弁護士法人ITJ法律事務所

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主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告は,原告に対し,100万円及びこれに対する平成13年7月1日から支
払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
(3) 仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 主文1項及び2項と同旨
(2) 仮執行免脱宣言
第2 事案の概要
本件は,A町立A小学校の3年生であった原告が,同校の体育の授業において実施
されたドッジボールのゲーム中に,ボールが顔面に当たり歯牙外傷の傷害を負った
のは,原告のクラスの担任の教諭ら及び校長が児童らに対する指導監督義務等を怠
ったためであると主張して,被告に対し国家賠償法に基づく損害賠償を請求した事
案である。
1 争いのない事実
(1) 当事者
原告は,平成11年6月4日当時,A小学校の3年4組(以下「4組」という。)
に所属する児童であった。
平成11年6月4日当時,Bは,A小学校の校長,Cは,原告のクラスの担任の教
諭,Dは,3年3組(以下「3組」という。)の担任の教諭であった。
(2) 平成11年6月4日,3時限目の3組と4組の合同体育の授業(以下「本件授
業」という。)で,C及びDは,3組対4組の男女別のドッジボールのゲーム(以
下,3組対4組の女子のゲームを「本件ゲーム」,3組対4組の男子のゲームを
「男子のゲーム」という。)を児童らに行わせるとともに,花壇のある学級園の整
備作業を併せて行った。本件ゲームが行われたコートと学級園は約20メートル離
れていた。
(3) 本件ゲーム終了の約5分前である午前11時25分ころ,原告が背後にいる友
人らの会話に気をとられて後ろを振り向いた際,3組に所属するEが原告の方に向
かってボールを投げた。友人らが原告に「危ない」と声をかけたため,原告が前を
向いたところ,Eの投げたボールが原告の顔面に当たった(以下「本件事故」とい
う。)。
午前11時30分ころ,本件ゲームが終了し,C及びDは,児童らを教室に戻した
が,本件事故の発生には気付かなかった。
(4) 平成11年6月7日,原告は,歯科医師から,「歯牙外傷(上顎中切歯両
側)」との診断を受けた。
2 争点
(1) 担任の教諭らの注意義務違反の有無及び同注意義務違反と本件事故の発生との
因果関係
(原告の主張)
ア C及びDについて
(ア)a 本件事故が偶発的なものでないこと
原告は,本件事故以前から,Eから執拗ないじめを受けており,原告の両親が学校
に対し原告とEが同じクラスにならないように依頼した経緯もあった。本件事故で
Eがボールを投げた瞬間は,原告の周囲に他に的となるべき児童はおらず,原告と
Eとの距離は5メートルにすぎなかったから,Eが原告の顔面をねらってボールを
当てることは十分可能であった。また,Eは以前から大人の見ていないすきにいじ
めを行っていたものであるが,本件事故はC及びDの目が離れた瞬間に発生してい
る。しかも,本件事故は,背後に気を取られて後ろを見ていた原告が前を向いた際
に生じたものであるが,背後に気を取られていた原告はEにとって容易にボールを
当てる的にしやすい対象であった。以上の各事情に加え,本件事故直後にEが嘲笑
的に笑っていたこと
を考慮すれば,Eは故意に原告の顔面を目掛けてボールを投げたものと考えられ
る。したがって,本件事故は,偶発的な事故でなく,Eの原告に対するいじめの一
環として行われた行為である。
b 児童の父母が教員の一部に対してでも,いじめの事実を告知し,その対処を求
めたのであれば,その児童の教育に関与するすべての教員が上記事実を認識すべき
である。
原告の母親であるFは,原告の2年生の修了式の日に学年主任の教諭に対して,原
告がEからいじめを受けていることを具体的に告げて,別のクラスに編入するよう
依頼したのであるから,A小学校の教員は,そのいじめが相当に深刻なものであっ
