弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
 本件訴えをいずれも却下する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
       事   実
第一 請求(原告ら)
一 被告が岩崎産業株式会社に対し平成四年三月三一日付けでした森林法一〇条の
二に基づく林地開発行為の許可処分(指令森保第三六号)は無効であることを確認
する。
二 被告が奄美大島開発株式会社に対し平成六年一二月二日付けでした森林法一〇
条の二に基づく林地開発行為の許可処分(指令六森保第一五号)を取り消す。
第二 事案の概要
一 岩崎産業株式会社(本店・鹿児島市)は、平成二年ころから、鹿児島県大島郡
α一四四二番地外(奄美大島南東部に位置する。乙一)に、一八ホールの奄美オー
シャン・ビューゴルフクラブ(開発面積約一七一万平方メートル)のゴルフ場(以
下「δゴルフ場」という。)開発を計画しているところ、被告は、同社に対し、平
成四年三月一三日付けで、森林法一〇条の二に基づく林地開発行為の許可処分(指
令森保第三六号。甲二八)をした(以下「岩崎産業に対する本件処分」とい
う。)。
二 奄美大島開発株式会社(本店・鹿児島市)は、平成二年ころから、鹿児島県大
島郡β九一八の一番地外(奄美大島北東部に位置する。乙一)に、一八ホール(開
発面積約一二五万平方メートル)のゴルフ場(以下「γゴルフ場」といい、δゴル
フ場と併せて「本件各ゴルフ場」という。)開発を計画しているところ、被告は、
同社に対し、平成六年一二月二日付けで、森林法一〇条の二に基づく林地開発行為
の許可処分(指令六森保第一五号。甲二三、乙六)をした(以下「奄美大島開発に
対する本件処分」といい、岩崎産業に対する本件処分と併せて「本件各処分」とい
う。)。
三 原告らは、δゴルフ場開発予定地及びその周辺には、アマミノクロウサギ(特
別天然記念物。環境庁作成のレッドデータブックでは危急種とされ、国際自然保護
連合(IUCN)作成のレッドデータブックでは絶滅危惧種とされている。)、オ
オトラツグミ(天然記念物、国内希少野生動植物種)など南西諸島独特の貴重種が
高い密度で生息する地域であり、δゴルフ場開発はこれらの動物の種の存続に大打
撃を与え、また、γゴルフ場開発予定地及びその周辺には、アマミヤマシギ(国内
希少野生動植物種)、ルリカケス(天然記念物、国内希少野生動植物種、鹿児島県
鳥)など貴重な動物相が見られ、γゴルフ場開発はこれらの動物の種の存続
に深刻な影響を及ぼすおそれがあるほか、調整池などの堰堤などの崩壊により周辺
住民、土地利用関係者に被害が及ぶ危険があるところ、本件各処分は、森林法一〇
条の二第二項一号、一号の二、三号に違反する違法、無効なものと主張して、その
取消し及び無効であることの確認を求めるものである。
第三 本案前の申立て(被告)
 本件訴えをいずれも却下する。
第四 本案前の当事者の主張及び原告の本案主張
 別紙「当事者の主張」のとおり
       理   由
第一 奄美の自然と原告名が冠された野生動物、本件各ゴルフ場予定地の状況と原
告らの観察活動、本件訴訟の特徴について
一 奄美大島の自然の特徴
1 奄美大島の概要
 奄美大島は、面積約七一九平方キロメートル、加計呂麻島等の近接の島を含めた
行政界の面積は約八二〇平方キロメートルあり、沖縄島、佐渡島に次いでわが国で
三番目に大きい島である。九州から約三八〇キロメートル、屋久島から約三〇〇キ
ロメートル弱離れており、海岸線は複雑に入り組み、周囲は約四〇五・六キロメー
トルある。西部にある標高六九四・四メートルの湯湾岳が最も高く、山麓斜面が海
岸線まで迫って険しい地形をなしている。北東端の笠利半島は赤尾木の約八〇〇メ
ートルの細い地峡で陸続きになっているものの、南西部分から比較的隔離されてお
り、地形もほかに比べて平坦である。わずかにあるサトウキビ畑などはこの半島に
集中している。全島の約八五パーセントが森林及び原野であり、気候は島の西側を
流れる黒潮の影響で亜熱帯海洋性気候を示し、四季を通じて温暖・多湿で、年平均
降雨量は二八七一ミリに達する日本有数の多雨地域である(甲一九、一〇二、一〇
一五)。
2 奄美大島の生物相の特色及び重要性
 奄美大島は、動物地理区上の旧北区に属するトカラ列島以北の本土地域とは異な
り、東洋区に属し、本土とは様相を異にした自然が展開している。また、奄美大島
以南の南西諸島は、一五〇万年前にトカラ海峡が成立した後も(このラインを生物
地理上「渡瀬線」という。)中国大陸と琉球弧の陸橋で結ばれていたため大陸起源
の古い動植物が陸伝いに渡来することができ、また、琉球弧が島になってからは島
嶼という限られた環境で残存種が保存された。そのため大陸起源の古い種が遺存
し、あるいは島内で固有の種に進化したものも多い(甲一〇一五、証人Aの証
言)。
3 奄美大島の自然及び野生生物の現状
奄美大
島に生息する動物相は、両生類が五科一二種、は虫類が八科一六種、鳥類が一九科
三四種、ほ乳類が七科一五種(甲一〇一五・一七頁)であるが、急激な開発等の影
響により、このうち、環境庁の編集した「日本の絶滅のおそれのある野生生物―レ
ッドデータブック―」(以下「日本版レッドデーターブック」という。)選定によ
る絶滅危倶種は四種(アマミヤマシギ、オオトラツグミ等)、危急種一一種(アマ
ミノクロウサギ、ルリカケス等)、希少種一八種とその種の存続が緊急の課題とな
っているものが少なくない(甲三二、証人Aの証言)。
二 原告名が冠された野生動物について
1 アマミノクロウサギ(検甲一、四二、四三、甲三二、三七、証人Aの証言)
アマミノクロウサギ(学名ペンタラーグス・ファーネシー)は、ウサギ科のアマミ
ノクロウサギ属に属する一属一種の固有種として(アマミノクロウサギをムカシウ
サギ亜科に分類する学者もいるが、疑問も呈されている。)、奇跡的に生き残った
遺存種であり、「生きた化石」として紹介される。現生のウサギ科中もっとも原始
的なタイプで、眼と耳介が小さく、足は短く、爪は強大で穴を掘るのに適してい
る。尾はウサギ科中でもっとも短く約一・五センチメートル程度しかない。体長は
四一・八から五一センチメートル、耳長四・一から四・五センチメートル、爪は一
から二センチメートル、体毛厚く、毛が深い、背面暗褐色、腹面はより赤味を帯び
る。山の斜面の土中に長さ約一メートル前後の横穴を掘り、その中で産仔する。一
腹の産仔数は一から三個体で年に二回の繁殖を行う。シイ・カシなどの原生林を生
息地の核としてその周辺に広がる伐開跡地・造林地、ススキなどの生い茂る荒れ
地、農耕地などで採食している。奄美大島北部の低山帯を除いた山間部、徳之島の
山間部に広く分布しているが、一九九二年から九四年にかけて奄美大島全島につい
て行われた分布及び生息頻度の調査結果によると、分布域に大きな変化はないが、
北東部(名瀬市市街地の東と西)で後退し、相対的な生息密度に非常に大きな地域
差があり、比較的高密度を保っている地域が限られ(朝戸川から川内川上流にかけ
て、住用川上流の西側、肥後山から青久にかけての一帯など)、名瀬市街地より東
は生息密度が非常に低く、全体的に生息密度レベルが七六年、八六年の調査時点に
比べてかなり低い(全ルートの糞数の平均値は、七六年が二三三個/km/日
、八五から八六年が四七・二個/km/日、九二から九四年が一三・〇個/km/
日)とされている(甲三二、甲三七「A アマミノクロウサギと奄美大島のランド
スケープの変遷」)。
 日本版レッドデーターブック(甲三二)では、「アマミノクロウサギが生存の基
盤としている原生林は現在のところ細々と残存しているので、ただちに絶滅の危機
にはおかれていないが、現行の速度で天然林の伐開が進行すると、生活の基盤を失
い早期に絶滅するおそれがある。」、「原生林はこれまで人・ノイヌ・ノネコ・猛
