弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
       事   実
第一 当事者双方の求める裁判
一 原告
 「1原告は被告に対し、期間の定めのない労働契約上の地位に基づく権利を有す
ることを確認する。2被告は原告に対し、金二万九六四八円および昭和四七年五月
から一か月につき金五万四〇六〇円を毎月二二日限り支払え。」との判決及び第2
項につき仮執行の宣言の申立。
二 被告
 主文と同旨の判決。
第二 当事者双方の主張
一 原告主張の請求原因
1 原告は、昭和四五年四月一三日、被告に期間の定めなく雇用され、以来、被告
の鶴見造船所艤装工作部機装係に所属し、同係員として勤務してきた。
2 被告は、昭和四七年四月一四日、原告に対し諭旨解雇に付する旨の意思表示を
なし、それ以降原告をその従業員として取り扱わない。
3 原告は、昭和四七年三月当時被告から一か月金五万四〇六〇円の賃金の支払を
受けていたところ、被告は、同年四月分の賃金として金二万四四一二円しか支払わ
ず、それ以降の賃金の支払もしないので、被告は原告に対し、同月分の残金二万九
六四八円及び同年五月分以降の賃金を支払う義務がある。
4 以上の理由により、原告は被告に対し、労働契約上の権利の確認を求め、賃金
の支払を求めるものである。
二 請求原因に対する被告の認否
1 請求原因1、2の事実はいずれも認める。
2 同3の事実のうち、昭和四七年三月当時の原告の一か月の賃金額が金五万四〇
六〇円であつたこと、同年四月分については、原告に対し、金二万四四一二円しか
支払つていないことは認めるが、その余の主張は争う。
三 被告の抗弁
1 (解雇の意思表示)
 被告の鶴見造船所就業規則(以下単に「就業規則」という。)第八六条及び被告
と日本鋼管造船労働組合連合会間に締結された労働協約(以下単に「労働協約」と
いう。)第二八条には、いずれも「会社は、社員(組合員)がつぎの各号の一に該
当するときは、懲戒解雇とする。ただし、情状により減給または出勤停止あるいは
諭旨解雇にとどめることがある。」旨並びに同条の各一二号には、「重要な経歴を
いつわり、その他詐術を用いて雇入れられたとき。」と規定されているところ、原
告には右に該当する行為があつたので、被告は前記昭和四七年四月一四日、原告に
対し、右就業規則第八六条及び労働協約第二八条の各但書を適用したうえ、就業規
則第八四条四号及び労働協約第二六条四号各所定の方式に従い、原告を諭旨解雇
(以下「本件解雇」という。)に付する旨の意思表示をしたもので、同日をもつて
原告との雇用契約関係は終了した。
2(解雇理由………経歴詐称等)
(1) 学歴
 原告が入社試験を受ける際に被告に提出した入社志願書によると、学歴としては
単に「昭和三八年三月新宿区立四谷第二中学校卒業」と申告されているが、真実は
同中学校卒業後、同年東京都立新宿高等学校入学、同四一年三月同高等学校卒業、
同四二年四月東京大学文科三類入学、当時同大学文学部三年生として在籍休学中で
あつた。
 なお、右在籍休学中であるとの点について、原告は後記のとおり東京大学に休学
届を出したことはなく、授業料も支払つていないので除籍になつているはずである
旨主張しているが、事実は原告の母親が休学届を出して在籍中であつたのである。
仮に、休学届が原告本人の意思によるものでないとしても、原告が同大学に入学
し、三年生まで在籍したこと、すなわち中退に至るまでの事実が申告されていな
い。
(2) 職歴
 入社志願書によれば、原告の職歴として、昭和三八年四月から同四二年九月まで
は宮田燃料販売に、同年一〇月から同四四年四月までミツシヨン・コーラに、同年
五月から同年一二月まで日本貨物急送株式会社に、同四五年一月から同年三月まで
大里製作所に各勤務した旨申告されているが、原告は同三八年四月から同四四年一
二月までの間は、新宿高校、東京大学に在学中であつて、この間についての申告は
全く事実に反するものである。
 原告は後記のとおり、大里製作所以外の各会社には申告した全期間勤務したこと
はないが在学のかたわら休暇中に日雇で勤務した旨主張するけれども、しかし、た
とえそうであつても、その申告した勤務期間の状況からこれが詐称に該当すること
は明らかである。
(3) 家族状況
 入社志願書によれば、家族状況として、父Aと兄Bとはともに紀陽石油に、弟C
は村田製作所にそれぞれ勤務とあるが、真実は父Aは衆議院議員であり、兄Bは東
急電鉄株式会杜に勤務し、また弟Cは神戸大学に在学中であつた。また父、兄の現
住所は、それぞれ田辺市と申告されているが、真実は東京都中野区である。
 なお、原告の入社時に原告と被告が取り交わした労働契約書には連帯保証人とし
て父早川Aの記名捺印があるが、これは原告の偽造によるものである。
3(解雇に至るまでの経緯)
 右2のように、原告は、昭和四五年四月被告に入社するに際し、その学歴、職
歴、家族状況のほぼ全般に亘って詐称していたが、被告はこのことを翌四六年一二
月に至つてはじめて承知し、以来、原告に対し任意退職を勧告するとともに、原告
の両親による要望を容れて同人らの説得による円満退職を期待していた。しかし、
原告がこれに応じないので、被告はやむなく、前記のとおり昭和四七年四月一四日
に原告を本件解雇に処するに至つたものである。
四 抗弁事実に対する原告の認否
1 抗弁1の事実については、被告主張のとおりの就業規則、労働協約の規定が存
し、それにより、本件解雇の意思表示がなされたことは認めるが、その効力は争
う。
2(1) 同2の(1)の事実については、入社志願書の記載及び原告の学歴が主
張のとおりであることは、原告が当時「東京大学文学部三年生として在籍休学中で
