弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を次のとおり変更する。
     控訴人Aは、被控訴人に対し、別紙目録記載の(1)の家屋の明渡をせ
よ。
     控訴人Bは、被控訴人に対し、別紙目録記載の(2)の家屋の二階部分
の明渡をせよ。
     訴訟費用は、第一、二審とも控訴人等の負担とする。
     この判決は、被控訴人において控訴人Aに金八万円、同Bに金四万円の
各担保を供したときは、仮に執行することができる。
         事    実
 控訴人Aの代理人および控訴人Bは、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄
却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、
被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。
 当事者双方の事実上の陳述および証拠関係は、
 被控訴代理人において、「控訴人Bが控訴人Aから別紙目録記載の(2)の家屋
の二階部分を転借した事実は認めるが、この転貸借について訴外Cが承諾を与えた
との点は、不知。別紙目録記載の(1)および(2)の家屋(以下、「本件家屋」
という。)に対して訴外株式会社大阪銀行がその根抵当権の実行として競売を申し
立てたのは昭和二八年九月一二日、競売手続開始決定がされたのは同年九月一四
日、右決定にもとづき競売申立の登記がなされたのは同年九月一八日である。控訴
人Aと競落人Dとの間にあらたに本件家屋の賃貸借が成立したとの点は否認する。
しかして、本件家屋に関する訴外Cと控訴人Aとの賃貸借契約は、訴外大阪銀行の
根抵当権設定登記後に、期間の定めなくして締結されたものであるから、民法第三
九五条の規定の適用はなく、抵当権者および競落人に対抗しえないものであるが、
仮に期間の定めない賃貸借にも同条の規定の適用があるとしても、その賃貸借を抵
当権者(従つてまた競落人)に対抗することができるのは、民法第六〇二条第三号
に定める三年の期間内に限られると解されるし、競売手続開始決定により差押の効
力が生じた後は、契約の更新をもつて抵当権者や競落人に対抗することはできない
から、右賃貸借契約が締結されてから三年を経過したことが明らかな現在において
は、控訴人等は、本件家屋の競落人からその所有権を取得した被控訴人に対して、
賃借権または転借権を主張することができない。なお、本件家屋は、原判決後、分
筆の結果、建物の表示が別紙目録のとおり変更されたので、請求の趣旨を変更す
る。」
 と述べ、甲第一号証および第二号証を合わせて甲第一号証とし、乙第七ないし第
一〇号証の各一、二の成立を認め、乙第一一号証は不知と述べ、乙第六号証の成立
を認めると訂正し、
 控訴人Aの代理人および控訴人Bにおいて「訴外Cが本件家屋につき被控訴人主
張のとおり根抵当権を設定してその登記を経たこと、本件家屋につき被控訴人主張
のとおりに競売手続が進められて競落されたことは、いずれも認める。」控訴人A
の代理人において「控訴人Aは、競落人Dの承諾のもとに引き続き本件家屋を賃借
しているものである」、控訴人Bにおいて「被控訴人は控訴人等が本件家屋に居住
していることを知り、その立退費用を考慮に入れてそれだけ安い代金で買い取つた
ものであるから、控訴人に代替家屋の提供またはそれに相当する立退料を支給すべ
きである」と述べ、控訴人両名において、乙第七ないし第一〇号証の各一、二、第
一一号証を提出し、控訴人本人Aの尋問の結果を援用したほか、原判決の事実摘示
のとおりであるから、これを引用する。
         理    由
 一 本件家屋(但し、分筆前の表示は大阪市福島区ab丁目c番地の一家屋番号
同町第d番のe、木造瓦葺二階建居宅一棟建坪一八坪四合九勺二階坪一九坪六勺)
は、もと訴外Cの所有であつたが、同人は、訴外株式会社大阪銀行(のちに住友銀
行と改称)に対し、右家屋につき根抵当権を設定し、昭和二六年一一月二九日その
登記を経た。同銀行は、右根抵当権の実行として、昭和二八年九月一二日大阪地方
裁判所に本件家屋の競売を申し立て、同裁判所は、同月一四日競売手続開始決定を
し、同月一八日右決定にもとずいて競売申立の登記がされた。その後、右競売手続
は進められ、昭和三〇年一〇月二二日訴外Dか競落して本件家屋の所有権を取得
し、昭和三一年五月八日所有権移転登記を経た。以上の事実は、当事者間に争がな
い。
 二 被控訴人が昭和三一年五月三一日右Dから本件家屋を買い受け、同年一一月
二六日その登記を経、その後別紙目録記載の(1)(2)のとおり分筆登記したこ
とは、控訴人等が明らかに争わないところであり、本件家屋のうち、別紙目録記載
の(1)の家屋を控訴人Aにおいて、また、(2)の家屋の二階部分を控訴人Bに
