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平成24年10月18日判決言渡
平成24年(ネ)第10034号不当利得返還請求,損害賠償等請求控訴事件
〔原審・大阪地方裁判所平成22年(ワ)第5655号(A事件),同23年(ワ)第
1443号(B事件)〕
口頭弁論終結日平成24年8月30日
判決
控訴人有限会社テクノ東郷
控訴人X
上記両名訴訟代理人弁護士野口新
被控訴人株式会社マコメ研究所
訴訟代理人弁護士伊藤真
同平井佑希
主文
1本件控訴を棄却する。
2控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決中,控訴人ら敗訴部分を取り消す。
2被控訴人は,控訴人有限会社テクノ東郷(以下「控訴人テクノ東郷」とい
う。)に対し,1370万円及びこれに対する平成21年12月21日から支
払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3被控訴人は,控訴人X(以下「控訴人X」という。)に対し,1370万円
及びこれに対する平成21年3月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を
支払え。
4被控訴人は,控訴人テクノ東郷に対し,113万4000円及び内25万2
000円に対する平成20年5月1日から,25万2000円に対する平成21年
5月1日から,63万円に対する平成22年5月1日から,それぞれ支払済みまで
年6分の割合による金員を支払え。
5被控訴人の請求を棄却する。
6訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
7第2項ないし第4項につき仮執行宣言
第2事案の概要(略称は原判決の例による。)
1A事件
(1)控訴人らは,発明の名称を「岩盤変動測定装置及び方法」とする本件特許A
に係る特許権(本件特許権A)について各持分2分の1を有している。控訴人X
は,本件特許Aに係る発明(本件特許A発明)の発明者である。被控訴人は,控訴
人Xから指導を受けるなどして,平成14年頃から平成19年11月までの間に,
本件各歪計を製造販売した。
(2)A事件は,控訴人らが,被控訴人による本件各歪計の製造販売により本件特
許A発明を実施され合計2740万円の実施料相当額の損失を被ったと主張して,
被控訴人に対し,不当利得に基づき,本件特許権Aの各持分に相当する1370万
円の利得の返還及びこれに対する催告をした日から相当の期間を経過した日(控訴
人テクノ東郷については平成21年12月21日,控訴人Xについては同年3月1
日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事
案である。
2B事件
(1)控訴人テクノ東郷と被控訴人との間には,控訴人テクノ東郷が被控訴人に対
し本件各B発明の技術に係わる通常実施権の許諾の契約をする旨記載した契約書
(B事件甲1,以下「本件契約書」という。)が存在する。被控訴人は,控訴人テ
クノ東郷に対し,水晶温度計を組み込んで販売した製品について,本件契約書所定
の実施料として,合計79万5795円を支払った〔本件各支払:①平成16年6
月30日に平成15年度分20万9265円(本件支払1),②平成18年7月3
1日に平成17年度分37万7265円(本件支払2),③平成19年7月31日
に平成18年度分20万9265円(本件支払3)〕。
(2)B事件本訴は,控訴人テクノ東郷が,被控訴人に対し,技術供与契約に基づ
き,未払の技術実施料合計113万4000円(平成19年度分25万2000
円,平成20年度分25万2000円,平成21年度分63万円)及びこれに対す
る約定の弁済期から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支
払を求めた事案である。
(3)B事件反訴は,被控訴人が,控訴人テクノ東郷に対し,不当利得に基づき,
本件各支払について合計79万5795円の利得の返還及びこれに対する最終の支
払日(本件支払3の支払日)の翌日である平成19年8月1日から支払済みまで民
法704条前段所定の法定利息の支払を求めた事案である。
3原判決(平成24年1月19日判決言渡)
(1)原判決は,A事件について,控訴人らが被控訴人に対し本件各歪計の製造販
売を許諾していた事実が認められるとして,控訴人らの請求をいずれも棄却した。
(2)原判決は,B事件について,控訴人テクノ東郷と被控訴人との間において,
本件契約書により本件各B発明に係る実施許諾契約が締結された事実が認められ,
控訴人ら主張の技術供与契約が締結された事実は認められないとして,控訴人テク
ノ東郷の本訴請求を棄却し,被控訴人の反訴請求については,本件各支払について
不当利得が成立するが,このうち本件支払2及び3は非債弁済であるから控訴人テ
クノ東郷に対し返還請求をすることができるのは本件支払1に係る利得についての
みであるとして,被控訴人の反訴請求を一部認容し,その余を棄却した。
(3)控訴人らは,原判決を不服として本件控訴を提起した。
第3当事者の主張等
前提事実及び当事者双方の主張は,次のとおり付加するほか,原判決の「事実及
び理由」中,第2の1及び第3記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,
「原告テクノ東郷」は「控訴人テクノ東郷」と,「原告X」は「控訴人X」と,
「被告」は「被控訴人」と,それぞれ読み替える(以下同じ。)。
【A事件について】
1当審における控訴人らの主張
原判決は,本件特許A発明について黙示の無償実施許諾を認定しているが,この
認定は,被控訴人は控訴人らに実施料が帰属することを認識していなかったこと,
控訴人Xに無償実施許諾の動機が存在していたことを前提とするものである。
しかし,被控訴人は控訴人らに実施料が帰属することを認識しており(後記
(1)),控訴人Xには無償実施許諾の動機は存在しなかった。むしろ,控訴人Xは
被控訴人との顧問契約の締結により実施料の回収を図ることを意図していた(後記
(3))。これらの事情のほかにも,実施料の発生と帰属についての当事者の認識を
基礎付ける事情が存在する(後記(4))。
したがって,本件特許A発明について黙示の無償実施許諾の成立を認めることは
できない。
(1)被控訴人は控訴人らに実施料が帰属することを認識していたこと
ア平成11年12月9日付け「技術加工契約」の締結(甲40)
控訴人X,被控訴人及び独立行政法人科学技術振興事業団(以下「事業団」とい
う。)は,平成11年12月9日,控訴人Xの発明に係る新技術「磁気センサーに
よるサブナノメートルの変位測定システム」に関する技術加工を被控訴人が実施す
るに当たり,「技術加工契約」という三者間契約を締結した(甲40。以下「別件
技術加工契約」といい,甲40の契約書を「別件技術加工契約書」という。)。別
件技術加工契約は,平成11年に,控訴人Xが被控訴人とともに事業団の「独創的
研究成果育成事業Bタイプ(注目発明型)」の議題提案募集に応募し,事業団から
採択を受けたことにより締結された契約である。
事業団の「独創的研究成果育成事業」とは,「研究開発型の中堅・中小企業が持
っている新しい産業を生み出す可能性のある新技術コンセプトを,研究機関(研究
者)との協力により試作品として具体的な形とする(モデル化する)」ことにより,
「新技術の開発を促進し,新産業の創出を図る」ことを目的とした公益性を有する
事業である。その仕組みは,事業団が研究開発型中堅・中小企業から新技術コンセ
プトの提案を受け,新産業の創出が期待できるものについてモデル化を委託し,そ
のための必要費用(モデル化資金)を支出する一方で,受託企業が研究機関(研究
者)の研究成果の導入や技術指導,評価を得ながらコンセプトのモデル化を実施す
るというものである。モデル化の成果としての工業所有権は受託企業と事業団の共
