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平成15年(ネ)第514号特許権侵害差止請求控訴事件(原審・大阪地方裁判所平
成14年(ワ)第3043号)
判     決
       
          控訴人(1審原告)   リヒター ゲデオン ベジェセテ
ィジャール アールテー
  同訴訟代理人弁護士   品  川   澄  雄
          同    吉  利   靖  雄
          同補佐人弁理士岩  田      弘
          同           中  嶋   正  二
  被控訴人(1審被告)東和薬品株式会社
  同訴訟代理人弁護士   新  保   克  芳
主     文
1 本件控訴を棄却する。      
2 控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨等
 1 原判決を取り消す。
 2 被控訴人は、別紙物件目録1及び2記載の物件を製造し、販売し並びに販売
のために展示してはならない。
 3 被控訴人は、被控訴人の所有する別紙物件目録1及び2記載の物件を廃棄せ
ねばならない。
 4 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
 5 仮執行宣言
第2 事案の概要
 1 本件は、控訴人が、被控訴人に対し、別紙物件目録1及び2記載の医薬品
(以下、別紙物件目録1記載の医薬品を「被告医薬品1」、同2記載の医薬品を
「被告医薬品2」といい、これらを併せて「被告医薬品」という。)の製造販売が
控訴人の有する特許権を侵害すると主張して、特許権に基づく被告医薬品の製造、
販売及び販売のための展示の差止め並びに被告医薬品の廃棄を求めた事案である。
   原判決は、被告医薬品は本件特許発明の技術的範囲に属すると認めることは
できないとして、控訴人の請求をいずれも棄却したため、控訴人が本件控訴を提起
し、当審において均等侵害の主張を追加した。
  (以下、控訴人を「原告」、被控訴人を「被告」という。)
 2 前提となる事実
   次のとおり付加、訂正するほかは、原判決2頁7行目から10頁末行までに
記載のとおりであるから、これを引用する。
  (1) 2頁10行目の「本判決」を「原判決」と改める。
  (2) 3頁5行目末尾の次に改行して、次のとおり加える。
  「 被告並びに大原薬品工業株式会社及び東洋ファルマー株式会社は、本件特
許権について、それぞれ特許庁に無効審判を請求した(無効2002-35349
号、無効2002-35460号)。
    原告は、無効2002-35460号事件については平成15年3月13
日に、無効2002-35349号事件については同年5月14日にそれぞれ訂正
請求書を提出して、いずれも下記のとおり本件明細書に記載された特許請求の範囲
を訂正することを求める訂正請求(訂正部には下線を付した。)をした。
    特許庁審判官は、無効2002-35460号事件について、平成15年
7月2日付けで、「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決
(以下「本件審決」という。)をし、同審決は確定した。また、特許庁審判官は、
無効2002-35349号事件について、同年8月26日付けで、本件審決と同
旨の審決をした(甲第27、第28、第30、第33、第34号証)。
                   記
   1.その融解吸熱最大がDSCで159℃にあり、その赤外スペクトルにお
ける特性吸収帯が3506、3103及び777㎝-1
にあり、及びその融点が15
9~162℃であることを特徴とする再結晶により析出された形態学的に均質な
「B」型のファモチジン。
   2.形態学的に均質なファモチジン〔化学名:N-スルファモイル-3-
(2-グアニジノ-チアゾール-4-イル-メチルチオ)-プロピオンアミジン〕
の製造方法において、任意の形態学的組成のファモチジンを加熱下に水及び/又は
低級脂肪族アルコール中に溶解し、及び「B」型の製造の場合には、生成物を、4
0℃以下の温度で迅速に過飽和させたその過飽和溶液から沈澱させ、そして目的生
成物を、得られた結晶の懸濁液から分離することを特徴とする方法。」
  (3) 3頁7行目の「本件明細書」の前に「本件審決により訂正された」を加
え、同12行目の「である。」を「であり、」と改め、同12行目末尾の次に改行
して、次のとおり加える。
  「④ 再結晶により析出された形態学的に均質な「B」型のファモチジン。」
  (4) 8頁4行目末尾の次に改行して、次のとおり加える。
  「 被告医薬品は、いずれも、再結晶により析出され、少なくとも5%を超え
15%以下のA型を含むB型ファモチジンを原薬とする。」
 3 争点
  (1) 被告医薬品は、本件特許発明の構成要件を文言上充足し、本件特許発明の
技術的範囲に属するか否か。
  (2) 被告医薬品は、本件特許発明の構成と均等なものとして、本件特許発明の
技術的範囲に属するか否か。
  (3) 本件特許権に、本件特許発明は優先権主張日前に日本国内又は外国におい
て公然実施をされた発明であるという無効理由が存在することが明らかであるか否
か。
  (4) 本件特許発明は、単にファモチジンの物理的性状を特定しただけで医薬品
としての効果を示したものではないことから、本件特許権の行使は権利の濫用であ
るといえるか否か。
第3 争点に関する当事者の主張
 1 争点(1)について
  (1) 原告の主張
   ア 構成要件の解釈
    (ア) 本件特許発明は、化学名及び化学構造式で特定される化学物質とし
て知られていたものの、結晶多形を有することは知られていなかったファモチジン
について、A型及びB型の結晶多形を有することを明らかにし、これを物質の物理
