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平成13年12月25日判決言渡 
平成8年(ネ)第294号損害賠償請求控訴事件(原審・仙台地方裁判所平成6年(ワ)
第733号平成8年5月30日判決言渡)
主         文
  1 原判決の主文第1項中,控訴人らに関する部分を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人は,控訴人Aに対して4111万4025円,控訴人Cに対し
て3250万2327円及び上記各金員に対する昭和61年8月5日から
支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
   (2) 控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は第1,2審を通じてこれを4分し,その1を控訴人らの負担と
し,その余を被控訴人の負担とする。
  3 この判決の第1項(1)は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決中,控訴人らに関する部分を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人Aに対して6268万0450円,控訴人Cに対して4
192万2305円及び上記各金員に対する昭和61年8月5日から支払済み
まで年5分の割合による金員を支払え。
 3 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
4 第2項につき仮執行の宣言
第2 事案の概要
1 昭和61年8月4日から翌5日にかけて宮城県石巻市付近に台風10号が接
近して多量の降雨をもたらし,同月5日午前10時ころ,宮城県牡鹿郡女川町
甲地内の県道女川牡鹿線(本件道路)沿いの南側(海側)斜面(本件崩壊現場)
に盛土された大量の土砂が崩壊し,斜面下方にある控訴人ら居宅に向かってゆ
っくりと移動し,控訴人らの居宅を倒壊させた(本件災害)。
 本件は,控訴人らが本件道路の管理者である被控訴人に対し,本件災害の発
  生は本件道路の設置又は管理の瑕疵によるものであると主張して,国家賠償法
  2条1項に基づき,控訴人らが本件災害によって被った損害の賠償を求めた事
  案である。原審は本件道路の設置・管理に瑕疵はなかったとし,控訴人らの請
  求を棄却すべきものとしたため,控訴人らが原審の判断を不服として控訴した。
  なお,控訴人らのほか第1審原告2名の請求も棄却されたが,同原告らは控訴
  せず,原審で確定している。
2 当事者双方の主張は,次のとおり訂正し付加するほか,原判決の「事実」欄
第二に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決5頁1行目の「事故の発生」を「本件災害の発生」と,6頁2行目
の「本件事故」を「本件災害」とそれぞれ改め,以下,原判決中「本件事故」
とある部分(「理由」欄の後記引用部分を含む。)をすべて「本件災害」と
改める。
(2) 同14頁6行目の「その額」から同8行目末尾までを「慰謝料の額は,家
族構成等を考慮すれば,控訴人A につき190万円,同C につき25
0万円が相当である。」と改め,同9行目の「及び慰謝料」を削除する。ま
た,原判決別紙損害計算表Ⅰ及びⅡ中,「(Ⅲ)慰藉料」の内訳部分をいず
れも削除する。
(3) 同15頁2行目の「損害計算表ⅠないしⅣ」を「損害計算表Ⅰ及びⅡ」と
   改め,同3行目末尾に次のとおり加える。
 「(承継前の第1審原告B  は平成7年12月30日死亡し,その遺産
は長男である控訴人C が全部相続した。)
 なお,控訴人らは,原判決別紙損害計算表において建物の損害につき時価
   評価をしなかったが,時価評価に基づく損害額は次のとおりである。
ア 控訴人らの建物の損害の算定根拠は女川町によって作成された被害見込
額(甲16)であり,それによれば,再調達価額は,控訴人A の主たる
建物が2199万8350円,附属建物が1818万6100円,控訴人
C の後記①の建物が1135万5100円,②の建物が1619万77
50円である。そして,時価評価額は再調達価額×減価率によって算定さ
れる。
減価率={100-(経年減価率×建築後の経過年数)}÷100
経年減価率は,木造専用住宅で1年当たり1.9である。
   イ 控訴人A 所有の建物の時価評価額
 控訴人A 所有の建物(原判決別紙物件目録(一)記載の建物)は,昭和
45年7月30日に新築された主たる建物(床面積191.29平方メー
トル)と昭和49年に新築された附属建物(床面積158.14平方メー
トル)の2棟であり,本件災害当時,主たる建物が15年,附属建物が1
1年を経過しているので,経年減価後の損害額は,主たる建物が1572
万8820円〔21,998,350×{100-(1.9×15)}÷
100〕,附属建物が1438万5205円〔18,186,100×{
100-(1.9×11)}÷100〕となり,合計3011万4025
円である。
   ウ 控訴人C 所有の建物の時価評価額
控訴人C 所有の建物(原判決別紙物件目録(二)記載の建物)は,昭和
40年ころ大改築をした床面積合計98.74平方メートルの建物(①の
建物)と昭和54年ころ大改築をした床面積合計122.31平方メート
ルの建物(②の建物)の2棟であり(甲5),本件災害当時,①の建物が
実質20年,②の建物が実質6年経過とみるべきであるから,経年減価後
の損害額は,①の建物が704万0162円〔11,355,100×{
100-(1.9×20)}÷100〕,②の建物が1435万1207
円〔16,197,750×{100-(1.9×6)}÷100〕とな
り,合計2139万1369円である。」
(4) 同15頁6行目の「原告D」から次行の「3050円」までを削除し,1
6頁末行の「するは否認し」を「は否認し」と改め,17頁6行目末尾に次
のとおり加える。
 「控訴人C は,『土砂が自分の家まで押し寄せて来るとは思わなかった』
『家まで土砂が押し寄せて来るまで30分くらいあった』と供述しているか
ら,家財道具を運び出さなかったとは考え難く,運び出していないとすれば
過失があるので,過失相殺をすべきである。」 
(5) 同26頁4行目の「平方メートル」を「立方メートル」と改める。
第3 判断
1 本件災害の発生,本件盛土がされた経緯及びその管理状況については,原判
決の「理由」欄一及び二の記載と同一であるから,これを引用する。ただし,
原判決31頁2行目の「事故の発生」を「本件災害の発生」と改め,35頁8
行目末尾に次のとおり加える。
 「当初に予定された買収部分等は,本判決添付の別紙図面1「当初予定の標
準的な断面図」(乙31の1)に記載のとおりであり,実際に行われた買収部
分等は,本判決添付の別紙図面2「施工された標準的な断面図」(乙31の2)
に記載のとおりである。」
2 本件崩壊現場付近の地形及び本件災害の状況等については,原判決の「理由」
  欄44頁2行目から58頁1行目までの記載と同一であるから,これを引用す
  る。
3 本件災害発生の原因については,次のとおり訂正し付加するほか,原判決の
  「理由」欄58頁末行から64頁7行目の「いうべきである。」までの記載
と同一であるから,これを引用する。
(1) 原判決別紙図面(二)(原判決62頁3行目参照)中,「谷側隆起」とある
部分を「海側隆起」と改める。
(2) 同60頁4行目末尾に改行の上,次のとおり加える。
  「なお,本件豪雨において,海側側溝の集水範囲2003.8平方メートル
からの集水量は毎秒0.057立方メートルであった。」
(3) 同64頁7行目の「いうべきである。」の次に改行の上,次のとおり加え
   る。
「以上の認定はおおむね,被控訴人が本件災害の発生原因等について調査を
   委託した宮城県石巻土木事務所及び日本工営株式会社仙台支店作成の報告書
   (乙9)と同報告書の作成を担当した証人R  の証言(原審第1,2回及
   び当審)などによるものであるが,これに対し,証人H  (原審及び当審)
   とその意見書(甲26)及び当審証人Z   とその意見書(甲51,53,
   55ないし57)は,崩壊源を本件盛土北東側の頭頂部であるとし,崩壊は
   上記頭頂部からいわば一体となって発生したものとし,その原因として,海
   側側溝の流末部が本件盛土内に引き込まれていた点を最も重視している。ま
   た,Z 意見は,山側側溝からの溢水は再び本件道路を山側へ横切って流れ
   去ることになるとし,山側側溝からの溢水は全体の崩壊の引き金にはならな
   いとしている。しかし,海側側溝の流末部が本件盛土内に引き込まれていた
   とする点については証拠上これを確定することができず,山側側溝からの溢
   水が再び本件道路を山側に横切って流れ去ったとする点(Z 意見)も,証
   拠上これを確定することができない。なお,前記R 証言は,本件盛土の崩
   壊は,まず谷部下方が馬蹄型に崩壊し,次いで本件盛土北東側の頭頂部から
   の崩壊が生じたとするものである。以上のように,本件盛土崩壊の発生機序,
   崩壊源等については意見の相違があるが,前記報告書(乙9)を含め,いず
   れの意見も,本件盛土の崩壊は本件豪雨による流水が盛土の含水の過飽和状
   態をもたらしたことによるとする点においては一致しているから,本件道路
   の設置又は管理の瑕疵の有無を判断する上では,盛土崩壊の厳密な発生機序
   の解明までは必ずしも必要でなく,当裁判所としては,前記認定(上記のと
   おり,その認定はおおむね被控訴人提出の証拠に基づくものである。)を前
   提として判断する。」
4 本件道路の設置又は管理の瑕疵について
(1) 国賠法2条1項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは,営造物が通常有
すべき安全性を欠き,他人に危害を及ぼす危険性のある状態をいい,このよ
うな瑕疵の存在については,当該営造物の構造,用法,場所的環境及び利用
状況など諸般の事情を総合考慮して具体的,個別的に判断すべきものである
(最高裁第一小法廷平成2年12月13日判決・民集44巻9号1186頁
参照)。
ところで,前記認定のとおり(原判決の「理由」欄二及び四の1),本件
   道路は被控訴人が維持管理する県道であるが,昭和43年度に線形の改善・
   幅員の拡幅・路盤工の実施など,実質的には従来と別の道路の新設を内容と
   する大幅な改良工事がされたものであること,本件崩壊現場付近は牡鹿半島
   の急峻な斜面が海岸まで迫る地形となっており,本件崩壊現場は,北西側に
   小高い山のある谷状地形であり,北西の山側から南東の海側方向に中心をな
   す谷筋(主谷)があり,主谷の谷筋に北東方向からやや偏心した形でもう一
   本の谷筋(支谷)が合流する,海側に15度から18度緩やかに傾斜した斜
   面であること,本件道路は上記の各谷筋を横断する形で走り,本件崩壊現場
   (上記斜面)下方には控訴人らの居宅があったこと,被控訴人は,上記の改
   良工事において,別紙図面1のとおり,本件崩壊現場の斜面を本件道路の海
   側法面の一部として本件道路の法尻部分まで買収する計画を立てたが,土地
   所有者が将来上記土地に利用価値が生じるのを見込んで買収部分を最小限に
   とどめるよう要望したため,別紙図面2のとおり,海側道路端から2メート
   ル幅の斜面を買収するにとどめ,これにより本件道路の法面部分を形成した
   こと,被控訴人は,改良工事期間中に上記土地所有者から,工事の残土を本
   件崩壊現場に盛土することの要望を受けたため,これに応じ,本件道路部分
   形成のための盛土工事をする際,工事によって生じた残土を本件崩壊現場の
   北側斜面に盛土し,また,昭和44年8月ころ,本件道路の崩壊箇所を修復
   する切土工事を行った際にも,上記所有者から所有土地を道路面と同じ高さ
