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平成12年(ワ)第25382号 損害賠償等請求事件
(中間判決の口頭弁論終結の日 平成14年8月27日)
(終局判決の口頭弁論終結の日 平成15年9月9日)
          判         決
     原    告         パンチ工業株式会社
     訴訟代理人弁護士       山 田 敏 夫
     同              馬 場 和 佳
     被    告         日本デイトン・プログレス株式会社
     訴訟代理人弁護士       渡 部 敏 雄
同              新 保 克 芳
同              本 多 哲 哉
同              和 氣 満美子
訴訟復代理人弁護士      檜 垣 直 人
     被告補助参加人        株式会社プレスセンター
訴訟代理人弁護士       山 下   江
同              目 片 浩 三
同              田 中   伸
同              藤 井   裕
          主         文
 1 被告は,原告に対し,1106万1962円及びこれに対する平成10年1
2月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
 3 訴訟費用はこれを5分し,その3を原告の,その余を被告の各負担とする。
 4 この判決のうち第1項は,仮に執行することができる。
          事 実 及 び 理 由
第1 原告の請求
1 被告は,原告に対し,4190万5655円及びこれに対する平成10年1
2月27日から支払済みまで年6パーセントの割合による金員を支払え。
2 被告は,日本経済新聞,朝日新聞,読売新聞,日刊工業新聞の各全国版に各
1回ずつ,別紙謝罪広告目録記載の文案により,表題及び当事者双方の社名と被告
代表取締役名は4号活字,その他の部分は5号活字を使用した広告を掲載せよ。
第2 事案の概要
 本件は,被告が,平成10年12月,原告の取引先である三菱自動車工業株
式会社(以下「三菱自動車」という。)(岡崎製作所),富士重工業株式会社(以
下「富士重工業」という。)(群馬製作所)に対し,原告の製造する別紙物件目録
記載の製品(以下「原告製品」という。)が登録番号第1872007号の実用新
案権を侵害すると告げた行為は,競争関係にある原告の営業上の信用を害する虚偽
の事実を告知,流布したものであって不正競争防止法2条1項14号所定の不正競
争行為に該当し,被告は故意又は過失により不正競争行為を行って他人の営業上の
利益を侵害したと主張して,不正競争防止法2条1項14号,4条,7条に基づ
き,被告に対し,損害賠償及び謝罪広告の掲載を請求しているものである。
 1 争いのない事実等(証拠により認定した事実は末尾に証拠を掲げた。)
  (1) 当事者等
原告は,プラスチック金型用部品,プレス金型用部品等の製造販売,輸出
等を業とする会社であり,被告は金型部品の輸入,製造販売を業とする会社であ
り,被告補助参加人との契約により,被告補助参加人から被告ブランド表示による
チェンジリテーナー(自動車の車体等に使用する板金に対し,穴明け加工をする際
のプレス機械の一部品であるリテーナー(保持器)の一種)の継続的OEM供給を
受けているものである(弁論の全趣旨)。
(2) 被告補助参加人の実用新案権
被告補助参加人は,下記の実用新案の登録を出願し,権利満了日まで実用
新案権を有していた(以下。「本件実用新案権」という。)
考案の名称    プレス用パンチのリテーナー装置
実用新案登録番号 第1872007号
出願日      昭和61年8月18日
出願番号     実願昭61-126046号
出願公告     平成2年11月13日(実公平2-42342
号)
登録日      平成3年11月19日
(3) 実用新案登録請求の範囲
本件実用新案登録出願に係る考案の明細書(以下「本件明細書」という。
本判決末尾添付の実用新案公報〔甲1。以下「本件公報」という。〕参照)の「実
用新案登録請求の範囲」の記載は次のとおりである(以下「本件考案」とい
う。)。
「カム板3が前進したときはパンチ8がリテーナーブロツク1の下面からス
トローク分突出し,且つカム板3が後退したときはパンチ8がリテーナーブロツク
1内にストローク分引込む如く構成したプレス用のパンチリテーナー装置におい
て,カム板3及びパンチ8両移動方向と直方する方向の深横溝1aをリテーナーブ
ロツク1の上面に凹設すると共に該深横溝1a中にパンチ用嵌合孔1bを設け,パ
ンチ用嵌合孔1bの仮想中心軸とカム板3の移動方向によつて決まる仮想中立面に
対し対称な位置に当る深横溝の溝底に複数個のバネ用有底孔1c………1cを設
け,圧縮バネ10を配して長方形状パンチセツトブロツク2を上下動のみ可能に深
横溝1aに嵌合配置し,該パンチセツトブロツク2に鍔付きパンチ8の段付孔2a
を設け,カム板3に対応する傾斜面2cをパンチセツトブロツク2に設けたことを
特徴とするプレス用パンチリテーナー装置。」
(4) 構成要件の分説
本件考案は,次のように分説することができる(以下「構成要件A」など
という。)
A カム板3が前進したときはパンチ8がリテーナーブロツク1の下面から
ストローク分突出し,且つカム板3が後退したときはパンチ8がリテーナーブロツ
ク1内にストローク分引込む如く構成したプレス用のパンチリテーナー装置におい

B カム板3及びパンチ8両移動方向と直方する方向の深横溝1aをリテー
ナーブロツク1の上面に凹設すると共に該深横溝1aの中にパンチ用嵌合孔1bを
設け,
C パンチ用嵌合孔1bの仮想中心軸とカム板3の移動方向によつて決まる
仮想中立面に対し対称な位置に当る深横溝の溝底に複数個のバネ用有底孔1c……
…1cを設け,
D 圧縮バネ10を配して長方形状パンチセツトブロツク2を上下動のみ可
能に深横溝1aに嵌合配置し,
E 該パンチセツトブロツク2に鍔付きパンチ8の段付孔2aを設け,
F カム板3に対応する傾斜面2cをパンチセツトブロツク2に設けたこと
を特徴とするプレス用パンチリテーナー装置。
(5) 原告の行為
原告は,平成8年から平成11年5月21日までの間に,原告製品を製
造,販売した(乙3の1ないし5,乙4,弁論の全趣旨)。
(6) 原告製品の構成
原告製品の構成は,いずれも,別紙「原告製品構造図」記載のとおりであ
る。原告製品の深横溝には,パンチ用嵌合孔⑧のほかに,バネ用孔⑨2つとバネ・
ボルト段付孔⑦2つの,合計4つの孔が設けられている。このうち,バネ用孔⑨
は,径は10㎜,深さ約30㎜の底のある孔であり,内部には径8㎜,長さ30㎜
のバネが挿入されている。バネ・ボルト段付孔⑦は,径10㎜の底のない孔である
が,約15㎜の深さの部分で段が設けられて径が細くなっており,内部には径8
㎜,長さ15㎜のバネが挿入されている。平面図で見ると,2つのバネ用孔⑨はパ
ンチ用嵌合孔⑧の仮想中心軸を中心に点対称の位置にあり,2つのバネ・ボルト段
付孔⑦も同様にパンチ用嵌合孔⑧の仮想中心軸を中心に点対称の位置にあって,2
つのバネ用孔⑨を結んだ直線と,2つのバネ・ボルト段付孔⑦を結んだ直線はパン
チ用嵌合孔⑧の仮想中心軸上で交差する位置関係にある。そして,パンチ用嵌合孔
⑧の仮想中心軸とカム板③の移動方向によって決まる仮想中立面に対しては,仮想
中立面の片側にバネ用孔⑨とバネ・ボルト段付孔⑦が存在し,これと面対称な位置
にバネ・ボルト段付孔⑦とバネ用孔⑨が存在する。すなわち,仮想中立面の片側の
バネ用孔⑨と面対称な位置にバネ・ボルト段付孔⑦が存在し,片側のバネ・ボルト
段付孔⑦と面対称な位置にバネ用孔⑨が存在する(乙3の1~5,乙4,弁論の全
趣旨)。
(7) 原告の取引先に対する被告の告知行為
原告と被告は,プレス用パンチのリテーナー装置の商品市場において競争
関係にあるところ,被告の営業担当者は,平成10年12月,原告の取引先である
三菱自動車(岡崎製作所),富士重工業(群馬製作所)に対し,原告製品は,被告
補助参加人の本件実用新案権等の権利を侵害するものなので,これを購入・使用し
ないように求めるとともに,過去の原告製品の購入実績を知らせるように求め,そ
の際,自己が本件実用新案権の権利者であるかのように記載した上,下記の内容を
含む「チェンジリテーナーご採用及びご購入についてのお願い」と題する書面を交
付した(甲2。弁論の全趣旨)(以下被告による上記告知を「本件告知」とい
う。)。
「長年にわたり各自動車メーカー様においてご使用を賜ってまいりました
弊社販売商品の『チェンジリテーナー』はその優れた機能・構造から数々の特許を
取得いたしております。しかし,このたびパンチ工業㈱製『チェンジリテーナー』
が特許を侵害していることが判明いたしましたので,今後パンチ工業㈱製のチェン
ジリテーナーをご使用及びご購入なされないようお願い申し上げます。尚,貴社に
てパンチ工業㈱製チェンジリテーナーのご購入実績がございましたらお手数ですが
品名,数量,購入価格(単価)をご連絡ください。貴社には一切迷惑はおかけしま
せんのでご協力のほどよろしくお願い致します。」
 2 争点
(1) 被告の行為は,競争関係にある原告の営業上の信用を害する虚偽の事実を
告知,流布したものとして,不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に
該当し,被告は損害賠償義務を負うか(争点1)
(2) 被告の不正競争行為により原告の被った損害額(争点2)
(3) 謝罪広告掲載の必要性(争点3)
第3 争点に関する当事者の主張
 1 争点1(被告の行為は,競争関係にある原告の営業上の信用を害する虚偽の
事実を告知,流布したものとして,不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争
行為に該当し,被告は損害賠償義務を負うか)についての当事者の主張は,本判決
末尾添付の中間判決(以下「中間判決」という。)「事実及び理由」欄の第3,1
記載のとおりである。
 2 争点2(被告の不正競争行為により原告の被った損害額)について
(1) 原告の主張
 ア 原告製品の製造工程について
原告の損害額を主張する前提として原告製品の製造工程を明らかにす
る。
(ア) 原告は,平成10年9月当時,富士重工業からは乗用車「インプレッ
サ」のフルモデルチェンジのために原告製品200台の発注を,三菱自動車からは
乗用車「ミラージュ」及び「ランサー」のフルモデルチェンジのために原告製品2
00台の発注を受け,合計400台の原告製品の販売を予定し,製造に取り掛かっ
ていた。
(イ) 原告製品の販売が見込まれるプロジェクトの期間は,
 a 三菱自動車(岡崎製作所)については,平成10年11月中旬ころ
より平成11年4月末ころまで
 b 三菱自動車(水島製作所)については,平成11年1月中旬ころよ
り同年5月中旬ころまで
 c 富士重工業については,平成11年2月初旬ころより同年6月中旬
ころまで
  と予定されていたところ,原告製品の納入は,それぞれのプロジェク
トの期間中,上記3工場より数台から十数台程度の単位の注文に応じて繰り返し行
われる見込みであった。
(ウ) そのため,原告は,平成10年5月か6月ころより,原告製品の販売
予定台数合計400台を数回に分け,原告の別法人である盤起工業有限公司(パン
チ工業大連工場。以下「盤起工業」という。)でその部品を製造して原告が購入
し,同じく原告の別法人である宮古パンチ株式会社(以下「宮古パンチ」とい
う。)に対して加工費・管理費等を支払って組み立てさせて完成品とした。
(エ) その後,平成10年12月ころ被告の本件告知があったが,原告とし
ては,これにより上記自動車メーカーから注文がこなくなるなどということは全く
予想していなかったから,上記自動車メーカーからの注文に対応できるよう,被告
の不正競争行為の後もしばらくは原告製品を組み立てさせて完成品としていた。し
かし,平成11年3月ころには,もはや上記自動車メーカーからの発注が見込めな
くなったため,原告は,完成品を製造するのを中止した。
したがって,当時の原告の原告製品の在庫としては,①完成品まで製
造したものと,②仕掛かり中の部品のままで販売予定であったものがあったことと
なる。
イ 完成品まで製造した原告製品が納入できなかったことによる損害
 (ア) 完成品まで製造した原告製品については,原告は,これらを販売する
ことによって通常の販売価格と同額の代金を受領することができたはずであるの
に,被告の本件告知行為により同額の代金を受領することができなかった。したが
って,この販売価格相当額全額が被告が負担すべき原告の損害額となる(本件にお
いては,完成した製品を廃棄しており,販売価格から製造に要するコストを差し引
いて損害額を算定するのは相当でない。)。
