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平成一二年(ワ)第一五七三二号 商標権侵害差止等請求事件
       判    決
原  告        株式会社武蔵野化学研究所
右代表者代表取締役    【A】
右訴訟代理人弁護士    島田康男
被告        ピューラック・ジャパン株式会社
右代表者代表取締役    【B】
右訴訟代理人弁護士    中島 徹
同            木村久也
同            斎藤亜紀
同            寺原真希子
       主    文
    原告の請求をいずれも棄却する。
    訴訟費用は原告の負担とする。
       事実及び理由
第一 原告の請求
一 被告は、乳酸又はその容器若しくは包装に別紙「被告標章目録」記載の標章を
付し、右標章を付した乳酸又はその包装に右標章を付したものを販売し、販売のた
め展示し、又はそれに関する広告、取引書類に右標章を付してはならない。
二 被告は、別紙「広告目録」記載の謝罪文を株式会社食品化学新聞社発行の「食
品化学新聞」に一回掲載せよ。
三 被告は、原告に対し、金一八八五万円及びこれに対する平成一二年八月八日
(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
 本件は、原告が被告に対し、被告は別紙「被告標章目録」記載の標章(以下「被
告標章」という。)を乳酸に付するなどして使用し、原告の商標権を侵害している
と主張して、商標法三六条一項に基づき被告標章の使用の差止めを、民法七〇九
条、商標法三八条一項に基づき損害の賠償を、同法三九条によって準用される特許
法一〇六条に基づき謝罪広告の掲載を、それぞれ求めている事案である。
一 争いのない事実等
1 原告は、有機酸その他化学工業製品の製造、加工並びに販売、輸出入等を業と
する株式会社であり、被告は、乳酸及び乳酸誘導体の輸入、マーケティング業務、
販売及び新製品の開発等を業とする株式会社である。原告及び被告は、いずれもp
H調整剤である乳酸を販売している(以下、原告の販売に係るpH調整剤である乳
酸を「原告商品」、被告の販売に係るpH調整剤である乳酸を「被告商品」とい
う。)。
2 原告は、左記の商標権(以下「本件商標権」といい、その登録商標を「本件商
標」という。)を有している。
         記
  出願年月日  平成七年六月七日
  登録年月日  平成九年八月二二日
  登録番号   第三三四一六一六号
  商品区分   商標法施行令別表の商品区分第一類
  指定商品   乳酸
  登録商標   別紙「原告商標目録」記載のとおり
二 原告の主張
1 被告は、平成九年九月以降、被告商品に被告標章を付してこれを販売し、その
広告に被告標章を付している。
2 被告標章と本件商標とは、称呼が同一で、外観も酷似している。また、原告
は、実際に原告商品に本件商標を付してこれを販売しているところ、被告も同様
に、被告商品に被告標章を付してこれを販売しており、原告商品と誤認混同を生じ
させている。したがって、被告標章と本件商標は、類似しているということがで
き、被告が被告商品に被告標章を付してこれを販売し、その広告に被告標章を付す
行為は、本件商標権の侵害行為に該当する。
3 被告は、平成九年九月から平成一二年三月までの間に、被告商品を合計一四五
トン販売した。原告は、被告商品と競合する原告商品について、一トン当たり一三
万円の利益を得ている。したがって、原告は、一八八五万円を自己が受けた損害と
して(商標法三八条一項)、被告に対しその賠償を求める。
4 被告は、業界紙である株式会社食品化学新聞社発行の「食品化学新聞」に被告
商品の広告を掲載してきたから、被告の本件商標権侵害によって原告が被った被害
を回復するためには、同新聞への別紙「広告目録」記載の内容の謝罪広告の掲載が
必要である。
5 被告は、本件商標に係る商標登録が商標法四六条一項一号所定の無効事由を有
