弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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  主    文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
  事実及び理由
第1 請求
1 被告は,原告Aに対し,金1000万円及びこれに対する平成12年1月
1日から支払済みに至るまで年6分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告Bに対し,金500万円及びこれに対する平成12年1月1
日から支払済みに至るまで年6分の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告Cに対し,金500万円及びこれに対する平成12年1月1
日から支払済みに至るまで年6分の割合による金員を支払え。
4 仮執行宣言
第2 事案の概要
本件は,河川中から遺体で発見された者の相続人である原告らが,当該死
亡は被保険自動車の自損事故によるものであり,保険金支払事由が生じ,保
険金請求権を法定相続分に従って相続により取得したとして保険金の請求を
したのに対し,被告が,自殺の可能性があるとして,保険金支払事由の発生
を争っている事案である。
1 前提となる事実等
(1) 亡Dと被告との間には,以下の内容の保険契約(以下「本件保険契
約」という。)が存在する。
① 保険期間  平成10年4月4日から平成11年4月4日まで
② 被保険自動車  旭川abたcdef(以下「本件自動車」とい
う。)
③ 種    類  自動車総合保険(自損事故条項による1500万
円,搭乗者傷害条項による500万円を含む。)
(2) Dは,平成11年4月1日に本件自動車に乗って家を出たが,同日
以降自宅に戻らず,勤務先にも出勤しなかった。
(3) 平成11年5月12日午後4時ころ,北海道雨竜郡g町付近のh川
の水中に本件自動車が沈んでいるのが発見され,警察が引き上げ作業を開
始したが,水量が増してきたため中断された。このとき,本件自動車内に
男性の姿(遺体)が確認されている。
同月13日,本件自動車が引き上げられたが,車中に男性の遺体はな
く,翌日の同月14日に,さらに下流の,北海道雨竜郡i町字jk番地付
近のh川内で男性の遺体が発見され,これがDであった。
(4) Dの直接死亡原因は溺水による窒息である。
(5) Dの相続人は,妻の原告A並びに子の原告B及び原告Cであり,法
定相続分は,原告Aが2分の1,原告B及び原告Cが各4分の1である。
(6) 本件保険契約に基づいて,自損事故条項による保険金及び搭乗者傷
害条項による保険金を請求するためには,自動車の運行に起因する,急激
かつ偶然な外来の事故の発生を立証する必要があるところ,被告はその立
証がされていないとして争っている。
2 争点
 Dの死亡は,急激かつ偶然な外来の事故によるものといえるか。
3 争点についての当事者の主張
(原告ら)
(1) 自動車に乗ったまま,河川や海,崖下に転落するという自殺事件が
どの程度あるのかは明らかではないものの,それよりは偶然の事故として
の路外逸脱,転落事故の数の方がはるかに多いことは明らかである。たま
たま,事故場所や態様が不明であるからといって,他の特殊事情なくし
て,自殺である可能性が高まるものではない。そのような特殊事情がなけ
れば,偶然の事故であると考えられる。
(2) Dは,死亡時37歳の健康な男性であり,妻と子2人と幸福な生活
を営んでおり,E産業株式会社のm営業所に重機のオペレーターとして勤
務していた。
平成11年4月1日午前1時,Dは,本件自動車に搭乗して勤務先に向
かうべく家を出た。自宅から勤務先のm営業所までは国道n号線を北上す
る形になる。国道n号線に並行してh川が流れている。自宅から勤務先ま
では約40分程度の道程であり,冬期間の勤務先での主な作業は国道の除