あつた。」との部分を除いて、いずれも認める。原告は、東京大学に休学届を提出
したことはなく、授業料も支払つていないので、同大学から除籍になつているはず
である。
(2) 同2の(2)の事実については、入社志願書の職歴の記載が主張のとおり
であつたことは認めるが、その余は否認する。宮田焼料販売、ミツシヨン・コー
ラ、日本貨物急送には、入社志願書記載の全期間勤務したことはないが、在学のか
たわら休暇中に日雇で勤務した。
(3) 同2の(3)の事実は認める。
3 同3の事実については、被告が昭和四六年一二月いわゆる経歴詐称を知つたこ
と及びそのころ原告に任意退職を勧告したことは認めるが、その余は否認する。
五 原告の解雇無効の主張
1 経歴詐称は懲戒事由たり得ない。
 本件解雇は、経歴詐称のみを理由とする懲戒処分としての諭旨解雇である。
 しかして、使用者の労働者に対する懲戒権は、経営という小社会の規範意識によ
つて支えられうる共同作業を円滑に遂行するため、必要不可欠な場合にのみ許容さ
れうるものであるところ、経歴詐称それ自体は労働契約の成立にかかわる事柄であ
つて、右契約成立の瑕疵として問題とはなりうるが、労働契約成立後の経営秩序の
問題とはなりえず、したがつて、経歴詐称をもつて直ちに企業秩序を乱すものとし
て右秩序維持のための矯正手段である懲戒処分をもつて臨むことは許されない。さ
れば、就業規則等の経歴詐称を理由とする懲戒条項は法的に適用を許されないもの
というべきであるから、この点からして本件解雇は無効と解すべきである。
2 労働協約、就業規則の懲戒条項に不該当
(1) 仮に、経歴詐称を理由として懲戒処分をなしうるとしても、原告には被告
主張の懲戒条項に該当する所為はない。
 被告は、原告の学歴詐称、職歴詐称が就業規則第八六条及び労働協約第二八条の
各一二号にいう「重要な経歴をいつわり、その他詐術を用いて雇入れられたと
き。」に該当すると主張している。しかし、経歴詐称を理由として懲戒処分をなし
うるとしても、その根拠は詐称による企業秩序びん乱の具体的結集の発生以外にな
く、その場合に使用者に解雇が許されるのは、詐称による企業秩序びん乱の具体的
結果が大きく、当該労働者を企業内にとどめおくことのできぬ客観的、合理的理由
が存在することを必要とし、「重要な経歴をいつわり」とは、かかる場合をさすも
のといわなければならない。しかるに、本件における原告の経歴詐称は、いまだ右
の程度の詐称ではないというべきである。すなわち、第一に、原告は学歴につい
て、東京大学中退を中卒と詐称したものであるが、被告は、昭和四五年三月二一日
毎日新聞夕刊に正社員募集広告をした際、資格を「中卒又は高卒」として学歴不問
とし、現実にも大学中退及び短大卒業者を現場労働者として雇い入れているのであ
るから、原告の学歴詐称が企業秩序びん乱の具体的結果をもたらしたことは何もな
い。原告の職歴は、被告入社直前に勤務していた大里製作所については全く詐称が
なく、それ以前の職歴もアルバイトとして勤務していたものであり、また、被告自
身、前述の募集広告において「各職種とも経験不問」とし、昭和四五年三月二四日
川崎市内の山一証券ビルにおいて行なった入社試験では、原告に対しペーパーテス
ト、面接のいずれにおいても家族構成、過去の職歴など一言も問わず、専ら現場労
働者としての適格の有無を判断するための試問を行なつたにすぎない。そして、そ
の二週間後に原告宅に採用通知が到達したが、この間、被告は原告の提出した入社
志願書の記載事実について直前の職場である大里製作所に照会したほか何ら調書を
行なわなかつたのであるから、この点についての詐称によつて被告が原告の労働者
としての評価を誤り、企業秩序びん乱の具体的結果を発生せしめたということは全
くない。したがつて、原告の詐称は原告を被告にとどめておくことができぬほど
「重要な」詐称ではないから、右条項に該当しないものというべきである。
(2) 仮に、原告の詐称が右条項に形式的に該当するとしても上記のような事実
が認められる本件においては、原告を諭旨解雇に処するのは、酷に失し、その裁量
権の行使を誤つた違法、不当なものというべきであり、いずれにしても解雇権を濫
用したものとして、本件解雇は無効と解すべきである。
3 労基法第三条違反
 被告は、本件解雇の理由として経歴詐称のみを主張しているが、次に述べる
(1)ないし(5)の諸事実に照らせば、それは単なる表面的な理由であつて、真
の理由は原告の政治的信条を嫌悪したものであることが明らかであるから、労働基
準法第三条に違反して無効である。
(1) 原告は、昭和四六年九月二五、二六日の両日の造船労働組合定期大会に、
同じ職場の代議員Dの代理として出席し、同大会において、「職場ではなぜストラ
イキをやらないのか不満が高まっている。来春闘は一時金をストライキで闘う気は
ないのか。」と発言したところ、被告は原告の右発言や採決に対する態度等を問題
とし、「社会党左派と共産党はだめだ。」と明言して、ストライキで貸上げを闘わ
なければならないという原告の政治的信条を嫌悪し、会社が許容する二八会会長に
「教えてもらえ。」と転向を迫っていること。
(2) 被告は、原告の政治的信条及びそのいわゆる経歴詐称を同年一二月一三日
の段階で確定的に知つていたが、原告の家族の説得による転向を期待して直ちに解
雇せず、現場労働者をやめ、復学あるいは事務系に転職することを勧めた。しか
し、右一三日に、原告は、来社した母あるいは被告のE労務部長、F事務係長らの
説得にもかかわらず、同人らの期待に反し、自らの政治的信条を堅持し、現場労働
者として働き、かつ職場活動を継続したこと。
(3)原告は、昭和四七年二月、被告が提案し、組合が承認する方向を打ち出した
勤務制度の改悪に反対し、職場討議で無記名投票による採決をとることを要求し、