すると主張する。
 しかし、本件商標は、原告が昭和三三年ころから開発していた乳酸誘導体製品の
うち、昭和四二年五月に製造販売を開始した、乳酸と乳酸ナトリウムの混合物から
なる食品添加物であるpH調整剤の商品名である。このように、「カンショウ乳
酸」は、原告自らが作出し、初めて使用した造語であり、原告の製造に係る乳酸と
乳酸ナトリウムの混合物からなる食品添加物であるpH調整剤として、食品業界に
おいて広く知られるところとなった。そして、原告は、ブランド政策の観点から、
平成七年六月七日、本件商標の登録出願を行い、平成九年八月二二日に設定登録を
受けたものである。
 乳酸と乳酸ナトリウムを混合した場合に緩衝作用を有する混合液が得られるが、
これについては、一般的に「乳酸緩衝液」という言い方がされることはあっても、
「緩衝乳酸」という言い方がされることはない。乳酸と乳酸ナトリウムの混合物か
らなる食品添加物であるpH調整剤についても、「乳酸-乳酸ナトリウム緩衝剤」
あるいは「乳酸-乳酸ナトリウムpH調整剤」と表示するのが一般的である(被告
自身、本件商標に係る商標登録についての無効審判請求書において、「乳酸-乳酸
ナトリウム緩衝剤」という表記をしている。)。原告の子会社の従業員によって書
かれた「乳酸の特徴と食品の利用」という論稿(乙第一〇号証)には、「緩衝乳
酸」という記載が「乳酸カルシウム」や「乳酸ナトリウム」などの記載と並列的に
用いられているが、これは、本件商標の誤用であり、「カンショウ乳酸」が普通名
称であるということの根拠にはならない。
 これらの点に加えて、三共フーズ株式会社が原告との間で本件商標の使用許諾契
約を結んでいること、株式会社キョクトー・インターナショナルが従前「緩衝乳
酸」という表示を使用していたところ、原告からの本件商標権の侵害に当たる旨の
警告を受けて「調整乳酸」という表示に改めていることなどの事実に照らせば、
「カンショウ乳酸」は、普通名称ではなく、また、商品の作用・効能を表示するも
のでもないというべきである。
 したがって、本件商標に係る商標登録は、無効事由を有するものではない。
三 被告の主張
1 被告は、過去において(ただし、被告が設立されたのは平成一〇年二月二日で
あるから、同日以降のことである。)、被告標章を被告商品の広告に付したことは
あったが(乙第一号証)、被告商品のラベルに被告標章を付したことは一切ない。
2 そもそも、被告は、被告商品の広告において、被告標章を商標として使用して
いたわけではない。すなわち、被告は、被告商品である発酵乳酸の広告において、
これを原料とする商品の普通名称(一般名称)として「カンショウ乳酸」と表示し
たものであり、当該広告には乳酸の一般名称である「発酵乳酸」、「発酵乳酸カル
シウム」及び「発酵乳酸ナトリウム」という表示が並記されていること(乙第一号
証及び第二号証)に照らしても、広告に付された被告標章が商標として使用されて
いたものではないことは明らかである。
3 被告標章と本件商標は、外観上類似していないし、仮に両者が外観、称呼及び
観念上類似とされ得るとしても、本件商標及び被告標章に係る商品は食品添加物で
あり、その需要者は食品製造メーカーであって、その販売元による個別かつ直接の
販売活動を通じてこれを購入するものであること、原告の商品と被告の商品は、原
材料を異にしていること、被告が乳酸の広告に「カンショウ乳酸」と表示する場合
には必ずそのすぐ近くに被告の会社名を表示していたことなどの取引の実情に照ら
せば、被告標章と本件商標は、出所の混同を生じたことはなく、そのおそれもな
い。したがって、被告標章は本件商標と類似していないというべきである。
4 仮に被告が被告標章を商標として使用していたとしても、本件商標に係る商標
登録は、以下のとおり、商標法四六条一項一号所定の無効事由を有することが明ら
かであるから、原告の本件商標権に基づく請求は、権利の濫用として許されないと
いうべきである。
(一) 本件商標は、化学物質の名称である「BufferedLacticAcid」を和訳した
