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判決 平成14年6月7日 神戸地方裁判所 平成12年(ワ)第2537号 解雇
無効地位確認等請求事件
主        文
1 原告が被告に対し,雇用契約に基づく権利を有する地位にあることを確認す
る。
2 被告は原告に対し,平成12年10月以降本判決確定に至るまで毎月末日限
り38万5451円を支払え。
3 原告の訴えのうち,本判決確定以降毎月末日限り40万0440円の支払い
を求める部分を却下する。
4 原告のその余の請求を棄却する。
5 訴訟費用は,これを5分し,その1を原告の負担とし,その余は被告の負担
とする。
6 この判決の2項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 原告の請求
1 原告が被告に対し,雇用契約に基づく権利を有する地位にあることを確認す
る。
2 被告は,原告に対し,平成12年10月31日以降毎月末日限り40万04
40円を支払え。
3 被告は,原告に対し,200万円及びこれに対する平成12年12月6日か
ら支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,被告に勤務していた原告が,被告に対し,平成12年6月2日到達
の書面で被告が原告に行った普通解雇の意思表示(以下「本件解雇」という。)の
無効を主張して,労働契約上の地位の確認及び本件解雇日の後である平成12年1
0月31日以降の賃金(月額40万0440円)の支払い並びに本件解雇により被
った精神的損害に対する慰謝料(200万円)の支払い(不法行為に基づく損害賠
償請求)を求めた事案である。
1 争いのない事実等(証拠の記載がない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
被告は,油圧トルクレンチの販売を主な営業目的とする株式会社である。
原告は,平成10年8月31日,職業安定所(ハローワーク)の紹介によ
り,被告に営業課長として雇用され,被告取扱製品の販売等の営業の職務に従事し
てきた。もっとも,営業課長といっても部下はおらず,名目上のものであった。
(2) 被告の給与システム
被告における給与は,前月21日から当月20日を計算期間とし,毎月3
0日(2月は末日)に支払われることになっている。そして,被告の営業担当従業
員の給与は,基本給及び各種手当(通勤手当,家族手当等)の固定給部分と歩合制
の奨励給部分(デモ奨励金及び販売奨励金)とから成っている(甲9の1ないし
3,乙20,弁論の全趣旨)。
(3) 本件解雇に至る経緯
ア 被告は,平成12年5月25日,原告に対し,口頭で自主退職を勧告し
た。
これに対し,原告は,理由書の交付を要求するととともに,被告の独立
代理店にしてもらえるのであれば退職を検討する旨を回答した。
イ 被告は,同月29日,原告に対し,上記独立代理店の提案を口頭で拒絶
するとともに,退職勧告の理由として,提出書類の遅延,人身事故,営業員に不可
欠な運転免許の長期停止,2度にわたる価格表等の重要機密書類の紛失,営業成績
が目標の3~4割にしか達しないこと,被告の製品知識について勉強する熱意に甚
だしく欠けること,製品修理の技術及び知識が低いこと,ワープロ技術の習得にも
不熱心であること,被告の新製品の販売活動及び製品知識の習得に努めないこと等
を記載した退職勧告と題する書面(甲3)を交付したが,原告は,その場で退職勧
告を拒否した。
ウ 原告は,同月31日,被告代表者との間で,原告が被告の独立代理店と
して契約することについて再度交渉を行ったが,被告から,独立代理店になるため
には300万円が必要であるとの説明を受け,交渉は決裂した。
(4) 本件解雇
被告は,同年6月1日,原告に対し,解雇通知書を交付しようとしたが,
原告に受領を拒絶されたため,同月2日,同通知書を内容証明郵便で送付し,同通
知書は同日ころ原告に到達した。同通知書(甲6)には,原告の解雇理由は同年5
月26日の口頭説明及び同月29日交付の書面のとおりである旨の記載がある。
2 争点
(1) 本件解雇の有効性
(2) 本件解雇が無効であった場合に原告が請求できる賃金の額
(3) 本件解雇が不法行為を構成するか,また,その場合の慰謝料額
3 争点に対する当事者の主張
(1) 本件解雇の有効性
ア 被告の主張
被告は以下のような理由からやむを得ず原告を解雇したものであり,本
件解雇は合理的な理由に基づく相当な解雇であって,解雇権を濫用したものではな
い。
(ア) 原告が,経営不振下にあった被告が社運を賭けて開発した新製品の
販売政策を無視し,理由もなく販売活動命令に従わなかったこと(業務命令違反)
原告が被告の販売政策に全く協力しなかったことは解雇に至る最重要
理由の一つである。
被告は,現在も続く不景気と他社との競合激化のため営業赤字に陥っ
ており,決算の帳尻合わせのために土地を売却するなどして何とか維持存続と業績
の回復に腐心していた。
このような困難な経営状況を打開するため,被告は,ドイツA社と提
携し,多額な資金を投じて新製品の油圧ナット(以下「シャーフナット」とい
う。)を開発し,平成11年秋に東京での展示会国際テクノショーに出品したのを
スタートとして,その販売を開始した。このシャーフナットは国内に類似品が存在
しない上,従来製品の販売ルートにそのまま乗せられるので,まさに被告にとって
起死回生の期待を担ったもので,被告がその販売に最大の力を入れていたことは,
原告も熟知していた。被告は,シャーフナットの販売促進のため,神戸本社及び地
