弁護士法人ITJ法律事務所

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         主    文
     原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。
     被控訴人の請求を棄却する。
     訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
         事    実
 控訴人は主文同旨の判決を求め、
 被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決
を求めた。
 当事者双方の主張、証拠の提出、援用、認否は、以下に補充する外、原判決事実
記載と同一であるから、ここにこれを引用する。
 被控訴人は、
 「(一) 被控訴人は、本件偽造手形を真正なものと信じて、本件真正手形を訴
外会社専務取締役Aに返還した。被控訴人は、これによつて、本件真正手形の手形
上の権利を喪失し、手形金額と同額の損失を受けた。
 (二) 訴外会社専務取締役Aは被控訴人より返還を受けた本件真正手形を控訴
人に返還した。控訴人は、これによつて、被控訴人の損失において、本件真正手形
の支払を免れ、手形金額と同額の不当利得をした。
 (三) 仮りにそうでないとしても、訴外会社専務取締役Aは被控訴人より返還
を受けた本件真正手形を破棄した。控訴人は、これによつて、被控訴人の損失にお
いて、本件真正手形の支払を免れ、手形金額と同額の不当利得をした。
 (四) 仮りにそうでないとしても、本件真正手形の振出人の債務は時効により
消滅した。控訴人は、これによつて被控訴人の損失において本件真正手形の支払を
免れ、手形金額と同額の不当利得をした。」
 と述べ、
 控訴人は、
 「時効は、法律が当事者の意思に関係なく一定の事実の発生に付利得を生ぜしめ
るものであつて、本件真正手形の時効完成による控訴人の受益は、法律上の原因を
有する。」
 と述べた。
         理    由
 控訴人が訴外極東貿易株式会社(訴外会社)のためのいわゆる融通手形として左
記約束手形三通(以下本件真正手形(1)(2)(3)と略称する)を訴外会社に
宛て振出したことは当事者間に争がない。
 (1) 金 額    五〇〇、〇〇〇円
     支払期日   昭和二八年四月三日
     支払地、振出地  神戸市
     支払場所   株式会社神戸銀行西郷支店
     振出日    昭和二八年(月日不詳)
     振出人    花木酒造株式会社
             取締役社長 B
     受取人    極東貿易株式会社
      (原判決目録(9)の手形)
 (2) 金 額    五〇〇、〇〇〇円
     支払期日   昭和二八年四月二〇日
      その他(1)と同一記載
      (原判決目録(11)の手形)
 (3) 金 額    五〇〇、〇〇〇円
     支払期日   昭和二八年四月二〇日
      その他(1)と同一記載
      (原判決目録(12)の手形)
 原審証人C、同A(第一回)の各証言、原審における原告本人の供述によれば、
訴外会社は本件真正手形(1)(2)(3)の三通を被控訴人に裏書譲渡し、被控
訴人より割引金の交付を受け被控訴人は本件真正手形(1)(2)(3)の三通を
所持していた事実を認めることができる。
 原審証人Aの証言(第二回)によりAの作成したものと認め得る甲第一号証の三
ないし五、原審でのA(第二回)、Cの各証言及び被控訴人本人の供述の一部に本
件口頭弁論の全趣旨(控訴人が振出したことを認める原判決末尾目録記載の額面五
〇万円の手形で昭和二八年三月以降後記認定の手形交換の行われた頃満期の到来す
るものは前記(1)の手形以外にないこと)によれば、訴外会社専務取締役であつ
たAは、本件真正手形(1)(2)(3)の各支払期日直前、控訴人名義を冒用し
た左記約束手形三通(以下本件偽造手形(4)(5)(6)と略称)を作成した
上、被控訴人に対し本件真正手形(1)(2)(3)と本件偽造手形(4)(5)
(6)との交換を求めたので、被控訴人は、本件偽造手形が真正に振出されたもの
と信じて、これに応じ、本件真正手形(1)を本件偽造手形(4)と引替に、本件
真正手形(2)(3)を本件偽造手形(5)(6)と引替に訴外会社専務取締役A
に返還した事実(被控訴人主張の事実)を認めることができる。原審における証人
A(第一回)の証言及び被控訴人本人の供述中右認定に反する部分は信用し離い。
 (4) 金 額    五〇〇、〇〇〇円
     支払期日   昭和二八年六月一八日
     支払地、振出地  神戸市
     支払場所   株式会社神戸銀行西郷支店
     振出日    昭和二八年三月三日
     振出人    花木酒造株式会社
             取締役社長 B
     受取人    極東貿易株式会社
     第一裏書(白地式)裏書人 極東貿易株式会社