雪作業であるため,早朝の午前1時に家を出た。
出がけに,依頼していた弁当を原告Aが用意していなかったことから,
Dと原告Aとの間に若干の諍いはあったが,自殺する動機足り得ない些細
なことである。
Dには精神疾患もなく,日頃の性格からしても自殺を図る人物ではない
上,他に,家族関係,経済関係,健康問題で悩んでいたという事情はな
い。遺書などもない。さらに,熱心なFの信者であり,来世を信じていた
こと,自殺は良くないことと宗教上教えられていたことなどからしても,
自殺を図るとは考えられない。
以上から,Dには自殺の動機はない。
(3)ア 本件自動車は,平成11年5月12日午後4時ころに,北海道雨
竜郡g町付近のh川下流の水中で発見され,中に遺体があることも確認
されたが,この場所は転落場所を意味しない。この時期,h川は雪解け
水で水量が増し,非常に流れが速かった。そのため,本件自動車の引き
上げは難航し,引き上げられた同月13日には遺体はすでに流され,本
件自動車の発見現場からさらに20キロメートルほど下流で発見された
のである。これを考えると,本件自動車は4月1日に,h川の発見場所
よりも上流で転落し,下流に流されたのである。
イ Dは,道路の除雪作業を監督し,また,自ら除雪車を運転して除雪作
業をすることもあったから,道路の降雪の状況を確認したり,雪捨場の
状況を確認するなどの作業をしており,早朝勤務先に向かう場合には,
途中でそのような確認作業をすることが考えられる。本件自動車の発見
場所から上流の,Dの勤務先であるE産業m営業所付近までにあるh川
沿いに,2か所の雪捨場があるが,Dはその雪捨場に入り,不用意に川
の上に堆積した捨て雪の上を走行しようとし,そのまま川に転落したと
も推測される。転落した本件自動車は山間部の人目のつきにくい川のど
こかで引っかかって時間が経過し,5月になって雪解け水で水かさが増
し,川の流れが速くなるのに従って下流に流されたのである。
ウ 平成11年4月1日に,Dが走行したと推定される自宅からm営業所
までの経路に,転落事故が起きたと特定できる場所はない。冬は車道の
端には雪山ができているし,ほとんどの場所では車道とh川の間には距
離があり,雑木林がある。橋には欄干が設けられているから,転落が起
これば跡が残るはずである。自動車ごと転落するには雪山をはね除け,
雑木林を縫って川にたどり着かなくてはならない。このような状況で転
落が起こりにくいのは事故であっても自殺であっても同じであり,これ
をもって事故が起こりえないと推論するのは無意味である。
(4)ア h川沿いの国道n号線とh川との前記の位置関係,状況を考える
と,仮に自殺を図るとした場合,自動車ごと川に転落する自殺方法は,
直ちに困難が予想されるから,このような方法を思いつき選択する可能
性はない。
イ Dが自宅に戻らず勤務先に出勤もせずに失踪した後,家族は数日帰宅
を待ち,平成11年4月4日なって警察に捜索願を出している。勤務先
でも,Dの自殺を疑った者はおらず,事故と想定して捜索をしているの
であり,周囲の者はDの自殺を考えていなかった。
ウ Dの死亡に関しては,自動車安全運転センターによる交通事故証明書
が発行されている。
(被告)
(1) 自動車保険は,生命保険とは異なり,単純に「死亡」自体を保険金
の支払要件としないで,急激・偶然・外来の事故との因果関係を要する
外,その傷害を直接の原因として死亡した場合に保険金を支払うと規定し
ているので,保険金の請求者が急激・偶然・外来の3要件の立証責任を負
うと解されている。
また,偶然性については,請求者側の故意,自殺等の内心の意思に関わ
ることであり,少なくとも偶然であることの高度の蓋然性のあることまで
の立証は必要であり,その立証ができたときに自殺でないこと,故意でな
いことが推認されることになると理解されるものである。
(2) 原告らは,Dが平成11年4月1日の午前1時ころに本件自動車に
乗って出勤した旨主張するが,これを前提とすると,Dは深川市内の自宅
を出て本件自動車を運転し,通勤経路にあたる道路を走行してm営業所に