的性質、すなわち、構成要件①ないし③の各パラメータにより特定したものであっ
て、結晶型のみに着目して混合物か純粋物かに分類したものではない。
      したがって、本件特許発明の対象となるファモチジンは、構成要件①
ないし③の各パラメータを全て充足する、再結晶により析出された形態学的に均質
なB型(構成要件④)と解すべきであり、純粋又はほぼ純粋なB型に限定する必要
はない。
      そして、本件特許発明の技術的範囲は、構成要件①ないし③の各パラ
メータの充足により形態学的に特定される範囲、すなわち、純粋物を含む均質体を
対象とするものであることが、特許請求の範囲の記載から一義的に明確に理解する
ことができる。
      なお、構成要件④にいう「均質(homogeneous)」とは、「多形混合
物(mixture)」と対峙し、「純粋(pure)」を包含する用語であり、「一つ以上の指定
された特性について、構造又は組成が一様である状態。異なる供給単位(瓶、包装
物など)又は一つの供給単位から指定された大きさのサンプルを採取し、試験を行
って特性値を決めたとき、その値が指定された不確かさの限界内にあることが判明
したならば、その標準物質は、その指定された特性について均質であるという。」
(JIS工業用語大辞典第5版・甲第32号証)と説明される。
      したがって、A型を含んではいるが、構成要件①ないし③の各パラメ
ータを満たすB型は、構成要件①ないし③の各パラメータ(特性値)という指定さ
れた特性について、その組成が一様であるといえるから、B型の均質体であり、構
成要件④を充足する。
    (イ) 日本薬局方は、297品目もの医薬品原薬について「赤外吸収参照
スペクトル」を掲載している一方、融解吸熱最大や融点を確認試験の基準としてい
るものはないなど、技術常識からして、物質の特定や同定に最も適したパラメータ
は、赤外吸収スペクトルであるというべきである。
B型にA型が混合している場合、物質の機能や特性は、混合比率が少
ないときはB型と実質的に同じであるが、混合比率が多いときはB型と異なってく
る。そして、赤外吸収スペクトルよりもDSC測定による方が、より少量のA型の
存在を鋭敏に検出することができる。A型が混合していても、DSC測定によって
はA型の融解吸熱最大が検出されるが赤外吸収スペクトルによってはA型の特性吸
収帯が検出されない場合は、A型の混合比率が少なく、物質の機能や特性はB型と
実質的に同じであり、本件特許発明の作用効果が奏されるのに対し、A型の混合が
DSC測定によってはもとより赤外吸収スペクトルによっても検出される場合は、
A型の混合比率が多く、物質の機能や特性はB型と実質的に異なる。
      本件特許発明の優先権主張日前に公知であったファモチジンは、A型
とB型との比率が35ないし45:65ないし55で、A型の混合比率が高く、か
つ、その比率が安定しない結晶混合物であり、このようにA型の比率が高いと、D
SC測定によってはもとより、赤外吸収スペクトルによってもA型が検出される。
そして、本件特許発明の優先権主張日前においては、赤外吸収スペクトルによって
A型が検出されずB型のみが検出されるファモチジンは知られておらず、そのよう
に赤外吸収スペクトルによってB型のみが検出されるファモチジンが、本件特許発
明の対象である。
融解吸熱最大(構成要件①)及び融点(構成要件③)は、赤外吸収ス
ペクトル(構成要件②)によって、対象物が、公知のA型とB型との混合物と区別
された、本件特許発明の対象であるB型と同定された後、B型であることを確認す
るため補助的に用いられる特性である。
    (ウ) 本件特許発明の構成要件を充足するB型とは、赤外吸収スペクトル
におけるB型の特性吸収帯、すなわち、構成要件②に記載された3506、310
3及び777㎝-1
の特性吸収帯が認められ、かつ、A型の特性吸収帯、すなわち、3
450、1670、1138及び611㎝-1
の特性吸収帯が検出されないファモチジ
ンである。
      なお、構成要件②は、吸収波数の値は示していても吸収強度は特定し
ていないから、吸収強度の強弱は関係がない。
      全く不純物を含まない純粋なB型のみならず、A型を15%以下含有
するB型については、構成要件②に記載されたB型の特性吸収帯が認められ、か
つ、A型の特性吸収帯が検出されないから、構成要件②を充足し、本件特許発明の
対象であるB型であるというべきである。
    (エ) A型とB型との比率が0:100から50:50までのファモチジ
ンは、1℃/分の昇温速度で、約161℃に融解吸熱最大が認められるから、構成
要件①を充足する。なお、他に融解吸熱最大が認められても、B型を示す融解吸熱
最大が認められる限り、構成要件①を充足することに変わりはない。
      また、100%のB型の融点(融け始め~融け終わり)は160.3
℃~162.3℃に認められるところ、A型とB型との比率が0:100から3
0:70までのファモチジンは、融け始めが160.2℃~160.7℃、融け終
わりが162.2℃~162.9℃であって、100%のB型との差は0.6℃以
下であるから、構成要件③も充足する。
    (オ) なお、本件明細書に、純品を得る目的について、「明らかにされて
いない組成の多形混合物から区別すること」(【0018】)と記載されているよ
うに、本件明細書には、B型の特性を把握するために純粋なB型を得る技術を開発
したことが記載されているにすぎない。また、原告の特許庁審査官に対する平成8
年9月26日付け意見書(乙第8号証。以下「平成8年意見書」という。)中の
「混合物」(同意見書[意見の内容]2頁7行)なる用語は、同意見書の他の箇所
において「混合物のバッチ間でB型とA型の割合が異なると、製品化した薬剤の効
能におけるバッチ間の差が著しくなり得るからであります。・・・のみならず、薬
