弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人藤田和也ほかの上告受理申立て理由について
1本件は,第1審判決別紙物件目録記載1及び2の各土地(以下「本件各土
地」という。)の転借人が本件各土地上に所有する同目録記載3の建物(以下「本
件建物」という。)につき,根抵当権の設定を受けていた被上告人が,本件各土地
の所有者兼賃貸人又は賃借人兼転貸人である上告人らは,被上告人に差し入れた念
書をもって,上記転借人の地代不払などその借地権の消滅を来すおそれのある事実
が生じた場合には被上告人に通知をし,借地権の保全に努める義務を負う旨を約し
たにもかかわらず,上記義務を怠ったため,本件各土地の転貸借契約が上記転借人
の地代不払を理由に解除され,本件建物が収去されて上記根抵当権が消滅し,被上
告人が損害を被ったと主張して,上告人ら各自に対し,債務不履行等による損害賠
償請求権に基づき,1500万円及び遅延損害金の支払を求める事案である。
2原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)上告人Y(以下「上告人Y」という。)は第1審判決別紙物件目録記載11
2の土地の所有者であり,その子である上告人Y(以下「上告人Y」という。)22
は同目録記載1の土地の所有者である。
上告人Y(以下「上告会社」という。)は,不動産の賃貸借等を目的とする会3
社であり,その代表者は上告人Yである。1
(2)上告会社は,平成8年9月1日,上告人Y及び上告人Yから,本件各土12
地を賃借し,同年12月2日,Aに対し,スーパーマーケット事業の用に供する建
物の所有を目的として本件各土地を転貸した(以下,この契約を「本件転貸借契
約」という。)。Aは,同月3日,本件各土地上に本件建物を新築した。
(3)Aは,平成14年7月31日,被上告人のAに対する銀行取引等に係る債
権を担保するため,本件建物に極度額を5000万円とする第1順位の根抵当権
(以下「本件根抵当権」という。)を設定した。
(4)被上告人は,本件根抵当権の設定に先立つ平成14年6月25日,Aに対
し,「借地に関する念書」と題する書面を交付し,これに上告人らの署名押印又は
記名押印を得るよう求めた。上告人らは,同日,Aから上記書面を受領し,上告人
Yにおいて,上記書面に記載された条項の一部につき修正を求めた。1
上告人らは,同年7月5日,Aから,上告人Yの求めに応じて修正がされた書1
面(以下「本件念書」という。)を受領し,これに署名押印又は記名押印をした
上,同月8日,これをAを介して被上告人に交付した。
(5)本件念書は,あて先を被上告人とし,上告人Yを甲,上告人Yを乙,上21
告会社を丙,Aを丁として,被上告人が本件建物に根抵当権の設定を受けることを
上告人らが承諾する旨の条項のほか,「丁の地代不払い,無断転貸など借地権の消
滅もしくは変更を来たすようなおそれのある事実の生じた場合またはこのような事
実が生じるおそれのある場合は,甲,乙,丙および丁は貴行に通知するとともに,
借地権の保全に努めます。」と記載された条項(以下「本件事前通知条項」とい
う。)を含む数個の条項で構成されている。
(6)被上告人は,本件念書を受領するに当たり,上告人らに対して直接本件念
書の内容,効力等について説明をしたり,上告人らの意思確認をしたりしたことは
なく,本件念書は,原本1通が作成されただけで,写しが上告人らに交付されるこ
とはなかった。また,本件念書を差し入れることにつき,上告人らが被上告人から
対価の支払を受けたことはない。
(7)Aが,平成17年12月27日,再生手続開始の決定を受け,平成18年
1月分以降の地代を支払わなかったため,上告会社は,同年6月16日,Aに対
し,地代不払等を理由に本件転貸借契約を解除する旨の意思表示をし(以下,この
解除を「本件解除」という。),同月22日,本件建物を収去して本件各土地を明
け渡すことをAに求める訴訟(以下「別件訴訟」という。)を提起した。
(8)上告人らが,Aの地代の不払が生じていることを知りながら,これを本件
解除に先立って被上告人に通知しなかったため,被上告人は,別件訴訟係属中であ
る平成18年9月5日に上告会社から訴訟告知を受けて初めて地代不払の事実を知
った。
(9)被上告人は,別件訴訟に補助参加することなく,別件訴訟については,平
成18年12月8日,上告会社のAに対する請求を全部認容する旨の第1審判決
(以下「別件判決」という。)が言い渡され,同月29日,別件判決が確定した。
別件判決に基づいて平成19年4月下旬に本件建物が収去され,本件根抵当権が
消滅した。
3原審は,上記事実関係の下において,上告人らは,被上告人に差し入れた本
件念書をもって,Aの地代不払が生じていることを遅くとも本件解除までの間に被
上告人に通知する義務を負い,これを怠ったことにより被上告人の被った損害を賠
償する責任があると判断し,被上告人の被った損害の額を980万円と認定した
上,8割の過失相殺をして,被上告人の上告人ら各自に対する債務不履行による損
害賠償請求を196万円及び遅延損害金の支払を求める限度で認容すべきものとし
