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令和2年8月26日判決言渡
令和元年(行ケ)第10155号審決取消請求事件
口頭弁論終結日令和2年7月15日
判決
原告エイワイファーマ株式会社
同訴訟代理人弁護士川田篤
井上義隆
被告株式会社大塚製薬工場
同訴訟代理人弁護士設樂隆一
塚原朋一
佐藤慧太
同訴訟代理人弁理士長谷川芳樹
清水義憲
田村明照
今村玲英子
吉住和之
同訴訟復代理人弁護士松阪絵里佳
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2018-800128号事件について令和元年10月7日にした
審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,特許無効審判請求に対する不成立審決の取消訴訟である。争点は,特許
法29条の2違反についての認定の誤りの有無である。
1手続の経緯
被告は,平成14年1月16日(以下「本件出願日」という。),発明の名称を「含
硫化合物と微量金属元素を含む輸液製剤」とする発明について,特許出願(特願2
002-7821号)をし,平成20年8月15日,特許第4171216号とし
て特許権の設定登録(請求項の数11)を受けた(以下,この特許を「本件特許」
という。)。
原告は,平成30年10月23日,本件特許の無効審判請求をし,被告は平成3
1年2月19日に本件特許の特許請求の範囲についての訂正請求(以下「本件訂正」
という。)をした。
特許庁は,上記無効審判請求を無効2018-800128号事件として審理し,
令和元年10月7日,本件訂正を認めた上,「本件審判の請求は,成り立たない。」
との審決をし,同審決謄本は,同月21日に原告に送達された。
2本件発明の要旨(甲28の1・2)
本件訂正後の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,請求項に係る
発明を,それぞれの請求項の番号に応じて「本件発明1」などといい,併せて「本
件発明」という。また,本件特許の明細書及び図面を併せて「本件明細書」という。)。
【請求項1】
外部からの押圧によって連通可能な隔壁手段で区画されている複数の室を有する
輸液容器において,その一室に含硫アミノ酸および亜硫酸塩からなる群より選ばれ
る少なくとも1種を含有する溶液が充填され,他の室に鉄,マンガンおよび銅から
なる群より選ばれる少なくとも1種の微量金属元素を含む液が収容された微量金属
元素収容容器が収納されており,微量金属元素収容容器は熱可塑性樹脂フィルム製
の袋であることを特徴とする輸液製剤であって,
前記溶液は,アセチルシステインを含むアミノ酸輸液であり,
前記輸液容器は,ガスバリヤー性外袋に収納されており,
前記外袋内の酸素を取り除いた,
輸液製剤。
【請求項2】
外部からの押圧によって連通可能な隔壁手段で区画されている複数の室を有する
輸液容器において,その一室に含硫アミノ酸および亜硫酸塩からなる群より選ばれ
る少なくとも1種を含有する溶液が充填され,他の室に銅を含む液が収容された微
量金属元素収容容器が収納されており,微量金属元素収容容器は熱可塑性樹脂フィ
ルム製の袋であることを特徴とする輸液製剤であって,
前記溶液は,システイン,またはその塩,エステルもしくはN-アシル体,及び
亜硫酸塩を含むアミノ酸輸液であり,
前記輸液容器は,ガスバリヤー性外袋に収納されている,
輸液製剤。
【請求項3】
微量金属元素収容容器が収納されている第1室と,含硫アミノ酸および亜硫酸塩
からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する溶液が充填されている第2室と
が,連通可能な隔壁手段を介して隣接していることを特徴とする請求項1または2
に記載の輸液製剤。
【請求項4】
外部からの押圧によって連通可能な隔壁手段で区画されている複数の室を有する
輸液容器において,その一室に含硫アミノ酸および亜硫酸塩からなる群より選ばれ
る少なくとも1種を含有する溶液が充填され,他の室に銅を含む液が収容された微
量金属元素収容容器が収納されており,微量金属元素収容容器を収納している室に,
糖質輸液または/および電解質輸液が充填されていることを特徴とする輸液製剤で
あって,
前記溶液は,アセチルシステインを含むアミノ酸輸液であり,
前記輸液容器は,ガスバリヤー性外袋に収納されており,
前記外袋内の酸素を取り除いた,
輸液製剤。
【請求項5】
第1室または第2室に,ビタミン収容容器が収納されていることを特徴とする請
求項3または4に記載の輸液製剤。
【請求項6】
微量金属元素収容容器またはビタミン収容容器と,それを収納している室とが,
外部からの押圧によって連通可能であることを特徴とする請求項1~5に記載の輸
液製剤。
【請求項7】
第1室または第2室に充填されている溶液が,さらにビタミンを含有しているこ
とを特徴とする請求項3~5に記載の輸液製剤。
【請求項8】
複数の全ての室および収容容器を,外部からの押圧によって連通させて得られる
薬液混合物の成分組成が,ブドウ糖50~400g/L,L-ロイシン0.8~1
0.0g/L,L-イソロイシン0~7.0g/L,L-バリン0.3~8.0g
/L,L-リジン0.5~7.0g/L,L-スレオニン0.3~4.0g/L,
L-トリプトファン0.08~1.5g/L,L-メチオニン0.2~4.0g/
L,L-フェニルアラニン0.4~6.0g/L,L-システイン0.03~1.
0g/L,L-チロシン0.02~1.0g/L,L-アルギニン0.5~7.0
g/L,L-ヒスチジン0.3~4.0g/L,L-アラニン0.4~7.0g/
L,L-プロリン0.2~5.0g/L,L-セリン0~3.0g/L,グリシン
0.3~6.0g/L,L-アスパラギン酸0~2.0g/L,L-グルタミン酸
0~3.0g/L,ナトリウム20~80mEq/L,カリウム10~40mEq
/L,マグネシウム2~20mEq/L,カルシウム2~20mEq/L,リン2
~20mmol/L,塩素20~80mEq/L,鉄2~200μmol/L,銅
0.5~40μmol/L,マンガン0~10μmol/L,亜鉛2~300μm
ol/L,ヨウ素0~5μmol/Lであることを特徴とする請求項2に記載の輸
液製剤。
【請求項9】
さらに,ビタミンB10.4~30mg/L,ビタミンB20.5~6.0mg/
L,ビタミンB60.5~8.0mg/L,ビタミンB120.5~20μg/L,ニ
コチン酸類5~80mg/L,パントテン酸類1.5~35mg/L,葉酸50~
800μg/L,ビタミンC12~200mg/L,ビタミンA400~6500
IU/L,ビタミンD0.5~10μg/L,ビタミンE1.0~20mg/L,
ビタミンK0.2~4mg/L,ビオチン5~120μg/Lを含有することを特
徴とする請求項8に記載の輸液製剤。
【請求項10】
複室輸液製剤の輸液容器において,含硫アミノ酸および亜硫酸塩からなる群より
選ばれる少なくとも1種を含有する溶液を収容している室と別室に鉄,マンガンお
よび銅からなる群より選ばれる少なくとも1種の微量金属元素を含む液が収容され
た微量金属元素収容容器を収納し,微量金属元素収容容器は熱可塑性樹脂フィルム
製の袋であることを特徴とする輸液製剤の保存安定化方法であって,
前記溶液は,アセチルシステインを含むアミノ酸輸液であり,
前記輸液容器は,ガスバリヤー性外袋に収納されており,
前記外袋内の酸素を取り除いた,
保存安定化方法。
【請求項11】
複室輸液製剤の輸液容器において,含硫アミノ酸および亜硫酸塩からなる群より
選ばれる少なくとも1種を含有する溶液を収容している室と別室に銅を含む液が収
容された微量金属元素収容容器を収納し,微量金属元素収容容器は熱可塑性樹脂フ
ィルム製の袋であることを特徴とする輸液製剤の保存安定化方法であって,
前記溶液は,システイン,またはその塩,エステルもしくはN-アシル体,及び
亜硫酸塩を含むアミノ酸輸液であり,
前記輸液容器は,ガスバリヤー性外袋に収納されている,
保存安定化方法。
3審決の理由の要点
(1)原告が主張する無効理由
本件発明は,本件出願日前の他の特許出願であって,本件出願日後に出願公開さ
れたものの願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面である甲1(特
願2001-278664号)に記載された発明と同一であり,特許を受けること
ができないものであるから,本件特許は,特許法29条の2に違反してされたもの
で同法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである。
(2)甲1に記載された発明の認定
甲1には,輸液製剤に係る発明(以下「甲1輸液製剤発明」という。)として,以
下のアのものが,輸液製剤の保存安定化方法に係る発明(以下「甲1輸液製剤の保
存安定化方法発明」といい,甲1輸液製剤発明と甲1輸液製剤の保存安定化方法発
明を併せて「甲1発明」という。)として,以下のイのものが,それぞれ記載されて
いる。
ア甲1輸液製剤発明
「複室容器が,複数の収容室を有する容器本体と,複数の区画室を有して収容室に
収容された収容容器とからなり,収容室にはアミノ酸或いはアミノ酸及び電解質含
有液が収容され,別の収容室には糖或いは糖及び電解質含有液が収容され,該別の
収容室に収容された複数の区画室には,少なくとも2種以上のビタミンが,少なく
とも一部のビタミンを他のビタミンと隔離するように,別々に収容され,他のビタ
ミンの一部がさらに収容室に収容されていてもよく該複室容器の容器本体では,複
数の収容室間が容器壁の内壁面同士を剥離可能に熱溶着した弱シールからなる仕切
部により仕切られていて,上下両端を含む周囲が密封シール部により密封されてお
り,上記糖含有液及びアミノ酸含有液には,鉄,銅,亜鉛,マンガン,ヨウ素など
の微量元素が含有されている輸液製剤」
イ甲1輸液製剤の保存安定化方法発明
「複室容器が,複数の収容室を有する容器本体と,複数の区画室を有して収容室に
収容された収容容器とからなり,収容室にはアミノ酸或いはアミノ酸及び電解質含
有液が収容され,別の収容室には糖或いは糖及び電解質含有液が収容され,該別の
収容室に収容された複数の区画室には,少なくとも2種以上のビタミンが,少なく
とも一部のビタミンを他のビタミンと隔離するように,別々に収容され,他のビタ
ミンの一部がさらに収容室に収容されていてもよく該複室容器の容器本体では,複
数の収容室間が容器壁の内壁面同士を剥離可能に熱溶着した弱シールからなる仕切
部により仕切られていて,上下両端を含む周囲が密封シール部により密封されてお
り,上記糖含有液及びアミノ酸含有液には,鉄,銅,亜鉛,マンガン,ヨウ素など
の微量元素が含有されている輸液製剤の保存安定化方法」
(3)本件発明1と甲1輸液製剤発明との対比及び判断
ア対比
(一致点)
「外部からの押圧によって連通可能な隔壁手段で区画されている複数の室を有す
る輸液容器において,その一室にアミノ酸を含有する溶液が充填され,他の室に収
容容器が収納されており,上記輸液容器には,鉄,マンガンおよび銅を含む群より
選ばれる少なくとも1種の微量金属元素を含む液が収容された輸液製剤」に関する
ものである点。
(相違点1-1)
微量金属元素を含む液の収容場所及び収容容器について,本件発明1においては,
含硫アミノ酸および亜硫酸塩からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する溶
液が充填されている室とは他の室に収納された微量金属元素収容容器に収容されて
おり,微量金属元素収容容器は熱可塑性樹脂フィルム製の袋であることが特定され
ているのに対して,甲1輸液製剤発明は,アミノ酸を含有する溶液が充填された収
容室とは他の収容室に複数の区画室(収容容器)が収納されているものの,微量金
属元素の収容場所は特定されておらず,複数の区画室(収容容器)の材質及び形態
も不明である点。
(相違点1-2)
複数の室に存在させる成分に関して,本件発明1は,その一室に含まれる溶液が
アセチルシステインを含むアミノ酸輸液であり,他の室に鉄,マンガンおよび銅か
らなる群より選ばれる少なくとも1種の微量金属元素を含む液が収容された微量金
属元素収容容器が収納されているのに対して,甲1輸液製剤発明では,アミノ酸或
いはアミノ酸及び電解質含有液が一方の収容室に収容され,複数の区画室(収容容
器)には,少なくとも2種以上のビタミンが,少なくとも一部のビタミンを他のビ
タミンと隔離するように,別々に収容され,他のビタミンの一部がさらに収容室に
収容されていてもよいことが特定されている点。
(相違点1-3)
本件発明1では,輸液製剤は,輸液容器が,ガスバリヤー性外袋に収納されてお
り,前記外袋内の酸素を取り除いたものであるのに対して,甲1輸液製剤発明では,
そのような特定のない点。
イ判断
(ア)相違点1-1について
甲1には,鉄,マンガンおよび銅からなる群より選ばれる少なくとも1種の微量
金属元素を含む液の収容場所及び収容容器の材質について記載されているとはいえ
ず,本件出願日の技術常識を考慮しても,微量金属元素を含む液の収容場所が記載
されているに等しい事項であるとはいえない上,当該微量金属元素を含む液の収容
容器が熱可塑性樹脂フィルム製の袋であることも記載されているに等しい事項であ
るとはいえない。
また,本件発明1は,鉄,マンガン及び銅からなる群より選ばれる少なくとも1
種の微量金属元素を含む液の収容場所を,アセチルシステインを含むアミノ酸輸液
と隔離して別の空間に保存することを技術思想とするものであるのに対して,甲1
輸液製剤発明は,異なるビタミンを適切なpHでそれぞれ保管するために別の空間
で保存することを技術思想とするもので,両者の技術思想は異なっており,本件明
細書の段落【0014】,【0052】~【0066】を踏まえると,相違点1-1
は,課題解決のための具体化手段の微差であって,新たな効果を奏するものではな
いとはいえない。
したがって,相違点1-1は,実質的な相違点である。
(イ)相違点1-2について
a甲1の段落【0022】~【0024】,【0040】,【0045】,
【0047】及び【図1】からすると,甲1の区画室は,少なくとも一部のビタミン
と他のビタミンとが隔離されるように収容するためのものであり,微量金属元素に
限定して使用されるものではなく,甲1において,区画室とアミノ酸含有液との位
置関係は特定されていない。
また,甲1には,アミノ酸含有液と微量金属元素溶液の位置関係を限定するよう
な技術思想は開示されていない。
したがって,その一室に含まれる溶液がアミノ酸輸液であり,他の室に鉄,マン
ガンおよび銅からなる群より選ばれる少なくとも1種の微量金属元素を含む液が収
容された微量金属元素収容容器が収納されているという本件発明1の構成が,甲1
に記載されているに等しい事項とはいえない。
b甲1では,収容室5に収容するアミノ酸含有液としても,段落【0
023】にL-システインが多くの選択肢の一例として挙げられているだけで,ア
セチルシステインを含むアミノ酸輸液に関する記載は全くなく,本件出願日の技術
常識を考慮しても記載されているに等しい事項とはいえない。
c前記(ア)のとおり,本件発明1と甲1輸液製剤発明は,技術思想を異
にしており,相違点1-2に係る本件発明1の構成が,課題解決のための具体化手
段の微差であって,新たな効果を奏するものではないとはいえない。
dしたがって,相違点1-2は,実質的な相違点である。
(ウ)相違点1-3について
甲1には,本件発明1の特定事項である,輸液容器がガスバリヤー性外袋に収納
されている点や外袋内の酸素を取り除いた点については直接の記載はなく,段落【0
036】も,ビタミンの種類によっては,輸液容器の容器内壁面への吸着や区画室
又は収容室のガス透過性を低下するための樹脂層又は非樹脂層の積層手段の採用に
関して記載されているにすぎず,本件出願日の技術常識を考慮しても,甲1輸液製
剤発明において,輸液容器が,ガスバリヤー性外袋に収納されている点や,外袋内
の酸素を取り除いた点が記載されているに等しい事項であるとはいえない。
また,前記(ア)のとおり,本件発明1と甲1輸液製剤発明は,技術思想を異にして
おり,相違点1-3に係る本件発明1の構成が,課題解決のための具体化手段の微
差であって,新たな効果を奏するものではないとはいえない。
したがって,相違点1-3は,実質的な相違点である。
(エ)小括
以上からすると,甲1輸液製剤発明は,本件発明1と同一ではない。
(4)本件発明2と甲1輸液製剤発明との対比及び判断
ア対比
(一致点)
「外部からの押圧によって連通可能な隔壁手段で区画されている複数の室を有す
る輸液容器において,その一室にアミノ酸を含有する溶液が充填され,他の室に収
容容器が収納されており,上記輸液容器には,銅を含む液が収容された輸液製剤」
に関するものである点。
(相違点2-1)
銅を含む液の収容場所及び収容容器について,本件発明2においては,含硫アミ
ノ酸および亜硫酸塩からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する溶液が充填
されている室とは他の室に収容された微量金属元素収容容器に収納されており,微
量金属元素収容容器は熱可塑性樹脂フィルム製の袋であることが特定されているの
に対して,甲1輸液製剤発明は,アミノ酸を含有する溶液が充填された収容室とは
他の収容室に複数の区画室が収納されているものの,銅の収容場所は特定されてお
らず,複数の区画室の材質及び形態も不明である点。
(相違点2-2)
複数の室に存在させる成分に関して,本件発明2は,その一室に含まれる溶液が
システイン,またはその塩,エステルもしくはN-アシル体,及び亜硫酸塩を含む
アミノ酸輸液であり,他の室に銅を含む液が収容された微量金属元素収容容器が収
納されているのに対して,甲1輸液製剤発明では,アミノ酸或いはアミノ酸及び電
解質含有液が一方の収容室に収容され,複数の区画室には,少なくとも2種以上の
ビタミンが,少なくとも一部のビタミンを他のビタミンと隔離するように,別々に
収容され,他のビタミンの一部がさらに収容室に収容されていてもよいことが特定
されている点。
(相違点2-3)
本件発明2は,輸液製剤が,輸液容器が,ガスバリヤー性外袋に収納されているの
に対して,甲1輸液製剤発明では,そのような特定のない点。
イ判断
(ア)相違点2-1及び相違点2-3について
前記(3)イ(ア)(ウ)で検討したのと同様に,相違点2-1及び相違点2-3は実質
的な相違点である。
(イ)相違点2-2について
前記(3)イ(イ)で検討したところに加えて,甲1には,収容室5に収容するアミノ
酸含有液として,段落【0023】にL-システインが多くの選択肢の一例として
挙げられているだけで,本件発明2にある「システイン・・・,及び亜硫酸塩を含
むアミノ酸輸液」に関する記載はなく,本件出願日の技術常識を考慮しても記載さ
れているに等しい事項とはいえないから,相違点2-2は実質的な相違点である。
(ウ)小括
以上からすると,甲1輸液製剤発明は,本件発明2と同一ではない。
(5)本件発明3と甲1輸液製剤発明との対比及び判断
ア対比
本件発明3(本件発明3のうち,本件発明1を引用する発明を「本件発明3-1」
といい,本件発明2を引用する発明を「本件発明3-2」という。)と甲1輸液製剤
発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。
(一致点)
「外部からの押圧によって連通可能な隔壁手段で区画されている複数の室を有す
る輸液容器において,第1室に収容容器が収納されており,第2室にアミノ酸を含
有する溶液が充填され,第1室と第2室とが,連通可能な隔壁手段を介して隣接し
ており,上記輸液容器には,本件発明3-1との対比においては,鉄,マンガンお
よび銅を含む群より選ばれる少なくとも1種の微量金属元素,本件発明3-2との
対比においては銅を含む液が収容された輸液製剤」に関するものである点。
(相違点3-1)
微量金属元素を含む液の収容場所及び収容容器について,本件発明3においては,
含硫アミノ酸および亜硫酸塩からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する溶
液が充填されている第2室と微量金属元素収容容器が収納されている第1室と特定
されており,微量金属元素収容容器は熱可塑性樹脂フィルム製の袋であることが特
定されているのに対して,甲1輸液製剤発明は,アミノ酸を含有する溶液が充填さ
れた収容室とは他の収容室に複数の区画室が収納されているものの,微量金属元素
の収容場所は特定されておらず,複数の区画室の材質及び形態も不明である点。
(相違点3-2)
複数の室に存在させる成分に関して,本件発明3-1は,その一室である第2室
に含まれる溶液がアセチルシステインを含むアミノ酸輸液,本件発明3-2は,シ
ステイン,またはその塩,エステルもしくはN-アシル体,及び亜硫酸塩を含むア
ミノ酸輸液であり,他の室である第1室に,本件発明3-1は,鉄,マンガンおよ
び銅からなる群より選ばれる少なくとも1種の微量金属元素,本件発明3-2は,
銅を含む液が収容された微量金属元素収容容器が収納されているのに対して,甲1
輸液製剤発明では,アミノ酸或いはアミノ酸及び電解質含有液が一方の収容室に収
容され,複数の区画室には,少なくとも2種以上のビタミンが,少なくとも一部の
ビタミンを他のビタミンと隔離するように,別々に収容され,他のビタミンの一部
がさらに収容室に収容されていてもよいことが特定されている点。
(相違点3-3)
本件発明3-1は,輸液製剤が,輸液容器が,ガスバリヤー性外袋に収納されて
おり,前記外袋内の酸素を取り除いたものであり,本件発明3-2は,輸液製剤が,
輸液容器が,ガスバリヤー性外袋に収納されているのに対して,甲1輸液製剤発明
では,そのような特定のない点。
イ判断
前記(3)イ,(4)イで検討したのと同様に,相違点3-1~相違点3-3は実質的
な相違点であり,甲1輸液製剤発明は,本件発明3と同一ではない。
(6)本件発明4と甲1輸液製剤発明との対比及び判断
ア対比
(一致点)
「外部からの押圧によって連通可能な隔壁手段で区画されている複数の室を有す
る輸液容器において,その一室にアミノ酸を含有する溶液が充填され,他の室に糖
を含有する溶液が充填され,該他の室に収容容器が収納されており,上記輸液容器
には,微量金属元素を含む液が収容された輸液製剤」である点。
(相違点4-1)
微量金属元素を含む液の収容場所について,本件発明4においては,含硫アミノ
酸および亜硫酸塩からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する溶液が充填さ
れている室とは他の室に収容された微量金属元素収容容器に収納されていることが
特定されているのに対して,甲1輸液製剤発明は,アミノ酸を含有する溶液が充填
された収容室とは他の収容室に複数の区画室が収納されているものの,微量金属元
素の収容場所は特定されていない点。
(相違点4-2)
複数の室に存在させる成分に関して,本件発明4は,その一室に含まれる溶液が
アセチルシステインを含むアミノ酸輸液であり,他の室に銅を含む液が収容された
微量金属元素収容容器が収納されているのに対して,甲1輸液製剤発明では,アミ
ノ酸或いはアミノ酸及び電解質含有液が一方の収容室に収容され,複数の区画室に
は,少なくとも2種以上のビタミンが,少なくとも一部のビタミンを他のビタミン
と隔離するように,別々に収容され,他のビタミンの一部がさらに収容室に収容さ
れていてもよいことが特定されている点。
(相違点4-3)
本件発明4は,輸液製剤が,輸液容器が,ガスバリヤー性外袋に収納されており,
前記外袋内の酸素を取り除いたものであるのに対して,甲1輸液製剤発明では,そ
のような特定のない点。
イ判断
前記(3)イで検討したのと同様に,相違点4-1~相違点4-3は実質的な相違
点であり,甲1輸液製剤発明は,本件発明4と同一ではない。
(7)本件発明5と甲1輸液製剤発明との対比及び判断
本件発明5と甲1輸液製剤発明との間には,前記(5),(6)の本件発明3,4と甲1
輸液製剤発明との間の各相違点に対応する相違点5-1~相違点5-3が存在し,
前記(5),(6)で検討したとおり,それらは実質的な相違点であるから,甲1輸液製剤
発明は,本件発明5と同一ではない。
(8)本件発明6と甲1輸液製剤発明との対比及び判断
本件発明6と甲1輸液製剤発明との間には,本件発明1~5と甲1輸液製剤発明
との対比において認定した各相違点に対応する相違点6-1~相違点6-3が存在
することに加えて,以下の相違点6-4が存在するが,前記(3)~(7)で検討したと
おり,相違点6-1~相違点6-3は,実質的な相違点であるから,甲1輸液製剤
発明は,本件発明6と同一ではない。
(相違点6-4)
本件発明6は,微量金属元素収容容器またはビタミン収容容器と,それを収納し
ている室とが,外部からの押圧によって連通可能であることを特定しているのに対
して,甲1輸液製剤発明においては,別の収容室に収容された複数の区画室には,
少なくとも2種以上のビタミンが,少なくとも一部のビタミンを他のビタミンと隔
離するように,別々に収容されているものの,外部からの押圧によって連通可能で
あることを特定はしていない点。
(9)本件発明7と甲1輸液製剤発明との対比及び判断
本件発明7と甲1輸液製剤発明との間には,前記(5)~(7)の本件発明3~5と甲
1輸液製剤発明との間の各相違点に対応する相違点7-1~相違点7-3が存在し,
前記(5)~(7)で検討したとおり,それらは実質的な相違点であるから,甲1輸液製
剤発明は,本件発明7と同一ではない。
(10)本件発明8と甲1輸液製剤発明との対比及び判断
ア対比
本件発明8と甲1輸液製剤発明とを対比すると,本件発明2と甲1輸液製剤発明
との対比において認定した相違点と同一の相違点8-1~相違点8-3が存在する
ことに加えて,以下の相違点8-4が存在する。
(相違点8-4)
本件発明8は,複数の全ての室および収容容器を,外部からの押圧によって連通
させて得られる薬液混合物の成分組成が,ブドウ糖50~400g/L,L-ロイ
シン0.8~10.0g/L,L-イソロイシン0~7.0g/L,L-バリン0.