たことを容易に想像できる。したがって,C及びDらは,可能な限り原告とEが接
触する機会を減らす努力をすべきであり,原告とEが同じコートでドッジボールの
ゲームをすれば,原告がEから何らかのいじめ行為を受ける危険があることを十分
に予見できたから,原告とEが同じコートでドッジボールのゲームをすることがな
いように注意すべき義務があったのに,これを怠り,本件事故を発生させた。
c 前述のとおり本件事故はある程度予見できたものであり,Eが大人の見ていな
いすきにいじめを行っていたことにかんがみれば,教員が注意をそらさなければ本
件事故は発生しなかったものと考えられる。したがって,C及びDには,本件ゲー
ムの間中,常時注意をそらさずに児童らの動向を監視すべき義務があったのに,花
壇での作業に気をとられてこれを怠り,本件事故を発生させたものというべきであ
る。
(イ) 本件ゲームのコートと学級園とは約20メートルも離れていたから,C及び
Dが少しでも注意をそらせば,ドッジボールをしている児童らの間で何が起こるか
を把握できない。C及びDは,合同授業で本件ゲームが行われている間,常時児童
らを監督し,事故が起こらないように指導すべき職務上の義務を負っていたのに,
これを怠り,児童らから注意をそらし本件事故を発生させた。
イ Bについて
Bは,A小学校の校長として,C及びDに対し,児童間のいじめの事実の把握に努
めるように指導し,いじめが認められた場合には被害の発生を未然に防ぐべく適切
な措置をとるように指示すべき義務,及び,原告のクラスとEのクラスとが合同で
体育の授業をすることがないように配慮し,あるいはEの動静に注意し,他の児童
がいじめの被害を受けないように配慮するよう指示すべき義務を負っていたのに,
これらを怠り本件事故を発生させた。
(被告の主張)
ア C及びDについて
(ア)a 本件事故が偶発的なものであること
原告とEとの間に,いじめの加害者と被害者の関係は存在していない。Eの原告に
対するいじめ行為として原告が主張する各出来事は,児童それぞれが相互に接触す
る際に必然的に経験するたぐいの,対等な児童相互間における個別の単純なトラブ
ルにすぎないのであり,優位・劣位の関係において,集中的かつ継続的に繰り返さ
れるいじめ行為とはとらえられない。ドッジボールはもともと他チームの内野にい
るプレーヤーをねらってボールを当てるゲームであること,ボールがうまくコント
ロールできずにたまたま首から上に当たってしまうことも珍しくないこと,Eには
5メートル離れた相手の顔面を故意にねらってボールを当てることのできる技量は
なかったこと,本件ゲーム中にEが殊更原告だけをねらっていた様子はなかったこ
と等からすれば,本
件事故は,原告が友人らの会話に気を取られ,たまたま後ろ又は横を向いた際に,
Eが原告に向けて投げたボールが原告の顔面に当たった結果生じた偶発的なもので
ある。
b 本件事故は偶発的に発生したものであるから,C及びDが本件事故の発生を予
見することは不可能である。仮に,本件事故がいじめの一環として行われたもので
あったとしても,C及びDは,本件事故まで,FらからEと原告との間の問題につ
いて全く聞かされておらず,実際の教育活動の中でも両者間にいじめの存在をうか
がわせるような事実は全く認められなかったから,いじめ行為の予見可能性はな
い。したがって,C及びDは,Eと原告との関係に特別注意して何らかのいじめ行
為の防止策をとるべき注意義務を負うものではない。
(イ) ドッジボールは特に危険性が高いスポーツではなく,小学校3年生において
は,既にドッジボールについて十分の経験を有していたから,本件事故が発生した
合同体育の時間に学級園の作業を並行して行うこととしたC及びDの判断に注意義
務違反はない。
C及びDは,本件ゲームの組分けを体力差がないように男女別にし,学級園の作業
をしながらドッジボールの様子を監督できるよう,花壇に近い場所にドッジボール
のコートを設け,また,学級園の作業をしながら児童らの動静にも気を配っていた
ものであるから,児童らに対する監督義務は十分履行している。