有となり,実施の対象となることが予定されている(甲41)。
イ別件技術加工契約の具体的内容
別件技術加工契約の内容は,次のとおりである(括弧内は,別件技術加工契約書
の条項を示す。)。
事業団は被控訴人に対して技術加工費として254万7000円を一括で支払い
(2条),被控訴人は当該資金援助を受けて,新技術による加工を控訴人Xの指導
により実施する(1条)。
被控訴人が,加工の実施に伴い発明又は考案を行った場合,当該発明又は考案に
係る工業所有権並びに生じたノウハウは,事業団,被控訴人及び控訴人Xが均等に
共有し(8条1項),第三者に実施許諾する権利を事業団に設定する(9条)。
技術加工費が支出された新技術が実施された場合には,事業団の技術加工費支出
の貢献に対する対価として,事業団が実施企業から徴収した実施料の20%相当額
を特別実施料として徴収する(10条)。
このように,別件技術加工契約では,事業団の援助を受けて新技術の技術加工が
行われ,これによって発明,考案された工業所有権やノウハウは,契約当事者全員
の共有となり,当該権利ないしノウハウの実施は事業団が独占的に行うものの,実
施料が徴収されたときは,原則として当事者全員に共有持分に従って分配されるこ
とが予定されており,当該分配を受ける者には控訴人Xも含まれる。
ウ別件技術加工契約と本件特許A発明との関係
(ア)経緯
別件技術加工契約の目的たる技術は,被控訴人が元来有していた磁気センサー技
術をベースに,被控訴人と控訴人Xが共同研究開発を継続して高精度化する技術で
あり,控訴人Xと被控訴人との共同研究の端緒となった技術である(甲26の4頁,
X尋問調書5~6頁)。
すなわち,被控訴人が本件特許A発明を実施したのは,当該磁気センサー技術に
関する共同研究開発を拡大,発展させる過程においてである(平成12年9月26
日~28日には,上記技術加工契約に関する磁気センサー高精度化技術が「国際新
技術フェア2000」に開発中の技術として出展されている〔甲42〕。)。
別件技術加工契約が締結されたのは平成11年12月9日付けであるが,当該磁
気センサー高精度化技術を完成させるには長期間の研究開発を継続する必要があり,
当事者は,このことを認識した状態で共同研究開発を開始した。実際,2006年
(平成18年)初頭に被控訴人が業界誌に寄稿した文章には,「開発部門では,地
殻変動観測用磁気センサーで産学共同により開発した新技術を発表する。」との記
載があり(A事件甲33),平成11年から研究開発が継続された結果,平成18
年になって初めて当該磁気センサー技術が発表し得る段階になったことが明らかで
ある。なお,当該共同研究開発は,控訴人Xが名古屋大学を退職する平成20年ま
で,その適用範囲の拡大,発展を図りながら継続された。
(イ)別件技術加工契約と本件特許A発明との技術的な密接関連性
別件技術加工契約の目的たる高精度化された磁気センサーの技術は,本件係争物
である歪計の高精度化に必須のものとして研究,開発された技術であり,販売され
た歪計には漏れなく採用されている技術である(X尋問調書6~7頁参照)。この
ことは,本件A特許発明についても同様である。つまり,別件技術加工契約の対象
となる磁気センサーの技術と本件特許A発明とは,高精度な変位測定機能を備えた
歪計の開発にとって不可欠な主要技術であるという点において変わるところはない。
その意味で,本件特許A発明を搭載した歪計は,別件技術加工契約の目的たる磁気
センサー高精度化技術の加工に伴い発明,考案された工業所有権ないしノウハウと
技術的な密接関連性を有しているといえる。
(ウ)まとめ
以上のように,別件技術加工契約が締結されて以来,控訴人Xが名古屋大学を退
職するまでの約10年間にわたり,控訴人Xと被控訴人との産学共同研究開発は,
途絶,中断することなく継続されていたところ,別件技術加工契約と技術的に密接
関連性を有する本件特許A発明が被控訴人により実施されたのであるから,別件技
術加工契約の「権利ないしノウハウの実施によって得られる実施料が当事者に帰属
する」という趣旨は,本件特許A発明にも及ぼされるというべきである。
したがって,本件特許A発明の実施に当たって,控訴人らと被控訴人との間では,
別件技術加工契約において予定されているような「研究者である控訴人Xへの実施
料の帰属」が,当然の前提として念頭に置かれていたことは明らかである。
エ小結
以上によれば,被控訴人は,本件特許A発明の実施料が発生し控訴人らに帰属す
べきことを,当然のこととして念頭に置いていたものというべきである。
したがって,原判決が前提とするような「原告らから実施料の請求をされること
はない」といった信頼が被控訴人に発生する余地はない。
(2)控訴人Xには無償実施許諾をする動機は存在しなかったこと
原判決は,控訴人Xに無償実施許諾の動機が存在すると認定しているが,その理
由は,「原告Xの研究促進の利益と実施料徴収の経済的利益は相容れない」という
ことだけである。しかし,かかる認定は,そもそも,事業団の独創的研究成果育成
事業において,大学等の研究機関に所属する研究者への実施料の発生と帰属が予定
されているという一般的事実を無視するものである上,控訴人Xと被控訴人が別件
技術加工契約を締結していたという具体的事実関係に反するものでもある。
前記(1)イのとおり,別件技術加工契約では,技術加工から派生した権利,ノウ
ハウの実施料が控訴人Xに帰属することが明示されている。他方,別件技術加工契
約の目的となる新技術を端緒とした一連の研究,開発を経て実施された本件特許A
発明に限り,控訴人Xに実施料が帰属しないような(換言すれば控訴人らが被控訴
人に対し特許権の無償実施許諾をするような),同契約と全く異なる合意をすべき
事情は何ら存在しない。つまり,控訴人らが被控訴人に対して過去の経緯に反して
無償実施許諾をする動機は何ら存在しない。
(3)控訴人Xは被控訴人との顧問契約の締結により実施料の回収を図ることを意
図していたこと
ア別件技術加工契約の締結,及びそれを端緒とする被控訴人と控訴人Xの共同
研究のあり方からすれば,被控訴人が控訴人らへの実施料の支払を念頭に置かずに
本件特許A発明を実施することなどあり得ないことであり,控訴人らにしてみれば,
「被控訴人が控訴人らに実施料が帰属することを当然の前提として行動するであろ
う」という,ごく合理的な信頼が生じていた。
控訴人Xが被控訴人に実施料の支払等について具体的な協議の機会を設けなかっ
たのはそのためであり,これは何ら無償実施許諾の意思の発露ではない。具体的に
は,被控訴人が歪計の販売価格を設定するに際し,明示的に実施料分を販売価格に
上乗せすることはなくとも,控訴人Xは,自らに実施料が帰属することを踏まえた
価格設定をしていると信じて何らの疑念も持たなかったのである(現実にも被控訴
人は実施料分を見越した十分に高額な価格設定をしていた〔A証人調書8
頁〕。)。
イ控訴人らにおいて実施料請求の意思があったにもかかわらず被控訴人に対し
て明示的に実施料の請求をすることがなかったのは,控訴人Xが被控訴人代表者A
から顧問契約締結の打診を受け,名古屋大学を退職した後に実施料の回収を図るこ
とを意図していたからである。
すなわち,当時の被控訴人にとってみれば,別件技術加工契約書に関する発明に
典型的に示されているとおり,研究者たる控訴人Xとの共同研究開発の成果を挙げ
ることが,当該成果たる技術を他の企業よりも優先的に実施できることに直結して
いた。それゆえ,被控訴人は,別件技術加工契約書が想定する本件特許A発明を主
体的に実現し当該成果物による対価を自らのものとする,という合理的期待から,
控訴人Xに対して顧問契約の締結を打診したのである。つまり,控訴人らのみなら
ず,被控訴人にとっても,顧問契約における顧問料とは,本件特許A発明に対する
実施料を含む趣旨のものなのである。
この点,被控訴人代表者であったAは,平成13年10月22日に控訴人Xに対
