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平成14年3月27日宣告強盗殺人,窃盗被告事件
判       決
被告人氏名,本籍,住居,職業,生年月日 (略)
主       文
被告人を無期懲役に処する。
未決勾留日数中300日を刑に算入する。
理       由
(犯行に至る経緯)
被告人は,平成5年11月ころ,札幌市内でクラブの店長として働くようにな
った際,同店でホステスをしていた被害者(昭和35年生)と知り合い,程なく
交際を始めて一緒に暮らすようになったものの,被告人を捜しに来た妻Aに連れ
戻され,以後被害者と連絡を取ることもなくなった。
その後,被告人は,Aと群馬県内で生活していたところ,Aの暴力が以前にも
増して激しくなったことなどから,平成8年12月ころ,Aが経営するスナック
のホステスBを誘ってAの下を逃げ出し,平成9年3月ころから札幌市内でBと
同せい生活を送り,平成10年1月Bとの間にCをもうけたものの,平成11年
6月下旬ころ,同市内で偶然被害者と出会い,このことから再び被害者との交際
を始め,同年7月末ころ,Bの母親がCに会いたがっているのを口実に,BとC
を群馬県内のBの実家に帰した後,同年9月ころから,当時離婚を前提に夫と別
居中であった被害者及びその長男で身体障害者のDと共に生活するようになり,
同年10月ころ,被害者が娘たち3人の養育のためDを伴って自宅に戻った後も
被害者との交際を続け,同年12月からは被害者と居酒屋を共同経営するように
なった。
ところが,被告人は,同店の経営に行き詰まり,平成12年3月には閉店を余
儀なくされ,その結果,被害者が消費者金融会社や信販会社に約150万円の借
金を負うことになり,また,BとCを群馬県に帰す際の引っ越し費用等で被害者
に消費者金融会社から100万円を借りてもらっていたため,同年7月ころか
ら,借金の返済資金として被害者に毎月15万円を渡すとともに,Bの元にも毎
月約10万円ないし15万円を送金するようになり,その資金繰りのため同月こ
ろからクラブEで稼働するようになったものの,金員には窮し,同年8月ころか
ら消費者金融会社に対する借金をし,その後,街金と呼ばれる個人の金融業者か
らも借金を重ね,さらには,借金の返済のために借金をするまでになった。
被告人は,前記居酒屋を閉店した後も被害者との交際を続け,主として平日の
日中,被害者がDを養護学校に送り届けた後Dを迎えに行くまでの間,被告人方
で被害者と過ごすという生活を送っていたものの,多額の借金を抱えていること
を被害者に知られれば愛想を尽かされてしまうのではないかと心配し,被害者に
は毎月15万円を欠かさずに渡していたとはいえ,借金がかさむに従い,これ以
上被害者との生活を続けられないのではないかという不安が増し,被害者が自分
と一緒にいないときには他の男性と会っているのではないかなどと考え,被害者
に頻繁に電話を掛けたり,また,被害者が夜間外出していないかどうかを確かめ
るため,仕事を終えた後に被害者の自宅に赴くなどもし,同年12月ころには,
被害者に愛想を尽かされて被害者が他の男性と付き合うようになるくらいなら,
被害者を殺害して自分も死のうなどという思いを抱いたこともあった。
また,被告人は,被害者に金員を渡したり,Bに送金できるようにするため,
身体障害者専用のいわゆるデリバリーヘルスを経営したり,クラブのホステスを
他の店に紹介し金員を前借りするという形態の契約を締結したりしてより多くの
収入を得ようとしたものの,いずれもうまくいかず,平成13年2月には,同月
分の借金の返済は何とか済ませたものの,同年3月分の返済のめどは全く立たな
い状態となった。
そのような中で,被告人は,同年2月19日,被害者の目にくまができていた