た。
4所論は,上告人らが地代の不払が生じていることを被上告人に通知すべき義
務を負い,その不履行を理由に上告人らが被上告人に対し損害賠償責任を負うとし
た原審の判断には,法令の解釈を誤った違法があるというのである。
5そこで検討すると,前記事実関係によれば,本件念書は,数個の条項で構成
され,そのうちの本件事前通知条項には,本件各土地に係るAの借地権の消滅を来
すおそれのある事実が生じた場合は,上告人らは,被上告人にこれを通知し,借地
権の保全に努める旨が明記されている上,上告人らは,事前に本件念書の内容を十
分に検討する機会を与えられてこれに署名押印又は記名押印をしたというのである
から,上告人らは,本件念書を差し入れるに当たり,本件事前通知条項が,上告会
社においてAの地代不払を理由に本件転貸借契約を解除する場合には,上記の地代
不払が生じている事実を遅くとも解除の前までに被上告人に通知する義務を負うと
の趣旨の条項であることを理解していたものといわざるを得ない。
そうすると,上告人らは,本件念書を差し入れることによって,上記の義務を負
う旨を合意したものであり,その不履行により被上告人に損害が生じたときは,損
害賠償を請求することが信義則に反すると認められる場合は別として,これを賠償
する責任を負うというべきである。このことは,上告人らが,本件念書の内容,効
力等につき被上告人から直接説明を受けておらず,本件念書を差し入れるに当たり
被上告人から対価の支払を受けていなかったなどの事情があっても,異ならない。
そして,上告人らが不動産の賃貸借を目的とする会社等であること,上告人らが
本件念書を差し入れるに至った経緯,上告会社が本件転貸借契約を解除するに至っ
た経緯等諸般の事情にかんがみると,被上告人が上告人らに対して上記の義務違反
を理由として損害賠償を請求することが信義則に反し,許されないとまでいうこと
はできず,被上告人の過失をしん酌し,上告人らが上記の義務を履行しなかったこ
とにより被上告人に生じた損害の額から,8割を減額するにとどめた原審の判断は
相当というべきである。
6以上によれば,原審の判断は正当として是認することができる。原判決に所
論の違法はなく,論旨は採用することができない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官宮川光
治の補足意見がある。
裁判官宮川光治の補足意見は,次のとおりである。
本件事前通知条項に基づく通知義務を法的義務であると解することは,借地権付
き建物の担保取引の実情に即し,相当であると思われる。しかし,他方,賃貸人で
ある土地所有者を長期にわたり対価もなく法的に拘束することとなり,実質的にみ
て公平ではなく,不合理ではないかという疑問があり得るであろう。この点に関
し,補足しておきたい。
土地賃貸人にとっては,いったん借地契約が締結されれば約定賃料が滞ることな
く支払われるということが最重要の関心事であると思われる。賃借人に賃料の支払
遅滞が生じた場合,そのことを抵当権者である金融機関に通知すれば,金融機関か
ら滞納分はもとより向後の賃料についても弁済(代払い)を受けられる可能性が高
い。本件のように通知をしないで賃貸借契約を解除し建物の収去を求めて争訟する
と,賃貸人は相当期間にわたって賃料収入を失い,更には建物の取壊し費用を負担
しなければならないことともなる。経済的合理性に反するのに,あえて,賃貸借契
約を終了させようとしている事例には,賃借人と通謀していることが疑われる場合
もあろうが,新規賃借希望者がいてこれと新たに賃貸借契約を締結するという意図
を有している場合が少なくない。
ところで,本件は,本件転貸借契約を締結して5年余を経過した時点において,
被上告人の求めに応じて抵当権が設定されたという事案であるが,一般に多くみら
れるのは,借地人が地上建物を建築する資金を金融機関から借り入れる場合であ
る。こうした事例では,賃貸借契約締結の際に,借地人が金融機関から資金を借り
入れるために必要な協力をすることが約定され,通常はその対価も権利金額等の設
定において考慮される。こうした協力をして,土地賃貸借契約の締結が円滑に実現
することは,賃貸人にとっても大いに有益なことであろう。
以上のように考えると,本件事前通知条項に基づく通知義務を法的義務であると
解したとしても,賃貸人にとって均衡を失して不利な事態となることはまれであ
り,通常は賃貸人にとっても土地賃貸借から収益を順調に上げていくという点では
不都合はないように思われる。それでも残る問題は,信義則,過失相殺の法理によ
り,適切に対応できると考えられる。
なお,今後は,金融機関においては,本件事案のように過失相殺があり得ること
にも配慮し,債務者及び担保物について適切に管理するとともに,賃貸人に対し承
諾文書に関し説明し,その写しを交付することなど賃貸人の理解に欠けるところが
ないよう実務を改めることが必要となろう。
(裁判長裁判官白木勇裁判官宮川光治裁判官櫻井龍子裁判官
金築誠志裁判官横田尤孝)

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