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平成14年(行ケ)第345号 審決取消請求事件
平成15年11月11日口頭弁論終結
            判    決
        原   告    三工機器株式会社
      訴訟代理人弁護士 生 田 哲 郎
      同        山 田 基 司
      同        山 崎 理恵子
      同        高 橋   淳
      同        池 田 博 毅
        訴訟代理人弁理士 松 井   茂
        被   告    日特エンジニアリング株式会社
      訴訟代理人弁理士 後 藤 政 喜
      同        松 田 嘉 夫
      同        藤 井 正 弘
      同        飯 田 雅 昭
      同        三 田 康 成
            主    文
    原告の請求を棄却する。
    訴訟費用は原告の負担とする。
        事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
 特許庁が無効2001-35447号事件について平成14年5月31日に
した,特許第2813556号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする
との審決を取り消す。
   訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
 主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実等
1 特許庁における手続の経緯
  原告は,発明の名称を「ステータコアへの巻線装置」とする特許第2813
556号の特許(平成7年3月14日出願(以下「本件出願」という。),平成1
0年8月7日設定登録。以下「本件特許」といい,その発明を「本件発明」とい
う。請求項の数は1である。)の特許権者である。
 被告は,本件特許を請求項1に関して無効にすることについて審判を請求し
た。
 特許庁は,この請求を無効2001-35447号事件として審理し,その
結果,平成14年5月31日,「特許第2813556号の請求項1に係る発明に
ついての特許を無効とする。」との審決をし,審決の謄本を同年6月13日に原告
に送達した。
2 特許請求の範囲((イ)ないし(ニ)は,審決に合わせて便宜上付した記号
である。別紙図面A参照。)
「【請求項1】
(イ) 一方から導入した導線を他方に設けたノズル(15a)から供出する
ガイド筒(12)と, このガイド筒(12)を軸方向へ往復動作させる往復動作
部(16)と,このガイド筒(12)を軸周方向へ設定角度揺動させる揺動部(1
7)とを備え,
(ロ) ステータコア(1)に上記ノズル(15a)を臨ませると共に上記ガ
イド筒(12)の往復動作及び揺動により上記ノズル(15a)から供出する導線
(4)をステータコア(1)の内歯(2)に巻付けてコイルを形成するステータコ
アへの巻線装置において,
(ハ) 上記揺動部(17)は,上記ガイド筒(12)に直交する方向へ配設
され,上記往復動作部(16)と同期回転するカム軸(24)と,このカム軸(2
4)の外周に周回状に形成されたリブ状のカム(26)と,上記ガイド筒(12)
の軸方向移動を許容し,上記ガイド筒(12)の回転に対して係合するように,上
記ガイド筒(12)の外周に配置された揺動スリーブ(23)と,この揺動スリー
ブ(23)に二股をなして取付けられ,上記リブ状のカム(26)をバックラッシ
0の状態で挟持するカムフォロワ(27)とで構成されており,
(ニ) 上記カム(26)は,上記ガイド筒(12)を揺動させるカム曲線部
(26a)と,反転の際に一旦揺動を停止させるカム直線部(26b)とを連続さ
せて周回状に形成した形状をなし,上記カム直線部(26b)に上記カムフォロワ
(27)が位置したときに,上記ノズル(15a)が上記ステータコア(1)の内
溝(3)内を通過するように設定されていることを特徴とするステータコアへの巻
線装置。」
3 審決の理由
 別紙審決書写しのとおりである。要するに,本件発明は,特開平5-643
98号公報(本訴甲第3号証,審判甲第1号証。以下「刊行物1」という。)に記
載された発明(以下「引用発明1」という。審決がいう「甲第1発明」である。別
紙図面B参照。),及び,特開平2-305765号公報(本訴甲第4号証,審判
甲第2号証。以下「刊行物2」という。)に記載された発明,特開平3-4074
1号公報に記載された発明,実公昭63-12269号公報(本訴甲第6号証,審
判甲第4号証。以下「刊行物4」という。)に記載された発明(以下「引用発明
4」という。審決がいう「甲第4発明」である。),特公昭63-65465号公
報(本訴甲第7号証,審判甲第5号証。以下「刊行物5」という。)に記載された
発明(以下「引用発明5」という。審決がいう「甲第5発明」である。)に基づき
当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件特許は,特許法29条2
項に違反して特許されたものであるから,無効とすべきである,とするものであ
る。
 審決が,上記結論を導くに当たり,本件発明と引用発明1との一致点及び相
違点として認定したところは,次のとおりである。
一致点
「(イ)一方から導入した導線を他方に設けたノズルから供出するガイド筒
と,このガイド筒を軸方向へ往復動作させる往復動作部と,このガイド筒を軸周方
向へ設定角度揺動させる揺動部とを備え,
(ロ)ステータコアに上記ノズルを臨ませると共に上記ガイド筒の往復動作及
び揺動により上記ノズルから供出する導線をステータコアの内歯に巻付けてコイル
を形成するステータコアへの巻線装置。」
相違点
「揺動部の構成として,本件特許発明が「(ハ)上記揺動部は,上記ガイド筒
