弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1控訴人の本件控訴に基づき,原判決中控訴人の敗訴部分を取り消す。
2前項の部分につき,被控訴人の請求を棄却する。
3被控訴人の附帯控訴を棄却する。
4訴訟費用は第1,2審を通じて被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴及び附帯控訴の趣旨
1控訴の趣旨
主文1,2項と同旨
2附帯控訴の趣旨
原判決を次のとおり変更する。
控訴人は被控訴人に対し,6235万3991円及びこれに対する平成25
年5月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1被控訴人の子であるAは,覚せい剤取締法違反の罪で平成25年1月からa刑務
所(以下「本件刑務所」という。)で服役していたところ,同年5月に同刑務所の
居室で自ら縊首し,死亡した。本件は,Aの母である被控訴人が控訴人に対し,A
の自殺防止及びその救命に関し本件刑務所職員に注意義務違反があったとして国
家賠償法1条1項による損害賠償請求権に基づき,Aから相続し,また自らに発生
した損害として合計6299万6942円の賠償及びこれに対する同人の死亡日
である平成25年5月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅
延損害金の支払を求めた事案である。
2原判決は,本件刑務所職員には自殺の危険性が高まっていたAの監視を怠った
過失があり,控訴人は被控訴人に対しAの死亡により生じた損害を賠償する責任
を負うが,民法722条2項の過失相殺の法理を類推適用し,その損害のうち4
割を減額するのが相当であるとして,控訴人に3476万0394円及びこれに
対する平成25年5月21日を始期とする年5分の割合による遅延損害金の支払
を命じる限度で被控訴人の請求を認容し,その余を棄却した。そこで,控訴人が
被控訴人の請求認容部分を不服として控訴し,また,被控訴人が請求棄却部分を
不服として附帯控訴した。
3前提事実並びに争点及びこれに対する当事者の主張は,次のとおり補正するほ
かは,原判決の「事実及び理由」中の第2の2及び3に記載のとおりであるので
これを引用する。
ア3頁9行目の「独居房」を「単独室」に,10行目の「雑居房」を「共同
室」にそれぞれ改める。
イ3頁15行目の「居室」を「単独室」に改める。
4頁14行目から15行目にかけての「本件刑務所に勤務する医師である
B医師」を「本件刑務所に勤務するB医師(以下「B」または「B医師」と
いう。)」に改める。
イ4頁25行目の「転室させた。」の次に「そして,その旨は,同日の夜間
監視当番である職員にも伝えられた。」を加える。
ア5頁5行目の「監視カメラ」を「監視カメラや巡回」に改める。
イ5頁19行目の「適切にAの自殺の危険性を評価しておらず」から21行
目の「至らしめた。」までを「適切にAの自殺の危険性を評価せず,その度
合いを見誤った。その結果,平成25年5月21日の夜間監視を担当する職
員にその危険性が正しく伝達されなかった上,物品の使用の制限を行わない
まま監視機能が不十分な本件居室に転室させ,Aを自殺するに至らしめた。」
に改める。
ア6頁12行目から13行目にかけての「それにもかかわらず,上記職員は」
を「監視カメラによる監視を担当していた職員は1名のみで,しかも自殺予
防についての研修も受けていない新人職員であった。そして,その職員は」
に改める。
イ6頁17行目から20行目までを削る。
ウ6頁23行目の「異常な行動に費やしていたのであるから」を「異常な行
動に費やしていた上,本件キャリーバックには本件長タオル及び本件ズボン
が連結されていたのであるから」に改める。
7頁24行目の末尾に改行の上,以下を加える。
さらに,上記のとおりの個別の注意義務違反を措いたとしても,控訴人
は長時間にわたるAの異常行動に気付くことができず,同人を死亡させた
のであるから,人員及び設備の各面において本件刑務所の監視態勢自体に
重大な不備があり,全体として本件刑務所の過失を構成する。」
9頁17行目の「上記職員らが」から25行目末尾までを次のとおり改める。
「巡回担当の職員がその異変に気付くことは困難であった。
そして,監視カメラによる監視に従事していた職員は1名であったが,①
同人は本件刑務所に多数設置されている監視カメラの映像を同時に観察して
いた上,A以外にも,綿密な動静監視を要する者が4名おり,Aのみを特に
注意して監視すべき状況にはなかったこと,②本件居室の映像は,監視カメ
ラによる監視に従事していた職員の面前のモニターの画面全体に表示されて
いたのではなく,一画面の6分の1程度の小さな画面に表示され,その画像
も数秒毎に切り替わっていき,継続的に画面に表示されるものではなかった
こと,③上記職員はAに自殺の危険性があるとは認識していなかったこと,
そして,④常識的にみてキャリーバッグの取っ手にタオルとズボンを連結し