剤の製造バッチ間差も回避できる」(同2頁11行ないし16行)と記載されてい
ることからも明らかなように、組成の一定しない混合物の意味で用いられているも
のであると解される。したがって、本件明細書及び平成8年意見書は、本件特許発
明の対象を100%のB型に限定したものではない。
      本件明細書の「他の多形により汚染された両誘導体について95:5
の比の異なった型の混合物を調製し、次いで水のみが結晶を被覆するように系を6
0℃で24時間マグネチックスターラーで撹拌した。」(【0030】)という記
載は、単にA、Bいずれの型が安定型であるかを確認するために行った熱力学的安
定性試験の実施に際し、A型とB型を95:5の比率で混ぜた異型混合試料を用い
た旨が記載されているだけであり、異型が5%含まれれば混合物であることを定義
したものではない。
イ 被告医薬品の構成要件該当性
    (ア) 被告医薬品の原薬は、少なくとも5%を超え約15%以下のA型を
含むB型であり、その赤外吸収スペクトルは、構成要件②に記載された3506、
3103及び777㎝-1
の特性吸収帯が認められ、かつ、A型の特性吸収帯、すなわ
ち、3450、1670、1138及び611㎝-1
の特性吸収帯が検出されず、ま
た、前記ア(エ)のとおり構成要件①及び③を充足し、再結晶により析出された形態
学的に均質なものとして構成要件④も充足するから、本件特許発明の技術的範囲に
属する。
    (イ) 被告は、実験結果によれば、被告医薬品の原薬の赤外吸収スペクト
ルについて、A型の特性吸収帯を示す3450㎝-1
付近のピークが認められるから本
件特許発明の技術的範囲に属さないと主張する。しかし、一般的な赤外吸収スペク
トルの測定方法は、第14改正日本薬局方の「一般試験法」中、「34 赤外吸収
スペクトル測定法」に示されている「試料は主な吸収帯の透過率が5~80%の範
囲になるように(中略)波数4000~400㎝-1
の範囲で測定する。」という方法
であるが、被告の測定方法は、これと異なり、試料採取量を多くし、透過率変化が
9~12%、波数が4000~3000㎝-1
の狭い範囲を極端に拡大処理した非標準
的なものであるから、このような測定方法によりA型の特性吸収帯が検出されたと
しても、被告医薬品が本件特許発明の構成要件を充足しないということはできな
い。
    (ウ) 熱力学的に安定なA型とそうでないB型の結晶析出を一定比率に制
御することは技術的に不可能であるから、被告は、本件特許発明の技術によりB型
を製造し、原告の別の特許発明の技術によりA型を製造し、これらをA型が5ない
し10%となるように混合しているとしか考えられない。
  (2) 被告の主張
   ア 構成要件の解釈
    (ア) 本件特許発明の特許出願は、A型の純品を対象とする発明とB型の
純品を対象とする発明を包含する分割前の原特許出願のうち、B型の純品を対象と
する発明の特許出願を分割したものであり、分割後の原出願は、A型の純品を対象
とする発明として特許査定を受けている。
    (イ) 本件明細書には、「本発明は形態学的に均一なファモチジ
ン(Famotidine)の製造方法に関する。」(【0001】)、「両者の場合において
研究者達は、組成が規定されない(明らかになっていない)「A」型及び「B」型
の混合物を得ていたことが明白と思われる。」(【0003】)、「本発明は更に
形態学的に均質なファモチジンの製造方法に関する。」(【0012】)、「本発
明の方法の最大の利点は、本方法が100%の形態学的純度を有する異なった型の
ファモチジンを製造するための容易な、良く制御された技術を与え、及び正確にフ
ァモチジン多形を相互に並びに明らかにされていない組成の多形混合物から区別す
ることである。」(【0018】)と記載されている。
      本件特許出願に対する拒絶理由通知(平成8年3月12日付け。乙第
7号証)に対する原告の平成8年意見書においては、「このことは、本願発明によ
り純品なB型ファモチジンを得ることではじめて見出されたことであります。」
(同意見書[意見の内容]1頁28行ないし29行)、「純品たるB型ファモチジ
ンは、A型とB型のファモチジンの混合物である引例1~3記載のファモチジンと
は相違し、且つそれより有利な効果を奏する化合物であります。」(同2頁7行な
いし9行)、「因みに、物理的又は物理化学的性質の著しく異なる化合物の双方を
含む混合物は、薬剤製品の製造工程において不利であります。その理由は、その混
合物のバッチ間でB型とA型の割合が異なると、製品化した薬剤の効能におけるバ
ッチ間差が著しくなり得るからであります。よって、B型ファモチジンを純品で得
ることは、薬理効能が優れている化合物が得られるという点で有利であるのみなら
ず、薬剤の製造バッチ間差も回避できるという点で有利な効果をも奏します。この
ようなことは、ファモチジンの混合物についてしか述べていない引例1~3記載の
発明から当業者が容易に想到し得るものではありません。」(同2頁1
0行ないし18行)と記載されている。
      これらの記載の趣旨は、A型とB型との混合物では、製造バッチ間
で、A型とB型との割合が異なり、薬剤の効能に著しい差が生じるが、ファモチジ
ンを純品で得ると、薬理性能が優れ、しかも製造バッチ間の差を回避することがで
き、本件特許発明によれば、そのような純品が得られるということである。このよ
うに、本件特許発明の特許性について、A型とB型との混合物であった従来例と異
なる純粋なB型であることが強調されているのであるから、本件特許発明の対象が
混合物であってもよいということはない。
    (ウ) 本件明細書には、「他の多形により汚染された両誘導体について9
5:5の比の異なった型の混合物を調製し、次いで水のみが結晶を被覆するように
系を60℃で24時間マグネチックスターラーで撹拌した。」(【0030】)と