3~8.0g/L,L-リジン0.5~7.0g/L,L-スレオニン0.3~4.
0g/L,L-トリプトファン0.08~1.5g/L,L-メチオニン0.2~
4.0g/L,L-フェニルアラニン0.4~6.0g/L,L-システイン0.
03~1.0g/L,L-チロシン0.02~1.0g/L,L-アルギニン0.
5~7.0g/L,L-ヒスチジン0.3~4.0g/L,L-アラニン0.4~
7.0g/L,L-プロリン0.2~5.0g/L,L-セリン0~3.0g/L,
グリシン0.3~6.0g/L,L-アスパラギン酸0~2.0g/L,L-グル
タミン酸0~3.0g/L,ナトリウム20~80mEq/L,カリウム10~4
0mEq/L,マグネシウム2~20mEq/L,カルシウム2~20mEq/L,
リン2~20mmol/L,塩素20~80mEq/L,鉄2~200μmol/
L,銅0.5~40μmol/L,マンガン0~10μmol/L,亜鉛2~30
0μmol/L,ヨウ素0~5μmol/Lであることを特定しているのに対して,
甲1輸液製剤発明においては,複室容器の複数の収容室と複数の区画室に対して,
外部からの押圧によって連通させて得られる薬液混合物の成分組成を特定はしてい
ない点。
イ判断
相違点8-4に関して,甲1には,【図1】に示された輸液容器を用いた実施例1
について,糖含有液(段落【0056】),アミノ酸含有液(段落【0057】),ビ
タミン含有液(段落【0058】)の配合量の記載が存在し,実施形態の段落【00
25】に微量元素の含有量の記載が存在している。しかし,甲1輸液製剤発明は,
甲1の【図5】及び【図6】の実施形態を前提とするものであるところ,【図5】及
び【図6】の収容室23及び収容室24並びに収容容器30に収容されている具体
的成分組成の記載は甲1に存在せず,甲1にそれらが記載されているとはいえない。
また,前記(4)イで検討したところからすると,相違点8-1~相違点8-3は,
実質的な相違点である。
したがって,甲1輸液製剤発明は,本件発明8と同一ではない。
(11)本件発明9と甲1輸液製剤発明との対比及び判断
ア対比
本件発明9と甲1輸液製剤発明とを対比すると,本件発明2と甲1輸液製剤発明
との対比において認定した相違点と同一の相違点9-1~相違点9-3が存在する
ことに加えて,以下の相違点9-4が存在する。
(相違点9-4)
本件発明9は,複数の全ての室および収容容器を,外部からの押圧によって連通
させて得られる薬液混合物の成分組成が,ブドウ糖50~400g/L,L-ロイ
シン0.8~10.0g/L,L-イソロイシン0~7.0g/L,L-バリン0.
3~8.0g/L,L-リジン0.5~7.0g/L,L-スレオニン0.3~4.
0g/L,L-トリプトファン0.08~1.5g/L,L-メチオニン0.2~
4.0g/L,L-フェニルアラニン0.4~6.0g/L,L-システイン0.
03~1.0g/L,L-チロシン0.02~1.0g/L,L-アルギニン0.
5~7.0g/L,L-ヒスチジン0.3~4.0g/L,L-アラニン0.4~
7.0g/L,L-プロリン0.2~5.0g/L,L-セリン0~3.0g/L,
グリシン0.3~6.0g/L,L-アスパラギン酸0~2.0g/L,L-グル
タミン酸0~3.0g/L,ナトリウム20~80mEq/L,カリウム10~4
0mEq/L,マグネシウム2~20mEq/L,カルシウム2~20mEq/L,
リン2~20mmol/L,塩素20~80mEq/L,鉄2~200μmol/
L,銅0.5~40μmol/L,マンガン0~10μmol/L,亜鉛2~30
0μmol/L,ヨウ素0~5μmol/L,であること,及びさらに,ビタミン
B10.4~30mg/L,ビタミンB20.5~6.0mg/L,ビタミンB60.
5~8.0mg/L,ビタミンB120.5~20μg/L,ニコチン酸類5~80
mg/L,パントテン酸類1.5~35mg/L,葉酸50~800μg/L,ビ
タミンC12~200mg/L,ビタミンA400~6500IU/L,ビタミン
D0.5~10μg/L,ビタミンE1.0~20mg/L,ビタミンK0.2~
4mg/L,ビオチン5~120μg/Lを含有することを特定しているのに対し
て,甲1輸液製剤発明においては,複室容器の複数の収容室と複数の区画室に対し
て,外部からの押圧によって連通させて得られる薬液混合物の成分組成を特定はし
ていない点。
イ判断
前記(4)イ,(10)イで検討したところに加え,実施例としてひとまとまりの成分組
成として記載された輸液製剤の成分組成のうち,ビタミンKという一成分に関して
だけ別の濃度に変更した成分組成の輸液製剤に係る発明が甲1に記載されていると
は認められないことからすると,相違点9-1~相違点9-4は実質的な相違点で
あり,甲1輸液製剤発明は,本件発明9と同一ではない。
(12)本件発明10と甲1輸液製剤の保存安定化方法発明との対比及び判断
ア対比
(一致点)
「複室輸液製剤の輸液容器において,アミノ酸を含有する溶液を収容している室
と別室に収容容器を収納し,上記輸液容器には,鉄,マンガンおよび銅を含む群よ
り選ばれる少なくとも1種の微量金属元素を含む液が収容された輸液製剤の保存安
定化方法」に関するものである点。
(相違点10-1)
微量金属元素を含む液の収容場所及び材質について,本件発明10においては,
含硫アミノ酸および亜硫酸塩からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する溶
液を収容している室と別室に収納された微量金属元素収容容器に収納されており,
微量金属元素収容容器は熱可塑性樹脂フィルム製の袋であることが特定されている
のに対して,甲1輸液製剤の保存安定化方法発明は,アミノ酸を含有する溶液が収
容された収容室とは別の収容室に複数の区画室(収容容器)が収納されているもの
の,微量金属元素の収容場所は特定されておらず,複数の区画室(収容容器)の材
質も不明である点。
(相違点10-2)
複室に存在させる成分に関して,本件発明10は,その一室に含まれる溶液がア
セチルシステインを含むアミノ酸輸液であり,別室に鉄,マンガンおよび銅からな
る群より選ばれる少なくとも1種の微量金属元素を含む液が収容された微量金属元
素収容容器が収納されているのに対して,甲1輸液製剤の保存安定化方法発明では,
アミノ酸或いはアミノ酸及び電解質含有液が一方の収容室に収容され,複数の区画
室(収容容器)には,少なくとも2種以上のビタミンが,少なくとも一部のビタミ
ンを他のビタミンと隔離するように,別々に収容され,他のビタミンの一部がさら
に収容室に収容されていてもよいことが特定されている点。
(相違点10-3)
本件発明10は,輸液製剤が,輸液容器が,ガスバリヤー性外袋に収納されてお
り,前記外袋内の酸素を取り除いたものであるのに対して,甲1輸液製剤の保存安
定化方法発明では,そのような特定のない点。
イ判断
相違点10-1~相違点10-3は,本件発明1と甲1輸液製剤発明との間の相
違点1-1~相違点1-3と実質的に同じであり,前記(3)イで検討したところに
照らすと,相違点10-1~相違点10-3は実質的な相違点であり,甲1輸液製
剤の保存安定化方法発明は,本件発明10と同一ではない。
(13)本件発明11と甲1輸液製剤の保存安定化方法発明との対比及び判断
ア対比
(一致点)
「複室輸液製剤の輸液容器において,アミノ酸を含有する溶液を収容している室
と別室に収容容器を収納し,上記輸液容器には,微量金属元素を含む液が収容され
た輸液製剤の保存安定化方法」に関するものである点。
(相違点11-1)
微量金属元素を含む液の収容場所及び材質について,本件発明11においては,
含硫アミノ酸および亜硫酸塩からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する溶
液が充填されている室とは別室に収容された微量金属元素収容容器に収納されてお
り,微量金属元素収容容器は熱可塑性樹脂フィルム製の袋であることが特定されて
いるのに対して,甲1輸液製剤の保存安定化方法発明は,アミノ酸を含有する溶液
が収容された収容室とは別の収容室に複数の区画室(収容容器)が収納されている
ものの,微量金属元素の収容場所は特定されておらず,複数の区画室(収容容器)
の材質も不明である点。
(相違点11-2)
複室に存在させる成分に関して,本件発明11は,その一室に含まれる溶液がシ
ステイン,またはその塩,エステルもしくはN-アシル体,及び亜硫酸塩を含むア
ミノ酸輸液であり,別室に銅を含む液が収容された微量金属元素収容容器が収納さ
れているのに対して,甲1輸液製剤の保存安定化方法発明では,アミノ酸或いはア
ミノ酸及び電解質含有液が一方の収容室に収容され,複数の区画室(収容容器)に
は,少なくとも2種以上のビタミンが,少なくとも一部のビタミンを他のビタミン
と隔離するように,別々に収容され,他のビタミンの一部がさらに収容室に収容さ
れていてもよいことが特定されている点。
(相違点11-3)
本件発明11は,輸液製剤が,輸液容器が,ガスバリヤー性外袋に収納されてい
るのに対して,甲1輸液製剤の保存安定化方法発明では,そのような特定のない点。
イ判断
相違点11-1~相違点11-3は,本件発明2と甲1輸液製剤発明との間の相
違点2-1~相違点2-3と実質的に同じであり,前記(4)イで検討したところに
照らすと,相違点11-1~相違点11-3は実質的な相違点であり,甲1輸液製
剤の保存安定化方法発明は,本件発明11と同一ではない。
第3原告主張の審決取消事由
1甲1輸液製剤発明の構成について
(1)以下のとおり,甲1の段落【0053】~【0055】並びに【図5】
及び【図6】に記載された構造(以下「構造5」という。)の容器について,その
区画室28に,鉄,銅,亜鉛,マンガンなどの微量金属元素を収容することが開示
されている。
ア甲1の【図1】に示された実施例(以下「構造1」という。)について述
べている段落【0048】に微量元素などを「一部の区画室」に収容することが記
載されている。構造5の容器については同旨の記載はないものの,それは繰り返し
を避けるために詳細な説明が省略されているにすぎない。そのことは,基本となる
構造1の実施形態と構造5の実施形態とにおいて,各「室」に収容する溶液の「概
要」に関して同一の書き方がされつつ,基本となる構造1の実施形態に限り,各「室」
に収容する溶液の「具体的成分等」に関して詳細に記載されていることからも明ら
かである。したがって,構造5の容器の区画室28についても,構造1の容器の区
画室と同様の微量元素を収容することが予定されているものと理解できる。
イ甲1の段落【0025】には,微量元素が鉄,銅,亜鉛,マンガンであ
ることなどが開示されているし,そこに記載された微量元素の各成分ごとの必要量
は,証拠(甲3[財団法人日本医薬情報センター編「医療薬日本医薬品集200
1(第24版)」,平成12年)に照らし,構造1の容器の区画室の容量と符合する。
そして,構造1の容器について述べた甲1の段落【0044】には,区画室とは,
特定の輸液の収容を目的とした室ではなく,その用途はビタミンの収容に限られず,
収容室に収容される糖やアミノ酸などの多量成分とを隔離して収容する微量成分の
ための室であることが明らかにされており,段落【0053】の記載からすると,
構造5の区画室28も甲1の段落【0048】に挙げられているビタミンなどの微
量元素を収容するという同じ機能を有するものと認められる。
ウ区画室28に,鉄,銅,マンガンなどの微量金属元素を収容すること
は,本件発明1の発明特定事項のうち,「課題を解決するための手段に係る発明特定
事項」ではなく,「解決すべき課題に係る発明特定事項」にすぎない。
(2)被告は,構造1の容器と構造5の容器とが異なる構成であると主張するが,
甲1は,輸液の投与時に必要となる輸液成分を安定的に保存することを可能とする
ために,各輸液成分を各「室」に隔離して収容する発明を開示するものであるから,
その投与時に必要となる混合後の輸液の具体的な成分は,構造1と構造5の容器に
おいて当然に同一とすることが予定されており,構造1の容器の区画室に収容され
る溶液と構造5の容器の区画室28に収容される溶液は同じものである。
また,被告の主張は,甲1に,微量元素の区画室28への収容に関する構成が記
載されているに等しいかどうかを問題としているにもかかわらず,糖含有液に「微
量元素」を含有させることができるとの甲1の段落【0025】の記載を理由とし
て,原告の主張が誤りであるとするもので,その点でも失当である。
(3)上記(1),(2)からすると,本件発明1に対応する甲1輸液製造発明の構
成は,以下のとおりとなる。
1―a外部からの押圧によって連通可能な隔壁手段(弱シール)で区画されてい
る「収容室23」及び「収容室24」を有する輸液容器である。
1-b「収容室23」に(含硫アミノ酸である)L-メチオニン及びL-システ
インを含有する溶液が充填されている。
1-c糖又は糖及び電解質含有液が収容されている「収容室24」に,鉄,マン
ガン,銅,ヨウ素などの微量金属元素を含む液が収容された「区画室28」と,ビ
タミン(液又は粉末)が収容された「区画室28」とが,それぞれ,収納されてい
る。
1-d「収容容器30」を構成する「区画室28」は,外部からの押圧によって,
これを収容している「収容室24」と連通可能である熱可塑性樹脂のフィルムから
なる袋である。
1-e輸液製剤である。
また,本件発明7,8又は9における本件発明1の付加的な構成に対応する甲1
輸液製剤発明の構成は,以下のとおりとなる。
7-a「収容室24」に充填されている「糖含有液」又は「収容室23」に充填
されている「アミノ酸含有液」は,更にビタミンを含有することができる。
8-a「収容室23」及び「収容室24」並びに「収容容器30」を構成する全
ての「区画室28」を,外部からの押圧によって連通させて得られる薬液の混合物
の成分組成が,
ブドウ糖約92g/L,
L-ロイシン約4.0~4.1g/L,
L-イソロイシン約2.3g/L,
L-バリン約2.3g/L,
L-リジン約4.3g/L,
L-スレオニン約1.6~1.7g/L,
L-トリプトファン約0.58g/L,
L-メチオニン約1.1g/L,
L-フェニルアラニン約2.0g/L,
L-システイン約0.29g/L,
L-チロシン約0.15g/L,
L-アルギニン約3.0g/L,
L-ヒスチジン約1.4g/L,
L-アラニン約2.3g/L,
L-プロリン約1.4g/L,
L-セリン約0.9g/L,
グリシン約1.7g/L,
L-アスパラギン酸約0.3g/L,
L-グルタミン酸約0.3g/L,
ナトリウム約47mEq/L,
カリウム約26mEq/L,
マグネシウム約10mEq/L,
カルシウム約4mEq/L,
リン約6mmol/L,
塩素約41mEq/L,
鉄約0~81μmol/L,
銅約0~12μmol/L,
マンガン約0~46μmol/L,
亜鉛約16~139μmol/L,
ヨウ素約0~2μmol/L
である。
9-a「収容室23」及び「収容室24」並びに「収容容器30」を構成する全
ての「区画室28」を,外部からの押圧によって連通させて得られる薬液の混合物
が,
ビタミンB1約4.5mg/L,
ビタミンB2約5.3mg/L,
ビタミンB6約5.6~5.7mg/L,
ビタミンB12約5.8μg/L,
ニコチン酸類約46mg/L,
パントテン酸類約16.1~16.2mg/L,
葉酸約461~463μg/L,
ビタミンC約115~116mg/L,
ビタミンA約3778~3795IU/L,
ビタミンD約5.8μg/L,
ビタミンE約11.5~11.6mg/L,
ビタミンK約5.8mg/L,
ビオチン約70μg/L
を含有する。
2取消事由1(本件発明1が甲1輸液製剤発明と同一ではないとした審決の認
定及び判断の誤り)
(1)相違点1-1の認定の誤り
ア前記1のとおり,甲1には,構造5の容器の区画室28に鉄,銅,亜鉛,
マンガンなどの微量金属元素を輸液の微量成分として収容することが開示されてい
る。
審決は,①甲1の構造1の容器の構造が,本件発明1の輸液容器のような「バッ
グ・イン・バッグ」構造ではないこと,②甲1の区画室は,各ビタミンを相互に分
離して最適なpHで保存するための「室」であり,微量元素を,含硫アミノ酸を含
有する溶液を収容する室と別の室にさらに収容容器を設けて保存するための構成と
して記載されているわけではないこと,③甲1の段落【0048】の記載は,ビタ
ミンを相互に異なる最適なpHで収容することを確保した前提において,残った空
間を収容室3,5と同様に,他の成分の収容場所に利用してもよいことに言及した
ものでありいずれかの場所に微量元素を限定して収容することを意味していないこ
と,④構造5の容器からなる輸液製剤の区画室28に微量元素を収容することは,
微量金属元素の不安定化防止という新たな技術的事項を導入するものであることを
理由に,相違点1-1を認定するが,以下のとおり,上記①~④は,いずれも理由
となるものではない。
(ア)理由①について
理由①は,構造5の容器からなる輸液製剤の区画室28に微量金属元素を収容す
ることが明記されていないという形式的な理由に基づいているにすぎない。
構造5の容器について記載が省略されているにすぎず,甲1に,構造5の容器の
区画室28に鉄,銅,亜鉛,マンガンなどの微量金属元素を輸液の微量成分として
収容することが開示されていると認められることは,前記1のとおりである。
(イ)理由②について
甲1に開示されている構造1,構造5を含む五つの構造の輸液容器からなる輸液
製剤の区画室は,前記1のとおり,「ビタミン」という特定の輸液の収容のみを目
的とした「室」ではなく,それ以外の微量成分である「微量元素」などを多量成分
から「隔離して収容」するための「室」でもあるから,理由②に係る審決の認定は
誤りである。
(ウ)理由③について
甲1の段落【0003】や【0043】からすると,構造5の容器からなる輸液
製剤では,ビタミンを収容する場所は区画室に限られるものではなく,他の収容室
の適宜の室に収容することが予定されている。
これに対して,「微量元素」については,証拠(甲3)から分かるとおり,ビタ
ミンのように安定的なpH領域の差異により区画室を分ける必要はなく,全てを単
一の「区画室」に収容すれば足り,微量元素を区画室に収容することを妨げる事情
はないから,構造5の容器において,微量元素を区画室28に入れることができる
ことについては,甲1の記載に接した当業者において,当然に認識し得ることであ
る。
(エ)理由④について
前記1のとおり,甲1には構造5も含めた全ての構造について,他の輸液成分と
隔離するために,区画室にビタミン,微量元素などの微量成分を収容することが記
載されている。
また,甲1には,構造5の容器からなる輸液製剤について,「糖或いは糖及び電
解質輸液」を収容した収容室24に区画室28を収納する構成によって,バッグ・
イン・バック構造とすることも記載されている。
したがって,甲1は,本件明細書に記載された「微量金属元素」の保存安定化を
実現した構成を既に備えるものであるから,このような構成を甲1の記載から認定
することにより,新たな技術的事項が導入されることはない。
イ審決は,甲1では区画室の材質及び形態が不明であると認定しているが,
甲1の段落【0053】,【0054】には,区画室28の構造として,①「熱溶
着した弱シール」が形成されていること及び②押圧により,区画室28の内圧を増
加させ,この弱シールを剥離させることにより,区画室28内の輸液を他の輸液と
混合させることが記載されている。また,証拠(甲4[日本薬局方(第14改正),
平成13年],甲8[泉雅満「栄養輸液用複室バッグキットの開発とその課題」フ
ァームテックジャパン16巻1号,平成12年])及び甲1の段落【0055】な
どからすると,甲1では,区画室28の材質として,ガスを透過する熱可塑性樹脂
であるポリエチレン,ポリプロピレン又はポリ塩化ビニルを用いることを当然に想
定しているといえる。
以上からすると,甲1輸液製剤発明の区画室28の材質及び形態は,「熱可塑性
樹脂フィルム製の袋」であることが甲1に記載されているに等しい事項である。そ
して,このことは,本件発明1の発明特定事項のうち,「課題を解決するための手
段に係る発明特定事項」ではなく,「解決すべき課題に係る発明特定事項」である。
ウ以上からすると,審決が相違点1-1を認定したことは誤りである。
(2)相違点1-2の認定の誤り
ア審決は,甲1輸液製剤発明における収容室23に収容するアミノ酸輸液
の成分について,アセチルシステインは開示されていないとし,甲1輸液製剤発明
と本件発明1との間において,相違点1-2が実質的な相違点として存在すると認
定している。
しかし,甲1は,段落【0023】,【0057】にアミノ酸輸液として「シス
テイン」(L-システイン)を含有することを記載している。
そして,証拠(甲5[特開昭59-16817号公報],甲6[特開平9-87
177号公報],甲7[岡田正=井村賢治「小児外科とアミノ酸輸液」医薬ジャー
ナル26巻8号,平成2年],甲9の5[P.SOCHA他「Hydrogensulfideinparenteral
amino-acidsolutions」ClinicalNutritionVol.15p34-35,1996年],甲
34[ドイツ連邦製薬産業連合会編「ROTELISTE」,1994年)及び本件明細書
の段落【0016】の「前記アミノ酸輸液としては,公知のものを用いてよい。例
えば,アミノ酸輸液中に含有されるアミノ酸としては,必須アミノ酸,非必須アミ
ノ酸および/またはこれらのアミノ酸の塩,エステルまたはN-アシル体」との記
載からすると,輸液製剤の分野において,システインとシステインをアセチル化し
たN-アシル(誘導)体であるアセチルシステインは有効成分として実質的に等価
なものとして周知であるから,甲1の段落【0023】にいう「一般的に輸液に使
用される・・・非必須アミノ酸」には,アセチルシステインが含まれる。
また,アミノ酸輸液にアセチルシステインが含まれることは,本件発明1の発明
特定事項のうち,「課題を解決するための手段に係る発明特定事項」ではなく,「解
決すべき課題に係る発明特定事項」にすぎない。
以上からすると,甲1には,構造5の容器からなる輸液製剤のアミノ酸輸液にア
セチルシステインを含有する構成が開示されているに等しいといえ,それを否定し
て相違点1-2を認定した審決の認定は誤りである。
イ被告は,アセチルシステインやシステインを含まない輸液製剤があると
主張するが,システインを含まないアミノ酸輸液が存在していることは,原告が主
張するアセチルシステインとシステインとの等価性を否定する理由にはならない。
糖・電解質輸液室及びアミノ酸輸液室を備えた2室バッグ構成の高カロリー輸液
製剤は,消化器系の手術などの後に自ら摂食することができない患者向けであるか
ら,アセチルシステイン又はシステインを含ませることが技術常識であり,2室バ
ッグ構成の高カロリー輸液製剤以外のアミノ酸輸液製剤において,アセチルシステ
イン及びシステインのいずれも含まない輸液製剤があるというのみでは,そのよう
な技術常識の存在は否定できない。被告の提出する乙1(特開平7-89856号
公報)に記載されている発明は,アミノ酸輸液製剤において,システイン,システ
イン塩酸塩又はシステインの誘導体を含有しないことを技術的特徴とする発明であ
り,このような発明が出願されていることは,アミノ酸輸液において,システイン,
システイン塩酸塩又はシステインの誘導体であるアセチルシステインを含むことが
一般的であり,かつ,技術常識であることが裏付けられている。被告が提出する乙
2(特開平7-61925号公報)についても同様のことがいえる。
(3)相違点1-3の認定の誤り
ア甲1輸液製剤発明のように,プラスチック容器に収容したアミノ酸輸液
を安定的に保存するためには,①輸液容器を「ガスバリヤー性外袋に収納」し,②
「外袋内の酸素を取り除く」構成を備えるべきことは,以下のとおり,甲1の出願時
における技術常識であって,甲1輸液製剤発明が上記構成①及び構成②を備えるこ
とは,甲1に記載されているにも等しい事項である。
(ア)アミノ酸輸液が酸素の影響を受けやすく,それを踏まえて上記構成①
及び構成②を備えることは技術常識であり(甲3,8,甲13[高井誠「ワンバッ
グ製剤の開発とその評価」ファームテックジャパン16巻4号,平成12年]),
現に同構成を採用した製品は,甲1の出願時までに複数存在した(甲10~12)
し,被告自身も平成9年の別件の無効審判事件で同構成が技術常識であると自認し
ていた(甲9の1・2)。
(イ)甲1の明細書の段落【0059】には,「上記のような糖及び電解質
含有液,アミノ酸含有液,及びビタミンをそれぞれ収容室3,5及び区画室15a,
15b,15cに収容し,それぞれ窒素ガス置換して密封」することにより作成し
た輸液容器を「窒素充填された常温の遮光室に収容」するとの記載があり,輸液容
器に収容された各溶液が酸素により影響を受けない構成とすべきことが具体的に記
載されている。この記載に接した当業者は,上記(ア)の技術常識を踏まえ,輸液製剤
として製造し,保管し,販売し,搬送し,再び保管する際には,上記段落に記載さ
れた「窒素充填」された「遮光室」に収容する代わりに,上記構成①及び構成②を
採用すべきことを理解する。また,甲1の構造1及び構造5の容器からなる輸液製
剤は,いずれも収容室に「アミノ酸或いはアミノ酸及び電解質含有液が収容」され
るのであり(段落【0023】,【0053】),これらの収容室の材質は,前記
(1)のとおり,「熱可塑性樹脂フィルム」であり,酸素が透過し得るので,ガスバリ
ヤー性の外袋に収納する必要がある。
イまた,本件発明1の相違点1-3に係る構成のうち,輸液容器を「ガス
バリヤー性外袋」に収納した構成は,本件発明1の発明特定事項のうち,「解決す
べき課題に係る発明特定事項」であり,「外袋内の酸素を取り除いた」とする構成
は,本件発明1の課題とは無関係であるから,「解決すべき課題に係る発明特定事
項」でも「課題を解決するための手段に係る発明特定事項」でもなく,「いずれと