ことから,被害者に対し夜遊びをしに行ったのではないかなどと問い詰めたとこ
ろ,被害者と口論になり,被害者から「いい加減にしてよ。そんな下らないこと
言われたらやってられない。別れる」と言われた上,「何,別れるのかい」と言
ったのに対して,被害者から「本当にそんなことばっかし言うなら,もう別れち
ゃった方がいいんじゃない,私たち」と言われ,また,自分がBやCと別れて被
害者と交際を続けてきたことについても,被害者から「何言ってるの。そんなの
あんたの勝手でしょ。そんな向こうがよいんなら,向こうで一緒に暮らせばいい
じゃない」と言われたことから,被害者の心が自分から離れてしまったと感じ,
被害者が自分から離れていくくらいなら被害者を殺害するしかないと思うに至
り,さらに,同月20日,被害者から10万円を借りようとした際,被害者から
「私だって子供4人抱えて生活しているんだから,もうお金の話は二度としない
と約束してほしい」と言われ,ますます被害者が自分から離れていくと感じ,も
はや被害者を殺害するしかないと決意し,被害者ができるだけ苦しまないように
殺害する方法を考えた末,被告人方において睡眠薬を飲ませて眠らせた上,電気
ポットのコードで被害者の首を絞めて殺害し,その後自分も自殺をしようと考
え,同月22日,通院していた医院の医師から睡眠導入剤4錠を入手した。
その一方で,被告人は,そのころ,群馬県内に住むCのことを考えるようにな
り,Cに会ってこれまでしてやれなかった父親らしいことをしてやったり,Bに
対しCをがんばって育てるよう直接頼みたいと思うようになったものの,所持金
がほとんどなかったことから,被害者を殺害した後,被害者の所持金と被害者の
キャッシュカードやクレジットカードを使って引き出した現金を群馬県への交通
費やCのための買物の費用に充てようなどと考えを巡らせていた。
そして,被告人は,同月23日以降,被害者を殺害する機会をうかがったもの
の,そのころからDが風邪をひいて熱を出し,被害者と共にDを病院へ連れて行
くなどしていたため,被告人方で被害者と二人きりになる機会が訪れず,Dのい
る前では被害者を殺害することにちゅうちょを覚えたことから,被害者を殺害す
ることができずにいたところ,同月28日,同年3月2日から同月分の借金の返
済期限を迎えるため,借金の取立てが始まる同日には被害者を殺害しなければな
らないと考えるに至った。
被告人は,同月2日,被害者と共にDを病院に連れて行った後,3人で被告人
方に戻り,被害者がDに昼食を食べさせている間に前記睡眠導入剤のうちの2錠
をほうじ茶に溶かして被害者に出したものの,被害者がおいしくないと言って約
半分しか飲まず,眠る気配がなかったため,同日午後1時30分ころ,インスタ
ントコーヒーを入れ,その中に残りの睡眠導入剤2錠を溶かして被害者に出した
ところ,被害者がそれを飲み,同日午後1時45分ころには被害者がベッドに横
になって眠り始め,しばらく被害者の様子をうかがって被害者が熟睡しているの
を確認した後,いったんは被害者を殺害するのが恐ろしくなったものの,かねて
からの計画どおり被害者を殺害することとした。そこで,被告人は,同日午後2
時30分ころ,ベッドの上で眠っている被害者の首に電気ポットのコードを二重
に巻き付け,時間をおいて二度にわたり両手でコードを引っ張って被害者の首を
絞めようとしたものの,二度ともためらわれて実行に移せず,さらにその後,被
害者の首に前記コードを二重に巻き付け,両手でコードを引っ張って被害者の首
を絞めようとしたものの,やはりためらわれてコードを引っ張ることができない
でいたところ,被害者が目を開け,被害者に「何してんの」と言われたことか
ら,被害者の首に巻き付けたコードを手にしているところを見られたと思い,か