 (イ) 本件において,原告が完成品まで製造した原告製品は,GCAR型が
86台,GCAF型が60台の合計146台であったところ,原告は,三菱自動車
と富士重工業に対してそれぞれ200台ずつ(すなわち,1対1の割合で)原告製
品を販売する予定であったから,上記原告製品146台については,タイプごとに
それぞれ2分の1ずつ三菱自動車及び富士重工業に対して販売予定であったと考え
るのが相当である。
   また,原告がこれまでに原告製品を販売した実績の金額は別紙「本件
CR販売実績価格表」のとおりであるから,原告は,原告製品を次の価格で販売す
ることができたはずである。
  (a) 三菱自動車に対して
   GCAR型 1万9885円
   GCAF型 2万2504円
 (b) 富士重工業に対して
GCAR型 2万1552円
GCAF型 2万3246円
(ウ) したがって,GCAR型とGCAF型のそれぞれについて,原告が三
菱自動車及び富士重工業に販売予定であった原告製品の台数に,原告がこれまでに
原告製品を販売した実績の価格を乗ずると,次のとおりとなる。
(a) 三菱自動車分
┌──────┬───────┬─────┬────────┐ 
│タイプ│単 価 │数 量│計│
├──────┼───────┼─────┼────────┤ 
│GCAR型│1万9885円│43台│85万5055円│
├──────┼───────┼─────┼────────┤ 
│GCAF型│2万2504円│30台│67万5120円│
├──────┼───────┴─────┴────────┤ 
│合  計│153万0175円│
└──────┴──────────────────────┘ 
(b) 富士重工業分
┌──────┬───────┬─────┬────────┐ 
│タイプ│単 価│数 量│計│
├──────┼───────┼─────┼────────┤ 
│GCAR型│2万1552円│43台│92万6736円│
├──────┼───────┼─────┼────────┤ 
│GCAF型│2万3246円│30台│69万7380円│
├──────┼───────┴─────┴────────┤ 
│合  計│162万4116円│
└──────┴──────────────────────┘ 
(エ) 以上のとおりであるから,完成品まで製造した原告製品が納入できな
かったことによって原告に生じた損害は,上記(a)に(b)を加えた315万4291
円である。
ウ 仕掛かり中の部品のままではあるが今後販売予定であった原告製品を納
入できなかったことによる損害
 (ア) 前述のとおり,原告は,盤起工業から購入した原告製品を宮古パンチ
に組み立てさせて完成品としていたところ,仕掛かり中の原告製品については,部
品の仕入価格150万3299円を支出した。
 (イ) また,原告は,平成10年9月当時,富士重工業及び三菱自動車から
原告製品の発注を受け,両社に対し,それぞれGCAR型120台及びGCAF型
80台の販売を予定していたが,これらの台数(2社合計400台)のうち,完成
品まで製造したものはGCAR型86台,GCAF型60台の合計146台であ
り,残りの254台は,仕掛かり中の部品のままで今後販売予定のものであった。
 (ウ) 原告が,原告製品を販売することによる利益は,GCAR型,GCA
F型とも少なく見積もって6000円であるから,仕掛かり中の部品のままではあ
るが今後販売予定であった原告製品を販売できなかったことによる原告の損害は,
1台当たりの損害6000円に上記台数の254を乗じた152万4000円とな
る。
(エ) 上記によれば,仕掛かり中の部品のままではあるが今後販売予定であ
った原告製品を納入できなかったことによる原告の損害は,上記(ア)の損害に(ウ)の
損害を加えた302万7299円である。
エ 原告が新タイプのチェンジリテーナーを製造したことによる損害
 (ア) 被告が行った不正競争行為により原告と被告がトラブルとなったこと
から,原告は,富士重工業や三菱自動車から原告製品だけでなくその他の製品につ
いても購入を控える旨を通告された。原告としては,両社は長年の営業活動の結果
ようやく獲得した顧客であったため,何とか今後の取引を途絶えさせないようにす
るため,原告は,両社に対し,万一原告製品について被告が使用差し止め等の法的
手段を取った場合に備えて,実用新案権の問題を生じない新しいタイプのチェンジ
リテーナー(以下チェンジリテーナーを「CR」と略称する。)を製造すれば購入
してもらえるかどうかを尋ねたところ,両社より,実用新案権の問題を生じない新
しいタイプのCRであれば購入してもよい旨の回答を得た。
そこで,原告は,両社との取引が途絶えることを避けるため,やむを
得ず新タイプのCRを製造したのであるから,これに要した費用と被告の不正競争
行為との間には相当因果関係がある。
(イ) 新タイプのCRの開発費用
このようにして,原告は,新タイプのCRを製造することとし,設
計,試作を経て,新しいタイプのCRを開発したところ,これらの作業は実際には
原告によって行われたが,仮に設計,試作等を外注した場合はこれらの作業を行う
には319万円を要するから,これにより原告の被った損害は319万円である。
(ウ) 製造してしまった新タイプのCRの製造コスト
また,原告は,新タイプのCRを製造したが,結局,現在に至るま
で,原告は新タイプのCRを両社に購入してもらえなかった。そして,結局原告製
品が本件実用新案権を侵害していないことが判明したため,これら新タイプのCR
も無駄になり,廃棄処分を余儀なくされた。
原告は,被告の不正競争行為がなければこれら新タイプのCRを製造
することはなかったのであるから,原告が製造した新タイプのCRの製造コストと
被告の不正競争行為との間には相当因果関係がある。そして,その金額は157万
2945円である。
(エ) 上記のとおり,原告が新タイプのCRを製造したことによる損害は,
上記(イ)及び(ウ)の合計額である476万2945円である。
オ 原告製品以外の自動車プレス金型用部品を納入できなかったことによる
損害
(ア) 原告は,富士重工業と三菱自動車に対して,原告製品以外の自動車プ
レス金型用部品をも納入していたが,被告が行った本件告知により,両社は,次の
自動車プレス金型用部品についても購入を中止した。これにより原告が富士重工業
専用に製造した部品についても納品することができなくなったものであり,それに
より原告に生じた損害(製造個数に販売価格を乗じた金額)は被告の本件告知と相
当因果関係を有するものである。
(イ) 具体的には,以下のとおりである。
① 鋳込みフック
┌──┬─────┬─────┬───┬──────────┐ 
│サイズ│定 価│売渡予定価格│数量│金 額│
├──┼─────┼─────┼───┼──────────┤ 
│32│1980円│1584円│144│ 22万8096円│
├──┼─────┼─────┼───┼──────────┤ 
│40│3300円│2640円│184│48万5760円│
├──┼─────┼─────┼───┼──────────┤ 
│50│4400円│3520円│307│108万0640円│
├──┼─────┼─────┼───┼──────────┤ 
│63│5780円│4624円│189│87万3936円│
├──┼─────┼─────┼───┼──────────┤ 
│80│7160円│5728円│ 53│30万3584円│
├──┼─────┼─────┼───┼──────────┤ 
│100│8540円│6832円│ 35│23万9120円│
├──┼─────┼─────┼───┼──────────┤ 
│││小 計│912│321万1136円│
└──┴─────┴─────┴───┴──────────┘ 
② 底突きプレート
┌──┬─────┬─────┬───┬──────────┐ 
│サイズ│定 価│売渡予定価格│数量│金 額│
├──┼─────┼─────┼───┼──────────┤ 
│60│1960円│1568円│329│  51万5872円│
├──┼─────┼─────┼───┼──────────┤ 
│80│2480円│1984円│383│75万9872円│
├──┼─────┼─────┼───┼──────────┤ 
│││小 計│712│127万5744円│
 └──┴─────┴─────┴───┴──────────┘ 
③ 零面規制プレート
被告が本件告知を行った当時,富士重工業において予定されていた
「インプレッサ」のフルモデルチェンジのプロジェクトにおいては,合計2500
個の零面規制プレートの販売を見込んでいた。従って,同製品を納入できなかった
ことにより原告が被った損害は,売渡予定価格880円に2500個を乗じた22
0万円である。
④ コーディネートホール用パンチ・ダイ
 被告が本件告知を行った当時,富士重工業において予定されていた
「インプレッサ」のフルモデルチェンジのプロジェクトにおいては,COHD-F
タイプ1040セットの販売を見込んでいた。コーディネートホール用パンチ・ダ
イを販売することによって,少なくとも定価である1520円の3割である456
円の利益を上げていたはずであるから,原告が上記商品を納入できなくなったこと
により生じた損害は456円に1040セットを乗じた47万4240円である。
    (ウ) 上記のとおり,原告製品以外の自動車プレス金型用部品を納入できな
かったことによる原告の損害は,上記(イ)①~④の合計額である716万1120円
である。
カ 営業上の信用・名誉毀損による損害
     本件において認められる次の諸事情に照らすと,原告の営業上の信用・
名誉毀損による損害額としては2000万円が相当である。
    (ア) 被告の本件告知は,虚偽の事実を申告しつつ,原告の取引先に対し,
原告との取引を中止するだけでなく,既に原告から購入した原告製品についても使
用しないことを求める極めて厳重な要求を行う内容のものであり,悪質性は顕著で
ある。
    (イ) 被告の本件告知は,極めて執拗であった。
    (ウ) 被告の本件告知は,原告の営業上の信用・名誉を失墜させ,取引上の
利益を侵害することを唯一かつ確定的な目的としていた。
    (エ) 被告は,本件実用新案権について,仮に何らかの権利を有していたと
しても,せいぜい通常実施権のみであって,被告が本件告知をすべき筋合いは全く
なかった。
    (オ) 虚偽の本件告知は,競業者の営業上の利益を著しく害し,ときには致
命的な打撃を与えることになりかねない。
    (カ) 原告は,被告の本件告知により,実際に三菱自動車や富士重工業との
取引が中止され,その代わりに被告が取引を行っている。原告が再び失った信用を
回復し,商権に食い込むためには相当なコストを要する。
    (キ) 原告の損害は累積的に増加する一方で,被告らは原告の変わりにCR
を納入して刻々と利益を享受している。
   キ 弁護士費用
     380万円が相当である。
  (2) 被告の主張
    原告の主張は,すべて争う。
   ア 原告製品(完成品及び半製品)を納入できなかったことによる損害につ
いて
    (ア) 被告の告知行為と原告の損害との間には,そもそも因果関係がない。
      原告は,富士重工業の「インプレッサ」フルモデルチェンジ及び三菱
自動車の「ミラージュ」「ランサー」のフルモデルチェンジのために両社から発注
を受けていた原告製品を販売することができなかったと主張する。しかしながら,
次の事情に照らすと,原告は被告補助参加人から警告を受けたことによって,原告
製品の販売を自ら停止したのであって,被告による本件告知によって取引先から購
入を拒否されたものではないことが明らかである。したがって,原告の主張する原
告製品を納入できなかったことによる損害と本件告知との間には,因果関係がな
い。
     (a) 原告は,被告が三菱自動車や富士重工業に対して本件告知を行うよ
りも前に,①被告補助参加人からの警告書を受けて原告が作成した書面の中におい
て,原告製品が実用新案権を侵害していることを認めた上で,原告製品は現在在庫
がなく,製造販売もしていないことを明言し,②原告のカタログの原告商品の紹介
のすべてに「改良の為,構造の一部を変更しました(商品はこの図とは異なりま
す)」との表記をした。
       これらの事実は,原告が,被告による富士重工業等への本件告知よ
りも前に,自らの判断によって,従来の企画による原告製品の販売をやめたことを
意味しているといわざるを得ない。
(b)さらに,被告による本件告知が行われた平成10年12月以降の事
実経過を見ても,平成11年3月に至るまで,原告は被告の権利侵害との主張を争
わず,事実上被告補助参加人の主張を受け入れ,原告製品の販売を今後行わないと