禽類の侵入を阻止してきたが伐開はこれを許すことになる。天然林の伐開はクロウ
サギのみならずルリカケス・ケナガネズミ・セマルハコガメなど希少種を絶滅に導
くことになる。」として「危急種」(絶滅の危機が増大している種又は亜種)に選
定されている。また、国際自然保護連合(IUCN)のレッドデータブック(一九
九〇年)では絶滅危倶種に指定されている。
 大正一〇年の「史跡名勝天然記念物保存法」に基づき、わが国で最初の「天然記
念物」に指定され、文化財保護法下でも「天然記念物」に指定され、さらに、昭和
三八年「特別天然記念物」(文化財保護法六九条二項)に指定されている(乙二の
3)。なお、現在のところ、絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法
律(以下「種の保存法」という。)にいう国内希少野生動植物種(四条三項。その
個体が本邦に生息し又は生育する絶滅のおそれのある野生動植物の種であって、政
令で定めるもの)には指定されていない。
2 オオトラツグミ(検甲二、四〇、甲一九、三二、八二、八四)
オオトラツグミ(学名トゥルドゥス・ダウマ・アマミ)は、奄美大島と加計呂麻島
のみに分布する特産亜種であり、生態的に不明な点が多い。体は日本産のツグミの
仲間では最大であり、亜種トラツグミによく似ているが体が大きく、また体色は黄
色味に富む。地上採食性で昆虫類・ミミズ類・果実などを食べていると推測され、
生息地の条件や生息状況は不明であるが、奄美大島のクス・シイ・タブ・イス`カ
シなどの常緑広葉樹林にのみ生息する分布の極限された亜種である。自然植生であ
る亜熱帯広葉樹林のスギ・リュウキュウマツなどへの樹種転換が行われたり、パル
プ用材としての森林の伐採により、日本版レッドデーターブック(甲三二)では、
「絶滅危倶種」(絶滅の危機に瀕している種又は亜種。もしも現在の状態
をもたらした圧迫要因が引き続き作用するならば、その存続が困難なもの)に選定
されている。
 文化財保護法により、昭和四六年、天然記念物に指定され、また、種の保存法に
より、国内希少野生動植物種(四条三項)に指定されている(同法施行令一条一項
別表第一表一の(一二)すずめ目ひたき科)。研究者及び奄美野鳥の会による生息
調査(ルートセンサス、定点観察及び任意観察によるさえずり個体)において確認
された生息数も極めて少ない(甲八二、八四)。
3 ルリカケス(検甲四、三〇、甲一九、三二、八三、乙二の3)
ルリカケス(学名ガルルルス・リドティ)は、奄美大島とその属島(加計呂麻島、
請島)のみに周年普通に生息する特産種である。徳之島では絶滅状態と考えられて
いる。青紫色と赤栗色の美しい鳥で、常緑広葉樹林や二次林にも住む。樹洞や岩の
割れ目・林に近い市街地の建物などにも営巣する。奄美大島ではγ以南のほぼ全域
に広く分布する。雑食性で人為的な環境にも営巣する適応をみせ、現在絶滅の危機
に直面してはいないが、分布が極限されているため、森林伐採など環境の悪化に伴
う急速な個体数の減少も考えられるとされ、日本版レッドデーターブック(甲三
二)では危急種に選定されている。大正一〇年「天然記念物」に指定され(乙二の
3)、文化財保護法下でも「天然記念物」に指定されている。種の保存法では、国
内希少野生動植物種(四条三項)に指定されている(同法施行令一条一項別表第一
表一の(一二)すずめ目からす科)。
4 アマミヤマシギ(検甲三、二九、甲一九、三二)
アマミヤマシギ(学名スコロパクス・ミラ)は、南西諸島の特産種であり、奄美大
島、徳之島、沖縄本島、渡嘉敷島の四島に留鳥として生息し、常緑広葉樹林に周年
住む茶色の太ったシギである。二月から三月に地上でディスプレイを行い、山地の
地上に皿型の巣を作り、三月中旬から五月初旬に二から四卵を産む。夜行性。詳し
い生態はまだよくわかっていないが、人の存在には比較的無関心で、夜間、林道に
出て餌をとったりする。日本版レッドデーターブック(甲三二)には、絶滅危惧種
に選定されている。また、種の保存法により、国内希少野生動植物種(四条三項)
に指定されている(同法施行令一条一項別表第一表一の(八)ちどり目しぎ科)。
三 本件各ゴルフ場予定地の状況と原告らの観察活動
1 γゴルフ場予定地(市理原)
(一) 予定地の状況
 γ
は奄美大島の北東部に位置する(名瀬市と笠利町に挾まれる)。γゴルフ場予定地
のある市理原地域は、同町東部の海に面した山地にあり、東側は急傾斜地や断崖が
発達している。周囲の森林とは孤立した形態で存在し、頂上付近に小さな湿地があ
る(甲三一、乙一、六)。
(二) 予定地の動植物
 風衝低木とリュウキュウマツの混じる壮齢照葉樹林を主体とし、一部にオキナワ
ウラジロガシの大径木を含む壮齢照葉樹林がある。東側斜面はやや急で樹高が低く
リュゥキュウマツが多いが、西側は緩やかな斜面で樹高も高い。同地区にはアマミ
ヤマシギ、ルリカケス、オーストンオオアカゲラ、カラスバト等の鳥類が生息して
いる(甲一一、一二、一九)。
(三) 原告らの観察活動
 原告らは、同地区において、道路沿い、あるいは屋入川下流域の谷筋に沿って鳥
類等の生態観察活動を行っている(甲一一~一六、一六九の1・2、原告B、C、
D、E)。
2 δゴルフ場予定地
(一) 予定地の状況
 δは奄美大島の南東部に位置し、δゴルフ場予定地は名瀬市から約四〇キロメー
トルの距離にある市の集落から南東に伸びる岬(市崎)の先端部にある。かつては
放牧地として利用されていたが、同ゴルフ場予定地へ容易に通行できる道はない。
付近は大部分がススキの原となり、それを常緑広葉樹林が取り囲んでいる。岬の北
西側には大浜と呼ばれる入江があり、その背後に丘陵地が広がり、ハチジョウスス
キの原となっている。岬から北東側には急峻な海食崖が連続する(甲二四~二八、
乙一、検証の結果)。
(二) 予定地の動植物
 δゴルフ場予定地及びその周辺部の植生は、二次林(常緑広葉樹林)、海岸の風
衝低木林、ハチジョウススキ草原など様々なタイプの植生がモザイク状に分布し、
低い樹木がまだらに見られ疎林状の部分も見られる。岬の先端部のハチジョウスス
キの原を取り巻くように岬の根元側にはスダジイを主体とする常緑広葉樹の自然林
が展開している。同地区にはルリカケス、アマミノクロウサギ(糞による確認。な
お、後記第四参照)等の動物が生息している(甲九八・九九、証人Aの証言、検証
の結果)。
(三) 原告らの観察活動
 原告らは、同地区において、市崎の大浜付近から上陸したり、山道、尾根沿いに
動植物の生態観察活動を行っている(甲一七・一八、八一~一二二、一六九の1・
2、原告B、C、D、E)。
四 本件訴訟の特徴
 本件訴訟は、本件各ゴルフ場の
開発によって開発予定地及びその周辺地域の自然環境が破壊され、そこに生息する
アマミノクロウサギ、オオトラツグミ、アマミヤマシギ、ルリカケスなど奄美の貴
重種である野生動物がその種の存続に大打撃を受け、これらの野生動物を含む奄美
の自然の「自然の権利」が侵害されるとして、奄美大島において野鳥観察活動等野
生動物の観察活動を行ってきた原告ら(別紙当事者目録(一)の自然人の原告ら)
及び同原告らで結成した自然保護活動団体である原告環境ネットワーク奄美が、自
然観察活動や自然保護活動を通じて奄美の自然をよく知り、奄美の自然と深い結び
つきを有することから、奄美の自然の代弁者として、本件各処分の取消し及び無効
確認訴訟の原告適格を有すると主張して提起しているものである。本件訴訟の主要
な争点は、ゴルフ場開発予定地及びその周辺地域において自然観察活動・自然保護
活動を行う個人や団体に対して、ゴルフ場開発を許可した林地開発許可の取消し・
無効確認を求める原告適格が認められるかどうかであり、ここでは「自然の権利」
という新しい概念を原告らに原告適格が肯定されるべき根拠として主張している点
