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平成14年3月15日判決言渡
平成9年(ワ)第2222号 損害賠償請求事件
判決
主文
1 被告は,原告に対し,600万円及び内金500万円に対する平成9年3月2
9日から支払済みまで年5分の割合による金員 を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを9分し,その8を原告の,その余を被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,5250万円及び内金5000万円に対する平成9年3月2
9日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,カイワレ大根の生産業者である原告が,被告に対し,平成8年7月に大阪
府堺市において発生した病原性大腸菌O-157による学童の集団下痢症について
被告(厚生省)が公表した調査結果(別紙1・2)が,科学的根拠がないにもかか
わらず原告が出荷したカイワレ大根をその原因食材であると事実上断定するもので
あったため,これにより原告の名誉及び信用が毀損されカイワレ大根の売上げも大
幅に減少したなどとして,国家賠償法1条1項又は民法709条,710条,71
5条,723条に基づき損害賠償を請求した事案である。
1 争いのない事実等
(1) 事実関係の概要
ア 平成8年7月,大阪府堺市において,患者数が6000人以上にのぼる病原性
大腸菌O-157による学童の集団下痢症(以下「本件集団下痢症」という。)が
発生し,堺市の小学校では学校給食が行われていたため,学校給食に起因する食中
毒であることが当初から疑われた(以下,平成8年の日付は月日のみを表示す
る。)。
7月12日夜間に堺市の学童の多数が下痢,血便等を主症状として医療機関を受診
したのがその始まりであり,同月14日には有症者26名の検便のうち,13検体
からO-157が発見された。厚生省の9月25日時点での集計では,受診者の概
数(累計)は合計6561名で,内訳は,学童6309名,教職員92名,2次感
染と思われる者(累計)160名であった。学校別の有症者数,受診者数は別紙3
のとおりである。患者のうち,7月23日には10歳の女児が,8月16日には1
2歳の女児が,いずれもO-157感染症に基因する溶血性尿毒症症候群(HU
S)により死亡した。8月9日以降新たな発生事例はなく,入院者のピークは7月
18日で,493名であった(乙5)。
イ 本件集団下痢症の発生に接した堺市は,7月13日,「堺市学童集団下痢症対
策本部」を設置した。一方,堺市からの情報を得た厚生省は,翌14日以降,課員
や専門家を堺市に派遣するとともに,同月16日,E事務次官を本部長とする「病
原性大腸菌O-157対策本部」を設置したが,その後,事態の深刻化に伴い,F
厚生大臣を本部長とし,E事務次官を本部長代理とした。その目的は,①感染経路
の究明,②食品関係業者の衛生管理の徹底指導,③医療機関における予防・治療方
法の周知,④住民への予防方法の啓発,⑤学校・保育所等の衛生管理の徹底指導,
⑥検査方法の開発・普及等であった。
さらに,厚生省は,7月17日,大阪府,堺市とともに,「病原性大腸菌O-15
7食中毒原因究明三者連絡調整会議」を設置し,三者が協力して,本件集団下痢症
の原因究明に当たることになった。この調整会議の下に,本件集団下痢症の原因究
明のため,原因究明プロジェクトチームが編成された。
また,7月26日には,政府内に「病原性大腸菌O-157対策関係閣僚会議」が
設置された。
ウ 厚生省は,8月7日,別紙1のとおりの「堺市学童集団下痢症の原因究明につ
いて(中間報告)」(以下「中間報告」という。)を作成し,F厚生大臣は,同日
午前の「病原性大腸菌O-157対策関係閣僚会議」において,同報告書に基づ
き,本件集団下痢症の原因につき,原因食喫食日と推定される日には,同一生産施
設で生産されたカイワレ大根が納入されて給食に用いられており,「貝割れ大根に
ついては,原因食材とは断定できないが,その可能性も否定できない」などと報告
した。関係閣僚会議の後,F厚生大臣は,厚生省内の厚生記者会において記者会見
を行い,中間報告書(乙1)及びその概要文書(乙2)を報道機関に配付し,関係
閣僚会議で報告した内容を公表した。
エ 厚生省は,中間報告にその後の調査・実験結果を加えて別紙2のとおりの「堺
市学童集団下痢症の原因究明について(調査結果まとめ)」(以下「最終報告」と
いい,中間報告と併せて「本件各報告」という。)を作成し,F厚生大臣は,9月
26日,厚生省内において記者会見を行い,本件集団下痢症の原因食材は,特定の
生産施設から出荷されたカイワレ大根である可能性が最も高いと報告するととも
に,最終報告書(乙5)及びその概要文書(乙6)を報道機関に配付してこれを公
表した。
オ 本件集団下痢症の原因は学校給食と考えられたが,各小学校に保存されていた
7月8日から同月12日までの検食198食,うどん,枝豆等の単品15件,7月
10日から同月12日の間の牛乳13件について検査を行ったが,いずれからもO
-157は検出されなかった。
カ 原告は,G農園の屋号でカイワレ大根等を生産,販売している農家であり,平
成8年7月当時,原告が販売したカイワレ大根が堺市の小学校に給食用として納入
されていた。本件各報告で言及された「特定の生産施設」とは原告の農園のことで
あるが,本件集団下痢症発症後に行われた同農園及びその周辺における調査におい
ては,カイワレ大根,種子,井戸水,排水等いずれの検体からもO-157は検出
されなかった。また,本件集団下痢症に関し,原告に対する食品衛生法に基づく行
政処分は行われていない。
(2) 本件各報告の概要
本件各報告のうち,本件集団下痢症の発生原因についての記述の概要は以下のとお
りである(乙1ないし3,5,6)。
ア 中間報告
(ア) 発生の時期及び範囲
堺市の給食システムは,市内を堺地区,西地区,北地区,東地区,中地区,南地区
の6地区に分割し,堺と西,北と東,中と南の地区ごとに共通の献立で給食を出し
ているが,センターシステムを採っておらず自校調理方式であり,食材は「堺市学
校給食協会」が登録業者(納入業者)に食材ごと,1日分ごとに発注していた。有
症者の発生時期は7月9日夜から同月10日(中・南地区では若干遅い傾向があ
る。),発生のピークは中・南地区で同月12日から13日,北・東地区で同月1
2日である。
なお,堺・西地区は,有症者が他の地区に比べて極端に少なく,症状のパターンも
異なっており,他の地区とは様相を異にしている。
(イ) 発生原因の推定
有症者のほとんどが学童であるため,その発生原因は,水道及び学校給食が疑われ
る。
水道については,府営水道が府下の他市と同様に全市に供給されていることや調査
校の調査結果等から原因とは考え難い。
一方,有症者,受診者及び入院者の発生状況,発症日が中・南地区,北・東地区,
堺・西地区とそれぞれ学校給食が共通の献立となっている地域ごとに特徴があるこ
とから,学校給食に起因する食中毒と考えられる。
(ウ) 汚染の可能性
食肉,生野菜等の関係食材及び食材運搬車からはO-157は検出されていない。
調理過程についてはいずれの施設でも食材の取扱いに大きな問題はみられず,特に
食肉類は他の食材とは別に処理が行われており,発生各校で同時に調理施設におい
て食肉類から他の食材が汚染される可能性は低いと考えられる。
(エ) 入院患者の出欠状況と喫食
校外学習の状況,入院患者の出欠状況等から,中・南地区においては7月9日が,
北・東地区においては同月8日が,原因食を喫食した日と考えられる。
(オ) 原因食材の推定
中・南地区の7月9日の献立及び北・東地区の同月8日の献立から,パン,牛乳,
カイワレ大根が共通食材であったことが判明した。牛乳は殺菌されており,また,
牛乳とパンは複数の施設から納入されていて,発生校,非発生校の分布と納入元の
分布が合致しないことから,原因食材とは考え難い。
カイワレ大根については,7月8日,9日及び10日には,同一生産施設で生産さ
れたものが納入されていることが確認された。そこで,当該生産施設に立ち入り,
カイワレ大根,井戸水,種及び排水等14検体を検査したが,O-157は検出さ
れなかった。
一方,7月12日に発生した大阪府羽曳野市の老人ホームの食中毒事例では,患者
の便からO-157が検出され,同月9日にカイワレ菜サラダが昼食の献立にあ
り,調査を行った結果,当該生産者が同月8日にカイワレ大根を卸業者を通じて提
供したことが確認された。
患者から分離されたO-157のDNAパターン解析を行った結果,堺市の20株
と羽曳野市の老人ホームの6株のDNAパターンがサブグループレベルでも一致
し,両者の菌が同一のものである可能性が非常に高い。
以上のことから,カイワレ大根については,原因食材と断定できないが,その可能
性も否定できないと思料される。
イ 最終報告
(ア) 発生原因について
a 発生の時期及び範囲
入院者の発症日調査結果をみると,7月9日以前の発症者が2名いるものの,明確
な有症者の増加は同月10日以降であり,有症者の発生のピークは,北・東地区,
中・南地区とも同月12日である。
なお,堺・西地区は,有症者数が他の4地区に比べて極端に少なく,症状のパター
ンもこれらの地区と異なっている。
b 発生原因の推定
本件集団下痢症は堺市の3分の2の地域において発生し,有症者の多くが学童であ
ったことが確認されており,直接の原因は,発生の態様から,水道及び学校給食が
疑われる。しかし,水道については,残留塩素濃度の調査結果等から原因とは考え
難い。
一方,有症者,受診者及び入院者の発生状況,発症日が中・南地区,北・東地区,
堺・西地区とそれぞれ学校給食が共通の献立となっている地域ごとに特徴があるこ
とから,学校給食に起因する食中毒と考えられる。
c 原因献立の推定
入院者に着目して,欠席状況及び喫食状況の調査結果から検討すると,最も疑われ
る献立は,中・南地区では7月9日の牛乳及び冷やしうどん,北・東地区では同月
8日の牛乳及びとり肉とレタスの甘酢あえである。
d 汚染の可能性
食肉,生野菜等の関係食材及び食材運搬車からはO-157は検出されていない。
調理過程についてはいずれの施設でも食材の取扱いに大きな問題はみられず,自校
調理方式にもかかわらず発生校が広範囲に分布していることも考慮すると,発生各
校の調理施設に原因があるとは考えにくい。
e 原因食材の検討
中・南地区の7月9日の献立は,パン,牛乳,冷やしうどん及びウインナーソテー
であり,冷やしうどんに含まれていた非加熱食材は,焼きかまぼこ,きゅうり,カ
イワレ大根であった。北・東地区の同月8日の献立は,パン,牛乳,とり肉とレタ
スの甘酢あえ及びはるさめスープであり,とり肉とレタスの甘酢あえに含まれてい
た非加熱食材はレタス,カイワレ大根であった。したがって,牛乳のほか,最も疑
われる献立に含まれていた共通の非加熱食材は,カイワレ大根となる。
牛乳については,当該乳処理施設に立ち入って確認した殺菌記録によれば殺菌処理
がされていることが確認されていること,複数の施設から納入され,発生校,非発
生校の分布と納入元の分布が合致しないことから,原因食材とは考え難い。
カイワレ大根については,同一生産施設で生産されたものが7月8日,9日及び1
0日に納入されていることが確認された。また,カイワレ大根は,同月3日の堺・
西地区,同月11日の中・南地区,北・東地区及び堺・西地区の献立に使用されて
いるが,これらの日及び地区に使用されたカイワレ大根は,同月7日,8日及び1
0日のものとは異なる生産施設から出荷されたものであった。
f 特定の生産施設のカイワレ大根のO-157汚染の可能性の検討
上記特定の生産施設内の汚染源を確認するため,当該施設に立ち入り,井戸水,排
水,種子,種子の培養液,カイワレ大根等について検査を行うとともに,当該生産
施設外の周辺の環境からの汚染の有無の可能性を確認するため,河川水,水路水等
についても検査を行ったが,O-157は検出されなかった。このため,調査時点
においては,施設内の汚染の事実の確認及び施設外からの汚染経路の推定はできな
かった。
カイワレ大根の種子について検査を行ったところ,当該生産施設において使用され
た種子と同じころに北米から輸入された他の生産農場の種子についても検査を行っ
たが,6件中1件から大腸菌は検出されたものの,全検体からO-157は検出さ
れなかった。
さらに,カイワレ大根がO-157に汚染されるメカニズムの検討を行ったとこ
ろ,根部にO-157菌液が接触することにより,上部に汚染が拡大することが3
か所の試験機関において確認され,栽培水が汚染されていればO-157に汚染さ
れる可能性が確認された。
また,カイワレ大根の保管条件の影響を検討したところ,O-157に汚染された
カイワレ大根が温度管理をされずに長時間放置された場合,食品衛生上の問題が発
生する可能性が考えられる。
g 中・南地区及び北・東地区の発生差等の原因の検討
中・南地区と北・東地区の発生差は,カイワレ大根のロット差,カイワレ大根を使
用した献立の調理方法の違いなどによると考えられる。
(イ) 関連事例の調査結果
本件集団下痢症と同時期に発生した羽曳野市の老人ホーム,京都市の事業所及び大
阪市内の病院と保育所の食中毒事例においても,当該生産施設から出荷されたカイ
ワレ大根が喫食されていたことが判明した。
また,羽曳野市の老人ホーム等の食中毒事例の有症者から検出されたO-157の
DNAパターンを分析した結果,堺市の小学校の有症者から検出されたO-157
のDNAパターンと一致した。
(ウ) 結論
以上の調査結果においては,汚染源,汚染経路の特定はできなかったが,
① 入院者が全員出席した日が中・南地区で7月9日,北・東地区で同月8日のみ
であること
② 喫食調査の結果からも7月8日及び9日の両日の献立が疑われ,共通の非加熱
食材が特定の生産施設のカイワレ大根のみであること
③ 実験によりカイワレ大根の生産過程におけるO-157による汚染の可能性が
あること及び保管の過程における温度管理の不備により食品衛生上の問題が発生す
る可能性が示唆されたこと
④ 中・南地区及び北・東地区の有症者のO-157のDNAパターンが一致した
こと
が判明し,さらに詳細な分析結果も含め総合的に判断すると,本件集団下痢症の原
因食材としては,特定の生産施設から7月7日,8日及び9日に出荷されたカイワ
レ大根が最も可能性が高いと考えられる。
なお,同時期に発生した集団事例において,7月7日及び9日に出荷された特定の
生産施設のカイワレ大根が献立に含まれており,かつ,有症者から検出されたO-
157のDNAパターンが堺市のものと一致した。
2 争点
(1) 本件各報告公表の違法性の判断基準(違法性判断基準)
(2) 本件集団下痢症の原因食材の調査は合理的なものだったか,また原因食材を原
告が出荷したカイワレ大根とした推論は妥当なものだったか(原因調査の合理性及
び原因推定の妥当性)
(3) 本件各報告公表は違法性を有するか(違法性)
(4) 本件各報告公表によって,原告が被った損害額はいくらか(損害額)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(違法性判断基準)について
(原告の主張)
ア 法治主義違反
行政機関による公表は,社会的に極めて大きな影響を与えるものである。法治主義
の原則からは,国民の権利義務に影響を与える行政の行為には,それを許容する具
体的な法律上の根拠が必要である。しかるに,本件各報告公表は直接に原告の名
誉・信用を著しく毀損するものであるが,これを許容した法律は一切存しない。こ
の点で,本件各報告公表は,単に原告の名誉・信用を毀損したというだけでなく,
日本国憲法下における法治主義の原則を踏みにじる重大な違法行為である。
確かに,O-157の性質や危険性等を説明する一般的な情報提供であれば,私人
の権利義務に変動を生じさせることはなく,根拠規範である法律は必要ではない
が,個別の事件事故等に関する情報提供の場合には,当該事件事故に関与した特定
の個人の名誉・信用・プライバシー等を侵害する場合が存するのであり,情報提供
することを認めた法律上の根拠が必要というべきである。
なお,食品衛生法及びこれに基づく厚生大臣の通達である食中毒処理要領(以下
「処理要領」という。)は,当該食中毒事故の拡大防止のためには営業停止等の行
政処分を行うことを予定しており,公表という方法は全く予定していない。また,
再発防止という点では,処理要領に,当該食中毒を起こした施設,同種業者に対す
る改善指導に加えて,その他の営業者及び一般大衆に対しても,事故を契機として
食品衛生に関する教育,啓蒙宣伝に努めなければならないと規定されているのみ
で,本件各報告公表のような公表行為は予定されていないのである。
被告は,食中毒事故の調査結果に関する公表内容及び時期は,厚生大臣の高度な公
衆衛生法上の専門的かつ政策的裁量に委ねられていると主張するが,これは国民の
名誉・信用等を毀損しない限りにおいてのみ妥当するものである。
イ 名誉毀損の違法性の判断基準
名誉・信用毀損に関する確定した判例法理としては,最高裁判所昭和41年6月2
3日第1小法廷判決・民集20巻5号1118頁(以下「昭和41年判決」とい
う。)があり,「民法上の不法行為たる名誉毀損事件については,その行為が公共
の利害に関する事実に係りもっぱら公益を図る目的に出た場合には,摘示された事
実が真実であることが証明されたときは,右行為には違法性がなく,不法行為は成
立しないものと解するのが相当であり,もし,右事実が真実であることが証明され
なくても,その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由がある
ときには,右行為には故意若しくは過失がなく,結局,不法行為は成立しないもの
と解するのが相当である」と判示している。そして,多くの裁判例は,公務員が名
誉毀損的事実を公表し
た事例で上記判例法理を適用している。
したがって,本件においても,上記違法性・責任阻却事由の立証責任は,被告が負
うべきである。実質的に考慮しても,具体的な法の授権がないにもかかわらず,国
民の名誉・信用を毀損した国が,私人による通常の名誉毀損の場合以上に厚い保護
を受けることは不条理である。
被告がその主張の根拠とする最高裁判所昭和60年5月17日第2小法廷判決・民
集39巻7号1512頁(以下「昭和60年判決」という。)は,本件各報告公表
の場合とは事案を異にするから適用されるべきではない。本件各報告公表の根拠と
なり得るのは組織規範のみであり,一定の要件と手続の下で国民の権利を侵害する
ことを許容する根拠規範が存しない。厚生大臣には,国民の権利を侵害するような
事実の公表について,何らの裁量も与えられていない。食品衛生法及び処理要領
は,公表という方法は全く予定していないから,公表に関する裁量の根拠とはなり
得ない。昭和60年判決は,検察官の訴訟行為たる論告という特殊な言論による名
誉毀損の事例につき違法性阻却の基準を示したものであり,本件のように行政機関
が一般国民に対し行う
公表の場合に妥当する基準を判示したものではない。
また,被告は,「当該生産施設」,「特定の生産施設」としか発表しておらず,原
告を特定していない旨主張するが,中間報告にはこの生産施設が原告の農園である
と特定できる情報が含まれており,これを読めば原告のことであると分かるもので
あったし,F厚生大臣も,記者会見において,当該生産業者は大阪府内の業者であ
ること,堺市の学校にカイワレ大根を納入していた業者は1社であることなどを明
らかにしているのだから,原告を特定するに十分な情報を公表したといえ,これに
より原告の名誉・信用は毀損された。事実,中間報告公表の際のF厚生大臣の記者
会見(8月7日午前11時30分から午後0時46分)の最中に,早くも報道陣が
原告を訪ねて取材をし,また,中間報告公表の直後から,原告の取引先から原告に
対するカイワレ大根
の注文取消しが相次いでいるのである。
ウ 請求根拠法条
原告は,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づく請求をするとともに,これに加
えて,予備的に,民法709条・710条・723条及び715条所定の不法行為
責任に基づく請求もする。
民法715条責任については,違法行為をした者はF厚生大臣,E厚生事務次官,
H生活衛生局長以下厚生省職員で,本件各報告に携わった者全員及び本件各報告公
表に関与した専門家であるI,J,Kらである。公権力の行使に当たるものであっ
ても,民法の規定は補充的に適用される。
(被告の主張)
ア 法律の留保原則不適用
一般に,行政が国民の権利を制限し又は国民に義務を課す場合には,組織規範とは
別に直接の根拠となる根拠規範を必要とする。しかしながら,公表は,一般的には
単に事実を広く知らしめることであり,基本的には単なる情報提供にすぎない。し
たがって,公表はそれ自体によって,私人の権利義務に変動を生ぜしめるものでは
なく,本来根拠規範である法律は必要ではない。特定の個人に対する制裁や一定の
行政目的を強制することを目的として公表を行うものも存するが,本件各報告公表
はこれに当たらない。そして,一般国民に対する情報提供を目的として行う公表の
場合には,公表すべき事柄,公表の必要性を考慮した行政の裁量に委ねられてお
り,具体的な法律の根拠は必要ではない。
情報公開の必要性が叫ばれている今日,行政が一般国民に対して情報を提供すべき
場面は,極めて多岐に及んでいる。一方で国民の利害は複雑に対立しており,情報
提供に伴って特定の国民に間接的に損失を及ぼすおそれもなくはないが,これらす
べての場合に,法律上の具体的根拠なくしては情報提供をなし得ず,手をこまねい
ていなければならないというのであれば,行政の目的を達成することはできず,国
民生活にも多大な悪影響を及ぼす。特に,その情報が一般国民の生命,健康に重大
な影響を有する場合であれば,なおさらである。そのような場合には,行政には,
臨機応変で迅速な対応が求められている。的確な時期に情報提供を行うことを怠れ
ば,情報提供を受けられなかったために損害を被ったと主張する国民に対する国家
賠償責任の問題すら
浮上することにもなりかねない。
本件各報告公表は,国民一般に対し,本件集団下痢症に関する原因究明の過程にお
いて判明した原因食材に関する情報を提供したものであり,制裁又は強制をその目
的とするものではなく,非権力的事実行為であって,私人の権利義務を変動させる
ものでない以上,直接的かつ具体的な法律の根拠を必要とするものではない。ま
た,厚生省設置法並びに食品衛生法及びそれに基づく通達である処理要領に基づく
ものであるところ,これは食品衛生法の仕組みからすれば当然のこととして許容さ
れているということができる。
イ 名誉毀損の違法性の判断基準
国賠法1条1項に規定されている違法性は,昭和60年判決によれば,以下のとお
りと考えるべきである。
公権力の行使は,もともと国民の権利に対する侵害を当然に内包し,法の定める一
定の要件と手続の下で国民の権利を侵害することが許容されているから,権利侵害
があることをもって公権力の行使を直ちに違法とすることはできない。その適法・
違法は,その公権力の行使が公務員の職務上の法的義務(公権力の行使に当たって
遵守すべき行為規範)に違反するか否かで判断される。すなわち,国賠法1条1項
にいう「違法」とは,公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違
反することをいう。
本件各報告公表も,一般国民の生命健康を保持することを目的としてなされたもの
であり,最大限に保障しなければならない訴訟上の検察官の意見陳述に勝るとも劣
らない行為であるから,昭和60年判決の法理が適用できる。
食中毒事故が発生した場合,食品衛生法は,当該食中毒事故の拡大防止と,同様の
食中毒事故の再発防止が迅速に行われることを要請している。そのためには食中毒
の原因究明が不可欠であり,その結果の正確な情報の提供・普及啓発活動が必要と
なってくる。そして,食中毒事故の原因究明にかかる調査は,それ自体高度に専門
的な判断が要求される上,当該食中毒事故の種類,被害者の数,症状の重篤の程
度,拡大・再発の危険性の程度といった緊急性の程度等を考慮して食中毒事故の拡
大・再発防止の見地から,高度な公衆衛生上の政策的判断が必要となるから,どの
程度原因究明が進んだ段階で,どの程度調査結果を公表するかについては,厚生大
臣の高度な公衆衛生上の専門的かつ政策的裁量に委ねられている。
したがって,本件各報告公表の違法性の判断は,当該具体的事情の下で,当該公表
が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と専門的・政策的裁量を逸
脱してなされたと認め得るような事情があり,不必要又は不相当に他人の経済的利
益を侵害した場合に初めて違法と評価されるというべきであり,その違法性及び責
任の存在についての立証責任は原告にある。
ウ 民法上の不法行為責任の主張について
本件各報告の公表は,国賠法1条1項所定の「公権力の行使」に当たるから,民法
の適用はなく,原告の予備的請求は失当である。
(2) 争点(2)(原因調査の合理性及び原因推定の妥当性)について
(被告の主張)
ア 本件集団下痢症の原因究明調査の実施
食中毒の原因究明については,種々の観察・調査等を行い,そうした結果を踏ま
え,総合的判断を行う必要があり,その観察・調査等としては,次のようなものが
ある。
① 症候学的観察(後述イ)
② 患者,回復患者等の検査(後述イ)
③ 死体解剖(後述ウ)
④ 原因食品の疫学的調査(後述エ)
⑤ 販売系統の疫学的調査(後述オ)
⑥ 試験検査(後述カ)
⑦ 施設及びその運営状況並びに従業者の健康状態(後述キ)
本件集団下痢症においては,以下のとおり,観察・調査及び検査が同時並行的に行
われ,それらの結果を踏まえ,総合的判断がなされた(後述ク)。
イ 症候学的観察及び患者,回復患者等の検査
食中毒の調査に当たっては,まず,症状の発生の原因となった食中毒菌,化学物質
といった物質を特定する必要がある。原因物質の決定に当たっては,試験検査によ
り食品等から原因物質を検出する方法に加え,患者,回復患者等を検査して原因物
質を検出する方法がある。この患者,回復患者等の検査とは,患者の排泄物(ふん
便,尿,吐物),血液等について細菌学的,血清学的,化学的及び病理学的検査を
行うことをいう。
試験検査により原因物質が判明しない場合は,患者の臨床症状を詳細に調査するこ
とにより原因物質を推定する必要があり,これを症候学的観察と呼んでいる。
本件集団下痢症については,堺市対策本部の調査により,7月14日には,有症者
26名の検便のうち,13検体からO-157が発見され,原因物質はO-157
であることが明らかになった。
ウ 死体解剖
死体解剖については,原因物質の調査に必要な場合,細菌学的,化学的,病理組織
学的検査が行われる。
本件では,早い時期に原因菌が判明しており,死体解剖の必要はなかったことか
ら,行われていない。
エ 原因食品の疫学的調査
(ア) 原因食品の疫学的調査とは,患者及び健康者(対照者)について,食中毒の
発生以前に摂取した食品を摂取時間別に調査し,食品別に摂取率を考察し,患者に
共通して摂取率が高い食品を洗い出し,原因食品の推定を行うことである。
疫学的研究方法は幾つかに分類され,研究の内容によっては複数の研究方法が併用
されるなど,研究対象の特色に応じた利用がされている。諸家により分類方法や命
名法が異なるが,最近の疫学では,①生態学的研究,横断的研究,症例対照研究,
コホート研究を内容とし,観察集団の健康状態,疾病発生状態,生活習慣,社会環
境等を観察し,疾病の発生,予後等に関与する要因を明らかにする観察研究,②野
外試験,臨床試験を内容とし,人為的に曝露要因を操作して疾病の発生や予後に変
化があるかどうかを観察し,その要因の意義を明らかにする介入研究に分類するの
が一般的である。
本件に関係する観察研究に係る各種研究方法の内容は以下のとおりであり,これら
は,排他的に区別されるものではなく,疫学調査の基本的性格を明らかにする概念
である。
① 生態学的研究
集団における疾病異常の頻度と分布を客観的に記述し,こうして得られた情報か
ら,要因と健康障害の関連を検討する研究方法である。観察の対象が個人ではなく
集団であり,目的とする疾病異常の出現頻度を人の属性,時間,場所の面から観察
するので,生態学的研究と呼ばれる。従来の教科書では記述疫学といわれていた方
法の大部分がこの研究に相当する。
② 横断的研究
問診,検診,既存資料などにより,曝露に関する情報と疾病罹患に関する情報を同
じ時点で調べる方法である。
③ 症例対照研究
目的とする疾病に罹患した者(患者群)と罹患していない者(対照群)の両集団を
対象にして,仮説要因への曝露状況を比較する方法である。患者対照研究ともい
う。
④ コホート研究
目的とする疾病に罹患していない者を対象に,あらかじめ仮説に立てられた因子に
曝露された者の集団と,曝露されていない者の集団を設定して両集団を追跡し,疾
病の発生状況を比較する方法である。コホート研究では曝露群と非曝露群から発生
する疾患の頻度を直接測定できるので,因果関係の究明には症例対照研究より優れ
た方法であるといわれてきたが,最近では両者の妥当性に優劣はつけられないとさ
れている。
コホート研究には,前向きコホート研究と後向きコホート研究があり,前者は,調
査を計画した曝露情報に基づいて将来に向かって疾病の発生を追跡する方法であ
り,後者は,過去のある時点にさかのぼって曝露情報を調べ,その時点を出発点と
して疾病の発生状況を追跡しようとする方法である。
食中毒の原因究明は,感染症の流行調査の一種であり,疫学研究の手法のうち通
常,生態学的研究と症例対照研究を併用するのが一般的である。処理要領及び本件
集団下痢症調査もこうした食中毒調査の考え方に従っている。
食中毒のような急性疾患の原因究明を調査しなければならない流行調査においては
生態学的研究が重要視される。突発的に発症する食中毒事故の原因食材が何である
かを事故発生前にさかのぼり,日々繰り返される食事内容等についての調査を対象
として,当該流行の拡大防止及び再発防止を図るため迅速に調査する必要があるか
らである。また,これと併用して,コホート研究ではなく,症例対照研究が用いら
れるのは,食中毒事故が発生した時点では,疾病の要因となった原因食材が何であ
ったかについて全く見当がつかないのが通常であり,にもかかわらず,事故の拡大
及び再発防止等のため,迅速な原因究明が求められる緊急の必要性があるからであ
る。
食中毒事故の原因調査について解説した一般的教科書である『食中毒』(坂崎利一
編,乙16)には,発病者と非発病者別に喫食率を調査し,マスターテーブルを作
成して,カイ2乗検定を行い,原因食品を推定する方法が紹介されているが,これ
は症例対照研究を前提としたものである。また,全国食中毒事件録をみても,過去
の食中毒事故の原因究明はいずれも症例対照研究が用いられている。
原告は,食中毒の原因究明について,後向きコホート研究の手法により調査をすべ
きであると主張する。しかしながら,コホート研究は,コホートを構成する集団の
設定,コホートの構成員の条件,発病者の把握の完全性等についての情報を短期間
に収集することが困難であることから,迅速な原因究明が求められる食中毒の原因
究明には不適当である。また,コホート研究とは,特定の仮説を前提として,要因
曝露群と非曝露群を設定して行う調査の手法であるところ,集団食中毒の原因究明
は,原因食材すなわち曝露要因が全く不明である段階でその曝露要因を究明するも
のであり,不明の曝露要因を究明するに当たって特定の仮説を前提とすることはで
きず,要因曝露群と非曝露群を設定するということは不可能である。コホート研究
は,例えば,喫煙と
健康影響に関する疫学研究のように,従来から健康影響の要因となるのではないか
との仮説が立てられている要因を対象するものに適しているのである。
(イ) 以上の調査の前提として,まず,調査の対象となる患者及び健康者の範囲を
確定するために発生状況を調査し,発生の時期及び範囲を確定することが必要であ
る。
a 発生状況の調査内容
(a) 発生状況の把握
a 堺市には,養護学校分校を本校に含めて数えると,91校の市立小学校が置かれ
ている。堺市は,これらの小学校に対する給食の提供について,中地区(13
校),南地区(22校),北地区(16校),東地区(9校),堺地区(17校)
及び西地区(14校)の6地区に分割し,堺地区と西地区,北地区と東地区,中地
区と南地区ではそれぞれ共通の献立で給食を提供していた。本件集団下痢症は,堺
市の3分の2の地域において発生し,有症者の多くが学童であったことから,直接
の原因として,水道及び学校給食が疑われた。しかし,後記b(a)で述べるよう
に,水道が原因であるとは考え難かったことから,疫学的調査の焦点は学校給食に
当てられた。
b 原因食品の疫学的調査に当たっては,患者及び健康者(対照者)について,事故
発生前の2,3日,また,必要によっては,7日間あるいはそれ以前にさかのぼっ
て,摂取したすべての食品を摂取時間別に調査し,患者群と健康者群の摂食率を食
品別に考察することが必要である。
そして,このような喫食調査の前提として,有症者及び入院者の発症日別,地域別
又は学校別の発生状況を調査し,患者群(有症者及び入院者)の発生状況を調査す
るとともに,有症者又は入院者以外の健康者群を把握する必要がある。
本件集団下痢症においては,①学童を対象とした学校別発生状況の調査(7月15
日から18日まで),②入院者の喫食調査(7月17日から19日まで),③入院
者以外の学童についての健康・喫食調査(7月22日から27日まで),④出席
簿・学校行事調査(7月19日)等の調査を堺市対策本部において行った。このう
ち喫食調査については,食中毒調査票によって聞き取りを実施し調査を行った。
