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平成29年3月14日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成28年(ワ)第11379号ドメイン名使用差止請求権不存在確認請求事件
口頭弁論終結日平成29年1月26日
判決
原告株式会社クロエ
同訴訟代理人弁護士大久保理
同大野聖二
被告ウィンリゾーツホールディングス,エルエルシー
同代表者業務執行社員ウィンリゾーツ,リミテッド
同訴訟代理人弁護士岩瀬ひとみ
同紋谷崇俊
同村田知信
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,ドメイン名「WYNN.CO.JP」について,不正競争防止法
2条1項13号及び同法3条1項に基づく使用差止請求権を有しないことを確
認する。
第2事案の概要
本件は,ドメイン名「WYNN.CO.JP」を登録した原告が,被告に対し,原告が
上記ドメイン名を使用等する行為は不正競争防止法2条1項13号所定の不正
競争行為に該当しないと主張して,被告が原告に対して同法3条1項に基づく
上記ドメイン名の使用差止請求権を有しないことの確認を求める事案である。
1前提事実(証拠等を掲記した事実以外は当事者間に争いがない。)
(1)当事者
ア原告は,横浜市中区でクラブ「Wynn」(以下「原告店舗」という。)を
経営する株式会社である(場所につき甲6)。
イ被告は,アメリカ合衆国のラスベガス及びマカオにおいて,「Wynn」の
名称のホテル・カジノ等のリゾート施設事業を行っているWynnResorts
Limited(以下「ウィンリゾート社」という。)の子会社である。
ウィンリゾート社を中心とするグループ企業(以下「被告Wynnグルー
プ」という。)は,「Wynn」の名称を,自らの業務に係る商品又は役務の
表示として用いている(以下「Wynnブランド」という。)(弁論の全趣
旨)。
(2)被告による商標登録
被告は,我が国において以下の各商標(以下,これらを「被告商標」と総
称するとともに,イの商標を「Wynnロゴマーク」ともいう。)につき登録を
受けた。
ア登録番号:第5504289号
出願日:平成22年10月12日
登録日:平成24年6月29日
登録商標:「WYNN」の標準文字のもの(乙4の2,5の1参照)
指定商品・役務の区分:第3類,第6類,第14類,第16類,第18
類,第21類,第25類,第35類,第39類,第41類,第43類
(具体的な指定商品・役務は省略するが,第41類の「娯楽の提供」
「ナイトクラブの提供」,第43類の「飲食物の提供」が含まれてい
る。)
イ登録番号:第5504290号
出願日:平成22年10月12日
登録日:平成24年6月29日
登録商標:下記のとおり(乙4の3,5の2参照)
指定商品・役務の区分は上記アと同じ
(3)原告によるドメイン名登録等
原告は,平成24年2月23日,ドメイン名「WYNN.CO.JP」(以下「本件
ドメイン名」という。)について,株式会社日本レジストリサービス(以下
「JPRS」という。)に登録した。このように,原告は,本件ドメイン名
に係る使用権を取得・保有し,本件ドメイン名を使用している(以下「取得
等」と総称する。)。もっとも,原告は,「Wynn」との文字列については商
標登録を受けておらず,被告から被告商標についての使用許諾も受けていな
い。
また,原告は,原告店舗の看板に,筆記体で記載された「Wynn」との文字
列(以下「原告標章」という。)を付している(乙30の1ないし4)。
本件ドメイン名は,被告商標を含むWynnブランドと類似する(弁論の全趣
旨)。
(4)本件訴訟に至る経緯
ア被告は,平成28年1月26日頃,日本知的財産仲裁センターに対し,
JPドメイン名紛争処理方針に従い,ドメイン名「WYNN.CO.JP」を被告に
移転せよとの裁定を求めて,紛争処理の申立てを行った(甲9)。
イ日本知的財産仲裁センター紛争処理パネルは,同年3月25日付けで,
ドメイン名「WYNN.CO.JP」の登録を被告に移転せよ,との裁定(甲1)を
した。
なお,同裁定(甲1)では,本件ドメイン名が被告商標と混同を引き起