して顧問契約書案を送付した(甲21,22)直後の同月25日付け社内向け書面
(No.57〔甲47〕)にて,「地殻変動(ボアホール)センサのうごきが本格
化してきそうだ」として「最強のメンバーをそろえた」「開発のプロジェクトチー
ムを結成」し,敷地内にボアホール孔の掘削をする旨の意志を宣言している(実際
に掘削された。)。
このような被控訴人代表者Aによる,歪計の開発を実現に移す言動は,控訴人X
との歪計に関する継続的共同開発への強い信頼,さらに言えば,控訴人Xから継続
的な産学共同研究を破棄される可能性がないとの確証に根ざしていることは言うま
でもない。それなくして,上記のような思い切った人的,物的投資を行う経営判断
に踏み切ることはあり得ないからである。
このことからすれば,控訴人Xが,当時の被控訴人に対して(名古屋大学退職の
前後は別として)顧問契約受諾の意思表明をしていたことは明白である。つまり,
控訴人Xと被控訴人は,顧問契約の打診とそれに対する受諾の意思をもって,本件
特許A発明の実施料の支払について合意をなしたのである。
これらの事実を前提に,控訴人Xと被控訴人代表者Aとの間で控訴人Xがその時
点で直ちに実施料請求をせず,名古屋大学退職後にこれを請求したという事実を法
的に評価すれば,控訴人Xは被控訴人に対し,自らの退職後まで実施料支払の猶予
をしたものと見るのが自然であり,控訴人Xが被控訴人に対し,本件特許A発明の
無償実施許諾をしたとか,実施料の免除をしたという評価は完全に失当である。
ウ仮に,黙示の無償実施許諾が認定されるとしても,それは顧問契約締結(=
実施料の支払)について重大な動機の錯誤に基づいてしたか,あるいは顧問契約締
結(=実施料の支払)の条件付きでしたものと評価すべきであり,いずれにしても
法的効果としては無効である。
(4)実施料の発生と帰属についての認識を基礎付けるその他の事情
ア控訴人Xと被控訴人は,地震予知に関する産学共同研究を継続する中で,
「ボーリング孔における観測装置の設置深度測定方法」を共同で発明した(なお,
共同発明者は,控訴人X,被控訴人ほか3名であった。以下「別件発明」とい
う。)。別件発明は,平成15年10月8日に特許出願された(出願番号:特願2
003-349910〔甲43添付の「特許実施報告書」欄上の記載〕,特開20
05-114584〔甲46〕)。
イ別件発明は,平成15年12月1日には,控訴人X(及び共同発明者B氏)
から,財団法人地震予知総合研究振興会(以下「振興会」という。)に「特許を受
ける権利」として譲渡された(甲44)。振興会は,平成19年1月5日,各発明
者全員の承諾の下,住鉱コンサルタント株式会社(以下「住鉱」という。)に対し,
別件発明について実施許諾をした(甲45)。
この点,控訴人Xらから振興会への別件発明の譲渡の対価は無償であったが(甲
44「発明譲渡に関する契約書」2条),振興会が発明を実施した場合には,振興
会が受ける実施料等の対価収入から諸費用を除いた残額の25%相当額が控訴人X
らに支払われることが合意されていた(3条。契約書上は2条との誤植がある。)。
ウまた,被控訴人も,平成15年12月8日,別件発明について,各発明者全
員の承諾の下,住鉱に対して実施許諾をした(甲43)。これにより,被控訴人は,
住鉱による発明の実施について実施料を得る地位を取得した。
エこのように,控訴人X,被控訴人間の共同研究に係る発明について,被控訴
人にあっては実施料,控訴人Xにあっては実施料に相当する対価を,それぞれ実施
企業から受け取るべき契約を締結したことがある。これらの契約は,いずれも被控
訴人が本件特許A発明を実施していた最中の平成15年末に締結されたものである。
このことからしても,控訴人Xや被控訴人の合理的意思として,本件特許A発明
に限って実施料が発生しないとか,あるいは実施料を徴収しないというような合意
はあり得ないというべきである。
2当審における被控訴人の主張
(1)「被控訴人は控訴人らに実施料が帰属することを認識していた」との主張に
対し
控訴人らは,別件技術加工契約を根拠として,被控訴人は控訴人らに実施料が帰
属することを認識していた旨主張する。
しかし,別件技術加工契約は,「独創的研究成果育成事業」(甲41参照)とし
て締結されたものであり,同契約と本件特許A発明の実施とは,次元が全く異なる
ものである。
すなわち,「独創的研究成果育成事業」は,いわゆる産学共同研究に係る事業で
あり,「新産業の創出を図る」ことを目的として,中堅・中小企業が研究機関(研
究者)との協力によりモデル化を行い,その成果を企業化開発するというものであ
って,その過程で生じた工業所有権については,事業団が実施許諾の独占権を持ち,
企業化開発され,実施料が得られた場合には,同事業団から当該中堅・中小企業や
研究機関(研究者)に実施料が分配されることになるというものである。
これに対し,本件特許A発明の実施とされるものは,「独創的研究成果育成事
業」とは全く異なり,控訴人Xが属する研究グループが行う研究等に用いる観測機
器等の一部を,控訴人Xの指導・助言の下で被控訴人が製造したというにすぎない
ものである。したがって,仮にその観測機器等の製造が,既に控訴人らが権利を有
する特許権の実施に該当するとしても,当該特許権の実施料を請求しないとするの
は極めて自然なことである。もとより,平成21年4月17日まで本件特許権Aの
共有者であったC氏からも実施料について何らの話もなかったところである。
加えて言えば,平成11年12月の段階で,このような別件技術加工契約を締結
していた控訴人X自身が,本件各歪計の製造販売に関して,本件訴訟に至るまで実
施料の請求を行っていないという事実こそ,原判決が判示するように,控訴人Xが
「少なくとも黙示的には,被控訴人が本件各歪計を製造,販売するに当たり,本件
特許A発明について無償で実施することを許諾していた」ことの何よりの証左であ
る。
被控訴人が,本件各歪計の製造に関して本件特許A発明の実施料を請求されるこ
とはないと考えていたのは当然のことである。
(2)「控訴人Xには無償実施許諾をする動機は存在しなかった」との主張に対し
控訴人らは,原判決が,控訴人Xには無償実施許諾の動機が存在すると認定した
ことについて,原判決は,「事業団の独創的研究成果育成事業において大学等の研
究機関に所属する研究者への実施料の発生と帰属が予定されているという一般的事
実を無視するものである」と主張する。
しかし,前記(1)のとおり,産学共同研究に係る「独創的研究成果育成事業」と
本件特許A発明の実施とは次元が全く異なるものであり,控訴人らの主張は何らの
理由にもならない。
(3)「控訴人Xは被控訴人との顧問契約の締結により実施料の回収を図ることを
意図していた」との主張に対し
ア控訴人らは,「控訴人らにしてみれば,『被告が原告らに実施料が帰属する
ことを当然の前提として行動するであろう』という,ごく合理的な信頼が生じてい
た。」と主張するが,このような主張は,平成14年から始まった本件各歪計の製
造に関して,本件訴訟に至るまで実施料の請求を行わなかったことの理由としては
極めて不合理である。
仮に,そのような信頼が存するとすれば,遅くともイ号及びロ号物件が製造され
納品された平成16年の時点で実施料の請求(少なくとも話)がなされるところで
あるが,その時点においても,その後においても,本件訴訟に至るまで,実施料の
請求は全くなされていないのである。加えて,控訴人Xは,本件各歪計の各発注者
に対する見積や請求の内容についても十二分に承知しており,各見積や請求に本件
特許A発明の実施料が含まれていないことも承知していたところである。控訴人ら
の上記主張は,事実に反するものである。
なお,控訴人らは,「(現実にも被控訴人は実施料分を見越した十分に高額な価
格設定をしていた〔A証人調書8頁〕。)」と主張するが,事実に反する。A証人
は,「価格設定に関しては,希望どおりの価格が設定できた」と述べているにすぎ
ない。