その結果これを四八対三六で否決させたが、右活動の中心人物となって、被告をし
て原告の政治的信条をますます嫌悪させるに至らしめた。このことは、原告の上司
であるG作業長が、同年三月一四日、原告の年休のとり方についての言動を非難
し、「何でも反対ばかりしやがつて。」と述べたことからも窺われること。
(4) 原告は、同年四月四日、職場新聞「どたぐつ」を作成して職場に配付した
が、同月一一日には、原告自らその第二号の門前配付活動を行なつた。また、原告
の所属する艤装工作部のH機装係長は、同年三月二一日、原告ら係員に対し、「四
月に班がえをする。地上艤装班と船内艇装班とに分ける。」旨申し向けたが、原告
は同年四月一日のミーティングで右班がえに反対する旨を表明し、同月一三日から
その反対署名運動に従事した。これらは、原告が転向せず、自らの政治的信条を堅
持することを被告に印象づける結果となつたこと。
(5) 被告は、原告の経歴詐称を確定的に知つた前記昭和四六年三月一三日以
降、一度として右詐称を理由とする解雇の意向を原告に表明していなかつたにもか
かわらず、翌四七年四月一四日になつて、経歴詐称のみを理由とする懲戒処分とし
ての諭旨解雇を通告した。これは、上述の各事実を考慮したうえで、原告が自らの
政治的信条を堅持して生涯を貫く人物と判断し、原告を企業外に排除するため、経
歴詐称を口実にしたものと考えられること。
4 不当労働行為
 3の各事実から明らかなように、被告は原告の政治的信条のみならず、同人の行
つた組合活動(執行部批判の発言も職場活動もこれにあたる。)をも嫌悪して本件
解雇を強行したものというべきであるから、労働組合法第七条所定の不当労働行為
に該当し、無効である。
六 解雇無効の主張に対する被告の反論
1 経歴詐称は懲戒に値する。
 そもそも、使用者が労働者を採用するに当たつて、入社志願書(履歴書)等を提
出させ、その学歴、職歴、家族状況等を申告させるのは、労働者の労働能力、技術
が使用者の求める一定水準に在るかどうかを判断するとともに、労働者の協調性、
勤労意欲、性向等企業組織の構成員として相応しいか否かについて諸々の人格的判
断を行ない、その結果、企業構成員間の均衡、調和をも考慮しながら企業組織への
組入れの可否を決し、併せて、可とした場合における適正な労働条件、労務配置及
び労務管理等の決定等を図るための資料を得るためのものであることは周知の事実
である。したがつて、労働者が採用されるに当たつて虚偽の経歴等を申告すること
は、まず者の不信義性を示し、労使間にあつて何よりも重要な信頼関係を破壊する
うえ、その時点で労働力の位置づけ、組織づけ、管理を誤らせる危険性をもたら
し、さらには、採用後においても、労働者から改めてさきの申告が虚偽である旨の
申し出がなければ、使用者は引き続き欺罔された状態のもとに労働力を位置づけ、
組織づけ、管理することとなるから、現実にその位置づけ、組織づけ、管理は誤ら
ざるをえないのである。また、ひとたびその欺罔が明らかになった暁には、その労
働力の位置づけ、組織づけ、管理が一層困難となることは明らかである。すなわ
ち、このような不信義な者に引き続き仕事を任せることは困難であるばかりでな
く、同僚、上司にかかる不信義な者との協調を期待するごとは不可能であり、さら
には、職場の配置換えをするについても受入側が難色を示すことは充分予測される
からである。また、引き続き労働契約関係を継続させるに及んでは、今後労働者が
不正手段を用いて採用されるのを防ぐことも不可能となる。
 しからば、経歴詐称が単に労働契約成立時における契約の暇疵の問題であるばか
りでなく、企業秩序の維持に重大な影響があることは明白であり、かかる経歴詐称
を行なった労働者を、企業秩序違反に対する制裁としての懲戒処分の対象とし、企
業外に排除することは許されるというべきである。そうであればこそ、被告のみな
らず多くの企業において、重要な経歴詐称を懲戒解雇ないしは諭旨解雇事由として
掲げ、労働組合もその合理性を認識して労働協約等においてこれを認めているので
ある。
 これに対し、企業が経歴詐称を理由として、労働者を排除し得ないとすれば、企
業は従業員の採用決定に際して、応募者に対し、労働行政が好ましくないとしてい
る慎重な身元調査を行なわなければならなくなり、その結果、身元調査のため時
間、労力、経費等各方面にわたって多大の犠牲を強いられることとなる。のみなら
ず、かかる身元調査の実施は、従来の人事行政に根本的な変革を迫る要因となる。
なんとなれば、企業は応募者の申告のすべてに対し、あらかじめ詐称を仮定した極
めて慎重な手続きを準備しなければならず、かような疑惑、猜疑を前提とする人事
方法の採用は、信頼関係を前提とする労働契約と相容れないものであり、それは採
用決定時において既に従業員を心理的に抑圧し、この抑圧感によつて醸成される陰
うつな空気は、従業員の人間としての大らかさや活性を毀損し、ひいては従業員の
勤労出意欲の低下や生産性の減退をもたらし、モラルの低下を招来することにもな
るからである。
さすれば、経歴詐称は労働契約時の問題にすぎず、就業規則の懲戒規程が適用され
ない旨の原告の主張は誤りである。
2 本件経歴詐称は懲戒規程に該当する。
(1) 原告の主張する「企業秩序びん乱の具体的結果」とは何を意味するか定か
でないが、それが眼に見える実害(積極的損失)をさすとすれば、重要な経歴詐称
による懲戒解雇はそれを要件とするものでないことは1で述べたところから明らか
である。すなわち、懲戒解雇ないし諭旨解雇事由としての重要な経歴詐称とは、そ
れが事前に発覚したとすれば使用者は労働契約を締結しなかつたか、少なくとも同
一条件では契約を締結しなかつたであろうと認められるものであれば、それをもつ