て縊首することを想定するのは極めて困難であることを考慮すると,監視カ
メラによる監視に従事していた職員が,画面に断片的にしか映し出されない
Aの姿・様子を観察して,その異変に気付くことは困難であった。」
10頁23行目から11頁2行目までを削る。
11頁7行目から8行目にかけての「1人で見ていたのであって,上記事情
も合わせて考えれば」を「1人で観察していたのであり,前記のとおりAの異
変に気付くことは困難であったことも合わせて考えれば」に改める。
13頁7行目及び22行目の各「3079万6942円」をいずれも「30
18万3991円」に,13行目の「平成24年」を「平成25年」に,15
行目の「463万7500円」を「454万5200円」にそれぞれ改める。
14頁16行目の「570万円」を「567万円」に,17行目の「629
9万6942円」を「6235万3991円」にそれぞれ改める。
第3当裁判所の判断
1認定事実
当裁判所が認定した事実は,次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理
由」中の第3の1に記載のとおりであるから,これを引用する。
15頁10行目の「証拠」を「後掲の証拠」に改める。
17頁16行目の「本件自殺企図事件を起こした」を「自室の報知器を点灯さ
せて職員がAの居室に近づく様子を確認したうえで,首にタオルを巻き付け,そ
の両端を左右に引っ張って自身の首を締め付けて床に横たわった。そして,駆け
つけた職員の呼びかけに直ちに応じ,立ち上がってタオルを外した(本件自殺企
図事件)」に改める。
17頁24行目の「独居房」を「単独室」に改める。
19頁23行目から20頁3行目までを次のとおり改める。
「コまた,Aは,上記ケの刑務作業の拒否から数時間が経過した午後1時9分
から被控訴人と面会した。この面会で,Aは「体の調子が悪いのよ。」,(薬
が出ないので)「仕事できんね。」,(精神科の先生は居るが)「話も聞い
てくれんもんね。」,「きついね。」,「本当,たまらんけん,死にたいね。
絶対頭がおかしくなるよ。」,(精神科の先生は)「変わった人やね。経過
観察としか言わんもんね。」等と述べた。また,被控訴人は,「あんたの目
が飛んでるね.そういうところを刑務官が気付いてやらんとね。」,「短期
間でもコウウツ剤をくれればいいけどね。」,「自殺だけはしなさんなよ。」
等と応じた(甲2,乙3,被控訴人本人)。」
21頁12行目から15行目までを削る。
21頁19行目から20行目にかけての「軽作業」を「軽作業(紙折作業)」
に改める。
22頁24行目の末尾に改行のうえ,以下を加える。
「監視カメラ等による本件居室の監視
Aが本件自殺企図体勢をとり始めた,平成25年5月
21日午後5時頃以降の本件居室の監視状況は次のとおりであった(甲3の
2,乙31,乙32,証人C,証人D)。
ア夜勤の監視当番を担当する職員は,午後5時頃に夜勤担当の班長から申
し送りを受けた後,担当業務についた。この申し送りの際,夜勤担当の班
長はAが心情不安定であるため,本件居室に転室になった旨を伝えた。
イ総合警備監視センター(以下「監視センター」という。)での監視カメ
ラの監視を担当したC看守(以下「C」という。)は,午後5時7分頃か
ら同センター内に多数設置されているモニターの観察を始めた。
監視センターのモニターは本件刑務所に設置された多数の監視カメ
ラとつながっており,①例えば保護室のように,重点的な監視を要する
箇所の映像はCの面前に設置された数台のモニター(以下「面前モニタ
ー」という。)に映し出され,②それ以外の箇所の映像は,Cの正面か
ら約3メートル離れた壁面に掛けられた合計6台のモニター(以下「壁
面モニター」という。)に映し出された。
ただし,壁面モニターの画像は,撮影箇所の映像を画面全体に映し出
す面前モニターと異なり,1台の壁面モニター画面に同時に6つの画像
が映し出されるものであった。すなわち,1つの箇所の映像は一画面の
約6分の1の大きさ(縦23センチメートル,横31センチメートル)
で数秒間映し出されるに過ぎず,しかも数秒毎に他の撮影箇所の映像に
順次切り替わっていった。また,特定の撮影箇所が特定の位置に映し出
される等といった,規則性も格別なかった。
Cは面前モニターの画像に注意を払うとともに,壁面モニターに映し
出されていく各種の画像を観察した。本件居室の映像は壁面モニターに
映し出されたが,Cは順次切り替わっていく画像を通じて,サ
ないしスのとおり,Aが立って鏡を眺める姿や,本件居室の扉入口付近
に横臥する様子を確認した。
ウ夜勤の巡回を担当したD看守(以下「D」という。)は,午後5時10
分頃より巡回を始めた。Dは前記アのとおり精神的に不安定であるため本
件居室へ転室した旨の申し送りがあったAの様子を確認しようと考え,最
初に本件居室を確認した。すると,Aは立ち上がって鏡を眺めていたため,
Dは,異常はないものと判断し巡回を続けた。
午後5時14分頃,Dは日中の巡回当番からの申し送りを受けた。その
際,Aの様子を確認したところ,特異な動静はない旨の説明を受けた。