   にして利用したいので盛土をしてほしい旨の依頼があったため,切土工事の
   残土を利用し,本件崩壊現場の斜面北端から約45メートル,斜面西側から
   約15メートルにわたり同様の盛土工事を行ったこと,その後,昭和59年
   ころまでの間に,本件盛土の中央部付近から北側の本件道路寄りの部分まで,
   約10メートル幅の範囲にわたって被控訴人の関与しない盛土(高さは最大
   で約2メートル)が行われ,同じころ,付近住民や工事業者等が本件盛土の
   北端部分に土砂とともにアスファルト片やコンクリート廃材等を投棄したほ
   か,本件盛土の西側部分にも貝殻や海藻類を投棄したことなどの事実が認め
   られる。なお,被控訴人は,改良工事において,本件崩壊現場の斜面を本件
   道路の法尻部分まで買収する計画を立てたものの,海側道路端から2メート
   ル幅の斜面を買収するにとどめ,これにより本件道路の法面部分を形成した
   ことは前記のとおりであるが,これは,本件道路の海側法尻に接続して本件
   盛土が造成されるのを前提としていたことは別紙図面2(乙31の2)から
   明らかである。
以上のとおり,本件道路は本件崩壊現場付近において谷筋を横断する形で
   設置されたものであるところ,一般に谷筋には降雨による流水が集中するか
   ら,谷筋を遮断する形で道路を設置する場合,当該道路は降雨による流水を
   阻害し,あるいはそれに変化を及ぼすなどの作用を有することになるので,
   このような場所に道路を設置する場合には,それに対応する排水施設の整備
   が必要であると考えられる。また,前記のとおり,本件道路は本件崩壊現場
   付近において,当初の計画を変更し,本件道路の海側法尻に接続して本件盛
   土が造成されることを前提としたものであるところ,その斜面の下方には控
   訴人らの家屋が存在したのであるから,本件道路の排水機能が十分でなく,
   降雨等の影響により本件盛土が崩壊した場合には,控訴人らの家屋・生命等
   に危険が及ぶことが予想されるから,この点からも,本件道路の排水施設の
   整備については特段の注意が必要であると考えられる。以下,このような観
   点から,本件道路の設置又は管理の瑕疵の有無について検討する。
(2) 前記認定説示のとおり(原判決「理由」欄四の2),本件盛土崩壊の原因
   は,本件豪雨により盛土表面から地下に浸透した雨水のほか,海側道路端に
   敷設された縁石の切れ目から盛土頭頂部付近に流入した雨水,海側側溝の流
   末部から流入した雨水,山側側溝から溢れ出て海側隆起部分の南端から流入
   した雨水などと,多量の雨水の浸透に基づく地下水位の上昇が盛土に含水の
   過飽和状態をもたらしたことによるものである。
 ところで,海側側溝及び山側側溝の通水能力については,原判決の「理由」
欄四の3(65頁3行目から67頁3行目まで)に認定されているとおりで
あり,海側側溝及び山側側溝は社団法人日本道路協会による昭和54年2月
の道路土工排水工指針の基準を十分に満たすものであった。すなわち,指針
によれば,本件崩壊現場における7年確率の降雨強度70ミリメートル毎時
を想定した場合,海側側溝に対して要求される排水量は毎秒0.016立方
メートル,山側側溝に対して要求される排水量は毎秒0.041立方メート
ルであるが,海側側溝の排水能力は,通水断面積を100パーセントとした
場合には毎秒0.310立方メートル,山側側溝の排水能力は,通水断面積
を100パーセントとした場合には毎秒0.358立方メートルであるから,
指針の基準を満たすものであった。そして,本件豪雨時における海側側溝の
集水範囲からの集水量は毎秒0.057立方メートルであったから,海側側
溝の流量は,本件豪雨時においても,その排水能力を超えることはなかった。
しかしながら,海側側溝は,本件崩壊現場手前に至った地点で本件道路を離
れて海側方向に屈曲し,盛土の裾とその東側の地山との境に沿って14ない
し15メートル以上の長さで敷設され,その終末が上記境部に開放されてい
た(原判決36頁)ため,その流末部から雨水が放出された。一方,山側側
溝には,その集水範囲から毎秒0.153立方メートルの雨水が流入し,さ
らに,本件豪雨により多量の雨水が主谷上部から沢筋に沿って山側側溝北西
側の窪地付近に流下し,その水量は毎秒1.183立方メートルに及ぶもの
であったため,山側側溝の排水能力を超える毎秒0.978立方メートルの
雨水が山側側溝から溢れ出した(原判決60ないし61頁)。
(3)以上のとおり,被控訴人が本件崩壊現場付近の本件道路に設置した排水施
   設は海側側溝と山側側溝であるが(本件全証拠によっても,被控訴人がその
   他の排水施設を設置したものとは認められない。),海側側溝は,その終末
   が盛土の裾と地山の境に開放されていたため,流末部から雨水が盛土内に流
   入し,また,山側側溝からは,その排水能力を超える雨水が盛土内に流入す
   る結果となり,これらが本件盛土崩壊の原因の一つを形成することになった。
   特に,海側側溝の終末が本件盛土付近に開放されていたことは問題であり,
   海側側溝は,本件道路に沿って谷部を横切る形で設置されるべきであったと
   考えられる。また,山側側溝にその排水能力を超える雨水が流入したことは
   前記のとおりであり,本件豪雨による多量の雨水は山側側溝西側の窪地付近
   に流下して滞留し,溢れ出た水が山側側溝に流入したが(原判決60ないし
   61頁),本件道路は谷部を横断する形で,すなわち谷部に集中する雨水の
   流下を阻害する形で設置されたものであるから,要所に水抜き施設の設置が
   必要であったと考えられる(その設置がなかったことは前記のとおりである。)。
その他,前記のとおり,本件盛土崩壊の原因には海側道路端に敷設された
   縁石の切れ目から盛土頭頂部に流入した雨水及び多量の雨水の浸透に基づく
   地下水位の上昇などがあるが,前者については,前記のとおり海側側溝が本
   件道路に沿って谷部を横切る形で設置されていたならば,本件盛土内への雨
   水の流入を軽減できたものと考えられ(もっとも,そのためには無蓋側溝と
   する必要がある。),また,本件道路に水抜き施設が設置されていたならば,
   地下水位の上昇を抑える機能を有したであろうと考えられる。
さらに,本件盛土には,盛土の崩壊を防止するための水抜き施設や擁壁が
   設けられていなかった(証拠上明らかである。)。なるほど,本件盛土部分
   の所有者は被控訴人ではないから,被控訴人に本件盛土に水抜き施設や擁壁
   を設置すべき直接の義務はない。しかしながら,前記のとおり,本件道路は
   海側法尻に接続して本件盛土が造成されるのを前提とし,しかも,盛土工事
   は被控訴人が実施し,本件道路及びその排水施設の設置状況は前記のような
   ものであったから,被控訴人としては,本件道路を設置したことに伴う降雨
   時の流水の本件盛土への影響を検討し,その崩壊の危険性について検討すべ
   きであった。そして,本件盛土に水抜き施設や擁壁を設置すべきものと判断
   した場合には,本件盛土の所有者に対し,そのような施設の設置を要請すべ
   きであり,仮に所有者がその要請に応じないのであれば,本件道路について
   は,これに接続して降雨時に崩壊の危険性のある盛土があることを前提とし
   て,その危険を防止すべき排水施設等の設置を検討すべきであった。しかし,
   本件全証拠によっても,被控訴人がそのような検討をした形跡は認められな
   い。なお,前記のとおり,本件盛土には,被控訴人が実施した盛土工事後も,
   被控訴人が関与しない盛土や付近住民等による廃棄物の投棄が行われたが,
   被控訴人が本件道路の本件盛土への影響を検討する上では,それらの事実を
   も考慮し,いわば盛土の現状を前提にして本件道路の管理を考えなければな
   らないというべきである。
(4)以上によれば,本件道路は,谷部を横断する形で設置され,その海側法尻
に接続して盛土があり,降雨時には,本件道路を設置したことに伴う流水の
   浸透などの影響によって盛土が崩壊し,その下方に位置する控訴人らの家屋
   の倒壊等が予想されるにもかかわらず,極めて不十分な排水施設しか備えな
   いものであったということができるから,本件道路の設置及び管理には瑕疵
   があったというべきである。
 被控訴人は,本件道路の海側側溝及び山側側溝とも指針が示す7年降雨確
   率による排水能力を備えるものであったから,その設置に瑕疵はなく,本件
   災害は予測不可能な異常降雨によるものであって,不可抗力に起因する旨主
   張する。そして,本件道路の海側側溝及び山側側溝が上記主張に係る排水能
   力を備えていたこと及び本件豪雨が1日雨量で女川町における100年確率
   の降水量,24時間雨量で同町における140年確率の降水量であったこと
   は前記認定のとおりである。しかしながら,本件道路の上記側溝が7年降雨
   確率による排水能力を備えていたからといって,それにより本件道路の設置
   又は管理に瑕疵がなかったものということができないことは前記説示に照ら
   して明らかというべきであり,また,本件道路の排水施設が極めて不十分な
   ものであったことも前記説示のとおりであって,考え得る対策を講ずること
   もなく不可抗力をいうのは失当である。
また,被控訴人は,本件盛土は私有地であり,その崩壊を防止すべき義務
   を負うのは土地所有者であって,本件盛土は国賠法2条1項にいう「公の営
   造物」に当たらないから,被控訴人に責任はない旨主張する。しかしながら,
   前記説示のとおり,本件道路については,被控訴人は本件道路に接続して本
   件盛土が存在することを前提として排水施設等の設置を検討すべきであった
   のであり,本件盛土が公の営造物でないことを理由に責任を免れることはで
   きない。さらに,被控訴人は,本件豪雨によっても本件道路は崩壊しなかっ
   たから,その設置又は管理に瑕疵はなかった旨主張するが,公の営造物が通
   常有すべき安全性についての前記判断基準に照らし,到底採用することがで
   きない。
(5) 以上のとおりであって,本件道路の設置及び管理には瑕疵があったものと
   いうべきであるから,被控訴人は控訴人らに対し,控訴人らが本件災害に
 よって被った後記損害を賠償すべき義務がある。
 5 控訴人らの損害について
 (1) 控訴人A の損害
  ア建物の損害3011万4025円
 本件災害により控訴人A 所有の建物が倒壊したことは前記認定のとお
りである。証拠(甲9,16,58の1・2,控訴人A )及び弁論の全
趣旨によれば,控訴人A 所有の建物は,昭和45年に新築された床面積
合計191.29平方メートルの主たる建物と昭和49年に新築された床
面積158.14平方メートルの附属建物であり,女川町が本件災害に際
し,控訴人A 所有の上記各建物の被害見込額を算出する基礎となった1
平方メートル当たりの単価は11万5000円(全国町村職員生活協同組
合災害見舞金給付規程(昭和50年9月18日理事会議決)別表「建物お
よび動産の標準的再取得価額表」中,木造建物に係る1平方メートル当た
りの単価に準じたもの)であることが認められるから,その再取得価額は,
主たる建物が2199万8350円,附属建物が1818万6100円と
なる。そして,時価評価額は再取得価額に減価率を乗じることによって算
定され,減価率は控訴人ら主張の算式によって得られるから(損害保険会
社作成の「評価ハンドブック」。甲17),その算式に経年減価率1.9
及び建築後の経過年数(上記事実によれば,主たる建物につき15年,附
属建物につき11年)を当てはめて計算すると,控訴人A 主張のとおり,
時価評価額は,主たる建物が1572万8820円,附属建物が1438
万5205円(合計3011万4025円)となる。なお,上記「評価ハ
ンドブック」によれば,経年減価率は,木造専用住宅の1平方メートル当
たりの単価が11万4000円未満の場合は1.9,それ以上の場合は1.