いう記載があり、少なくとも、別型の結晶が5%含まれていれば混合物であること
が示されている(しかし、これは、5%未満であれば混合物でないことを示すもの
ではない。)。
      赤外吸収スペクトルにおいて、B型には3500㎝-1
の特性吸収帯が
あるから、A型中に5%のB型があれば、B型の検出は可能であるが、A型にはこ
のような独自の吸収帯がないから、B型中にA型が5%存在しても、赤外吸収スペ
クトルによってA型を検出することは困難である。本件明細書には、「赤外スペク
トルの最良の評価可能領域において、3500㎝
-1
を越えると、「B」型のみが吸
収帯を有する。それは伝統的な光学配置の分光光度計を用いた場合でさえもファモ
チジンの「A」型中の5%の「B」型の存在を検出することを可能にするような特
徴である。」(【0033】)と記載され、A型中に5%の異型(B型)があれば
純品でない旨記載されているから、原告の主張するように、B型中に異型(A型)
が5%以上存在しても赤外吸収スペクトルで検出されなければ混合物ではなく本件
特許発明の対象であるとすることは、本件明細書の記載に反する。
    (エ) 本件明細書には、「ファモチジンの従来公知の製造方法の我々の再
現試験の間に、これらの試験をDSC〔示差走査熱量測定(differential 
scanning calorimetry)〕により分析した際にファモチジンが二つの型即ち「A」
及び「B」型を有することがわかった。1℃/分の加熱速度を用いて測定されたこ
れらの型の吸熱最大の場所は「A」型の場合において167℃であり、及び「B」
型の場合には159℃であった。」(【0002】)という記載がある。この記載
により、本件特許発明の対象を決定するためにDSC測定は不可欠の要件であり、
DSC測定で融解吸熱最大が159℃より高ければ、B型ではなく、本件特許発明
の対象外であることが示されている。
      DSC測定で融解吸熱最大が159℃にのみ認められるものがB型で
あり、159℃より高温側に別のピークが認められるものは、A型とB型との混合
物である。
      原告は、融解吸熱最大(構成要件①)及び融点(構成要件③)につい
て、赤外吸収スペクトル(構成要件②)によって、公知のA型とB型との混合物と
区別されるB型と同定された後に、B型であることを別の特性で確認するため補助
的に用いられる特性であると主張するが、そのように解すべき根拠はない。
    (オ) 原告は、構成要件④の「形態学的に均質な」B型とは、純粋又はほ
ぼ純粋なB型に限定されないと主張する。
      しかし、本件審決が、本件特許発明の優先権主張日前に山之内製薬が
製造、販売していたガスター製剤に含まれるファモチジンは、A型を含まない、す
なわち、形態学的に均質なB型ではなかったとして公然実施の主張を否定している
ことからすれば、本件審決により訂正が認められた「形態学的に均質な」B型と
は、A型を含まないB型、すなわち純粋なB型のことであり、原告の上記主張は誤
りである。
    (カ) したがって、本件特許発明は、100%のB型のみを対象とするも
のと解すべきであり、A型を含むものは、本件特許発明の技術的範囲に属さない。
イ 被告医薬品の構成要件該当性
    (ア) 被告医薬品は、少なくとも5%を超え約15%以下のA型を含むB
型であり、その赤外吸収スペクトルにはA型の特性吸収帯を示す3450㎝-1
付近に
ピークないしショルダー(肩状に盛り上がっている部分)が認められる。したがっ
て、赤外吸収スペクトルによりA型の特性吸収帯が検出される以上は、構成要件②
を充足しない。
      原告は、被告のした赤外吸収スペクトル測定方法は非標準的なもので
あると主張する。しかし、試料採取量が多く高濃度であることにより定量的な解析
ができないのであれば、3450㎝-1
付近のピークがA型とB型との混合比率に応じ
て順次高くなることはなく、ピークの高さが入れ替わったり、ピークの高さの差が
なくなるなどするはずであるが、このような問題は生じていない。
      波数については、特定の領域だけを分析すれば十分判断できるのであ
り、4000~400㎝-1
のスペクトル全体を分析する必要はない。
      透過率についても、原告が提出した早稲田大学理工学部教授C作成の
平成14年6月25日付け実験報告書(甲第17号証。以下「C実験報告書」とい
う。)の赤外吸収スペクトルチャートは透過率変化が20%であり、透過率変化が
少ないからといって測定方法が不当であるということはできない。
    (イ) また、被告医薬品のファモチジン原末についてDSC測定をしたと
ころ、融解吸熱最大は160.72℃及び163.11℃の2か所に認められた。
したがって、構成要件①も充足しない。
    (ウ) A型とB型との混合比率が一定の混合物を恒常的に製造すること
は、製造条件の設定によって可能であり、被告医薬品の原薬であるファモチジン
は、結晶化を含む一貫した工程により製造された結晶の混合物である。
 2 争点(2)について
  (1) 原告の主張
   ア 対象製品に、特許請求の範囲に記載された構成と異なる部分があって
も、①当該部分が特許発明の本質的部分でないこと、②当該部分を対象製品におけ
るものと置き換えても、当該発明の目的を達成することができ、同一の作用効果を
奏すること、③その置き換えを当業者が対象製品の製造の時点で容易に想到するこ
とができたこと、④当該対象製品が特許出願時の公知技術ではなく、また、それか
ら出願時に容易に遂行できたものではないこと、⑤当該対象製品が特許出願時点に
おいて特許請求の範囲から意識的に除外されたものではないことの5要件を充足す
る場合は、特許発明の技術的範囲に属すると解すべきである。
   イ 本件特許の特許請求の範囲の請求項1に記載されているB型は純粋又は
ほぼ純粋なB型ファモチジンであると解しても、以下のとおり、被告医薬品は上記