方の営業所においてシャーフナットの研修を行ったり,上記展示会終了直後から,
営業員全員に対し,自分の担当顧客に対してシャーフナットを紹介して回るよう命
じ,全国にいわゆるローラー作戦を展開する一方,これと並行して,平成12年2
月からダイレクトメールを発送するなどして,シャーフナットの販売活動に全力を
傾けた。平成12年1月にはシャーフナットの正式なカタログも完成し,原告を除
く全営業員が必死になって販売活動をしていた。ところが,原告だけはシャーフナ
ットの販売命令に一切従わず,シャーフナットの販売努力どころか,ユーザーに製
品を紹介することさえしなかった。原告は平成11年10月から解雇時点の同12
年5月末まで,シャーフナットの売込みに必須のカタログを一部すら持ち出さず,
顧客に対し配布することすらなかった。被告代表者は,原告に対し,解雇直前まで
の約半年間,シャーフナットの販売活動をするよう何度も説得したにも関わらず,
原告はこれを拒否した。もし,原告がシャーフナットの販売活動にまともに取り組
んでいたら,現在のシャーフナット全体の売上げは少なくとも2,30パーセント
増加していたはずである。新製品の立ち上がりという,市場を押さえるために最も
重要な時期に,原告が正当な理由もなく販売命令に従わなかったため,被告は,原
告担当地区において計り知れない経済的損失を被った。
(イ) 原告の,被告社内における迷惑行為の継続,交通事故,重要書類
「価格表」の紛失(勤務態度不良)
a 迷惑行為をやめなかったこと
原告は被告事務所内の他人の引き出し(レターケース)をこっそり
開けて覗く癖があった。これが露見したのは本件解雇の約半月前であり,原告が被
告の従業員であるBの引出しを勝手に開けて見ているところを同人に見つかり,き
つく抗議注意されたものである。その約1年前から,本人以外には知るはずのない
他人の情報を原告が知っていたことなどの不審なことが重なって,確実な証拠がな
いものの,原告が疑われ,事務所内の同僚の間で噂になり,気味悪がられていた。
ところが原告は,「他人の引出しを開けて何が悪いのか」と開き直ったのであっ
て,一層悪質である。被告代表者が原告に厳重に口頭注意した後は,当然のことな
がら,全従業員がそれとなく原告の行動に注意を向けるようになった。しかしなが
ら,原告は,注意を受けた後も,他の従業員の目の届かない機会を見つけて同じ行
動を繰り返していた。
原告のこの行為は,単に社内に不安感や混乱をもたらす迷惑行為と
いうこと以上に,被告の機密保持の観点から重大な問題である。被告は小さな会社
であり,原告の直ぐ後ろには会社の経理や機密書類を預かる財務担当者の机もあっ
た。原告の覗き見の癖を知って以降は,事務所内でたまたま原告と2人だけになっ
たときは,財務担当者はトイレにさえ立てなくなり,原告が昼食時に在室したとき
には,常に誰か信頼できる従業員1人が交代で原告の監視役として事務所に居残ら
ざるを得なくなったため,他の従業員の不満が一層高まり,このままでは原告の監
視のために新たに監視人を雇用せざるを得ない事態にもなりかねなかった。そのた
め,平成12年5月末には,原告の雇用を継続することは,社内のモラール(従業
員の志気)の点からも殆ど不可能な状況であったのである。
b 交通事故及び重要書類「価格表」の紛失
原告は,入社後1年数か月の間に,平成11年10月21日には赤
信号の無視によって横断歩道を横断中の通行人をボンネットにはね上げるという重
大な人身事故を発生させ,その結果,運転免許停止処分を受け,長期にわたり販売
活動を停滞させた。また,原告は,重要書類を何度も紛失し,注意力の著しい散漫
さを露呈させた。原告は,他にも類似の不注意を数えきれないくらい繰り返した。
これほど短期間に次々と問題を起こした従業員は,原告の外にない。
(ウ) 原告が,製品知識の欠如等により,結果的に売上成績が劣悪であっ
たこと(職務遂行能力の欠如)
a 既存の製品知識を一向に覚えようとせず,業務に意欲がなかったこ

原告の入社時,被告従業員で被告代表者の息子のCが原告に対して
1週間にわたって製品の研修を実施した。被告は小さな販売会社であり,覚えるべ
き製品の種類もせいぜい数種類しかなく,これら全部の製品知識は,平均的な営業
員ならば,入社後10日程度で習得できるものであるのに,原告は,入社後1年を
過ぎても製品知識を習得できなかったため,ついには販売店から原告の頼りなさに
ついて苦情が寄せられるようにさえなった。被告は,原告に製品知識を強制的に覚
えさせるために,営業業務以外に修理業務も並行して担当させることにした。しか
しそのような被告の努力にもかかわらず,その後5か月が過ぎても原告は満足に製
品知識を習得できなかった。いくら指導しても原告が製品を覚えられず,あるいは
覚えようとしないのは,学習能力に基本的に欠陥があったとしか思えない。製品知
識を覚えられなければ,ユーザーに説明ができず,一人前の売上ができるはずがな
いのである。
b 製品が覚えられずに,結果的に売上成績が劣悪だったこと
被告は,苦しい経営状況の最中に,原告及び原告と同時期に雇用し
たDの2人に関西地区を任さざるを得なかった。被告は,修理を通じて商品知識を
覚えるだろうと期待し,一人前の営業員に育てるために,原告に,平均して1日に
2~3時間程度修理を担当させ,貴重な営業時間さえ犠牲にしたが,その結果は,
次のとおり見るも無残なものであった。
被告の実質的な営業員総数は,フルタイムの営業員を1人,フルタ
イムでない営業員を0.3人として計算すると6.5人である。原告の月間平均受
注額は160万円で,フルタイムの営業員のなかで販売成績が最低であるし,6.