「緩衝乳酸」という用語について(Bufferedは緩衝作用を意味し、LacticAcid
は乳酸を意味する。)、「緩衝」という漢字をカタカナにした上、全体を行書体で
表示したものであって、商品の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章の
みからなる商標といえるから、商標法三条一項一号所定の商標に該当する。
 原告は、本件商標が原告の開発に係るpH調整剤の商品名であり、自らの作出に
係る造語であって、普通名称ではない旨を主張する。しかし、それまで存在しなか
った商品については、これに付されて使用される商標が初めからその商品の普通名
称であるかのように取引界において認識され、普通名称化する傾向が強い。そし
て、「緩衝乳酸」という表示は、これを同業者が広範に使用したり、書籍等に普通
名称であるかのように記載されていたことについて、原告自身が放置していたこと
も相まって、原告の商品に付された名称が普通名称化したものというべきである。
この点は、原告の子会社の従業員によって書かれた「乳酸の特徴と食品の利用」と
いう論稿(乙第一〇号証)において、「緩衝乳酸」という記載が「乳酸カルシウ
ム」や「乳酸ナトリウム」などの記載と同列に用いられていることに照らしても明
らかである。
(二) 本件商標は、緩衝作用を及ぼすという効能を有する乳酸という意味であっ
て、商品の効能を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標といえる
から、商標法三条一項三号所定の商標に該当する。
(三) 本件商標は、原告及び被告以外の他の会社によっても用いられていたもの
であって、特定の会社の業務に係る商品であることを認識することができない商標
といえるから、商標法三条一項六号所定の商標に該当する。
5 仮に被告が被告標章を商標として使用していたとしても、被告標章について
は、「緩衝乳酸」という化学物質の普通名称を普通に用いられる方法で表示し、ま
た、右乳酸の効能を普通に用いられる方法で表示したものにすぎないから、商標法
二六条一項二号により、本件商標権の効力が及ぶものではない。
6 被告においては、今後、被告標章を商標として使用する計画が全くないから、
本件商標権を侵害するおそれはなく、原告の差止請求は理由がない。
7原告が損害額算定の基準としている販売量及び利益額は、何ら根拠がない。
 また、原告の商品と被告の商品との間に誤認混同が生じたことがないこと、原告
及び被告以外の会社によっても「カンショウ乳酸」という表示が用いられているこ
と、食品添加物については、需要者である食品メーカーはその原材料に着目するも
のであり、原材料が異なる原告の商品と被告商品との間に代替性があるとはいえな
いことなどに照らせば、被告が被告標章を使用していたことにより、原告の商品の
販売量が減少したとはいえない。したがって、被告による被告標章の使用と原告の
損害との間に因果関係を認めることはできない。
8 被告による被告標章の使用によっても、原告の業務上の信用は何ら害されてい
ないから、原告の謝罪広告の請求は理由がない。
四 争点
1 被告がこれまで被告標章を被告商品のラベルや広告に付していたかどうか。
2 被告が被告標章を商標として使用していたかどうか。
3 被告標章と本件商標が類似しているかどうか。
4 本件商標権に基づく請求が権利濫用に当たるかどうか(本件商標に係る商標登
録が商標法四六条一項一号所定の無効事由を有することが明らかであるか。)。
5 本件商標権の効力が被告標章に及ばないかどうか(被告標章が商品の普通名称
を普通に用いられる方法で表示し、また、その効能を普通に用いられる方法で表示
したものかどうか。)。
6 原告の差止請求の可否(被告が今後、被告標章を商標として使用するおそれが
あるかどうか。)
7 原告の損害賠償請求の可否及び損害額
8 原告の謝罪広告請求の可否(必要性の有無)
第三 当裁判所の判断
