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平成20年1月31日判決言渡
平成19年(行ケ)第10206号審決取消請求事件
平成20年1月17日口頭弁論終結
判決
原告日本ボールドウイン株式会社
訴訟代理人弁理士中野佳直
被告特許庁長官肥塚雅博
指定代理人番場得造
同尾崎俊彦
同七字ひろみ
同森川元嗣
同大場義則
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2004−10472号事件について平成19年5月1日にし
た審決を取り消す。
第2争いのない事実
1特許庁における手続の経緯
原告は,平成9年1月22日,発明の名称を「シリンダ洗浄制御方法」とす
る特許出願以下本願というをしたその後原告は平成14年1月(「」。)。,,
8日付けの手続補正書により,本願の願書に添付した明細書の発明の詳細な説
明及び図面の記載を補正する手続補正をし,さらに平成15年12月18日付
け手続補正書により,上記明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記
載を補正する手続補正をしたが,本願につき平成16年4月14日付けの拒絶
査定を受けた。そこで,原告は,同年5月19日,上記査定に対する不服の審
判を請求し不服2004−10472号事件同年6月18日付けの手続補(),
正書により,上記明細書及び図面を補正する手続補正をしたが,特許庁は,平
成18年11月24日付けで,原告が平成16年6月18日付けの手続補正書
をもってした手続補正を却下する決定をするとともに,拒絶理由通知をした。
これを受けて,原告は,平成19年1月29日付け手続補正書により,上記明
細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載を補正(以下,この補正後
の明細書を図面と併せて本願明細書というする手続補正をしたが特許「」。),
庁は同年5月1日本件審判の請求は成り立たないとの審決以下審,,「,。」(「
決」という)をし,同月15日,その謄本が原告に送達された。。
2特許請求の範囲
,(,本願明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりである以下
この発明を「本願発明」という。。)
「洗浄布供給体から所定幅を間欠的に供給される洗浄布をパッドによりシリ
ンダ外周に押し付けて該シリンダ外周面を洗浄するシリンダ洗浄装置の制御方
法であって,
前記パッドで押し付けた洗浄布のシリンダ表面との接触面をストライプとし
て,1回の洗浄布の送り長さが洗浄布送り方向の前記ストライプ巾に相当する
ニップ幅よりも短くしたことを特徴とするシリンダ洗浄制御方法」。
3審決の理由
別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願発明は,本願の出願前に頒
(「」。布された刊行物である特開平3−290247号公報以下引用例という
甲3に記載された発明以下引用発明という及び周知技術に基づいて)(「」。)
当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定
により特許を受けることができないから,請求項2及び3に係る各発明につい
て検討するまでもなく,本願は拒絶を免れない,というものである。
審決は上記判断をするに当たり,引用発明の内容及び本願発明と引用発明と
の一致点・相違点を下記(1)ないし(3)のとおりそれぞれ認定し,また,シリン
ダを洗浄布を用いて洗浄する際に,洗浄布の押し付け手段をパッドとすること
が,本願の出願前に周知であったことを示すものとして,特開昭63−288
754号公報甲4特開平5−286127号公報甲5及び特開平8−(),()
295011号公報(甲6)を示した。
(1)引用発明の内容
「()(),供給するロールから間欠的に送られる洗浄布7を2点の支点8
(9)によりブランケット胴,圧胴等の回転体(4)外周に押し付けて該回
()(),転体4の外周面を洗浄する回転体4の洗浄装置の洗浄方法であって
2点の支点(8(9)によって押し付けた洗浄布(7)の布送り方向の),