5人の営業員総数の月間平均売上338万円の半分にさえ満たない劣悪さである。
また,平成11年6月20日付の被告の損益計算書に基づき算出さ
れた営業員1人あたりの月間損益分岐点の売上高は320万円であるが,原告の月
間売上はこれに遙かに及ばなかった。すなわち,営業員として原告が稼ぎだす利益
よりも,養う経費の方が多額であったわけであり,原告を雇用していることによ
り,被告は毎月赤字を累積していたのである。
被告の販売体制は原告在籍当時も現在も,関西,関東,九州の3つ
の営業所に分かれている。このうち,関西営業所には原告とDの2名しかいなかっ
たが,Dも損益分岐点を下回る成績不良であったため,被告の経営の維持という観
点からすると,被告の販売方針にも従わず,問題を次々に起こす原告を先に解雇せ
ざるを得なかったのである。
c ワープロ技術を習得しようとしなかったこと
原告は,ワープロもマスターしようとしなかった。ワープロの技能
は,ユーザーヘの報告書を作成したり見積書を作成したりするために,営業員とし
ては必須の技能になりつつある。この技能の習熟を奨励するために,被告では,マ
スターすればワープロ手当として基本給が若干アップするシステムになっている。
ところが,原告は,入社後1年半以上経ってもワープロの勉強をしようとせず,ワ
ープロの技能をマスターできなかったため,社内テストも受験しなかった。入社後
1年半という期間はワープロ技術をマスターするには十分すぎる時間がある。もち
ろんワープロ技術をマスターしなかったからといって即解雇というわけではない
が,前記の売上成績不良,既存製品を覚えようとする意欲のなさ,覚えの悪さ,全
社をあげて取り組んでいた新製品について宣伝努力すらしなかったこと等を考え合
わせると,原告の仕事に対する日頃からの著しい意欲の欠如と営業員としての義務
の放榔を証明するものである。
(エ) 雇用し続けても原告に将来の見込みがなかったこと(職務遂行能力
の欠如)
原告の劣悪な販売成績は,単に受注額だけでなく,その受注内容の分
析によってでも明らかである。原告の受注内容は,39パーセントが修理で,20
パーセントがレンタルとなっているのに対し,他の営業員たちの平均ではそれらの
比率はそれぞれ20パーセント,13パーセントであり,原告においては「修理と
レンタル」の比率が異常に高いのが分かる。この異常さは,原告が他の営業員に比
べて,製品の販売自体ができなかったということを示す。修理は,過去つまり原告
雇用以前の前任営業員が過去に販売した製品が壊れたための修理であるので,原告
の営業努力により受注したものではない。レンタルは,ユーザーからの依頼により
実施するので,原告がすることは依頼製品を車に積んでユーザーに届けるだけのこ
とである。つまり修理とレンタルは,営業員の販売努力とはほとんど無関係であっ
て,もし仮に会社に営業員が1人も存在しなくとも勝手に受注される性質のもので
ある。従って,営業員の能力を正確に判断するためには,営業員の努力に関係のな
い修理やレンタルを除いた実際の製品の販売額によらなければならない。原告の場
合,これらを除くと製品の販売は全体の41パーセントで,実質的な製品販売は月
間でたったの66万円となり,平均製品単価150万円で計算すれば,0.4台程
度になる。この販売比率は全営業員の中で最低であるだけでなく,営業員としての
販売能力が将来とも見込みがないことを意味する。
なお,原告は,被告が,原告に対し,訓戒,謹慎,減給等の処分を取ら
ず,いきなり解雇を突きつけたと主張する。しかし,減給処分については,法的に
も減給額に限度があるし,また,原告の場合,減給処分を採ったところで,減給額
分だけ新製品を売らなくても良いという絶好の口実を与えてしまうことになるた
め,採り得なかった。また,訓戒などでは,それまでの原告の対応からは意味がな
かった。さらに,謹慎処分や出勤停止処分の場合,原告を一時的にも担当職務から
外すこととなり,広大な地域の営業活動がたちまち空白となってしまい,代替営業
員もいないため,新製品のみならず従来製品の販売活動も止まってしまうことか
ら,採り得なかった。段階的な懲戒の手段は,大企業でこそ可能であっても,被告
のような少人数の会社では現実的でない。原告に対する段階的な叱責と反省のため
の空白を埋めるために別の人間を雇っておく余裕などないからである。
イ 原告の主張
本件解雇は,解雇権を濫用した無効な解雇である。
被告は,本件解雇の理由として,原告の①業務命令違反(新製品の販売
活動命令に従わなかったこと)②勤務態度不良(交通事故を引き起こし,営業活動
に大きな影響を与えたこと,何度となく重要書類を紛失したこと,繰り返し他人の
レターケースを覗き見したこと)③職務遂行能力の欠如(製品知識の欠如等により
販売成績が他の従業員より著しく悪いこと,ワープロをマスターしなかったこと,
雇用し続けても原告に将来の見込みがなかったこと)等を主張する。しかし,それ
ら解雇理由とされた事由は,以下に詳述するように,事実に反するものであるか,
些細なことを誇張しているものが多く,いずれも正当な解雇理由とはなり得ないも
のである。以上に加え,原告が本件解雇によって被る損失が極めて大きいこと,そ
れにもかかわらず,被告が段階的な処分を経ることなくいきなり本件解雇に至った
ことからしても,本件解雇は社会的相当性を欠くものであり,解雇権を濫用した無
効な解雇である。
(ア) 新製品「シャーフナット」の販売活動命令に従わなかったことにつ
いて
a 被告は,原告が新製品「シャーフナット」の販売活動命令に従わな
かったと主張するが,その販売活動の実態からすると,解雇理由と評価できるほど
の業務命令はそもそもなく,また,原告も自己の販売スタイルで新製品の普及に協
力していた。
(a) 被告のいうローラー作戦の実態
シャーフナットは,被告主張のような,受注先が新規性に魅力を
感じて直ちに飛びつくような画期的なものではなかった。また,解雇理由たる業務
命令違反というからには,ローラー作戦とは会社の命運をかけた大がかりなものを