に本件訴訟の特徴がある。
第二 原告適格についての判断
一 無効確認の訴えの原告適格
1 無効等確認の訴えの原告適格について―行政事件訴訟法三六条の「法律上の利
益を有する者」
 行政事件訴訟法三六条は、「無効等確認の訴えは、当該処分又は裁決に続く処分
により損害を受けるおそれのある者その他当該処分又は裁決の無効等の確認を求め
るにつき法律上の利益を有する者で、当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の
有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができな
いものに限り、提起することができる。」と規定しているところ、ここに「法律上
の利益を有する者」とは、取消訴訟に関する原告適格を規定する同法九条にいう
「法律上の利益を有する者」と同義であると解される(最高裁平成四年九月二二日
第三小法廷判決「もんじゅ原子炉事件」・民集四六巻六号五七一頁)。
 そして、同法九条にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有す
る者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害さ
れ、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり、当該処分を定めた行
政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させる
にとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものと
する趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益
に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者
は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。そし
て、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的
利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目
的、当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質、当
該行政法規と目的を共通にする関連法規の関係規定によって形成される法体系等を
考慮して判断すべきである(前掲最高裁平成四年九月二二日第三小法廷判決、同
旨・最高裁昭和五三年三月一四日第三小法廷判決「ジュース表示事件」・民集三二
巻二号二一一頁、最高裁昭和五七年九月九日第一小法廷判決「長沼ナイキ基地事
件」・民集三六巻九号一六七九頁、最高裁平成元年二月一七日第二小法廷判決「新
潟空港事件」・民集四三巻二号五六頁、最高裁平成九年一月二八日第三小法廷判
決・民集五一巻一号二五〇頁、最高裁平成一〇年一二月一七日第一小法廷判決・民
集五二巻九号一八二一頁)。
 そこで、以下においては、右のような見地から、森林法一〇条の二による林地開
発許可処分について、取消訴訟・無効確認訴訟の原告適格を有する者の範囲につい
て検討する。
2 林地開発許可制度の概要
(一) 森林法一〇条の二は、地域森林計画の対象となっている民有林において開
発行為(土石又は樹根の採掘、開墾その他の土地の形質を変更する行為で、森林の
土地の自然的条件、その行為の態様等を勘案して政令で定める規模をこえるもの)
をしようとする者は、都道府県知事の許可を得なければならないこと(一項)、都
道府県知事は、当該開発行為をする森林の現に有する土地に関する災害の防止の機
能からみて、当該開発行為により当該森林の周辺の地域において土砂の流出又は崩
壊その他の災害を発生させるおそれがあること(二項一号)、当該開発行為をする
森林の現に有する水害の防止の機能からみて、当該開発行為により当該機能に依存
する地域における水害を発生させるおそれがあること(同項一号の二)、当該開発
行為をする森林の現に有する水源のかん養の機能からみて、当該開発行為により当
該機能に依存する地域
における水の確保に著しい支障を及ぼすおそれがあること(同項二号)、当該開発
行為をする森林の現に有する環境の保全の機能からみて、当該開発行為により当該
森林の周辺の地域における環境を著しく悪化させるおそれがあること(同項三号)
のいずれにも該当しないと認めるときは、開発行為を許可しなければならないこと
(同条二項)などを規定している。
これは、森林をひとたび開発してその機能を破壊した場合、その回復は非常に困難
な場合が多いことにかんがみ、国民生活の安定と地域社会の健全な発展にとって重
要であると思われる森林の有する多角的機能を総合的かつ高度に発揮させることが
できるよう、地域森林計画の対象となっている民有林における開発行為について許
可制をとることにより、森林の有する公益的機能の発揮に配慮した土地利用の適正
を確保しようとする趣旨に出た規定と解される。
(二) 許可基準について規定する同条二項は、「都道府県知事は、・・・次の各
号のいずれにも該当しないと認めるときは、これを許可しなければならない。」と
しているが、これは、開発行為が同項所定の各号いずれかに該当すると認められる
場合には許可しない趣旨と解される(昭和四九年一〇月三一日四九林野企第八二号
各都道府県知事あて農林事務次官通達。以下「開発許可等施行通達」という。乙四
の2)。
 許可基準のその一は、「当該開発行為をする森林の現に有する土地に関する災害
の防止の機能からみて、当該開発行為により当該森林の周辺の地域において土砂の
流出又は崩壊その他の災害を発生させるおそれがあること」(同項一号)に該当し
ないと認められることであり、その趣旨は、開発行為をする森林の植生、地形、地
質、土壌、湧水の状態等から土地に関する災害の防止の機能を把握し、土地の形質
を変更する行為の態様、防災施設の設置計画の内容等から周辺の地域において土砂
の流出又は崩壊その他の災害を発生させるおそれの有無を判断するところにあると
解される。
 その二は、「当該開発行為をする森林の現に有する水害の防止の機能からみて、
当該開発行為により当該機能に依存する地域における水害を発生させるおそれがあ
ること」(同項一号の二)に該当しないと認められることであり、その趣旨は、開
発行為をする森林の植生、地質及び土壌の状態並びに流域の地形、流域の土地利用
の実態、流域の河川の状況、流域の過去の雨量、流域における
過去の水害の発生状況等から水害の防止の態様、防災施設の設置計画の内容等か
ら、森林の有する水害の防止の機能に依存する地域において水害を発生させるおそ
れの有無を判断するところにあると解される。
 その三は、「当該開発行為をする森林の現に有する水源のかん養の機能からみ
て、当該開発行為により当該機能に依存する地域における水の確保に著しい支障を
及ぼすおそれがあること」(同項二号)に該当しないと認められることであり、そ
の趣旨は、開発行為をする森林の植生、土壌の状態、周辺地域における水利用の実
態及び開発行為をする森林へ水利用を依存する程度等から水源かん養機能を把握
し、貯水池導水路等の設置計画の内容等から水源かん養の機能に依存する地域の水
の確保に著しい支障を及ぼすおそれの有無を判断するところにあると解される。
 その四は、「当該開発行為をする森林の現に有する環境の保全の機能からみて、
当該開発行為により当該森林の周辺の地域における環境を著しく悪化させるおそれ
があること」(同項三号)に該当しないと認められることであり、その趣旨は、開
発行為をする森林の樹種、林相、周辺における土地利用の実態等から自然環境及び