その後,Dは再び巡回を始め,午後5時18分頃に本件居室を確認した
ところ,呼びかけに応じないまま,Aが扉付近に横たわっていたため,直
ちに緊急通報を行い,他の職員の応援を求めた。そして,本件居室の扉の
鍵を持った職員が到着し,扉を開放したところ,本件自殺企図体勢で床に
横たわっているAが発見された。
救命措置の経緯
,ウのとおりAを発見した後に執られた救命措置の経過は次のとお
りである(甲3の1及び2)。
ア緊急通報をうけて本件居室に赴いた,本件刑務所の医務課所属の看護師
がAの生命徴候を確認したところ顔面は蒼白で意識はなく,脈拍は微弱で
あった。また,自発呼吸はあるものの浅い上,血圧も80mmhg/40mmhg
と低下していた。他方,AEDを装着したところ,電気刺激の必要はない
旨の案内音声が発せられたので,電気刺激は行わなかった。
イ午後5時27分頃,Aはリカバリー室に搬入された。
この時点での血圧は102mmhg/57mmhgであったが,意識は消失した
ままであった。また,AEDを再度装着したところ,上記アと同様,電気
刺激の必要はない旨の案内音声が発せられたものの,改めて心電図モニタ
ーを装着すると,心停止の波形が確認できた。
そこで,バッグマスクによる人工呼吸と並行して,胸骨圧迫による心肺
蘇生処置が講じられたが,Aの心拍は再開しなかった。
ウAは午後5時51分にb病院へ救急搬送されたが,同病院に到着後の午
後6時18分に死亡した。」
2検討
前記1の認定事実を踏まえ,時系列に即して被控訴人の主張を順次検討する。
本件刑務所への入所から本件自殺企図事件まで
ア本件刑務所に入所した平成25年1月の時点で,Aは覚せい剤中毒後遺症を
発症して,幻聴や抑うつ症状等が出現しており,そのため,精神科医であるB
医師の診察に基づき,抗精神病薬を中心とした治療を受けている。
イところで,Aは入所から約2か月が経過した平成25年4月3日に本件自殺
企図事件を起こしているところ,被控訴人は,Aは服役囚である上,抑うつ症
状を伴う覚せい剤中毒後遺症を発症していたのだから自殺のリスクが高かっ
たところ,平成25年4月3日にこれが現実化し,以後Aは強い希死念慮を継
続的に有するに至った旨主張する。
確かに,本件自殺企図事件の当日(平成25年4月3日)に行われたEとの
面接の際のAは顔面蒼白で,手足が小刻みに震え,目を見開いたまま一点を見
据えるなど,明らかに精神的に不安定な様相を呈しており,また,その翌日(同
年4月4日)にAを診察したB医師は,Aが本件自殺企図事件を起こしたこと
を重く受け止め,その自殺衝動性が高まっていると判断している。
しかし,本件自殺企図事件の前の状況をみてみると,その直近の平成25年
3月に,Aとしては症状の改善を感じていた抗うつ剤トリプタノールの処方が
中止され,そのため,Aはトリプタノールを切望して処方を求めたがB医師が
応じなかったとの経緯がある。また,Aは,本件自殺企図事件の後に行われた
職員による事情聴取で,平成25年4月3日に精神科医の診察を強く希望して
その旨を申し出たところ,精神科医の担当日である明日(4月4日)に申し出
をするよう指導されたことから,自殺未遂をすれば精神科を受診することがで
きるのではないかと考えて,本件自殺企図事件に及んだ旨述べている(甲3の
1)。実際,本件自殺企図事件の際のAの行動は結局のところ,職員の発見を
促すかのように自ら自室の報知器を点灯させ,しかも,単に首に巻き付けたタ
オルの両端を両手で引っ張って横たわったというだけのものである(そのた
め,駆け付けた職員の呼びかけに直ちに応じて,首に巻いたタオルを外してい
る。)。してみると,Aを継続的に診察していたB医師が指摘するとおり(証
人B),Aはトリプタノールの服用及びその投与中止を契機にトリプタノール
への依存傾向が顕在化し,本件自殺企図事件はその探索行動であったとみるの
が相当である。
そして,上記の検討を踏まえると,Aが高い自殺リスクを有しているとの点
も,その人物属性の面のみを捉えた一般的・抽象的な指摘に止まり,本件自殺
企図事件を十分に説明し尽くせていない。
以上によると,本件自殺企図事件の当時のAが,懲罰の危険を甘受してで
もトリプタノールの処方を切望する,という精神的に相当追い詰められた状
況に陥っていた可能性は否定し難いものの,それは薬物依存傾向に強い影響
を受けた精神状態であって,希死念慮とは性質を異にするものというべきで
ある。
ウよって,本件自殺企図事件に係るAの行動が強い希死念慮に起因するもの
であったとは認められない。
なお,被控訴人は,証拠(甲8,甲15,甲17,甲22,甲27)を根
拠として,自殺演技であっても希死念慮を併せ有することはあるから,仮に
本件自殺企図事件が自殺演技であったとしてもこれを軽視してはならない旨
主張する。しかし,仮にそうだとしても,本件自殺企図事件に関する前記の
検討結果を踏まえると,同事件の経緯からAが自殺に及ぶ具体的な危険性を
看て取るのは困難というほかなく,被控訴人の主張は上記認定・判断を左右