て十分であると解すべきである。
 本件についてみるに、なるほど、被告が、原告主張の日、主張の新聞に載せた正
社員募集広告において応募資格を「中卒又は高卒」、「各職種とも経験不問」とし
たこと、原告主張の日に、その主張の場所において行なわれた入社試験で、ペーパ
ーテスト、面接のいすれにおいて原告の家族構成、過去の職歴などにつき質問をし
なかつたこと、その約二週間後に原告宅に採用通知が到達したこと、そしてこの
間、被告が原告の入社志願書の記載事実について、大里製作所に照会したほか調査
を行なわなかつたこと、は認める。しかし、被告としては、現業員の採用につい
て、作業の性質(肉体作業、汚染作業、狭隘作業、高所危険作業、単純作業)、他
の現業員また管理者との権衡、これに伴なう同僚との意識の同調性、その他職場に
対する定着性等、入事管理、労務管理の対策上から右のような資格を定めたもので
あるから、原告が応募に当たり、東京大学という一流大学に入学していたことを申
告していれば、現業員として採用することなどありえなかつたのである。
 さらに、被告としては、原告の入社志願書にはその家族構成、職歴について詳細
に記入がなされていたので、同書に虚偽の記載をする者がいるなどとは夢にも思わ
ず、また、面接時の原告の態度に不審な点も窺われなかつたことから、人事担当官
がこれらについて改めて詳しく質問したり、照会したりするまでもないと判断した
のであつて、仮に、父親が国務大臣を経験した著名な衆議院議員であり、兄弟がホ
ワイト・カラーとして一流企業に就職し、もしくは一流大学に在学していることな
ど、真実の学歴、家族状況等を申告していれば、かくの如く著しく信義に反し、そ
の人格を信用しえない原告を採用することはあり得なかつたのである。
 因みに、本件にあらわれた事実関係によつても、原告の不信義性を示すものは多
々あり、しかも、それらは高学歴の者にしか到底思い及ばない論理の展開を行な
い、平然と偽をつき、詭弁を弄し、あるいは計算づくで、用意周到に逃げ道をあら
かじめ設定するという狡猜さをあらわにしている。たとえば、原告は昭和四六年一
一月二が日より同年一二月一一日まで欠勤を続け、この間、原告の所在が不明なこ
とから、被告においてその入社志願書に記載してある本籍地に電話照会した結果、
経歴詐称の事実が発覚したのであるが、原告は欠勤に先立つて同年一一月一二日ご
ろ、同月二〇、二一両日の連休を利用して結婚のため休暇をとりたい旨上司に申し
出、さらに、いかにも新婚旅行先からと見せかけた手紙を二度にわたつて上司あて
に投函し、被告に在籍中はもちろん本件訴訟の場においても、右欠勤は結婚を理由
とするものであるかのように主張し続けてきた。しかし、最後までこれを押し通す
ことができないとみたのか、本人尋問の段階に至り、初めてこれが同年一一月一九
日の日比谷公園における松本楼放火事件のあつた集会に参加して逮捕、勾留された
ことに因るものであることを明らかにした。
(2) 被告が現業員として大学中退者、短大卒業者を少数採用していることは認
める。しかし、高学歴者は、現場管理職または同僚のほとんどすべてが高卒以下の
学歴者で構成されているときには、とかくそれらの者との意識の同調性、協調性等
に難があり、また、現業職としての肉体労働、汚染労働、単純労働に対する耐性を
欠き勝ちで、十分な作業能率を期侍し得ない。そのため、ひいては業務の円滑な運
営を阻害する恐れがあり、あるいは当初は現業員としての待遇を容認していても、
次第にその待遇に不満を募らせやすいことなど、高学歴者について一般経験上明ら
かなところである。したがつて、その採用に当たつては、学業放棄の理由、家族状
況、同僚上司と協調して現業職を積極的に続けうるかなどにつき詳細に調査確認を
行なつて採否を決するのが通常であり現に、被告においてもこれらの点を十分確認
した後、ごく例外的に高卒以上の学歴者を採用しているにすぎないのである。
それゆえ、原告の如き高学歴、家族状況等の大半を詐称して、十分な調査を免れし
むる行為を容認しうる余地がないことはいうまでもなく、現業職の一部に高学歴者
が存在するからといつて、それをもつて、学歴を詐称する行為が「重要な経歴をい
つわつたとき」に該当しないとする原告の主張は理由がない。
(3) 原告については、その上司(作業長は尋常小学校卒、工長は定時制高校
卒)から「職務に対する積極性がない。」「勤怠不良」、「朝礼での態度が悪
い。」「再三の注意にもかかわらず体操に参加しない。」などと報告をうけ、「他
の者に対し示しがつかないからなんとか考慮してくれ。」と苦情が寄せられてい
る。加えて、原告は昭和四六年四月には住所を変更し、また、同年一二月には結婚
していると思われるが、いずれも所定の届出をせず、被告の企業秩序を乱すととも
に、規律不遵守の態度に出て労務管理上にも支障をもたらしている。
(4) 右(1)ないし(3)に鑑みれば、原告の経歴詐称行為は、就業規則第八
六条及び労働協約第二八条の各一二号にいう「重要経歴をいつわり、その他詐術を
用いて雇入れられたとき。」に該当することは明らかであり、かつ、諸般の事情を
照らし原告を諭旨解雇に付したのは相当であつて、何ら解雇権を濫用したものとい
うことはできない。
3 本件解雇は労基法第三条にも違反しないし、不当労働行為にも該当しない。
(1) 被告が、昭和四六年一二月一三日の時点において原告の経歴詐称を確定的
に知つていたこと、同日、原告の母親が来社して原告に会い、家に帰るよう勧め、
また、そのころE労務部長及びF事務係長がそれぞれ原告に復学を勧めたこと、同
四七年二月被告が勤務制度の改訂を提案したこと並びに同年三月二一日H機装係長
が原告主張のような発言をしたこと、は認める。