生活環境の保全の機能を把握し、森林によって確保されてきた環境の保全の機能は
森林以外のものによって代替されることが困難であることが多いことにかんがみ、
開発行為の目的、態様等に応じて残置管理する森林の割合等からみて、周辺の地域
における環境を著しく悪化させるおそれの有無を判断するところにあると解され
る。
(三) そして、同条二項の許可基準の配慮規定として、同条三項において、「前
項各号の規定の適用につき同項各号に規定する森林の機能を判断するに当たって
は、森林の保続培養及び森林生産力の増進に留意しなければならない。」とされて
いる。これは、開発行為を許可基準に照らして審査する場合、災害の防止、水源の
かん養及び環境の保全のそれぞれの公益的機能からみて行うことになっているが、
これら森林の現に有する公益的機能を判断するに当たっては、これらの機能は、森
林として利用されてきたことにより確保されてきたものであって、森林資源の整備
充実を通じてより高度に発揮されることになることに留意すべきとの趣旨のものと
解される(開発許可等施行通達)。
 なお、開発行為の許可には条件を附することができる(同条四項)ところ、この
条件は森林
の現に有する公益的機能を維持するために必要最小限度のものに限り、かつ、その
許可を受けた者に不当な義務を課することになるものであってはならない旨規定さ
れている(同条五項)。この規定の趣旨は、本制度の性格が、財産権に内在する制
約(森林法四条三項、五条三項は、全国森林計画及び地域森林計画は「良好な自然
環境の保全及び形成その他森林の有する公益的機能の維持増進に適切な考慮が払わ
れたものでなければならない。」とし、同法八条及び一〇条の五は森林所有者に地
域森林計画の遵守義務を課している。)の範囲内で私権限を行うという趣旨に出た
ものであることを示していると解される。
二 林地開発許可制度により保護される利益(一〇条の二第二項三号関係)
1 森林法一〇条の二第二項三号について
 森林法一〇条の二第二項三号(環境の保全)の趣旨は、前述のとおり、開発行為
をする森林の樹種、林相、周辺における土地利用の実態等から自然環境及び生活環
境の保全の機能を把握し、森林によって確保されてきた環境の保全の機能は森林以
外のものによって代替されることが困難であることが多いことにかんがみ、開発行
為の目的、態様等に応じて残置管理する森林の割合等からみて、周辺の地域におけ
る環境を著しく悪化させるおそれの有無を判断するところにある。
 ここで、同号の規定が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個
別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、森林法の趣旨・目
的、同法が林地開発許可処分を通して保護しようとする利益の内容・性質のほか、
森林法と目的を共通にする関連法規の関連規定によって形成される法体系のなかで
同号の規定が林地開発許可処分を通して個々人の個別的利益をも保護すべきものと
して位置づけているとみることができるかどうかによって決すべきである。したが
って、ここで林地開発許可制度が「自然環境」を保護しようとする趣旨について
は、森林法のみならず、自然環境の保全という点において目的が共通する関連法規
の関係規定によって形成される法体系から逐次、検討、解釈していく必要がある。
2 自然環境の保全に関連する国際法規範
 自然環境の保全に関連する主要な国際法規範を概観すると、その内容は次のとお
りであり、ここには森林の有する生物多様性の保全の機能の重要性についての認識
が共通に認められる。
(一) 世界自然憲章(一九八二年国連総会
採択)
 生物種・生態系の保護、希少種等の生息区域の特別な保護、開発計画における自
然の保全、環境影響評価、国内法への反映等、自然に影響を及ぼす人間活動の基準
ないし指針・原則が宣言されている(甲一〇〇五、一〇〇九236頁)。
(二) 生物の多様性に関する条約(一九九二年)
 生物多様性の保全、生息域内保全、環境影響評価等の措置を締結国が行うべきこ
とを規定している(甲一〇〇六、一〇〇九240頁)
(三) 「環境と開発に関する国連会議(UNCED)」(地球サミット・一九九
二年)における各種宣言
 同国連会議で採択された「環境と開発に関するリオ宣言」においては、持続可能
な開発のための環境保全、生態系の保護・保全、環境問題への市民の意思決定過
程、司法手続等への参加の権利、環境影響評価等の諸原則が宣言されている。そし
て同宣言に基づく「行動計画」を定めた「アジェンダ二一」声明には、森林の保護
の強化、生物多様性の保全が掲げられ、この実施には各国政府が責任を負うほか、
広範な一般国民の参加とNGOなど各種団体の参加が奨励されるべきとされている
(前文)。また、特に森林問題に関して採択された「森林に関する原則声明」は、
「森林資源及び林地は現在及び将来の人々の社会的、経済的、生態的、文化的、精
神的なニーズを満たすために持続的に経営されるべき」、「これらのニーズは、木
材、木製品、水、食料、飼料、医薬品、燃料、住居、雇用、余暇、野生生物の生息
地、景観の多様性、炭素の吸収源・貯蔵源といった森林生産物及びサービスを対象
とする」としており、生態系のプロセス及びバランスの維持、生物多様性の宝庫等
森林の有する全ての機能を発揮させるための保全の重要性を確認している(甲一六
八、一〇〇七の1、一〇一四)。
3 自然環境の保全に関する関連国内法
(一) 林業基本法
 林業基本法は、林業に関する国の施策は「国土の保全その他森林の有する公益的
機能の確保」を考慮して講ずるものとする(三条二項)とし、政府は森林資源に関
する基本計画をたてなければならないとしており(一〇条一項)、森林法において
は、農林水産大臣は右基本計画に即して五年ごとに一五年を一期とする全国森林計
画をたてることとされている(森林法四条一項)。政府は、右の林業基本法に基づ
き、昭和六二年七月二四日「森林資源に関する基本計画」を策定したが、平成八年
に改訂されたその基本計画(甲
一六八)においては、「環境と開発に関する国連会議(UNCED)」において採
択された「森林に関する原則声明」及び「アジェンダ二一」、その後に締結された
「生物の多様性に関する条約」等に基づく国際的な取組みを踏まえて、「生態系と
しての森林という認識のもと」持続可能な森林経営の推進に努める必要があるこ
と、山地に起因する災害を防ぐため、あるいは渇水や洪水を緩和するなどの水源の
かん養を図るための森林の整備とともに、「物の豊かさよりも心の豊かさ、精神
的・文化的価値を重視するライフスタイルの変化が見られる中で、森林とのふれあ
いや生物の多様性の保全に対する国民の期待が高まって」いるとの認識のもと、
「伐採・造林・下刈等を体験することのできる森林、野生生物の生態を観察するこ
とのできる森林、四季折々の自然の美しさを享受できる森林、騒音や風を防ぐなど
生活環境を保全する森林・・など人工林、天然林を問わず、様々なニーズに適応し
た多様な森林を確保し、適切に整備することが必要である。」として、全ての森林
について「木材等生産、水源かん養、山地災害防止、生活環境保全及び保健文化」
等の諸機能の発揮と併せて、「多様な生物の生息・生育地として生物多様性の保全
に寄与し」ていることに留意する必要があること、森林の機能整備の目標として、
「学術的に貴重な動植物の生息している森林」を「保健文化機能」に区分けするこ
と、そして、森林を「水土保全」、「森林と人との共生」、「資源の循環利用」の
三つに分け、「森林と人との共生」を重視する森林の整備においては、「野生動物
の繁殖地、餌場、枯木・倒木、水辺等に配意し、原生的な自然を有する森林及び学
術的に貴重な野生生物が生息・生育している森林の的確な保護、周辺森林の保全を