幅が回転体(4)の半径より大きいと共に,1回の洗浄布(7)の送り量が
ほぼ5mmである回転体(4)の洗浄制御方法(審決書3頁10行∼16。」
行)
(2)一致点
「洗浄布供給体から所定幅を間欠的に供給される洗浄布を洗浄布の押し付
け手段によりシリンダ外周に押し付けて該シリンダ外周面を洗浄するシリン
ダ洗浄装置の制御方法であって,1回の洗浄布の送り長さが,洗浄布の送り
が停止しているときの洗浄布の押し付け手段で押し付けられた洗浄布のシリ
ンダ表面との接触面(部分)の布送り方向幅よりも短くしたシリンダ洗浄制
御方法(審決書4頁13行∼19行)。」
(3)相違点
「洗浄布の押し付け手段が,本願発明ではパッドであるのに対して,引用
発明では2点の支点(8(9)である点(審決書4頁20行∼22行)),。」
第3取消事由に係る原告の主張
審決は,本願発明と引用発明との対比・判断を誤った結果,一致点・相違点
の認定を誤った違法(取消事由1)及び相違点の容易想到性の判断を誤った違
法(取消事由2)があるから,取り消されるべきである。なお,引用発明の内
容の認定(前記第2,3(1))に誤りがないことは認める。
1取消事由1(一致点・相違点の認定の誤り)
審決は以下のとおり本願発明と引用発明との対比・判断を誤りこれに,,,
より,一致点・相違点の認定を誤った。
,「『(),()』『』(1)審決は引用発明の2点の支点89と本願発明のパッド
とは,洗浄布の押し付け手段である点で共通している(審決書3頁23行。」
,,,「」。,∼24行以下審決の符号に対応して共通点イという審決において
引用発明と本願発明とが共通するとしたその余の点も同様であると認定,。)
した。
しかし,以下のとおり,共通点イに係る審決の認定は誤りである。
引用発明の「洗浄布の押し付け手段」は,2点の支点(8(9)間の洗),
浄布を,シリンダ外周面に対し,張力により押し付け,接触させるものであ
る。このような方式では,大きな張力をかけると洗浄布が破断してしまうこ
とから,洗浄布の単位面積当たりの接触圧を大きくすることができず,洗浄
布の接触幅を大きくする必要がある。また,洗浄布を十分な押し付け力でシ
リンダ外周面に接触させることができないため,望まれる洗浄性能を期待で
きない。
,,,これに対し本願発明は洗浄布をパッドによりシリンダ外周に押し付け
同外周面を洗浄する方式であり,パッドが当接した部分の洗浄布をシリンダ
外周面に押し付けるものである。
このように,引用発明と本願発明の「洗浄布の押し付け手段」は,異なる
機能を実現する手段である。
なお,被告は,本願の請求項1では,洗浄布を保持する部分を洗浄対象に
対して移動させる駆動力を発生させる部分について,具体的特定がないと主
,(【】,【】)張するが本願明細書の発明の詳細な説明段落00020014
の記載から,本願発明の洗浄布の押し付け手段が,パッドを洗浄対象に対し
て移動させる駆動力を発生させる部分を具備していることは明らかである。
(2)審決は「本願発明の『パッドで押し付けた洗浄布のシリンダ表面との接,
触面をストライプとして洗浄布送り方向の前記ストライプ巾に相当するニッ
プ幅と引用発明の回転体4シリンダの外周面に面接触するように』『()()
押しつけられるように2点の支点(8(9)間に張設された洗浄布(7)),
の送り方向幅』とは,洗浄布の送りが停止しているときの洗浄布の押し付け
手段で押し付けられた洗浄布のシリンダ表面との接触面(部分)の布送り方
向幅である点で共通している(審決書3頁36行∼4頁4行,以下「共通。」
点エ」という)と認定した。。
しかし,以下のとおり,共通点エに係る審決の認定は誤りである。
ニップないしニップ幅とは印刷分野において一対のローラが「」「」,,「
接触している部分「2本の円筒がある圧力をもって接する場合の接触」,
」,「,」幅印刷機の2本の円筒に圧力をかけることによりできる接触幅
を指す慣用的な技術用語である。パッドをシリンダ外周面に押し付けると,
両者の間に押し付け圧力によって接する部分(ニップ)が生じる。
本願発明では,パッドとシリンダ外周面との間に洗浄布を介在させている
ためニップ幅とはパッドをシリンダ外周面に押し付けたときに洗浄,「」,,
布がシリンダ外周面に押圧接触している部分の幅を指す語として用いられて