に直交する方向へ配設され,上記往復動作部と同期回転するカム軸と,このカム軸
の外周に周回状に形成されたリブ状のカムと,上記ガイド筒の軸方向移動を許容
し,上記ガイド筒の回転に対して係合するように,上記ガイド筒の外周に配置され
た揺動スリーブと,この揺動スリーブに二股をなして取付けられ,上記リブ状のカ
ムをバックラッシ0の状態で挟持するカムフォロワとで構成されており」の構成を
備えているのに対し,甲第1発明が「上記回動部は,ガイド筒19と直交し,かつ,
往復動部と同期して回転するカム軸28を備え,該カム軸28には円筒カム30が取
り付けられ,前記ガイド筒19にスプライン嵌合するピニオン22にラック32が噛み
合い,ラック32にピン33を介して取り付けたコロ34が円筒カム30のカム溝3
1に嵌合してなり」の構成である点」(以下「相違点1」という。)
「本件特許発明がカムの形状として「(ニ) 上記カム(26)は,上記ガイ
ド筒(12)を揺動させるカム曲線部(26a)と,反転の際に一旦揺動を停止さ
せるカム直線部(26b)とを連続させて周回状に形成した形状をなし,上記カム
直線部(26b)に上記カムフォロワ(27)が位置したときに,上記ノズル(1
5a)が上記ステータコア(1)の内溝(3)内を通過するように設定されている
こと」の構成を備えているのに対し,甲第1発明はノズルがステータコア上下端の
外方部分において,溝37aと37b間を移動するための構成を備えているもの
の,円筒カム30を用いているために,本件特許発明におけるこのような構成を備え
ていない点」(以下「相違点2」という。)
第3 原告主張の審決取消事由の要点
 審決は,相違点1及び2についての判断を誤り(取消事由1,2),本件発
明の顕著な作用効果を看過したものであって(取消事由3),これらの誤りがそれ
ぞれ審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消される
べきである。
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)
(1)引用発明5及び周知技術認定の誤り
 審決が,引用発明5について,「ローラギヤカム10の周回状に形成した
リブ9」(審決書8頁4行~5行)を有すると認定したのは誤りである。
 引用発明5のローラギヤカム10のリブ9は,刊行物5の第3図から明ら
かなように,周回状には形成されておらず,リブ9の両端が分離したものである。
引用発明5では,このようにリブ9の両端が分離しているため,そのカム機構は,
駆動軸2が同一方向に回転する限り,入力軸11が一方向に間欠回転することしか
できず,本件発明における「ガイド筒(12)を軸周方向へ設定角度揺動させる揺
動部(17)」の揺動駆動機構としては利用することができないのである。
 グロボイダルカムあるいはローラギアカムを利用した揺動回転機構は,刊
行物4,刊行物5に記載されており,本件出願前において,公知であったことは認
められる。しかし,これらのカムは,板カム,円筒カムのように当業者に汎用され
ていた周知のカムとはいい難く,むしろ限られた分野においてしか利用されていな
い特殊なカムであったというべきである。審決が,「カム機構を用いて回転運動を
直交する軸の回動運動に変える機構として,一方の軸に設けたリブ状のカムと,前
記リブ状のカムのテーパ部分を挟持するように二股状に設けられたカムフォロワを
直交する他方の軸に取付たものは,グロボイダルカム(あるいはローラギアカム)
として甲第4,5号証及び請求人が弁駁書で提示した参考資料(特開昭55-49
78号公報)に記載のように周知のものであり」(審決書9頁4段)と認定したこ
とは誤りである。
(2)引用発明4の評価の誤りと相違点1についての判断
 審決は,相違点1について,次のとおり認定判断した。
「甲第4号証(判決注・刊行物4)には,グロボイダルカム等を用いて出
力軸を往復動及び回動させる装置として,「回転運動と往復運動の複合運動を行う
ように支持された出力軸9に対して,回転運動を行う機構が,前記出力軸9に直交
する方向に入力軸2が設けられ,この入力軸2の外周面にはテーパリブ3aを周回
状に形成したグロボイダルカム3が設けられ,出力軸9に対して軸方向に摺動自由
であり,かつ回転方向にスプライン係合する従節ターレット11に,前記テーパリ
ブ3aを両側から挟持する一対の二股をなすカムフォロワー12が設けられ,グロ
ボイダルカム3のテーパリブ3aは出力軸9(カムフォロワー12)を回転させる
曲線部分と,出力軸の回転を停止させる直線部分とが連続して周回状に形成された
カム装置」が記載されている。
 そして,巻線装置においても,より高速化,低振動化,高耐久性等の性
能向上は,当然の技術課題にすぎないと認められ,しかも,一般に,装置を改良し
ようとする際,同じ分野に限らず,用途・機能等何らかの点で共通する種々の分野
からより適するものを採用すべく試行錯誤することは当然の創作活動にすぎず,甲
第4号証の発明の「カム装置」は運動変換機構を用いた一般的な機械の技術分野で
あり,また甲第5号証に記載の「自動工具交換装置」も工作機械の一分野であって
運動変換機構を応用する分野として知り得ない分野でもない。したがって,このよ
うな装置における構成を,巻線装置に採用することに関して格別に阻害される理由
も存在しない。
 したがって,甲第1発明における巻線装置においても,性能を高めるた
めに,ノズルの回動部に代えて,回動機構として周知の機構であるグロボイダルカ
ムを用いている上記甲第4発明の回動機構を用いることは,当業者が容易に考えら
れるものと認められる。」(審決書9頁4段~10頁2段)
 しかし,審決のこの認定判断は,誤りである。
(ア)刊行物4に開示された自動工作機械という一般的な機械の技術分野と,
本件発明のステータコアへの巻線装置(以下,「ステータコアへの巻線装置」を単
に「巻線装置」という。)という特殊な機械の技術分野とを,同じ技術分野である
ということはできない。発明の進歩性の判断において,技術分野が同じかどうかを
検討する場合に,引用例が一般的な機械の技術分野における技術を開示しているこ