なお,本件O-157による食中毒において,有症者とは,腹痛,下痢,発熱,裏
急後重(渋り腹),嘔気,頭痛,嘔吐のいずれかの症状を有する者(概念上,O-
157感染症でない者も含まれることになるが,入院者は除く。)をいい,入院者
とは,上記の消化器症状が重度のために入院している者をいう(中間報告及び最終
報告においては,有症者は,7月1日から各調査時までの有症者をいい,また,入
院者は,7月17日から19日までの間に入院している堺市の学童をいう。)。
c 上記bの調査のうち,学校別発生状況の調査の結果,次の状況が明らかとなっ
た。
ⅰ 有症者の地区別の状況
地区別の有症者数を全学童数中に占める割合で示すと,中・南地区では,1万96
48名中4655名(23・7パーセント),北・東地区では,1万2850名中
1471名(11・4パーセント),堺・西地区では,1万5145名中52名
(0・3パーセント)であった。なお,この有症者数は7月16日現在の,全学童
数は5月1日現在の数値であり,堺市教育委員会の調べによるものである。
ⅱ 有症者(学童)の地区別発症日
別紙4・5から明らかなように,有症者については,中・南地区,北・東地区の両
地区とも発生は7月10日,発症が最も多かったのは同月12日であった。堺・西
地区では,発症のピークは明らかでなく,散発的な傾向を示した。
ⅲ 教職員の地区別症状,発症日
教職員では,92名の有症者がみられたが,堺・西地区では発生はなく,発症ピー
クは7月12日から15日であり,いずれの地区においても,下痢,嘔吐の回数が
学童より少なく,症状は学童に比較して全般に軽いものであった。
ⅳ 有症者の学校別の出欠状況
さらに,有症者が学校給食を喫食したか否かの確認のために,出欠状況を調査した
結果は次のとおりであった。
7月16日時点で有症者が50人以上発生した38校においては,有症者で欠席し
た学童人数の少ない日は,中・南地区では同月9日(18名)と同月10日(35
名)であり,北・東地区では同月8日(11名)と同月10日(18名)であっ
た。
中・南地区の7月9日の欠席者18名について,個票(学童等について1人ずつ発
症の状況・喫食状況等を調査した結果を記載した食中毒調査票をいう。)により発
症の状況等をみると,中地区の6名はいずれも発症日が同日以前であった。また,
南地区の12名は,健康者5名,実際は出席した者2名,発症日が同日以前の者4
名,発熱1名であった。
北・東地区の7月8日の欠席者11名について,同様に,個票により発症の状況等
をみると,北地区の3名は健康者1名,同日に発症した者1名,実際は出席した者
1名であった。また,東地区の8名は,健康者1名,同日に発症した者1名,発症
日が不明の腹痛の者1名,同日に欠席し同月12日以降に発症した水様便1回の者
1名,水様便3回の者1名,腹痛下痢の者1名,嘔吐発熱の者1名,症状不明の者
1名であった(うち,受診者は水様便3回の者が1名のみであった。)。
7月1日から同月10日までの間において,地区内のいずれの学校でも学校行事等
が全くなく,全学童に学校給食が提供された日は,中・南地区が同月8日,9日及
び10日,北・東地区では同月8日のみであった。
ⅴ 入院者の地区別症状
入院者の主な症状は,多い順からおおむね下痢,腹痛,発熱,嘔気,嘔吐であり,
下痢便の性状は血便,水様便が多く,有症者の症状の分布と異なっていた。
入院者の中で下痢の回数が12回以上だったのは,北地区36・1パーセント,東
地区46・5パーセント,中地区37・9パーセント,南地区14・3パーセント
であった。
ⅵ 入院者の出欠状況
欠席者数が0名であったのは,中・南地区においては,7月9日のみであり,北・
東地区においては,同月8日のみであった。
ⅶ 入院者の発症日分布
別紙6から明らかなように,入院者について,発症が最も多かった日は,中・南地
区で7月12日,北・東地区では同月11日であり,有症者と同様の傾向を示し
た。
d 上記cの調査の結果により,堺・西地区は有症者数が他の4地区に比べて極端に
少なく,血便や重度の下痢を呈するといった症状の発現率が極めて低く,2次感染
と推定される1名(7月16日発症)を除いては,O-157は検出されていない
ことから,他の4地区とは様相を異にしていることが明らかになった。すなわち,
堺・西地区については,O-157陽性者は学童1名であること,堺市教育委員会
学校保健課からの聴取によると,通常時においても年間を通じて学童の1ないし2
パーセント程度は下痢等の何らかの症状を示しているとのことであることなどか
ら,堺地区(有症者15名〔0・1パーセント,1校当たり0・88名〕)及び西
地区(有症者37名〔0・3パーセント,1校当たり2・6名〕)は,今回の集団
下痢症の発生範囲に含
めることは適当でないと考えられた。
以上のような発生状況の調査の成果を踏まえ,原因究明プロジェクトチームは,喫
食調査による本件集団下痢症の発生原因の推定に当たって,堺・西地区を発生範囲
から除くこととした。
(b) 発生の時期及び範囲
本件集団下痢症の発生原因の推定を行うに当たって,発生の時期と範囲を確定する
ことが必要である。通常,堺市においては,年間を通じて全体の1ないし2パーセ
ント程度の学童は,日ごろから腹痛,下痢等何らかの症状を示しているというデー
タが存することから,明確な有症者の増加がみられる時点を確認し,本件集団下痢
症による有症者の発生を,通常時の有症者の発生と区別して,発生時期を確定する
必要がある。
本件では,7月12日夜半より多数の学童下痢患者が医療機関で受診したとされて
いるが,有症者及び入院者の発症状況から,有症者の発生時期は7月9日夜から1
0日(中・南地区は若干遅い傾向がある。),発生のピークは中・南地区で同月1
2日から13日,北・東地区で12日であると特定できる。
b 発生原因の推定
(a) 学校給食に起因
本件集団下痢症は,堺市の3分の2の地域において発生し,有症者の多くが学童で
あったことが確認された。そこで,その発生の態様から,直接の原因については,
まず,水道と学校給食が疑われた。
しかし,水道については,次のような理由から,本件集団下痢症の原因とは考え難
い。
ⅰ 堺市は,別紙7のとおり,大阪府営水道から30万トン/日の水道水の供給を
受けており,枚方市のc浄水場から市外のdポンプ場を経由してe浄水場,f配水
場及びg配水場から給水されているが,堺・西地区を始め大阪府下では集団的な下
痢症の発生がないし,また,配水場の給水区域は堺市の小学校の給食の地区の区分
とずれているから,水道施設が原因とは考えられない。
ⅱ 直接給水方式に比べ,水道を建物の受水槽にいったん貯める方式では,受水槽
での汚染の可能性が一般に考えられるが,本件では受水槽設置校と直接給水校とで
発生,非発生の区別はみられないから,受水槽における汚染が原因であるとは考え
られない。
ⅲ 7月初旬に大規模な断水を伴う水道工事はなく,水道工事による汚染も考えら
れない。
ⅳ 受水槽設置校の72校すべてで,水道水中からO-157は検出されず,直接
給水20校のうち検査を実施した7校については,蛇口での残留塩素濃度は基準値
以上であり,問題がないと考えられた。一方,有症者,受診者及び入院者の発生状
況や発症日が中・南地区,北・東地区,堺・西地区とそれぞれ学校給食が共通の献
立となっている地域ごとに特徴があることから,本件集団下痢症は,学校給食に起
因する食中毒と考えられた。
加えて,中・南地区と北・東地区の食中毒の原因については,両地区の有症者の検
便から検出されているO-157のDNAパターンが一致したことから,感染源が
同じである可能性が高いと考えられた。
(b) 原因食喫食日の検討
a 次に,学校給食が原因であるとして,具体的にどの日の学校給食が原因かが問題
となる。
通常,喫食状況の調査によって,患者群に共通して摂取率の高い食品が1つ又はい
くつか発見される。この場合には,摂取率は100パーセントにならないことが多
く,また,共通性において,同様に高率な食品が2,3にとどまらないこともあり
得るが,こうした食品を原因食品として一応疑いをかけて検討する必要がある。な
お,ここにいう原因食品とは,原因となった献立,原因となったメニュー,原因と
なった食材のそれぞれを含む概念であって,原因食品を追究するに当たっては,喫
食状況の調査の結果等を分析し,献立からメニュー,メニューから更に食材という
ように絞込みを行うこととなる。
本件調査においても,有症者及び入院者であって非喫食者が少ないメニューの検討
を行った(後述c喫食状況調査)。
また,この絞込みに際して有力な手がかりとなるのは,いわゆる特殊例である。平
常,共通の食事(献立)を摂っている人々の中の大部分の者が発症しているのに,
たまたまある特定の食事を摂っていない者(出張,外出,欠勤等)は発症していな
い場合には,その共通の食事に疑いが大きくおかれ,また逆に,たまたま特定の食
事のみを摂った者(来客,外来者等)が同時に発症している場合には,その特定の
食事への疑いが大きくなる。このことは食事中の品目(メニュー,食材)について
も同様である。したがって,そのような特殊例の発見が原因食品の確定に重要とな
る。
本件調査においても,種々の調査結果の中からこうした特殊例を発見し,検討を加
えた。すなわち,学校給食を喫食することのなかった校外学習の実施日とその参加
者の発症状況,入院者の出欠状況から,原因食喫食日の推定を行い,喫食状況の調
査を踏まえ,原因献立の推定を行った。本件調査においては,有症者には医師の診
断を受けていない者等でO-157感染症ではない者も含まれているため,入院者
の出欠状況を検討の対象としたが,有症者についても,入院者と同様の傾向がみら
れた。
b このような検討の結果は,8月6日時点では,次のとおりであった。
ⅰ 中・南地区では,7月1日から同月7日までの間は,いずれかの学校で校外学
習が実施されるなどによって,地区内の全学童には給食が提供されておらず,ま
た,同期間中,校外学習に参加して,給食を喫食しなかった学童の中に,有症者や
入院者もいることから,同期間中の給食が原因であるとは考えにくい。
また,入院者を対象とした7月1日から同月10日までの欠席状況調査をみても,
前述a(a)cⅵのとおり,中・南地区の入院者の全員が給食を喫食した日が9日であ
ることから,同地区においては,9日が原因食の喫食日と考えられる。このこと
は,同地区の同期間の有症者の欠席状況を確認した結果,同日が最も欠席者が少な
いこととも符合する。
次に,有症者中,7月9日の欠席者の数が統計学的にみても有意に少なかったとい
えるか検討する。
有症者3720名のうち,7月1日から同月10日までの間に給食を欠食した者は
7月1日が216名,同月2日が164名,同月3日が147名,同月4日が90
名,同月5日が147名,同月8日が61名,同月9日が18名,同月10日が3
5名である。この欠席者中には,病気等の個人的な理由による者のように常に一定
程度存在する欠席者のほかに,たまたま校外学習に参加した多数の欠席者が含まれ
ている。統計的分析を行うためには,在籍者全体における日常の欠席者数に影響を
及ぼすような特別の要因を排除する必要がある。
そこで,7月1日から同月10日までの間で,校外学習を行った学校の欠席者を除
いて比較すると,各日の欠席者数は,7月1日が29名,同月2日が39名,同月
3日が36名,同月4日が35名,同月5日が44名,同月8日が38名,同月9
日が13名,同月10日が25名となる。この場合,99パーセント信頼区間は,
別紙8のとおり,欠席者数で17・82名から46・93名となり,7月9日の欠
席者数13名は,他の日の欠席者数と比較すると危険率1パーセント以下で有意に
少ないといえる。
したがって,統計学的にも原因献立の喫食日は7月9日である可能性が極めて高
い。
ⅱ 北・東地区では,7月1日から同月10日までの間で同月8日以外は,いずれ
かの学校において校外学習を実施するなどされており,地区内の全学童に給食が提
供されたのは同月8日のみであった。そして,同月8日以外には,校外学習に参加
し給食を喫食しなかった学童中に,有症者や,入院者がいることから,同月8日以
外の日の給食が原因であるとは考えにくい。
また,入院者を対象とした7月1日から同月10日までの欠席状況調査をみても,
前述a(a)cⅵのとおり,北・東地区の入院者全員が給食を喫食した日が8日である
ことから,同地区においては,8日が原因食の喫食日と考えられる。このことは,
同地区の同期間の有症者の欠席状況を確認した結果,同日が最も欠席者が少ないこ
ととも符合する。
そこで,有症者中,7月8日の欠席者の数が統計学的にみても有意に少なかったと
いえるか検討する。
統計的有意差があると判断されるか否かは,サンプルサイズ(標本数)にも強く依
存しており,サンプルサイズが大きければ大きいほど有意差は出やすいし,小さけ
れば小さいほど有意差は出にくい。北・東地区の場合,上記のとおり,7月1日か
ら同月10日までの間で,有症者中の欠席した者の数の最も少なかった日は同月8
日であったという傾向は,顕著に表れているものの,前記ⅰの中・南地区と同様の
手法で,統計的有意差の有無を検討しても,危険率5パーセント以下で,原因食喫
食日と推定される同月8日に欠席した者の数が有意に少ないとはいえなかった。し
かし,これは,中・南地区ほどサンプルサイズが大きくなかったことに起因すると
考えられる。
前記ⅰの中・南地区と同様の手法で,統計的有意差の有無を検討すると,以下のと
おり,7月8日の欠席者数は,他の日の欠席者数と比較すると,1日とともに危険
率15パーセント以下で有意に少ないといえる。すなわち,北・東地区の有症者1
129名のうち,7月1日から同月10日までの間に給食を欠食した者は7月1日
が36名,同月2日が21名,同月3日が65名,同月4日が19名,同月5日が
41名,同月8日が11名,同月9日が43名,同月10日が18名である。この
欠席者の中から,7月1日から同月10日までの間で,校外学習を行った学校の欠
席者を除いて比較すると,各日の欠席者数は,7月1日が3名,同月2日が15
名,同月3日が9名,同月4日が10名,同月5日が10名,同月8日が5名,同
月9日が8名,同月1
0日が16名となる。この場合,85パーセント信頼区間は,別紙8のとおり,欠
席者数で5・10名から13・91名となり,同月8日の欠席者数5名は,他の日
の欠席者数と比較すると,同月1日の3名とともに危険率15パーセント以下で有
意に少ない。
c また,有症者の発症日分布は別紙4・5,入院者の発症日分布は別紙6のとおり
であり,中・南地区及び北・東地区とも,有症者,入院者を問わず,7月11日又
は同月12日をピークとする短期的な一峰性の発症日分布を示している。本件集団
下痢症の発生原因は学校給食であり,有症者,入院者の発症日分布は,短期的な一
峰性を呈しているから,学校給食として学童に出されたもののうち,O-157が
付着した原因食の喫食日が何日も存在していたとは考え難い。
そして,O-157感染症の潜伏期間は,感染者の年齢や健康状態,感染菌量等の
事情にも左右されるが,短い場合には1日とされている。例えば,1986年11
月,米国ワシントン州ワラワラ地区で発生したO-157集団食中毒事故につい
て,米国疾病管理センターが調査したところによると,潜伏期間は平均3・1日,
最短は1日,最長は8日であった。また,1988年,米国ウィスコンシン州の大
学で発生したO-157集団食中毒事故について,米国疾病管理センターが調査し
たところによると,潜伏期間は平均で3日,最短は1日,最長は10日であった。
本件集団下痢症においては,7月6日,7日が土曜日,日曜日に当たり,学童は給
食を喫食していないため,仮に5日以前に原因食喫食日があったとすれば,上述の
一般的なO-157感染症の発症状況にしたがう限り,遅くとも7月8日には相当
程度の入院者,有症者の発症が認められるはずである。しかしながら,別紙4ない
し6のとおり,7月9日に至っても,O-157感染症に罹患した者の発生を窺わ
せる有症者の増加傾向も,入院者の発症もみられないから,中・南地区,北・東地
区とも,7月5日以前に原因食喫食日があったとは常識的には考えにくい。
一方で,7月10日には既にO-157感染症に罹患した者の発生を窺わせる有症
者の増加傾向や,入院者の発症がみられるから,遅くとも9日以前には,原因食喫
食日があったと考えられる。
以上のような本件集団下痢症の発症時期・状況,O-157感染症の一般的な潜伏
期間と発症状況を考え併せると,原因食喫食日は,中・南地区,北・東地区とも7
月8日,9日ころと推定される。
d 以上のとおりの検討の結果,本件集団下痢症については,中・南地区においては
7月9日が,北・東地区においては7月8日が,それぞれ原因食を喫食した日であ
る可能性が極めて高いことが判明した。
なお,最終報告においては,更に多くの食中毒調査票が回収され分析がされたが,
原因食の喫食日について,中間報告と同様の結論が得られている。
(c) メニュー及び食材の検討
a 原因食喫食日すなわち原因献立が推定された後の課題は,原因献立の中のどのメ
ニューが原因か,さらにメニューの中のどの食材が原因かの検討である。
この点について,原因であると最も疑われる献立は,前述(b)のとおり,中・南地
区については7月9日の献立,北・東地区については7月8日の献立であることか
ら,原因と考えられるメニュー及び食材を次のとおり絞り込んだ。
b O-157は,熱に弱く,摂氏75度で1分間加熱すれば死滅するところ,7月
18日から同月23日までの間,大阪府から派遣された食品衛生監視員らにより,
発生校8校及び非発生校5校の給食調理従事者及び学校栄養士から,7月1日から
同月10日までの調理状況に係る聞き取り調査が行われた。その結果,調理マニュ
アルにより加熱が指示されているものについては,そのとおり加熱が実施されてい
ることが確認された。また,そもそも,加熱されるべき食材にO-157が付着し
ており,加熱調理の不十分さが感染の原因であったとするならば,堺市は自校調理
方式を採用しているため,O-157感染症の患者の発生校は,加熱調理が不十分
であった場合のみに散発的に生じるはずである。本件集団下痢症は,中・南,北・
東の各地区ごとに
多数の学校において同時かつ集団的に発生したものであるから,加熱されるべき食
材にO-157が付着しており,その調理過程に不手際があったと考えるのは,極
めて困難といわざるを得ない。
以上の理由から,原因メニュー及び食材絞込みに際しては,加熱されていない食材
に着目し,検討を行った。
c 中・南地区の7月9日の献立は,パン,牛乳,冷やしうどん,ウインナーソテー
である。このうち,加熱されない食材は,冷やしうどんに使用された焼きかまぼ
こ,きゅうり,カイワレ大根である。
北・東地区の7月8日の献立は,パン,牛乳,とり肉とレタスの甘酢あえ,はるさ
めスープである。このうち,加熱されない食材は,とり肉とレタスの甘酢あえに使
用されたレタス,カイワレ大根である。
以上の献立及び食材の確認によって,パン,牛乳のほか,カイワレ大根が中・南地
区と北・東地区の給食の共通食材であることが明らかになった。
しかし,パンと牛乳は,複数の施設から納入されていて,発生校,非発生校の分布
と納入元の分布が合致しないし,また,牛乳は,殺菌記録により殺菌されているこ
とが確認された上,中・南地区に納入された乳処理施設業者の牛乳は,本件集団下
痢症の発生が認められなかった堺・西地区にも納入されていたことなどからも,原
因食材とは考え難かった。
一方,カイワレ大根については,複数の生産施設から納入されているが,7月8
日,9日及び10日に納入されたものは,同一の生産施設で生産され,それぞれそ
の前日に出荷されたカイワレ大根であることが確認された。なお,その特定施設か
ら納入されたカイワレ大根は,中・南地区の同月10日の献立であるとり肉とレタ
スの甘酢あえにも使用された。
なお,本件集団下痢症の発生がなかった堺・西地区には,上記特定施設で生産され
たカイワレ大根は,その当時納入されていなかった。
c 喫食状況調査
入院者の喫食調査は,堺市対策本部において,堺市の食品衛生監視員を中心とし
て,7月17日から同月19日の間に行われた。また,入院者以外の学童について
の健康・喫食調査については,堺市対策本部において,堺市の教員を中心に,同月
22日から同月27日の間に行われた。この喫食調査は,対象者全員に対し,7月
1日の給食までさかのぼって行われ,その結果は食中毒調査票に記入された。この
調査対象期間は,O-157の潜伏期間を考慮して広めに設定された。
この調査結果に基づき,学童,教員等の地区別喫食状況について検討が行われた。
一般には,有症者又は入院者の欠食率が低い献立,すなわち有症者又は入院者のう
ち給食を欠食した者が少ない献立は原因献立である可能性が高く,他方,有症者又
は入院者の欠食率が高い献立は,多くの者が当該献立を喫食せずに発症したもので
あるから,原因献立である可能性は低いと考えられる。そこで,具体的には,有症
者及び入院者がどの給食の喫食により発症したかを明らかにするために,7月1日
から同月10日までの間に給食を摂取しないで発症した患者数とその日のメニュー
の状況について検討が行われた。これにより,有症者又は入院者の欠食率が低い献
立,すなわち原因献立である可能性の高い献立が明らかになる。
なお,有症者には,O-157による食中毒以外の原因により体調を崩している者
も含まれるから,原因献立に対する有症者の欠食率は0になるものではない。この
ため,同様の調査をO-157による症状がより明確と考えられる入院者について
も行った。
ところで,堺市においては,給食の調理は各学校ごとに行われているが,前述a
(a)aのとおり,献立は,堺・西地区,北・東地区,中・南地区の3給食地区ごとに
設定されており,加えて,調理に使用される食材も堺市が一括して購入し,給食地
区ごとに各学校に配送することとなっている。そこで,食中毒の発生状況と献立
(喫食日),メニュー及び食材との関係については,給食地区ごとに分析され,調
査結果が取りまとめられた。その結果は,次のとおりである。
① 入院者の喫食状況
入院者の欠食率が低い献立は,中・南地区では,7月9日の牛乳(欠食率0・7パ
ーセント,欠食者2名。以下,この例による。)及び冷やしうどん(1・3パーセ
ント,4名),同月8日の牛乳(2・0パーセント,6名)であり,北・東地区で
は,7月8日の牛乳及びとり肉とレタスの甘酢あえ(いずれも0パーセント,0
名)であった。
② 有症者の喫食状況
有症者の欠食率が低い献立は,中・南地区では,7月9日の冷やしうどん(1・6
パーセント,102名),牛乳(2・0パーセント,127名),ウィンナーソテ
ー(2・6パーセント,164名),同月10日の牛乳(2・7パーセント,17
1名)であり,北・東地区では,7月9日のカレーシチュー(2・0パーセント,
36名),同月8日の牛乳(2・6パーセント,47名)及びはるさめスープ
(2・8パーセント,50名)であった。
入院者の喫食状況調査結果によれば,中・南地区では,7月8日及び9日の牛乳,
7月9日の冷やしうどん,北・東地区では7月8日の牛乳及びとり肉とレタスの甘
酢あえの欠食率が低く,原因献立である可能性が高いことが明らかとなった。有症
者の喫食状況調査結果では,中・南地区では7月9日の冷やしうどんの欠食率が低
く,入院者の喫食状況調査と同様の傾向が示されたが,北・東地区では,7月9日
のカレーシチュー,同月8日の牛乳及びはるさめスープの欠食率が低いという結果
が出た。ただし,北・東地区においても,7月8日のとり肉とレタスの甘酢あえに
ついて,喫食者と欠食者の発症率を比較すると,危険率5パーセント以下で有意差
が認められている。
そして,この喫食状況に関する調査の結果は,前述b(b)の原因食喫食日の推定
(中・南地区は9日,北・東地区は8日)及び前述b(c)の原因食材の推定とおお
むね整合する。
なお,中・南地区の入院者のうち,7月9日の冷やしうどんを喫食していない4人
について調査したところ,翌10日の献立であるとり肉とレタスの甘酢あえを喫食
した者2名,甘酢あえのレタスを喫食した者1名,不明1名であった。この中・南
地区で7月10日に給食として出されたとり肉とレタスの甘酢あえにも,前述b
(c)cのとおり特定の生産施設のカイワレ大根が使用されていること,前述a(b)の
とおり中・南地区の発生のピークに若干の幅が認められることなどに照らすと,少
なくともこの4名については,7月10日が原因食の喫食日であった可能性があ
る。
オ 販売系統の疫学的調査
(ア) 販売系統の疫学的調査の意義
原因食品の追究によって疑わしい食品が発見された場合,あるいは原因食品として
の推定はできないが患者に関係あると思われる食品が考えられた場合,その食品の
購入先をたどり,次に中心から逆に末端の全販売先を調査することも有効である。
ここにいう「販売系統」とは,いわゆる流通経路をいい,食品の販売経路のみなら
ず調理施設に搬入されるまでの輸送段階,販売段階,生産段階を含むものであり,
加えて当該食品の堺市の学校給食以外の他の流通経路までも広く対象とする。
この調査により,疑わしい食品について他の場所で別の食中毒の原因になっていな
いかどうかを検索することにより,当該食品が原因食材であるかどうかを判断する
有力な資料が得られる可能性があるし,販売系統をさかのぼって調査することによ
り,汚染経路なり汚染原因を特定できる可能性がある。
(イ) 本件集団下痢症の発生状況と食材納入状況との関係
まず,個々の食材の生産過程や流通経路を踏まえての原因献立からの原因食材の絞
込みをすると,前述エ(イ)b(c)cのとおり,パン,牛乳及びカイワレ大根が中・南
地区の7月9日の給食と北・東地区の7月8日の給食の共通食材となるが,パンと
牛乳については,複数の施設から納入されており,発生校と非発生校の分布と納入
元の分布が合致せず,加えて牛乳については殺菌されていることが確認されている
から,いずれも原因食材とは考え難い。また,北・東地区の7月8日,中・南地区
の7月9日及び10日に納入されたカイワレ大根は,原告の農園において生産され
たことが確認されている。
以上からすれば,原告の農園から出荷されたカイワレ大根が原因食材である可能性
が最も高いと判断できる。
(ウ) 他のO-157による食中毒事故との関連
本件集団下痢症と同時期にほかにもO-157による食中毒事故が発生しているこ
とから,それとの関連性についても検証しておく必要がある。
a 大阪府下羽曳野市の老人ホームの事例
7月15日に有症者発生の通報があり,7月6日から同月24日までの間の有症者
は98名(うち14名は入院)に達し,患者ら33名の便からO-157が検出さ
れた。
その老人ホームの7月9日の昼食メニューにカイワレ菜サラダがあり,それに使用
されたカイワレ大根は,原告が同月7日に出荷したものであることが確認された。
また,患者から分離されたO-157のDNAパターン解析を行ったところ,本件
集団下痢症の患者から検出されたO-157菌20株と老人ホームの患者から検出
されたO-157菌6株のDNAパターンがサブグループレベルでも一致し(その
意義は後述(エ)のとおり。),両者の菌が同一のものである可能性が非常に高いと
の結果が得られた。
b 京都市の事業所の事例
7月18日に有症者発生の通報があり,75名の検便検査の結果,患者5名の便か
らO-157が検出された。同事業所の7月11日の昼食にカイワレ大根が使用さ
れており,その中には原告の農園から同月9日に出荷されたものが含まれていたこ
とが確認された。すなわち,京都市が行った調査結果によれば,原告から出荷され
たカイワレ大根のうち53パックが,7月9日甲を介して乙株式会社に納入され,
さらに乙は,同月11日午前7時ころ上記53パックと別の卸業者から仕入れたカ
イワレ大根40パック(合計93パック)のうち80パックを京都市の事業所に納
入したのである。
また,同事業所の患者から検出されたO-157のDNAパターン解析を行ったと
ころ,本件集団下痢症の有症者から検出されたO-157菌のDNAパターンと一
致し,両者の菌が同一のものである可能性が非常に高いとの結果が得られた。
(エ) DNAパターンの一致の意義
a DNAパターンの分類について
O-157のDNAパターンは菌によって一様ではなく,パルスフィールドゲル電
気泳動法(PFGE)及びランダムPCR多型解析法(RAPD)その他の分析手
法によってO-157菌のDNAパターン解析を行うと,パターンの違いによっ
て,いくつかのグループ,サブグループに分類することができる。菌株間のDNA
パターンが,より細かいサブグループまで一致するものほど,O-157菌株間の
近縁度が高い,つまり同じクローンである確率が高いことを意味する。DNAパタ
ーンの分類について,現在,国際的に統一された分類方法は存在しないが,国立予
防衛生研究所の分類方法によれば,大きなグループ(PFGEの場合はⅠからⅤの
5つ。RAPDの場合は,Ⅰ,Ⅱの2つ。)と各々のサブグループ(Ⅰa,Ⅰb,
Ⅰc等)に分類され,
更にパターンの微少な差により細分化(Ⅰa-,Ⅰa+,Ⅰa2+等)される。す
なわち,DNAパターンは,例えば,「Ⅰa,Ⅱb+」のように表現され,最初の
「Ⅰa」はPFGEの結果により大グループが「Ⅰ」,サブグループが「a」,次
の「Ⅱb+」はRAPDの結果により大グループが「Ⅱ」,サブグループが「b」
であり,更に「+」に細分化されることを意味している。
b 本件におけるDNAパターン分析の結果
(a) 本件集団下痢症の患者から検出されたO-157のDNAパターンの解析結
果は,「Ⅱa,Ⅱe+」と「Ⅱa,Ⅱe2+」であった。この2つの株は,非常に
近縁度の高いものである。
(b) 羽曳野市の老人ホームの事例では,患者ら33人からO-157が検出さ
れ,そのうち6人(株)分についてDNAパターン分析が実施された(乙18予研
番号401ないし406)。
京都市の事業所の事例では,5人からO-157が検出され,5人(株)について
DNAパターン分析が実施された(乙18予研番号431,432,523,52
4,573)。
また,大阪市内の病院における集団食中毒の事例では,9人からO-157が検出
され,平成8年8月10日までに9人(株)分についてDNAパターン分析が実施
された(乙18予研番号504ないし509,511ないし513)。
さらに,大阪市内の保育所における集団食中毒の事例では,12人からO-157
が検出され,平成8年8月10日までに6人(株)分についてDNAパターン分析
が実施された(乙18予研番号517ないし522)。
(c) そして,老人ホームの患者らから検出されたO-157のパターンを解析し
たところ,「Ⅱa,Ⅱe+」という結果が出た。これは,本件集団下痢症の原因と
なったO-157のDNAパターンの1つと一致しているのであり,両者の菌株が
同一のものである可能性が非常に高いということができる。
そして,O-157を原因とする2つの集団食中毒がほぼ同時期に発生しているこ
と及び特定の生産施設から出荷されたカイワレ大根が共通食材となっていること
は,同じ原因食材による同じ菌株のO-157の感染により食中毒が発生した可能
性が高いことを示している。
(d) また,これらの事例について,有症者から検出されたO-157のDNAパ
ターンを分析するとともに,これらの食中毒調査と並行して,7月10日から同月
20日までの間の大阪府内で発生した散発事例についてもカイワレ大根の喫食状況
及び有症者から検出されたO-157のDNAパターンを分析し,これらの事例の
有症者から検出されたO-157についてのDNAパターンを分析したところ,本
件集団下痢症の有症者から検出されたO-157のDNAパターンと一致したとの
結果を得た。
以上のことも,原告の農園で生産されたカイワレ大根と本件集団下痢症との関係を
推定することと矛盾するものではない。そして,この推定は,前述エ(イ)b(b)・
(c),cの喫食調査の結果及び入院者等の欠席状況調査の結果の検討結果にも整合
する。
カ 試験検査(O-157の検索)
(ア) 通常の食中毒調査においては,以上のような疫学的な調査のほか,患者の食
べ残した物若しくはこれに近いもの,あるいは同一販売系統のもの,それらの原材
料,患者の吐物,ふん便,尿,血液,死体の一部等を検体とし,細菌学的検査等が
行われる。
本件調査においては,堺市は,7月13日からは保存されていた食材の収集,同月
15日からは調理場等のふきとりによる検体の収集,同月22日からは学校給食に
納入していた食肉業者から検体の収集をしたほか,販売系統の疫学的調査の結果判
明した流通経路を踏まえ,運送業者,納入業者等からも必要な検体の収集を行っ
た。これらの検体については,堺市衛生研究所において,O-157の検索が行わ
れた。
調理場等のふきとりによる検体の収集は,調理器具や冷蔵庫,汚水等について行わ
れた。また,学校給食に納入していた食肉業者から収集した検体については,その
検体がたとえ給食に提供された食肉とは別ロットのものであっても,食肉業者やそ
の流通ルートにおいて汚染が生じたのであればO-157が検出される可能性があ
ることから有益な資料であるといえる。
(イ) こうした菌検索の結果は,中間報告公表の時点においては次のとおりであっ
た。
a 検食検査
堺市の各小学校に保存されていた7月8日から同月12日までの間の検食198
食,うどん,枝豆等の単品15件,7月10日から同月12日までの間の牛乳13
件について検査を行ったが,O-157は検出されなかった。
b 給食施設,調理器具の検査
次の関係施設,食材運搬車等について検査したが,O-157は検出されなかっ
た。
① 学校給食調理場(中・南地区4校,北・東地区3校,堺・西地区1校)でのま
な板,容器,器具等のふきとり検査で得た41検体
② こんにゃく,もやしの2製造施設での食品4検体,水等7検体
③ 1食肉取扱施設についてふきとり検査で得られた検体及び汚水23検体
④ 堺市学校給食協会が運搬を委託している業者の食材運搬車7台中1台のふきと
り検査で得られた3検体
c 食材検査