くなる上は被害者を殺害し,この機会に被害者の金品を奪い取ろうと決意した。
(犯罪事実)
第1 被告人は,前記のような経緯で,被害者を殺害して金品を強奪しようと考
え,平成13年3月2日午後4時ころ,札幌市中央区内の当時の被告人方に
おいて,殺意をもって,被害者の首に二重に巻き付けた前記コードの両端を
それぞれ右手と左手に巻いてつかみ,被害者の首の前で交差させた前記コー
ドを左右に力一杯引っ張って被害者の首を強く絞め付け,よって,そのころ
同所において,被害者を絞頸による窒息のため死亡させて殺害した上,被害
者所有又は管理の現金約1万1000円,キャッシュカード4枚及びクレジ
ットカード3枚を強奪した。
第2 被告人は,同日午後4時56分ころ,同市中央区内株式会社F店内の株式
会社G銀行H支店自動サービスコーナーにおいて,第1の犯行により強奪し
た被害者名義のキャッシュカードを使用し,同所に設置されている現金自動
預払機から同支店長I管理の現金27万6000円を引き出して盗み取っ
た。
第3 被告人は,同日午後8時ころ,北海道千歳市内新千歳空港旅客ターミナル
ビル内の株式会社J銀行K支店自動サービスコーナーにおいて,第1の犯行
により強奪した被害者名義のキャッシュカードを使用し,同所に設置されて
いる現金自動預払機から同支店長L管理の現金5万円を引き出して盗み取っ
た。
第4 被告人は,同月4日午後2時5分ころ,東京都台東区内の株式会社M地下
1階キャッシュディスペンサーコーナーにおいて,第1の犯行により強奪し
た被害者名義のクレジットカードを使用し,同所に設置されている現金自動
支払機から前記M店長N管理の現金5万円を引き出して盗み取った。
第5 被告人は,同日午後2時38分ころ,東京都台東区内の株式会社O内P株
式会社Q支店キャッシュターミナルにおいて,第1の犯行により強奪した被
害者名義のクレジットカードを使用し,同所に設置されている現金自動支払
機から同支店長R管理の現金1万円を引き出して盗み取った。
第6 被告人は,同日午後3時3分ころ,東京都台東区内の株式会社S銀行T支
店1階自動サービスコーナーにおいて,第1の犯行により強奪したD名義の
キャッシュカードを使用し,同所に設置されている現金自動預払機から同支
店長U管理の現金3000円を引き出して盗み取った。
第7 被告人は,同日午後3時4分ころ,前記S銀行T支店1階自動サービスコ
ーナーにおいて,第1の犯行により強奪した被害者名義のクレジットカード
を使用し,同所に設置されている現金自動預払機から同支店長U管理の現金
1万円を引き出して盗み取った。
(証拠)(略)
(証拠説明)
1 被告人は,第1の犯行について,被害者(以下「被害者」という。)を殺害
したことは間違いないが,金品を強奪するために被害者を殺害したのではな
く,被害者を殺害した後初めて現金約1万1000円,キャッシュカード4枚
及びクレジットカード3枚を取ろうと思ったなどと供述し,弁護人も,これに
沿って,被告人には強盗の故意はなく,殺人罪及び窃盗罪が成立するにすぎな
い旨主張しているので,以下この点について検討を加えることとする(なお,
以下,年の記載を省略した月日のみの記載は,いずれも「平成13年」を表す
ものとする。)。
2 まず,関係各証拠によれば,被告人が,判示第1のとおり,3月2日午後4
時ころ被害者を殺害した上,被害者のバッグの中から被害者の財布,携帯電話
及び自動車のエンジンキーを取り出し,前記財布の中から現金約1万1000
円,キャッシュカード4枚及びクレジットカード3枚を取り出して領得した
後,株式会社G銀行H支店自動サービスコーナーに赴き,判示第2のとおり,
同日午後4時56分ころ,被害者名義のキャッシュカードを使用して現金27
万6000円を引き出して盗み取り,その後,知人のVに被害者の自動車を運
