の警察官に逮捕された
との事実を認定判示し、同被告人の判示所為は、騒擾助勢並びに公務執行妨害の罪
に当るとしているのである。
 ところで、(一)騒擾罪が成立するためには、多衆が集合して暴行、脅迫を行な
うことを要件とし、その暴行、脅迫を行なう者においては、この多衆に加担してそ
の行為を行なうことの意思を必要とするものであることは、もちろんである。しか
るに、原判決は、前記のとおり、同被告人が、B82の犯行の制止、犯人逮捕の行
動を妨害しようとの意図から、原判示の行為に出たと判示するのみで、はたして、
同被告人が多衆に加担して行なう意思で原判示の行為に及んだものであるかどうか
については、原判決の判示するところをもつてしては、ついにこれを知ることがで
きない。もつとも、原判決は、当日皇居外苑広場から日比谷交差点にかけて騒擾の
事態が発生し、原判示の自動車の転覆、放火、焼燬の行為も、集団員による騒擾行
為として認定判示しているのであるが、同被告人が原判示の騒擾行為を行なつた原
判示の集団員に属していたとの事実は、原判決の認定しないところであるばかりで
なく、同被告人が原判示の如く集団員の行なつている自動車の転覆、放火、炎上の
状況を目撃していたとしても、そのことからただちに、同被告人がこれら集団員の
した騒擾行為を引き継ぐ意思、すなわち、これら集団員に加担して行なう意思で本
件行為に及んだものとすることのできないことは当然である。原判決はこの点につ
いてもなんら判示するところがない。つぎに、原判決は、原判示B82が前記自動
車の転覆、放火等の犯人を逮捕するため追いかけた際、原判示電車軌道あたりで、
棒などを持つ者をまじえた数名の集団員がB82に対し殴りかかつてきたとの事実
を認定しているが、原判決の判示する事実を読んだだけでは、原判決にいう右集団
員とは、はたして原判示事実のうちいかなる行為をした集団員を指称するものなの
か、そしてまた、同被告人が右集団員といかなる関係にあつたものか、すなわち、
同被告人が右集団員の行為を認識認容し、これに加担して行なう意思をもつて本件
犯行に及んだものであるのか、以上の事実はすべてこれを明らかにすることができ
ないところである。さらにまた、同被告人が、原判示の如く、B82らが原判示集
団員による自動車の転覆、放火等の行為を制止しその犯人を逮捕するのを妨害しよ
うとの意図から本件行為に及んだからといつて、特に特段の事実の判示されない本
件において、同被告人が右集団員の暴行行為を承継し、これに加担して行なう意思
をもつて本件行為をしたものであるとすることのできないことも当然である。
 以上の次第であつて、原判決の判示事実をもつてしては、同被告人が原判示集団
員に加担して行なう意思をもつて本件行為に及んだとの騒擾罪の成立に必要な要件
を示しているものとは、とうてい考えられない。原判決は、同被告人に対する騒擾
助勢の罪に当る犯罪事実を摘示するについて、理由不備の違法があるものというべ
きである。
 (二) つぎに、原判決は、同被告人が原判示の意図から、付近に落ちていた長
さ数十センチメートルのプラカードの柄か枠を拾い持ち、B82のあとを追いか
け、原判示電車軌道の上で、同人の頭のあたりを殴ろうとして右の柄か枠を振り上
げたが、原判示の事情から、その場によろめいたため、殴りかかつただけで現実に
殴打するに至らなかつたとの事実を、公務執行妨害罪に問擬していることは、前記
のとおりである。ところで、公務執行妨害罪にいう暴行は、公務員に対する不法な
実力の行使をいうものであるが、原判決が被告人のB82に対する暴行として判示
するところは、右の如く、同人の後を追いかけ、その頭のあたりを殴ろうとして原
判示のプラカードの柄か枠を振り上げたが、その場によろめいたため、B82に殴
りかかつただけで現実に殴打するに至らなかつたというのであつて、同被告人が右
プラカードの柄か枠をB82の身辺に振りおろしたとの事実は、原判決の判示しな
いところであり、原判決のいうように、同被告人がB82を追いかけ、同人の頭の
あたりを殴ろうとして右の柄か枠を振り上げたというだけでは、他に特段の事情の
判示されない以上、この行為を目して、公務執行妨害罪にいわゆる暴行に当る行為
と認定することは困難である。してみれば、原判決は、この点においてまた、公務
執行妨害罪の罪となるべき事実、すなわちその暴行に当る行為を判示するについて
備わらないものがあるといわなければならない。
 以上の次第であつて、原判決には理由不備の違法があるので、控訴趣意に対する
判断をまつまでもなく、とうてい破棄を免れない。
 よつて、刑訴法三九七条、三七八条四号に則り、同被告人に対する原判決を破棄
することとし、同法四〇〇条但し書に従い、被告事件についてさらに判決する。
 本件公訴事実中騒擾助勢の点については、記録並びに原裁判所が取り調べたすべ
ての証拠を検討してみても、前示破棄理由の点で説明した、同被告人が原判示騒擾
の主体たる集団員に加担して行なう意思で本件所為に出たものであるとの事実につ
いては、これを認定するに足りる証拠がないのである。
 つぎに、その公務執行妨害の点については、同被告人の昭和二七年五月二日付司
法警察員に対する供述調書、同年五月三日付検察官に対する供述調書、同年五月一
五日付検察事務官に対する供述調書(なお、これらの供述調書中の同被告人の当該
係官に対する供述が任意になされたものでないことを疑うべき事情は認められな
い。)等によれば、同被告人が、原判示の意図のもとに、B82を追いかけ、手に
していた長さ一尺位のプラカードの柄か枠で、同人の頭のあたりを殴ろうとして原
判示のとおりこれを振り上げたこと、そのとたんに、原判示の如く、同被告人が履
いていた靴の鋲が電車軌条にふれて足をすべらせ、重心を失いその場によろめいた
ため、現実に殴打するに至らなかつたとの事実は、これを認定できる。右認定に反
する原審証人B84、同B85の各証言はいずれもこれを措信しない。ところで、
右の証拠から認定できるところは、同被告人が、前記長さ一尺位のプラカードの柄
か枠で、B82の頭のあたりを殴ろうとしてこれを振り上げたところ、そのとた
ん、その場によろめいて殴打するにいたらなかつたということだけであり、右の事
実関係において、はたして同被告人がB82の身体に対し不法な有形力を行使した
かどうか、すなわち、同被告人が用いたプラカードの柄か枠が、B82の身体に当
らなかつたとしても、少なくともそれは同人の身体に向け振り下ろされ、その身辺
をかすめたものであつたかどうかの点については、これを確認するに由ないものと
いうべく、当裁判所の措信しない前記B84、B85の各証言を措いてこの点につ
いて確証のない本件では、同被告人の右行為を目して、たやすく公務執行妨害罪に
いう暴行に当るものとすることは困難である。
 そして、本件記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠を検討してみても、
同被告人に対する本件公訴事実について、同被告人を有罪と断ずるに足りる証拠が
ないので、同法三三六条に則り、同被告人に対し、無罪の言渡をする。
 〔二三〕 被告人A90関係
 第一 弁護人の控訴趣意中、被告人A90に対する本件公訴提起の手続は、当時
少年であつた同被告人に対し、少年法所定の保護手続を奪つたままなされた違法な
ものであり、かつ在日朝鮮人に対する弾圧目的に出た不正な政治的起訴であるの
に、原審が右公訴を受理したのは、不法に公訴を受理した違法があるとの論旨につ
いては、すでに被告人A81に対する前記〔一五〕において判断したと同一の理由
により、論旨は採用できない。
 第二 弁護人並びに被告人A90の控訴趣意中訴訟手続の法令違反の主張につい

 所論は、原判決が挙示引用する同被告人の検察官に対する各供述調書、並びに原
審証人B86の証言につき、右各検察官調書には任意性がなく、また右証言は違法
証拠として排除されるべきものであつて、いずれも証拠能力がないのに、原審がこ
れを証拠として採用し原判示事実を認定したのは、訴訟手続の法令違反をおかした
ものであるというのであるが、所論に鑑み記録を精査検討してみても、原審が所論
の各証拠に証拠能力を認めてこれを証拠に採用したことにつき、所論の如き瑕疵が
あるものとは未だ認められないから、論旨は理由がない。
 第三 同、事実誤認の主張について
 一 所論はまず、同被告人が、原判示のフオード・セダン一―○△×□号ほか一
台の乗用車を、原判示のとおり、数人ないし一〇人前後の者とともに転覆させた事
実はないと主張する。
 そこで記録並びに原裁判所が取り調べた証拠を検討してみるのに、原判決がその
挙示引用する証拠によつて、右原判示事実中フオード・セダン一―○△×□号乗用
車一台を転覆させたとの事実を認定した措置は、十分首肯できるものというべく、
記録上原判決の右事実の認定について誤認を疑うべきかどは認められない。しかし
ながら、原判示事実中その余の乗用車一台に関しては、原判決もこれを特定してい
ないばかりでなく、原判決引用の原審証人B86の証言によるも、未だ右その余の
乗用車一台に関する同被告人の原判示所為を確認するに足りないものというべきで
ある。そして、原判決の挙示する同被告人の検察官に対する各供述調書(添付図面
を含む。)には、同被告人は、まず祝田橋交差点と日比谷公園桜門間の同公園側車
道上に駐車中の乗用車一台を、ついで右桜門付近の右車道上に駐車中の乗用車一台
(原判決挙示の各証拠を総合すれば、この車がフオード・セダン一―○△×□号に
あたるものと認められる。)を、相ついで転覆した旨の供述記載があるが、同被告
人が転覆に加担したとして原判決が認定した乗用車は、その引用する原判決総論認
定の、右桜門と日比谷交差点間の同公園側歩道北側緩行車道に駐車してあつて原判
示集団員が転覆焼燬させた乗用車四台中のフオード・セダン一―○△×□号ほか一
台というのであつて、同被告人の右供述にかかる祝田橋交差点と右桜門間の乗用車
を含むものとは解されないばかりか、右位置に右のような被害乗用車が存在したこ
とは原判決総論もまたこれを認定しないところであり(原判決総論〔二六三〕、
〔二八三〕参照)、その他記録並びに原裁判所が取り調べた証拠を検討してみて
も、右被害乗用車が存在したことを確認するに足りる証拠はないのであるから、右
の乗用車転覆に関する同被告人の供述部分は、にわかに信用できないものというべ
きである。はたしてしからば、原判決が、たやすく原判示フオード・セダン一―○
△×□号以外の乗用車一台について、同被告人の原判示所為を認定したのは、事実
を誤認したものというべきであり、右の誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかと
