弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中、その第二項のうち「本件公訴事実第三のうち、同第二の交通
事故について被害者を救護するなど法令の定める必要な措置を講じなかつた点につ
き、被告人は無罪」とある部分を除くその余の部分を破棄する。
     被告人を懲役八月に処する。
     原判決中破棄した以外の部分に関する本件控訴を棄却する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、検察官および弁護人がそれぞれ差し出した各控訴趣意書に記
載されたとおりであるから、これらを引用し、これに対して、当裁判所は、次のと
おり判断する。
 検察官の控訴趣意について
 所論は、原判決は、被告人が業務上の過失により自車を地車に衝突させた後、現
場において相手方自動車の運転者たるAらと事故について話し合い中、逃走しよう
と決意し、右Aが助手席ドアー附近につかまつて制止するのを振り切つて車を発進
加速し、自車につかまつていた同人を路上に転倒させ、よつて加療約二ケ月間の傷
害を負わせたと認定し、しかも右の事実は道路交通法七二条一項にいう「車両等の
交通による人の死傷」があつたときに当たるとしながら、右のように故意に人を死
傷させようとした者に対して被害者を救護するなどの措置を講ずることを一般に期
待することは困難であるから、被告人に対しては被害者を救護するなどの法令の定
める必要な措置を講ずる義務および警察官に対し法令の定める事項を直ちに報告す
る義務の違反を問うことができないと解しているが、右は、道路交通法七二条一項
の解釈適用を誤つたものであつて、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかで
ある、というのである。
 一 そこで、まず、原判示第二のAの負傷が道路交通法七二条一項にいう「車両
等の交通による人の死傷」に該当するかどうかを考えてみるのに、被告人は原判示
のようにBを過つて負傷させたのちそ<要旨第一>の場から自動車を運転して逃走し
ようと考え、そのために自動車を発進加速させた過程においてその行為によ 第一>りAを原判示のように路上に転倒負傷させたものであつて、逃走するためとは
いえ、右のように自動車が道路上を他の場所に移動する目的で走行することが「車
両等の交通」にあたることは疑いのないところであるから、その際被告人に傷害の
故意があつたかどうかにかかわりなく、これによるAの負傷が同項にいう「車両等
の交通による人の死傷」に該当することは明らかだといわなければならない。
 二 次に、本件のように行為者に傷害の故意のあつた場合、これに対し、傷害罪
のほかいわゆる救護義務に関する同条一項前段の規定違反の責をも問うことができ
るかどうかを検討するのに、この規定が負傷者の保護ばかりでなく道路における危
険防止その他交通の安全と円滑とを図ることをも目的としたものであることは所論
のとおりであり、そしてその観点だけからすれば、検察官のいうように、死傷の原
因となつた行為が故意によるものか過失によるものかを問うことなく一律にいわゆ
る救護義務を課する必要があるともいえるであろう。
 しかしながら、たとえ客観的にはそのような必要があるにしても、いやしくも人
に対し法律上の義務を課し、しかもこれを怠つた者に対して刑罰を科するについて
は、他方において行為者の側に存する事情をも考慮すべきことは当然であるから、
行為者に特別の事情の存する場合にこれを考慮して解釈上右の規定の適用を認めな
いことを妨げるものではない。ところで、いま、その死傷の原因となつた行為につ
き運転者に殺人または傷害の故意のあつた場合を考えてみると、行為者は自己の行
為によつて人の死亡または負傷の結果の発生することを意図しあるいはその発生を
容認しつつあえてその行為に出たものである。このような場合、行為者がその行為
の直後において引き続きその意図ないし容認を依然として保持し、それに対応して
生じた結果を放置しておくのは、当初から故意があつたことの自然の成り行きであ
るから、その負傷者をそのまま放置して救護の措置を講じなかつたからといつて、
そのことに対する刑罰的評価はその前段階の殺傷行為に対する刑罰的評価が当然予
想していたところであるとみるべきで、さらにこれに対し重ねて刑罰を加えるのは
相当でなく、いいかえれば、前者は後者に吸収されると解するのが相当である。そ
して、いま問題となつている道路交通法七二条一項前段所定の義務のうち負傷者の