転してもらって新千歳空港に行き,謝礼として現金2万円を渡してVと別れた
後,判示第3のとおり,同日午後8時ころ,株式会社株式会社J銀行K支店自
動サービスコーナーにおいて,被害者名義のキャッシュカードを使用して現金
5万円を引き出して盗み取り,同日午後8時45分発の飛行機で東京へ向か
い,同日午後10時20分ころ羽田空港に到着し,電車とタクシーを乗り継い
で3月3日午前3時ころ群馬県内のB方に到着したこと,同日,B及び二人の
子であるCと共に東京ディズニーランドに行き,同月4日,判示第4ないし第
7のとおり,被害者名義のクレジットカード及びD名義のキャッシュカードを
使用して現金合計7万3000円を引き出して盗み取ったほか,千葉県浦安市
内の郵便局W出張所において,被害者名義のキャッシュカードを使用して現金
を引き出そうとしたが,残高が少なかったため現金を引き出すことができなか
ったこと,判示第2ないし第7の犯行によって得た現金を,B方へ行くための
交通費,B及びCと共に東京ディズニーランドに行くための交通費,東京ディ
ズニーランドで遊ぶための費用,宿泊費,CのおもちゃやCが保育園に通うた
めに必要な物を買うための費用等に費消したことが認められることに加え,以
下のような外形的事実が認められる。すなわち,
(1)被告人は,2月19日,被害者を殺害しようと思い立ち,同月20日には
その意思がより強固なものになっていたところ,その後,被害者を殺害した
後に群馬県内に住むB及びCに会いに行こうと次第に思うようになり,他方
で,B及びCに会った後には,札幌に戻って自殺をしようと考えるに至った
こと
(2)被告人は,被害者を殺害した後,被害者の自動車を新千歳空港の駐車場ま
でVの運転で移動してもらおうと考え,同月下旬ころ,Vに電話を掛けて自
動車の運転をしてほしい旨依頼し,3月2日被害者を殺害する前後にもVに
数回電話を掛けた上,被害者を殺害した後,Vに被害者の自動車を運転して
もらい,新千歳空港まで送ってもらったこと
(3)被告人は,被害者の殺害を決意した当時,消費者金融会社,街金と呼ばれ
る個人の金融業者,勤務先であるクラブE等に400万円を超える多額の借
金を抱えていたこと
(4)被告人は,2月中旬以降,宝くじであるナンバーズフォーやロトシックス
を数回購入したものの,それらが当選したことはなかったこと
(5)被告人は,被害者の財布の中に,1万円ないし3万円程度の現金のほかキ
ャッシュカード,クレジットカードが数枚入っていることやそれらのキャッ
シュカード,クレジットカードの暗証番号を知っていたこと
(6)被告人は,被害者の口座に,被害者の前夫から毎月65万円が払い込まれ
るのを知っていたこと
(7)被告人は,クラブEの給料の未払分を受け取ろうと考え,3月2日,被害
者を殺害した後,同店長Xに電話を入れたものの,その後受取に行かなかっ
たこと,また,被告人が2月18日以降同店に出勤しておらず,同月19日
に同店総支配人Yに電話を掛けて無断欠勤したことに対する謝罪をした際,
Yから取りあえずYの下へ来るよう言われたにもかかわらず出向かなかった
こと
(8)被害者を殺害した時点での被告人の所持金は,3000円ないし5000
円程度であったこと
などの事実が認められる。
前記認定の事実によれば,被告人が被害者を殺害する前から殺害後群馬県内
のB方へ赴くことを計画したものの,その交通費等を自らねん出することがで
きなかったため,被害者の所持する現金及び被害者の財布の中に入っているキ
ャッシュカード,クレジットカードを使って引き出した現金を充てようと考え
ていたこと,言い換えれば,被害者を殺害する前から被害者の所持する金品を
奪い取る意思を有していたことが強く疑われる。