連想させるが,全社挙げてのローラー作戦と呼べるようなものはなかった。かかる
実態に加え,シャーフナットの売上げは平成12年初めから平成13年末まで2年
を経過した後も,なお,1年間の全売上げ額の約1割に相当する2500万円にと
どまっており,同製品は,被告の退職勧告間際の平成12年5月に入ってやっと1
件売れたに過ぎず,本格的に売れ出したのは平成13年に入ってからであることか
らすると,原告在職時においては,従来の商品が依然として主力製品であった。と
すれば,シャーフナットのローラー作戦が会社の命運をかけた何よりも優先される
べきものであって,これに反することが即解雇の正当理由といえるかは甚だ疑問で
ある。
(b) 業務命令といえるような指示がなかったこと
解雇理由たる業務命令であるからには,被雇用者にはっきり認識
しうる形で指示がなされる必要があるが,被告において,シャーフナットのカタロ
グ配布が何よりも優先されるべき状況にあることについて,表立って被告代表者か
ら原告に告げられたことはなく,それを窺わせる行動を被告代表者がとったことも
ない。
すなわち,従来被告においては,書面での意思伝達が慣行であっ
たが,ローラー作戦については口頭での取り扱いがされていたこと,被告全体での
シャーフナットの商品説明会も開催しなかったこと,被告主張の研修会とは,資料
もなく,10回中約6回は月例の15分に過ぎないミーティングも含んでおり,そ
の内容も5分くらいシャーフナットのサンプルを動かしたに過ぎないこと,被告代
表者がカタログ配布を原告に直接促したこともないことからすれば,解雇につなが
るような業務命令が存在しなかったことは明らかである。
(c) 原告の営業方法について
原告は,被告代表者から平成12年2月にカタログを受け取り,
商談の際,自己の判断に応じてシャーフナットについて説明していた。
原告は,被告代表者のいう配布方法では販売効果が上がるものと
は考えにくいため,相手の需要を聞き出した上で,取引先のニーズに合致すると判
断すれば,シャーフナットのカタログを携行し,従来の商品を売るときに同時に見
せるという原告の営業スタイルで被告の方針に貢献してきた。コスト管理の観点か
ら見れば,原告のやり方にも,無駄な費用を省く意味で合理性がある。
原告は,被告に雇用される以前,23年間営業職についていたこ
ともあり,営業については自分なりの販売スタイルを持っていた。被告は,単一の
営業スタイルしか認めていないわけではなく,営業員各自に自由裁量を認めていた
のであるから,何ら責められる性質のものではない。
(イ) 原告の勤務態度の不良について
a レターケースの覗き見について
原告が従業員共有の5段のレターケースを点検したことはある。し
かし,これは,原告宛の文書が未送達のときなどに,他のレターケースに紛れてい
ないか確認するために開けたり,たまたま開けたレターケースに製品に関する書面
等があった場合に知識習得のためにしばらく立ち読みしたことがあるに過ぎないも
のである。レターケースは,鍵のかかった他人の引き出しとは違い,重要なプライ
バシーに関わるものは通常入れないこと,原告が被告からこの行為について何らか
の処分を受けたことはないことからしても,これをもって勤務態度不良と評価する
のは不合理である。
b 交通事故及び重要書類の紛失について
原告が交通事故を起こしたことは認める。しかし,これは営業活動
の訪問先から帰社する際に,折から強い西日を受けて視界が制限され対面信号が見
えづらかったというやむを得ない面もあり,また,保険会社を通じて被害者とはき
ちんと対応しているし,与えた傷害も加療1週間程度であり,重大な事故ではな
い。また,免停期間も60日間であったが,1日講習を受けたために30日間に短
縮され,しかも年末年始休暇に重なったために,実際に車両なしで営業活動をしな
ければならなかったのは約2週間であった。この間も原告は電車やバスを使って通
常どおりに営業活動を行ったことから,被告に何ら不利益を生じさせていない。
書類については,価格表を解雇の1年前の平成11年4月までに2
回紛失したことは認めるが,紛失したのは契約書等の重要秘密書類ではなく,価格
表であることから,被告の業務遂行上,不利益を生じさせたわけではない。また,
2回の紛失中,1回は盗難にあったものであり,やむを得ない面もあるし,1回は
後日発見されたものであり,被告に与えた影響は極めて少ない。
(ウ) 原告の職務遂行能力について
a 原告の製品知識と意欲の欠如について
原告は,被告入社以来,販売成績の実績を挙げ,取引先と円滑な関
係を保持してきたものであり,営業員としての知識は十分に有していた。
b 原告の販売実績について
(a) 被告は,平成10年7月22日,ハローワークの斡旋を通じて
原告を採用した。この採用に当たっては,被告は若年者の応募がないためやむなく
中高年者を採用せざるを得なかったものであり,年配者を採用すれば雇用後1年間
は本人の給与の4分の1を雇用補助金としてもらえるという思惑もあったと推測さ
れる。また,被告は,原告採用時,原告が金融関係の営業職経験者であり,機械の
営業職でないことを認識していた。
上記事情によれば,被告は,原告採用後2,3年間は,原告の営
業成績が他のベテラン従業員に及ばないことを予め予測して採用したとみることが
できる。そうすると,被告の営業担当の従業員は原告とcの外にはdだけであると
ころ,同人は九州一円を一人で任されているベテランの営業者であるから,原告の
販売成績とdの販売成績とを単純に比較することは正当な評価とはいえない。
むしろ,販売成績を比較するなら,原告と同時期に採用され,か
つ,関西圏を2名で担当することとされたDと比較すべきであるところ,原告の成
績はDとさほど変わりはなく,統計方法を変えるとむしろ原告の方が成績が優位で
ある(甲12)。被告が原告の営業成績の評価資料の根拠とする統計には,原告の
入社後半年ないし1年内という初期段階の売上げも含まれており,入社して2年に
満たない原告の解雇理由として適正と言い難い。また,乙16号証によればDの方