(ウ) 本件事故は偶発的に発生したものであるから,仮に,C又はDが本件ゲーム
のコートの近くにいたとしたも,その結果を回避することはできなかった。
イ Bについて
Bは,A小学校の教員に対し,児童間のいじめに注意して,仮にいじめが認められ
た場合には,事実の把握や上司への報告等の適切な措置をとるよう指導していた。
Eの原告に対するいじめの事実はなく,本件事故は,いじめとは全く別の要因に基
づいて発生した事故であるから,Bに,本件事故に関する注意義務違反はない。
(2) 被告の責任
(原告の主張)
C,D及びBは,いずれもA町立A小学校の職員として,その職務を行うについて
過失により原告に損害を与えたものであるから,被告は,国家賠償法1条1項によ
り賠償責任を負う。
(被告の主張)
原告の前記主張は争う。
(3) 原告の損害
(原告の主張)
原告は,本件事故により歯牙外傷(上顎中切歯両側)の傷害を負い,場合によって
は,破折線の補強等の措置を受けることが必要となり得る。幼少時からとりわけ歯
を大切にしてきた原告は,本件事故で前記傷害を負ったことにより精神的損害を被
った。この損害に対する慰謝料は100万円を下らない。
(被告の主張)
原告の前記主張は争う。
第3 争点に対する判断
1 前記争いのない事実,甲1,2,5号証,乙1,5,7ないし9号証,証人C
及び同Dの各証言,Fの尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認め
られる。
(1) 原告は,Eと同じ幼稚園に通い,また,そのころからEと同じバレエ教室に通
っていたが,幼稚園及び小学校を通して原告とEが同じクラスになることはなかっ
た。
なお,Fは,原告の2年生の修了式の日に,A小学校を訪れ,原告の2年生のクラ
スの担任及び学年主任の各教諭に対し,Eによるいじめとして,原告が卒園式の日
にEから腹をけられたこと,バレエ教室においてEから仲間はずれにされたこと,
及び,1年生のときにEに胸をつかまれたことを話し,原告とEを同じクラスにし
ないでほしいと申し入れた(乙3,4号証には,上記認定に反する部分があるが,
前掲各証拠と対比して検討すると,上記部分は採用することができない)。A小学
校では,いじめの問題がある場合は次年度のクラスの担任に申し送りをする取扱い
をしていたが,Fの前記申入れを受けた担任の教諭らは,原告とEとの関係を3年
次のクラスの担任への申し送り事項とはしなかった。
(2) A小学校では,1年生の時から体育の授業にドッジボールを取り入れており,
周りからボールを転がしてぶつけるという形から指導を始め,徐々にボールを投げ
て当てるという形に移るとともに,首から上をねらってボールを投げない,コート
を踏み越して投げない,前を向いてボールを見て逃げる等の指導を繰り返して行
い,2年生のころ以降は上記のルールに従ってゲームを行わせていた。
平成11年4月から,A小学校の3年生4クラスのうち,Cが4組の,Dが3組の
それぞれ担任となった。3年生の体育の授業は週3時間行われ,うち1時間は4ク
ラスの学年合同体育,残りの2時間は2クラスごと(1組と2組,3組と4組)の
合同体育であった。
同年4月以降本件事故が発生するまでの間に,上記合同体育の時間に3組対4組の
ドッジボールのゲームが6回程度行われ,原告及びEもこれに参加していた。ま
た,放課の時間に,3組と4組の児童らがドッジボールのゲームをして遊ぶことも
あり,原告及びEが一緒にこれに参加することもあった。しかし,本件事故まで
に,ドッジボールのゲーム中に原告とEとの間に問題は生じていなかった。
(3) C及びDは,ドッジボールのルールに関する指導の経緯やゲームでの児童らの
様子等から,児童らが主体的にゲームを行うことができるであろうと判断し,平成
11年6月4日の本件授業において,3組対4組の男女別のドッジボールのゲーム
を行うとともに,理科の教材であるホウセンカやコスモスの植え替え作業を実施す
ることとした。
本件授業では,まず,C及びDは,それぞれ担任のクラスの児童を集合,整列させ