5とされているが,控訴人らは,上記建物が居宅兼倉庫であることなどを
考慮し,控え目の数値(1.9)を用いているものと解されるから,当裁
判所もその数値を採用した。
イ 動産の損害 950万円
 証拠(甲17,21,22,証人S    ,同L   ,控訴人A )
及び弁論の全趣旨によれば,本件災害当時,控訴人A 所有の建物には,
控訴人A (当時54歳),妻AA(同55歳),母T (同73歳),
娘S (同31歳),孫U (同1歳)の5人が居住していたこと,S 
は離婚を前提に実家に戻っていたため,自己とU の動産類を実家に持っ
てきていたこと,長男L (当時33歳)は,女川町の借家で妻及び3人
の子供と生活しているが,借家が狭いこともあって大きい家具や季節外れ
の衣類等は実家に置いていたこと,控訴人A らは崩壊した土砂が自宅の
目前に迫っていたため,着の身着のままで逃げ出したこと,損害保険会社
作成の「評価ハンドブック」(甲17)によれば,家財の評価については,
世帯主が48歳以上の夫婦のみの場合の時価は850万円,夫婦以外の家
族1人当たりの時価は18歳未満の子供につき60万円,18歳以上の者
につき100万円とされていることが認められる。
 ところで,本件災害のように家屋及び家財が一挙に流失した場合には,
個々の動産につき個別に損害額を認定することは極めて煩瑣であり,かつ,
困難というべきであるから,控訴人らが主張するように,損害保険会社が
火災事故等の場合に家財の損害を評価する方式を用いて算定するのも不合
理とはいえない。次に,控訴人らは,自己の動産の損害のほか家族の動産
の損害も請求するが,財産の損害につき賠償請求をすることができる者は
その所有者であるから,そのような請求は原則として認めることができな
い。しかしながら,同居の家族が主として世帯主の収入により生活し,そ
の所有する動産が世帯主の収入によって購入されたものと考えられるよう
な場合には,世帯主は,同居し扶養している家族の動産の損害についても,
これを請求し得る場合があると解するのが相当である。けだし,そのよう
な場合を認めたとしても,賠償を受けた世帯主は,その賠償金を同居の家
族が喪失した動産の購入・補てんに当てなければならないのであるから,
賠償金を不当に取得することにはならず,同居の家族の損害は,その実質
において自己の損害ということもできるからである。
 以上のような観点から本件について検討すると,上記認定事実によれば,
控訴人A の家族のうち妻AA及び母T (当時73歳)は,世帯主であ
る控訴人A の収入によって生活していたものと推認されるから,同控訴
人は上記両名の動産の損害についても,これを請求することができるとい
うべきであり,上記算定方式によれば,その損害は950万円(夫婦につ
き850万円,母T につき100万円)と認めるのが相当である。
 控訴人A は,娘S 及びその子であるU の動産の損害も請求するが,
前記認定事実によれば,S は離婚を前提としてU と共に実家に戻り,
控訴人A らと同居していたのであって,その所有する動産は別世帯の収
入によって形成されたものと推認されるから,その損害につき同控訴人が
請求することはできないというべきである。また,長男L が預けていた
動産の損害についても同様である。この点につき控訴人A は,同控訴人
は上記の者らから動産の損害につき取立権限の委任を受けているとも主張
するが,そうだとすれば,その請求は任意的訴訟担当に当たり,本件にお
いて,それが許されると解すべき事情は認められない。
 さらに,控訴人A は,上記損害のほか特別損害として民宿用什器・寝
具類の損害合計564万6000円を請求し,同控訴人は,本件災害の2,
3年前から民宿を経営し,その規模を拡大するため寝具や食器類50人分
を揃えていた旨供述するが,その供述以外に上記損害額を認めるべき的確
な資料はなく,上記供述によっては上記損害を認めるに足りないから,そ
の請求を認めることはできない。
   ウ 慰謝料150万円
 本件災害の原因及びその発生の状況,控訴人A が被った財産的損害の
内容や程度,家族構成など諸般の事情を考慮すれば,同控訴人が本件災害
によって被った精神的苦痛を慰謝する額は150万円が相当である。
   エ 以上の損害額の合計は,4111万4025円である。
 (2) 控訴人C の損害について
  ア建物の損害1950万2327円
 本件災害により控訴人C 所有の建物が倒壊したことは前記認定のとお
りである。証拠(甲5,16,58の1・2,控訴人C )及び弁論の全
趣旨によれば,控訴人C 所有の建物は,昭和40年ころ大改築をした床
面積合計98.74平方メートルの建物(①の建物)と昭和54年ころ大
改築をした床面積122.31平方メートルの建物(②の建物)であり,
女川町が本件災害に際し,控訴人C 所有の上記各建物の被害見込額を算
出する基礎となった1平方メートル当たりの単価は11万5000円(そ
の資料は前記のとおり)であることが認められるから,その再取得価額は,
①の建物が1135万5100円,②の建物が1406万5650円とな
る(控訴人C は②の建物の再取得価額を1619万7750円と主張す
るが,これは床面積を140.85平方メートルとした場合の数値であり,
女川町が算定した被害見込額(甲58の2)と一致している。しかし,控
訴人C も,②の建物の床面積を122.31平方メートル(甲5)と主
張するのであり,それが140.85平方メートルであることを認めるべ
き証拠はない。)。そして,前記の算式に経年減価率1.9及び建築後の
経過年数(上記事実によれば,①の建物につき20年,②の建物につき6
年とするのが相当である。)を当てはめて計算すると,時価評価額は,①
の建物が704万0162円,②の建物が1246万2165円(合計1
950万2327円)となる。経年減価率を1.9とした理由は前記のと
おりである。なお,原判決別紙損害計算表Ⅱには,③の建物(倉庫)の損
害として46万9455円が計上されているが,その存在等につき特段の
主張・立証はないので,損害とは認めない。
   イ 動産の損害1100万円
 証拠(甲17,23,控訴人C )及び弁論の全趣旨によれば,本件災
害当時,控訴人C 所有の建物には,控訴人C (当時47歳),妻AB
 (同40歳),父B(同72歳),長女AC(同19歳),長男AD(
同17歳),二女AE(同15歳)の6人が居住(ただし,長男ADは学
校で寮生活)していたこと,控訴人C は,崩壊した土砂が隣家の控訴人
A の建物に迫っていたため,直ちに家族を集会場に避難させ,土砂崩れ
の事実を知ってから建物に土砂が押し寄せるまで約30分あったものの,
家財道具類を運び出すことはなかったこと,前記「評価ハンドブック」に
よれば,家財の評価については,世帯主が43歳から47歳の夫婦で子供
2人の場合の時価は900万円,夫婦以外の家族1人当たりの時価は18
歳以上の者が100万円とされていることが認められる。
 動産の損害額の認定及びその賠償請求の主体についての考え方は前記の
とおりであり,上記認定事実によれば,控訴人C の家族のうち妻及び子
3名は,世帯主である同控訴人の収入によって生活していたものと推認さ
れるから,同控訴人はその妻子の動産の損害についても,これを請求する
ことができるというべきであり,上記算定方式によれば,その損害は10
00万円(夫婦と子供3人の場合)と認めるのが相当である。また,同控
訴人は,承継前の第1審原告B  の動産の損害賠償請求権を相続した(
被控訴人はその事実を明らかに争わないので,自白したものとみなす。)
から,上記算定方式によって認められる同人の動産の損害100万円も請
求することができ,以上の合計は1100万円となる。
 被控訴人は,控訴人C には家財道具を運び出さなかった過失があるの
で過失相殺をすべき旨主張するが,家屋の倒壊を目前に避難した者に対し
て家財道具を運び出さなかった過失をいうのは失当である。
   ウ 慰謝料 200万円
 本件災害の原因及びその発生の状況,控訴人C が被った財産的損害の
内容や程度,家族構成など諸般の事情を考慮すれば,同控訴人が本件災害
によって被った精神的苦痛を慰謝する額は200万円が相当である。
エ 以上の損害額の合計は,3250万2327円である。
 6 結論
 以上によれば,控訴人らの本訴各請求は,控訴人A について4111万4
025円,控訴人C について3250万2327円及び上記各金員に対する
本件災害発生の日である昭和61年8月5日から支払済みまで民法所定の年5
分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由が
ないので棄却すべきである。
 そうすると,控訴人らの請求を全部棄却すべきものとした原判決は相当でな
いので,原判決の主文第1項中,控訴人らに関する部分を本判決の主文第1項
のとおり変更することとし,主文のとおり判決する。
仙台高等裁判所第二民事部
裁判長裁判官      大   内   俊   身
裁判官栗   栖       勲
裁判官比   佐   和   枝
 (注) 仮名処理上の都合により,本文中に空白部分がありますので,ご了承く
    ださい。
(参考) (原文は縦書き)
仙台地方裁判所
平成八年五月三〇日言渡 
平成六年(ワ)第七三三号損害賠償請求事件
        判      決
   (以下は3頁から)
        主      文
   原告らの請求をいずれも棄却する。
   訴訟費用は原告らの負担とする。
       事      実
第一 当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
-3-
1 被告は,原告A   に対し,金六二六八万〇四五〇円,原告C   に
対し金四一九二万二三〇五円,原告D  に対し金二七一七万六三五〇円,
原告E   に対し金一七九七万三〇五〇円及び右各金員に対する昭和六一
年八月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 1につき仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文と同旨