が多額の売上げ実績を上げているようにみえるが,同号証のDの売上げについて
は,同人が入社早々に住友金属関係会社から1600万円もの大口発注を取れたと
いう偶然的要素が関係している点を差し引いて考慮せねばならず,この資料の客観
性には問題がある。被告主張の損益分岐点についても,乙3号証及び乙4号証の2
によると,「管理部の人員減少,役員の報酬削減」等営業利益と関わらない外的要
因で安易に60万円も引き下げられているように,かなり流動的要因によって決定
されるものである。従って,被告主張の損益分岐点には営業成績の目安とするほど
の信用性がない。以上のとおりで,原告の成績はcと比較しても決して悪くはな
い。しかも,原告は,入社後1年強経った平成11年10月から,徐々にではある
が営業成績を上げてきたものである。
以上の次第で,原告には,解雇を正当化するほどの極端な営業成
績の劣悪さは存在しない。
(b) 上記のとおり,原告の販売成績は,原告と同時期に採用され,
同じ関西圏を担当していたDとほとんど変わりがないものであった。しかも,営業
成績はともかく,職務遂行能力,意欲,勤務態度などの点で,Dが原告を上回って
いたことを裏付ける客観的資料はない。
このような事情の下,特段の事情もないのに原告のみを解雇する
のは,他の従業員との均衡を欠いており,社会的合理性を欠くものである。
c 原告のワープロ技術について
原告は,被告入社時はおろか入社後にも,被告ではワープロ技術
を重要視すると言われたことはない。また,検定合格による昇給金額もわずかであ
り,パソコンを使用して書面を打つことはできるため,被告が独自に実施するワー
プロ試験の合否は重要でないと判断して2回目の試験の受験を断ったのである。被
告は,Dは一度も受験していないにもかかわらず,同人に対し注意及び指導をした
ことがない。
d 将来の見込みについて
原告は,入社後1年強経った平成11年10月から,徐々にでは
あるが営業成績を上げてきたものであり,いよいよこれからという時期に被告から
一方的に解雇されたものである。
また,被告においては能力給主義が厳格に取り入れられているか
ら,仮に原告の販売成績がそれほど伸びなかった場合でも,後原告を雇用し続ける
ことによって被告に重大な被害が生じるとは考えられない。
(エ) 解雇処分により原告の受ける不利益の甚大さ
被告は,原告に対し,訓戒,謹慎,減給等の処分を取ることなくい
きなり解雇したものである。このような突然の措置は,原告が年齢が高く再就職が
難しいことに鑑みると,あまりに大きい不利益を与えるものである。なお,犯罪行
為を行った前任者坪田ですら解雇の前に訓戒措置を採っている。
(2) 本件解雇が無効であった場合に被告が支払うべき未払賃金額
ア 原告の主張
原告の平成12年3月から同年5月までの平均賃金は,月額40万04
40円であった。
したがって,原告は,被告に対し,雇用契約上の地位に基づき,本件解
雇後である平成12年10月末日以降毎月末日限り40万0440円の賃金の支払
いを求める。
イ 被告の反論
原告は,解雇直前の過去3か月の平均賃金に基づいて,月額40万04
40円である旨主張する。これは雇用保険などの算定基準において一般に月額賃金
が一定であると仮定していることに基づくものであるが,被告の場合は,一般の会
社とはちがって,給与の内の歩合給の割合が高く,本人の売上によって毎月大きく
変動する。
したがって,過去3か月の平均を取るだけでは本人給与の平均値たりえ
ない。売上には季節変動もあるから,少なくとも過去1年間の平均をもってあてる
べきである。原告が得た過去1年間の平均給与は月額37万6734円であった。
(3) 本件解雇の不法行為性と慰謝料額
ア 原告の主張
本件解雇は,正当な理由がなく社会的相当性を欠くものであり,解雇権
濫用により無効である。被告は,本件解雇通知によって原告の名誉を侵害した上,
妻子を抱え,ローン返済も残っている原告を経済的不安に陥れ,雇用の地位を確認
すべく奔走を余儀なくさせ,また,身に覚えのない種々の非行行為を持ち出すこと
によって,多大な精神的損害を与えた。これら被告の行為により被った原告の損害
を慰謝するには,少なくとも200万円が相当である。
イ 被告の認否
否認する。
被告は,経営的に苦しいにもかかわらず,雇用し続ける甲斐もなかった
原告を辛抱強く1年半以上も雇用し続けたものであり,責められるべきいわれはな
い。慰謝料請求など見当違いも甚だしい。
第3 争点に対する判断
1 本件解雇の有効性
(1) 使用者の解雇権の行使は,それが客観的に合理的な理由を欠き,社会通念
上相当として是認することができない場合には,権利の濫用として無効になると解
するのが相当である
被告は,原告の解雇理由として,原告が新製品の販売活動命令に従わなか
ったこと,被告社内において迷惑行為を継続したこと,交通事故を起こしたこと,
重要書類である「価格表」を紛失したこと,製品知識の欠如等により売上成績が劣
悪であったこと,雇用し続けても原告に将来の見込みはなかったことなどを主張す
るので,以下,これらの事実の有無を認定した上で,本件解雇が権利の濫用に当た
るかを検討する。
(2) 前記争いのない事実等,証拠(甲3,5,11の1ないし4,12,1
4,15の1・2,17,18,20ないし22,乙2,3,4の1・2,6の
1・2,7,8,9の1・2,10,11,16,18の1・2,19,28ない
し34,35の1・2,36の1ないし3,37,38,42,43,48,5
0,53ないし55,74,77ないし81,84ないし87,90,92,9
3,原告本人,被告代表者本人)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認
められる。
ア 原告雇用の経緯等
原告は,昭和23年6月25日生の男性で,昭和50年から平成9年4
月まで株式会社Fにおいて金融関係の営業職に従事し,平成9年9月から同10年
1月まで株式会社Gに勤務した後,職業安定所(ハローワーク)の斡旋により,平
成10年8月31日,油圧トルクレンチの販売を主な営業目的とする株式会社であ