も無関係な発明特定事項」である。したがって,仮に,甲1輸液製剤発明の構成と
して,「ガスバリヤー性外袋」に収納し,「外袋内の酸素を取り除く」構成を認定
することができず,相違点1-3が形式的には存在するとしても,この相違点に係
る構成は,本件発明1の本質的部分とは関係のない「微差」にすぎず,甲1輸液製
剤発明は本件発明1と実質的に同一であるというべきである。
ウよって,審決が相違点1-3を認定したことは誤りである。
(4)小括
以上のとおり,本件発明1と甲1輸液製剤発明との間に実質的な相違点はなく,
同一であり,本件発明1に係る特許は特許法29条の2に違反する。これに反する
判断をした審決は誤りである。
3取消事由2(本件発明2が甲1輸液製剤発明と同一ではないとした審決の認
定及び判断の誤り)
(1)相違点2-1の認定の誤り
相違点2-1は,相違点1-1とほぼ同一であり,その差異は,本件発明2の「銅
を含む液」という構成が,本件発明1では「鉄,マンガンおよび銅からなる群より
選ばれる少なくとも1種の微量金属元素を含む液」という構成である点にすぎない。
前記2(1)のとおり,甲1輸液製剤発明の区画室28に収容される微量元素は,鉄,
銅,亜鉛,マンガン,ヨウ素などであり,銅を含む液であることから,審決が相違
点2-1を認定したことは誤りである。
(2)相違点2-2の認定の誤り
ア以下のとおり,甲1の構造5の容器からなる輸液製剤の収容室23に収
容されるアミノ酸輸液に「システイン」及び「亜硫酸塩」を含有することは甲1に
記載されているに等しい事項である。
(ア)前記2(2)のとおり,甲1の段落【0023】,【0057】には,甲1
輸液製剤発明に「システイン」(L-システイン)を含有することが具体的に記載
されている。
(イ)甲1の段落【0033】には,輸液に配合することができる酸化防止
剤として「亜硫酸水素ナトリウム」や「亜硫酸ナトリウム」が明記されているとこ
ろ,前記2(3)のとおり,プラスチック容器に収容されたアミノ酸輸液が酸素の影響
を受けやすいことは技術常識であるから,「アミノ酸輸液」に「亜硫酸水素ナトリ
ウム」や「亜硫酸ナトリウム」などの酸化防止剤を配合することは,自明の構成に
すぎない。
(ウ)したがって,甲1には,構造5の容器からなる輸液製剤のアミノ酸輸
液に「システイン」及び「亜硫酸塩」を含有することが記載されているに等しい。
イ審決は,①甲1の発明の詳細な説明の段落【0033】における「亜硫
酸塩」に関する記載は,構造1の容器からなる輸液製剤であり,構造5の容器のも
のではないこと,②「アミゼットB」という「亜硫酸塩」を含有させていないアミ
ノ酸輸液製剤も知られていたこと(甲22[アミゼットBの添付文書,2000年])
から,甲1の構造5の容器からなる輸液製剤(甲1輸液製剤発明)のアミノ酸輸液
に「亜硫酸塩」を含有する構成が開示されていないとする。
しかし,前記1のとおり,甲1は,構造5の容器の各室に収容される輸液等に関
する記載を省略しているにすぎないから,上記①は誤りである。また,「アミゼッ
トB」以外の「高カロリー輸液用総合アミノ酸製剤」には全て「亜硫酸塩」が配合
されており,例外的に「亜硫酸塩」が配合されていない「アミゼットB」が僅か一
例として存在していたにすぎないのであり,そこから甲1輸液製剤発明のアミノ酸
輸液に亜硫酸塩を配合することを当業者が想定しているとはいえないとする上記②
もまた誤りである。
ウアミノ酸輸液にシステイン,またはその塩,エステルもしくはN-アシ
ル体を含むことは,本件発明2の発明特定事項のうち,「課題を解決するための手
段に係る発明特定事項」ではなく,「解決すべき課題に係る発明特定事項」にすぎ
ないし,アミノ酸輸液に亜硫酸塩を含むことは,「解決すべき課題に係る発明特定
事項」又は「課題を解決するための手段に係る発明特定事項」でもない,「いずれ
とも無関係な発明特定事項」である。
エ以上からすると,審決が相違点2-2を認定したことは誤りである。
(3)相違点2-3の認定の誤りについて
審決が本件発明2と甲1輸液製剤発明において相違すると認定した相違点2-3
は,相違点1-3とほぼ同一であり,前記2(3)で検討したところに照らすと,審決
が相違点2-3を認定したことは誤りである。
(4)小括
以上のとおり,本件発明2と甲1輸液製剤発明との間に実質的な相違点はなく,
同一であり,本件発明2に係る特許は特許法29条の2に違反する。これに反する
判断をした審決は誤りである。
4取消事由3(本件発明3が甲1輸液製剤発明と同一ではないとした審決の認
定及び判断の誤り)
本件発明3は,「微量金属元素収容容器が収納されている第1室と,含硫アミノ酸
および亜硫酸塩からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する溶液が充填され
ている第2室とが,連通可能な隔壁手段を介して隣接していることを特徴とする請
求項1または2に記載の輸液製剤」である。
前記1のとおり,甲1輸液製剤発明は,微量元素を収容する区画室28が収納さ
れている収容室24を有しているし,前記3(2)のとおり,少なくとも「システイン」
(含硫アミノ酸)を含有するアミノ酸輸液が充填されている収容室23を有してい
る。
また,甲1の構造5の容器において収容室24と収容室23とは,甲1の段落【0
054】に,「収容容器30」の「隔離部43[原告注:隔離部33の誤り]は,区
画室28の壁材39を押圧することにより,剥離して解法できる強度に溶着されて
いる。」と記載されていることから,「連通可能な隔壁手段を介して隣接」している。
以上からすると,本件発明3は,甲1輸液製剤発明との関係において,本件発明
1,2に関して審決が認定した相違点と異なる相違点を生じさせるものではない。
したがって,本件発明3と甲1輸液製剤発明との間に実質的な相違点はなく,同
一であるから,本件発明3に係る特許は特許法29条の2に違反する。これに反す
る判断をした審決は誤りである。
5取消事由4(本件発明4が甲1輸液製剤発明と同一ではないとした審決の認
定及び判断の誤り)
本件発明4は,本件発明1の構成とほぼ同一であり,その差異は,甲1輸液製剤
発明との関係において,本件発明1とは異なる新たな相違点を形式的にも生じさせ
るものではない。
したがって,本件発明4と甲1輸液製剤発明とは同一であり,本件発明4に係る
特許は特許法29条の2の規定に違反する。これに反する判断をした審決は誤りで
ある。
6取消事由5(本件発明5が甲1輸液製剤発明と同一ではないとした審決の認
定及び判断の誤り)
本件発明5は,本件発明3,4との関係において更に構成を特定した発明である
が,この特定により,甲1輸液製剤発明との関係において,本件発明3,4と異な
る新たな相違点を形式的にも生じさせるものではない。
したがって,本件発明3,4と同様,本件発明5と甲1輸液製剤発明とは同一で
あり,本件発明5に係る特許は特許法29条の2に違反する。これに反する判断を
した審決は誤りである。
7取消事由6(本件発明6が甲1輸液製剤発明と同一ではないとした審決の認
定及び判断の誤り)
本件発明6は,本件発明1~5との関係において更に構成を特定した発明である
ところ,この特定により,甲1輸液製剤発明との関係において,本件発明1~5と
は異なる新たな相違点を形式的にも生じさせるものではない。
審決は,本件発明6と甲1輸液製剤発明との間における新たな相違点として,相
違点6-4(甲1輸液製剤発明は区画室28を外部から押圧し,これを収納してい
る収容室24と連通することの特定がないこと)を認定しているが,前記2(1)イの
とおり,甲1は,「ビタミン」又は「微量元素」を収容する区画室28の内圧を増加
させ,「弱シール」を剥離させることによって,区画室28内の輸液を他の輸液と混
合させることを記載している(段落【0053】,【0054】)から,審決が認定す
る相違点6-4は,相違点には当たらない。
したがって,本件発明1~5と同様,本件発明6と甲1輸液製剤発明とは,同一
であり,本件発明6に係る特許は特許法29条の2に違反する。これに反する判断
をした審決は誤りである。
8取消事由7(本件発明7が甲1輸液製剤発明と同一ではないとした審決の認
定及び判断の誤り)
本件発明7は,本件発明3~5との関係において更に構成を特定した発明である
ところ,この特定により,甲1輸液製剤発明との関係において,本件発明3~5と
は異なる新たな相違点を形式的にも生じさせるものではない。
したがって,本件発明3~5と同様,本件発明7と甲1輸液製剤発明は同一であ
り,本件発明7に係る特許は特許法29条の2に違反する。これに反する判断をし
た審決は誤りである。
9取消事由8(本件発明8が甲1輸液製剤発明と同一ではないとした審決の認
定及び判断の誤り)
(1)本件発明8は,本件発明2との関係において,外部からの連通により得ら
れる薬剤混合物のうち,「糖」,「アミノ酸」及び「微量金属元素」の各成分組成
を更に特定した発明であるところ,本件発明8が引用している本件発明2と甲1輸
液製剤発明との間に相違点がないことは,前記3のとおりである。
(2)審決は,本件発明2から更に特定された構成を相違点8-4として認定し
ている。
しかし,本件発明2との関係において更に特定された構成(「糖」,「アミノ酸」
又は「微量金属元素」の各成分組成)については,前記1(1)のとおり,甲1の構造
5の容器からなる輸液製剤の各「室」に収容される輸液などについては,単に詳細
な記載が省略されているにすぎず,構造5の容器からなる輸液製剤についても,構
造1の容器の場合と同様の輸液を収容することが当然の前提とされているから,構
造1の容器の輸液における「糖」,「アミノ酸」,「微量金属元素」の各成分組成
について,甲1の明細書の段落【0056】,【0057】に記載されているとこ
ろが妥当する。
また,微量元素の含有量について,前記1(1)のとおり,甲1の段落【0025】
においては,微量元素の成分ごとの必要量が記載されているところ,それぞれ最大
値となるように各成分を含有させる場合であっても,代表的な「高カロリー輸液用
微量元素製剤」であり,現に原告を製造,販売元とする「エレメンミック」(甲3)
の2アンプル分(合計「4mL」)にすぎず,微量元素の容量により輸液の各成分
組成の数値に実質的な差異を生じさせるものではない。
本件発明8の輸液製剤における各輸液の成分又は組成は,一般的な成分又は組成
にすぎない。本件明細書においても,各輸液の成分又は組成に基づく効果について
一切記載されていない。したがって,相違点8-4の輸液の成分又は組成は,技術
常識を踏まえて,当業者が,適宜,導き出せる事項にすぎない。
さらに,相違点8-4は,本件発明8の発明特定事項のうち,「課題を解決する
ための手段に係る発明特定事項」でも「解決すべき課題に係る発明特定事項」でも
ない,「いずれとも無関係な発明特定事項」であるから,本件発明8の本質的分と
は関係ない「微差」にすぎない。
よって,相違点8-4は,実質的な相違点ではない。
(3)被告は,相違点8-4に関して,構造1の容器を連通させた後の銅及び鉄
の濃度は0μmol/Lであると主張するが,甲1の段落【0048】には,「・・・
さらに,上記では区画室に全てビタミンが収容されているが,例えば一部の区画室
にビタミン以外の成分が収容されていても問題はなく,例えば微量元素,グルタミ
ン等の他の成分だけを1又は2以上の区画室に収容しておくことも可能である。・・・」
と記載され,また,段落【0025】には,「微量元素」の成分は「鉄」「銅」な
どであることが記載されているから,甲1輸液製剤発明に係る輸液溶液の各室を連
通させた後の鉄及び銅の濃度が0μmol/Lであることはあり得ない。
(4)以上からすると,本件発明2と同様,本件発明8と甲1輸液製剤発明とは,
同一であり,本件発明8に係る特許は特許法29条の2に違反する。これに反する
判断をした審決は誤りである。
10取消事由9(本件発明9が甲1輸液製剤発明と同一ではないとした審決の認
定及び判断の誤り)
(1)本件発明9は,本件発明8との関係において,外部からの連通により得ら
れる薬剤混合物のうち,「ビタミン」の各成分組成を更に特定した発明であり,本
件発明9が引用している本件発明8と甲1輸液製剤発明との間に相違点がないこと
は,前記9において述べたとおりである。
(2)審決は,本件発明8との関係において更に特定された構成と相違点8-4
とを併せて相違点9-4として認定している。
しかし,相違点8-4に相当する相違点の認定が誤りであることは,前記9のと
おりである。「ビタミンK」を含め,本件発明8又は9における薬剤混合物の各成
分組成に格別の技術的意義はなく,通常の輸液における各成分組成を規定したもの
にすぎない。相違点9-4は,相違点8-4と同様,「微差」にすぎず,相違点9
-4は,実質的な相違点を構成するものではない。
よって,本件発明8と同様,本件発明9と甲1輸液製剤発明とは,同一であり,
本件発明9に係る特許は特許法29条の2に違反する。これに反する判断をした審
決は誤りである。
11取消事由10(本件発明10が甲1輸液製剤の保存安定化方法発明と同一では
ないとした審決の認定及び判断の誤り)
本件発明10は,本件発明1の構成と概ね同一である。審決が認定する相違点1
0-1~相違点10-3は,それぞれ相違点1-1~相違点1-3と実質的に同一
であるから,本件発明1と同様,本件発明10と甲1輸液製剤の保存安定化方法発
明は同一の発明であり,本件発明10に係る特許は特許法29条の2に違反する。
これに反する判断をした審決は誤りである。
12取消事由11(本件発明11が甲1輸液製剤の保存安定化方法発明と同一では
ないとした審決の認定及び判断の誤り)
本件発明11は,本件発明2の構成と概ね同一である。審決が認定する相違点1
1-1~相違点11-3は,それぞれ相違点2-1~相違点2-3と実質的に同一
であるから,本件発明2と同様,本件発明11と甲1輸液製剤の保存安定化方法発
明は同一の発明であり,本件発明11に係る特許は特許法29条の2に違反する。
これに反する判断をした審決は誤りである。
第4被告の主張
1甲1に記載された発明について
甲1には,輸液とこの輸液に配合するための複数のビタミンとの混合操作が容易
であり,複数のビタミンを製造時及び保存時に安定に維持する(段落【0005】)
ことを目的とする発明が記載されているのであって,以下のとおり,構造5の容器
について,収容室24に,鉄,マンガン,銅,ヨウ素などの微量元素を含む液が収
容された区画室28を収納すること及び収容室23に(含硫アミノ酸である)L-
メチオニン及びL-システインを含有する溶液を充填することは,甲1に記載され
ているに等しい事項ではない。
(1)構造1の容器は,収容室3,5とは隔離部により区画された複数の区画室
を有するものである。これらの区画室は,収容室3,5の内部に収容されたもので
はなく,容器本体外部からの影響を直接受ける独立した構造を有する一方,収容室
の収容物とは直接接することのない構造を有している。甲1の【図2】~【図4】
の容器も,配置の仕方は異なるものの,その他は構造1の容器本体と同様とされて
いる(甲1の段落【0049】~【0051】)。
これに対し,構造5の容器は,収容室24の内部に複数の区画室28を有する収
容容器30を収容していて,区画室28が容器本体外部からの影響を直接受ける独
立した構造ではなく,収容室の収容物と直接接触する構造を有するものであって,
【図1】~【図4】の実施形態における容器とは構造が異なり,容器本体外部あるい
は収容室の収容物から直接受ける影響も当然異なるから,構造5の容器の区画室2
8に,構造1の実施形態における区画室と同様の成分を収容することが予定されて
いるとはいえない。
(2)また,甲1には,構造1の容器が,例えば複数の微量元素を複数の区画室
に収容するとともに輸液を収容した容器,更に複数の微量の調味料と多量の調味料
や食品などを収容した食品用容器などの他の用途に使用可能である(段落【004
4】)と記載されているが,構造5の容器は,あくまで複数のビタミンとの混合操
作を容易とし,複数のビタミンを安定に維持する(段落【0005】【0055】)
ため,「複数の区画室28には,少なくとも2種以上のビタミンが,・・・別々に
収容されている」(段落【0053】)ものであり,段落【0044】でいう他の
用途に使用するものではない。
(3)さらに,甲1には,構造1の変更例(段落【0045】~【0048】)
に関し,まず,収容室3に脂肪が収容されている例が記載され,使用できる脂肪,
乳化剤,乳化助剤等が挙げられており(段落【0045】),さらに,糖含有液,
アミノ酸含有液,脂肪乳剤,電解質含有液を一つの収容室に収容したり,収容室を
3室以上設けたりできること(段落【0047】),一部の区画室にビタミン以外
の成分,例えば微量元素,グルタミン等を収容しておくのが可能であること(段落
【0048】)など様々な形態についての言及があるが,一部の区画室に微量元素を
収容することは,構造1の実施形態の変更例として挙げられた多くの例の一つにす
ぎない上,甲1には,構造5を変更することについても全く記載がない。とりわけ,
構造5は,易熱変質性のビタミンが収容された区画室28を有し,そのビタミンが
加熱処理の影響を受けにくい(段落【0055】)というものであって,区画室2
8は,構造1の実施形態の区画室とは異なる技術的意義を有しているから,そのよ
うな区画室28の一部に易熱変質性のビタミンに代えて微量元素を入れた発明が,
甲1に記載されているとはいえない。
しかも,甲1には,構造1の容器に関し,収容室3,5に収容された糖含有液及
びアミノ酸含有液には,電解質の他に,微量元素を含有させることができる(段落
【0025】)とあり,糖及び電解質含有液に実際に硫酸亜鉛を含有させた例が示さ
れている(段落【0056】)。
(4)原告の主張は,構造1の容器において,他の用途や変更例として挙げられた
数多くの例の中から恣意的に都合のよいものを取り上げ,構造5の容器の実施形態
を変更した発明を創作した上で,そのような発明が甲1に記載されているというも
のであり,失当である。
(5)原告は,構造5の容器からなる輸液製剤の発明における区画室28が熱可
塑性樹脂のフィルムからなる袋であると主張するが,甲1には,区画室の材質は一
切記載されておらず,容器本体の材質について言及している甲4,8を参照しても,
甲1に記載されている事項からは,区画室28の材質に関し,「熱可塑性樹脂フィ
ルム」という概念を導き出すことはできない。
(6)原告は,構造5の容器の収容室23及び収容室24並びに全ての区画室2
8を,外部からの押圧によって連通させて得られる薬液混合物の各成分濃度につい
て述べているが,甲1には,構造5における連通後の各成分濃度はどこにも記載さ
れていない。
2取消事由1(本件発明1が甲1輸液製剤発明と同一ではないとした審決の認
定及び判断の誤り)について
(1)相違点1-1について
構造5の容器の区画室28に微量元素を収容することは予定されていない。前記
1のとおり,構造5の容器の区画室28はあくまでビタミンという特定の輸液の収
容を目的とした室であり,甲1に記載された発明はビタミンを製造時及び保存時に
安定に維持する(甲1の段落【0005】)ことを目的とするものであるから,微
量元素を構造5の区画室28に入れた発明が,甲1に記載されているということは
できず,甲1の記載からは,当該実施形態において微量金属元素の保存安定化を実
現した構成は導き出されない。
(2)相違点1-2について
輸液製剤で使用されるアミノ酸含有液はアセチルシステインを含有しないものが
大半であり(甲3,甲24[「静脈経腸栄養年鑑2000製剤・器具一覧第2巻」,
2000年]),甲1の出願時の技術常識を参照しても,構造5の容器における「ア
ミノ酸或いはアミノ酸及び電解質含有液」が「アセチルシステイン」を含有する構
成が,甲1に記載されているに等しいとはいえない。
(3)相違点1-3について
以下のとおり,甲1の出願時の技術常識を参照しても,構造5が当然に「ガスバ
リヤー性外袋に収納されており」,さらに,その「外袋内の酸素を取り除いた」も
のであるということは導き出されず,「ガスバリヤー性外袋に収納」すること(構
成①),「外袋内の酸素を取り除く」こと(構成②)を採用することは,甲1に記
載されているに等しい事項ではない。
ア甲1には,輸液容器を作成した(段落【0059】)後に,当該輸液容
器にガス透過性を考慮して,更に何らかの手段を講じて最終的に輸液製剤とするこ
とはどこにも記載されておらず,むしろ,甲1によると,構造1の容器の区画室又
は収容室のガス透過性を低下するために,ガス透過性の低い樹脂層を積層してもよ
い(段落【0036】)とされている。
そうすると,構造1の容器を,最終的に輸液製剤として保管等する際に構成①及
び②を備えるようにすることは,原告が技術常識であるとする事項を参酌したとし
ても甲1の記載からは導き出すことはできない。
したがって,このことを前提とした,構造5の容器も構成①及び②を採用するこ
とが甲1に実質的に記載されているに等しいという原告の主張には理由がない。
イ甲1の段落【0059】に記載されている「窒素充填された常温の遮光
室に収容」という構成は,ビタミンの安定性を確認するための試験で「窒素充填さ
れた常温の遮光室に収容」することであって,それによる効果が,甲1に記載のな
い構成①及び②を備えた輸液製剤を製造し,保管し,販売し,搬送し,再び保管す
る際の効果と同一であるとはいえない。仮に,同一の効果を奏する構成が存在する
としても,甲1に全く記載がなく実質的にも異なるそのような構成に置き換えた発
明が甲1に記載されているに等しいということはできない。
3取消事由2(本件発明2が甲1輸液製剤発明と同一ではないとした審決の認
定及び判断の誤り)について
(1)相違点2-1及び相違点2-2について
ア構造5の容器の区画室28及び収容室23の収容物として,「銅を含む
液」と,「システイン,またはその塩,エステルもしくはN-アシル体,及び亜硫
酸塩を含むアミノ酸輸液」である「含硫アミノ酸および亜硫酸塩からなる群より選
ばれる少なくとも1種を含有する溶液」との組合せが甲1に記載されているに等し
い事項であるとはいえない。
イ甲1には,構造1(段落【0017】~【0044】)の容器における
アミノ酸含有液の成分に関し,アミノ酸として,種々のアミノ酸が列挙されるとと
もに,アミノ酸含有液で使用されるpH調整剤が例示され(段落【0023】),
また,各種の電解質や微量元素を含有させることができ(段落【0024】,【0
025】),他の薬剤,例えば,緩衝剤,着色防止剤,亜硫酸水素ナトリウム等の
酸化防止剤などを配合できる(段落【0033】)などと記載されているが,シス
テインや亜硫酸水素ナトリウム等は,アミノ酸含有液に配合できる多くの成分の一
つにすぎない上,甲1には構造5の容器の収容室23に収容された「アミノ酸或い
はアミノ酸及び電解質含有液」の具体的な成分についての記載は一切されていない。
しかも,構造1においては,亜硫酸水素ナトリウムなどの酸化防止剤は糖含有液,
ビタミン含有液,脂肪含有液に配合してもよい(段落【0033】,【0040】)
のである。
また,輸液製剤で使用されるアミノ酸含有液にはシステインを含有しないものが
あり(甲24,乙1),亜硫酸塩を必ず配合するという技術常識もなかった(甲2
2,甲23[特開平4-210629号公報],乙1,2)。
そうすると,構造5の容器からなる輸液製剤アミノ酸輸液がシステイン及び亜硫
酸塩を含有することは甲1に記載されているに等しい事項であるということはでき
ない。
(2)相違点2-3について
前記2(3)の相違点1-3について検討したところと同様に,相違点2-3が実
質的な相違点であるとした審決の認定が誤りであるということはできない。
4取消事由3~7,10及び11について
前記2,3のとおりであって,原告主張の取消事由3~7,10,11はいずれ
も理由がない。
相違点4-1及び相違点4-2に関しても,甲1の段落【0053】の記載から
は,「熱可塑性樹脂フィルム製」の区画室28に「銅を含む液」が収容されることは
導き出せないし,構造5の容器における区画室28及び収容室23の収容物として,
「銅を含む液」と,「アセチルシステインを含むアミノ酸輸液」である「含硫アミノ
酸および亜硫酸塩からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する溶液」との組
合せが甲1に記載されているに等しい事項であるとはいえない。
5取消事由8及び9について
(1)相違点8-1~相違点8-3,相違点9-1~相違点9-3については,
前記3で主張したとおりである。
(2)構造5の容器本体は,構造1における容器とは構造が異なり,容器本体
外部あるいは収容室の収容物から受ける影響も同じではない。また,甲1の段落【0
017】~【0044】には,構造1の容器の輸液として様々なものが羅列されて
いるにとどまるから,構造5の実施形態の輸液が構造1のそれと当然に同一である
とはいえない。さらに,甲1の【図1】の実施形態である実施例1の容器を連通さ
せた後の銅及び鉄の濃度は0μmol/Lであり,本件発明8及び9の「0.5~
40μmol/L」及び「2~200μmol/L」の範囲外である。
(3)甲1に記載されている事項及び記載されているに等しい事項の認定に関
し,本件発明8又は9における薬液混合物の各成分又は組成の技術的意義を持ち出
すことは的外れであるし,甲1には,構造5の容器の連通後の鉄,銅,ビタミンKを
はじめとする各成分濃度はどこにも記載されていないから,相違点9-4は実質的
な相違点となる。
第5当裁判所の判断
1本件発明について
(1)本件発明に係る特許請求の範囲は,第2の2記載のとおりであるところ,
本件明細書(甲20)には,以下の記載がある。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は,経時変化を受けることなく保存でき,使用時に細菌による汚染なく薬剤
の配合を行うことができる複数の室を有する輸液容器に収容されている輸液製剤に