向かっていたはずであり,その間のどこかで本件自動車ごとh川に転落し
たと考えなければならない。
しかし,自宅から深川市opにある雪捨場付近までの道路はh川に近接
しておらず,この間を走行中に誤って川に転落することはあり得ない。さ
らに,oからmまでの間の国道n号線は,比較的h川に近接しているとい
えるが,それでも,走行中に運転を誤って路外に逸脱しても直ちに川に転
落するほどに近接した場所は存在しない。のみならず,川との間には街路
樹があり,冬期間は除雪された雪が道路両側にうずたかく積み上げられて
いるため,たとえ走行中に居眠りをしたとしても,これらに阻まれて,川
に転落することはあり得ない。h川にかかっているすべての橋の両側には
転落防止のための欄干が設けられていて,少なくとも,道路を通常走行中
に誤って川に転落する可能性はなく,現に転落に際して橋の欄干が損傷し
ていたとの報告はない。
さらに,深川市opの雪捨場よりやや下流にqという場所があるが,こ
の地点に高さ2メートルの堰堤があり,人を含めると相当の重量になる本
件自動車がこの堰堤を越えて下流に流される可能性は低く,本件自動車は
このさらに下流において転落した公算が大きいところ,qよりも下流はh
川と国道n号線は最も近接した場所で200メートルも離れており,運転
を誤ってh川に転落することはあり得ない。
原告らは,自動車ごと転落することが不可能なことは,偶然の事故の場
合だけでなく,覚悟の上での自殺でも同様であると主張するが,意図的に
転落することが不可能な場所においては誤って転落することも不可能であ
るのに対し,誤って転落することが困難ないし不可能な場所でも意図的に
転落することは可能である。Dが乗っていた本件自動車は,馬力の強い四
輪駆動車であったから,路側の雪山を意図的に乗り越え,多少の雑木林を
縫って川に向かって走行して川にたどり着くこともできたはずである。
さらに,深川市op及びmにある雪捨場においては,その雪山の端は川
側に向かって切り立っているものではなく,台形状に形成されており,の
みならず,台形の端と河川までの距離は10メートル以上確保するよう北
海道開発局から指導されており,現にそのようになっていたから,D運転
の本件自動車が雪捨場の雪山から誤って転落したとしても川に入る前に雪
山のどこかにひっかかって停止するはずで,一直線に落下して川に落ちる
ことはあり得ない。転落に際し,あるいは転落後意図的にアクセルを踏み
込んで突破すれば車ごと川に転落することは可能である。
(3) 原告らは,①路外逸脱や転落の場合,自殺よりも事故の方が多い,
②遺書が存在しない,③動機がない,④自殺はよくないと教えているFの
信者である,⑤警察が事故証明書上事故と扱っている,等の事情を述べて
いるが,①は何の立証にもなっていないし,②は遺書がない自殺はいくら
でもあって特段不自然とはいえない。③は自殺を認定する際の重要なメル
クマールであるが,Dが失踪してから原告Aが自ら捜索願を出すこともせ
ず,あわてて行方を捜す等の行動をとっていないこと,Dの前妻が子らを
置いて家を出たあと原告Aと再婚し,Dの死後,子である原告B及び原告
Cの未成年後見人として原告AではなくDの父が就任していること等の複
雑な家庭環境を考えると,Dが家庭の内外で問題を抱えていた可能性も否
定できない。⑤についても,いまだなお転落場所,転落状況も明らかとな
っておらず,警察も事故と断定するだけの根拠を持ち合わせていないが,
積極的に自殺と断定するだけの根拠も無かったために,遺族の心情を考慮
して事故として取り扱ったに過ぎない。北海道開発局札幌開発建設部に対
しても,本件に関し事故としての報告はなされていない。
(4) 原告Aは,Dが出勤していないことが分かった後も,付近のパチン
コ店の駐車場を探しただけで自宅にいて特段捜索活動をしておらず,会社
への連絡,捜索等を実父や勤務先に任せきりにしていて,突然夫の行方が
不明となった妻の行動としては不自然である。
また,Dの同僚らは,Dは除雪・排雪作業を担当していないと述べてお
