弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を取消す。
     被控訴人の請求を棄却する。
     本件附帯控訴を棄却する。
     訴訟費用は第一、二審共被控訴人・附帯控訴人の負担とする。
         事    実
 控訴人・附帯被控訴人代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴人・附帯控訴人
代理人は「本件控訴を棄却する。原判決主文第二項、第三項を取消す。控訴人・附
帯被控訴人(以下単に控訴人と称す。)は被控訴人・附帯控訴人(以下単に被控訴
人と称す。)に対し金七十八万二千七百四十四円、及びこれに対する昭和三十一年
五月二十五日から右完済に至る迄年五分の割合による金員を支払はねばならぬ。控
訴費用は控訴人の負担とする。」旨の判決を求めた。
 被控訴代理人は請求原因として左のとおり述べた。
 「被控訴人は昭和二十九年十一月二十日訴外Aより、同人所有の大阪市a区b町
c番地上、家屋番号同町d番のe、木造平家建店舗一棟建坪二十五坪(但し公簿上
は十一坪八合六勺)を買受け、同年十一月二十二日その所有権移転登記手続を経由
した。よつて被控訴人は家屋課税台帳上、前所有者A名義を抹消して被控訴人の所
有として登録を受け、昭和三十年度以降の固定資産税を納付している。然るに前所
有者Aはこれより先、昭和二十九年十一月一日控訴人より固定資産税滞納処分とし
て本件家屋につき差押を受けていたところ、控訴人はその後右家屋の見積価格を僅
に金十二万円と決定した上、公売を実施した結果、訴外乾実において金二十一万四
千円で競落した。そして控訴人は、右公売売得金から、前記Aの滞納税金額竝に滞
納処分費合計金三万七千二百五十六円を控除した剰余金十七万六千七百四十四円
は、これを右家屋の所有者である被控訴人に交付せずに前所有者であるAに交付し
て公売手続を結了した。しかしながら本件建物の時価は、その借地権と共にすれば
金八十二万円相当であり、その借地権を考慮外におくも、昭和三十年度の固定資産
税評価額金四十万四千円を下らぬものである。従つて控訴人が(1)右のような価
額のある物件を僅に金十二万円と見積り公売に附したこと、(2)被控訴人に返還
すべき公売剰余金をAに交付したことは、公共団体の公権力行使に当る公務員が、
故意又は過失によつて被控訴人の権利を侵害した違法行為であつて、控訴人は国家
賠償法第一条によつて、被控訴人がこうむつた損害を賠償しなければならぬ。而し
て本件家屋に関する公売手続竝に剰余金の返還が正当に行はれた場合には、被控訴
人は、本件家屋の正当評価額金八十二万円から、Aの滞納税金額竝に滞納処分費合
計金三万七千二百五十六円を控除した差額金七十八万二千七百四十四円の返還を受
け得べき期待権を有したのであるから、控訴人は被控訴人に対して右損害の賠償と
して金七十八万二千七百四十四円を支払うべき義務がある。
 仮に前記のように最低公売価額を決定した点に違法がなかつたとしても、控訴人
は少くとも前記公売によつて現実に生じた公売剰余金十七万六千七百四十四円を被
控訴人に返還すべき義務があるにかかわらす、これをAに交付し、よつて被控訴人
に右同額の損害をこうむらせたから、控訴人は被控訴人に対し、右金十七万六千七
百四十四円を支払うべき義務がある。
 右主張に反する控訴人の主張はすべて争う。なお不動産に対し差押があつたとき
は、所有者は以後当該不動産について、差押債権者の権利を害すべき処分をなし得
ないことは明白であるが、このことは絶対に当該不動産の処分をなし得ないとする
ものではなくして、単に所有者が当該不動産の処分をしても差押債権者に対抗し得
ないことを意味するに過ぎぬ。従つて、かかる不動産所有者の処分によつて所有権
を取得した者は、その所有権を以て差押債権者に対抗することはできないが、対抗
とは相手方に権利の主張ができないことであつて、相手方においてその権利を認め
ることは自由である。而して本件家屋に対する控訴人の差押がなされたのは昭和二
十九年十一月一日であり、被控訴人の所有権取得は同年十一月二十二日であるが、
控訴人は、昭和三十年度の家屋課税台帳に、前所有者A名義を取り消して、被控訴
人を所有者として登載し、昭和三十年度以降被控訴人に固定資産税を課税している
のであつて、このことは控訴人が、本件家屋が、その差押の状態において被控訴人
の所有に帰したことを認めたものであるから、被控訴人は控訴人の差押の権利を害
しない範囲において所有権の主張をなし得るものである。もつとも国税徴収法第二
八条は、公売剰余金はこれを「滞納者ニ交付ス」と定めているが、この規定は、公
売当時滞納者と物件所有者とが同一人である通常の場合を規定したものであるか