2 予備的に,仮執行免脱の宣言
第二 当事者の主張
一 請求原因
 -4-
1 事故の発生
 昭和六一年八月四日から翌五日にかけて宮城県石巻市付近に台風一〇号が
接近し,石巻測候所における二四時間降水量は,一七二・五ミリメートルを
記録する豪雨となった。
 同月五日午前一〇時ころ,宮城県牡鹿郡女川町甲地内       の県
道女川牡鹿線(以下「本件道路」という。)沿いの南側(海側)斜面(以下
「本件崩壊現場」という。)に位置する原告D  所有の土地とF   所
有の土地とにまたがって盛土された大量の土砂が降雨の中で崩壊し,斜面下
方に存する原告ら居宅に向ってゆっくりと移動し,原告A   方居宅を押
し潰して倒壊させ,次いで,その南側にあったB  方及び原告E   方
各居宅を倒壊させ,さらに,原告E 方の南方の原告D方居宅の半分を右土
-5-
塊や建物の残骸により押し潰し,残余の部分も柱を折損する等して大破させ,
その効用を失わせた(以下「本件事故」という。)。
2 本件事故の態様と原因
(一) 本件崩壊現場への土砂の投棄
告及び女川町は土捨場として右崩壊箇所の南側に位置する本件崩壊現場を
使用することにし,原告Dの父であるG             に対
しその許諾を求めた。同人は,当時,女川町議会議員の職にあったため,
-6-
これを了承した。そこで,被告は,本件道路から下方に谷状の斜面となっ
ていた本件崩壊現場に右崩土を投棄し,幅約三〇メートル,長さ約一七メ
ートル,高さ約一九メートルにわたり盛土工事を行った(以下「本件盛土」
という。)。
 被告は,更に,同年八月,右崩壊箇所に切土工事を施した際に生じた残
土を本件盛土上に投棄し,昭和五五年には,東北電力株式会社(以下「東
北電力」という。)が,被告の許可を得て本件道路の拡幅工事を行った際
にも,廃材,残土等を右盛土上に重ねて投棄した。
(二) 本件盛土崩壊の原因
 台風一〇号による多量の降雨の結果,本件崩壊現場付近の本件道路の海
側端に設置された側溝(以下「海側側溝」という。)の流末部分から流排
-7-
水が集中的に本件盛土上に流下し,また,右付近の本件道路の山側端に設
置された側溝(以下「山側側溝」という。)からの溢水,山側の沢谷上部
及び北東側路面を流下した雨水が本件盛土上に大量に流入した。そのため,
本件盛土上部は多量の水を含み過飽和状態となって崩壊を始め,また,本
件道路下に浸透した雨水によって地下水位が上昇し,盛土下部の含水量が
増大するとともに盛土底部にすべり面が形成された。その結果,本件盛土
は斜面北東の谷頭部に亀裂が生じ,その大部分がほぼ原形を保ったまま斜
面下方に移動し,本件事故に至った。なお,本件崩壊現場の崩壊源の状況
は別紙図面(一)記載のとおりである。
(三) 責任原因
(1) 営造物性
 -8-
 本件道路及びその付属施設たる側溝は,被告の管理に係る公の営造物
である。
 また,本件盛土も,私有地上に存し,被告の所有でないにしても,本
件道路に崩落した土砂を交通開放の目的で捨土してできたものであるこ
と,被告は,それ以後これを海側側溝からの道路排水の流末処理場とし
て利用してきたことからすれば,本件道路の維持管理上の施設の一部と
みなすべきであり,これと一体をなす公の営造物にあたる。
(2) 営造物設置管理の瑕疵
(a) 盛土方法の欠陥
 本件盛土がされた箇所は,約六〇度の勾配を有する急峻な斜面であ
るから,このような場所に大量の盛土をするに際しては,盛土が不安
-9-
定化するのを防止するため,盛土内部に布団篭・蛇篭を埋設してすべ
り止めを施し,地下水の排水設備を設ける等の措置が必要となるが,
本件盛土については,この対策が全く行われなかった。
(b) 盛土後の防護措置の不存在
 盛土後においても,その斜面に土場打ち,植栽を行って法面を強化
し,コンクリートの擁壁を設置する等,その崩落を防止するための措
置が行われなかった。
(c) 道路構造上の欠陥
 本件道路は,本件崩壊現場付近において,山腹に存するいくつかの
谷筋を塞ぐような形で設置され,谷筋を東西に横断する形状となって
いた。このため,降雨時には多量の雨水が右谷筋に沿って表流して,
-10-
本件道路の手前で地下に浸透し,本件道路の下を通って,本件盛土の
下に伏流するので,本件道路を設置するについては,右谷筋流域面積,
近の山側斜面及び路面からの表流水を集水する構造となっていた。
 しかるに,本件事故当時,山側側溝は,その内部に落葉や雑草,泥
-11-
等が堆積しており,排水施設としての機能を果たさなかった。
 また,海側側溝の末端は,本件崩壊現場付近で道路端を離れ,本件
崩壊現場の斜面に向って設置されていたが,その終末部は本件盛土の
上に開口しており,流排水を斜面下方まで導水する配水管等の流末排
水施設が設けられていなかった。そのため,海側側溝からの流排水は,
本件盛土表面にたれ流しの状態で放流されていた。
(3) 被告の責任
 本件事故は,右のとおり,被告の営造物である本件盛土又は道路若し
くはその側溝の設置又は管理の瑕疵により本件盛土内部に多量の雨水が
流入して過飽和状態をきたし,その底部にすべり面が形成された結果,
発生したものである。
-12-
 したがって,被告は国家賠償法(以下「国賠法」という。)二条一項
に基づき,本件事故によって原告らの被った損害を賠償する責任がある。
3 原告らの損害
本件事故により原告らが被った損害は次のとおりである。
(一) 損害算定の基本的方法
 倒壊した家屋及び失われた家財道具等につきその正確な現価を評価する
ことは困難である。そこで,家屋については,電気・ガス・水道の各工事
代金も含め,その構造,床面積を基礎としてこれを再調達する場合に要す
る価額とし,女川町税務課においてこの方法により本件事故の損害として
算定した評価額を損害額とする。動産類については,火災保険や地震保険
の契約に際して保険取引約款に基づいて保険会社が家財道具の評価をする
 -13-
ときの算定基準に依拠するのが合理的であるから,このいわゆる損保方式
に従い,大正海上火災保険株式会社昭和六一年発行の「標準世帯家財簡易
評価基準」に基づき算定した価額をそれぞれ損害額とする。
 また,家屋や生活用具一切の喪失は,人間生活の基本である衣食住のう
ち二本柱を失うものであり,その喪失に伴う精神的苦痛は多大であるから,
これに対する慰謝料を支払うべきである。その額としては,世帯主たる原
告らにつき各一〇〇万円とし,その家族一人につき三〇万円を加算するの
が相当である。
 なお,原告らは,それぞれ同居の家族から所有家財の損害及び慰謝料に
つき取立権限の委任を受けている。
(二) 各原告の損害額
 -14-
 (一)の方法によって算定した各原告(家族を含めて)ごとの損害額は,
別紙損害計算表ⅠないしⅣ記載のとおりであり,これをまとめると別紙損
害計算一覧表記載のとおりとなる。
よって,被告に対し,国賠法二条一項に基づく損害賠償請求として,原告A
 は金六二六八万〇四五〇円,平成七年一二月三〇日死亡したBを訴訟承継し
た原告C   は金四一九二万二三〇五円,原告Dは金二七一七万六三五〇円,
原告E は金一七九七万三〇五〇円と右各金員に対する本件事故の日である昭
和六一年八月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金
の支払を求める。
二 請求原因に対する認否及び被告の主張
1 請求原因に対する認否
 -15-
 同2(二)の事実は否認する。
 同2(三)(1)の事実中,前段は認めるが,後段は否認する。
 同2(三)(2)について,(a)の事実中,本件崩壊現場の勾配が六〇度であ
ることするは否認し,その余は認める。右勾配は最大でも約三三度である。
  -16-
(b)の事実は否認する。(c)の事実中,本件道路に地下水の排水設備が設け
られていなかったことは認めるが,その余は否認する。(d)の事実中,海側
側溝の末端が本件崩壊現場付近で道路端を離れて設置されていたことは認
めるが,その余は否認する。
 同2(三)(3)の主張は争う。
(三) 同3の損害の主張は争う。
2 被告の主張
(一) 本件盛土の形成及び管理の経緯
(1) 本件崩壊現場の土地は,その大部分を原告Dの父であるGが所有して
いたものであり,同人は谷状の傾斜地をなす右土地を宅地化しようとす
る意思を持っていた。
 -17-
(2) 被告は,昭和四二年ころ,本件崩壊現場付近の本件道路の工事をする
に際し,本件崩壊現場が本件道路の法面にあたるため,法尻部分まで買
収を予定していたところ,Gがその一部を買収の対象外とすることを特
に要望したため,法尻部分までの買収をせずに民地として残すよう設計
変更し,右部分は同人所有地のまま残存した。そして,昭和四三年から
昭和四四年までの本件道路第一次改良工事に際し,Gから,被告に対し,
右工事により生じた残土を本件崩壊現場に盛土し,これを道路面と同じ
高さにしてほしいと要請があった。そこで,被告はこれに応じて本件盛
土工事を行った。
(3) 本件道路の法面の一部が崩壊した昭和四四年四月,次いで被告が右崩
壊箇所の切土工事を行った同年八月にも,Gの要請に応じて同様の盛土
 -18-
工事を行った。
(4) 以後,G及び原告Dは,本件崩壊現場にカキ殻,コンクリート廃材等
を投棄したり,網干し場とする等して利用したほか,第三者がゴミや廃
棄物を投棄しても盛土になるのでこれを放置した。
 昭和五五年,東北電力が本件道路の拡幅工事を行った際にも,Gは,
同会社に依頼し,本件盛土上にさらに一メートルないし二メートルの盛
土工事を行った。
(二) 本件盛土の営造物性等
 (一)(2),(3)の本件盛土工事は,被告がこれに関与したとしても,G所
有地である本件崩壊現場に行われたものであるから,本件盛土はそれが形
成されると同時に本件事故現場の土地に附合してGの所有に属することに
 -19-
なり,被告がその所有権を有するものではない。また,本件盛土は私有地
の宅地化の目的でされたのであり,本件道路維持のためのものではない。