イ控訴人らは,本件実施料の請求と退職後の顧問契約との関係について縷々主
張する。
しかし,そもそも,控訴人Xと被控訴人との間で,控訴人Xが名古屋大学を退職
した後に顧問契約を締結するという合意などは,全く存在しない。
加えて,控訴人Xが名古屋大学在職中に実施料を請求することに何らの制約がな
いにもかかわらず(控訴人X自身が認めるところである。),本来請求できる実施
料(少なくとも控訴人Xはそのように認識していたと主張する。)について,将来
の顧問契約の締結(飽くまで控訴人Xの期待にすぎない。)を理由として,被控訴
人に話すらしなかったということは,極めて不自然・不合理である。
一方,被控訴人としても,実施料を支払うべきであったのであれば,本件特許A
発明を実施する都度,明確に費目を設けて発注者に実施料を請求すれば足り(その
実施料の支払は,当然の経費として会計上も処理される。),敢えて何年も後の控
訴人Xの退職後に顧問料として支払うなどというのは不合理極まりない。
したがって,「顧問契約における顧問料とは本件特許A発明に対する実施料の趣
旨のものである」とする控訴人らの主張が認められる余地はない。
ウ控訴人らは,「仮に,黙示の無償実施許諾が認定されるとしても,それは顧
問契約締結(=実施料の支払)について重大な動機の錯誤に基づいてしたか,あるい
は顧問契約締結(=実施料の支払)の条件付きでしたものと評価すべきであり,いず
れにしても法的効果としては無効である。」とも主張する。
しかし,上述の事実関係に照らせば,無償実施許諾をした当時,控訴人X自身,
実施料が退職後に顧問料として支払われるなどと認識していたとは認められないと
ころである。また,仮に,控訴人Xの内心にそのような動機や条件があったとして
も,そのことが,被控訴人に対して表示されていたという事実は全く認められない。
そもそも,前提となる退職後に顧問契約を締結するという合意自体が存在しない
(書面は何にも存在せず,A証人すら,「控訴人Xが顧問契約を締結することにつ
いて明確に承諾したことはなかった」と述べているのである。)。
したがって,無償実施許諾は錯誤によるものか,あるいは条件付きのものである
とする控訴人らの主張が認められる余地はない。
(4)「実施料の発生と帰属についての認識を基礎付けるその他の事情」に係る主
張に対し
控訴人らは,本件とは全く異なる別件発明(「ボーリング孔における観測装置の
設置深度測定方法」に係る共同発明)に関する事例を引いて,「控訴人Xや被控訴
人の合理的意思として,本件特許A発明に限って実施料が発生しないとか,あるい
は実施料を徴収しないというような合意はあり得ない。」と主張する。
しかし,別件発明は,振興会が発明者から特許を受ける権利を譲り受け,特許化
と事業化を支援するものであり,別件技術加工契約と同様,本件特許A発明の実施
とは次元が全く異なるものである。
また,別件発明(甲44,45)の発明者は,控訴人XとC氏,B氏の研究者3
名であって,被控訴人は発明者ではない。被控訴人が甲第43号証の特許実施報告
書記載のとおりの金額を受領したことは認めるが,これは,被控訴人がこの特許発
明に深く関与していることに基づく。すなわち,ケーシングパイプ内の観測装置の
位置を特定するための手段として,鉄製のケーシングパイプ内の一部にステンレス
製のケーシングパイプを用いることにより,両者の磁力特性が異なることを利用し
て磁気力を測定することにより観測装置の位置を特定する方法を思いついたのは被
控訴人の従業員であり,また,被控訴人においてその実験を行ったりした事実が存
在するのである。それ故,別件発明の特許出願において発明者に名を連ねてはいな
いが,実質的に発明者と同様に金銭の分配を受けることになったのである。
別件発明は,「ボーリング孔における観測装置の設置深度測定方法」という汎用
性の高い「産業界への技術移転」が想定されるものである。これに対し,本件特許
A発明は,「岩盤に作用している初期応力を測定する岩盤変動測定装置」であり,
かような岩盤変動測定装置は,控訴人Xらの研究の目的上必要とされるものにすぎ
ない。このように特許発明の対象が異なることから,本件特許A発明については,
甲第40号証や同第44号証のような契約を結ぶこともなかったし,控訴人Xが被
控訴人に本件各歪計を製造・販売させるに当たって実施料の支払を請求することも
なかったのである。
【B事件について】
1当審における控訴人テクノ東郷の主張
原判決は,水晶温度計技術についての技術供与契約の成立を否定し,本件契約書
(B事件甲1)の記載どおり,本件各B発明について通常実施許諾契約の締結を認
めたが,この認定は誤りである。
すなわち,控訴人X,被控訴人及び事業団の間において締結された別件技術加工
契約は,控訴人テクノ東郷が主張する技術供与契約の内容と同一であるから,別件
技術加工契約が締結されたという事実は,技術供与契約が締結されたことを裏付け
るものである(後記(1))。また,原判決は,技術供与契約の内容が特定されてい
ないことを問題視しているが,そもそも別件技術加工契約自体が,同契約に関わる
技術の内容,範囲がほとんど画されていないものであるから,技術供与契約につい
ても,同契約に関わる技術の内容,範囲が厳格に特定されていないものであること
は,ある意味で当然である(後記(2))。さらに,被控訴人代表者の認識と行動か
らすれば,本件各支払は,すべて技術供与契約に基づく技術実施料の弁済としてな
されたものというべきである(後記(3))。
仮に,技術供与契約の成立が認められず,本件各支払が非債弁済に当たるとして
も,当時の被控訴人代表者Aの認識と行動からすれば,本件各支払は全て悪意の非
債弁済というべきである(後記(4))。
(1)別件技術加工契約と技術供与契約の関連性
ア別件技術加工契約と水晶温度計技術の位置づけ
本件各B発明(水晶温度計の技術)は,被控訴人が控訴人Xと共同で開発した高
精度磁気センサーが温度変化によって精度を失わないための技術であり,別件技術
加工契約の対象技術である磁気センサー技術に組み合わせることで初めて被控訴人
に有益となる技術である。その意味で,水晶温度計技術は,磁気センサー技術と不
可分の技術であり,別件技術加工契約書中の「加工の実施にともない発明又は考案
を行った…新権利およびノウハウ」(8条)そのものに該当する。
イ別件技術加工契約における控訴人テクノ東郷の位置づけ
控訴人テクノ東郷は,別件技術加工契約を締結した当事者ではないものの,同契
約の適用が想定される当事者に当たる。すなわち,別件技術加工契約書8条2項は,
「…新権利若しくはノウハウの取得に甲,乙及び丙以外の者が加わった場合は,そ
の者を当該新権利及びノウハウの共有者に加えるものとする。」と規定しており,
技術加工に契約締結当事者以外の第三者が参加して発明,考案された工業所有権や
ノウハウが,当該第三者自身にも共有帰属し,徴収された実施料の帰属主体になる
(9条)ことが想定されている。
つまり,別件技術加工契約は,契約締結当事者外の第三者が技術を提供すること,
第三者が提供した技術について当事者と研究者らが共同して加工し,新権利,ノウ
ハウを考案,発明することを,当然のこととして予定している。
ウ別件技術加工契約における特許権の位置づけ
別件技術加工契約では,発明,考案が想定されている新権利,ノウハウは,特許
権であるか否かを問わず実施の対象となり,実施料が発生すること(9条「特許権
となった場合は…」の文言参照)が想定されている。
それゆえ,技術供与契約は,供与の対象となる水晶温度計技術が特許技術である
か否かという問題とは別次元で成立する契約である。
エ小結
上記のとおり,本件で控訴人テクノ東郷が主張している技術供与契約は,その対
象技術,主体,特許権との関連性において,別件技術加工契約の内容に完全に合致
している。
これは,控訴人Xが,別件技術加工契約の趣旨を念頭に置いて,技術供与契約の
締結に関与したからである。つまり,技術供与契約の内容は,別件技術加工契約の