5要件を充足するから、本件特許発明の均等物として、本件特許発明の技術的範囲
に属する。
    (ア) ①要件について
      「少なくとも5%を超え約15%以下のA型」は、B型の中に含まれ
ていても、それは本件特許発明の本質的部分ではなく、本件特許発明の本質的部分
は本件特許の特許請求の範囲の請求項1に記載された三つのパラメータによって特
定されるB型である。したがって、①要件は充足されている。
    (イ) ②要件について
      被告医薬品は、前記三つのパラメータの全てを充足し、本件特許発明
の目的を達成するとともに、同一の作用効果を奏する。したがって、②要件は充足
されている。
    (ウ) ③要件について
      被告が被告医薬品を製造するに当たり、「少なくとも5%を超え約1
5%以下のA型」を含有させることには何ら困難がない。したがって、③要件は充
足されている。
    (エ) ④要件について
      A型を含有するが、A型特有の赤外吸収スペクトル特性吸収帯のピー
クを示さないB型は、特許出願時において公知ではなく、公知技術から容易に想到
できるものでもなかった。したがって、④要件は充足されている。
    (オ) ⑤要件について
      「少なくとも5%を超え約15%以下のA型」を含有するけれども、
赤外吸収スペクトル特性吸収帯において、A型に特有の3450㎝-1
付近のピークは
認められないB型が、本件特許の特許出願時において特許請求の範囲から意識的に
除外されたものでなかったことは明らかである。したがって、⑤要件は充足されて
いる。
  (2) 被告の主張
   ア 原告の均等侵害の主張は、本件特許の優先権主張日前にファモチジンの
結晶多形の混合物が知られていて、それに対して純粋なB型を提供したことによ
り、初めて本件特許発明が特許性を有するという事実を無視するものであり、本件
特許発明の対象であるB型が公知の結晶多形の混合物と差がないということにほか
ならず、失当である。
   イ 「少なくとも5%を超え約15%以下のA型」を含有した混合物が、公
知の方法で得られることをもって、置換容易とはいえない。
   ウ 本件明細書の記載や、本件特許発明が特許査定に至った経緯に照らせ
ば、本件特許発明は純粋又はほぼ純粋なB型を対象とすると解するほかなく、純粋
又はほぼ純粋なB型といえないほどA型を含有しているものは、本件特許発明の技
術的範囲から意識的に除外されている。
 3 争点(3)について
   原判決21頁17行目から27頁25行目までに記載のとおりであるから、
これを引用する。ただし、原判決22頁20行目の「早稲田大学」から同21行目
の「「C実験報告書」という。)」までを「C実験報告書」と改める。
 4 争点(4)について
   原判決28頁1行目から29頁1行目までに記載のとおりであるから、これ
を引用する。
第4 当裁判所の判断
 1 争点(1)について
  (1) 認定事実の補足
    本件明細書の記載については、原判決29頁15行目から34頁8行目ま
で、本件特許発明の出願経過については、原判決35頁23行目から36頁25行
目までに記載のとおりであるから、これらを引用する。ただし、36頁25行目の
次に改行して、次のとおり加える。
  「 また、原告が、対応欧州特許に関して欧州特許庁審判部に提出したハンガ
リー国Veszprem大学教授D博士ほか2名作成の平成6年(1994年)7月20日
付け研究報告書(乙第13号証。以下「D報告書」という。)によれば、対応欧州
特許の出願日前に公知となっているメルク社の米国特許第4496737号の実施
例5について追試実験をした結果、「メタノール/クロロホルム溶液からの再結晶
化により、4~80%のA型および96~20%のB型からなるファモチジンの結
晶多形体混合物が得られた。」との記載がある。」
  (2) 特許請求の範囲の解釈
   ア(ア) 本件特許発明は、「B型」のファモチジンを対象とするところ、
「B型」は、純粋なB型に限定されるのか、それとも一定比率以下のA型とB型と
の混合物を含むものであるのかについて検討する。
 (イ)前記認定のとおりの本件明細書の発明の詳細な説明の記載内容を検
討すると、本件明細書は、従前結晶多形の存在が知られていなかったとされるファ
モチジンについて、融解吸熱最大、赤外吸収スペクトルの特性吸収帯及び融点を異
にするA型とB型の複数の結晶型(結晶多形)があること、A型とB型は、物理化
学的性質及び生体利用可能性において大きく相違し、結晶化の動力学的条件により
結晶型が決せられることなどを前提として、特許請求の範囲において、純粋なB型
とその製造方法を示したものであると理解することができる。特に、本件明細書の
発明の詳細な説明の記載(【0018】、【0030】)からすれば、原告は、方
法特許(請求項2及び3)に係る記載ではあるが、その最大の利点は、100%の
形態学的純度を有するファモチジンを製造し、かつ、正確にファモチジン多形を相
互に並びに明らかにされていない組成の多形混合物から区別することにあること、
他方、他の結晶型が5%含有されているものは純粋な結晶型ではない(【001
8】の記載がこのように解される理由は、原判決38頁22行目の「本件明細書」
から39頁4行目の「いうべきである。」までに記載のとおりであるか
ら、これを引用する。)との認識を明らかにしていることが認められる。
    (ウ) しかも、平成8年意見書(乙第8号証)の記載内容からすれば、原
告は、本件特許発明の特許性について、本件特許発明の対象は純品なB型であると
して、A型とB型との混合物であった従来例との差異を強調することにより特許査
定を得たことが認められる。
    (エ) 以上によれば、本件特許発明の対象となるB型とは、基本的に、A
型を全く含まない純粋なB型(以下「純粋なB型」という。)を意味するものと解