とを根拠にして,巻線装置という特殊な機械の技術分野の発明について,引用例に
記載された技術を適用することが容易であるとすることはできない。
  引用発明4の工作機械は,自動工具交換装置などにおける使用を意図し
たものである。この装置におけるローラーギヤカムは,アーム軸及びアームに直進
及び回転の複合運動をさせて,工具の交換動作を行うスイングアーム式ATCに利
用されていて,本件発明や引用発明1の巻線装置とは,その構造も動作も適用分野
も異なる。このように,引用発明4の自動工作機械は,本件発明や引用発明1の巻
線装置とは,その構造や動作や適用分野が異なるのであるから,引用発明4の自動
工作機械で問題とされる技術的な課題と,本件発明や引用発明1の巻線装置におい
て問題とされる技術的な課題とは,当然に相違する。したがって,引用発明1に引
用発明4のグロボイダルカムを利用したカム機構を採用すべき動機付けは,どこに
もない,というべきである。
  巻線装置において,仮に審決がいうとおり,高速化,低振動化,高耐久
性等の性能向上が当然の技術的課題であったとしても,刊行物4あるいは刊行物5
のいずれにも,高速化,低振動化,高耐久性等の性能向上に関する課題や,その課
題を達成するための具体的な手段については何も記載されていない。また,巻線装
置は,カム機構だけでできているわけではなく,高速化,低振動化,高耐久性を達
成するための構成要素については,カム機構以外にも様々な構成要素が考えられ
る。巻線装置において,高速化,低振動化,高耐久性等の性能を向上させるために
は,どこの構成要素を改良すればよいのかについて,刊行物2ないし刊行物5には
何も記載されておらず,そのような各刊行物の記載からは,高速化,低振動化,高
耐久性等の性能を向上させるために,導線を導入するガイド筒を揺動させるための
カム機構を改善しなければならないという発想は生じず,導線を導入するガイド筒
を揺動させるためのカム機構として最適なものを採用すべく試行錯誤するというよ
うな発明の動機付けがなされるとは考えられない。
(イ)仮に,引用発明1の巻線装置に,引用発明4の自動工作機械におけるカ
ム装置を適用するとの発想をすることが可能であるとしても,当業者が,引用発明
1の巻線装置と引用発明4のカム装置との組合せを考慮し,本件発明の巻線装置の
構成に到達するためには,次のとおり困難な問題があり,更なる自明ではない創作
性や工夫が必要とされるのである。当業者が本件発明を容易に想到し得たというこ
とはできない。
(a)引用発明4のカム装置の出力軸は,その下端がハウジングで覆われて
いて導線を通す構造とはなっていない。したがって,これをこのままで本件発明の
ガイド筒(12)とは同視することはができない。引用発明4のカム装置の出力軸
の動作を,巻線装置のガイド筒の動作とどのように結びつけるかという点での工夫
ないし発想が必要である。
(b)刊行物4には,確かに,グロボイダルカムを利用した揺動運動と往復
運動とを複合させて行うユニット化された装置が開示されている。しかし,そのう
ち巻線装置に適用することができる部分は,揺動運動機構だけである。引用発明4
のユニット化されたカム装置をそのまま巻線装置に適用することができるわけでは
ない。
(c)引用発明4のカム装置は,揺動運動と往復運動とを複合させて行うこ
と自体はできる。しかし,出力軸の軸方向に往復移動量を大きく確保することが困
難である。また,引用発明4のカム装置を巻線装置に適用した場合には,ステータ
コアの厚さが変更されるたびにカムの交換が必要となるため,引用発明1の巻線装
置の駆動機構として,これをそのまま組み込むことはできない。
 したがって,巻線装置の当業者が刊行物4を見たとしても,そこに示
されているユニット化したカム装置のうち,揺動機構の構成要素だけに着眼しない
限り,このカム装置を引用発明1の巻線装置における導線のガイド筒の揺動機構に
利用するという発想はおよそなされなかったはずである。
(d)仮に,引用発明4のカム装置の揺動機構を引用発明1の巻線装置に適
用するとしても,その場合には,引用発明4のカム装置の出力軸に,引用発明1の
ギヤやリンクなどの連動機構を設けて,これらの連動機構を介して,ガイド筒に伝
えるという手段が採用される可能性が高い。すなわち,この場合にも,ガイド筒の
外周にスプライン嵌合させた揺動スリーブを装着し,この揺動スリーブにカムフォ
ロワーを取付けて直接カムに当接させるという発想が直ちになされるということに
はならない。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)
 相違点2に係る本件発明の構成は引用発明4から容易に想到し得た,との審
決の判断は,上記のとおり,引用発明1に引用発明4を組み合わせて考慮すべき動
機付けが全くないこと,引用発明1におけるカム機構として引用発明4におけるカ
ム機構を採用することが更なる創作性や工夫を必要とするものであることを考慮す
ると,誤りであることが明らかである。
 刊行物4の第3図に記載された揺動回転と上下動のタイミングチャートは,
上下動をしているときに揺動も行われる動作となっており,本件発明の巻線装置の
ガイド筒の動作には適合しない。すなわち,刊行物4の実施例で記載された上下揺
動機構は,そのままでは巻線装置のガイド筒の動作に適用することができないもの
である。この点においても,審決の上記判断が誤りであることが明らかである。
3 取消事由3(本件発明の顕著な効果の看過)
 審決は,「以上のとおり,本件特許発明と甲第1発明との相違点に係る構成
は格別なものではなく,本件特許発明により得られる効果は,甲第1発明ないし甲
第5発明から予測しうる程度のものにすぎないと認められる。特に,巻線速度を飛
躍的に高速化できるとの被請求人の主張する本件特許発明の効果は,甲第1発明に
おけるラックとピニオン及び円筒カム等によって揺動させていた揺動部を,甲第4
発明のように往復動する出力軸9と,該出力軸9の下方にてスプライン部13とで