て,準備体操とランニングをさせた。その後,Dは3年生の学級園に移動して植え
替え作業の準備をした。Cは,児童らとともに,学級園の南側約20メートルの位
置に本件ゲームのコートを,更にその南側に男子のゲームのコートをそれぞれ設
け,ルールの確認,内野及び外野の最初の配置の決定等を行って,午前11時15
分ころゲーム開始の合図をした。女子の児童の人数は,3組及び4組とも15人で
あったが,欠席者や見学者を除くと本件ゲームに参加したのは,3組が12人,4
組が13人程度であった。
ゲーム開始後,Cは,3年生の学級園に移動し,見学の児童及び外野にいる児童に
ホウセンカやコスモスが植えられているポットの運搬を手伝わせながら,Dと2人
で学級園への植え替え作業を行った。C及びDは,しばしば植え替え作業の手を休
めて学級園からコートの様子を見たり,コートの脇を通って油粕を運搬する際に児
童らの様子を見たりして,男子のゲームとともに本件ゲームの進行状況を確認して
いた。
午前11時25分ころ,本件ゲームは,3組のコートにEを含めた6人が,4組の
コートに原告を含めた8人がそれぞれ残っている状況であったが,4組のコート内
で同組のGとHが,「原告がさっきのボールを取って投げられたらよかったの
に。」などと内緒話をしていたので,上記Gらの右斜め前の位置にいた原告が,左
後ろを振り返って,上記Gらに「こしょこしょ話をしないで。」と言った。このと
き,3組のコート内でボールを取ったEが,原告に向かって約5メートル離れた位
置からボールを投げた。これを見ていた4組のJが原告に対し「危ないよ。」と声
をかけたため,原告が前を向いたところ,ボールが目の前に飛んできたので,原告
は,とっさに両手を顔の前に出してこれを避けようとしたが避けきれず,原告の手
にいったん当たったボー
ルが手の間を抜けて顔面に当たった(本件事故)。原告は,友人らから「大丈
夫?」と声をかけられたが,痛みを我慢して「大丈夫。」と答え,その後もゲーム
を続けた。本件事故が発生した際,C及びDは,本件ゲームから目を離して植え替
え作業をしていたため,本件事故の発生には気付かなかった。
午前11時30分ころ,C及びDは,本件ゲームを終了させてそれぞれ担任のクラ
スの児童を集合させ,整理運動を軽く行ってけがの有無等を確認したが,どの児童
からも特に訴えはなく,児童らに変わった様子もなかったため,午前11時35
分,3時限目の終了のチャイムと同時に児童らを各教室へ戻した。その後,4時限
目の授業,給食,掃除,5時限目の授業がそれぞれ通常通り行われ,3組及び4組
のいずれにおいても下校前の帰りの会で本件事故は話題にならなかった。
(4) 平成11年6月5日,原告の連絡帳に,Fが「ボールが当たって口が痛いと言
っているから詳しい事情を聞いてもらいたい。これはいじめではないか。」と記載
していたことから,Cは初めて本件事故の発生を知り,Dとともに原告及びEから
事情を聞いた。原告にボールが当たったことについてはEも認めていたため,更に
いじめについて事情を聞いたところ,原告は,「幼稚園の時にいじめられた。1年
生の時は花壇で胸をつかまれて『あっちへ行きや。』と言われた。2年生のときは
こちょこちょ話をしてきた。3年生のときは掃除中に階段を通っていたら『もっと
端っこへ行って』と言われた。」と答えたが,Eは「いじめてはいません。」と答
えた。Cは,普段の2人の様子から考えて,原告の訴えるEの言動はいじめとは異
なるものであると判
断したが,Eに対し,「何気ない言葉でも相手にとってはいじめと受けとられてし
まうこともある。」旨話したところ,Eが原告に「ごめんね。」と謝り,原告が
「いいよ。」と答えたので,C及びDは,原告とEとの間の問題はこれで解決した
と思った。また,C及び養護教諭が,原告が痛いと訴える前歯を確認したところ,
特に異常は認められなかった。
(5) 平成11年6月7日,原告が歯科医の診察を受けたところ,上顎両側中切歯に
破折線が認められたため,Fは直ちにA小学校にその旨連絡した。
翌8日,C及びDは,本件事故の状況を把握するため,それぞれ担任のクラスの女
子児童を全員集めて,本件事故発生時の状況について聞き取りを行ったが,いずれ