る被告に雇用され,以来,被告の取扱製品である油圧トルクレンチ,電動レンチ,
ギアレンチ及び油圧ナットの販売,レンタル等の営業を担当してきた。
被告は,営業員の採用に当たっては過去に何らかの営業職の経験がある
ことを重視しており,原告の採用に当たっても,原告が約23年間株式会社Fにお
いて金融関係の営業職に従事していた経験を有することを重視したものであった。
また,職業安定所を介して中高年を採用した場合には,本人の給与の4分の1が補
助金として1年間支給されることも被告が原告を雇用するに至った一つの理由であ
った。
なお,原告採用と同時期に,職業安定所の斡旋によりDも被告に採用さ
れ,原告と同様に営業を担当してきたが,Dも50歳を超えており,原告と同様に
補助金の出ることが採用の契機の一つとなったものであった。
原告が雇用された平成10年8月末時点での,被告の従業員は,原告及
びDを含め7名で,うち4名は事務(被告代表者の妻H及び息子C)及び技術担当
で,営業担当の従業員は,昭和61年に雇用されたEと原告及びDの3名であっ
た。
営業担当従業員のうち,Eは九州一円の担当で,原告及びDは関西,北
陸,中京地区の担当であった。上記従業員らのほかに,被告には,独立代理店と称
する完全歩合制の営業員が何人かおり,これらの者も被告取扱製品の販売を行って
いた。
なお,原告は,被告に雇用された時点から役職上は営業課長とされてい
たが,部下はおらず,形式的なものに過ぎなかった
イ 原告の営業成績
原告は,平成10年9月初めころ,約1週間にわたり,被告製品の知識
習得及び作動練習等の研修を受けた後,営業に従事したが,約5か月が経過した平
成11年1月から同年12月までの1年間の受注ベースの売上げ総額は,原告が1
924万円(月額160万円),Dは2666万円(月額222万円),Eは40
57万円(月額338万円)で,営業担当従業員の間では最も低く,かつ,その月
間売上高は,被告が同1年間の決算に基づき設定した営業担当従業員1名当たりの
損益分岐点の月間売上高320万円にもはるかに及ばないものであった。また,原
告が雇用された平成10年9月から平成12年5月までの21か月間の実際の入金
ベースの売上げ実績をみても,Dが3341万円となるのに対し,原告は2692
万円であった。
もっとも,原告の売上げ実績は,平成11年4月から平成12年3月ま
での1年間の実際の入金ベースで算定すると,1552万円となり,Eの3997
万円には及ばないが,Dの1233万円よりは多額であったし,平成12年2月の
原告の売上げ実績は342万円,同年3月は226万円と従前に比較して高額な売
上げを得ていた。
ウ 原告の製品知識等
被告は,上記のとおり,原告及びDの販売実績が低いことから,平成1
1年12月7日付の書面で,両名に対し,その営業姿勢と方策を考え直すことを求
めた。
また,被告は,入社後1年以上が経過しているにもかかわらず,原告及
びDの製品知識が貧弱でユーザーや販売店に十分な製品説明ができていないことを
同月17日付文書で注意するとともに,製品知識を身につける方策として,担当を
指示されたユーザーの製品の修理も原告及びDにおいて行うよう指示し,技術担当
のBを製品修理の指導係とした。しかし,原告は,被告の意図を理解せず,かえっ
て,修理に時間を取られると営業にマイナスとなるとしか考えず,Bが製品の修理
法などの製品知識を繰り返し原告に伝授したにもかかわらず,原告はこれを習得し
ようとしなかった。
エ ワープロ技術の習得
被告は,社内でワープロテストを実施しており,これに合格した者は,
1000円の昇給が得られることとなっている。
原告は,平成11年4月,ワープロテストを受験したが,結果は不合格
であった。ワープロテストはその後の平成12年4月にも行われたが,原告は,こ
れを受験しなかった。
もっとも,原告は,ワープロがまったく使えないわけではなく,営業活
動に際しても,自宅のパソコンで作成した文書等を使用するなどのことをしてい
た。
なお,原告だけがワープロテストに不合格ないし不受験であったもので
はなく,Dもワープロ技術は習得できておらず,同人は,ワープロテスト自体受験
していなかった。
オ 重要書類の紛失
原告は,平成11年4月1日,岐阜県において,被告取扱製品の価格表
(乙36の1~3)をコンビニエンスストアに置き忘れて紛失し,被告に対し始末
書を提出した。また,そのほかに,鞄ごと価格表の盗難に遭ったこともあった。
もっとも,上記の置き忘れた価格表については,コンビニエンスストア
において取り置いてくれていたことから,無事戻り,現実的な損害等はなかった。
カ 交通事故
原告は,平成11年10月21日,営業活動の訪問先から車で帰社する
際,赤信号を無視したことにより,横断歩道を通行中の歩行者と衝突するという人
身事故を生じさせ,60日間の運転免許停止処分を受けた。
もっとも,被害者の怪我は加療約1週間の打撲症で,それほど大きな事
故ではなかった。また,免許停止期間も,原告が講習を受けたことから30日に短
縮された。そして,免許停止期間が年末年始の休暇期間中にも重なったため,原告
が自動車での営業活動をできなかった期間は実際には2週間程度に過ぎず,その期
間も,原告は,電車やバスを使って営業活動を行って,その影響を最小限にするよ
う務めた。
キ 新製品「シャーフナット」の販売活動への非協力
被告は,ドイツA社と共同で開発した,ボルトの締付け作業を短時間で
楽に行うことのできる新製品の油圧ナット「シャーフナット」が,従来製品の70
~90パーセントと安価なうえに,国内には販売力のある競合メーカーがあまり存
在せず,従来製品より利益率が高かったため,その将来性を見込み,今後,被告の
販売製品の主力となることを期待して,その販売活動に力を入れることとし,平成
11年11月16日から同月19日まで東京ビッグサイトにおいて開催された「’
99国際メンテナンス・テクノショー」に出品し,あるいは,購入が期待できる企
業に対し,ダイレクトメールのはがきを送付してシャーフナットの紹介を行うとと