り,そもそも,深夜,Dが業務の都合上雪捨場に入る理由はなく,特に夜
間雪捨場には照明も人気もない場所であるから,h川への転落場所が雪捨
場の雪山であるとするならば,強く自殺を疑わせる。
第3 争点に対する判断
1 まず,争いのない事実,証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認
められる。
(1) Dは,死亡時37歳で,深川市内の自宅に,妻である原告Aと,子
である原告B及び原告Cとの4人で生活していた。深川市内に本社のある
E産業に勤務し,勤務場所はh川上流沿いにあるm営業所で,運転手とし
て稼動していた。
(2) Dは,平成11年3月31日に勤務先から帰宅した後,夕方から夜
にかけて外出していたが,途中,原告Aに弁当を用意するように依頼し
た。ところが,原告Aは弁当を用意できず,同年4月1日午前0時過ぎこ
ろに帰宅したDと諍いになり,Dは,同日午前1時ころ,原告Aに出勤す
る旨を伝えて,深川市内の自宅を本件自動車に乗って出発した。
ところが,同日昼ころに,同じE産業のm営業所に勤務する原告Aの実
父から原告Aに電話があり,Dが出勤していないことを伝えられた。その
際,原告Aは,Dとの間で諍いがあったことを話したくなかったこと,無
断欠勤を勤務先に隠そうと思ったことから,風邪を引いて休んでいる旨を
伝えた。原告Aは,Dが原告Aとの間をとりなしてもらうために実家に戻
ったことも考えたが,すぐにDの実家に連絡することはせず,Dの携帯電
話に電話したがつながらず,Dがいそうなパチンコ店の駐車場に本件自動
車がないかどうか見に行くなどしたが見つからず,自宅に戻り,Dの帰り
を待った。
同日夜になってもDが帰宅しなかったことから,原告Aは,Dの実家に
電話をして事情を話し,深川のDの自宅まで来たDの両親と対応策を話し
合ったところ,Dの両親から,頭を冷やしたら帰ってくるから伏せておい
てほしい,帰って来づらくなるから捜索願は出さないでほしい旨を言わ
れ,もう少しDの帰りを待つこととなった。ただ,勤務先には隠しておく
こともできなかったので,Dの両親とともに,原告Aの実家に事情を話
し,その上で,同月2日に勤務先に事情を説明した。
同月3日になってもDは帰宅せず,原告Aは,Dの父とともに,警察に
赴いて捜索願を出した。
(3) 本件自動車は,平成11年5月12日午後4時ころ,北海道雨竜郡
g町付近のh川下流の水中に沈んでいるところを発見された。警察が引き
上げ作業を開始し,本件自動車内に男性の遺体があったことが確認された
が,h川の水量が増してきたことなどから引き上げ作業はいったん中断さ
れた。
そして,翌日の同月13日,本件自動車が引き上げられたが,車中に男
性の遺体はなく,その翌日である同月14日に,さらに10キロメートル
程度下流の,北海道雨竜郡i町字jk番地付近のh川内で男性の遺体が発
見され,これがDであった。
死体検案の結果,Dの直接死因は溺水による窒息であり,死亡したのは
平成11年4月1日ころとされた。遺体は巨人様化しており,胸腔内に
は,左側に260ミリリットル,右側に100ミリリットルの水分貯留が
認められた。
本件自動車についても,発見当時全体がひしゃげた状態で窓ガラスも割
れている状況であった。
(4) Dは,運転手としてE産業の砂利部に所属しており,勤務時間は午
前7時30分から午後5時までであり,午前6時ころに自宅を出て,午前
7時ころに出勤することが多かった。夏場は砂利の運搬などを担当してい
たが,冬場は砂利運搬の仕事はほとんどなくなるため,E産業が請け負っ
ていた国道n号線等の場所における除雪及び排雪作業にも従事していた。
ただ,熟練の運転手ということではなかったため,特定の除雪車の運転手
に指定されていたわけではなく,助手として除雪車に同乗したり,砂まき
や排雪,屋根の雪下ろし等必要とされる作業全般に関わっていた。除排雪
の要否は,当日朝までの降雪量をみて,除雪車運転手により決定されてお
り,除排雪が必要と判断された場合には,朝4時ころに出勤して作業を開