いう姿勢を貫いている。
    (イ) 原告の受注量主張について
      原告は,上記2社から原告製品各200台ずつ合計400台の発注を
受けたと主張している。
      しかし,自動車のモデルチェンジに際して,ひとつのプロジェクトで
使用されるCRの総量は,せいぜい50個前後に過ぎず,それも,原告自らが認め
ているように,数台から十数台単位で注文が出されるものだから,事前に200台
もの受発注が行われることなど絶対にあり得ない。
      現に,被告が平成10年12月から翌11年12月までの間に,両社
から受注して納品したCRの数量を調査集計したところ,その数量は,別紙「チェ
ンジリテーナー販売実績表」記載のとおりであり,対三菱自動車分が平成10年1
2月から同11年5月までの6か月間で合計32台(他の月の受注はなし),対富
士重工業分が平成11年2月から6月までの5か月間及び同年10月の間で合計5
4台(他の月の受注はなし)であった。このことからも分かるように,原告が原告
製品400台の発注を受けていたとの主張,さらに400台分の完成品・半製品が
在庫として原告に存在したという原告の主張は全く信用性がない。
   イ 新タイプのCR製造に係る損害の主張について
     そもそも,新タイプのCRを製作した事実があったかどうかすら疑わし
いのであるが,仮に原告の主張するような事実が存在していたとしても,原告は,
まだ被告が本件告知を行っていない平成10年11月の時点で既に構造の変更を公
表していたのだから,原告の経営判断として新タイプの製品を製作をすることにし
たというだけであって,被告の本件告知とは因果関係がない。
ウ 鋳込みフック等の金型部品に関する損害主張について
原告は,原告製品以外の自動車プレス金型用部品についても2社から購
入を中止されたと主張するが,2社においてそのような措置をとる必然性や合理性
に乏しく,認められる余地はない。
  エ 営業上の信用・名誉毀損による損害について
    原告製品は,自動車メーカー側にとっても,また,原告にとっても,そ
れほどまでに重大な影響をもたらすような主力部品ではない。原告の販売実績から
みても,三菱自動車に対しては1年間で37個,富士重工業に対しても3年間で2
95個に過ぎず,両社合わせてもせいぜい年間平均130から140個,売上高に
して300万円程度の取扱量しかない商品である。その商品について実用新案権を
侵害するものであるとの告知がされたことによって,他の金型部品の購入も拒絶さ
れたとか,いわんや取引の全部もしくはほとんどを絶たれたかのような主張は,い
かにも商取引の常識にそぐわない誇大な主張といわざるを得ない。
    また,虚偽告知といっても,本件のような実用新案権を侵害していたか
どうかの問題は,公権的判断が下されるまでの間は当事者にとっても虚偽かどうか
分からないものである。さらに,本件のように,本件告知を受けた相手方が権利侵
害の事実を全く争わなかったような場合には,相手方が権利侵害の事実を争ってい
る場合と異なり,虚偽認識の程度において大きな差異があるというべきであり,損
害額の算定に当たっても考慮されるべきである。
    また,本件においては,被告補助参加人から原告に対して警告が発せら
れた当時,原告は,被告補助参加人に対して,虚偽の弁解を行い,ますます被告補
助参加人及び被告の疑惑を増長させるような態度をとっていた。そのため,被告と
してはやむなく三菱自動車及び富士重工業に対して本件告知を行うに至ったもので
ある。結果的に,侵害の事実が公権的に否定されるに至ったからといって,本件告
知のなされる原因となるべき状況を自ら不当に作出した原告が,一転して被告に対
して多額の損害賠償を求めることは信義則に反して許されないと言うべきである。
仮にそうでないとしても,自らの不公正な行為によって被告の本件告知を引き出し
た原告の帰責性は,賠償額の算定に当たって十分に斟酌されるべきである。
3 争点3(謝罪広告掲載の必要性)について
(1) 原告の主張
  自動車製造ラインにおいて,仮に部品の1つであっても,工業所有権の侵
害を理由に使用の差し止めを受けるような事態になれば,製造ラインの全てがスト
ップすることになり,自動車メーカには甚大な損害が発生するため,自動車製造業
界は工業所有権の侵害に対して非常にシビアな業界である。
  従って,本件のように,本件告知がなされるなどによって営業上の信用を
失った場合には,これを回復することは極めて困難であるところ,被告は,自動車
製造業界におけるこのような傾向を利用し,本件告知という不正競争行為によって
原告を排除した。確かに,被告が本件告知を行ったのは,三菱自動車と富士重工業
の2社に対してのみであるが,原告の営業上の信用の侵害は,上記2社以外にも拡
大しているところであり,原告の置かれた状況に鑑みれば,早期に効果的な信頼回
復措置がとられることが必要であるから,本件においては,被告による謝罪広告が
行われる必要性は高いというべきである。
(2) 被告の主張
  被告が実用新案権侵害の事実を告知した対象は,三菱自動車及び富士重工
業の2社に限られている。その告知内容も,権利侵害が判明したというだけで,他
に被告の信用を害するような具体的事実は何ら告知されていない。したがって,上
記2社に対して公権的判断結果が個別に伝達されれば十分なはずで,権利侵害がな
い旨の判決書きによって原告の信用は回復し得る。
  告知の対象がわずか2社に限られており,その後のマスコミ報道等によっ
て侵害告知が業界周知の事実になった等の事情も全く存在しない本件の事案におい
て,新聞紙上に謝罪広告を掲載しなければ原告の信用が回復されないと考えるべき
事由は何ら存しない。しかも,原告が掲載を求める広告文は,逆に被告の信用を害
するような過度の謝罪表現を含むものであって,この点においても明らかに不相当
である。
  本件告知の対象が限定されていること等の本件事実経過及び原告にも責め
に帰すべき事情があったこと等の事情を考慮すれば,謝罪広告の掲載は過大な信用
回復措置を求めるものであって,認められるべきではない。
第4 当裁判所の判断
 1 争点1(被告の行為は,競争関係にある原告の営業上の信用を害する虚偽の
事実を告知,流布したものとして,不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争
行為に該当し,被告は損害賠償義務を負うか)について
   争点1についての当裁判所の判断は,中間判決の「事実及び理由」欄第4記
載のとおりである。すなわち,被告が,原告の取引先である三菱自動車(岡崎製作
所)及び富士重工業(群馬製作所)に対して,原告製品が本件実用新案権を侵害す
る旨を告知した行為は,不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に該当
し,被告は,上記行為につき少なくとも過失があったものであるから,原告に対
し,同行為に基づく損害賠償義務を負うものというべきである。
 2 争点2(被告の不正競争行為により原告の被った損害額)について
  (1) 完成品まで製造した原告製品が納入できなかったことによる損害
ア 前記争いのない事実等に証拠(甲1,2,5,8ないし13,20の1
ないし4,21の1ないし3,22の1,2,36,37,39ないし42,乙1
ないし4,16,17)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実を認めることが
でき,これを左右するに足りる証拠はない。
    (ア) 原告が参入するまでは,CR分野における主要な業者は被告と株式会
社ミスミのみであったが,原告は平成5年ころからCRの開発・製造・販売を始
め,その営業活動により,被告の従来からの取引先であった富士重工業(群馬製作
所)や,三菱自動車(岡崎工場,水島製作所)に対しても,原告製品を納入するこ
とができるようになった。そして,平成10年9月ころまでには,富士重工業につ
いては実際のプロジェクトにおいて原告製品が採用されて186台の原告製品が納
品され,三菱自動車においても試験的に原告製品が採用されるなどの実績をあげる
ようになっていた。
    (イ) 原告から富士重工業及び三菱自動車に原告製品を納入する際の価格は
必ずしも一定したものではなかったが,平均すると,別紙「本件CR販売実績価格
表」記載のとおりであり,富士重工業に対するGCAR型の納品価格が2万155
2円,GCAF型の納品価格が2万3246円,三菱自動車(岡崎工場)に対する
GCAF型の納品価格が2万3628円,三菱自動車(水島製作所)に対するGC
AR型の納品価格が1万9885円,GCAF型の納品価格が2万2504円であ
った。
(ウ) CRは,自動車のボデー等に用いられる板金のプレス加工において,
連続的に送られてくる被加工物を,順次プレス機械上に載せ,プレスするとき,孔
をあけたり,あけなかったりするのに使用するプレス用のパンチリテーナー装置で
あるが,CRの製造業者が発注を受けてから製品として納入するまでには,一定の
期間を要することから,自動車メーカーは,正式な発注とは別に,プロジェクトの
開始する遅くとも数か月前には採用予定のCR業者に対して数量は明示しないまで
も,採用予定である旨の通知を行うことが多い。実際,原告は,平成10年2月こ
ろには,平成11年2月から6月ころの間に予定されていた富士重工業の乗用車
「インプレッサ」のフルモデルチェンジのプロジェクトにおいて,原告製品を採用
する旨の通知を受けていたし,平成10年5月ころには,同年11月から平成11
年5月ころの間に予定されていた三菱自動車の乗用車「ミラージュ」及び「ランサ
ー」のフルモデルチェンジのプロジェクトおいても,原告製品を採用する旨の通知
を受けていた。
    (エ) 自動車のモデルチェンジに際し,ひとつのプロジェクトで使用される
CRの総量は一定しておらず,必要に応じて数台から十数台単位で発注が行われ,
その都度CR業者が自動車メーカーに納入することになる。原告は,これまでの納
入実績からみて,富士重工業及び三菱自動車において予定されているプロジェクト
においては,それぞれ200台ずつの原告製品の納入が可能であるとの見通しを立
て,原告系列の下請企業である盤起工業に対して原告製品の部品の製造を,同じく
原告系列の下請企業である宮古パンチに対して原告製品の組立を発注した。その結
果,これら両社から原告は,146台の原告製品(GCAR型が86台,GCAF
型が60台)の納入を受けた。
    (オ) 平成10年9月5日ころ,被告補助参加人から原告に対し,原告商品
が本件実用新案権を侵害していることを指摘し,原告において原告商品の製造,販
売を直ちに中止するよう強く要求する内容の警告書が送付された。これに対し,原
告は,同年9月21日ころ,被告補助参加人に対し,原告製品を販売するに当たっ
ては,特許関係の調査を十分行ったつもりであるが,事前調査が必ずしも十分でな
く,過去に販売した原告商品が被告補助参加人の指摘のとおりという事態もないと
は言い切れないこと,原告の調査の結果,原告商品が本件実用新案権を侵害してい
るような場合には,原告としては速やかに最大限の誠意をもって対処したいと考え
ていること等を内容とする回答をファクシミリにより送信した。もっとも,この回
答中には,原告製品が受注生産品となっているため,現在在庫を抱えていないし,
製造販売もしていない旨の記載もされていたが,同記載の内容は,原告が当座の言
い逃れをするための虚偽のものであった。
(カ) 原告は,同年11月20日ころまでに,原告の製品カタログ中の原告
製品に関する記載を変更し,「改良の為,構造の一部を変更しました(商品はこの
図とは異なります)」という記載を付け加えたほか,同年12月初めには取引先に
対して原告製品についてやむを得ない事情により販売を中止とする旨の「お詫びと
ご案内」と題する書面を送付したが,富士重工業及び三菱自動車に対しては原告製
品の販売中止の措置をとることはなかった。
    (キ) 被告は,原告が原告製品の製造販売を行っていないと被告補助参加人
に説明しながら,その一方で富士重工業や三菱自動車に対しては引き続き販売を行
っていることに危機感を募らせ,同年12月3日,まず三菱自動車(岡崎製作所)
に対して本件告知を行い,続いて同月26日,富士重工業(群馬製作所)に対して
本件告知を行った。
    (ク) 三菱自動車は,本件告知がされた当日である同年12月3日に原告に
対して説明を求め,①今後,被告補助参加人との解決案の提示がなければ,原告製
品は使用できないこと,②三菱自動車に対し,同月10日までに今後の対策を書面
にて提示しなければならないことを告げた。その後原告は,三菱自動車からの求め
に応じて原告製品の取引数量を開示するとともに三菱自動車との取引が継続される
ように理解を求めたが,結局,同月17日,三菱自動車からCRの納入業者のリス