こすほど類似し,原告は本件ドメイン名について権利又は正当な利益を有
しておらず,本件ドメイン名が不正の目的で登録されかつ使用されている
ものと判断された。
ウ原告は,同年4月8日,当裁判所に本件訴えを提起した。
2争点
原告が,本件ドメイン名を取得等するに当たり,不正競争防止法2条1項1
3号所定の「不正の利益を得る目的」又は「他人に損害を加える目的」を有し
ていたか否か
3争点に関する当事者の主張
(1)被告の主張
アWynnブランドは,被告Wynnグループの社名ないし商号であり,かつ,被
告Wynnグループは,Wynnブランドという「標章」ないし「表示」の下で,
世界的にリゾートホテル,カジノ,ナイトクラブ等の事業運営ないし営業
を行っている。
また,被告Wynnグループの中で,その知的財産権の世界的な管理等を主
な業務とする被告は,日本において,自らの社名である「Wynn」と同一の
アルファベットからなる被告商標を登録するとともに,「WYNN」というア
ルファベットを要部として,その後に一般的用語や地名を続けた商標(以
下「Wynn関連商標」と総称する。)を多数登録している。
そして,被告は,日本以外でも,米国・中国等の世界各国において,
Wynn関連商標を多数登録しているほか,「WYNN」を要部とするドメイン名
をも複数登録している(なお,ドメイン名には,大文字,小文字の区別は
存在せず,それらの違いは重要ではない。)。
被告Wynnグループの施設や事業は,日本においても,2000年(平成
12年)頃の開発段階から注目され,平成17年頃のオープンの際に新聞,
書籍,雑誌等で取り上げられ,同年以降の「るるぶ」,平成18年以降の
「地球の歩き方」等の様々な新聞,書籍ないし雑誌,ウェブサイト等で継
続的に多数取り上げられ,平成16年に設置された被告Wynnグループの日
本支店では,日本向けの営業活動が行われてきた。
以上からすれば,本件ドメイン名登録時(平成24年)や原告店舗の営
業開始時(平成22年)以前の2000年代において,既にWynnブランド
は,日本の需要者の間で,被告Wynnグループを示すものとして著名かつ周
知となっていたものといえる。
イ原告は,「Wynn」という語に関して何らの登録商標も保有しておらず,
被告から使用許諾も受けていない。また,「Wynn」という語は,本来,原
告や原告代表者とは何らの関連性もない言葉であり,原告には,「WYNN」
を要部とする本件ドメイン名に関する権利や正当な利益は全く認められな
い。
しかも,原告は,著名かつ周知なWynnブランドと同一ないし類似の原告
標章を,原告店舗において,被告のWynnロゴマークと字体まで酷似した形
状で,被告に無断で使用して,種々の剽窃行為(商標ないし表示の不正使
用など)を行う一環として本件ドメイン名を取得等しており,これらの行
為は,全てWynnブランドの名声及び信用へのフリーライドを目的としたも
のにほかならない。
このように,原告は,Wynnブランドの名声及び信用へのフリーライドを
目的とした種々の剽窃行為の一環として,「不正の利益を得る目的で」本
件ドメイン名を取得等している。
原告が,被告代理人の通知書(乙36の1,37の1)の受領日以前か
ら継続して,本件ドメイン名をURLとするウェブサイト(以下「原告ウ
ェブサイト」という。)にコンテンツを掲載していなかったこと,また,
被告が原告に対して,上記通知書の送付等により連絡を試みても,原告か
らは何らの返答も弁明もなかったことも,「不正の利益を得る目的」を裏
付ける。
なお,原告標章の使用や本件ドメイン名の取得が被告による被告商標の
登録に先行すること,原告店舗の評判・周知性などは,「不正の利益を得
る目的」の認定に際して無関係である。
ウ被告Wynnグループが運営するハイグレードなリゾートホテル,カジノ,
ナイトクラブ等のシンボルとして使用されている被告商標等のWynnブラ
ンドと同一ないし類似する原告標章ないし本件ドメイン名が,被告Wynn
グループとは全く関係のない原告店舗のような,いわゆる「キャバク
ラ」ないしそのウェブサイトのURLとして表示されることにより,被告