のみならず,被告が当初の盛土工事を行った後,本件盛土は専らG及び原
告Dにおいて維持,管理してきたものであり,被告にその管理の権限も義
務も存しない。よって,本件盛土は国賠法二条一項の「公の営造物」にあ
たらない。
 仮に,本件盛土の崩壊流出を防止すべき義務があったとしたら,それは
所有者であるGや原告Dの義務であるといわざるを得ない。
(三) 本件道路等の設置又は管理の瑕疵の主張に対する反論
(1) 道路構造上の欠陥について
 仮に,本件道路盛土の地下に水途・水脈があったとしても,それが右
盛土によって影響を受けたことはない。
(2) 山側側溝の瑕疵について 
 -21-
 本件事故当時,山側側溝が土塊,落葉等の堆積物で埋まっていたとい
う事実はない。H  が昭和六二年二,三月に,被告の職員I    
が同年七月にそれぞれ現場踏査を行った際にも,右事実は確認されてい
ない。もっとも,本件検証の際,本件崩壊現場から約四〇〇メートル離
れた箇所の山側側溝が泥で埋まっていたことが認められるが,これは,
右側溝部分が本件道路の東西に傾斜する分岐点にあたるため勾配がなく,
側溝内に泥が堆積しやすい状態になっていたためである。これに対して,
本件崩壊現場付近の山側側溝は牡鹿方面に向けて約六パーセントの下り
勾配であるため,泥は排水により押し流され,側溝内に堆積する状態に
なかった。
 したがって,山側側溝に瑕疵は存しない。
 -22-
(3) 海側側溝の瑕疵について
 海側側溝は,その終末部が本件盛土上に開口するような形で敷設され
ていたものではなく,本件盛土とその東側の地山との境部分にあたる谷
状の低地に沿って敷設され,その流末は本件盛土から一四,五メートル
離れていたもので,海側側溝からの排水が本件盛土上に放流される状態
にはなかった。
 したがって,海側側溝にも瑕疵は存しない。
(四) 本件事故の発生原因
(1) 記録的な集中豪雨
 昭和六一年八月四日及び翌五日,台風一〇号崩れの温帯低気圧のもた
らした豪雨は宮城県内各地に災害をもたらし,牡鹿半島地区においても
 -23-
一〇数か所で崩土,決壊等の被害が生じた。本件崩壊現場に近接する女
川町役場の降雨記録によれば,同年八月四日午前九時から翌五日午前九
時までの降雨累計は二三七ミリメートル,同月四日午前一〇時から翌五
日午前一〇時までの降雨累計は二五二ミリメートルに達した。これは,
女川地区における一〇〇年ないし一四〇年確率雨量に相当し,同地区に
おける観測史上最大の豪雨であった(この豪雨を,以下「本件豪雨」と
いう。)。また,右豪雨による被害に関し,宮城県下全域において,激
甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律が適用されたが,
これは,昭和五三年の宮城県沖地震以来のことである。
(2) 本件盛土崩壊の原因
 本件盛土崩壊の主たる原因は,以下のとおり,異常降雨により本件道
 -24-
路の沢谷上部から流下した表流水が下流の窪地や山側側溝から溢水し,
本件道路の路面を越えて本件盛土内に浸透して,これを過飽和状態にし
たことにある。
 すなわち,山側側溝の集水範囲は,本件道路の北東及び南西側斜面及
び路面の一部であり,本件降雨時の右範囲における流水量を推計すると,
毎秒〇・一五三立方メートルとなり,これは,山側側溝の排水能力毎秒
〇・二七一立方メートル(側溝断面の通水面積を八〇パーセントとした
場合)を超えるものではない。ところで,通常の降雨の場合,山側の沢
に沿って湾曲する地点で側溝内部及び窪地から溢れ出し,路面を海側に
横切るように流下して,道路端から本件盛土側部に流れ込んだ。これに,
海側側溝からの流排水,本件道路面を縁石沿いに流下した雨水が加わり,
多量の表流水が本件盛土表面に流入した。
 本件盛土は,廃材や残土の投棄により透水性の高い状態となっていた
-26-
から,その表面に流入した雨水は直に盛土内部に浸透した。また,本件
盛土底部の地山は,表土の下が崖錐性堆積物の層をなし,その下部に角
礫状の基盤岩が存することから,これが地下水の流水経路となっていた
が,本件豪雨により右流水経路に浸透した多量の雨水が旧表土に溢れ,
前記盛土表面からの浸透水と相俟って盛土内部の含水量を増大させ,こ
れを過飽和状態にした。そして,過飽和状態となった盛土は,水分の重
量によって土塊が緩み,多数の亀裂を生じつつ下方に移動し始めたが,
土塊の緩んだ箇所にさらに雨水が浸透したため,これが上部に堰き上げ
られ,盛土全体が短時間のうちに安定を失って崩落した。
 道路土工排水工指針によれば,本件道路の側溝の設計基準法は二年降
雨確率に耐えることができれば足りるとされるが,これを「長大な自然
 -27-
斜面から流出する水を排水する道路横断施設など重要な排水施設」に適
用される七年降雨確率によって計算しても,海側側溝,山側側溝ともに
十分耐えられるような排水能力があった。
 しかるに,本件豪雨は本件崩壊現場で通常事前に予測することの不可
能な豪雨であり,本件事故は,通常予測不可能な異常降雨という不可抗
力に起因するものであって,本件道路や側溝に瑕疵が存したことによる
ものではないから,被告には本件事故につき責任はない。
(3) 原告は,本件盛土崩壊の主たる原因は,本件盛土上に開口した海側側
溝の終末部分から盛土表面に雨水が集中的に流下し,これを過飽和状態
にしたことに存すると主張する。しかし,海側側溝の終末部分が本件盛
土上に開口していなかったことは,前記のとおりである。そして,海側
 -28-
側溝の集水面積は,本件道路南東の斜面及び路面の一部(二〇〇三・八
平方メートル)であるが,これは山側側溝の集水面積(四八七三・五平
方メートル)に比して小さく,本件降雨時における流水量も毎秒〇・〇
五七立方メートルにすぎないし,海側側溝の路面に沿った部分は有蓋で
あるため,側溝内部に流入する雨量は少ないのであって,海側側溝から
の排水量は少なかったと考えられる。
 また,本件盛土の崩落跡は,沢谷の中心側(主谷側)付近よりも崩壊
した斜面の北東側(支谷側)の頭頂部付近の方がより深くなっているが,
これは,降雨時に支谷側の地盤の地下水位が急激に上昇する傾向があり,
本件豪雨の際にも,支谷側から地下水が急激に上昇して盛土底部に溢れ
たことによるものであって,原告の主張するように海側側溝終末部から
 -29-
の流排水に起因するものではない。
第三 証拠
 証拠関係は,本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
 -30-
第三 証拠
 証拠関係は,本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
 -30-
 
             理      由
一 事故の発生
 昭和六一年八月四日から翌五日にかけて石巻市付近に台風が接近し,その影響
により多量の降雨があったこと,原告らの居宅が土砂により押し潰され,倒壊,
大破したことは,当事者間に争いがない。
二 本件盛土の経緯及び管理状況
1 請求原因2(一)の事実は,被告がGに対し,本件盛土について許諾を求めた
こと及び本件盛土の規模を除き,当事者間に争いがない。
2 右争いのない事実に,成立に争いのない甲第一八,第一九号証,第二七号証
ないし第二九号証,第三一,第三二号証,第三四号証ないし第三六号証,第四
一号証ないし第四四号証,第四八号証,乙第二〇,第二一号証,第二二号証の
 -31-
一ないし四,第二三号証の一ないし一一,第二四号証の一,二,第三四号証,
第三六号証,第四七号証,原本の存在及び成立に争いのない乙第四二号証,第
四三,第四四号証の各一,二,第四五,第四六号証,第四八,第四九号証,被
告主張のとおりの写真であることにつき争いのない乙第一六,第一七号証,第
三五号証の一ないし四,証人J   の証言により成立が認められる乙第四号
証,第三一号証の一,二,証人K   の証言により成立(枝番四の二,三は
被告主張のとおりの写真であること)の認められる乙第五号証の一ないし三,
四の一ないし四,証人O    の証言により成立が認められる乙第三七号証
の一ないし七並びに証人G  ,同L   ,同J   ,同M   ,同N
   ,同K   ,同O    ,同I    の各証言及び原告D  (
第一,第二回),同A   各本人尋問の結果並びに検証の結果並びに弁論
-32-
の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。
(一) 本件道路は,主要地方道として被告が維持管理する県道である。
 しかして,本件道路は,元来は女川湾沿いに点在する集落の人々が利用す
る生活道路であったが,幅員が狭く,カーブの多い山道であったため,昭和
二九年度から改良事業が開始した。本件崩壊現場付近においては,宮城県石
巻土木事務所が所管して,昭和四三年四月から翌昭和四四年三月までの昭和
四三年度において,当時県道大原女川線と呼ばれていた本件道路の線形を改
善し,幅員を四メートル(ただし,地形の関係で幅員を広く取ることができ
るところは五・五メートル,退避所となるところは六メートル)とし,路盤
工まで行う第一次改良工事(以下「改良工事」という。)を実施した。これ
は,改良工事の名称ながら,実質的には,従来とは別の道路の新設を内容と
 -33-
するものであった。
(二) 本件崩壊現場の土地は,概ね宮城県牡鹿郡女川町甲e番       
 (昭和四五年七月六日分筆前のもの。以下「旧e番  の土地」とい  
う。)及び同所f番  (昭和六三年九月六日分筆前のもの。以下「旧f番
  の土地」という。)であり,このうち,本件道路とその南側において接
する本件崩壊現場の北寄りの大半は旧e番  の土地であり,旧f番  の
土地は旧e番  の土地の南側に位置し,西側で本件道路と接していた。
 改良工事の当時,旧e番  の土地はGの所有,旧f番  の土地はF 
の所有であった。
(三) 被告は,改良工事において,本件崩壊現場の斜面を本件道路の海側法面
の一部として本件道路の法尻部分まで買収する計画を立てた。これは,道路
 -34-