しない。
本件閉居罰について
ア本件自殺企図事件の後,Aは自傷行為に及んだとして本件閉居罰が科された
ところ,被控訴人は,希死念慮を抱き衰弱していたAに本件閉居罰を科したこ
とにより,心理的負荷をかけ自殺の危険性をより高め,Aを縊首自殺するに至
らしめたとして,本件閉居罰を科したことに注意義務違反がある旨主張する。
イしかし,本件閉居罰の執行とAの縊首自殺との関連性を肯認することはで
きない。
まず,のとおり,本件自殺企図事件の時点で,Aが強い希死念慮を
有していたとは認められない。しかも,証拠(乙10)によると,本件閉居
罰の執行期間である平成25年4月16日から同年5月10日までの間のA
の動静に,心情の不安定さを窺わせるような特異事象は生じなかったことが
認められる。さらに,同年5月9日のEとの面接でも,Aはトリプタノール
を処方しないB医師に対する不満を述べつつも,刑務所内での作業や出所後
の更生につき前向きな態度をみせた上,同月16日のB医師による診察でも,
抑うつ剤の処方を求めつつも「薬に頼りたくない。」などと前向きな発言を
していたことからすると,本件自殺企図事件の当時のAの精神状態は,本件
閉居罰の執行を経てむしろ沈静化したと評するのが相当である。
ウしたがって,そもそも本件閉居罰の執行によりAの自殺の危険性がより高
まり,同人を縊首自殺するに至らしめたとする被控訴人の主張はその前提を
欠き採用できない。
本件職権面接について
ア,本件自殺企図事件当時のAの精神状態は本件閉居罰を経
て沈静に向かった。平成25年5月17日に共同室へ転室し,刑務作業に復
帰できたことはその現れといえる。しかし,同月20日にAの精神状態は再
び安定を欠くに至り,翌21日に縊首自殺に及んでいることからすると,事
後的に考察する限り,同人の精神状態は5月20日から21日にかけて急激
に変化したといわざるを得ない。
イそして,Aのこのような変化に対し,EはAの求めに応じ本件職権面接を行
っているところ,被控訴人は,同面接でのEの対応は,カナダの自殺予防の専
門家グループがまとめた,自殺の危険が高い人への対応の原則である「TAL
Kの原則」に則っていない不適切なものであったため,Aに孤立感及び絶望感
を与え,同人が自殺する危険性を高めた旨主張する。
証拠(甲10,甲22)によると,被控訴人の指摘する「TALKの原則」
は,要旨,自殺の危険が高いと思われる人に対し,言葉で心配している旨を伝
える,率直に自殺を考えているかを質問する,その人の話を傾聴する,少しで
も危険を感じたら安全を確保する,といったように,自殺の危険が高いと思わ
れる人へ接する際の行動指針を整理したものであることが認められる。しか
し,証拠(甲3の1,乙24,証人E)から把握できるEとAのやりとりを通
覧しても,Eの対応が「TALKの原則」に明らかに違反しているとは評価し
難い上(同原則の内容は極めて抽象的で,具体的にいかなる対応が禁じられる
のかは必ずしも明瞭ではない。),同原則に則っていない対応がされたからと
いって直ちに対象者の自殺の危険性を高める結果に結びつくのかは甚だ疑問
である。むしろ,Eは「TALKの原則」を認識していないものの(証人E),
Aに「気持ちを落ち着けて,生活してください。」,「具合が悪いときには,
先生に相談しながらあせらずに直して下さい。」,「少しずつ環境を変えなが
ら,あまり考えすぎないで」等と伝え,その心情を思いやる言葉をかけている
ほか,幻覚を訴えるAの話にも耳を傾けており,「TALKの原則」に一定程
度,適った対応をしているとも評価できる。
さらには,そもそも,本件証拠によっても,この「TALKの原則」が,我
が国において,刑事施設の職員が遵守すべき行為準則として確立しているとは
認められない。
ウ以上によると,本件職権面接におけるEの対応に注意義務違反を構成するよ
うな問題があったとは認められない。
物品の使用制限を伴わない本件居室への転室について
アEは本件職権面接の結果,Aの精神状態が不安定であるとは理解したが,
直ちに自傷行為等に及ぶ危険が存するとは認識していない。そのため,念の
ためAを本件居室へ転室させたが,物品の使用を制限していない。
そこで,被控訴人は,EはAの自殺の危険性を認識し得たにもかかわらず
その評価を誤り,その結果,本件キャリーバッグ,本件ズボン及び本件長タ
オルの使用を制限しないまま,しかも,監視カメラによる重点的な監視がさ
れる保護室等ではなく,十分な監視機能が備わっていない本件居室にAを転
室させたとして,これらの判断に注意義務違反が存する旨主張するので,以
下検討する。
イここでは,まず,EがAの自殺を予見すべきであったかが問題となる。
この点,被控訴人は,①Aは服役囚であり,そもそも高い自殺リスクを
有している,②約1か月半前に自殺未遂の既往がある,③本件職権面接の
前日である平成25年5月20日の朝,突然,Aは刑務作業を拒否した上,
同日午後の被控訴人との面会で「死にたいね。」と述べ,Eも,Aのこの
発言を本件職権面接に先立ち把握していた,④本件職権面接の際,Aが幻