関する。
【0002】
【従来の技術】
経口・経腸管栄養補給が不能または不十分な患者には,経静脈からの高カロリー輸
液の投与が行われている。このときに使用される輸液製剤としては,糖製剤,アミ
ノ酸製剤,電解質製剤,混合ビタミン製剤,脂肪乳剤などが市販されており,病態
などに応じて用時に病院で適宜混合して使用されていた。
しかし,病院におけるこのような混注操作は煩雑なうえに,かかる混合操作時に細
菌汚染の可能性が高く不衛生であるという問題がある。このため連通可能な隔壁手
段で区画された複数の室を有する輸液容器が開発され病院で使用されるようになっ
た。
【0003】
一方,輸液中には,通常,微量金属元素(銅,鉄,亜鉛,マンガンなど)が含まれ
ていないことから輸液の投与が長期になると,患者の唇がひび割れたり,造血機能
が低下したりする,いわゆる微量金属元素欠乏症を発症する。微量金属元素は輸液
と混合した状態で保存すると,化学反応によって品質劣化の原因となる。このため
病院では,細菌汚染の問題をかかえながらも依然として輸液を投与する直前に微量
金属元素が混合されているのが現状である。
【0004】
本発明者らは,かかる現状に鑑み,外部からの押圧によって連通可能な隔壁手段で
区画された複数の室を有する輸液容器を用い,用時に細菌汚染の可能性なく微量金
属元素を混入することができ,かつ,保存安定性にも優れた輸液製剤の創製研究を
開始した。本発明者らは,システインまたはシスチンなどの含硫アミノ酸を含むア
ミノ酸輸液と微量金属元素とを隔離して保存することを試みた。しかしながら,含
硫アミノ酸を含むアミノ酸輸液を一室に充填し,微量金属元素収容容器を同室に収
容すると,該アミノ酸輸液と微量金属元素とは隔離してあるにもかかわらず,微量
金属元素を含む溶液が不安定であるという問題が生じることを知見した。上記室と
微量金属元素収容容器を構成する材料を種々変更して検討したが,通常入手し得る
樹脂材料である限り,微量金属元素溶液を安定化することはできなかった。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は,微量金属元素が安定に存在していることを特徴とする含硫化合物を含む
溶液を有する輸液製剤を提供することを目的とする。
【0006】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは,上記目的を達成すべく鋭意検討した結果,連通可能な隔壁手段で区
画されている複室からなる輸液容器において,その一室に硫黄原子を含む化合物を
含有する溶液が収容され,微量金属元素収容容器は他の室に収容することにより,
微量金属元素を含む溶液が安定であるという思いがけない知見を得た。
本発明者らは,さらに検討を重ねて本発明を完成した。
【0007】
すなわち,本発明は,
(1)外部からの押圧によって連通可能な隔壁手段で区画されている複数の室を
有する輸液容器において,その一室に硫黄原子を含む化合物を含有する溶液が充填
され,他の室に微量金属元素収容容器が収納されていることを特徴とする輸液製剤,
(2)硫黄原子を含む化合物を含有する溶液が,含硫アミノ酸または/および亜硫
酸塩を含むアミノ酸輸液であり,微量金属元素が銅であることを特徴とする前記(1)
に記載の輸液製剤,
(3)微量金属元素収容容器が収納されている第1室と,硫黄原子を含む化合物を
含有する溶液が充填されている第2室とが,連通可能な隔壁手段を介して隣接して
いることを特徴とする前記(1)または(2)に記載の輸液製剤,
(4)微量金属元素収容容器を収納している室に,糖質輸液または/および電解質
輸液が充填されていることを特徴とする前記(1)~(3)に記載の輸液製剤,
に関する。
【0008】
また,本発明は,
(5)第1室または第2室に,ビタミン収容容器が収納されていることを特徴とす
る前記(3)または(4)に記載の輸液製剤,
(6)微量金属元素収容容器またはビタミン収容容器と,それを収納している室と
が,外部からの押圧によって連通可能であることを特徴とする前記(1)~(5)
に記載の輸液製剤,
(7)第1室または第2室に充填されている溶液が,さらにビタミンを含有してい
ることを特徴とする前記(3)~(5)に記載の輸液製剤,
に関する。
【0009】
また,本発明は,
(8)複数の全ての室および収容容器を,外部からの押圧によって連通させて得ら
れる薬液混合物の成分組成が,ブドウ糖50~400g/L,L-ロイシン0.8
~10.0g/L,L-イソロイシン0~7.0g/L,L-バリン0.3~8.
0g/L,L-リジン0.5~7.0g/L,L-スレオニン0.3~4.0g/
L,L-トリプトファン0.08~1.5g/L,L-メチオニン0.2~4.0
g/L,L-フェニルアラニン0.4~6.0g/L,L-システイン0.03~
1.0g/L,L-チロシン0.02~1.0g/L,L-アルギニン0.5~7.
0g/L,L-ヒスチジン0.3~4.0g/L,L-アラニン0.4~7.0g
/L,L-プロリン0.2~5.0g/L,L-セリン0~3.0g/L,グリシ
ン0.3~6.0g/L,L-アスパラギン酸0~2.0g/L,L-グルタミン
酸0~3.0g/L,ナトリウム20~80mEq/L,カリウム10~40mE
q/L,マグネシウム2~20mEq/L,カルシウム2~20mEq/L,リン
2~20mmol/L,塩素20~80mEq/L,鉄2~200μmol/L,
銅0.5~40μmol/L,マンガン0~10μmol/L,亜鉛2~200μ
mol/L,ヨウ素0~5μmol/Lであることを特徴とする前記(1)~(7)
に記載の輸液製剤,
に関する。
【0010】
また,本発明は,
(9)さらに,ビタミンB10.4~30mg/L,ビタミンB20.5~6.0m
g/L,ビタミンB60.5~8.0mg/L,ビタミンB120.5~50μg/
L,ニコチン酸類5~80mg/L,パントテン酸類1.5~35mg/L,葉酸
50~800μg/L,ビタミンC12~200mg/L,ビタミンA400~6
500IU/L,ビタミンD0.5~10μg/L,ビタミンE1.0~20mg
/L,ビタミンK0.2~4mg/L,ビオチン5~120μg/Lを含有するこ
とを特徴とする前記(8)に記載の輸液製剤,
に関する。
【0011】
また,本発明は,
(10)複室輸液製剤において,含硫アミノ酸溶液を収容している室と別室に微量
金属元素収容容器を収納することを特徴とする輸液製剤の保存安定化方法,
(11)微量金属元素が,銅であることを特徴とする前記(10)に記載の輸液製
剤の保存安定化方法,
に関する。
【0012】
【発明の実施の形態】
本発明にかかる輸液製剤においては,連通可能な隔壁手段で区画されている複室か
らなる輸液容器を用いる。かかる輸液容器としては,特に限定されず,公知のもの
を用いてよい。具体的には,例えば,複数の室が弱シール部により区画され,輸液
容器の一室を外部より押圧することにより当該室が隣接する他の室と連通する輸液
容器が,好適な例として挙げられる。また,輸液容器を複数の室に区画する隔壁に
破断可能な流路閉塞体が設けられている構造のものなども挙げられる。
【0013】
上記輸液容器における各室の形成材料としては,貯蔵する薬剤の安定性上問題のな
い樹脂であればよく,比較的大容量の室を形成する部分は,柔軟な熱可塑性樹脂,
例えば軟質ポリプロピレンやそのコポリマー,ポリエチレンおよび/またはそのコ
ポリマー,酢酸ビニル,ポリビニルアルコール部分ケン化物,ポリプロピレンとポ
リエチレンもしくはポリブテンの混合物,エチレン-プロピレンコポリマーのよう
なオレフィン系樹脂もしくはポリオレフィン部分架橋物,スチレン系エラストマー,
ポリエチレンテレフタラートなどのポリエステル類もしくは軟質塩化ビニル樹脂な
ど,またはそれらの内適当な樹脂を混合した素材,またナイロンなど他の素材も含
めて前記素材を多層に成型したシートなどが利用可能である。
【0014】
本発明にかかる輸液製剤は,上述のような連通可能な隔壁手段で区画されている複
室からなる輸液容器において,その一室に硫黄原子を含む化合物を含有する溶液が
充填され,他の室に微量金属元素収容容器が収納されていることを特長とする。こ
のようにすることにより,硫黄原子を含む化合物を含有する溶液を有する輸液製剤
において,微量金属元素,特に銅イオンを安定化することができる。
【0015】
上記「硫黄原子を含む化合物(本発明において,含硫化合物ともいう。)」として
は,特に限定されないが,システインまたはシスチンなどの含硫アミノ酸が挙げら
れる。また,かかる化合物としては,安定化剤として用いられている亜硫酸塩など
も挙げられる。前記亜硫酸塩としては,例えば,亜硫酸水素ナトリウム,亜硫酸ナ
トリウム,ピロ亜硫酸ナトリウム,チオ亜硫酸ナトリウムまたはロンガリットなど
が挙げられる。本発明の輸液製剤には,上記の含硫化合物が単独で含有されていて
もよいし,2種以上の含硫化合物が含有されていてもよい。
上記含硫化合物の含有量は,特に限定されないが,含硫アミノ酸の場合,その含有
量は約0.1~10g/Lであることが好ましく,亜硫酸塩の場合,その含有量は
約0.02~0.5g/Lであることが好ましい。
【0016】
上記「含硫化合物を含む溶液」としては,上記含硫化合物を含めば,特に限定され
ないが,含硫アミノ酸または/および亜硫酸塩を含むアミノ酸輸液が好適な例と
して挙げられる。
前記アミノ酸輸液としては,公知のものを用いてよい。例えば,アミノ酸輸液中に
含有されるアミノ酸としては,必須アミノ酸,非必須アミノ酸および/またはこれ
らのアミノ酸の塩,エステルまたはN-アシル体などが挙げられる。より具体的に
は,例えば,L-イソロイシン,L-ロイシン,L-リジン,L-メチオニン,L
-フェニルアラニン,L-スレオニン,L-トリプトファン,L-バリン,L-ア
ラニン,L-アルギニン,L-アスパラギン酸,L-システイン,L-グルタミン
酸,L-ヒスチジン,L-プロリン,L-セリン,L-チロシンまたはL-グリシ
ンなどのアミノ酸が挙げられる。また,これらアミノ酸はL-アルギニン塩酸塩,
L-システイン塩酸塩,L-グルタミン酸塩酸塩,L-ヒスチジン塩酸塩,L-リ
ジン塩酸塩等の無機酸塩や,L-リジン酢酸塩,L-リジンリンゴ酸塩等の有機酸
塩,L-チロシンメチルエスエル,L-メチオノンメチルエスエル,L-メチオニ
ンエチルエステルなどのエステル体,N-アセチル-L-システイン,N-アセチ
ル-L-トリプトファン,N-アセチル-L-プロリンなどのN-置換体,L-チ
ロシル-L-チロシン,L-アラニル-L-チロシン,L-アルギニル-L-チロ
シン,L-チロシル-L-アルギニンなどのジペプチド類の形態でも良い。
【0017】
全ての溶液を混合した溶液中にアミノ酸は,以下の配合量(遊離形態で換算)で配
合されていることが好ましい。
すなわち,L-ロイシン約0.8~10.0g/L,好ましくは約2.0~5.0
g/L,L-イソロイシン約0~7.0g/L,好ましくは約1.0~3.0g/
L,L-バリン約0.3~8.0g/L,好ましくは約1.0~3.0g/L,L
-リジン約0.5~7.0g/L,好ましくは約1.5~4.5g/L,L-トレ
オニン約0.3~4.0g/L,好ましくは約0.5~2.0g/L,L-トリプ
トファン約0.08~1.5g/L,好ましくは約0.2~1.0g/L,L-メ
チオニン約0.2~4.0g/L,好ましくは約0.5~1.5g/L,L-フェ
ニルアラニン約0.4~6.0g/L,好ましくは約1.0~2.5g/L,
【0018】
L-システイン約0.03~1.0g/L,好ましくは約0.15~0.5g/L,
L-チロシン約0.02~1.0g/L,好ましくは約0.05~0.20g/L,
L-アルギニン約0.5~7.0g/L,好ましくは約1.5~3.5g/L,L
-ヒスチジン約0.3~4.0g/L,好ましくは約0.5~2.5g/L,L-
アラニン約0.4~7.0g/L,好ましくは約1.0~3.0g/L,L-プロ
リン約0.2~5.0g/L,好ましくは約0.5~2.0g/L,L-セリン約
0~3.0g/L,好ましくは約05~1.5g/L,グリシン約0.3~6.0
g/L,好ましくは約0.5~2.5g/L,L-アスパラギン酸約0~2.0g
/L,好ましくは約0.1~1.0g/L,L-グルタミン酸約0~3.0g/L,
好ましくは約0.1~1.0g/Lとなるように配合するのが好ましい。
【0019】
上記アミノ酸輸液のpHは,通常のpH調整剤,例えば塩酸,酢酸,乳酸,リンゴ
酸,クエン酸などの酸類や水酸化ナトリウムなどのアルカリを適宜用いて約2.5
~10,好ましくは約5~8に調製するのが好ましい。
【0020】
本発明の輸液製剤において,微量金属元素を含有する液(以下,「微量金属元素含
有溶液」ともいう)を収容する微量金属元素収容容器は,含硫化合物を含有する溶
液を充填する室と異なる室に収納されている。微量金属元素収容容器の収納方法と
しては,例えば室内の液中に微量金属元素収容容器を浮遊させてもよいが,微量金
属元素収容容器の周縁シール部の端を,収納する室の周縁に挟み込んでシールする
ことにより,吊着するのが好ましい。この場合,シールをしやすくするために,微
量金属元素含有溶液が収納されている室の素材を,微量金属元素収容容器の最内層
の素材と同一にするのが一般的である。また,微量金属元素収容容器は,それを収
納している室と連通可能であることが好ましい。そのための手段としては,公知手
段を用いてよく,具体的には,上述したように,微量金属元素収容容器とそれを収
納している室が弱シール部または肉厚が約100μm以下の薄膜により区画され,
微量金属元素収容容器を外部より押圧することにより当該容器がそれを収納してい
る室と連通する構造となっていることが好ましい。また,微量金属元素収容容器は,
それを収納している室との隔壁に破断可能な流路閉塞体を有していてもよい。
【0021】
上記微量金属元素としては,例えば銅,鉄,マンガン,亜鉛などが挙げられる。微
量金属元素収容容器内の微量金属元素は,微量金属元素もしくは微量金属元素を含
む化合物またはそれらを含有する溶液もしくは懸濁液などであってよい。また,所
望によって,その他の成分が微量金属元素収容容器内に存在していても良い。微量
金属元素収容容器内において,鉄はコロイドとして,また銅,マンガン,亜鉛は水
に溶解させて,微量金属元素収容容器に充填するのが好ましい。但し,マンガン,
亜鉛は,アミノ酸含有溶液または糖含有溶液と混合して用いることもできる。
【0022】
微量金属元素含有溶液において,銅の供給源としては,例えば硫酸銅などが挙げら
れ,製剤中の全ての溶液を混合した溶液中に約0.5~40μmol/L,好まし
くは約1~20μmol/Lとなるように配合するのが好ましい。
鉄の供給源としては,例えば塩化第二鉄,硫酸第二鉄などが挙げられ,製剤中の全
ての溶液を混合した溶液中に約2~200μmol/L,好ましくは約5~100
μmol/Lとなるように配合するのが好ましい。
マンガンの供給源としては,例えば塩化マンガン,硫酸マンガンなどが挙げられ,
製剤中の全ての溶液を混合した溶液中に約0~10μmol/L,好ましくは約0
~5μmol/Lとなるように配合するのが好ましい。
亜鉛の供給源としては,例えば塩化亜鉛,硫酸亜鉛などが挙げられ,製剤中の全て
の溶液を混合した溶液中に約2~300μmol/L,好ましくは約5~150μ
mol/Lとなるように配合するのが好ましい。
【0024】
上記「微量金属元素収容容器を収納している室」には,溶液が充填されていてもよ
いし,充填されていなくてもよい。なかでも,前記室には,糖質輸液もしくは電解
質輸液のいずれかまたはそれらの混合物が収納されていることが好ましい。
【0025】
上記糖質輸液は,公知のものを用いてよい。かかる糖質輸液中に含有される糖とし
ては,従来から各種輸液に慣用されるものでよく,例えばブドウ糖,フルクトース
などの単糖類,マルトースなどの二糖類が例示される。その中でもブドウ糖,フル
クトース,マルトースなどの還元糖が好ましく,特に血糖管理などの点で,ブドウ
糖が好ましい。これらの還元糖は2種以上を混合して用いてもよく,更にこれらの
還元糖にソルビトール,キシリトール,グリセリンなどを加えた混合物を用いても
よい。
【0026】
上記糖質輸液は,通常のpH調整剤,例えば塩酸,酢酸,乳酸,リンゴ酸,クエン
酸などの酸類や水酸化ナトリウムなどのアルカリを適宜使用してpH約2~6,好
ましくは約3.5~5に調製されていることが好ましい。
また,本発明の輸液製剤において全ての溶液を混合した溶液中にこれらの糖は,約
50~400g/L,好ましくは約100~200g/Lとなるように配合するの
が好ましい。さらに,上記糖質輸液は,下記する電解質が,下記する濃度で含有さ
れていても良い。
【0027】
上記電解質輸液は,公知のものを用いてよい。かかる電解質輸液中に含有される電
解質としては,例えば,ナトリウム,カリウム,マグネシウム,カルシウム,塩素,
リンなど無機成分の水溶性塩,例えば塩化塩,硫酸塩,酢酸塩,グルコン酸塩,乳
酸塩,グリセロリン酸塩などが挙げられる。
【0028】
ナトリウムイオン供給源としては,例えば塩化ナトリウム,酢酸ナトリウム,クエ
ン酸ナトリウム,リン酸二水素ナトリウム,リン酸水素二ナトリウム,硫酸ナトリ
ウムまたは乳酸ナトリウムなどが挙げられ,全ての溶液を混合した溶液中に約1
0~160mEq/L,好ましくは約20~80mEq/L,さらに好ましくは約
30~60mEq/Lとなるように配合するのが好ましい。
カリウムイオン供給源としては,例えば塩化カリウム,酢酸カリウム,クエン酸カ
リウム,リン酸二水素カリウム,リン酸水素二カリウム,硫酸カリウムまたは乳酸
カルシウムなどがあげられ,全ての溶液を混合した溶液中に約5~80mEq/L,
好ましくは約10~40mEq/L,さらに好ましくは約15~30mEq/L
となるように配合するのが好ましい。
【0029】
カルシウムイオン供給源としては,例えば塩化カルシウム,グルコン酸カルシウム,
パトテン酸カルシウム,乳酸カルシウムまたは酢酸カルシウムなどが挙げられ,全
ての溶液を混合した溶液中に約1~40mEq/L,好ましくは約2~20mEq
/L,さらに好ましくは約2~10mEq/Lとなるように配合するのが好ましい。
マグネシウムイオン供給源としては,例えば硫酸マグネシウム,塩化マグネシウム
または酢酸マグネシウムなどが挙げられ,全ての溶液を混合した溶液中に約1~
40mEq/L,好ましくは約2~20mEq/L,さらに好ましくは約2~10
mEq/Lとなるように配合するのが好ましい。
【0030】
リン供給源としては,リン酸二水素ナトリウム,リン酸水素二ナトリウムまたはグ
リセロリン酸カリウムなどが挙げられ,全ての溶液を混合した溶液中に約1~40
mmol/L,好ましくは約2~20mmol/L,さらに好ましくは約3~10
mmol/Lとなるように配合するのが好ましい。
クロルイオン供給源としては,例えば塩化ナトリウム,塩化カリウム,塩化カルシ
ウムまたは塩化マグネシウムなどが挙げられ,全ての溶液を混合した溶液中に約1
0~160mEq/L,好ましくは約20~80mEq/L,さらに好ましくは約
30~60mEq/Lとなるように配合するのが好ましい。
【0031】
本発明に係る輸液製剤の好ましい態様として,微量金属元素収容容器が収納され
ている第1室と,硫黄原子を含む化合物を含有する溶液が充填されている第2室と
が,連通可能な隔壁手段を介して隣接している輸液製剤が挙げられる。
かかる輸液製剤の具体的態様を,図1を用いて説明する。図1は,本発明に係る輸
液製剤を収納する輸液容器の平面図である。該輸液容器は,外袋2内に第1室(図
中の符号4)と第2室(図中の符号5)を有する。第1室と第2室は連通可能部3
が形成されており,第1室4または第2室5を押圧することにより,連通可能部3
が剥離して薬剤が外気に触れることなく第1室4と第2室5が連通される。
【0032】
また,微量金属元素収容容器6が,第1室4内に吊着されており,外側から押圧す
ることにより破袋され,第1室4と連通する。より具体的には,微量金属元素収容
容器6の周縁シール部の端を,第1室4の周縁に挟み込んでシールすることにより
吊着されている。また,用時に室の外側から押圧して破袋できるように,微量金属
元素収容容器は,易開封性シールで第1室4と区画されているか,または肉厚約1
00μm以下の薄膜からなることが好ましい。
【0033】
本態様の輸液製剤では,図1に示す輸液容器の第1室4に,溶液が充填されていて
もよいし,充填されていなくてもよい。なかでも,上述のように,前記第1室4に
は,糖質輸液または/および電解質輸液が充填されていることが好ましい。また,
微量金属元素収容容器6には,上述したような微量金属元素の液が充填されている。
さらに,図1に示す輸液容器の第2室5には,上述したような含硫化合物を含有す
る溶液が充填されている。
【0035】
本発明の輸液製剤を収納する輸液容器の各室は気体および液体を通さない性質の外
袋2に収納されていることが好ましい。さらに,脱酸素剤9がガスバリヤー性外袋
2に収納されているのが好ましい。このようにすることにより,本発明の輸液製剤
の成分,特にアミノ酸などの酸化分解されやすい成分の酸化分解を抑えることがで
きるという利点がある。脱酸素剤9を封入する代わりに,または脱酸素剤9を封入
するとともに,所望により外袋2内に不活性ガスを充填してもよい。さらに,光分
解性ビタミンなどの光安定性に乏しい成分を充填する場合には,外袋に遮光性をも
たせるのが好ましい。
【0036】
上記外袋に適した材質としては,一般に汎用されている各種材質のフィルムもしく
はシートを使用することができる。例えばエチレン・ビニルアルコール共重合体,
ポリ塩化ビニリデン,ポリアクリロニトリル,ポリビニルアルコール,ポリアミド,
ポリエステルなどガスバリヤー素材のうち少なくとも1種を含むフィルムもしくは
シートなどから適宜に選択し,使用することができる。また,上記外袋に遮光性を
もたせる場合には,例えば上記フィルムまたはシートにアルミラミネートを施すこ
とにより実施できる。
【0037】
上記外袋内に封入する脱酸素剤としては,例えば,(1)炭化鉄,鉄カルボニル化
合物,酸化鉄,鉄粉,水酸化鉄またはケイ素鉄をハロゲン化金属で被覆したもの,
(2)水酸化アルカリ土類金属もしくは炭酸アルカリ土類金属,活性炭と水,結晶水
を有する化合物の無水物,アルカリ性物質またはアルコール類化合物と亜ニチオン
酸塩との混合物,(3)第一鉄化合物,遷移金属の塩類,アルミニウムの塩類,ア
ルカリ金属もしくはアルカリ土類金属を含むアルカリ化合物,窒素を含むアルカリ
化合物またはアンモニウム塩と亜硫酸アルカリ土類金属との混合物,(4)鉄もし
くは亜鉛と硫酸ナトリウム・1水和物との混合物または該混合物とハロゲン化金属
との混合物,(5)鉄,銅,スズ,亜鉛またはニッケル;硫酸ナトリウム・7水和
物または10水和物;およびハロゲン化金属の混合物,(6)周期律表第4周期の
遷移金属;スズもしくはアンチモン;および水との混合物または該混合物とハロゲ
ン化金属との混合物,(7)アルカリ金属もしくはアンモニウムの亜硫酸塩,亜硫
酸水素塩またはピロ亜硫酸塩;遷移金属の塩類またはアルミニウムの塩類;および
水との混合物などを用いることができる。本発明においては,これら公知物の中か
ら,所望により適宜に選択することができる。
【0038】
また,脱酸素剤としては,市販のものを用いることができ,かかる市販の脱酸素剤
としては,例えばエージレス(三菱ガス化学社製),モデュラン(日本化薬社製)
などが挙げられる。
上記脱酸素剤としては,粉末状のものであれば,適当な通気性の小袋にいれて用い
るのが好ましく,錠剤化されているものであれば,包装せずにそのまま用いてもよ
い。
【0039】
また,上記外袋内に不活性ガスを充填することで酸素を取り除いてもよく,そのよ
うな不活性ガスとしては,例えばヘリウムガス,窒素ガスなどが挙げられる。
【0040】
本発明に係る輸液製剤は,さらにビタミンを含むことができる。第1室または第2
室にビタミンを溶解してもよいし,さらに,第1室または第2室に,ビタミン収容
容器を収納させることができる。かかるビタミン収容容器は,それを収納している
室と,外部からの押圧によって連通可能であることが好ましい。その手段は,上述
のような公知手段を用いてよい。
より具体的には,図2または図3に示す輸液容器に収納されている輸液製剤が挙げ
られる。図2に示す輸液容器では,第1室4に,微量金属元素収容容器6とは別に,
ビタミン収容容器(図中の符号7)が,上述した微量金属元素収容容器6の収納手
段と全く同様にして収納されている。また,図3に示す輸液容器では,第2室5に,
ビタミン収容容器(図中の符号7)が,上述した微量金属元素収容容器6の収納手
段と全く同様にして収納されている。
【0041】
上記ビタミン収容容器に充填されているビタミン溶液としては,公知のものであっ
てよい。具体的には,上記ビタミン収容容器に脂溶性ビタミン溶液を充填する場合
が挙げられる。前記脂溶性ビタミンとしては,例えばビタミンA,ビタミンDまた
はビタミンEが挙げられ,所望によりビタミンKを配合することもできる。
ビタミンAとしては,例えばパルミチン酸エステル,酢酸エステルなどのエステル
形態が挙げられる。ビタミンDとしては例えばビタミンD1,ビタミンD2,ビタミ
ンD3(コレカルシフェロール)およびそれらの活性型(ヒドロキシ誘導体)が挙げ
られる。ビタミンE(トコフェロール)としては,例えば酢酸エステル,コハク酸
エステルなどのエステル形態が挙げられる。ビタミンK(フィトナジオン)として
は,例えばフィトナジオン,メナテトレノン,メナジオンなどの誘導体が挙げられ
る。
【0042】
これらの脂溶性ビタミンは,全ての溶液を混合した溶液中に,ビタミンAを約40
0~6500IU/L,好ましくは約800~4000IU/L,ビタミンD(コ
レカルシフェノールとして)を約0.5~10μg/L,好ましくは約1.0~6.