3 ところで,被告人は,捜査段階において,検察官に対し,「自分の借金や被
害者が自分から離れていく不安,被害者に15万円を渡せないこと,Bにも送
金できないことで八方ふさがりのような感じになってしまっていく中で,自分
は群馬に住んでいるCのことを強く思うようになった。Cを一目見て,今まで
してやれなかった父親らしいこともしてやったり,Bに対しても『もうお金を
送ってやれないから,Cのことをがんばって育ててな』と自分の口から直接頼
みたいという思いもあった。遅くとも自分がハルシオンをZ医院からもらって
きた時には,そういう思いに至っていた。その時,自分はほとんど手持ちの金
はなく,母から『病院に行くからお金を貸してほしい』と言って5000円,
1万円という金を借りていた。だから,群馬に行く旅費や,Cに父親らしいこ
とをしてやったり何か買ってやったりする金がなかったので,被害者を殺した
後群馬に行こうと決めた時には,被害者の持っているクレジットカード,キャ
ッシュカードを使って金を引き出し,群馬に行く旅費やCに父親らしいことを
して何か買ってやる金に使おうと思っていた」などと,また,「自分は,少な
くともその日(2月22日)にZ医院に行く前までには,被害者を自分のアパ
ートで睡眠薬で眠らせて,被害者が眠っている間に電気ポットのコードで首を
絞めて殺し,その晩は被害者と一緒に過ごして,翌日群馬に行って息子のCに
会い,それから東京から戻ってきて札幌で死のうと決めていた。そして,少な
くともその日には,自分が群馬に行く旅費や,Cに父親らしいことをしてあげ
たり,何か買ってやったりする金がなかったので,被害者を殺した後,被害者
の持っている金を取り,被害者が持っているクレジットカードやキャッシュカ
ードを取って,そのカードで金を引き出し,その金を群馬に行く費用やCに父
親らしいことをしたり,何かを買ってやる金,自分が最後に札幌に戻ってくる
金に充てようと思っていた」などと,被害者を殺害する前から被害者の所持す
る金品を奪い取る意思を有していたという趣旨の供述をし,警察官に対して
も,これに沿う供述をしている。
そして,被告人は,捜査段階において,前記の供述調書のみならず,他の供
述調書においても,被害者を殺害する前から被害者の所持する金品を奪い取る
つもりであった旨供述しており,その意味では被害者を殺害するに際し,主た
る目的であったか否かはともかく,金品を強奪する意思があったとする点では
捜査段階を通じ一貫した供述をしていること,また,公判廷においても,捜査
段階では事実をありのまま述べた旨供述しているように,前記供述は,検察官
や警察官による強制ないし強度の誘導などによるものではないと認められるこ
と,被告人の前記供述は,前記のような外形的事実に符合し,その内容が合理
的かつ自然であることなどを併せ考えると,被告人の捜査段階における供述は
任意性に疑いを入れる余地はなく,また,十分信用できるというべきである。
4 これに対し,被告人は,公判廷において,強盗の犯意を否定し,被害者を殺
害した後に被害者の金品を取ろうと思ったにすぎない旨供述し,るるその理由
についても述べている。
しかしながら,被告人の公判供述を前提としても,①被告人は,単に漠然と
群馬県内に住むBらに会いたいと思っていたというのではなく,被害者を殺害
した後にBらに会い,その後札幌に戻り自殺しようと考えていたこと,②被告
人は,被害者の自動車を新千歳空港の駐車場まで移動してもらおうと考え,あ
らかじめVに自動車を運転してくれるよう約束を取り付けた上,3月1日又は
同月2日の被害者殺害前にも新千歳空港まで送ってほしい旨Vに依頼し,新千
歳空港でVに謝礼を渡していること,③被告人は,被害者を殺害した後間を置
かずに,被害者の所持する現金,キャッシュカード及びクレジットカードを領