該出力軸9と一体回転を強制される中空円筒状の従節軸10をグロボイダルカムに
よる揺動機構で揺動させることにより,ギヤによるバックラッシがなくなり,さら
に,バックラッシをゼロにしたグロボイダルカムを採用することにより,カムでの
バックラッシもなくなることから,その分余計な振動(騒音)が無くなって,より
高速に駆動できるようになることは当然予測しうる効果にすぎない。」(審決書1
1頁4段~12頁1段)と認定判断した。
 しかし,刊行物1ないし5には,巻線装置における低振動,及び低騒音化,
導線の巻付け速度の高速化,装置の耐久性,不良品の発生防止に関して,本件発明
の効果を予測させるような記載は全くない。また,巻線装置は,カム機構だけで構
成されているわけではない。巻線装置において,高速化,低振動化,高耐久性,不
良品の発生防止を妨げるための構成要素としては,様々な構成要素が考えられる。
当業者は,本件出願時において,カムによる揺動機構を変え,バックラッシをなく
すということだけから,本件発明のような効果がもたらされることについて,直ち
に予測することができたわけではない。カムとカムフォロアとがバックラッシのな
い状態で挟持されていることから,本件発明の効果が生じることは,本件発明の発
明者が,本件発明の巻線装置を試作し,試験することによって初めて見出した知見
に基づくものである。
 本件発明は,その巻線装置の構成により,引用発明1の巻線装置の巻線速度
の約2倍の速度を達成することができたのである。このように,カムによる揺動機
構を変えるだけで,巻線速度,すなわち生産速度を約2倍にすることができるとい
うことは,当業者であっても到底予測することができなかった効果である,
第4 被告の反論の骨子
 審決に,原告主張の誤りはない。
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について
(1)引用発明5及び周知技術の認定の誤りについて
 本件発明のような,両端が分離していない無端のリブは,刊行物4に記載
されている。また,刊行物5には,リブ状のカム,リブ状のカムを挟持する二股の
カムフォロワが開示されている。
 審決は,両端の分離したものも,両端の分離していない無端のものも含め
て,周回状のリブ(所定角度で間欠的に回動するカムにおけるリブ)と解釈した上
で,引用発明5を認定したものであり,この審決の認定に何ら誤りはない。
(2)引用発明4の評価の誤りと相違点1についての判断の誤りについて
 刊行物5には,「・・・アーム軸29の直進及び間欠回転の複合運動を,
ローラギヤカム10と平面溝カム8との組合せによるカム機構(カム曲線)で行な
うようにしたので,従来の油圧駆動方式に比べてはるかに円滑な作動(加速度まで
連続的な運動曲線が得られるので)が期待できると共に,作動の高速化がはかれ
る。」(甲第7号証6欄1行~7行)との記載があり,引用発明5のローラギヤカ
ムを採用することによって,作動の高速化を図ることができることが示唆されてい
る。
 引用発明4の「カム装置」は,運動変換機構を用いた一般的な機械の技術
分野に属するものである。この技術分野は,機械構造物である巻線装置と関連する
技術分野であるから,引用発明1と引用発明4との間には,運動変換を行うという
作用,機能の共通性が認められるのであり,引用発明4における構成を引用発明1
の巻線装置に採用することに関して,格別に阻害される理由は存在しないというこ
とができる。審決の相違点1についての判断に誤りはない。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について
 原告は,刊行物4の第3図に記載された揺動回転と上下動のタイミングチャ
ートは,上下動をしているときに揺動も行われる動作となっており,本件発明の巻
線装置のガイド筒の動作には適合しないものである,と主張する。
 しかしながら,上下動と揺動回転のタイミングを合わせるには,リブの形状
を適宜変更するだけでよく,この回動機構を用いるときには,このような変更は,
当業者が容易に成し得る程度のことである(甲第6号証6欄28行~32行参
照)。原告の主張は失当である。
3 取消事由3(本件発明の顕著な効果の看過)について
 引用発明1の巻線装置の揺動部を,引用発明4の揺動機構で揺動させること
により,カムでのバックラッシもなくなり,その分余計な振動(騒音)がなくなっ
て,より高速に駆動できるようになることは,当然のこととして予想し得る効果に
すぎない。審決の判断に誤りはない。
 揺動機構として公知技術であるグロボイダルカム機構を単に組み合わせただ
けで,その公知技術について当然予想される効果の域を出ないものについては,進
歩性はないといわざるを得ない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について
(1)引用発明5及び周知技術の認定の誤りについて
  原告は,審決が引用発明5のローラギヤカム10のリブ9を「ローラギヤ
カム10の周回状に形成したリブ9」(審決書8頁4行~5行)と認定したことが
誤りであるとして,リブが周回状に形成されたグロボイダルカムを利用した揺動回
転機構は,本件出願時において周知のものではなく,審決の「カム機構を用いて回
転運動を直交する軸の回動運動に変える機構」に係る周知技術の認定(審決書9頁
4段参照)は誤りである,と主張する。
  確かに,引用発明5のローラーギヤカム10のリブ9は,その両端が分離
しており,その駆動軸2が一方向に回転する限り,入力軸11は一方向にのみ間欠
回転することしかできないものである(甲第7号証第3図参照)。引用発明5のロ
ーラーギヤカム10は,このようにリブ9の両端が分離していることからすれば,
本件発明における「周回状に形成されたリブ状のカム」に相当するものではないこ
とが明らかである。したがって,審決が引用発明5のローラギヤカム10のリブ9
を「ローラギヤカム10の周回状に形成したリブ9」(審決書8頁4行~5行)と
認定したこと自体は誤りである。しかし,審決が,相違点1についての判断におい