0μg/L,ビタミンE(酢酸トコフェノールとして)を約1.0~20mg/L,
好ましくは約2.5~12.0mg/L,ビタミンK(フィトナジオンとして)を
約0.2~4mg/L,好ましくは約0.5~2.5mg/L,配合するのが好ま
しい。
【0043】
上記ビタミン収容容器には,上記脂溶性ビタミン溶液とともに,または脂溶性ビタ
ミン溶液の代わりに,水溶性ビタミンを充填してもよい。かかる水溶性ビタミンと
しては,例えばビタミンB1,ビタミンB2,葉酸,ビオチン,ビタミンC,ビタミ
ン12,パントテン酸類,ビタミンB6,ニコチン酸類またはビタミンHなどが挙げ
られる。
かかるビタミンは誘導体であってもよく,具体的にはビタミンB1としては例えば塩
酸チアミン,プロスルチアミンまたはオクトチアミンなどが挙げられる。ビタミン
B2としては,例えばリン酸エステル,そのナトリウム塩,フラビンモノヌクレオチ
ドまたはフラビンアデニンジヌクレオチドなどが挙げられる。ビタミンCとしては
例えばアスコルビン酸またはアスコルビン酸ナトリウムなどが挙げられる。パント
テン酸類としては,遊離体に加え,カルシウム塩や還元体であるパンテノールの形
態などが挙げられる。ビタミンB6としては,例えば塩酸ピリドキシンなどの塩の形
態などが挙げられる。ニコチン酸類としては,例えば,ニコチン酸またはニコチン
酸アミドなどが挙げられる。ビタミンB12としては,例えばシアノコバラミンなど
が挙げられる。
【0044】
上記水溶性ビタミンは,全ての溶液を混合した溶液中に以下の配合割合で配合され
るのが好ましい。ビタミンB1(塩酸チアミンとして)を約0.4~30mg/L,
好ましくは約1.0~5.0mg/L,ビタミンB2(リボフラビンとして)を約
0.5~6.0mg/L,好ましくは約0.8~4.0mg/L,ビタミンB6(塩
酸ピリドキシンとして)を約0.5~8.0mg/L,好ましくは約1.0~5.
0mg/L,ビタミンB12(シアノコバラミンとして)を約0.5~50μg/L,
好ましくは約1.0~10μg/L,ニコチン酸類(ニコチン酸アミドとして)を
約5~80mg/L,好ましくは約8~50mg/L,パントテン酸類(パントテ
ン酸として)を約1.5~35mg/L,好ましくは約3.0~20mg/L,葉
酸を約50~800μg/L,好ましくは約40~120μg/L,ビタミンC(ア
スコルビン酸として)を約12~200mg/L,好ましくは約20~120mg
/L,ビオチンを約5~120μg/L,好ましくは約10~70μg/L,配合
するのが好ましい。
【0045】
上記水溶性ビタミンは,ビタミン収容容器に限定されず,図1~3に示す輸液容器
の第1室または第2室に含有されていても良い。
【0046】
本発明の輸液製剤を患者に投与するに際して,外袋を破り,複数の室,すなわち,
図1に示す輸液製剤においては,第1室,第2室および微量金属元素収容容器,図
2または3に示す輸液製剤においては,第1室,第2室,微量金属元素収容容器お
よびビタミン収容容器を連通させることにより,各室の薬液を混合する。
本発明の輸液製剤においては,複数の全ての室および収容容器を外部からの押圧に
よって連通させて得られる薬液混合物の成分組成が,下記の組成であることが好
ましい。
【0047】
すなわち,ブドウ糖約50~400g/L,好ましくは約100~200g/L,
L-ロイシン約0.8~10.0g/L,好ましくは約2.0~5.0g/L,L
-イソロイシン約0~7.0g/L,好ましくは約1.0~3.0g/L,L-バ
リン約0.3~8.0g/L,好ましくは約1.0~3.0g/L,L-リジン約
0.5~7.0g/L,好ましくは約1.5~4.5g/L,L-トレオニン約0.
3~4.0g/L,好ましくは約0.5~2.0g/L,L-トリプトファン約0.
08~1.5g/L,好ましくは約0.2~1.0g/L,L-メチオニン約0.
2~4.0g/L,好ましくは約0.5~1.5g/L,L-フェニルアラニン約
0.4~6.0g/L,好ましくは約1.0~2.5g/L,
【0048】
L-システイン約0.03~1.0g/L,好ましくは約0.15~0.5g/L,
L-チロシン約0.02~1.0g/L,好ましくは約0.05~0.20g/L,
L-アルギニン約0.5~7.0g/L,好ましくは約1.5~3.5g/L,L
-ヒスチジン約0.3~4.0g/L,好ましくは約0.5~2.5g/L,L-
アラニン約0.4~7.0g/L,好ましくは約1.0~3.0g/L,L-プロ
リン約0.2~5.0g/L,好ましくは約0.5~2.0g/L,L-セリン約
0~3.0g/L,好ましくは約0.5~1.5g/L,グリシン約0.3~6.
0g/L,好ましくは約0.5~2.5g/L,L-アスパラギン酸約0~2.0
g/L,好ましくは約0.1~1.0g/L,L-グルタミン酸約0~3.0g/
L,好ましくは約0.1~1.0g/Lである。
【0049】
さらに,本発明の輸液製剤においては,電解質,微量金属元素として下記成分を含
んでいる。すなわち,ナトリウム約20~80mEq/L,カリウム約10~40
mEq/L,マグネシウム約2~20mEq/L,カルシウム約2~20mEq/
L,リン約2~20mmol/L,塩素約20~80mEq/L,鉄約2~200
μmol/L,銅約0.5~40μmol/L,マンガン約0~10μmol/L,
亜鉛約2~200μmol/L,ヨウ素約0~5μmol/Lである。
【0050】
本発明にかかる輸液製剤は,さらに,下記成分を下記濃度で含有することが好まし
い。
すなわち,ビタミンB1(塩酸チアミンとして)を約0.4~30mg/L,好まし
くは約1.0~5.0mg/L,ビタミンB2(リボフラビンとして)を約0.5
~6.0mg/L,好ましくは約0.8~4.0mg/L,ビタミンB6(塩酸ピ
リドキシンとして)を約0.5~8.0mg/L,好ましくは約1.0~5.0m
g/L,ビタミンB12(シアノコバラミンとして)を約0.5~50μg/L,好
ましくは約1.0~10μg/L,ニコチン酸類(ニコチン酸アミドとして)を約
5~80mg/L,好ましくは約8~50mg/L,パントテン酸類を約1.5~
35mg/L,好ましくは約3.0~20mg/L,葉酸を約50~800μg/
L,好ましくは約40~120μg/L,ビタミンC(アスコルビン酸として)を
約12~200mg/L,好ましくは約20~120mg/L,ビタミンAを約4
00~6500IU/L,好ましくは約800~4000IU/L,ビタミンD(コ
レカルシフェノールとして)を約0.5~10μg/L,好ましくは約1.0~6.
0μg/L,ビタミンE(酢酸トコフェノールとして)を約1.0~20mg/L,
好ましくは約2.5~12.0mg/L,ビタミンK(フィトナジオンとして)を
約0.2~4.0mg/L,好ましくは約0.5~2.5mg/L,ビオチンを約
5~120μg/L,好ましくは約10~70μg/L,含有していることが好ま
しい。
【0051】
本発明にかかる輸液製剤において,複数の全ての室および収容容器を外部からの押
圧によって連通させて得られる薬液混合物のpHは,約4~7となるようにするの
が好ましい。
【0052】
【実施例】
〔実施例1〕
注射用蒸留水にブドウ糖および電解質溶液を溶解し,酢酸でpHを4.4とした後,
ろ過して,表1に示した組成の溶液(A)を調製した。
また,各結晶アミノ酸および電解質を注射用蒸留水に溶解し,酢酸でpHを6.5
とした後,ろ過し,表2に示した組成の溶液(B)を調製した。
これとは別に,コンドロイチン硫酸ナトリウムの注射用蒸留水溶液に,塩化第二鉄
の注射用蒸留水溶液と水酸化ナトリウムの注射用蒸留水溶液を交互に添加しながら,
所定量の塩化第二鉄を添加した。この溶液に所定量の硫酸銅,塩化マンガンを添加
した後,pHを水酸化ナトリウムまたは塩酸で5.3に調整し,注射用蒸留水で液
量を調整し,表3に示した組成の溶液(C)を調製した。なお,コンドロイチン硫
酸ナトリウムは濃度5.0g/Lとなるように添加した。
厚さ50μmのポリエチレンフィルムより成形した小袋に,溶液(C)2mLを充
填し,溶着した。この小袋を微量金属元素収容容器(図1の符号6)としてポリエ
チレン製容器第1室(図1の符号4)に予め挟着した。該第1室4と第2室(図1
の符号5)のそれぞれに,溶液(A)の600mLおよび溶液(B)の300mL
をそれぞれ別個に窒素置換下で充填し,密封した後,常法に従い,108℃で20
分間,高温蒸気滅菌を行い,輸液を得た。これを,脱酸素剤(三菱瓦斯化学社製,
商品名エージレス)と共に,遮光性ナイロン多層袋で包装した。このようにして,
図1に示した輸液容器に収納された本発明に係る輸液製剤を製造した。
【0053】
〔実施例2〕
注射用蒸留水にブドウ糖および電解質水溶液を溶解し,酢酸でpHを4.4とし,
糖電解質液を調製した。さらに,ビタミンB1(塩酸チアミン)・・・を注射用蒸留
水に溶解し,これを上記の糖電解質液と混合後,ろ過して表1に示した組成の溶液
(A)を調製した。
また,各結晶アミノ酸,ニコチン酸アミド,葉酸および電解質を注射用蒸留水に溶
解し,酢酸でpHを6.0とした後,ろ過し,下記表に示した組成の溶液(B)を
調製した。なお,溶液(B)には安定剤として亜硫酸水素ナトリウムを濃度200
mg/Lとなるように添加した。
【0054】
これとは別に,ビタミンA(パルミチン酸レチノール)・・・を・・・可溶化した後,
注射用蒸留水に溶解した。ビタミンB2(リン酸リボフラビンナトリウム)・・・を
加え,水酸化ナトリウムでpH6とした後,ろ過して表4に示した組成の溶液(D)
を調製した。
別に,実施例1と同様にして,表3に示した組成の溶液(C)を調整した。
【0055】
厚さ50μmのポリエチレンフィルムより成形した2つの小袋に,それぞれ溶液
(C)2mLおよび溶液(D)2mLを充填し,溶着した。これらの小袋を図2に示
される微量金属元素収容容器(図2中の符号6)およびビタミン収容容器(図2中
の符号7)のように,ポリエチレン製容器第1室(図2中の符号4)に挟着した。
該第1室4および第2室(図2中の符号5)に,溶液(A)の600mLおよび溶
液(B)の300mLをそれぞれ別個に窒素置換下で充填し,密封した後・・・高
温蒸気滅菌を行い,輸液を得た。これを,脱酸素剤(三菱瓦斯化学社製,商品名エ
ージレス)と共に,遮光性ナイロン多層袋で包装した。このようにして,図2に示
した輸液容器に収納された本発明に係る輸液製剤を製造した。
【0056】
〔実施例3〕
注射用蒸留水にブドウ糖および電解質水溶液を溶解し,酢酸でpHを4.4とし,
糖電解質液を調製した。さらに,ビタミンB1(塩酸チアミン)・・・を注射用蒸留
水に溶解し,これを上記の糖電解質液と混合後,ろ過して表1に示した組成の溶液
(A)を調製した。
また,各結晶アミノ酸,ニコチン酸アミド,葉酸および電解質を注射用蒸留水に溶
解し,酢酸でpHを6.0とした後,ろ過し,下記表に示した組成の溶液(B)を
調製した。なお,溶液(B)には安定剤として亜硫酸水素ナトリウムを濃度50m
g/Lとなるように添加した。
【0057】
これとは別に,ビタミンD3・・・を・・・可溶化した後,注射用蒸留水に溶解し,
更にビタミンC(アスコルビン酸)を加え,水酸化ナトリウムでpH6とした後,
ろ過して表4に示した組成の溶液(D)を調製した。
別に,実施例1と同様にして,表3に示した組成の溶液(C)を調製した。
【0058】
厚さ50μmのポリエチレンフィルムより成形した2つの小袋に,それぞれ溶液
(C)2mLおよび溶液(D)4mLを充填し,溶着した。これらの小袋を図2に示
される微量金属元素収容容器(図2中の符号6)およびビタミン収容容器(図2中
の符号7)のように,ポリエチレン製容器第1室(図2中の符号4)に挟着した。
該第1室4および第2室(図2中の符号5)に,溶液(A)の700mLおよび溶
液(B)の300mLをそれぞれ別個に窒素置換下で充填し,密封した後・・・高
温蒸気滅菌を行い,輸液を得た。これを,脱酸素剤(三菱瓦斯化学社製,商品名エ
ージレス)と共に,遮光性ナイロン多層袋で包装した。このようにして,図2に示
した輸液容器に収納された本発明に係る輸液製剤を製造した。
【0059】
〔実施例4〕
溶液(A),(B),(C)および(D)は,実施例3と全く同様にして調整した。
厚さ50μmのポリエチレンフィルムより成形した2つの小袋に,それぞれ溶液(C)
2mLおよび溶液(D)2mLを充填し,溶着した。溶液(C)が入っている小袋
を図3に示される微量金属元素収容容器(図3中の符号6)のように,ポリエチレ
ン製容器第1室(図3中の符号4)に挟着した。また,溶液(D)が入っている小
袋を図3に示されるビタミン収容容器(図3中の符号7)のように,ポリエチレン
製容器第2室(図3中の符号5)に挟着した。該第1室4および第2室5に,溶液
(A)の700mLおよび溶液(B)の300mLをそれぞれ別個に窒素置換下で充
填し,密封した後・・・高温蒸気滅菌を行い,輸液を得た。これを,脱酸素剤(三
菱瓦斯化学社製,商品名エージレス)と共に,遮光性ナイロン多層袋で包装した。
このようにして,図3に示した輸液容器に収納された本発明に係る輸液製剤を製造
した。
【0060】
〔比較例〕
溶液(A),(B)および(C)を,その組成を下記表のように変更した以外は,
実施例1と全く同様にして調整した。但し,溶液(B)には安定剤として亜硫酸水
素ナトリウムを濃度50mg/Lとなるように添加した。
厚さ50μmのポリエチレンフィルムより成形した小袋に,溶液(C)2mLを充
填し,溶着した。この小袋を微量金属元素収容容器(図4の符号6)としてポリエ
チレン製容器第2室(図4の符号4)に予め挟着した。該第1室4と第2室(図4
の符号5)のそれぞれに,溶液(A)の600mLおよび溶液(B)の300mL
をそれぞれ別個に窒素置換下で充填し,密封した後,・・・高温蒸気滅菌を行い,
輸液を得た。これを,脱酸素剤(三菱瓦斯化学社製,商品名エージレス)と共に,
遮光性ナイロン多層袋で包装した。このようにして,図4に示した輸液容器に収納
された輸液製剤を製造した。
【0065】
〔安定性試験〕
実施例1~4および比較例で製造された輸液製剤を,60℃で2週間保存した。保
存後の容器の外観を肉眼で観察したところ,比較例の輸液製剤においてのみ,微量
金属元素収容容器に着色が見られた。
【表5】
【0066】
【発明の効果】
本発明によれば,含硫化合物と微量金属元素を含有する輸液製剤において,微量金
属元素を用時に輸液に混合する際に細菌による汚染を全くは(判決注:「全く」の
誤記と認める。)排除することができ,かつ,経時変化を受けることなく保存でき
る輸液製剤を提供することができる。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
(2)本件発明の概要
前記(1)によると,本件発明の概要は以下のとおりであると認められる。
ア技術分野
本件発明は,経時変化を受けることなく保存でき,使用時に細菌による汚染なく
薬剤の配合を行うことができる複数の室を有する輸液容器に収容されている輸液製
剤に関するものである(段落【0001】)。
イ従来の技術及び発明が解決しようとする課題
経口・経腸管栄養補給が不能又は不十分な患者に対しては,経静脈からの高カロ
リー輸液の投与が行なわれ,同投与に使用される輸液製剤は,病態などに応じて用
時に病院で適宜混合して使用されていたが,病院における混注操作は煩雑な上に,
混合操作時に細菌汚染の可能性が高く不衛生であるという問題があったため,連通
可能な隔壁手段で区画された複数の室を有する輸液容器が開発され病院で使用され
るようになった(段落【0002】)。
一方,輸液中には,通常,微量金属元素(銅,鉄,亜鉛,マンガンなど)が含ま
れていないことから輸液の投与が長期になると,患者の唇がひび割れたり,造血機
能が低下したりする,いわゆる微量金属元素欠乏症を発症するが,微量金属元素は
輸液と混合した状態で保存すると,化学反応によって品質劣化の原因となるため,
病院では,細菌汚染の問題がありながらも依然として輸液を投与する直前に微量金
属元素が混合されているのが現状であった(段落【0003】)。
発明者らは,上記のような現状に鑑み,外部からの押圧によって連通可能な隔壁
手段で区画された複数の室を有する輸液容器を用い,用時に細菌汚染の可能性なく
微量金属元素を混入することができ,かつ,保存安定性にも優れた輸液製剤の創製
研究を開始したが,含硫アミノ酸を含むアミノ酸輸液を一室に充填し,微量金属元
素収容容器を同室に収容すると,該アミノ酸輸液と微量金属元素とは隔離してある
にもかかわらず,微量金属元素を含む溶液が不安定であるという問題が生じること
を知見し,上記室と微量金属元素収容容器を構成する材料を種々変更して検討した
が,通常入手し得る樹脂材料である限り,微量金属元素溶液を安定化することはで
きなかった(段落【0004】)。
本件発明は,微量金属元素が安定に存在していることを特徴とする含硫化合物を
含む溶液を有する輸液製剤を提供することを目的とするものである(段落【000
5】)。
-ウ課題を解決するための手段
発明者らは,複室からなる輸液容器において,その一室に硫黄原子を含む化合物
を含有する溶液を収容し,微量金属元素収容容器は他の室に収納することにより,
微量金属元素を含む溶液が安定であるという知見に基づき,「複数の室を有する輸
液容器において,その一室に含硫アミノ酸及び亜硫酸塩からなる群より選ばれる少
なくとも1種を含有する輸液が充填され,他の室に鉄,マンガン及び銅からなる群
より選ばれる少なくとも1種の微量金属元素を含む液が収容された微量金属元素収
容容器が収納されていること」などを特徴とする輸液製剤又はその保存安定化方法
に関する発明である本件発明を完成した(【請求項1】~【請求項11】,段落【0
006】~【0011】)。
エ本件発明の効果
本件発明により含硫化合物と微量金属元素を含有する輸液製剤において,微量金
属元素を用時に輸液に混合する際に細菌による汚染を完全に排除することができ,
かつ,微量金属元素を経時変化を受けることなく保存できる輸液製剤を提供するこ
とができる(段落【0014】,【0066】)。
2取消事由1(本件発明1が甲1輸液製剤発明と同一ではないとした審決の認
定及び判断の誤り)について
(1)甲1発明の認定
ア甲1の記載事項
【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明はアミノ酸,糖,脂肪,及び/または電解質を含
有する輸液を収容した容器に係り,特に該輸液に配合するためのビタミンを長期間
安定に収容することが可能な収容物入り医療用容器と,この医療容器に好適に使用
できる複室容器に関する。
【0002】
【従来の技術】アミノ酸,糖,脂肪,及び/または電解質を含有する輸液が多用され
ている。この輸液は,長期間患者に投与する場合,該輸液に対して微量のビタミン
を混合して投与される。特に糖代謝などにより消費されるビタミンB1を混合する
ことは,長期間の投与には不可欠である。ビタミンは不安定な物質であるため,製
造時に輸液中に混合しておくと,滅菌工程中や保存期間中に熱,光,輸液中の他の
成分の作用等により経時的に分解されることが知られている。そのため,従来は投
与時に注射器等を用いて輸液容器中に混合していた。しかし,混合されるビタミン
が極めて多種類であるとともに微量であり,しかも無菌性の維持が必須であるため,
投与時の混合操作には手間がかかった。そのため,近年では,ビタミンの安定性を
確保できる組合わせを選択することにより,製造時に予めビタミンを配合した輸液
が種々提案されている。
【0003】しかしながら,このようなビタミン配合輸液では,2室或いは3室に分
割して収容された輸液成分中に10種類以上のビタミンを収容しているため,配合
されたビタミン全ての安定性を確保しにくいものであった。ビタミンは,特にビタ
ミンを含有させた液の場合には,pHや共存物質等によって安定性が変化しやすく,
そのため,多くのビタミンを配合した輸液では,ビタミン同士の相互作用,電解質
や各種の添加剤等の他の成分とビタミンとの相互作用などを考慮して,できるだけ
各ビタミンが安定に維持できるように,特定の組合せを選択していた。例えば特開
平10-203959号では糖を含有する液中に,ビタミンB1,B12,A,D,
E,Kを溶解して,pHを3.5~4.5に調製し,アミノ酸を含有する液中にビ
タミンB2,C,葉酸を溶解して,pHを5.0~7.0に調製している。ビタミ
ンB6,ビオチン,ニコチン酸アミド及びパンテノールはどちらの液に溶解しても
よいとしている。ここでは,多くの相互作用を考慮して安定化を図っている。とこ
ろが,このビタミン配合輸液を各ビタミンの単味製剤における安定pH域から検討
すると,糖含有液に溶解されたビタミンEの単味製剤の安定pHは例えば5.0~
7.0程度,ビタミンKは例えば6.0~8.0程度であり,液のpHは安定な範
囲ではない。また,アミノ酸含有液に溶解された葉酸の単味製剤の安定pHは8.