のクラスにおいても,本件ゲームでEが原告ばかりをねらっていた旨の話は出なか
った。
2 争点(1)(担任の教諭らの注意義務違反の有無及び同注意義務違反と本件事故発
生との因果関係)について
(1) 原告は,C及びDは,原告とEが同じコートでドッジボールのゲームをすれば
原告がいじめを受ける危険があることを予見できたから,原告とEが同じコートで
ゲームをすることがないように配慮し,また,同じコートでゲームをさせる場合
は,常時注意をそらさず監視すべき注意義務があったと主張する。そこで,以下,
この点について検討する。
ア 本件事故の予見可能性について
原告は,本件事故以前から原告がEから執拗ないじめを受けており,本件事故はE
の原告に対する上記いじめの一環として行われたものであるから,本件事故の発生
を予見することは可能であったと主張する。
(ア) 本件事故までの原告とEとの関係
甲5号証及びFの尋問の結果によれば,原告はその日の出来事等をFによく話して
いたものと認められるところ,Fが,原告が幼稚園から3年生までの間にEから受
けたいじめ行為として具体的に述べる内容は,幼稚園のときにバレエ教室で仲間は
ずれにされたこと,卒園式で腹をけられたこと,1年生の時にEのクラスの花壇の
前で胸をつかまれ「あっちへ行け。」と言われたこと,及び,3年生の時に階段を
通っていたら「通るな。」とにらまれたことの4点程度に限られており,その他
は,「小学校へ入ってからもバレエ教室でEからいじめられると原告が言ってい
た。」,「Eからけられたりつねられたりなどのいじめを受けたという訴えを原告
や原告の妹から日常頻繁に聞いていた。」というような漠然としたものにすぎな
い。そして,Fの尋問の結
果によれば,前記のバレエ教室の際の仲間はずれについては,Fも目撃したもので
はあるが,原告ばかりがEからいつも仲間はずれにされていたものではないと認め
ることができる。また,乙7,8号証並びに証人C及び同Dの各証言によると,前
記の階段での出来事は,階段を掃除していたEが,掃除をしたところに足跡がつか
ないように,原告に対して端を通るよう注意したにすぎないものとも考えられると
ころであり,これがEの原告に対するいじめであると認めることは困難である。そ
うすると,Fの供述等によっても,本件事故以前からEが原告に対し,いじめと評
価し得るいかなる行為をどの程度行っていたのか明らかでないといわざるを得な
い。
また,本件においては,前記のとおり,3年生への進級前にFが原告とEとを同じ
クラスにしないでほしいと申し入れた事情があるにもかかわらず,原告とEとの関
係についてCにもDにも何ら申し送りがされなかったのであるが,このことは,上
記申入れを受けた教諭らが,原告がEからいじめを受けているとは判断しなかった
ことを推認させるものというべきである。なお,原告は,Fが教員の一部である上
記教諭らに対して,いじめの事実を告知して対処を求めた以上は,全教員が上記事
実を認識すべきであると主張するが,前述のとおりFの供述等によっても原告が受
けたとされるいじめの内容が明らかでないこと,原告は,明るく行動的で,クラス
のリーダー的存在であったこと(証人C)等を考慮すると,Fから上記申入れを受
けた教諭らがCやD
に何ら申し送りをしなかった対応を不当と評価することはできない。
そして,前示のとおり,平成11年4月から本件事故が発生するまでの間には,3
組と4組の合同体育の授業が週に2回行われていただけでなく,放課の時間には原
告及びEが一緒にドッジボール等で遊ぶこともあったのであり,その他,3組と4
組は教室や靴箱,傘置き場が隣同士であった(乙7号証)から,合同体育の時間だ
けでなく登下校時や放課の時間等に,原告とEとが接近する機会は少なからずあっ
たものと考えられる。しかし,乙7,8号証,証人C及び同Dの各証言並びにFの
尋問の結果によれば,平成11年4月から本件事故が発生するまでの間に,原告と
Fとの間でEのことが大きな話題になったことはなく,また,C及びDは,本件事
故までに,原告とEとの間のトラブルを見ても聞いてもおらず,原告がEからいじ