いる。
これに対し,引用発明では,押し付け手段による洗浄布の「接触幅」は,
洗浄布の背面をパッド等で押したときに,その押された部分がシリンダ外周
面に接している幅でないから「ニップ幅」に該当しない。,
(3)審決は「印刷装置で用いられるブランケット胴,圧胴等の回転体は,通,
,,『,常5mmより大きい半径を有しているから引用発明のブランケット胴
圧胴等の回転体4もその半径は1回の洗浄布の送り量5mmより大き()』,
いと考えられ,したがって両者は,1回の洗浄布の送り長さが,洗浄布の送
りが停止しているときの洗浄布の押し付け手段で押し付けられた洗浄布のシ
リンダ表面との接触面(部分)の布送り方向幅よりも短くした点で共通して
。」(,「」。)。いる審決書4頁5行∼11行以下共通点オというと認定した
しかし,以下のとおり,共通点オに係る審決の認定は,引用発明が,洗浄
布のシリンダ表面との接触面(部分)の布送り方向幅よりも短い1回の洗浄
布の送り長さとした趣旨を正解していない点で誤りがある。
すなわち,引用発明では,洗浄布のシリンダ表面との接触面(部分)の幅
は,2つの支点間のシリンダ外周の円弧長にほぼ等しく,引用例の第4図や
第11図に明示されている洗浄布の接触領域の長さを1回の洗浄布の送り長
さにしたのでは少い洗浄布の使用量で洗浄するという引用発明における,「」
課題が解決できない。このため,引用発明では,常識的に,洗浄布のシリン
ダ表面との接触面(部分)の布送り方向幅よりも短い1回の洗浄布の送り長
さとしたにすぎない。引用発明は,1回の洗浄布の送り長さについて,2つ
の支点間に洗浄布を張っているためシリンダ外周面に接する部分の幅が長い
ことを考慮しているだけで,パッドの押し付け圧力によってシリンダ外周面
との間で形成されるニップを1回の洗浄布の送り長さに関係付けるという発
想はない。
2取消事由2(相違点に係る容易想到性の判断の誤り)
,「,,(),審決は引用発明において洗浄布の押し付け手段として2点の支点8
(9)に代えて,周知のパッドを採用することは当業者が容易に想到できるこ
とであり,その作用効果も格別なものでない(審決書4頁36行∼38行)。」
と判断した点には,以下のとおり誤りがある。なお,本願発明に対応する発明
は,米国,欧州,中国,韓国において,それぞれ特許が付与されており(甲1
0∼13このうち欧州では審査において引用例に対応するドイツ国特),,,,
許出願の公開公報甲14が引用されていることに照らしても審決のした(),
判断は誤りである。
(1)パッドを採用した点の容易想到性について
引用発明において,2点の支点(8(9)に代えてパッドを用い,パッ),
ドの押し付け圧力によってシリンダ外周面との間に形成されるニップ幅に着
目した洗浄布の1回の布送り量制御を実施する洗浄方法を採用することは,
困難である。
パッド方式への転用可能性があるとするためには,引用例に示唆のあるこ
とが必要であるというべきであるが,引用例には,そのような点を示唆する
記載はないしたがって洗浄布を2点の支点によりシリンダ外周に押し付。,「
けているものに限らずに採用できることは,その洗浄方法自体から自明であ
る(審決書4頁30行∼31行)ということはできない。。」
確かにパッド方式自体は周知の手段であるしかし洗浄布の押し付け手。,「
段」として,引用発明における2点の支点(8(9)に代えて,周知のパ),
ッド方式を採用した場合は,当該周知のパッド方式で採用されている間欠的
な布送り制御を想起することができるにすぎず,周知のパッド方式では,1
回の布送り長さの設定につき,パッドの押し付け圧力によってシリンダ外周
面との間に形成されるニップ幅に着目した技術を想起することはできない。
(2)阻害要因の存在
そもそも,引用発明は,パッド(押圧部材)を用いた押し付け手段を具備
する従来の洗浄装置における「単位時間当りの洗浄能力が劣り,そのために
1回の洗浄時間が長くかつ洗浄布の使用量が多く,また構造も複雑である」
という課題を解決するため,パッド(押圧部材)に替えて,2点の支点間に
洗浄布を張設し,これをシリンダ外周に押しつけることにより,従来のパッ
ド(押圧部材)によるほぼ線状の接触でなく,シリンダ回転方向に広い面積