0~11.0程度であって,やはり液のpHは安定な範囲ではない。さらに,どち
らの液に溶解してもよいとされているビタミンB6の安定pHは公定書(日本薬局
方)等では3.0~5.0とされているが,実際には3.0~4.0程度であり,
何れの液のpHも安定な範囲ではない。しかも,実際の容器では,糖含有液とアミ
ノ酸含有液のpHが前記範囲内の特定の値となるため,該pH値が安定pHの範囲
に含まれないビタミンがさらに増加するのである。従って,このような輸液では,
共存物質とのバランスが崩れると,多数のビタミンを十分に安定に維持することが
困難である。他にも多数のビタミン配合輸液は提案されているが,・・・同様であ
る。
【0004】また,ビタミンを溶解して保存している従来の輸液では,多数のビタミ
ンの安定性をできるだけ高めるために輸液のpHを,所定の値に調整している。こ
のpHの調整は,輸液に酢酸やクエン酸等有機酸,無機酸などのpH調整剤を添加
することにより行われる。しかしながら,この輸液は溶解されるビタミンの量に比
べて著しく多く,ビタミンの量からみて著しく多量のpH調整剤を使用しているが,
このようなpH調整剤は,投与される患者にとって不要な場合が多い。そのため,
その結果,この輸液を投与することにより,生体に不要な成分を多量に投与してし
まうという問題点があった。さらに,このようなことはpH調整剤に限られず,脂
溶性ビタミンの可溶化剤,緩衝剤,酸化防止剤などの各種の薬剤量においても同様
である。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】本発明は上記従来の問題点を解決するべく,アミノ
酸,糖,脂肪,及び/または電解質を含有する輸液とこの輸液に配合するための複
数のビタミンとの混合操作が容易であり,該複数のビタミンを製造時及び保存時に
安定に維持することができるとともに生体に必須の薬剤以外の不要成分をできるだ
け少なくすることができ,製造が容易な収容物入り医療用容器及びそれに適した複
室容器を提供することを目的とする。
【0006】
【課題を解決するための手段】従来の医療用容器では,多量の輸液と多種類の微量の
ビタミンとを1つの容器に収容して使い勝手を良くするには,輸液中にビタミンを
混合して安定化を図ることが必須の事項として考えられていたため,特定な組合せ
及び割合においてだけ成立する安定な系を形成することのみが行われていた。しか
しながら,輸液とビタミンとを同一液中に共存させることと,輸液の液性を生理的
に許容される値に調整することとを両立させなければならないため,すべてのビタ
ミンを十分に安定に収容することが困難となっていて,その上,生体に不要な成分
の量を増加させてしまうという問題点が存在していたのである。そこで,本発明者
らは,鋭意研究の結果,使い勝手を良くすることとビタミンを安定に収容すること
とが区別できる事項であるという新たな着想を得て,多量の輸液と多種類のビタミ
ンとを1つの容器に収容するものの共存させないという本発明の容器,即ち,多種
類の微量のビタミンと輸液とを別々の容器に収容して安定化を図るものではなく,
また,多種類の微量のビタミンを輸液に溶解して使い勝手を良くするものでもない
容器を完成するに至ったのである。
【0007】本発明の医療用容器は,アミノ酸,糖,脂肪,及び電解質からなる群
から選ばれる1種または2種以上を含有する輸液を収容室に収容した容器におい
て,前記収容室と連通可能な仕切部を備えて該収容室と液密に区画され,かつ該収
容室より小さい複数の区画室を有し,該複数の区画室に複数のビタミンを,少なく
とも一部のビタミンと他のビタミンとが隔離されるように収容したことを特徴とす
る。
【0008】このような本発明によれば,収容室と液密に区画され,かつ該収容室よ
り小さい複数の区画室に,性質の異なる複数のビタミンを,少なくとも一部のビタ
ミンと他のビタミンとが隔離されるように収容したので,複数の区画室に収容され
たビタミンを輸液成分から隔離した状態で収容することができ,さらに,各区画室
中のビタミンを他の区画室のビタミンと隔離した状態で収容することができる。そ
のため,各区画室に収容されたビタミンに最適な条件を該区画室毎に設定すること
ができ,製造時及び保存時にビタミンを経時的に変化することを抑えることができ
る。また,複数の区画室が収容室と連通可能な仕切部を備えているので,複数の区
画室にビタミンを隔離して収容していても,使用時には仕切部を連通させれば容易
に各ビタミンを輸液と混合して使用することができ,この混合時に輸液やビタミン
を外気に晒すことがない。しかも,収容室と液密に区画され,かつ該収容室より小
さい複数の区画室にビタミンを収容したので,各ビタミンを任意の剤型で収容する
ことができ,各区画室にビタミン含有液として収容する場合には,輸液の量とは別
に任意の液量とすることができ,輸液にビタミンを混合するのに比べ,各区画室内
のビタミンの濃度を高く設定することができる。一般的に溶液は溶質濃度が高い程
加熱時に分解されにくいことが知られているが,このようにビタミン濃度を高くす
れば,滅菌等の加熱時にビタミンの分解を抑えることができ,区画室に各ビタミン
を収容した状態で加熱滅菌を行うことも可能となる。さらに,多くのビタミンは,
ビタミンの安定性を確保するためのpH調整剤,脂溶性ビタミンを可溶化するため
の可溶化剤,緩衝剤,抗酸化剤などの安定化剤を添加することがあるが,このよう
な配合剤は患者にとって不要な成分であることが多く,できるだけ少なくすること
が好ましい。本発明の容器においてビタミンを溶解或いは分散して区画室に収容す
れば,安定化剤を十分な濃度となるように添加したとしても,区画室内の液量が輸
液に比べて少なく,輸液に添加するのに比べて前記のような種々の安定化剤の使
用量を大幅に少なくすることができる。また,容器壁に吸着されやすい性質のビタ
ミンを区画室に収容する場合には,複数の区画室が収容室より小さいので,区画室
の内壁面の面積が収容室より少なく,収容室へ該ビタミンを収容する場合に比べ,
容器壁へのビタミンの吸着量を少なくすることができる。
【0012】また,本発明の収容物入り医療用容器に特に適した複室容器は,密封さ
れた収容室を有する合成樹脂製の複室容器であって,剥離不能な強シールからなる
複数の隔離部及び該隔離部から連続する剥離可能な弱シールからなる仕切部によ
り,前記収容室と液密に区画され,かつ前記収容室より小さい複数の区画室を有し,
複数の前記隔離部の少なくとも一部が一方側に配向するとともに,該一部の一方側
に前記仕切部が配置されていることを特徴する。
【0013】このような本発明の複室容器では,剥離不能な強シールからなる複数の
隔離部及び該隔離部から連続する剥離可能な弱シールからなる仕切部により収容室
と液密に区画された複数の区画室を有し,該複数の区画室が収容室より小さいので
,収容室の収容物より少量の複数の他の収容物をそれぞれ隔離した状態で収容する
ことができ,収容室及び複数の区画室内へ収容する収容物の性状を異なる条件に容
易に設定することが可能であり,混合しておくと変質し易い成分や安定な収容条件
が異なる収容物を収容し易い。また,仕切部の弱シールを剥離させるだけで,各区
画室と収容室を連通させることができ,異なる条件で収容されていた各収容物を容
易に外気に晒すことなく混合することが可能である。そのため,前記のような輸液
と多数の微量のビタミンのように,互いに異なる保存条件が要求されて使用時に混
合される多数の収容物を収容する容器として好適に使用できる。・・・
【0017】
【発明の実施の形態】以下,本発明を図面の実施形態を用いて説明する。図1は,本
発明の1実施形態の医療用容器としての複室容器を示し,(a)は正面図,(b)
は上下方向断面図,(c)は横方向断面図である。図において1は合成樹脂を用い
て可撓性を有するように形成された輸液容器の容器本体であり,連通可能な収容室
仕切部13aにより液密に分割された収容室3,5が形成されている。また,下端
7には排出口9が設けられ,上端8には必要に応じて混注口10が設けられている。
この容器本体1には,容器の上下方向に形成された複数本の隔離部11a,11b,
11c・・・とこの隔離部11a,11b,11c・・・と連続するように横方向
に形成された連通可能な仕切部13b,13c,13d・・・とにより区画された
区画室15a,15b,15c・・・が設けられている。ここでは隔離部11a,
11b,11c・・・は全て排出口9側に配向していて,仕切部13b,13c,
13d・・・は隔離部11a,11b,11c・・・の排出口9側に配置されてい
る。そして,各区画室15a,15b,15c・・・は隔離部11b,11c・・・
を介して隣接して配置され,また,隔離部11aを介して区画室15aと収容室3
とが横方向に隣接して配置されている。区画室15a,15b,15c・・・は収
容室3,5より小さく,好ましくは1/10以下の容積である。また,区画室15
a,15b,15c・・・は輸液容器1の上下方向の端部側,ここでは上端8側
に配置され,全ての区画室15a,15b,15c・・・が他の区画室15a,1
5b,15c・・・及び収容室3,5と液密に区画されている。なお図では,区画
室15a,15b,15c・・・の数を簡略化して図示しているとともに幅を拡大
して図示している。
【0018】連通可能な収容室仕切部13a及び仕切部13b,13c,13d・・・
は,内壁面を当接させて剥離可能に溶着して形成された弱シールからなり,輸液容
器1の両側部17a,17b間を通して直線的に連続している。一方,隔離部11
a,11b,11c・・・は,内壁面を当接させて十分に溶着することにより剥離
不能に形成された強シールからなり,収容室仕切部13a及び仕切部13b,13
c,13d・・・と連続して設けられている。なお,輸液容器1の上端8及び下端
7は,剥離不能な強シール19,21により密封されていて,上端8の強シール1
9により区画室15a,15b,15c・・・の上端16a,16b,16c・・・
が密封されている。また,両側部17a,17bは表裏の壁面が連続しているが,
必要により剥離不能な強シールを施していてもよい。
【0019】この実施形態ではこのように構成された容器本体1において,収容室
3,5には,アミノ酸,糖,脂肪,及び電解質の1種または2種以上を含有する輸
液が適宜収容されるが,ここでは収容室3にアミノ酸,或いはアミノ酸及び電解質
含有液が収容され,収容室5には糖,或いは糖及び電解質含有液がそれぞれ収容さ
れている。一方,複数の区画室15a,15b,15c・・・の一部には,少なく
とも2種以上のビタミンが,少なくとも一部のビタミンを他のビタミンと隔離する
ように別々に収容されていて,それぞれの区画室15a,15b,15c・・・内
は互いに異なるpH等の条件,液性に設定され,それぞれ収容室3,5とは異なる
pH等の条件,液性に設定されている。なお,ビタミンを収容する目的のために輸
液の液性を調整する必要がなければ,この実施形態では他のビタミンの一部を収容
室3,5に収容してもよい。ビタミンは区画室15a,15b,15c・・・内に,
粉体等の形態で収容してもよいが,混合を容易にするためにビタミンを水性のビタ
ミン含有液として収容している。このビタミン含有液は,ビタミンA,D,E,K,
等の脂溶性ビタミンの場合,界面活性剤等の可溶化剤を用いて水性媒体中に分散し
た分散液として,ビタミンB1,B2,B6,B12,C,ニコチン酸,パンテノ
ール,ビオチン,葉酸等の水溶性ビタミンの場合,水溶液とすることができる。こ
こでは,複数のビタミンの内,他のビタミンと異なる性質を有する一種または二種
以上を,個々に或いは複数組み合わせて分類して収容している。この分類では,複
数のビタミンを全て個々に別々の収容室に収容することにより,全ビタミンを安定
に維持することができるが,多数のビタミンを容器本体1に収容する場合には,多
数の区画室15a,15b,15c・・・が必要となるため製造に手間が掛かる。
そのため,多数のビタミンを分類する場合には,同一又は類似の性質を有するビタ
ミン同士を組み合わせて分類することができる。このビタミンの性質としては,例
えば脂溶性ビタミンと水溶性ビタミンの差,単味製剤における安定pH域の差,容
器内壁面への吸着性の差,光若しくは空気に対する安定性の差,粉体と液体の差,
各ビタミン同士或いは他の成分との相互作用の差等が挙げられる。これらの性質に
よる分類は,それぞれ単独で適用することが可能であるが,複数の性質による分類
を合わせて適用することにより,より複数のビタミンを安定に維持することができ
る。
【0022】次に,この実施形態の輸液容器に収容された収容物を具体的に説明す
る。収容室3に収容する糖含有液としては,グルコース,フルクトース,マルトー
ス等の還元糖,キシリトール,ソルビトール,グリセロール等の糖アルコールなど
の一種又は二種以上を,水等の水性溶媒に溶解した液が挙げられる。・・・
【0023】一方,収容室5に収容されるアミノ酸含有液としては,L-イソロイシ
ン,L-ロイシン,L-バリン,L-メチオニン,L-フェニルアラニン,L-チ
ロシン,L-トリプトファン,L-スレオニン,L-アルギニン,L-ヒスチジン,
L-アラニン,L-プロリン,L-セリン,グリシン,L-リジン,L-アスパラ
ギン酸,L-グルタミン酸,L-システイン,L-シスチン,L-オキシプロリン
など,一般に輸液に使用される必須アミノ酸及び/または非必須アミノ酸を適宜,
水性媒体に溶解した液が挙げられる。このアミノ酸含有液のpHは,好ましくは5
~7,より好ましくは5.5~6.5の範囲とするのが好適である。pH調整剤と
しては,糖含有液に使用されている公知のものが使用でき,例えば,クエン酸,グ
ルコン酸,乳酸,リンゴ酸,マレイン酸,マロン酸等の有機酸,無機酸,有機塩基,
苛性ソーダ等の無機塩基等を例示できる。このアミノ酸含有液中のアミノ酸の配
合量は,特に限定されるものではないが,好ましくは前述の糖含有液と混合した状
態で,1-15重量%となる範囲,より好ましくは3~12重量%となる範囲に調
製するのがよい。なお,収容室5には,アミノ酸含有液とともに複数のビタミンの
一部が収容されている。
【0024】また,収室室(判決注:「収容室」の誤記と認める。)3,5には糖含
有液またはアミノ酸含有液とともに,各種の電解質を含有させることができる。こ
のような電解質としては,ナトリウム,カリウム,マグネシウム,カルシウム,塩
素,リン,亜鉛等が挙げられ,これらを適宜選択して添加することができる。なお,
各電解質は,酸性の糖含有液及びアミノ含有液のいずれに添加することも可能であ
り,両者に添加してもよい。電解質のナトリウム供給源としては,水酸化ナトリウ
ム,塩化ナトリウム,有機酸ナトリウム塩,アミノ酸ナトリウム塩,リン酸一水素
ナトリウム,リン酸二水素ナトリウム等が挙げられ,カリウム供給源としては,水
酸化カリウム,塩化カリウム,有機酸カリウム塩,アミノ酸カリウム塩,リン酸一
水素カリウム,リン酸二水素カリウム等が挙げられ,マグネシウム供給源としては,
塩化マグネシウム,硫酸マグネシウム,有機酸マグネシウム塩,アミノ酸マグネシ
ウム塩等が挙げられ,カルシウム供給源としては,塩化カルシウム,グルコン酸カ
ルシウム等が挙げられ,塩素供給源としては,塩酸,塩化ナトリウム,塩化カリウ
ム,アミノ酸塩酸塩等が挙げられ,リンの供給源としては,リン酸,リン酸一水素
ナトリウム,リン酸二水素ナトリウム,リン酸一水素カリウム,リン酸二水素カリ
ウム等,亜鉛供給源としては硫酸亜鉛,塩化亜鉛,グルコン酸亜鉛,乳酸亜鉛,酢
酸亜鉛等が挙げられる。このような電解質は,生体内の必要量を過剰とならないよ
うに加えることが好ましく,糖含有液及びアミノ酸含有液を混合した後,ナトリウ
ムが0~180mEq/L,カリウムが0~135mEq/L,カルシウムが0~
50mEq/L,マグネシウムが0~40mEq/L,クロルが0~300mEq
/L,リンが0~100mEq/L程度となるように添加することができる。
【0025】なお,この電解質中,カルシウムまたはマグネシウムと,リンとしてリ
ン酸とを酸性以外の輸液中に配合する場合には,結晶を析出する恐れがあるため,
別々の収容室に収容するのがよく,酸性でない糖含有液またはアミノ酸含有液の一
方にカルシウムまたはマグネシウムを添加したときには,他方にリン酸化合物を添
加するようにするのが好ましい。また,糖含有液及びアミノ酸含有液には,前記電
解質の他に,鉄,銅,亜鉛,マンガン,ヨウ素などの微量元素を必要に応じて必要
量,例えば,鉄を0~70μmol,銅を0~10μmol,亜鉛0~120μm
ol,マンガン0~40μmol,ヨウ素を0~2μmol含有させることができ
る。これらの微量元素は,塩化物,硫酸塩,酢酸塩,グルコン酸塩,乳酸塩などの
水溶性塩を供給源とすることができる。このような電解質及び微量元素は,できる
だけ製造工程中及び保存中の安定性が高くなるように配合する。
【0027】次に,区画室15a,15b,15c・・・に収容されるビタミン類に
ついて説明する。ビタミン類としては,前述のように,ビタミンA,ビタミンD,ビ
タミンE,ビタミンK,ビタミンB1,ビタミンB2,ビタミンB6,ビタミンB1
2,ビタミンC,ニコチン酸類,パントテン酸類,葉酸,ビオチンなどが挙げられる。・・・
【0031】ここでは前記複数のビタミン類を,例えば2以上,好ましくは3~9個,
より好ましくは3~5個の区画室15a,15b,15c・・・及び収容室3,5
に少なくとも一部のビタミンが他のビタミンと互いに隔離されるように分類して収
容する。この分類としては何ら限定されるものではないが,好ましくは水溶性ビタ
ミンと脂溶性ビタミンとを隔離して収容することが可能であり,ビタミンの単味製
剤の安定pHの観点から,単味製剤における安定pH域が異なるビタミンをそれぞ
れ隔離して収容することが可能である。単味製剤における安定pH域が異なるビタ
ミンをそれぞれ隔離して収容するとは,単味製剤における安定pH域が重なるもの
同士をまとめて,異なる区画室15a,15b,15c・・・や収容室3,5に収
容することをいう。
【0032】このような観点から組み合わせると,例えば,複数の区画室15a,1
5b,15c・・・のうち,一つの区画室15aに脂溶性ビタミンを収容し,残り
の区画室15b,15c・・・内を収容室3,5と異なるpHに調整して水溶性ビ
タミンをそれぞれ安定pH域に応じた区画室15b,15c・・・に収容したり,
或いはさらに水溶性ビタミンの内,ビタミンB1のように特に安定pH域が低いも
のを単独で別の区画室に収容したり,ビタミンCのように他ビタミンとの相互作用
が多くて抗酸化剤を多く必要なものを単独で別の区画室に収容することができ
る。・・・
【0033】なお,本発明の輸液容器には,糖含有液,アミノ酸含有液,ビタミン含
有液,或いは脂肪含有液に,安定性を損なわない範囲で一般に輸液に添加されてい
る他の薬剤を含有させることも可能である。このような他の添加剤としては,例え
ば,L-ヒスチジン,トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン等の緩衝剤,チオ
グリセロール,ジチオスレイトール等の着色防止剤,チオグリセロール,亜硫酸水
素ナトリウム,亜硫酸ナトリウム等の酸化防止剤などを配合することができる。
【0034】本発明において,前記のような各収容物を収容する容器本体1は,前述
の通り合成樹脂製の容器であるのが好ましい。この容器は少なくとも内層が医療用
容器として安全性が認められる樹脂層を有するものであればよく,外層に非樹脂層
を有するものであってもよい。また,容器は硬質容器であってもよいが,仕切部が
易剥離性の弱シールである場合は軟質容器であるのが好ましい。この実施形態の輸
液容器の内層に使用される医療用容器の樹脂は,内容物の薬剤に影響を与えず,溶
出物が生じない樹脂であり,例えばポリオレフィン系樹脂,ポリエステル樹脂,ポ
リアクリロニトリル系樹脂,ポリアクリル系樹脂,ポリアミド系樹脂,塩化ビニル,
塩化ビニリデン系樹脂,ポリビニルアルコール系樹脂,エチレン-酢酸ビニル共重
合体,エチレン-アクリル共重合体,アイオノマー等の樹脂が挙げられ,特にポリ
オレフィン系樹脂が好ましい。ポリオレフィン系樹脂としては,低密度ポリエチレ
ン,直鎖状低密度ポリエチレン,中密度ポリエチレン,高密度ポリエチレン,ポリ
プロピレン等の低級オレフィン樹脂,環状ポリオレフィン系樹脂,エチレン-酢酸
ビニル共重合体,エチレン-アクリル共重合体,アイオノマー,或いはこれらの混
合物などが挙げられる。
【0035】また,収容室仕切部13a及び仕切部13b,13c,13d・・・が
易剥離性を有する弱シールである場合には,内層に使用する樹脂として,内層同士
を低温で不完全に溶着することにより弱シールを形成できるとともに,高温で完全
に溶着することにより強シールが形成できる樹脂を選択するのが好ましく,例えば
低級オレフィン樹脂を選択することができ,特に直鎖状低密度ポリエチレンとポリ
プロピレンとの混合物からなる樹脂が好適である。・・・
【0036】なお,ビタミンD等の脂溶性ビタミンを区画室15a,15b,15c,
15d・・・に収容する場合には,容器内壁面への吸着をより防止するために,該
区画室の最内層の樹脂として,ポリエチレンテレフタレート,ポリエチレンナフタ
レート,ポリアクリロニトリル,環状ポリオレフィン,ナイロン等を使用すること
もできる。この場合,他の区画室15a,15b,15c,15d・・・及び/ま
たは収容室3,5の最内層がこのような吸着性の低い樹脂により形成されていない
場合には,例えばこのような樹脂からなり,剥離等により開口可能なシール部分を
有する独立した容器にビタミンD等の脂溶性ビタミンを収容し,この独立した容器
を区画室内に収容するようにしてもよい。また,空気により変化するおそれのある
ビタミンD,A,Eを区画室15a,15b,15c,15d・・・或いは収容室
3,5に収容する場合には,該区画室又は収容室のガス透過性を低下するために,
ガス透過性の低い樹脂層を積層してもよく,樹脂層の表面,裏面,両面,或いは中
間層に金属,無機物等からなる非樹脂層を積層してもよい。ガス透過性の低い樹脂
としては,ポリエチレンテレフタレート,ポリエチレンナフタレート,ポリビニル
アルコール,エチレンビニルアルコール,ポリ塩化ビニリデン,ポリ塩化ビニリデ
ンクロライド,ナイロン等のポリアミド,セロファン等の樹脂が挙げられる。また,
ガス透過性の低い非樹脂層としては,例えばアルミ等の金属薄層,アルミナ蒸着層,
シリカ蒸着層などのセラミック蒸着層などが挙げられる。
【0037】・・・空気または/及び光により変化しやすいビタミンをそれぞれ区画
室15a,15b,15c,15d・・・に収容すると,該区画室だけを空気また
は/及び光から保護すればよく,前記のような材料の使用量も少なくできる。
【0039】以上のようにして製造されたこの実施形態の輸液容器を使用するには,
まず,収容室5を容器の外壁から押圧することにより,収容室仕切部13a及び仕
切部13b,13c・・・の弱シールを剥離させて収容室5と収容室3との間,及
び収容室5と各区画室15a,15b,15c,15d・・・との間を連通させる。
この場合,収容室仕切部13a及び仕切部13b,13c・・・の全てが弱シール
なので,一度に全てを連通させることができる。そして内容液を各収容室3,5及
び区画室15a,15b,15c,15d・・・を流動させることにより,糖若し
くは糖及び電解質含有液と,アミノ酸若しくはアミノ酸及び電解質含有液と,ビタ
ミンと,さらに必要により脂肪乳剤等とを無菌的に混合する。・・・
【0040】以上のような輸液容器によれば,複数の区画室15a,15b,15c,
15d・・・に性質の異なる複数のビタミンを,少なくとも一部のビタミンと他の
ビタミンとが隔離されるように収容したので,複数ビタミンをそれぞれ該ビタミン