ら、本件のように差押後所有者に変更があり、右変更による新所有者を差押権利者
において明に認めている場合には、公売剰余金は、これをその新所有者に返還すべ
きものであることは当然の事理であつて、控訴人において、被控訴人の所有権を認
め、所有者として課税しながら、公売剰余金の交付については被控訴人の所有権を
否認する如き矛盾する主張をなすことは許さるべきものではない。
 よつて控訴人に対し第一次請求として、金七十八万二千七百四十四円、及びこれ
に対する本件訴状が控訴人に送達された日の翌日に当る昭和三十一年五月二十五日
以降右完済に至る迄年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、予備的請求とし
て、金十七万六千七百四十四円、及びこれに対する前同期間、割合による遅延損害
金の支払を求める。」
 控訴代理人は答弁として左のとおり述べた。
 「被控訴人が昭和二十九年十一月二十日Aから被控訴人主張の家屋を買受けた
上、同年十一月二十二日所有権移転登記を経由したこと、竝に控訴人が家屋課税台
帳上前所有者A名義を抹消して被控訴人の所有として登録し、昭和三十年度以降被
控訴人から固定資産税の納付を受けていること、右家屋の昭和三十年度固定資産税
評価額が金四十万四千円であること、控訴人がこれより先、昭和二十九年十一月一
日固定資産税滞納処分として本件家屋の差押をなし、その見積価格を金十二万円と
決定して公売を実施した結果、訴外乾実において金二十一万四千円で競落したこ
と、竝に右公売売得金より、滞納税金額竝に滞納処分費等を控除した剰余金十七万
六千七百四十四円は、控訴人においてこれを滞納者Aに返還したことはこれを認め
るが、その余の被控訴人主張事実は争う。大阪市a区長は(1)本件家屋の昭和三
十年度固定資産税評価額が金四十万七千円であること、(2)当時本件家屋には滞
納者Aが居住し、空屋の状態にはなかつたこと、(3)本件家屋が極度に損耗し、
補修を要する状態にあつたことなどを勘案し、見積価格を金十二万円と決定したも
のであつて、右の決定は左記理由により正当である。蓋し公売価額はその市場性の
制約により、一般市場価額よりも低廉であることは固より、固定資産税評価額より
も低廉であるのが通例である。蓋し、固定資産税評価額は当時財産を所有し、これ
を使用収益することによる経済的利益の評価であるに反し、公売価額は当該財産の
売却を前提とする処分価額であるからである。また国税徴収法による公売処分に
は、民事訴訟法の強制競売におけるが如き強制引渡の規定はないから、公売価額は
一般の民事競売額よりも低廉であるのを常とする。而してその減価率は、本件のよ
うに普通商業区域にある家屋については、更家価額の二〇パーセント乃至五〇パー
セントとするのが相当である。
 なお本件家屋は、公売処分後にこれを買得した訴外竹寅株式会社が金七十万円を
投じて増改築したものであり、被控訴人主張の時価額金八十二万円は、右増改築後
の評価額であるから、本件公売処分の当否を定めるについて基準となし得べきもの
でない。
 仮に本件公売手続における見積価格が若干低廉に失するところがあつたとして
も、実際の公売価額が適正である以上は、公売処分の適法性に影響はないところ、
本件家屋の実際の公売価額は金二十一万四千円であつて、右は前述した如き公売価
額の決定要素に鑑み適正価額であるというべきである。 次に被控訴人は、控訴人
が本件公売剰余金をAに返還したことを以て違法であると主張するけれども、国税
徴収法第二八条第二項の立法趣旨よりして、不動産差押後における当該不動産の処
分行為は、差押債権者たる控訴人との関係では相対的に無効であるから、右差押後
にAより本件家屋を譲り受けた被控訴人は、控訴人との関係では所有権を以て対抗
し得ないものであつて、従つてまた控訴人に対し剰余金の返還を請求することを得
ないものである。右に反する被控訴人の主張は争う。
 証拠関係について、被控訴代理人は甲第一号証乃至第五号証を提出し、原審証人
Bの証言、原審鑑定人C鑑定の結果(第一、二回)当審証人Dの証言、竝に当審検
証結果及当審鑑定人E鑑定の結果を援用し、乙第四号証の一、二は官署作成部分の
み成立を認め、その他の部分は不知、乙第五号証は不知、その他の乙号各証の成立
を認めると述べ、控訴代理人は乙第一号証、第二号証の一ないし六、第三号証の一
乃至三、第四号証の一、二、第五号証を提出し、原審竝に当審証人Fの証言を採用
し、甲第三号証は不知、その他の甲号各証の成立を認めると述べた。
         理    由
 控訴人が昭和二十九年十一月一日、訴外Aに対する固定資産税滞納処分として、
被控訴人主張の家屋について差押をなしたところ、同月二十日被控訴人において右