7月1日から同月10日までの間の学校給食のメニューにおいて用いられたものと
同じ食材について,すべて流通経路を堺市学校給食協会,関係営業者から聞き取っ
て伝票確認等により調査した上,7月14日以降食肉及び食肉以外の食材堺市内分
計697検体,堺市外分計197検体について検査を行った結果,O-157は検
出されなかった。
d 食品取扱者の検便検査
堺市の学校給食の調理従事者の検便検査を実施したところ,中間報告公表時点で3
08名のうち3名の便からO-157が検出された。
(ウ) 中間報告公表から8月28日までの間に,それまでに検査したものも含め,
堺市の学校給食の7月1日から10日までの間の献立に係る食肉,野菜等を中心と
した関係施設の食材等について,合計1626検体を検査した。その結果,検査の
対象となった検食,食材,施設等のふきとり検体等からはO-157は検出されな
かった。
7月24日には,特定施設(原告の農園)に立ち入り,カイワレ大根,井戸水,種
子,排水等の検体を検査したが,O-157は検出されなかった。
(エ) 原告の主張に対する反論
食品や食材から食中毒菌が検出されない場合であっても,疫学的調査等によって原
因食品や原因食材を推定し,食中毒事故の拡大防止・再発防止を図ることは当然の
ことであり,これに反する原告の主張は誤っている。処理要領も,食中毒菌が食品
や食材から検出されなくとも疫学的調査により原因食品や原因食材の推定が可能で
あるとしており,こうした考え方は,我が国の食品衛生行政において,少なくとも
処理要領が各都道府県知事等に通知された昭和39年以来,食中毒の原因究明の基
本的な考え方として運用されてきている。これは,飲食に起因する危害の発生をで
きる限り未然に防止しようとする法の趣旨に沿うものである。
現に,奈良県内の3中学校における平成6年6月のサルモネラ・エンティリティデ
ィスによる食中毒の事例,埼玉県内の3幼稚園等における平成5年10月のサルモ
ネラ・エンティリティディスによる食中毒の事例,静岡県内の飲食店における平成
4年9月の腸炎ビブリオによる食中毒の事例等では,食材から直接に原因菌が検出
されていないものの,疫学的調査から原因食材を推定し行政処分に至っているので
ある。
キ 施設及びその運営状況並びに従業者の健康状態
(ア) 汚染が生じたことが疑われる場所については,その施設の構造,運営状況,
殊に整頓,清掃,そ族・こん虫類・犬・猫等の動物の出入りの状況等を調べ,また
従業員の健康管理状況,疑われている原因食品を取り扱った状況,衛生思想の程度
を調査し,併せて従業員の健康診断を行い,そこに衛生上の不備欠陥を発見し,こ
れと発生した事故の種類との関連の有無を検討することが必要である。
本件のような多数の学校において同時に食中毒が発生した場合においては,一定の
地域内に分布する多数の学校の調理過程で一斉に調理ミスが発生することは考えに
くく,調理過程におけるO-157による食材の汚染は考え難いが,念のため調理
過程についても調査を行った。
(イ) このような調理場等関係施設の調査は,当該施設の存する堺市等の地方公共
団体により,7月15日から8月14日までの間に行われた。その結果は次のとお
りである。
a 食材の生産・加工・流通状況
食肉及び生野菜(湯通し以下の熱処理をしないで喫食する野菜)について,市外も
含め関係施設に立ち入り,関係食材の検査を行ったが,O-157は検出されてい
ない。
b 食材の搬送等
堺市学校給食協会から学校へ搬送する業者の所有する食材運搬車からO-157は
検出されていない。
なお,学校調理施設までの流通経路においては,牛乳を除き食品の温度管理がされ
ていない。カイワレ大根は,発泡スチロールの箱に梱包されたまま搬送されていた
ので,食材の搬送中に他の食材からO-157の汚染を受けることは考えられな
い。
c 調理過程
調理過程においては,いずれの施設においても食材の取扱いに大きな問題はみられ
ず,特に食肉類は他の食材とは別に処理が行われており,発生各校で同時に調理施
設において食肉類からほかの食材が汚染される可能性は低いと考えられる。
また,調査対象全校において,調理マニュアルにより加熱が指示されているものに
ついては,マニュアルどおり加熱が実施されており,調理過程における汚染の可能
性は低いと考えられる。
なお,調理従事者の検便検査において3名のO-157保菌者が発見されたが,自
校調理方式にもかかわらず発生校が広範囲に分布していること,調理従事者も給食
を食しているため原因となった給食から感染している可能性があることから,本件
の直接の原因とは考えられない。
ク 総合的判断
(ア) 総合的判断の趣旨
これまで述べてきたように,食中毒の原因追究に当たっては,様々な調査が行われ
る。食中毒菌等の原因物質については,これらの調査のうち,食中毒患者の症候学
的観察,患者,回復患者等の検査により調査することとなる。他方,原因食品につ
いては,原因物質に係る調査結果を踏まえ,又は同時並行で,原因食品の疫学的調
査,販売系統の疫学的調査,細菌学的検査,血清学的検査等の種々の試験検査,施
設及びその運営状況等の調査といった多岐にわたる調査を行い,疑いのあるものを
絞り込んでいくこととなる。
(イ) 疫学的手法による原因究明の相当性
原因食品の調査に当たっては,食中毒の発症と喫食日との間に時間的な懸隔がある
ため,調査までに原因食品が消費されてしまうなど原因食品からの原因物質の採取
が困難であったり,また,特に原因物質が食中毒菌である場合,その環境いかんで
は食中毒菌が死滅してしまったりするなど,種々の障害が存することは不可避であ
る。しかし,一部の調査手法がこうした障害に妨げられることがあっても,疫学的
調査など様々な手法を駆使して調査を行い,それらの結果を総合的に判断すること
により,原因を追究することが必要である。処理要領(乙7)が,「総合的判断」
の項を設け,「試験室の結果が陰性に終わっても,前述の疫学的所見または症候的
観察等の結果まで無視してはならない。これらにより相当に原因が推定出来るもの
である」とし,また
,「試験検査」の項において,「試験結果が否定的(陰性)であっても,それは検
体の不適,検査方法の未発達,ないし技術の不良,偶然の見落し等いろいろの要因
によって起りうることであって,事故が存在したという事実は否定できないもので
ある」とする一方,「逆に試験結果が陽性であっても,それは原因としての確実性
を甚だしく強化するものではあるが,決定的な証明とはならないことがあるから注
意を要する」としているのは,この趣旨である。
(ウ) 本件調査の結論
本件集団下痢症の原因追究に当たっては,このような総合的判断の立場から検討を
行い,結論を得た。
すなわち,以上の調査結果を総合的に検討すると,カイワレ大根を生産した特定施
設等からは,本件集団下痢症の発生後に立入調査を実施した時点においては,O-
157は検出されず,汚染源,汚染経路の特定まではできなかったが,
① 入院者が全員登校した日が中・南地区で7月9日,北・東地区で同月8日のみ
であること
② 喫食調査の結果からも7月8日及び9日の両日の献立が疑われ,共通の非加熱
食材が特定施設で生産されたカイワレ大根のみであること
③ 7月8日,9日及び10日には,特定施設で生産されたカイワレ大根が納入さ
れていること
④ 中・南地区及び北・東地区の有症者のO-157のDNAパターンが一致した
こと
といった事実が判明し,さらに,詳細な分析結果を含め総合的に判断すると,本件
集団下痢症の原因食材として推定されるものは,特定施設から7月7日,8日及び
9日に出荷されたカイワレ大根のほかなく,また,この推定を導く過程は,極めて
合理的である。
そして,同時期に発生したO-157による集団食中毒事例においても,特定施設
から7月7日及び9日に出荷されたカイワレ大根が食材に含まれており,かつ有症
者から検出されたO-157のDNAパターンが本件集団下痢症のものと一致した
事実は,上記総合判断による推定に沿うものである。
以上のように,本件調査は,処理要領が定める所要の調査を行い,それらの調査結
果をもとに,疫学や細菌学等の専門的知見を踏まえ総合的な判断を加えたものであ
る。中間報告及び最終報告は,いずれもこのような必要にして十分な調査を尽くし
た上で取りまとめられたものであって,その報告の内容は十分な合理的根拠を有す
る。
(原告の主張)
ア 本件調査の立遅れ・ずさんさ
被告の具体的な原因究明調査は,7月15日に調理場等のふき取り調査を行ったほ
か,食材については,7月22日以降にようやく,食肉業者から検体を収集したほ
か,他の食材についても同様に納入業者等から検体の収集を開始したものである。
しかも,この食材調査は,平成9年12月になって,牛肉の納入業者から報告され
た誤った仕入先名を堺市が鵜呑みにし,実際には堺市に供給されていない業者が取
り扱っていた牛肉が検体として収集されていたことが判明する(乙129)という
ずさんな調査であった。
このように,本件集団下痢症の原因究明に関する調査は,決定的に立ち遅れた上,
食材の仕入先を誤るという基本的な誤りを犯したずさんなものであり,原因究明に
向けた合理的なものとは到底いえない。
イ 疫学の手法について(被告の主張エ(ア)に対して)
(ア) 食中毒のような急性疾患の原因究明を調査しなければならない流行調査にお
いては生態学的研究が重要視されるという被告の主張は,『疫学マニュアル』(柳
川洋編集,甲123,乙21)からすれば明らかに誤りである。この点について,
生態学的研究の内容を踏まえて,以下明らかにする。
(イ) 生態学的研究の観察の軸となる人の属性,時間,場所の内容は,例えば男女
による肺がん死亡率の差を比較したり,人種によるがんの種類の差を比較したり,
生活水準と結核罹患率を比較したりするものであり,非常におおざっぱな傾向しか
つかむことができない調査である。
こうしたことから,疫学調査デザインにおいて,生態学的研究は,因果関係の評価
はできず,仮説を立てる手がかりを与えるのみであるとされている。そして,危険
因子の解明という調査目的のためには,曝露集団と被爆路集団を追跡調査するコホ
ート研究,ある疾患を持った集団と背景が類似した疾患を持たない集団を比較し曝
露因子の違いを観察する症例対照研究,危険因子の加除によりその影響を観察する
介入研究等によらなければならないとされているのである。
(ウ)a また,この点をさておいても,被告は,本件集団下痢症の原因食材がカイ
ワレ大根であると断定するに当たり,生態学的研究に基づいてこの結論を導き出し
てはいない。
被告は,①入院者が全員登校した日及び有症者の欠食者数に関する調査,②喫食調
査と共通の非加熱食材の調査,③食品の納入状況の調査,④DNAパターンの調査
から,本件集団下痢症の原因食材がカイワレ大根であると判断したとするが,その
調査は,いずれも生態学的研究には該当しない。
b 被告は,本件集団下痢症について行った調査のうち,有症者と健康者,入院者
と健康者についての各メニューごとに表を作成したことを,症例対照研究であると
主張する。
しかし,被告の当該調査は,症例対照研究としては極めて不十分なものである。
症例対照研究は,目的とする疾病に罹患したものと罹患していないもの(対照群)
の両集団を対照して,仮説に立てられた因子への曝露状況を比較する方法であり,
症例群と対照群の両群について,要因への曝露ありの者の曝露なしの者に対する比
(オッズ)を比較することにより,罹患率比を推定し,原因因子を探求する調査方
法である。そして,症例対照研究では対照群の選定が研究の成否を決める鍵になる
ことが多い。不適切な対照群の選定により,しばしば誤った結論が導かれるとされ
ており,対照群の設定方法が重要である。
ところが,被告は,対照群を有症者,入院者という定義により設定している。しか
し,入院者の定義は,症状に基づくものではないし,病床が満員になった後は比較
的重い症状でも入院できない状況があり,定義の設定としては疑問である。症状に
照らして,血便者という定義を採用すべきであった。さらに,患者の便からのO-
157検出が進められていたのであるから,O-157陽性者という定義を設定す
ることも可能であった。
また,被告は,有症者と健康者,入院者と健康者についての各メニューごとに表を
作成した後,そのオッズを求めることなく,ただカイ2乗検定を行っているのみで
ある。これでは,オッズを比較し原因因子を探求するという症例対照研究の最も重
要な処理を行うことができず,本件集団下痢症の原因食材につき判断することは全
くできない。それにもかかわらず,本件集団下痢症の原因食材をカイワレ大根であ
ると断定したのである。
ウ 出欠調査の対象校を限定した不合理性(被告の主張エ(イ)a(a)cⅳに対して)
最終報告によれば,有症者の学校別の出欠状況につき,7月16日現在で有症者5
0人以上発生した学校に限定して調査しているが,そのように限定した理由は不明
である。
最終報告が結論を導く過程の中で検討している入院者の各日ごとの欠食者数は別紙
9のとおり,11名以下の人数である。そうすると,最終報告が調査の対象外とし
た7月16日現在の有症者49名以下の学校において入院者があった場合には,最
終報告の前提は大きく崩れ,結論が変わる可能性がある。
エ 原因食喫食日特定の不合理性(被告の主張エ(イ)b(b)に対して)
(ア) はじめに
最終報告は,①校外学習参加学童にも入院患者があることから,校外学習が実施さ
れた日は原因食喫食日から除外する,②入院者全員が出席した日は,中・南地区が
7月9日,北・東地区が7月8日であるところ,それらの日は有症者の多くが出席
している,③それらの日に欠席した有症者はO-157感染者である可能性は極め
て低いとの根拠から喫食日を特定している。
しかしながら,この論法は以下の点で不合理である。
(イ) 出欠調査方法の問題
出欠調査は,堺市教育委員会から提供された出席簿の写しに基づいてなされている
が,それについて再度の検証が行われておらず,正確性を欠く。実際,最終報告に
よると,南地区の有症者で7月9日に欠席とされていた12名のうち2名は出席し
ており,北地区の有症者でも7月8日に欠席とされていた3名のうち1名は出席し
ていたとされている。このような誤りは,南地区では12分の2(約16・7パー
セント),北地区では3分の1(約33・3パーセント)にも達し,有症者の発生
率が中・南地区で23・7パーセント,北・東地区11・4パーセントであること
からすれば,決して看過することはできない大きな誤りである。
(ウ) 校外学習実施日を除外することの不合理性
被告は,北・東地区の校外学習実施日である7月10日を喫食日から除外してい
る。しかしながら,最終報告参考資料13,18頁を対比すれば明らかなとおり,
必ずしも校外学習と欠食とは対応しておらず,7月10日の4名の欠食者に至って
は,いずれもが校外学習とは無関係の理由で欠食していることからすれば,校外学
習実施を理由に当該日を喫食日から外すということは合理性がない。
(エ) 入院者全員がO-157感染者であるという前提の不合理性
最終報告は入院者全員がO-157感染者であることを前提に分析を行っている。
しかし,入院者からO-157は検出されていないから,全員をO-157の感染
者とすることはできない。
このことは教職員の発症者343名のうち,O-157検出者はわずか23名であ
ることからも明らかである。
(オ) 99名の入院者に対する喫食調査の欠落
最終報告は7月16日時点における堺市全域の学童の入院者数を497名であると
しながら,そのうち398名(中・南地区312名,北・東地区86名)について
しか喫食調査を行っていない。99名の調査の欠落は全体の入院者数の約2割にも
当たり無視することはできない。喫食調査の欠落した99名の入院者の中に,中・
南地区にあっては7月9日,北・東地区にあっては7月8日に欠食者がいた場合,
最終報告はその前提を失うのである。
すなわち,中・南地区については,351名の入院者のうちの約89パーセントに
当たる312名が調査されているが,同地区の7月1日から同月10日までの欠食
者数が41名であるのでそのままの割合で残りの約10パーセントの中に欠食者が
いるとすれば欠食者が4名増加することになる。1日当たりの欠食者が1名ないし
11名という人数であるから,上記の4名という数字は決して無視できない。同様
に,北・東地区について考えると,146名の入院者のうち約59パーセントに当
たる86名についてしかその調査をしていないため,同地区の7月1日から同月1
0日までの欠食者の総数が23名であり,同じ割合で欠食者が増えるとすると欠食
者が16名増加することになる。1日当たりの欠食者が0名ないし6名の人数であ
るから,上記の16
名の数字は判断そのものを覆す可能性がある。
さらに,99名の入院者の調査漏れとなった理由ごとの人数は明らかではないもの
の,既に退院していたという理由で調査不能であった者が大半であったと考えられ
るから,早期に発症したために早期に治療が終了し退院した者の比率が高かったと
推定される。そうすると,本件集団下痢症の初発の患者が,調査から漏れてしまっ
たこととなり,欠食状況調査結果に大きな偏りをもたらしているといえるのであ
る。
(カ) 喫食日における入院者・有症者の欠食者は特に少なくないこと
a 最終報告によれば,北・東地区の入院者・有症者計1129名の欠食人数及び
割合は次のとおりである。
7月1日が36名(3・18パーセント),同月2日が21名(1・86パーセン
ト),同月3日が65名(5・75パーセント),同月4日が19名(1・18パ
ーセント),同月5日が41名(3・63パーセント),同月8日が11名(0・
97パーセント),同月9日が43名(3・80パーセント),同月10日が18
名(1・59パーセント)である。
このとおり,7月4日の欠食率1・18パーセントと同月8日の欠食率0・97パ
ーセントとの間には有意差は存しない。しかも,欠食調査の不正確性からすれば誤
差の範囲内にある。
b また,中・南地区については7月9日の18名,北・東地区については同月8
日の11名の有症者は,当日の給食を食べていないにもかかわらず発症したことに
なるが,このことについて合理的な説明ができていない。
(キ) 喫食日とされる日の入院者の欠食数には有意差は存しない
最終報告によれば,各地区の入院者の欠食状況は,次のとおりである。
中・南地区は,7月1日が9名,同月2日が7名,同月3日が5名,同月4日が5
名,同月8日が2名,同月9日が0名,同月10日が2名であり,北・東地区は,
7月1日が2名,同月2日が1名,同月3日が6名,同月4日が2名,同月5日が
4名,同月8日が0名,同月9日が4名,同月10日が4名である。
入院者の人数が中・南地区は312名,北・東地区は86名であるところ,上記の
ような1,2名の違い(中・南地区では7月8日,10日,北・東地区では7月1
日,2日,4日)は誤差の範囲にあり,有意差を認めることはできない。
このようなわずかな欠食者数の差から喫食日を特定するためには,その主張する喫
食日以外の日の欠食者が,給食以外の感染源からの感染や2次感染によるものでな
いことを明らかにする必要がある。
(ク) 入院者・有症者の欠食状況調査と統計的分析について
a 被告が行った欠食状況の統計的分析の異常性
そもそも被告が主張するような,原因食喫食の可能性がある日の有症者あるいは入
院者中の平均欠食者数を求め,さらにその信頼区間を算出し,平均欠食者数から有
意に欠食者数が少ない日を原因食喫食日として特定するような方法は,集団食中毒
における原因食喫食日の疫学的調査方法として通常採られておらず,そのような手
法が採られた文献・事例は見当たらない。
b 被告が主張する統計的分析の恣意性(被告の主張エ(イ)b(b)bに対して)
次に,被告が主張する統計的分析が,極めて恣意的なものであることについて述べ
る。
(a) 信頼区間採用における恣意性
一般に,統計的な検討を行う際には,95パーセント信頼区間が採用されており,
この区間内の差異については統計的に有意ではないとされている。
ところが,被告は,95パーセント信頼区間を採用した場合,北・東地区では7月
8日の欠食者数がその区間内の差異にとどまってしまい有意な差があるという結論
が出てこないため,恣意的に85パーセント信頼区間を採用しているものであっ
て,不合理である。
(b) 入院者に対する統計的分析を行っていない恣意性
a 被告の採用した有症者の定義は,典型的なO-157の症状を捉えたものではな
く,O-157感染者でない者も含むから,誤差が生じやすい。これに対し,入院
者の定義はより重い症状であり医師の診断を受けているから,有症者の場合より誤
差は小さいと考えられる。したがって,原因食喫食日を特定する上での入院者の欠
食状況の統計的分析は,極めて重要なはずである。ところが,被告はこの分析結果
を本件訴訟に提出していない。
b そこで,被告が有症者の欠食者数を分析したのと同様に,入院者の欠食者数を分
析する。
まず,被告が有症者において採っている措置と同様に,学校行事での欠食者がいる
学校については,分析の対象から排除すると,中・南地区では入院者中の欠食者が
0名であるのは7月9日だけであるが,1名だけであるのは7月1日ないし3日,
10日と4日もある。調査済みの入院者が210名も存することからすれば0名と
1名との間に有意差があるとは考えられない。さらに北・東地区では,入院者中の
欠食者が0名である日が,7月8日以外に,7月2日ないし4日,9日と4日もあ
るのであって,7月8日を原因食喫食日であると断定することは不可能である。
次に,上記の結果を統計的に分析すると(なお,この分析においては,欠食者数の
平均が,中・南地区で1・5名,北・東地区で0・625名と0名に近い数字であ
るため,ポアソン分布で近似させて検討した。),欠食者が0名となる確率は,
中・南地区で約22パーセント,北・東地区で約54パーセントであり,入院者の
欠食者が0名であることが,統計的に有意でないことは明らかである。
(c) 以上検討したとおり,統計的に有意な差が認められるのは,中・南地区の有
症者の7月9日の欠食数だけである。その他の欠食数には統計的に有意な差は存し
ない。本来,より正確にO-157の感染状況を示すはずの入院者の欠食状況から
は統計的に有意な差が現れない上,有症者の欠食状況についても北・東地区で有意
な差が出てこないことからすれば,欠食状況の統計的分析から,本件集団下痢症の
原因食喫食日を判断することはできないというべきである。
(ケ)a 7月8日,9日の欠食者がO-157感染者である可能性について
最終報告は,有症者のうち,北・東地区の7月8日の欠食者及び中・南地区の同月
9日の欠食者は,O-157の感染者である可能性は低いとしているが,その具体
的根拠は不明である。
最終報告は,中・南地区の入院者のうち4名が7月9日の給食を欠食したにもかか
わらず発症していることについて,うち3名が7月10日の給食(とり肉とレタス
の甘酢あえで,カイワレ大根使用)を食べたことから説明がつくとする。
しかし,かかる検討が許されるなら,あらゆる食材について今一度入院者のうちの
欠食者のいた食材について再検討すべきである。
b また,多数存在する7月9日以前に発症の有症者(最終報告参考資料6頁によ
れば約100名程度)がO-157の感染者でないということの根拠も不明であ
る。その後の有症者は,7月9日以前の発症者からの2次感染の可能性もあるにも
かかわらず,被告はその検討を怠っているのである。
(コ) 7月3日から同月5日までの給食が原因食であることについて検討していな
いことの不合理性
a O-157の潜伏期間からすれば,7月10日を初発日とすれば7月2日以降
の喫食により感染した可能性がある。現に,7月4日,5日の飲食会に参加した保
護者200名のうち9名が発症している。
したがって,7月3日から同月5日までの食材について,単に喫食調査を行うだけ
でなく詳細な調査をすべきであるのに,被告はこれを怠った。
b(a) 被告は,O-157の潜伏期間が最短の場合は1日の場合もあるとし,か
つ,何らの根拠を示すことなく,通常時において学童の1ないし2パーセント程度
は何らかの症状を示していることがあるとして,原告らが指摘する中・南地区にあ
っては7月10日以前の北・東地区にあっては同月9日以前の有症者の発生を無視
してもよいとの主張をなしている。
しかしながら,この点に関しては,次の問題がある。
(b) 堺・西地区の有症者の発生状況
a 各地区の有症者発生数の推移は次のとおりである。
南地区の学童総数は1万2140名であるところ,有症者の発生は7月7日が9
名,同月8日が24名,同月9日が27名,同月10日が104名であった。中地
区では,学童総数が7508名であり,有症者の発生は7月7日が7名,同月8日
が12名,同月9日が21名,同月10日が59名であった。東地区では,学童総
数が7742名であり,有症者の発生は7月7日が1名,同月8日が8名,同月9
日が9名,同月10日が56名であった。北地区では,学童総数が7742名であ
り,有症者の発生は7月7日が3名,同月8日が11名,同月9日が14名,同月
10日が110名であった。西地区では,学童総数が7423名であり,有症者の
発生は7月7日が1名,同月8日が2名,同月9日が1名,同月10日が6名であ
った。中地区では,学
童総数が7722名であり,有症者の発生は7月7日から9日までが0名,10日
が1名であった。
b 上記4日間の有症者合計数の学童総数に対する割合は,堺地区は0・013パー
セント,西地区は0・134パーセントであり,両地区の平均は0・072パーセ
ントである。
これによると,被告が定義した有症者に該当する学童は,通常時においては1日当
たり0・02パーセントにも満たない程度しかいない。
よって,学童の1ないし2パーセントは通常時に何らかの症状を示しており,それ
より少ない有症者は無視してよいという被告の主張は全く根拠がない。
c 本件集団下痢症の初発日の再検討
通常時の有症者の割合が0・02パーセントに満たない程度であるとすると,中・
南地区では7月8日以降,顕著な有症者数の増大傾向がみられる。すなわち,7月
8日の有症者の割合は,南地区が0・20パーセント,中地区が0・16パーセン
トで,通常時の8ないし10倍以上となっている。
北・東地区では,非発生校が約半数混在しているため,7月8日の有症者数は学童
総数の0・1パーセントをあまり上回らない割合となっている。しかし,有症者が
1名以上発生した学校の学童総数に対する割合を計算すれば,東地区で0・29パ
ーセント(通常時の14・5倍以上),北地区で0・26パーセント(通常時の1
3倍以上)と,中・南地区と同様,顕著な増大傾向が窺える。
そうであるとすれば,本件集団下痢症の初発日は7月8日と考えられる。
(c) 以上より,本件集団下痢症の初発日が7月8日であれば,当然,原因食喫食
日は,同月7日以前ということになり,本件集団下痢症の発生状況の把握が根本か
ら変わってくるのである。
(サ) 発症者の推移から見た喫食日の不合理性
最終報告書は喫食日について中・南地区を7月9日,北・東地区を同月8日として
いるが,有症者の発生状況については両者の間に差は存在していない。北・東地区
と中・南地区の発症者の推移の変化は別紙5のとおり,全く同様の形であり,1日
の違いを見い出すことはできない。給食が原因であるとすれば,同一日の給食が原
因となっているとみるのが合理的である。
(シ) 結論
以上述べてきたとおり,被告が本件調査において,本件集団下痢症の喫食日が,
北・東地区では7月8日,中・南地区では同月9日としたことには,重大な問題が
あり,その結論に何ら合理性が存しないことは明らかである。
オ 喫食日における原因食材の特定の問題点(被告の主張エ(イ)b(c),cに対し
て)
(ア) はじめに
本件各報告は,学童に対する喫食調査を健康者と入院者及び有症者とで比較した上
で,原因食喫食日の推定の結果と併せて,中・南地区は,7月9日の牛乳及び冷や
しうどん,北・東地区は,同月8日の牛乳及びとり肉とレタスの甘酢あえが最も疑
われると述べる。
しかし,これには,次のような問題がある。
(イ) 喫食調査の正確性に対する疑問
本件喫食調査は,7月1日から同月10日までの期間における学校給食について,
入院者に対しては,7月17日から同月19日までの間に,主に堺市の食品衛生監
視員により,入院者以外の学童については,7月22日から同月27日までの間
に,主に堺市の教員により行われた。このように,専門的知識のない教員が中心的
に調査を担当していること,最長で26日前(7月27日調査時点で同月1日の給
食について),最短で6日前(7月17日調査時点で同月10日の給食について)
の記憶を喚起するものであることから,本件喫食調査の正確性には重大な疑問があ
る。
また,喫食調査票には未記入の部分が多く残っているが,これについて,L証人は
全部集計には入っていないと証言していたにもかかわらず,原告の集計によると喫
食として集計されていたことが判明した。
(ウ) 加熱食材を検討対象から除外することの不合理性
a 欠食率及びカイ2乗検定の結果による検討
被告は,喫食調査の結果から本来疑うべき献立を原因食材から排除している。すな
わち,最終報告は,各地区についての各献立ごとの欠食率及びカイ2乗検定の結果
を健康者と有症者,健康者と入院者のそれぞれについて,比較している。
欠食率による考察は次のとおりである。健康者と有症者の比較につき,有症者の欠
食率の低い献立として,中・南地区で7月9日の冷やしうどん,牛乳及びウインナ
ーソテーを,北・東地区で同日のカレーシチュー,同月8日の牛乳及びはるさめス
ープを挙げている。健康者と入院者の比較につき,入院者の欠食率が低い献立とし
て,中・南地区で7月9日の牛乳,冷やしうどん及び同月8日の牛乳を,北・東地
区で7月8日の牛乳及びとり肉とレタスの甘酢あえを挙げている。
カイ2乗検定による考察は,次のとおりである。健康者と有症者の比較に関し,
中・南地区では,ほとんどの献立につき危険率5パーセント以下で有意差が認めら
れ,北・東地区では,7月1日,8日,9日及び10日(すまし汁のみ)の献立に
つき危険率5パーセント以下で有意差が認められた。健康者と入院者の比較に関
し,中・南地区では,1日のカレーライス及び牛乳,4日の五目冷めん,9日の牛
乳及び冷やしうどんにつき危険率5パーセント以下で有意差が認められ,北・東地
区では,1日の牛乳及び肉じゃがにつき危険率5パーセント以下で有意差が認めら
れた。
以上からすれば,疑われるべき献立は,極めて多数に達することが明らかであるの
に,本件各報告においてはこれらの献立について調査検討を行った形跡がない。
仮に,喫食日について被告主張のとおり推定しても,中・南地区の7月9日のウイ
ンナーソテー,北・東地区の同月8日のはるさめスープを原因食材の候補から除外
することはできないはずである。
b 加熱食材を検討対象から除外することの不合理性
最終報告は,加熱食材を検討の対象から除外し,その理由として,加熱調理につい
ては,調査対象全校で,調理マニュアルの指示どおり加熱が実施されており,調理
の過程における加熱処理の不備の可能性は低いと考えられたことを挙げる。
しかし,このような理由による加熱食材の除外は全く合理性がない。
まず,従来の米国等におけるO-157の大量発生に関して,加熱食材であるとこ
ろのハンバーグないしハンバーガーが,加熱不足により原因食材となっているので
ある。
また,調理マニュアルで指摘されているものにつき加熱が実施されているというこ
とが事実として確認されたのか甚だ疑問である。被告の主張によれば,発生校8
校,非発生校5校についての聞き取り調査をしたというのであるが,合計13校と
いうのは,堺市全体のうち学校数(91校)の14・2パーセント,中・南,北・
東各地区の学校数に対する割合でいえば18・3パーセントであるにとどまる。
さらに調理マニュアルをみても,ウインナソテー及びはるさめスープについて加熱
時間の指示はないから,調理マニュアルどおりに加熱が実施されたとしても,加熱
時間や加熱の内容等については,何ら確認されていないというべきである。
(エ) カイワレ大根以外の非加熱食材を検討対象から除外することの不合理性
被告は,非加熱食材についても,最終報告が喫食日とした日のメニューには,カイ
ワレ大根のほかに,中・南地区(7月9日)の冷やしうどんには焼きかまぼこやき
ゅうりが,北・東地区(同月8日)のとり肉とレタスの甘酢あえにはレタスが入っ
ているのに,何らの合理性もなく,これらを検討対象から除外している。
(オ) 牛乳を検討対象からの除外することの不合理性
前記(ウ)aのとおり,欠食率やカイ2乗検定の結果によれば,7月8日及び9日の
献立の中で牛乳が,大変疑わしい。しかし,最終報告は,①当該乳処理施設に立ち
入って確認した殺菌記録によれば,殺菌処理がされていること,②複数の施設から
納入され,発生校と非発生校の分布と納入元の分布が合致しないことを理由に牛乳
を検討対象から除外している。
しかしながら,①については,殺菌記録にわざわざ殺菌を怠ったと記録することは
通常あり得ないのであるから,少なくとも,牛乳そのものについて検査すべきであ
った。②についても,ほぼ全校で集団感染が発生した中・南地区については,すべ
て同一の業者によって処理されているのであるから,検討の対象から除外するとい
うことは相当でない。さらには,牛乳についても,原乳業者が共通し,生産ロット
の違いなどにより,納入状況と発生状況の分布が一致する可能性があるのに,被告
はこの調査を怠った。
また,発生校と非発生校の分布と納入元の分布が合致しないときにはその食材を検
討対象から除外すべきと考えるのであれば,北・東地区では同じカイワレ大根が提
供されたのに,発生校と非発生校が生じているのであるから,カイワレ大根につい
ても検討対象から除外すべきである。
そして,新聞報道によれば,和歌山県内の牛乳生産施設では,当該施設の説明によ
れば食品衛生法に基づく殺菌処理をしていたにもかかわらず,小学校に出荷した牛
乳からO-157が検出されているのである。