覚様の症状を訴えていた,そして,⑤本件職権面接の数時間後に縊首自殺
に及んだ,といった諸点を挙げて,Eは本件職権面接の時点で,Aは強い
希死念慮を有しており,それゆえ同人が自殺に及ぶ危険があることを予見
すべきであった旨主張する。
確かに,本件職権面接の約3時間後に現にAは縊首自殺に及んでいる(上
のだから,この面接の時点で既にAが希死念慮を有していた可能
性は否定し難い。しかし,仮にそうだとしても,事柄の性質上,希死念慮の
ような人の内心傾向の有無・強度は,当該人物の発言・行動等といった外形
的要素から把握するほかないところ,証拠(甲3の1,乙24,証人E)よ
り把握できる本件職権面接でのやりとりをみても,幻覚様の症状の訴え(上
Aの応答及び言動は抑うつ状態にある者のそれとして格
別特異なものとは評価できず,実際,本件自殺企図事件の当日及び翌日(平
成25年4月3日及び4日)の様相と比べても,不穏なものであったとはい
えない。すなわち,本件職権面接におけるAの応答・言動は,精神状態が変
調し,不安定となったことを示すものではあっても,同人が具体的な希死念
慮を抱いていたことを示すものとはいえない。
なお,この点に関連して被控訴人は,本件職権面接のEを始めとする本
件刑務所職員が,世界保健機構が各国の刑務所職員に提唱している自殺予
防のためのプログラム(甲8)に沿ったスクリーニングや,本件刑務所で
も用意されている服役囚の自殺の危険性を把握するための「自殺要注意者
判定表」(乙25)を活用し,Aの精神状態を点検しなかった旨主張する。
しかし,本件閉居罰を終えた後のAの精神状況は安定していた。加えて,
その後の平成25年5月20日に突如,精神面に変調を来したものの,証
拠(乙10,11)によれば,同日及びその翌日である5月21日のAの
食事面及び生活動作面で特異な様子・行動もみられなかったことが認めら
れる。さらには,5月21日の本件職権面接でのやりとりからは,Aの精
神状態が不安定となったことは把握できるものの,その後の縊首自殺のお
それを窺わせる事情も見出せない。してみると,仮に本件職権面接の際に
世界保健機構が提唱するプログラムや,自殺要注意者判定表を用いたとし
ても,Aが数時間後に自殺に及ぶ危険性を把握できたかについては疑問が
残り,的確な証拠もない本件では被控訴人の主張は採用できない。
(甲8,甲10,甲22),本件における自殺未遂の既往というのは本件自
殺企図事件である。しかるに,同事件におけるAの行動は薬物の探索による
ものであり,強い希死念慮に起因する衝動的な行為とはいえない。よって,
本件自殺企図事件を自殺衝動による自殺未遂のケースと同視するのは相当
でなく,Eが本件自殺企図事件を念頭に,Aの自殺衝動ないし強い希死念慮
に想到すべきであったとはいえない。
そして,縊首自殺の前日に刑務作業を拒否したこと,そして被控訴人に「死
にたいね。」と述べたことについては,まず前者については,
本件自殺企図事件の後は平成25年5月20日の刑務作業の拒否までの間,
Aには前向きな姿勢もみられ,問題行動も出現しておらず,また,作業拒否
それ自体は直ちに自殺衝動ないし強い希死念慮と結びつくものではない。す
なわち,Aの精神状態の変調を示すものとして,その後の経過観察の必要性
を基礎付ける事情ではあるものの,切迫した自殺の危険性を想到させるもの
とはいえない。
次に,後者についてはその言葉だけを捉えれば,希死念慮の表出とも捉え
得るものではある。しかし,その評価に当たっては,この発言の前後のやり
とりやその背景事情をも勘案する必要がある。まず,本件自殺企図事件の後
も,Aはトリプタノールを処方しないB医師への不満を強く訴え続けていた
ところ,平成25年5月20日の被控訴人との面接においても,AはB医師
が抗うつ剤であるトリプタノールを処方しないため体調が悪化した旨を訴
え,何度訴えてもトリプタノールを処方しない同医師が「経過観察としか言
わ」ない「変わった人」であると強く非難しており,そこには平成25年3
月以降から続くトリプタノールへの強い依存傾向を看て取ることができる。
加えて,証拠(乙3)によると,この面接の際の話題の多くを,医務に対す
る不平・不満が占めていたことが認められる。してみると,Aが発した「死
にたい」との発言も,これを外形的に観察したときには,トリプタノールの
処方を得られない現状は「絶対頭がおかしく」なってしまうほどに不合理で
あるとして,B医師がトリプタノールを処方してくれないことへの不満の情
を強調する趣旨のものとも捉えられるのであり,少なくとも,被控訴人との
面接時の会話の推移等に照らすと,Aのこの発言に接した者が,その希死念
慮に想到するのは困難な面があるというべきである。よって,Aの一連の発
言のうちの「死にたいね。」との一言のみを抽出して,これを希死念慮の外
形的な表出と評価すべきであったとはいえない。
なお,被控訴人は,平成25年5月20日の被控訴人との面会の際のAに,
頭を上下に激しく振る,胸を激しく何度も叩く等の異常な行動がみられた旨