WynnグループのWynnブランドの出所表示機能の希釈化(ダイリューショ
ン)が生じることは明らかである。
また,被告WynnグループのWynnブランドが使用されているナイトクラ
ブは,高級かつエレガントな雰囲気のクラブであるにもかかわらず,原
告店舗のような「キャバクラ」という接待付きの風俗営業に使用される
ことにより,被告WynnグループのWynnブランドの価値が希釈化され,名
声及び信用が汚染(ポリューション)ないし毀損(ターニッシュメン
ト)されている。
このように,原告の行為は,被告にWynnブランドの価値の毀損等の
「損害を加える」ものである。
エ以上からすれば,原告による本件ドメイン名の取得等が,著名かつ周
知なWynnブランドの名声及び信用にフリーライドして行われたことは明
らかであり,「不正の利益を得る目的で,又は他人に損害を加える目的
で」行われたものである。
(2)原告の主張
ア被告WynnグループのWynnブランドが,原告が開業した平成22年頃まで
に日本において周知性を獲得していた事実はない。被告が提出した旅行雑
誌等は,一部の海外旅行者だけが読む情報誌であり,そのほかの雑誌(男
性向け情報誌「BRUTUS」,「遊技通信」)は,ギャンブルに興味のない一
般人が読む雑誌ではなく,被告指摘の新聞記事も,単にカジノ・ホテルが
建設されることの紹介記事にすぎない。
また,「Wynn」のホテル・リゾート施設は日本には存在せず,特段,テ
レビコマーシャルなどで宣伝されていたわけでもないことからすれば,少
なくとも,原告が本件ドメイン名を登録した平成24年2月23日以前に,
Wynnブランドが,被告の親会社であるウィンリゾート社の商品等表示とし
て日本国内において周知性を獲得していた事実はない。
被告が日本国内においてWynnブランドについて正当な権利を有するに至
ったのは,被告が被告商標の登録を受けた平成24年6月29日以降のこ
とであり,原告が本件ドメイン名を登録した同年2月23日よりも後であ
る。
イ原告は,平成22年頃から原告店舗を開業しており,開業当初から,
原告の営業を表示する標章として,本件ドメイン名と同じ「Wynn」の標
章をビルの袖看板に表示したほか,営業用のチラシにも原告の営業を表
示する標章として「Wynn」を使用している。
また,原告店舗を訪れる顧客は多く,遠方から訪れる顧客や,スポー
ツ選手,政治家なども多く,横浜市及びその周辺地域において,原告店
舗は「Wynn」という名称で広く認識されている。
そして,原告は,本件ドメイン名を使用してホームページ(原告ウェ
ブサイト)を開設し,店舗で行うイベントの紹介や,店のコンセプト,
料金システム,店へのアクセスを記載したり,キャストの募集などに使
用しているもので,上記ホームページにアクセスする者が,ウィンリゾ
ート社が経営するホテル・リゾート施設「Wynn」と誤認混同するような
表現は全くしていない。
したがって,原告には「不正の利益を得る目的」はない。なお,原告
が,平成28年1月21日現在,本件ドメイン名の使用を中止していた
のは,被告代理人らから配達証明が届き,そこに,本件ドメイン名を使
用していると刑事罰の対象となり得ると記載されており,怖くなったた
めにすぎず,何ら不正の目的があったわけではない。
ウ原告店舗は,他のクラブやキャバクラとは異なり,各種ライブコンサー
トを開催するなど,芸術的,文化的な香りを持つとして高い評価を受けて
おり,原告による本件ドメイン名の取得等がWynnブランドの価値を希釈化
し,名声及び信用を汚染ないし毀損した事実はない。
エしたがって,原告は「不正の利益を得る目的で,又は他人に損害を加え
る目的で」本件ドメイン名を登録したものではない。
第3当裁判所の判断
1認定事実
前記前提事実(第2,1)に加え,証拠(甲2(枝番を含む。以下も同様の
場合がある。)ないし4,6,乙2ないし4,7,9ないし22,24,26,
27,29ないし34,36,37)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実
が認められる。
(1)A(以下「A」という。)は,アメリカの高級カジノやホテル業界への
関与で有名な人物であり,1989年(平成元年)頃以降,ラスベガス市に