いうべく、論旨は結局理由がある。
 二 つぎに所論は、本件において騒擾と目すべき事態はなかつた旨を主張するの
で、この点について検討してみる。
 原判決引用の証拠によれば、同被告人が、原判示のとおり、当日南部コースを行
進して皇居外苑広場に入り、原判示総論認定の警官隊の排除行動開始後、同広場内
で原判示各集団員と警官隊とが接触乱闘している事態の中から同広場外に出たこと
は、原判決のいうとおり認定できるが、同被告人が前記の如く数人ないし一〇人前
後の者とともに前記フオード・セダン一―○△×□号乗用車(以下本件自動車と略
称する。)一台を転覆させる以前に発生したことの証拠上明らかな、皇居外苑広場
内において警官隊と接触乱闘に及んだ各集団員、及び祝田橋交差点付近において警
官隊に対し暴行、脅迫に及んだ集団員、並びに祝田橋、日比谷両交差点間の日比谷
濠側車道に駐車中の自動二輪車、外国人乗用車に対する転覆放火等の行為に出た集
団員の中に伍していたとの事実は、記録並びに原審が取り調べたすべての証拠によ
るも認められない。もつとも同被告人の昭和二七年五月八日付検察官に対する供述
調書には、「祝田橋を渡つて再び日比谷公園の中に逃げ込み、また公園の中から濠
端の電車道の方へ出て来て様子を見ると、丁度電車道の公園寄りの車道においてあ
つた進駐軍の乗用車(これを(1)の自動車と呼ぶ。)をひつくり返して火をつけ
て燃やしている者があつて、これにならつた労働者風の男五、六名が、その燃えて
いる車の日比谷交差点寄りにあつた乗用車(これを(2)の自動車と呼ぶ。)を倒
しかけて、公園の中からのぞいていた私らに対し、『おい、この車をひつくり返す
からみな手伝え。』と言つていたので、私はその傍にいた何処かの労働者風の男
四、五人とともに、その車の所に行つて、最初の五、六人に加勢してその車を真逆
様にひつくり返しました云云」との供述記載があつて、同被告人が本件自動車転覆
の行為に出る前、祝田橋、日比谷両交差点間の日比谷公園側歩道北側緩行車道に駐
車中の右(1)及び(2)の各自動車の転覆炎上の事実にも関係していたかのよう
であるが、右(2)の自動車の転覆に関する同被告人の供述の措信し難いことは前
記のとおりであり、また同被告人が本件自動車を転覆させた時期に相接した機会に
右(1)の如き転覆炎上した自動車があつたとの事実は、原判決総論も認定しない
ところであり、その他記録並びに原裁判所が取り調べた証拠を検討してみても、右
の自動車が存在したことを確認するに足りる証拠はないのであるから(原判決総論
引用の関係証拠によれば、同総論〔二六三〕のとおり、祝田橋交差点の日比谷公園
側角に近い同公園寄り車道上でダツジ・セダン一―○△□×号自動車一台が転覆炎
上した事実が認められるが、右は当日午後三時四四分頃のことであつて、本件自動
車の転覆よりかなり前のことと認められる。)、結局同被告人の右(1)の自動車
の転覆炎上の点に関する供述も措信し難い。
 ところで、同被告人が本件行為に出る前、前記の如く、祝田橋、日比谷両交差点
間の日比谷濠側車道においては、駐車中の自動二輪車及び外国人乗用車がつぎつぎ
に転覆放火され、そのため黒煙が付近一帯に流れ、加えて右公園側歩道やこれに近
接する同公園内には多数の人が群がつていて、騒然たる状態にあつたことは、原判
決引用の証拠上明認できるところであるが、右外国人乗用車等の転覆放火の行為が
はたして何名位の者の所為によるものか、そしてまた、それらの者が人を異にして
その所為に及んだものか、それとも同一の者が反覆してその所為に及んだものであ
るのか、その行為に及んだ者は証拠上これを確定するに由ないところであり、さら
にまた、これら外国人乗用車等の転覆放火の際それらの行為に及んだ者の付近にい
た多数の者が、それらの行為を認識認容しこれに加担する意思で同所に集まつてい
たものであるかどうかも証拠上これを確認することはできないところである。した
がつて、これら外国人乗用車等の転覆放火の行為が、はたして刑法一〇六条にいう
多衆が集合してしたものといえるかどうかについては、証拠上疑いを容れるものと
いわざるを得ない。してみれば、前記状態のもとで、前記自動二輪車及び外国人乗
用車が転覆放火された後同被告人がしたことの証拠上明らかな本件自動車一台の転
覆行為が、騒擾の状態のもとにおいてなされたものということはできないのであ
る。
 つぎに、同被告人は、前記の如く数人ないし一〇人前後の者と共同して本件自動
車の転覆行為に及んだものであるが、記録並びに原裁判所が取り調べた証拠を検討
してみても、同被告人と共同して右行為に出た数人ないし一〇人前後の者が、前記
皇居外苑広場内において警官隊と接触乱闘に及んだ各集団員、並びに祝田橋交差点
付近において警官隊に対し暴行、脅迫に及んだ集団員、及び外国人乗用車等に対す
る転覆放火等の行為に及んだ原判示集団員のした右各暴行、脅迫の事実を認識認容
し、これを承継し、その各暴行、脅迫の事態を利用する意思が存したものと認めら
れる状況のもとにおいて、本件自動車の転覆行為に出たものと推認するに足りる資
料は存しないのであり、結局同人らと右各集団員との間に集団の同一性を認めるこ
とはできない。
 なお同被告人と共同して右行為に出た数人ないし一〇人前後の者と同一集団に属
すると認められる集団員が、当時皇居外苑広場内並びにその周辺において、暴行、
脅迫の所為に及んでいたとの事実は、原判決の毫も認定判示しないところであるば
かりでなく、証拠上もまたこれを認めることはできない。
 してみれば、同被告人の本件行為が騒擾助勢の罪に当るか否かは、専ら同被告人
が右数人ないし一〇人前後の者とした本件自動車一台の転覆行為それ自体の評価に
かかるものというべきところ、右転覆行為を共同してした同被告人を含む数人ない
し一〇人前後の者を目して、刑法一〇六条にいわゆる多衆に当るとすることは困難
であるといわざるを得ない。
 したがつて、同被告人の本件自動車転覆行為を騒擾助勢の罪に問擬した原判決
は、事実を誤認したか法令の解釈適用を誤つたものというべく、原判決のこの点の
瑕疵は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はこの点において破
棄を免れず、論旨は結局理由がある。
 よつて刑訴法三九七条、三八二条、三八〇条に則り、同被告人に対する原判決を
破棄することとし、同法四〇〇条但し書に従い、被告事件についてさらに判決す
る。
 本件記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠を検討してみても、同被告人
に対する本件公訴事実について、同被告人を有罪と断ずるに足りる証拠がないの
で、同法三三六条に則り、同被告人に対し無罪の言渡をする。
 〔二四〕 被告人A91関係
 第一 弁護人の控訴趣意中訴訟手続の法令違反の主張について
 所論は、原判決が証拠に引用したB87の検察官に対する供述調書は、任意性も
特信性もないものであるのに、これを証拠として採用した原審の訟訴手続には、法
令の違反があるというのである。
 しかし、所論に鑑み記録を検討してみるのに、B87自ら原審公判期日において
証人として、同人の検察官に対する供述調書は、当時記憶している事実をそのとお
り検察官に対して述べたもので、その供述どおり記載されている旨を証言してお
り、所論の如く、同人の検察官に対する供述の任意性、特信性を疑うべき事情を認
めるに足りる資料はないので、この点の論旨は理由がない。
 第二 弁護人並びに被告人A91の控訴趣意中事実誤認の主張について
 一 所論はまず、同被告人は原判示のプリムス・クラブクーぺ一―○△○○号乗
用車一台を原判示のとおり一〇人前後の者とともに転覆させた事実はないというの
であるが、記録並びに原裁判所が取り調べた証拠を検討してみるのに、原判決がそ
の挙示引用の証拠によつて、右原判示事実を認定した措置は十分首肯できるものと
いうべく、記録上原判決の右事実の認定について誤認を疑うべきかどは認められな
い。この点の論旨は理由がない。
 二 つぎに、所論は、本件において騒擾と目すべき事態はなかつたと主張するの
で、この点について検討してみる。
 さて、原判決引用の証拠によれば、当日、同被告人が、原判示中部第二群の集団
員に伍して皇居外苑広場内に入り、原判示集団員と警官隊とが桜田濠沿い砂利敷道
路等において接触乱闘するにいたつたその前の時点において銀杏台上の島に進んだ
ことは、原判決のいうとおり認定できるが、その後被告人が日比谷交差点付近で本
件自動車転覆の行為に出るまでの間、同被告人の行動は証拠上一切不明である。そ
してその後、祝田橋、日比谷両交差点間の日比谷濠側車道、及び日比谷交差点、日
比谷公園桜門間の同公園側歩道北側緩行車道に駐車中の自動二輪車及び外国人乗用
車に対し、原判示集団員による転覆放火等の事態が発生したこと、同被告人の本件
自動車転覆の行為が、右日比谷公園側歩道北側緩行車道に駐車中の外国人乗用車に
対するものであつたことは、原判決引用の証拠に徴し認定できるところであるが、
証拠上明らかな同被告人が本件行為に出る前にそれぞれ発生した前記皇居外苑広場
内における警官隊と原判示各集団員との接触乱闘の事態、並びに原判示祝田橋交差
点付近における原判示集団員の警官隊に対する暴行、脅迫の事実、及び原判示集団
員による外国人乗用車等に対する転覆放火等の事実について、同被告人が右各行為
に及んだ当該各集団員の中に伍していたとの事実は、記録並びに原審が取り調べた
すべての証拠によるも認められないところである。
 ところで、同被告人が本件行為に出る前、前記の如く、祝田橋、日比谷両交差点
間の日比谷濠側車道及び日比谷公園側歩道北側緩行車道においては、駐車中の自動
二輪車及び外国人乗用車がつぎつぎに転覆放火され、そのため黒煙が付近一帯に流
れ、加えて右公園側歩道やこれに近接する同公園内には多数の人が群がつていて、
騒然たる状態にあつたことは、原判決引用の証拠上明認できるところであるが、右
外国人乗用車等の転覆放火の行為がはたして何名位の者の所為によるものか、そし
てまた、それらの者が人を異にしてその所為に及んだものか、それとも同一の者が
反覆してその所為に及んだものであるのか、その行為に及んだ者は証拠上これを確
定するに由ないところであり、さらにまた、これら外国人乗用車等の転覆放火の際
それらの行為に及んだ者の付近にいた多数の者が、それらの行為を認識認容しこれ
に加担する意思で同所に集まつていたものであるかどうかも、証拠上これを確認す
ることはできないところである。したがつて、これら外国人乗用車等の転覆放火の
行為が、はたして刑法一〇六条にいう多衆が集合してしたものといえるかどうかに