主張し,証拠(甲2,被控訴人本人)はこれに沿う。しかし,Aと被控訴人
との面会には職員が立ち会っている(乙3)。したがって,仮にAが,被控
訴人が主張するような特異な行動に及んだとすれば,職員はAに注意する,
ないしはその行動を静止する等の何らかの対応に出るものとみられ,少なく
とも,Aに特異な行動がみられた旨を面会表に書き留めるとみられる。とこ
ろが,この面会経過の要旨を記した「面会表」(乙3)にはそのような記載
は見当たらないのであり,してみると,仮に,面会の際,Aが頭を振る,胸
を叩くといった行動に及んだとしても,それは注意,静止を要するほどの態
様のものではなかった可能性も否定し難い。少なくとも,的確な裏付けも見
当たらない本件では,Aの行動が,被控訴人が主張するほどに異常なもので
あったとは認めるに足りない。
最後に,Aが服役囚であること()は,前記のとおり,Aに自
殺リスクがあるという,一般的な事柄の指摘に止まるというほかない。
以上によると,E
で指摘するような要素を踏まえ,Aが強い希死念慮を有しており,それゆ
え同人が数時間後に自殺に及ぶ危険性に想到するのは困難であったといえ
る。Aに直ちに自傷行為に及ぶ危険はないと認識したのはやむを得ない。
これに対し,被控訴人は,精神科医であるF医師の意見書(甲27)を
根拠に上記認定・判断を争う。しかし,甲27の意見書を同医師の作成し
た甲22とも併せてみると,その内容は,可能な限り自殺を予防していく
という観点から,望ましい自殺予知の方策をもとに組み立てられていると
評価できる。その意味では,F医師の意見書は法的な判断とは次元を異に
する啓蒙的な提言が含まれていると評せざるを得ない。また,これを措く
としても,ここで問題とすべきなのは,医療専門職ではない刑事施設の職
員の自殺の予見可能性であって,精神科医を始めとする精神医療の関係者
のそれではないから,精神医療の知見が直ちに刑事施設の職員の行為準則
を構成するものでもない。してみると,F医師の意見書は,服役囚の自殺
に関する刑事施設の職員の注意義務の範囲を的確に画するための基準・視
点を提示できているとはいえない。
よって,これに依拠した被控訴人の主張は採用できない。
ウ続いて,上記イの検討を踏まえ,本件職権面接後に措置された,物品使用
の制限を伴わない本件居室への転室の当否につき判断する。
まず,本件職権面接を経てEが把握できたAの状況は,同人の精神的な
不安定さに止まる。確かに,Eは「念のため」にAを本件居室に転室させ
た旨述べるところ(証人E),その心理状況としてはAに不測の事態が生
じる可能性を予知したものといえる。しかし,その予知は漠然とした危惧
感に止まるものであって,Aの自殺の危険性を具体的に予知したものとは
いえないし,また,これを予知することができたともいえない。
そして,このような予見可能性に関する事情に照らすと,Eを始めとす
る本件刑務所職員は,Aに突如出現した精神状態の変調に対応し,自殺等
といった不測の事態に備えるべく,通常の服役囚とは異なる監視態勢を講
じるべき義務を負っていたものの,それ以上にAの自殺防止を最優先とし
た措置を講じるべき義務を負っていたとはいえない。
以上の理解を前提とすると,本件居室は監視カメラによる重点的な監視
が可能な保護室等ではないものの監視カメラは設置されており,これと職
員による巡回監視と併せれば,通常の単独室と比べ被収容者の監視機能は
遥かに高い。また,証拠(乙30)によれば,本件居室の構造は被収容者
の自殺を防止するため,紐のような索状物を掛けられないよう,例えば水
道の蛇口をゴム製のものを用いる等の措置が講じられていることが認めら
れる。つまり,本件居室はAの動静を監視し,自殺を防止する機能を備え
ていると評価できるから,Aを本件居室に転室させたことが不相当とはい
えない。
また,Aの動静を監視し,自殺防止の機能を備えた本件居室へ転室させる
ことにより,Aの不測の行動を防止する効果は期待できるから,生活必需品
である本件ズボン及び本件長タオルや,常識的にみても自殺に供することを
想定し難い本件キャリーバッグの使用を制限すべきであったとは評し難い。
すなわち,これらの物品の使用を制限しなかったことも不相当とはいえな
い。
以上に対し,被控訴人は,①乙15,乙30から把握できる本件居室の
構造からは,壁に設置された金具等の縊首の支点となり得るものがなお存
在した,②ズボンやタオルは,受刑者の自殺に多く用いられている物品で
ある等の諸点を指摘する。しかし,このような指摘は,自殺防止を最優先
とした措置を講じるべき義務を負うことを前提としたときに,自殺に結び
つく具体的な危険要素を除去できたかを検討するうえで極めて重要な意義
を有する。しかし,前記のとおり,本件刑務所職員は上記のような義務を
負うものではないから(すなわち,自殺に結びつく具体的な危険要素を払
拭すべく行動すべき義務はない。),本件居室になお縊首の支点となり得
るものがあり,また室内に縊首の用具となり得る物品の持込みを制限しな
かったとしても,これらの点が本件刑務所の注意義務違反の存否の評価を