おいて、それぞれ占有使用していることは、当事者間に争のないところである。
 三 控訴人等は、右占有が賃借権および転借権にもとづくものであると主張する
から、まずその点について判断する。
 1 成立に争のない乙第二号証、第四号証の一ないし三、原審における証人Cの
証言によつて成立を認められる乙第五号証、弁論の全趣旨により真正に成立したも
のと認める乙第三号証と右証人Cの証言、当審における控訴人本人A(一部)の尋
問の結果を綜合すると、次の事実を認めることができる。
 訴外Cが本件家屋に大阪銀行を抵当権者とする前記根抵当権を設定した当時、本
件家屋は、同人およびその夫Eにおいて、これを工場として使用していたが、E
は、同銀行との取引に関連して、同銀行の処置に不満を抱くところがあり、その根
抵当権の実行に支障を生じさせようという気持もあつて、あえて、本件家屋の自己
使用を廃することとし、昭和二八年三月二八日頃、右EがCの代理人として、控訴
人Aとのあいだに賃貸借契約を締結した。右契約によると、賃料は当分のあいだ月
七、〇〇〇円とし、賃貸借の期間の定めはなく、また、賃借人は、当該家屋を他に
転貸しまたは賃借権を第三者に譲渡することができるものとされていた。そして、
控訴人Aは、同日頃、約定による権利金三〇万円を払つて、Cから本件家屋の引渡
を受け、それ以来、これを使用して来た。その後、昭和二八年一〇月一二日頃、控
訴人Aは、右契約条項にもとづいて、本件家屋のうち、別紙目録記載の(2)の家
屋の二階部分を控訴人Bに転貸し(転貸借の事実そのものは、当事者間に争がな
い。)、それ以来、該部分は、同人において占有使用して来た。
 以上の事実を認めることができる。当審における控訴人Aの供述中、右認定に反
する部分は、前記の証拠と対比して、採用することができないし、他に右認定をく
つがえすべき証拠はない。
 <要旨>2 そこで、問題は、家屋に対する抵当権の設定登記後に成立し、当該家
屋の引渡により一般的対抗要件をそなえた家屋賃貸借が、期間の定めないも
のである場合、右賃借権は、抵当権者、従つてまた、競落人に対してのような効力
を有するか、ということである。抵当権登記後成立した賃貸借の効力については、
民法第三九五条の規定するところであつて、同条によると民法第六〇二条に定めた
期間をこえない、いわゆる短期賃貸借かぎり、抵当権者(従つて、また競落人)に
対抗することができるものとされているのであるから、結局、この規定の解釈が問
題の中心になるわけである。
 ところで、この規定は、抵当権と賃借権相互間の対抗力に関する規定であり、公
示方法の先後によつて権利の優先を決する民法の原則に対するほとんど唯一の例外
として、賃借権が抵当権におくれて公示方法をそなえた場合でも民法第六〇二条に
定める一定の短い期間に限つて賃借権の対抗力を優先させることをもつて、価値権
と利用権との調和をはかつたものと解せられる。この点において、賃貸借の解約申
入または更新拒絶に正当事由を要するものとした借家法の規定は、賃貸借契約の当
事者間の規整のみを目的としたものであるから、前記規定は借家法の右規整によつ
て影響をうけるべき筋合いではないし、また借家法上の右規整を対抗力に関する右
規定の揚に持込むべきではない。従つて、期間の定めない賃貸借が借家法の右規整
の影響をうけて民法第六〇二条所定の期間をこえる長期賃貸借(これが抵当権者に
全然対抗力を有しないかどうかは別として)の部類に入ることを前提とする被控訴
代理人の所論は、当裁判所の採用しないところである。
 かような視点から右規定の適用として抵当権設定後に成立した各種の賃貸借の対
抗力を考えてみるのに、まず、いわゆる長期賃貸借(民法第六〇二条に定めた期間
をこえる賃貸借)の効力については、説のわかれるところであつて、かような賃貸
借は、抵当権者に対しては全然対抗力を有しないという見解も、きわめて有力であ
るが、対抗力を有するという見解をとるものにあつても、その対抗力は、次にのべ
る短期賃貸借の限度にかぎられている。つぎにいわゆる短期賃貸借が抵当権者に対
して対抗力を有することは、もとよりであるが、その対抗力も、原則として、当初
定められた賃貸借期間を限度とするものであり、とくに、抵当権の実行が開始さ
れ、差押の効力が生じた後は、期間の更新をもつて抵当権者に対抗することができ
ないものと解さざるをえない。(もしそのように解さないと短期賃貸借は長期賃貸
借よりも有利であるということになつて、均衡を失する。)そして、かように解す
るときは、差押の効力発生後、民法第六〇二条に定める期間を経過したときは、抵
当権登記後に成立した短期賃貸借は、すべて当然に抵当権者(従つてまた競落人)
に対する対抗力を失うわけであり、長期賃貸借も前述のとおり、短期賃貸借以上の
対抗力を有するものではないから、少くとも右の期間を経過した後は、当然に抵当
