弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人Aを禁錮一〇月に、
     被告人Bを禁錮八月に処する。
     但し、被告人両名に対し、本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予
する。
     原審および当審における訴訟費用のうち、昭和三七年三月一七日証人
C、同D、同E、同年六月四月証人C、同E、同F、同年六月一五日証人C、昭和
三八年四月一五日証人G、昭和四四年一一月五日証人H、同I、昭和四六年九月八
日証人Jに支給した分を除き、その余は、これを平分しその一宛を各被告人の負担
とする。
         理    由
 本件控訴の趣意は、被告人両名の弁護人佐久間渡、同菊地三四郎、同大木市郎
治、同佐藤貞夫作成名義の控訴趣意書および控訴趣意補充書に記載されたとおりで
あり、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事波多宗高作成名義の答弁書
に記載されたとおりであるから、これらをここに引用し、これに対して、当裁判所
は、次のとおり判断する。
 まえがき
 栃木県日光市山内に所在する輪王寺所属の薬師堂(別名本地堂)は、寛永年間に
徳川家康の霊廟として造営された東照宮本殿等と共に建築されたもので、国の重要
文化財に指定されており、殊にその天井に画かれた竜は鳴竜として世に知られてい
たところ、昭和三六年三月一五日夜火災によりその大部分を焼損したのである。
 この火災の原因について、原判決は、起訴状と同様、輪王寺職員として薬師堂に
勤務し火災予防等の職務に従事していた被告人両名の業務上過失による出火である
と認定した。すなわち、原判決が認めた被告人両名の過失は、これを要約すると、
薬師堂内陣の南西部に設けられた職員控室において、被告人Aは、同日午後掘り炬
燵の中にK六〇〇ワツト電熱器を入れて採暖に使用したが、同日午後四時の退堂時
刻も迫つた午後三時五〇分頃右電熱器に未だ高度の余熱が残存し、可燃物に接触す
れば燻焼発火するおそれがあるにも拘らず、これを平素座布団を取り片付けて積み
重ねて置く場所になつている同控室北西隅に放置して退出したこと、被告人Bは、
右電熱器が炬燵内で使用されていた事実を知りながら、座布団を片付ける際、不用
意にこれを右電熱器を覆うようにして積み重ねたことにあり、このような両名の過
失が競合して、同日午後四時頃から午後七時頃までの間に、電熱器の熱盤の余熱に
よつて座布団が燻焼し同室内の畳、壁板等に燃え移つて、その火勢は遂に堂内全域
に及び燻焼炭化したというのである。
 これに対して、控訴趣意は、これを大別すれば、本件火災の原因を争つて、当日
前記電熱器は使用されず、その余熱に基づく発火ではないことと、出火原因は原判
決認定の如きものであるとしても、被告人Aの行為は、失火罪における過失にあた
らないこと、および被告人両名に過失があるとしても、これを業務上過失と認める
ことはできないことを挙げて、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実
の誤認があるというのである。
 (中略)
 被告人Aの過失について。
 所論(C)は、仮に被告人Aが本件電熱器を使用し、未だ余熱のある電熱器を控
室北西隅の畳上に置いたとしても、同被告人には過失がないと主張し、その理由と
して、被告人の右のような行為と火災発生との間には相当因果関係がないこと、同
被告人の行為には客観的注意義務(結果予見義務、結果回避義務)の違反がないこ
と、および同被告人の行為は失火罪の構成要件を実現する実行行為にあたらないこ
とを挙げている。
 原判決によれば、被告人Aの過失行為は、同人が「通電中の本件電熱器を炬燵内
より取り出し、そのコードをコンセントから外して電源を切るや、直ちに職員らが
平素退堂に際し座布団を積み重ね取り片付けておくことになつており、同被告人も
このことを熟知していた控室北西隅の畳の上に、まだ高度の余熱の現存する右電熱
器を漫然放置したまま退出し」たことにあると認定している。そして、証拠による
と、本件電熱器は、普段使用されないときは控室北西隅のあたりの畳の上に置いて
あつたことが認められ、原判決の前記認定が是認されるべきことは、既に述べたと
ころである。
 なるほど、L鑑定書によると、電源を切つてから三〇秒後に熱板上にコードを載
せても、これを更に座布団で覆わないときは、熱の放散が迅速なため、温度は下降
して発火燃焼に至らないことが認められる。したがつて、原判決認定のように被告
人Aが本件電熱器を畳の上に放置するだけでは発火する可能性はないことが明らか
であり、同被告人が電熱器を平素置いておく控室北西隅の畳の上に、コードを二、
三回巻いて載せた状態で放置したまま退堂したからといつて、それだけでは火災発
生のおそれは全くなかつたというベきである。
 しかし、原判示のように、本件電熱器の電源を切つてから三〇秒ないし一分以内
