弁護士法人ITJ法律事務所

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         主    文
     本件再上告を棄却する。
         理    由
 弁護人織田嘉七の上告趣意第一点について。
 本件第二審の判決は、判示第二の犯罪事実として、被告人が、A食糧営団B支所
から搗精加工の依頼を受けて引取り業務上保管中の原料麦の内C倉庫に在庫してい
た大麦千二百九十俵、小麦三百三十八俵、裸麦十俵、以上合計八十八瓲六百瓩余の
原料麦全部を着服横領したことを認定している。右の中問題とされたのは、小麦三
百二十八俵横領の事実であつて、該判決に対する阿保弁護人の上告趣意第一点も、
それに対する原上告審の判断も、織田弁護人の再上告趣意第一点もみな、右の数量
の小麦を被告人が横領したという事実は、司法警察官の被告人に対する第一回聴取
書中の供述記載を唯一の証拠として認定せられたものであるとしている。しかしよ
く調べてみると実はそうではなくて、該判決は、その証拠説明に於て明かに示して
いるように、当時C倉庫には判示の如き数量価格相当の原料が在庫していたとの点
は、被告人の第二審公判廷における判示と同趣旨の供述により認定し(証拠説明(
一)の(ロ))、判示の如き数量価格相当の原料はA食糧営団B支所から搗精加工
を被告人に依頼しその保管を依託したものであつて、被告人の所有に属しない点及
び被告人が判示C倉庫の在庫品を着服横領したとの点は、司法警察官の被告人に対
する第一回聴取書中の供述記載、D提出の第一回答申書中の記載及びその他の挙示
の証拠を綜合して認定したのである(証拠説明(ニ)の(イ)及び(ハ))、即ち
問題の小麦三百三十八俵横領の事実を立証する証拠としては、司法警察官の被告人
に対する第一回聴取書中の供述記載のみでなくて、公判廷における被告人の供述が
ある。且つ前記D提出の第一回答申書中には、当時C倉庫には営団の原麦(大麦、
小麦)約二千六七百俵あつたと思う、という旨の記載があるから、これも亦右の自
白の補強証拠となり得る。従つてこの点に関しては、第二審判決は、刑訴応急措置
法第一〇条第三項や憲法第三八条第三項に違反する何等の廉もない。
 若し第二審判決が小麦三百三十八俵横領の事実を認定したことが、公判廷外にお
ける被告人の自白のみに基いていたとするならば、それは違法であつた筈である。
そうして被告人が横領した原麦の中に小麦三百三十八俵が含まれていたか否かとい
うことは、刑の量定に影響ないとは云えないことである。それにも拘らず原上告審
判決が、小麦三百三十八俵横領の証拠は被告人に対する司法警察官の聴取書中の供
述以外に存しないとしながら、「右数量は本件横領の数額の多大なるに比すれば寔
に僅少でその存否は本件横領の存否並に刑の量定に毫も影響がない」と判断したこ
とは、当を欠くものと考えられる。しかし原上告審が第二審判決を刑訴応急措置法
第一〇条第三項に違反するものでないとして、これを維持したことは、前記の理由
により結果に於ては正当である。
 よつて、第二審判決並に原上告審の判決が憲法第三八条第三項に違反するという
論旨は、採用することができない。
 同上第二点について。
 原判決は、その理由の冒頭に各弁護人の「上告論旨は別紙各弁護人等作成名義上
告趣意書と題する書面記載の通りであるからこれを本判決書の末尾に添付し其の摘
録に代え」と述べて、それ等の中の一つとして「弁護人伊藤環の上告趣意書」と題
する書面を添付している。これを、記録に綴ぢ込んである伊藤弁護人提出の上告趣
意書原本と照らし合わせてみると、その第一点の中に一部分の脱漏があること論旨
指摘の通りである。しかし脱漏している箇所の内容は、被告人が警察に於て虐待せ
られたということの供述が不幸にして記録には採録されていないのであります」と
いう一行ばかりと、被告人の会社に原麦の手持品があつたということの説明の一部
分とであつて、その脱漏のために全体としての上告趣意の判断に影響を及ぼす程の