家屋をAより買受けた上、同月二十二日所有権移転登記を経由したこと、竝に被控
訴人が家屋課税台帳上、右家屋の所有者として登録せられた結果として、被控訴人
において昭和三十年度以降右家屋に関する固定資産税を納付していること、右家屋
の昭和三十年度の固定資産税評価額が金四十万四千円であること、竝に控訴人にお
いてその後、本件家屋の見積価格を金十二万円と評定して公売を実施した結果訴外
乾実において金二十一万四千円で競落したこと、及び控訴人が右公売売得金より滞
納税金額及び滞納処分費合計金三万七千二百五十六円を控除した剰余金十七万六千
七百四十四円を滞納者Aに返還したことは当事者間に争がなく、被控訴人は(1)
控訴人が本件家屋の見積価格を金十二万円と評定して公売を実施したこと、(2)
右公売剰余金をAに返還したことは、共に被控訴人の権利を侵害する違法行為であ
ると主張するのであるが、地方税法第三七三条第一項により固定資産税の滞納処分
について適用せられる国税徴収法第二三条の三の立法趣旨に鑑み、国税滞納処分と
して不動産の差押がなされたときは、右差押後においてなされた当該不動産の処分
行為は、差押をなした公共団体との関係においては相対的に無効であると解すべき
であるから右差押後にAから所有権を譲り受けた被控訴人は、控訴人に対して本件
不動産が自己の所有であることを前提として、その違法な公売処分により損害を受
けたことを主張し得ないものと云わなければならない。被控訴人は、控訴人が固定
資産税課税台帳上に、被控訴人を家屋所有者として登録し、且昭和三十年度以降の
固定資産税を課税したことは、即ち本件家屋が被控訴人の所有であることを承認し
たことに帰するから、被控訴人は本件家屋の所有者であることを控訴人に対抗する
に妨げはないと主張するけれど<要旨第一>も、家屋台帳法第一条第四条一項竝に同
法第二二条の規定によつて準用せられる土地台帳法第四三条の二の規
によると、登記所はあらたに建物登記をなしたときは、これに基いて所要の事項を
家屋台帳に登録し、以てその家屋の状況を公簿上に明確にしなければならぬ当然の
職責を負うているのであつて、従つて家屋課税台帳に被控訴人が所有者として登録
せられたことは、登記所による国の事務処理の当然の結果であつて、何等実体法上
における処分の権限を前提とする所有権の対抗問題と関連するところはなく、また
地方税法第三四三条第一、二項、第三五九条によると、固定資産税は、当該年度の
初日の属する年の一月一日に家屋課税台帳に所有者として登録せられている者にこ
れを課することとし、従つてかかる形式的標準に該当する者が、四月一日に始まる
その年度の納期において、実際に土地所有権を有するか、否かは、これを問わぬの
であるから、(最高裁昭和三〇年三月二三日大法廷判決。昭和二八年(オ)第六一
六号事件参照)控訴人が前記家屋課税台帳の記載に従つて、昭和三十年度以降の固
定資産税を被控訴人から徴収したことを以て、控訴人が、被控訴人から所有権の対
抗を受けない実体法上の地位を抛棄し、被控訴人が本件差押物件の所有権者である
ことを承認したものすることはできない(最高裁昭和三一年四月二四日判決。昭和
二九年(オ)第七九号事件参照)から、被控訴人の右主張はいずれも失当である。
 次に被控訴人は予備的請求原因として、控訴人が本件家屋の公売によつて生じた
公売剰余金をAに交付し<要旨第二>たことは違法であると主張するのであるが、国
税徴収法第二八条第二項は、公売剰余金はこれを滞納者に交付すべきこ
とを明定しているのであつて、このことは国税徴収法に基く差押後になされた当該
不動産の処分は、右差押をなした公共団体に対抗し得ないことの当然の帰結である
と考えられる。従つて差押後に当該不動産の譲渡がなされた場合において、その差
押をなした公共団体が関係者全員の同意の下に、便宜公売剰余金を不動産譲受人に
交付する取扱をなすことのあり得ることは、これを考え得るところであるとして
も、その然らざる限りは、公売剰余金はこれを滞納者に返還すべきことは明であつ
て、不動産譲受人はこれについて何等の権利をも主張し得ないものといわねばなら
ぬから、被控訴人の右主張も失当である。
 してみると被控訴人の本件第一次請求、竝に予備的請求は、いずれもその他の争
点について判断するまでもなく、失当であることが明であるから、これを棄却すべ
く、これと異る原判決はこれを取消し、なお被控訴人の附帯控訴はこれを棄却しな
ければならぬ。よつて民事訴訟法第三八六条、第三七四条、第三八四条、第九五
条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 田中正雄 裁判官 観田七郎 裁判官 河野春吉)

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