おいて,「ミラージュ」,「トレジャー・アイランド」,「ベラージオ」な
どのホテルの建設に関わった。
Aは,2000年(平成12年)以降,新規株式公開を行って,自らの会
社であるウィンリゾート社を公開し,そのCEO及び取締役会会長となった。
また,被告は,2000年(平成12年)に,アメリカ合衆国ネバダ州で
設立された,ウィンリゾート社の完全子会社であって,Wynnブランドの知的
財産権の世界的な管理等を主な業務としており,Aは,その氏(姓)である
「Wynn」の使用を被告に対して許諾した。
(2)ウィンリゾート社は,2005年(平成17年)4月頃,ラスベガス市
においてホテル「ウィン・ラスベガス」を,2006年(平成18年)9月
頃,マカオにおいてホテル「ウィン・マカオ」を,それぞれ建設し,これら
のホテルの開業については,日本国内でも新聞記事等で報道された(乙1
5)。
また,同社は,その後,「ウィン・ラスベガス」及び「ウィン・マカオ」
の別館である「アンコール」を,ラスベガス及びマカオにおいてそれぞれ開
業した。
現在,被告Wynnグループは,ラスベガスとマカオを2大拠点としてホテル
を展開しており,いずれのホテルも,カジノだけでなく,豪華な客室,レス
トランやスパ,ショッピングセンターなどを備えており,「ウィン・ラスベ
ガス」はゴルフコースも備え,ショーを行うなど,高級リゾート施設という
べきホテルである。
そして,「ウィン・ラスベガス」は2700室以上の客室を,「ウィン・
マカオ」も別館と併せると1000室以上の客室を有する大規模なホテルで
あり,いずれもフォーブス・トラベルガイドから何度も五つ星賞を受賞する
など,世界的に高い評価を受けている。
また,「ウィン・ラスベガス」「ウィン・マカオ」の両ホテルとも,その
壁面の上部に,Wynnロゴマーク同様の態様で「Wynn」との金色の文字が掲示
されている。
このほか,被告Wynnグループのホームページやプレスリリースにおいても,
Wynnロゴマークと同様のマークが付されている。
(3)被告Wynnグループは,「Wynn」の氏名を使用する商標及びサービスマー
クを最も重要な標章と位置付けており,アメリカ合衆国内だけでなく世界
中の地域で,「Wynn」に関連する商標を出願してきた。
被告は,その一環として,我が国において,被告商標の出願以前にも,
「WYNNRESORTS」「WYNNMACAU」「WYNNLASVEGAS」の標準文字の商標を
出願し,平成17年までにいずれも登録を受けている。
また,被告は,「WynnJapan.com」「WynnResorts.com」
「WynnLasVegas.com」「WynnMacau.com」「Wynn.asia」「Wynn.tokyo」と
いったドメイン名も登録している。
(4)ア平成20年頃に我が国で行われた海外旅行先満足度調査によると,総
合満足度の2位はラスベガスであった。また,同調査によれば,ラスベガ
スは,街並みの部門では3位,ナイトスポットの部門では1位であった。
イ平成17年頃以降,旅行雑誌「るるぶ」の「ラスベガス」や「アメリカ
西海岸」,旅行本「地球の歩き方リゾート」「地球の歩き方」の「ラスベ
ガス」や「アメリカ西海岸」の全てにおいて,「ウィン・ラスベガス」は
採り上げられている(乙16)。
また,その他多数の旅行雑誌等においても,「ウィン・ラスベガス」は
採り上げられている。
平成19年ないし20年頃以降,旅行雑誌「るるぶ」の「香港・マカ
オ」「マカオ」,「まっぷる」の「香港・マカオ」,旅行本「地球の歩き
方」の「香港・マカオ」「マカオ」,「地球の歩き方MOOK」の「香港・マ
カオの歩き方」の全てにおいて,「ウィン・マカオ」は採り上げられてい
る(乙17)。
同様に,その他多数の旅行雑誌等においても,「ウィン・マカオ」は採
り上げられている。
なお,これらの雑誌等において,「ウィン・ラスベガス」や「ウィン・
マカオ」は,単なるカジノとしてではなく,豪華な客室,レストランやバ
ー,ショッピングセンターを備え,ショーを上演するような総合的リゾー
ト施設として採り上げられており,とりわけ「ウィン・ラスベガス」は,
最高級ないし超高級ホテルとして紹介されている。