て,周知のものであると認定したのは,「カム機構を用いて回転運動を直交する軸
の回動運動に変える機構として,一方の軸に設けたリブ状のカムと,前記リブ状の
カムのテーパ部分を挟持するように二股状に設けられたカムフォロワを直交する他
方の軸に取付たもの」(審決書9頁4段)であって,カムのリブが周回状に形成さ
れたことを周知技術であると認定したわけではない。
  そして,刊行物5の「第1図ないし第2図に示すように,まずハウジング
1に駆動軸(カム軸)2が軸受3等を介して回転自由に支持される。この駆動軸2
上には・・・その外周に所定形状のリブ9が形成されたローラギヤカム10・・・
が・・・固設される。・・・上記駆動軸2と直交するようにして,ハウジング1に
入力軸(ターレット軸)11が軸受12等を介して回転自由に支持される。この入
力軸11上には,上記ローラギヤカム10のリブ9と係合する従節ローラ13をそ
の外周同心円上に・・・複数・・・有したターレツト14が固設される。」(甲第
7号証3欄36行~4欄9行),「駆動軸2が等速回転することから,駆動軸2上
に固設された・・・ローラギヤカム10も同様に等速回転する。これにより上記ロ
ーラギヤカム10に従節ローラ13を介して係合するターレツト14が,ローラギ
ヤカム10のリブ9の形状によつて決定される所定の間欠揺動運動をし」(同4欄
37行~43行),「アーム軸29の間欠回転はローラギヤカム10と,そのリブ
9間に案内される従節ローラ13をもつターレツト14とにより行うため,バツク
ラツシがきわめて少なく,このため精度のよい回転位置決めが行える
」(同6欄8行~12行)との記載及び同刊行物の第1図ないし第3図の記載から
すれば,刊行物5には,カム機構を用いて,回転運動を直交する軸の回動運動に変
える機構として,一方の軸(カム軸2)に設けたリブ状のカム(ローラギヤカム1
0のリブ9)と,そのリブ状のカムのテーパ部分を挟持するように二股状に設けら
れたカムフォロワ(従節ローラ13)を直交する他方の軸(ターレット軸)に取付
た構造が記載されていることは明らかである。
 このように,引用発明5のローラギヤカム10のリブ9は,ローラギヤカ
ム10に周回状に形成されていないとしても,審決が認定したとおり,「リブ状の
カムのテーパ部分を狭持するように二股状に設けられたカムフォロワを直交する他
方の軸に取付けたもの」を備えていることは明らかであるから,審決の周知技術に
関する上記認定に誤りがあるわけではない。審決は,引用発明5を上記のリブ状の
カムと二股状のカムフォロワの機構を備えた公知技術として認定し,その上で上記
のとおり周知技術を認定した上で,相違点1についての判断を示しているものであ
るから,審決が,相違点1についての判断をする前にした,引用発明5についての
認定に一部誤りがあったとしても,この誤りが相違点1についての判断に影響する
誤りでないことは明らかである。原告の上記主張は,理由がない。
 原告は,グロボイダルカムあるいはローラギアカムは,板カム,円筒カム
のように当業者に汎用されていた周知のカムとはいい難く,むしろ限られた分野に
しか利用されていない特殊なカムであったというべきである,とも主張する。しか
しながら,甲第4,第5,第8,第11号証によれば,グロボイダルカムあるいは
ローラギアカムは,カム装置あるいは自動機械の技術分野においては,本件出願時
において周知の技術であったものと認められる。審決の認定に誤りはなく,原告の
同主張も理由がない。
(2)引用発明4の評価の誤りについて
(ア)原告は,①引用発明4の自動工作機械は,本件発明や引用発明1の巻線
装置とは,その構造や動作や適用分野が異なるのであるから,引用発明4の自動工
作機械で問題とされる技術的な課題と,本件発明や引用発明1の巻線装置において
問題とされる技術的な課題とは,当然に相違する,したがって,引用発明1に引用
発明4のグロボイダルカムを利用したカム機構を採用すべき動機付けは,どこにも
ない,②巻線装置において,高速化,低振動化,高耐久性等の性能向上が当然の技
術的課題であったとしても,刊行物4あるいは刊行物5のいずれにも,高速化,低
振動化,高耐久性等の性能向上に関する課題や,その課題を達成するための具体的
な手段については何も記載されていない,③巻線装置は,カム機構だけでできてい
るわけではなく,高速化,低振動化,高耐久性を達成するための構成要素について
は様々な構成要素が考えられる,巻線装置において,高速化,低振動化,高耐久性
等の性能を向上するためには,どこの構成要素を改良すればよいのかについて,刊
行物2ないし刊行物5には何も記載されておらず,そのような各刊行物の記載から
は,導線を導入するガイド筒を揺動させるためのカム機構を改善しなければならな
いという発想は生じない,と主張する。
 しかし,原告の上記主張はいずれも理由がない。
(a)巻線装置の揺動機構に関し,特開昭58-75444号公報には,従
来技術の欠点として,「ラツクおよびピニオンを用いた構造の直巻機はスピンドル
のストロークと首振りを機械的運動変換機構により行わせているため機械構造が複
雑となり,運動系が重くなり,スピードが出ないという欠点も持ち合せている。又
振動が大きくなり,エネルギーを食う等の欠点がある。」(甲第16号証1頁右下
欄13行~2頁左上欄1行)と記載されている。このように,ラック及びピニオン
を用いた巻線装置の揺動機構は,スピードが出ず,振動が大きという欠点があるこ
とは本件出願前に周知であったと認められる。
(b)カム機構に関し,「自動機械機構学」(牧野洋著,日刊工業新聞社昭
和51年6月1日発行。以下「甲11文献」という。)には,次の記載がある。
「4・1・1 自動機械におけるカムの役割
カム(cam)は任意形状を持った機械要素であって,その直接接触によ
って相手側に任意の運動を与えようとするものである.・・・自動機械が高速化す
るにともない,カムを用いることが不可欠になってきている.カムを理解し,カム
を自由に使いこなせるようにすることが自動機械設計の王道である.