積極的に推進」し、「野生生物のための回廊等森林の連続性の確保に努める。」こ
と等を明記している。
(二) 環境基本法
 環境保全についての基本法である環境基本法は、「環境の保全は、環境を健全で
恵み豊かなものとして維持することが人間の健康で文化的な生活に欠くことのでき
ないものであること及び生態系が微妙な均衡を保つことによって成り立っており人
類の存続の基盤である限りある環境が、人間の活動による環境への負荷によって損
なわれるおそれが生じてきていることにかんがみ、現在及び将来の世代の人間が健
全で恵み豊かな環境の恵沢を享受するとともに人
類の存続の基盤である環境が将来にわたって維持されるように適切に行われなけれ
ばならない。」と、環境の保全についての基本理念について規定し(三条)、国の
環境の保全に関する基本的施策の策定、実施については「生態系の多様性の確保、
野生生物の種の保存その他の生物の多様性の確保が図られるとともに、森林、農
地、水辺地等における多様な自然環境が地域の自然的社会的条件に応じて体系的に
保全されること」(一四条二号)、「人と自然との豊かな触れ合いが保たれるこ
と」を求めている。
(三) 自然環境保全法
 自然環境保全法は、国が自然環境の保全を図るための基本構想等に関して、「自
然環境保全基本方針」を定めなければならない(一二条)とし、同方針は、自然は
それ自体が豊かな人間生活の不可欠な構成要素をなしているとの認識のもと、「人
為のほとんど加わっていない原生の自然地域、国を代表する傑出した自然景観、更
に学術上、文化上特に価値の高い自然物等は、多様な生物種を保存し、あるいは自
然の精妙なメカニズムを人類に教えるなど、国の遺産として後代に伝えなければな
らないものである」から「いずれもかけがえのないものであり、厳正に保全を図
る。」、「国土の自然のバランスを維持する上で重要な役割を果たす自然地域、す
ぐれた自然風景、野生動物の生息地、更に野外レクリェーションに適した自然地域
等は、いずれも人間と自然との関係において欠くことのできない良好な自然である
との理由から、適正な保護を図る等の自然環境保護施策の基本的な方向を定めてい
る(甲一六六)。
(四) 種の保存法(絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律)
 種の保存法は、「野生動植物が、生態系の重要な構成要素であるだけでなく、自
然環境の重要な一部として人類の豊かな生活に欠かすことのできないものであるこ
とにかんがみ、絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存を図ることにより良好な
自然環境を保全し、もって現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保に寄与
すること」を目的(一条)とし、絶滅のおそれのある野生動植物の生息地等の保護
に関する規制等の規定を定めている。
4 森林法における関係規定
(一) 森林法の目的
 森林法は、「森林計画、保安林その他の森林に関する基本的事項を定めて、森林
の保続培養と森林生産力の増進とを図り、もって国土の保全と国民経済の発展とに
資することを目的」とす
るとの目的規定をおいている(一条)ところ、他方、全国森林計画及び地域森林計
画は「良好な自然環境の保全及び形成その他森林の有する公益的機能の維持増進に
適切な考慮が払われたものでなければならない」とされ(四条三項、五条三項)、
また林地開発許可基準の配慮規定である一〇条の二第三項については、前述(一の
2の(三))のとおり、開発許可等施行通達(乙四の2)においても、「開発行為
を許可基準に照らして審査する場合、災害の防止、水源のかん養及び環境の保全の
それぞれの公益的機能からみて行うことになっているが、これら森林の現に有する
公益的機能を判断するに当たっては、これらの機能は、森林として利用されてきた
ことにより確保されてきたものであって、森林資源の整備充実を通じてより高度の
(ママ)発揮されることになることに留意すべきであるという趣旨である」と解さ
れていることからすると、森林法が目的とする森林の保続培養と森林生産力の増進
には、森林の公益的機能の確保の趣旨が不可分のものとして含まれていると解され
る。
(二) 保安林制度との連携
 森林法においては、水源のかん養、土砂の流出の防備等特に公益的機能の高い森
林については、保安林制度に基づき、保安林として指定し、立木の伐採、土地の形
質の変更等の行為を厳格に規制し、保安林の維持造成が図られている(二五条以
下)。この保安林制度は、その沿革をたどれば、中世にも水源かん養や社寺風致の
保存のための禁伐林がみられ、江戸時代にも留林、水止山等と呼ばれる類似のもの
がみられる(以上は当裁判所に顕著な事実である。)など、その歴史は極めて古
く、明治三〇年の旧森林法(明治三〇年法律第四六号)にはやくも今日の保安林制
度の基礎が確立された古い沿革を有するものであるが、近年森林を対象とする開発
行為が急増するなかで、保安林以外の森林であっても、水源のかん養、災害の防
止、環境の保全といった公益的機能を有していることにかんがみ、森林の土地の適
正な利用を確保するため、昭和四九年に森林法が改正(昭和四九年法律第三九号)
され、保安林等を除く民有林における林地開発許可制度(一〇条の二)が設けられ
た。このように、保安林制度と林地開発許可制度は、それぞれ連携を図りながら、
森林の有する公益的機能の確保を図ることが期待されている(乙四の2)。
5 林地開発行為許可処分にかかる行政通達等の内容
 林地開発
行為の許可をなすに当たっての判断要因や基準を定める開発許可等施行通達(乙四
の2)は、法一〇条の二第二項三号に関して、前述(二の1)のとおり、「開発行
為の目的、態様等に応じて残置管理する森林の割合等からみて、周辺の地域におけ
る環境を著しく悪化させるおそれの有無を判断する」ものとし、同条三項について
も、前述(二の4の(一))のとおり、森林の公益的機能の判断は森林資源の整備
充実を通じて発揮されることに留意すべきものとし、さらに、許可の審査等につい
て、林地開発行為の許可に際し都道府県森林審議会及び市町村長の意見を聴かなけ
ればならないとする趣旨は、「開発行為に伴う当該森林の有する公益的機能の低下
がどのような影響を及ぼすのか技術的、専門的判断を適正に行うとともに、地域住
民の意向を十分に反映した適正な判断を行うためである。」、「都道府県知事は、
開発行為の許可の申請があった場合には、原則として現地調査を行うことにより当
該開発行為が与える影響を適確に判断されたい。」としている。そして、この調査
事務について、林地開発許可事務実施要領(林野庁長官通達「林地開発許可事務実
施要領の制定について」昭和四九年一二月一七日 四九林野治第二七〇五号、甲三
三)は、現況の調査として、対象森林の位置、面積及び林況、流域における地況な
どとともに、「対象森林及びその周辺の地域における貴重な動植物の存在」を、ま
た影響の調査として、対象森林周辺地域における災害発生のおそれの有無、周辺の
地表水及び地下水の水量及び水質に及ぼす影響の範囲及び程度などとともに、「当
該開発行為が周辺の生活環境、動植物及び風致に及ぼす影響の範囲及び程度」をそ
れぞれ必要に応じて行うべきことを指示している。
 開発行為の許可基準の運用について定めた開発許可等施行通達・別紙において
は、「地域森林計画において、自然環境の保全及び形成並びに保健・文化・教育的
利用のため伐採方法を特定する必要があるものとして定められている森林、生活環
境の保全及び形成のため伐採方法を特定する必要があるものとして定められている
森林又は特に生活環境保全機能及び保健文化機能を高度に発揮させる必要があるも
のとして定められている森林」等機能の高い森林における開発行為は、法一〇条の