めを受けているとの
疑いは全く有していなかったものと認められるのである。
上記認定の各事情を総合すると,原告がEからいじめを受けていた旨のFの供述等
を直ちに採用することはできず,原告とEとの間に生じた前記の出来事等を考慮し
ても,本件証拠上,本件事故以前から原告がEからいじめを受けていたとの事実を
認定することはできない。
(イ) 本件事故の発生について
前示のとおり,本件事故までに合同体育の授業で行われたドッジボールでは特に問
題が生じていなかったこと,本件ゲームの終了直後には,児童らから特に訴えはな
く,また,児童らに変わった様子もなかったこと,3組及び4組の女子児童からの
聞き取りでも,本件ゲームでEが原告ばかりをねらってボールを投げていた旨の話
は出なかったこと,ドッジボールのゲームでボールが首から上に当たってしまうこ
とは珍しいことではないこと(証人C,同D)等の各事情を総合すれば,本件ゲー
ムでも,従来のドッジボールのゲームと同様に,特に異常な状況は生じていなかっ
たものと考えられる。
そもそも,ドッジボールは相手コートの中にいる者をねらってボールを当てること
を競うゲームであり,より当てやすい者をねらってボールを投げるのが通常である
から,Eが後ろを向いている原告をねらったこと自体は特に不自然な行動ではない
というべきである。他方,Eがボールを投げる時点では,後ろを向いている原告が
前を向くか否かは予測できないのであるから,Eが原告の顔面に当てることまで意
図してボールを投げたとは考え難い。そして,Eが小学3年生の児童であり,スポ
ーツテストのソフトボール投げで6,7メートル程度しか投げられなかったこと
(証人D)からすれば,Eが当時,5メートル離れた位置にいる相手の顔をねらっ
てドッジボール用のボールを投げ,これを命中させ得る能力を有していたとは直ち
に認め難い。
以上に加え,本件事故以前の前記各事情を考慮すると,本件証拠からは,Eが故意
に原告の顔面をねらってボールを投げたものと認めることはできず,むしろ,本件
事故は偶発的に生じたものと認めるのが相当である。なお,本件ゲームでは原告と
Eとは別のチームに属するいわば敵同士であったことに加え,本件事故が発生した
のは本件ゲームの終了間際であり,当時の各コートの内野の人数は,4組が8人,
3組が6人であったとの状況を考慮すれば,原告にボールが当たった直後にEが笑
っていたとしても,そのことから直ちにEが原告の顔面を故意にねらってボールを
投げたものと推認することはできない。
(ウ) 以上のとおり,原告が本件事故以前からEからいじめを受けていたとも,E
が故意に原告の顔面をねらってボールを投げたとも認めることはできず,むしろ,
本件事故は偶発的に発生したものと解するのが相当であるから,C及びDが,本件
事故の発生を予見することが可能であったものということはできない。
イ したがって,本件事故の発生についての予見可能性を前提とする原告の前記主
張は,その余の点を判断するまでもなく採用することができない。
(2) 次に,原告は,C及びDが本件事故の発生を予見することができなかったとし
ても,C及びDは,本件ゲームが行われている間,常時児童らを監督して,事故が
起こらないように指導すべき義務を負っていたのにこれを怠り,本件事故を発生さ
せた旨も主張していると解される余地があるので,以下,この点について検討す
る。
ア 本件ゲームの実施に当たりC及びDが負うべき注意義務の内容
小学校の教諭は,学校教育法及びその他の法令に照らし,学校教育の場において,
児童の生命,身体の安全について万全を期すべき義務を負うものであるが,その義
務の内容及び程度は,児童の年齢,心身の発育状態,学校教育活動の具体的状況等
により異なる。
ところで,乙7ないし9号証並びに証人C及び同Dの各証言によれば,平成11年
4月から本件授業の前までの合同体育の授業では,少なくともC又はDのいずれか
がドッジボールのゲームをしている児童らを常時見ていたが,本件授業では,C及
びDは,3年生の学級園で植え替え作業を行いながら児童らを監督していたもので