(2) 原告の経歴詐称の重大性は、その組合活動あるい政治的信条の如何によつ
て左右されるものでは決してない。
このことは、被告が昭和四一年一一月一五日、真実は東京理科大学中退である最終
学歴を高校卒と詐称して入社した者を諭旨解雇に処し、その詐称の程度が本件に比
してはるかに軽いものについてさえ厳しく対処していることからも、また、原告は
本件解雇後に労働協約第八章に基づき苦情申立てを行なつたが、会社代表、組合代
表からなる中央苦情処理委員会において、組合側委員全員が「組合活働の弾圧は見
あたらず」、「本件諭旨解雇処分は妥当である」と認めていることからも明らかと
いえよう。
 ところで、原告が自らの組合活動もしく思想信条の具体的現われとして挙げるも
のは、昭和四六年九月の組合定期大会における発言、翌四七年二月の勤務制度に対
する反対行動、同年四月のビラ配付などであるが、しかし、被告は、前述したよう
に原告の経歴詐称が判明した後である昭和四六年一二月一四日に、既に鶴見造船所
長、同副所長、労務部長の間で、原告が円満退職しない場合には経歴詐称を理由に
解雇するとの方針を決定し、同月二五日には来社した原告の両親にこの旨を表明し
ているのであるから、少なくともそれ以降に原告が行なつたとして挙げる組合活動
が解雇の理由となる余地はない。ただ、問題となり得るのは昭和四六年九月の組合
定期大会の状況のみであるが、しかし、原告の解雇決定に関与した上記労務部長で
さえ、原告の氏名を承知したのは同年一二月八日においてであつたのであるから、
右定期大会における原告の発言等を端緒あるいは理由として本件解雇に及んだこと
などありえようはずがない。
第三 証拠関係(省略)
       理   由
一 雇用契約の成立と本件解雇の意思表示
 原告が昭和四五年四月一三日被告に期間の定めなく雇用され、以来、被告の鶴見
造船所艤工作部機装係において勤務してきたこと、同造船所の就業規則第八六条及
び労働協約第二八条には、抗弁1に主張のとおりの各規定が存すること、そして、
被告が原告に対し、昭和四七年四月一四日、原告に懲戒解雇事由たる右就業規則第
八六条及び労働協約第二八条の各一二号にいう「重要な経歴をいつわり、その他詐
術を用いて雇入れられたとき。」に該当する行為があつたとして、右各条但書の
「ただし、情状により減給または出勤停止あるいは諭旨解雇にとどめることがあ
る。」旨の規定を適用したうえ、就業規則第八四条四号及び労働協約第二六条四号
各所定の方式に従い、諭旨解雇する旨の意思表示をなしたとは、いずれも当事者間
に争いがない。
二 被告が挙示する経歴詐称等の有無について
1 (学歴の点)
 原告が採用試験を受ける際、被告に提出した入社志願書の学歴欄には「昭和三八
年三月新宿区立四谷第二中学校卒業とのみ記載されていること、しかし真実は、原
告は同中学校を卒業後、東京都立新宿高校に入学して昭和四一年三月同高校を卒業
し、同四二年四月東京大学文科三類に入学していることは、いずれも当事者間に争
いがない。
 なお、原告において、原告はその後東京大学を除籍になつているはずと主張する
が、証人E、同Fの各証言及び原告本人尋問の結果を併せると、原告は昭和四四年
一二月ごろから学校を放棄し、東京大学には通学していない状態が続いていたが、
正式に中退届を提出したわけではなく、原告の母親において独自に休学届を提出し
ていたため、被告の採用試験の当時、形式的には原告はいまだ同大学の学生たる地
位にあつたことが認められる。
2 (職歴の点)
 入社志願書の職歴欄には、原告が昭和三八年四月から同四二年九月までは宮田燃
料販売に、同年一〇月から同四四年四月までミツシヨン・コーラに、同年五月から
同年一二月まで日本貨物急送株式会社に、同四五年一月から同年三月まで大里製作
所に、それぞれ勤務した旨記載されていることは、当事者間に争いがない。
 ところで、被告は、大里製作所以外の三社に原告は勤務したことがなく、この点
の記載は詐称に該当すると主張する。しかして、原告は、その本人尋問において、
右三社については社員として勤務したことはないが、いずれも東京大学通学中に一
時期アルバイトとして稼働していた旨供述しているが、前掲証人Eの証言に成立に
争いのない乙第三号証を併せると、昭和四六年一二月ごろ被告において調査した結
果によれば、川崎市所在の日本貨物急送株式会社からは、原告が一時期同社にアル
バイトで働いていたことはあるがその詳細は分明でない旨の報告を受けたこと、し
かし、他の二社については、入社志願書においてその所在地とされている立川市及
び品川区<以下略>付近のいずれにも、これに該当する会社を発見することができ
なかつたこと、が認められる。
 右によれば、宮田燃料販売、ミツシヨン・コーラについては、当時における、こ
れら会社の存否も疑問であるうえ、仮に、これら二社が存在し、原告が大学に通学
するかたわら右二社にアルバイトで働いたことがあつたとしても、入社志願書の記
載は、時期の点で大巾に事実と異なり、しかも、通常の従業員の如く継続的に勤務
していたものではないのであるから、その旨の申告もまた事実に反しているといわ
ざるをえない。日本貨物急送株式会社についてもその期間等については上記二社と
同断の関係にある、ということができる。
3 (家族状況の点)
 入社志願書の家族状況欄には、父早川A、兄早川Bはともに紀陽石油に、弟早川
Cは村田製作所にそれぞれ勤務している旨記載されているが、当時父Aは自由民主
党所属の衆議院議員であり、兄Bは東急電鉄株式会社に勤務し、また弟Cは神戸大
学に在学中であつたこと及び父兄の現住所としてそれぞれ田辺市と記載されている
が、真実は東京都中野区であつたことは、いずれも当事者間に争いがない。
三 原告が被告に採用されるまでの経過
 前掲乙第三号証、連帯保証人早川A作成名義部分が原告の偽造にかかり、かつ、
