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平成18年(ソ)第6号文書提出命令に対する即時抗告事件(原審・一宮簡易裁判
所平成18年(サ)第2019号)
決定
岐阜市a町b丁目c番地
抗告人A信用金庫
同代表者代表理事B
同代理人弁護士C
愛知県一宮市d字ef番地
相手方D
同代理人弁護士E
同F
相手方(原告)とG(被告)との間の一宮簡易裁判所平成17年(ハ)第551号
不当利得返還請求事件(以下「本件訴訟」という。)について,同裁判所が平成1
8年3月14日にした文書提出命令に対し,抗告人から即時抗告の申立てがあった
ので,当裁判所は次のとおり決定する。
主文
1原決定を次のとおり変更する。
抗告人は,別紙文書目録記載の文書を,本決定書送達の日から1か月以内に一
宮簡易裁判所に提出せよ。
2申立費用(原審で審尋に要した費用を含む。)は抗告人の負担とする。
事実及び理由
第1抗告の趣旨及び理由並びに相手方の意見
本件抗告の趣旨及び理由は,別紙抗告状〔添付省略〕に記載のとおりであり,
これに対する相手方の意見は別紙意見書〔添付省略〕のとおりである。
第2事案の概要
1一件記録によれば,本件の経緯の概要は,次のとおり認められる。
(1)本件訴訟は,相手方が,G(以下「被告」という。)との間の継続的な
金銭消費貸借契約(以下「本件貸金契約」という。)に基づき,被告から借
入と弁済とを繰り返してきたところ,本件貸金契約の約定利率及び遅延損害
金の割合が利息制限法所定の利率及び遅延損害金の割合を超過するものであ
り,当該超過分の元本充当により借入金債務が完済された上,過払いが生じ
たとして,相手方が被告に対し,不当利得返還請求権に基づき,過払金14
8万4150円の返還等を求めたものである。
(2)本件訴訟において,相手方は,記憶によれば本件貸金契約の開始は昭和
58年年末ころから昭和59年の初めころであるが,それを示す証拠は所持
していないと主張し,被告も,平成12年1月6日以前の相手方との取引に
関する資料は所持していないと主張したことから,相手方は,相手方が被告
に対する返済金の振込みに使用していた,抗告人に設けられた被告名義の普
通預金口座(以下「本件預金口座」という。)中,相手方による昭和58年
1月から平成12年1月6日までの入金年月日及び入金額につき調査嘱託の
申立てをした。これに対し,抗告人は,調査嘱託の回答について被告の同意
が得られないから,守秘義務の観点から回答できないと返答した。
(3)相手方は,過払金の金額等を立証するためには,上記回答を拒絶された
文書の提出が必要だとして,民事訴訟法(以下「民訴法」という。)220
条4号に基づき,本件預金口座の昭和58年12月から平成12年1月6日
に至る取引の明細が記載された文書を対象として,本件文書提出命令の申立
てをした。
被告は,立証対象が確定されていないから証拠調べの必要性がない,対象
文書には,被告の顧客の氏名,返済額が記載されているところ,これらの事
項は被告が被告の顧客に対して負う守秘義務の対象であって民訴法197条
1項2号又はその類推適用若しくは同項3号に該当し,しかも黙秘の義務を
免除されていないものが記載されている場合に当たるから,民訴法220条
4号ハにより提出義務を負わない,相手方は,自己が振り込みを依頼をした
金融機関に対して文書の提出命令を求めることが可能であるから文書提出の
必要性がない,相手方は,証拠方法を失うことを認識しながら振込依頼書等
を破棄したのであるから,文書提出命令の申立ては信義則に反すると主張し,
同申立の却下を申し立てた。
相手方は,相手方の記憶に基づいて過払い金の再計算を行い,請求を拡張
したから証拠調べの必要性はある,民訴法220条4号ハの該当性を検討す
るに当たっては,被告が被告の顧客に対して負う守秘義務及び職務上の秘密
を検討する必要はない,相手方以外の者の振込名はカタカナで記載されてい
ると考えられるから,個人を識別ないし特定可能な情報とはいえず,個人情
報漏洩やプライバシーの問題は発生しないし,仮にその危険があるとしても
その部分を黒塗りするなどして開示すれば足りる,申立人が返済金の振込み
に際して利用した各銀行に対して文書提出命令の申立てをすることは実効性
がなく,事実上不可能である,貸金業者に取引履歴の一般的な開示義務を課
した金融庁のガイドライン及び契約書等を紛失した借主の過失を問題とせず
取引履歴の開示を拒否した貸金業者に対して慰謝料の支払いを命じた最高裁
第三小法廷平成17年7月19日判決の趣旨からすれば,文書提出命令を申
し立てることにつき信義則の制約は受けないと反論した。これに対し,被告
は,前記判決は,借主が書類を敢えて破棄した場合については何も判示して
いないと主張したが,原決定は相手方の申立てを全部認容した。
(4)抗告人は,本件抗告において,抗告人は昭和59年6月29日以降の文
書しか所持していないから,原決定がそれ以前の文書の提出を命じた部分は
存在しない文書の提出を命ずる点で違法である,抗告人はその取引先に対す
る守秘義務を負っているから,民訴法220条4号ハの除外事由に該当する
と主張した。
相手方は,原決定は抗告人の所持する文書中,昭和58年12月から平成
12年1月6日の期間内の取引にかかる部分を提出するよう求めているに過
ぎないから原決定に違法はない,相手方は被告口座の履歴中相手方が振り込
んだ履歴のみの開示を求めているのであるから,被告と相手方との関係でそ