ウ平成19年以降,JTBやHISといった旅行会社が主催するツアーに
おいて,ラスベガスにおける宿泊ホテルを「ウィン・ラスベガス」やその
別館「アンコール」とするものが多数存在する(乙18)。
エ平成27年ないし28年時点で,日本語で記載されたウェブサイトにお
いて,ホテル「ウィン・ラスベガス」を紹介したり,高く評価する内容の
ものが多数存在する(乙19)。
同様に,平成27年ないし28年時点で,ホテル「ウィン・マカオ」を
紹介したり,高く評価する内容の日本語のウェブサイトも多数存在する
(乙20)。
オ平成27年ないし28年時点において,「ウィン・ラスベガス」や「ウ
ィン・マカオ」は,日本語のホテル予約サイトなどからも予約可能であり,
口コミなどでもこれらのホテルを高く評価するものが多数存在する(乙2
1,22)。
カWynnブランドが付されたナイトクラブが,アメリカ合衆国において,ナ
イトクラブとして第1位に選ばれたり,「Cluboftheyear」に指名され
たりしたこともある。
(5)原告は,平成22年9月7日に設立され,横浜市鶴見区に本店を置く株
式会社であり,飲食店業,クラブの経営等を目的とする。
そして,原告店舗「Wynn」は,同年11月頃に横浜市中区でオープンし
たいわゆるキャバクラであり,原告店舗の看板には,原告標章(「Wynn」
の文字が金色の筆記体で記載され,末尾の文字「n」の右端部分が長く伸ば
されているもの)が用いられている(甲3,乙30の1ないし4,乙3
1)。原告標章の外観は,Wynnロゴマークに極めて類似している。このほ
か,原告は,チラシや原告ウェブサイト上でも,上記と同じ態様で原告標
章を用いている。
原告は,平成24年2月23日,本件ドメイン名をJPRSに登録した。
(6)原告は,平成27年7月末頃,被告から,本件ドメイン名の使用の中止
等を求める旨の通知書2通(甲2の1及び2,乙36の1,37の1)を
受け取ったが,何ら応答しなかった。
また,原告が取得した本件ドメイン名をURLとする原告ウェブサイト
は,平成27年6月から平成28年1月にかけては,「現在,このサイト
は工事中です。」との記載がされており,何ら利用されていなかった。
その後,被告は,同月26日頃,日本知的財産仲裁センターに紛争処理
の申立てをし,同年3月25日付けで裁定があったところ,原告ウェブサ
イトは,裁定後である同年4月3日当時は利用されていた。
2原告の図利加害目的の有無について
(1)本件において,原告が不正競争防止法2条1項13号所定の「不正の利
益を得る目的」ないし「他人に損害を加える目的」を有していたか否かに
ついては,他人の特定商品等表示(Wynnブランド)の性質,その周知性・
著名性の程度,本件ドメイン名についての原告の権利や正当な利益の有無,
原告による本件ドメイン名の登録の経緯・使用状況など,本件における諸
般の事情を踏まえて総合的に判断すべきである。
(2)Wynnブランドの周知性について
ア前記1(1)ないし(4)で認定した諸事実(被告の我が国での商標登録や,
各種広告宣伝活動を含む。)からすれば,被告WynnグループのWynnブラン
ド(被告が我が国において商標登録を受けた被告商標を含む。)は,我が
国においても,「ウィン・ラスベガス」や「ウィン・マカオ」などのホテ
ルを中心としたブランドを表すものとして使用されていると認められる。
イそして,我が国においても海外旅行をする者は多いし,実際に海外旅
行に行かなくとも旅行関連の書籍を読むことはあり得る。そして,前記
1(4)のとおり,海外旅行先満足度調査においてラスベガスは総合2位に
なったことがあるほどの人気の旅行先であり,代表的な旅行本といえる
「るるぶ」や「地球の歩き方」のうちラスベガスに関するものでは,平
成17年頃以降,ホテル「ウィン・ラスベガス」が必ず採り上げられ,
マカオのホテル「ウィン・マカオ」についても,平成19年頃以降はこ
れらの旅行本で同様に採り上げられ,その際にも,単なるカジノではな
く,豪華な客室やレストラン,ショッピングセンターなどを備え,ショ
ーを上演するなど総合的リゾート施設として採り上げられている。
以上のほか,前記1(1)ないし(4)の各認定事実を総合的に考慮すると,