二第二項各号の一に該当する場合が多いと考えられるとし、「その審査は特に慎重
に行うものとし、その目的、態様等
を考慮の上、開発行為を極力これらの森林以外の土地に指向させるものとする」
(前記開発許可等施行通達・別紙第2)とされ、開発許可の要件に関しては、「開
発行為又は開発行為に係る事業の実施について法令等による許認可等を必要とする
場合には、当該許認可等がなされているか又はそれが確実であることが明らかであ
ること」(開発許可等施行通達・別紙第3・1)とし、また、「開発行為をしよう
とする森林の区域に開発行為に係る事業の目的、態様、周辺における土地利用の実
態等に応じ相当面積の森林又は緑地の残置又は造成が適切に行われることが明らか
であること」(開発許可等施行通達・別紙第3・5)とし、ここにいう「『相当面
積の森林又は緑地の残置又は造成』とは、森林又は緑地を現況のまま保全すること
を原則とし、止むをえず一時的に土地の形質を変更する必要がある場合には、可及
的速やかに伐採前の植生回復を図ることを原則として森林又は緑地が造成されるも
のであること」とし、また開発行為の目的ごとの残地森林率、森林の配置等が具体
的に運用細則(開発行為の許可基準の運用細則について、昭和四九年一〇月三一日
四九林野治第二五二一号 各都道府県知事あて林野庁長官通達」乙四の3)で定め
られている。
 また、「風害等からの周辺の植生の保全等の必要がある場合には、開発行為をし
ようとする森林の区域内の適切な箇所に必要な森林の残置又は必要に応じた造成が
行われることが明らかであること」(開発許可等施行通達・別紙第3・5)とし、
この「周辺の植生の保全等」には、貴重な動植物の保護を含むものとする。」と運
用細則(乙四の3)で定められている。
6 「自然の権利」及び「自然享有権」と森林法一〇条の二第二項三号の保護する
個別的利益
(一) 原告らは、自然及び自然物そのものの法的価値(自然の権利)を承認し、
人間の自然に対する保護義務を定め、市民や環境NGOに自然の価値の代弁者とし
て、自然の価値を侵害する人間の行為(権利侵害行為)に対する法的な防衛活動を
行う地位を有するという趣旨で「自然の権利」の概念を主張し、市民や環境NGO
は、国民が豊かな自然環境を享受する権利としての「自然享有権」を根拠に「自然
の権利」を代位行使し原告適格を有すると主張する。
 たしかに、環境基本法が、「環境を健全で恵み豊かなものとして維持することが
人間の健康で文化的な生活に欠くことのできない」
こと、「環境が人類の存続の基盤である限りある」ものであることを環境の保全に
ついての基本理念としてうたい(三条)、環境基本法(六条から九条)及び自然環
境保全法(二条)がともに、国、地方公共団体、事業者及び国民に対し、右基本理
念にのっとった環境の保全、自然環境の保全の責務に努めるべきことを定め、ま
た、種の保存法は、「野生動植物が、生態系の重要な構成要素であるだけでなく、
自然環境の重要な一部として人類の豊かな生活に欠かすことのできないものであ
る」(一条)との認識のもと、国、地方公共団体及び国民に絶滅のおそれのある野
生動植物の種の保存に関する責務(二条)を定めていること、国際法上もたとえば
世界自然憲章は「すべての生命形態は固有のものであり、人間にとって価値がある
か否かに関わらず尊重されるべきものであること、及び、そのことをそれらの生物
に当てはめるために人間は行動を自己規制しなければならないこと」を確信すると
の認識を明らかにし(同憲章前文)、生物の多様性に関する条約も「生物の多様性
が有する内在的な価値並びに生物の多様性及びその構成要素が有する生態学上、遺
伝上、社会上、経済上、科学上、教育上、文化上、レクリエーション上及び芸術上
の価値を意識し」ていることを明らかにしていることからすると、今や法的におい
ても自然及び野生動植物等の自然物の価値は承認されており、かつ、人間の自然に
対する保護義務も、具体的な内容はともかく、一般的抽象的責務としては法的規範
となっていると解することができる。
(二) しかしながら、他方で、自然の価値を侵害する人間の行動に対して、市民
や環境NGOに自然の価値の代弁者として法的な防衛活動を行う地位があるとして
訴訟上の当事者適格が一般に肯定されると解すること、そしてその根拠として「自
然享有権」が具体的権利として憲法上保瞳されているとまで解することは次のとお
り困難である。
 すなわち、環境基本法は、「環境を健全で恵み豊かなものとして維持することが
人間の健康で文化的な生活に欠くことのできないもの」であり、かつ環境は「人類
の存続の基盤である」として「現在及び将来の世代の人間が健全で恵み豊かな環境
の恵沢を享受する」ことを環境保全の基本理念としてうたい(三条)、国、地方公
共団体等に右基本理念にのっとった施策の責務を定め(六条から九条)、国に対し
て環境の保全に関する施策を実施す
るための必要な法制上の措置を講じるべきことを義務づけ(一一条)ており、これ
らの諸規定は原告らの主張する「自然享有権」の実定法上の出発点となりうるとも
解されるが、他方で、原告らの主摂する「自然享有権」に具体的な権利性を認め得
るか否かについては、自然破壊行為に対する差止請求、行政処分に対する原告適
格、行政手続への参加の権利等の根拠となるような「自然享有権」の具体的な範囲
や内容を実体法上明らかにする規定は環境の保全に関する国際法及び国内諸法規を
見ても未整備な段階であって、いまだ政策目標ないし抽象的権利という段階にとど
まっていると解さざるを得ない。
 また、自然に影響を与える行政処分に対して、当該行政処分の根拠法規の如何に
関わらず、「自然享有権」を根拠として「自然の権利」を代弁する市民や環境NG
Oが当然に原告適格を有するという解釈をとることは、行政事件訴訟法で認められ
ていない客観訴訟(私人の個人的利益を離れた政策の違憲、違法を主張する訴訟)
を肯定したのと実質的に同じ結果になるのであって、現行法制と適合せず、相当で
ないと解される。
7 森林法一〇条の二第二項三号による保護法益の内容について
(一) 以上の自然環境の保全に関する国際法規範及び関連国内法の法体系を考慮
すると、森林法一〇条の二第二項三号に関わる林地開発許可制度において保護しよ
うとする「環境の保全」の趣旨については次のような内容が含まれるものと考える
ことができる。
(1) 野生動植物は、生態系の重要な構成要素であるだけでなく、自然環境の重
要な一部として人間の豊かな生活に欠かすことのできないものであること
(2) 森林は多様な生物の生息・生育地としての生物多様性の保全の機能を有し
ていること
(3) 学術的に貴重な動植物の生息地の森林の保全
(二) このように、森林法一〇条の二第二項三号の保護しようとする利益は、生
物多様性の保全という、第一義的には一般的公益と評価されるべきものであると解
される。
 あるいは、良好な自然環境やそこに生息する野生動植物が人間の豊かな生活に欠
かすことができないという観点から、開発行為の対象となる森林及びその周辺の地
域の自然環境又は野生動植物に対する個々人の利益を保護する趣旨が含まれるとし
ても、その個々人の利益を公益と区別することは困難であるほか、当該開発行為の
対象となる森林及びその周辺の地域の自然環境又は野生
動植物を対象とする自然観察、学術調査研究、レクリエーション、自然保護活動等
を通じて特別の関係を持つ利益を有し、これが林地開発許可制度による保護の対象
となりえるとしても、これらの諸活動は一般に誰もが自由に行いうるものであっ
て、その「開かれた」性質からすると、不特定多数の者が右利益を享受することが
でき、また、森林との関係を持つ利益の内容もまた不特定である。そうすると、当
該開発行為の対象となる森林及びその周辺の地域の自然環境又は野生動植物を対象