に最適な条件下で収容しておくことが可能となる。そのため,製造時及び保存時に
輸液に配合されるビタミンが経時的に変化することを抑えることができる。また,
区画室15a,15b,15c,15d・・・に収容されるビタミンには,該ビタ
ミンの安定性を確保するためにpH調整剤,脂溶性ビタミンを可溶化するための可
溶化剤,緩衝剤,着色防止剤,酸化防止剤などを配合することができるが,このビ
タミン量が微量であり,余分な成分が存在しないため,これらのビタミンに配合す
る各種の成分もビタミン量に対応した微量でよく,輸液と混合した状態では,輸液
内に存在する量が著しく少ない。そのため,該ビタミンにこのような成分を十分に
配合して,十分な安定性を得ていたとしても,従来のビタミンを溶解した輸液に比
べて,患者に不要なこれらの成分を著しく少なくすることができる。さらに,加熱
滅菌を行う場合,区画室内に収容されたビタミン濃度が従来の輸液に比べて高濃度
に維持されているので,従来の輸液より加熱滅菌時のビタミンの分解を抑えること
が可能である。
【0043】また,区画室15a,15b,15c,15d・・・に収容されたビタ
ミン含有液のpHが,収容室3,5の糖含有液及びアミノ酸含有液のpHと異なっ
ているため,糖含有液及びアミノ酸含有液のpHが安定pH域であるビタミンを,
輸液と混合した状態で保存することにより,区画室を少なくすることができる。・・・
【0044】・・・なお,以上のような輸液入り医療用容器に使用した容器本体は,
輸液成分及び複数のビタミンを収容するのに特に好適に使用できるものであるが,
他の用途にも使用可能であり,例えば複数の微量元素を複数の区画室に収容すると
ともに輸液を収容した容器,更に複数の微量の調味料と多量の調味料や食品などを
収容した食品用容器など,複数の微量成分と多量成分とを隔離して収容しておく他
の用途の容器としても使用可能である。
【0048】・・・さらに,上記では区画室に全てビタミンが収容されているが,例
えば一部の区画室にビタミン以外の成分が収容されていても問題はなく,例えば微
量元素,グルタミン等の他の成分だけを1又は2以上の区画室に収容しておくこと
も可能である。・・・
【0053】図5は,本発明の一実施形態を示す正面図,図6はその縦断面図である。
この実施形態の複室容器21は,複数の収容室23,24を有する容器本体25と,
複数の区画室28を有して収容室24に収容された収容容器30とからなり,ここ
では収容室23にはアミノ酸或いはアミノ酸及び電解質含有液が収容され,収容室
24には糖或いは糖及び電解質含有液が収容されている。一方,複数の区画室28
には,少なくとも2種以上のビタミンが,少なくとも一部のビタミンを他のビタミ
ンと隔離するように,別々に収容されているが,他のビタミンの一部がさらに収容
室23,24に収容されていてもよい。この複室容器21の容器本体25では,複
数の収容室23,24間が容器壁31の内壁面同士を剥離可能に熱溶着した弱シー
ルからなる仕切部33により仕切られていて,上下両端を含む周囲が密封シール部
35により密封されている。この密封シール部35により密封された容器壁31の
内部が収容空間37である。また,下端の密封シール部35には収容空間37内の
収容物の排出口38を有していて,ゴム栓等により密封されている。収容容器30
では,壁材39の内壁面同士を剥離不能に熱溶着した強シールからなる区画部41
により両側部30a及び区画室28間が区画され,壁材39の内壁面同士を剥離可
能に熱溶着した弱シールからなる隔離部43により下端部が収容室24と隔離さ
れ,容器本体30の密封シール部35に上端部が配置されて一体に溶着されること
により密封されている。この区画室41(判決注:「区画部41」の誤記と認める。)
は複数個設けられているが,図では3室の例を記載している。また密封シール部3
5,区画部41及び隔離部43により区画された壁材39の内部がそれぞれ区画室
21(判決注:「区画室28」の誤記と認める。)である。この区画室28は,収
容室より小さく,好ましくは収容室24の容積の1/10以下となっている。
【0054】さらに,収容容器30の隔離部43は,区画室28の壁材39を押圧す
ることにより,剥離して開放できる強度に溶着されている。・・・この実施形態で
は,容器壁31を介して収容容器30の壁材39を押圧することにより区画室39
の内圧を増加させて弱シールからなる隔離部43を剥離させるものであり,該剥離
を生じる程度に収容容器30の壁材39を変形させるのに必要な容器本体25の容
器壁31の変形量である。
【0055】このような複室容器21においても,少なくとも2種以上のビタミンが
少なくとも一部のビタミンを他のビタミンと隔離するように別々に収容されている
ので前記実施形態と同様の効果が得られる上,さらに,区画室28が収容室24内
に設けられているため,区画室28内の収容物が複室容器21の周囲の雰囲気の影
響を受けにくく,例えば区画室28内への外気中の酸素等のガスの透過や,区画室
28内の収容物の水等揮発しやすい成分の周囲の雰囲気中への放出などを抑えるこ
とができ,保存時に区画室28内の収容物の変質を防止し易い。さらに,加熱滅菌
処理時には収容容器30の区画室28内の収容物が容器本体25の収容液の温度変
化に応じて加熱されため,過剰に加熱処理を受けることがない。しかも,連通可能
な仕切部33により仕切られた収容室24に,容器本体25の容器壁31を介して
開放操作可能な隔離部43を備えた収容容器30が配置されていて,容器本体25
の容器壁31の変形可能量が,仕切部33の連通前には隔離部43の開放可能量よ
り小さく,かつ,仕切部33の連通後には開放可能量より大きくなっているので,
仕切部33を連通した後でなければ隔離部43を開放することができず,複数の
収容室23,24と区画室28との開放順序を特定することができる。そのため,
仕切部33を連通させない限り隔離部43を開放することができないので,仕切部
33を確実に非連通状態に維持しておくだけで,仕切部33と隔離部43の両方の
開放を防止することができる。また,隔離部43を開放するために要する力を低く
設定しておくことも可能である。さらに,易熱変質性のビタミンが収容された区画
室28を有する収容容器30が,容器本体25の収容空間37内に収容されて,該
収容空間37内に収容液が収容された状態で加熱処理されているので,加熱処理時
には収容容器30の区画室28内の収容物が容器本体25の収容液の温度変化に応
じて加熱される。そのため,収容室24の収容物の昇温とともに区画室28の収容
物が昇温し,区画室28の収容物が収容室24の収容物より早く加熱処理温度に到
達することがなく,収容室24の収容物以上に加熱処理を受けることがない。その
結果,各区画室28が収容室23,24に比べて小さくても,各区画室28の収容
物の過剰な加熱処理を確実に防止することができる。
【0056】
【実施例】以下,本発明の実施例を説明する。
実施例1
図1に示すような輸液容器を用い,ビタミンの安定性を確認した。
糖含有液
まず,下記成分を注射用水に溶解して,クエン酸でpH4.5に調整した600m
lの糖及び電解質含有液を得た。この液を排出口9から収容室5に収容した。
成分配合量
ブドウ糖79.80g
果糖40.2g
キシリトール19.80g
塩化ナトリウム1.06g
塩化カリウム1.27g
酢酸ナトリウム1.85g
グルコン酸カルシウム0.89g
硫酸マグネシウム0.49g
硫酸亜鉛2.28mg
リン酸二水素カリウム0.68g
【0057】アミノ酸含有液
次に,下記成分を注射用水に溶解して,pH6.5に調整した250mlのアミノ
酸含有液を得た。この液を容器本体1の上端8の開口部分から収容室3に収容した。
成分配合量
L-ロイシン3.50g
L-イソロイシン2.00g
L-パリン2.00g
酢酸L-リジン3.70g
L-トレオニン1.43g
L-トリプトファン0.50g
L-メチオニン0.98g
L-フェニルアラニン1.75g
L-システイン0.25g
L-チロシン0.13g
L-アルギニン2.63g
L-ヒスチジン1.25g
L-アラニン2.00g
L-プロリン1.25g
L-セリン0.75g
アミノ酢酸1.48g
L-アスパラギン酸0.25g
L-グルタミン酸0.25g
【0058】ビタミン含有液
下表に示すようなビタミンをそれぞれ区画室15a~15fに収容した。各区画室
のビタミン含有液は,区画室eに5ml,区画室a,b,dに2ml,区画室c,
fに1mlとなるように調整し,水溶液または分散液として分注した。なお,脂溶
性ビタミンは予め可溶化剤としてポリソルベート80を用いて可溶化処理した。脂
溶性ビタミンを収容した区画室内の可溶化剤は80mgであった。また,区画室に
収容したビタミンはクエン酸若しくは塩酸または苛性ソーダを用いてpHを調整し
て収容した。区画室の内,最も酸の使用量の多いビタミンB1を収容した区画室1
5aでは使用した塩酸の量は医療用に使用される希塩酸0.1ccであった。
成分収容量収容位置pH
ビタミンA3300IU区画室15e6
ビタミンD5μg区画室15e6
ビタミンE10mg区画室15e6
ビタミンK5mg区画室15e6
ビタミンB13.9mg区画室15a3.5
ビタミンB64.9mg区画室15a3.5
ビタミンB24.6mg区画室15b6.3
ビタミンB125μg区画室15d5.2
ビタミンC100mg区画室15c7.2
ニコチン酸アミド40mg区画室15b6.3
パンテノール14mg区画室15d5.2
ビオチン0.06mg区画室15b6.3
葉酸0.4mg区画室15f8
【0059】輸液容器
上記のような糖及び電解質含有液,アミノ酸含有液,及びビタミンをそれぞれ収容
室3,5及び区画室15a,15b,15cに収容し,それぞれ窒素ガス置換して
密封した後,115℃で20分間高圧蒸気滅菌を施し,輸液容器を作成した。
安定性の確認
前記輸液容器を高圧蒸気滅菌して常温まで冷却した後,収容室3,5及び区画室1
5a,15b,15cから内容液を抜き取り,各ビタミンの残存率を液体クロマト
グラフ法により測定した。次に,該輸液容器を,窒素充填された常温の遮光室に収
容して3月保存し,内容物中の各ビタミン残存率を同様に測定した。結果を表2に
示す。
【0060】実施例2
ビタミンを下記のような配合及び収容位置とし,糖及び電解質含有液のpHを5し
た(判決注:「5とした」の誤記と認める。)他は,実施例1と同様にして,各ビ
タミンの安定性の確認を行った。各区画室は5ccとした。結果を表2に示す。
成分収容量収容位置pH
ビタミンA10000IU区画室15e5
ビタミンD1000IU区画室15e5
ビタミンE-
ビタミンK-
ビタミンB150mg区画室15a3.5
ビタミンB615mg区画室15a3.5
ビタミンB210mg収容室36.5
ビタミンB12-
ビタミンC500mg区画室15c7.2
ニコチン酸アミド100mg収容室36.5
パンテノール25mg収容室55
ビオチン-
葉酸-
【0061】実施例3
ビタミンを下記のような配合及び収容位置とし,実施例1と同様にして,各ビタミ
ンの安定性の確認を行った。各区画室は5ccとした。なお,脂溶性ビタミンは大
豆油に混合した後,ポリオキシ硬化ひまし油60に混合して可溶化した。結果を表
2に示す。
成分収容量収容位置pH
ビタミンA10000IU区画室15b5
ビタミンD1000IU区画室15b5
ビタミンE20mg区画室15b5
ビタミンK10mg区画室15b5
ビタミンB150mg区画室15a4
ビタミンB210mg区画室15b5
ビタミンB615mg区画室15a4
ビタミンB1230μg区画室15a4
ビタミンC500mg区画室15b5
ニコチン酸アミド100mg区画室15c6.1
パンテノール25mg区画室15c6.1
ビオチン0.3mg区画室15c6.1
葉酸1mg区画室15c6.1
【0062】実施例4
ビタミンを下記のような配合及び収容位置とし,実施例1と同様にして,各ビタミ
ンの安定性の確認を行った。各区画室は5ccとした。結果を表3に示す。
成分収容量収容位置pH
ビタミンA10000IU区画室15b5
ビタミンD1000IU区画室15b5
ビタミンE20mg区画室15b5
ビタミンK10mg区画室15b5
ビタミンB150mg区画室15a4
ビタミンB210mg区画室15b5
ビタミンB615mg区画室15a4
ビタミンB1230μg区画室15a4
ビタミンC500mg区画室15d6.5
ニコチン酸アミド100mg区画室15c6.1
パンテノール25mg区画室15c6.1
ビオチン0.3mg区画室15c6.1
葉酸1mg区画室15c6.1
【0063】実施例5
ビタミンを下記のような配合及び収容位置とし,実施例1と同様にして,各ビタミ
ンの安定性の確認を行った。各区画室は5ccとした。結果を表3に示す。
成分収容量収容位置pH
ビタミンA10000IU区画室15b5
ビタミンD1000IU区画室15b5
ビタミンE20mg区画室15b5
ビタミンK10mg区画室15b5
ビタミンB150mg区画室15e3.5
ビタミンB210mg区画室15b5
ビタミンB615mg区画室15a4
ビタミンB1230μg区画室15a4
ビタミンC500mg区画室15d6.5
ニコチン酸アミド100mg区画室15c6.1
パンテノール25mg区画室15c6.1
ビオチン0.3mg区画室15c6.1
葉酸1mg区画室15c6.1
【0064】
【表2】
【0066】表2,3の結果に示されるように,多数のビタミンを輸液成分と隔離し
て収容し,多数の水溶性ビタミンを単味製剤における安定pH域が異なるものに分
類し,また脂溶性ビタミンを多くの水溶性ビタミンとを分類して,各区各室に隔離
して収容したので,少ないpH調整剤及び可溶化剤で各区画室内のpHを該区画室
内に収容されたビタミンを安定に維持できる収容条件に設定することができ,これ
により各ビタミンの安定性を確保することができた。各実施例ともに,ビタミンB
1を含有するビタミン含有液を区画室に収容して,他のの(判決注:「他の」誤記と
認める。)区画室及び収容室に収容された液のpHより低く調整したため,ビタミン
B1を確実に安定に保存することができた。また,配合したビタミン中でビタミン
B1の安定pHが最も低いため,これを区画室に収容したことにより,糖含有液を
pH4.5或いは5としておくことができ,糖含有液にpH調整剤を多量に使用す
る必要がなかった。なおpH4.5或いは5であっても,糖含有液の品質の低下は
確認されなかった。また,区画室にビタミンDを収容したので,ビタミンDの容器
内壁面への吸着量が少なく,ビタミンDの減少は小さかった。実施例2では,全て
の区画室に収容されたビタミン含有液のpHを,収容室3,5の輸液のpHと異な
らせたため,輸液のpHが安定pH域にあるビタミンを輸液と混合した状態で保存
しても安定性を確保することができた。
【0067】なお,実施例において,3月経過後の輸液容器を目視により確認したこ
とろ(判決注:「ところ」の誤記と認める。),何れの輸液容器のビタミン含有液並び
に糖含有液及びアミノ酸含有液にも分離が見られず,均一な液の状態に維持できて
いた。これは,脂溶性ビタミンであるビタミンA,D,E,Kを多くの水溶性ビタ
ミンと隔離して区画室に収容したので,脂溶性ビタミンに付着した可溶化剤の界
面の改質効果が維持できたことを示す。
【0068】
【発明の効果】以上詳述の通り,この発明の収容物入り医療用容器によれば,輸液を
収容室に収容した容器において,収容室と連通可能な仕切部を備えて収容室と液密
に区画され,かつ収容室より小さい複数の区画室を有し,複数の区画室に複数のビ
タミンを,少なくとも一部のビタミンと他のビタミンとが隔離されるように収容し
たので,輸液とこの輸液に配合するための複数のビタミンとの混合操作が容易であ
り,該複数のビタミンを長期間安定に維持保存することができるとともに生体に必
須の薬剤以外の不要成分をできるだけ少なくすることができ,製造が容易な輸液容
器が得られる。また,本発明の複室容器によれば,密封された収容室を有する合成
樹脂製の複室容器において,剥離不能な強シールからなる複数の隔離部及び隔離部
から連続する剥離可能な弱シールからなる仕切部により,収容室より小さい複数の
区画室を収容室と液密に区画して,複数の隔離部の少なくとも一部が一方側に配向
して仕切部を配置したので,輸液と複数のビタミンを収容した内容物入り医療用容
器に好適に使用できる複室容器が得られる。
【図1】
【図5】
【図6】
イ甲1発明の認定について
前記アの甲1の記載事項及び弁論の全趣旨からすると,以下の甲1発明を認定す
ることができる(以下,甲1輸液製剤発明,甲1輸液製剤の保存安定化方法発明及
び甲1発明というときには,以下で認定する発明を指すこととする。)。
(ア)甲1輸液製剤発明
「複室容器が,複数の収容室を有する容器本体と,複数の区画室を有して収容室
に収納された収容容器とからなり,収容室にはアミノ酸又はアミノ酸及び電解質含
有液が収容され,別の収容室には糖又は糖及び電解質含有液が収容され,別の収容
室に収納された熱可塑性樹脂の袋からなる複数の区画室には,少なくとも2種以上
のビタミンが,少なくとも一部のビタミンを他のビタミンと隔離するように,別々
に収容され,他のビタミンの一部がさらに収容室に収容されていてもよく,上記複
室容器の容器本体では,複数の収容室間が容器壁の内壁面同士を剥離可能に熱溶着
した弱シールからなる仕切部により仕切られていて,上下両端を含む周囲が密封シ
ール部により密封されており,鉄,銅,亜鉛,マンガン,ヨウ素などの微量元素が
収容されている輸液製剤」
(イ)甲1輸液製剤の保存安定化発明
「複室容器が,複数の収容室を有する容器本体と,熱可塑性樹脂の袋からなる複
数の区画室を有して収容室に収納された収容容器とからなり,収容室にはアミノ酸
又はアミノ酸及び電解質含有液が収容され,別の収容室には糖又は糖及び電解質含
有液が収容され,別の収容室に収納された熱可塑性樹脂の袋からなる複数の区画室
には,少なくとも2種以上のビタミンが,少なくとも一部のビタミンを他のビタミ
ンと隔離するように,別々に収容され,他のビタミンの一部がさらに収容室に収容
されていてもよく,上記複室容器の容器本体では,複数の収容室間が容器壁の内壁
面同士を剥離可能に熱溶着した弱シールからなる仕切部により仕切られていて,上
下両端を含む周囲が密封シール部により密封されており,鉄,銅,亜鉛,マンガン,
ヨウ素などの微量元素が収容されている輸液製剤の保存安定化方法」
(ウ)審決は,甲1発明について,①区画室28の材質及び形態は不明であ
り,②鉄,銅,亜鉛,マンガン,ヨウ素などの微量元素が糖含有液及びアミノ酸含
有液に含有されるものであるとしている。
a上記①について
(a)材質について
甲1の段落【0034】には,構造1の輸液容器の内層に使用できる樹脂として,
熱可塑性樹脂が複数列挙されている。同段落は直接的には構造1の容器について記
載しているものであるが,内容からして,その記載は,構造5の容器にも当てはま
るものといえる。
また,構造5の容器について,甲1の段落【0053】の「・・・収容容器30
では,壁材39の内壁面同士を剥離不能に熱溶着した強シールからなる区画部41
により両側部30a及び区画室28間が区画され,壁材39の内壁面同士を剥離可
能に熱溶着した弱シールからなる隔離部43により下端部が収容室24と隔離さ
れ・・・」との記載からすると,構造5の容器の収容容器30の両側部30a,区
画部41及び隔離部43はいずれも熱溶着されていると認められる。さらに,上記
段落【0053】の「容器本体30の密封シール部35に上端部が配置されて一体
に溶着される」との記載や【図6】の区画室28の上端部の記載からすると,収容
容器30の上端部も,上記両側部30aなどと同様に熱溶着されていると推認でき,
構造5の容器の収容容器30について,少なくとも上記のように熱溶着されている
部分については,熱により形状が変化する部分であるから,熱可塑性樹脂が使用さ
れているものと認められる。
そして,上記段落【0053】の「収容容器30では,壁材39の内壁面同士を
剥離不能に熱溶着した強シールからなる区画部41により両側部30a及び区画室
28間が区画され,壁材39の内壁面同士を剥離可能に熱溶着した弱シールからな
る隔離部43により・・・」,「・・・密封シール部35,区画部41及び隔離部4
3により区画された壁材39の内部がそれぞれ区画室28である。・・・」との記載
からすると,収容容器30及びそれを構成する区画室28は,「壁材39」により構
成されているものと認められるが,甲1中に,「壁材39」について,熱溶着される
部位とそうでない部位とで異なる材質が用いられることを明示又は示唆する記載は
ないから,当業者は,収容容器30及びそれを構成する区画室28の「壁材39」
は,全体として熱可塑性樹脂により構成されているものと認識するものと認められ
る。
以上からすると,甲1に接した当業者は,区画室28の材質は熱可塑性樹脂であ
ると認識するものと認められ,その点を否定した審決の認定は相当ではない。
(b)形態について
「袋」の辞書的な意味は,「中に物を入れて,口をとじるようにした入れ物。」
とされている(広辞苑第七版)。そして,本件発明においても「袋」の語がそのよ
うなものとして扱われている(本件明細書の段落【0052】,【0055】,【0
058】,【0059】参照)と認められ,「袋」について上記辞書的意味を超え
て,それを限定する記載はない。
他方,甲1の段落【0053】の「・・・複数の区画室28には,少なくとも2
種以上のビタミンが,少なくとも一部のビタミンを他のビタミンと隔離するように,
別々に収容されている・・・」,「・・・壁材39の内壁面同士を剥離可能に熱溶
着した弱シールからなる隔離部43により下端部が収容室24と隔離され・・・」
との記載,段落【0054】の「・・・収容容器30の隔離部43は,区画室28
の壁材39を押圧することにより,剥離して開放できる・・・」との記載及び【図
6】からすると,甲1発明の区画室28は,内部にビタミン等を収容することが予
定されたものであり,隔離部43が閉じたり,開いたりして「口」としての役割を
果たすものであると認められるし,【図6】に表れた区画室28の形状からしても
区画室28は「袋」と呼んで差し支えないものである。
そうすると,甲1発明の区画室28の形態は,本件発明1にいう「袋」に相当す
るものであり,この点を否定した審決の認定は相当ではない。
b上記②について
審決は,甲1発明では,微量元素が糖含有液及びアミノ酸含有液に含有されると
認定している。確かに,甲1の段落【0025】は,構造1の容器について,各収
容室に収容される糖含有液及びアミノ酸含有液に微量元素を含有させることを記載
している。しかし,甲1には,構造1の容器について,段落【0044】や【00
48】では区画室に微量元素を収容可能であることが記載されており,これらの記
載に接した当業者は,甲1発明においては,微量元素を収容する場合,その収容場
所は特定されていないと理解すると認められる。したがって,甲1発明において,
微量元素が糖含有液及びアミノ酸含有液に含有されるとの審決の認定は相当ではな
い。
なお,この点に関し,被告は,構造1の容器の区画室と構造5の容器の区画室2
8は構造や技術的意義が異なることなどから,構造5の区画室28に収容される成
分は,構造1の区画室に収容される成分とは異なると主張する。しかし,構造1の
区画室に収容できる微量元素について,構造5の区画室28に収容すると不安定化
するなどの不都合があるなどの記載は甲1にはないし,そのような技術常識がある
とも認められないから,甲1の記載からして,段落【0044】や【0048】の
記載が,構造5の区画室28に適用されないと解することはできない。
(エ)原告は,甲1の記載や本件出願日当時の技術常識からすると,①区画
室28の材質が熱可塑性樹脂の「フィルム」であること,②収容室23にL-シス
