弁護士法人ITJ法律事務所

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主文
1被告は,原告に対し,206万8864円及びこれに対する平成30
年2月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用は,これを5分し,その2を被告の,その余を原告の負担と5
する。
4この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,547万2036円及びこれに対する平成30年2月10
21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1本件は,被告の設置する公立Y病院(以下「本件病院」という。)医事課課
長として勤務していた原告が,①本件病院の事務次長であったA(以下「A事
務次長」という。)からパワーハラスメントを受け,さらに②当時本件病院の15
事務長であったB(以下「B事務長」という。)及び庶務課長であったC(以
下「C庶務課長」という。)が,A事務次長のパワーハラスメント行為につい
て適切な対応を採らなかったとして,これらにより適応障害,睡眠障害等を発
症したと主張し,被告に対し,上記①につき国家賠償法(以下「国賠法」とい
う。)1条1項及び上記②につき債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損20
害賠償請求として,547万2036円(治療費,慰謝料等の合計額。なお,
慰謝料以外の損害については訴訟物①及び②は選択的併合の関係にあり,慰謝
料に関しては,①に対する慰謝料として300万円,②に対する慰謝料として
100万円の単純併合の関係にある。)及びこれに対する本件訴状送達の日の
翌日である平成30年2月21日から支払済みまで民法(平成29年法律第425
4号による改正前のもの。以下同じ。)所定の年5分の割合による遅延損害金
の支払を求める事案である。
2前提事実(証拠等を掲記した事実以外は当事者間に争いがない。)
⑴当事者等
ア原告(昭和35年生)は,昭和53年4月から東京都国民健康保険団体
連合会に勤務し,平成17年4月に被告が運営する本件病院の職員とし5
て任用され,本件病院において勤務をしている者である。原告がパワー
ハラスメントを受けたと主張する平成28年10月から平成29年2月
当時は,本件病院の事務部医事課長の地位にあった。
イ被告は,東京都a市,b市及びc町で構成される地方公営企業法上の企
業団であり,本件病院を設置,運営する主体である。なお,被告は,以10
前は地方自治法上の一部事務組合であり,当時の名称はY病院組合であ
ったが,令和2年4月1日に,現在の組織及び名称に変更となった(以
下,旧Y病院組合のことも同様に「被告」という。)。
ウA事務次長は,本件病院の事務次長として勤務していた者である。
エB事務長は,本件病院の事務長として,C庶務課長は,本件病院庶務課15
の課長として,それぞれ勤務していた者である。
⑵A事務次長の発言内容
ア原告は,平成25年4月1日に,本件病院の医事課課長に就任した(甲
2)。
イA事務次長は,平成27年4月1日に,本件病院の事務次長に就任した。20
ウA事務次長は,平成28年10月から平成29年2月にかけて,原告に
対し,次のような発言をした(甲8ないし14(枝番を含む。以下,甲
8ないし14を引用する場合において同様。))。
平成28年10月28日の午前9時頃,B事務長,A事務次長,C庶
務課長,原告及び他1名が出席する事務部調整会議(事務部管理職会25
議)において,A事務次長は,原告の報告に対し,別紙1の「平成2
8年10月28日事務部調整会議」欄記載の言葉を含む発言をした
(甲8,以下「発言1」という。なお,前提事実として容易に認めら
れるのは,やり取りにかかるA事務次長の発言内容である。別紙1の
うち,括弧書きで(怒鳴る),(机を叩く)等とあるのは,原告本人
が録音反訳を行った際に記載したものであり,原告の評価に及ぶ部分5
を含むため,括弧書き内の記載は,前提事実としては認めないことと
する。以下,後記の発言2ないし発言7について同様。)。
同年11月10日の午前10時30分頃,ミーティングルームにおい
て,原告がA事務次長に対して説明及び報告を行った際,A事務次長
は,原告に対し,別紙1の「平成28年11月10日ミーティング10
ルーム」欄記載の言葉を含む発言をした(甲9,以下「発言2」とい
う。)。
同年12月9日午後2時頃,B事務長,A事務次長,C庶務課長,原
告及び他1名が出席する事務部調整会議において,A事務次長は,原
告に対し,別紙1の「平成28年12月9日事務部調整会議」欄記15
載の言葉を含む発言をした(甲11,以下「発言3」という。)。
同日の事務部調整会議の後,事務室内において,原告が,
自席にいたA事務次長に対し,報告を行った際,A事務次長は,原告
に対し,別紙1の「平成28年12月9日報告(事務室内)」記載
の言葉を含む発言をした(甲10,以下「発言4」という。)。20
平成29年1月24日午後,ミーティングルームにおいて,原告がA
事務次長に対して報告を行った際,A事務次長は,原告に対し,別紙
1の「平成29年1月24日報告(ミーティングルーム)」欄記載
の言葉を含む発言をした(甲12,以下「発言5」という。)。
同年1月26日午後,ミーティングルームにおいて,原告がA事務次25
長に対して報告を行った際,A事務次長は,原告に対し,別紙1の
「平成29年1月26日報告(ミーティングルーム)」欄記載の言
葉を含む発言をした(甲13,以下「発言6」という。)。
同年2月27日午後,ミーティングルームにおいて,原告がA事務次
長と打合せを行っていた際,A事務次長は,原告に対し,別紙1の
「平成29年2月27日報告(ミーティングルーム)」欄記載の言5
葉を含む発言をした(甲14,以下「発言7」という。)。
⑶発言1ないし発言7以降の経緯
ア原告は,平成29年4月17日に南晴病院の精神科を受診し,適応障害
で3か月間の休養が必要との診断を受けた(甲16)。
イ原告は,同日から同年7月16日まで3か月の病気休暇を取得した。10
ウ被告は,同年7月15日付けで,原告に対し,同年7月16日から同年
10月15日までの期間,休職を命じた(甲22)。
エ原告は,平成29年7月27日及び同年8月19日付けで,原因となっ
た職場の上司と直接関わりをもたなければ,職場復帰が可能であるとの
診断を受けた(甲24,25)。15
オ被告は,同年8月21日付けで,原告に対し復職を命じた(甲26)。
3争点
⑴国賠法1条1項に基づく請求
アA事務次長の行為の違法性(争点①)
イA事務次長の行為と原告の適応障害との因果関係(争点②)20
ウA事務次長の行為と因果関係のある損害(争点③)
⑵債務不履行に基づく損害賠償請求
アB事務長及びC庶務課長の行為についての安全配慮義務違反(争点④)
イB事務長及びC庶務課長の行為と因果関係ある損害(争点⑤)
4争点に対する当事者の主張25
⑴争点①(A事務次長の行為の違法性)について
【原告の主張】
アA事務次長の違法行為
A事務次長は,事務次長に就任した後,原告を含む複数の職員に対して,
日常的に,人格を否定する暴言,机を叩く,大声で怒鳴る,会議の場や
他の職員の面前で長時間執拗に非難するなどのパワーハラスメントを行5
うようになった。平成28年秋頃から,A事務次長の原告に対するパワ
ーハラスメントは激化し,ほぼ毎日のように行われるようになった。争
いのない発言1ないし発言7は,そのごく一端にすぎない。
一般に,叱責が業務の必要な範囲を超えて違法になるものか否かを決す
るに当たっては,指導の必要性と相当性から判断するが,対象者の人格10
を非難,侮辱する発言は,たとえ教育目的があったとしても,その必要
性,相当性が否定され,違法となる。本件でのA事務次長による一連の
パワーハラスメント行為は,原告の人格を否定し,非難するような言葉
が,夥しい回数繰り返されており,指導の必要性を検討するまでもなく,
違法であることは明らかである。加えて,A事務次長は,発言5におい15
て,原告が当然ノイローゼになるべき立場であるかのような発言をして
おり,このことからすると,A事務次長は,原告を精神疾患に陥れる意
図をもって,ハラスメントを繰り返したというべきである。
なお,被告は,A事務次長の叱責が原告に誘発されたものであるかのご
とく主張するが,原告が報告を行っている事項は,いずれもA事務次長20
に指示された事項であって,録音で記録を残すのもA事務次長が自ら示
唆したことである。原告の返答をみても,原告がA事務次長をわざと怒
らせようとしている様子はないのであって,被告の主張は理由がない。
イ原告とA事務次長との関係性
原告は,以前からA事務次長と面識はあったが,被告の主張するような25
親しい間柄ではなかった。出張やお遍路,ゴルフへの同行は,いずれも
A事務次長が原告を強引に誘ってきたため,原告は立場もあって断り切
れなかったにすぎない。
したがって,原告とA事務次長との関係は,少なくとも,原告の側から
見れば,決して良好なものではない。被告が主張するように,A事務次
長の叱責が,両名の信頼関係に基づく忠言であるとは考えられない。5
ウ指導の必要性
前記アのとおり,A事務次長による一連のパワーハラスメント行為は,
指導の必要性をみるまでもなく違法である上,次のとおり,指導の必要
性も存しないものである。
発言1について10
被告は,入院患者数の差異に関する対応への落ち度を指摘するが,そ
もそも,これらの数値の集計方法は異なるため,数値が合致しないこ
とには問題はない。このときは,生じた差異が大きかったことから,
医事課担当者が,入院患者数集計表を管理している外部委託業者に対
して,その原因を確認している状況であった。原告は,以上の内容を15
事務部調整会議において報告したのであり,不適切不明確な説明はし
ていない。
さらに,原告は,管理職として問題把握が遅れたことについては冒
頭で謝罪をしており,責任回避や言い訳のような態度はとっていない。
発言2について20
被告が指摘する平成28年度の診療報酬の未請求は,診療報酬請求を
独立して行っていた外部委託業者のミスであり,原告がこれを防止す
ることはできなかった。原告は,このときも自らの管理不足を謝罪し
ており,上記外部委託業者に対して請求をし直すように指示した結果,
被告には損害が生じずに済んでいる。25
メディカルアシスタント(以下「MA」という。)の定年に関しては,
原告が自ら誤った説明をしたこともなければ,職員に犯人捜しをする
よう指示したこともない。
発言3について
患者満足度調査については,A事務次長から提出締切は指定されてい
なかったが,原告は,会議前にA事務次長の部下に対して,同集計の5
速報値を連絡していた。患者満足度調査の調査実施期間自体も,A事
務次長の指示で遅らせたのであり,原告に落ち度はない。
発言4について
被告は,原告がMAの勤怠管理を怠り,出勤簿を改ざんしたなどと指