以上のように,牛乳を検討対象から除外したことに何らの合理性もない。
(カ) 検食からO-157が検出されなかったこと
最終報告によれば,中・南地区における7月9日の給食については31検体(13
校13食),北・東地区における7月8日の給食については3検体(1校1食)が
保存されていたが,これらからO-157は発見されていない。
カ 中・南地区及び北・東地区における非発生校の存在(被告の主張エ(イ)に対し
て)
(ア) 北・東地区に非発生校が存する理由について
a はじめに
最終報告は,北・東地区において,発生校と非発生校が混在する原因として,①7
月5日出荷分がO-157に汚染されておらず,7月7日出荷分だけが汚染されて
いたと考えれば,説明できる,②とり肉の唐揚げ,加熱したたれ,レタス及びカイ
ワレ大根をあえる調理工程において,それらの放冷時間やあえる順番が学校により
異なっており,唐揚げ又は加熱した「たれ」を加熱後間もなくカイワレ大根とあえ
た学校では,余熱によりO-157が減少した可能性があるとする。
しかしながら,この点は,極めて不可解である。
b 7月5日出荷分はO-157に汚染されていなかったという仮定
上記①について,5日出荷分が汚染されておらず,7日出荷分だけが汚染されてい
たということは完全に仮定の話である。そのような事実は,一切確認されていな
い。
c 加熱した「たれ」をカイワレ大根にあえた時期の違いについて
上記②について,そもそも給食調理員や栄養士に対する聞き取り調査は,非常に少
ない割合でしか実施されておらず,あえる順番が学校により異なっていたというの
は,単なる憶測にすぎない。余熱によりO-157が減少して,発生校の分布や発
生率に影響が出るということも検証された事実ではない。また,調理手順や調理方
法についての差異が,発生校と非発生校を分かち,また発生率を分かつ原因になる
との論法を採用するならば,加熱食材を検討対象から除外した理由が成り立たなく
なる。
(イ) h小学校が不発生校となった理由について
最終報告は,発症者が出たi小学校は,h小学校の分の調理もしていたのに,h小
学校では発症者がいないことにつき,h小学校の分については,「たれ」を調理し
た15分から20分後にカイワレ大根とあえ,自校分については80分後にあえた
という違いがあったとし,h小学校分は「たれ」の温度で殺菌された可能性がある
と述べている。
しかし,これもまた,抽象的な可能性の指摘にとどまっており,具体的で詳細な事
実関係の確定あるいは再現的実験や仮説検証等を経たものではなく,合理的な説明
とはいえない。
(ウ) j小学校が非発生校となった理由について
最終報告は,中・南地区で,j小学校が唯一非発生校であることにつき,カイワレ
大根を調理後3時間水道水に浸していたことにより,水道水による生菌数の減少効
果があったことが原因の一つと考えられるとする。
しかし,これまた可能性を指摘しているにすぎない。最終報告では3時間室温で放
置したものと水道水に浸漬したものとで,1・5×107/グラム,1・5×10
6/グラムの違いがあったと報告されているが,これにより発症者が0になること
の裏付けとはならない。
さらに,堺市教育委員会は,そもそも3時間水道水に浸したという事実を否定して
いるのである。
キ 販売経路調査の問題点(被告の主張オに対して)
(ア) 堺市の学校給食に提供されたカイワレ大根の数量について
a 最終報告によると,被告は,原告が7月1日から同月15日までの間に出荷し
たカイワレ大根についての流通調査を行い,合計24・6トンが出荷されたこと,
最終的に967か所に流通していること,そのうち958施設についての調査によ
り判明したO-157感染症の有症者数は,本件集団下痢症,羽曳野市の老人ホー
ム,大阪市保育所の事例を除くと,10施設13名であったとされる。
そして,堺市の学校給食に納入された量は,次のとおりと考えられる。北・東地区
の学童数が約1万2900名で,とり肉とレタスの甘酢あえには,1人当たり4グ
ラムが使用されていることからすれば,合計約52キログラムであると考えられ
る。また,中・南地区の学童数が約1万9700名で,冷やしうどんには,1人当
たり3・2グラムが使用されていることからすれば,合計約63キログラムである
と考えられる。教員らの喫食分を考慮しても,原因食とされた献立用に納入された
カイワレ大根は約120キログラムである。
そうすると,7月1日から同月15日までに出荷されたカイワレ大根24・6トン
からこれを控除すれば,残り約24・5トンは,一般消費者がこれを食したことに
なるのに,その圧倒的多数の消費者について感染が確認できたのはわずか13名に
すぎなかったというのは,極めて異常なことといわざるを得ない。
b なお,被告は,原告が堺市の学校給食に納入したカイワレ大根の出荷日を,
北・東地区については7月5日及び7日,中・南地区については同月8日及び9日
と特定している。上記4日間の原告の出荷量を7月1日から15日までの総出荷量
24・6トンから平均値により算出すると6・56トンとなる。
してみれば,この4日分に限定したとしても,残りの6・43トンは一般消費者に
食されたことになるのに,ほとんど有症者が発生していないのである。
c 以上の事実は,原告が生産したカイワレ大根がO-157に汚染されていなか
ったことを示している。
(イ) 京都内の事業所への原告生産カイワレ大根の出荷状況について
被告は,京都市の事業所での感染事例について,あたかも原告が出荷したカイワレ
大根が使用されていたことを確認できたかのように主張する。
原告が7月9日に出荷したカイワレ大根が当該京都市の事業所に納入されていると
すれば,原告から,株式会社甲,乙株式会社を経て,京都市の事業所の社員食堂を
運営する丙に流通することが前提となる。
しかし,この流通経路には,他の生産農家が出荷したカイワレ大根も混入し,むし
ろ割合としては,原告出荷のカイワレ大根以外が丙に流通している可能性が高い。
すなわち,乙の7月9日から同月11日までの仕入状況を見ると,甲からは7月9
日に53パックを仕入れたのみであり,他からは同月9日に40パック,同月11
日に60パックを仕入れており,ときには京都市内のスーパーマーケットからも商
品を買い足していた。そして,乙は丙に対して11日に80パックを販売している
のである。
そうすると,7月11日に丙に販売されたカイワレ大根に,同月9日に原告が出荷
したもの以外のカイワレ大根が入っていたことは確たる事実であり,さらに割合か
らいえば,原告が出荷したもの以外のカイワレ大根ばかりが丙に販売された可能性
も十分にある。
(ウ) 堺市給食に出荷された4日間の流通調査が行われていない
被告は,7月5日,7日ないし9日の出荷分に絞って,原告生産のカイワレ大根の
喫食者の発症状況を調査することを行っていない。
原告が出荷したカイワレ大根の流通先で発生していたという13の感染事例につい
ても,その4日間に出荷されたカイワレ大根を喫食していたものであるか否かにつ
いては何ら確認・検討されておらず,漫然と7月1日から15日までの間に原告が
出荷したカイワレ大根の販売施設のルートに当該感染事例が存した旨の調査結果を
記載しているだけなのである。
(エ) 北・東地区における発生校と非発生校混在の理由について
被告は,原告が7月5日及び7日に北・東地区に出荷したカイワレ大根がO-15
7感染の原因食材であるとしておきながら,同地区において有症者の発生校と非発
生校とが混在している点については,同月5日の出荷分がO-157に汚染してい
なかった可能性を原因の一つとして挙げている。
しかし,被告の主張は,7月5日出荷分がどの学校に配送されたかという基本的な
流通経路調査を踏まえずになされたものであって,仮定の話に過ぎない。納入分が
1キログラム未満の1校を除いて,全校に7月5日出荷分と7日出荷分のいずれも
が納入されていたのである。
ク DNAパターン鑑定について(被告の主張オ(ウ)に対して)
被告が主張するDNAパターンの一致とは,DNAパターンが完全に一致するとい
うものではなく,一部が同じであるというにすぎない。被告が提出する資料(乙2
9)にも,現在のところ,断片のパターンを解析する標準的方法はなく,同じPF
GEの結果をみても調査する者によって,分離菌株が集団発生に関連していると指
摘されたり関連していないと指摘されたり全く異なる結論に至る可能性もあると指
摘されている。
さらに,米国ワシントン州の事例では,制限酵素として「Xba Ⅰ」を用いて密
接な関連があるような結論が出たが,別の制限酵素を使用するとこれが否定された
ことが報告されているのであって,1種類の制限酵素しか使用しなかった被告の解
析結果は信用できない。
ケ 汚染源及び汚染経路について(被告の主張カ・キに対して)
(ア) はじめに
カイワレ大根は常時O-157を保有している媒体ではないから,それが原因食材
とすれば,O-157の汚染源と汚染経路が問題となる。
しかしながら,被告の調査では,これらについては何ら明らかにされておらず,反
対に,原告の生産施設,周辺の河川等からはO-157は全く検出されていないの
である。
(イ) 原告におけるカイワレ大根生産方法
原告は,カイワレ大根を,自宅内にある工場及び自宅近くの温室において生産して
いた。その生産は,種子の洗浄,発芽,生育,包装,出荷の手順を経て行われる。
この生産過程のうち,生育のみを自宅近くの温室で行っている。
原告は,米国から輸入された種子を種苗業者から購入して使用している。種子には
病原菌が付着していることがあるので,まず,自宅井戸で汲み上げた井戸水に塩素
を添加したものに4時間漬けて消毒する。
その後,この種子を,播種機を使用して発泡スチロールの箱に入れられたスポンジ
の上に植え付ける。このスポンジは,発芽・生育が終わった後,カイワレ大根の苗
床としてそのまま出荷される。スポンジを入れた箱は,カイワレ大根の生育終了
後,再利用する。再利用の前には,工場内の井戸から汲み上げた水で洗浄し消毒す
る。
植付けの後,カイワレ大根の種子を工場内の室(むろ)で1日置いて発芽させる。
この間,1,2回塩素濃度2ないし4ppmに調整した井戸水をじょうろで散水す
る。
カイワレ大根が発芽すると,工場近くの温室に移し,そこで生育させる。温室で
は,コンクリート張りの床の上に苗床を置き,スプリンクラーで1日4回ほど水を
散布する。この水は温室近くの井戸から汲み上げたものであり,液体肥料ととも
に,塩素濃度4ppmとなるように塩素を混ぜて殺菌していた。
生育が終了すると,カイワレ大根を工場に移し,自動ポット移替機を使ってポット
に移し,上部フィルム包装をし,ダンボールに入れて出荷する。
以上のような生産過程からすれば,カイワレ大根の汚染原因としては,水と種子し
か考えられない。そして,その検査結果は次のとおりである。
(ウ) 水・種子の検査結果
a 大阪府等は,原告がカイワレ大根の生産に使用していた井戸水や原告周辺の民
家の井戸水の検査を行ったが,O-157は検出されなかった。そのほか,原告周
辺を流れている河川の水や原告の農園の排水についても検査されたが,やはりO-
157は検出されなかった。
種子については,原告が使用していたカイワレ大根の種子と同時に輸入された同一
生産農場の種子等を調査したが,これまた,O-157は検出されなかった。
b O-157は井戸水の中では相当長期間生存すると考えられている。そうであ
るとすると,仮にカイワレ大根の生産に使用した井戸水がO-157に汚染されて
いたなら,井戸水の検査を行った7月24日,8月8日,12日に検査を行ったと
きにO-157が検出されたはずである。それにもかかわらず,原告の井戸から
も,周辺の民家の井戸からも,O-157が検出されていないことからすれば,井
戸水はO-157に汚染されていなかったと考えるべきである。
また,種子はアメリカから輸入したものであり,仮にO-157が付着していたな
ら,相当長期間にわたり種子に付着したまま生存していたのであり,被告が調査し
た時点でも検出されたはずである。しかるに,種子からO-157が検出されてい
ないのである。
c 以上の調査結果からすれば,原告が生産したカイワレ大根の汚染源は見当たら
ず,本件集団下痢症の原因食材とはなり得ない。
(エ) 種子と水に対する消毒
原告は,カイワレ大根の生産に使用する水と種子に対しては,カイワレ大根自身の
病害が発生する可能性があることから,前記(イ)のとおり,従前よりその生産工程
において塩素消毒を行っていた。特に平成8年当時は,前年に病害が多く発生した
ことから,入念に塩素消毒を行っていた。
したがって,仮に,水や種子がO-157に汚染されていたとしても,塩素消毒に
より殺菌されているはずである。
(オ) O-157の可食部への移行に関する実験の問題点
最終報告は,カイワレ大根の根部にO-157菌液が接触することにより,可食部
にまで汚染が拡大するという実験結果が確認されたとするが,この実験を行ったM
証人は,カイワレ大根の可食部にO-157の存在が確認できたという結果を提示
するのみで,どの程度の菌量が可食部まで上がってきたのかについては不明であ
る。
また,その実験は下水道をはるかに上回る菌濃度(106個/ミリリットル)の水
を使用するという異常な条件設定がなされており,信頼性を有しない。逆に,農林
水産省で行われた同様の実験では,菌の移行が確認されていないのである。
(カ) 結論
以上より,原告が生産したカイワレ大根には,O-157に汚染される汚染源・汚
染経路が見当たらないことからすれば,これが本件集団下痢症の原因食材でないこ
とは明らかである。
(3) 争点(3)(違法性)について
(原告の主張)
ア 本件各報告の目的について
(ア) 被害拡大防止目的の不存在
厚生省は,中間報告を公表するに当たり,本件集団下痢症の拡大防止のための基本
的措置である当該食品の販売・使用の禁止・停止について,大阪府や権限を有する
堺市と連絡を取り合っていなかったことからすれば,中間報告公表の目的として被
害の拡大防止を考えていなかったことは明らかである。事実,本件各報告は,厚生
大臣の記者会見も含めて,単に,本件集団下痢症の原因が原告の生産したカイワレ
大根であると判断したと公表したのみで,O-157感染の被害拡大を防止するた
めの方法等について何ら述べていない。
客観的にみても,中間報告当時には,新たな患者はほとんど発生しておらず,本件
集団下痢症は終息していたのであって,緊急に報告する必要性はなかったのであ
る。
(イ) 再発防止目的の不存在
本件各報告は,厚生大臣の記者会見も含めて,O-157感染の再発を防止するた
めの方法等についても何ら述べていない。そして,被告は,日本チェーンストア協
会等に対し,本件各報告で対象としているのは,特定のカイワレ大根生産施設で生
産された特定のカイワレ大根であり,カイワレ大根全般について言及したものでは
ないことを通知し,その消費を回復させようとしていたことからすれば,本件各報
告を公表することによってカイワレ大根の消費を抑止するという目的を有していな
かったことは明らかである。
また,本件各報告当時,他にO-157感染症が再発した事例はなく,それを防止
する緊急の必要はなかった。再発防止目的のためには,国民に対しては,一般的
に,O-157の原因食材として指摘されていた牛肉等の食材以外にも注意が必要
なこと及び水栽培による植物については水洗を徹底する必要があることを情報提供
し,生産業者に対しては,栽培水の衛生管理の重要性を訴えれば十分であったので
あり,カイワレ大根を特定して公表する必要はなかったのである。
イ 本件各報告の公表実施方法について
本件各報告が原告の名誉・信用を毀損する内容であることからすれば,公表実施の
有無や公表内容,時期について慎重な配慮をしなければならない。ところが,厚生
大臣は,万一報告内容が間違っていて業者に迷惑をかけることもあるかもしれない
と原告に対する損害の発生について予見しながらも,自らは何の配慮もしないで,
報道各社に「そこは皆さんの方で関係の方に迷惑がかからないよう考えて頂くしか
ない」と言い放つのみであったのであって,慎重な配慮がなされていないことは明
らかである。
また,被告は,7月1日の時点での国民への情報の普及・啓発の方法としてはパン
フレットの作成と配布が最も合目的的と解していたはずであり,中間報告段階では
未だ調査は終了していなかったのであるから,公表による混乱を防ぎ,本件各報告
の内容を正確に伝達するためには,記者会見という方法よりもパンフレットの頒布
という方法が適当であった。
さらに,最終報告の際の記者会見に同席した疫学専門家のIは,最終報告は原告が
生産したカイワレ大根が原因食材である可能性が95パーセントであると発言して
いるが,その根拠は不明である。
このように,最も効果的であるという理由だけで,記者会見という方法を選択し,
かつ報道による影響についての十分な配慮を怠ったのは,問題が大きい。
ウ 違法性について
以上のとおり,厚生省は,過渡的な情報で内容に誤りのある本件各報告を,正当な
目的もなく,また原告の被る損害に配慮もせずに公表したのであり,違法性は重大
である。
(被告の主張)
ア 本件各報告公表の目的
(ア) 食品衛生法の趣旨
食品衛生法は,飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し,公衆衛生の向上及び
増進に寄与することをその目的としており,万一食中毒事故が発生した場合には,
人の身体・生命に対する危害の発生を最小限に止めるため,直ちに食中毒の拡大防
止及び再発防止が図られなければならないとするのが法の趣旨である。
(イ) 食中毒の原因究明の必要性及び対策
食中毒が発生した場合,当該食中毒事故の拡大防止及び再発防止のための具体的な
措置の検討は,食中毒の原因究明なくしてあり得ない。そして,それには,単に原
因菌の特定や自然界において当該食中毒菌を保菌している動物等を指摘するだけで
は無意味であり,汚染された食材やその汚染経路をできるだけ具体的に解明するこ
とが必要である。
調査の結果,原因食品又はそれと疑われる食品が判明した場合には,その販売,使
用が禁止され,厚生大臣又は都道府県知事は,違反業者に対して,当該食品の廃棄
ないし危害の除去を命ずることができるほか,違反業者の営業を禁止又は停止する
ことができる。
しかし,行政が採るべき措置はこれだけで十分ではなく,一般消費者や一般の食品
関係営業者に対する情報提供ないし普及啓発がなされてこそ,食中毒事故の拡大及
び再発の防止が可能になる。
また,現在,食中毒事故の原因のすべてが解明されているわけではなく,原因とな
った物質や細菌等が不明である場合もあるし,ある食中毒菌についてどのような食
材が原因になりやすいかが明らかではない場合もある。こうした食中毒原因に関す
る知見は,食中毒事故の原因究明を一つ一つ積み重ねることにより徐々に得られて
いくものであるから,得られた知見については,将来の食中毒事故の発生防止のた
め,広く情報提供される必要がある。処理要領が,具体的な措置として,一般消費
者に対しては,宣伝広報をもって実効を収めるよう努めるべきであるとし,また,
一般大衆に対しても,事故を契機として食品衛生に関する教育,啓蒙宣伝に努めな
ければならないとしているのも,そのためである。
(ウ) 迅速かつ的確な対応の必要性
食中毒事故は,直接に人の生命・健康に重大な影響を及ぼすものであるから,情報
提供等の対応は,迅速かつ的確に行わなければならない。
原因の完全な究明には長時間を要する場合もあり,そのような場合に原因究明に全
力を注ぐことはもとより当然であるが,それだけでは十分ではなく,原因究明の過
渡的段階で得られた情報であっても,当該事故のもたらす健康被害の重篤性や被害
の拡大状況・再発の危険性等を考慮しながら,予防的観点からみて国民にとって有
用と判断される情報については,これを迅速に提供する必要性がある。
また,食中毒の原因に関する情報は,汚染された具体的な食材やその汚染経路等,
できる限り具体的な形で的確に提供される必要がある。
(エ) 本件各報告公表当時の具体的状況
7月18日に厚生省のL専門官が堺市に派遣された当時,現地の病院は多数の発症
者により大混乱しており,またその原因があなご寿司かとの報道がなされたり,五
目冷麺の焼き豚からO-157が検出されたとの報道がなされるなど情報が錯綜し
ていた。そして,原因が不明のままの状態であり,特定できないことや,患者が多
数発生している上,医療体制が必ずしも十分ではなく,特に子どもやお年寄りに重
篤な症状を引き起こす場合があることなどから,国民の間には何を食べたらいいの
か分からないという食に対する不安感が募っていた。
8月6日の時点では,10歳の女児が死亡するという悲惨な結果が生じており(7
月23日),学童患者数は累計で6309名に達し,なお173名が入院中であっ
た。新たな重症患者の報告はなかったが,患者に対する決定的な治療法がなく,感
染経路も明らかではなかった上,特定の生産施設(原告の農園)からのカイワレ大
根の出荷も継続されていた。
また,5月の岡山県の事例を始めとして,各地でO-157による食中毒が発生し
ていた。
(オ) 本件各報告公表の目的
厚生省は,当時の状況を踏まえ,通常O-157が常在しないカイワレ大根であっ
ても,O-157の付着によって,当該食材が食中毒菌に汚染され,食中毒の原因
になり得るものであり,当時O-157の原因食材として指摘されていた牛肉等の
食材以外にも注意が必要なこと,生産過程の問題が考えられることから,生産過程
における衛生管理のほか,菌の増殖等を抑える調理過程における衛生管理の必要が
あることを,一般消費者や一般の食品関係生産者に対し注意喚起しなければなら
ず,その情報提供を行う範囲も,本件集団下痢症の発生した堺市及びその周辺地域
に限らず,広く一般に情報提供する必要があると判断した。
イ 本件各報告公表の態様
(ア) 中間報告の公表
厚生大臣は,8月7日,関係閣僚会議後,厚生省内の厚生記者会において記者会見
を行った際,そこで言及された特定施設が大阪府内の業者であること,特定施設の
水を調べたがO-157は検出されなかったこと,特定施設の固有名詞を公表する
ことはできない段階であること,特定施設以外のカイワレ大根全般に関して影響の
及ぶことのないように,報道の仕方に配慮してほしい旨を述べた。
また,中間報告の報道後に,カイワレ大根に対する過剰な反応が起きたことから,
それを沈静化させるために,8月9日に厚生省食品保健課長が,「堺市学童集団下
痢症の原因究明の中間報告について」と題する通知を出し,日本チェーンストア協
会,日本百貨店協会等に対し,今回の中間報告においては,対象としたのはあくま
で特定のカイワレ大根生産施設で生産された特定のカイワレ大根であり,カイワレ
大根全般について言及したものではないとして,冷静な対応を求めた。
(イ) 最終報告の公表
厚生大臣は,9月26日,厚生省内で記者会見を行い,最終報告書及びその概要文
書を配付するとともに,本件集団下痢症の原因食材は,特定の生産施設から7月7
日,8日及び9日に出荷されたカイワレ大根である可能性が最も高い旨を発表し
た。
原告は,財団法人放射線影響研究所理事長であったIが,最終報告における記者会
見の席上で,特定の業者のカイワレ大根が原因であるという確率について95パー
セントくらいのところまではいえる旨発言したことが不合理である旨主張するもの
のようである。しかしながら,Iの上記発言は,本件のような食中毒事故に関する
疫学調査の結果に対する疫学的な評価を分かりやすく表現したものであり,何ら不
合理でない。
(ウ) 原告を特定していないこと
被告は,中間報告及び最終報告のいずれの公表においても,原告を名指しし,原告
が原因食材を出荷したと公表した事実はない。原告に対する何らかの制裁や強制を
目的としたのではなく,一般国民に対する情報提供を目的としたものであったから
こそである。
ウ 違法性
以上のとおり,本件各報告の内容は極めて合理的なものであり,国民の生命・健康
という重大な法益を保護するために,食中毒事故の拡大・再発防止の目的で行われ
たものであって,当時の状況に照らし,国民に本件集団下痢症の調査結果を正確に
伝えるために必要なものであったことは明白である。そして,公表に当たっては,
その内容を正確に伝え,不必要な社会的混乱が生じないように十分な配慮もなされ
ていたものであって,その方法においても相当性を欠くところはない。
他方,原告が侵害されたと主張する利益は,営業上の利益ないし営業上の信用とい
う法益であるが,そもそもそのような法益は,原告が国民の生命・健康に直結する
食品の生産に携わる業者である以上,その取扱いに係る食品の安全性に合理的な疑
問が出されたときには,その取り扱う生産品の安全性を確認することが当然の社会
的責任であり,それに伴う危険は自らが負担すべきものである。
このような事情を総合考慮すれば,厚生大臣による本件各報告の公表は,職務上通
常尽くすべき注意義務を尽くしたものというべきであって,職務上の義務違反は存
しない。もとより,公衆衛生の見地から厚生大臣に与えられた裁量権の範囲を逸脱
してなされたものということができないことは明白である。
したがって,本件各報告の公表に,国賠法1条1項の違法性は存しない。
(4) 争点(4)(損害額)について
(原告の主張)
原告が,被告の本件各報告の公表という不法行為によって被った損害は,以下のと
おり,①事業利益の損失5870万7758円,②信用回復措置費用200万円,
③慰謝料2000万円,④弁護士費用250万円である。このうち,①②③の合計
8070万7758円の内金5000万円及びそれに対する遅延損害金並びに④の
250万円の支払を求める。
ア 事業利益の損失
原告はG農園の屋号で,家族と共に農業を営んでいる。本件各報告の公表がなされ
た平成8年よりかなり前から,カイワレ大根及び豆苗を生産し,販売していた。本
件各報告公表時の取引先は25社あった。本件中間報告の公表により,8月7日か
ら9月2日まで,カイワレ大根のみならずすべての生産品の出荷を断念せざるを得
なくなった。そして12社は取引を停止すると通告してきた。本件各報告の公表が
なければ,本件中間報告公表のあった平成8年8月から平成9年7月までの1年間
において,少なくとも前年同期(平成7年8月から平成8年7月)と同様の売上げ
があり,収益が得られたことは相当高度の蓋然性がある。
別紙10のとおり,前年同期の収益は2778万7591円であり,平成8年8月
から平成9年7月までの損失は3092万0167円であることからすれば,利益
の減少は5870万7758円となる。
イ 信用回復費用
本件各報告の公表によって地に落とされた原告の名誉・信用を回復する措置として
は,詳細な資料を取引先に交付した上での説明を行うのが最も適当な方途である。
その費用は200万円を下回ることはない。
ウ 慰謝料
本件各報告は,原告を,本件集団下痢症の原因食材の生産・供給業者であると社会
的に断定している。食品取扱業者という立場からすれば,食中毒の発生原因を作出
したという判定をされることは,死刑宣告を受けるに等しく,事業者としての誇り
や事業者に対する信頼性を根本的に否定・剥奪するものである。また,本件各報告
公表の違法の程度の高さや,被告が,本件訴訟で明らかに事後的に作出したと指摘
できるものを含む不合理な弁明に終始し,自己の行為の正当性を声高に主張し続け
るという態度の悪性も慰謝料額算定の上で,看過してはならない。
本件各報告の公表により原告が被った精神的苦痛を慰謝するには,少なくとも20
00万円が支払われるべきである。
エ 弁護士費用
原告は,上記損害賠償及び慰謝料の請求のために,桜井健雄弁護士外3名の弁護士
に訴訟の提起・追行を委任した。その弁護士費用は250万円を下ることはない。
(被告の主張)
すべて争う。
事業利益の損失については,仮に原告にカイワレ大根の売上・利益の減少があった
としても,それはカイワレ大根の過当競争ないし景気の低迷に基づく価格の下落に
よるところが大きい。また,カイワレ大根は,昭和50年代までは高級寿司店や料
亭等で使われるのみであり,昭和60年代になってから,一般の家庭や普通の飲食
店でも使われるようになった新しい食材であり,しかも添え物的,嗜好的要素が強
く,調理方法も限られていたから,消費者への浸透・定着の度合いが大きいとはい
えなかったし,他の食材による代替も可能なものであった。したがって,平成8年
以降のカイワレ大根の売上・利益の減少は,消費者の嗜好の変化,食の流行の変遷
等が原因である可能性も否定できない。さらに,損害が,本件各報告公表から約1
年の減収分であると
する合理的根拠は乏しい。また,カイワレ大根の売上げと無関係な豆苗分も含めて
減収を計算しているのは不当である。
慰謝料については,原告の家族が被ったとする精神的損害まで,原告の損害に含め
るのは,法的には困難である。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)(違法性判断基準)について
(1) 本件各報告公表の性格
本件各報告において言及された特定のカイワレ大根の生産施設が原告の農園である
ことは当事者間に争いがない。
その具体的な言及方法についてみてみると,本件集団下痢症の原因につき,本件各
報告は次のように結論づけている。すなわち,中間報告は,原因食喫食日と推定さ
れる日に「同一生産施設」で生産されたカイワレ大根が納入されていると指摘した
上で,「貝割れ大根については,原因食材とは断定できないが,その可能性も否定
できないと思料される」とし,最終報告は,「総合的に判断すると,堺市学童集団
下痢症の原因食材としては,特定の生産施設から7月7日,8日及び9日に出荷さ
れた貝割れ大根が最も可能性が高いと考えられる」としている。
このように,本件各報告のいずれにおいても,原告の農園から出荷されたカイワレ
大根が原因食材であると名指しされているわけではない。しかし,いずれの報告に
おいても,そこにいうカイワレ大根生産施設が1か所に限られることは明確にされ
ているし,さらに,中間報告公表の際の記者会見において,F厚生大臣は,その施
設が大阪府下の施設であることも明らかにしている(乙23)。このような公表の
態様に加え,後に争点(3)において詳しくみるように,当時,本件集団下痢症が大き
な社会的反響を呼び,その感染経路の究明に多大な関心が寄せられていたという事
情を考慮すれば,本件各報告は,たとえ原告の農園を名指ししていないとしても,
そこにいう「生産施設」が原告の農園であると容易に特定できるような態様におい
て,その「生産施設
」が出荷したカイワレ大根が本件集団下痢症の原因であることに言及したものであ
るということができる。
このように直接名指ししていないにしても原告と特定できる態様で公表した以上,
厚生省は,本件各報告によって,原告が出荷したカイワレ大根と本件集団下痢症と
を関連づけたのであり,本件各報告の公表は,カイワレ大根生産・販売業者である
原告の社会的評価及び経済的信用を低下させるものであったということができる。
そこで,本件各報告の公表が原告の名誉・信用を毀損する違法なものであったかど
うかが検討されなければならない。
本件各報告は,厚生省の名で取りまとめられ,厚生大臣が関係閣僚会議に報告し,
また記者会見で公表している。すなわち,本件各報告の公表は,一公務員によって
偶発的に行われたという性格のものではなく,国の公衆衛生行政・食品衛生行政を
所管する大臣である厚生大臣が,厚生省によって組織的に行われた調査結果を公表
するという形で行われたという点に特色があり,このように,国の行政機関がその
職務として行った公表行為が,特定の私人の社会的評価を低下させる内容であった
場合,その私人に対する名誉・信用毀損行為がいかなる場合に違法性を有するかが
問題となる(なお,本件各報告の作成者は厚生省となっており,厚生省が組織的に
公表を行ったと評価することもできるのであるが,厚生省として市民に対して権限
を行使し対外的に意
思を表示するのは厚生大臣であるから,以下においては,本件各報告の公表は厚生
大臣による公表行為と位置づけることにする。)。
(2) 法治主義違反の主張について
原告は,厚生大臣による本件各報告の公表には,それを直接許容する法律上の根拠
がないとし,そのことだけで直ちに法治主義違反の違法の問題が生じると主張す
る。
食中毒事故が起こった場合,その発生原因を特定して公表することに関して,直接
これを定めた法律の規定が存在しないのは原告の指摘するとおりである。しかし,
行政機関が私人に関する事実を公表したとしても,それは直接その私人の権利を制
限しあるいはその私人に義務を課すものではないから,行政行為には当たらず,い
わゆる非権力的事実行為に該当し,その直接の根拠となる法律上の規定が存在しな
いからといって,それだけで直ちに違法の問題が生じることはないというべきであ
る。もちろん,その所管する事務とまったくかけ離れた事項について公表した場合
には,それだけで違法の問題が生じることも考えられるが,本件各報告の公表はそ
のような場合ではない。すなわち,厚生省は,公衆衛生行政・食品衛生行政を担
い,その所管する食品
衛生法は,「飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し,公衆衛生の向上及び増
進に寄与すること」を目的としている(同法1条)のであるから,本件集団下痢症
の原因を究明する本件各報告の作成・公表は,厚生省及び厚生大臣の所管する事務
の範囲内に含まれることは明らかである。このように,厚生大臣がその所管する事
務の範囲内において行い,かつ,国民の権利を制限し,義務を課すことを目的とし
てなされたものではなく,またそのような効果も存しない本件各報告の公表につい
て,これを許容する法律上の直接の根拠がないからといって,それだけで直ちに法
治主義違反の違法の問題が生じるとはいえない。
原告は,私人が違法行為を行った場合の制裁として法律により規定されている公表
制度に本件各報告の公表をなぞらえた主張もしている。しかし,本件各報告は,原
告が違法行為を行ったと断定しているわけでもなく,その公表も原告に制裁を課す