で接触させる技術を採用したものである(甲3,2頁右上欄20行∼左下欄
7行参照。)
したがって,洗浄布をシリンダ外周面にほぼ線状に接触させるパッド(押
圧部材)を用いた洗浄装置における課題解決に転用することを阻害する要因
があるというべきである。
(3)格別の作用効果の存在
本願発明のシリンダ洗浄制御方法は,パッドで押し付けた洗浄布のシリン
ダ表面との接触面をストライプとして,1回の洗浄布の送り長さが洗浄布送
り方向の前記ストライプ巾に相当するニップ幅より短くしたことを特徴とし
ており,本願明細書の段落【0016】ないし【0021】及び図6ないし
13の記載に示されるとおり,洗浄布の送りの型式を適切に設定することに
より,洗浄布の効果的な使用が可能になり,洗浄布の使用量が低減できると
いう格別な作用効果を奏するものである。
第4取消事由に係る被告の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1取消事由1(一致点・相違点の認定の誤り)について
,,,審決には以下のとおり本願発明と引用発明との対比の認定に誤りはなく
一致点・相違点の認定にも誤りはない。
(1)本願発明と引用発明との対比の誤りについて
「洗浄布の押し付け手段」とは,洗浄布が洗浄対象に対して接触圧力をも
って接触している状態を実現する手段であって,通常,①洗浄布を洗浄対象
に対して直接的に対峙させ向き合わせ洗浄布を保持する部分と②当該(),,
部分を洗浄対象に対して移動させる駆動力を発生させる部分とからなる。
本願の請求項1では「洗浄布の押し付け手段」に関し「洗浄布をパッド,,
によりシリンダ外周に押し付けて」及び「パッドで押し付けた洗浄布」と記
載されているだけで,上記②の部分については,具体的特定がないから,審
,「」(,決は上記①の機能に着目した洗浄布の押し付け手段を摘示したなお
上記②の部分については,本願明細書の発明の詳細な説明において,洗浄ユ
ニット作動用シリンダ等により構成することが記載されている。。)
これに対し,引用例には,エアーシリンダー115によって部分を洗浄対
象に対して移動させる駆動力を発生させ「2点の支点(8(9」によっ,),)
て洗浄布を洗浄対象に対して直接的に対峙させ向き合わせ洗浄布を保,(),
持していることが記載されている。
,「(),()」「」そうすると引用発明の2点の支点89と本願発明のパッド
はいずれも洗浄布を洗浄対象に対して直接的に対峙させ向き合わせ洗,(),
浄布を保持する部分であって洗浄布の押し付け手段を有する点で共通す,「」
るから,審決の認定に誤りはない。
なお,原告の指摘に係る「洗浄布の押し付け手段」の具体的構成の差異,
当該構成に基づく作用効果の差異等は,いずれも共通点イに係る審決の認定
の当否とは関係がないまた審決は洗浄布の押し付け手段における具。,,「」
体的構成について相違点として認定している。
(2)審決は本願発明のパッドで押し付けた洗浄布のシリンダ表面との接触,「
面をストライプとして洗浄布送り方向の前記ストライプ巾に相当するニップ
幅と引用発明の回転体4シリンダの外周面に面接触するように押」「()()
しつけられるように2点の支点(8(9)間に張設された洗浄布(7)の),
送り方向幅」が「洗浄布の送りが停止しているときの洗浄布の押し付け手段
()」で押し付けられた洗浄布のシリンダ表面との接触面部分の布送り方向幅
であるか否かを論じたものであってニップ幅であるか否かを論じたもの,「」
ではない。原告の主張は,審決を正解しないものであり,失当である。
(3)審決は1回の洗浄布の送り長さが洗浄布の送りが停止しているときの,,
「洗浄布の押し付け手段」で押し付けられた洗浄布のシリンダ表面との接触
面(部分)の布送り方向幅よりも短くしているか否かを問題にしているので
あって,洗浄布の送りが停止しているときの「洗浄布の押し付け手段」がパ
ッドであるか否かを問題にしているのではない。原告の主張は,審決を正解
しないものであり,失当である。
なお,引用例(5頁左下欄3行∼7行)には,洗浄布の1回の送り長さを
長くすることは経済的でなく,これを一定にすることが好ましいことが記載
されているから,引用発明における「ほぼ5mm」は経済的な長さであるこ