するのが相当である。
    (オ) これに対し、原告は、本件明細書及び平成8年意見書の記載内容に
ついて、前記第3の1(1)ア(オ)のとおり主張するが、本件明細書及び平成8年意見
書の記載内容をそのように理解することができないことは、原判決38頁3行目か
ら39頁4行目までに記載のとおり(ただし、38頁16行目の「マグネチックス
ラーター」を「マグネチックスターラー」と改める。)であるから、これを引用す
る。
      また、原告は、本件特許発明は、結晶多形を有するファモチジンを、
物質の物理的性質により分類したものであって、結晶型のみに着目して混合物か純
粋物かに分類したものではないから、本件特許発明の対象は、構成要件①ないし③
の各パラメータを全て充足する、「形態学的に均質な」(上記各パラメータという
指定された特性についてその組成の一様な)B型と解すべきであり、純粋なB型に
限定する必要はなく、A型を含むB型についても、上記各パラメータを充足する限
り本件特許発明の技術的範囲に属すると主張する。
      しかし、本件明細書の発明の詳細な説明には、構成要件①ないし③の
各パラメータを充足するものがB型ファモチジンであること、方法特許(請求項2
及び3)の目的が、正確にファモチジン多型を相互に並びに明らかにされていない
組成の多型混合物から区別された、100%の形態学的純度を有するファモチジン
を製造する点にあること等を示唆する記載があるのみであり、原告主張のようなも
のも本件特許発明の「ファモチジン」に含まれることをうかがわせる記載ないし示
唆は全くないから、原告の上記主張は採用することができない。
   イ(ア) もっとも、前記ア記載のとおり本件特許発明の対象となるB型と
は、基本的に、A型を全く含まない純粋なB型を意味するものであるとしても、測
定法の問題や絶対的に純粋な結晶は存在しないこと(弁論の全趣旨)に照らせば、
通常の測定法では検出できない程度のA型が混入したB型(以下「ほぼ純粋なB
型」という。)についても、本件特許発明の対象となるB型に含まれると解する余
地はある。そして、具体的に何%までA型が混入したとしても、ほぼ純粋なB型と
いい得るかについては、本件明細書の特許請求の範囲のみならず、発明の詳細な説
明にも明示されていない(ただし、本件明細書中には、多くとも5%未満であるこ
とを示唆する記載【0030】は存在する。)が、本件特許請求の範囲第1項は、
融解吸熱最大(構成要件①)、赤外吸収スペクトル(構成要件②)及び融点(構成
要件③)により、本件特許発明の対象を特定していることを考慮すると、上記の各
構成要件について、本件特許請求の範囲第1項に記載されたB型の特性のみが検出
され、A型の特性が検出されない程度しかA型を含んでいないB型も、ほぼ純粋な
B型として、本件特許発明の構成要件を文言上充足すると解することが可
能であると考えられる。
      そして、上記の、融解吸熱最大(構成要件①)及び赤外吸収スペクト
ル(構成要件②)について、B型の特性のみが検出され、A型の特性が検出されな
いという意味は、次の(イ)及び(ウ)のとおりである。
    (イ) 融解吸熱最大について、本件明細書に、B型はDSCで159℃、
A型は167℃であることが明瞭に区分して記載されていること(【0002】、
【0010】、【0011】、【0016】及び【0017】等)からすれば、構
成要件①の「その融解吸熱最大がDSCで159℃にあり、」とは、その融解吸熱
最大がDSCで159℃にあり、A型の混入を示す高温側の融解吸熱最大が存在し
ないことを指すと解釈すべきである。
    (ウ) 赤外吸収スペクトルについて、本件明細書に、B型の特性吸収帯は
3506、3103及び777㎝-1
にあり、A型のそれは3450、1670、11
38及び611㎝-1
であることが明瞭に区分して記載されていること(【001
0】、【0011】、【0016】及び【0017】等)からすれば、構成要件②
の「その赤外スペクトルにおける特性吸収帯が3506、3103及び777㎝-1

あり、」とは、上記の特性吸収帯が検出されるのみならず、A型の混入を示す34
50、1670、1138及び611㎝-1
の特性吸収帯が検出されないことを指すと
解釈すべきである。
    (エ) なお、この点に関し、原告は、融解吸熱最大(構成要件①)及び融
点(構成要件③)は、赤外吸収スペクトル(構成要件②)によって、対象物が、公
知のA型とB型との混合物とは区別された、本件特許発明の対象であるB型と同定
された後、B型であることを確認するため補助的に用いられる特性であると解すべ
きである旨主張するが、本件明細書にそれをうかがわせる記載ないし示唆は全くな
いばかりか、そのような解釈は構成要件①及び③を無視するに等しいものであっ
て、採用することができない。
  (3) 被告医薬品の構成要件該当性
   ア 融解吸熱最大
    (ア) 被告にファモチジン原末を供給する株式会社三洋化学研究所におい
て、ファモチジンの合成工程の最終工程である精製結晶の乾燥工程の終了と同時に
採取したファモチジン原末(ロット番号FMT-02130)を分析したところ、
1℃/分の昇温速度で、融解吸熱最大は160.72℃と163.11℃に観察さ
れた(大阪府立大学名誉教授E作成に係る平成14年8月2日付け「ファモチジン
の結晶形について」と題する報告書(乙第10号証。以下「E報告書」とい
う。))。
      また、原告が製造したA型結晶(ロット番号W07022K)とB型
結晶(同K2B155N)を、A型とB型との比率が5:95、10:90及び1
5:85になるように調製した各試料を分析したところ、1℃/分の昇温速度で、
融解吸熱最大は161℃付近及び163℃付近に観察された(東邦大学薬学部教授
Fほか1名作成に係る平成15年4月10日付け実験報告書(甲第24号証。以下
「F実験報告書」という。))。