に座布団を覆つて載せたときには、電熱器の余熱により座布団が燻焼発火する可能
性があることも是認される。そして、原審の昭和三七年四月一一日付検証調書、司
法警察員作成の昭和三六年三月三〇日付実況見分調書等によると、職員控室は南北
約三メートル、東西約二・四五メートルの広さに過ぎず、殊にその北側部分は南北
約一・四メートル、東西約一・七六メートルで畳二枚を敷いた広さで、そのうち北
側の東半分は内陣に通ずる出入口の引戸が設けられていて、座布団の取り片付けは
平素北西隅に積み重ねて置く慣わしになつていたのであるから、座布団が電熱器に
接着して片付けられるおそれは決して稀有の事態ではなく、被告人Aの行為と本件
火災との間に因果関係を否定することはできない。
 同被告人が座布団は平素右のようにして片付けられていたことを承知していたこ
とは原判決の判示するとおりである。たまたま本件当日被告人Aが退出を急いで、
当日の薬師堂勤務者中最年長者である同被告人としては火気の後始末などに特に意
を払うべき立場であつたにも拘らず、真先きに出て行き、座布団を誰が何処に取り
片付けたか知る筈もなかつたというだけでは、電熱器の余熱による座布団の燻焼発
火に原因を与えなかつたということはできない。むしろ、炬燵内で電熱器を使用し
たときは、通常電源を切るだけでそのまま炬燵内に置いておき、翌朝取り片付ける
慣行であつたというのであるから、同被告人の行為は本件火災を惹起した有力な原
因と評価すべきである。
 もつとも、使用直後の未だ高度の余熱が残存する電熱器上に覆うようにして座布
団を置くということは、普通一般の人のすることではなく、既に冷却した電熱器上
に可燃物を置いたりすることは日常間々ある行為であるにしても、このような場合
も、使用後時間が経過していることが明らかであるとか、冷却していることを確認
してするのが通常である。被告人Aが前記のような余熱の現存する電熱器を放置し
た際に、その上に余熱の有無を確認することもしないで座布団などの可燃物を置く
ことがあることを予見する義務があるということは、難きを強いるものであろう
か。しかし、余熱の存することを知りながら電熱器上に座布団を置くが如き危険な
行為をする筈はないと信頼することはよいとしても、余熱の有無を確めず、あるい
は電熱器の上に重ねるつもりもなくして、不用意に座布団を置くということは、決
して予想し得ないことではなく、そのようなこともないと信頼する特別の情況が存
在しない限り、電熱器の余熱による出火の可能性を考慮すべきである。本件の場
合、右のような特別の事情はなく、、かえつて、控室北西隅は前記のように狭い場
所であり、原判示の如く、午後四時頃東照宮表門が閉門になる関係もあつて、薬師
堂勤務者は退堂を急いでいた事情を窺うことができ、毎日繰り返す座布団の後片付
けを格別の注意も払わないでし、短時間のうちに相い次いで退堂する状況にあつた
と認められるので、片付けられた座布団が電熱器に接着して置かれることも考え
て、そういうことのないように後を確かめることは決して過重の義務を課するもの
ということはできない。 もし、被告人Aがこの点に意を用いて安全を確認して退
堂していれば、本件火災の発生は未然に防止することができたのである。同被告人
の過失は到底否定し得べくもない。
 業務上過失の点について。
 所論(D)は、原判決が、被告人両名は輪王寺の承仕として薬師堂における火災
予防の業務に従事していたと認定し、本件失火を業務上失火と判断したのは誤りで
あると主張する。
 刑法第一一七条ノ二前段にいう「業務」とは、所論指摘の最高裁判所昭和三三年
七月二三日第二小法廷決定(刑集一二巻一二号二七三八頁)が判示するとおり、当
該火災の原因となつた火を直接取扱うことを業務の内容の全部または一部としてい
る者のみに限定されることなく、火災の発見防止等の任務にあたる夜警の如きもの
をも包含するものと解すべきである。そして、原判決が掲げるM、G、N、Oの検
察官に対する各供述調書、原審証人P、Qの各供述、押収してある「国宝および重
要文化財などの防火措置実施心得」、「輪王寺々院規則施行規則」「職員の服務を
規律する規程」と題する各書面等のほか、被告人Aの検察官に対する昭和三六年四
月二二日付、同年一一月二二日付、同年一二月六日付各供述調書および被告人Bの
検察官に対する同年四月二〇日付、同年一一月二二日付、同年一二月六日付各供述
調書によれば、被告人両名は夫々薬師堂勤務の承仕として、参拝観光客の案内、整
理説明、お礼お守の授与や薬師堂および堂内に安置された仏像等の盗難毀損の防止
等のほか同堂およびその境内における火災の予防の業務に従事していたものと認定
した原判決を支持することができる。特に重要文化財である薬師堂の勤務者として
火災の発見防止は条理上も慣例上も主要な職務の内容であつたことが前掲各証拠か
ら是認される。これを、ただ一設的な事業所や家庭内における火災防止の注意と同
一にみる所論には賛同することができず、被告人らが特に薬師堂における火気取扱