とがうかがえる。そして,印刷装置で用いられるブランケット胴,圧胴等の
回転体は,通常,5mmより大きい半径を有しているところ,洗浄布の1回
の送り長さが,洗浄布の送りが停止しているときの洗浄布の回転体との接触
面(部分)の長さより長ければ,経済的に無駄になることは明らかである。
そうすると,引用発明では,経済的な送り長さとなるように,洗浄布の回転
体との接触面部分の長さより短いほぼ5mmに設定しているという(),「」
ことができ,洗浄布の送りが停止しているときの「洗浄布の押し付け手段」
で押し付けられた洗浄布のシリンダ表面との接触面(部分)を1回の洗浄布
の送り長さに関係付けているといえる。
2取消事由2(相違点に係る容易想到性の判断の誤り)について
引用発明のシリンダ洗浄制御方法は前記1(3)のとおり1回の洗浄布の送,,
り長さが,洗浄布の送りが停止しているときの「洗浄布の押し付け手段」で押
し付けられた洗浄布のシリンダ表面との接触面(部分)の布送り方向幅よりも
短くした洗浄方法である。
,,「」そしてシリンダを洗浄布を用いて洗浄する際に洗浄布の押し付け手段
をパッドとすることは,甲4ないし6にみられるように周知であるから,引用
発明において洗浄布の押し付け手段として2点の支点89に代,「」,(),()
えて,パッドを採用することは周知技術の転用にすぎず,当業者が容易に想到
できることであり,阻害要因も存在しない。
また,本願発明のシリンダ洗浄制御方法が従来の「布送り量はほぼストライ
プ巾と同じ送り量に設定された布送りで布の汚れていない新しい部分をシリン
ダに当接する」シリンダ洗浄制御方法に比べて,洗浄布の効果的な使用が可能
になり,洗浄布の使用量が低減できるという作用効果は,その構成から当業者
が十分予測し得るものであって,格別なものではない。
第5当裁判所の判断
1取消事由1(一致点・相違点の認定の誤り)について
当裁判所は,以下のとおり,審決には,本願発明と引用発明との対比の認定
に誤りはなく,一致点・相違点の認定にも誤りはないと判断する。
(1)共通点イに係る認定の誤りについて
原告は,共通点イに係る審決の認定は誤りであると主張する。しかし,以
下のとおり,原告の上記主張は失当である。
ア本願の請求項1は前記第22のとおりでありこれには・・・洗浄,,,「
布をパッドによりシリンダ外周に押し付けて・・・」との記載がある。
,(,,),また本願明細書甲11517及び2の発明の詳細な説明には
「図3に洗浄装置のパッドがシリンダに接触している状態を示す。シリン
ダ1に対峙して配置されるシリンダ洗浄装置2は洗浄布供給体としての洗
浄布ロール3から所定幅を間欠的に,または連続的に供給される洗浄布4
を洗浄布押圧体(プレッシャパッド)5によってシリンダ外周面に押し付
けて洗浄し,その洗浄布を洗浄布巻取軸6で巻取る(甲17,4枚目1。」
行∼5行)との記載があり,また,本願明細書の図3には,パッド5が洗
浄布4をその背面から押圧してシリンダ1の外周に押し付けている状態が
示されている。
本願明細書の上記各記載によれば,本願発明の「パッド」は,洗浄布を
その背面から押圧して,パッドの幅をもって洗浄布をシリンダ外周面に押
し付ける手段であると認めることができる。
イ引用例(甲3)には,次の記載がある。
すなわち印刷にあずかるブランケット胴圧胴インキ供給ローラー,「,,
等の回転体の外周面に面接触するように押しつけられるように2点の支点
間に張設された洗浄布と・・・・ブランケット胴等の回転体の洗浄装,
置(1頁左下欄5行∼13行「ブラケット(16)がブランケット胴。」),
(),(),()()等の回転体4に近づいて支点89間に張られた洗浄布7
を回転体(4)の外周面に押しつける(6頁左上欄2行∼4行「本発。」),
明は上記のように,2点の支点(8(9)間に張設された洗浄布(7)),
に洗浄液を含ませて印刷にあずかるブランケット胴,圧胴,インキ供給ロ
ーラー等の回転体(4)の外周面に押しつけ・・・(6頁右上欄14行,」
∼17行)と,それぞれ記載され,また,第4図,第11図(a)ないし
(d)及び第13図(a)ないし(c)には,支点(8(9)間に洗浄),
布(7)を張設して回転体(4)の外周面に押し付けている状態が示され
ている。