ることを目的としているわけでもないし,また,例えば出荷の停止,販売品の回収
等を求めるといった一定の行政目的に基づいて行われているわけでもないのであっ
て,制裁としての公表制度と本件各報告の公表とを同一に論じることはできない。
(3) 違法性判断の基準について
ア 原告は,公務員が私人の名誉・信用を毀損する表現行為については,一般私人
が行為主体である場合と同様,最高裁判所昭和41年6月23日第1小法廷判決・
民集20巻5号1118頁の法理を適用すべきであり,表現の対象が公共の利害に
関する事実で,公益を図る目的があることのほかに,摘示された事実が真実である
か,又はその事実を真実と信ずるにつき相当の理由があるときに限り違法又は有責
との評価を受けないと解すべきであると主張する。
しかし,私人による表現行為と公務員による表現行為を同一の基準で判断すること
は必ずしも相当とは認められない。
第1に,表現行為を行う者とその対象になる者の利害の状況が異なる。昭和41年
判決は,一方には表現行為を行う者の表現の自由を,他方には表現行為の対象にな
る者の人格権(名誉権)を置き,それを前提として,人の社会的評価を低下させる
内容の表現がされたとしても,公共の利害に関し,公益を目的とし,かつ表現内容
が真実であるか又は真実であると信じるにつき相当の理由がある場合には不法行為
が成立しないとしたものであると解される。すなわち,ここでは表現行為を行う者
の表現の自由と,その対象になる者の人格権が比較衡量されているのである。とこ
ろが,公務員は,公権力の行使に携わる者であり,その職務に関する事項について
表現の自由を認めることはできない。特に,本件の場合は,厚生大臣が厚生省を代
表して公表行為を行
っているのであるからなおさらである。公務員の場合は,逆に,国民の知る権利に
応えるため,一定の場合にはその職務に関する事項を公表するよう求められる場合
もある。本件でいえば,後に詳しくみるように,国民の生命・身体の安全にとって
脅威となるO-157を原因とする食中毒事件につき,厚生省は,積極的に原因究
明を行うとともに,そこで得られた結果を報告することが国民から強く求められて
いたといえるのである。このように,表現するかしないかについて基本的に自由を
有する私人の場合とは異なり,公務員は一定の場合には特定の表現行為を行うこと
を求められることがあるのだから,その表現行為が原因となった名誉毀損の成否の
判断についても,公務員が職務として表現行為を行う場合は私人の場合とは異なっ
た基準を導入すべき
である。
第2に,私人による名誉毀損としてその成否が争われるのは,典型的には,新聞や
雑誌の記事ないし書物の内容であり,その表現行為は1回的であるとともに,表現
行為の範囲は比較的明確である。しかし,公務員がその職務に関する事項について
何かを公表するという場合,その公表の態様は,文書に限られず,口頭の場合もあ
るし,それらが複合して公表が行われるということもある。また,公務員が職務と
して公表をするのであるから,その表現行為に一定の関心が集まることは避け難
く,表現内容のみならず,公表の時期や場所,方法によっても,表現の対象となる
私人の社会的評価への影響が大きく変化することが考えられる。本件のように,厚
生大臣が,本件各報告書等の文書を作成した上,記者会見を行ってこれらを公表し
たという場合において
は,特にこのことがいえる。したがって,かかる公務員による公表行為にあって
は,それが及ぼす影響の重大性からして,表現内容に十分に配慮する必要があるの
はもちろんのこと,公表の時期や場所,方法といった事柄についても細心の注意を
払う義務があるというべきである。
そうであるとすれば,厚生大臣がその所管する事項について厚生省を代表して公表
を行ったという本件の公表行為について,私人による名誉毀損の場合と同様にその
違法性を判断すべきであると解することは相当でなく,本件にも昭和41年判決の
法理をそのまま適用すべきであるとする原告の主張は,これを採用することができ
ない。
イ この点,被告は,本件各報告の公表については,最高裁判所昭和60年5月1
7日第2小法廷判決・民集39巻7号1512頁の法理が適用されるべきであると
主張する。
昭和60年判決の判決要旨は,「論告において第三者の名誉又は信用を害する陳述
をしても,論告の目的,範囲を著しく逸脱し,又は陳述の方法が甚しく不当である
など訴訟上の権利の濫用に当たる特段の事情のない限り,右陳述は正当な職務行為
として国家賠償法1条1項の違法性を阻却される」というものである。
そこでは,検察官が刑事訴訟手続の中で行う意見陳述としての論告が問題とされて
おり,その点にこの判決の特色があり,論告をすることは検察官に与えられた訴訟
上の権利であるとした上で,裁判所の適正な認定判断及び刑の量定に資するという
その目的を達成するためには検察官にこれを自由に陳述する機会が保障されなけれ
ばならないというのである。
これに対して,本件の事案においては,本件集団下痢症の原因について,その発表
時期,方法,内容等具体的に公表を義務付けた法的根拠はなく,そもそも,既にみ
たように,本件各報告を厚生大臣が公表すべきことを直接根拠づけた法律上の規定
すらないのであって,論告におけるような公表行為の権利性を認めることはできな
いのであるから,昭和61年判決の法理をそのまま適用することはできない。
ウ そこで,本件の事案においては,どのような基準によってその公表行為の違法
性を判断すべきであるかについて検討する必要がある。
(ア) まず第1に,厚生大臣が厚生省の所管大臣として本件各報告を公表したので
あるから,その目的及び職務との関連性が重要である。公務員が職務と関係なしに
私人の名誉・信用を毀損するような表現行為を行った場合,それは違法とされる方
向に傾くであろうし,正当な目的なしに表現行為が行われたのであれば,同様に,
違法とされる方向に傾くであろう。逆に,職務に関し,正当な目的をもって行われ
た公表行為であれば,一定の公益を図ることを目的としていることは明らかであ
り,かつ,公表をすることによって保護ないし増進される公益が存在することも認
められるから,公表をすることによって直ちに違法の問題が生じるとは考えられな
いのである。
(イ) 次に,既に指摘したように,公務員による公表行為については,その受け手
である国民の知る権利を無視することができない。すなわち,国民に対する情報の
公開という視点を考慮する必要がある。
a 情報の公開に関しては,「行政機関の保有する情報の公開に関する法律」(以
下「行政機関情報公開法」という。)が詳しい定めをしている。
本件に関連する行政機関情報公開法の規定は次のとおりである。
まず,行政文書の開示義務の範囲について,行政機関の長は,開示請求があった場
合であっても,次の場合は当該行政文書を不開示にすべきものとしている(同法5
条2号)。
法人その他の団体に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であっ
て,次に掲げるもの。ただし,人の生命,健康,生活又は財産を保護するため,公
にすることが必要であると認められる情報を除く。
公にすることにより,当該法人等又は当該個人の権利,競争上の地位その他正当な
利益を害するおそれがあるもの
しかし,不開示とすべき行政文書であっても,行政機関の長は,公益上特に必要が
あると認めるときは,開示請求者に対し,当該行政文書を開示することができる
(同法7条)。
また,行政機関の長は,第三者に関する情報が記録されている行政文書を開示しよ
うとする場合であって,当該情報が人の生命,健康,生活又は財産を保護するた
め,公にすることが必要であると認められる情報に該当すると認められるとき,又
は第三者に関する情報が記録されている行政文書を同法7条の規定により開示しよ
うとするときは,開示決定に先立ち,当該第三者に対し,開示請求に係る行政文書
の表示その他政令で定める事項を書面により通知して,意見書を提出する機会を与
えなければならず(同法13条2項),その第三者が当該行政文書の開示に反対の
意思を表示した意見書を提出した場合において,開示決定をするときは,開示決定
の日と開示を実施する日との間に少なくとも2週間を置かなければならないし,開
示決定後直ちに,当該
意見書を提出した第三者に対し,開示決定をした旨及びその理由並びに開示を実施
する日を書面により通知しなければならない(同条3項)。第三者に開示決定を通
知し,開示を実施する日までに2週間を置くのは,開示が実施される前に不服申立
てや抗告訴訟の提起により第三者が開示決定を争う機会を保障するためである。
b これを本件についてみてみると,本件集団下痢症の原因食材と原告が出荷した
カイワレ大根を関連づけることは,原告の社会的評価を低下させるものであるか
ら,原告の「権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれ」があるといえ
る。したがって,厚生大臣は,それが「人の生命,健康,生活又は財産を保護する
ため,公にすることが必要であると認められる情報」である場合,又は公益上特に
必要があると認める場合に限り,この情報を開示することができる。いずれにして
も,ここでは,公益の観点からそのような情報を開示することの必要性を吟味する
ことが要求されているのである。
c もちろん,行政機関情報公開法は平成13年4月1日に施行されたのであるか
ら,本件各報告が公表された平成8年当時には未だ存在していなかった。また,本
件各報告の公表は私人からの開示の求めに応じて行われたのではなく,厚生大臣が
自ら積極的に公表を行ったのであるから,情報公開法の規定がそのまま妥当するわ
けではない。
しかし,前者に関しては,中央省庁においては,「行政情報公開基準」が既に平成
3年12月11日に「情報公開問題に関する連絡会議」の申合せ事項として取りま
とめられており,本件各報告の公表当時においても,国民一般から行政情報の公開
請求があった場合にはこの基準によって公開の可否を判断すべきものとされてい
た。
この公開基準に定められている本件に関連する事項は次のとおりであり,次の情報
が記録されている文書は非公開とすることができるとされていた。
個人に関する情報であって,特定の個人が識別され,若しくは他の情報と照合する
ことにより識別され得るもの又は特定の集団等に関する情報であって,公開するこ
とにより当該集団等に属する個人の権利利益を侵害するおそれがあるもの。ただ
し,従来から公にされておりかつ公開しても個人の権利利益を不当に侵害するおそ
れがないと認められる場合並びに国民の生命,身体,健康及び財産・生活の保護の
ため公開することが特に必要と認められる場合を除く。
行政機関情報公開法は,事業を営む個人は法人と同様に扱っているが,行政情報公
開基準においてはそのような者も一般の個人と同様に扱われているのである。そし
て,非公開事項の範囲に該当しない,ただし書きの部分において,公開することが
「特に」必要と認められる場合を除くとしているのは,公開する利益と非公開とす
る利益を比較衡量して,公開する必要性が高い場合であることを明確にしたもので
あるとされている(社団法人行政情報システム研究所編『解説 行政情報公開基
準』49頁)。
そうすると,公開することの必要性を公益に照らして吟味すべきであるという点に
おいては,行政情報公開基準が定めていることは行政機関情報公開法と同趣旨であ
るということができるのである。
後者に関しては,確かに,本件各報告の公表は,特定の私人からの情報開示の求め
に応じて行われたものではない。しかし,後記3(1)アのとおり,本件各報告が公表
された当時,本件集団下痢症は社会的に大きな関心を呼んでおり,その原因の究明
を求める声は非常に強かった。そして,所管の大臣である厚生大臣に対しては,個
別の開示請求はなかったにしても,原因究明について行政が行っていた調査がどの
程度進行しているのか,あるいはその調査の結果何が判明したのかを明らかにせよ
という社会的な圧力が大きくかかっていたということができる。その意味では,情
報開示の請求があった場合と類似の状況が生じていたと解することもできるのであ
って,その公表行為の違法性を判断するに当たり,行政機関情報公開法ないし行政
機関情報公開基準を
参考にすることは許されるというべきである。
d 以上,行政機関情報公開法及び行政情報公開基準の規定の検討からいえるの
は,特定の私人に関する情報の開示を求められた場合,行政機関としては,公開す
べきかどうかを判断するに当たり,公開することによってその私人を害することが
想定されるので,公開する利益と非公開とする利益を慎重に比較衡量しなければな
らないということである。これに加えて,行政機関情報公開法は,対象となる私人
に対して開示決定を事前に通知し,開示の実施の前に争う機会を与えることまで求
め,手続保障をしている。
(ウ) これらのことを前提にすると,本件各報告の公表が原告の名誉・信用を毀損
する違法なものかどうかを判断するに当たっては,公表の目的の正当性をまず吟味
すべきであるし,次に,公表内容の性質,その真実性,公表方法・態様,公表の必
要性と緊急性等を踏まえて,本件各報告を公表することが真に必要であったかを検
討しなければならない。その際,公表することによる利益と公表することによる不
利益を比較衡量し,その公表が正当な目的のための相当な手段といえるかどうかを
判断すべきである。
この比較衡量の結果,公表行為に正当な目的があり,かつ相当な方法・態様におい
て行われたと認められる場合には,それにより原告の社会的評価が低下することが
あったとしても,違法な名誉・信用毀損行為にはならないというべきであり,逆
に,公表行為が違法又は不当な目的のもとに行われたか,あるいはその方法・態様
が目的達成のための手段としての相当性を欠く場合には,違法な名誉・信用毀損行
為として国賠法1条1項に基づく被告の賠償責任が発生すると解すべきである。
なお,本件においては,そもそも行政文書の開示が求められた事案ではないし,行
政機関情報公開法が制定される前の事例であるから,同法の定めるような事前の手
続保障は適用され得ない。しかし,自分にとって不利益な情報を行政機関によって
一方的に開示されるという点では利益状況は全く同じであるから,方法・態様の相
当性を検討する際には,手続保障の精神も尊重されなければならないというべきで
ある。
エ 以上の考え方に基づき,争点(3)において,本件各報告公表の違法性を吟味する
こととするが,本件においてはその前提となる本件各報告の内容をどう評価すべき
かということ自体が争われているので,まずこの点を争点(2)において検討すること
とする。
2 争点(2)(原因調査の合理性及び原因推定の妥当性)について
(1) 認定事実
前記争いのない事実等及び証拠(甲102,103,105,115,118,1
19,138,154,160,乙1ないし12,17ないし20,23,24,
32,33,36,62,証人L)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認
定できる。
ア O-157について
(ア) O-157は,腸管出血性大腸菌(ベロ毒素産生性大腸菌)の一つで下痢を
起こす大腸菌である。
大腸菌は,腸内細菌科に属する大きさ1ないし2ミクロンほどの細菌で,家畜や人
間の腸内に常在する細菌である。大腸菌の分類の仕方は複数あるが,一般的には,
O抗原と呼ばれる菌の構成成分の性質により分類されており,「O-157」と
は,O抗原の157番目の細菌であることを意味する。大腸菌は,現在こうしたO
抗原の別によると,約180に分類されている。
大腸菌の多くは無害であるが,いくつかのものは,人に下痢を起こすことがあるた
め,病原性大腸菌又は病原大腸菌と呼ばれ,その疾病の起こし方によって,大まか
に次の4つに分類されている。
① 病原血清型大腸菌 小腸等に感染して腸炎等を起こす。
② 組織侵入性大腸菌 大腸(結腸)粘膜上皮細胞に侵入・増殖し,粘膜固有層に
びらんと潰蕩を形成する結果,赤痢様の疾病を起こす。
③ 毒素原性大腸菌  小腸上部に感染し,コレラ様のエンテロトキシン(腸管毒
素)を産生する結果,腹痛と水様性の下痢を起こす。
④ 腸管出血性大腸菌(ベロ毒素産生性大腸菌)
赤痢菌が産生する志賀毒素類似のベロ毒素を産生し,血便等を起こす。
O-157は,このうち④類型に属するものであり,死亡者を出すような毒性の強
い菌は「大腸菌O-157:H7」と分類されているが,ここまでと同様,以下に
おいてもすべて「O-157」とだけ表記することにする。
(イ) O-157の感染による症状は,全く症状のないものから軽度の下痢,激し
い腹痛,頻回の水様便,著しい血便のほか,重篤な合併症(溶血性尿毒症性症候群
〈腎臓の機能が急速に障害される急性腎不全〉や脳症)を引き起こし,死に至るも
のまで様々である。成人では感染しても症状がなかったり,あっても軽い下痢だけ
のことがほとんどであるが,乳幼児や基礎疾患を有する高齢者では重篤な症状に至
る場合もある。そのような場合は,激しい腹痛を伴う頻回の水様便から始まり,間
もなく著しい血便となる。O-157による有症状者の約6,7パーセントの者に
は,下痢,腹痛等の初発症状発現の数日から2週間後,溶血性尿毒症性症候群又は
脳症等の合併症が発症するとされている。
O-157の潜伏期間は,短い場合には1日,長い場合には十数日にもなり,平均
して4日から8日であるとされている。
O-157は,熱に弱く,摂氏75度で1分間加熱すれば死滅するが,低温条件や
酸性条件には強く,‐3・5程度でも生き残るとされ,また,水の中では相当長期
間生存するとされている。O-157の感染原因経路としては,菌を保有する家畜
あるいは保菌者のふん便中の菌により汚染された食品,水(井戸水等)による経口
感染,人から人への感染,食品の不衛生な取扱い等が挙げられる。2次感染(感染
した人から,さらに他の人に感染すること)を起こすのは,食中毒としては異例で
ある。O-157の最小発症菌量は約百個とも数十個ともいわれており,従来報告
されている食中毒菌の中では最も少ない。
家庭や調理場における予防方法としては,手洗いの励行,食品の十分な加熱,まな
板,包丁,食器等の消毒等が挙げられ,食中毒予防のための一般の注意事項と特に
異なるところはない。
イ 処理要領に定められた食中毒事故対策の概要等
(ア) 処理要領は,原因究明の観察・調査等について,①症候学的観察,②患者,
回復患者等の検査,③死体解剖,④原因食品の疫学的調査,⑤販売系統の疫学的調
査,⑥試験検査,⑦施設及びその運営状況並びに従業者の健康状態を並列的に挙
げ,これらを総合的に判断して,結論を導くことを規定する。本件集団下痢症にお
いても,以下に述べるとおり,これにそった形で原因の究明が行われた。
(イ) 食中毒原因究明の調査により得られた結論を公表するという明文の法律上の
規定はないが,厚生省生活衛生局食品保健課は,毎年度出版される『全国食中毒事
件録』(甲160,171,乙13ないし15参照)の中で,食中毒事故の概要及
び原因等を発表しており,後述ケのとおり,平成8年度の『全国食中毒事件録』の
中には本件集団下痢症の原因等について述べた部分がある。
ウ 水道水について
堺市は,大阪府営水道から1日当たり30万トンの供給を受けており,枚方市のc
浄水場から市外のdポンプ場を経由した後,e浄水場(80パーセント),f浄水
場及びg浄水場を経由して給水されている。その給水区域及び経路は,別紙7のと
おりである。
また,その給水区域内において,本件集団下痢症が発生した7月初旬には,大規模
な断水を伴うような水道工事はなかった。
受水槽の設置された小学校72校すべてにおいて,水道水からO-157は検出さ
れなかった。また,直接給水されている20校のうち検査を実施した7校について
は,いずれも蛇口における残留塩素濃度は基準値以上であった。
エ 学校給食の実施状況
(ア) 学校給食に関し,堺市においては,平成4年9月以降本件集団下痢症発生当
時まで,献立を統一し,食材を一括購入して各校(全92校)に配送し,各校にお
いてこれを調理するという方式を採っていた。献立は,2か月単位で財団法人堺市
学校給食協会主催の委員会で作成され,堺市内を北・東地区,中・南地区,堺・西
地区の3ブロックに分けて,できるだけ重複しないように決定されることになって
いたが,実際には2ブロック又は3ブロックが同じ場合が生じているのが実情であ
った。
(イ) 食材のうち,牛乳,パン,卵,炊飯米以外の食材については,財団法人堺市
学校給食協会が一括して登録業者(納入者)に発注し,登録業者は,毎日,その日
の献立に必要な食材を学校ごとに小分けして運送業者に搬入し,委託運送業者が各
学校に搬送するという方式になっていた。牛乳,パン,卵,炊飯米については,登
録業者から直接配送されるものの,登録業者は牛乳については2業者,パンについ
ては7業者に限定されており,財団法人大阪府スポーツ教育振興財団がこれらの業
者から一括購入するという方式に変わりはない。
これらの食材は,毎朝3時ころから各校分の仕分け作業が行われて,順次トラック
によって各校に搬入されている。各校へは,毎朝午前5時ころから午前8時ころに
かけて搬入されるが,その配送に使用されるトラックは保冷車ではなかった。さら
に,各校での受入れも,給食調理員が出勤するまでの間は搬入口に置かれたまま
で,給食調理員が出勤した後も,牛乳を除き常温で保管されていた。
なお,牛乳は,書類上殺菌されていることが確認されている。
(ウ) 平成8年6月,7月当時の学校給食の献立は,別紙11記載のとおりであ
り,調理方法も同献立表に記載されているとおりであった。
オ 中間報告公表までの原因食材の調査内容及びその結果
(ア) 7月13日午前,市立堺病院の医師から,同月12日の夜に下痢,血便等を
主症状とする小学生の患者10名を診察したとの通報が堺市環境保健局衛生部にも
たらされた。これが本件集団下痢症が発覚した端緒である。堺市が直ちに調査をす
ると,市内の多くの小学校で患者が多数発生していることが確認された。堺市は,
患者数が多数に上っているという事件の重大性に鑑み,直ちに対策本部を設置し,
患者に対する対応や原因食材の究明等に取り組むこととした。
堺市からこの報告を受けた厚生省生活衛生局食品保健課のN課長は,7月14日に
はその情報収集のために課員1名を,同月15日には現地における原因究明調査等
に協力するために専門家4名(国立予防衛生研究所細菌部長のO〔同月16日ま
で〕,同研究所細菌部外来性細菌室長のP,国立小児医療センター感染部長のQ
〔同月19日まで〕,神奈川県立衛生研究所のR)及び担当官1名(厚生省食品保
健課課長補佐〔同月21日まで〕)を,それぞれ堺市に派遣した。この間の同月1
4日には有症者の検便からO-157が検出され,本件集団下痢症の原因がO-1
57であることが明らかとなった。そのため,大阪府や堺市の現場担当者らに対
し,O,P及びRは,O-157の微生物学的特徴全般について指導を行い,Q
は,患者に対する治療の指導
を行った。
Lは,厚生省生活衛生局食品保健課検疫所業務管理室衛生専門官及び食品保健課衛
生専門官であり,平成8年に多発していたO-157に起因する食中毒対策の中
で,主に食肉の検査方法の設定や基準作りを担当していたところ,7月17日に、
N課長から,堺市における本件集団下痢症の原因究明のための調査研究を担当する
ように指示された。
(イ) 7月16日には,厚生省内に,病原性大腸菌O-157対策本部が設置さ
れ,発足当初はE事務次官が本部長をしていたが,事態の深刻化に伴い,同月24
日にはF厚生大臣が本部長となり,E事務次官が本部長代理となった。これによる
対策事項は,①感染経路の究明,②食品関係業者の衛生管理の徹底指導,③医療機
関における予防・治療方法の周知,④住民への予防方法の啓発,⑤学校,保育所等
の衛生管理の徹底指導,⑥検査方法の開発・普及等とされた。そして,同月16日
のうちに第1回病原性大腸菌O-157対策本部会議が開催され,検食の保存期間
を暫定的に1週間に延長すること,堺市への厚生省係官の派遣などバックアップ体
制の整備,国民へのピーアールの充実等が決定された。
(ウ) L専門官は,7月18日から延べ16日間(7月18日から24日,30
日,31日,8月2日から4日,6日,15日,16日,9月4日),堺市あるい
は大阪府に赴き,7月17日に発足した病原性大腸菌O-157食中毒原因究明三
者(厚生省,大阪府,堺市)連絡調整会議のもとで,本件集団下痢症の原因究明に
当たるほか,病原性大腸菌O-157感染症が伝染病予防法に基づく指定伝染病と
され,担当課である保健医療局結核感染症課から職員が派遣されるまでの間,2次
感染予防対策,医療対策についても食品保健課が対応していたため,これらについ
ても連絡調整に当たった。
堺市における原因究明の実施体制に当たっては,三者連絡調整会議のもとで,堺市
環境保健局衛生部長をチームリーダー,堺市担当課長,大阪府担当課長,厚生省担
当官を事務局とした原因究明プロジェクトチームが編成され,①喫食状況聞き取り
調査班,②流通経路調査班,③検体検査班,④分析評価班の4班が組織された。各
班の調査内容は次のとおりである。
①喫食状況聞き取り調査班及び②流通経路調査班
堺市環境保健局県境衛生課職員,堺市保健所職員,大阪府食品衛生監視員が所属
し,入院患者の健康及び喫食調査,学校給食施設における調理状況,食材の流通経
路,食材・検食・使用水等の検体採取を担当するほか,堺市以外の調査について,
関係自治体への調査依頼等に当たった。また,入院者以外の学童及び教職員の健康
及び喫食調査は堺市教育委員会,学級担任等が実施した。
③検体検査班
堺市衛生研究所が担当し(構成は,堺市検査技師及びと畜検査員),食材,患者の
ふん便等から採取した検体を検査した。
④分析評価班
堺市,大阪府,厚生省の職員で構成し,調査結果の分析評価に当たるほか,報告書
案の作成等に携わった。
医師から通報のあった7月13日は土曜日であったが,上記のとおり,堺市は,そ
の日から2日後の同月15日までには原因究明活動を開始し,更にその2日後の同
月17日には,大阪府及び国の協力体制が整ったもので,このようにして原因究明
の体制は確立された。
(エ) 原因究明プロジェクトチームは,厚生省が6月27日に設置していた「腸管
出血性大腸菌に関する研究班」を構成する4つの調査研究班のうちの「病原菌のD
NAパターン分析に関する調査研究班」(以下「DNA研究班」という。O班長)
及び「原因の疫学的究明に関する調査研究班」(以下「疫学研究班」という。S班
長)からも協力を受けた。
すなわち,DNA研究班は,「病原菌のDNAパターンに関する調査研究班の中間
報告について」(乙18)をまとめた。なお,平成8年当時,腸管出血性大腸菌に
よる食中毒の患者等から分離された原因菌は,全国の自治体から国立予防衛生研究
所へ送付することとされていた。
疫学研究班は,カイワレ大根の根部をO-157菌液に浸したときに可食部にO-
157菌が到達したことを実験により明らかにするなどした「カイワレ大根への腸
管出血性大腸菌O157接種実験」と題する報告書(乙5〔資料38,39頁〕)
をまとめた。
(オ) 原因究明プロジェクトチームにおける調査結果は次のとおりである。
a 本件集団下痢症の発生状況
堺市内の学校別の学童数,有症者数,有症者率,受診者数,入院者数は別紙3のと
おりである。なお,これは,堺市教育委員会が7月16日現在の状況を学級担任を
通じて調査した結果である。ここでいう「有症者」とは,入院者を除き,調査対象
期間となっている7月1日から調査時点(7月22日から同月27日)までに腹
痛,下痢,発熱,裏急後重(渋り腹),嘔気,頭痛,嘔吐のうちいずれかの症状を
有する者をいい,医療機関の診断を受けていない者も含まれている。また,「入院
者」とは,7月17日から同月19日までの調査期間中に消化器症状により入院し
ていた学童をいい,その主な症状は,多い順から下痢,腹痛,発熱,嘔気,嘔吐で
あった。これにより,中・南地区では,j小学校を除く全校で食中毒が発生したこ
と,北・東地区では,
発生校と非発生校が混在していること,堺・西地区では食中毒の発生がないことが
判明した。
b 有症者及び入院者の欠食状況の調査
本件集団下痢症の原因は,特定の日の学校給食に起因すると考えられるところ,欠
食した入院者数及び有症者数の少ない日は,多くの入院者及び有症者が給食を喫食
したということであるから,原因食喫食日と考えやすい一方,欠食した入院者数及
び有症者数の多い日は,当該日の給食を喫食しなかったにもかかわらず,O-15
7感染症を発症したのであるから,これらの日のみが原因食喫食日とは考えがたい
という関係がある。
そこで,曝露日の特定のため,有症者についてはその合計が50名以上の学校につ
き出席簿の写しをもとに,入院者については食中毒調査票をもとに,それぞれ出欠
状況について調査がなされた。入院者の欠食調査の結果は,別紙9のとおりであ
り,欠食者の絶対数は少ないながら,北・東地区では7月8日が0名,中・南地区
は同月9日が0名であった。有症者の欠食調査の結果は,別紙12のとおりであ
り,北・東地区では同月8日の11名,中・南地区では同月9日の18名が最も少
なかった。
上記中・南地区の有症者のうち7月9日に欠食した18名について,個票により発
症状況等を確認すると,中地区6名の欠席者はいずれも発症日が9日以前であり,
南地区の欠席者12名の内訳は,健康者が5名,実際には出席していた者が2名,
発症日が同月9日以前の者が4名,発熱が1名であった。また,上記北・東地区の
有症者のうち8日に欠食した11名について,個票により発症状況等を確認する
と,北地区3名の欠席者の内訳は,健康者が1名,発症日が7月8日の者が1名,
実際は出席していた者が1名であり,東地区8名の欠席者の内訳は,健康者が1
名,発症日が7月8日の者が1名,発症日が不明の腹痛の者が1名,他の5名は同
月12日以降に発症しており,その内訳は水様便1回/日の者が1名,水様便3回
/日の者が1名(この者
のみが医療機関で受診),腹痛下痢の者が1名,嘔吐発熱の者が1名,症状不明の
者が1名であった。
また,学校行事による欠食状況の調査結果は,別紙13のとおりであり,それによ
れば北・東地区では7月8日のみが,中・南地区においては同月8日,9日及び1
0日が学校行事による欠食がなく,上記有症者に対する出欠状況調査結果と整合す
る結果となった。
c 入院者及び有症者の健康及び喫食調査
有症者及び入院者の発症日,症状の内容及び程度,学校給食の献立ごとの喫食状況
を把握し,食中毒の発生状況及び原因食品の推定等を目的として,喫食調査が行わ
れた。
入院者調査は,7月17日から同月19日までの調査期間内に消化器症状により入
院していた学童を対象とするもので,発症時期,症状の内容等からもほぼ全員がO
-157感染者と考えられる集団である。この調査は,専門家である食品衛生監視
員及び保健婦がチームとなって入院先の医療機関を訪問して聞き取り調査を行っ
た。
有症者調査は,7月1日から調査時点(7月22日から同月27日)までに軽度の
ものも含めた何らかの消化器症状が認められたものを計上したため,O-157感
染者以外の者も含まれている可能性がある。
O-157への曝露日について,中・南地区が7月9日,北・東地区が7月8日で
あるとすると,潜伏期間は,中・南地区では平均3・2日,北・東地区では3・6
日であった。
d 学校給食の食材及び流通調査
7月1日から同月10日までの間の学校給食の献立において用いられていた食材を
対象とし,流通経路を堺市学校給食協会,関係営業者から聞き取るなどして,市内
分655検体,市外分295検体について検査を行ったが,O-157は検出され
なかった。
e O-157の検索
各小学校に保存されていた7月8日から同月12日の間の検食190食,うどん,
枝豆等の単品23検体,7月10日から同月12日の間の牛乳13検体,7月1日
から同月10日までの間の献立に係る納入食材合計1626検体のほか,学校給食
施設,食肉処理施設等の調理器具,使用水,排水等の合計671検体について検査
を行ったが,O-157は検出されなかった。
また,調理従事者の検便について,O-157の検索を行った。
(カ) 専門家からの意見聴取
厚生省は,7月24日以降,厚生省内で,K(愛知県がんセンター研究所長),T
(社団法人アルコール健康医学協会理事長),J(自治医科大学教授)に対し,原
因究明プロジェクトチームの行った調査結果を説明した上で,意見聴取を行った。
Kからは,北・東地区において発生校及び非発生校の生じた原因,中・南地区にお
いてj小学校のみが非発生校である原因の調査が必要であるとの指摘があり,Jか
らは同一施設から出荷されたカイワレ大根による周辺地域での患者の発生状況の把
握が重要であるとの指摘があった。
厚生省は,さらに,8月5日,S(国立予防衛生研究所感染症疫学部長),U1
(群馬県衛生環境研究所長・地方衛生研究所協議会長),U2(前東京都衛生研究
所微生物部長),U3(国立予防衛生研究所細菌部腸管系細菌室長),M(国立衛
生試験所衛生微生物部第2室長)という5名の疫学又は細菌学の専門家に対し,上
記調査結果を説明した上で,意見聴取を行った。これに対して,上記の各専門家か
らは,①2次感染者でないと考えられる者は必ずカイワレ大根を食べているのか,
また,カイワレ大根を食べずに発症した者はどれくらいいるか,②牛肉の可能性は
否定できるのか,また,カイワレ大根生産農園の周囲に牧場はあるのか,③北・東
地区での非発生校の存在はカイワレ大根の種子の汚染が原因である可能性を示唆し
ているといった指摘も
なされた。
カ 中間報告の公表
厚生省(生活衛生局)は,原因究明プロジェクトチームによる調査結果及びこれに
対する上記各専門家からの意見聴取を踏まえ,さらに,DNAパターンの解析結果
による裏付けも得られたことから,本件集団下痢症の原因食材を原告が出荷したカ
イワレ大根と関連づける中間報告書を作成することとし,8月7日未明までに完成
させた。F厚生大臣は,同日午前,原因究明プロジェクトチームの調査結果を「病