摘するが,そのような事実はなく,原告は,勤怠管理を適切に行って10
いた。勤怠管理システムへの入力は,数日分をまとめて行うことが常
態となっており,これによって支障が生じてもいなかったのであって,
原告に職務怠慢はない。出勤簿改ざんの事実もなく,A事務次長も別
紙1においてそのような指摘はしていない。
また,救急業務連絡委員会の資料の点については,他ならぬA事務15
次長が,医事課に対して分析資料を提出するように求めたことから,
原告は,委員長と協議の上,資料を提出したのであり,委員会の場で
も資料の内容や分量が問題視されることはなかった。A事務次長の叱
責は理由のないものである。
個人情報保護委員会については,委員長である院長の意向で開催さ20
れなかった。
発言5について
被告の指摘する新たな課の設立に関する資料については,原告は,被
告の求める内容を正しく含んだものを作成し提出している。
発言6について25
共用ディスクの整理に関しては,原告が院長から指示されて行ったも
のであり,作業にもさして時間を要さなかった。優先順位の低い業務
を優先し,他の業務を滞らせたという被告の指摘は当たらない。
発言7について
個人情報保護方針等の変更について,包括同意を入れるという指示を
行ったのはA事務次長であり,原告の業務遂行に問題はなかった。5
【被告の主張】
アA事務次長の行為の違法性をいう主張について
A事務次長が発言1ないし発言7のとおり発言をしたことは認めるが,
その余は否認し争う。A事務次長は,そもそも部署の異なる原告と毎日
顔を合わせるようなことはなかったし,会議において毎回のように原告10
の人格を否定したり,降格を示唆したりする暴言を吐いたり,机を叩い
たりしたという事実はなく,長時間にわたり執拗に非難されたと評価さ
れるような叱責を行ったこともない。
原告からの報告や相談と称するものは,本来,A事務次長に報告や相
談をする必要もないものも含まれていた。原告がやり取りを録音してい15
たことからして,原告は,わざと不必要な相談を行い,ふてくされたよ
うな態度で応対することによってA事務次長を怒らせ,その発言を録音
した可能性すらあるものである。
イ原告とA事務次長との関係性
原告とA事務次長は,平成8年頃に知り合って以降,20年以上にわた20
って良好な関係を築いており,原告が本件病院に入職したのも,A事務
次長が原告の能力を評価して招聘したためである。入職後も,原告がA
事務次長の出張やお遍路巡り,ゴルフ等に同行するなど,親密な交友関
係にあった。そのような中で,原告が上記のとおり管理職として問題の
ある行動を繰り返していたことから,A事務次長は,原告自身の成長の25
ため,ひいては本件病院のために,熱心に助言,忠告をしていたのであ
る。
ウ指導の必要性,相当性
前提
原告は,医事課長として,業務上の重大な問題を生じさせていた。A
事務次長の発言1ないし発言7は,そのような中で,原告に対し,管5
理職としての自覚を促し,資質を向上させるため,次のとおり業務上
必要な注意をしたものである。
発言1について
このとき,原告は,入院患者数集計表における入院患者数(以下「地
区別ベースの患者数」という。)と,診療行為分析表における入院患10
者数(以下「請求ベースの患者数」,地区別ベースの患者数と請求ベ
ースの患者数を合わせて「両数値」という。)の齟齬について報告を
したが,その報告内容が拙く,重要部分についてすら理解できるよう
な説明をしなかった。さらに,原告は,当該問題を外部委託業者の責
任とし,自分には何の責任もないとして,責任回避に終始する態度を15
とった。したがって,A事務次長が,業務上の注意勧告を行ったもの
である。
発言2について
このときは,医事課の所管である診療報酬改定への対応に不備があり,
診療報酬が未請求となる問題が発覚していたにもかかわらず,原告が,20
外部委託業者や部下の責任であるという責任逃れの態度に終始したこ
とから,A事務次長が,原告に対して業務上の注意を行ったものであ
る。
また,医事課職員がMAに対して,定年退職に関する誤った説明を行
ったことについて,部下の中から犯人捜しをしないよう,また自ら率25
先して正しい情報を調べるよう指導したにすぎない。
発言3について
このときは,A事務次長が,原告に対し,会議の1週間前から患者満
足度調査結果の提出を求めていた(なお,発言3にかかるやり取りの
うちに,原告が平成28年12月の1週目ないし十何日かが締切であ
ることを認める発言がある。)にもかかわらず,原告は集計管理を怠5
り,提出期限に間に合わせることができなかった。当該会議の場でA
事務次長が原告にそのことを問いただしたところ,原告がふてくされ
た態度で言い訳をしたため,注意を促したものである。
発言4について
このときは,原告がMAの勤怠管理を怠り,出勤簿の改ざんをしてい10
たことが発覚しており,さらに,会議において必要以上に大部の資料
を提出する,医事課長として開催すべき個人情報委員会を開催してい
ないなどの事実が明らかになってもいたことから,A事務次長が,原
告に対して注意喚起をしたものである。
発言5について15
このときは,原告は,指示していた事務分掌に関する資料について,
考慮要素の重要度を正しく反映しないものを提出したことから,注意
喚起をしたものである。
発言6について
このときは,原告が,優先すべき業務を後回しにして,優先度の低い20
共用ディスクの整理を先行させていたことから,これを諫めるために
注意をしたものである。なお,原告は,共用ディスクの整理は院長の
指示であると主張するが,そのような事実はない。
発言7について
このときは,原告が,個人情報保護方針の改訂が必要となった根拠や,25
包括同意にまつわる点について正しい理解をしていなかったことから,
それを確認し,問いただしたものである。また,原告の行った人事評
価の内容にも,不適切な記載があったことから,それに対する注意を
したのみであり,いずれの点についても必要な指導の範疇である。
以上のとおり,発言1ないし発言7について,A事務次長は,いずれ
も原告に対する指導の必要性があって叱責を行っている。5
⑵争点②(A事務次長の行為と原告の適応障害との因果関係)について
【原告の主張】
原告は,A事務次長による一連のパワーハラスメント行為により,適応障
害を発症したとの診断を受けた。当該診断は,医師が,症状や生活歴に関
する必要な聴取を経て,反応性所見を認め,原告の抑うつ症状を業務に起10
因するものと判断したものである。被告が主張するICD-10の基準に
しても,持続的ストレスの場面では,ストレスを受けてから,ストレスに
抵抗する時期等の一定期間を踏まえてストレス反応を発症するというのは,
職場のメンタルヘルスで常識的に共有される事柄であるし,そもそも原告
は,発言1ないし発言7の場面以外にも,平成29年4月まで継続的にス15
トレス因子にさらされていたとみられるのであるから,適応障害の診断は
然るべきものである。録音反訳は,業務上,会議や打合せの記録を残す必
要があったため,やむなく苦痛をこらえて作業を行ったのであり,適応障
害の発症を否定する事情にはならない。
【被告の主張】20
原告は,A事務次長の行為によって適応障害を発症したものではない。I
CD-10の基準によると,適応障害は,ストレス性の出来事があってか
ら通常1か月以内に発症し,その症状は通常6か月を超えないとされてい
る。しかし,原告がストレス反応を発症したと主張する平成29年4月は,
原告が激しいパワーハラスメントを受けるようになったと主張する平成225
8年10月から6か月以上が経過した時点であるし,同年5月1日付けの
診断書によると,病気休暇取得後に症状が悪化した様子がみられることか
らすると,ICD-10の基準に合致せず,原告の適応障害の発症及びA
事務次長の行為との因果関係は疑わしい。なお,原告が自ら,パワーハラ
スメントが行われたと主張する場の録音を聞き直して反訳を作成している
ことからも,同様にいうことができる。5
⑶争点③(A事務次長の行為と因果関係のある損害)について
【原告の主張】
原告は,前記⑴の【原告の主張】記載のとおりのA事務次長の行為により,
適応障害及びストレスに伴う胃腸炎,睡眠障害,息苦しさ等の症状を発症
した。これにより,原告は,次のとおりの損害を負った。10
ア治療費,診断書作成費,薬代計15万4190円
通院等の履歴は,別紙2及び3記載のとおりである。なお,通院した病
院,目的及び通院期間については次のとおりである。
南晴病院精神科
適応障害の治療のため,平成29年4月17日から同年10月1415
日まで通院。
ことぶき共同診療所精神科
平成29年11月8日から平成28年1月16日まで通院。
南晴病院から転院した。
山高クリニック胃腸科20
胃腸痛の改善のため,平成29年4月17日から同年9月19日まで
通院。
おなかクリニック胃腸科
胃腸痛の改善,内視鏡検査等実施のため,平成29年7月28日から
同年10月15日まで通院。25
池谷医院循環器科
息苦しさ及び睡眠障害の改善のため,平成29年10月4日から同年
10月21日まで通院。
大塚歯科医院
池谷医院の紹介にて,マウスピース作成のため平成29年10月21
日から同年11月11日まで通院。5
イ通院交通費計10万2902円
原告は,上記アのとおり各病院に通院し,通院交通費として別紙3記載
のとおりの損害を負った。
なお,a市所在の原告の自宅から大田区の南晴病院まで通院した理由に
ついて,原告は,職場があるa市内の病院を受診することは憚られたこ10
とから,近隣の市区町村の病院を探したが,当日初診の予約を取ること
のできる病院がなかった。そこで,原告は,当時体調が悪かったことか
ら,横浜市d区に所在する原告の実家に滞在し,そこから通院すること
を念頭に置いて,知人の紹介を受け,南晴病院を受診したものである。
結局のところ,原告の体調が非常に悪く,実家に戻ることも困難であっ15
たため,a市の自宅から南晴病院に通院することもあった。通院の方法
としては,当初は友人に車で送迎してもらい,体調がある程度回復して
からは,自分で車を運転して通院していた。友人に送迎してもらった際
は,ガソリン代と駐車場代は原告が負担していた。
また,南晴病院で処方された薬をあきる野市の薬局で受け取っているの20
は,南晴病院を最初に受診した際,当該薬品の在庫がなく,自宅付近で
在庫のある薬局を探したところ,当該あきる野市の薬局に在庫があった
ためである。
ウ休業損害計71万7486円
給与減額分25
原告は,平成29年4月17日から同年7月16日まで病気休暇を取
得し,翌日から同年8月21日まで分限休職処分を受けたため,平成
29年5月から7月支給分の給与(諸手当含む)を,次のとおり減額
された。
5月~7月支給分月当たり7万7797円の減額
8月支給分11万3160円の減額5
賞与減額分
原告は,上記のとおりの休職により,平成29年6月及び12月支給
分の賞与(諸手当含む)を,次のとおり減額された。
6月支給分16万1043円の減額