得し,それらのキャッシュカード及びクレジットカードを用いて,殺害の2日
後である3月4日までにほぼ可能な限りの現金を引き出していること,④被告
人は,Bらと会った後,Bらと共に東京ディズニーランドに行ったり,Cにお
もちゃ等を買い与えていることなどが認められ,これらの事実に照らせば,被
告人がVに対する謝礼,Bらの下に赴く費用,Bらとの遊興費等について考え
を巡らせ,被害者の殺害行為に及んだものと合理的に推認できる。そして,被
告人がクラブEの未払給料を受け取ろうと考え,被害者を殺害した後に同店長
Xに電話を掛けていることからすれば,被告人としてはクラブEの未払給料を
当てにしていたとも考えられるものの,被害者を殺害する前には同店に給料の
受取を申し出ていない上,被告人が2月18日以降同店に出勤しておらず,ま
た,同月19日に同店総支配人Yから取りあえずYの下へ来るよう言われてい
たにもかかわらず出向いていないことに照らすと,被告人が事前に電話を入れ
たとしても直ちに給料を支払ってもらえるとは限らない状況にあったとみるの
が合理的で自然というべきである。しかも,被告人自身,公判廷において,被
害者を殺害する前にもBの下へ赴く交通費等について,漠然と,給料もある
し,足りなければ被害者の現金やキャッシュカード,クレジットカードを使わ
せてもらおうと思っていた旨供述していること及び被告人の被害者殺害後の行
動に照らせば,被告人が支払ってもらえる確実性の薄いクラブEの未払給料を
当てにしていたというよりも,むしろ,被害者の現金やキャッシュカード,ク
レジットカード等を念頭において被害者の殺害行為に及んだものとみるのが合
理的というべきである。
5 以上の次第で,前掲関係各証拠によれば,被告人が被害者を殺害する前から
金品を強奪する意図を有していたという点を含め,判示第1の事実は十分にこ
れを認定することができ,この認定に反する被告人の公判供述はこれを信用す
ることができず,これによって判示認定に合理的な疑いを差し挟む余地はな
い。
(適用法条)
罰条
第1の犯行      刑法240条後段
第2ないし第7の犯行 各刑法235条
刑種の選択       無期懲役刑(第1の罪)
併合罪の処理      刑法45条前段,46条2項本文(第1の罪につい
て無期懲役に処する場合であるから,他の刑を科さ
ない)
主刑          無期懲役
未決勾留日数      刑法21条(300日算入)
訴訟費用        刑事訴訟法181条1項ただし書(不負担)
(量刑事情)
本件は,被告人が,被害者を殺害して金品を奪い取ろうと考え,被害者を殺害
した上,被害者の所持する現金約1万1000円,キャッシュカード4枚及びク
レジットカード3枚を強奪し(第1の犯行),その後,強奪したキャッシュカー
ドやクレジットカードを用いて,合計39万9000円の現金を引き出して盗み
取った(第2ないし第7の犯行)という事案である。
被告人は,借金の返済資金として被害者に対し毎月一定の金員を渡し,我が子
の母親にも毎月一定の金員を送金していたことから,消費者金融会社等からの借
金を繰り返してその返済に追われるようになり,多額の借金を抱えていることを
被害者に知られると愛想を尽かされてしまうのではないかと思っていた上,被害
者の心が自分から次第に離れつつあるのを感じていたところ,平成13年3月分
の借金返済のめどが全く立たず,借金の取立てが始まれば,被害者に自分の借金
の存在が明らかになってしまうと考えていた折,被害者と口論になり,被害者の
心が自分から離れてしまったなどと感じたことを契機に,被害者が自分から離れ
ていくくらいなら被害者を殺害して自分も死のうと決意し,その後,自分が死ぬ
前に遠方にいる我が子とその母親に会いたいと強く思うようになり,そのための