トから外す旨の通告がされた。
    (ケ) 富士重工業も本件告知がされた同年12月26日に,原告に対して説
明を求め,「問題を起こしている業者(原告及び被告)は両社とも当社に出入りで
きなくなるので,早く両社で解決するように。また実用新案権を侵害していないこ
とがはっきりするまでは原告の製品の購入を控える。」旨を告げた。原告はこれを
受けて被告との和解協議を行うとともに,富士重工業に対して引き続き取引が継続
されるように理解を求めた。しかし被告は,本件告知後も,富士重工業に対して電
話あるいは口頭により,原告との取引数量の開示を行うように求め続け,平成11
年3月31日ころには,富士重工業代表取締役宛に,原告製品の取引数量の開示の
要求及びこれに対する誠意ある回答が行われない場合には,刑事告訴も辞さない旨
等を内容とする警告書を送付するなどした。
      結局,同年4月ころ,富士重工業から原告に対して,原告との原告製
品の取引継続は困難である旨の通告がされた。
    (コ) 上記の富士重工業の「インプレッサ」のフルモデルチェンジのプロジ
ェクト及び三菱自動車の「ミラージュ」「ランサー」のフルモデルチェンジのプロ
ジェクトにおいては,被告のCRが採用されたが,実際に平成10年12月から平
成11年12月までの間に,被告が両社から発注を受けて納品したCRの数量は,
別紙「チェンジリテーナー販売実績表」記載のとおりであり,富士重工業に対して
は平成11年2月から6月までの5か月間及び同年10月に合計54台を納入し,
三菱自動車に対しては平成10年12月から同11年5月までの6か月間に合計3
2台を納入した。
   イ 以上の事実を総合すれば,被告による本件告知によって,原告は富士重
工業及び三菱自動車に対して納入することが可能であった原告製品86台(富士重
工業分54台,三菱自動車分32台)を納品することができなくなったものであ
り,上記の原告製品を納品できなくなったことによって原告に生じた損害は被告に
よる本件告知との間に相当因果関係があるものと認められる。
     原告は,富士重工業及び三菱自動車からはそれぞれ原告製品200台の
納品を予定している旨の通知を受けていたと主張するが,上記主張を裏付ける的確
な証拠は存在せず,かえって,原告が自認するとおり,CRについては,使用数量
が当初より明確に出せないという事情があるものであって,両社が200台という
ような数量の原告製品の納入を当初から指示してきたものとは考えられず,原告の
上記主張は採用することができない。また,原告は,仮に,今回のプロジェクトで
製造した原告製品の全てを富士重工業及び三菱自動車に納品することができず,在
庫を抱えてしまうことになったとしても,被告による本件告知がなければ,在庫分
は次のプロジェクトで納品されることになったはずであるから,実際に原告のもと
に納品され,在庫となった146台全部について被告の本件告知との因果関係を認
めるべきであると主張するが,原告も認めるとおり,CR業界においては激しい受
注競争が存在するものであり,原告製品が次回のプロジェクトで採用されることに
つき,原告の主張するような具体的な見通しが存在したとまでは認められない。
     他方,被告は,本件告知よりも前に,原告は被告との間の紛争を和解に
よって解決すべく,自主的に原告製品の販売を中止する措置をとったのであって,
原告製品を納品できなかったことと被告による本件告知との間に相当因果関係はな
い旨主張する。しかしながら,原告が,被告による本件告知よりも前に,富士重工
業及び三菱自動車に対して,原告製品の納入を中止する措置をとった事実を認める
ことはできず,かえって,本件告知後も原告製品の取引が継続されるように両社に
対して理解を求めていた事実が認められるのであって,被告の上記主張を採用する
ことはできない。
ウ 上記のとおり,完成品まで製造した原告製品を納入できなかったこと
を,本件において本件告知と相当因果関係を有する損害として認めることのできる
範囲は,原告製品86台(対富士重工業分54台,対三菱自動車分32台)の販売
価格相当額ということになる。
     原告製品の販売価格の平均は上記認定のとおり,富士重工業に対するG
CAR型の納品価格が2万1552円,GCAF型の納品価格が2万3246円,
三菱自動車(岡崎工場)に対するGCAF型の納品価格が2万3628円,三菱自
動車(水島製作所)に対するGCAR型の納品価格が1万9885円,GCAF型
の納品価格が2万2504円であるが,本件において,原告製品のうちGCAF型
とGCAR型のいずれが現実に納品されることになったのかは明らかではなく,過
去の納品実績によってこの点を推測することも困難である。そこで,本件において
は,甲21号証の1ないし3にあらわれている原告製品のうち納品予定であった口
径13ミリ,16ミリ及び20ミリのもの(GCAF型かGCAR型)の平均価格
である2万1767円(円未満切捨て)を原告製品の単価として損害額の算定を行
うこととする。
したがって,完成品まで製造した原告製品を納入できなかったことにつ
き,被告による本件告知と相当因果関係を有する損害は,上記原告製品の単価であ
る2万1767円に86(台)を乗じた187万1962円と認められる。
  (2) 仕掛かり中の部品のままではあるが今後販売予定であった原告製品を納入
できなかったことによる損害
上記(1)における認定の際に説示したとおり,富士重工業あるいは三菱自動
車から原告に対して原告製品200台の発注がされたことを認めることはできない
し,また,原告製品を製造したものの富士重工業及び三菱自動車に納品することが
できずに在庫を抱えることになった場合,それが次のプロジェクトで納品されるこ
とになったはずであるという原告主張を採用することもできないのであるから,上
記(1)において認定した被告によって現実に両社に納品された86台を上回る台数分
については,仮に原告が部品を調達していたとしても,そのために要した費用を被
告による本件告知と相当因果関係を有する損害と認めることはできないというべき
である。
    したがって,原告の主張を採用することはできない。
  (3) 原告が新タイプのCRを製造したことによる損害
   ア 証拠(甲23,24,33の1,2,40,41,乙3の1ないし5,
4,8ないし12,13の1,2)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認める
ことができ,これを左右するに足りる証拠はない。
(ア) 平成10年9月ころ,被告補助参加人から原告製品が本件実用新案権
を侵害しているとの警告を受けた原告は,富士重工業及び三菱自動車に対しては,
原告製品の納入を続けることを予定しつつ,一方で本件実用新案権を侵害しないこ
とが明確な製品の開発も画策するようになり,同年11月20日ころまでに,原告
の製品カタログ中の原告製品に関する記載を変更し,「改良の為,構造の一部を変
更しました(商品はこの図とは異なります)」という記載を付け加えるなどした
が,この段階においては,富士重工業及び三菱自動車に原告製品を納入することを
予定していたため,新製品開発の動きが具体化することはなかった。
    (イ) 同年12月に被告による本件告知が行われた後,原告は三菱自動車及
び富士重工業から実用新案権侵害の有無についての説明を求められた。これらの席
上において,原告の担当従業員は本件実用新案権を侵害していないものであれば採
用可能かどうか尋ねた。これに対する三菱自動車からの回答は「実用新案権を侵害
していないとはっきりしているものが提案できれば,再度検討する。ただし,安い
ものでなければ採用しない。また,他社で実績がないものは採用しない。」という
ものであり,富士重工業からの回答は「もし本件実用新案権を侵害していないもの
があればテストして再度検討する」というものであった。
    (ウ) 上記のような取引先の意向を受け,原告は,本件実用新案権との関係
で問題を生ずることのない新タイプのCRの開発作業につき,本格的にこれを開始
した。なお,この開発作業は原告において行われたが,これを業者に委託した場合
には319万円を要するものであった。そして,原告は新タイプのCRの開発を了
し,平成12年6月ころまでの間に,宮古パンチにおいて314台の新タイプのC
Rの組立が行われた。もっとも,その際には富士重工業及び三菱自動車に販売を予
定していた口径13ミリ,16ミリ及び20ミリの製品だけでなく,他の口径の製
品も相当数量製造された。
    (エ) 他方,被告及び被告補助参加人においては,平成10年11月ころま
でには,それまで製造・販売していたCRに代えて,①在来品に比して取付け面積
が32%縮小され,②パンチ,ノック,ボルト孔の位置は今までどおりなので,在
来品との互換性があり,③スプリング位置を最適化し,安定感,カムへの追従性を
良くした「スーパーチェンジリテーナー」という新製品(以下「被告新製品」とい
う。)を開発し,販売を開始した。
    (オ) 当初原告製品が納入される予定であった富士重工業及び三菱自動車に
対しては,被告による本件告知の結果,被告がCRを納入するようになったが,遅
くとも,富士重工業では平成11年7月ころ,三菱自動車では平成11年10月こ
ろまでには在来品に代えて被告新製品が納入されるようになった。しかしながら,
原告の新タイプのCRが両社に採用されることはなかった。
   イ 以上の認定事実によれば,被告による本件告知によって原告は新タイプ
のCRを開発することを余儀なくされたと認められるから,原告の新タイプのCR
の開発に要した費用と認められる319万円は被告による本件告知との間に相当因
果関係を有する損害というべきである。
     しかしながら,原告の主張する損害のうち,新タイプのCR製品を販売
のために製造した費用については,具体的に受注する見込みのない時点で原告が独
自の判断で製造に踏み切ったものであり,現に富士重工業や三菱自動車に納品を予
定していた製品と口径の異なるタイプのものも多数製造したものである。これらの
点に照らせば,これに要した費用は,被告による本件告知と相当因果関係のある損
害と認めることはできない。
被告は,原告による新製品の開発自体そもそも行われたかどうか疑わし
いものであるし,仮に開発が行われたとしても原告の経営判断として行われたもの
であって,被告の本件告知との間に因果関係はない旨主張する。しかしながら,原
告による新製品の開発の事実自体は上記のとおり関係証拠から認定できる(これを
左右するに足りる証拠はない。)。また,因果関係の点については,たしかに,被
告新製品の発売後においては,原告としてもこれに対応すべく新タイプの製品の開
発を検討することが求められる状況にあったこと,原告が新タイプの製品を開発し
たとしても,それが富士重工業及び三菱自動車に採用されることが明らかな状況で
はなく,むしろ両社の担当者からは再度検討を行うことになる旨の意向が示されて
いたことが認められ,原告において新タイプのCRの開発を決断するに至った事情
のなかには,被告による本件告知によって惹起された実用新案権との抵触問題を解
決すること以外の事情も含まれていたことは否定できないものの,上記認定事実に
照らせば,原告において新タイプのCRの開発を行うに至った最大の理由は,被告
による本件告知によって原告製品の有力な取引先である富士重工業及び三菱自動車
から取引を拒絶されるに至ったことであることは明らかである。このような事情の
下においては,新製品の開発に要した費用は,被告による本件告知と相当因果関係
のある損害と認めるのが相当である。被告の上記主張を採用することはできない。
   ウ したがって,新タイプのCRの製造については,被告による本件告知と
相当因果関係を有する損害は,319万円と認められる。
  (4) 原告製品以外の自動車プレス金型用部品を納入できなかったことによる損

    本件全証拠によっても,原告製品以外の自動車プレス金型用部品が納入で
きなかったことについては,被告による本件告知との間に相当因果関係があること
を認めることができない。
    甲40号証(A弁理士作成の報告書)によれば,富士重工業(群馬製作
所)の購買担当者であるBは,平成15年7月17日に行われたA弁理士からの聞
き取りにおいて,平成10年当初ころに,原告から「今度のプロジェクトに使用す
る零面規制プレート,底突きプレート,鋳込みフック等について富士重工業向けに
製品開発したので,それら製品についてプレゼンテーションを行いたい」旨の申し
込みがあり,富士重工業もそのプレゼンテーションを行うことで許可していたが,
被告からの本件告知があったことから上記各製品のプレゼンテーションを延期し,
結局,原告被告間で解決の見込みが立たなかったため,プレゼンテーションは中止
した旨を述べたことが認められる。しかしながら,そもそもA弁理士の聞き取り自