権者(従つてまた競落人)に対する対抗力を失うこととなる。しかるに、もし、ひ
とり期間の定めのない賃貸借のみ無制限に、抵当権者(従つてまた競落人)に対す
る対抗力を有するとすれば、きわめて均衡を失することとならざるをえないのであ
つて、短期賃貸借および長期賃貸借との均衡上、期間の定めのない賃貸借もまた民
法第六〇二条に定める期間を限つて対抗力を有し、右期間が競売開始による差押の
発効後に経過するときはもはや対抗しうる期間の伸長を認める余地はないものと解
すべきである。
 3 これを本件について見ると、控訴人Aが本件家屋を賃借したのは、前に認定
したとおり、大阪銀行の抵当権設定登記後の昭和二八年三月二八日頃であり、右抵
当権の実行による差押の効力が生じたのが同年九月一八日競落による所有権移転登
記のなされたのが昭和三一年五月八日であつて、右賃借後競売手続中にすでに民法
第六〇二条第三号の三年を経過したことは明らかであるから、控訴人Aの賃借権
は、抵当権者、従つてまた競落人たる訴外鹿嶽に対抗することはできず、その特定
承継人たる被控訴人に対抗することができないものといわなければならない。控訴
人Bの転借権は、控訴人Aの賃借権を基礎とするものであるから、後者が対抗力を
有しないものである以上、前者もまた対抗力を有しないものであることは、当然で
ある。
 四 控訴人Aは、本件家屋の競売手続が完了した後、競落によりその所有権を取
得した訴外Dと同控訴人との間に、本件家屋についてあらたに賃貸借が成立し、こ
れが被控訴人と同控訴人との間に承継された旨主張するが、控訴人Aの全立証によ
つても、かような事実を認めることはできず、かえつて、原審における証人Dの証
言および当審における控訴人Aの尋問の結果によると、控訴人Aの主張するような
あらたな賃貸借は成立しなかつたことを認めるこがてきる。成立に争のない乙第七
ないし第一〇号証の各一、二、前記鹿嶽証人の証言により成立の認められる乙第一
号証および真正に成立したものと認める乙第一一号証によると、右鹿嶽は昭和三二
年二月八日、控訴人Aが本件家屋の昭和三一年四月八日から同年一一月二五日まで
の分の家賃金として供託した金五万三、一九一円を受領したうえ、「大阪地方裁判
所昭和二十八年(ヶ)第一八六号不動産競落拙者所有期間中昭和三十一年四月八日
以降分同年五月より拾月迄分及同拾壱月弐拾五日迄の家賃金として前所有者C対貴
殿間の賃貸契約に基き承継し茨木法務局出張所に供託相成有りたに付正に受取りま
した」という「家賃金領収証」を控訴人Aに交付していることを認めることができ
るが、原審における証人Dの証言とあわせ考えると、訴外鹿嶽は、本件家屋を被控
訴人に譲渡し、その登記を経て、右賃貸借契約の存否につきみずから直接の利害関
係を有しなくなつた後、自己の所有期間に属する部分の対価として右金員を受領す
るために、賃貸借承継の合意をしたものであることを認めることができるのであつ
て、所有権移転後に旧所有者が居住者とした合意が新所有者に効果を及ぼす筋合い
はないから、これらの証拠は、前記認定をくつがえす資料となしえない。従つて、
控訴人Aの右の主張は、理由がない。
 五 控訴人Aの権利濫用の抗弁および控訴人Bの信義則違反ないし権利濫用の趣
旨の抗弁については、いずれも控訴人等の主張事実をもつてしては被控訴人の本訴
明渡請求を権利濫用ないし信義則違反と認めるべきなんらの事由も存しないから、
控訴人等の右抗弁は採用することができない。
 六 以上のとおり、控訴人等は、本件家屋を占有すべき正当な権限を有しないか
ら、それぞれその占有する部分の明渡を求める被控訴人の本訴請求は正当であつ
て、これを認容すべく、これと同趣旨の原判決は正しいのであるが、ただ本件家屋
の表示が変更された関係から原判決を変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第
八九条、第九三条第一項本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文
のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 沢栄三 裁判官 木下忠良 裁判官 寺田治郎)
         物 件 目 録
 (1) 大阪市福島区鷺州南b丁目c番地の四地上
      家屋番号 同町第d番の三
      木造瓦葺二階建二戸建住宅
        建 坪   八坪八合八勺
        二階坪   九坪四合三勺
 (2) 同所c番地の三地上
      家屋番号 同町第d番のe
      木造瓦葺二階建二戸建住宅
        建 坪   九坪六合一勺
        二階坪   九坪六合三勺

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