用地の買収の際,被告が通常行う買収の範囲であった。そして,石巻土木事
務所(以下「土木事務所」という。)女川派出所長のP   及び同事務所
職員のQ  を担当者として,本件崩壊現場の一部である旧e番  の土地
所有者のGとの間で買収交渉を行った。しかしながら,右交渉の際,Gは,
が崩れて本件道路の損傷に及ぶのを防止するために必要な作業であった。
 右工事の際,被告は,本件道路の海側に沿ってL字型側溝を設置したが,
女川方面から本件崩壊現場手前に至った地点で本件道路を離れて海側方向に
屈曲させ,右盛土の裾とその東側の地山との境に沿って一四,五メートル以
上の長さでコンクリート製のU字型側溝(幅四五センチメートル,深さ三〇
センチメートルから三三センチメートルの無蓋側溝)を敷設し,その終末を
右境部に開放した。
(五) 次いで,昭和四四年四月ころ,本件道路の本件崩壊現場よりも女川寄り
-36-
の部分が崩壊し,同年八月ころ右崩壊箇所を修復するため切土工事を行った
際にも,被告の職員で工事担当者のN   及びQ を通じ,Gから本件土
地を道路面と同じ高さにして利用したいので盛土をしてほしいとの依頼があ
ったため,被告は,右切土工事の残土を利用し,本件現場の斜面北端から約
四五メートル,斜面西側から約一五メートルにわたり前同様の盛土工事を行
った。この際,盛土した残土量が不足していたことから,盛土表面と路面と
の間には,なお約二メートルの高低差が残った。
 (四)と右の各盛土工事(本件盛土)は,結果的にF   所有の旧f番  
の土地の一部にも及んだ(因みに,原告Dは,昭和五九年一〇月一五日,右
F から旧f番  の土地を買い取った。)。
(六) 更に,東北電力は,昭和五五年三月から昭和五六年三月にかけて,道路
-37-
法二四条に基づく工事申請をし,被告の承認のもとに,前田建設株式会社に
請負わせて,本件道路の幅員を海側に一メートルないし一・五メートル拡幅
する工事を行った。その際,東北電力は,e番  の土地所有者となってい
た原告Dの依頼により,本件盛土北西部の本件道路際を地ならしするととも
に,右箇所への車両の出入を可能とするため,縁石の敷設に当たって道路と
右盛土との境部分だけ約一二メートルの間隔を空けた。
 東北電力は,右道路拡幅に伴い(四)の本件道路沿いの海側側溝を,幅三〇
センチメートル,深さ三〇センチメートルから五〇センチメートルの有蓋側
溝に設置し直したが,屈曲した先の部分は手を加えなかった。
(七) 以上の各工事以降,本件盛土は,専ら旧e番  の土地所有者であった
G,次いで同人から同土地を承継した原告D が管理していた。そして,昭
-38-
和五九年ころまでの間に,本件盛土の中央部付近から北側の本件道路寄りの
部分まで,約一〇メートル幅の範囲にわたって被告の関知しない盛土が行わ
れ,右盛土の高さは最大で約二メートルに及んだ。また,同じころ,付近住
民や本件土地に出入していた工事業者等が本件盛土の北端部分に土砂ととも
にアスファルト片やコンクリート廃材等を投棄したほか,本件盛土の西側部
分にも貝殻,海藻類を投棄し,右盛土を締固めないまま放置した。
 以上のとおり認められる。証人G  の証言及び原告D  本人の供述(第
一,第二回)中,本件崩壊現場の主谷より西側の斜面はF の所有であり,G
が当該箇所への盛土を依頼するはずがなかった旨の部分は,仮にそうであるな
ら,本件盛土はGとF の各所有地にまたがって一体として形成されたことに
なるから,その形成の過程で盛土の範囲,規模,形状につき,あるいは形成後
-39-
に盛土上の境界の確認,盛土部分の利用の調整につきGや原告DとF との間
で何らかの協議がされてしかるべきであるにかかわらず,証拠上これがされた
三 本件盛土の営造物性
 国賠法二条一項にいう「公の営造物」とは,国又は公共団体により公の目的に
供せられる有体物及び物的施設を指称するところ,本件道路部分及び海側・山側
側溝がこの「公の営造物」に該当することは明らかである。
-40-
 そして,被告が昭和四四年の改良工事に際して右道路部分の盛土工事と一体と
して本件盛土を始め,工事業者をして右盛土にブルドーザーで転圧をかけ,締固
める工事を行わせたこと及び本件盛土は,最終的には本件道路の法面部分に隣接
する形で路面とほぼ同じ高さまでされたことは,前記認定のとおりである。
 しかしながら,右事実によっても,本件盛土が本件道路の法面の一部を構成す
るものとまでは認められず,また,被告が本件道路部分の法面を補強し,その崩
落を防止する目的で本件盛土を行ったとも認められない(前記転圧及び締固め工
事は,路帯の一部が民地に食い込むので,後々これが崩れて本件道路の損傷に及
ぶのを防止する必要があって行わせたにすぎないのであって,これから本件盛土
自体が本件道路部分の法面を補強し,その崩落を防止する目的のものになるわけ
ではない。)から,本件盛土を本件道路の付属物として本件道路とともに公の用
-41-
に供される「公の営造物」とみることはできない。
 原告らは,被告が本件盛土を海側側溝からの道路排水の流末処理場として利用
してきたと主張するけれども,右流末は本件盛土の裾とその東側の地山との境に
沿って開放されていたのであり,本件盛土を道路排水の流末処理場として利用し
ていたとは認め難いから,これをもって本件盛土が公の用に供されていたものと
みることもできない。
 そもそも,「公の営造物」たりうるためには,当該営造物を国又は公共団体が
少なくとも事実上管理し又は管理が予定されていたことが必要であるところ,本
件盛土は,昭和四四年当時,Gの依頼により概ね同人所有の旧e番  の土地に
されたものであり,それ以後の被告による管理が予定されていたことは本件全証
拠によっても認められず,現に,被告が右盛土を行った後,専らG,次いで原告
-42-
Dが本件盛土を管理しており,また,本件盛土上に被告の関知しない盛土や貝殻,
廃材等の投棄が行われたことは前記説示のとおりである。
 そうとすれば,本件盛土はその形成後本件事故に至るまで専ら私有地上におい
て私人の管理下に置かれていたものというべきであって,被告がこれを管理して
いたものではなく,また被告による管理が予定されていたような事情も存在しな
いから,この意味でも本件盛土が「公の営造物」にあたるということはできない。
このことは,右盛土が一部F の所有地にかかって行われたことにより径庭をき
たすものではない。
 以上によれば,本件盛土の瑕疵を理由とする原告らの請求は,瑕疵の有無の点
につき判断するまでもなく失当というべきである。
四 本件道路等の設置管理の瑕疵について
-43-
1 本件崩壊現場付近の地形及び本件事故の状況等
 一,二で確定した事実に,前掲乙第四号証,第一六,第一七号証,第二〇,
第二一号証,第二二号証の一ないし七,第二三号証の一ないし一一,成立に争
いのない乙第一号証ないし第三号証,第一〇,第一一号証,第一二号証の一な
いし五,第一四号証の二,第三〇号証,第三三号証,被告主張のとおりの写真
であることにつき争いのない乙第一四号証の一,第一五号証,証人H  の証
言により成立の認められる甲第二六号証,証人R  (第一回)の証言により
成立の認められる乙第九号証,証人I    の証言により成立の認められる
乙第二九号証の一,二,証人R  (第二回)の証言により成立の認められる
乙第三九,第四〇号証並びに証人S   ,同L   ,同C   ,同H 
 ,同R  (第一,第二回),同I    各証言及び原告D  本人尋問
-44-
トルに及ぶが,底部まで杉等の樹木が繁る山林となっており,流水の形跡は
ない。本件崩壊現場も,本件盛土前は植林された杉林となっており,大雨が
降った時以外は,水流がみられない状態であった。
(二) 本件道路の状況
 本件崩壊現場の北東側から南西側にかけて,牡鹿半島東側海岸沿いに敷設
された幅員約六メートルの本件道路が,前記各谷筋を横断する形で隣接して
走っている。本件道路は北東の女川町方面から南西の塚浜方面にかけて地盤
高低差約一五メートルの下り勾配をなし,本件崩壊現場の北端付近で大きく
海側方向(塚浜方面に向かって左側)に湾曲しており,右湾曲部の路面は全
体的に本件崩壊現場(海側)に向かって傾斜している。
-46-
 本件道路山側の道路端には幅三〇センチメートル,深さ三〇センチメート
ルから四〇センチメートルの無蓋側溝(山側側溝)が敷設され,右側溝は本
件道路の湾曲部で道路端を離れ,本件道路北西で山側に向かって大きくふく
らむ形で主谷筋上流方向にせり出している。本件道路湾曲部の北西端と右山
側側溝のせり出し部との間は雑草の繁る平地であるが,右平地部分には,高
さ約五〇センチメートルの地表面の隆起(以下「山側隆起」という。)が長
さ約二〇メートルにわたって存在する。山側側溝せり出し部の北西側(山側)
は高さ一〇数メートルの杉が繁る窪地で前記平地部分よりも約一メートル低
くなっており,その地表面には雑草が繁殖し,枯葉,枯枝等で覆われている。
右窪地の地表面にも流水の形跡は存しない。なお,本件道路の地下に右窪地
と本件崩壊現場をつなぐ水抜きトンネル等の排水設備は設置されてい
-47-
ない。
 女川町方面から本件崩壊現場に至る本件道路の海側に沿って,海側側溝が
設置されていることは前記のとおりである。
 本件道路には海側端寄りに沿って等間隔で縁石が敷設されていた。ただし,
本件盛土北西部分で道路沿いの縁石に約一二メートルの間隔が開けられてい
たことは前記のとおりである。なお,右道路湾曲部より塚浜寄りの本件盛土
と本件道路との境にあたる部分には,地表面に高さ約三二センチメートル,
幅約一・五メートルの隆起(以下「海側隆起」という。)が長さ約二〇メー
トルにわたって存在する。
 山側側溝の集水範囲は,本件道路北東及び南西各山側斜面及び路面の一部
で,その面積は四八七三・五平方メートルであり,海側側溝の集水範囲は,
-48-
右道路北東海側斜面及び路面の一部で,その面積は二〇〇三・八平方メート
ルである。
 なお,以上のような本件崩壊現場付近の地形,本件道路の状況及び本件事
故前の原告らの家屋等の位置関係の概況は,別紙図面(一)記載のとおりであ
る。