の情報を相手方に開示しても被告の営業秘密やプライバシー権の侵害等の問
題は生じず,結局抗告人が被告に対して守秘義務を負うこともない,またカ
タカナで記載された氏名が開示されたからといって個人の識別はできない,
仮に除外事由が認められたとしても,文書提出の必要性が高い場合には文書
提出者に不法行為は成立しないところ,本件では文書提出の必要性が極めて
高いと主張した。
第3当裁判所の判断
1文書の存在について
一件記録によれば,抗告人は,平成18年3月2日の時点で,申立てにかか
る文書の昭和59年6月29日から平成11年1月末日までの部分はマイクロ
フィルムによる記録として,同年2月1日から平成12年1月6日までの部分
は電磁的記録として保管しており,毎月,7年前の応当月の取引経過をマイク
ロフィルムで保存し,当該部分の電磁的記録を消去していることが認められる。
そうすると,申立てにかかる文書中,昭和59年6月28日以前の取引経過
に関する文書は存在しないことが推認され,この期間にかかる申立てを認容し
た原決定は相当ではないといわざるを得ない。
2文書提出の必要性について
そもそも,証拠の採否は,その性質上受訴裁判所の専権に属するものであり,
その前提となる文書提出の必要性の判断も同様であると解されるから,かかる
理由は抗告の理由とはなし得ない。したがって,抗告人の文書提出の必要性に
ついての主張は採用できない。
仮に第三者についてのみ,これを抗告の理由となし得ると解したとしても,
一件記録によれば,相手方は,本件貸金契約を締結した理由は遊興費を得るた
めであったから,家族に遊興費借入の事実が発覚しないよう,契約書や支払明
細書等,一切の資料をその都度破棄していたことが認められるし,相手方が返
済金の振り込みに使用した金融機関は多数あり,これらの各金融機関に文書提
出命令を申し立てたとしても,返済期間が長期にわたることからその作業は困
難を極めると推認される。
よって,文書提出の必要性は認められるから,この点に関する抗告人の主張
は採用できない。
3除外事由の該当性について
抗告人は,民訴法220条4号ハ規定の同法197条1項2号に列挙された
職業を有する者ではないことから,同号の適用はないが,同項3号に該当する
可能性がある。
そこで,別紙文書目録記載の文書(以下「本件文書」という。)が同号に該
当するか否かについて検討すると,同号が「技術又は職業の秘密に関する事
項」について証言拒絶権を認めた趣旨は,技術又は職業の秘密が公開されると
その技術の存在価値が失われ,又はその職業を維持することが困難になること
から,その技術又は職業を保護する点にあることに鑑みると,同号の「職業の
秘密」とは,その秘密が公開されてしまうと,当該職業に深刻な影響を与え,
以後の職業の維持,遂行が不可能あるいは困難になるものであって,裁判の公
正という利益よりも秘密保持の利益を有する程度の重要性を有するものと解す
べきである。
そこで本件文書が「職業の秘密」に該当するか検討すると,金融機関は,一
般に,当該顧客との間の取引及びこれに関連して知り得た当該顧客に関する情
報を秘密として管理することによって顧客との間の信頼関係を維持し,その業
務を円滑に遂行していることが認められるから,金融機関が顧客の取引明細を
公開すれば,顧客が当該金融機関との取引を避ける等,職業の維持遂行に支障
を来す可能性は否定できない。本件では,一件記録によれば,本件預金口座の
取引明細には相手方以外の被告の顧客による借入金の返済の事実,具体的には
氏名及び返済金額が記載されていると推認されるから,抗告人が本件文書を公
開することにより,抗告人の営業に支障を来すとも考えられる。
しかし,前記のとおり,本件文書中,昭和59年6月29日から平成11年
1月末日までの部分はマイクロフィルムに,同年2月1日から平成12年1月
6日までの部分は電磁的記録に記録されていることが認められるから,本件預
金口座を使用して行われた取引経過中,振込者が相手方であるものだけに特定
して開示することは可能であり(したがって,他の顧客分は除かれる。この点
まで提出義務があるとは認められない。),本件文書は相手方と被告との間の
本件訴訟においてのみ使用されるのであるから,裁判資料の閲覧が自由である
ことを考慮しても,本件文書の開示を認めた場合に,抗告人の職業に深刻な影
響を与え,以後の職業の維持,遂行が不可能あるいは困難になるとまではいう
ことはできない。
よって,本件文書に記載された内容は「職業の秘密」に当たらず,この点に
関する抗告人の主張を採用することはできない。
4結論
以上のとおり,昭和59年6月29日から平成12年1月6日までの本件預
金口座における被告の取引経過を記載した文書は存在し,かつ,これは民訴法
220条4号の除外事由に該当せず,他に文書提出命令の発令を妨げる事情も
見当たらない本件では,前記文書に対する文書提出命令は理由がある。
よって,これと結論を異にする原決定を前記のとおり変更し,主文のとおり
決定する。
平成18年5月16日
名古屋地方裁判所民事第3部
裁判長裁判官徳永幸藏
裁判官野口卓志
裁判官大澤多香子
(別紙)
文書目録
A信用金庫H支店のG名義の普通預金口座(口座番号○○○○○○)の昭和5
9年6月29日から平成12年1月6日までの取引明細のうち,振込が原告名義
によって行われた部分について,その振込年月日及び振込額が記載されたもの

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