12月支給分20万9892円の減額10
エ慰謝料300万0000円
原告は,A事務次長から半年以上の長きにわたり,ほぼ毎日のように悪
質なパワーハラスメントを受け,人格権及び良好な職場環境のもとで働
く権利を侵害され,甚大な精神的苦痛を被った。A事務次長の行為によ
り原告の受けた精神的損害を金銭に換算するならば,300万円を下ら15
ない。
オ弁護士費用49万7458円
原告は,本件に関して,弁護士に依頼しての訴訟追行を余儀なくされた
のであり,本件と因果関係のある損害としての弁護士費用は,後記⑸の
【原告の主張】において主張する損害も考慮して,49万7458円を20
下回らないというべきである。
【被告の主張】
いずれも否認し争う。
通院交通費について,原告があえて遠方である南晴病院に通院する必要性
はない。また,同病院での処方薬は同病院の近くの薬局で受け取ればよく,25
あきる野市の薬局に受け取りに行く必要はない。
⑷争点④(B事務長及びC庶務課長の行為についての安全配慮義務違反)に
ついて
【原告の主張】
B事務長及びC庶務課長は,少なくとも,平成28年10月28日の会議
及び同年12月9日の会議に同席し,発言1及び発言3を耳にしていた。5
また,A事務次長の席は,B事務長の席からよく見え,音も聞こえる位置
にあった。
そして,B事務長及びC庶務課長は,上記会議の場において,A事務次長
が原告に対して暴言を吐いているのを止めることもせず,注意や指導など
の適切な措置を採ることはなかった。さらに,発言1ないし発言7以外の10
場面で,A事務次長の暴言に対し,B事務長が笑うような様子すらみられ
た。このことからして,両名には,パワーハラスメントを防止する意識が
皆無であったといわざるを得ず,被告は安全配慮義務を怠ったといえる。
また,B事務長及びC庶務課長は,原告の休職後,A事務次長に対する指
導や処分を行わず,原告の復帰時も,A事務次長との接触の機会をなくす15
ため,原告の行動,職域のみを制限し,A事務次長の行為を何ら制限しな
いなど,復帰に際して適切な環境調整を行わなかった。この点からも被告
には安全配慮義務違反がある。
【被告の主張】
B事務長は,A事務次長の発言が原告に対する必要な指導であったことか20
ら,当該発言をパワーハラスメントと認識することはなく,原告が休職前
にパワーハラスメントを訴えたこともなかった。
休職中の原告がパワーハラスメントを訴えた後,被告は,B事務長及びA
事務次長に対し,それぞれ口頭注意と訓告処分を行い,原告の復職に向け,
適切な対応を行った。被告に安全配慮義務違反はない。25
⑸争点⑤(B事務長及びC庶務課長の行為と因果関係ある損害)について
【原告の主張】
原告の適応障害及びその他の身体症状の発症は,A事務次長の行為を助長
した被告の安全配慮義務違反にも起因している。したがって,上記⑶の
【原告の主張】アないしウは,安全配慮義務違反とも因果関係のある損害
である。5
また,原告は,被告の安全配慮義務違反により,人格権及び良好な職場環
境のもとで働く権利を害され,甚大な精神的苦痛を被った。この精神的損
害を金銭に換算するならば,100万円を下らない。
【被告の主張】
否認し争う。10
第3当裁判所の判断
1認定事実(証拠等を掲記した事実以外は当事者間に争いがない。なお,掲記
した証拠は特に断らない限り枝番を含む。)
⑴本件病院の組織
ア本件病院は,内科,精神科,循環器内科,腎臓内科,小児科,外科,消化15
器外科,整形外科,脳神経外科等の診療科を有する総合病院であり,平成
28年4月1日時点での職員数は,常勤の職員は,医師が58人,看護師
が292人,薬剤師が12人,その他技師が56人,事務が25人であ
り,非常勤職員も含めると,520人余りが勤務していた(甲4)。
イ本件病院には,院長及び副院長の下,事務部,診療部,医療技術部,薬剤20
部及び看護部等があり,本件病院の経営にかかわる事項は,院長直属の経
営会議で決定することとされており,本件病院の重要事項については,経
営会議の下部組織である経営調整会議で検討することとされていた(甲
4,乙15)。
ウ経営調整会議は,平成26年当時,院長,副院長,看護部長並びに事務部25
の管理職である事務長,事務次長及び課長が出席し,事前に事務部内での
検討をしないまま,事務部提出の議案を経営調整会議で検討していた。B
事務長は,上記のような経営調整会議の在り方を改める必要を感じ,A事
務次長に指示をし,平成27年4月から,経営調整会議に臨むに当たり,
事前に事務部の管理職で議案を検討する場を設けることとし,そのような
場として,事務部内に事務部管理職会議(事務部調整会議)を新たに設5
け,事務長,事務次長及び課長が出席し,経営調整会議に提出する議題を
検討するとともに,それ以外の事務部内の課題等についても検討するよう
にした。それに伴い,事務部からの経営調整会議の出席者は事務長のみと
なった(甲4,乙15)。
⑵事務部の組織構造及び職務分掌10
ア平成28年4月1日当時の事務部の職員配属は,別紙4のとおりであり,
B事務長以下24名の職員が配属されていた(甲4,乙2)。
イ事務長は,院長の命を受け,病院の事務を掌り,所属職員を指揮監督す
る職責がある(争いのない事実)。また,事務部でのハラスメント防止
の責任者である(証人B)。15
ウ事務次長は,上司の命を受け,部内の調整等を行うことにより事務長を
補佐し,また事務長不在の際にはその職務を代理する職責がある(甲6
(11条の2))。
エ課長は,上司の命を受け,課の業務を掌り,所属職員を指揮監督する職
責がある。課長の直属の上司は事務長及び事務次長である(甲6(1220
条1項),94,乙2,15)。
オ庶務課は,病院全体の庶務及び部内庶務に関すること,病院各部署との
連絡調整に関すること,職員の労働安全衛生に関すること等を所掌事務
としていた(甲6(別表1))。
カ医事課は,入院・外来業務に関すること,健診センターに関すること,25
救急業務に関すること,診療報酬に関すること等を所掌事務としていた
(甲6(別表1))。
⑶配席
ア平成28年度の事務長室及び事務室は,事務部が所属する建物の2階
にあり,配席は別紙5のとおりであった。このうち,「事務次長席」と
記載されている席がA事務次長,「事務長席」と記載されている席がB5
事務長,「庶務課長席」と記載されている席がC庶務課長の席であった。
D及びEは,「経理課」と記載されている島に着席していた。また,原
告の席は1階にあった(乙1,原告本人,証人D,証人E)。
イ上記アのB事務長席は,個室内にあるが,医事課システム担当主任席
との間の扉は,通常開けたままにされていた(原告本人,証人B)。10
⑷A事務次長の叱責や原告の様子
ア事務長席から事務次長席までの距離は,4メートルないし5メートル程
度であり,A事務次長の自席での叱責の声は,事務長席のB事務長にも
聞こえていた(証人B)。
イ経理課席にいたD及びEは,原告が事務次長席でA事務次長に叱責され15
ているのを聞いたことがあった(証人D,証人E)。
ウ甲8ないし14にかかるやり取りにおいて,括弧書きで「机を叩く」,
「ペンで机を叩く」等と,机を叩くことに関する記載がある部分には,
A事務次長が,話しながら,掌やペン等で机を叩いた音が録音されてい
る(甲8から14)。20
⑸発言1(平成28年10月28日午前9時,事務部調整会議)について
ア発言1は,原告が,事務部調整会議において,地区別ベースの患者数と
請求ベースの患者数の差異が大きくなったことについて報告を行ったこ
とが発端となったものである(甲8)。
イ地区別ベースの患者数及び請求ベースの患者数は,それぞれの前提とな25
る集計方法が異なるため,通常,両数値は一致しない(甲39,原告本
人)。
ウ本件病院では,病院情報システム管理業務を富士通エフ・アイ・ピー株
式会社(以下「富士通FIP」という。)に委託しており,診療行為分
析表は,富士通FIPが作成していた。
エ医事課の担当職員は,平成28年10月21日頃,同年9月分の両数値5
の差異が他の月よりも大きいことに気付き,富士通FIPに問合せをし
た。富士通FIPは,同月28日の午後4時に,差異の原因についての
中間報告を行った(甲39)。
オ両数値の差異が大きくなった原因は,富士通FIPの条件設定漏れであ
り,後に該当期間の帳票は修正された(甲39)。10
カA事務次長は,発言1の際,別紙1の「平成28年10月28日事務
部調整会議」欄記載の発言のほか,同発言の前に,「何でどうしようと
したの結局」,「いつまでたっても直ってない現状に対して,ホウレン
ソウもなくて。何もしないで。やってるのが,現実の医事課なの。それ
で,結局,経理が分かるってこと。おかしいぜ,そのロジックどう考え15
ても。」などと発言をした。
また,B事務次長は,別紙1の「平成28年10月28日事務部調整
会議」欄記載のA事務次長の発言の途中において,「時間がないんで,
ちょっと文書かなんかにされて。今,最初に言ってることと。今,いっ
てることとちがってるから」などと発言し,文書での提出を命じて締め20
括ろうとした。しかし,A事務次長は,その後も,別紙1の「平成28
年10月28日事務部調整会議」欄記載の発言を続けた(甲8)。
キ発言1がなされた際のやり取りは,時間にして14分間程度であった
(甲8)。
⑹発言2(同年11月10日,ミーティングルーム)について25
ア初期加算の算定漏れに関する部分
発言2の前半は,原告が,地域包括ケアの初期加算の算定漏れがあっ
たことについて,A事務次長に報告したことに対するものである。この
とき,A事務次長は,原告に対し,別紙1の「平成28年11月10日
ミーティングルーム」欄記載の発言の前に,原告の作成してきた文書の
記載について「そんなことわかんねえよ。俺は読んでんだけなんだよ。5
あーん。これ何いいてえの」,「(原告が自身の管理不足を述べたこと
に対し)どこにもかいてねえ。一番はじめに書くんじゃねえの。」など
と発言した。(甲9)。
本件病院では,診療報酬算定を株式会社ソラスト(以下「ソラスト」
という。)に委託していた。10
診療報酬算定の漏れが生じた直接の原因は,ソラストの担当者が,地
域包括ケア初期加算について認識していなかったことであった(甲5
9)。
イMAの定年に関する部分
発言2の後半は,A事務次長が,MAの定年退職年齢について医事課職15
員が説明したことに関し,原告に発言したものである。このとき,A事
務次長は,原告に対し「言われた方の身になったことがあんの。あなた
は。そんなことで誰が,言っただなんて言われた方のみになれよ。」,
「その前にお前がどういう風になっているかって調べることが先じゃな
いの」などと述べた(甲9)。20
ウ発言2がなされた際のやり取りは,時間にして40分間程度であった
(甲9)。
⑺発言3(同年12月9日,事務部調整会議)について
ア発言3は,会議内で,原告が医事課業務に関する報告をしていたところ,
A事務次長が原告に対し患者満足度調査について質問したことによるも25
のである。このとき,A事務次長は,原告に対し,「(集計が)まだ終