テイン等の含硫アミノ酸が充填され,構造5の容器の区画室28に微量金属元素が
収容されること及び③甲1の輸液容器を「ガスバリヤー性外袋に収納」し,かつ「外
袋内の酸素を取り除く」構成を備えるべきことは,それぞれ甲1に記載されている
か,記載されているに等しいと主張する。
a上記①について
甲1発明の区画室の材質は前記(ウ)aのように熱可塑性樹脂であると認められる
が,甲1には,区画室28を構成する熱可塑性樹脂が「フィルム」であるのかにつ
いては何も記載されていない。また,確かに甲1の段落【0054】には,収容容
器30の壁材39を押圧することにより区画室39の内圧を増加させて弱シールか
らなる隔離部43を剥離させることが記載されているものの,同記載のみでは,そ
こから直ちに区画室28を構成する材質が「フィルム」であることを認めることは
できない。
b上記②について
上記②については,以下のとおり,甲1からこれを認定することはできない。
(a)まず,前記1(2)のとおり,本件発明は,微量金属元素が輸液と反
応して劣化するという課題に対して,複室からなる輸液容器において,その一室に
硫黄原子を含む化合物を含有する溶液を収容し,微量金属元素収容容器は他の室に
収納することにより,微量金属元素を含む溶液が安定するという知見に基づいて,
「複数の室を有する輸液容器において,その一室に含硫アミノ酸および亜硫酸塩か
らなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する溶液を充填し,他の室に鉄,マン
ガンおよび銅からなる群より選ばれる少なくとも1種の微量金属元素を含む液が収
容された微量金属元素収容容器を収納する」という構成を採用することにより,微
量金属元素を経時変化を受けることなく保存できるという効果を奏するものである。
他方,甲1発明は,「輸液と複数のビタミンとの混合操作が容易であり,複数の
ビタミンを製造時及び保存時に安定的に維持するとともに,生体に必須の薬剤以外
の不要成分をできるだけ少なくすること」を課題とし(甲1の段落【0005】),
同課題解決のために,複数の区画室に複数のビタミンを少なくとも一部のビタミン
と他のビタミンが隔離されるように収容するという構成を採用した(甲1の段落【0
007】)ものであり,甲1には,「一室に硫黄原子を含む化合物を含有する溶液
が収容され,微量金属元素収容容器は他の室に収納することにより,微量金属元素
を含む溶液が安定する」という本件発明の基礎となる技術思想について何ら記載や
示唆がない。
(b)甲1の段落【0023】には,充填されるべきアミノ酸の成分に
ついて,「・・・収容室5に収容されるアミノ酸含有液としては,L-イソロイシ
ン,L-ロイシン,L-バリン,L-メチオニン,L-フェニルアラニン,L-チ
ロシン,L-トリプトファン,L-スレオニン,L-アルギニン,L-ヒスチジン,
L-アラニン,L-プロリン,L-セリン,グリシン,L-リジン,L-アスパラ
ギン酸,L-グルタミン酸,L-システイン,L-シスチン,L-オキシプロリン
など,一般に輸液に使用される必須アミノ酸及び/または非必須アミノ酸を適宜,
水性媒体に溶解した液が挙げられる。・・・」と多数のアミノ酸が並列的に記載さ
れているが,システイン,またはその塩,エステルもしくはN-アシル体が収容室
5に必ず含まれるとの記載やそれを示唆する記載はない。また,本件出願日当時,
システイン,またはその塩,エステルもしくはN-アシル体を含まないアミノ酸含
有液が複数存在していた(甲24,乙1)。これらのことからすると,本件出願日
当時,甲1発明の輸液製剤においてシステイン,またはその塩,エステルもしくは
N-アシル体が必要であることを当業者が認識していたとは認められない。
(c)前記(ウ)bで検討したとおり,甲1発明では,微量元素を収容する
場所は特定されておらず,区画室28に収容する以外にも,収容室23及び収容室
24の一方又は双方に収容するなどの複数の選択肢があり得る。甲1の段落【00
44】,【0048】は,構造1の容器の区画室に微量元素を収容できることを記
載しているにすぎず,いずれも甲1発明において,微量金属元素の収容場所を特定
する趣旨のものではない。
また,構造5の容器における区画室28に収容されるべきものとして,甲1では,
ビタミンが想定されている(甲1の段落【0053】,【0055】)のであるか
ら,甲1に接した当業者は,前記(a)のような甲1発明の課題及びその解決手段を踏
まえ,基本的に区画室28はビタミンを収容するための場所であると認識するもの
と認められる。
この点,原告は,甲1は,本件明細書に記載された微量金属元素の保存安定化を
実現した構成を既に備えるとも主張するが,それは区画室28に微量金属元素を収
容することを前提とした主張であり,区画室28に微量金属元素を収容する発明を
甲1から抽出して認定することの根拠となるものではない。
(d)以上の検討を総合すると,(i)甲1には,「一室に硫黄原子を含む
化合物を含有する溶液が収容され,微量金属元素収容容器は他の室に収納すること
により,微量金属元素を含む溶液が安定する」という本件発明の基礎となる技術思
想について何ら記載や示唆がなく,(ii)甲1では,アミノ酸輸液にシステイン,ま
たはその塩,エステルもしくはN-アシル体を含むかどうかは任意であり,(iii)さ
らに,甲1においては,微量金属元素の収容場所について複数の選択肢があって,
特定されていないのであるから,当業者は,甲1から,収容室23にシステイン,
またはその塩,エステルもしくはN-アシル体を収容し,区画室28に微量金属元
素を収容するという,ひとまとまりの技術思想としての構成を認識すると認めるこ
とはできない。
c上記③について
甲1には,輸液容器を「ガスバリヤー性外袋に収納」し,かつ「外袋内の酸素を
取り除く」構成を備えるべきことを明示する記載は存在しない。構造1の容器につ
いての甲1の段落【0036】及び【0037】に「・・・空気により変化するお
それのあるビタミンD,A,Eを区画室15a,15b,15c,15d・・・或
いは収容室3,5に収容する場合には,該区画室又は収容室のガス透過性を低下す
るために,ガス透過性の低い樹脂層を積層してもよく,樹脂層の表面,裏面,両面,
或いは中間層に金属,無機物等からなる非樹脂層を積層してもよい。」(段落【0
036】),「・・・空気または/及び光により変化しやすいビタミンをそれぞれ
区画室15a,15b,15c,15d・・・に収容すると,該区画室だけを空気
または/及び光から保護すればよく,前記のような材料の使用量も少なくできる。」
(段落【0037】)と記載されていることからすると,甲1発明においては,空気
により影響を受ける物質を収納する際に,ガス透過性の低い樹脂層を積層したり,
樹脂層の表面や裏面などに非樹脂層を積層したりし,かつ輸液容器の一部にのみガ
ス透過性の低い材料を用いたり,加工をしたりするといった手段を講じることが想
定されていたといえる。また,原告が論拠とする甲1の段落【0059】もビタミ
ンの安定性試験についての記載である。
したがって,甲1には,輸液容器を「ガスバリヤー性外袋に収納」し,かつ「外
袋内の酸素を取り除く」構成を備えるべきことを明示する記載は存在せず,甲1輸
液製剤発明の内容として,このような構成を有すると認めることはできない。この
ことは,アミノ酸輸液が酸素の影響を受けやすいことが技術常識であり,それに対
処するために本件発明のようにガスバリヤー性の外袋を採用したり,外袋内の酸素
を取り除いたりする構成が周知であったとしても左右されない。
(2)本件発明1と甲1輸液製剤発明との対比及び判断
ア本件発明1と甲1輸液製剤発明とを対比すると,以下の一致点及び相違
点が認められる。
(一致点)
「外部からの押圧によって連通可能な隔壁手段で区画されている複数の室を有す
る輸液容器において,その一室にアミノ酸を含有する溶液が充填され,他の室に熱
可塑性樹脂の袋からなる収容容器が収納されており,上記輸液容器には,鉄,マン
ガン及び銅を含む群より選ばれる少なくとも1種の微量金属元素を含む液が収容さ
れた輸液製剤」に関するものである点。
(相違点1-1)
本件発明1においては,微量金属元素が,含硫アミノ酸および亜硫酸塩からなる
群より選ばれる少なくとも1種を含有する溶液が充填されている室とは他の室に収
納された微量金属元素収容容器に収容されており,微量金属元素収容容器はフィル
ム製であることが特定されているのに対して,甲1輸液製剤発明は,アミノ酸を含
有する溶液が充填された収容室とは他の収容室に複数の区画室(収容容器)が収納
されているものの,微量金属元素の収容場所は特定されておらず,複数の区画室(収
容容器)がフィルム製であるかどうか不明である点。
(相違点1-2)
複数の室に存在させる成分に関して,本件発明1は,その一室に含まれる溶液が
アセチルシステインを含むアミノ酸輸液であり,他の室に鉄,マンガン及び銅から
なる群より選ばれる少なくとも1種の微量金属元素を含む液が収容された微量金属
元素収容容器が収納されているのに対して,甲1輸液製剤発明では,アミノ酸又は
アミノ酸及び電解質含有液が一方の収容室に収容され,他の室に収納された複数の
区画室(収容容器)には,少なくとも2種以上のビタミンが,少なくとも一部のビ
タミンを他のビタミンと隔離するように,別々に収容され,他のビタミンの一部が
さらに収容室に収容されていてもよいことが特定されている点。
(相違点1-3)
本件発明1では,輸液製剤は,輸液容器が,ガスバリヤー性外袋に収納されてお
り,上記外袋内の酸素を取り除いたものであるのに対して,甲1輸液製剤発明では,
そのような特定のない点。
イ前記(1)イ(エ)bのとおり,当業者は,甲1から,収容室23にシステイ
ン,またはその塩,エステルもしくはN-アシル体を収容し,区画室28に微量金
属元素を収容するという構成を認識することができないところ,本件発明1の「ア
セチルシステイン」は,システインのN-アシル体であるから,相違点1-1及び
相違点1-2は,実質的な相違点ということができる。
(3)小括
以上からすると,その余の点について判断するまでもなく,本件発明1が甲1輸
液製剤発明と同一ではないとした審決は結論において相当であり,原告が主張する
取消事由1は理由がない。
3取消事由2(本件発明2が甲1輸液製剤発明と同一ではないとした審決の認
定及び判断の誤り)について
(1)本件発明2は,本件発明1の「微量金属元素」を「銅」に限定し,「含硫
アミノ酸および亜硫酸塩からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する溶液」
を「システイン,またはその塩,エステルもしくはN-アシル体,及び亜硫酸塩を
含むアミノ酸輸液」とし,本件発明1の「外袋内の酸素を取り除」くという構成を
除いたものである。
そうすると,本件発明2と甲1輸液製剤発明との一致点及び相違点は,以下のよ
うなものであると認められる。
(一致点)
「外部からの押圧によって連通可能な隔壁手段で区画されている複数の室を有す
る輸液容器において,その一室にアミノ酸を含有する溶液が充填され,他の室に熱
可塑性樹脂の袋からなる収容容器が収納されており,上記輸液容器には,銅を含む
液が収容された輸液製剤」に関するものである点。
(相違点2-1)
本件発明2においては,銅を含む液が,含硫アミノ酸および亜硫酸塩からなる群
より選ばれる少なくとも1種を含有する溶液が充填されている室とは他の室に収納
された微量金属元素収容容器に収容されており,微量金属元素収容容器はフィルム
製であることが特定されているのに対して,甲1輸液製剤発明においては,アミノ
酸を含有する溶液が充填された収容室とは他の収容室に複数の区画室が収納されて
いるものの,銅の収容場所は特定されておらず,複数の区画室がフィルム製である
か不明である点。
(相違点2-2)
複数の室に存在させる成分に関して,本件発明2は,その一室に含まれる溶液が
システイン,またはその塩,エステルもしくはN-アシル体,及び亜硫酸塩を含む
アミノ酸輸液であり,他の室に銅を含む液が収容された微量金属元素収容容器が収
納されているのに対して,甲1輸液製剤発明では,アミノ酸又はアミノ酸及び電解
質含有液が一方の収容室に収容され,複数の区画室には,少なくとも2種以上のビ
タミンが,少なくとも一部のビタミンを他のビタミンと隔離するように,別々に収
容され,他のビタミンの一部がさらに収容室に収容されていてもよいことが特定さ
れている点。
(相違点2-3)
本件発明2は,輸液製剤が,輸液容器が,ガスバリヤー性外袋に収納されている
のに対して,甲1輸液製剤発明では,そのような特定のない点。
(2)原告は,相違点2-2に関し,甲1の段落【0033】には,輸液に配合
することができる酸化防止剤として「亜硫酸水素ナトリウム」や「亜硫酸ナトリウ
ム」が記載されており,かつ,プラスチック容器に収容されたアミノ酸輸液が酸素
の影響を受けやすいことは技術常識であるから,「アミノ酸輸液」に「亜硫酸水素
ナトリウム」や「亜硫酸ナトリウム」などの酸化防止剤を配合することは,自明の
構成であって,甲1に記載されているに等しいと主張する。
しかし,甲1の段落【0033】では,亜硫酸塩は,添加され得る他の薬剤の一
つとして,緩衝剤,着色防止剤と共に酸化防止剤として列挙されているにすぎない
し,甲1にシステインと亜硫酸塩を併用した処方は記載されていない。
また,証拠(甲22,23,乙1,2)によると,本件出願日当時,亜硫酸塩を
用いないアミノ酸輸液も存在しており,亜硫酸塩が,アミノ酸の酸化防止において,
必須の添加剤であるとの技術常識が存在していたとも認められない。
したがって,原告の上記主張は採用することができず,前記(1)の認定は左右され
ない。
(3)前記2(1)イ(エ)bのとおり,当業者は,甲1から,収容室23にシステイ
ン,またはその塩,エステルもしくはN-アシル体を収容し,区画室28に微量金
属元素を収容するという構成を認識することができないところ,本件発明2は,微
量金属元素を「銅」と特定したものであるから,相違点2-1及び相違点2-1は,
実質的な相違点ということができる。
(4)以上からすると,その余の点について判断するまでもなく,本件発明2が
甲1輸液製剤発明と同一ではないとした審決は結論において相当であり,原告が主
張する取消事由2は理由がない。
4取消事由4(本件発明4が甲1輸液製剤発明と同一ではないとした審決の認
定及び判断の誤り)について
(1)本件発明4は,本件発明1と比べると,「微量金属元素」が「銅」に限定
され,本件発明1の「他の室」に「糖質輸液または/および電解質輸液が充填され」
ており,「微量金属元素収容容器」について,熱可塑性樹脂フィルム製の袋である
ことの限定がされていないというものである。
そうすると,本件発明4と甲1輸液製剤発明との間の一致点及び相違点は,以下
のようなものであると認められる。
(一致点)
「外部からの押圧によって連通可能な隔壁手段で区画されている複数の室を有す
る輸液容器において,その一室にアミノ酸を含有する溶液が充填され,他の室に糖
を含有する溶液が充填され,同他の室に収容容器が収納されており,上記輸液容器
には,銅を含む液が収容された輸液製剤」に関するものである点。
(相違点4-1)
本件発明4においては,銅を含む液が,含硫アミノ酸および亜硫酸塩からなる群
より選ばれる少なくとも1種を含有する溶液が充填されている室とは他の室に収容
された微量金属元素収容容器に収納されていることが特定されているのに対して,
甲1輸液製剤発明は,アミノ酸を含有する溶液が充填された収容室とは他の収容室
に複数の区画室が収納されているものの,銅の収容場所は特定されていない点。
(相違点4-2)
複数の室に存在させる成分に関して,本件発明4は,その一室に含まれる溶液が
アセチルシステインを含むアミノ酸輸液であり,他の室に銅を含む液が収容された
微量金属元素収容容器が収納されているのに対して,甲1輸液製剤発明では,アミ
ノ酸又はアミノ酸及び電解質含有液が一方の収容室に収容され,複数の区画室には,
少なくとも2種以上のビタミンが,少なくとも一部のビタミンを他のビタミンと隔
離するように,別々に収容され,他のビタミンの一部がさらに収容室に収容されて
いてもよいことが特定されている点。
(相違点4-3)
本件発明4は,輸液製剤が,輸液容器が,ガスバリヤー性外袋に収納されており,
上記外袋内の酸素を取り除いたものであるのに対して,甲1輸液製剤発明では,そ
のような特定のない点。
(2)前記2(1)イ(エ)bのとおり,当業者は,甲1から,収容室23にシステイ
ン,またはその塩,エステルもしくはN-アシル体を収容し,区画室28に微量金
属元素を収容するという構成を認識することができないところ,本件発明4は,微
量金属元素を「銅」と特定したものであるから,相違点4-1及び相違点4-2は,
実質的な相違点ということができる。
(3)以上からすると,その余の点について判断するまでもなく,本件発明4が
甲1輸液製剤発明と同一ではないとした審決は結論において相当であり,原告が主
張する取消事由4は理由がない。
5取消事由3,5~9(本件発明3,5~9が甲1輸液製剤発明と同一ではな
いとした審決の認定及び判断の誤り)について
本件発明3,5~9と甲1輸液製剤発明との間には,前記2~4で認定した相違
点1-1及び相違点1-2,相違点2-1及び相違点2-2並びに相違点4-1及
び相違点4-2と同じ相違点が存在するものと認められるところ,前記2~4で検
討したところからすると,それらの相違点はいずれも実質的な相違点であるから,
その余の点について判断するまでもなく,本件発明3,5~9が甲1輸液製剤発明
と同一ではないとした審決は結論において相当であり,原告が主張する取消事由3,
5~9はいずれも理由がない。
6取消事由10,11(本件発明10,11が甲1輸液製剤の保存安定化方法
発明と同一ではないとした審決の認定及び判断の誤り)について
(1)ア前記2で判示したところに照らすと,本件発明10と甲1輸液製剤の
保存安定化方法発明との間の一致点及び相違点は,以下のようなものであると認め
られる。
(一致点)
「複室輸液製剤の輸液容器において,アミノ酸を含有する溶液を収容している室
と別室に熱可塑性樹脂の袋からなる収容容器を収納し,上記輸液容器には,鉄,マ
ンガンおよび銅を含む群より選ばれる少なくとも1種の微量金属元素を含む液が収
容された輸液製剤の保存安定化方法」に関するものである点。
(相違点10-1)
本件発明10においては,微量金属元素が,含硫アミノ酸および亜硫酸塩からな
る群より選ばれる少なくとも1種を含有する溶液を収容している室と別室に収納さ
れた微量金属元素収容容器に収納されており,微量金属元素収容容器はフィルム製
であることが特定されているのに対して,甲1輸液製剤の保存安定化方法発明は,
アミノ酸を含有する溶液が収容された収容室とは別の収容室に複数の区画室(収容
容器)が収納されているものの,微量金属元素の収容場所は特定されておらず,複
数の区画室(収容容器)がフィルム製であるかどうか不明である点。
(相違点10-2)
複室に存在させる成分に関して,本件発明10は,その一室に含まれる溶液がア
セチルシステインを含むアミノ酸輸液であり,別室に鉄,マンガンおよび銅からな
る群より選ばれる少なくとも1種の微量金属元素を含む液が収容された微量金属元
素収容容器が収納されているのに対して,甲1輸液製剤の保存安定化方法発明では,
アミノ酸又はアミノ酸及び電解質含有液が一方の収容室に収容され,複数の区画室
(収容容器)には,少なくとも2種以上のビタミンが,少なくとも一部のビタミンを
他のビタミンと隔離するように,別々に収容され,他のビタミンの一部がさらに収
容室に収容されていてもよいことが特定されている点。
(相違点10-3)
本件発明10は,輸液製剤が,輸液容器が,ガスバリヤー性外袋に収納されてお
り,上記外袋内の酸素を取り除いたものであるのに対して,甲1輸液製剤の保存安
定化方法発明では,そのような特定のない点。
イ前記2(1)イ(エ)bのとおり,当業者は,甲1から,収容室23にシステ
イン,またはその塩,エステルもしくはN-アシル体を収容し,区画室28に微量
金属元素を収容するという構成を認識することができないところ,本件発明10の
「アセチルシステイン」は,システインのN-アシル体であるから,相違点10-
1及び相違点10-2は,実質的な相違点ということができる。
(2)ア前記3で判示したところに照らすと,本件発明11と甲1輸液製剤の保
存安定化方法発明との間の一致点及び相違点は,以下のようなものであると認めら
れる。
(一致点)
「複室輸液製剤の輸液容器において,アミノ酸を含有する溶液を収容している室と
別室に熱可塑性樹脂の袋からなる収容容器を収納し,上記輸液容器には,銅を含む液
が収容された輸液製剤の保存安定化方法」に関するものである点。
(相違点11-1)
発明11においては,銅を含む液が,含硫アミノ酸および亜硫酸塩からなる群よ
り選ばれる少なくとも1種を含有する溶液が充填されている室とは別室に収容され
た微量金属元素収容容器に収納されており,微量金属元素収容容器はフィルム製で
あることが特定されているのに対して,甲1輸液製剤の保存安定化方法発明は,ア
ミノ酸を含有する溶液が収容された収容室とは別の収容室に複数の区画室(収容容
器)が収納されているものの,銅の収容場所は特定されておらず,複数の区画室(収
容容器)がフィルム製であるか不明である点。
(相違点11-2)
複室に存在させる成分に関して,本件発明11は,その一室に含まれる溶液がシ
ステイン,またはその塩,エステルもしくはN-アシル体,及び亜硫酸塩を含むア
ミノ酸輸液であり,別室に銅を含む液が収容された微量金属元素収容容器が収納さ
れているのに対して,甲1輸液製剤の保存安定化方法発明では,アミノ酸又はアミ
ノ酸及び電解質含有液が一方の収容室に収容され,複数の区画室(収容容器)には,
少なくとも2種以上のビタミンが,少なくとも一部のビタミンを他のビタミンと隔
離するように,別々に収容され,他のビタミンの一部がさらに収容室に収容されて
いてもよいことが特定されている点。
(相違点11-3)
本件発明11は,輸液製剤が,輸液容器が,ガスバリヤー性外袋に収納されてい
るのに対して,甲1輸液製剤の保存安定化方法発明では,そのような特定のない点。
イ前記2(1)イ(エ)bのとおり,当業者は,甲1から,収容室23にシステ
イン,またはその塩,エステルもしくはN-アシル体を収容し,区画室28に微量
金属元素を収容するという構成を認識することができないところ,本件発明11は,
微量金属元素を「銅」と特定したものであるから,相違点11-1及び相違点11
-2は,実質的な相違点ということができる。
(3)以上からすると,その余の点について判断するまでもなく,本件発明1
0,11が甲1輸液製剤の保存安定化発明と同一ではないとした審決は結論におい
て相当であり,原告が主張する取消事由10,11はいずれも理由がない。
7なお,原告は,本件発明の構成要件を「解決すべき課題に係る発明特定事項」,
「課題を解決するための手段に係る発明特定事項」及び「いずれとも無関係な発明特
定事項」に分け,そのことに基づき,「課題を解決するための手段に係る発明特定事
項」以外について実質的な相違点でない旨の主張をする。
しかし,「課題を解決するための手段に係る発明特定事項」ではないからといって,
そのことから直ちに当該相違点が実質的な相違点ではないとはいえないし,本件発
明と甲1発明とが同一といえないのは,前記2~6で検討してきたとおりであるか
ら,原告の上記主張は採用することができない。
第6結論
以上の次第で,原告の請求には理由がないからこれを棄却することとして,主文
のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
森義之
裁判官
眞鍋美穂子
裁判官
熊谷大輔

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