救護を命じている部分は、まさしく当該負傷者の身体保護のためのものであ<要旨第
二>るから、右に述べた理はこの義務についても妥当する。したがつて、故意により
負傷を生ぜしめた者に対しては、原則としてこの救護義務の規定違反を
理由として処罰することはできないと解すべきであり、原判決のこの点に関する判
断は、そのかぎりにおいては正しいといわねばならない。
 もつとも、さらによく考えてみると、右に述べたように、殺人または傷害の故意
のあつた行為者に救護義務の規定の適用が否定されるのは、その者が当該結果の発
生を意図しまたは容認していたことによるのである。
 それゆえ、その行為から生ずる結果が当初意図または容認したところを越えてよ
り重くなるおそれがあるような場合には、その重い結果についてその発生を防止す
る義務をその者に負わせることを妨げるものではない。
 すなわち、これによれば、初めから殺人の故意をもつて人を傷害した場合には救
護義務を認める余地はないが、傷害の故意をもつてしたにすぎない者については、
その傷害により死の危険が発生した場合には、死の結果発生防止のため当該負傷者
を救護する義務をその者に負わせても、当該傷害行為が故意をもつて行なわれたこ
ととなんら矛盾するものではないから、そのかぎりにおいては道路交通法の救護義
務の適用があると解すべきである。
 ところで、本件についてこれをみるに、被告人が傷害の未必の故意をもつて被害
者Aに与えた傷害は後頭部打撲傷を含む全治までに約五〇日間を要するかなり重い
ものであるが、しかしこれを救護しなければ死に至る危険のある状態であつたこと
は十分明らかであつたとは認め難いところであり、また、道路における危険防止等
の必要な措置についても、はたしてその必要があつたかどうかは証拠上明らかでな
いので、その点の義務違反も確認することができない。そうしてみると、前に述べ
たところにかんがみれば、本件の場合被告人にAに対する傷害事故に関し、「負傷
者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講」ずる義務違反の罪の
証明があつたものとはとうていいい難く、その成立を否定した原判決は、その点に
関するかぎり正当であつたといわざるをえない。
 なお、付言すれば、前述したところからすると、傷害の故意をもつて人を負傷さ
せたときでも、その現に生じた負傷の程度いかんによつてはこれを救護しなければ
ならない義務を負う場合があるわけであり、その傷害の程度はこれをよく観察しな
ければ判明しないのが通常である。したがつて、行為者としてはそのような場合少
なくとも負傷の程度を確認する義務はあり、そのためには道路交通法七二条一項前
段中の「直ちに車両等の運転を停止」する義務を負うのではないか、という問題が
ないわけではない。しかしながら、本件の訴因をみるのに、「被害者を救護するな
ど法令の定める必要な措置を講じなかつた」とあるだけで、右の不停止の点は訴因
とされていないと認められるので、この問題にはこれ以上立ち入らないこととす
る。
 これを要するに、いわゆる救護義務違反の点に関する検察官の論旨は理由なきに
帰する。
 三 次に、進んで同条一項後段のいわゆる報告義務の点について考えてみるに、
この点についての第一の問題は、故意に人を傷害した者に報告義務を課するのは憲
法三八条一項のいわゆる自己負罪の特権を侵害することにならないかということで
ある。しかし、道路交通法七二条一項後段は当該事故発生の日時、場所、死傷者の
数、負傷者の負傷の程度、損壊した物および損壊の程度、講じた措置などの報告を
求めているだけで、いやしくも事故発生者が刑事責任を問われるおそれのある事項
の報告を求めていないのであるから、自己の犯罪事実そのものの申告を義務つける
という意味において憲法三八条一項に違反するものではないし(昭和三七年五月二
日最高裁判所大法廷判決〔刑集一六巻五号四九五頁〕および同四五年七月二八日同
裁判所第三小法廷判決〔刑集二四巻七号五六九頁〕参照)、また、その報告が間接
に犯罪発覚の端緒を与えるおそれがあることは否定しえないにしても、本来公共の
施設である道路を走行し歩行者や他の車両等に重大な危害を及ぼす危険を伴う自動
車運転という行為をみずからあえてする者としては、社会に対しこれに相応する義
務を負担するのは当然であるから、自己負罪の特権に右の程度の制限を受けること
があつてもやむをえないとしなければならな<要旨第三>い。それゆえ、道路交通法