内容と同一であり,別件技術加工契約が締結されたという事実は,技術供与契約が
締結されたことを裏付けるものである。
(2)技術供与契約の特定性について
ア別件技術加工契約の特質
別件技術加工契約から派生する新権利,ノウハウ(8条,9条参照)は,その文
言からも分かるように,それ自体かなり幅広い概念である。そして,これに相当す
る水晶温度計技術も複数の技術とノウハウの複合であって,一概に説明することが
困難なものである。
また,別件技術加工契約は,契約当事者以外の第三者(控訴人テクノ東郷)によ
る技術提供を想定しており,第三者によって提供された技術に対して契約当事者
(被控訴人ないし控訴人X)が加工をするということもまた想定されている。
それゆえ,別件技術加工契約と同一内容の技術供与契約も上記と同様の特質を有
している。
イ別件技術加工契約及び技術供与契約の特定性
上記のとおり,別件技術加工契約は,解釈上,技術の供与主体と技術加工,新権
利ノウハウの考案,開発の主体が峻別されていない(供与者と加工者が重複する場
合も重複しない場合も想定できる。)という特質を有している。
別件技術加工契約の上記特質は技術供与契約にも受け継がれている。「技術供与
の主体が控訴人テクノ東郷であり,それを被控訴人に指導し共同開発するのは控訴
人Xである」(X尋問調書20~21頁)という,契約主体と現実の契約目的実現
主体との違いによる,契約主体に関する若干のわかりにくさは,別件技術加工契約
の上記特質に由来する。
ウ契約内容の特定性に関する原判決の批判に理由がないこと
原判決は,控訴人Xの供述の信用性を否定する根拠として,技術供与契約の内容
について控訴人Xが端的な説明をしなかったことを問題視し,これを技術許与契約
の成立を否定する主要な根拠としている(原判決24頁)。
しかし,そもそも技術供与契約と同一の内容の別件技術加工契約自体が,特段の
限定なく新権利,ノウハウの考案,開発を想定しており,同契約に関わる技術の内
容,範囲はほとんど画されておらず,技術的範囲が特許技術に限定されているとい
うこともない。それゆえ,技術供与契約についても,同契約に関わる技術の内容,
範囲が厳格に画されていないことは,ある意味で当然である。
したがって,技術供与契約について端的な説明が困難であることをもって,契約
の特定性を欠くとか,控訴人テクノ東郷が主張する技術供与契約の内容が曖昧で信
用できないという評価につなげることは誤りである。
(3)被控訴人代表者の認識と行動
ア元被控訴人代表者Aの認識と行動
技術供与契約締結当時の被控訴人代表者であるAは,水晶温度計技術が特許技術
ではないとの認識を持ちながら実施料の支払を続けていた(乙15)。本件契約書
の体裁を前提とすると不合理なこの事実は,別件技術加工契約の趣旨を受けて技術
許与契約が締結されたという事実を前提として,初めて合理的に説明することがで
きる。
すなわち,被控訴人代表者であったAの認識は,「水晶温度計技術課が特許技術
であるか否か問わず,技術の供与を受けたことに対して対価を支払う」というもの
であり,この認識自体は揺らぐことなく一貫している(A証人調書13頁,乙1
5)。仮に,控訴人テクノ東郷と被控訴人が締結した契約が,本件契約書の体裁ど
おり,本件各B発明の通常実施許諾契約であったならば,Aがそのような行動をと
ることは不合理極まりなく,あり得ないことである。むしろ,A自身,契約締結段
階において本件契約書の記載内容と異なる意思(すなわち技術供与契約締結の意
思)を有していて初めて,かかる行動が合理的に説明できるのである。つまり,こ
れら被控訴人代表者の認識と行動自体が技術供与契約の成立を端的に基礎づけてい
る。
この点,証人Aは,乙第15号証では,契約締結時に控訴人Xから通常実施許諾
契約という本件契約書の内容のほかに説明はなかった旨述べるが,仮に同供述のと
おり,控訴人XがAに対して技術供与契約について明示的な説明をしなかったとし
ても,Aにとってみれば特許技術に該当するか否かに関わらず実施料を支払うべき
契約であると認識したことには変わりはなく(A証人調書19頁23~24行目,
乙15),これは,被控訴人が過去に控訴人Xと別件技術加工契約を締結していた
経緯も踏まえたものであるから,上記供述内容のみをもって技術許与契約の成立を
否定する理由とすることは失当である。
イ被控訴人代表者交代後の被控訴人の認識と行動
技術供与契約締結の当事者であり,当時の被控訴人代表者であったAの当初から
の認識,行動が上記のようなものである以上,それは法人格としての被控訴人の認
識,行動にほかならない。
そうだとすれば,被控訴人が後になって「特許でない技術を特許技術であると勘
違いしていた。」などと態度を翻したところで,これが通用しないことはあまりに
も明白な道理である。
この点,乙第15号証では,(被控訴人の現代表者であるD氏が同じく現代表者
のE氏に)「新経営陣に交代してから過去の経緯を無視して契約を不履行にした妥
当性を主張する必要がある」とコメントしている。これは,まさに,被控訴人代表
者がAからEに交代してから,従前の被控訴人の認識,行動を正当な理由もなく反
故にして態度を翻したことを認め,「特許であると善意で勘違いしていた」などと
いう被控訴人の主張が「訴訟対策上の」「後付けの」主張であることを認める「自
白」であるといわなければならない。
(4)悪意の非債弁済
以上のとおり,控訴人Xを通じて被控訴人と控訴人テクノ東郷との間において技
術供与契約(別件技術加工契約の一部と同一内容の契約)が少なくとも黙示的に成
立したものと認められるべきであり,控訴人テクノ東郷の本訴請求は全部認容され
るべきである。
仮に,技術供与契約の成立が認められず,本件各支払が非債弁済に当たるとして
も,被控訴人代表者Aは,当初から「水晶温度計技術が特許技術に該当するか否か
を問わずに実施料を支払う」という認識の下,控訴人テクノ東郷に実施料を支払っ
ていたのであるから,本件各支払は,全て悪意の非債弁済というべきであり,被控
訴人の反訴請求は全部棄却されるべきである。
原判決が誤りであることは,その結論の不当性からも明らかである。すなわち,
原判決によれば,被控訴人は,控訴人テクノ東郷から供与された水晶温度計技術を
習得して我がものとし,元来有していた磁気センサー技術のさらなる高性能化を図
り,今後もこれを利用した商品を販売して相応の利益を上げることが可能となった
上に,過去に支払った実施料の返還を受けられることになった。原判決は,被控訴
人にこれら二重の利得を得ることのお墨付きを与えたものであり,かかる結論が不
当であることは明らかである。
2当審における被控訴人の主張
(1)控訴人テクノ東郷は,同社と被控訴人との間で交わされた平成13年1月2
1日付け契約書(本件契約書)による通常実施許諾契約を不成立又は無効であると
否定し,それと異なる技術供与契約が契約書の作成なく黙示の契約として締結され
ていた旨を主張する。
しかし,原審が正当に判断するように,そもそも本件契約書の成立の真正は当事
者間で争いがなく,加えて,本件契約書による通常実施許諾契約の存在を秘匿する
必要もなく,また,本件契約書の開示も予定されていない。本件契約書による通常
実施許諾契約を仮装する事情は全く存在しない。
したがって,本件契約書により,本件各B発明について通常実施許諾契約が締結
されたことは明らかである。
(2)控訴人テクノ東郷は,別件技術加工契約(甲40)になぞらえて,技術供与
契約について縷々主張する。
しかし,そもそも,別件技術加工契約は,控訴人テクノ東郷が主張する技術供与
契約とは,全く次元の異なるものである。
控訴人テクノ東郷の主張は,その前提から誤ったものというほかはない。
(3)控訴人テクノ東郷は,「被控訴人は,控訴人テクノ東郷から供与された水晶
温度計技術を習得して我がものとし,元来有していた磁気センサー技術のさらなる
高性能化を図り,今後もこれを利用した商品を販売して相応の利益を上げることが