始する必要があった。
そのほか,m営業所近辺で降雪がなくても,峠などで降雪がある場合も
考えられるので,そのような場所の除排雪作業の要否を判断するため,早
朝に峠や山道を走ったり,雪捨場の状況を見るなどの作業を担当する者も
いたが,そのような早朝パトロールを担当していたのは,平成10年12
月から平成11年3月まではGという者であり,Dに早朝パトロールの業
務命令が出されたことはなかった。
E産業が請け負って除排雪を行う場合,雪捨場として使用していたの
は,h川沿いの2か所の雪捨場であり,1か所は,g町との境に位置する
深川市opに,もう1か所は,m営業所を過ぎたところにある深川市mr
にある。雪捨場においては,当該場所に,排雪した雪を集めて捨てていく
ことになるが,雪がたい積してくるとブルドーザーで雪を川側に押してい
く作業が必要となる。ただし,川縁から一定の距離を保つように指定され
て,無限定に川に向かってたい積した雪を押すことにはならない。
(5) Dの通勤経路は,深川市内の自宅を出て,ほぼ南北に通る道路を北
上し,深川市oで国道n号線に合流して,国道n号線をmまで北上すると
いうものであった。oからmまでの国道n号線は,h川に沿っていたが,
h川の本流と交差する場所はなく,また,h川との間はそれほど接近して
おらず,高低差があるほか,路側から川岸までの間には雑木林などがある
状況であった。
深川市opの雪捨場がある場所からh川を少し下ったところに,灌漑排
水のために2メートル以上の高さのある堰堤が設けられている場所があ
り,堰堤の手前で用水路に一定の河水が流れるようになっている。ただ
し,その手前でh川の流れが二手に分かれており,この堰堤部分を通らな
い流れもある。
h川は,平年,4月10日過ぎころまでは水面が凍結して,凍結した川
面の上に積雪する状況であり,4月10日過ぎに川面の氷が溶けて川の水
が流れるようになり,その後,雪解け水や上流のダムの放流などで水量が
増し,流れも速くなる。
本件自動車が発見された場所付近からm営業所までの間の国道n号線と
h川とが交差するのは,本流との交差が深川市o付近の1か所のみで,そ
の他の場所はh川支流との交差である。そして,それらの場所で設置され
ている橋には,いずれも1メートル前後の高さの欄干が設けられていた。
また,これらの橋を管理する北海道開発局札幌開発建設部では,平成11
年4月1日に橋から自動車が転落した旨の事故報告は受けていない。
(6) Dは,原告Aと婚姻する前は,前妻が子らをおいて家を出たため
に,実家において両親の援助を受けながら子らの養育にあたっていた。原
告Aと婚姻してからは子らも含めて4人で生活しており,子らと原告Aと
の関係は特に問題はなかった。ただ,D失踪後,原告Aが不安定な精神状
態にあったことから,子らはDの両親のもとで生活することとなり,学校
の転校手続もとり,その後,Dの死亡が判明してからは,原告Aの将来な
どを考え,Dの父が子らの未成年後見人に就任した。
Dは,原告Aとの婚姻前は,無断欠勤したり,会社を辞めるのに自ら言
い出せず,原告Aが一緒に会社に謝りに赴くようなこともあった。E産業
に勤務し,原告Aと婚姻してからは,そのような状況はなくなっていた。
なお,DはFの信者であり,青年部のリーダーを務めるなどしていた。
2 以上の事実関係をもとに検討する。
(1) 本件保険契約に基づいて保険金を請求するためには,自損事故条項
及び搭乗者傷害条項のいずれに基づく請求についても,Dの死亡が急激・
偶然・外来の事故により生じたものであることの立証が必要であり,それ
を原告らが負担していることについて,当事者間の争いはない。
急激性の要件は,事故発生の態様が急速で突発的なことを意味するもの
であるが,一般的には,傷害を生じる程度の事故はこの要件を満たすもの
であり,疾病に基づく身体の侵襲を不担保にする趣旨であると解されてい
る。
外来性の要件は,傷害を発生させる事故が外部から被保険者の身体に及
ぶことが必要であるとするものである。