 カムの利点として,次のような点があげられる.
(1)運動特性が良く,高速に耐える.
 任意の運動を与えることができるので,負荷の性質に応じた運動特
性の良いカム曲線を用いることによって,他の機構では到達しえない高速度で機械
を動かすことができる.
(2)確動機構であって,動作が安定している.・・・
 組立機械のように,多数の複雑な動作の合成を必要とするものにお
いてはオーバーラップの効果は大きい.このような制御の仕方を・・・同期制御と
呼んでいるが,カムでは同期制御が可能なために,高速において安定な動作が期待
できるのである.
(3)故障が少なく,保守が容易である.・・・
 カムには以上の利点・・・があるため,主として高速の大量生産用
機械に用いられており」(甲第11号証155頁~157頁)
 甲11文献の上記記載からすれば,複雑な動作を合成する組立機械の
ような自動機械を高速化,高耐久性化するためには,運動変換機構にカム機構を用
いることが有利なことであることは,本出願前に周知であったと認められる。
(c)グロボイダルカムを用いたカム機構に関しては,特公昭55-497
8号公報(以下「甲8公報」という。)には,「本発明においては従節ターレツト
の半径方向に突設する一対のカムフオロワーで対応するグロボイダルカムのテーパ
リブの両側より挟持する構成となつているので,・・・バツクラツシュを皆無とす
ることができる。したがつて,本発明によれば従来のものには期待することのでき
ない精度の高いしかも高速回転の可能な複合運動装置が提供される。」(甲第8号
証5欄42行~6欄7行)と記載されており,また,甲11文献の「6・2・6ロ
ーラギヤカム」の項には,「カムのリブ面はテーパ状となり,カムを従節スパイ
ダ(followerspider,従節ローラを取付けた板のこと)に押付けることによって,
容易に予圧(preload)をかけることができるようになる.これがこの機構の最大の
特徴である.」(甲第11号証296頁~297頁),「以前には,ローラがつぎ
のローラに移り変わるところで一瞬予圧を解放していたが,現在ではカムの形状と
細部の加工を工夫して,予圧を解放することなしにつぎのローラに移ることができ
るようにしている.・・・予圧をかけることによってバックラッシ(backlash)を除
去することができ,高速に使用することができる.」(同297頁)と記載されて
いる。甲8公報及び甲11文献のこれらの記載からすれば,グロボイダルカムやロ
ーラギヤカムを用いたカム機構においては,カムのバックラッシをゼロにすること
ができ,これにより,当該カム機構を高速化できることは,本件出願前に周知であ
ったと認められる。
(d)刊行物1には,巻線装置のガイド筒を揺動させるための揺動機構とし
て,同刊行物の図8に示されるような,カム軸28の回転を,円筒カム,ピン,ラ
ック及びピニオンにより,カム軸28と直交するガイド筒19の揺動運動に変換す
るとの構造の引用発明1が開示されている(甲第3号証)。
 ラック及びピニオンを用いた巻線装置の揺動機構には,スピードが出
ず,振動が大きという欠点があることは,上記のとおり,本件出願前,既に周知で
ある。そして,巻線装置において,高速化,低振動化,高耐久性等の性能を向上さ
せるべきことは,当然の技術的課題であり,その巻線装置を高速化,低振動化する
に際しては,その揺動機構を高速化,低振動化することも当然に考慮されるべき事
項であることも,自明である。したがって,ラック及びピニオンを用いた引用発明
1の巻線装置の揺動機構を,上記自明の課題に基づき,改良しようすることは,当
業者ならば当然試みる程度の事項であるということができる。
 そして,巻線装置は組立機械の一種であること及び揺動機構も運動変
換機構の一種であることが明らかであり,しかも組立機械を高速化,高耐久性化す
るためには運動変換機構にグロボイダルカム等のカム機構を用いるのが有利である
ことは,上記のとおり本件出願前既に周知であったことからすれば,引用発明1の
巻線装置の揺動機構における円筒カム,ピン,ラック,ピニオン等による機構を改
良して,高速化,低振動化,高耐久性化を図ろうとする際に,同じく運動変換機構
であるカム機構の中から,より高速化,低振動化,高耐久性化することが可能なグ
ロボイダルカム等を利用することを検討することは,当業者にとって当然のことで
あったというべきである。
(e)当業者は,刊行物4(甲第6号証)に接すれば,「出力部材に回転運
動とリフト(往復)運動の複合運動を行なわせるカム装置に関し,より具体的には
各種の自動工作機械等に用いられるカム装置に関」し(甲第6号証1欄26行~2
欄3行),グロボイダルカムを用いた揺動機構として,審決が審決書9頁29行な
いし38行で認定したような,「回転運動と往復運動の複合運動を行うように支持
された出力軸9に対して,回転運動を行う機構が,前記出力軸9に直交する方向に
入力軸2が設けられ,この入力軸2の外周面にはテーパリブ3aを周回状に形成し
たグロボイダルカム3が設けられ,出力軸9に対して軸方向に摺動自由であり,か
つ回転方向にスプライン係合する従節ターレット11に,前記テーパリブ3aを両
側から挟持する一対の二股をなすカムフォロワー12が設けられ,グロボイダルカ
ム3のテーパリブ3aは出力軸9(カムフォロワー12)を回転させる曲線部分