(三) 本件崩壊現場の地層・地質
 本件崩壊現場付近は,北上山地の最南端を構成する急峻な斜面が海岸まで
迫り,平坦部分が殆どみられない地形であり,北上山地の構成層である中生
代の堆積岩類,特に頁岩(粘板岩)の層が多く分布する地質となっている。
本件崩壊現場付近にも,表面を腐食質の粘性土層で覆われ,角礫を多く含む
下部に崩積土や風化破砕粘板岩の層が存せず,直ちに基岩である凝灰岩,粘
板岩の層が存する点が特徴的である。
 平成五年六月一一日から同年一〇月三〇日までの間に土木事務所の委託を
-50-
受けて日本工営株式会社が実施したボーリング調査の結果によれば,本件崩
壊現場付近における地下水位(ただし,降雨時の最終水位)は,主谷側本件
道路湾曲部から山側に入った標高三一・九七メートルの地点(右調査結果で
はBー1地点)では地表面を基準として地下九・六メートルであり,右地点
と本件道路との間の標高三二・〇七メートルの地点(同じくBー2地点)で
は地下九・二メートルである。これに対し,支谷側の本件崩壊現場北東側頭
頂部から山寄りの標高三三・三九メートルの地点(同じくBー3地点)の地
下水位は地下六メートルであり,右地点は前二地点に比して地下水が高い位
置に認められた。
 右三地点は,降雨時以外に地下水の存在は認められないが,一〇ミリから
二〇ミリ程度の降雨があった直後に地下水が発生し,豪雨時の水位はBー3
-51-
地点が最も高く,一〇ミリ程度の降雨により地下水位が標高約二九メートル
の基岩上面まで急激に上昇しており,豪雨時には地下水がBー3地点から主
谷下流方向に流下すると考えられる。
(四) 本件事故前の降雨状況
 本件事故に先立つ昭和六一年八月一日(以下,本節で単に日付のみをいう
ときは,同年同月のそれを指す。),ルソン島東方海上で発生した台風一〇
号は発達しながら北東に進み,四日六時には台風の北東側にあった弱い熱帯
低気圧に勢力を移し,速度を速めた。中心気圧も九八五ミリバールの大型で
並の勢力を保ち続けた。同台風は,同日午前一二時には潮岬の南西約四二〇
キロメートルに達して北北東に進路を変え,同日午後九時には石廊崎の南約
一二〇キロメートルの海上で温帯低気圧(中心気圧九八〇ミリバール)に変
-52-
わった。この低気圧(以下,これも含めて「台風一〇号」という。)は房総
半島に上陸し,五日午後九時には金華山の南東約一三〇キロメートルの地点
に達した。六日朝には三陸沖に進んでほとんど停滞気味となり,次第に弱ま
った。
 台風一〇号は,宮城県,福島県等太平洋側の各県を中心に豪雨をもたらし
た。宮城県土木部河川課の観測資料によると,女川町役場建設課観測所にお
ける四日午前九時から五日午前九時までの一日雨量は二三七ミリメートル,
四日午前一〇時から五日午前一〇時までの二四時間雨量は二五二ミリメート
ルに達した。これは,土木事務所管内の統計によれば,一日雨量で女川町に
おける一〇〇年確率の降水量,二四時間雨量で同町における一四〇年確率の
降水量に相当し,昭和二年の仙台管区気象台発足以来の記録的な豪雨であっ
-53-
た。本件崩壊現場は,右女川町役場建設課観測所と近接した地理関係にあり,
右時間帯には本件崩壊現場においても,二〇〇ミリメートル以上の降水量が
あったものと推測される。
 右豪雨(本件豪雨)は宮城県内に堤防の決壊,崖崩れや山崩れ,住家の倒
壊及び浸水,道路交通網の遮断等の多数の被害をもたらし,崖崩れは一四一
箇所,地滑りは八箇所で発生し,山崩れ,崖崩れ等による死者は五名,負傷
者は一二名で,倒壊・浸水家屋は計三万四〇九四戸,罹災世帯数は一万一〇
に向かって移動してくるのに気付いた。そこで,S は,急いで自宅居間に
いた兄L   に「山が崩れてきた。」と大声でこれを伝えた。L は異変
を確認のうえ,自宅二階にいた母T  と共に屋外に退避し,S は,子の
U を抱えて屋外に出た。L らから危険を知らされたその余の原告らを含
む近隣住民も公民館や広場に避難した。
 一方,前記土砂は,ゆっくりと滑動し続けて,先ず,原告A 方の二階建
居宅を前方に押し出すようにして押し潰し,次いで,同原告方の南隣のB方
-55-
居宅,東隣の原告E 方居宅を押し潰した。そして,同原告方居宅の残骸を
巻き込んだ土砂は,その南隣の原告D方居宅に侵入し,これを半壊させ,柱
等の折損等によりこれを使用不能な状態にした。
(六) 本件事故後の崩壊斜面の状況
 本件事故で崩壊した斜面は,支谷沿いの北東側頭頂部において大きく抉ら
れたような崩落崖を形成している。右崩落崖付近には多数の岩石やコンクリ
ート片が散乱しているが,湧水の痕跡は存しない。崩落崖北端の地表から約
一メートル下部には,アスファルト片,コンクリート製側溝の残骸を含んだ
粗密な地層が露出し,右崩落崖から海側に下った斜面中腹部にはU字型無蓋
側溝の残骸が残存している。主谷沿いの斜面南西側は,表土が下方に階段状
に引きずられたような形状を呈し,斜面の上部に土塊が残存している。崩壊
-56-
斜面西端の地表から約七〇センチメートル下部には,幅約三メートルにわた
り貝殻,海藻等を含んだ間隙の大きい地層の露出がみられる。
 崩壊後の斜面の地表面は平坦で,その裾部分は両側から桧の生い繁った地
山が迫り,中腹部で一旦狭まった後,その下方(海側)で再び扇状に広がり,
谷筋下流に至っている。右沢谷が狭窄する箇所の東西の地山の裾部分には表
土が上方に堰き上げられるような形で削られた痕跡があり,南西側の地山上
方には堰き上げられた土塊が残存し,また,南東側地山の桧が根ごと持ち上
げられるような形で傾いている。
 そして,崩壊斜面の北側から北西側にかけて,頭頂部付近と本件道路海側
端との間に被告の所有である本件道路部分と原告D所有地との境界を示す境
界標が七箇所にわたり埋設されているが,右境界標に異常はなく,道路本体,
-57-
路肩,法面にも損傷箇所はなかった。
 本件事故後の昭和六一年八月一一日,日本工営株式会社が本件事故現場の
現地踏査を行った際,崩壊した斜面に被圧地下水の存在を窺わせる湧水箇所
は存しなかった。もっとも,昭和六二年三月二二日にH  が現地を見分し
た際には,崩壊斜面の表層部に,降雨直後に湧水孔が形成される場所が確認
されたが,本件事故から八か月以上経過した後で,かつ崩壊による現場の地
形構造の変動が一段落した状態下でのものであり,その形成機序も詳らかで
ないから,これから本件事故当時右被圧地下水が存在していたと推認するこ
とはできない。
2 本件事故発生の原因
 1で認定した事実に,前掲甲第二六号証,乙第九号証及び証人H  ,同R
-58-
  (第一,第二回)の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が
認められる。
(一) 昭和六一年八月四日から翌五日にかけての本件豪雨により多量の雨水が
本件盛土表面に降り注いだが,本件盛土及びその下部の旧表土は軟質で透水
性が高かったため,雨水は盛土表面から地下に鉛直に浸透し,旧表土下部の
に従って同現場の方向に流下し,右現場付近では路面が海側に傾斜している
ため,海側道路端に敷設された縁石の切れ目から盛土頭頂部付近に流入した。
海側側溝の流末部からも流排水が本件盛土西側の裾とその東側地山との境を
流下し,一部はその途中で前記流末から本件盛土内部及び地下に浸透した。
(三) 一方,山側側溝には,その集水範囲四八七三・五平方メートルから毎秒
〇・一五三立方メートルの雨水が流入した。
 さらに,本件豪雨により多量の雨水が本件道路北西の主谷上部から沢筋に
沿って表流し,山側側溝北西側の窪地付近に流下した。右窪地付近に流下し
た水量は,毎秒一・一八三立方メートルに及ぶものであった。右窪地は山側
側溝より低地となっているため,沢谷上流から流下した雨水は右窪地内に滞
留し,その一部は地下に浸透したが,流下する雨水の増大に伴って,水は同
-60-
所から溢れ出て,山側側溝に流入した。
 ところで,山側側溝の排水能力は,その通水面積を一〇〇パーセントと仮
定した場合でも毎秒〇・三五八立方メートルであった。このため,山側側溝
の排水能力を超える毎秒〇・九七八立方メートルの雨水が右側溝から溢れ出
た。
(四) 山側側溝から溢れ出た雨水は,側溝と本件道路との間の山側隆起に遮ら
れて本件道路に流出せず,山側隆起と山側側溝との間を本件道路の勾配に従
って流下した後,その大部分は本件崩壊現場方向に流出し,路面が海側に傾
斜している本件道路を横断する形で本件道路海側沿いに敷設された縁石の間
を通って海側隆起部分に至り,これに沿って南下してその南端から本件盛土
に流入し,盛土表面から鉛直に浸透した雨水(右盛土側部付近の地層が透水
-61-
性の高い状態となっていたことは前記のとおりである。)及び盛土頭頂部付
近から流入した表流水とともに本件盛土に浸透した。
 以上の表流水の流れを模試図にすると概ね別紙図面(二)記載の太実線矢印
のとおりとなる。
(五) 以上のような表流水の浸透により,本件盛土内部の含水量が増大し,他
方,盛土下部の地層に浸透した雨水が増大したため,右地層内の亀裂部分や
破砕部分に貯留されていた地下水が旧表土上に溢れ出し,盛土内部の含水量
をさらに増大させた。その結果,盛土内部が過飽和状態となって,海側隆起
の東側付近の土砂が沢沿いに海側に移動し始め,このため多数の亀裂が発生
し,土塊が緩んだ部分に地下水が混じってさらに上部が緩むという連鎖反応
が生じて,土砂が堰上げられた。この堰上げられた土砂と雨水の混合物は,
-62-
安定が保てなくなり,盛上りの先端から崩落を始めた。
(六) 他方,本件盛土北東側の頭頂部付近の地層が透水性の高い状態となって
いたことは前示のとおりであり,これに加え,右付近は基岩である粘板岩,
凝灰岩の上部が直接旧表土で覆われ,旧表土と右基岩の間に崩積土や風化破
砕粘板岩の層が存しないことから,本件降雨により右盛土部分の地下水位は
急速に旧表土上面まで上昇した。このため,盛土表面から土中に浸透した雨
水と相俟って盛土内部の含水量が増大し,右盛土部分を過飽和状態とした。
その結果,盛土底部が抵抗力を失い,主谷方向の盛土部分が(五)のとおり崩
落し始めていたため支えを失う形で,本件盛土北東側の頭頂部が大きく抉ら