体,本件告知から4年半以上が経過した時点で行われたものであって,Bの記憶が
どれほど鮮明なものであったか疑わしいところであるし,その内容も,平成10年
の当初に原告からプレゼンテーションの申込があったにもかかわらず,同年12月
の本件告知の時点でまだプレゼンテーションが行われていないという不自然な内容
を含むものであって,これを信用するには躊躇せざるを得ないものである。
    したがって,甲40号証のBの上記供述部分によっては原告主張事実を認
定するには足りないというべきであるが,仮に,Bの供述どおりの事実があったと
しても,富士重工業において原告製品以外の自動車プレス金型用部品の採用が具体
的に検討されていたわけではなく,単に原告による各製品のプレゼンテーションを
許可していたにすぎないというのであるから,いずれにしても,原告が富士重工業
に原告製品以外の自動車プレス金型用部品を納品できなかったことと被告による本
件告知との間に相当因果関係があることを認めることはできない。また,他に原告
主張を認めるに足りる証拠もない。
  (5) 営業上の信用・名誉毀損による損害
前記のとおり,原告は富士重工業及び三菱自動車に対して原告製品の販売
実績を有していたが,被告の本件告知により全く納品することができなくなってし
まい,その代わりに被告が製品を納入し続けているといった事実が認められ,原告
に一定の信用毀損が生じたことは明らかであるところ,本件においては,被告は,
本件実用新案権につき実用新案権者でも専用実施権者でもないにもかかわらず,自
己が実用新案権者であるように記載して本件告知を行ったものであり,本件告知を
知的財産権についての権利者の権利行使の一環として行われた行為と評価すること
ができないこと,被告は本件告知後も原告の取引先である三菱自動車や富士重工業
に対し原告製品の取引の内容を明らかにするように強硬に申し入れ,虚偽の事実を
前提に原告に対して刑事告訴を行い,さらに富士重工業に対して,原告商品の取引
を明らかにしない場合には実用新案権の侵害について原告と共謀していると判断し
て刑事告訴を行うことになる旨を通告するなど本件告知後もさらに執拗に原告の信
用を毀損する行為を行ったことが認められるところであり,本件においてはこのよ
うな被告の不正競争行為後の事情も斟酌することが相当である。他方,被告におい
ては,本件告知の内容が虚偽であることを明確に認識して行ったとまではいえない
こと,被告補助参加人から警告を受けた後,原告は被告補助参加人に対し,積極的
に実用新案権侵害を争うことなく,原告商品の在庫はなく,製造販売もしていない
旨の虚偽の説明をしたこと等の事情も認められるところであり,これら本件弁論に
顕れた一切の事情を総合考慮すると,被告の不正競争行為による原告の営業上の信
用毀損に基づく損害としては500万円をもって相当と認める。
  (6) 弁護士費用
本件訴訟を提起するに際し,原告がその訴訟遂行を弁護士に委任したこと
は当裁判所に顕著な事実であるところ,本件事案の内容,請求額,認容額その他諸
般の事情を斟酌し,被告の不正競争行為と相当因果関係のある損害としては100
万円をもって相当と認める。
 3 争点3(謝罪広告掲載の必要性)について
原告は,本件において原告の信用を回復するためには損害賠償とともに謝罪
広告を掲載する必要があると主張する。しかしながら,原告製品の需要者は自動車
メーカー等の限られた業者に限られているものであるところ,被告による本件告知
の対象は2社に限られており,被告において他の自動車メーカーに対して本件告知
をしたという事情も窺われないこと等の本件の事情の下においては,金銭賠償に加
えて,謝罪広告掲載による信用回復の措置を認める必要性が存在するとまでは認め
られない。
 4 結論
   以上のとおりであるから,原告の被告に対する請求は,金1106万196
2円及びこれに対する不正競争行為の後の日である平成10年12月27日から支
払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を請求する限度で理由がある
(原告は年6分の割合による遅延損害金を請求しているが,本件請求は,不正競争
行為(不法行為)を理由とする損害賠償請求であって,商行為によって生じた債権
の請求ではないから,遅延損害金の請求のうち民法所定の年5分の割合を超える部
分は理由がない。)。
  よって,主文のとおり判決する。
     東京地方裁判所民事第46部
 
           裁判長裁判官   三 村 量 一
              裁判官   大須賀 寛 之
              裁判官   松 岡 千 帆
(別紙)
               物 件 目 録
      チェンジリテーナ・エアシリンダータイプ
       (丸形パンチ用・GCAR型,異形パンチ用・GCAF型)
原告製品構造図本県CR販売実績価格表チェンジリテーナー販売実績表
(別紙 中間判決)
平成15年1月30日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成12年(ワ)第25382号 損害賠償等請求事件
(口頭弁論終結日 平成14年8月27日)
            中間判決
     原     告      パンチ工業株式会社
     訴訟代理人弁護士     山 田 敏 夫
     同            馬 場 和 佳
     被     告      日本デイトン・プログレス株式会社
     訴訟代理人弁護士     渡 部 敏 雄
     同            本 多 哲 哉
     同            和 氣 満美子
     同            新 保 克 芳
     訴訟復代理人弁護士    檜 垣 直 人
     被告補助参加人      株式会社プレスセンター
     訴訟代理人弁護士     山 下   江
     同            目 片 浩 三
同            田 中   伸
同            藤 井   裕
            主         文
    被告が,平成10年12月に,原告の取引先である三菱自動車工業株式会
社(岡崎製作所)及び富士重工業株式会社(群馬製作所)に対して,原告の製造・
販売する別紙物件目録記載の製品が登録番号第1872007号の実用新案権を侵
害する旨を告知した行為は,不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に
該当し,被告は,原告に対し,同行為に基づく損害賠償義務を負う。
            事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 被告は,原告に対し,5224万6414円及びこれに対する平成10年1
2月27日(不法行為の後の日)から支払済みまで年6分の割合による金員を支払
え。
2 被告は,別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告を,表題及び当事者双方の社名と
被告代表取締役名は4号活字,その他の部分は5号活字を使用して,日本経済新
聞,朝日新聞,読売新聞,日刊工業新聞の各全国版に,各1回ずつ掲載せよ。
第2 事案の概要
 本件は,被告が,平成10年12月,原告の取引先である三菱自動車工業株式
会社(以下「三菱自動車」という。)(岡崎製作所),富士重工業株式会社(以下
「富士重工業」という。)(群馬製作所)に対し,原告の製造する別紙物件目録記
載の製品が,登録番号第1872007号の実用新案権を侵害すると告げた行為
は,競争関係にある原告の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知,流布したもの
であり不正競争行為に該当し,被告は故意又は過失により不正競争行為を行って他
人の営業上の利益を侵害したと主張して,不正競争防止法2条1項14号,4条,
7条に基づき,被告に対し,損害賠償及び謝罪広告の掲載を請求するものである。
これに対して,被告は,原告の製造する別紙物件目録記載の製品は,上記実用新案
権を侵害するから,虚偽の事実を告知,流布したものではなく,また,被告には故
意過失がないなどと反論して,これを争っている。
1 前提となる事実等(当事者間に争いがない事実及び証拠により認定した事
実。後者については,末尾に認定に用いた証拠を掲げた。)
 (1) 当事者
   原告は,プラスチック金型用部品,プレス金型用部品等の製造販売,輸出
等を業とする会社であり,被告は,金型部品の輸入,製造販売を業とする会社であ
る。
  (2) 被告補助参加人の実用新案権
    被告補助参加人は,下記の実用新案権を有していた(以下,「本件実用新
案権」という。)。
     実用新案登録番号  第1872007号
     出願日       昭和61年8月18日
 出願番号      実願昭61-126046号
 登録日       平成3年11月19日
 考案の名称     プレス用パンチのリテーナー装置
  (3) 実用新案登録請求の範囲
 本件実用新案登録出願に係る考案の明細書(以下「本件明細書」という。
本判決末尾添付の実用新案公報〔甲1。以下「本件公報」という。〕参照)の「実
用新案登録請求の範囲」の記載は次のとおりである(以下,「本件考案」とい
う。)。
   「カム板3が前進したときはパンチ8がリテーナーブロツク1の下面からス
トローク分突出し,且つカム板3が後退したときはパンチ8がリテーナーブロツク
1内にストローク分引込む如く構成したプレス用のパンチリテーナー装置におい
て,カム板3及びパンチ8両移動方向と直方する方向の深横溝1aをリテーナーブ
ロツク1の上面に凹設すると共に該深横溝1a中にパンチ用嵌合孔1bを設け,パ
ンチ用嵌合孔1bの仮想中心軸とカム板3の移動方向によつて決まる仮想中立面に
対し対称な位置に当る深横溝の溝底に複数個のバネ用有底孔1c……1cを設け,
圧縮バネ10を配して長方形状パンチセツトブロツク2を上下動のみ可能に深横溝
1aに嵌合配置し,該パンチセツトブロツク2に鍔付きパンチ8の段付孔2aを設
け,カム板3に対応する傾斜面2cをパンチセツトブロツク2に設けたことを特徴
とするプレス用パンチリテーナー装置。」
(4) 構成要件の分説
 本件考案は,次のように分説することができる(以下「構成要件A」など
という。)。
 A カム板3が前進したときはパンチ8がリテーナーブロツク1の下面から
ストローク分突出し,且つカム板3が後退したときはパンチ8がリテーナーブロツ
ク1内にストローク分引込む如く構成したプレス用のパンチリテーナー装置におい
て,
 B カム板3及びパンチ8両移動方向と直方する方向の深横溝1aをリテー
ナーブロツク1の上面に凹設すると共に該深横溝1a中にパンチ用嵌合孔1bを設
け,
 C パンチ用嵌合孔1bの仮想中心軸とカム板3の移動方向によつて決まる
仮想中立面に対し対称な位置に当る深横溝の溝底に複数個のバネ用有底孔1c……
1cを設け,
 D 圧縮バネ10を配して長方形状パンチセツトブロツク2を上下動のみ可
能に深横溝1aに嵌合配置し,
 E 該パンチセツトブロツク2に鍔付きパンチ8の段付孔2aを設け,
 F カム板3に対応する傾斜面2cをパンチセツトブロツク2に設けたこと
を特徴とするプレス用パンチリテーナー装置。
(5) 原告の行為
  原告は,平成8年から平成11年5月21日までの間に,原告製品を製造
販売した(乙3の1~5,乙4,弁論の全趣旨。原告は,原告製品のうち「チェンジ
リテーナ・手動タイプ(丸形パンチ用・GCMR型,異形パンチ用・GCMF
型)」の2種類は販売していない,と主張するが,原告作成の「お詫びとご案内」
の添付書類に,上記2種類の原告製品について「この製品は販売を中止いたしまし
た」「販売中止」と記載されているのに照らし,採用できない。)。
(6) 原告製品の構成
 原告製品の構成は,いずれも,別紙「原告製品構造図」記載のとおりであ
る。原告製品の深横溝には,パンチ用嵌合孔⑧のほかに,バネ用孔⑨2つとバネ・
ボルト段付孔⑦2つの,合計4つの孔が設けられている。このうち,バネ用孔⑨
は,径は10mm,深さ約30㎜の底のある孔であり,内部には径8mm,長さ30㎜
のバネが挿入されている。バネ・ボルト段付孔⑦は,径10㎜の底のない孔である
が,約15㎜の深さの部分で段が設けられて径が細くなっており,内部には径8
mm,長さ15㎜のバネが挿入されている。平面図で見ると,2つのバネ用孔⑨はパ
ンチ用嵌合孔⑧の仮想中心軸を中心に点対称の位置にあり,2つのバネ・ボルト段
付孔⑦も同様にパンチ用嵌合孔⑧の仮想中心軸を中心に点対称の位置にあって,2
つのバネ用孔⑨を結んだ直線と,2つのバネ・ボルト段付孔⑦を結んだ直線はパン
チ用嵌合孔⑧の仮想中心軸上で交差する位置関係にある。そして,パンチ用嵌合孔