わらないの」,「多いから大変だからって,こっちに迷惑かけてもいい
んだ」などと述べた(甲11)。
イ平成28年度の患者満足度調査は,入院患者について平成28年10月
31日から同年11月18日までの期間,外来患者について同年10月
31日から同年11月7日までの期間に行われ,調査結果については回5
収後に集計して報告書にまとめ,調整会議及び経営会議の了承を得たう
えで,院内及び病院だよりに掲示し,平成29年1月末までにホームペ
ージに掲載するとされていた(甲64の2)。
ウ平成28年12月6日に本件病院改革プランワーキング会議が開催され
た際は,患者満足度調査に関する話題は特に出されなかった。なお,同10
会議にはA事務次長も出席していた(甲65)。
エ同月13日の本件病院改革プラン策定委員会において,原告は,患者満
足度調査に関する報告をした。この報告に対して,出席者から特段の意
見や問題提起はなされなかった。なお,同委員会には,A事務次長も出
席していた(甲66)。15
オ発言3がなされた際のやり取りは,時間にして10分間程度であった
(甲11)。
⑻発言4(同日,事務室内)について
ア発言4は,原告が,上記⑺にかかる事務部調整会議の後,事務次長席に,
患者満足度調査の暫定の集計結果を持参し,A事務次長に対して報告を20
行った際のものである(甲10,原告本人)。
イMAの出退勤管理
発言4の序盤は,A事務次長が,原告の行っているMAの出退勤管理
業務について言及したものである(甲10)。
管理職による勤怠管理は,システムに入力する形で行われているが,25
被告において,出退勤の管理自体が適切になされている限り,1か月程
度の日数分をまとめて入力すること自体を特に問題視していたことはな
かった。原告は,システム入力を1か月分程度まとめて行っていた(証
人B,原告本人)。
ウ救急業務連絡委員会資料
発言4の中盤は,A事務次長が,原告が救急業務連絡委員会に提出し5
ようとしていた資料について言及したものである(甲10)。
平成28年10月18日に開催された救急業務連絡委員会において,
A事務次長が,同委員会への提出資料として,医事課が資料を作成す
るよう提案した(甲42。なお,同記載中の「A委員」とある提案が,
A事務次長のものであることにつき争いはない。)。10
原告は,医事課職員の協力も得て,同年10月及び同年11月開催の
救急業務連絡委員会に,資料を作成し提出した。これらは,総ページ
数32頁ないし63頁で構成されたものであり,冒頭数頁が目次及び
要録(レジュメ)の部分,残りの頁が参照資料であった(乙19,2
0)。15
の資料の分量や内
容につき,特段の言及はなされなかった。また,次回以降資料は不要
であるという発言もなかった(乙21)。
エ個人情報保護委員会
発言4の終盤は,原告が,監査が予定されていることを考慮して,個20
人情報保護委員会を開催すべきではないかという旨の提案をしたことに
対するA事務次長の発言である(甲10)。
本件病院の個人情報保護委員会設置要綱では,個人情報委員会は院長
を委員長として構成され,年1回の開催が定められている。招集は委員
長の権限とされている。委員としては,医事課長のほか,事務長,事務25
次長,庶務課長も含まれる(甲43)。
平成27年の個人情報委員会は,開催されなかった。
オ発言4がなされた際のやり取りは,時間にして15分間程度であった
(甲10)。
⑼発言5(平成29年1月24日,ミーティングルーム)について
ア発言5は,原告が,新設予定の診療情報管理課の事務分掌に関し,文書5
を作成して持参した際のものである(甲12,原告本人)。
イ上記アで原告が持参した書面では,冒頭に,今回の組織改正での目標と
して「機能評価の対応」の項目が筆頭に挙げられ,次いで,新設の課に
おいて新たに取り組む業務,既存の課題の解決,新設の課の事務分掌等
が記載されていた(甲44の1)。これについて,A事務次長は,「あ10
ー勘違いだね。機能評価なんて誰がやれって言った。」と述べ,原告が
新設の課でやっていきたいことである旨返答したのに対し,「ただ,も
う視点がずれてる。」,「前の問題を解決する気がないんだもん」等と
述べて,その後別紙1の「平成29年1月24日報告(ミーティング
ルーム)」欄記載の発言をした。さらに,同発言の間に,「あなたのこ15
とを評価している部下がいないんですよ。」,「俺が何を心配している
かっていうと君じゃないんだよ。あなたのために迷惑のかかった周りの
人のことで気にしてるんだよ」,「管理職っていうのは自己責任なんだ
よ。全部責任を背負うんだよ。」などと述べた(甲12)。
ウ発言5がなされた際のやり取りは,時間にして50分間程度であった。20
(甲12)。
⑽発言6(同月26日,ミーティングルーム)について
ア発言6は,原告が共用ディスクのフォルダ整理に関する報告を行った際
のものである(甲13)。
イ共用ディスクの整理に関しては,同月25日の経営会議において提案さ25
れ,院長も同旨の意見を述べて,どこのセクションがやるのかと尋ねた
のに対し,原告が検討するとの応答をした(甲45の1,2)。
ウ発言6がなされた際のやり取りは,時間にして54分間程度であった
(甲13)。
⑾発言7(同年2月27日,ミーティングルーム)について
ア個人情報保護方針の変更5
発言7の前半は,原告が,個人情報保護委員会への提出議題として,個
人情報方針の変更に関する資料を持参した際のものである(甲14,7
2)。
イ人事評価
発言7の後半は,原告が行った人事評価の内容について,A事務次長10
が言及したものである(甲14)。
原告は,平成28年度の人事評価一次評価者として,F職員について,
評価理由のうちに,飲酒癖に対する注意事項を記載した(乙25,原
告本人)。
ウ発言7がなされた際のやり取りは,時間にして1時間14分程度であっ15
た(甲14)。
⑿録音にまつわる事情(原告本人)
ア甲8ないし14のやり取りは,いずれも原告が録音機器を用いて録音し,
反訳を作成したものである。
イ原告は,録音を行う際,録音機器をワイシャツの胸ポケットに入れて行20
っていた。
⒀原告とA事務次長との関係性
ア原告は,平成8年にA事務次長と同じ部署で勤務を行ったことがあり,
その時からA事務次長と面識を有していた(原告本人)。
イ原告が本件病院に入職した後は,原告は,A事務次長のお遍路巡りを兼25
ねた四国旅行に同行したり,一緒にゴルフをしたりしたことがあった
(原告本人)。
⒁B事務長及びC庶務課長の対応
アB事務長及びC庶務課長は,発言1及び発言3がなされた事務部調整会
議に出席していたが,A事務次長の発言に対して,制止や注意等はしな
かった(甲8,11,証人B)。5
イB事務長は,原告の休職後,A事務次長に対して,この時代では,この
言葉を使うと,パワーハラスメントという風に取られてしまうという旨
の注意をした(証人B)。
ウA事務次長は,本件に関し訓告処分を受けたが,懲戒処分は受けていな
い(証人B)。10
⒂原告による通院等の事実
ア原告は,睡眠障害や,耳鳴り,食欲不振,胃腸痛等の症状を覚えるよう
になり,平成29年4月12日から有給休暇を取得した。同月17日,
東京都八王子市e町所在の山高クリニックを受診し,胃腸炎と診断され
た(甲15,甲94,証人B)。15
イ原告は,同日,大田区f所在の南晴病院精神科を受診し,同病院のG医
師(以下「G医師」という。)から,職場の上司(事務次長)から過度
に威圧的な言動を受け続けたことによる適応障害である旨診断された
(甲16)。なお,原告は,同病院について,所属する労働組合から紹
介を受けたものである(争いのない事実)。20
ウ原告は,胃腸痛等の症状が続いていたことから,同年7月26日以降,
再度山高クリニックに通院するようになり,同病院の紹介で東京都八王
子市g町所在のおなかクリニックにも通院し,内視鏡検査及び治療を受
けた(甲94)。
エ原告は,別紙2(上記アないしウの通院を含む)のとおり,通院治療を25
受け,治療費及び薬剤費等を支払った(甲27の1ないし54)。また,
原告は,南晴病院,ことぶき共同診療所,山高クリニック及びおなかク
リニックへの通院治療の際の駐車料金として,合計1万3700円を支
出した(甲28の1ないし16)。
オ原告は,休職期間中,東京都a市の自宅と,横浜市d区所在の実家とを
行き来して生活しており,休職期間の初めころは,通院や実家との行き5
来は,友人や兄に依頼して送迎をしてもらっていた(甲116,証人
D)。
カ原告が南晴病院を受診したのは,自宅付近の病院は同僚等の目が気にな
り選択できなかったところ,実家からの通院を想定して探した結果,実
家からの所要時間30分程度のところに位置する南晴病院が,偶然予約10
を取ることができる状態にあったためである。病態や治療内容からして,
南晴病院でしか治療ができないというものではなかった(甲94,原告
本人)。
⒃原告の収入の変動
ア原告の平成29年3月及び4月支給の給与の支給額計は,いずれも5915
万6447円であり,このうち基本給が45万1000円,地域手当が
7万7797円,管理職手当が6万7650円であった(甲29の1,
2)。
イ原告の同年5月ないし7月支給の給与の支給額計は,いずれも51万8
650円であり,このうち基本給が45万1000円,地域手当が6万20
7650円で,管理職手当は支払われなかった(甲29の3ないし5)。
ウ原告の同年8月支給の給与の支給額計は,48万3287円であり,こ
のうち基本給が39万7700円で,地域手当が6万9802円,管理
職手当が6万7650円であり,差額遡及として5万1865円が差し
引かれていた(甲29の6)。25
エ原告の同年9月支給の給与の支給額計は,59万6447円であり,内
訳は上記アと同様であった(甲29の7)。
オ原告の同年6月及び同年12月支給の賞与について,原告の同年3月及
び同年4月支給にかかる基本給額45万1000円を前提とすると,6
月支給分につき122万2716円,12月支給分につき125万25
38円が支給されるべきであった(基礎となる金額59万6447円5
(基本給45万1000円+地域手当6万7650円+職務段階加算7
万7797円の合計額)に,支給率(6月支給分につき2.05,12
月支給分につき2.1)を乗じた額。ただし小数点以下切捨て。)(甲
30,31,32,33,35)。
カ原告の同年6月支給の賞与の支給額計は,106万1675円であっ10
た(甲34)。
キ原告の同年12月支給の賞与の支給額計は,104万2648円であっ
た(甲36)。
⒄原告に対する適応障害の診断について
アG医師は,平成29年4月17日の診察において,原告に問診をした。15
その中で,A事務次長により受けた行為の他,A事務次長以外の者(家
族を含む)との関係や,うつ病等の既往歴,不登校歴等についても聴き
取り,前記⒂イのとおり,適応障害と診断した(甲79の3)。
イG医師は,同年5月1日にも,原告について適応障害との診断書を作成
しており,その内容には,「上司(事務次長)からの過度に威圧的な言20