者やその責任者に指定されてもいなかつたことは、前記職務に何ら影響を及ぼさな
い。既に述べたとおり、本件火災は、被告人両名が自ら取扱つた火気の不始末に基
づくものであつて、その限りで<要旨>は、一般家庭、事業所における採暖のために
使用した火気取扱上の不注意と異ならない。しかし、前記のような重要文化
財である薬師堂における火災の発見防止の業務に随伴する注意義務は、拝観客等の
喫煙などによる火災発生の予防のみに限られるものではなく、自ら取扱つた火気に
よる火災の予防をも当然包含すべきものであつて、退堂に際して、自ら使用したの
であると拝観客その他の原因によるとを問わず、火災の発見防止に努めることは、
業務上の注意義務に属すると解するのが相当である。
 したがつて、原判決が被告人両名に対して業務上失火の責任を認めたのは相当で
あつて、誤りはなく、論旨は理由がない。
 以上の次第で、控訴趣意が主張する点はいずれも採用することができない。
 しかしながら、職権をもつて調査するに、原判決は、その理由の第一で被告人両
名の経歴、第二で罪となるべき事実を認定し、その証拠として、第三の証拠の標目
で一ないし三八の各項に分けて各種の証拠を掲げているところ、一の被告人Aの司
法警察員および検察官(九通)に対する各供述調書と、二の被告人Bの検察官に対
する各供述調書(五通)は、原審においていずれも当該被告人に対する証拠として
取調べられ、相被告人に対する関係で証拠調のなされた形跡が存しない。したがつ
て、右の各供述調書は、相被告人に対する証拠に供することは許されず、原判決が
これを区別しないで一括して事実認定の証拠として採用したのは、訴訟手続に法令
の違反があるといわなければならず、その一方の供述調書を除いては本件犯罪事実
を十分に認定することができないという意味において、その違法が判決に影響を及
ぼすことは明らかである。原判決は、この点において破棄を免れない。
 しかし、既に控訴趣意に対する判断で述べたとおり、右の各供述調書は任意性も
信用性も是認することができ、特信性の点も肯定するに足り、刑事訴訟法第三二一
条第一項第二号の要件を充足しているということができる。当審において、検察官
は、これらの供述調書のうち被告人Aの検察官に対する昭和三六年四月二二日付、
同年七月四日付、同年八月一〇日付、同年一〇月一八日付、同年一一月二二日付、
同月二三日付(二通)の各供述調書および被告人Bの検察官に対する同年四月二〇
日付、同年五月二三日付、同年六月二三日付、同年一一月二二日付の各供述調書に
ついて、刑事訴訟法第三二一条第一項第二号の書面として相被告人に対する証拠調
の請求をし、当裁判所は、弁護人の意見を徴したうえ、これを採用した。
 そこで、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三七九条により原判決を破棄したう
え、同法第四〇〇条但書に従い、更に自ら被告事件について判決をする。
 当裁判所が認定する罪となるべき事実は、原判決の理由の第一および第二に記載
するとおりであるから、これを引用し、これを認定した証拠は、原判決の理由第三
の証拠の標目のうち、一および二を削除して、
 一、 1. 被告人Aの検察官に対する昭和三六年四月二二日付、同年七月四日
付、同年八月一〇日付、同年一〇月一八日付、同年一一月二二日付、同年一一月二
三日付(二通)各供述調書(被告人両名について)
 2. 被告人Aの司法警察員および検察官(同年六月二二日付、同年一二月六日
付)に対する各供述調書(被告人Aについて)
 二、 1. 被告人Bの検察官に対する昭和三六年四月二〇日付、同年五月二三
日付、同年六月二三日付、同年一一月二二日付各供述調書(被告人両名について)
 2. 被告人Bの検察官に対する同年一二月六日付供述調書(被告人Bについ
て)
 と改め、
 三九、 当審証人Rに対する尋問調書
 を加える外は、原判決の掲げるとおりであるから、これを引用する。
 被告人両名の判示所為は、いずれも刑法第一一七条ノ二(第一一六条)、昭和四
七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法第二条第一項、第三条第一項第
一号(右改正後の同法条・刑法第六条・第一〇条)に該当するので、所定刑中いず
れも禁錮刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人Aを禁錮一〇月に、被告人Bを禁
錮八月に処し、刑法第二五条第一項第一号を適用して、いずれも本裁判確定の日か
ら三年間右刑の執行を猶予することとし、原審および当審における訴訟費用は、刑
事訴訟法第一八一条第一項本文により、主文第四項記載のとおり、被告人らに負担
させることとする。
 よつて、主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 江碕太郎 判事 龍岡資久 判事 桑田連平)

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