あり,コートの横に立つなどして児童らを指導監督することはなく,C及びDが同
時に児童らから目を離すときもあったものと認められる。
しかし,前示のとおり,ドッジボールは1年生から体育の授業に取り入れられてい
るのであり,首から上をねらってボールを投げない,コートを踏み越してボールを
投げない等のルールを繰り返して指導しながら,2年生のころから児童らにゲーム
を行わせていたものであり,3年生の体育の授業でもしばしばドッジボールが取り
上げられ,その際には改めてルールを確認してからゲームが行われていた(乙7な
いし9号証,証人C)のである。これらの指導の経緯に照らすと,原告ら3年生の
児童にとって,ドッジボールは慣れ親しんだゲームであり,本件事故当時には既に
ルールは十分に習得できていたものと認めることができる。加えて,前示のとお
り,放課の時間にはしばしば児童らだけでドッジボールのゲームをして遊んでいた
のであるから,本件事
故当時,原告ら3年生の児童がルールに従って主体的にゲームを行うことは十分可
能であったと認めるのが相当である。
そして,そもそもドッジボール自体それほど危険性の高いものではなく,本件ゲー
ムは女子の児童のみで行われていたのである。また,本件ゲームのコートと学級園
との距離は約20メートルであり,証人Cの証言によれば,本件ゲームの様子は学
級園からもよく見えたものと認められる。
以上の各事情を併せ考慮すると,本件授業において,児童らにドッジボールのゲー
ムを行わせるのと並行して学級園での作業を行うこととしたC及びDの判断を,直
ちに不当と評価することはできないというべきである。そして,この際にC及びD
が児童らに対し負うべき注意義務の内容としては,必ずしもC又はDのいずれかが
常時コートの横に立つなどして,目をそらさずに児童らの動向を注視していなくと
も,少なくとも常時目の届く範囲にいて,頻繁に児童らの様子を観察して本件ゲー
ムの進行状況を常に把握し,問題等が生じた場合は直ちに対応できる態勢で児童ら
を監督していることで足りると解するのが相当である。
イ 乙1,7,9号証並びに証人C及び同Dの各証言によれば,本件ゲームの開始
前にはCがルールの確認を行い,本件ゲームが行われている間,C及びDは,いず
れも児童らの方に顔を向けて植え替え作業を行うようにして,作業の合間合間に本
件ゲームでの児童らの様子やゲームの進行状況を確認していたものであり,また,
Cは,本件ゲームのコート近くを2回くらい往復して油粕を運搬しながら本件ゲー
ムの状況を観察していたことが認められるから,C及びDに前記注意義務違反があ
ったとまで認めることはできないというべきである。よって,原告の前記主張は採
用できない。
(3) Bについて
原告は,原告がEからいじめを受けていたことを前提に,Bには校長としてC及び
Dに対し,被害の発生を未然に防ぐべく適切な措置をとるよう指示すべき義務等が
あったと主張するが,前示のとおり,本件事故以前から原告がEからいじめを受け
ていた事実を認めることはできないから,原告の主張は採用できない。
(4) 以上のとおり,本件事故の発生に関し,C,D及びBに注意義務違反があった
と認めることはできないから,その余の点について判断するまでもなく,争点(1)に
関する原告の主張は採用することができない。
3 結論
以上のとおりであって,原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することと
し,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決す
る。
名古屋地方裁判所民事第4部
裁判長裁判官 佐久間 邦 夫
裁判官 樋 口 英 明
裁判官 松 田 敦 子

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激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
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