可能となった上に,過去支払った実施料の返還を受けられることになった。原判決
は,被控訴人にこれら二重の利得を得ることのお墨付きを与えたものである。」と
主張する。
しかしながら,控訴人テクノ東郷のかような批判には,明らかな誤りがある。
すなわち,被控訴人は,結局のところ,本件契約書による通常実施許諾契約の対
象となる特許発明(本件各B発明)を実施していないのであり,仮に,控訴人Xを
通じて本件各B発明の実施のために必要な技術・ノウハウの提供を受けていたとし
ても,それらの実施はしていないのである。
確かに,被控訴人は,控訴人Xらの研究や観測に用いる実験機器として水晶温度
計の製作を発注され,その開発・製作の過程で控訴人Xから指導を受けたり,技術
を習得した事実は存在する。しかし,それは,特殊な機械の製造を発注された場合
に一般的に認められる事柄にすぎず,また,被控訴人においても研究開発のために
人的物的資源を投入していることの結果でもある。他方,被控訴人が控訴人テクノ
東郷に過去に支払った特許実施料は,本件各B発明を実施していない以上,本来支
払う必要のないものであったのである。控訴人テクノ東郷の「被控訴人が実施料の
返還を受けると被控訴人が利得したことになる」との主張は,「技術供与契約が存
在し本来実施料を支払う義務が存すること」を前提とするものにすぎず,誤りであ
る。
被控訴人の控訴人テクノ東郷に対する不当利得の返還を認めた原判決は,当然の
ことを判示したものにすぎず,その点に何らの誤りも存在しない。
第4当裁判所の判断
1当裁判所も,A事件に係る控訴人らの請求及びB事件に係る控訴人テクノ東
郷の本訴請求は,いずれも理由がなく,B事件に係る被控訴人の反訴請求は,20
万9265円及びこれに対する平成19年8月1日から支払済みまで年5分の割合
による金員の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がないものと判断する。
その理由は,次のとおり訂正・付加するほか,原判決の「事実及び理由」中「第4
当裁判所の判断」記載のとおりであるから,これを引用する。
2原判決の訂正
(1)原判決20頁10行目の「本件特許A発明実施の」から12行目の「合意を
した」までを,「技術顧問に就任することを依頼されたが,在職中は兼職ができな
いとされていたため,Aに対し,在職中は無理だが退職すれば就任できる旨を伝え
た。Aから,退職後にお願いしますとの回答を得たため,退職後に被控訴人から改
めて技術顧問への就任依頼があるものと思っていたが,退職後,被控訴人から技術
顧問への就任依頼はなかった」に改める。
(2)原判決20頁14行目の「被告が」から15~16行目の「支払わなければ
ならない」までを,「被控訴人が実際に本件各歪計の製造,販売を始めたことによ
り,利益が発生し得る状況が生まれたことから,控訴人Xに対し,何らかの方法で
お返しをしなければならない」に改める。
(3)原判決20頁19行目の「顧問契約を締結することにした。」から20~2
1行目の「承諾したことはなかった。」までを,「改めて技術顧問への就任を依頼
することにした。」に改める。
(4)原判決21頁2行目の「また,」から4行目の「説明をしていない。」まで
を削除する。
(5)原判決23頁21行目の「述べ」の後に,「るとともに,「技術協力につい
ての謝礼とか,そういう意味合いの話は出なかったか」との問いに対し,「それは
なかった,特許を使っていないという認識があったので,特許の実施料という名目
に違和感を感じた,ただ,技術的にお世話になっているという気持ちと,自分たち
に実力がつけば特許技術を活用できるという将来性を感じたので良しとした」と述
べ」を付加する。
(6)原判決23頁21~22行目の「上記説明は,」から23~24行目の「首
肯できる説明をしていない。」までを次のとおり改める。
「また,証人Aの証言は,要旨,「本件契約書に係る契約を締結するに当たり,
控訴人Xから水晶温度計に関するノウハウを含む技術を教えてもらえるという話が
あり,契約を締結しようと思った。私にとって,特許かどうかということは問題で
はなく,水晶温度計に関するノウハウとか測定方法といった周辺技術を教えもらう
ことが重要だと考えていた。当時の被控訴人は,控訴人テクノ東郷から機器組み込
み型水晶温度計の技術について使用許諾をしてもらっても,精度を確保する技術を
有しておらず,自力で水晶温度計ユニットを作製することができなかったため,こ
の点に関する技術指導を受ける必要があった。本件契約書上,控訴人Xから教えて
もらえる水晶温度計の技術が特許技術であることは認識していた。」というもので
ある。この証言は,本件契約書に係る契約を締結する動機について,Aが,本件各
B発明を実施することそれ自体よりも,本件各B発明を実施する際に必要となる,
水晶温度計に関する周辺技術を取得できることにメリットを感じていたという内容
の証言であって,本件契約書に係る契約が,控訴人テクノ東郷の主張する技術供与
契約,すなわち,本件各B発明の実施の有無にかかわらず,水晶温度計の技術を使
用してさえいれば対価支払の法的義務が発生する契約であるという内容の証言では
ない。」
(7)原判決24頁1行目の「説明を拒んで」を削除する。
3A事件に係る当審における控訴人らの主張に対する判断
(1)「被控訴人は控訴人らに実施料が帰属することを認識していた」との主張に
ついて
ア控訴人らは,別件技術加工契約の目的である高精度化された磁気センサーの
技術が本件各歪計に漏れなく採用されており,本件特許A発明は,本件各歪計の開
発に不可欠な主要技術であるという点において,別件技術加工契約の目的である技
術と変わるところはないから,別件技術加工契約の「権利ないしノウハウの実施に
よって得られる実施料が当事者に帰属する」という趣旨は本件特許A発明に及ぼさ
れるべきであるとして,被控訴人は控訴人らに実施料が帰属することを認識してい
た旨主張する。
イ証拠(甲40,41)及び弁論の全趣旨によれば,別件技術加工契約につい
て次の事実が認められる。
(ア)別件技術加工契約は,科学技術振興事業団(事業団)が実施する「独創的
研究成果育成事業」として,事業団と控訴人X及び被控訴人との間で締結された契
約である。
(イ)「独創的研究成果育成事業」とは,いわゆる産学共同研究に係る事業であ
り,研究開発型の中堅・中小企業が持っている新しい産業を生み出す可能性のある
新技術コンセプトを,研究機関(研究者)との協力により試作品として具体的な形
とする(モデル化する)事業である。同事業の目的は,モデル化により企業化開発
に移行するために必要なデータを取得し,その後の新技術の開発を促進し,新産業
の創出を図ることにあり,その仕組みは,事業団が研究開発型の中堅・中小企業か
ら新技術コンセプトの提案を受け,新産業の創出が期待できるものについて,当該
中堅・中小企業に委託してモデル化を実施してもらい,そのために必要な費用をモ
デル化資金として支出する一方で,受託企業は,研究機関(研究者)の研究成果の
導入や技術指導,評価を得ながらコンセプトのモデル化を実施するというものであ
る。
モデル化の成果としての工業所有権は,受託企業と事業団の共有となり,事業団
において,事業により得られた成果を基に,委託開発,開発あっせんなどの制度に
より企業化開発に努めることとされている。
(ウ)別件技術加工契約書(甲40)には,次の規定がある。
前文控訴人Xの発明に係る工業所有権(特許出願番号平8-219704,発
明の名称「変位検出装置」,出願人F)に関する新技術「磁気センサーによるサブ
ナノメートルの変位測定システム」に関する技術加工を被控訴人が実施するにあた
り,次のとおり契約する。
1条被控訴人は,新技術に関する本加工を別添の技術加工実施計画書に基づき
控訴人Xの指導により実施するものとする。
2条1項事業団は,被控訴人に本加工に要する技術加工費として254万70
00円を支払うものとする。