動を受け…不安,緊張,不眠,耳鳴,ストレス性胃腸炎症状,抑鬱感,
情動動揺等の症状が出現増悪し,前記診断される。」と記載されていた
(甲17)。なお,原告は,同日の診療において,気分が良くなった旨
述べた(甲79の3)。
ウ原告は,平成29年8月1日に,被告の指示で,本件病院の精神科であ25
る医H医師の診察を受け,病名は適応障害で,これによる症状はほぼ軽
快しており,職場調整の上復帰可能な状態であると診断されている(甲
86)。
エ原告は,同月3日,被告の指示で,被告産業医であるI医師の診察を受
けた。この時の診療録には,0(客観的情報)欄に「事務次長からの昨
年秋頃から半年にわたるパワハラが誘因」,A(評価)欄に「適応障害5
なので復職のためには今回のエピソードの誘因からの隔離が必要」と記
載された(甲87)。
オICD-10においては,適応障害の発症は通常,ストレス性の出来事,
あるいは生活の変化が生じてから1か月以内であり,症状の持続は遷延
性抑うつ反応の場合を除いて通常6か月を超えない(6か月を超えて症10
状が持続するならば,診断はその時点での臨床病像に応じて変更すべき
である。)とされている(乙4)。
カG医師は,その意見書において,ICD-10の基準は本来短期のスト
レスを想定しているものであって,原告は,平成29年4月まで継続的
にストレスにさらされていたとみられることを考慮すると,適応障害と15
の診断に不整合はなく,また,原告に対する診断については,外因性は
なく,内因性の中核症状とされる精神病性の要素を認めず,むしろ職場
に関連する事項や,A事務次長を想起する状況に甚だしい情動反応を示
したことから,反応性が強く示唆されたことを指摘した(甲78)。
キ被告協力医のJ医師(Kクリニック医師,L大学心理学部教授)は,意20
見書において,原告に対する適応障害との診断について,強度のストレ
ス因としてA事務次長の不適切あるいは過剰な叱責行動を挙げつつも,
他の原因(入院患者数の把握過誤,地域包括ケア病棟の初期加算算定漏
れ,(いずれも強度「中」)及び強度「弱」のストレス因5項目)を挙
げた。また,診断医が,A事務次長との関係での過剰適応や,業務にお25
いて表面的な言い訳に終始し,管理職として業務遅滞をもたらしたこと
の原因を精査することなく,外因性,内因性を否定したことを問題とし,
適応障害の診断に当たっては,ストレス因のみならず,パーソナリティ
や特性,生育史等の背景が精査されるべきであると指摘している(乙1
4)。
⒅原告の復職に当たっての措置5
ア原告の復職に当たっては,段階的に就業時間を増やす復職プログラムが
実施された(原告本人,証人B)。
イ原告の復職後,A事務次長の職域や行動について,原告に接触しないと
いう以外に特段の制限は設けられず,原告は,会議等には一切出ないよ
う指示された(原告本人,証人B)。10
2争点①(A事務次長の行為の違法性)
⑴前提
被告は,特別地方公共団体(一部事務組合)であり,その職員に対する指
揮監督ないし安全管理作用は,国賠法1条1項にいう「公権力の行使」に
当たると解される。15
そして,一般に,パワーハラスメントとは,同じ職場で働く者に対して,
職務上の地位や人間関係等の職場内の優位性を背景に,業務の適正な範囲
を超えて,精神的,身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為を
いい,この限度に至った行為は,国賠法上も違法と評価すべきである。
本件で,前記認定事実⑵ア及びエのとおり,A事務次長は,原告の直属の20
上司であり,両名の会話の録音反訳(甲8ないし14)におけるやり取り
の内容や,このときの双方の態度に鑑み,A事務次長が原告の報告を受け,
助言をするような優位の立場であったことは,明らかというべきである。
そこで,原告の主張する7つの発言について,それぞれが上記違法行為に
該当するか検討する。25
⑵発言1について
ア前記認定事実⑸アのとおり,A事務次長による発言1は,平成28年9
月の地区別ベースの患者数と請求ベースの患者数の差異が75件に達し
たことについて,事務部調整会議において,原告に対し,担当課長とし
て説明を求めた際のものと認められる。
イその際の原告の説明は,医事課の担当者が,地区別ベースの患者数と5
請求ベースの患者数の差異があったことに気が付いた時期,差異が生
じることに対する対策,原告の事実関係の把握等について,B事務長
等から尋ねられたことに対して回答しているものであるが,説明内容
は曖昧であり,会議の当初と途中の説明内容が食い違うとも受け取ら
れる内容であって,要領を得ない説明内容であったといわざるを得な10
い。
そのような原告の説明内容からすると,原告に対し,事実関係を把握
した的確な報告をするよう求めることは,上司であるA事務次長の職
責の範囲内のものというべきである。この点,前記認定事実⑸カにお
いて認定する事実のうち,A事務次長が,原告に対し,「何でどうし15
ようとしたの結局」,「いつまでたっても直ってない現状に対して,
ホウレンソウもなくて。何もしないで。やってるのが,現実の医事課
なの。それで,結局,経理が分かるってこと。おかしいぜ,そのロジ
ックどう考えても。」などと発言した部分は,原告が医事課長として
現状把握が不十分であること,対応策を十分検討していないこと等を20
指摘するものであって,業務上の必要性を否定することはできないも
のというべきである。
これに対し,原告は,地区別ベースの患者数と請求ベースの患者数が,
集計方法の相違により数値が合致しないものであり,原告において,
外部委託業者にその原因を確認しており,そのことを事務部調整会議25
において報告したなどとして,原告の対応に問題がなかった旨主張す
る。
しかしながら,地区別ベースの患者数と請求ベースの患者数が合致す
るとは限らないものであるとしても,前記認定のとおり,事務部調整
会議における原告の説明は,要領を得ないものであり,途中で説明内
容が変遷しているとも受け取られかねないものであったと認められる5
ことからすると,事務部調整会議における原告の説明に問題がなかっ
たということはできない。
したがって,原告の主張を採用することはできない。
ウもっとも,上記イの点を踏まえても,前記認定事実⑵ウア及び前記認定
事実⑷ウにおいて認定するとおり,発言1の内容は,上記の部分を超え,10
原告が嘘つきである,偉そうに言っているからむかつくなどと叱責ない
し罵倒するものであって,ペンで机を叩く動作も交えられたものであっ
た。加えて,他の管理職が居合わせる会議の最中に,14分間近くにわ
たって厳しい叱責や侮蔑的な発言をし,B事務長が文書での提出を命じ
て締め括ろうとした後も,さらに非難を続けたのであり(前記認定事実15
⑸カ及びキ),このような発言1の内容や態様からすると,発言1は,
業務上の必要性を超え不必要に原告の人格を非難するに至っているもの
と認められる。特に,原告の説明が嘘だという点について,確かに,問
合せを含む従前のチェック体制に不十分な点があったがために,この時
点まで問題が顕在化しなかった可能性はあるものの,証拠(甲8)によ20
ると,原告はこれについて「定期的に調べてくださいっていう形でやっ
て,直したり,直さなかったりとずっと来てたみたいなんです」と,担
当の対応に,直さない,すなわち不十分な点があったことを述べている。
また,「その段階で,僕もキャッチしてれば良かったんですけどすいま
せん」と,自身も差異が大きくなっていたことを把握していなかったの25
も認めており,殊更に虚偽を述べたというべき様子はないことをも考慮
すると,発言1は,職場内の優位性を背景に,業務の適正な範囲を超え
て精神的,身体的苦痛を与える行為に当たるものと認められる。
したがって,発言1は,国賠法上違法というべきである。
⑶発言2について
ア前記認定事実⑹ア及びイによると,発言2の前半は,地域包括ケアの5
初期加算算定漏れがあったことについての原告の報告に対するものであ
り,発言2の後半は,MAの定年退職年齢に対する情報提供に関してA
事務次長が言及したものである。
イA事務次長は,発言2の
中で,原告が算定漏れの事実について作成した報告書を見て,「何一つ10
出来もしない一番程度の低い人間が一番偉いって俺には聞こえるからむ
かつくんだよ」,「まともなこと一つもできもしねえ人間が」,「何気
取ってんの。だから無理だって言ってんだよ。だから,あなたが書いて
くんのはすべて見て腹も立つ。全部嘘だもん俺から言わせりゃ」と述べ
た。15
さらに,その後,報告とは無関係のMAの定年退職年齢に関することを
持ち出し,「おめーが馬鹿だからだべや。おめえの管理不足だからそん
なってることを俺はいってんだよ。」と言い,「一番恥なんだよ。人と
して。」,「お前みたいな嘘つきはいないよ。嘘つきと言い訳の塊の人
間なんだよお前。」,「生きてる価値なんかないんだから。」などとい20
う発言をしている。
このときのA事務次長の発言のうちには,
とおり,報告書の記載に対する指摘や問い質し,管理職としての態度に
対する注意を意図する部分も含まれるものの,前記前提事実⑵ウイのと
おり,「何一つ出来もしない一番程度の低い人間」,「人として恥」,25
「嘘つきと言い訳の塊の人間」,「生きてる価値なんかない」などとい
う罵倒を含むに至っており,これらの発言は,個別の行為や業務態度に
対する具体的な注意という範疇を超えて,人格全体に対する攻撃,否定
に及んでいるというべきである。
また,A事務次長の叱責及び罵倒は,机を叩く威圧的な動作も交え,
報告事項と無関係な事柄も引き合いに出しつつ,約40分間という長時5
間に及ぶものであった。
ウこの点について,被告は,原告が,算定漏れの事実に関して外部委託業
者や部下に責任を押し付けるような態度をとったり,MAの定年に関し
て誤った説明をした職員について犯人捜しのような言動をしたことに対
し,指導の必要に基づいて行った業務上の注意であると主張する。しか10
しながら,原告が当初提出した報告書の内容や,MAの定年退職年齢の
問題に関する態度が,責任逃れや犯人捜しのようなものであったという
ことを認めるに足る証拠はない。なお,被告の提出する乙3号証の報告
書は,発言2におけるA事務次長の読み上げとの間に齟齬があることな
どからして,このとき原告が提出した報告書ではないとみられるし,内15
容においても,同報告書では,初期加算について認識していなかった主
体が何者であるか特定されていないのであって,原告の説明と齟齬があ
るとはいえない。以上より,被告の主張を採用することはできない。
エしたがって,A事務次長による発言2は,そもそも業務上の必要性があ
るとはいい難いものであり,業務の適正な範囲を超えて精神的苦痛を与20
えるものとして,国賠法上違法な行為であると認められる。
⑷発言3について
ア前記認定事実⑺アのとおり,発言3は,事務部調整会議内において,原
告医事課業務に関する報告をしたところ,A事務次長が,患者満足度調
査について尋ねたことによるものである。25