ついては、証拠上疑いを容れるものといわざるを得ない。してみれば、前記状態の
もとで、前記自動二輪車及び外国人乗用車が転覆放火された後同被告人がしたこと
の証拠上明らかな本件自動車一台の転覆行為が、騒擾の状態のもとにおいてなされ
たものということはできないのである。
 つぎに、同被告人は前記の如く一〇人前後の者と共同して本件自動車一台の転覆
行為に出たものであるが、記録並びに原審が取り調べたすべての証拠によるも、同
被告人と共同して右行為に出た一〇人前後の者が、前記皇居外苑広場内において警
官隊と接触乱闘に及んだ各集団員、並びに祝田橋交差点付近において警官隊に対し
暴行、脅迫に及んだ集団員、及び外国人乗用車等に対する転覆放火等の行為に及ん
だ原判示集団員らのした右各暴行、脅迫の事実を認識認容し、これを承継し、その
各暴行、脅迫の事態を利用する意思が存したものと認められる状況のもとにおい
て、本件自動車の転覆行為に出たものと確認するに足りる資料は存しないのであ
り、結局、同人らと右各集団員との間に集団の同一性を認めることはできない。
 なお同被告人と共同して右行為に出た一〇人前後の者と同一集団に属すると認め
られる集団員が、当時皇居外苑広場内並びにその周辺において、暴行、脅迫の所為
に及んでいたとの事実は、原判決の毫も認定判示しないところであるばかりでな
く、証拠上もまたこれを認めることはできない。
 してみれば、同被告人のした本件行為が騒擾助勢の罪に当るか否かは、専ら同被
告人が右一〇人前後の者とした本件自動車一台の転覆行為それ自体の評価にかかる
ものというべきところ、右転覆行為を共同してした同被告人を含む一〇人前後の者
を目して、刑法一〇六条にいわゆる多衆に当るとすることは困難であるといわざる
を得ない。したがつて、同被告人の本件行為を騒擾助勢の罪に問擬した原判決のこ
の点の事実認定には、事実の誤認を疑うべき瑕疵があるか、若しくは法令の解釈適
用を誤つた違法があるものというべく、右は判決に影響を及ぼすことが明らかであ
るから、結局論旨は理由がある。
 よつて、刑訴法三九七条、三八二条、三八〇条に則り、同被告人に対する原判決
を破棄することとし、同法四〇〇条但し書に従い、被告事件についてさらに判決す
る。
 本件記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠を検討してみても、同被告人
に対する本件公訴事実について、同被告人を有罪と断ずるに足りる証拠がないの
で、同法三三六条に則り、同被告人に対し無罪の言渡をする。
 〔二五〕 被告人A92関係
 第一 弁護人並びに被告人A92の控訴趣意中訴訟手続の法令違反の主張につい

 所論は、本件において、検察官が昭和二七年五月二三日公訴を提起した後、一〇
年余を経過した同三七年七月一八日訴因変更の申立をし、原裁判所が右訴因変更を
許可したことは、訴訟手続に法令違反があるというのである。
 記録を検討してみると、原審において所論の如き訴因変更手続(なお、昭和四〇
年五月二一日の同被告人に対する第七回公判期日において、公務執行妨害の訴因並
びに同罰条の撤回がなされている。)がとられたことは、論旨に指摘するとおりで
ある。ところで、当初の訴因事実は、「同被告人は、昭和二七年五月一日午後四時
四五分頃、日比谷公園桜門付近において、暴徒を解散させつつあつた警視庁警部B
88らに対し、石を投げて暴行し、もつて他人に率先してその勢を助けるととも
に、同警部らの職務の執行を妨害した。」というのであり、変更後の訴因事実は、
右警視庁警部B88らとあるのを、警視庁警察職員からなる制服部隊と変更したに
とどまるものであり、両者は、行為の日時、場所、及び同被告人がした投石の行為
は同一であるから、もともと公訴事実の同一性の認められる場合であり、特に騒擾
助勢の点については(公務執行妨害の訴因は、後で撤回され、審判の対象となつて
いないことは、前記のとおりである。)、両訴因事実について、同被告人の行為の
日時、場所、投石の行為が同一であることはさきにみたとおりであり、異なるとこ
ろは、その投石の対象が、前者は当時暴徒を解散させつつあつた警視庁警部B88
らというのに対し、後者は前同の職務に従事中の警視庁警察職員からなる制服部隊
というのであり、昭和二八年九月九日の原審公判期日において陳述された検察官の
冒頭陳述書によれば、右B88らとあるのは、同人らを含む警視庁警察職員たる予
備隊員からなる制服部隊をいうものであつたことを看取できるのであるから、両者
はただその投石の対象となつた警察職員の表示を変更したにすぎなかつたものとい
うことができる。してみれば、本件において現になされた訴因変更手続が、公訴提
起後一〇年余を経過してなされたとしても、同被告人の防禦権を侵害するものであ
るとか、実質上公訴時効の制度を蹂躙するものであるとかの非難は当らず、この点
の原審の訴訟手続に所論の如き瑕疵が存するものとはとうてい認められない。論旨
は理由がない。
 第二 同、事実誤認の主張について
 所論は、(1)まず、同被告人の投石対象となつた警察職員は、その所属部隊や
具体的任務も不明であつて、これを特定するに由ないばかりか、同被告人は原判示
の如く警察職員に対して投石した事実はなく、原審が原審証人B89の証言を措信
した措置は不当であるといい、(2)つぎに、同被告人の投石当時、同被告人の周
囲においては騒擾の事態はなかつたものであるという。
 まず、所論(1)について検討してみると、原審が被告人A87に対する公訴事
実を認定するについて、原審証人B89の証言の一部を措信しなかったことは、同
被告人に対する原判決書に徴し明認できるところであるが、右事件と被告人A92
に対する本件とはもともと別事件であるばかりでなく、右宮内証人の証言内容も、
両者につき全然異なる事実に関するものであるから、原審が被告人A87に対する
公訴事実を認定するにつき、前記の如く、宮内証人の証言の一部を措信しなかった
からといつて、そのことの故に、被告人A92に対する本件公訴事実を認定するに
ついて、同証人の証言を措信できないものとするいわれはなく、記録並びに原裁判
所が取り調べた証拠を検討すれば、原判決が、右宮内証言その他原判決の挙示引用
する証拠により、同被告人が警察職員に対して投石した原判示事実を認定した措置
に、所論の如く事実誤認を疑うべき瑕疵があるものとはとうてい認められない。そ
してまた、同被告人の本件投石の対象となつた制服の警察部隊について、その所属
や具体的任務を明らかにすることのできないことは、原判決もまた認めているとこ
ろであるが、同部隊の存在したことについては、原審証人B89、同B88の各証
言に徴し疑う余地のないところであり、同警察部隊が原判示の事態に関し原判示桜
門付近を行動中のものであつたと認定できることは、原判決に説示するとおりであ
るから、この点をとらえて、同被告人の本件行為を否定する理由とすることはでき
ない。この点の事実誤認の論旨は理由がない。
 つぎに(2)の論旨について検討することにする。さて、同被告人が当日いかな
る経路をたどつて原判示投石場所に所在するにいたつたものかについては、本件記
録上ついにこれを明らかにすることができないばかりでなく、証拠上明らかな、同
被告人の本件投石行為前それぞれ発生した、前記皇居外苑広場内における警官隊と
原判示各集団員との接触乱闘の事態、並びに原判示祝田橋交差点付近における原判
示集団員の警官隊に対する暴行、脅迫の事実、及び原判示祝田橋交差点と日比谷交
差点間の路上における原判示集団員による外国人乗用車等に対する転覆放火等の事
実について、同被告人が右各行為に及んだ当該各集団員の中に伍していたとの事実
は、記録並びに原審が取り調べたすべての証拠によるも認められないところであ
る。そして、原判決認定の本件騒擾に関し、同被告人が関与したところとして証拠
上認定できる事実は、同被告人が原判示状況のもとにおいて、原判示の制服の警察
部隊を取り囲むようにして群がつていた二、三百人の人だかりの中に混じつて投石
していたという事実だけである。そして、この人だかりの中に相当数のデモ隊員の
存在していたことは証拠上認定できるところであるが(原判決はこれを集団員と呼
んでいる。)、これらの者が当時暴行、脅迫の所為に及んでいたとの事実は、原判
決の認定しないところであるばかりでなく、これらの者が原判決にいう本件騒擾に
際しはたしていかなる行為をしたものであるかも、本件証拠上これを知ることがで
きないところである。しかも、原審証人B89、同B88の各証言を総合すれば、
同被告人がその中に入つていたという前記二、三百人の人だかりのうち、警官隊に
対し投石行為に出た者の数はその人数としては不明であり、ただバラバラと警官隊
の方に石が飛んでくるという状況であつたことが認められるのである。そして、右
投石行為のほかに、右人だかりしていた二、三百人の者の行為として、原判決はな
んらの事実も認定判示していないのであり、記録並びに原審が取り調べたすべての
証拠によるも、同被告人及び前示相当数のデモ隊員を含めこれら二、三百人の者
が、共同して暴行、脅迫を働く意思をもつて原判示の場所に集合していたものと認
めるべき資料はない。したがって、これら二、三百人の者を、前記皇居外苑広場内
等において暴行、脅迫に及んだ原判示各集団員と同一集団を構成するものと認める
ことのできないことはもとよりである。
 なお同被告人を含むこれら二、三百人の者と同一集団に属すると認められる集団
員が、当時皇居外苑広場内並びにその周辺において、暴行、脅迫の所為に及んでい
たとの事実は、原判決の毫も認定判示しないところであるばかりでなく、証拠上も
またこれを認めることはできない。
 してみれば、同被告人の原判示所為が騒擾助勢の罪を構成するか否かは、専ら同
被告人のした投石行為それ自体の評価にかかるものというべきところ、すでに見た
ように、同被告人の本件投石行為の当時、原判示場所において他にも投石行為が行
なわれた事実はあるが、その投石行為に出た者の数はその人数としては不明であ
り、ただ警官隊の方にバラバラと石が飛んでくるという状況であつたわけであるか
ら、たとえ、同被告人が右投石者と共同して暴行する意思のもとに本件投石行為に
出たものとしても、それが多衆集合して暴行をした場合に当るものとはとうてい認
められない。したがつて、原判決が同被告人の原判示所為を目してたやすく騒擾助
勢の罪に当るものとしたことは、事実を誤認したか、若しくは法令の解釈適用を誤
つた違法があるものというべく、右は判決に影響を及ぼすことが明らかであるか
ら、論旨(2)は結局理由がある。
 よって、刑訴法三九七条、三八二条、三八〇条に則り、同被告人に対する原判決