引用例の上記各記載によれば,引用発明において,2点の支点(8,)
(9)は,洗浄布(7)を張設し,これら支点間の幅をもって洗浄布を回
転体(4)の外周面に押し付ける手段であると認められる。
ウ本願発明における「パッド」と引用発明における「2点の支点(8,)
()」,,9とは洗浄布を押し付ける方法や洗浄布を押し付ける幅において
具体的構成上の相違が存在するしかし上記の相違点は洗浄布の押し。,,「
付け手段がパッドであるか2点の支点89であるかとい」「」「(),()」
う洗浄布の押し付け手段の具体的な構成の相違又は当該構成によりも,「」
たらされる機能の相違であり,両者が,洗浄布をシリンダ(回転体)の外
周面に押し付けるものであるという点で共通することを否定する理由とは
ならない。
また,審決は「パッド」と「2点の支点(8(9」の具体的な構成,),)
の相違について相違点として認定した上その容易想到性について判,「」,
断しているので,両者の具体的な構成や当該構成に基づく機能における相
違点を看過した違法はない。
(2)共通点エに係る認定の誤りについて
原告は,洗浄布の背面をパッド等で押したときに,その押された部分がシ
リンダ外周面に接している幅が「ニップ幅」であると解釈した上,引用発明
は洗浄布の背面を押すパッド等が存在せず押し付け手段による洗浄布の接,「
触幅」は「ニップ幅」に該当しないから,共通点エに係る審決の認定は誤り
であると主張する。しかし,以下のとおり,原告の上記主張は失当である。
ア本願の請求項1の「・・・前記パッドで押し付けた洗浄布のシリンダ表
面との接触面をストライプとして,1回の洗浄布の送り長さが洗浄布送り
方向の前記ストライプ巾に相当するニップ幅よりも短くした・・・」との
記載によれば,本願発明にいう「ニップ幅」は,シリンダ表面に押し付け
られた状態にある洗浄布の接触面における,布送り方向の幅を意味するこ
とが理解できる。したがって,本願発明の「パッドで押し付けたときのニ
ップ幅と引用発明の回転体4シリンダの外周面に面接触する」,「()()
ように押しつけられるように2点の支点(8(9)間に張設された洗浄),
布(7)の送り方向幅」とは,パッドの有無において相違するものの,シ
リンダ表面に押し付けられた状態にある洗浄布の接触面における,布送り
方向の幅であるという点において,共通するということができる。
,,()イまた引用発明のような洗浄布を間欠的に供給して回転体シリンダ
,()の外周面を洗浄する方法では洗浄するために洗浄布を回転体シリンダ
外周面に押し付けた状態では,洗浄布の送りは停止されていると解される
から,本願発明の「パッドで押し付けたときのニップ幅」と,引用発明の
回転体4シリンダの外周面に面接触するように押しつけられるよ「()()
うに2点の支点(8(9)間に張設された洗浄布(7)の送り方向幅」),
とは,いずれも,洗浄布の送りが停止しているときの「洗浄布の押し付け
手段」で押し付けられた洗浄布のシリンダ表面との接触面の布送り方向幅
であるという点においても,共通するということができる。
なお審決は洗浄布の押し付け手段がパッドであるか否かを相違,,「」「
点」として認定した上,その容易想到性を判断しているのであるから,引
用発明がパッドを備えていないことをもって,相違点を看過した違法とい
うこともできない。
(3)共通点オに係る認定の誤りについて
原告は,共通点オに係る審決の認定は誤りであると主張する。しかし,以
下のとおり,原告の上記主張は失当である。
ア引用例(甲3)には,次の記載がある。
すなわち巻取りロール14に巻取られる洗浄布7の半径が増,「()()
大するに従い,クランクアーム(97)の回転角が一定であると,洗浄布
,。」(),の1回の送り長さが長くなり経済的でない5頁左下欄3行∼6行
「洗浄布(7)はピストンロッド(102)の1往復につき,ほゞ5mm
程度の長さで順次間欠的に送られ,その送られた布に噴射孔(10)から
洗浄液が噴射されて,ブランケット胴等の回転体(4)を洗浄する。この
洗浄が10回程繰り返えされたのち,洗浄液の噴射を停止して,洗浄布
(7)をほゞ10回程送って被洗浄面上の洗浄液をふき取る。この間回転
体(4)はほゞ1時間当り6000∼7000回回転している(6頁右。」