この中で,A事務次長は,前記認定事実⑺アのとおり,原告に対し,患
者満足度調査の集計が遅れたことについて,叱責をした。
イこの点について,患者満足度調査業務の締切として客観的に明らかなの
は,前記認定事実⑺イのとおり,平成29年1月末までに,調整会議及
び経営会議の了承を得て,ホームページへの掲載等を行うということの
みであり,被告の主張するように,平成28年12月13日の会議の15
週間前,あるいは同月6日の会議までに提出する旨指示されたと認める
に足りる証拠はない。
そして,前記認定事実⑺ウのとおり,同月6日の会議において,原告
が患者満足度調査に関する報告を行わなかったにもかかわらず,これに
対し,A事務次長を含む他の出席者から問題提起はなかったことからす10
ると,6日の会議において報告をしなかったことにつき,問題があった
とは認められない。また,前記認定事実⑻アのとおり,当該事務部調整
会議の直後である発言4の冒頭に,原告が患者満足度調査の内容を持参
していることからすると,原告は,遅くともこの時点において,手元に
暫定の集計結果を用意することができていたこと,前記認定事実⑺エの15
とおり,原告は,同月13日の委員会において,患者満足度調査に関す
る報告を行い,それについて他の出席者から特段の意見は出なかったこ
とが認められる。このことからすると,原告が患者満足度調査の集計を
遅滞していたとまで認めることはできないというべきである。
なお,被告は,原告が同月1週目ないし十何日かの締切を自認する旨20
の発言をしていると主張する。しかし,被告が指摘するのは,甲11
(1頁)の「えーと12月の1週,だから,えーと入院の方は,じゅう」
という原告の発言であるところ,この発言部分は,患者満足度調査の調
査期間(通院と入院で期間が別に設定されている(前記認定事実⑺
イ)。)を指す可能性もあり,この発言から直ちに被告の主張が裏付け25
られるということはできない。
ウ前記前提とおり,A事務次長は,この日の
会議において集計結果が出されなかったことにつき,「なめてるのお
前。」,「何でおめーみていな馬鹿のため謝んなきゃいけねーんだ
よ。」,「責任とってないの。よくよく考えた方がいいんじゃねえか。」
などと発言したと認められる。5
しかも,発言3は,机を叩く動作を交えつつ,他の管理職の居合わせ
る会議の場で,約10分間にわたってなされたことにも鑑みると,発言
3は,合理的理由なくなされた罵倒で,態様としても明らかに社会的許
容限度を超えていると評価すべきであり,業務の適正な範囲を超えて精
神的苦痛を与えるものであるというのが相当である。10
エしたがって,A事務次長による発言3は,国賠法上違法な行為である
と認められる。
⑸発言4について
ア前記及び前記認定事実⑻アのとおり,発言4は,上記⑷
にかかる事務部調整会議の後,原告が,事務次長席において報告を行お15
うとした際のものである。このとき,A事務次長は,原告の業務である,
①MAの出退勤管理,②救急業務連絡委員会の資料,③個人情報保護委
員会の開催について,それぞれ言及した。
イMAの出退勤管理
前記認定事実⑻のとおり,原告は,MAの出退勤管理について,20
これをまとめてシステムに入力していたところ,被告においては,出退
勤は,適切に管理がなされている限り,まとめて入力をすること自体を
問題視してはいなかったと認められ,この点につき,原告の業務に落ち
度があるということはできない。
被告は,原告が出退勤管理業務そのものを懈怠し,出勤簿を改ざんして25
いたため,そのことについて注意をしたと主張するが,別紙1のA事務
次長の発言を見ても,まとめて入力していたことに対する叱責はあるも
のの,出退勤管理自体の懈怠や,出勤簿の改ざんを問題視する発言は見
当たらないのであり,A事務次長の注意の対象が出退勤管理懈怠や出勤
簿の改ざんであったと認めることはできない。
ウ救急業務連絡委員会資料及び個人情報保護委員会の不開催5
この点につき,被告は,原告が,会議において不必要に大部の資料を提
出し,また医事課長として開催すべき個人情報保護委員会を開催してい
なかったことから,これに対する注意をしたと主張する。
しかしながら,前記認定事実⑻のとおり,そもそも医事課が
救急業務連絡委員会への資料を作成し提出することは,A事務次長自身10
の提案によるものであり,その後原告が資料を提出した会議において,
その資料に問題があるという指摘はなく,次回以降は提出不要という発
言もなかったことが認められるのであり,このような経緯に照らすと,
原告の資料提出が,不要又は不必要に大部であるとか,原告がそのこと
を認識し改めて然るべきであったと認めることはできない。15
また,個人情報保護委員会は,前記認定事実⑻のとおり,委
員長である院長が招集権限を有するものであり,原告はA事務次長と同
じ一委員の立場である。それを超えて,医事課長が開催に当たって主導
的な役割を果たさなければならないという取り決めや慣習等があったと
認めるに足る証拠はない。20
エ以上のとおり,A事務次長が指摘し叱責する前記アの①ないし③の点に
ついて,少なくとも,いずれも原告が叱責を受けるべき理由は認められ
ないというべきである。
そして,発言4におけるA事務次長の発言は,原告が患者満足度調査
に関する資料を提出しようとするのを遮って,報告と無関係の事柄を持25
ち出して仕事ができないと詰り,「こんな馬鹿でもできることすらも。
ていうか責任感ないよね」,「切っちゃうからいーけどさ。そーいうこ
とは未来なくすからいいけど」,「最低だね。人としてね。で,一個は
言い訳と嘘をつきっぱなしだよ」などと,業務上の能力や態度に対する
注意としての限度を超え,人格否定にも及ぶ著しく侮辱的な内容や,脅
しを含めた内容を述べるものであり,特にMAの出退勤管理の部分につ5
いては,原告のわずかな返答にも長い非難を連ね,一方的に罵ったと評
価すべき態様である。
発言4は,A事務次長と原告の2名のみのやり取りであり,時間は約
15分間と,2名のみのやり取りのうちでは比較的短時間であるが,発
言がなされた場所は事務室内の事務次長席であり,前記認定事実⑶ア及10
びイのとおり,他の管理職や,原告より下の地位の職員が多数在席する
中であったと認められる。このような中で,業務上叱責の必要性が認め
られないにもかかわらず,上記のように人格否定にも及ぶような言葉を
含めて,管理職としての資質や姿勢を否定するような叱責の仕方をされ
ていることからすると,これは業務の適正な範囲を超えて,原告に精神15
的苦痛を与えるものに他ならないというべきである。
なお,被告の主張するように,別紙1のA事務次長の発言には,出退勤
管理はこまめに入力する,短時間の会議のための資料は分量を絞るなど,
業務に関する建設的な示唆が含まれている面もある。しかしながら,原
告が叱責を受けるだけの理由が認められないことは上記のとおりであり,20
これら業務改善のための助言は,それ自体適切ではあっても,叱責の形
で伝える必要はなく,ましてや上記のような侮蔑的な態様で伝えること
が許されるものではないというのが相当である。
オよって,A事務次長の発言4は,国賠法上違法な行為であると認めら
れる。25
⑹発言5について
ア前記認定事実⑼アのとおり,発言5は,原告が,新課設立に伴う事務
分掌について,資料を提出した際のものである。A事務次長は,前記認
定事実⑼イで認定したとおり,当該資料について,原告が機能評価を内
容に掲げたことを叱責し,さらに管理職としての在り方について叱責し
たものである。5
イ前記認定事実⑼イにおいて認定するとおり,原告の作成した資料には,
事務分掌や既存の課題解決に関する記載があり,必ずしも重要な要素を
欠落させたものということはできない。しかしながら,原告が作成した
資料は,事務分掌に関する考慮要素の重要度について,A事務次長と認
識が異なっており,A事務次長において,原告の管理職としての能力や10
自覚に関わるものと考えたことがうかがわれる。
このような点を踏まえると,A事務次長において,被告の事務分掌の考
慮要素の重要性等について,原告を指導する必要を感じたものであり,
その必要性自体を全面的に否定することはできないものであり,この点
について,業務上の必要性があった旨の被告の主張は一定の裏付けがあ15
るということができる。
ウA事務
次長は,発言5において,原告について「失格」,「失格者」と繰り返
し,「一体君は嘘つくのが8割うそつきなんだから,2割の本当は何な
んだ」,「人として恥ずかしくねーかよ」,果ては「精神障害者かなん20
かだよ」などと,資料に関する指摘とはかけ離れ,原告の人格を否定す
る言葉をあからさまに並べている。
その他にも「テメーの言うことが誰が聞くんだ馬鹿(原文ママ)」,
「俺から見るとぶっ飛ばしてーよ」,「何様なんだよ」などという侮蔑
的にすぎる発言や,「下がるか,この病院から去って欲しいよ。そこの25
根本的なところがかわらない人間はもう失格なんだよ」,「お前なんか
だれも課長だと思っちゃいねえぜ」,「誰もお前には期待していない」
と,劣等感を煽り,暗に降格を促すような発言をしている。これらは,
約50分間もの長時間にわたり,かつその大半において,A事務次長が
一方的に原告を責め続けるという態様のものであって,業務の適正な範
囲を超えて精神的苦痛を与える行為であることは明らかである。5
エしたがって,A事務次長の発言5は,国賠法上違法な行為であると認
められる。
⑺発言6について
ア前記認定事実⑽アのとおり,発言6は,原告が,共用ディスクの整理
についてA事務次長に報告をした際のものである。10
イにおいて認定する通り,発言6において,A事務
次長は,「お前は本当にひどい人間だね。俺こーんな最低な子と思わな
かったよ。」,「お前の人間性って全然甘い」,「うそつきなんじゃな
いの。君は,いつも嘘をついてきてんじゃないの」,「言い訳と嘘の塊」
と発言しており,これらも,共用ディスク整理の方針検討や,それに関15
する管理職としての資質に関する注意という域を超え,性格や人間性と
いった,人格の否定に至る言葉であるというのが相当である。
さらに,A事務次長は,「全然わかってないよ。あまいよ。何様なん
だよ。世の中なめてんじゃねえよ。馬鹿野郎」,「嘘ついてるんですか。
そうやって。追い詰められれば,すぐ,そういう嘘をつく。」,「ただ20
課長としての仕事しろよな。やんなかったら懲戒分限処分てのをかける
からねよ。どんどん。(原文ママ)」など,罵倒や脅しというべき言葉
を交え,約54分間にわたって,発言5と同様,原告を一方的に責め続
けたものである。
ウ被告は,この点について,原告が優先すべき他の業務を後回しにして,25
共用ディスクの整理を行っていたことから,注意をした旨主張するが,
優先すべき他の業務が多数あったとか,共用ディスクの整理によって他
の業務に支障が出たと認めるに足りる証拠はない。また,共用ディスク
の整理は,前記認定事実⑽イのとおり,経営会議において院長から問題
提起をされた事項であり,原告がこれを自ら引き受けて行ったことにつ
