弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人樋口恒通の上告趣意第一点について
 第一審判決は被告人の自白のみによつて判示事実を認定したものではなく所論自
白調書の外判示一乃至二十五の各証拠を総合して犯罪事実を認定したものである。
論旨は右全証拠を総合しても被告人がAを殺害したという事実に対応するものはな
いから被告人の自白を補強するものということは出来ないとしているけれども右判
示一乃至二十五の各証拠によれば犯行の日時、場所、殺害の方法等に関する被告人
の自白を補強するに充分であると認められるから第一審判決を是認した原判決は相
当であるといわねばならない。元来自白に補強証拠を要求する所以のものは被告人
の自白した犯罪が何等根拠のない架空のものでなく自白にかかる事実の真実性を保
証するにあるのであつてその犯罪が被告人によつて行はれたという犯罪と被告人と
の結びつきまで証するものであることを要しないものであり又被告人の公判廷以外
の自白と補強証拠によつて犯行事実を認定することができる以上その犯人は被告人
であるという証拠がその自白のみであつても違憲でないことは既に判例の示すとこ
ろであるから(昭和二四年(れ)第一三五四号同年七月一九日第三小法廷判決、昭
和二三年(れ)第一三八二号同二四年一一月二日大法廷判決)論旨は採用に値しな
い。
 同第二点について
 所論は畢竟前記被告人の自白は取調官の拷問乃至強制に基くものであるとして右
自白を罪証に供した第一審判決並びに之を是認した原判決は違憲であるとの主張に
帰着し右拷問乃至強制の点を主として被告人の取調が夜の十一時に至つたというこ
とを理由としているがその取調が偶々夜の十一時に至つたというだけで直ちにそれ
が拷問乃至強制によるものであると断定することは出来ないのみならず当時被告人
の取調に当つた第一審の証人B同Cの各証言(記録二二五丁六五九丁裏)によれば
所論のように取調官によつて被告人に対し拷問乃至強制がなされた事実は全然なか
つたこと、しかも弁護人が上告趣意において取りあげている被告人の司法警察員B
に対する第三回供述調書中の供述について右証人Bは裁判長の尋問に対し「その調
書作成にあたつて被告人は泣きながら本件犯行を自供したので別段叱りもせず被告
人がすらすら述べた任意の供述をそのまま録取したのであり、又その調書を読聞か
せたところ誤りのないことを申立て被告人が署名拇印したのであります」とも述べ
ており右供述は全く被告人の任意に出たものであることが窺えるのであつて所論の
ように被告人の供述が拷問乃至強制によるものであると思はれるような節は何処に
も発見し得ないのであるから右供述調書の証拠能力を認めた原判決は何等違憲の廉
なく論旨は採用に値しない。
 同第三点について
 所論は原判決の事実認定を争い被告人が本件殺人の真犯人でない根拠として犯行
当時被害者の居室にあつた湯呑茶碗に残された指紋と被告人の指紋とが一致しない
点を指摘している、そして第一審における証人Dの証言によれば右湯呑茶碗につい
ていた指紋が被告人のみならず被害者その他の関係人の指紋と合致しないことは所
論のとおりである、しかしその一事によつて第一審における証人E、同Fが本件犯
行当日被害者方で現認したいわゆる黒い服を着た男が被告人以外のものであると断
定することも出来ないなぜなれば右湯呑茶碗が原判決説示のとおり当時高脚膳の上
に置かれてあつてその湯呑茶碗に番茶が呑み残されていたことが事実であつたとし
ても記録によると右にいわゆる黒い服を着た男がその茶碗を手にしていたところを
現認した者はないのである、又仮りに所論のように黒い服を着た男の傍に盆に茶碗
が載せて置かれていたとしてもその男が必ず右湯呑茶碗の番茶を飲んだものに間違
いないと断定することは早計であるといわねばならない。
 以上説明したところによつて所論指紋が被告人の指紋と一致しないという点のみ
で被告人が真犯人でないと論断することは早計であつて記録を精査しても原判決が
判示一乃至二十五の各証拠と被告人の自白調書の供述とを総合して本件犯行を認定
したことは毫も違法でなく且つ論旨は結局原審における事実の誤認を主張すること
に帰し上告適法の理由とならない、又刑訴第四一一条を適用すべきものとは認めら
れない。
 被告人の上告趣意について
 所論は要するところ前叙弁護人の上告趣意第二点における拷問に関する点、第三
点における指紋に関する点及び第一審公判の立会検事が被告人に有利な証拠である
Gの司法警察員又は検察官に対する供述調書及び被告人の司法警察員又は検察官に
対するいわゆる否認調書を証拠として提出せず第一審においても之等証拠について
証拠調をしなかつた措置を非難し又は第一審における証人Hの証言の措信し得ない
ことを主張するに帰着する。しかし所論の拷問又は指紋に関する点は前叙弁護人の
上告趣意に対する意見と同様であるから之を省略する、その他の上告趣意について
は所論がいづれも刑訴第四〇五条に定める事由に該当しないのみならず刑訴第四一
一条を適用すべきものとは認められない。
 よつて刑訴第四〇八条に従い主文の通り判決する。
 この判決は裁判官全員の一致した意見である。
  昭和二六年七月二〇日
     最高裁判所第二小法廷
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    谷   村   唯 一 郎
 裁判長裁判官霜山精一は差し支えにつき署名押印することができない。
            裁判官    栗   山       茂

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