その余の部分の成立につき争いのない乙第四号証、前掲証人E、同Fの各証言並び
に原告本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められ、これに反する証拠はな
い。
1 (原告の経歴)
 原告は、上述のとおり衆議院議員早川Aの次男であるが、高校生ごろから父とは
人生観、社会観を異にするようになり、東京大学に入学してからは川崎セツルメン
ト運動に参加し、やがて右活動に従事するうち、自民党代議士の息子という身分や
東京大学の学生という地位を捨て去つて一人の現場労働者として生き抜きたいと考
えるようになり、昭和四四年暮ごろから家族との連絡を断つて川崎市内に居住し、
大学にも通学しなくなつた。そして翌四五年一月から、原告は、自活のため東京都
大田区所在の前記大里製作所に工員として稼働するようになつたが、同製作所は従
業員数名の小企業で、雇主との関係も良くなかつたことなどから嫌気がし、同年三
月中旬ごろ退職した。
2 (原告が被告の採用試験を受けた契機)
 原告は、大里製作所を退職してから次の就職先を捜していたところ、昭和四五年
三月二一日、毎日新聞夕刊に載つた被告の正社員募集の広告を見て、これに応募す
ることとした。右広告によれば、応募資格は「中卒又は高卒」、「各職歴とも経験
不問」とされていた(右の日の毎日新聞夕刊に、上記のような広告が載つたことは
当事者間に争いがない。)
3 (採用試験について)
 昭和四五年三月二四日、川崎市内の山一証券ビルにおいて被告の入社試験が行な
われた(この点は当事者間に争いがない。)。原告は、その際、被告所定の入社志
願書を交付され、それに学歴、職歴、家族状況等を記入し、末尾の「上記の通り相
違ありません。本書に虚偽の記載あるときは解雇又は採用を取消されても異議あり
ません。」との文言下に署名押印をして提出した。
 しかし、右入社試験において、原告はぺーパーテスト、面接のいずれにおいて家
族構成、過去の職歴などについて質問されず、また、被告も入社志願書の記載事実
に関しては、前記大里製作所に照会しただけでその余の調査を行なわなかつた(以
上は当事間に争いがない。)。右試験結果により、原告の採用を可とする評定がな
され、これに基づき同年三月三一日、被告において原告を採用することが内部的に
決定され、入社試験から約二週間後に、原告宅に採用通知が到達した(右のころ原
告宅に採用通知が届いたことは当事者間に争いがない。)。かくして、原、被告間
には同年四月一三日付の労働契約書(乙第四号証)が取り交されたが、その際、原
告は右契約書の連帯保証人欄に勝手に父早川Aの記名をし、有合わせ印を押捺した
(労働契約書の連帯保証人早川A作成名義部分が原告の偽造にかかることは当事者
間に争いがない。)。
四 原告の経歴詐称等発覚の契機と本件解雇に至るまでの経緯
 前掲乙第三号証、いずれも成立に争いのない甲第一二号証、乙第六、第九号証、
いずれも原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第八号証の
四、第一〇号証、証人I及び前掲証人E、同Fの各証言、原告本人尋問の結果並び
に被告の手裡にある乙第一一、第一二号証の存在を総合すると、次の事実が認めら
れ、これを左右し得る証拠はない。
1 (原告の経歴詐称等発覚の契機)
 原告は、昭和四六年一一月一九日、日比谷公園で開かれた沖縄返還協定批准反対
の集会に参加した際、逮捕、勾留され、その結果、同年一二月一一日まで被告を長
期欠勤した。ところで、原告はこれに先だち、同年一一月中旬ごろ上司の鶴見造船
所艤装工作部のJ工長に結婚のため同月二〇日ごろから休暇をとりたい旨申し出て
おり、また、同じく上司である同工作部のG作業長宛には、右欠勤中である同月二
四日ごろKと名乗る女性から、原告の妻か和歌山で交通事故に遭つた旨の電話連絡
があつたほか、原告名義を用いた、同月二八日付京都発信の書簡(乙第一一号証)
で二週間の結婚休暇及び同年一二月三月付熱海発信の書簡(乙第一二号証)で妻の
発病による休暇延長願がそれぞれ送付された。
 一方、鶴見造船所艤装工作部のF事務係長は、同年一一月二七日ごろ原告の状況
を尋ねるべく入社志願書記載の現住所鶴見区<以下略>K方に電話をしたが、既に
原告は同年春に他に転出している旨の返答を受け、さらに、G作業長から上述の電
話や書簡の件を教えられて、原告の身辺に不安と不審を抱くようになり、同年一二
月七日同じく志願書記載の本籍地和歌山県田辺市<以下略>に電話で問い合わせた
ところ、応対に出た者から、原告は東京に居住し、東京大学の学生であること及び
その父Aは衆議院議員であることを知らされた。驚いたF事務係長は、直ちに早川
A方に電話したところが、原告の母親から、原告は東京大学に在籍しているが二年
ほど前から行方不明になつている旨知らされた。そして翌一二月八日来社した右母
親の説明により、被告は初めて原告の入社志願書における学歴、職歴、家族状況等
の記載は事実に反するものが多く、また、労働契約書の連帯保証人早川A作成名義
部分が前記のとおり偽造にかかることを認識した。
 かくて、被告は同年一二月一三日の時点において、原告の経歴詐称を確定的に承
知するに至つた(この点は当時者間に争いがない。)。
2 (本件解雇に至るまでの経過)
 原告の母親は昭和四六年一二月一三日被告に来社して原告に会い、家に帰るよう
に勧めた(このことは当事者間に争いがない。)右母親は、原告については、東京
大学に休学届が提出してあり、是非復学させたいので協力してほしい旨被告にも要
請したので、同日及び翌一四日に鶴見造船所のE労務部長とF事務係長とが原告に
復学するよう説得したが(一三日に、同人らが原告に復学を勧めたことも当事者間