本件においては,Dの直接の死亡原因が溺水による窒息であり,短時間
で死亡に至ったことから,急激性の要件,外来性の要件ともに充足される
と解される。
(2) 偶然性の要件は,事故の原因の発生,結果の発生,または原因及び
結果の発生のいずれもが,被保険者において予知できないものである場合
に充足される。被保険者の意思によらないという意味であるが,保険請求
者の方で,一応意思によらないものであること,すなわち,自殺によるも
のでないことが推認できる程度に立証する必要があると解される。
そこで,以下,本件における偶然性の要件を検討する。
ア まず,本件自動車がh川に沈んでいるところを発見されたこと,その
際,車内の男性の遺体が発見されていること,本件自動車が発見された
翌日に引き上げられた際には遺体は車内になく,さらにその翌日に同地
点から10キロメートル以上下流の地点で発見され,遺体が巨人様化し
ていたことからすると,Dは,平成11年4月1日ころに本件自動車ご
とh川に転落して死亡したことが推認される。
そして,本件自動車が,全体にひしゃげ,窓ガラスが割れている状況
で発見されていること,わずか1日半程度の期間で遺体が10キロメー
トル以上も流されていることからすると,本件自動車は,発見地点より
も上流の地点でh川内に進入し,又は転落し,その後発見地点まで流さ
れたと推認される。なお,被告は,深川市opの雪捨場がある場所から
h川を少し下ったqに,灌漑排水のための2メートル以上の高さのある
堰堤が設けられており,流れが速いとしても,重量のある本件自動車が
この堰堤を乗り越えるのは難しく,堰堤よりも下流で本件自動車がh川
に転落した可能性が高い旨主張するが,堰堤の手前でh川の流れが二手
に分かれており,この堰堤部分を通らない流れもあるから,本件自動車
が堰堤を乗り越えたとも限らず,この堰堤の存在によって,本件自動車
の転落地点を被告主張のように限定することはできないと解される。
イ 他方,Dの通勤経路とh川との位置関係を考えると,Dの自宅からm
営業所までにおいてh川に接するのは,Dの自宅から北上して国道n号
線に合流する深川市oの地点からmまでの国道n号線上であるが,その
区間の国道n号線とh川とはそれほど近接していない箇所がほとんどで
あり,近接した場所においても,道路と川との間には雑木林がある状況
である。冬期間は路側に除雪された雪が雪山となっており,それを乗り
越えなければ道路の外にはずれることはない。
本件自動車が発見された場所付近からm営業所までの間の国道n号線
とh川とが交差するのは,本流との交差が深川市o付近の1か所のみ
で,その他の場所はh川支流との交差である。そして,それらの場所で
設置されている橋には,いずれも1メートル前後の高さの欄干が設けら
れており,橋を管理する担当部署に対し,平成11年4月1日に橋から
自動車が転落した旨の事故報告はされていない。
当該通勤経路付近にあるh川沿いの雪捨場は,深川市opにあるもの
と,m営業所を過ぎたところにあるrのものの2か所であるが,pの雪
捨場は国道を少しはずれて川方向に向かう道路を進まなければならない
し,rの雪捨場は国道からは近いが,m営業所を過ぎた場所であり,い
ずれも,Dの通勤経路上にあるとは言えない。Dは,当時E産業で除排
雪の作業にも従事していたが,補助的な作業を行っていたのであり,全
体を監督するような立場にはなく,雪捨場の見回りなども行う早朝パト
ロールの仕事も担当していなかったのであって,通勤途上に雪捨場に寄
って見回りをするというのも考えにくい。そもそも,雪捨場の雪山から
川までは一定の距離を保つようにされているものの,道路から川に向か
って下っていく河川敷に積み上げられる雪は道路と同程度の高さにな
り,台形状の雪山を形成し,その端と川面との高低差ができるものであ
る上,このような雪捨場の照明施設などはないから,夜間は特に危険な
場所であるということができ,その点からも,通勤経路から少しはずれ
て立ち入るということは,通常では想定しにくい。しかも,車両に乗っ