と,出力軸の回転を停止させる直線部分とが連続して周回状に形成されたカム装
置」が記載されていることを理解することは容易である。
  そして,引用発明1の巻線装置の回動機構として,より高速化,低振
動化,高耐久性化することが可能なカム機構を用いることは,当業者ならば当然検
討する事項であるから,引用発明1の巻線装置の揺動機構として,引用発明4のグ
ロボイダルカムを用いた上記揺動機構を採用することは,当業者が容易に成し得る
程度の事項であると認められる。
(f)以上からすれば,原告が主張するように,巻線装置が,カム機構だけ
でできているわけではなく,高速化,低振動化,高耐久性化を達成するための構成
要素としては,様々な構成要素が考えられるとしても,当業者であれば,上記周知
の技術的課題及び周知技術を考慮すれば,引用発明1の巻線装置における揺動機構
を高速化するに当たり,その揺動機構であるカム機構として引用発明4のグロボイ
ダルカム等の構成を採用すべく試行錯誤することは,当然であるというべきであ
る。引用発明1に引用発明4を組み合わせることについて動機付けがないとする,
原告の上記主張は,理由がない。
(イ)原告は,仮に,引用発明1の巻線装置に,引用発明4の自動工作機械に
おけるカム装置を適用するとの発想を得ることが可能であるとしても,当業者が,
引用発明1の巻線装置と引用発明4のカム装置との組合せを考慮し,本件発明の巻
線装置の構成に到達するためには,多くの困難な問題を解決しなければならないと
して,種々の主張をする。しかし,その主張はいずれも理由がないことは,次に述
べるとおりである。
(a)原告は,引用発明4の出力軸は,その下端がハウジングで覆われてい
て導線を通す構造とはなっていない,と主張する。
 しかし,審決は,「甲第1発明における巻線装置においても,性能を
高めるために,ノズルの回動部に代えて,回動機構として周知の機構であるグロボ
イダルカムを用いている上記甲第4発明の回動機構を用いることは,当業者が容易
に考えられるものと認められる。」(審決書10頁2段)と判断したものであり,
引用発明4のグロボイダルカムを用いた揺動機構を採用するといっているだけであ
り,引用発明4の出力軸の構成を引用発明1に採用する,との判断を示したわけで
はない。原告の上記主張が失当であることは明らかである。
(b)原告は,引用発明4の巻線装置に適用することができる部分は,揺動
機構だけであって,引用発明4のユニット化されたカム装置をそのまま巻線装置に
適用することはできない,と主張する。
 しかし,円筒カム,ラック及びピニオンから成る引用発明1の揺動機
構をより高速化,低振動化,高耐久性化するとの課題を与えられた当業者にとって
は,引用発明4に接して,グロボイダルカムを用いている上記揺動機構を理解し,
引用発明1の巻線装置の揺動機構として,引用発明4のユニット化されたカム装置
全体ではなく,引用発明4のグロボイダルカムを用いた上記揺動機構を採用するこ
とが,容易に成し得る程度の事項であることは,上記認定のとおりである。原告の
上記主張が理由がないことは明らかである。
(c)原告は,引用発明4のカム装置は,揺動運動と往復運動とを複合させ
て行うこと自体はできるものの,出力軸の軸方向に往復移動量を大きくとることが
困難である,また,引用発明4のカム装置を巻線装置に適用した場合には,ステー
タコアの厚さが変更されるたびにカムの交換が必要となる,と主張する。
 しかし,審決は,上記のとおり,引用発明1に引用発明4のグロボダ
ルカムを用いた揺動機構を採用することが容易であると判断したものであり,引用
発明4の出力軸も含めた構成を引用発明1に採用すると判断したものではない。原
告の上記主張も,この点を十分に理解しないものであり,失当である。
(d)原告は,引用発明4のカム装置の揺動機構を引用発明1の巻線装置に
適用した場合には,引用発明4のカム装置の出力軸に,引用発明1のギヤやリンク
などの連動機構を設けて,これらの連動機構を介して,ガイド筒に伝えるという手
段が採用される可能性が高い,と主張する。
 しかし,引用発明4の揺動機構は,それだけで回転運動を直交する軸
の回動運動に変える運動変換機構として十分に機能するものであるから,引用発明
1の巻線装置の揺動機構として,引用発明4のグロボイダルカムを用いた揺動機構
を採用するに当たり,あえて,原告が主張するようにギヤやリンクなどの連動機構
を介して,ガイド筒に伝えるという手段を採用して,機構を複雑にする必要性に乏
しく,そのような手段を採用する可能性が高いと見るべき合理的理由はない。原告
の上記主張も,理由がないことが明らかである。
2 取消事由2(相違点2のついての判断の誤り)について
 原告は,相違点2に係る構成が引用発明4から容易に想到し得たとの審決の
判断は,引用発明1に引用発明4を組み合わせて考慮すべき動機付けが全くないこ
と,引用発明1におけるカム機構として引用発明4におけるカム機構を採用するこ
とが更なる創作性や工夫を必要とするものであることを考慮すると,誤りである,
と主張する。しかし,原告の上記主張がいずれも理由がないものであることは,相
違点1について述べたところから明らかである。
 原告は,刊行物4の第3図に記載された揺動回転と上下動のタイミングチャ