もに,被告従業員に対しては,シャーフナットの説明会を行ったり,月1回約15
分間のミーティング等においてもその宣伝等の販売活動の強化することを指示し
た。
原告を除く被告の従業員らは被告代表者の指示に従い,従来の顧客に対
しカタログを配布して製品説明する等,シャーフナットの販売活動に力を入れた。
ところが,原告は,上記被告の指示にもかかわらず,シャーフナットの
宣伝や売込みをほとんとせず,もっぱら従来製品の販売を行うことに終始し,ま
た,ダイレクトメールによってシャーフナットの引き合いのあった企業につき,被
告代表者がそれら企業に対するフォローを行うよう指示しても,その実行をしよう
とはしなかった。
なお,被告は,上記認定した以上に,被告代表者から原告に対し,度
々,シャーフナットの営業活動を強化するよう個別に説得したり,カタログだけで
も配布するように命じたりしたが,原告はこれを拒否した旨主張し,被告代表者は
これに沿う陳述書(乙50,53)を提出するとともに,同旨の供述をするが,こ
の点については,これを具体的に裏付ける資料はないこと,原告はこれを一貫して
否定していることにも照らすと,被告のこの点の主張はこれを認めることはできな
い。
一方,原告も,前記認定と異なり,シャーフナット販売については,い
まだ被告から業務命令といえるような指示はなかったとか,原告においても,商談
の際,自己の判断で,必要に応じてシャーフナットについて説明するという独自の
営業方法をとっていたとか主張し,これに沿うに陳述書(甲14,15の1・2,
17,18,20,22)を提出するとともにこれに沿う供述をする。しかし,前
記認定の事実に加え,証拠(乙10,28,90,原告本人,被告代表者本人)に
よれば,原告は,平成12年2月中旬ころに被告代表者から配布されたもの以外
に,シャーフナットのカタログを1部も持ち出していないこと,さらには,原告の
平成11年12月13日から同12年5月26日ころまでの営業活動報告書には,
シャーフナットの販売活動に関する記述が一切ないことが,それぞれ認められるこ
と,また,原告は,シャーフナットは被告が主張するような画期的なものでもな
く,従来製品のいわば補完的製品で販売先も限られており,むしろ,従来製品の販
売に力を入れるべきである旨を供述(原告本人)ないし陳述(甲17,20)する
とおり,シャーフナットの製品価値ほ補完的製品としてしか位置づけていないこと
にも鑑みると,原告が積極的にシャーフナットの販売活動を行っていたとは認めが
たく,他に上記認定を左右するに足りる証拠はない。
ク レターボックスの覗き見行為
原告は,平成12年5月初めころ,被告からの各従業員に対する業務の
指示や業務情報の連絡・注意書き等を入れておくために被告事務所内に設置された
5段重ねのレターボックスの他の従業員の引き出しを無断で開けてその内容を見て
いたところを,他の従業員から見咎められて抗議された。ところが,それにもかか
わらず,その翌日から約1週間にわたり,被告従業員Cが原告をひそかに監視した
ところ,原告は,その後も毎朝,被告代表者及び被告全従業員のレターボックスを
開け,中に入っていた書類を読むという行為を続けていた。
もっとも,被告は,原告の上記行為について,原告に直接の注意等をし
たことはなく,また,前記争いのない事実等に記載のとおり退職勧告の理由を記載
した書面(甲3)にもレターボックスの覗き見行為の点は何ら触れられていなかっ
た。
(3) 以上の事実に基づき,本件解雇の効力を検討する。
上記認定の事実によれば,原告の営業成績は良好であったとは認めがたい
うえ,その製品知識の習得やワープロ技術の習得が不十分であったり,価格表とい
った重要書類を紛失したり,営業中に人身交通事故を発生させてもおり,あるい
は,被告の方針に反して新製品の販売活動に非協力であったり,さらには,他の従
業員のレターボックスを覗く等の行為を繰り返している等,その勤務態度や,やる
気,熱意などの点でも問題のあることは否定しがたいところである。
しかし,上記のうち,製品知識の習得やワープロ技術の習得が不十分であ
ったとの点は,原告のみならず,原告と同時期に入社したDにおいても同様であ
り,特に原告のみがそれらの点で著しく劣っていたものとは認めがたいし,それら
が,実際の営業活動に影響を及ぼしたことを裏付けるに足りる具体的資料はないこ
とにも鑑みると,それらが,原告の解雇を正当化するほどの事由に該当するものと
は認めがたい。また,価格表の紛失や,人身交通事故についても,それらは,いず
れも偶発的なものであって,原告が重要書類の紛失を繰り返していることを認める
に足りる証拠はないし,価格表の紛失によって,被告の業務に実害があったとも窺
えず,また,人身交通事故に関しても,それほど大きな事故ではなく,また,これ
に伴う免許停止処分により,営業に自動車を使用できなかった期間があったといっ
ても,これが被告の業務に与えた影響はさしたるものではなかったと認められるこ
とにも照らせば,これらも原告の解雇を正当化するほどの事由に該当するものとは
認めがたい。
原告の営業成績に関しては,確かにこれが良好であったとはいえず,その
販売実績が,昭和61年から被告に勤務しているEの販売実績との比較では明らか
に劣るものであり,また,被告が設定した損益分岐点の売上高に及ばないものであ
ったことは前記認定のとおりである。
しかし,原告は,これまで株式会社Fにおいて長年営業に携わってきた経
験はあるにしても,油圧レンチといったような機械類の営業に従事するのは初めて
であること等からすれば,当初から,原告に高額の売上を期待することには無理が
あるし,被告においても,それは承知のうえで,中高年を採用すれば,1年間は給
与の4分の1につき補助金の支給を受けられる有利さもあることを考慮して原告を
採用したものと思われることにも照らすと,入社後,1年9か月しか経過していな
い原告につき,他のベテラン従業員との比較や被告の期待する売上額に及ばないこ
とから直ちに成績不良と決めつけ,これをもって解雇を正当化する事由とするのは