⑧の仮想中心軸とカム板③の移動方向によって決まる仮想中立面に対しては,仮想
中立面の片側にバネ用孔⑨とバネ・ボルト段付孔⑦が存在し,これと面対称な位置
にバネ・ボルト段付孔⑦とバネ用孔⑨が存在する。すなわち,仮想中立面の片側の
バネ用孔⑨と面対称な位置にバネ・ボルト段付孔⑦が存在し,片側のバネ・ボルト
段付孔⑦と面対称な位置にバネ用孔⑨が存在する(乙3の1~5,乙4,弁論の全趣
旨。)。
  (7) 原告の取引先に対する被告の告知行為
 原告と被告とは,プレス用パンチのリテーナー装置の商品市場において競
争関係にあるところ,被告の営業担当者は,平成10年12月,原告の取引先であ
る三菱自動車(岡崎製作所),富士重工業(群馬製作所)に対し,原告製品は被告
補助参加人の本件実用新案権等の権利を侵害するものなので,これを購入・使用し
ないように求めるとともに,過去の原告製品の購入実績を知らせるように求め,そ
の際,下記の内容を含む「チェンジリテーナーご採用及びご購入についてのお願
い」と題する書面を交付した(甲2。弁論の全趣旨)。
  「長年にわたり各自動車メーカー様においてご使用を賜ってまいりまし
た弊社販売商品の「チェンジリテーナー」はその優れた機能・構造から数々の特許
を取得いたしております。しかし,このたびパンチ工業㈱製「チェンジリテーナ
ー」が特許を侵害していることが判明いたしましたので,今後パンチ工業㈱製のチ
ェンジリテーナーをご使用及びご購入なされないようお願い申し上げます。尚,貴
社にてパンチ工業㈱製チェンジリテーナーのご購入実績がございましたらお手数で
すが品名,数量,購入価格(単価)をご連絡ください。貴社には一切迷惑はおかけ
しませんのでご協力のほどよろしくお願い致します。」
 2 争点
  (1) 被告の行為は,競争関係にある原告の営業上の信用を害する虚偽の事実を
告知,流布したものとして,不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に
該当し,被告は損害賠償義務を負うか(争点1)
(2) 被告の不正競争行為により原告の被った損害額(争点2)
(3) 謝罪広告掲載の必要性(争点3)
第3 争点に関する当事者の主張
 1 争点1(被告の行為の不正競争行為該当性等)
  (原告の主張)
(1) 不正競争行為該当性
  被告の営業担当者は,平成10年12月,原告の取引先である三菱自動車
(岡崎製作所),富士重工業(群馬製作所)等の自動車メーカーに対し,原告製品
は被告の本件実用新案権等の権利を侵害するものなので,これを購入・使用しない
ように求めるとともに,過去の原告製品の購入実績を知らせるように求め,その
際,同趣旨の内容を含む書面を交付した。
    しかし,原告製品は,下記のとおり,本件考案の技術的範囲に属せず(原
告製品は本件考案の構成要件A,B,D,E及びFを充足するが,構成要件Cを充
足しない。),その製造販売は本件実用新案権を侵害しない。また,そもそも被告
は,本件実用新案権の権利者でもない。したがって,上記被告の行為は,虚偽の事
実を告知,流布したものである。
    被告は,三菱自動車(岡崎製作所),富士重工業(群馬製作所)等の自動
車メーカーに対して,上記のとおり虚偽の事実を告知,流布し,原告の社会的信用
を毀損した。また,原告と被告とは,プレス用パンチのリテーナー装置の商品市場
において競争関係にある。したがって,被告の行為は,不正競争防止法2条1項1
4号所定の不正競争行為に該当する。
ア 構成要件Cの文言の解釈
     本件考案の構成要件Cは,「パンチ用嵌合孔1bの仮想中心軸とカム板
3の移動方向によつて決まる仮想中立面に対し対称な位置に当る深横溝の溝底に複
数個のバネ用有底孔1c……1cを設け,」というものであるが,この文言の解釈
としては,バネ用有底孔は,パンチ用嵌合孔1bの仮想中心軸とカム板3の移動方
向によって決まる仮想中立面に対して幾何学的な意味で対称の位置になければなら
ず,かつ,このバネ用有底孔は,仮想中立面の片側にすべて同じ形状のものが複数
個なければならない,と考えるべきである。これは,構成要件Cの文言及び本件考
案の出願経過をみれば明らかである。
(ア) 被告補助参加人は,当初,本件考案の実用新案登録請求の範囲を,次
のようにして出願していた(甲6)。
「カム板3が前進したときはパンチ8がリテーナーブロツク1の下面か
らストローク分突出し,且つカム板3が後退したときはパンチ8がリテーナーブロ
ツク1内にストローク分引込む如く構成したプレス用のパンチリテーナー装置にお
いて,リテーナーブロツク1に圧縮バネ10を配してパンチセツトブロツク2を上
下動のみ可能に嵌合配置し,該パンチセツトブロツク2に鍔付きパンチ8の段付孔
2aを設け,カム板3に対応する傾斜面2cをパンチセツトブロツク2に設けたこ
とを特徴とするプレス用パンチリテーナー装置。」
    (イ) しかし,上記の被告補助参加人の出願に対し,特許庁は,具体的な引
用例を引いて進歩性を欠くことを理由に拒絶理由通知を行った(甲8)。そこで,
被告補助参加人は,上記の実用新案登録請求の範囲について下記の下線部の事項を
加える補正を行い(甲12),その結果,本件考案が登録された。
     「カム板3が前進したときはパンチ8がリテーナーブロツク1の下面か
らストローク分突出し,且つカム板3が後退したときはパンチ8がリテーナーブロ
ツク1内にストローク分引込む如く構成したプレス用のパンチリテーナー装置にお
いて,カム板3及びパンチ8両移動方向と直方する方向の深横溝1aをリテーナー
ブロツク1の上面に凹設すると共に該深横溝1a中にパンチ用嵌合孔1bを設け,
パンチ用嵌合孔1bの仮想中心軸とカム板3の移動方向によつて決まる仮想中立面
に対し対称な位置に当たる深横溝の溝底に複数個のバネ用有底孔1c……1cを設
け,(この後にあった「リテーナーブロック1に」との文言は削除。)圧縮バネ1
0を配して長方形状パンチセツトブロツク2を上下動のみ可能に深横溝1aに嵌合
配置し,該パンチセツトブロツク2に鍔付きパンチ8の段付孔2aを設け,カム板
3に対応する傾斜面2cをパンチセツトブロツク2に設けたことを特徴とするプレ
ス用パンチリテーナー装置。」
    (ウ) 上記のような出願経過に鑑みれば,本件考案は,単に「リテーナーブ
ロック1に圧縮バネ10を配してパンチセットブロック2を上下動のみ可能に嵌合
配置し」ただけでは進歩性を欠き,「パンチ用嵌合孔1bの仮想中心軸とカム板3
の移動方向によって決まる仮想中立面に対し対称な位置に当る深横溝の溝底に複数
個のバネ用有底孔1c……1cを設け」るという部分を加えたことによって,初め
て進歩性を有するものとなったというべきである。したがって,本件考案の技術的
範囲を考えるに当たっては,被告補助参加人が後から進歩性を有する部分を加えた
ことに鑑み,このような事項を加えて補正をした被告補助参加人の意図に沿って厳
格に解釈しなければならない。すなわち,「パンチ用嵌合孔1bの仮想中心軸とカ
ム板3の移動方向によつて決まる仮想中立面に対し対称な位置」という文言は,文
字どおり仮想中立面に対して幾何学的に対称な位置のことをいうというべきであ
る。そして,「バネ用有底孔」も,同仮想中立面の片側にそれぞれ複数個なければ
ならず,さらに,これらの「バネ用有底孔」は,上記の補正後の文言に「複数個の
バネ用有底孔1c……1c」とあり,バネ用有底孔をすべて同じ符号で表している
以上,すべて同じ形状でなければならない,というべきである。
   イ 原告製品の構成要件Cへの充足性
     原告製品は,上記仮想中立面の片側に,形状の異なる孔であるバネ用孔
⑨とバネ・ボルト段付孔⑦が存在し,これと面対称な位置にバネ・ボルト段付孔⑦
とバネ用孔⑨が存在する。すなわち,仮想中立面の片側のバネ用孔⑨と面対称な位
置にバネ・ボルト段付孔⑦が存在し,片側のバネ・ボルト段付孔⑦と面対称な位置
にバネ用孔⑨が存在する。したがって,仮にバネ用孔⑨とバネ・ボルト段付孔⑦の
いずれも「バネ用有底孔」に該当するとしても,両者の孔は形状が異なる以上,構
成要件Cの「複数個のバネ用有底孔1c……1c」との文言を充足しない。
     加えて,構成要件Cの「バネ用有底孔」とは,考案の詳細な説明及び図
面を参酌して考えれば,底が完全にふさがれた孔をいうことが明らかであるから,
原告製品におけるバネ用孔⑨2つはこれに含まれるが,バネ・ボルト段付孔⑦はこ
れに含まれない。そうすると,原告製品においては,「バネ用有底孔」の文言を充
足するバネ用孔⑨2つが,上記仮想中立面に対して交差する位置にあるということ
になるから,幾何学的に対称な位置にあるとはいえず,構成要件Cの「対称な位
置」との文言を充足しない。
  (2) 被告の故意過失
ア 被告には,上記行為を行うについて,故意過失がある。
 すなわち,原告の取引先に対し,原告製品が本件実用新案権を侵害した
と虚偽の事実を告知,流布した被告の行為は,競業者である原告の営業上の信用を
著しく害する典型的な不正競争行為というべきであるから,相当の理由がない限
り,虚偽の権利侵害の事実を告知,流布した者には当該行為をするにつき過失があ
ったと推定するのが相当であり,かつ,過失の推定を覆す相当な理由については,
極めて厳格に解するべきである。
   イ 本件では,被告は,平成10年12月ころ,本件実用新案権の侵害の有
無について公権的な判断がされたわけではない時期に,原告の取引先に対して直接
執拗な申入れを行っているのであり,上記の相当な理由があるとは認められない。
 (被告の主張)
  (1) 不正競争行為該当性
    不正競争防止法2条1項14号にいう「虚偽の事実」とは客観的真実に反
する事実のことであるところ,原告製品は,下記のとおり,本件考案の技術的範囲
に属するから,その製造,販売及び使用は本件実用新案権を侵害する。したがっ
て,被告が「虚偽の事実」を告知,流布したとはいえないから,被告の行為は不正
競争行為に該当しない。
   ア 原告は,原告製品が本件考案の構成要件A,B,D,E,Fを充足する
ことは認め,構成要件Cを充足することを争っているが,次のとおり,原告製品は
構成要件Cも充足するものである。
  (ア) 構成要件Cの文言の解釈
 本件考案の構成要件Cは,「パンチ用嵌合孔1bの仮想中心軸とカム
板3の移動方向によつて決まる仮想中立面に対し対称な位置に当る深横溝の溝底に
複数個のバネ用有底孔1c……1cを設け,」という文言であるが,この「対称な
位置」との文言は,複数個のバネ用有底孔が,幾何学的な意味で面対称になってい
ることを意味しないと解すべきである。
① 本件考案は,連続的に送られてくる被加工物を,順次プレス機械上
に載せプレスするとき,孔を空けたり空けなかったりするのに使用するプレス用パ
ンチのリテーナー装置に関するものである。
② 従来のプレス用パンチのリテーナー装置では,パンチを突出させた
状態で使用中,衝撃や振動によってカムが後退するなどして誤作動し,不良品を出
すことがあった。かかる技術的課題を解決するため,本件考案の考案者は,リテー
ナーブロック1の上面に,カム板3の進行と直方する方向に深横溝1aを設けて,
そこにパンチ用嵌合孔1bと,複数個のバネ用有底孔1c……1cを設け,さら
に,バネ用有底孔に圧縮バネ10を配して長方形状パンチセットブロック2を上下
動のみ可能に深横溝1aに嵌合配置し,パンチセットブロック2にカム板3に対応
する傾斜面2cを設けた。本件考案は,こうした構成をとることによって,カム板
が正確にプレス位置に保持され,緩衝によるパンチの誤動作を避けることができる
ようにし,上記の技術的課題を解決したものである。
     ③ 上記のような本件考案の技術的課題の解決手段からすれば,本件考
案の技術的特徴は,深横溝1aの溝底に複数個のバネ用有底孔がバランス良く配置
され,圧縮バネ10によってパンチセットブロック2が円滑に上昇し,また,パン
チの際の衝撃による誤動作を避けることができるようにパンチセットブロック2を
保持できるようにしたところにある。つまり,深溝底1aの溝底の複数個のバネ用
有底孔は,誤動作を避けることができる程度に,バランス良く配置されていればよ
いのであり,幾何学的な意味で面対称になっていることまで要するものではない。
したがって,複数個のバネ用有底孔を「パンチ用嵌合孔1bの仮想中心軸とカム板
3の移動方向によって決まる仮想中立面」に「対称」に配置する,という構成要件
Cは,複数個のバネ用有底孔が,バランス良く配置されていれば足りるものであっ
て,幾何学的に完全な意味で面対称であることを意味しない。
(イ) 原告製品の構成要件Cへの充足性
① 原告製品の深横溝には,パンチ用嵌合孔⑧のほかに,孔が4つ設け
られているが,この4つの孔は,バネ用孔⑨2つとバネ・ボルト段付孔⑦2つの2
種類の孔に分けられる。そして,原告製品において,パンチセットブロックは円滑
に上昇し,また,パンチの際の衝撃による誤動作を避けることができるようにパン