左右するものではない。
エ以上によれば,物品の使用を制限せずにAを本件居室に転室させたことに
つき注意義務違反は認められない。
本件居室の監視について
ア証拠(乙15)及び弁論の全趣旨によれば,本件居室の天井中央付近に監視
カメラが設置されており,上方から見た居室の画像が監視センターのモニター
に映し出されること,このような監視カメラの設置位置のため被収容者の位置
によってはその身体が視界の妨げとなること,また,居室の四隅付近は室内の
明るさ,カメラからの距離・角度等の要因から,本件居室の状況確認が困難と
なることがあると認められる。
そして,本件職権面接から約3時間が経過した平成25年5月21日午後5
時頃に,Aは本件キャリーバッグの取っ手に本件パジャマと本件長タオルを連
結して,縊首自殺の準備を行っているところ,Aはこれを下向きの姿勢で行っ
ているためその身体が妨げとなり,監視カメラによる映像(乙15)にそのよ
うな準備行動の詳細は映し出されていない。しかも,この映像によれば,Aが
本件キャリーバッグに本件パジャマ及び本件長タオルを連結したのは数秒間
の出来事であったといえる。
以上によると,監視センターで監視カメラによる観察をしていたCが本件キ
ャリーバッグの取っ手に本件パジャマと本件長タオルを連結するAの行動を
察知するのは困難であったと認められる。
イ次に,午後5時過ぎ頃から,Aは本件自殺企図体勢をとり始め,その後は本
件自殺企図体勢とその解除を数回繰り返しているが,証拠(乙15)の監視カ
メラの映像によれば,遅くとも午後5時12分頃から,午後5時18分に本件
居室を巡回したDに発見されるまでの6分間以上にわたりAが本件自殺企図
体勢を維持してうつ伏せに横たわっていたことを確認できる。そして,被控訴
人は,このようなAの姿勢は明らかに不自然であるとして,監視センターで監
視カメラの観察を行っていたCがAの異様な恰好を発見できなかったことに
注意義務違反が存する旨主張する。
確かに,Aが本件自殺企図体勢を維持していた外形を把握できたのであれ
ば,Cも異変を察知し,しかるべき措置を講じたであろうことは容易に想定で
きる。しかし,本件自殺企図体勢は,監視カメラの死角となり易い居室の隅で
とられている上,その姿勢の最も重要な部分,つまり本件長タオルと本件ズボ
ンを連結した索状物をキャリーバックの取っ手を支点として首に掛けた様子
はAの体に遮られ監視カメラでは捉えられていない。しかも,壁面モニターに
は合計36の分割画像が一度に映し出され,本件居室の画像もそのような分割
画像として壁面モニターに数秒間映し出されるに過ぎないことに加え,本件居
室の画像がどこに映し出されるかにつき格別の規則性もなかったこと(証人
C)を勘案すると,結局のところ,CはAが本件居室の扉付近でうつ伏せに横
たわっていた姿を断片的にしか捉えることができなかったと認められる。
そして,以上に加え,Cは午後5時頃に夜勤担当の班長から,Aが心情不安
定であるため,本件居室に転室になった旨の申し送りを受けたに過ぎず,Aが
自殺に及ぶ危険性を全く認識していなかったことをも勘案すると,Cが,壁面
モニターに断片的に映し出される本件居室の映像を観察することにより,Aが
6分以上も本件自殺企図体勢を維持していたことを察知するのは困難であっ
たというべきである。
以上に対し,被控訴人は,①本件居室の扉の前にうつ伏せに横たわる姿勢自
体が異様である上,監視カメラに映し出された本件居室の画像からは,うつ伏
せに横たわるAの側の本件キャリーバッグに索状物が連結されていることが
確認できるから,画像を注視していればその異変に気付くことはできた,②C
が,Aが心情不安定であるため本件居室に転室になった旨の申し送りを受けた
に過ぎず,Aが自殺に及ぶ危険性を全く認識していなかったとするならば,夜
勤担当の班長の引継ぎに過誤がある,そして,③そもそもCは自殺予防の研修
を経ていない上,夜間監視の経験のない新人職員であり,監視要員としての適
格性に問題があった等として,上記の認定・判断を争う。
しかしながら,上記①については,確かに証拠(乙15及び証人C)によれ
ば,本件居室の映像を静止画像として観察したときには,横たわるAの側に置
かれた本件キャリーバッグに索状物らしきものが連結されていること,また,
Aの頸部にも索状物らしきものが存することを確認できる。しかし,その状況
は画面の端に小さく映し出されているだけであるため,静止画像を観察して
も,直ちにその詳細を把握できるものではない。しかも,それが3メートルも
離れた箇所に設置された壁面モニター内の小さな分割画面に数秒間しか映し
出されないことに加え,キャリーバッグの取っ手を支点とした縊首自殺はやは
り極めて特異というほかないことをも勘案すると,結局のところ,当該映像に
接したとしても,事後的に判明したAの縊首自殺の態様を念頭に置いて映像を
観察するのであればともかく,実際の監視業務を遂行する過程で当該映像の部
分の意義を正しく察知することは困難といわざるを得ない。したがって,扉の