ものではない。のみならず伊藤弁護人の上告趣意第一点に対する原判決の判断を読
んでみると、原判決は、右の上告趣意の要旨について漏れなく判断を示し、何等の
遺脱もしていないことがわかる。思うに原判決は、伊藤弁護人の上告趣意書原本に
基いて判断したのであるが、唯々これを判決文末尾に転載する際に、一部分を脱漏
したものと推量せられる。従つて、原判決に於ては、裁判が憲法に適合するかしな
いかについてした判断が、上告論旨の一部を脱漏してなされているから不当である、
という論旨は採用できない。
 弁護人阿保浅次郎の上告趣意第一点について。
 刑法第五四条第一項後段に規定する所謂犯罪の手段たる行為とは、ある犯罪の構
成要素に属せず、しかも行為の性質上普通その犯罪の実行手段として用いられるも
のを指称する。ところが本件被告人がその保管にかゝる他人の原料麦を不法領得し
た業務横領の罪と、その横領した麦の一部分を統制額を超えて販売した食糧管理法
違反の犯行とは、通常手段結果の関係に立つものとは認められないから、右の法条
の所謂牽連犯を成すものではない。仮令偶々被告人の主観に於て、前者を後者の手
段とする意図があつたとしても、又両犯行のなされた日時が接近していようとも、
両者は各々別個の犯罪である。従つて既に後者の犯罪について刑が確定した後に、
前者の犯罪に対して刑罰を科したからとて、これを一事不再理の原則に背くものと
いうことはできない。故に第二審判決も、これを維持した原審判決も、何れも所論
のように憲法第三九条の規定に違反するものではない。論旨は理由がない。
 同上第二点について。
 論旨は、第二審判決が証拠として採用した司法警察官の被告人に対する第一回聴
取書中の供述は、不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白であると主張するの
であるが、記録の上ではそのように長期の拘束があつたという事実は認められない。
仮りに右の自白が、所論の通りに、拘束後四十五日を経た後の自白であつたとして
も、当時(所論に従えば昭和二一年一月一九日以降の拘束)終戦直後新憲法制定以
前の混沌たる情況の下に本件のような取調困難な事件を取扱つた経過その他記録に
表われている諸事情を考え合はせれば、拘束後四十五日目の自白は、必ずしも憲法
第三八条第二項、刑訴応急措置法第一〇条第二項にいわゆる不当に長く抑留又は拘
禁された後の自白とは云えない。
 論旨は又右の自白が第二審判決に於て被告人の小麦三百三十八俵横領の事実を認
定した唯一の証拠であるという前提の下に、第二審判決及びこれを維持した原上告
審判決を非難しているけれども、右の自白が小麦横領の唯一の証拠でないことは、
既に織田弁護人の上告趣意第一点に対して説明した通りである。
 右の理由によつて、第二審判決及び原上告審判決が憲法第三八条第二項及第三項
に違反するものであると主張する論旨は、何れも採用することができない。
 弁護人高屋市二郎及び同河野太郎の上告趣意第一点について。
 第二審判決摘示第二の犯行によつて被告人が業務上横領した麦の中、大麦小麦各
二百六十俵については、被告人はこれその統制額を超えて販売した廉により、昭和
二〇年一一月五日八王子区裁判所によつて、食糧管理法の違反として処罰せられ、
既に刑が確定していること所論の通りである。しかし食糧管理法は、国民食糧の確
保及国民経済の安定を図るため食糧を管理しその需給及価格の調整並に配給の統制
を行うことを目的とする法律であるから、これに違反する犯罪と、業務上自己の占
有する他人の物を不法領得する業務横領の罪とは、全く罪質を異にし、各罪を認め
た趣旨も異なる。従つて前者が後者の処分行為として後者の中に包含せられている
という論旨は、採用し難い。
 又右の二つの犯罪の中、業務上横領の罪は昭和二〇年八月四日、食糧管理法違反
の罪は同年同月一五日頃成立したのであつて、両者はその時期を異にするから、こ
れを刑法第五四条第一項前段のいわゆる想像的競合の場合にあたるものとすること
もできない。
 更らに右の二つの犯罪が牽連犯の関係にあるものでないことは、阿保弁護人の上