被告WynnグループのWynnブランドは,同ブランドのリゾート施設事業が
行われている地域はもとより,我が国においても,様々な広告宣伝等に
より,遅くとも原告が原告標章の使用を開始した平成22年11月頃に
は,海外旅行やホテル,リゾート施設等に関心を有する需要者の間では
周知となっていたものであり,現時点でも引き続き周知であるものと認
められる。
ウこれに対し,原告は,被告指摘の本や雑誌についてはラスベガスやマ
カオに旅行する一部の海外旅行者だけが読むにすぎず,一般人が読むわ
けではなく,またカジノやパチンコに関する記事を載せた雑誌に至って
は,ごく一部の者が読むだけであること,日本国内に「Wynn」のホテ
ル・リゾート施設はなく,特段宣伝もされていないこと等からすれば,
被告WynnグループのWynnブランドは我が国において周知ではなく,被告
商標が登録された平成24年6月29日以降になって,ようやく被告は
日本国内においてWynn関連商標について正当な利益を有するに至ったに
すぎない旨主張する。
しかし,被告が提出した書籍等は,ごく一部を除き,海外旅行等に関
心を有する一般的な読者が読む内容のものであって,ごく限定的な者し
か読まないような内容のものではない。
そして,前記イのとおり,我が国においても海外旅行者が多く,特に
ラスベガスは人気の旅行先であること,ラスベガスやマカオに関する旅
行本では,ホテル「ウィン・ラスベガス」や「ウィン・マカオ」が頻繁
に紹介され,その際に,単なるカジノではなく総合的リゾート施設とし
て紹介されていること等からすれば,確かに日本国内にWynnブランドの
ホテルやリゾート施設はないものの,Wynnブランドは,様々な広告宣伝
等により,遅くとも原告店舗「Wynn」が出店され,原告標章の使用が開
始された平成22年11月頃には,Wynnブランドのリゾート施設事業が
行われている地域はもとより,我が国においても,海外旅行やホテル,
リゾート施設等に関心を有する需要者の間では周知であったというべき
である。
(3)原告の図利加害目的について
ア「Wynn」はAの姓であり,普通名詞ではない上,同じ「ウィン」とい
う読み方でも異なるアルファベットの組合せ(「Win」)もあり,
「Wynn」との文字列がありふれたものとはいえない。
また,原告は,「Wynn」に関して何ら商標権を有していない上,原告
の商号は「株式会社クロエ」で,原告代表者の氏名は「B」であって,
原告が店舗を開設する上であえて「Wynn」なる標章を使用することや,
同文字列を要部とする本件ドメイン名を取得することについて正当な理
由等があるとは認められない。現に,原告は,原告店舗の表示や本件ド
メイン名に「Wynn」なる名称を採用するに至った正当な理由をこれまで
全く明らかにしていない。
それにもかかわらず,原告は,平成22年11月頃,原告店舗を
「Wynn」と命名しているところ,原告による同文字列の選択がWynnブラ
ンドとは関係がない単なる偶然であるとは解し難い。かえって,前記認
定事実のとおり,原告店舗の看板には「Wynn」の文字が金色の筆記体で
記載され,末尾の「n」の右端部分が長く伸ばされており(乙30の1な
いし4参照),その外観はWynnロゴマークに極めて類似するものである
し,原告は,「Wynn」の文字列(原告標章)を,チラシや原告ウェブサ
イト上でも,上記同様の態様で用いていること等も考慮すれば,原告は
Wynnブランドに依拠して原告店舗に「Wynn」の名称を付したものと優に
推認される。
また,前記認定のとおり,被告Wynnグループが展開するホテルは大規
模な高級リゾート施設というべきものであり,そのようなものとして世
界的に高い評価を受けているところ,原告が営む原告店舗はそれとは全
く規模等も異なるいわゆるキャバクラ店舗である。
なお,原告は,「WYNN.CO.JP」なる本件ドメイン名を登録し,これを
保有してきたが,他方で,同ドメイン名をURLとする原告ウェブサイ
トにおいては,少なくとも平成27年6月から平成28年1月にかけて
「現在,このサイトは工事中です。」との記載がされていた。この点に
関し,原告は,被告から通知書(甲2の1及び2,乙36の1,37の