原性大腸菌O-157対策関係閣僚会議」において報告し,その後,厚生省内にお
いて記者会見を行い,別紙1記載の中間報告書及びその概要文書を報道機関に配付
するとともに,記者会見を行い,本件集団下痢症において,特定の生産施設から出
荷されたカイワレ大根について原因食材とは断定できないが,その可能性も否定で
きないと思料される
旨を発表した。
キ 中間報告公表後,最終報告公表までの調査及びその結果
厚生省ないし原因究明プロジェクトチームは,中間報告の公表後もさらに各種の調
査を続行し,原告の農園施設の内外の調査,国立衛生試験所等において実施したO
-157及びカイワレ大根に関する各種調査,大阪府において本件集団下痢症とほ
ぼ同じ時期に発生した羽曳野市及び患者から分離されたO-157のDNAパター
ン検索,7月10日から同月20日までの間に大阪府下で発生したO-157散発
事例の調査,原告の農園から出荷されたカイワレ大根の流通調査及び患者から分離
されたO-157のDNAパターン検索の結果に加え,堺市内では給食従事者の検
便結果,調理状況の調査等の結果が追加された。
その後,厚生省は,新たな調査結果も含めて取りまとめ,9月13日に,I(財団
法人放射線影響研究所理事長),J,K,V1(国立公衆衛生院疫学部長),V2
(筑波大学社会医学系教授,食品衛生調査会委員),V3(昭和大学医学部公衆衛
生学教授),V4(文部省統計数理研究所教授,領域統計研究系研究主幹),V5
(文部省統計数理研究所教授・企画調整主幹),S,V6(東京都衛生研究所微生
物部長),U1ら細菌学及び疫学等の専門家11名に対し,これまでのすべての調
査結果等について説明を行って,それぞれの専門家から意見を聴取した。
ク 最終報告の公表
F厚生大臣は,9月26日,別紙2記載の最終報告書及びその概要文書を報道機関
に配付するとともに,記者会見を行い,本件集団下痢症の原因食材は,特定の生産
施設から7月7日,8日及び9日に出荷されたカイワレ大根である可能性が最も高
いと発表した。
ケ 最終報告公表後の事情
堺市は,原因究明プロジェクトチームによる調査の結果を,厚生省とは別に,堺市
対策本部として独自の考察を加えまとめたものとして11月に公表したが,その最
終報告書(乙17)において,カイワレ大根が本件集団下痢症の原因食材である可
能性を検討しつつも,結論としては,すべての検体から原因菌が検出されず,原因
食材の断定にはいたらなかったと発表した。
厚生省生活衛生局食品保健課が編集し,平成10年8月に発行された『平成8年度
食中毒事件録』(甲160)においては,「原因食品」欄には「不明(喫食日不
明,学校給食)」との記載があり,「発生要因」欄には,カイワレ大根が本件集団
下痢症の原因食材である可能性が最も高いが,「堺市としては,……すべての検体
から原因菌が検出されなかったため原因食材の断定に至らなかった。」との記載が
ある。
(2) 本件原因究明調査及びその分析の検討
上記認定事実をもとに,本件集団下痢症の原因を究明するために行われた調査の合
理性及びこれに基づき原因食材は原告が出荷したカイワレ大根である可能性が最も
高いとした推定が妥当であるかについて検討する。
ア 水道水が原因でないとした点
学校において消化器系疾患の大規模な集団発生が起きた場合,その原因としては水
又は給食がまず疑われる。本件集団下痢症についても,別紙3のとおり,中・南地
区及び北・東地区における多数の小学校において多数の学童及び教職員が同時かつ
集団的に罹患していることからすると,その原因は各学校にあると考えられ,より
具体的には学校給食か水道水に限定されると考えることには十分な合理性がある。
被告は,その上で,本件集団下痢症の原因を学校給食とし,水道水を検討対象から
除外しているので,水道水を除外したことの当否が問題になりうる。
堺市は,大阪府営水道から水道水の供給を受けていたのであるから,水道水自体が
汚染されていたのであれば,本件集団下痢症は広範囲でより一般的に発生したはず
であるが,実際には,堺市の一部の地域の小学校の学童等にのみ発生していること
から,水道水自体が汚染されていたとは考え難い。また,水道水の給水区域の区割
り及び経路は,別紙7のとおりであり,学校給食における北・東地区,中・南地
区,堺・西地区の区割りとは異なっているうえ,堺・西地区の小学校ではO-15
7による集団感染が発生していないことなどから,特定の給水区域にかかる給水施
設が汚染されていたと考えることもできない。さらに,7月初旬に大規模な断水を
伴う水道工事はなく,工事により水道水にO-157が多量に混入する可能性はな
いこと,堺市の小学校
には,直接給水校と受水槽設置校とがあるが,本件集団下痢症の発生状況がそれに
よって特徴づけられてはいないし,特定の学校の受水槽が汚染されていたとも考え
られないこと,受水槽設置の72校からは水道水からO-157が検出されておら
ず,直接給水の20校のうち検査を実施した7校でも蛇口における残留塩素濃度は
基準値以上で,O-157が水道水中に多量に生存している可能性はないことなど
の事実に照らせば,水道水が本件集団下痢症の原因である可能性を否定することが
できる。
逆に,有症者,入院者の発症状況や発症日は,中・南地区,北・東地区,堺・西地
区と,小学校の給食が共通の献立となっている地域ごとに特徴があり,本件集団下
痢症が学校給食に起因する食中毒と判断することには十分な理由がある。
したがって,本件集団下痢症の原因は,学校給食と考えるのが最も合理的であり,
この点の被告の判断に誤りはないと認められる。
イ 原因食喫食日の特定
(ア) 本件集団下痢症の原因が学校給食であるとして,その具体的な食材を特定す
るためには,まず原因となる食材が喫食された日の特定が必要になる。
(イ) 潜伏期間との関係
まず,本件集団下痢症の有症者の地区別の発症日は別紙4のとおりであり,その分
布をまとめたものが別紙5である。これによると,堺・西地区は有症者の数が無視
できるほど少なく,学童の間に集団的な下痢症は発生していないといえること,
北・東地区の初発日は有症者が急増している7月10日と考えるのが最も自然であ
り(ただし,原告が主張するように,それ以前である可能性を全く否定することは
できない。),ピークは7月12日であること,中・南地区の初発日もやはり同様
に7月10日と考えるのが最も自然であり,ピークは7月12日であること,いず
れも7月16日ころまでは新たな発症者が比較的多数いることが認められる(ただ
し,この中には2次感染者も含まれている。)。また,別紙5によれば,発症者の
分布状況を示したグラ
フは,北・東地区は,7月12日をピークにきれいな一峰性の形となっているのに
対し,中・南地区は,一峰性の形状は示しているものの,ピークである7月12日
の翌日13日も相当多数の発症者がいる。
O-157は,一定の潜伏期をおいて,激しい腹痛を伴う頻回の水様便が始まり,
まもなく著しい血便となるが,その潜伏期間は1日ないし十数日とされ,平均して
4日ないし8日とも報告されており,平成8年当時,厚生省はそのような情報の提
供を行っていたが(乙8,10),その正確性が検証されているわけではなく,米
国疾病管理センターの調査によると,潜伏期間の平均は,1986年11月に米国
ワシントン州ワラワラ地区で発生したO-157集団食中毒事故では3・1日(最
短1日,最長8日),1988年に米国ウィスコンシン州の大学で発生したO-1
57集団食中毒事故では3日(最短1日,最長10日)であったと報告されている
(乙26,28)。
以上の事実からすると,本件集団下痢症の原因となった学校給食としては,7月1
日(月)から5日(金)及び8日(月),9日(火)の可能性があることになる。
この中でも遅い日,特に同月8日,9日の学校給食が原因であるとすると,上記の
発症者の分布状況が最も良く説明できるといえる。
(ウ) 欠食調査
a 入院者の欠食調査
入院者のほとんどは,O-157感染症の一般的症状である腹痛,頻回の水様便又
は血便があり,入院していない有症者よりも重篤な消化器症状を呈した者であるか
ら,入院者のほとんどはO-157感染者であったと考えられる。その入院者39
8名(中・南地区312名,北・東地区86名)を対象に欠食調査を行ったとこ
ろ,その結果は別紙9のとおりであった。
これによると,中・南地区の欠食者数は,7月9日が0名と最も少なく,7月8日
及び10日が2名,7月3日及び4日が5名と続いた。北・東地区の欠食者数は,
7月8日が0名と最も少なく,7月2日が1名,同月1日及び同月4日が2名,同
月5日,9日,10日が4名と続いた。
2次感染の可能性を除外すれば,原因食材を食べていない(欠食)にもかかわらず
発症することは考えられないから,欠食者の多い日ほど原因食材の喫食日である可
能性が低く,逆に欠食者の少ない日ほど喫食日である可能性が高いということがで
きる。そして,既にみたように発症者の分布がほぼ一峰性の形状を示していること
から,2次感染がそれほど多くあったとは考え難い。そうすると,これら入院者の
欠食の少ない日が原因食喫食日である可能性が高いと推論することには合理的な理
由がある。
これに対して原告は,入院者全員がO-157感染者とは限らないと主張するが,
被告の調査においても入院者全員がO-157の感染者であるという前提は採って
いないし,よりO-157感染者である可能性が高いグループを設定した上でどの
ような傾向がみられるかを判断するという意味では合理的な考え方であるから,原
告の批判は当たらない。
なお,被告は,7月16日までには497名の入院者がいたのに,そのうち398
名しか調査がなされていない点について,被告は対象者を意識的に選別したわけで
はないから,データの信頼性に影響を及ぼさないと主張する。しかし,調査から漏
れた99名の中には,早期に発症して入院治療を受け,早期に退院した者が多数含
まれている可能性があり,意識的ではなかったにせよ,早期発症という一定の傾向
を帯びた集団が調査対象から抜け落ちている可能性は否定できない。しかもその数
は497名中の99名であり,約5分の1にも及ぶのであるから,これら99名の
者を調査していれば違った結果となったことも考えられるのであって(例えば,9
9名の中に7月8日〔北・東地区〕,7月9日〔中・南地区〕の欠食者がいないと
も限らない。),上
記欠食者数をもとに原因食材の喫食日を推論することの信頼性には一定の限界があ
るものといわざるを得ない。
b 有症者の欠食調査
堺市教育委員会から提供された学校の出席簿の写しに基づくと地区別,学校別の発
生状況の調査において,7月16日現在で有症者が50名以上発生した学校のう
ち,有症者の多発した中・南地区(27校)及び北・東地区(12校)における7
月1日から同月10日までの有症者の欠席数は,別紙12のとおりであり,欠席者
数は1日平均,中・南地区で110名,北・東地区で32名であり,欠席した人数
が比較的少ない日は,中・南地区では7月9日の18名,同月10日の35名であ
り,北・東地区では7月8日の11名,同月10日の18名であった。ここでいう
有症者とは,上記の入院者を除き,調査対象期間となっている7月1日から調査時
点(7月22日ないし28日)までに腹痛,下痢,発熱,嘔気,嘔吐等の症状を有
した者で,医療機関の
診断を受けていない者も含まれていることから,その中にはO-157感染者以外
の者も混入している可能性は否定できない(なお,原告は,有症者の総数について
は50名を下回る学校の資料も算入されているにもかかわらず,欠食調査を有症者
が50名以上発生した学校に限定している点が不合理である旨主張する。確かに,
なぜ50名を基準に限定しているのか合理的な理由は認められないが,全体の傾向
を把握するという目的のためであるならば,これにより欠食状況に何らかの傾向を
帯びた集団が基礎資料から脱漏するとはいえないから,この点については特段問題
はないというべきである。)。
そこで,それらの有症者の症状等を食中毒調査票により個別に確認したところ,欠
席者の最も少ない日である中・南地区の7月9日の欠食者18名について,中地区
の6名の欠食者はいずれも発症日が7月9日以前であり,南地区の欠食者12名
は,うち5名は実際には健康であった者,2名は実際には出席していた者であり,
4名が発症日が7月9日以前の者,1名が発熱のみの者であった。また,同様に
北・東地区の7月8日の欠食者11名について,北地区の3名は,健康であった
者,発症日が7月8日だった者,実際には出席していた者がそれぞれ1名ずつであ
った。東地区の8名は,うち1名は実際には健康であった者であり,1名は発症日
が7月8日であった者,1名は発症日が不明であった者,5名は7月12日以降に
発症した者であったが,そ
の5名は,水様便が1日当たり1回であった者,水様便が1日当たり3回であった
者,腹痛下痢の者,嘔吐発熱の者,症状不明の者がそれぞれ1名ずつであった。
次に,被告は,有症者中,上記各日(中・南地区については7月9日,北・東地区
については7月8日)における欠食者の数が統計学的にみて有意であると主張する
ので検討する。
この検定のために被告の採った手法は以下のとおりである。
まず,上記の各日の欠食者の中には,校外学習のため集団的に欠食したという場合
があり,このように在籍者全体における日常の欠食者数に影響を及ぼすような特別
の要因は,統計学的な検定を行う際には排除する必要がある。
7月1日から同月10日までの校外学習を理由とする者を除いた欠食者数は,中・
南地区では,7月1日が29名,同月2日が39名,同月3日が36名,同月4日
が35名,同月5日が44名,同月8日が38名,同月9日が13名,同月10日
が25名となり,別紙8記載のとおり,欠食者の平均値は32・38であり,統計
学上,各日ごとの欠食者の数が17・82から46・93までの間に入る確率は9
9パーセントとなるから,9日の13名という値は危険率1パーセント以下で統計
的に有意に少ないということができる。
同様に,北・東地区では,7月1日が3名,同月2日が15名,同月3日が9名,
同月4日が10名,同月5日が10名,同月8日が5名,同月9日が8名,同月1
0日が16名となり,別紙8記載のとおり,欠食者の平均値は9・50であり,統
計学上,各日ごとの欠食者の数が5・10から13・91までの間に入る確率は8
5パーセントとなるから,7月8日の5名という値は危険率15パーセント以下で
統計的に有意に少ないということができる。
以上の検定結果をもとに,被告は,中・南地区の7月9日,北・東地区の同月8日
の欠食者は統計学的にみて他の日より有意に少ないと主張するのである。
被告の採った手法は,統計学上,平均の有意性検定といわれるものであり,本件に
ついていえば,欠食者の平均値と,各日ごとの実際の欠食者の値を比較して,その
差が誤差の程度である(つまり有意でない)といえるかどうかを検定するものであ
る。統計学的に有意という場合,その水準(有意水準)としては,危険率1パーセ
ント以下ないし5パーセント以下という水準が用いられるのが通常である。したが
って,中・南地区についての検定結果は統計学的にも意味のあるものといえるが,
北・東地区についての検定結果については,統計学的にはそれほど意味のあるもの
とは解されない。さらに,校外学習を理由とする欠食者をデータから除いた処理に
ついても,必ずしも適切なものであったとは断言することができない。
そのうえ,被告は,有症者についてはこのように平均の有意性検定を行っている
が,入院者についてはこれを行おうとしておらず,たまたま欠席者が0であった日
を注目する結果となっており,調査手法としては一貫性に欠けるものといわざるを
得ない(統計学上0名であることに特別の有意性があるわけではないこと,特に,
入院者からは99名も調査対象から漏れていることを考慮すれば尚更である。)。
そうはいっても,サンプルデータが少ないという制約も考慮しなければならないか
ら,この検定結果は,統計学的な分析に耐えるものではないとしても,全体の傾向
を把握する上ではなお有用であるということができ,一応,喫食日は中・南地区に
ついては7月9日,北・東地区については同月8日と推定することに理由がないと
はいえず,上記個別調査の結果もこれと矛盾するほどのものとはいえない。もっと
も,一定程度O-157感染者以外の有症者が算入されてしまう点や,実際に出席
しているのに誤記等の理由により出席簿上は欠席となっている者が少なからず存在
していると考えられる点で,基礎資料の正確性には多少の疑問があり,それに基づ
く調査結果の信頼性にもまったく影響を及ぼさないとはいえない。
c 学校行事による欠食調査
学校行事による欠食者数は,別紙13のとおりである。これによる欠食者数は,出
席簿による個々的な調査よりも明確であり,その信頼性が高いものといえる。そし
て,これに入院者の欠席状況を併せたものが別紙14である。これによれば,7月
1日から5日までは,学校行事により欠食した者の中に入院者がおり,それより後
の7月8日から10日が喫食日である可能性が浮かび上がってくる。ただし,入院
者の絶対数が少なく,早期の退院者が調査の対象から漏れていること,また2次感
染の可能性を考慮に入れると,上記の事実のみでは,7月5日までの給食が原因食
材である可能性を完全には否定することはできない。
(エ) 以上の検討結果によると,それぞれの調査のみによっては直ちに原因食喫食
日を特定することはできないが,O-157の潜伏期間及び発症日との関係並びに
入院者に対する欠食調査の結果を総合すると,北・東地区では7月8日,中・南地
区では7月9日が喫食日である可能性が最も高く,有症者,学校行事による欠食調
査もこれを裏付けるか,少なくとも矛盾しない結果となっていると認められる。
原告は,入院者あるいは有症者の定義の仕方,出欠状況や欠食状況調査の正確性,
7月5日以前を原因食喫食日から除外したことなどを問題とし,本件各報告におけ
る原因食喫食日の特定に不合理な点があると主張する。
確かに,これらの調査には,調査対象が多数かつ多岐に及ぶのに対して,限られた
時間の中で,限られた人的物的手段を動員して行われたものであるという制約があ
ることを否定することはできず,原告の指摘するような厳密な調査が行われていな
いのは事実である。しかし,データの収集方法に決定的な誤りがあったとは認めら
れないし,データの分析の過程にも特に不自然不合理なところがあるとは認められ
ないから,原因食喫食日を大まかに絞り込むという意味においては根拠があるもの
といえる。
よって,このようにして上記各日が原因食喫食日であることを推定した本件各報告
の内容には合理性があり,これを前提として,さらに原因調査することについても
相当性が認められる。
ウ 原因献立及び原因食材の特定
(ア) 堺市内の小学校では自校調理方式が採られているが,別紙3によれば,中・
南地区では,1校を除いてすべての小学校で,北・東地区では約半数の小学校で有
症者及び入院者の存在が認められ,また,別紙11のとおり調理マニュアルが存在
し,いずれの学校においてもそれに従って調理されていることが給食調理従事者及
び学校栄養士からの聞き取りによって確認されている。
給食調理事業者において,無意識のうちに調理の加熱時間が不足するということは
あり得るとしても,その場合には集団下痢症の発生も散発的に生じるはずである
が,本件集団下痢症は,同時に多数の学校で大量に発生しているのであるから,加
熱処理の不足が一斉に起こるということは想定し難く,加熱食材が原因ということ
は考え難いというべきである。
したがって,被告が,原因献立及び原因食材の特定に当たっては,各校の調理段階
で加熱されたものは原因食材候補としては除外し,加熱されていない食材の中から
原因食材となり得るものを検討したことには相当性が認められる。
(イ) そこで別紙11の献立表によると,北・東地区の7月8日の献立は,パン,
牛乳,とり肉とレタスの甘酢あえ,はるさめスープであり,このうち加熱されない
食材はとり肉とレタスの甘酢あえに使用されたレタスとカイワレ大根である。中・
南地区の7月9日の献立は,パン,牛乳,冷やしうどん,ウインナーソテーであ
り,このうち加熱されない食材は冷やしうどんに使用された焼きかまぼこ,きゅう
り,カイワレ大根である。
加熱されない食材のうち,パンと牛乳については,別紙15のとおり,パンは7業
者から,牛乳は2業者から納入されていたが,その業者の配送区分と本件集団下痢
症の発症区分(別紙3参照)は一致していないことからすれば,原因食材である可
能性は低いといえる。ただし,牛乳について,牛の有するO-157に接触する場
面があり得る上,2業者の原料仕入状況,生産工程(どのくらいの量を一度に製造
するか),流通過程(小学校に配送する牛乳の区分)等についてはまったく調査さ
れておらず不明であり,2業者の牛乳に同じ時期にO-157が混入する可能性を
完全に否定することまではできない。
パン,牛乳以外の加熱されない食材のうち,カイワレ大根は,いずれも原告が出荷
したものである。北・東地区のレタス,中・南地区の焼きかまぼこときゅうりにつ
いては,レタスと焼きかまぼこが異なる業者が生産したものであることは確認され
たが,レタスときゅうりが同一業者の出荷したものであるか,あるいはそれらの流
通の過程で原因菌に接触する機会があったかどうかはまったく不明である。よっ
て,カイワレ大根が原因食材である可能性があるほか,レタスときゅうりの可能性
についても完全に否定する資料が存するわけではない。
なお,原告が7月7日,8日及び9日に出荷したカイワレ大根が7月8日,9日及
び10日に中・南地区及び北・東地区の各学校に納入されており,他方,同じ時期
に堺・西地区には納入されていなかった事実は,原告が出荷したカイワレ大根が本
件集団下痢症の原因食材であることとよく整合するということはできる。
(ウ) 喫食調査の結果の検討
a 被告は,入院者,有症者及び健康者について,献立ごとの喫食調査を行った。
その結果は,別紙16・17のとおりである。
これによると,中・南地区の7月9日の冷やしうどんは,有症者の欠食率は1・6
パーセントで,健康者との対比をカイ2乗値により判定すると,危険率1パーセン
トで統計上有意な差であり,また,入院者の欠食率は1・3パーセントで,健康者
との対比では危険率1パーセントで統計上有意な差である。北・東地区の7月8日
のとり肉とレタスの甘酢あえは,有症者の欠食率は3・0パーセントで,健康者と
の対比では危険率5パーセントで統計上有意な差であり,また,入院者の欠食率は
0パーセントであった。
なお,ここでカイ2乗検定において有意差があるという意味は,以下のとおりであ
る。
基本的な考え方は,発症者と非発症者の2つの群について,各食品の喫食状況を比
較するというものである。そのために,まず,食品ごとに,2群の喫食率に「差が
ない」とする仮説(統計学上「帰無仮説」という。)を立てる。次に,帰無仮説の
下で2群に観察された差が出現する確率を計算し,この確率が一定以下(通常は5
パーセント以下又は1パーセント以下という水準を採用する。)であれば,帰無仮
説を棄却する。帰無仮説が棄却されると,「差がある」という対立仮説が採用され
ることになる。したがって,ある食品の喫食率について統計的に有意差があるとい
う結論がでると,その食品を喫食したことと発症との間に関連があるということに
なる。もっとも,これはあくまでも統計学上の理論的な判断であって,関連がある
からといって直ちに
因果関係が認められることになるわけではない。
b 以上にみたとおり,中・南地区の7月9日の冷やしうどん及び北・東地区の同
月8日のとり肉とレタスの甘酢あえについて行ったカイ2乗検定の結果は,これら
の献立の喫食と発症との間に統計的な関連があること示している。
ところが,別紙16・17を見ればわかるとおり,喫食と発症との間に統計的な関
連が認められるのは上記の献立だけではない。有症者についていうと,中・南地区
の7月1日から同月10日までの献立はほとんどすべて統計上の有意差を示してい
る。北・東地区についても,7月1日,8日及び9日の献立は全て統計上の有意差
を示している。入院者についての検定結果は有症者についての検定結果とは全く異
なっており,中・南地区の献立で統計上の有意差を示すのは7月1日のカレーライ
スと牛乳,同月4日の五目冷めん,同月9日の牛乳と冷やしうどんのみであり,
北・南地区にいたっては,統計上の有意差が示されたのは7月1日の牛乳と肉じゃ
がのみである。
もともと学校給食においては,学童はすべての献立を好き嫌いなく食べるように指
導されており(乙56),学童はその指導に従ってほとんどの献立を食べている。
そのため,各献立の喫食率にはあまり差がないのが通例であり,学校給食に起因す
る食中毒の場合,喫食率をもとに統計的に発症との関連性を検定するのはもともと
無理があるのである。上記の調査結果は,本件においても,学校給食に起因する食
中毒についての統計的な検定の難しさがあることを表しているといえる。
したがって,上記の結果によれば,中・南地区の7月9日の冷やしうどん及び北・
東地区の同月8日のとり肉とレタスの甘酢あえは,有症者,入院者ともに欠食者数
が少ないということはできるが,これらの献立の喫食と本件集団下痢症との間に因
果関係があることが立証されたといえないのはもとより,統計的な関連性のあるこ
とすら立証されたとはいえない。すなわち,上記各献立が原因献立であるというこ
とを積極的に基礎付けるとまではいうことができず,せいぜい,矛盾しない結果が
出たというにとどまるのである。
c さらに,証拠(甲174,甲A1001,甲B1101の1・2,1102の
1・2,1103の1・2,1104の1・2,1105の1・2,1106の1
ないし3,1107,甲C1201の1ないし3,1202の1ないし3,120
3の1ないし3,1204の1ないし3,1205の1ないし3,1206の1な
いし3,1207,乙64,65)によれば,学童ごとに行われた喫食調査の結果
をみると,各日の献立について,喫食したかどうか,○か×をつけることになって
いる欄があるのであるが,この欄に実際には○も×もつけられず空欄とされたまま
提出された個票が多数あり,それにもかかわらずこれらについては調査結果をまと
める際に,喫食されたものとして集計されていることが認められる。
確かに,学校給食は強制に渡らない範囲で好き嫌いなく食べることが指導されてい
るから,一部のみ×印が付いており,その他が空欄となっている場合は,空欄部分
は喫食している蓋然性が高い。しかしながら,一部に×印と○印が付されており,
その他に空欄がある場合,学童の記憶が不明であると解すべきである。したがっ
て,その場合は,喫食,欠食以外の回答として位置付けるのが正確なのであって,
空欄をすべて喫食しているものとして集計した別紙16・17は必ずしも実体を正
確に反映しているものとは認められないというほかない。そして,個票に空欄があ
る割合は,中・南地区で約20パーセント,北・東地区で約17パーセントと決し
て少ないとはいえず,これが調査結果の結論に影響を及ぼしている可能性がある。
また,中・南地区において,7月9日の冷やしうどんを欠食した(食べなかった)
入院者が4名いることが認められるので,この4名は,原告が出荷したカイワレ大
根を食べなかったのに発症したと一応考えることができる。
被告は,この程度の数は,疫学調査においては無視できるものであるかのような主
張をする。
しかし,別紙17によると,入院者の各献立の欠食者は,その数値が一桁にとどま
るものも多く,4名という数字が無視できる程度に小さいものとは思われない。
被告は,この点について,7月10日のとり肉とレタスの甘酢あえに使用されたカ
イワレ大根(これも原告が出荷している。)も本件集団下痢症の原因食材であると
考えれば説明がつくと主張する。
しかし,7月10日のとり肉とレタスの甘酢あえに使用されたカイワレ大根がO-
157に汚染されていたことを裏付ける客観的な証拠は何もなく,あくまでもひと
つの可能性を指摘するにすぎない。それに,中・南地区の発症者の分布状況を示す
グラフがほぼ一峰性の形状を示していることは前述のとおりである。7月10日の
とり肉とレタスの甘酢あえも原因食材であるとした場合,7月9日,10日と連続
して原因食材を喫食した学童も多数いたことになるが,これが上記のグラフの形状
を説明できるものなのかどうかは明らかでない。
よって,中・南地区において7月9日の冷やしうどんを欠食した入院者が4名いる
ことは,カイワレ大根が本件集団下痢症の原因食材であるとすることに疑いを抱か
せる事情であるといわざるを得ない。
d 以上によれば,本件の喫食調査については,その調査における集計方法自体に
正確さが欠けるところがあったばかりでなく,集計結果も,原因食であると疑われ
た献立,すなわち中・南地区の7月9日の冷やしうどん及び北・東地区の同月8日
のとり肉とレタスの甘酢あえが本件集団下痢症と関連性があることを積極的に裏付
けるものではなく,せいぜい,矛盾しないという程度のことを示すにとどまるとい
うことができるのである。
エ カイワレ大根が原因であることを基礎付ける他の事実
(ア) 被告は,原因食材がカイワレ大根であることを裏付けるものとして,他の発
症例を挙げているから,これらを順次検討する。
(イ) 羽曳野市の老人ホームの事例(乙19)
a 乙19(食中毒事件報告書)によれば,以下の事実が認められる。
大阪府藤井寺保健所は,7月15日に,大阪府羽曳野市の診療所から,同市の老人
ホームにおいて,食中毒が発生したとの通報を受けた。同食中毒においては,7月
6日から同月24日までの有症者は98名,うち入院者は15名であり,有症者1
2名を含む33名からO-157が検出された。発症のピークは7月15日と同月
18日であり,発症者の分布状況を示すグラフが二峰性の形状を示している。7月
3日から同月14日までの間の献立について喫食調査を実施し,統計学的解析を行
ったが,喫食日や特定の献立を原因食と特定することはできなかったし,食事の検
査及び流通経路調査において確認した関係食材等の調査において,O-157は検
出されなかった。
また,O-157が検出された患者33名の喫食調査によると,共通食は7月9日
に老人ホームの調理場で調理された昼食のビーフカレー,カイワレ菜サラダ,らっ
きょう漬のみであった。そのカイワレ菜サラダには,原告が出荷したカイワレ大根
が使用されていることが判明した。
b 以上の調査結果によると,この事例におけるO-157感染症の発症について
は,原因食材の特定以前に,原因食喫食日の特定すらできていないのであり,原告
が出荷したカイワレ大根が原因となっている可能性があるとはいえるが,それにと
どまり,それ以上の関連性を認めることはできはないというべきである。
(ウ) 京都市の事業所の事例(乙20)
a 乙20によれば,次の事実が認められる。
7月18日に京都市の事業所の社員食堂において,食中毒が発生したとの通報があ
り,7月11日から同月26日までの間に,1日に1回以上の下痢症状を示した者
は55名であり,うち5名からO-157が検出された。発症のピークは7月17
日であったが,7月20日から同月22日にも第2の小さなピークがあった。O-
157の潜伏期間を幅広く見積もっても1日から8日であると考えられたことか
ら,最も早期の発症日であると考えられる7月16日を基準に,7月8日から同月
14日までの間の献立の食材について検討が行われた。検食及び流通経路調査,調
理従事者の検便を行ったが,O-157は検出されなかった。
O-157陽性の発症者5名,7月15日から同月22日までの発症者47名,こ
のうち罹病期間に下痢が1日3回以上あった者27名,その他の従業員3108名
の4グループに分けて,喫食割合に有意な差があるか検討したところ,7月11日
と12日の昼の定食(それぞれ2種類ある。)が,最も疑わしいと考えられた。そ
のうち,7月11日の定食2種類については,いずれもカイワレ大根のマヨネーズ
あえが付いていた。
なお,O-157陽性の有症者のうち1名は,7月11日と12日の昼の定食をい
ずれも喫食しておらず,7月11日と12日の深夜の定食を喫食していたことか
ら,原因食材が昼の定食以外の他の食材又は器具や容器の汚染の可能性も否定でき
ないとされた。
b 最終報告では,京都市の事業所における7月11日の昼食の定食に付けられた
カイワレ大根に,原告から7月9日に出荷されたものが含まれていたとされてお
り,被告は,同様の主張をしているので,この点について検討する。
証拠(甲118,119,172の1・2,乙61,調査嘱託の結果)によれば,
原告は,本件集団下痢症発生当時,株式会社甲にもカイワレ大根を出荷していたと
ころ,①乙は,平成8年7月当時,カイワレ大根を主として甲と他の1社の2社か
ら入荷していたこと,②乙は,7月9日には,甲から53パック,他社から40パ
ックをそれぞれ入荷し,同月10日にはどちらからも入荷せず,同月11日には他
社からのみ60パック入荷していたこと(なお,これらのほかに,少量の不足分に
ついては随時他所から仕入れていた。),③乙は,7月9日,10日に丙(京都市
の事業所で社員食堂を運営している。)以外に43パック,66パックを出荷して
おり,丙には,同月11日に80パックを出荷していることが認められる。
以上の事実によれば,乙が7月9日に甲から仕入れた原告出荷の53パックのカイ
ワレ大根の一部が,同月11日に丙に納入された80パックのなかに含まれている
可能性があることは否定できない。しかし,7月11日に丙に納入された80パッ
クのなかに原告が出荷したカイワレ大根が全く含まれていないということも,ま
た,あり得ないことではないのである。
それにもかかわらず,被告は,乙が7月11日に丙に売った80パックのなかに原
告が同月9日に出荷したものが含まれているものと断定し,その証拠として乙61
添付書面があると指摘するが,この書面は作成者及び作成の趣旨さえ明らかでな
く,この書面によって被告主張の事実を認めることはできない。
c 以上によれば,この京都市の事業所の事例も,そのO-157感染症の発症に
原告が出荷したカイワレ大根が関係している可能性を示すものとはいえるが,それ