             専務取締役 A
         (原判決目録(17)の手形 甲第一号証の三)
 (5) 金 額    七〇〇、〇〇〇円
     支払期日   昭和二八年六月二六日
     振出日    昭和二八年四月一五日
            その他(4)と同一記載
         (原判決目録(18)の手形、甲第一号証の四)
 (6) 金 額    五〇〇、〇〇〇円
     支払期日   昭和二八年七月三日
     その他(5)と同一記載
           (原判決目録19の手形、甲第一号証の五)
 そこで、被控訴人が本件真正手形(1)(2)(3)を訴外会社専務取締役Aに
交付することによつて、被控訴人が本件真正手形(1)(2)(3)の手形上の権
利を喪失したか否かについて考える。満期に手形金の支払ができないため、手形債
務者が満期を変更した新手形を発行して所持人に交付する、いわゆる手形書替にお
いて、新手形の交付と引替に旧手形の所持人が旧手形を返還するときは、代物弁済
によつて、旧手形の所持人は旧手形上の権利を喪失する。しかし交付された新手形
が偽造手形であるときは、代物弁済の効力を発生しないから、旧手形の所持人は、
旧手形を返還することによつて直ちに、旧手形上の権利を喪失しない。
 従つて、本件の場合、被控訴人は、本件真正手形(1)(2)(3)を訴外会社
専務取締役Aに交付したことによつて直ちに本件真正手形(1)(2)(3)の手
形上の権利を喪失しない。
 被控訴人は「訴外会社専務取締役Aは被控訴人より交付を受けた本件真正手形を
控訴人に返還した。」と主張する。
 しかし、この点に関する原審証人Aの証言(第二回)は原審証人D、同Eの各証
言、原審における控訴人代表者本人の供述に照し信用し難く、他に右事実を認める
に足る証拠はない。 仮りに訴外会社専務取締役Aが本件真正手形(1)(2)
(3)を控訴人に返還したとして、その場合の法律関係を考察するならば、
 (一) この場合、控訴人が、本件真正手形(1)(2)(3)振出の際の契約
による融通手形返還義務の履行として、訴外会社より本件真正手形(1)(2)
(3)の返還を受けたとすれば、前記のとおり訴外会社は本件真正手形(1)
(2)(3)の権利者でないから、控訴人の本件真正手形(1)(2)(3)の手
形債務は消滅せず、被控訴人は控訴人に対し本件真正手形(1)(2)(3)の所
持なくして、手形上の権利を行使し得る。従つて不当利得債権は発生しない。
 (二) この場合、控訴人が訴外会社に対し本件真正手形(1)(2)(3)の
満期以後において悪意又は重大な過失なくして手形金の支払をなし訴外会社より本
件真正手形(1)(2)(3)の返還を受けたとすれば、控訴人は手形法第四〇条
により本件真正手形(1)(2)(3)の手形債務について免責を受けることにな
るが、この際控訴人は手形債務免責と同時に不当利得債務を負担するものではない
ことは明かである。
 つぎに、被控訴人は、「訴外会社専務取締役Aは被控訴人より交付を受けた本件
真正手形(1)(2)(3)を破棄した」と主張する。
 しかし右事実を認めるに足る証拠はない。
 のみならず、仮りに、訴外会社専務取締役Aが本件真正手形(1)(2)(3)
を破棄したとしても、その場合は、本件真正手形(1)(2)(3)の権利者であ
る被控訴人は、除権判決を得た上、控訴人に対し本件真正手形(1)(2)(3)
の手形金の請求をなすべき筋合である。
 更に被控訴人は「控訴人は、本件真正手形(1)(2)(3)の時効による消滅
によつて、被控訴人の損失において不当利得をした。」と主張する。
 <要旨>しかし、時効は永続せる一定の事実状態を尊重してこれを法律関係に高
め、もつて社会の秩序を維持しようとする制度であるから、債務者の消滅時
効による利得は法律上の原因がある。
 従つて、仮りに、本件真正手形(1)(2)(3)の振出人である控訴人の手形
債務が時効により消滅し、右時効消滅時まで被控訴人が本件真正手形(1)(2)
(3)の手形上の権利を喪失しなかつたとしても(善意取得者の不存在)被控訴人
は控訴人に対し不当利得返還請求権を有しない。
 結局本件の場合
 (一) 訴外会社が本件真正手形(1)(2)(3)を所持しているならば、被
控訴人は、訴外会社より本件真正手形(1)(2)(3)の返還を受けた上、
 (二) 訴外会社が本件真正手形(1)(2)(3)を紛失又は滅失したのであ
れば、被控訴人は、除権判決を得た上、被控訴人は控訴人に対し本件真正手形
(1)(2)(3)の手形金の請求をなすべき筋合である。
 よつて被控訴人の不当利得を原因とする本訴請求は失当であるからこれを棄却す
べく、これと同旨でない原判決中控訴人敗訴部分は取消を免れず、民事訴訟法第三
八六条第八九条第九六条を適用し、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 石井末一 裁判官 小西勝 裁判官 井野口勤)

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