を破棄することとし、同法四〇〇条但し書に従い、被告事件についてさらに判決す
る。
 本件記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠を検討してみても、同被告人
に対する本件公訴事実について、同被告人を有罪と断ずるに足りる証拠がないの
で、同法三三六条に則り、同被告人に対し無罪の言渡をする。
 〔二六〕 被告人A93関係
 第一 弁護人並びに被告人A93の控訴趣意中事実誤認の主張について
 所論は、同被告人は原判示T1ホテル前において警官隊に対し原判示の投石行為
をした事実はない、このことは、同被告人が当時から異常な近視であつて、眼鏡を
かけなければ事物を認識することが不可能な状態にあつたにもかかわらず、原判決
が有罪認定の証拠として引用している原審証人B90の証言によれば、同被告人
は、眼鏡をかけず、再三にわたつて石を拾い、一〇メートル位の距離をおいて前面
の警官隊に対し投石したというのであり、同被告人がかかる行為に出ることは、前
記同被告人の視力に徴するも不可能である、警察官たる右B90証人は強いて虚構
の事実を語つているのであるという。
 そこで検討してみると、同被告人に対する原判示の投石行為を認定する証拠とし
ては、所論のように、原審証人B90の証言(昭和三五年一一月一〇日及び同三六
年二月九日の原審各公判期日におけるもの)を措いて他に証拠はない。そこで、右
証人B90の証言を検討してみるのに、同証言の趣旨は、同被告人が原判示状況の
もとにおいて、原判示T1ホテル前歩道から車道にはみ出した約五〇名位の集団員
のなかにいて、これと対面する警官隊に対し、前面に進み出て投石しては後へさが
り、また前面に出てきて投石する行為を三回位繰り返したというのであるが、同被
告人の投石行為及びその前後の状況に関する同証人の供述内容は、詳細かつ具体的
であるうえ、同証人は同被告人の投石行為を至近の距離から現認していることに徴
しても、右証言の信用性は十分であり、右証言によれば、原判示事実を優に認定で
きるものというべきである。そして、同被告人が所論の如く異常な近視で眼鏡をか
けなければ事物の認識ができないものであり、右B90証言にいうように投石行為
の当時眼鏡をかけていなかつたとしても、同証言に徴し、同被告人が原判示の投石
行為をすることが不可能であつたとはとうてい考えられない(なお、B90証人
も、同被告人が前進後退のつど石を拾つていたとは述べていない。)。所論は独自
の見解に立つて、原判決が採用したB90証人の証言の信用性を非難攻撃するもの
であつて、採用に値しない(なお、弁護人の控訴趣意中理由不備を主張する点もあ
るが、原判決が所論の同被告人の異常近視の点について特に判断を示さなかつたか
らといつて、原判決に理由不備の瑕疵があるということのできないことは説明をま
たない。)。記録並びに原裁判所が取り調べた証拠を検討してみても、原判決の右
投石行為に関する事実の認定に誤認を疑うべきかどは認められない。
 第二 弁護人の控訴趣意中本件において騒擾と目すべき事態は存在しなかつたと
の主張について
 原判決は、原判示皇居外苑広場内の騒擾が、同広場周辺に波及し、日比谷公園か
らT1ホテル前付近に及んだこと、同ホテル側歩道には、集団員や一般人などがお
おむね識別できない状態で群がり集まつており、また、原判示モータープールから
同ホテルの前あたりにかけて学生を主とする相当数の集団員などがおり、それら集
団員などの中に、原判示の警官隊などの方に盛んに投石するものがあつた状況のも
とにおいて、同被告人が、右警官隊に対し、同ホテル前歩道から車道にはみ出した
約五〇名位のうちの投石する集団員のなかに伍し、原判示の投石行為をした事実を
とらえて、所論の如く騒擾助勢の罪に当るものと判断しているのである。
 ところで、同被告人が、当日それ以前の段階において暴行、脅迫を働いた原判示
各集団員、なかんずく皇居外苑広場内において警官隊と接触乱闘に及んだ各集団員
に属していたとの事実は、原判決の認定しないところであるから、同被告人に対
し、同被告人が現に関与しなかつたそれ以前の段階における各集団員の暴行、脅迫
について騒擾助勢の罪責を問うためには、それ以前の段階における原判示各集団員
による暴行、脅迫、なかんずく右皇居外苑広場内の原判示各集団員の警官隊との接
触乱闘の所為が騒擾罪を構成すると否とにかかわらず、まずもつて、原判決上それ
以前の段階において暴行、脅迫に及んだとされている各集団員と、同被告人が原判
示行為の当時伍していた前記投石する集団員とが、いわゆる多衆として集団の同一
性を有することが前提とならなければならない。
 しかるに、この点については、原判決は、T1ホテルから日比谷交差点にかけて
の同ホテル側歩道には、集団員や一般人などがおおむね識別できない状態で群がり
集まつていたと判示するだけで、右多衆としての集団の同一性を認定するに足りる
なんらの事実関係を示していないばかりでなく、記録並びに原裁判所が取り調べた
証拠を検討してみても、同被告人が原判示投石行為当時伍していた集団員が、それ
以前の段階において暴行、脅迫に及んだ各集団員、なかんずく皇居外苑広場内にお
いて警官隊と接触乱闘した原判示各集団員に属していたとか、あるいは、それら集
団員のした暴行、脅迫の事実を認識認容し、これを承継し、その暴行、脅迫の事態
を利用する意思が存するものと認められる状況のもとに原判示投石行為に及んだと
かの集団の同一性を確認するに足りる資料は存しない。してみれば、まずこの点に
おいて、同被告人としては、同被告人の現に関与しない本件以前の段階における原
判示各集団員による暴行、脅迫の事態について、罪責を問われる所以はないものと
いうべきである。
 なお同被告人が原判示投石行為当時伍していた集団員と同一集団に属すると認め
られる集団員が、当時皇居外苑広場内並びにその周辺において、暴行、脅迫の所為
に及んでいたとの事実は、原判決の毫も認定判示しないところであるばかりでなく
証拠上もまたこれを認めることはできない。
 つぎに、しからば、同被告人が原判示投石行為当時伍していたT1ホテル前歩道
から車道にはみ出していた投石する集団員の行為は、同被告人の右投石行為をも含
めて、騒擾罪を構成するといえるであろうか。原判決はこの点について、同被告人
は約五〇名位のうちの投石する集団員のなかに伍していたというだけであつて、は
たして投石行為に及んだものがどの位の人数であつたかを明らかにせず、また、当
時同ホテルから日比谷交差点にかけて相当数の者が集まつていたとしても、それ
は、原判決もいうとおり、集団員や一般人などがおおむね識別できない状態で群が
つていたものであつて、これら集まつていた群衆と同被告人の伍していた前記集団
員とが一個の集団を構成していたものとは、原判決引用の証拠上とうてい考えるこ
とはできない。そして、原判決が引用した原審証人B90の証言によるも、前記五
〇名位のうちの投石者の数及び投石の程度は、これを詳らかにすることができない
ところであり(右B90証人は、投石が間断なく続いたと述べているが、どの位の
者が現実に投石していたかは語つていない。)、結局原判決の挙示するすべての証
拠によるも、前記五〇名位のうちの投石者の数及びその程度については、これを確
認するに由ないものである。
 してみれば、原判決にいう同被告人の伍していた投石する集団員を含む原判示の
集団員が、刑法一〇六条にいわゆる多衆にあたるかどうか、そしてまた同被告人を
含めての右集団員の投石行為が、公共の静謐を害するに足りる程度のものであつた
かどうかについては、これを明らかにすることができないものというべきであり、
原判決が同被告人について騒擾助勢の罪に当るとしたのは、この点において、事実
を誤認したか、法令の解釈適用を誤つた違法があるものというべく、右は判決に影
響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は結局理由がある。
 よつて、刑訴法三九七条、三八二条、三八〇条に則り、同被告人に対する原判決
を破棄することとし、同法四〇〇条但し書に従い、被告事件についてさらに判決す
る。
 本件記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠を検討してみても、同被告人
に対する本件公訴事実について、同被告人を有罪と断ずるに足りる証拠がないの
で、同法三三六条に則り、同被告人に対し無罪の言渡をする。
 〔二七〕 被告人A94関係
 第一 弁護人の控訴趣意中訴訟手続の法令違反の主張について
 所論は、被告人A94を逮捕するにあたり、B91ほか一〇人前後の警察官が、
無抵抗の同被告人に対し暴行陵虐の限りをつくしており、右はとうてい適法な逮捕
行為とはいえず、これを前提とした同被告人に対する公訴提起の手続は、法令に違
反し無効であるから、公訴棄却すべきであるというのである。
 そこで検討してみるのに、所論の点については、原判決も、「同被告人を逮捕し
た警察官が、同被告人の身体を拘束するために相当と認めるべき実力行使の限度を
著しく超えて、同被告人に対し有形力を行使しているものといわなければならな
い。」として、同被告人逮捕の際に違法な実力行使のあつたことを認めており、そ
の挙示する証拠によれば、右の事実はこれを肯認できるが、逮捕の際犯人に対して
警察官による暴行陵虐の行為があつたとしても、そのため当然に公訴提起の手続が
無効となるものとは解されないから(昭和四一年七月二一日最高裁判所第一小法廷
判決・刑集二〇巻六号六九六頁参照)、論旨は採用できない。
 第二 弁護人並びに同被告人の控訴趣意中事実誤認の主張について
 弁護人の所論は、原判決は、同被告人に投石の事実があり、かつそのときの現場
の状況は騒擾状態であつたと認定したうえ、同被告人の行為を騒擾助勢の罪に当る
としているが、被告人には投石の事実がなかつたばかりか、そもそも当時警察官に
よる群衆に対する乱暴はあつても群衆による騒擾状態はなかつたものであるという
のであり、同被告人の所論も、結局は、同被告人に騒擾助勢の罪に当るような行為
はなかつたというものであつて、弁護人の右所論と同旨に帰着するものと認められ
る。
 一 まず、同被告人の投石行為がなかつたとの主張について検討してみるのに、
同被告人の原判示投石行為を認定する証拠としては、所論のように、原審証人B9
1の証言を措いて他に証拠はない。そこで右証人B91の証言を検討してみるの
に、同被告人の投石行為及びその前後の状況に関する同証人の供述内容は、詳細か
つ具体的であり、同証人が、私服警察官として至近距離から同被告人の動静を注視
観察した挙句、その投石行為を現認していることに徴しても、右証言の信用性は十