とする自然観察、学術調査研究、レクリエーション、自然保護活動等を通じて人間
が森林と特別の関係を持つ利益について、森林法一〇条の二第二項三号が保護して
いると解することができるとしても、この不特定多数者の利益をこれが帰属する個
々人の個別的利益として保護する趣旨まで含むと解することは困難であると考えざ
るを得ない。
三 林地開発許可制度により保護される利益(一〇条の二第二項一号、一号の二関
係)
1 林地開発行為の許可制度(一号及び一号の二)の規定をみると、「当該開発行
為をする森林の現に有する土地に関する災害の防止の機能」からみて「当該開発行
為により当該森林の周辺の地域」、「当該開発行為をする森林の現に有する水害の
防止の機能」からみて「当該開発行為により当該機能に依存する地域」といういず
れも具体的に特定される地域における土砂の流出、崩壊その他の災害又は水害の発
生のおそれのないことを許可要件として規定している。
 また、右各許可要件の審査に瑕疵があった場合には土砂の流出又は崩壊、水害等
の災害が発生する可能性があり、これらの災害が発生した場合には、当該開発行為
をする森林及び当該周辺地域又は当該機能に依存する地域の住民については被害を
受ける可能性が強いものと考えられ、そして被害の性質は、住民の生命及び身体と
いった重要な人的権利利益に対する直接的な侵害が想定される。
 以上の林地開発許可制度の規定内容、開発行為の許可審査に瑕疵があった場合に
発生する可能性のある災害の内容、右災害によって侵害される法益の性質等を考え
併せると、森林法一〇条の二第二項一号、一号の二は、単に公衆の生命、身体の安
全等を一般的公益として保護しようとするにとどまらず、当該開発行為をする森林
及び当該周辺地域又は当該機能に依存する地域に居住し、右災害により直接の被害
を受けることが想定される住民
の生命及び身体の安全等を個々人の個別的利益としても保護する趣旨を含むものと
解するのが相当である。
 もっとも森林法二五条、二六条に基づく保安林の指定とその解除の処分について
は、その指定又は解除に「直接の利害関係を有する者」は、農林水産大臣に対し、
保安林の指窓又はその解除について申請することができ(二七条一項)、農林水産
大臣が保安林の指定又は解除をしようとする際に、「直接の利害関係を有する者」
がこれに異議があるときは、意見書を提出し、聴聞手続に参加することができる
(二九条、三〇条、三二条)。これに対し、林地開発許可手続に関しては、林地開
発許可に直接の利害関係を有する者に対して直接の手続関与を保障した規定は見あ
たらない。しかしながら、同法二五条一項は、保安林指定解除に洪水緩和、渇水予
防上直接の影響を被る一定範囲の地域に居住する住民の利益を個々人の個別的利益
として保護する趣旨を含むというべき(最高裁昭和五七年九月九日第一小法廷判
決・民集三六巻九号一六七九頁)ところ、同法二五条一項一号、二号、三号等の規
定と同法一〇条の二第二項一号、一号の二の各規定を比較してみると、両者は、い
ずれも森林周辺の一定範囲における災害の防止を保護法益としているものと解され
る。そして林地開発許可制度が保安林以外の森林であっても災害の防止等といった
公益的機能を有しており、これらの森林において開発行為を行うに当たってはこれ
ら森林の有する役割を阻害しないように適正に行うことが必要であり、またそれが
開発行為を行う者の当然の責務でもあるという観点から規制を行うものであり、保
安林制度との連携をはかりつつ、森林の土地の適正な利用を確保することを目的と
しており(乙四の2)、保安林制度とその趣旨、目的を共通にしていることからす
ると、林地開発許可制度に保安林制度のような手続保障規定がないからといって、
同法一〇条の二第二項一号、一号の二が個々人の個別的利益の保護を含まないとい
うことはできない。
2 他方、林地開発許可制度(一号、一号の二関係)が、当該開発行為をする森林
及び当該周辺地域又は当該機能に依存する地域に対して自然観察活動等に訪れると
いう関係にあるのみの人についてまで、その個々人の生命、身体の安全等といった
個別的利益を保護する趣旨を含むと解することができるかどうかについては、次の
とおり消極に解さざるを得ない。
 すなわち
、一般に、自然観察活動等によって当該森林及び当該周辺地域又は当該機能に依存
する地域を通過し、あるいは滞在する時間は、これらの地域に居住する場合に比べ
ると相当短いと考えられることから、林地開発行為により発生する可能性のある災
害に遭遇する可能性はそこに住む住民に比べると相当低いと考えられる。また、自
然観察活動等による訪問者は不特定であり、その範囲を確定することは極めて困難
と解される。そうすると、林地開発許可制度(一号、一号の二)が、当該開発行為
をする森林及び当該周辺地域又は当該機能に依存する地域に対して自然観察活動等
に訪れるという関係にある不特定多数者の生命、身体の安全等の個別的利益を公益
と離れて個別に保護する趣旨まで含むと解することは困難である。
四 本件原告らの原告適格について
1 森林法一〇条の二第二項三号と原告らの原告適格
前述のとおり、森林法一〇条の二第二項三号が個々人の個別的利益を保護する趣旨
と解することはできないから、同号により原告らの原告適格を根拠づけることはで
きない。
2 森林法一〇条の二第二項一号及び一号の二と原告らの原告適格
 前述のとおり、林地開発許可制度(森林法一〇条の二第二項一号、一号の二関
係)が、当該開発行為をする森林及び当該周辺地域又は当該機能に依存する地域に
対して自然観察活動等に訪れるという関係にあるのみの個人についてまで、その個
々人の生命、身体等の個別的利益を保護する趣旨と解することはできないから、原
告らの居住地と本件各ゴルフ場予定地との位置関係によりその原告適格が判断され
ることになる。
 そして、本件原告らの居住地をみると、奄美大島に居住する原告は別紙当事者目
録(一)の自然人である原告ら(原告Cを除く)のみであり、しかもδゴルフ場の
予定地に最も近くに居住する原告Bでも同予定地から直線距離で約一六キロメート
ル、γゴルフ場の予定地に最も近接して居住する原告Fでも同予定地から直線距離
で約六キロメートルである(乙一)。このような距離関係からみても、別紙当事者
目録(一)の自然人である原告らは、本件各ゴルフ場の開発により発生する可能性
のある災害等によって生命、身体等の被害が生じる地域に居住する住民とはおよそ
考えられず、原告らには森林法一〇条の二第二項一号及び一号の二との関係におい
ても原告適格は認められない。
3 なお、団体としての組織を具備し、多数決原理が行
われ、構成員の変更にもかかわらず団体として存続し、その組織において代表の方
法、総会の運営及び財産の管理など団体としての主要な点が確定しているいわゆる
権利能力なき社団は、住民監査請求において監査請求権者たる「住民」(市町村の
区域内に住所を有する者。地方自治法二四二条、二四二条の二)に当たると解さ
れ、本件原告の一人である「環境ネットワーク奄美」も右の意味における権利能力
なき社団の要件を具備すると認められる(甲一、九、原告G)が、構成員である他
の原告らは一人(原告F)を除いていずれもγ及びδに居住しておらず、かつ、地
元住民からの授権があったとの事実もうかがえない以上、原告「環境ネットワーク
奄美」が地域住民の代表と解することはできず、さらに、この点をしばらく措くと
しても、本件訴訟における原告適格に関しては、別紙当事者目録(一)の自然人で
ある原告らにつき先に検討した以上の個別的利益が原告「環境ネットワーク奄美」
に備わっているともいまだ認められない。
4 よって、原告らは、以上の種々の観点から検討しても、いまだ本件各処分の取
消し及び無効確認を求める法律上の利益を有する者には当たらず、本件訴えはいず
れも原告適格を有しない者の訴えとして、不適法却下されるべきである。