以上のものではない。
(エ) DNAパターンの一致について
a ところが,被告は,羽曳野市の老人ホームの事例,京都市の事業所の事例にお
いて患者から検出されたO-157のDNAパターンと本件集団下痢症において患
者から検出されたO-157のDNAパターンが同一のものである可能性が非常に
高かったとし,これは,調理過程や運搬過程より前の生産・出荷の段階で汚染があ
ったことを裏付けるとする。
b しかしながら,DNAパターンが一致しているのが事実であったとしても,原
告の農園から出荷されたカイワレ大根や原告の施設等からO-157は検出されて
いないのであるから,それだけで原告が出荷したカイワレ大根と各事例の発症との
関連を認めることができるわけではない。
c また,証拠(乙1〔19,20頁〕,3〔43,44頁〕,18,29ないし
31,37ないし40,59,証人O)によれば,次の事実が認められる。
(a) DNAパターンの定義(乙31)
O-157のDNAパターンは菌によって一様ではなく,パルスフィールドゲル電
気泳動法(PFGE),ランダムPCR多型解析法(RAPD)その他の分析手法
によってO-157のDNAパターン解析を行うと,パターンの違いによって,い
くつかのグループ,サブグループに分類することができる。
菌株間のDNAパターンが,より細かいサブグループまで一致するものほど,O-
157の菌株間の近縁度が高いということになる。
DNA研究班では,日本全国の地方衛生研究所等からから国立予防衛生研究所に寄
せられた約600株のO-157について,以下のとおりDNAパターンの解析を
行った。
解析方法は,O-157菌体DNAを制限酵素XbaⅠで切断後,パルスフィール
ド電気泳動(PFGE)を用いてDNA切断パターンの差異を解析する制限断片長
多型法(RFLP)及びランダムなプライマーに対する菌体DNA内の相同性をサ
ーチするRAPD-PCR法を行い,DNA上の差異を比較検討するというもので
ある。
PFGE法による解析では,染色体DNAは20kbから600kb以上にわたる
20本以上の断片に分けられ,分離菌ごとに様々なパターンを示した。そして,分
類の簡素化のために,100kb以下,100kbから200kb,350kb以
上の大きさのDNA断片に特徴的な泳動パターンがみられた場合,各領域をそれぞ
れタイプⅠからⅥに分類した。100kb以下の領域で10本から12本のDNA
断片がみられ,異なるタイプ間ではお互いに3本以上の断片が異なっていた。RA
PD-PCR法では,増幅されたバンドの大きさが4・4-kb,2・3-kb,
1・3-kbの共通のバンドがあり,さらに0・7-kbのバンドの有無により大
きくタイプⅠ,Ⅱの2種類に分類した。また,その中の細分類をアルファベット小
文字で表した。
(b) 本件集団下痢症における患者学童由来の菌株は,北・東地区は12株(予研
番号218,221.230,459ないし466,468),中・南地区は20
株(予研番号212ないし215,217,219ないし227,229,23
1,467,469ないし472),堺・西地区は1株(予研番号473)であ
り,そのDNAパターンは,「Ⅱa,Ⅱb,Ⅰ,Ⅱe+」又は「Ⅱa,Ⅱb,Ⅰ,
Ⅱe2+」のいずれかであったが,これらは互いに極めて密接な関係にある。
次に,羽曳野市の老人ホームの事例の患者に由来する菌株及び京都市の事業所の事
例の患者に由来する菌株のDNAパターンと本件集団下痢症における患者由来の菌
株のDNAパターンを比較すると,「一致」又は「密接に関連」と評価できる結果
が出た。
(c) しかしながら,他方,平成8年7月から8月にかけて,大阪市,奈良県,和
歌山県,京都府,大阪府,兵庫県,滋賀県,三重県などで,上記DNAパターンと
同一のものが多数発見されている。これらが発生原因を同じくするものか,単なる
偶然にすぎないのかは不明であるが,当時,同種のO-157菌が広く蔓延してい
たとすれば,DNAパターンが一致したからといって,必ずしもその発生原因が同
一食材によるものとはいえなくなる。
加えて,証拠(甲156,証人W)によれば,DNA鑑定は,人間のDNAに対し
て用いられる場合には強い個体識別機能を有するが,細菌の場合は,DNAの塩基
配列が極めてよく似たものが多数存在しうるため,それほど高い個体識別機能がな
いとされている。
d 以上の事実を総合すれば,DNAパターンの一致は,本件集団下痢症の原因と
なったO-157と羽曳野市の老人ホーム・京都市の事業所における集団下痢症の
原因となったO-157が矛盾せず,同一の菌株に由来する可能性を有することを
示すものとまでは認めることができるが,それを超えて,原告の出荷したカイワレ
大根と各事例の発症との間の関連性を示すものとまではいえないというべきであ
る。
オ カイワレ大根が原因食材であることに消極に作用する事実
(ア) 原告の施設等からO-157が検出されていないこと
a 証拠(甲107ないし110,144,149,150,164の1・2,乙
5〔参考資料34,35頁〕)によれば,原告の施設及びその周辺からのO-15
7検出調査の結果につき,以下の事実が認められる。
(a) O-157は,カイワレ大根に常在する細菌ではないから,仮に原告が出荷
したカイワレ大根が本件集団下痢症の原因であるとしても,カイワレ大根自身が発
生源ではありえない。可能性があるのは,種子がO-157に汚染されていたか,
栽培水その他カイワレ大根に接した水がO-157に汚染されていたか,あるいは
原因は特定できないが生産から流通に至る過程のいずれかでカイワレ大根がO-1
57に汚染されたかのいずれかである。
ところで,大阪府及び藤井寺保健所が行った調査結果は,別紙18に記載のとおり
であり,7月24日から8月16日までに,カイワレ大根の製品,その種子,井戸
水,培養液排水,オゾン処理水,貯水タンク水,種の浸漬液,便所のし尿,従業員
の検便・検尿,付近の民家の井戸,原告施設の周辺の水路に流入している石川の河
川水,石川流域飼養牛の牛糞及び放流水について検査したが,いずれの検体からも
O-157は検出されなかった。
(b) 日本かいわれ協会は,財団法人日本食品分析センター及び東京大学医学部分
院細菌検査室に依頼し,丁株式会社は,社団法人滋賀県薬剤師会試験センターに依
頼して,8月10日から同月13日の間に原告の施設あるいはその周辺の河川水か
ら採取した水や泥を検査したが,いずれの検体からもO-157は検出されなかっ
た。
b 証拠(甲144,147,155,証人X,同W)によれば,原告の農園にお
ける種子及び水の殺菌の状況は,以下のとおりであると認められる。
(a) 原告の農園で使用していたカイワレ大根の種子は,戊が米国から輸入し,己
に卸したものである。種子の販売は,1袋25キログラムであり,夏期は半月に1
度くらいの割合で100袋を購入し,栽培していた。
(b) 原告の施設には,井戸が4つある(以下「井戸A」ないし「井戸D」とい
う。)。種子の発芽時の散水用の井戸Aと,使用後の栽培容器を洗浄するための井
戸Bについては,汲上げ時のポンプの力を利用して,薬品タンクから塩素を自動投
入し,2ないし4-の塩素濃度が維持されていたほか,カイワレ大根生産時には,井
戸自体の殺菌のために,毎夕方,井戸に直接に次亜塩素酸ナトリウム200ccを投
入していた。ビニールハウスで使用する栽培水用の井戸Cは,混合肥料と塩素の自
動投入装置を付けており,散水時には2ないし4-の塩素濃度が維持されていたほ
か,カイワレ大根生産時には,井戸自体の殺菌のために,毎夕方,井戸に直接に次
亜塩素酸ナトリウム200を投入していた。種子の膨潤用の井戸Dにも,カイワレ
大根生産時には,井戸
自体の殺菌のために,毎夕方,井戸に直接に次亜塩素酸ナトリウム200ccを投入
していた。
c 上記認定事実のとおり,本件集団下痢症発生当時に出荷されたカイワレ大根と
同じロットナンバーのカイワレ大根の種子からも,栽培中のカイワレ大根からも,
原告のいかなる施設からもO-157が検出されていないこと,O-157は井戸
の中においても,水温20度で50日間,水温5度では70日以上生息するとされ
ているところ,原告の農園及びその周辺の水からもO-157が検出されていない
こと,原告の農園における殺菌の状況からすれば,栽培過程で使用される井戸水が
O-157に汚染されている可能性は極めて低いことが認められ,これらの事実
は,原告の農園から出荷されたカイワレ大根が,本件集団下痢症の原因食材である
との推定につき消極に作用するものといえる。
(イ) 検食からO-157が検出されていないこと
証拠(乙5)によれば,各小学校において,厚生省が原因食材の喫食日であるとし
た7月8日(北・東地区),同月9日(中・南地区)の給食も保存されていたが,
それらの保存検食のどの食材からもO-157菌は検出されなかった事実が認めら
れる。
(ウ) 原告が出荷した他のカイワレ大根からは,集団下痢症が発生しているとはい
えないこと
a 証拠(甲154,乙5)によれば,次の事実が認められる。
原告は,7月1日から同月15日までの間に24・6トンのカイワレ大根を24か
所の1次卸業者に出荷しており,最終的に納入された販売施設は967か所(2府
5県)にも上る。
このうち,堺市の学校給食に納入された量を推計すると,①北・東地区の学童数が
約1万2900名で,とり肉とレタスの甘酢あえには1人当たり4グラムが使用さ
れていることからすれば,合計で約52キログラム,②中・南地区の学童数が約1
万9700名で,冷やしうどんには1人当たり3・2グラムが使用されていること
からすれば,合計約63キログラムと考えられ,教員らの喫食分を考慮しても,1
20キログラム程度であると考えられる。
b そうすると,残りの約24・5トンが学校給食以外に使用されていることとな
るが,7月10日から同月20日までの大阪府下におけるO-157陽性の有症者
(本件集団下痢症によるものを除く。)の調査結果は別紙19のとおりであり,原
告の農園が出荷したカイワレ大根を喫食したことが判明したO-157感染者は1
9名にすぎない。また,原告が出荷している大阪府の周辺の府県においても,本件
集団下痢症が発生したころにO-157感染症が頻発したという事実も認められな
い。
本件集団下痢症の規模の大きさに比べれば,上でみたような大阪府及びその周辺に
おけるO-157感染症発症の規模は余りに小さいといわざるを得ない。
O-157に感染しても健康な成人の場合はほとんど症状がでないとされるのであ
るから,たとえ原告が出荷したカイワレ大根がO-157に汚染されていたとして
も,本件集団下痢症と同規模の発症例がみられるとは考え難いが,それにしても,
原告が出荷したカイワレ大根が原因だとすれば,実際に発生した本件集団下痢症以
外の事例は少なすぎると考えることには十分合理的な理由がある。
また,別紙19の表からも明らかなとおり,大阪府下のO-157検出者について
カイワレ大根喫食者,非喫食者に分け,そのO-157菌のDNAパターンの一致
状況をみても,原告が出荷したカイワレ大根を喫食したこととO-157感染症の
発症との間に明確な関連を認めることはできないのである。
これらの事実は,いずれも,原告が出荷したカイワレ大根がO-157に汚染され
ていたという仮説とは整合しない事実である。
c さらに,学校給食において,カイワレ大根以外に本件集団下痢症の原因食であ
る可能性のある他の食材と共通の食材が,他の発生事例でも喫食されていないかに
ついては何らの検討もなされておらず,必ずしも検証が十分であるとはいい難い。
(エ) 北・東地区における集団下痢症の発生がまだらになっていること
別紙3に記載のとおり,北・東地区では,集団下痢症の発生校と非発生校が明確に
分かれている。北地区では,発生校が8校(有症者率36・7パーセントから8・
7パーセント),非発生校が8校(ただし,有症率0・5パーセントのh小学校を
含む。),東地区では,発生校が5校(有症率30・8パーセントから17・3パ
ーセント),非発生校が4校である。
カイワレ大根の種子あるいはこれを栽培するための井戸水が原因であるとすると,
集団下痢症は多くの小学校で一様に発生するのがむしろ自然であるのに,このよう
に明確に非発生校が存することについて十分な説明することはできない。
(オ) 中・南地区において,j小学校のみ非発生校となっていること
別紙3によれば,中・南地区では,j小学校のみが非発生校となっている。
これに対して,被告は,調理状況調査により,j小学校においては,カイワレ大根
を調理後3時間水道水に浸漬していたことが判明した,カイワレ大根を3時間水道
水に浸漬したものと室温で放置したものの生菌数を比較したところ,前者は1・5
×106/グラム,後者は1・5×107/グラムであった,したがって,水道水
による生菌数の減少効果がO-157の最少発症菌量のレベルで生じた可能性があ
るとして,j小学校のみが非発生校となっていることの説明をする。
しかし,3時間水道水に浸漬したという事実自体,それを基礎付ける具体的な証拠
はなく,逆に堺市はこれを否定しているとの報道もなされており(甲120),そ
ればかりか,3時間水道水に浸漬することによってどれだけの殺菌効果が発生する
のか(発症者が0名となるほどの殺菌効果が期待できるのか)についての検討がな
されておらず,被告の説明には十分な根拠が認められない。
(カ) 同一調理場で調理したにもかかわらず,i小学校が発生校となり,h小学校
が非発生校となっていること
証拠(乙5〔16頁,参考資料2頁〕)によれば,i小学校では,給食調理施設が
工事中であるh小学校の給食も調理していたが,h小学校では有症者がほとんど発
生せず(有症者2名,有症者率0・5パーセント),i小学校では多数の有症者が
発生している(有症者121名,有症者率28・7パーセント)ことが認められ
る。
これにつき,被告は,加熱した「たれ」とカイワレ大根をあえた時間が,h小学校
の分については「たれ」を調理した15ないし20分後,i小学校の分については
80分後であったとし,h小学校の分は「たれ」の温度で殺菌された可能性がある
と説明する。
しかし,そもそも被告の主張する事実を認めるに足りる証拠はなく,加熱後15な
いし20分経過した「たれ」によりO-157が殺菌されるのか,されるとすれば
どの程度であるかについても,何ら具体的な資料は存しないのであって,被告の主
張は単なる推測の域を出ないというほかない。
(キ) まとめ
以上のとおり,カイワレ大根が原因食材であるとすることに疑問を差し挟む余地の
ある事実も少なからず存するのである。
(3) 本件原因調査の評価
以上のとおり,本件集団下痢症の原因調査の結果,厚生省が,中間報告作成時点に
おいて,その原因が学校給食であると考えた点は何ら問題はなく,原因食喫食日が
7月8日,9日であると推定し,両日に共通する食材であるカイワレ大根が原因食
材である可能性を検討した点についても合理的な理由があるといえる。したがっ
て,原告が出荷したカイワレ大根が原因食材である可能性は否定できないのであ
り,厚生省がこれを原因食材とする仮説を定立したこと自体には何ら問題はない。
しかし,この仮説がその後十分検証されているかどうかというと,喫食率の統計学
的な分析,原告の出荷したカイワレ大根の流通経路,本件集団下痢症及び他の事例
におけるO-157菌のDNAパターンの一致状況の分析のいずれをとっても,原
告の出荷したカイワレ大
根が原因食材であることを積極的に基礎付けるものとはいえず,せいぜい矛盾する
とはいえないというにとどまるのであり,他方,原告が出荷したカイワレ大根が原
因食材であると推定するのに消極に作用する事実も少なからず存在するのである。
次に,厚生省は,最終報告において,
① 入院者が全員登校した日が,中・南地区で7月9日,北・東地区で同月8日の
みであること
② 喫食調査の結果からも7月8日及び9日の両日の献立が疑われ,共通の非加熱
食材が特定の生産施設のカイワレ大根のみであること
③ 実験によりカイワレ大根の生産過程におけるO-157による汚染の可能性が
あること及び保管の過程における温度管理の不備により食品衛生上の問題が発生す
る可能性が示唆されたこと
④ 中・南地区及び北・東地区の有症者のO-157のDNAパターンが一致した
こと
の4点を主な根拠として,本件集団下痢症の原因食材としては,原告の農園から7
月7日,8日及び9日に出荷されたカイワレ大根が最も可能性が高いと結論づけ,
なお,同時期に発生した羽曳野市の老人ホーム及び京都市の事業所の集団事例にお
いて,7月7日及び9日に出荷された原告の農園のカイワレ大根が献立に含まれて
おり,かつ,有症者から検出されたO-157のDNAパターンが堺市のものと一
致したことを付け加えているので,これに沿って検討を加える。
まず,上記①については,事実はそのとおりであるが,入院者497名のうち99
名が調査から漏れており,この99名の調査をも行った場合に,違った結論が出て
くる可能性は否定できない。したがって,入院者の調査に決定的な意味を持たせる
ことはできない。しかしながら,おおまかな傾向を示すものとして利用することは
できるというべきであり,中・南地区の7月9日の献立,北・東地区の同月8日の
献立を原因食として疑ったことについては合理的な理由があると認められる。
上記②については,喫食調査の結果は,そもそも調査結果の集計方法に不正確なと
ころがあるし,調査結果も,前述のとおり,原告の出荷したカイワレ大根の喫食と
発症との関連性を統計学的に立証しているわけではない。
また,メニューに含まれる食材のうち加熱処理のされていないものを疑ったこと自
体には合理的な理由があるといえるものの,共通の非加熱食材が原告の出荷したカ
イワレ大根だけであることは,原告の出荷したカイワレ大根が原因食材である可能
性を示すものといえるが,それだけでは,他の食材に関する十分な調査を省略して
いいということにはならないというべきである。カイワレ大根を疑うあまり,パ
ン,牛乳,レタス及びきゅうりといった他の非加熱食材についての十分な調査が行
われていないため,検証が不十分なままに終わっているといわざるを得ない。
上記③については,確かに,カイワレ大根の根部がO-157に接触した場合,可
食部にO-157が移行することがあるという実験結果が存在することが認められ
る(乙5,41,42,証人M)。
しかし,この実験は,そこで設定された実験室内の条件の下ではそのような結果が
出たことが細菌学的に確認できたとはいえるものの,カイワレ大根の通常の栽培の
条件下でそのような結果が出るのかどうかは明らかでない。現に,農林水産省がO
-157とは異なる大腸菌を用いて行った実験では,カイワレ大根の根部が大腸菌
に接しても,大腸菌は可食部までは移行しなかったという結果が出ているのである
(甲112,142)。何よりも,原告の農園における井戸水の殺菌状況を前提に
すれば,本件各報告の根拠となった汚染実験と同様の条件が原告の農園において存
在したとは容易には想定し難い。
したがって,上記③の点は,原告の出荷したカイワレ大根が本件集団下痢症の原因
であることと矛盾しない実験結果が存在するというだけのものにすぎず,原告が出
荷したカイワレ大根が原因食材であるとする判断を積極的に基礎付ける価値はない
ということができる。
上記④の点も,原告が出荷したカイワレ大根が原因食材であることと矛盾しない事
実であるとはいえる。しかし,まず,既に指摘したとおり,原告が出荷したカイワ
レ大根からも原告の農園及びその周辺からもO-157は検出されていないのであ
るから,中・南地区及び北・東地区の有症者のO-157のDNAパターンが一致
したからといって,それだけで原告の出荷したカイワレ大根が本件集団下痢症の原
因食材であると判断することはできない。
また,DNAパターンの一致といっても,O-157のDNAの分析には人間の場
合のDNA鑑定におけるような強度の個体識別機能はないのであるから,パターン
の一致ということにどれだけの重きを置けるのかは判然としない部分が残る。
さらに,羽曳野市の老人ホームの事例及び京都市の事業所の事例のO-157のD
NAのパターンと一致したという点も,上に指摘したDNA分析の限界を考慮すれ
ば,積極的な価値は見いだし難い。そもそも,厚生省の推論によれば7月7日,8
日及び9日に原告が出荷したカイワレ大根がO-157に汚染されていたことにな
るが,これらの日に原告から出荷されたカイワレ大根が京都市の事業所に納入され
たかどうかという肝心の点さえ,十分に検証されているとはいえないのであって,
納入されていた可能性があるというにとどまるのである。
したがって,上記④の点も,原告が出荷したカイワレ大根が原因食材であるとする
判断を積極的に基礎付ける価値はないというべきである。
以上からすると,本件各報告のもとになった調査結果からは,本件集団下痢症の原
因食材は,他の食材と比較すれば原告が出荷したカイワレ大根である可能性が高い
とはいえようが,それにとどまるものであって,結局のところ,原因食材を確定す
ることはできなかったというべきである。
3 争点(3)(違法性)について
(1) 本件各報告公表当時の社会状況及び公表までの経緯
本件各報告公表の違法性を検討するに当たっては,争点(1)において既に述べたとお
り,その目的の正当性及び方法・態様の相当性を詳しく判断する必要があるが,そ
のためには,本件各報告公表当時の社会状況及び本件各報告公表の経緯をみておく
必要がある。
ア 社会状況
証拠(甲4ないし106,166,乙4,5,9,10,50,55,62)及び
弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(ア) 平成8年におけるO-157を原因とする食中毒の多発状況
5月28日,岡山県a町でO-157感染が報告され,有症者は468名に達し,
うち26名が入院,うち2名が死亡した。その後,O-157を原因とする食中毒
は,6月10日に岐阜市,同月12日に広島県b町及び愛知県春日井市,同月16
日に岡山県新見市,同月17日に大阪府河内長野市,同月23日に東京都港区でそ
れぞれ集団事例が発生したほか,各地で散発事例も報告されており,全国にO-1
57が蔓延しているという報道がされるような状況であった。一般にはそれまであ
まりなじみのない細菌であっただけに,余計に社会の関心も強かった。
(イ) 本件集団下痢症とその反響
そのような状況下で発生した本件集団下痢症は,受診者の合計が6000名を超え
るという,それまでの事例とはけた外れの規模であった上,死亡者2名のほか多数
の重症者が生じるという重大な事態となり,その有症者のほとんどが小学校の学童
で,学校給食が原因と考えられたことなどから,社会の注目を集め,その発症状
況,発症した学童の状況,原因調査の状況のほか,堺市,大阪府及び厚生省が採っ
た対応,対策等も逐一報道されることとなった。新聞紙上でも,連日,本件集団下
痢症の発生及び原因食材の究明に関する記事が掲載され,様々な憶測が飛び交う状
況にあった。
他方,O-157自体についての社会の関心も非常に高まった。赤痢に匹敵すると
いうその毒性の強さや感染の危険が広く知られるようになり,また,本件集団下痢
症を始め,各地でO-157を原因とする死者の発生したことが報道されるなど
し,O-157に対する恐れや不安感が広がった。特に,本件集団下痢症を始めと
して,集団発生事例における原因食材の究明がなかなか進まないことから,何が原
因であるのかがはっきりせず,O-157感染源とされる食肉ばかりでなく,生も
のに対する不安が広がり,ひいては食品一般の安全性に対する不安が高まってい
た。
(ウ) 原因究明を求める声と厚生省の対策
O-157を原因とする食中毒についての原因究明を求める声が高まる中で,その
規模が他の集団発生事例よりも極端に大きい本件集団下痢症については特に,その
原因の究明が強く求められるようになった。
厚生省も,7月24日にまとめた「病原性大腸菌O-157による食中毒の発生状
況及び対応」において,「当面の対応」として感染経路の徹底究明を掲げ,特に本
件集団下痢症の原因究明に力を入れることを明らかにしていた。8月2日の参議院
厚生委員会においても,原因の究明を求める意見が出され,F厚生大臣は,O-1
57の感染経路一般について原因究明を進めると答えたばかりでなく,特に本件集
団下痢症について言及し,その原因究明の努力を続けており,結果が出るのを期待
しているところであると答弁している。
(エ) 本件集団下痢症発生後のO-157食中毒発生状況
厚生省のまとめによれば,8月12日の時点で,O-157による食中毒を原因と
する有症者は累計9337名であるが,その大半は,本件集団下痢症を含め,7月
中旬までに発生している。本件集団下痢症の後は,O-157の危険性が広く知ら
れるようになり,その対策も明らかにされたことなどにより,次第に発症事例は少
なくなっている。大阪府におけるO-157発症者数の推移を見ても,7月15日
をピークとして,8月にかけて各日の発症者数は減り続けており,本件集団下痢症
についても,8月9日以降新たな発生事例はなくなっていた。
イ 本件各報告のとりまとめの経緯及びその内容と態様
証拠(甲4ないし101,105,111,147,155,乙1ないし6,1
8,20,23,24,32,33,36ないし38,41ないし44,48,4
9,60,62,証人L,証人X)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認め
られる。
(ア) 中間報告前の調査取りまとめ状況
厚生省から派遣されて調査のとりまとめに当たっていたL専門官は,7月24日,
堺市から一時東京に戻り,厚生省生活衛生局のH局長らに対して調査結果を報告
し,カイワレ大根が本件集団下痢症の原因食材として疑われることを説明した。こ
こでは,カイワレ大根が原因であるとする推論に誤りがないかどうか疫学の専門家
の意見を聞くべきこと,また細菌学的にカイワレ大根がO-157に汚染され得る
のかを調査すべきことが確認された。
厚生省食品衛生課では,7月末ころまでの間,疫学の専門家であるJ自治医科大学
教授,K愛知県がんセンター研究所長,T社団法人アルコール健康医学協会理事長
の3名に意見を聞いた。これらの専門家の意見は,それまでの調査は疫学的手法と
して問題がないというものであった。
そのころには,M国立衛生試験所衛生微生物第2室長による実験で,栽培水がO-
157に汚染されていればカイワレ大根の可食部分も汚染される可能性があること
が確認されていた。
(イ) 中間報告の取りまとめ
8月2日,H局長は,L専門官らも同席の下,F厚生大臣に対し,カイワレ大根が
原因食材である可能性が高いと報告した。
厚生省生活衛生局では,8月5日,上記の3名の専門家以外に,疫学,公衆衛生
学,細菌学等の専門家からも意見を聞いた。また,この日までには,羽曳野市の老
人ホームで発生したO-157食中毒事故における菌株のDNAパターンが,本件
集団下痢症の学童から検出された菌株のDNAパターンとほぼ同一であるという結
論が報告された。
H局長は,8月6日,F厚生大臣に対し,カイワレ大根が原因食材である可能性が
高いとの結論をもとに中間報告を作り公表すべきであるとの報告を行い,F厚生大
臣の了承を得た。そして,できるだけ速やかな公表が必要であるという判断に基づ
き,三者連絡調整会議の当事者である大阪府及び堺市との共同発表という形は採ら
ず,国が単独で公表することとし,翌7日に予定されていた「病原性大腸菌O-1
57対策関係閣僚会議」の場でF厚生大臣が報告を行うこととした。
そこで,L専門官らが中心となって中間報告書案の作成にとりかかり,8月7日の
未明にその内容を大阪府及び堺市に対しファクシミリで送信したが,両者からは特
段の意見は戻ってこなかった。こうして,8月7日午前の関係閣僚会議の前に,中
間報告書が完成した。
(ウ) 中間報告の公表
F厚生大臣は,8月7日午前の関係閣僚会議において,中間報告の内容を報告した
が,他の出席者からその内容について特段異議は出なかった。
F厚生大臣は,関係閣僚会議の終了後,厚生省内の厚生記者会において記者会見を
行い,中間報告書及びその概要文書を報道機関に配付するとともに,その内容を報
告した。
一方,Y内閣官房長官も,首相官邸の記者会見において,記者の質問に答え,関係
閣僚会議におけるF厚生大臣の報告内容を説明した。
さらに,8月8日,F厚生大臣は,衆議院厚生委員会において,中間報告書に基づ
き同趣旨の答弁をした。
(エ) 中間報告公表の原告の農園に対する影響
他方,原告の農園に対しては,既に7月24日に藤井寺保健所による水やカイワレ
大根及びその種子等についての調査が行われており,いずれの検体からもO-15
7が検出されなかったという結果が原告にも報告されていたため,原告は,これで
原告が出荷したカイワレ大根が本件集団下痢症の原因であるという疑いが晴れたと
考えていた。ところが,8月7日の午前10時ころ,藤井寺保健所のZ所長から原
告の農園に電話が入り,原告が出荷したカイワレ大根が本件集団下痢症の原因であ
るという発表が行われるが,検査の結果潔白は証明されているのだから動揺しない
ように,という趣旨の連絡があった。そうこうするうちに,F厚生大臣の記者会見
の模様(午前11時30分から12時46分まで)がテレビで放映され,その約1
0分後にはNHK(
日本放送協会)の関係者が原告の農園にやってきた。しばらくすると,民放のテレ
ビ局関係者も多数原告の農園を訪れ,原告やその家族らはこれらの報道関係者に対
する対応に追われることになった。
この日の記者会見のテレビ放映の後,原告の取引先業者25社のうち12社が,そ
の日のうちに,原告に対し,取引停止を通告してきた。原告の農園ではそれまでカ
イワレ大根の出荷を継続していたのであるが,この日を境にカイワレ大根だけでな
く豆苗等の他の生産品の出荷もすべて断念せざるを得なくなり,この状態は9月2
日まで継続した。
(オ) 中間報告公表の社会的影響
中間報告の内容が報道されると,大手スーパーの中には,カイワレ大根の販売を早
々に中止するところが相次いだ。原告の農園ばかりでなく,カイワレ大根生産業者
はほとんどカイワレ大根が出荷できない状態になり,業界団体である「日本かいわ
れ協会」が8月9日に行った記者会見では「出荷量の98パーセントがだめになっ
た。」というような状況であった。厚生省は,このような市場の過敏な反応を沈静
化させるため,8月9日には,食品保健課長が,日本チェーンストア協会,日本百
貨店協会等に対し,「(中間報告で)対象としたのはあくまで特定の貝割れ大根生
産施設で生産された特定の貝割れ大根であり,貝割れ大根全般について言及したも
のではない」ため,この趣旨を理解し冷静な対応をするよう依頼した。さらに,F
厚生大臣は,同月1
5日,報道機関の面前においてカイワレ大根を生のままで食べるというパフォーマ
ンスを演じ,事態の沈静化を図った。
(カ) 中間報告公表後の調査
中間報告の公表後も調査は継続された。そのうち,最終報告に反映された主なもの
としては,O-157及びカイワレ大根に関する各種の細菌学的実験,本件集団下
痢症とほぼ同時期に発生した羽曳野市の老人ホーム及び京都市の事業所におけるO
-157集団感染事例の疫学調査並びにそこから検出されたO-157のDNAパ
ターンの分析,原告の農園から出荷されたカイワレ大根の流通調査等がある。
厚生省では,これらの調査・実験結果を取りまとめ,9月13日,細菌学及び疫学
等の専門家11名に対して説明を行い,これらの専門家から意見を聴取した。その
結果,本件集団下痢症の原因食材としては,原告の農園から特定日に出荷されたカ
イワレ大根が最も可能性が高いという結論に達した。
(キ) 最終報告の取りまとめと公表
その後,厚生省は最終報告書を作成し,F厚生大臣は,9月26日,これに基づ
き,記者会見を行うとともに,最終報告書及びその概要文書を報道機関に配付公表
した。記者会見には,厚生省の求めに応じて,専門家も同席しており,その中で,
疫学専門家であるI(財団法人放射線影響研究所理事長で,わが国の疫学分野にお
いて最高権威と目されている学者である。)は,「(本件各報告で言及されてい
る)特定の業者の貝割れが原因であるという可能性について,疫学的に数値を出す
とすれば何パーセント位の確率ですか?」という記者からの質問に対し,F厚生大
臣からコメントを求められ,「何らかのルートで貝割れ大根が生産施設のところで
汚染され,そして,それによってこれだけの広範囲で子供さんを中心に患者さんが
出た事だけは間違いあり
ません。そういうことで,いろいろな状況を重ねていくと,どうしても特定施設の
特定日に出荷された貝割れ大根というのが原因と言わざるを得ない。そういうこと
で『100パーセントこれ』というようなことは情況証拠の積み重ねであるやつが
言えませんけれども,今,ご質問ありましたように何パーセントかと言われました
ら,100パーセントとは絶対言えませんけれども,95パーセント位のところま
では言えると思います。」と回答した。さらに,続けてコメントを求められたK
(愛知県がんセンター研究所長)も,「I先生も95パーセント以上ということを
おっしゃいましたが,私もそんなものだろうとは思います。……疫学的には今,I
先生が例えられたぐらいの可能性というふうに私も思います。」と述べた。
(2) 違法性の判断
ア 本件各報告公表の目的
(ア) 本件各報告の公表について,被告は次のように論じる。
食品衛生法の趣旨からすれば,万一食中毒事故が発生した場合には,人の身体・生
命に対する危害の発生を最小限にとどめるため,直ちに食中毒の拡大防止及び再発
防止が図られなければならない。そして,当該食中毒事故の拡大防止及び再発防止
のための具体的な措置の検討は,食中毒事故の原因究明なくしてはあり得ない。ま
た,一般消費者や一般の食品関係営業者に対する情報提供ないし普及啓発がなされ
てこそ,食中毒事故の拡大及び再発の防止が可能となる。さらに,食中毒事故は,
直接人の生命・健康に重大な影響を及ぼすものであるから,情報提供等の対応は,
迅速かつ的確に行われなければならない。したがって,本件各報告公表の目的は,