いて,非難すべきような事情は認められない。5
エ以上より,A事務次長の発言6は,そもそも業務上の指導の必要性が
あるといい難い事項について,原告の人格を否定する言動をしたもので
あり,国賠法上違法な行為であると認められる。
⑻発言7について
ア前記認定事実⑾のとおり,発言7は,原告が個人情報保護方10
針改訂の資料を持参したことに端を発するものであり,さらに原告によ
る人事評価にも及んでいる。
イ被告は,この点に関して,原告が個人情報保護方針の改訂の理由や包括
同意の点に関して誤った理解をしていたことや,人事評価に不適切な記
載をしたことに対する,業務上必要な注意であったと主張する。これら15
の点につき,包括同意に関する双方の主張の当否は,本件の証拠関係上
明らかでないといわざるを得ないが,証拠(甲14)によると,A事務
次長が根本的な改訂理由を問うていたのに対し,原告は,他の機関との
整合やガイドラインの改訂を言うにとどまり,明確な回答はできていな
かったと認められる。また,原告は,前記認定事実⑾特20
定の職員の人事評価において,当該職員の飲酒癖に関する記載をしたこ
とが認められ,これが管理職として適切でない行動であった可能性があ
る。このことからすると,A事務次長が,直属の上司として,原告の管
理職としての業務の問題を正すことは,業務上必要性がなかったとは認
められず,その限度において,発言7について,業務上の必要性が全く25
なかったということはできない。
ウしかしながら,前記前提事実⑵A事務次長は,発言7に
おいて,「一回,精神科行ったらー」,「病気なんじゃねーの」,「人
として信じられないんですけど。あなた自身が。その狂い。」,「わり
いけど病気なんかもしれんけど,そういうのはできない子かもしれんけ
ど,迷惑なんだよー。」と発言しており,これらが業務上必要な注意の5
域を超えた人格否定であることは明らかである。
さらに,それにとどまらず,「わからない脳みその中身なの。」,
「お前は悪いけどD以下」などという侮蔑的な発言,「できないなら,
できないって言ってくれよー。自分で降りてくれよ頼むから」,「本当
に迷惑,頼むから降格処分してくれよ」,「来年1年たったら,自分で10
出せ」などと,発言5以上に強く降格を促すような発言を含め,約1時
間にわたって強い語調で,一方的に暴言を浴びせかけたものである。
エこのような発言内容を踏まえると,A事務次長の発言7は,職場内の
優位性を背景に,業務の適正な範囲を超えて,精神的,身体的苦痛を与
える行為に当たり,国賠法上違法な行為であると認められる。15
⑼被告の主張について
ア前記⑵ないし⑻のとおり,A事務次長の発言1ないし発言7は,いずれ
もパワーハラスメントとして,国賠法上違法な行為であると認められる。
この点,被告は,原告とA事務次長とは,従前から旅行に同道するよう
な良好な関係にあり,A事務次長は,その信頼関係に基づき,原告の管20
理職としての成長を願って注意を繰り返した旨主張する。
確かに,前記認定事実⒀ア及びイのとおり,両名には以前から面識が
あり,四国旅行やゴルフを共にしていたことが認められるが,このよう
な点を考慮しても,前記⑶ないし⑸及び⑺において認定するとおり,そ
もそも業務上の必要性が認め難いにもかかわらず,A事務次長において25
原告を罵倒するなどしたことがあり,また,業務上の必要が認められる
場合においても,業務の適正な範囲を超えて叱責を繰り返したものであ
ると認められるから,発言1ないし発言7について,国賠法上の違法性
を否定することはできないというべきである。
また,A事務次長が,原告の管理職としての成長を願っていたか否か
必ずしも明らかではないが,前記⑵ないし⑻のとおり,A事務次長が,5
精神障害者,言い訳と嘘の塊の人間,生きている価値がない等という,
親身な相談相手としてはおよそあり得ない言葉を連ねていたことからす
ると,仮にA事務次長が内心では原告の管理職としての成長を願ってい
たとしても,それを理由としてA事務次長の発言の違法性を否定するこ
とはできないというべきであり,この観点からも被告の主張を採用する10
ことができない。
イさらに,被告は,A事務次長の発言は,原告に誘発されたものである可
能性があると主張する。この点について,原告は,報告はA事務次長に
指示されてのものであり,録音は業務上メモを残す目的で行ったと述べ
るところ,この原告の供述を否定するような客観的証拠は存しない。15
また,A事務次長の叱責は,前記⑵ないし⑻のとおり,人格否定にも
及び得る苛烈なものであるのみならず,長時間に及ぶこともあり,他の
職員の面前でなされることもあったものである。このように,対人的に
も時間的にも弊害が甚大であることが目に見えている叱責を原告自ら誘
発したということには疑問の余地がある。20
以上より,この点に関する被告の主張も,採用することはできない。
⑽精神疾患に陥れることを意図して行った不法行為であるか
進んで,原告は,A事務次長が,原告が当然ノイローゼになるべき立場で
ある旨の発言をしていることに鑑み,原告を精神疾患に陥れる意図があっ
たと主張することから,これについて検討する。25
原告の指摘する発言は,発言5の「普通はみんな嫌がって,これでいく
とノイローゼになるんだけど,お前はならないところを見ると,よっぽど
図々しいか,テメーのことしか考えてねえ人間だよ。」という言葉である
ところ,これは発言5のうちの,過度に侮蔑的な言葉の一つであることは
疑いない。しかしながら,その前のやり取りは,原告が周囲や部下に迷惑
をかけていることに自覚がないという内容のものであることからすると,5
上記発言の「普通はみんな嫌がって,これでいくとノイローゼになる」と
いうのは,部下や周囲の者が原告を嫌がり,それによって管理職である原
告がノイローゼになるという趣旨と捉えるのが自然であって,この発言か
ら,A事務次長が原告を精神疾患に陥れる意図を有していたと認めること
はできず,他にこのことを認めるに足る証拠はない。10
よって,A事務次長が,原告を精神疾患に陥れる意図までを有していたと
認めることはできず,上記原告の主張は採用することができない。
3争点②(A事務次長の行為と原告の適応障害との因果関係)
⑴前記認定事実⒂ア及びイのとおり,原告は,睡眠障害や,耳鳴り,食欲不
振,胃腸痛等の症状を覚えるようになり,平成29年4月17日,南晴病15
院において,A事務次長から過度に威圧的な言動を受け続けたことによる
適応障害との診断を受けた。さらに,前記認定事実⒄ウ及びエによると,
原告は,同年8月1日及び同月3日に,本件病院所属の精神科医及び被告
産業医の診察を受け,両医師が適応障害の診断を肯定し,産業医は,事務
次長のパワーハラスメントが誘因であると判断している。20
以上の事情からすると,原告は,A事務次長のパワーハラスメント行為が
原因で適応障害を発症したというべきであり,A事務次長の行為と原告の
適応障害との間には,相当因果関係が認められる。
⑵この点,被告は,原告の症状は,ICD-10における,通常ストレス因
が生じてから1か月以内に発症するという基準に合致しないと主張する。25
しかしながら,原告は,前記2のとおり,少なくとも平成28年10月2
8日から平成29年2月27日までの間,A事務次長のパワーハラスメン
ト行為にさらされている状況であり,前記認定事実⒂アのとおり,原告が
休暇を取得したのは同年4月12日,受診をしたのは同月17日であって,
立証されている最終のパワーハラスメント行為から休暇取得及び受診まで
の期間は,1か月半程度である。発症後,休暇取得や受診に至るタイミン5
グは,周囲の事情等にも左右されることや,A事務次長の行為が反復され
る持続的ストレス因であり,かつ前記2のとおり,日を追うごとに程度が
悪化する傾向にあったことも考慮すると,原告の症状及び受診に至る経緯
が,前記認定事実⒄オのICD-10における「通常…1か月以内の発症」
という基準に反するとはいえない。10
さらに,被告は,原告の症状が休職後悪化していることから,ICD-
10における,症状の持続は通常6か月を超えないという基準に合致しな
い旨も主張するが,被告が根拠として引用する平成29年5月1日付けの
診断書(甲17)は,前記認定事実⒄イのとおりの内容からして,適応障
害という診断に至る前の症状増悪をいうものであることは明らかであるし,15
同日のカルテにおいて,気分が良くなったと原告が述べていることからし
ても,被告の当該主張は採用することができない。また,被告は,原告が
自ら録音反訳を作成できていることを指摘するが,原告がA事務次長との
やり取りを録音していたのは業務上の必要のためであるとする推認を覆す
に足る証拠がないことは,前記2⑼イ記載のとおりである。そして,原告20
は,本件訴訟に提出された反訳文について,業務上の必要により既に議事
録を作成していたものを優先して,苦痛をこらえつつ残部を反訳して作成
したと供述するところ,前記録音の動機に照らし,当該供述は信用するこ
とのできるものといえる。このことからすると,被告の指摘する点は結論
を左右しない。25
加えて,被告は,前記認定事実⒄キのとおりの協力医の意見書を提出し
ているが,当該意見書においても,強度のストレス因として,A事務次長
の過剰な叱責行為を挙げている。また,A事務次長の行為を原因とする適
応障害という診断に疑問を呈する根拠は,原告の適応状況や,表面的な言
い訳に終始する態度,管理職としての業務遅滞が生じていたことを指摘し,
これらの原因となったパーソナリティ等について精査すべきであったとい5
うものであるところ,前記2のとおり,原告には,時に指導や注意喚起を
要するような場面はあったものの,不当な言い訳と評価すべき言動や,特
筆すべき重大な業務遅滞があったと認めるに足る証拠はない。このことか
らすると,上記意見書における診断への疑義は,前提とする事実が本判決
における認定と異なる可能性があるため,直ちに採用することはできない。10
4争点④(B事務長及びC庶務課長の行為についての安全配慮義務違反)
⑴一般に,使用者は,従業者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際
し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して従業者の心身
の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う。そして,使用者に代
わって従業者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は,使用者の15
上記注意義務の内容に従って,その権限を行使すべき義務がある。
⑵前記認定事実⑵ア及びイによると,B事務長は,事務長として,病院の事
務を掌り,所属職員を指揮監督する職責を有しており,原告の上司の立場
であるほか,事務部でのハラスメント防止の責任者でもあったことが認め
られる。このことからすると,B事務長は,使用者に代わって従業者に対20