チセットブロックが保持されており,バネ用孔⑨2つ及びバネ・ボルト段付孔⑦2
つはバランス良く配置されている。したがって,原告製品は,構成要件Cを充足す
る。
     ② また,仮に構成要件Cが,幾何学的に完全な意味で面対称であるこ
とを要すると考えたとしても,原告製品は,構成要件Cを充足する。
       なぜなら,バネ用孔⑨とバネ・ボルト段付孔⑦は,いずれの孔も径
が10mmであり,径8mmのバネが挿入されている。そして,原告製品においては,
パンチセットブロックが円滑に上昇し,また,パンチの際の衝撃による誤動作を避
けることができるようにパンチセットブロックが保持されているから,バネ用孔⑨
とバネ・ボルト段付孔⑦は,いずれも構成要件Cにいう「バネ用有底孔」に該当す
るものとして,同視し得る。そして,原告製品においては,この4つの孔のうち2
つずつの孔が,パンチ用嵌合孔⑧の仮想中心軸とカム板③の移動方向によって決ま
る仮想中立面に,幾何学的にも面対称な位置に配置されているからである。
(2) 被告の故意過失
 ア 原告は,被告補助参加人から警告を受けた当初から,原告製品が本件実
用新案権を侵害することを前提とした対応をとっていた。すなわち,被告補助参加
人が原告に対し,平成10年9月1日付けで警告書(乙1)を送付したところ,原
告は,同月17日付けで,被告補助参加人に対し回答書(乙2)をファクシミリ送
信した。そして,同回答書には,「事前調査が必ずしも十分でなく,過去に販売し
ました当該商品が貴社の御指摘の通りという事態もないとは言い切れません。」,
「貴社の実用新案権を侵害しているような場合……どのように対応しましたら宜し
いのか貴社のご意向をお聞かせ頂きたく」,「現在在庫を抱えておりませんし製造
販売も致しておりません。」などと記載されていた。
 イ 原告は,平成10年12月初めころ,自己の取引先に対し,原告のカタ
ログに記載されたプレス用パンチのリテーナー装置の販売を中止する旨を,書面で
通知した(乙3の1~5)。原告は,それまでの間,原告製品が本件実用新案権を侵
害していないとの主張を一切行っていなかった。
 ウ 上記の経過の下で,被告は,被告補助参加人の意を受けて,原告との間
での損害賠償の交渉のための資料を得るために,原告の取引先であった三菱自動車
及び富士重工業に対して,原告製品の購入実績を開示するように依頼したものであ
る。このように,平成10年12月の時点では,被告補助参加人と原告との間で,
原告製品が本件実用新案権を侵害することについて主張の対立はなく,また,原告
との間での損害賠償の交渉のための資料を得るために原告の取引先に対して権利侵
害という事情を説明して購入実績の開示を依頼することが必要であった。このよう
な場合においては,仮に後日の法的手続において権利侵害に当たらないとの結論に
至り,結果的に告知内容が事実に反することになったとしても,被告には過失がな
い,というべきである。
 2 争点2(被告の不正競争行為により原告の被った損害額)
  (原告の主張)
  (1) 原告は,本件の被告の行為により,既に製造したプレス用パンチのリテー
ナー装置を取引先に対して納入できない事態に立ち至った。これにより,原告は,
次のとおり,891万7552円の損害を被った。
   ア 原告は,富士重工業に納入するため,原告製品(GCAR13,16,
20型)合計200台を製造したが,本件の被告の行為のため,富士重工業から納
入を断られた。その販売価格は,合計570万4280円であり,原価率が78%
なので,原告は,製造原価に相当する444万9338円の損害を被った。
   イ 原告は,三菱自動車に納入するため,原告製品(GCAR13,16,
20型)合計200台を製造したが,本件の被告の行為のため,納入を断られた。
その販売価格は,合計572万8480円であり,原価率が78%なので,原告
は,製造原価に相当する446万8214円の損害を被った。
  (2) 原告は,本件の被告の行為により原告製品の購入を拒まれたことから,富
士重工業,三菱自動車に対して納入するための新しいタイプのプレス用パンチのリ
テーナー装置を開発した。原告は,同開発費相当額である400万円の損害を被っ
た。
  (3) 原告は,(2)に記載したとおり,新しいタイプのプレス用パンチのリテー
ナー装置を開発し,製造したが,原告製品は本件実用新案権を侵害しないのである
から,本来新しいタイプのプレス用パンチのリテーナー装置は不要なものであっ
た。原告は,これにより,次のとおり,743万1294円の損害を被った。
   ア 原告は,富士重工業に納入するため,新しいタイプのプレス用パンチの
リテーナー装置合計200台を製造した。原告は,その製造原価分に相当する37
0万7782円の損害を被った。
   イ 原告は,三菱自動車に納入するため,新しいタイプのプレス用パンチの
リテーナー装置合計200台を製造した。原告は,その製造原価分に相当する37
2万3512円の損害を被った。
  (4) 原告は,本件の被告の行為により,富士重工業及び三菱自動車から,原告
製品以外の自動車プレス金型用部品についても購入を中止された。原告は,その製
造原価分に相当する719万7568円の損害を被った。
  (5) 原告は,本件の被告の行為により,業界において営業上の信用,名誉を著
しく毀損された。原告は,これにより2000万円に相当する損害を被った。
  (6) 原告は,本件訴訟を弁護士に委任し,(1)~(5)の合計額である4754万
6414円の約1割に当たる470万円の弁護士費用相当額の損害を被った。
  (7) 以上の(1)~(6)の合計額である5224万6414円が,原告の被った損
害額である。
  (被告の主張)
 上記原告の主張は,否認し,争う。
 3 争点3(謝罪広告掲載の必要性)
 (原告の主張)
   原告は,本件の被告の行為により,業界においてその営業上の信用,名誉を
著しく毀損された。したがって,原告の営業上の信用,名誉を回復するための措置
として,原告の被告に対する日本経済新聞,朝日新聞,読売新聞,日刊工業新聞の
全国版への謝罪広告掲載請求を認める必要がある。
 (被告の主張)
   上記原告の主張は,否認し,争う。
第4 争点1についての当裁判所の判断
 1 不正競争行為該当性について
  (1) 被告の行為
    前記「前提となる事実等」(前記第2,1(7))に記載したとおり,原告と
被告とは,プレス用パンチのリテーナー装置の商品市場において競争関係にあると
ころ,被告の営業担当者は,平成10年12月,原告の取引先である三菱自動車
(岡崎製作所),富士重工業(群馬製作所)に対し,原告製品は被告の本件実用新
案権等の権利を侵害するものなので,これを購入・使用しないように求めるととも
に,過去の原告製品の購入実績を知らせるように求め,その際,下記の内容を含む
「チェンジリテーナーご採用及びご購入についてのお願い」と題する書面(甲2)
を交付した。
  「長年にわたり各自動車メーカー様においてご使用を賜ってまいりまし
た弊社販売商品の「チェンジリテーナー」はその優れた機能・構造から数々の特許
を取得いたしております。しかし,このたびパンチ工業㈱製「チェンジリテーナ
ー」が特許を侵害していることが判明いたしましたので,今後パンチ工業㈱製のチ
ェンジリテーナーをご使用及びご購入なされないようお願い申し上げます。尚,貴
社にてパンチ工業㈱製チェンジリテーナーのご購入実績がございましたらお手数で
すが品名,数量,購入価格(単価)をご連絡ください。貴社には一切迷惑はおかけ
しませんのでご協力のほどよろしくお願い致します。」
  (2) 被告の告知内容の虚偽性について
    そこで,次に,被告の告知した内容が虚偽かどうかを検討する。
    原告製品が本件考案の構成要件A,B,D,E及びFを充足することは,
当事者間に争いがない。そこで,原告製品が本件考案の構成要件Cを充足するかど
うかについて判断する。
    本件考案の構成要件Cは,「パンチ用嵌合孔1bの仮想中心軸とカム板3
の移動方向によつて決まる仮想中立面に対し対称な位置に当る深溝横の溝底に複数
個のバネ用有底孔1c……1cを設け,」というものである。
 ア 本件明細書における「考案の詳細な説明」欄には,次のような記載があ
る。
    (ア) 「[産業上の利用分野]この考案は,連続的に送られて来る被加工物
     を,順次プレス機械上に載せプレスするとき,孔をあけたり,あけなか
ったりするのに使用するプレス用パンチリテーナー装置に関するものである。」
(本件公報1欄24行~2欄4行)
    (イ) 「[従来の技術]鉄板に孔をあけるとき用いるプレス用パンチ9は,
第7図及び第8図に示す如く,円柱部9bの上端に段部状の基部9aを設け,更に
基部9aに上向き傾斜面9cを設けた形状をしている。たとえば,自動車のバック
ウインドウにオプション的にウインドシールドワイパーを取付けることがある。つ
まり,同一の生産ライン上を流れる車体部品にリヤーウインドシールドワイパー取
付用の孔をあけたりあけなかったりすることがある。このような場合,プレスのラ
ム14に取付けた上型のパンチがストローク分突出したり,ストローク分引込んだ
りするようにする必要がある。このような場合,第7図に示す如く,カム板3を前
進させて特殊パンチ9を突出させたり,第8図に示す如くカム板3を後退させて特
殊パンチ9を引込ませたりしている。」(本件公報2欄5行~2欄22行)
    (ウ) 「[考案が解決しようとする問題点]第7図及び第8図に示す従来の
リテーナー装置では,パンチ9を突出させた状態で使用中,衝撃や振動によってカ
ム板3が後退し,誤作動し,不良品を出すことがあった。この考案は,カム板が正
確にプレス位置に保持され,緩衝によるパンチの誤動作を避けることが出来るよう
にしたプレス用のパンチリテーナー装置を提供しようとするものである。またこの
考案に係る,パンチリテーナー装置は,市販されているJIS規格の鍔付きパンチ
を利用して,カム板の使用を可能にしようとするものである。」(本件公報2欄2
3行~3欄10行)
    (エ) 「[問題点を解決するための手段]第1図乃至第5図を参考にして説
明する。この考案に係るプレス用パンチのリテーナー装置は,カム板3が前進した
ときはパンチ8がリテーナーブロック1の下面からストローク分突出し,且つカム
板3が後退したときはパンチ8がリテーナーブロック1内にストローク分引込む如
く構成したプレス用のパンチリテーナー装置において,カム板3及びパンチ8両移
動方向と直方する方向の深横溝1aをリテーナーブロック1の上面に凹設すると共
に該深横溝1a中にプレス用嵌合孔1bを設け,パンチ用嵌合孔1bの仮想中心軸
とカム板3の移動方向によって決まる仮想中立面に対し対称な位置に当る深横溝の
溝底に紛数個(引用者注:「複数個」の誤記と考えられる。)のバネ用有底孔1c
……1cを設け,圧縮バネ10を配して長方形状パンチセットブロック2を上下動
のみ可能に深横溝1aに嵌合配置し,該パンチセットブロック2に鍔付きパンチ8
の段付孔2aを設け,下向き斜面3a付カム板3に対応する傾斜面2cをパンチセ
ットブロック2に設けたものである。」(本件公報3欄11行~3欄34行)
    (オ) 「[作用]第2図に示す如く,エヤーシリンダー5を作動させてピス
トン5aを後退させると,カム板3がパンチセットブロック2から外れ,圧縮バネ
10によってパンチセットブロック2が上昇すると共にパンチ8が没入する。この
状態においては被加工物13は打抜きされない。第1図に示す如く,エヤーシリン
ダー5を作動させてピストン5aを前進させると,カム板3の下向き斜面3aがパ
ンチセットブロック2の斜面2cに接触してパンチセットブロック2を押下げると
共に,パンチ8も押下げら(れ)る。この状態において被加工物13への打抜き作
業を行う。」(本件公報4欄24行~4欄36行)
(カ) 「[考案の効果]本考案においては,第7図及び第8図に示す従来の
リテーナー装置の如く,頂部に上向き傾斜面9cを設けたパンチ9の如く,特殊な
パンチを必要としないので,JIS規格の鍔付きパンチ8を利用することが出来,
パンチのコストを著しく低減させることが出来る。また,第4図に示す如く段付孔
2a及びパンチ用嵌合孔1bの数を増やすことによって,複数個のパンチ8を同時
セットすることも出来る。」(本件公報4欄37行~5欄2行)
   イ また,本件考案の出願時(昭和61年8月18日)における公知技術に
ついては,証拠(甲1,8~13)及び弁論の全趣旨によれば,次の公知技術が存
在したことが認められる。
 実願昭59-178636号(実開昭61-97325号)のマイクロ
フィルム(甲11。出願日:昭和59年11月27日,公開日:昭和61年6月2
3日)には,実用新案登録請求の範囲として,次の内容のものが記載されている。
「金型ホルダに取付けられたリテーナと,前記リテーナにその軸心方向に