      このことは、B型中に0.5%以上のA型、確実には2%以上のA型
が存在すれば、5℃/分の昇温速度における融解吸熱最大の測定によりこれを検出
することができる旨のG博士作成の1997年3月20日付宣誓供述書(乙第19
号証)の記載からも裏付けられる。
    (イ) したがって、少なくとも5%を超え約15%以下のA型を含有する
B型である被告医薬品は、融解吸熱最大が二つ検出され、このうちの低温側(16
1℃付近)の融解吸熱最大はB型を示すものであるとしても、高温側(163℃付
近)のそれは、明らかにA型の混入を示すものであると認められるから、構成要件
①を充足しないというべきである。
    (ウ) なお、F実験報告書(甲第24号証)によると、純粋なA型の融解
吸熱最大は166℃であり、前記の高温側の融解吸熱最大である約163℃とは約
3℃の差が存在するものの、F実験報告書によれば、純粋B型については融解吸熱
最大は約161℃のみであり、二つのピークは検出されていないことが認められる
ことからすると、いずれにせよ高温側の融解吸熱最大はA型の混入を示すものであ
ると考えられ、上記の差は前記認定判断を左右するものではない。
   イ 赤外吸収スペクトル
    (ア) 被告医薬品のファモチジン原末の赤外吸収スペクトルを測定したと
ころ、全てのロットについて、A型の特性吸収帯を示す3450㎝-1
付近のピーク又
はショルダーが認められた(乙第14号証。ロット番号FMT-02130につい
ては乙第10、第15号証も同旨)。
    (イ) また、株式会社三洋化学研究所研究開発部H作成の報告書(乙第1
1号証。以下「H報告書」という。)によれば、A型が5%以上含まれているB型
については、3450㎝-1
付近にピーク又はショルダーが認められた。
      なお、原告提出に係るF実験報告書(甲第24号証)によっても、A
型とB型との比率が15:85になるように調製した試料について、3450㎝-1

近にショルダーが認められる(図24及び25)。
      これらは、B型中に2%以上のA型が存在すれば、3450㎝-1
の特徴
的なA型の吸収帯が検出できる旨のI博士の1997年3月20日付宣誓報告書
(乙第18号証)の記載からも裏付けられる。
    (ウ) したがって、少なくとも5%を超え約15%以下のA型を含有する
B型である被告医薬品は、A型の混入を示す3450㎝-1
の特性吸収帯が検出される
と認められるから、構成要件②を充足しないというべきである。
    (エ) 原告は、E報告書及びH報告書(乙第10、第11号証)の赤外吸
収スペクトル測定方法は、試料採取量を多くし、透過率変化が9~12%、波数が
4000~3000㎝-1
の狭い範囲を極端に拡大処理した非標準的なものであるから
信用することができないと主張する。
      確かに、第14改正日本薬局方は、赤外吸収スペクトル測定方法とし
て、「試料は主な吸収帯の透過率が5~80%の範囲になるように(中略)波数4
000~400㎝-1
の範囲で測定する。」と記載しているが(甲第29号証)、一方
で、原告提出に係るC実験報告書(甲第17号証)は、透過率が0~20%の領域
(透過率変化20%)において赤外吸収スペクトルを測定しているし、原告が対応
欧州特許に関して欧州特許庁審判部に提出したD報告書(乙第13号証)も、波数
4000~400㎝-1
の全範囲ではなく、一部のみを測定結果として掲載しているこ
とが認められる。してみると、標準的な赤外吸収スペクトルの測定方法は、上記第
14改正日本薬局方に示された方法であるとしても、問題となる部分を拡大して精
査することが格別不当であるとはいえず、他にE報告書及びH報告書の赤外吸収ス
ペクトル測定の結果の信用性を疑わせる事情はない(F作成に係る平成15年5月
8日付け意見書(甲第26号証)中、上記認定判断と異なる部分は採用しな
い。)。原告の上記主張は採用することができない。
   ウ また、原告は、A型とB型の結晶析出を一定比率に制御することは技術
的に不可能であるから、被告は、本件特許発明の技術によりB型を製造し、原告の
別の特許発明の技術によりA型を製造し、これらを混合しているとしか考えられな
い旨主張するが、原告の上記主張が採用できないことは、原判決44頁末行から4
5頁15行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、45頁4
行目の「大阪府立大学名誉教授E作成の報告書」を「E報告書」と、同10行目の
「5ないし10%」を「5%ないし15%」と、同13行目から14行目にかけて
の「5ないし10%のA型と90ないし95%のB型」を「5%ないし15%のA
型と95%ないし85%のB型」と各改める。
  (4) 以上のとおり、被告医薬品は、純粋なB型ではなく、しかも、融解吸熱最
大(構成要件①)及び赤外吸収スペクトル(同②)において、A型の特徴が検出さ
れるものであるから、ほぼ純粋なB型であるともいえず、本件特許発明の技術的範
囲に属しないことが明らかである。
 2 争点(2)について
  (1)明細書の特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が
存する場合であっても、①当該部分が特許発明の本質的部分ではなく、②当該部分
を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、
同一の作用効果を奏するものであって、③そのように置き換えることに、当業者
が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、
④対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれ
から同出願時に容易に推考できたものではなく、かつ、⑤対象製品等が特許発明の