一 争点1について
 被告が被告標章を被告商品の広告に付していたことについては、当事者間に争い
がない。
 しかし、被告商品である乳酸そのもの又はその容器若しくは包装に被告標章を付
したことについては、これを認めるに足りる証拠はない。
 したがって、原告の本訴請求のうち、被告が乳酸又はその容器若しくは包装に被
告標章を付していることを理由として、その差止め、損害賠償等を求めるものは、
その余の点について判断するまでもなく失当である。
二 争点2について
1 商標法の趣旨が、商標の有する自他商品の識別標識としての機能を保護し、商
標を使用する者の業務上の信用維持を図り、もって産業の発達に寄与し、併せて需
要者の利益を保護するところにあることからすれば、商標権の侵害行為と認められ
るためには、単に登録商標と同一又は類似の標章が商品又はその容器若しくは包装
に付されているというだけでは足りず、それが商品の出所を表示し、自他商品を識
別する機能を果たす態様で用いられていること、すなわち商標として使用されてい
ることを要するというべきである。
2(一) 被告は、被告標章を被告商品の広告に付していたが、それは商品の普通
名称として表示したものであり、被告標章を商標として使用していたものではない
旨を主張する。そこで、まず、「カンショウ乳酸」という語が商品の普通名称であ
るかどうかについて検討する。
(二) 乙第一〇号証、第一一号証及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認めら
れる。
(1) 平成三年八月二〇日初版発行に係る書籍「新めんの本」(食品産業新聞社
発行・日本製粉株式会社理事農学博士【C】著)の第三版(平成四年一一月一五日
発行)九七頁には、茹で麺の保存のための処理に関し、加熱殺菌する場合には茹で
麺のpHを下げてから行うのが効果的である旨、pHを下げるためには有機酸類を
使用する旨、その使用方法としては酸を生地に練り込む方法と茹で麺を酸液に浸漬
する方法とがある旨の記述があり、その記述と同じ頁には、各種有機酸を生地に練
り込んだ場合の生地及び茹で麺の各pH値に関するデータ資料が掲載されている。
右のデータ資料には、生地に練り込んだ各種有機酸の名称として、「緩衝乳酸」、
「乳酸」、「リンゴ酸」、「フマール酸」及び「クエン酸」の各語が掲げられ、そ
のそれぞれについて生地及びそれを用いた茹で麺の各pH値が示されている。右書
籍の茹で麺の保存のための処理に関する記述部分には、緩衝乳酸、乳酸、リンゴ
酸、フマール酸及びクエン酸について、その意味内容を殊更説明するような記載は
ない。
 また、右書籍「新めんの本」(第三版)一〇九頁には、包装茹麺の製造に際して
の処理に関し、麺を茹で上げた後に水洗いし、有機酸液に浸漬して麺のpHを下げ
るようにするが、有機酸はそれぞれpHを下げる力が異なる旨の記述があり、その
記述と同じ頁には、各種有機酸の強度比較に関するデータ資料が掲載されている。
右のデータ資料には、各種有機酸の名称として、酸度の強い順に「フマル酸」、
「酒石酸」、「フィチン酸」、「乳酸」、「緩衝乳酸」、「グルコン酸」、「リン
ゴ酸」、「クエン酸」、「リン酸」、「コハク酸」及び「酢酸」の各語が掲げられ
ており、それぞれについて小麦粉ペーストをpH四・二にしたときの酸度(単位p
pm)が掲げられている。そして、右記述に続けて、食味として感じる酸味はpH
よりも酸の量に比例し、pHをできるだけ下げたい場合は、フマル酸や乳酸を使用
するとよい旨が記載されている。右書籍の包装茹麺の製造に際しての処理に関する
記述部分には、フマル酸、酒石酸、フィチン酸、乳酸、緩衝乳酸、グルコン酸、リ
ンゴ酸、クエン酸、リン酸、コハク酸及び酢酸について、その意味内容を殊更説明
するような記載はない。
(2) 平成九年二月発行の雑誌「月刊フードケミカル一九九七年二月号」の七五
ないし七七頁には、平成三年四月から原告の従業員であり、平成九年二月当時原告
の関連会社である武蔵野商事株式会社の従業員であった【D】の著作に係る論稿