分であり、したがつて右証言により、同被告人が原判示のとおり、「T2劇場前交
差点付近の旧都電引込線を同劇場の方へ向かつて進んだ右側角付近歩道上から、折
から、集団員や群衆を付近一帯から排除するため同交差点付近車道上まで進出して
いた警官隊の方に向かつて一回投石した」事実は、優にこれを認定できるものとい
うべきである。所論は、B91証人が警察官の乱暴を知らぬ存ぜぬといいとおし、
またその供述のすべてを通じて、同証人が同被告人逮捕直前頃までそれを背にして
立つていたというブロツク塀の位置を特定できなかつたことに徴しても、同被告人
の投石に関する同証人の証言は偽証であると主張する。しかし、同証人も、同被告
人の投石を二メートル位真後から現認し、同被告人に対し後から腰に抱きつき、
五、六メートル車道上に押し出して大腰で投げつけた、同被告人は背中辺に怪我を
したと思う、逮捕の際警察官一〇人位が来て同被告人を取り巻いてくれたので手錠
をかけた旨の供述をし、少なくともこの限度においては逮捕時の有形力行使を自認
しているのであり、さらに、所論のブロツク塀の所在については、T2劇場の位置
とも関連して、証言中かなりの記憶混乱が窺われるけれども、その証言が事件後長
年月を経た時点における証言であることからして、行為の背景にすぎない地形地物
に関する右程度の記憶混乱はやむを得ないところというべく、以上をもつてして
は、未だ同被告人の投石に関するB91証言を採用した原審の措置を不当とするこ
とはできない。所論は、独自の見解に立つて原判決が採用したB91証人の証言を
攻撃するものであり、採用に値しない。記録並びに原裁判所が取り調べた証拠を検
討してみても、原判決の右事実認定に誤認を疑うべきかどは認められない。
 二 進んで、本件当時現場の状況は騒擾と目すべき事態になかつたとの主張につ
いて検討する。原判決は、まず騒擾の成否に関する原判決総論判断を引用したう
え、集団員を追つて日比谷交差点付近から引込線のある道路を進んだ警官隊は、右
道路とT2劇場からT3会館方向に通じる道路とが交わるあたりに相当の厚みをも
つて集まつた集団員や一般人の群れと相対するうち、右集団員などからの投石もふ
えていく状況下で、集団員などを分散排除すべく押し進め、集団員、一般人の群れ
の中から盛んに石が投げられるうちを一進一退を繰り返した挙句、実力をもつて分
散排除したと判示し、この間同被告人が原判示の右T2劇場前交差点付近の歩道上
から原判示の警官隊の方に向かつて一回投石した事実をとらえて、騒擾助勢の罪に
当るものと判断している。
 ところで、同被告人が、当日それ以前の段階において暴行、脅迫を働いた原判示
各集団員、なかんずく皇居外苑広場内において警官隊と接触乱闘に及んだ各集団員
に属していたとの事実は、原判決の認定しないところであるから、同被告人に対
し、同被告人が現に関与しなかつたそれ以前の段階における各集団員の暴行、脅迫
について騒擾助勢の罪責を問うためには、それ以前の段階における原判示各集団員
による暴行、脅迫、なかんずく右皇居外苑広場内の原判示各集団員の警官隊との接
触乱闘の所為が騒擾罪を構成すると否とにかかわらず、まずもつて、原判決上それ
以前の段階において暴行、脅迫に及んだとされている各集団員と、同被告人をも含
めて当時T2劇場周辺で警官隊に対抗していた集団員とが、いわゆる多衆として集
団の同一性を有することが前提とならなければならない。
 しかるに、この点については、原判決は、相当多数の集団員や一般人が、T2劇
場、T4ビル側からその前の車道をうずめて、T5図書館、T6ビル東側へかけ
て、おおむね馬てい型をなし相当の厚みをもつて連なつていたと判示するだけで、
右多衆としての集団の同一性を認定するに足りるなんらの事実関係を示していない
ばかりでなく、記録並びに原裁判所が取り調べた証拠を検討してみても、同被告人
をも含めて当時T2劇場周辺で警官隊に対抗していた集団員が、それ以前の段階に
おいて暴行、脅迫に及んだ各集団員、なかんずく皇居外苑広場内において警官隊と
接触乱闘した原判示各集団員に属していたとか、あるいは、それら集団員のした暴
行、脅迫の事実を認識認容し、これを承継し、その暴行、脅迫の事態を利用する意
思が存するものと認められる状況のもとに右劇場周辺に群がつていたものであると
かの集団の同一性を確認するに足りる資料は存しない。してみれば、まずこの点に
おいて、同被告人としては、同被告人の現に関与しない本件以前の段階における原
判示各集団員による暴行、脅迫の事態について、罪責を問われる所以はないものと
いうべきである。
 なお同被告人をも含めて当時T2劇場周辺で警官隊に対抗していた集団員と同一
集団に属すると認められる集団員が、当時皇居外苑広場内並びにその周辺におい
て、暴行、脅迫の所為に及んでいたとの事実は、原判決の毫も認定判示しないとこ
ろであるばかりでなく、証拠上もまたこれを認めることはできない。
 つぎに、同被告人の原判示投石行為当時、原判決にいうT2劇場周辺に群がつて
いた集団員や一般人の行為は、同被告人の右投石行為をも含めて、騒擾罪を構成す
るといえるであろうか。原判決は、右の集団員、一般人の群れの中から、対峙して
いる警官隊に向かつて投石があり、さらに、分散排除のため警官隊が右の集団員や
一般人の群れを押し始めるや、その群れの中から盛んに石が投げられ、そのため警
察官が後退するとこれを追つて前に出、さらに警察官が前進すると後退するなどの
ことが繰り返されたというだけであつて、はたして警察官に対する投石や前進行為
がどの程度のものであつたのか、またこれら行為に及んだ者がどの位の人数であつ
たのかを明らかにしないばかりでなく、原判決引用の証拠、特に原審証人B91の
証言によれば、同被告人が投石した頃、三、四百人の者がT2劇場前の歩道上等に
いて、警察官の方を向き投石したり、「ばかやろう」と言つたりしていた者がいた
ことは認められるが、記録並びに原審が取り調べたすべての証拠によるも、同所に
いた右三、四百人の者の中には一般の通行人も含まれていたのであり、それらの者
が、原判示の警官隊に対し、暴行、脅迫を加える意思をもつて、あるいは、その現
に投石行為に及んでいる者の行為を認識認容しこれに加担する意思をもつて、同所
に集合していたものと認めるに足りる証拠はない。さらに、右B91の証言も、現
実に投石行為に及んだ者の数やその程度については、これを明らかにするところが
なく、かえつて原判決の挙示するU(東京地裁昭和三二年証第五六号の一)や、原
審証人がB92の証言(昭和三三年二月二四日原審公判期日におけるもの)に徴す
ると、現に投石している者の数は僅かであり、また投石の程度は、さしたるもので
はなかつたと認められる。してみれば、T2劇場前交差点付近において、原判決に
いう警察官に対する投石行為に出た者を含む原判示の集団員が、刑法一〇六条にい
う多衆にあたるかどうか、さらにまた、その際における同被告人を含めての投石行
為が公共の静謐を害するに足りる程度のものであつたかどうかについては、これを
明らかにすることができないものというべく、同被告人の所為をたやすく騒擾助勢
の罪に当るとした原判決は、事実を誤認したか法令の解釈適用を誤つたものという
べく、原判決のこの点の瑕疵は判決に影響を及ぼすことが明らかであつて、論旨は
結局理由がある。
 よつて刑訴法三九七条、三八二条、三八〇条に則り、同被告人に対する原判決を
破棄することとし、同法四〇〇条但し書に従い、被告事件についてさらに判決す
る。
 本件記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠を検討してみても、同被告人
に対する本件公訴事実について、同被告人を有罪と断ずるに足りる証拠がないの
で、同法三三六条に則り、同被告人に対し無罪の言渡をする。
 〔二八〕 被告人A95関係
 弁護人の控訴趣意について
 所論は、原判決の事実誤認並びに法令の解釈適用の誤りを主張するもので、その
要旨は、まず事実誤認につき、原判決は、被告人A95が数名の集団員に立ちまじ
り所持していた棒でB93巡査を殴打したと認定したが、その証拠としているB9
4の検察官調書は他の引用証拠に対比して信用できず、右の認定は誤りであるとい
うのであり(所論理由不備の主張は結局事実誤認の主張に帰する。)、さらに法令
の解釈適用の誤りにつき、原判決は、同被告人の前示認定行為をとらえて公務執行
妨害罪に当るとしたが、B93巡査の当時の職務の適法性には疑問があり、また同
被告人が暴行について共同正犯の立場にあるとしたうえで公務執行妨害罪に問擬し
たのは誤りであるという。そこでまず、原判決の事実認定の当否について検討す
る。
 原判決は、同被告人に対する判決理由第三の一の3において、中部第一群集団が
二重橋前広場に到着後間もなく、同広場の同集団員とこれを追つて前進して来た第
一方面予備隊第二中隊の警察官との間に衝突がおき、続いて右第二中隊に後続した
同第四中隊の警察官がこれに加わり、右両中隊の警察官は激しく抵抗する集団員を
馬場先門方向に押し下げるべく排除活動を行ない、やがて催涙ガス筒が使用される
に至つたとの原判決総論認定事実を引用したうえ、同被告人は、右のようにして集
団員の行動を制止すべく前進していた警察官のうち第四中隊第三小隊第一分隊員B
93巡査に襲いかかつた数名の集団員に立ちまじり、所持していた棒で同巡査を殴
打したと認定している。
 ところで、原判決が、同被告人が右のようにB93巡査に暴行を加えたとの事実
を認定した根拠として挙示する証拠のうち、同被告人と右暴行との結びつきを証明
するものは、B94の検察官調書及び同人の原審における証言のみである。そして
右検察官調書及び証言の内容は、二重橋前付近で警官隊とデモ隊が衝突し、警官隊
から催涙ガス筒が投げられデモ隊集団が後退した際、右集団からとり残された形
で、自由労務者風の鉢巻の男を含む数名のデモ隊員の一団が、一人の警察官に暴行
を働いていたが、ついで右一団は後方のデモ隊集団の中へ逃げ入ろうとし、そのと
き、右鉢巻の男の顔が見え、同人がかつて(同証言は、その時期を、「昭和二三
年、四年、五年、もつと前かもわからない。」と述べている。)警視庁でともに勤
務したことのあるA95であると思つたので、同人に当時私服でいたB94自身の
警察官たる身分をさとられることを虞れて顔をそむけたところ、同人は後方のデモ
隊集団の中に入つて見えなくなつたというのであるが、何をもつて、右B94が、
右の予期しない場面で意外な自由労務者風の風体で出現した鉢巻の男を被告人綿貫
と見極め得たのか、その具体的根拠はあいまいであり、要するに、右B94は、右
のような警官隊とデモ隊との衝突混乱の経過の中で、鉢巻の男の顔を瞥見したのみ