相当でない。そして,原告の販売実績は,原告と同時期に入社したDとの比較で
は,平成11年1月から同年12月までの1年間の受注ベースの売上総額及び平成
10年9月から平成12年5月までの21か月間の入金ベースの売上総額では,D
が勝っているものの,それほど大きな差はないばかりか,平成11年4月から平成
12年3月までの1年間の実際の入金ベースで算定した場合には,原告の方が勝っ
ており,Dと劣らない販売実績を上げていたと認められること,原告の平成12年
に入ってからの入金ベースによる売上高は,2月が342万円,3月が226万円
と,比較的高額な売上を残しており,その月間売上高にはばらつきがあるため,即
断できない点はあるが,成績の向上が窺えないでもないことにも鑑みれば,原告の
販売実績が,入社後2年にも満たない従業員の成績として,あまりに不良で,将来
の見込みもなく,営業員として不適格であり,解雇もやむを得ないというほどのも
のであったものとは認めることができない。
もっとも,原告が,被告の方針に反して新製品であるシャーフナットの販
売活動をほとんど行っていなかったことは前記認定のとおりであり,この点は,や
や問題ではある。しかし,被告が会社の方針としてシャーフナットの販売に力を入
れていたことは事実としても,それが各営業員に具体的なノルマとして課せられて
いたとまでは認められないうえ,前記認定のとおり,その販売に非協力であった原
告に対し,個別の指導,説得等が何回も行われたにもかかわらず,その販売活動を
行うことを原告が拒否したといったような事実まではこれを認めることができない
こと,原告は,通常の営業活動自体はこれを行い,前記のとおりそれなりの売上も
上げていたこと,さらには,被告は,原告がシャーフナットの販売活動を行わなか
ったため,被告が多大の損害を被ったとも主張するが,この点を裏付けるに足りる
証拠はないことにも照らすと,原告が被告の方針に反しシャーフナットの販売に非
協力であったとの点も,原告の解雇を正当化する事由となるものとは認めることが
できない。
また,他人のレターボックスの覗き見行為も,それ自体好ましい行為でな
いことは明らかであるが,その中に入っていた文書は,被告代表者から各従業員に
対する事務連絡,業務情報の連絡及び注意等であって,それほど高度なプライバシ
ーに該当する内容の文書とは認められないし,被告は,秘密保持の観点から原告に
常に監視人をつけなければならないような事態に陥っていたかのように主張する
が,そのような事態にまで至っていたとは認められないこと,のみならず,このこ
とにつき被告から原告に直接の注意等がなされたことはなく,また,被告が原告に
交付した退職勧告の理由を記載した書面にもこの点は何ら触れられていなかったこ
とにも鑑みれば,被告自身,本件解雇当時,このことをどれほど問題視していたの
かも疑問であって,解雇を正当化する理由になるとは認めることができない。
以上のとおりで,原告の販売成績等には問題があることは否定できないも
のの,営業員として不適格であるというほどに劣悪な成績等であるとは認められな
いし,その他の被告がその解雇理由として主張する事由を併せて検討しても,原告
の職場を奪うことを正当化するほどの社会的にみて相当な理由があるとまでは認め
られない。そうとすれば,被告のした本件解雇は,解雇権を濫用した無効な解雇と
認めるのが相当である。
2 原告が請求できる賃金の額
(1) 前記認定のとおり,本件解雇は無効であるから,被告は,原告に対し,本
件解雇後も賃金を支払うべき義務がある。
前記争いのない事実等(2)のとおり,被告における給与は,前月21日から
当月20日までの分を当月30日(2月は末日)に支払うこととされ,かつ,その
給与は,基本給及び家族手当等の固定給部分と歩合制の奨励給(デモ奨励金及び販
売奨励金)部分とからなっている。そして,証拠(甲9の1ないし3)によれば,
原告が,本件解雇前の平成12年3月から同年5月までの3か月間に支給を受けた
給与のうち通勤手当を除いた合計額は,115万6355円(3月分33万401
5円,4月分48万2172円,5月分34万0168円)であるから,その平均
月額賃金は38万5451円(115万6355円÷3)と認められる。
(2) そうすると,原告の賃金請求は,平成12年10月以降本判決が確定する
までの間,毎月末日限り38万5451円の支払を求める限度で理由がある。
なお,原告は,将来の賃金について期限を定めずにその支払いを求めると
ころ,本判決確定の日より後に弁済期の到来する賃金については,将来給付の必要
性を認めるべき特段の事情は認められないから,この部分の訴えは不適法として却
下すべきである。
3 不法行為の成否,慰謝料額
前記のとおり,本件解雇は解雇権の濫用に当たることが認められるところ,
原告は,違法な本件解雇により原告の被った精神的苦痛に対する慰謝料として20
0万円を請求する。
しかしながら,本件解雇により原告が被った精神的苦痛は,その地位の確認
と給与の支払いを命ずる本判決によりその地位の回復が図られることで,同時に回
復・慰謝されるものと推認できるところ,本件において,それ以上になお回復され
ない精神的損害があることを認めるに足りる的確な証拠はない。
したがって,原告の慰謝料請求は理由がない。
4 結論
以上の次第で,原告の本訴請求は,被告に対し,雇用契約に基づく権利を有
する地位にあることの確認と,解雇後である平成12年10月以降本判決確定に至
るまで毎月末日限り38万5451円の支払いを求める限りで理由があるが,本判
決確定の日より後に弁済期の到来する賃金の支払いを求める部分の訴えは不適法と
して却下し,その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとお
り判決する。
神戸地方裁判所第4民事部
裁判長裁判官  上  田  昭  典
裁判官太  田  敬  司
裁判官  長谷部     環

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