「乳酸の特徴と食品への利用」が掲載されている。右論稿には、食品添加物として
使用されている乳酸塩類の種類として、「乳酸カルシウム」、「乳酸ナトリウ
ム」、「乳酸鉄」、「ステアロイル乳酸カルシウム」、「粉末乳酸」、「粉末乳酸
ナトリウム」及び「カンショウ乳酸」が並列的に掲げられている。そして、「カン
ショウ乳酸」については、「乳酸に乳酸ナトリウムを配合し、緩衝性を持たせたp
H調整剤である。pHの影響を受け易い食品成分に対しその緩衝作用により、望ま
しいpH領域内に安定させることができる。」との説明が加えられている。右論稿
には、「カンショウ乳酸」が原告の開発に係るpH調整剤の商品名であることを示
すような記載はない。
(三) 右認定の事実関係によると、食品業界においては、平成三年八月ないし平
成四年一一月当時、「緩衝乳酸」について、「リンゴ酸」、「フマル酸」、「クエ
ン酸」、「酢酸」などと並んで、食品に添加するpH調整剤の一つであると一般に
認識されていたものと認められ、それが乳酸に乳酸ナトリウムを配合して緩衝性を
持たせた有機酸であるということも、一般に認識されていたものと認められる。
「リンゴ酸」、「フマル酸」、「クエン酸」、「酢酸」、「乳酸カルシウム」、
「乳酸ナトリウム」、「乳酸鉄」、「ステアロイル乳酸カルシウム」、「粉末乳
酸」、「粉末乳酸ナトリウム」などが、いずれも有機酸類の種類を示す普通名称で
あるといえること、「緩衝乳酸」の「緩衝」を「カンショウ」とカタカナ表記して
も、乳酸に乳酸ナトリウムを配合して緩衝性を持たせた有機酸であるという意味に
相違を来すことがないことなどを併せみれば、「カンショウ乳酸」という語は、遅
くとも平成四年一一月の時点において、既に商品の普通名称であったというべきで
ある。
 また、前記事実関係によれば、原告又はその関連会社の従業員であった【D】に
おいても、平成九年二月当時、「カンショウ乳酸」の語が「乳酸カルシウム」、
「乳酸ナトリウム」、「乳酸鉄」、「ステアロイル乳酸カルシウム」、「粉末乳
酸」及び「粉末乳酸ナトリウム」と同列の食品に添加する乳酸塩類の一つの種類を
表す名称と認識していたものと認められるが、このことは「カンショウ乳酸」の語
が遅くとも平成四年一一月の時点において、普通名称となっていたという右認定を
裏付けるものということができる。
(四) この点について、原告は、「カンショウ乳酸」は原告が昭和四二年五月に
製造販売を開始した原告商品を示す名称であり、自らの作出に係る造語であって、
普通名称ではないとし、前記の論稿「乳酸の特徴と食品への利用」における「カン
ショウ乳酸」についての記述も、本件商標の誤用にすぎない旨を主張する。
 しかし、当初は特定の商品の商品名であったものが、その後次第に自他識別力を
失い、当該種類物を示す普通名称として一般に認識されるに至るということは、決
して珍しいことではなく、「カンショウ乳酸」が昭和四二年五月に製造販売が開始
されたpH調整剤の商品名であり、原告の作出に係る造語であったとしても、以後
平成七年六月まで二八年余にわたる期間が経過していることを考えれば、そのこと
から直ちに普通名称であることが否定されるものではない。また、右論稿における
「カンショウ乳酸」に関する記述については、仮に「カンショウ乳酸」が原告商品
を示す名称であったとすれば、その著者が原告又はその関連会社の従業員であった
以上、右論稿中にその旨をいくらでも注記することができたはずであり、そのよう
な注記なしに「カンショウ乳酸」の語が用いられていることは、むしろ「カンショ
ウ乳酸」の語が普通名称となっており、原告の関係者ですら原告商品との関連性を
注記することなく右の語を用いてしまったことをうかがわせるものということがで
きる。
 なお、第三者が原告との間で本件商標の使用許諾契約を結んだり、「緩衝乳酸」
という表示を「調整乳酸」という表示に改めたという事実は、「カンショウ乳酸」
の語が普通名称であるとの前記認定をくつがえすに足りるものではない。