ートは,上下動をしているときに揺動も行われる動作となっており,本件発明の巻
線装置のガイド筒の動作には適合しないものである,と主張する。
 しかし,刊行物4には,「テーパーリブ及び溝の形状を適宜変更することに
よつて,例えば使用に応じたタイミングの上下動,揺動回転運動のみならず,上下
動を伴なう間欠回転運動など,出力軸に様々な複合運動をさせることが可能であ
る。」(甲第6号証6欄28行~32行)と記載されており,刊行物4自体に,カ
ムのリブの形状を使用目的に応じて適宜変更することにより,揺動回転運動のタイ
ミングを調整し得ることが示されている。したがって,引用発明1の巻線装置の揺
動機構として,引用発明4のグロボイダルカムを用いた揺動機構を採用する際にグ
ロボイダルのカムのリブの形状を,ノズルが上下動する際に,ステータコアの内歯
に衝突しないような形状とすることは,当業者が必要に応じて適宜成し得る設計事
項であることが明らかである。
3 取消事由3(本件発明の顕著な効果の看過)について
 原告は,刊行物1ないし5には,巻線装置における低振動,及び低騒音化,
導線の巻付け速度の高速化,装置の耐久性の向上,不良品の発生防止に関して,本
件発明の効果を予測させるような記載は全くない,巻線装置において,高速化,低
振動化,高耐久性化,不良品の発生防止を妨げるための構成要素としては,様々な
構成要素が考えられる,当業者は,本件出願時において,カムによる揺動機構を変
え,バックラッシをなくすということだけから,本件発明のような効果がもたらさ
れることについて,直ちに予測することができたわけではない,と主張する。
 しかし,引用発明1のようなラック及びピニオンを用いた巻線装置の揺動機
構は,スピードが出ず,振動が大きい,という欠点があることは本件出願前に周知
であったこと,及び,グロボイダルカムやローラギヤカムを用いたカム機構におい
ては,カムのバックラッシをゼロにすることができるため,当該カム機構を高速化
できることは,本件出願前に周知であったこと,引用発明4にはグロボイダルカム
を用いた振動機構が開示されていること,並びに,引用発明1における巻線装置の
巻付け速度の高速化等の課題を達成するために,引用発明4のグロボイダルカムを
用いた揺動機構を採用することが容易であることは,上記認定のとおりである。そ
して,本件発明の構成が容易に想到し得るものであることからすれば,本件発明の
構成から客観的に見て予測し得る効果については,これをもって本件発明の進歩性
を根拠付け得るものとみることはできない,というべきである。原告が主張する巻
線装置における低振動,及び低騒音化,導線の巻付け速度の高速化,装置の耐久
性,不良品の発生防止等の本件発明の効果は,いずれも本件発明の構成から客観的
にみて予測し得る範囲の効果であるから,これをもって本件発明の進歩性を根拠付
け得るものとみることはできない。原告の上記主張は理由がない。
 また,原告は,本件発明は,その巻線装置の構成により,引用発明1の巻線
装置の巻線速度の約2倍の速度を達成することができたのである,このように,カ
ムによる揺動機構を変えるだけで,巻線速度,すなわち生産速度を約2倍にするこ
とができるということは,当業者であっても到底予測することができなかった効果
である,と主張する。
 しかし,原告が提出した試験報告書(甲第12号証)においては,「甲第1
号証(本訴甲第3号証)の発明に係るラックとピニオンを利用した揺動機構を有す
る巻線装置であるSW-34-2型,及び本件発明に係る巻線装置であるSW-3
6-3型」(甲第12号証2頁8行~10行)を比較し,「本件発明は,甲第1号
証(本訴甲第3号証)に示される巻線装置に比べて,巻線対象とするステータコア
が同じ製品どうしで比較した場合,巻線速度を2倍以上にすることができるとい
う,優れた効果をもたらすものである。」(4頁2~4行)と記載されているだけ
である。上記SW-34-2型とSW-36-3型の巻線装置は,様々な要素で構
成されることを考慮すれば,上記試験報告書を検討しても,原告が主張する,巻線
速度が約2倍に向上したことが,揺動機構をラックとピニオンを利用したものから
グロボイダルカムによるものに変更したことのみによるものであることを客観的に
裏付けるに足りる根拠を見出すことはできない。
 本件全証拠によるも,本件発明において,本件発明の構成から客観的に予測
し得ない顕著な効果が生じることを認めるに足りる証拠はない。
第6 結論
 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由にはいずれも理由
がなく,その他,審決には,これを取り消すべき誤りは見当たらない。そこで,原
告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7
条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
  東京高等裁判所第6民事部
        裁判長裁判官山  下  和  明
        
           裁判官  設  樂  隆  一
 
           裁判官  高  瀬  順  久
(別紙)
図面A図面B

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