2条2項事業団は,前項に規定する加工費を被控訴人の請求に基づき一括して
被控訴人に支払うものとする。
8条1項被控訴人が,本加工の実施にともない発明又は考案を行った場合,当
該発明又は考案に係る工業所有権並びに生じたノウハウは,事業団,被控訴人及び
控訴人Xが共有するものとする。この場合,当該共有に関する持分は,それぞれ均
等とする。
9条被控訴人及び控訴人Xは,新権利及びノウハウについて,事業団が第三者
に実施を許諾できる独占的権利を事業団に設定するものとする。
10条事業団は,新技術が実施された場合,技術加工費支出の貢献に係る対価
として,当該実施企業から事業団が徴収する実施料の20%相当額を特別実施料と
して徴収する。
ウ上記認定事実によれば,別件技術加工契約は,事業団が実施する「独創的研
究成果育成事業」として,控訴人Xの発明に係る工業所有権に関する新技術「磁気
センサーによるサブナノメートルの変位測定システム」に関する技術加工を被控訴
人が実施するに当たり,事業団と被控訴人及び控訴人Xとの間で,締結された契約
であって,本件特許A発明の実施ないし本件各歪計の製造販売に係る控訴人らと被
控訴人との法律関係について規定するものでないことは明らかである。
そうすると,別件技術加工契約の目的である技術と,本件特許A発明に係る技術
とが,本件各歪計の開発に不可欠な主要技術であるという点において共通するから
といって,別件技術加工契約の趣旨を本件特許発明Aの実施ないし本件各歪計の製
造販売に及ぼすべき理由はない。
したがって,控訴人らの上記主張は採用することができない。
(2)「控訴人Xには無償実施許諾をする動機は存在しなかった」との主張につい

控訴人らは,別件技術加工契約では,技術加工から派生した権利等の実施料が控
訴人Xに帰属することが明示されていたところ,同契約の目的となる新技術を端緒
として一連の研究,開発を経て実施された本件特許A発明に限って控訴人Xに実施
料が帰属しないような,同契約と全く異なる合意をすべき事情は存在しないとして,
控訴人Xに無償実施許諾の動機は存在しなかったと主張する。
しかし,前記(1)のとおり,別件技術加工契約は,本件特許A発明の実施ないし
本件各歪計の製造販売に係る控訴人らと被控訴人との法律関係について規定するも
のではないから,本件特許A発明の実施(本件各歪計の製造販売)について,別件
技術加工契約の目的となる新技術を端緒とする一連の研究,開発を経てなされたと
いう経緯があるからといって,控訴人らと被控訴人との間において,本件各歪計の
製造販売に関して別件技術加工契約と同様の合意をすべき理由はない。
したがって,控訴人らの上記主張は採用することができない。
(3)「控訴人Xは被控訴人との顧問契約の締結により実施料の回収を図ることを
意図していた」との主張について
ア控訴人らは,別件技術加工契約の締結,及びそれを端緒とする被控訴人と控
訴人Xとの共同研究のあり方からすれば,被控訴人が控訴人らへの実施料の支払を
念頭に置かずに本件特許A発明を実施することはあり得ないとして,控訴人らには,
「被控訴人が控訴人らに実施料が帰属することを当然の前提として行動するであろ
う」という,ごく合理的な信頼が生じていたと主張する。
しかし,前記(1)のとおり,別件技術加工契約の締結を根拠として,被控訴人が
控訴人らに実施料が帰属することを認識していたということはできないから,控訴
人らに上記のような信頼が生じていたとすれば,そのような信頼は不合理なものと
いうべきである。なお,控訴人らは,被控訴人が実施料分を見越した十分に高額な
価格設定をしていたと主張し,A証人調書8頁を引くが,A証人は,「価格設定に
関しては,希望どおりの価格が設定できた」と証言しているにすぎず,他に,被控
訴人が実施料分を見越した価格設定をしていたとの事実を認めるに足りる証拠はな
い。
したがって,控訴人らの上記主張は採用することができない。
イ控訴人らは,控訴人Xは平成13年10月に当時の被控訴人代表者であるA
から,顧問契約締結の打診を受け,受諾の意思表示をしたものであり,これをもっ
て,本件特許A発明の実施料の支払に代える合意をした旨主張する。
しかし,前記1,2(原判決の引用,訂正部分)のとおり,原審における証拠調
べにおいて,控訴人Xは,要旨,「Aから技術顧問に就任することを依頼されたが,
在職中は兼職ができないとされていたため,Aに対し,在職中は無理だが退職すれ
ば就任できる旨を伝えた。Aから,退職後にお願いしますとの回答を得たため,退
職後に被控訴人から改めて技術顧問への就任依頼があるものと思っていたが,退職
後,被控訴人から技術顧問への就任依頼はなかった。」旨を述べており,一方,A
は,要旨,「被控訴人が実際に本件各歪計の製造,販売を始めたことにより,利益
が発生し得る状況が生まれたことから,控訴人告Xに対し,何らかの方法でお返し
をしなければならないと考えていた。そこで,控訴人Xに被控訴人の顧問になるこ
とを依頼したところ,名古屋大学の公務員であるため兼職はできないと言われたた
め,控訴人Xが名古屋大学を退職した後に改めて技術顧問への就任を依頼すること
にした。被控訴人代表者から平成22年秋ころに事情を聴かれた際には,控訴人X
から在職中に顧問には就任できないとして断られたため,その話は完結したと思っ
ており,退職後に顧問に就任することを依頼したことはないと述べた。」旨を証言
している。
上記供述及び証言によれば,控訴人Xは平成13年10月にAから,顧問契約締
結の打診を受けた際,名古屋大学在職中は無理であるとしてこれを断るとともに,
名古屋大学退職後であれば可能である旨を伝え,退職後の顧問就任に前向きの意向
を示したことは認められるものの,その時点では,Aは,控訴人Xの名古屋大学退
職後に改めて顧問への就任を依頼する意向であったのであり,控訴人Xも,退職後
に改めて被控訴人から顧問就任の依頼があるものと思っていたというのである。そ
うすると,平成13年10月の控訴人XとAとの上記やりとりをもって,控訴人X
の名古屋大学退職後に顧問契約を締結する旨の合意が成立したものということはで
きない。
また,Aが控訴人Xに顧問契約の締結を打診したのは,被控訴人が実際に本件各
歪計の製造,販売を始めたことにより,利益が発生し得る状況が生まれたことから,
Aにおいて,控訴人Xに対して謝礼をする必要を感じたためであって,本件特許A
発明の実施の対価を支払うべき法的義務があるとの認識によるものではない。そう
すると,控訴人Xが平成13年10月にAから顧問契約締結の打診を受け,これに
前向きの意向を示したという事実をもって,本件特許A発明の実施料の支払に代え
る合意をしたものとは認められない。
したがって,控訴人らの上記主張は採用することができない。
ウ控訴人らは,仮に黙示の無償実施許諾が認定されるとしても,それは顧問契
約締結について重大な動機の錯誤によるものか,あるいは,顧問契約締結の条件付
きでなされたものであり,いずれにしても無償実施許諾は無効であると主張する。
しかし,そもそも,上記イのとおり,控訴人Xの名古屋大学退職後に顧問契約を
締結する旨の合意が成立したものとは認められないから,仮に,控訴人Xが平成1
3年当時,本件特許A発明の実施料が退職後に顧問料として支払われることを期待
していたとすれば,そのような期待を抱くことは不合理というべきである。また,
仮に,そのような期待が無償実施許諾の動機ないし条件として控訴人Xの内心に存
在していたとしても,控訴人Xが被控訴人に対してそのような動機を表示した事実
は認められないし,名古屋大学退職後に顧問契約を締結することを無償実施許諾の
条件とした事実も認められない。
したがって,控訴人らの上記主張は採用することができない。
(4)「実施料の発生と帰属についての認識を基礎付けるその他の事情」に関する
主張について
控訴人らは,被控訴人が本件特許A発明を実施していた最中の平成15年末に,
別件発明について,被控訴人は実施料を,控訴人Xは実施料相当額の対価を,それ