摺動自在として保持され,基端面側に大径頭部を有するパンチと,前記パンチの大
径頭部背面側に対して進退動される移動バッキングプレートと,前記パンチに嵌合
され,前記大径頭部に係止されて該パンチに対して該大径頭部側からの抜けが規制
されたばね座用ワッシャと,それぞれ前記ばね座用ワッシャと前記リテーナとの間
に介装され,互いに前記パンチの周回り方向に間隔をあけて配設されて,該パンチ
を前記金型ホルダへ向けて付勢する複数個のリターンスプリングと,を備えている
ことを特徴とするプレス金型。」
 そして,同公報の「考案の詳細な説明」欄の[考案の構成]の項には
「リターンスプリングとしては,パンチの周回り方向に間隔をあけて配設さ(以下
脱字)リターンスプリングによって構成してある。このような構成とすることによ
り,比較的小さなリターンスプリング例えば小径のコイルリターンスプリングを用
いた場合にあっても,大きなばね力が得られるため,移動バッキングプレートを退
出位置としたときには,パンチを金型ホルダへ向けて確実に変位させることができ
る。」と記載されている。
   ウ 上記ア,イによれば,本件考案は,従来のリテーナー装置において,パ
ンチを突出させた状態で使用中,衝撃や振動によってカム板が後退し,誤作動する
ことがあったので,この課題を解決するため,カム板が正確にプレス位置に保持さ
れ,緩衝によるパンチの誤動作を避けることができるようにし,併せて,市販され
ているJIS規格の鍔付きパンチを利用してカム板の使用を可能にしようとするも
のである。しかるに,本件考案の出願日において,同様の課題を解決するために,
リターンスプリングを周回り方向に間隔をあけて配置する構成のプレス金型は,公
開実用新案公報において公開されていた。
     そうすると,課題解決のための本件考案の技術的特徴は,単にスプリン
グのための孔をパンチの周回り方向に配置するだけでなく,孔をパンチ孔の仮想中
立線とカム板の進行方向で構成される仮想中立面に対して対称な位置に設けるこ
と,すなわち構成要件Cにあるというべきである。
     そして,構成要件Cにおける「仮想中立面に対し対称」とあるのは,字
義どおり「面に対して対称」,すなわち仮想中立面に対して面対称な位置に,同一
形状のバネ用有底孔が設けられていることを意味するものである。
     なぜなら,このように「パンチ用嵌合孔1bの仮想中心軸とカム板3の
移動方向によつて決まる仮想中立面」に対して面対称な位置に同一形状のバネ用有
底孔を設ければ,そこに収納されるバネも同一のものとなり,仮想中立面の左右に
おいて,バネによる弾力が同一に存在することになる。そして,本件明細書の「考
案の詳細な説明」欄の[作用]の項に記載されているように,「エヤーシリンダー
5を作動させてピストン5aを前進させると,カム板3の下向き斜面3aがパンチ
セットブロック2の斜面2cに接触してパンチセットブロック2を押下げると共
に,パンチ8も押下げら(れ)る」(本件公報4欄31行~35行及び第1図参
照)ところ,上記のように仮想中立面の左右において同一にバネによる弾力が加え
られていることから,カム板3の下向き斜面3aがパンチセットブロック2の斜面
2cに接触して,水平方向の力が垂直方向の下向きの力に変換されてブロック8を
押し下げる際に,左右均一に下向きの力が加えられることになり,これによりパン
チ8が,左右にぶれることなく,正確かつ安定的に押し下げられることになるので
ある。
     原告製品についてこの点を見ると,原告製品においては,仮想中立面の
片側のバネ用孔⑨と面対称な位置にバネ・ボルト段付孔⑦が存在し,片側のバネ・
ボルト段付孔⑦と面対称な位置にバネ用孔⑨が存在するものであり,バネ用孔⑨に
収納されているバネは長さ30㎜,バネ・ボルト段付孔⑦に収納されているバネは
長さ15㎜であって,仮想中立面に面対称の位置に設けられた孔が同一の形状のも
のでない,すなわち正確には「面対称」でない(孔の深さ・形状を含めて対称とな
っていない)結果,そこに収納されているバネの形状も同一のものではなく,その
形状上,仮想中立面の左右におけるバネによる弾力が同一であることが保証されて
いるものではない。そうすると,仮想中立面に対称にバネ用有底孔を設けることに
より,形状上,左右に加えられるバネの弾力を同一の強さとすることで,カム板と
パンチブロックの接触による下向きの力を正確かつ安定的にパンチに伝えるという
本件考案の技術思想は,原告製品においては見られないというべきである(バネの
長さが違っても,材料の弾性等を計算することにより左右に加えられるバネの弾力
を同一の強さとすることは可能かもしれないが,それは,「仮想中立面に対称」と
いう形状のみでこれを実現しようという本件考案の発想とは異なるものであ
る。)。
     上記によれば,原告製品は本件考案の構成要件Cを充足しないものであ
る。
エ 被告は,原告製品の深横溝の溝底には,パンチ孔の他に,4つの径10
mmの孔があるところ,その孔は,パンチ用嵌合孔の仮想中心軸とカム板の移動方向
によって決まる仮想中立面に,幾何学的にも対称な位置に設けられているから,原
告製品は,構成要件Cの文言を充足する,と主張する。
   しかし,原告製品におけるバネ用孔⑨とバネ・ボルト用段付孔⑦は,孔
の径はいずれも10㎜で同一ではあるが,バネ用孔⑨は深さ約30㎜の底のある孔
で長さ30㎜のバネが収納されており,バネ・ボルト段付孔⑦は底のない孔で約1
5㎜の深さの部分で段が設けられて径が細くなっており長さ15㎜のバネが収納さ
れているのであるから,両者を同一のバネ用有底孔ということはできない。したが
って,バネ用孔⑨と面対称の位置にバネ・ボルト用段付孔⑦が設けられているから
といって,「仮想中立面に対し対称な位置に‥‥‥複数個のバネ用有底孔が」設け
られているということはできない。
   なぜなら,このような場合はバネ用有底孔は面に対して「対称な位置」
に配置されているとは文言上いえないし,既に述べたとおり,本件考案が解決すべ
き技術的課題が,従来のリテーナー装置において,パンチを突出させた状態で使用
中,衝撃や振動によってカム板が後退し,誤作動することがあったため,カム板が
正確にプレス位置に保持され,緩衝によるパンチの誤動作を避けることができるよ
うにするところにあったことからすれば,カム板が進行するに際してパンチセット
ブロックが左右にぶれることなく安定して上下動するような構成でなければならな
いというべきであり,したがって,パンチセットブロックを上下動させるためのバ
ネを収納する孔が違う形状のものであってはならないというべきだからである。つ
まり,本件考案の上記の課題解決手段,その技術的特徴をみれば,構成要件Cは,
単に「バネ用有底孔」に該当する2つの孔が対称の位置にあれば足りるというべき
ではなく,「バネ用有底孔」に当たる同一の形状の孔が面対称に設けられているこ
とを要する,というべきである。原告の主張は,採用できない。
   オ 上記によれば,原告製品は,本件考案の技術的範囲に属しないから,そ
の製造,販売及び使用は本件実用新案権を侵害するものではない。したがって,被
告が原告製品が本件考案の技術的範囲に属し,その製造,販売及び使用が本件実用
新案権を侵害する旨を告知したことは,被告が本件実用新案権の権利者でないこと
について触れるまでもなく,虚偽の内容の告知であり,被告の行為は,不正競争防
止法2条1項14号所定の不正競争行為に該当するというべきである。
 2 被告の故意過失
 上記のとおり,原告製品は本件考案の技術的範囲に属するものではないとこ
ろ,被告は原告製品が本件考案の技術的範囲に属するものと軽信して,原告製品の
製造,販売及び使用が本件実用新案権を侵害する旨を告知したものであるから,被
告には少なくとも過失があったものというべきである。
 この点について,被告は,原告が被告補助参加人から警告を受けた当初か
ら,原告製品が本件実用新案権を侵害することを前提とした対応をしており,原告
製品が本件実用新案権を侵害していないとの主張を一切せず,自己の取引先に対し
自主的に原告製品の販売を中止する旨を通知したと主張し,このように,平成10
年12月の被告の行為の時点では,被告補助参加人と原告との間で,原告製品が本
件実用新案権を侵害することについての主張の対立はなく,また,原告との間での
損害賠償の交渉のための資料を得るために原告の取引先に対して権利侵害という事
情を説明して購入実績の開示を依頼することが必要であったから,被告には過失が
ないと主張する。
 そこで,被告が告知行為に至る経緯について認定するに,証拠(甲2,乙
1,2,3の1~5)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1) 被告補助参加人は,平成10年9月1日付けで,原告に対し,原告製品が
被告補助参加人の有する本件実用新案権を侵害する旨記載した「警告書」(乙1)
を送付した。
(2) これに対し,原告は,同月17日付けで,被告補助参加人に対し,回答書
(乙2)をファクシミリ送信した。原告は,同回答書において「弊社と致しまして
も警告書の内容について検討すると共に,貴社のご指摘の弊社商品が貴社実用新案
権を侵害しているのか現在事実関係を調査しております。…弊社の調査の結果,貴
社のご指摘の弊社商品が貴社実用新案権を侵害しているような場合には,弊社と致
しましては速やかに最大限の誠意を持ちまして対処したいと考えております。…」
と記載している。
(3) 原告は,平成10年12月付けで,取引先に対し,「お詫びと御案内」と
題する書面(乙3の1~5)を送付した。原告は,同書面において「弊社発行の『'9
8プレス金型用標準部品,自動車型用カタログ』記載の製品のうち,誠に勝手なが
ら別添のアイテム(原告製品)に付きましては,やむを得ない事情により販売を中
止と致しましたことを,先ずもってご案内申し上げます。」と記載している。
(4) 被告は,前記認定のとおり,平成10年12月,原告の取引先である三菱
自動車(岡崎製作所),富士重工業(群馬製作所)に対し,原告製品は被告の本件
実用新案権等の権利を侵害するものなので,これを購入・使用しないように求める
とともに,過去の原告製品の購入実績を知らせるように求め,その際,同趣旨の内
容を含む「チェンジリテーナーご採用及びご購入についてのお願い」と題する書面
(甲2)を交付した。
 上記認定の事実によれば,被告補助参加人からの警告書の送付に対して,原
告は,被告補助参加人に対して原告製品が本件実用新案権を侵害するものかどうか
を調査中である旨を回答しているにとどまり,被告補助参加人の主張する実用新案
権侵害の事実を自ら認める旨の回答は,被告補助参加人に対しても,被告に対して
も行っていない。原告が取引先に対して送付した上記の「お詫びと御案内」と題す
る書面についても,文中において実用新案権侵害を自ら認める趣旨の記載はなく,
実用新案権侵害の有無をめぐる被告補助参加人との紛争に伴う混乱により取引先に
迷惑をかけることを避けるために,自主的に原告製品の販売を中止する旨が記載さ
れているにとどまるものである。したがって,上記認定の経緯をもって,被告補助
参加人と原告との間で,原告製品が本件実用新案権を侵害することについての主張
の対立がなかったと認定することはでいない。被告の主張は,採用できない。
 3 結論
   以上によれば,被告が,原告の取引先である三菱自動車(岡崎製作所)及び
富士重工業(群馬製作所)に対して,原告製品が本件実用新案権を侵害する旨を告
知した行為は,不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に該当し,被告
は,上記行為につき少なくとも過失があったものであるから,原告に対し,同行為
に基づく損害賠償義務を負うものというべきである。
   そこで,本件においては,原告の損害賠償請求及び謝罪広告請求について,
これらの請求の内容等を最終的に確定するためには,なお,引き続き,争点2(被
告の不正競争行為により原告の被った損害額)及び争点3(謝罪広告掲載の必要
性)についての審理を行う必要がある。
   よって,主文のとおり中間判決する。
     東京地方裁判所民事第46部
              裁判長裁判官   三 村 量 一
 
                 裁判官   和久田 道 雄
                 裁判官   田 中 孝 一
(別紙)
               物 件 目 録
  1    チェンジリテーナ・エアシリンダータイプ
       (丸形パンチ用・GCAR型,異形パンチ用・GCAF型)
  2    チェンジリテーナ・手動タイプ
       (丸形パンチ用・GCMR型,異形パンチ用・GCMF型)
(別紙)
原告製品構造図

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