),,,()(),上欄4行∼12行と記載されまた第4図第11図aないしd
第13図(a)ないし(c)には,それぞれ回転体の洗浄装置を側面視し
,(),()()た構造が示されており2点の支点89に張設された洗浄布7
が回転体(4)の表面に押し付けられ,この洗浄布(7)の布送り方向の
幅が回転体(4)の半径より大きいことが看取できる。
上記各記載によれば,引用例には,洗浄布(7)をほぼ5mm程度の長
,(),さで順次間欠的に送ること回転体4の半径が5mmより大きいこと
2点の支点(8(9)に張設された洗浄布(7)の回転体(4)の表面),
に押圧された送り方向の幅が回転体(4)の半径より大きいこと,が示さ
れ,また,洗浄布(7)の1回の送り長さが長くなると経済的でないとの
技術思想が開示されていると認められる。
そして,弁論の全趣旨によれば,本願の出願前,印刷装置で用いられる
ブランケット胴,圧胴等の回転体は,通常,5mmより大きい半径を有し
ていたことが認められ,また,少ない洗浄布の使用量で洗浄するために,
1回の洗浄布の送り長さを,洗浄布のシリンダ表面との接触面(部分)の
布送り方向幅よりも短くすることは,常識的な事項にすぎないということ
ができる。
,,,以上のとおり引用発明では少ない洗浄布の使用量で洗浄するために
1回の洗浄布の送り長さが,洗浄布の送りが停止しているときの「洗浄布
の押し付け手段」で押し付けられた洗浄布のシリンダ表面との接触面(部
分)の布送り方向幅よりも短くされている,と解するのが相当である(な
お,原告は,引用発明では,常識的に,洗浄布のシリンダ表面との接触面
(部分)の布送り方向幅よりも短い1回の洗浄布の送り長さになっている
にすぎないと主張していることに照らすならば,そもそも,1回の洗浄布
の送り長さを,洗浄布のシリンダ表面との接触面(部分)の布送り方向幅
よりも短くする技術が周知であることについては争いがない。。)
イ他方,本願発明の「ニップ幅」は,洗浄布の送りが停止しているときの
押し付け手段で押し付けられた洗浄布のシリンダ表面との接触面(部分)
の布送り方向幅であるから,本願発明は,引用発明と同じく,間欠送りさ
れる1回の洗浄布の送り長さが,洗浄布の送りが停止しているときの「洗
浄布の押し付け手段」で押し付けられた洗浄布のシリンダ表面との接触面
(部分)の布送り方向幅よりも短く設定されているということができる。
ウ上記のとおり,本願発明と引用発明とは,1回の洗浄布の送り長さが,
洗浄布の送りが停止しているときの「洗浄布の押し付け手段」で押し付け
られた洗浄布のシリンダ表面との接触面(部分)の布送り方向幅よりも短
くした点で共通する。
原告はニップと布送り長さとの関係付けを問題にするが洗浄布を,「」,
パッドにより押し付けるか,洗浄布を2点の支点間に張設して押し付ける
かという洗浄布の押し付け手段としての具体的な構造の相違に由来す,「」
る相違を指摘するものであって,審決を正解せずにこれを論難するもので
あり,採用することができない。
2取消事由2(相違点の容易想到性の判断の誤り)について
原告は,審決がした相違点の容易想到性の判断に誤りがあると主張する。し
かし,以下のとおり,原告の上記主張は失当である。
(1)前記1のとおり審決における一致点・相違点の各認定に誤りはなく本,,
願発明と引用発明とが,シリンダ洗浄装置におけるシリンダの表面を洗浄布
によって洗浄するための技術である点で共通する。
そして,甲4ないし6及び弁論の全趣旨によれば,シリンダ洗浄装置の技
術分野において,シリンダ外周面にパッドにより洗浄布を押し付けて洗浄す
,,,る方法は本願の出願前から通常の方法として使用されていたものであり
周知技術であったことが認められる(原告も,パッド方式が周知であること
を認めている。。)
そうすると引用発明において洗浄布の押し付け手段としてシリン,,「」,
ダ外周に洗浄布を押し付ける手段として周知であったパッドを適用すること
は,当業者が容易に想到することができたと認めるのが相当である。これと
同旨の審決の判断に誤りはない。なお,原告は,本願発明に対応する発明に
ついて,米国,欧州,中国,韓国において特許が付与されたことを主張する
が,当該事実によって,我が国における本願発明の容易想到性の判断が左右