たまま雪山の端から川に転落する事態が生ずるのは,雪山の内部の雪が
溶けて抜けるような状況があったとしても,台形状の雪山の頂上の端を
走行するような場合であると考えられるが,このような危険な走行をす
ることも不自然である。
Dの通勤経路と本件自動車発見地点までの区域については,国道n号
線とh川がさらに離れており,国道から脇道を川に向かってかなり走ら
なければ川岸にたどり着くことはない。
ウ これらの事情を考慮すると,自宅から勤務先に向かうとして本件自動
車を運転していたDが,誤って,本件自動車ごとh川に進入し,あるい
は,転落するということの可能性は極めて低いと言わざるを得ない。
エ この点,原告らは,転落の可能性の低さは,事故の場合と自殺の場合
とで異ならず,実際にDが本件自動車ごとh川に流されているのである
から,転落の可能性を論ずることは意味がない旨を主張する。
しかし,誤って転落する可能性が低くても,意思に基づいて転落する
可能性が低いとはいえず,特殊な方法を用いなければ川に進入できない
というような場合以外は,その可能性に違いはあると解されるところで
ある。
オ さらに,原告らは,本件自動車ごと転落することについては困難が予
想されるので,自殺の方法として選択する可能性は低いこと,自動車ご
と転落する場合としては不慮の事故の方が多いことを主張するが,いず
れについても,必ずしもこのようにいうことはできないと思われるの
で,原告らの主張を採用することはできない。
カ 原告らは,Dにおいて,家族や仕事の関係での悩み,経済的困難,精
神疾患もなく,熱心なFの信者として活動し,自殺を否定する旨の教え
を受けていたのであって,自殺の動機がなく,現に,Dの周囲の者は,
D失踪後に同人の自殺を疑わず,自動車安全運転センター北海道旭川方
面事務所長による交通事故証明書が発行されている旨を主張する。
たしかに,Dには,特段,悩みがあったことをうかがわせる事情は認
められないし,平成11年4月1日に家を出る際に原告Aとの間で諍い
があったことは認められるものの,それのみで自殺の動機足り得るよう
な事情とは言えない。周囲の者の対応や交通事故証明書の発行の事実
も,本件において,自殺を疑わせる決定的な事情はなかったことを示し
ているものと考えられる。
しかし,Dが家を出る際の諍いについては,原告Aも,珍しく言い返
したと感じ,Dが原告Aとの間を取り持ってもらうために家に行ったの
かもしれないと考えていたこと,原告Aから話を聞いたDの両親も,頭
を冷やしたら戻ってくると原告Aに伝えていることからすると,それな
りに険悪なものであったと考えられるし,Dが,以前に勤務していた職
場において,無断欠勤をしたり,退職する旨をなかなか言い出せず,原
告Aとともに会社に赴いて告げることがあったとの事情なども併せ考慮
すると,Dの精神的な脆さもうかがうことができる。
もちろん,このことによって自殺の動機が認定できるものではない
が,自殺の可能性を全く否定するほどの事情であるということもできな
いと解されるところである。
キ 以上からすると,本件においては,本件自動車のh川への進入又は転
落がDの意思による可能性も否定できないのであり,他に,本件が偶然
の事故であることを認めるに足りる証拠はなく,これを認めることはで
きないと言わざるを得ない。
第4 結論
 以上の次第であり,原告らの請求はいずれも理由がないからこれらを棄却
することとし,訴訟費用の負担について,民事訴訟法61条を適用して,主
文のとおり判決する。
札幌地方裁判所民事第1部
裁 判 官山田真紀

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採用情報


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我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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