特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの
特段の事情もないときは、このような対象製品等は、特許請求の範囲に記載された
構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当で
ある(最高裁判所平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁
参照)ので、これを本件について検討する。
  (2) 前記最高裁判決の①要件について
   ア(ア) 本件明細書は、前記のとおり、従前結晶多形の存在が知られていな
かったファモチジンにおいて、融解吸熱最大、赤外吸収スペクトルの特性吸収帯及
び融点を異にするA型とB型の複数の結晶型があること、A型とB型は物理化学的
性質及び生体利用可能性において大きく相違し、結晶化の動力学的条件により結晶
型が決せられることなどを前提として、特許請求の範囲において、純粋なB型とそ
の製造方法を示したものであると認められる。
      このことに、前記認定に係る本件特許発明の出願経過をも参酌すれ
ば、本件特許発明の特徴的部分は、上記のような知見に基づき、A型とB型との混
合物ないしA型ファモチジンに比較してより優れた特性を有する純粋なB型ファモ
チジンを取り出し、これを構成要件①ないし③により特定した点にあり、この点が
本件特許発明の本質的部分であるというべきである。
    (イ) B型中に、B型とは物理化学的性質及び生体利用可能性が大きく異
なるA型が、少なくとも5%を超え約15%以下含まれる場合は、前記のとおり、
構成要件①及び②の各パラメータによりA型を検出できるのであるから、純粋なB
型ファモチジンとは物理化学的性質が異なることが明らかであり、のみならず生体
利用可能性においても異なる可能性があるということができ、その結果、本件特許
発明の作用効果を奏しなくなるおそれがある。
    (ウ) そして、本件特許発明において、前記構成要件①ないし③の各パラ
メータは、ファモチジンの結晶多形を特定するために、いずれも不可欠な要素であ
り、前記のとおり、本件特許発明の本質的部分というべきであるから、A型とB型
が混合したファモチジンについて、前記構成要件①ないし③の各パラメータのうち
少なくとも一つのパラメータを充足しない場合は、本件特許発明の対象となる純粋
又はほぼ純粋なB型とは、本質的部分において相違があるというべきである。
   イ 以上のとおり、当該ファモチジンが、A型とB型との混合物ないしA型
ファモチジンから区別された純粋又はほぼ純粋なB型であるという点は、まさに本
件特許発明の本質的部分にほかならず、少なくとも5%を超え約15%以下のA型
を含有するB型であり、構成要件①及び②を充足しない被告医薬品は、特許請求の
範囲に記載された構成と本質的な部分において異なるというべきであるから、前記
最高裁判決の①要件を満たさない。
  (3) 前記最高裁判決の⑤要件について
    原告は、本件特許発明の特許出願手続において、特許請求の範囲を純粋な
B型とその製造方法に限定し、意識的に、構成要件①ないし③の各パラメータによ
り検出されるほどのA型を含んだ混合物を除外したものと認めるのが相当である。
このことは、本件明細書の発明の詳細な説明の記載(特に【0018】及び【00
30】)及び本件特許出願についてされた平成8年3月12日付けの拒絶理由通知
(乙第7号証)に対し、原告が提出した平成8年意見書(乙第8号証。その記載内
容は、原判決36頁6行目から同25行目までに記載のとおりである。)が、本件
特許発明の対象は純品なB型であるとして、A型とB型との混合物であった従来例
との差異を強調していることから明らかである。
    そして、少なくとも5%を超え約15%以下のA型を含有するB型は、前
記構成要件の①及び②を充足しない以上、本件特許発明の特許出願手続において特
許請求の範囲から意識的に除外されたものというべきであり、少なくとも5%を超
え約15%以下のA型を含有するB型である被告医薬品は、前記最高裁判決の⑤要
件を満たさない。
  (4) したがって、被告医薬品は、その余の要件の該当性について判断するまで
もなく、本件特許発明の均等物として本件特許発明の技術的範囲に属するものとは
認められない。
 3 その他、原審及び当審における当事者提出の各準備書面記載の主張に照ら
し、原審及び当審で提出、援用された全証拠を精査しても、当審及び当審の引用す
る原審の認定、判断を覆すに足りない。
 4 結論 
   以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいず
れも理由がなく、これと同旨の原判決は相当であるから、本件控訴は理由がなく棄
却を免れない。
   よって、主文のとおり判決する。
   (口頭弁論終結の日 平成15年9月25日)
     大阪高等裁判所第8民事部
        裁判長裁判官   竹   原   俊   一
           裁判官   小   野   洋   一
           裁判官   中   村       心
(別紙)
物件目録1
 少なくとも5%を超え約15%以下の「A型のファモチジン」を含む再結晶によ
り析出された形態学的に均質な「B型のファモチジン」を原薬とする「H2受容体
拮抗剤」(販売名「ファモスタジン錠10」、「ファモスタジン錠20」)
物件目録2
 少なくとも5%を超え約15%以下の「A型のファモチジン」を含む再結晶によ
り析出された形態学的に均質な「B型のファモチジン」を原薬とする「H2受容体
拮抗剤」(販売名「ファモスタジン散2%」)
                               以 上 

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