に争いがない。)原告は現場労働者として働き続けたいと述べてこの説得に応じな
かった。そこで同月一四日ごろ、同造船所L所長、M副所長及びE労務部長らの間
で原告の処置について協議検討がなされ、その結果、原告の経歴詐称は重大であ
り、最終的には解雇処分にせざるをえないとされたが、しかし、現段階で原告が解
雇されるとその所在が再び不明となつて復学の機会も失われる恐れがあり、家族に
おいてさらに説得するので、しばらく猶予してほしいとの原告の両親の懇請を容
れ、かつは、その父親の社会的地位等をも慮り、なお事態の推移を見守ることにし
た。
 けれども、翌四七年二月下旬、前記所長、副所長及び労務部長は、再び来社した
原告の母親に会つて、原告の意思が固く説得不可能な状況にある旨、さらには母親
が望みをかけていた東京大学文学部N教授の説得も実現の見通しが立たない有様で
ある旨の報告を受けたので、会社の秩序維持の観点からこれ以上原告の処理を放置
できないとして、同年四月六日、来社した母親にE労務部長が右意向を伝えたとこ
ろ、同月一〇日、原告の両親からやむを得ないとの返答がなされた。そこで、被告
は原告は原告の境遇及び将来を慮つて懲戒解雇によらず論旨解雇にすることとし、
前述のとおり、同月一四日原告に対し本件解雇の意思表示をした。
五 解雇の効力について
 上記一ないし四の事実に基づき、本件解雇の効力の有無について判断する。
1 まず、就業規則第八六条及び労働協約第二八条の各一二号にいう「重要な経歴
をいつわり、その他詐術を用いて雇入れられたとき。」たる条項の趣旨について考
察する。
(1) そもそも、使用者が労働者を雇用する際に、学歴、職歴等その経歴を申告
させるのは、これら労働者の過去の行跡をもつて従業員としての適格性の有無を判
断し、かつは、採用後の賃金、職種等の労働条件につき、これを正当に評価決定す
るための資料を得ることにあるから、これに、所謂終身雇用制が一般化して、雇用
契約関係は労使双方の相互信頼を基調とする継続的な人間関係にまで及んでいる現
状を合わせ考えると、労働者は、雇用されるに際し、その経歴等の申告を求められ
たときには、使用者に叙上の諸点についての認識を誤らせないよう真実のそれを申
告ないし回答すべき信義則上の義務があるものというべきである。したがって、労
働者が経歴等を詐称して雇用された場合には、右信義則上の義務に違背しているの
みならず、使用者の欺岡された容態のもとにおいて、本来従業員たりえないのに従
業員たる地位を取得し、さらには、あるべきものと異なる職種賃金を得て企業内の
適正な労務配置、賃金体系等を乱していることになるから、就業規則あるいは労働
協約においてかような経歴詐称を懲戒解雇事由として規定することには、それなり
の合理的な理由と必要性があるとうべきである。
 原告は、経歴詐称は、労働契約成立過程における問題にすぎず、経営秩序を侵害
するものではないので、懲戒事由たり得ないと主張するが、上来の説示から明らか
なように、右主張は、採ることができない。
(2) 次に、前記条項にいう「重要な経歴をいつわり」とは如何たる場合をいう
かを考えるに、それは、経歴のうち、使用者の認識の有無が当該労働者の採否に関
して決定的な影響を与えるものについての秘匿又は詐称、換言すれば、労働者が真
実の経歴を申告ないし回答したならば、社会通念上、使用者において雇用契約を締
結しなかつたであろうという因果関係の存在が認められる場合をいうものと解する
のが相当である。
 原告は、重要な経歴詐称とは、単に詐称したのみでは足りず、経営秩序びん乱の
「具体的結果の発生」が要件とされるべきである旨主張する。しかし、経歴を詐称
して雇用された場合には、既にその時点において経営秩序を侵害しているものとみ
られることは上述のとおりであり、加えて、詐称の内容が重要であれば、それは労
働者の不信義性格の極めて大きな徴憑というべく、懲戒解雇事由としての客観的合
理性は優に具備されていると解されるから、原告の右主張もまた採るをえないもの
というほかはない。
2 進んで、原告の経歴等詐称行為が前記条項に該当するか否かについて検討す
る。
 前掲証人E及び同Fの各証言に徴すれば、被告における現場作業員の募集は、職
種及び同僚、上司との協調、和合などを配慮して、その学歴を前記のとおり「中卒
又は高卒」に限定したものであり、したがつて、原告についてもその申告のとおり
中学卒と信じたからこそ採用したものであり、もし真実の学歴を知らされ、東京大
学にまで入学している者であることを知つていたならば、上記観点から原告を採用
しなかつたであろうことが認めらる。この点に関する原告本人の供述は右認定を動
かすに足りないし、その他これを左右するに足る証拠はない。しかして、かような
被告の採用方針は、その職種の内容や職場における同僚、上司との人間関係に重点
を置いて定立されたもので、それなりの理由と必要性があるものと解されるから、
その帰結としての叙上のような因果関係は、社会通念に照らして首肯することがで
きる、といわねばなない。
 してみれば、右学歴秘匿のほかに職歴、家族状況の不実記載等その内容、態様の
すべてを考え合わせると、原告の入社志願書の虚偽記載は前記条項にいう「重要な
いつわり」に該当するものというべきである。
3 原告は、被告が、懲戒処分のうち論旨解雇を選択したことは裁量権の行使を誤
つたもので、解雇権の濫用にあたると主張する。
 しかして、原告本人尋問の結果によれば、原告は、被告に入社志願書を提出に当
つて、一人の現場労働者として生き抜きたいとの既述のような信条を貫くととも
に、真実の学歴、家族関係を記載すればおそらく採用されないであろうとの危惧の
もとに、本件虚偽の申告をするに至つたことが窺われ、したがつて、右申告の動機