七二条一項後段は憲法三八条一項に違反するものとはいえず、そのことは当該交
事故が過失によつて生じたか故意行為によつて生じたかにより異なる
ところではないので、この点は被告人の報告義務を否定する理由とはならない。
 次に考えられるのは、過失により人身事故を発生させた者に比し、故意によりこ
れを生じさせた者はその場から逃走しようとするのがより人情の自然であるから、
これに対し報告義務違反の責を重ねて問うのは酷であり、むしろその違反に対する
制裁はその前提となつた傷害罪に対する処罰の中に吸収されると解すべきではない
か、ということである。しかしながら、同じことは程度の差こそあれ過失による事
故発生の場合にもいえることで、そこに質的な相違があるとまでは考えられない
し、かりに逃走が人情の自然だとしてみても、報告はなんらかの方法でこれをすれ
ば足りるのであるから、逃走と報告とが矛盾する行為であるともいえない。また、
前述のように自動車運転者が自己の行為のもつ危険性に相応する義務を負担しなけ
ればならないとの考えからすれば、この場合報告義務違反を別に処罰の対象とする
ことが酷に過ぎるということもできない。
 そうしてみると、被告人に対しAを負傷させた交通事故との関係で報告義務違反
を認めなかつた原判決は失当であることになるから、論旨はその限りにおいて理由
があり、原判決はこの点において破棄を免れない。
 よつて弁護人の量刑不当の控訴趣意に対して判断するまでもなく、刑事訴訟法三
九七条一項、三八〇条により原判決二項のうち「本件公訴事実第三のうち、同第二
の交通事故について被害者を救護するなど法令の定める必要な措置を講じなかつた
点につき、被告人は無罪」とある部分を除き、原判決のその余の部分を破棄したう
え、同法四〇〇条但書の規定に従い、さらに自ら次のように判決する。 (罪とな
るべき事実)
 原判示事実の次に、「第四、前記第二記載の日時と場所で前記のようにAを負傷
させる交通事故があつたのに、右事故発生の日時、場所など法律に定める事項を直
ちにもよりの警察署の警察官に報告しなかつた。」を加える。
 (証拠の標目)省略
 (法令の適用)
 被告人の原判示所為のうち第一の点は刑法二一一条前段、昭和四七年法律第六一
号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号(刑法六条、一〇条による)、第
二の点は同法二〇四条、昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法
三条一項一号(刑法六条、一〇条による)、第三の一の点は道路交通法七二条一項
前段、一一七条、第三の二および第四の点は各同法七二条一項後段、一一九条一項
一〇号に該当するので、所定刑のうち各懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の
併合罪であるので、同法四七条本文、一〇条により最も重い原判示第二の傷害罪の
懲役刑につき併合加重をした刑期範囲内で処断すべきところ、(イ)被告人は原判
示のごとく交通整理の行なわれていない交差点を直進しようとした際、対向の信号
が赤色の点滅を表示していたのに、一時停止もせず、左右の確認もしないで進行し
たために自車を相手車に衝突させ、その結果相手車に同乗していたBに対し加療約
一五日間の傷害を負わせ、(ロ)さらにその場から自車を発進させて逃走しようと
したが、これを阻止するため被告人車の助手席付近に手をかけていた相手車の運転
者たるAが転倒負傷するかも知れないと考えたにもかかわらず、あえて発進してA
を路上に転倒させて全治約五〇日間の傷害を負わせ、(ハ)前記Bに対する救護な
どの義務を怠り、またB、Aに関する各人身事故に対する所定の報告を怠つたので
あるから、犯情は軽くないことに加えて、被告人には道路交通法違反罪による罰金
三回の前科のあることを勘案すると、被告人側に有利な諸事情を斟酌しても、原判
決と同一の懲役八月に処するを相当とせざるをえない。
 なお、原判決のうち、Aに対する人身事故について同人を救護するなど法令の定
める必要な措置を講じなかつた点につき無罪を言渡した部分は相当であり、これを
非難する検察官の控訴趣意は理由がないことすでに説示したとおりであるから、刑
事訴訟法三九六条によりこの部分に関する控訴を棄却することとし、主文のとおり
判決する。
 (裁判長裁判官 中野次雄 裁判官 藤野英一 裁判官 粕谷俊治)

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