O-157による食中毒事故の拡大防止・再発防止のための国民に対する情報提供
であったと主張する
のである。
(イ) そこでまず,本件各報告の公表にO-157による食中毒事故の拡大防止・
再発防止という目的があったといえるかどうかを検討する。
本件各報告公表当時の社会状況は上記(1)アで認定したとおりであり,本件集団下痢
症の発生等により,7月中旬にはO-157による食中毒の有症者数がピークに達
し,これに対する社会の関心も異常なまでに高まっていたが,その後,8月にかけ
ては,次第に発症者の数も減少し,8月上旬ころには終息しつつある状況にあっ
た。このような状況下において中間報告を公表することに,O-157による食中
毒防止の目的があったというのにはいささか疑義があるといわざるを得ない。実
際,厚生省が採った行動も,以下のとおりO-157の感染拡大防止を主な目的と
しているとは考えられないのである。
中間報告の内容は,本件集団下痢症の原因食材を究明することに終始しており,O
-157による食中毒事故を防止するためにはどうすべきかということには全く触
れていない。カイワレ大根が原因食材になり得るということを示したという点にお
いては,カイワレ大根ないしこれに類する野菜類に対する注意を喚起するものとは
いえるが,他方で,本件集団下痢症の原因食材の可能性があるというカイワレ大根
がどのようにしてO-157に汚染されたと考えられるのかについては全く明らか
にしていないから,これだけでは,消費者に対しても,食品取扱業者に対しても,
食中毒事故防止のための対策を示したものとはいえない。
被告は,当時,食肉がO-157の主な感染源と考えられていたので,食肉以外に
もO-157食中毒の危険があることを明らかにする目的があったとも主張する
が,7月10日に発生した岐阜市の集団感染事例においては,おかかサラダが原因
食材となっていたことが既に明らかになっていたのであるから,もしそのような目
的があったのなら,その岐阜市の事例を公表すれば足りるというべきであり,調査
途中であって,原因食材の可能性が否定できないというレベルの段階であえてカイ
ワレ大根を特定してこれを公表する必要はなかったはずである。
また,厚生省は,原告の農園からのカイワレ大根の出荷が継続しているかどうかも
確認しないまま中間報告を公表しているのであり(乙23),原告の農園からのカ
イワレ大根の出荷を防止する意図がなかったことは明らかである。
さらに,中間報告の公表後,カイワレ大根一般の販売中止が相次ぐと,厚生省は直
ちに,カイワレ大根一般についてはもとより,原告が出荷したカイワレ大根につい
ても,原因食喫食日と推定される時期に出荷されたものを除けばO-157の問題
はないと発表しているのであり,およそ,カイワレ大根の出荷一般を防止する目的
はなかったと認められる。
以上によれば,中間報告の公表が,O-157による食中毒事故の拡大防止を主な
目的としていたとは認めることができない。
次に,再発防止目的であったかどうかという点についても,上に述べたことがほぼ
そのまま妥当する。本件集団下痢症の原因食材の可能性を明らかにすることで,カ
イワレ大根ないしこれに類する野菜類に対しても注意を喚起するという効果が期待
できることも否定はできないが,中間報告の内容は再発防止という目的にそってま
とめられているとはいえないし,再発防止が目的であるならば,原因食材であると
断定できていない本件のカイワレ大根を殊更指摘する必要はなかったはずである。
(ウ) したがって,被告の主張する目的である拡大防止及び再発防止は,本件各報
告公表の目的の中に含まれていたことは否定できないものの,これらが主な目的で
あったと認めることはできない。
むしろ,O-157による食中毒事故が多発している状況下で,本件集団下痢症を
始め,集団感染事例についてなかなか原因究明が進まず,これが社会一般の食品全
般の安全性に対する不安を引き起こし,原因究明が強く求められていたという当時
の社会状況を前提にすると,本件各報告の公表は,最も規模が大きく社会の関心も
高かった本件集団下痢症について,原因食材究明の努力が行政によって行われてお
り,その原因食材もほぼ絞られてきているということを社会一般に明らかにし,食
品全般の安全性に対する国民の不安を解消することを主な目的としていたと考えら
れるのである。
このことは,厚生省において,7月24日,O-157による食中毒への対応とし
て,感染経路の徹底究明を第一に掲げ,特に本件集団下痢症の原因の究明に力を入
れるとを明らかにしていたこと,F厚生大臣も,8月2日の参議院厚生委員会にお
いて本件集団下痢症の原因究明に期待していると答弁していたことからも理解でき
る。
何より,中間報告の内容そのものが,公表の主な目的がそのようなものであること
を物語っている。すなわち,中間報告は,その末尾において,「今後の課題」と
し,原因食材として可能性が否定できなかった食材(注・カイワレ大根のこと)に
ついて,調査を徹底し,引き続き原因の究明に努力すると締めくくっているし,中
間報告公表の際の記者会見においても,F厚生大臣は,食品衛生法ばかりでなく伝
染病予防法をも活用して,カイワレ大根について調査を行っていきたいと強調して
いるのであって,中間報告公表の趣旨は,カイワレ大根が原因食材とは断定できな
いけれども,可能性があるのでその調査を徹底して行っていく,という行政の強い
姿勢を示すところにあると理解することができるのである。
(エ) 以上のとおり,中間報告の公表は,行政の側で本件集団下痢症の原因究明を
進めており,原因食材が絞られてきていることを明らかにしつつ,さらに徹底的に
調査をしていくという行政の側の断固とした姿勢を示すということに主眼が置かれ
ていると認められるのであって,結局,中間報告の公表は,このような情報を社会
一般に公開すること自体を主な目的としていたと判断することができる。そして,
最終報告の内容も,基本的には中間報告を踏まえた上で,その後の調査結果を加え
て同じ結論を導くにとどまっているのであって,被告の主張にもかかわらず,拡大
防止目的及び再発防止目的が主な目的であるとは解されず,情報公開それ自体が主
な目的であったと認められる。
(オ) そこで次に,このような目的に正当性があるかどうかが問題となる。
食品衛生法は,「飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し,公衆衛生の向上及
び増進に寄与することをその目的」としており(同法1条),食品衛生行政の課題
は,人の身体・生命に対する危害の発生をできる限り未然に防止するところにあ
る。このような法の趣旨からすれば,食中毒事故が発生した場合,その原因を追究
しこれを明らかにするのは行政の責任であり,厚生省が,毎年度『全国食中毒事件
録』において食中毒調査の概要を公表しているのもこの責任に応えるためであると
認められる。
それでは,本件のように,原因食材が断定できない場合に,それを公表することに
ついてはどのように考えるべきであろうか。
本件集団下痢症は,その規模が大きかったことはもとより,平成8年になってそれ
まであまりなじみのなかったO-157による食中毒事故が全国で多発している状
況下で発生したことから,社会の注目が集まっていた。ところが,その原因の究明
がなかなか進まなかったため,これが国民の間に食品一般の安全性に対する不安を
もたらしていたのである。このような状況においては,原因究明のために行政が力
を尽くすべきであることはもちろんであり,原因が究明できた場合には直ちにこれ
を公表すべきこともまた当然であるが,たとえ完全には究明できなかった場合にお
いても,国民全般の生命・健康に影響を及ぼしうる情報であることからして,いず
れかの段階においてはその結果を明らかにし,社会一般からの批判を仰ぐというの
が,行政としての責
任(説明責任)であるというべきである。
被告の主張する,国民のための情報提供という目的には,上記のような情報公開の
趣旨が含まれているというべきである。そして,そのようなものとして,本件各報
告の公表自体には正当な目的があったと認めることができる。
イ 本件各報告の内容及び記者会見の模様
(ア) 本件各報告書自体の内容(主として結論部分)について
いずれの報告書も,本件訴訟における被告の主張と同様に,調査結果をもとに,原
因食喫食日の特定,原因献立の特定,原因食材の特定と論を進め,「特定の生産施
設」が出荷したカイワレ大根を指摘するとともに,これが原因食材であることを裏
付ける事情を説明して,原因食材についての論述を締めくくるという構成をとって
いる。
中間報告については,カイワレ大根が原因食材である可能性があること及びその裏
付けとなる事情については簡単に触れられているだけであるが,最終報告において
は,裏付けとなる事情に関する部分の論述が厚くなっている違いは認められる。ま
た,これに対応して,それぞれの報告書の結論部分にも若干の違いがあり,中間報
告では「貝割れ大根については,原因食材とは断定できないが,その可能性も否定
できないと思料される」となっているが,最終報告では「堺市学童集団下痢症の原
因食材としては,特定の生産施設から7月7日,8日及び9日に出荷された貝割れ
大根が最も可能性が高いと考えられる」とされている。
原告は,この結論部分自体が相当でない旨主張するので,まず結論部分の当否につ
いて検討する。
争点(2)において検討したとおり,調査結果に基づき,厚生省が,本件集団下痢症の
原因食材が原告が出荷したカイワレ大根であるという仮説を定立したこと自体には
特段の問題はなく,その時点においてカイワレ大根が原因食材である可能性は否定
できていなかったと評価することができるのであるから,中間報告の結論部分は,
それ自体としては問題のない表現であると解することができる。
最終報告においては,「最も可能性が高い」という表現がやや強すぎるのではない
かとも考えられなくもない。しかし,他の食材についての検証作業が不十分であっ
たことを否定することができないのは前述のとおりであるが,原因食喫食日を中・
南地区について7月9日,北・東地区について同月8日と推定したこと及びその各
日の献立の中で加熱されていない共通の食材であるカイワレ大根を原因食材である
と推定したことには相応の根拠があり,また,カイワレ大根が原因食材でないこと
を示す決定的な証拠も存在しなかったのであるから,最終報告の時点において,依
然として,原告が出荷したカイワレ大根が原因食材である可能性は存在したといえ
る。そして,流通経路の調査,DNAパターンの分析,カイワレ大根が汚染される
可能性など,カイワ
レ大根が原因食材であると仮定した上で行われた調査においても,カイワレ大根が
原因食材であることと明らかに矛盾する事実が現れなかったのであるから,事案の
解明が一定程度進んでもなおカイワレ大根が原因食材であるという可能性は残って
いたのである。もちろん,事案の解明が一定程度進んだからといって,カイワレ大
根が原因食材であることの決定的な証拠も現れていないのであり,逆に,カイワレ
大根が原因食材であるとすることに消極に作用する事実も否定されていなかったの
であるから,調査が進んだことによってカイワレ大根が原因食材であるという事実
が真実である確率が高まったというのは早計であるが,事案の解明が一定程度進ん
だことをもって「可能性が高まった」と表現することはあながち不当であるとまで
はいえない。
よって,結論部分をみる限りにおいて,本件各報告に特に不適当なところが存する
とまでは認められない。
(イ) 本件各報告書の論述の仕方について
既にみたように,本件集団下痢症の原因食材が原告の出荷したカイワレ大根である
と推定したことには相応の根拠があるが,逆に,この推定を減殺する事実も少なか
らず存在していた。原告の農園からO-157が検出されなかったこと,原告が出
荷した他のカイワレ大根からはO-157による食中毒事故の集団事例が発生して
いるとはいえないこと,調査結果の中にも,カイワレ大根が原因食材であるとする
仮説に疑問を差し挟む余地のあるものが存在することなどである。
それにもかかわらず,本件各報告(特に最終報告において)は,カイワレ大根が原
因食材である可能性がある(ないし可能性が高い)という判断を導き出すのに性急
で,これらの判断を導くのに消極に作用する事実に対して正当な考慮を払っている
とはいい難い。特に,最終報告においては,調査結果において現れたカイワレ大根
を原因食材とするのに疑問を差し挟む余地のある事実,例えば,中・南地区と北・
東地区とで発生差があること,同じ調理施設で調理したのにi小学校では有症者が
発生しh小学校では有症者が発生しなかったこと,中・南地区でj小学校のみが唯
一非発生校であること,中・南地区の入院者のうち4名が7月9日の冷やしうどん
を食べていないことについても言及はされているものの,そこで行われている説明
は,いずれについて
も,科学的に十分な根拠があるものとはいい難く,カイワレ大根が原因食材である
と推定することに妨げにならないよう,殊更理屈を後からつけ加えていると評せざ
るを得ない程度のものといわざるを得ない。このように,本件最終報告は,原告が
出荷したカイワレ大根が原因食材であると判断するのに消極に作用する事実を殊更
に低く評価した上で,原因食材がカイワレ大根である可能性が高いという結論に至
っているのである。
特に重要なのは,原告の農園におけるカイワレ大根の生産過程がどのようなもので
あるかの論述が,本件各報告のいずれからも欠落していることである。前記のとお
り,原告の農園においては,使用されるカイワレ大根の種子も,井戸水も,殺菌が
行われていたのであり,その施設においても特に不衛生であったといえるような事
情は認められない。原告が出荷したカイワレ大根がO-157に汚染されていたと
いう報道がされれば,一般の人は,その生産過程に不衛生な点など何か問題がある
だろうと考えるのが自然である。したがって,この点について何の言及もせずに,
ただ,原因食材が原告が出荷したカイワレ大根であると公表するならば,原告の社
会的評価はそれだけ大きく低下することになる。原告の側にしてみれば,原告の農
園及びその周辺から
O-157が検出されていないのみならず,その生産施設に衛生上何の問題もない
ということを指摘して反論したいところであるが,厚生大臣は,原告にそのような
反論の機会も一切与えることなく,中間報告を公表しているのである。その意味
で,本件各報告は,その対象となる原告の利益に対する配慮が十分であったとはい
い難い。
(ウ) 記者会見におけるコメントの内容について
また,記者会見の内容は,本件各報告書の内容よりも一歩進んで,「特定の生産施
設」が出荷したカイワレ大根が本件集団下痢症の原因食材であることを,それを聞
く者に強く印象づけるものとなっている。
まず,中間報告の公表の際に行われた記者会見において,F厚生大臣は,「今日の
時点で中間報告をまとめて,発表された理由とは」という質問に対し,「DNA鑑
定の結果,それをどう解釈するかということについて専門家の皆さんの御意見を継
続的にいろいろ聞いていて,……菌としては非常に極めて共通性が高いというとこ
ろは皆さんほぼ認識が一致した」と回答している。この部分を見ると,DNA鑑定
が中間報告公表の決定的な理由になっているように聞こえる。そして,O-157
のDNAパターンの分析結果にどれだけ強度の個体識別機能があるかについては不
明確なところが残ることは前述のとおりであるが,一般にDNA鑑定といった場
合,刑事事件などにおいて個人を識別するDNA鑑定のことを想起するのが通常で
あるから,この部分だ
けを聞いた者は,人のDNA鑑定の場合と同様,「特定の生産施設」が出荷したカ
イワレ大根が原因食材であることを示す決定的な証拠があるのだと誤解する可能性
もなくはない。
さらに,最終報告の公表の際の記者会見において,専門家であるI及びKは,「特
定の業者」のカイワレ大根が原因食材である可能性について,疫学的に数値を出せ
ば95パーセント位の確率でそのようにいえると答えているのであり,これは「特
定の業者ないし生産施設」が出荷したカイワレ大根が原因食材であると断言してい
るのも同然であるといわざるを得ない。しかし,このように断言するには検証が不
十分であることは前述したとおりである。
(エ) まとめ
以上のとおり,本件各報告は,原因食材についての論述の結論部分だけをみれば穏
当な表現になっているものの,その論述全体の構成及び公表の際の記者会見の内容
をあわせてみれば,原告が出荷したカイワレ大根が本件集団下痢症の原因食材であ
ることを強く印象づける内容となっている。争点(2)において検討したように,調査
結果はこれを正当化できるほど十分なものであるとはいえないから,結局,本件各
報告及び記者会見の内容には不相当なところがあったと認めることができる。
なお,被告は,本件各報告及び記者会見のいずれにおいても,そこで言及されたカ
イワレ大根生産業者を原告であると特定してないと主張するのであるが,大阪府内
の生産業者で,堺市の学校給食に出荷したのは1業者のみであると述べているので
あるから,実質的には原告と特定し得る表現をしているとみるべきである。実際
に,本件中間報告の際の記者会見のテレビ放映が行われている最中から,原告施設
を報道機関が多数訪れて,取材活動をしていることに照らしても,このことは明ら
かである。
ウ 公表の時期
(ア) 公表の時期については,原告が出荷したカイワレ大根についての調査が終了
しておらず,本件集団下痢症の原因究明に結論が出ていない段階において中間報告
が公表されたことがまず問題となる。
この点について,中間報告書の案が作成されたのが8月7日の未明で,厚生省はこ
れを大阪府及び堺市にファクシミリで送付した後,その日の午前中には中間報告の
公表に踏み切っている。本件集団下痢症の原因究明は,堺市,大阪府及び厚生省の
三者からなる「病原性大腸菌O-157食中毒原因究明三者連絡調整会議」におい
て行われていたのであるから,本来であれば,厚生省が取りまとめた中間報告書の
案についても,この調整会議に諮り,その上で公表についての決定を下すというの
が自然な流れである。ところが,厚生省は,そのような手順を踏むことなく,公表
当日の未明になって初めてファクシミリで堺市と大阪府に中間報告書の案を送って
いるのである。このような状況において,堺市及び大阪府が中間報告書案の内容に
ついて十分な検討が
行えるはずもなく,中間報告の公表については,堺市及び大阪府の意向は反映され
ていないと判断せざるを得ない。したがって,厚生大臣は,堺市及び大阪府の意見
に十分な注意を払うことなく,自らの判断に基づき,性急に中間報告を公表したも
のといわざるを得ない。
そこで,厚生大臣が,まだ調査の結論が出ておらず引き続き調査を行うつもりがあ
るにもかかわらず,そのような過渡的情報を8月7日という時点において公表しな
ければならないような緊急の必要性があったのかが問われなければならない。
被告は,O-157による食中毒事故の拡大防止及び再発防止を目的としていたか
らこのような公表をする必要性があったと主張するが,前述のとおり,中間報告の
主な目的がこのようなものであったとは認めることができないから被告の主張は採
用することができない。そして,当時の社会状況及び本件集団下痢症を始めとする
O-157による食中毒事故に対する行政の側の取り組みを前提にしてみても,8
月7日の時点において,中間報告でいわれている内容を緊急に公表しなければなら
ない必要性があったかについては疑問が残る。
したがって,一般に,調査途中においても,経過報告をする必要がある場合も存す
るし,本件の場合でも,本件集団下痢症の原因については国民の重大な関心事であ
ったことから,適当な時期に調査の途中経過をを報告することも必要なことではあ
ったものの,本件の中間報告の公表には,そのような内容の報告を,その時点にお
いて公表するまでの緊急性があったのか,その必要性の点で疑問が残る。さらに,
このように性急に公表した結果,その影響を強く受ける原告の側では,これに対し
て反論する機会が一切与えられないままに公表される結果となったのであって,原
告に対する手続保障の観点からもその正当性に問題が残るものといわなければなら
ない。
(イ) しかし,最終報告については事情が異なる。
厚生省では,中間報告の公表の後も調査を進め,また専門家からも広く意見を聴取
するなどして,本件集団下痢症の原因究明に関しては行うべきことをひととおり終
了していたと認めることができる。調査の内容,特に中間報告公表の前に行われた
調査においては,検証が不十分なところがあったのは既に指摘したところである
が,限られた時間と人員の下で,もう一度調査をやり直すことには困難があったと
いえるから,調査をやり直さなかったこと自体が不適切であったということはでき
ない。そして,当時の状況においては,行政の側で行った原因究明の結果を公表す
ることは,厚生大臣に求められる説明責任に応えるものであったといえるから,カ
イワレ大根が原因食材であることが最も疑われたが結論としては原因食材を確定す
ることはできなかった
,という限度において調査結果を公表することは相当であったと認めることができ
る。
エ 公表の方法・態様
厚生省は,本件各報告書及びその概要文書を報道機関に配付するとともに,記者会
見を行い,中間報告の際にはF厚生大臣と厚生省職員が出席し,最終報告の際には
これに加えて,厚生省の求めに応じて疫学等の専門家が,本件各報告の内容を口頭
で伝えるとともに報道機関の質問に答えるという方法を採っている。
このような方法は,情報提供者から直接,口頭で,しかも文書を補足する形で,そ
こに直接記載されていない事柄についても,報道陣からの質問に応じて回答するも
のであるから,情報の提供手段という意味では非常に効果的である反面,誤情報が
流れた場合の影響が極めて大きく,また,その一部分や一部の表現のみが殊更クロ
ーズアップされて報道されやすいという面もあるため,情報の発信者においては,
その表現方法や情報の正確性については細心の注意を払い,それによって第三者の
名誉や信用を害することのないようにする注意義務が存するものというべきであ
る。
それにもかかわらず,厚生大臣や特に厚生大臣と一緒に記者会見に臨んだ専門家
は,上記の注意義務に反し,本件各報告書の内容を超えて,本件各報告書の結論部
分の記載にもかかわらず,特定の業者のカイワレ大根が原因である可能性は95パ
ーセントかそれ以上と言及したのであるから,これを見聞きした者に対して,専門
家の判断としてはあたかも原告において生産されたカイワレ大根が本件集団下痢症
の原因食材であることは確定的な事実であるかのような印象を与える結果となり,
これによって原告の名誉,信用が著しく害されてしまったと認められる。
オ 結論
結局,本件調査は,入院者の欠食調査に当たっては,早期発症の入院者99名が調
査の対象から漏れていること,有症者の喫食調査結果の集計にあたっては,空欄
(無回答)のままの食品についてもすべて喫食しているものと集計していること,
有症者や入院者にO-157感染者でない者も含まれている可能性があることな
ど,その基礎データの信頼性には限界があるうえ,調査対象も網羅的でないため,
原因食材を大まかな範囲で絞り込むという目的には有用であるものの,それ以上
に,これによって,原因食材を特定するというところまでの正確性,信頼性を有す
るものとは認められない。
そのうえ,中間報告作成段階では,未だ調査の途中であり,その時点で明らかにな
った事柄をまとめられたものであって,単にカイワレ大根が原因食材である可能性
を否定できないという程度の状況であるから,中間報告が,その結論部分において
合理性がないとはいえないとしても,当時のO-157感染症の発生状況に照ら
し,これから更なる調査を重ねなければならない状況下において,かかる過渡的な
情報で,かつ,それが公表されることによって対象者の利益を著しく害するおそれ
のある情報を,それによって被害を受けるおそれのある者に対する十分な手続的保
障もないまま,厚生大臣が記者会見まで行って積極的に公表する緊急性,必要性は
全く認められなかったといわざるを得ないのである。
したがって,中間報告の公表は,相当性を欠くものと認定せざるを得ない。
また,最終報告は,その結論部分においては,なお相当性の範囲内のものといえる
としても,そこでの調査内容やその結果の記述方法は,被告が設定したカイワレ大
根が原因食材であるとの仮説に矛盾しない事実を殊更取り上げ,他方,上記仮説に
合理的な疑問を差し挟む事実については,これを軽視するか,十分な科学的根拠の
ない説明によりこれを退けるなどの処理をするなど,それを読む者に対し,カイワ
レ大根が本件集団下痢症の原因食材であるとの印象を与える内容になっているが相
当とはいい難い。
さらに,厚生省の行った調査結果を最終報告としてまとめて公表すること自体は,
その目的において,行政機関が取得した社会的関心事に関する情報を,広く国民に
公表することによって,国民の知る権利に奉仕するという正当性を有するものと認
められるものの,上記のような誤解を招きかねない不十分な内容の情報を公表し,
かつ,その記者会見の席上で,同席した専門家が,原告の農園で生産されたカイワ
レ大根が本件集団下痢症の原因食材である可能性は95パーセント程度と,ほぼ断
定した判断を示した場合には,かかる情報を受領した者は,被告が原告の農園で生
産されたカイワレ大根が本件集団下痢症の原因食材であると判断したものと理解し
てもやむを得ないものであって,これが相当でないことは明らかである。
したがって,最終報告の公表も,また,相当性を欠くものと判断せざるを得ない。
なお,被告は,本件各報告を公表する前に,それぞれ疫学等に関する各方面の専門
家に対する意見聴取を行っているが,それらの専門家に対し,基礎資料や個別の調
査結果等をどの程度開示し,どの程度具体的な説明を行っているか,そして,それ
らの専門家が,本件各報告書の作成にどのように,また,どの程度関与したのか
は,証拠上不明であって,単に多数の専門家が関与していることをもって,本件各
報告の公表が相当なものであったとはいい切れない。
以上の結果,厚生大臣による本件各報告の公表は,被告の意図するところではなか
ったにせよ,結果的に,原告の名誉,信用を害する違法な行為であるといわざるを
得ないことから,国家賠償法1条により,被告は原告の被った損害について賠償す
る責任を負うものと判断する。
4 争点(4)(損害額)について
(1) 事業利益の損失及び信用回復費用
原告は,本件各報告の公表により,平成8年8月から平成9年7月までの1年間で
少なくとも前年同期と同様の収益を得られたはずであるのに実際には多額の損失を
計上する結果となったとして,前年同期と当年同期の損益の差額5870万775
8円の損害を被った,また,原告の名誉・信用を回復するためには200万円の費
用を要し,これも損害になると主張する。
ア 前者については,原告は,本件各報告の公表がなければ原告は前年同期と同様
の営業利益を得られたであろうことを前提としているが,これが立証されていると
は認めることができない。
平成8年においては,O-157による食中毒事故が多発し,かつ,7月には本件
集団下痢症が発生したこともあり,消費者の間に食品の安全性一般に対する不安が
広がっていた。カイワレ大根は,比較的最近一般の家庭や普通の飲食店で使用され
るようになった新しい食材であり,かつ,嗜好的要素が強く,それ自体が独立した
食材とはなり難く,調理方法も限られていることから,国民の食生活上不可欠のも
のとして根付いていたものとまではいえず,他の食材によって代替される可能性の
高い食材であるということができる。7月当時,既に食品一般の安全性に対する不
安が広がり,特に生ものを食べることは強く不安視されていたのであるから,生食
が通常であるカイワレ大根については,仮に本件各報告の公表がなくても,本件集
団下痢症等の影響な
どにより相当程度消費が控えられていたことが考えられる。
また,本件集団下痢症の原因究明の結果は,いずれかの時点では公表されるべきも
のだったのであり,最終報告の結論部分の記載自体には不適切なところがあったと
まではいえないから,本件集団下痢症の原因食材として原告が出荷したカイワレ大
根が疑われたという事実自体は,いずれにしても早晩明らかになっていたと考えら
れる。そのような場合,やはり,消費者がカイワレ大根の喫食を控えることは考え
られるのであり,また,原告が出荷するカイワレ大根にも大きな影響が及ぶことは
否定できない。
したがって,仮に中間報告が公表されることなく,また最終報告が本件において行
われたような態様で公表されなかったとしても,原告の出荷したカイワレ大根が本
件集団下痢症の原因食材の可能性があるという調査結果が公表されることは十分考
えられたのであり,その場合,原告の販売が打撃を受けたであろうことは想像に難
くなく,その程度が,現実に起こったものと比べてどの程度軽いものであったかを
想定するのは困難なのである。
以上によれば,本件におけるような厚生大臣の違法な公表行為がなかったとして
も,結果的に原告の収益は大幅に減少したといえるのであり,その場合に原告が被
ったであろう営業損害がどの程度のものであるかは容易には想定することはできな
い。したがって,本件各報告の公表によって原告がどの程度の損害を被ったのかは
判断することができず,結局,財産的な損害について立証がないというほかない。
イ 後者についていえば,名誉・信用毀損が行われた場合,被害者の受けた被害を
回復するための手段は,第1に,その被った損害を金銭的に賠償することである。
民法723条は,名誉毀損の場合,損害賠償とともに名誉を回復するに適当な処分
を求めることができると規定するが,ここで規定されているのは金銭賠償以外の救
済方法であるから,原告は,この規定を根拠として,名誉・信用を回復するのに必
要な費用を損害として請求することはできないものというべきである。もっとも,
原告は,名誉・信用を毀損されたことに基づく損害の一環としてこのような主張を
していると解されるから,この点は次の慰謝料の認定において考慮することにす
る。
(2) 慰謝料
原告は,その内容をまったく知らされないまま,また反論の機会も与えられないま
ま,原告が出荷したカイワレ大根が本件集団下痢症の原因食材であるという印象を
与える本件各報告を公表されており,カイワレ大根等の農作物の生産業者として,
その名誉・信用を毀損され,多大なる精神的苦痛を受けたと認めることができる。
その慰謝料としては,厚生大臣においては,国民の重大な関心事であった本件集団
下痢症についての調査結果を広く国民に知らせるという正当な目的で本件各報告の
公表を行ったものであること(本件各報告公表の目的),本件各報告書の公表にと
どまらず,厚生大臣による記者会見,テレビ中継等により,あっという間に全国的
に事実が知れ渡ってしまったこと(公表の方法・態様),その結果,原告において
は中間報告の公表時
以降取引停止が相次ぎ,カイワレ大根はもちろん豆苗などの他の生産品の出荷もで
きなくなるなど公表によって原告が受けた打撃等本件に顕れたすべての事情を考慮
し,500万円が相当であると認める。
(3) 弁護士費用
本件事案の性質・内容,審理の経過,認容額等本件に顕れたすべての事情を考慮す
ると,被告の違法行為と相当因果関係がある弁護士費用としては,100万円が相
当であると認める。
5 結論
以上の次第で,本訴請求は,国家賠償法1条1項に基づき,600万円及びうち5
00万円に対する訴状送達の日の翌日である平成9年3月29日から支払済みまで
民法所定の年5パーセントの割合による遅延損害金を請求する限度で理由があるか
らこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却し,仮執行の宣言は相当でな
いからこれを付さないこととして,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第3民事部
裁判長裁判官    村岡 寛
裁判官    倉地康弘
裁判官    後藤 誠
別紙目録
別紙番号   出    典                   内   
 容
  1中間報告書本文(乙1)
  2最終報告書本文(乙5)
  3最終報告書参考資料2,3頁        地区別,学校別の有
症者数,入院者数
  4中間報告書追加資料(乙3)6ないし8頁   地区別の有症者集計
表(発症日集計)
  5 最終報告書参考資料6頁        学童の有症者集計表
(発症日集計)グラフ
  6  最終報告書参考資料16頁        入院児童発症日グラ

  7   最終報告書参考資料31,32頁       水道施設位置と給水
区域図
  8  被告準備書面(六)添付の別紙(三)     カイ2乗検定の計算
式(信頼区間99パーセン
                      
  ト,85パーセント)
  9 最終報告書参考資料17,18頁       入院者欠食状況
  10 原告準備書面(9)183頁         原告の農園の収支状
況(平成7年8月から平成
                       
  9年7月まで)
  11中間報告書追加資料22,25,37頁    給食献立表及び調理
マニュアル(抜粋)
  12最終報告書参考資料10,11頁学校別欠食状況調査
  13最終報告書参考資料12,13頁学校別欠食状況調査
補足(各学校行事による
欠食状況)
  14中間報告書追加資料21頁入院者欠食状況
  15最終報告書参考資料21頁パン・牛乳の業者別
納入学校一覧表
  16最終報告書参考資料23,24頁有症者喫食調査集計
(カイ2乗値と欠食率)
  17最終報告書参考資料25,26頁入院者喫食調査集計
(カイ2乗値と欠食率)
  18最終報告書参考資料34,35頁生産農家とその周辺
のO-157調査結果
  19最終報告書本文20頁大阪府下の有症者の
カイワレ大根喫食調査

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