については、原告の置かれた状況下においては、それなりに諒解し得るものがある
といえるし、また、前認定の事実に照らし、被告の行なつた原告に関する前歴等の
調査、確認には、いささか粗雑な点のあつたことも否み難いところといえる。しか
しながら、かような事情を勘案しても、原告の虚偽申告の内容、程度、それに経歴
詐称が発覚するまでの経緯、さらには、前掲甲第八号証四、成立に争いのない乙第
一〇号証、原告本人の供述により真正に成立したと認められる甲第八号証の三、四
及び証人E、同Fの各証言によつて、原告は、日本綱管造船労働組合連合会との協
定に基づきその職場で実施されている始業時間前の準備体操に参加しないなど上
司、同僚との協調性、連帯性に欠けるところが看取されるこことなど諸般の状況を
総合して判断すれば、被告において懲戒解雇を原則としている経歴詐称につき、い
わば減刑処分にあたる論旨解雇を選択したことには合理的な理由があり、これをも
つて裁量権の行使を誤つたものとは到底評価し難い。
 もつとも、被告が現場作業員として大学中退者及び短大卒業者を少数採用してい
ることは、当事者間に争いはない。けれども、前掲証人Eの証言によれば、被告
は、現場作業員の採用試験に際して、大学中退者等が自ら学歴を告知して入社を求
めてきときは、その中退等の理由に合理性が認められ、誠実に働く意欲も窺えるな
ど特に見るべき点があれば、場合により大学中退者等を採用しているのであり、こ
れは特殊、例外的なものであることが認められるのであつて、この認定を妨げるに
足る資料はない。そうとすれば、右争いのない事実も未だ前記の判断を左右し得る
事由とは解し難い。
 そして、他に被告において解雇権を乱用したと窮うに足る事情も見あたらないか
ら、この点に関する原告の主張は理由がなく、採用できない。
4 原告は、本件解雇の真の理由は、被告が原告の政治的信条もしくはその組合活
動を嫌悪したことによるものであるから、労働基準法第三条に違反するかもしくは
労働組合法第七条一項にいう不当労働行為に該当する旨主張する。
 前掲甲第八号証の四、いずれも成立に争いのない甲第三号証の三、第四号証、い
ずれも原告本人の供述により真正に成立したと認められる甲第五号証の一ないし
八、第六号証の一、二、第八号証の五、七、第九号証の一ないし八及び前掲証人
E、同Fの各証言並びに原告本人の供述を併せると、原告はかねてより所謂労使協
調路線をとる被告に労働組合の姿勢に不満を抱いていたが、昭和四六年九月二五、
二六日の両日開催された鶴見造船労働組合の定期大会に職場代議員代理として出席
した際、執行部提案の運動方針案に賛成せず、来春闘にはスト権の確立をも求める
が如き発言をしたところ、翌二七日にはF事務係長、G作業長に呼び出されて、右
のような言動の真意を問いただされたうえ、右労働組合の執行部が中枢を占めてい
る団体である「二八会」に入会するよう勧告されたりしたこと、また、昭和四七年
二月被告から勤務制度の改訂案が提示されたところ(この事実は当事者間に争いが
ない。)、原告はこれに反対して同月二〇日ごろ同志約一〇名とともに「鶴造闘う
労働者連絡会」を結成し、同年三月中旬の職場集会において、組合執行部が同月上
旬に支持する方針を示した修正案に反対して無記名投票による採決を主張し、その
結果、原告の所属する職場において右の投票制が採用されて修正案が否決されるに
至つたこと、同月二一日H機装係長が原告ら係員に対し、「四月に班がえをする。
地上艤装班と船内艤装班に分ける。」と申し述べたところ(この事実は当事者間に
争いがない。)、原告は同年四月一日のミーテイングで右班がえに反対したこと、
さらに、同月上旬からは「どたぐつ」という「鶴見闘う労働者連絡会」の機関紙を
作成配布し、かつその活動に積極的に従事してきたこと、以上の事実が認められ
る。証人Fの証言中右認定に低触する部分は前掲各証拠に照らし採用し難く、他に
これを覆すに足る証拠はない。
 右の事実によれば、たしかに原告はその主張のような活動をしていたことが認め
られ、そして、原告の上司であるG作業長、F事務係長らが原告のかような言動を
好ましく思つていなかつたであろうことは推認するに難くないから、かかる事情が
被告をして原告の両親の要請でもある原告の円満退職への途を早期に断念せしめる
ひとつの契機となつていたのではないかとも推察される。しかし、本件解雇につい
ては、前認定のとおり、既に経歴詐称が判明した直後の昭和四六年一二月一四日ご
ろ、鶴見造船所々長、同副所長、同労務部長三者の協議において原告が円満退職に
応じない場合はこれを断行する旨内部的に決定されていたものであるから、原告の
上記のよう活動は何ら本件解雇の主たる理由になつていたとは認め難く、たかだか
本件解雇断行の時期決定の一縁由にすぎなかつたものと見るのが相当である。さす
れば、上記のような活動を目して原告の主張を裏付ける有力な証左とはにわかに断
定し難く、他にも本件解雇が原告の政治的信条や組合活動を決定的要因としてなさ
れたものとみるべき事情は見あたらないから、この点についての原告の主張もまた
失当というほかはない。
5 以上の次第であるから、本件解雇はその効力を有し、したがつて、これにより
原、被告間の雇用契約関係は昭和四七年四月一四日をもつて終了するに至つたもの
というべきである。
六 よつて、本件解雇の無効を前提とする原告の本件各請求はいずれも理由がなく
失当であるので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担については民訴法八九
条を適用して、主文のとおり判決する。

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