されるものではない。
(2)原告の主張に対し
ア阻害要因に係る原告の主張に対し
原告は,引用発明が,パッド(押圧部材)を用いた押し付け手段を具備
する従来の洗浄装置における課題を解決するため,パッド(押圧部材)に
替えて,2点の支点間に洗浄布を張設したものであって,引用発明を,パ
(),ッド押圧部材を用いた洗浄装置における課題解決に転用することには
これを阻害する要因があると主張するしかし以下のとおり原告の。,,
上記主張は失当である。
前記1(3)において検討したとおり引用発明は洗浄布の1回の送り長,,
,,さが長くなると経済的でないという思想から1回の洗浄布の送り長さを
洗浄布のシリンダ表面との接触面(部分)の布送り方向幅よりも短くする
ことにより,少ない洗浄布の使用量で洗浄するという発明であるというこ
とができる。
確かに,引用例には,パッド(押圧部材)を用いた押し付け手段を具備
する従来の洗浄装置における「単位時間当りの洗浄能力が劣り,そのため
に1回の洗浄時間が長くかつ洗浄布の使用量が多く,また構造も複雑であ
る」という課題を解決するため,2点の支点(8(9)間に張設された),
洗浄布(7)を洗浄液を含ませて回転体(4)の外周面に広い面積で押し
つけることで,単位時間当たりの洗浄能力を向上させ,短い洗浄時間でか
つ少ない洗浄布の使用量で洗浄することができるようにしたことも記載さ
れている(甲3,2頁右上欄19行∼左下欄19行,6頁右上欄13行∼
左下欄3行。)
しかし,1回の洗浄布の送り長さを,洗浄布のシリンダ表面との接触面
(部分)の布送り方向幅よりも短くすることは,単にシリンダ洗浄装置を
どのように用いるか(制御するか)という問題にすぎず,シリンダ洗浄装
置をどのように構成するか,その「洗浄布の押し付け手段」として何を採
用するかによって左右されるものではない。すなわち,原告が指摘する点
,,()は1回の洗浄布の送り長さを洗浄布のシリンダ表面との接触面部分
の布送り方向幅よりも短くするという課題の解決手段に係るものではない
から引用発明において洗浄布の押し付け手段としてシリンダ外周,,「」,
に洗浄布を押し付ける手段として周知であったパッドを適用することを阻
害する要因とはいえない。
また,原告は,引用発明において,2点の支点(8(9)に代えてパ),
ッドを用い,パッドの押し付け圧力によってシリンダ外周面との間に形成
されるニップ幅に着目した洗浄布の1回の布送り量制御を実施する洗浄方
法を採用することは,困難であると主張する。
しかし,上記のとおり,1回の洗浄布の送り長さを,洗浄布のシリンダ
表面との接触面部分の布送り方向幅よりも短くすることは洗浄布の(),「
」,「(),()」,「」押し付け手段として2点の支点89を用いるかパッド
を用いるかによって左右されるものでなく,また,ニップ幅に着目するか
否かによって左右されるものでもない。
イ格別の作用効果に係る原告の主張に対し
原告は,本願発明によれば,洗浄布の送りの型式を適切に設定すること
により,洗浄布の効果的な使用が可能になり,洗浄布の使用量が低減でき
るという格別な作用効果を奏するものであると主張する。
しかし,引用例の記載から,洗浄布がシリンダ外周に押し付けられる送
り方向の幅より1回の布送り長さが長くなると,洗浄布の無駄が生じて経
済的でないこと,1回の布送り長さを洗浄布送り方向幅より短くすれば洗
浄布の使用量が低減できることは明らかであり,原告の主張に係る本願発
明の作用効果が格別のものということはできない。
3結論
上記検討したところによれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,
その他,原告は縷々主張するが,いずれも理由がない。また,審決に,これを
取り消すべきそのほかの誤りがあるとも認められない。
よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文
のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官飯村敏明
裁判官大鷹一郎
裁判官嶋末和秀

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