れるような形で崩落した。
(七) このようにして二態様で崩落を開始した盛土はほぼ原形を保ちつつ沢の
-63-
下流に移動し,これにつれて本件崩壊現場南西側斜面も下流に引きずられる
ように崩落した。そして,本件盛土は沢谷下流の原告ら居宅の方向へ緩慢な
入と多量の雨水の浸透に基づく地下水位の上昇が,盛土の前記各部分に過飽和
状態をもたらしたことによるものというべきである。Hの意見書(甲第二六号
証。以下「H意見書」という。)は,これと異なる見解をとるけれども,同意
見書が海側側溝の終末部分の位置に関してその前提を欠くものであることは後
記説示するとおりであり,また右見解は証人Rの証言(第一回)が指摘するよ
-64-
うに1(六)の崩壊斜面近辺に残された痕跡を説明しきれないことに照らして,
採用し難い。
3 海側側溝及び山側側溝の瑕疵の有無
(一) 海側側溝及び山側側溝の通水能力
 前掲乙第九号証,第二九号証の一,二,第三〇号証及び証人R  (第一
回),同I    の各証言によれば,次の事実が認められる。
(1) 側溝の流下能力
 海側側溝の排水能力は,右側溝の通水断面積を八〇パーセントとした場
合毎秒〇・二三四立方メートル,同一〇〇パーセントとした場合には毎秒
〇・三一〇立方メートルである。
 山側側溝の排水能力は,右側溝の通水断面積を八〇パーセントとした場
-65-
合毎秒〇・二七一立方メートル,同一〇〇パーセントとした場合には毎秒
〇・三五八立方メートルである。
(2) 設計基準上必要とされる排水量
 本件事故当時適用されていた社団法人日本道路協会による昭和五四年二
月の道路土工排水工指針(以下「指針」という。)によれば,本件崩壊現
場における七年確率の降雨強度七〇ミリメートル毎時(なお,指針によれ
ば,右確率は「長大な自然斜面から流出する水を排水する道路横断排水施
設など重要な排水施設」に適用するとされ,本件道路の側溝については,
これよりも弱い二年確率の降雨強度に耐えられれば設計基準を満たすもの
とされている。)を想定した場合に,海側側溝の集水範囲(二〇〇三・八
平方メートル)に対して要求される排水量は毎秒〇・〇一六立方メートル,
-66-
山側側溝の集水範囲(四八七三・五平方メートル)に対して要求される排
水量は毎秒〇・〇四一立方メートルである。
(3) したがって,海側側溝,山側側溝とも指針の基準は十分満たした構造と
なっていた。
(二) 海側側溝の瑕疵の有無について
 原告らは,海側側溝の終末部は本件盛土の上に開口しており,流排水を斜
面下方まで導水する排水管等の流末排水施設が設けられていなかった点に瑕
疵がある旨主張する。
 そして,H 意見書は,沢谷の中心から外れた崩壊斜面北東側頭頂部に崩
落崖が形成されているのは,海側側溝の終末部が右崩落崖付近の盛土上に開
口しており,右側溝を流下した雨水が全て右盛土上に注入し,右付近の盛土
-67-
が脆弱化したためで,右側溝設置の瑕疵が本件盛土崩壊の主たる原因である
とする。
 しかしながら,海側側溝の終末部が右崩落崖付近の盛土上に開口していた
とは認め難いことは,前記二2(四)及び(六)で説示したとおりである。そう
すると,H 意見書の推論はその前提を欠くものといわざるをえない。
 また,海側側溝の集水範囲は本件道路南東海側斜面及び路面の一部で,そ
の面積が二〇〇三・八平方メートルと小さいことは前記説示のとおりであり,
前掲乙第九号証,第二九号証の二及び証人R  (第一回),同I    
の各証言によれば,本件降雨時における海側側溝の集水範囲からの集水量は
右範囲からみれば毎秒〇・〇五七立方メートルに過ぎず,右側溝は有蓋であ
るため実際にはこれよりもかなり下回っていたことが認められる。さらに,
-68-
側溝からの排水の相当部分は右境に沿って地表面を流下したものと推認され
る(なお,これが排水施設として不十分であったために本件盛土の崩壊が生
じたと認めるべき証拠はない。)。
 このように,本件降雨時の海側側溝から本件盛土への排水の浸透量は,他
の経路から本件盛土への表流水の流入量に比べればかなり少なかったのであ
るから,これが前記盛土頭頂部崩落の原因であるとは認め難い。右盛土部分
の崩落の原因は,むしろ,前記説示のとおり地下水位の急激な上昇に求める
-69-
べきである。
 以上の点に照らして,H 意見書は前記見解はにわかに採用できない。
 他に海側側溝に瑕疵があったと認めるに足りる証拠はないから,原告らの
主張は失当である。
(三) 山側側溝の瑕疵の有無について
 原告らは,本件事故当時,山側側溝は,その内部に落葉や雑草,泥等が堆
積しており,排水施設としての機能を果たさなかった点で瑕疵がある旨主張
する。
 しかしながら,証人V  の証言により成立の認められる乙第三二号証の
一,二及び証人Y   ,同V  の各証言によれば,土木事務所では通常
パトロールとして毎月二,三回パトロール要員が本件道路の状況を定期的に
-70-
点検し,異常があればさらに詳細な調査を行い,その結果をパトロール日誌
に記録して右事務所に報告しており,この通常パトロールとは別に,災害時
や付近住民から苦情の申出があった場合にも異常パトロールとして臨時に点
検を行っていたこと,パトロールの際に道路の側溝に異常を発見した場合に
は土木事務所の機動班が清掃したり業者に委託してこれを行わせたりしてい
たほか,毎年六月から八月にかけて本件道路の草刈りと共に側溝の清掃を行
っていたこと,本件事故前の昭和六一年七月一四日及び同月二一日,土木事
務所のW   及びX   が通常パトロールとして本件道路の点検を行っ
たが,本件崩壊現場付近の本件道路には格別異常はなく,当時,本件道路や
側溝に関して付近住民から苦情の申出もなかったことが認められ,これらの
事実に徴すれば,本件事故当時山側側溝が原告主張のような状態であったと
-71-
は認め難い。
 もっとも,検証の結果によれば,本件崩壊現場北東にある山側側溝の分水
点から女川方向に約四〇〇メートル寄りの地点で山側側溝内部に泥が堆積し
ていたことが認められる。しかしながら,前掲乙第一二号証の一ないし五及
び証人I    ,同Y   の各証言によれば,前記堆積箇所は山側側溝
の勾配の継目にあたることから,側溝内部に泥等が堆積しやすい状態となっ
ていたのに対し,本件崩壊現場付近では山側側溝は女川方面から塚浜方面に
かけて約六パーセントの縦断勾配をなしているため,降雨時には枯葉や泥が
勾配に従って流下し,側溝内部に堆積しにくい構造となっていると認められ
るから,右検証結果から直ちに本件事故当時,山側側溝の内部に落葉や雑草,
泥等が堆積していたと推認することはできない。
-72-
 また,検証の結果によれば,本件道路北東山側の山裾沿い約八〇メートル
にわたり根の付着した土塊が放置されていたことが認められ,証人L   
証言及び原告A 本人の供述中には,検証の二,三日前に土木作業員風の者
又は被告の職員が本件道路の側溝を清掃していた旨,被告が検証直前に右箇
所の山側側溝内部から右土塊を除去したことを窺わせるような部分がある。
しかしながら,被告が検証対策として右土塊を側溝内から引き上げたとすれ
ば,これを撤去せず側溝脇に放置していたのは理解し難い行動であって,証
人Y   ,同V  ,同I    の右事実を否定する証言に照らして,
右証言供述部分はたやすく措信できない。
 以上のほか,原告主張事実を認めるに足りる証拠はないから,右主張は失
グ調査によっても本件崩壊現場では谷筋に降雨時以外に地下水の存在が認めら
-74-
れないことは,いずれも既に説示したとおりである。これらの事実からは,本
件道路設置の結果,地下水により本件盛土下部の地盤の脆弱化が生じたとは考
え難い。そして,証人M   ,同I    ,同R  (第一,第二回)の
各証言によれば,通常の降雨時の主谷筋からの流水に対しては,四1(三)のよ
うな地形のもとで山側側溝の外側(山側)の窪地にこれを貯留,浸透させ,溢
れた水を山側側溝で排水する仕組にしたものであることが認められるところ,
右仕組が通常予想される降雨に対して排水施設として不十分であったと認める
べき証拠はない(それにもかかわらず,なお本件豪雨により本件盛土に流入し
た2(四)の表流水の処理の不十分をいうのであれば,それはむしろ本件盛土の
側の問題として論ずべきである。)。
 そもそも,本件盛土崩壊は,一〇〇年ないし一四〇年確率という異常な強度
-75-
の降雨のもとで生じたもので,主谷筋においては,山側側溝から溢れ出るなど
して本件崩壊現場に流下した表流水及び盛土表面から鉛直に浸透した雨水によ
り盛土内部の含水量が増大し,盛土内部が過飽和状態になったことが原因であ
って,地下水により本件盛土下部の地盤が脆弱化したことによるとすべき根拠
はないし,また,支谷筋においては,降雨により盛土部分の地下水位が急速に
上昇したことに盛土表面から土中に浸透した雨水が相俟って,盛土内部の含水
量が増大し,盛土内部が過飽和状態になって盛土が崩壊したのであるが,右地
下水位の急速な上昇が本件道路による谷筋の遮断に起因することを窺わせる証
拠はない。
 H 意見書は,主谷筋の表流水や本件道路付近の地下水の存否について前記
説示と異なる前提のもとに推論したものであって,以上の点に照らして採用し
-76-
難い。
 他に,本件道路に地下排水施設を設置しなかったことに不備があると認める
べき証拠はないから,原告らの主張は失当というべきである。
五 以上の次第であるから,原告らの請求はその余の点につき判断するまでもなく
理由がないので棄却することし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条,九
三条一項を適用して,主文のとおり判決する。
     仙台地方裁判所第二民事部
-77-
(別紙物件目録,損害計算表,図面省略)
(注)ホームページに使用できる文字・記号に制約があるため,各ページの行数が原  
  判決と若干ずれている部分がありますので,ご了承ください。

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