で、その男が被告人綿貫であると直感したというにすぎないものというべく、同被
告人の同一性に関する右B94の認識自体にも、誤認の可能性なしとすることはで
きない。
 のみならず、原判決総論が適法に認定したところによると、中部第一群集団員が
二重橋前広場に到着し始めたのは、午後二時三十数分頃であり、これを追つて第一
方面予備隊第二中隊が右広場に到着したのは、その数分後であると認められ(原判
決総論〔一〇五〕)、以上によると、第一方面予備隊第二中隊に後続した同第四中
隊所属の前記B93巡査が右広場において原判示の如く集団員から暴行を受けたの
は、早くても午後二時四〇分過頃とならざるを得ない。他方また、原判決総論が適
法に認定したところによれば、中部第二群集団の先頭部が日比谷公園霞門を経て同
公園桜門内側十字路付近に達したのは、午後二時四〇分過頃であつたと認められる
ところ(原判決総論〔一三三〕、〔一三四〕)、同被告人に対する原判決挙示の関
係各証拠を総合すれば、V労組員が中部第二群集団のうち比較的先頭部近くに位置
していたことが窺われる点を併せ考えると、右V労組員が日比谷公園霞門付近に達
したのは、午後二時四〇分の前後頃であつたと認められる。そして、原審が昭和二
九年二月三日にした検証の結果に徴すると、二重橋前広場と日比谷公園霞門とは、
かなりの距離を隔てていることが明らかである。してみれば、同被告人が同一時刻
頃、一方二重橋前広場においてB93巡査に暴行を加えるとともに、他方日比谷公
園霞門付近においてV労組員の隊列に加わることは、その時間的、場所的関係から
みて容易に両立し難いものというべきところ、原判決引用の証拠中、B95(昭和
二七年五月二二日付、同月二七日付、同年六月六日付)、B96(昭和二七年五月
一七日付、同月二八日付)の各検察官調書によれば、V労組員が前示のように日比
谷公園霞門付近に達した際、同被告人がこれに合流し、同公園内を経て祝田橋に到
つた旨の供述記載が存し、右両名はいずれも同被告人とは上野公共職業安定所玉姫
分室登録の自由労務者仲間であり、右各供述は事件後間もない時期になされ、その
内容も具体的かつ詳細で格別作為の跡も窺われない点に徴すれば、その各供述の信
用性は高いものというべく、以上はまた反面において、前示B94の検察官調書及
び同人の原審における証言の信用性を低からしめるものであるのみならず、もし原
判示認定のように、二重橋前広場における警官隊と集団員との衝突の際、同被告人
がその乱闘場面中に身をおきB93巡査に暴行を加えたのであれば、日比谷公園霞
門付近でV労組員に合流した際に、右仲間の自由労務者らが同被告人の言動からそ
の状況とか原判決にいう二重橋前広場における衝突の状況とかを聞知ないし察知す
るのが自然であると思われるのに、前記B5、B96両名の各検察官調書には、こ
の点につきさらに触れるところがなく、なおまた、二重橋前広場から日比谷公園霞
門付近に退いて来た同被告人が、おびただしい数にのぼる中部第二群集団員の中か
ら、あたかも符節を合するかの如く、たちまちにして、総勢五〇名位のV労組員の
隊列を発見してこれに合流するのは、まことに偶然がすぎるものというべきであ
り、以上の諸点をかれこれ考え合わせると、前示B94の検察官調書及び同人の原
審における証言の信用性には疑問があり、これを唯一の証拠として、同被告人が原
判示の時刻、場所にあつてB93巡査に暴行を加えたと認めるには、なお合理的な
疑いをさしはさむ余地があるものといわざるを得ない。
 してみれば、以上の点において原判決の事実認定には誤認の疑いがあり、これが
判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由がある。
 よつてその余の論旨についての判断を省略し、刑訴法三九七条、三八二条に則
り、同被告人に対する原判決を破棄することとし、同法四〇〇条但し書に従い、被
告事件についてさらに判決する。
 本件記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠を検討してみても、同被告人
に対する本件公訴事実について、同被告人を有罪と断ずるに足りる証拠がないの
で、同法三三六条に則り、同被告人に対し無罪の言渡をする。
 〔二九〕 被告人A96関係
 第一 弁護人の控訴趣意並びに被告人A96の控訴趣意二の事実誤認の主張につ
いて
 所論はいずれも、原判決が、同被告人は、集団先頭近くの左側に加わつて桜門か
ら押し出し、桜門よりやや祝田橋寄りの車道上において、集団の祝田橋方向への行
進を阻止しこれを日比谷交差点方向へ流そうとしていた警官隊員巡査部長B97の
右手を所携の棒で殴り、もつてその職務の執行を妨げたとの原判示事実を認定した
ことについて、同被告人は当時右の如く棒を持つていたことはなく、したがつてま
た原判示のように所携の棒でB97巡査部長を殴つたという事実もないばかりか、
当日同被告人を含むデモ隊が桜門を出て祝田橋方向へ進行しようとして警官隊の阻
止にあい、桜門方向へ一時後退した際、警察官が逃げ遅れた同被告人に背後から襲
いかかり、警棒で頭部、背中、手足等を強打して不当に同被告人を逮捕したのが事
の真相であるといい、原判決の事実誤認を主張する。
 しかしながら原判示事実は、原判決が挙示引用する各証拠によつて優に認定でき
るものというべきである。
 所論はまず、原判決が挙示する原審証人B98、同B99の各証言によれば、桜
門から出たデモ隊は、先頭が竹の棒を横にしてスクラムを組み、これに続くデモ隊
員も密集して列を組み進行していた状況にあつたと認められるところ、右各証言
は、右の状況下で同被告人が先頭から二列目左翼の横あいから棒を振り上げてB9
7巡査部長を殴つたと述べているが、右の状況に照らすと、スクラムを組んだまま
右ききの同被告人が左手に棒をもつて殴ることも、また右手のスクラムを外し右手
に棒をもつて殴ることも、いかにも不自然であり、経験則上首肯し難いと主張す
る。しかし、原判決引用の関係各証拠によれば、同被告人の属するX公共職業安定
所登録の自由労務者を含む中部第二群集団が、日比谷公園桜門内側十字路付近か
ら、自由労務者らを先頭にして前方に長い棒を横たえ七、八列となり、おおむねス
クラムを組み掛声をかけ喊声などをあげながら、だ行して前進を開始し、桜門を出
て祝田橋に向かい、その際、右集団先頭部と、これに対し祝田橋方向へ進もうとす
るのを阻止しようと桜門の祝田橋寄り門柱から車道にかけ日比谷交差点方向に向く
横隊形の態勢をとつていた約六〇名の丸の内警察署の警官隊との間に、接触、小ぜ
り合いがあつたことは、原判決総論が適法に認定しているとおりであるが(原判決
総論〔一三二〕、〔一三八〕)、所論が引用する原審証人B98、同B99の各証
言に、原判決が挙示する原審証人B97の証言、並びにB100の昭和二七年五月
二八日付検察官調書を総合すれば、中部第二群集団先頭部と右警官隊との接触、小
ぜり合いの際には、集団先頭部のスクラムは切れ入り乱れた状況となつたもので、
同被告人は、かかる状況下で、集団の左翼先頭近くにあつて、その前に相対し集団
員の祝田橋方向への前進を制止していた巡査部長B97の右手を所携の棒で殴打し
たことが認められるのであり、集団員側が終始スクラムを組んだままの状況にあつ
たことを前提とする所論は、その前提を欠き、とうてい首肯するに由ない。
 つぎに所論は、前記証人B98、同B99の各証言は、B97巡査部長が殴られ
たとき同被告人がプラカードの柄または棒を持つていたというが、逮捕時に同被告
人がそのようなものを持つていなかつたこともまた両証人の認めるところであり、
しかも両証人によれば、同被告人の右殴打後その棒がどうなつたかわからないとい
うのであり、かかる場合証拠としてその棒を探すことは捜査の常道であり、その発
見も容易であつたと思われるのに、その挙に出ていないことは、かえつて同被告人
が当日棒を持つていなかつたことを裏付けるものであると主張する。なるほど、記
録並びに原審が取り調べたすべての証拠を検討してみても、B97巡査部長の被害
直後、現場で同被告人の逮捕にあたつた前記証人B98、同B99らをはじめ居合
せた警察官側において、逮捕に際し、同被告人が犯行に使用したという棒を捜索な
いし差押えしておらず、またその棒が証拠物として原審において取り調べられた形
跡のないことは所論指摘のとおりであるが、当時の警官隊と集団員との接触状況
は、原判決総論がその〔一三八〕、〔一三九〕において適法に認定しているとおり
で、喧騒混乱を極める該状況の中にあつて、圧倒的多数の集団員に相対した少数の
警察官が、犯行に使用したという棒の捜索ないし差押えにまであたる如きは困難の
ことというべく、そのことがなかつたからといつて、同被告人が当日棒を所持して
いなかつたと結論することは甚だ不当であり、しかも同被告人がB97巡査部長を
殴る際棒を持っていたことは、前記両証人のほか原判決の引用する原審証人B97
も一致して証言しているところであり、所論は独自の議論というべく、結局採用に
値しない。
 さらに所論は、同被告人逮捕時の四囲の状況について、逮捕にあたった前記証人
B98、同B99の各証言の間に矛盾対立があり、また同被告人が逮捕された際、
無抵抗であるのに警察官に背後から襲いかかられ、頭部、背中、手足等を強打さ
れ、頭部二個所から出血し白ワイシヤツが血にそまつた状況があるのに、右両証人
は警察官による右暴行事実を否定しているというが、右はいずれも本件犯行後の事
情に属することがらであるばかりか、逮捕時の四囲の状況について右B98、B9
9両証言の間に所論の如き矛盾対立があるとは認められず、さらに逮捕時同被告人
に対し所論の如き警察官の暴行が加えられたとの事実については、未だ証拠上これ
を確認するに足りず、以上をもつて右両証言の信憑性を攻撃し、ひいて原審の犯罪
事実認定を不当とすることはできない。
 以上を要するに、論旨は、結局においてすべて理由がない。
 第二 同被告人の控訴趣意一の事実誤認の主張について
 所論は、原判決が、同被告人はW青年団X職安班に属していたと判示したのは、
B101、B100の各検察官に対する虚言に基づき、事実を誤認したものである
というのであるが、原判決は所論の事実を同被告人に対する原判示犯罪事実の犯情
を示すために記載したにすぎないものであり、この事実の存否いかんがただちに同
被告人に対する原判示犯罪事実の認定を左右するものでないばかりか、原判決引用
のB100の検察官調書によれば、所論の原判示事実を認めることができるものと
いうべく、同人がことさら虚偽を述べたと認めるに足りる証拠はなく、これをもっ
て原判決に対する事実誤認の理由とはなしえない。