前にうつ伏せに横たわる姿勢それ自体の珍しさはあるとしても,その全容を認
識していない者にとってはその姿勢の正しい意味を察知し得るものではなく,
少なくとも,そのような姿勢から縊首自殺に及んでいることに想到するのは極
めて困難である。
してみると,被控訴人の上記①の指摘は前記の認定・判断を左右しない。
また,上記②も,前記のとおり,そもそもEはAの自殺の危険性を具体
的に予知したものとはいえないし,また,これを予知することができたとも
いえないから,Aが心情不安定であるため,本件居室に転室になった旨の申
し送りがされたことにつき何らの問題も見出すことはできない。
最後に,前記③も,確かに,Cは,本件での夜間監視は看守として初の経験
であったが(乙32,証人C),上記のような検討によれば,この点はCの注
意義務違反の存否の判断に影響を及ぼすことはない。また,同人が自殺防止の
研修を経ていないことについても同様である。
以上によれば,CがAの異変を発見できなかったことに注意義務違反が存す
るとはいえない。
ウ次に,被控訴人は,より頻回に巡回をしていれば本件自殺企図体勢を容易に
発見して,Aの死を回避することができた旨主張する。しかし,夜間の巡回を
担当したDは午後5時10分頃に本件居室を巡回したところ,その際のAは立
ち上がって鏡を見ていただけであるから,何らの異変も察知し得なかったとし
ても無理もない。被控訴人はAのこのような状況から異変を察知すべきであっ
た旨主張するが,到底採用できない。しかも,2度目の巡回は最初の巡回から
わずか8分程度しか経過していない午後5時18分頃であり,その際にAの異
変に気付いたものである。
してみると,Dによる巡回に不適切な点があったとはいえない。
以上に対し,被控訴人は,午後5時頃には本件居室の扉の前には本件パジャ
マと本件長タオルを連結した本件キャリーバッグが置かれていたのであるか
ら,午後5時10分頃に本件居室を巡回したDが本件居室を綿密に監視してい
れば,Aの自殺企図を察知することができた旨主張する。しかし,前記のとお
りDを含む本件刑務所職員が,Aの自殺防止を最優先とした措置を講じるべき
義務を負っていたわけではないから,Dがそのような綿密な監視を行わなかっ
たからといって,その点に注意義務違反を見出すことはできない。
エ以上によると,Cによる監視カメラによる観察及びDによる巡回に注意義務
違反は認められない。
救命措置について
ア本件居室で本件自殺企図体勢をとった状態で発見された際,Aは意識を消失
していたものの,心停止には至っていなかったといえる。そこで,被控訴人は,
心停止に至ってはいないこの時点で装着や操作に時間を要するAEDを使用
する必要はなく,直ちに胸骨圧迫や人工呼吸を行い,呼吸中枢の機能回復を図
るべきであった旨主張する。
しかし,意識消失がある上,脈拍も微弱で血圧が80mmHg/40mmHgと低
下していたことからすると,Aが心停止に至る危険性は切迫していたと認めら
れ,そうであれば,心電図の解析機能が備わっているAEDを用いることによ
り,心停止の有無や,心停止が存する場合であってもそれがいかなるタイプの
ものであるか(心室細動等によるものか等)を鑑別することはできるのである
から(乙20),上記のような状況でのAEDの使用が不相当であったと評価
することはできない。
イまた,リカバリー室への搬入後,血圧測定や,再度AEDの試行及び心電図
モニターの装着が行われているが,この点についても,被控訴人は,直ちに胸
骨圧迫や人工呼吸を行うべきであった旨主張するが,適切な救命措置を講じて
いくには生命徴候を的確に把握することが肝要であるから(周知の事実といえ
る。),上記のような生命徴候の把握に資する諸処置を講じたことが不相当で
あるとはいえない。
ウよって,Aの救命措置に関し,本件刑務所の職員の対応に注意義務違反があ
るとは認められない。
3小括
以上によると,本件刑務所職員に被控訴人が主張するような注意義務違反は認め
られない。また,被控訴人は,職員に対する自殺防止の研修体制が構築されていな
い,経験のない新人職員1人に監視カメラの監視を担当させた,壁面モニターの画
像の映出方法に規則性を持たせるなど,監視を行う職員が万全の監視ができるよう
整備すべきであったのにこれを怠った等として,本件刑務所の監視態勢自体に重大
な不備がある等とも主張するが,これらも採用できない。
よって,その余の点を判断するまでもなく,被控訴人の主張は理由がない。
第4結論
以上の次第で,被控訴人の請求は理由がないからこれを棄却すべきところ,こ
れと異なる原判決は失当であるから,控訴人の本件控訴は理由があり,被控訴人
の附帯控訴は理由がない。よって,原判決中控訴人敗訴部分を取り消して,同部
分についての被控訴人の請求を棄却するとともに,被控訴人の附帯控訴を棄却す
ることとして,主文のとおり判決する。
福岡高等裁判所第4民事部
裁判長裁判官大工強
裁判官小田幸生
裁判官篠原淳一

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