交通費等に充てるため,被害者の現金及びキャッシュカード等を奪い取ろうと考
え,第1の犯行に及び,さらにその後,第2ないし第7の犯行に及んだというの
であって,その動機は,余りにも身勝手で自己中心的であり,酌量の余地は全く
ない。
そして,犯行の態様等をみても,被告人は,睡眠導入剤を飲ませて被害者を眠
らせた上絞殺しようと考え,あらかじめ睡眠導入剤を入手したほか,被害者殺害
後に被害者の自動車を移動するための手配もし,また,睡眠導入剤を溶かし込ん
だことが気付かれないようにとほうじ茶まで購入して犯行の機会をうかがい,犯
行当日も,睡眠導入剤がほうじ茶に溶けるかどうか錠剤を使って試してみたり,
被害者が睡眠導入剤入りのほうじ茶を余り飲まなかったことから,コーヒーの中
に睡眠導入剤を入れて被害者に飲ませ,眠り込んだ被害者の首に電気ポットのコ
ードを二重に巻き付け,力一杯絞め付けて殺害した上,被害者の所持する現金,
キャッシュカード及びクレジットカードを強奪し,その後,強奪したキャッシュ
カード,クレジットカードを用いて現金を盗み取っているのであって,強固な犯
意の下に実行された残忍かつ冷酷な犯行ということができる。また,被害者を殺
害した後,犯行の発覚を少しでも遅らせるため,被害者の遺体を自宅の押し入れ
に隠し,被害者の携帯電話の電源を切った上投げ捨て,被害者の自動車を知人に
依頼して空港の駐車場まで移動するなどの罪証隠滅行為に及ぶなど,被害者殺害
後の行状も悪質である。
被害者は,交際中の被告人に睡眠導入剤を飲まされて突然殺害されたもので,
もとより何ら落ち度はなく,自分がなぜ殺害されなければならないのか理解する
ことすらできないまま,身体障害者で日常的に被害者の介助を必要とする長男を
含め4人の未成年の子供たちを残して非業の死を遂げなければならなかったので
あって,その無念の思いは察するに余りあるものがあり,また,残された遺族の
受けた衝撃,悲嘆の大きさは計り知れず,取り分け4人の子供たちに与えた影響
は極めて甚大である。それにもかかわらず,被告人は,被害者の遺族に対し何ら
慰謝の措置を講じておらず,遺族が被告人に対する厳重な処罰を望んでいるのも
至極当然のことであり,その心情を看過することはできない。
このような諸事情に照らせば,犯情は大変よくなく,被告人の刑事責任は誠に
重いといわなければならない。
したがって,被告人が強盗殺人という大罪を犯してはいるものの,その犯行の
きっかけはあくまでも被害者との関係のもつれが主たる要因であって,金品強奪
の点は二次的ないし付随的なものにすぎないといえること,犯行の残酷さはとも
かく,被害者が前夫との別居中や離婚後も,不幸な境遇の中で被告人を物心両面
でいろいろと頼りにし,被告人に心の安らぎを求めていたであろうことは容易に
想像され,また,被告人も被害者の支えになろうとしていたこと自体は否定し得
ないこと,被告人が強盗殺人の犯行後逃亡し,その間窃盗の各犯行に及ぶなどし
たとはいえ,自ら警察に出頭し,公判廷においては強盗の犯意を否認しているも
のの,今更ながら本件各犯行の重大さを自覚し,反省の態度を示していること,
被告人には前科前歴がないこと,被告人の以前の交際相手が子供と共に被告人の
帰りを待っている旨その心情を捜査官に述べていることなどの事情を被告人のた
めに最大限考慮しても,本件については,酌量減軽すべきほどの事情を見いだす
ことはできず,被告人を無期懲役に処するのが相当である。
平成14年3月27日
札幌地方裁判所刑事第3部
裁判長裁判官    佐   藤       學
裁判官    松   井   芳   明
裁判官    村   山   智   英

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