 第三 同、控訴趣意三について
 所論は、原判決が同被告人に対する騒擾助勢の訴因について犯罪の証明がないと
しながら無罪を言い渡さなかったのは不当であるというのであるが、騒擾助勢の訴
因について犯罪の証明がなく無罪となつたからといつて、これと一個の行為で二個
の罪名に触れるときに当るものとして起訴された公務執行妨害の訴因が、ただちに
無罪となるものでないことは当然であり、公務執行妨害の訴因について有罪である
以上、騒擾助勢の訴因につき主文で無罪を言い渡さなかつた原判決の措置もまた正
当であるから、所論は理由がない。
 以上の次第で、弁護人及び同被告人の論旨はすべて理由がないことに帰するか
ら、刑訴法三九六条に則り、本件控訴を棄却する。
 〔三〇〕 被告人A97、同A98関係
 弁護人の控訴趣意について
 所論は、原判決は、中部第二群集団が祝田橋から皇居外苑広場へ進入しようとし
て同橋入口付近にさしかかつた際、同集団に属していた被告人A97、同A98
は、集団員の同広場進入を制止すべく同橋入口に阻止線をひいていた警察官に対
し、被告人A97において所携の旗を押しつけ、被告人A98において二回ほど投
石してそれぞれ暴行したとの事実を認定したが、原判決の挙示する原審各証人の証
言は、いずれも被告人両名の暴行事実を証明するものではなく、原判決認定の事実
にそう証拠は、その挙示するB102の各検察官調書のみであるところ、右各検察
官調書は特信性を欠き証拠能力がないばかりか、その供述内容自体にも矛盾があつ
て証明力がないのにかかわらず、右各検察官調書を証拠に採用したうえ、これを信
用して被告人両名の原判示各暴行事実を認定した原判決には、事実誤認並びに訴訟
手続の法令違反があるというのであるが、所論を検討するに先立って、被告人両名
に対する原判決の暴行事実の判示の当否について、職権をもつて調査する。
 原判決は、被告人両名の具体的所為に関する部分の判断として、その各罪となる
べき事実を判示するについて、まず、「被告人らが祝田橋入口付近に差しかかつた
ところ、祝田橋付近に阻止線をひいていた警官隊の一部が、その頃なお同入口警視
庁寄りの方にいたほか、数名の警察官が同入口の日比谷交差点寄り角に近い電車軌
道付近にあつて、祝田橋の日比谷交差点寄り歩道及びこれに近接する車道上を通つ
て祝田橋に入りつつあつた集団員の後続部分に対し、集団の進行方向左側から、警
棒を振りまわしたり、これを横に構えて押したりして、集団の皇居外苑広場への進
入を制止しようとしており、これに対してその付近の隊列の中から旗やプラカード
を持つた数名の集団員が進み出て、それらの警察官ともみ合つたり、また、列外に
飛び出して、右の祝田橋入口警視庁寄りの方にいた警官隊の方へ投石したりする者
があつた。」として四囲の状況を述べたうえ、右の際、「被告人A97は、所持し
ていた旗を両手で斜めに構え持ち、これを集団員の同広場への進入を制止しようと
していた右警察官の方へ押しつけて暴行し、」「被告人A98は、隊列から飛び出
して警視庁寄りの方へ若干進んだうえ、祝田橋交差点中央近くの都電軌道付近にお
いて路上の石を拾い、右祝田橋入口警視庁寄りにいた警官隊の方ヘ二回ほど投石し
て暴行した。」とそれぞれ判示して、被告人両名を各刑法二〇八条の暴行罪に当る
ものとした。
 しかしながら、以上の原判示をもつてしては、被告人A97が旗を押しつけた相
手方とは、祝田橋入口の日比谷交差点寄り角に近い電車軌道付近にあつて集団員の
皇居外苑広場への進入を制止しようとしていた数名の警察官中のどの者であり、そ
れは一人なのか複数なのか(このことは罪数にも影響するところであるが、原判決
適条には、刑法五四条一項前段等の摘示はない。)について特定するところがな
く、また所持していた旗を両手で斜めに構え持ち警察官の方へ押しつけたとは、具
体的にどのような状況をいい、それは積極的攻撃意思に出たものなのか、あるいは
単に消極的に警察官の接近に対し身をもつて集団員を庇い支えたにすぎないものな
のか等のことがすべて不明であり、さらに、被告人A98が投石した相手方として
原判決が判示する祝田橋入口警視庁寄りにいた警官隊の一部とは、何名位の警察官
をいうのか(このことが罪数に影響することは前同様である。)、また同被告人は
どのような石をどのような態勢で投げ、その結果その石が目標とした警官隊の誰か
に当るとかその身辺をかすめるとかしたことがあつたのかどうか等の点についても
一切詳らかにすることができない。
 ところで、刑法二〇八条にいう暴行とは、人の身体に対する有形力の不法な行使
をいい、同条は人の身体に対する安全という個人的法益を保護の対象とするもので
あるから、暴行罪の罪となるべき事実を判示するにあたつては、すべからく相手方
たる人を具体的に特定したうえ、当該の人に対してその身体の安全を害するに足り
る程度の有形力の行使があつたことを明らかにすべきであるのに、前示のとおり原
判決の判示するところをもつてしては、未だ暴行行為の相手方及びその具体的行為
の内容を知るに由ない。してみれば、原判決には、この点において、被告人両名に
対する罪となるべき事実を判示するについて理由不備の違法があり、所論について
検討するまでもなく破棄を免れない。
 よつて刑訴法三九七条、三七八条四号に則り、被告人両名に対する原判決を破棄
することとし、同法四〇〇条但し書に従い、被告事件についてさらに判決する。
 被告人両名に対する本件各公訴事実について、記録並びに原裁判所が取り調べた
証拠(弁護人は、原審がB102の各検察官調書を証拠に採用したことを訴訟手続
の法令違反であるとして非難するが、記録を精査検討してみても、未だ所論の如き
瑕疵があるものとは認められない。)のすべてを精査検討してみても、原判示の被
告人両名の各所為について、さきに破棄の理由とした諸点を明らかにするに足りる
証拠は存しない。そして、本件記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠を検
討してみても、被告人両名に対する本件各公訴事実について、被告人両名を有罪と
断ずるに足りる証拠がないので、同法三三六条に則り、被告人両名に対し無罪の言
渡をする。
 〔三一〕 被告人A99関係
 第一 弁護人の控訴趣意中、被告人A99に対する本件は、検察官が公訴権を乱
用して起訴に及んだものであるばかりでなく、同被告人に対する本件裁判は、板切
れ一枚を投げたという単純暴行罪による裁判であるのに、不当に長期の「審理期間
を費やし、この間の同被告人の蒙つた精神的肉体的辛苦を考えれば、余りに権衡を
失するものというべく、当審においては同被告人に対し免訴の裁判をすべきである
との主張については、すでに前掲〔序〕の第一の三、四において判断したとおりで
あつて、所論は理由がない。
 第二 同、法令の解釈適用の誤りの主張について
 所論は、同被告人の原判示所為は、原判示の如く、後退中の警察官の側面をめが
けて原判示の板切れを投げつけたというだけであつて、右板切れが前示警察官の身
体に当つたとの事実は原判決の認定しないところであるから、同被告人の原判示所
為は刑法二〇八条の暴行罪に当らないものであるのに、この行為について原判決が
同条を適用して処断したのは、法令の解釈適用を誤つたものであるというのであ
る。
 さて、原判決は、同被告人が原判示の事情から警察官に対し怒りを抱き、原判示
の銀杏台上の島東南角から一〇メートルないし十数メートル北に進んだ中央自動車
道路寄りの同島芝生上において、当時祝田橋土堤下十字路付近を左折して桜田土堤
下道路や同道路寄りの右上の島上を走つて桜田門方向へ後退中の十数名の警察官の
側面目がけて、同被告人が手にしていた長さ約五〇センチメートル、幅六、七セン
チメートルの板切れを投げつけたとの事実を認定し、同被告人の右行為は刑法二〇
八条の暴行罪に当るとしていることは、所論のとおりである。
 ところで、刑法二〇八条にいう暴行とは、人の身体に対する有形力の不法な行使
をいうものであつて、その有形力は、必ずしも被害者の身体にとどくことまでは必
要としないが、同条が人の身体に対する安全を保護法益とするものであることを思
えば、ここにいう有形力の行使は、単に人に向かつて有形力を行使したというだけ
では足りず、人に対するものとして、その身体の安全を害するに足りる程度のも
の、たとえば、人の身辺をかすめるとか、その身体に当る危険が大きいものでなけ
ればならない。したがつて、同被告人の投げつけた板切れが原判示の警察官のうち
の何人の身体にも当らなかつたからといつて、同被告人の原判示所為が右の暴行に
当ることを否定する理由とはなし難いところであるが、同時にまた、後退中の警察
官の側面目がけて右板切れを投げつけたというだけで、それがこれら警察官の身体
の安全を害するに足りる程度のものでなければ、同被告人の行為をとらえて暴行罪
として律するわけにいかないことは、前にみたとおりである。しかるに、原判決
は、同被告人が前記の場所から、前記の場所を走つて後退中の十数名の警察官の側
面目がけて、前記の板切れを投げつけたと判示するだけであつて、引用の証拠を検
討してみても、同被告人がこのようにして投げた板切れが、右後退中の警察官の身
辺をかすめるとか、その身体に当る危険が大きいものであつたとかの事実は、これ
を確認するに由ないものである。してみれば、原判決が、同被告人の原判示所為
を、たやすく刑法二〇八条の暴行罪に当るとして処断したことは、法令の解釈適用
を誤つたか、事実を誤認した瑕疵があるものというべく、右の違法は判決に影響を
及ぼすことが明らかであるから、論旨は結局理由がある。
 よつて、刑訴法三九七条、三八〇条、三八二条に則り、同被告人に対する原判決
を破棄することとし、同法四〇〇条但し書に従い、被告事件についてさらに判決す
る。
 本件記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠を検討してみても、同被告人
に対する本件公訴事実について、同被告人を有罪と断ずるに足りる証拠がないの
で、同法三三六条に則り、同被告人に対し無罪の言渡をする。
 〔三二〕 被告人A100関係
 弁護人及び被告人A100の控訴趣意について
 弁護人の所論は、原判決が、「三田警察署巡査部長B103、巡査B104、同
B105、同B106、同B107ら警察官が、被疑者A100に対する騒擾、公
務執行妨害被疑事件の逮捕状に基づき、同被告人を逮捕するにあたり、同被告人
は、B104巡査から示された右逮捕状を見ていたが、やにわに右逮捕状を破つた
りもみくちやにしたりして、これを自己の着用するズボンのポケットに押し込み、
さらに同巡査らが同被告人を逮捕せんとするや、B105巡査の下腿部を蹴つた