ぞれ実施企業から受け取るべき契約を締結したことがあるとして,これを根拠に,
控訴人Xや被控訴人の合理的意思として本件特許A発明に限って実施料が発生しな
いとか,あるいは実施料を徴収しないというような合意はあり得ないと主張する。
しかし,控訴人ら主張の上記契約が,本件特許A発明の実施ないし本件各歪計の
製造販売に係る控訴人らと被控訴人との法律関係について規定するものであること
を示す証拠はない。控訴人らの主張は,上記契約の締結時期が本件特許A発明の実
施時期と重なっているという点のみを根拠とするものであるが,このような事実か
ら控訴人Xや被控訴人の合理的意思として本件特許A発明について実施料が発生す
ることを認識していたと認めることはできない。
したがって,控訴人らの上記主張は採用することができない。
4B事件に係る当審における控訴人テクノ東郷の主張に対する判断
(1)「別件技術加工契約と技術供与契約との関連性」に関する主張について
控訴人テクノ東郷は,技術供与契約は,その対象技術,主体,特許権との関連性
において,別件技術加工契約の内容に完全に合致しているから,別件技術加工契約
が締結されたという事実は,技術供与契約が締結されたことを裏付けるものである
と主張する。
しかし,前示のとおり,別件技術加工契約は,事業団が実施する「独創的研究成
果育成事業」として,控訴人Xの発明に係る工業所有権に関する新技術「磁気セン
サーによるサブナノメートルの変位測定システム」に関する技術加工を被控訴人が
実施するに当たり,事業団と被控訴人及び控訴人Xとの間で,締結された契約であ
る。これに対し,控訴人ら主張の技術供与契約は,本件各B発明に係る技術(水晶
温度計の技術)を被控訴人が実施するに当たり,控訴人テクノ東郷と被控訴人との
間で締結された契約であり,別件技術加工契約とは,対象たる技術,契約主体とも
異にするものであり,「技術供与契約は,その対象技術,主体,特許権との関連性
において,別件技術加工契約の内容に完全に合致している」ものとは到底認められ
ない。
したがって,控訴人テクノ東郷の上記主張は採用することができない。
(2)「被控訴人代表者の認識と行動」に関する主張について
ア控訴人テクノ東郷は,技術供与契約締結当時の被控訴人代表者であるAは,
水晶温度計技術が特許技術ではないとの認識を持ちながらも実施料を支払い続けて
いたこと,被控訴人の現代表者であるDが同じく現代表者であるEに対して「契約
を不履行にした」旨コメントしていること(乙15)を指摘し,控訴人テクノ東郷
と被控訴人との間で締結されたのは,本件各B発明についての通常実施権許諾契約
ではなく,技術供与契約である旨主張する。
イなるほど,被控訴人は,本件各B発明を実施していないにもかかわらず長年
にわたり実施料を支払っている。しかし,Aは,本件契約書の対象とする技術が特
許技術であることを認識していたものである。
すなわち,A証人は,要旨,「本件契約書に係る契約を締結するに当たり,控訴
人Xから水晶温度計に関するノウハウを含む技術を教えてもらえるという話があり,
契約を締結しようと思った。私にとって,特許かどうかということは問題ではなく,
水晶温度計に関するノウハウとか測定方法といった周辺技術を教えてもらうことが
重要だと考えていた。当時の被控訴人は,控訴人テクノ東郷から機器組み込み型水
晶温度計の技術について使用許諾をしてもらっても,精度を確保する技術を有して
おらず,自力で水晶温度計ユニットを作製することができなかったため,この点に
関する技術指導を受ける必要があった。本件契約書上,控訴人Xから教えてもらえ
る水晶温度計の技術が特許技術であることは認識していた。」旨証言している。
上記証言によれば,Aとしては,本件契約書に係る契約が,本件各B発明の実施
許諾契約であるとの認識はあり,ただ,契約締結の動機として,本件各B発明を実
施することそれ自体よりも,本件各B発明を実施する際に必要となる,水晶温度計
に関する周辺技術を取得できることにメリットを感じていたことが認められる。
そうすると,本件各B発明を実施していないにもかかわらず,被控訴人が実施料
を支払っていたのは,少なくとも本件支払1(平成16年6月30日)以前の段階
では,被控訴人において,本件各B発明の実施の有無にかかわらず,実施料を支払
うだけのメリットがあると考え,本件各B発明の実施の有無を精査することなく,
控訴人テクノ東郷から請求を受ければ特に異議を述べることなく支払をしていたも
のと推認することができ,被控訴人において,本件各B発明を実施していないこと
を知りながら,それにもかかわらず実施料を支払うべき法的義務があるとの認識に
基づいて支払を続けていたものとは認められない。
ウまた,乙第15号証は,被控訴人開発部のDが,本件契約書を取り交わした
件に関してAと面談した結果をEに宛て報告したメール(平成22年1月28日付
け)であり,これには,「新経営陣に交代になってから過去の経緯を無視して契約
を不履行にした妥当性を主張する必要があるが…」との記載がある。
しかし,上記記載の直前には,「ここからは,私の意見です。X先生は,契約書
の内容には,技術協力の意味合いがあると主張していますが,契約書を取り交わし
た時点でその意図を明らかにしていない。技術協力の謝礼としての意味合いは,A
さんの解釈である。」とあり,また,上記記載の直後には,「そもそもX先生は契
約書の裏の意図を明確に提示していない。」とある。これら前後の記載を併せ読む
と,Dは,「契約を不履行にした」という文言を,「それまで支払っていた実施料
の支払をやめた」程度の意味合いで用いており,本件契約書に係る契約が技術供与
契約であるとの認識の下,実施料を支払うべき法的義務を履行しなかったとの意味
合いで用いているものでないことは明らかである。
エしたがって,控訴人テクノ東郷の上記主張は採用することができない。
(3)「悪意の非債弁済」に関する主張について
控訴人テクノ東郷は,仮に,技術供与契約の成立が認められず,本件各支払が非
債弁済に当たるとしても,被控訴人代表者Aは,当初から「水晶温度計技術が特許
技術に該当するか否かを問わず実施料を支払う」という認識の下,控訴人テクノ東
郷に実施料を支払っていたのであるから,本件各支払は全て悪意の非債弁済という
べきであると主張する。
確かに,Aは,本件各B発明に係る実施許諾契約を締結した当時,水晶温度計技
術が特許技術に該当するか否かを問わず実施料を支払うという意向を持っていたこ
とは認められるが,本件支払1(平成15年度分の実施料の支払)の際に,平成1
5年度において本件各B発明が実施されていないことをAが認識していた事実を認
めるに足りる証拠がない以上,本件支払1が悪意の非債弁済であるということはで
きない。
したがって,控訴人テクノ東郷の上記主張は採用することができない。
5結論
以上のとおりであるから,A事件に係る控訴人らの請求及びB事件に係る控訴人
テクノ東郷の本訴請求は,いずれも理由がなく,B事件に係る被控訴人の反訴請求
は,20万9265円及びこれに対する平成19年8月1日から支払済みまで年5
分の割合による金員の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がない。そう
すると,A事件における控訴人らの請求及びB事件における控訴人テクノ東郷の本
訴請求をいずれも棄却し,B事件における被控訴人の反訴請求を20万9265円
及びこれに対する平成19年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員の
支払を命じる限度で認容した原判決は結論において誤りがなく,本件控訴は理由が
ないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
芝田俊文
裁判官
西理香
裁判官
知野明

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