3 右に判示したところを前提に、被告が被告商品の広告に被告標章を付したこと
が、被告標章の商標としての使用に当たるかどうかについて判断する。
 乙第一号証及び第二号証によれば、被告が被告標章を付した被告商品の広告の態
様は、別紙「被告広告態様A」及び「被告広告態様B」記載のとおりであったこと
が認められる。そして、前判示のとおり、「カンショウ乳酸」という表示は、遅く
とも平成四年一一月の時点では商品の普通名称であったというべきであるから、右
の広告は、いずれも単に被告が取り扱っている食品添加物である乳酸の種類とし
て、「発酵乳酸(五〇、八八、九〇パーセント)」、「発酵乳酸カルシウム(顆
粒)」、「発酵乳酸ナトリウム(五〇、六〇パーセント)」と並んで、「カンショ
ウ乳酸」があることを示したものにすぎないというべきである。
 したがって、被告が被告商品の広告に被告標章を付したことは、商品出所表示機
能、自他商品識別機能を果たす態様で被告標章を用いたものとはいえず、被告標章
の商標としての使用に当たらないというべきである。
4 以上によれば、原告の本訴請求のうち、被告商品の広告に被告標章を付してい
ることを理由として、その差止め、損害賠償等を求めるものも、その余の点につい
て判断するまでもなく失当である。
三 争点4について
1 以上のとおり、原告の本訴請求はいずれも理由がないものであるが、加えて、
以下に述べるとおり、本件商標に係る商標登録には無効理由が存在することが明ら
かであるから、原告の本訴請求は、権利の濫用として許されないというべきであ
る。
2 商標法は、商標登録に無効理由が存在する場合に、これを無効とするためには
特許庁の審判官の審判によることとし(商標法四六条、同法六三条二項において準
用する特許法一七八条六項)、無効審決の確定により商標権が初めから存在しなか
ったものとみなすものとしており(商標法四六条の二第一項本文)、商標権は無効
審判の確定までは適法かつ有効に存続し、対世的に無効とされるわけではない。し
かし、商標登録の無効審決が確定する以前であっても、商標権侵害訴訟を審理する
裁判所は、商標登録に無効理由が存在することが明らかであるか否かについて判断
することができると解すべきであり、審理の結果、当該商標登録に無効理由が存在
することが明らかであるときは、その商標権に基づく差止め、損害賠償等の請求
は、特段の事情がない限り、権利の濫用に当たり許されないと解するのが相当であ
る(特許権侵害訴訟に関する最高裁平成一〇年(オ)第三六四号同一二年四月一一
日第三小法廷判決・民集五四巻四号一三六八頁参照)。
3 前に判示したところによれば、「カンショウ乳酸」という語は、本件商標が登
録出願された平成七年六月七日当時には、既に商品の普通名称であったというべき
であるところ、本件商標は、別紙「原告商標目録」記載のとおり、「カンショウ乳
酸」という語を行書体で横書きしたにすぎないから、商品の普通名称を普通に用い
られる方法で表示する標章のみからなる商標であるというべきである。
4 そうすると、本件商標に係る商標登録は、商標法四六条一項一号所定の無効事
由(同法三条一項一号該当)を有することが明らかであるといえるから、本件商標
権に基づく請求は、権利濫用に当たるというべきである。
四 結論
 以上によれば、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由
がない。
 よって、主文のとおり判決する。
(口頭弁論の終結の日 平成一二年一二月二六日)
  東京地方裁判所民事第四六部 
      裁判長裁判官   三 村 量 一
         裁判官  中 吉 徹 郎
 裁判官田中孝一は、海外出張のため署名押印できない。
      裁判長裁判官   三 村 量 一
別紙 被告標章目録
別紙 広告目録
別紙 原告商標目録
別紙 被告広告態様A
別紙 被告広告態様B

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