り、B104巡査の胸をひじで突くなどの暴行を加えたものである。」との原判示
事実を認定したことについて、原判示警察官の行為は、適法な職務の執行に該当せ
ず、また原判示逮捕状の毀棄も、同被告人が意識的に故意になしたという事実関係
にはないといい、これらの点について原判決の事実誤認を主張し、同被告人の主張
するところも結局弁護人の右所論と同旨に帰着する。よつて以下右論旨について順
次判断する。
 一 職務執行の適法性を認めたことが事実誤認であるとの論旨について
 所論はまず、刑訴法二〇一条一項が、「逮捕状により被疑者を逮捕するには、逮
捕状を被疑者に示さなければならない。」と規定しているのは、逮捕理由告知の方
法の一つとしてであり、同条は被疑者がその内容を知り得る程度に逮捕状を示すこ
とを要請しているものと解すべきところ、原判示逮捕状の被疑者の記載には、「住
所不定、二一歳、A100」とあるのみであつたため、当時明確な住所をもつて職
業安定所に登録稼働中であつた同被告人としては、はたして自己に対する逮捕状で
あるか否かにつき右逮捕状の内容について納得のゆくよう検討を加えることを要求
したのに対し、B104、B105両巡査ほか同被告人の逮捕にあたつた原判示警
察官らは、その余裕を与えようとせず、前記法意を無視または曲解して、単に形式
的に逮捕状を示したのみで、遮二無二逮捕を強行したものであり、かかる逮捕行為
が適法な公務の執行にあたらないことは、論をまたないというのである。
 そこで検討してみるのに、原判決が挙示する本件逮捕状(東京地裁昭和三七年押
第七四四号の内一号―逮捕状請求書を添付引用している。)によれば、被疑者の記
載に住所不定としてあることは所論のとおりであるが、氏名A100、年令二一
歳、職業人夫とそれぞれ記載があつて、被疑者の特定として欠けるところがあると
はいい難いばかりか、原判決引用の原審証人B104、同B105の各証言を総合
すれば、右逮捕状の執行に際し、同被告人において被疑者不特定の故をもつて争つ
た形跡は窺われず、さらに被疑事実の内容についても、同被告人の「内容をよく見
せろ。」との要求に応じ、B104巡査において逮捕状の被疑事実記載部分を示し
たところ、同被告人はこれを見たうえ、「こんなもので逮捕される理由はない。」
と言いながら右逮捕状を破つたという経過であることが認められるのてあり、刑訴
法二〇一条一項の法意はまさに所論主張のとおりと解すべきであるが、以上説示の
諸点に照らせば、B104、B105両巡査ら警察官の原判示逮捕行為は、右法意
に叶つた適法な公務執行行為であるというべく、論旨は結局理由がない。
 つぎに所論は、本件逮捕状は、内容的に被疑事実が全然存在しなかつたばかりで
なく、手続的にみても、メーデー事件に騒擾罪を適用して弾圧するという政治的意
図を実現する手段としての逮捕状の執行であるから、適法な職務の執行ということ
はできず、このような逮捕行為に抗議することは当然であると主張する。
 なるほど、原判示逮捕状の被疑事実に関し、同被告人が騒擾助勢の罪として起訴
された結果、原審において無罪の判断が示されたものであることは、記録に徴して
明らかであるが、このことからただちに右逮捕状自体が不適法なものであり、その
執行に際して生じた本件公務執行妨害、公文書投棄の訴因が当然に無罪となるもの
といえないことはもちろんであり、また、右逮捕状の執行が政治的弾圧意図を実現
するための手段であると論難することは、当を得ないところであるばかりか、記録
並びに原審が取り調べたすべての証拠を検討してみても、右所論の如き事実を認め
るに足りる証拠は見当らず(騒擾罪適用が政治的弾圧意図によるものである旨の所
論主張については、なお〔序〕の第一の三において示した判断参照)、論旨は理由
がない。
 二 逮捕状の毀棄を認めたことが事実誤認であるとの論旨について
 所論は、本件逮捕状の毀棄は、警察官が一方的に且つ暴力的に同被告人の身柄を
拘束しようとして不当な逮捕行為を遂行する混乱状況の中で発生したものであり、
同被告人が意識的に右逮捕状を毀棄した事実は全くなく、この点に関する原判決挙
示の原審証人B104、同B105の両証言は信用できないと主張する。
 しかし、原判決が挙示する各証拠を総合すれば、原判示の逮捕状毀棄の事実は、
優に認められるものというべきである。所論指摘の原審証人B104、同B105
の各証言を検討しても、特にその信用性を否定すべきふしは見出し難く、右各証言
によれば、同被告人がB104巡査から示された原判示逮捕状を見ているうち、や
にわにこれを破つたりもみくちやにしたりして自己の着用するズボンのポケツトに
押し込むや、その直後、これを見たB104、B105両巡査ら原判示警察官にお
いて、同被告人に手をかけて取り押えるべく逮捕行為に及んだものであることが認
められ、同被告人による逮捕状毀棄は、所論の如く逮捕行為の混乱状況の中におい
て行なわれたものとは認められないばかりか、原判決の挙示する逮捕状ないし写真
二枚(東京地裁昭和三七年押第七四四号の内一、二号)に明らかな原判示逮捕状の
毀損状況に徴しても、同被告人が無意識のうちに故意なくして右逮捕状を毀棄した
ものとはとうてい認められない。論旨は理由がない。
 以上の次第で弁護人及び同被告人の論旨はすべて理由がないことに帰するから、
刑訴法三九六条に則り、本件控訴を棄却する。
 よつて、いずれも主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 荒川正三郎 判事 谷口正孝 判事 柳瀬隆次)
別紙
 第一 原判決言渡年月日並びに被告人氏名
 一 昭和四五年一月二八日言渡
    被告人 A1    同   A2    同   A3
    同   A4    同   A5    同   A6
    同   A7    同   A8    同   A9
    同   A10    同   A11    同   A12
    同   A13    同   A14    同   A15
    同   A16    同   A17    同   A18
    同   A19    同   A20    同   A21
    被告人 A22    同   A23    同   A24
    同   A25    同   A26    同   A28
    同   A29    同   A30    同   A31
    同   A32    同   A33    同   A35
    同   A36    同   A37    同   A38
    同   A40    同   A41    同   A42
    同   A43    同   A44    同   A45
    同   A46    同   A47    同   A48
    同   A51    同   A52    同   A53
    同   A54    同   A55    同   A56
    同   A57    同   A59    同   A60
    同   A61    同   A62    同   A63
    同   A64    同   A65    同   A66
    同   A67    同   A68    同   A69
    回   A70    同   A71    同   A72
    同   A73    同   A75    同   A76
    同   A77    同   A78    同   A79
    同   A80    同   A82    同   A83
    同   A84    同   A85    同   A86
    同   A87    同   A88    同   A89
    同   A91    同   A92    同   A93
    同   A94    同   A95    同   A96
    同   A97    同   A98    同   A99
    同   A100
 二 同年二月一三目言渡
    被告人 A39    同   A49    同   A50
 三 同年二月一四日言渡
    被告人 A34    同   A58    同   A74
    同   A81    同   A90
 四 同年三月一〇日言渡
    被告人 A27
 第二 控訴申立人
 一  被告人 A10    同   A12    同   A17
    同   A61    同   A63    同   A64
    被告人 A99
    を除く各被告人
 二  被告人 A10    同   A12    同   A17
    同   A28    同   A39    同   A59
    同   A60    同   A61    同   A63
    同   A64    同   A66    同   A67
    同   A99
    の各原審弁護人
 第三 控訴趣意書提出被告人
    被告人 A1    同   A2    同   A3
    同   A4    同   A5    同   A7
    同   A8    同   A9    同   A10
    同   A14    同   A15    同   A16
    同   A19    同   A20    同   A21
    同   A22    同   A25    同   A26
    同   A29    同   A30    同   A31
    同   A33    同   A34    同   A37
    同   A39    同   A40    同   A41
    同   A42    同   A43    同   A45
    同   A46    同   A47    同   A48
    同   A49    同   A50    同   A51
    同   A52    同   A54    同   A55
    同   A56    同   A57    同   A60
    同   A71    同   A72    同   A73
    同   A75    同   A78    同   A79
    同   A82    同   A83    同   A84
    同   A88    同   A89    同   A90
    同   A91    同   A92    同   A93
    同   A94    同   A96    同   A100

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