し業務上の指揮監督を行う権限を有する者であったと認められる。
そして,及び並びに前記認定事実⑷アのとおり,
B事務長は,発言1及び発言3の行われた会議に同席していたほか,事務
室内でも事務次長席での叱責の声が聞こえる位置にいたことが認められる。
このことからすると,B事務長は,A事務次長の原告に対するパワーハラ25
スメント行為の少なくとも一端を目の当たりにし,状況を認識していたと
いうのが相当である。したがって,B事務長としては,原告の負荷軽減の
ために然るべき措置をとるべきであったにもかかわらず,B事務長は,前
記認定事実⒁アのとおり,そのことについて注意や制止をすることはなく,
原告の休職以前に何らかの対応を採った様子も見当たらない。これは,上
記の安全配慮義務に反するものというべきである。5
さらに,B事務長は,前記認定事実⒁イのとおり,原告の休職後も,A
事務次長に対して,この時代ではこの言葉を使うとパワハラという風に取
られてしまうという,具体性を欠く不十分な注意をするにとどまっており,
原告の復職に当たっても,A事務次長の行動を何ら制限せず,原告の行動
のみを制限したものである。これは,復職に当たって適切な環境を整える10
という観点からの安全配慮義務に違反した行為である。
したがって,被告には,安全配慮義務違反の債務不履行が認められる。
⑶他方,C庶務課長は,前記認定事実⑵エのとおり,課の所属職員を指揮監
督する課長の立場であり,他の課の課長である原告に対し,業務上の指揮
監督をする立場にはなかったと認められる。15
したがって,C庶務課長は,原告に対し,安全配慮義務を負う立場にはな
い。庶務課が労働安全衛生に関することを所掌事務の一つとしていること
を踏まえても,この結論は左右されないものである。
5争点③,⑤(因果関係ある損害)
⑴原告は,前記2のA事務次長の行為(国賠法上の違法行為)により,また20
前記4⑵のとおり,被告で安全配慮義務を負う立場のB事務長が,負担軽
減のために適切な措置を採らなかったこと(安全配慮義務違反)により,
適応障害を発症して,通院治療を要した。また,前記認定事実⒂ア及びウ
のとおり,胃腸痛や食欲不振の症状を来し,その治療のために消化器系の
病院に通院し,内視鏡検査等の治療を受けたことが認められる。25
⑵これらによって原告の受けた損害は,次のとおり認められる。
ア治療費等13万5580円
前記認定事実⒂エで認定したように,原告は,別紙2のとおり病院に通
院し,治療費及び薬剤費を支出したことが認められる。このうち,次の
の合計13万5580円については,本件と因果関係ある損
害として認める。5
南晴病院精神科5万3800円
ことぶき共同診療所精神科5100円
山高クリニック胃腸科9390円
おなかクリニック胃腸科3万9590円
薬剤費2万7700円10
なお,原告は,これらに加えて,息苦しさや睡眠障害の緩和のために
池谷医院(循環器科)や大塚歯科医院(歯科)の通院治療を要したと
主張する。これについて,対応する通院及び支出の事実自体は認めら
れるものの,これら病院での通院治療の具体的な内容や必要性につい
ては,原告本人尋問及び陳述書を含めた全証拠によっても,十分な立15
証がなされていないというほかない。したがって,原告の支出した別
紙2の治療費のうち,池谷病院及び大塚歯科医院にかかる部分合計1
万8610円については,因果関係ある損害とは認められない。
イ通院交通費等2万5802円
交通費1万2102円20
前記認定事実⒂カによると,原告が自宅から離れた南晴病院及び転院
先のことぶき共同診療所に通院していたのは,自宅付近の病院が心情
的に憚られたため,横浜市d区に所在する実家に近い病院を選択した
ことによるものであり,当該病院を選択すべきやむを得ない事情があ
ったとは認められない。そして,原告は,前記認定事実⒂オのとおり,25
結局のところ自宅と実家とを行き来して生活していたことから,自宅
からの通院に相当する通院交通費を請求するものの,上記の経緯に鑑
み,南晴病院及びことぶき共同診療所への通院については,実家から
これら病院への通院に要する交通費を,相当な損害額の上限とすべき
である。
また,原告は,他の薬局では薬の在庫がなかったため,あきる野市の5
薬局に薬の処方を受けに行ったと主張して,自宅とあきる野市所在の
薬局との間の交通費を請求するが,処方された薬について,自宅から
も通院先からも離れたあきる野市の薬局でしか処方を受けられない事
情があったことを認めるに足る証拠はないため,自宅からあきる野市
の薬局(あきる野ルピア薬局)までの交通費は,相当因果関係のある10
損害とは認められない。
したがって,相当な損害として認められるのは次のとおり,合計1万
2102円である。
ⅰ南晴病院までの交通費7800円
横浜市d区から大田区f所在の南晴病院(甲24)までの距離は,15
片道約20キロメートル(所要時間30分前後)であり,所要時間
や経路に鑑み,有料道路使用の必要性は認められないことから,1
キロメートル当たりの燃料代を15円として,合計7800円(2
0キロメートル×2×15円×13回(通院回数))を相当な損害
額と認める。20
ⅱことぶき共同診療所までの交通費900円
横浜市d区から横浜市h区所在のことぶき共同診療所(甲27の1
5)までの距離は,片道約10キロメートル(所要時間20分前後)
であり,所要時間や経路に鑑みて有料道路使用の必要性は認められ
ないことから,合計900円(10キロメートル×2×15円×325
回(通院回数))を相当な損害額と認める。
ⅲあきる野ルピア薬局までの交通費0円
前記のとおり,当該薬局までの交通費は,相当な損害額とは認めら
れない。
ⅳ山高クリニックまでの交通費1572円
原告の自宅と八王子市e町所在の山高クリニックとの距離は,片道5
13.1キロメートルと認められる(弁論の全趣旨)ことから,合
計1572円(13.1キロメートル×2×15円×4回(通院回
数))を相当な損害額と認める。
ⅴおなかクリニックまでの交通費1830円
原告の自宅と八王子市g町所在のおなかクリニックとの距離は,片10
道12.2キロメートルと認められる(弁論の全趣旨)ことから,
合計1830円(12.2キロメートル×2×15円×5回(通院
回数))を相当な損害額と認める。
ⅵ池谷医院及び大塚歯科医院への交通費
これらについては,通院自体の必要性が立証されていないことから,15
通院交通費についても,同様に認めることはできない。
駐車料金1万3700円
前記認定事実⒂エのとおり,原告は,南晴病院,ことぶき共同診療所,
山高クリニック及びおなかクリニックへの通院に際して,駐車料金と
して合計1万3700円を支出しており,これらはいずれも因果関係20
ある損害と認められる。
ウ休業損害71万7482円
前記認定事実⒃ア,エ及びオから,平成29年5月ないし8月支給分の
給与並びに同年6月及び12月支給の賞与として,原告が本来受ける金
額は,合計486万1042円(本来支給されるべき給与月額59万625
447円(休職の影響のない平成29年3月,4月及び9月支給分相当
額)の4か月分と,本来受けるべき6月支給分賞与122万2716円,
12月支給分賞与125万2538円の合計額)であったと認められる
ところ,前記認定事実⒃イ,ウ,カ及びキのとおり,原告が実際に受け
た金額は414万3560円(51万8650円×3(5月分ないし7
月分の給与)+48万3287円(8月分の給与)+106万16755
円(6月支給賞与)+104万2648円(12月支給賞与))であり,
全体として収入が71万7482円減少したと認められる。この点につ
き,平成29年4月17日から同年8月21日までの病気休暇及び休職
以外に減収の理由は見当たらないことからして,これらの減収は,原告
が病気休暇取得及び休職を余儀なくされたことによる損害であると認め10
るのが相当である。
エ慰謝料合計100万0000円
A事務次長が原告に対して行った行為は,前記2⑵ないし⑻のとおり,
「精神障害者」,「生きてる価値なんかない」,「嘘つきと言い訳の
塊の人間」,「最低だね。人としてね。」などといった著しい人格否15
定の言葉を投げつけるほか,時に事務室内の衆人環境や,会議中の他
の管理職の面前において,また時に長時間にわたって,合理的理由に
乏しい執拗な叱責を一方的に浴びせるものであり,少なくとも4か月
にわたってパワーハラスメント行為が繰り返されていることも考慮す
ると,全体として悪質と評価するほかない。前記2⑽のとおり,A事20
務次長に,原告を精神疾患に陥れる積極的意図までは認められないも
のの,これら行為の内容,程度に照らし,原告が適応障害に罹患した
ことは,無理からぬものというべきであって,その精神的苦痛は,重
大であったと認められる。その他本件で認められる一切の事情を総合
考慮し,A事務次長からパワーハラスメントを受けたことによる原告25
の精神的苦痛に対する慰謝料としては,80万円が相当であると認め
られる。
また,B事務長が,前記4⑵のとおり,業務上の指揮監督を行う者と
して採るべき措置を怠ったことにより,原告の精神的苦痛は増大した
ものといえ,その他本件で認められる一切の事情を総合考慮し,これ
による原告の精神的苦痛に対する慰謝料としては,20万円が相当で5
あると認められる。
オ弁護士費用合計19万0000円
計額は,167万8864円),本件の弁護士費用としては,17万
円をもって相当と認める。10
債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償請求につき(上記
,本件の弁護士費用としては,2万円をも
って相当と認める。
⑶以上より,本件と因果関係のある相当な損害額は,合計206万8864
円と認められる。15
第4結論
以上によれば,原告の請求は,①国賠法1条1項に基づく損害賠償請求につ
き184万8864円及びこれに対する平成30年2月21日から支払済みま
で年5分の割合による遅延損害金(なお,選択的併合に係る債務不履行(安全
配慮義務違反)に基づく損害賠償請求は上記認容額を上回るものではない。),20
②債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償請求につき22万円及び
これに対する平成30年2月21日から支払済みまで年5分の割合による遅延
損害金の支払を求める限度で理由があるので認容し,その余は理由がないから
これを棄却することとして,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条及び64
条本文,仮執行の宣言につき民事訴訟法259条1項を適用し,仮執行免脱宣25
言は相当でないからこれを付さないこととして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所立川支部民事第1部
裁判長裁判官吉田尚弘
裁判官田中智子
裁判官平井美衣瑠

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