1)が届き,そこに本件ドメイン名を使用していると刑事罰の対象とな
り得ると記載されており,怖くなったため使用を中止したと主張するが,
上記通知書が原告に届いたのは平成27年7月末頃であるから,実際に
は,原告が被告から上記通知書を受領する前から,原告ウェブサイトは
実質的に使用されていなかったものである。
イ以上の諸事情,とりわけ,①Wynnブランドが,既に原告標章の使用開始
時期(平成22年11月頃)には,Wynnブランドのリゾート施設事業が行
われている地域はもとより,我が国においても,海外旅行やホテル,リゾ
ート施設等に関心を有する需要者の間において周知であったこと,②
「Wynn」なる名称はありふれたものではないところ,原告があえてそのよ
うな名称を原告店舗の表示や本件ドメイン名に採用するに至った正当な理
由は見受けられないこと,③原告が使用する原告標章の外観は,Wynnロゴ
マークに極めて類似するものであること,④被告Wynnグループが展開する
ホテルは大規模な高級リゾート施設として世界的に高い評価を受けている
ところ,原告が営む原告店舗はそれとは全く異なるいわゆるキャバクラ店
舗であること等の事情に照らせば,原告は,被告WynnグループのWynnブラ
ンドが有する高い知名度等を利用して自己の利益を不当に図ると共に,
Wynnブランドが有する高い評価を希釈化して同ブランドの価値を害する目
的を有していたものと評価せざるを得ないから,原告には,不正競争防止
法2条1項13号所定の「不正の利益を得る目的」ないし「他人に損害を
加える目的」があったものと認められる。
ウこれに対し,原告は,被告が我が国においてWynn関連商標を取得する以
前から「Wynn」なる文字列(原告標章)を使用してきたから,原告には
「不正の利益を得る目的」などないと主張する。
しかし,前記(2)のとおり,原告が原告標章の使用を開始する以前から,
既に被告WynnグループのWynnブランドは我が国においても需要者の間で周
知であったといえるから,原告標章の使用開始時期と被告商標の登録時期
との先後を問題とすることは意味がない。なお,仮にWynnブランドが,原
告標章の使用開始時期(平成22年11月頃)において未だ日本国内で周
知とまではいえなかったとしても,前記認定事実によれば,少なくとも被
告商標はその時期までに相当程度の知名度を獲得していたものであるから,
前記アの諸事情に照らせば,原告がそのような知名度を利用して不正の利
益を得る目的を有していたことは明らかである。
また,原告は,原告店舗を訪れる顧客は多く,横浜市やその周辺地域で
は原告店舗は「Wynn」との名称で広く認識されていること,原告店舗は,
芸術的,文化的な香りを持つとして高く評価されていることなどを主張す
る。
しかし,これらの事情は,単に原告が原告標章を一定期間用いてきたこ
との結果にすぎず,原告の「不正の利益を得る目的」の有無とは関係のな
い事情というべきであるし,前記認定のとおり,被告Wynnグループが展開
するホテルは,大規模な高級リゾート施設として世界的に高い評価を受け
ているところ,原告が営む原告店舗は,それとは全く規模等も異なるいわ
ゆるキャバクラ店舗であって,被告WynnグループのWynnブランドとは相容
れない性格のものであることに変わりはないから,原告の「他人に損害を
加える目的」を否定することもできない。
したがって,原告の上記主張はいずれも採用できない。
3結論
以上によれば,原告による本件ドメイン名の取得等は,「不正の利益を得る
目的」ないし「他人に損害を加える目的」でされたものであって,被告に対す
る関係で,不正競争防止法2条1項13号所定の不正競争行為に該当するから,
被告は,原告に対し,本件ドメイン名の使用について同法3条1項所定の差止
請求権を有するものである。
したがって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文の
とおり判決する。
東京地方裁判所民事第47部
裁判長裁判官沖中康人
裁判官矢口俊哉
裁判官村井美喜子

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