告趣意第一点について、説明した通りである。
 以上で明かなように、上記二つの犯罪は、各別箇の犯罪であるから、食糧管理法
違反の刑が確定した後に、更らに業務横領の罪責を問うても所論のように一事不再
理の原則に違反するものではない。それ故に第二審判決並にそれを維持した原上告
審の判決を以て、憲法第三九条後段に違反するものであるとする論旨は、何れの点
から考えてみても理由がない。
 同上第二点について。
 論旨の理由なきことは、織田弁護人の上告趣意第一点について説明した通りであ
る。
 同上第三点について。
 所論の、原上告審裁判所に提出された長野及中野両弁護人の上告趣意第一点並に
阿保弁護人の上告趣意第三点を読んでみると、それ等は何れも、第二審判決に審理
不尽の違法及び採証の法則に対する違背があることを主張するに止まり、その憲法
違反を攻撃しているのではない。そうして本論旨も、第二審判決及び原上告審判決
が、憲法の根本的精神に違背したものであると主張してはいるけれども、実質に於
ては、その審理不尽並に採証の法則違反を非難するに過ぎない。それ故に論旨は、
刑訴応急措置法第一七条により、再上告の理由として不適法なものである。
 同上第四点について。
 論旨は、第二審判決に於て証拠として採用せられた被告人に対する司法警察官並
に検事の聴取書の供述記載が強制拷問若くは脅迫に基く自白であり、そのことの主
張があつたにも拘らず、第二審はそのことを調査もしないで、これ等を証拠として
断罪したのは憲法違反であると非難している。しかし記録を調べてみても右の供述
が強制拷問若くは脅迫に基く自白であると疑わしめるような形迹は見出されず、又
そのよう主張がなされていることも認められない。よつて、第二審判決並にこれを
維持した原上告審判決を以て憲法第三八条第一項及び第二項に違反するものとする
論旨は採用することができない。
 同上第五点について。
 論旨に従えば、第二審判決摘示の第二の事実については、横領罪は未だ完成せず、
その予備又は陰謀の域を出でないものであるに拘わらず、原上告審判決は、阿保弁
護人の上告趣意第四点についての判断の中において、これを横領罪の既遂としてい
る。かようなことは、未だ罪とならない事実を罪とするものであつて、憲法の基調
たる罪刑法定主義の原則に反するというのである。しかし阿保弁護人の上告趣意第
四点は、単に第二審判決に法律上の見解を誤つた違法があると非難しているだけで
あつて、憲法違反を主張しているのではない。そうして本論旨も亦実質に於ては、
原上告審判決に於ける刑法の規定の解釈の誤りを非難するに過ぎず、その憲法上の
判断の不当を主張しているものと認めることはできない。それ故に論旨は、刑訴応
急措置法第一七条により、再上告適法の理由とはなり得ない。
 以上の理由により、旧刑訴法第四四六条に従い、主文の通り判決する。
 この判決は裁判官全員一致の意見によるものである。
 検察官 小幡勇三郎関与
  昭和二四年七月二二日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    塚   崎   直   義
            裁判官    長 谷 川   太 一 郎
            裁判官    沢   田   竹 治 郎
            裁判官    霜   山   精   一
            裁判官    井   上       登
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    真   野       毅
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    島           保
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    河   村   又   介

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