第三 訴えの利益(請求の二)についての判断
一 林地開発行為廃止届の法的効果
1 奄美大島開発に対する本件処分については、平成一〇年二月二四日付けで右開
発許可申請者である奄美大島開発株式会社から林地開発行為廃止届が鹿児島県知事
に提出され、右廃止届は同月二七日付けで受理されている(乙七の3)。
2 そもそも森林法一〇条の二第一項に基づく開発行為許可処分は、申請書に記載
された特定の開発行為を対象としてなされるものであるところ、開発行為の廃止と
は、当該開発行為許可処分に基づく開発行為を中途で終了し、かつこれを将来にわ
たって行わない旨の意思表示であるから、開発行為廃止届が提出され、これが受理
された以上、開発行為完了の場合と同じく、もはや開発許可処分に基づく開発行為
を続行する余地はないと解される。そして、林地開発行為廃止届が受理された場合
に申請者が再度開発行為をしようとする場合には、その開発行為の内容が廃止した
開発行為と同内容のものであっても、改めて森林法一〇条の二第一項に基づく開発
行為許可申請をする必要があると解される。
 これに対し、原
告らは、行政処分の法的性格からいったん発生した処分の効力を処分の相手方の意
思にのみかからせることはできず、開発行為の廃止届の提出、受理に基づいて林地
開発許可処分の効力を将来にわたって失わせるためには、処分者である知事におい
て、当該許可処分の撤回(取消し)をしなければならない旨主張している。
3 しかしながら、森林法一〇条の二による開発行為の許可制度は、森林の有する
災害の防止、水害の防止、水源のかん養、環境の保全といった公益的機能の発揮に
配慮した森林の土地の適正な利用を確保するため、地域森林計画の対象となってい
る民有林における開発行為について許可制を設けたものであり、申請者が行おうと
する具体的な開発行為について同条二項の要件の審査を経て許可処分がなされるも
のであって、開発行為を行おうとした者が当該開発行為を廃止し、当該開発行為を
将来に向かって行わないこととした以上、右許可処分の効力を今後存続させる必要
性はなく、また、災害防止、水害防止、水源かん養、環境保全といった当該開発行
為をする森林の「現に有する」公益的機能を当該許可処分の判断の基礎としている
ところ、森林という年月の経過により変化する自然物の性質からすると、許可処分
時点から年月の経過とともに当該開発行為をする森林の「現に有する」公益的機能
が変容し、あるいは当該森林の「現に有する」公益的機能についての法的評価が変
更される可能性があるから、開発行為が廃止された後にいつまでも許可処分の効力
を存続させることは不適当でもある。そうすると、開発行為廃止届が提出され、当
該許可処分に基づく開発行為を中途で終了し、かつこれを将来にわたって行わない
旨の意思表示がなされ、処分者である知事によってこれが受理された以上、知事に
おいて当該許可処分の撤回(取消し)をするまでもなく、当該許可処分の効力は将
来に向かって失われたと解するのが相当である。
二 訴えの利益について
1 右廃止届の提出及びその受理に基づく法的効果として、奄美大島開発に対する
本件処分の効力は将来に向かって消滅したものと解するのが相当であり、右効力が
消滅した以上当該開発許可の取消しを求める訴えの利益はないものと解される。
2 よって奄美大島開発に対する本件処分の取消しを求める原告らの本件請求二
は、訴えの利益がなく、不適法として却下する。
第四 終わりに
 本件は、わが国で初めてアマミノクロ
ウサギ等の野生動物を原告として提起された訴訟として注目され、一般には「アマ
ミノクロウサギ訴訟」と呼ばれている。
 δゴルフ場予定地を含む市崎地区は古くからアマミノクロウサギが多く生息する
地域のひとつとして知られていたが、平成四年三月三一日に岩崎産業に対する本件
処分がなされ、ゴルフ場開発によるアマミノクロウサギの生息地への悪影響を懸念
した原告Cは、開発予定地及びその周辺地域で観察活動を行い、アマミノクロウサ
ギの糞などの生息痕を発見した。これが新聞報道されてδ教育委員会等がδゴルフ
場予定地を再調査したところ、同様にクロウサギの糞が確認され、その後の事業者
によるゴルフ場予定地内でのアマミノクロウサギの生息分布実態調査においても
糞、体毛等の生息痕が確認された(甲九八、九九、一〇〇、一〇四、一一二、証人
Aの証言、原告C)。岩崎産業に対する本件処分の審査のための被告による現地調
査の際には糞も巣穴も見つからなかったと報道されている(甲一〇〇)。なお、平
成一一年四月三〇日に当裁判所が行った検証においては、別紙図面2のとおり、開
発予定地から約一ないし二キロ離れたX地点及びY地点付近並びにZ地点付近にお
いてアマミノクロウサギの糞を確認した。
 岩崎産業に対する本件処分がなされた平成四年(一九九二年)は、日本列島では
ゴルフ場開発をはじめとする「リゾート開発」が各地で行われていたが、他方、環
境と開発に関する国連会議(地球サミット)においては、「リオ宣言」(甲一〇〇
三)、「アジェンダ二一」、「森林原則声明」といった森林における生物多様性の
保護に関する重要な国連決議がなされ、生物の多様性に関する条約(甲一〇〇六)
が締結され、翌平成五年にはわが国においてもこれが発効し、また環境基本法が施
行されるなど、生態系保全、希少動植物等の生物多様性の保護や地球環境の保全に
関する法体系整備の出発点となった時期でもあった。
 その後、自然環境の保全に関する国際・国内関連法規等の整備や地球規模におけ
る環境基準指標の樹立の試み(例えば、平成七年二月の「サンティアゴ宣言」(甲
三五の一・2)など)も進み、森林法一〇条の二第二項三号所定の「環境の保全」
は、生態系、生物多様性の保護を含んだ豊かな法益として理解されるようになり、
またアマミノクロウサギ等希少野生動物の生息地の保護の重要性に関する法的評価
もより高まっているものと解され
る。このような自然保護に対する法的評価の高まりについては、原告ら、あるいは
その他の自然保護団体による自然環境活動・自然保護活動等に負う部分も大きいも
のと解され、その意味においては、原告らが、アマミノクロウサギをはじめとする
奄美の自然を代弁することを目指してきたことの意義が認められると言ってよい。
 ところで、わが国の法制度は、権利や義務の主体を個人(自然人)と法人に限っ
ており、原告らの主張する動植物ないし森林等の自然そのものは、それが如何に我
々人類にとって希少価値を有する貴重な存在であっても、それ自体、権利の客体と
なることはあっても権利の主体となることはないとするのが、これまでのわが国法
体系の当然の大前提であった(例えば、野生の動物は、民法二三九条の「無主の動
産」に当たるとされ、所有の客体と解されている。注釈民法(7)二七一頁参
照)。したがって、現行の行政訴訟における争訟適格としての「原告適格」を、個
人(自然人)又は法人に限るとするのは現行行政法の当然の帰結と言わなければな
らない。もっとも、現行法上でも、自然保護の枠組みとして、いわゆるナショナ
ル・トラスト活動を行う自然環境保全法人(優れた自然環境の保全業務を行うこと
を目的とする公益法人)の存在が認められており、このような法人化されたもので
なくとも、自然環境の保護を目的とするいわゆる「権利能力なき社団」、あるいは
自然環境の保護に重大な関心を有する個人(自然人)が自然そのものの代弁者とし
て、現行法の枠組み内において「原告適格」を認め得ないかが、まさに本件の最大
の争点となり、当裁判所は、既に検討したとおり、「原告適格」に関するこれまで
の立法や判例等の考え方に従い、原告らに原告適格を認めることはできないとの結
論に達した。しかしながら、個別の動産、不動産に対する近代所有権が、それらの
総体としての自然そのものまでを支配し得るといえるのかどうか、あるいは、自然
が人間のために存在するとの考え方をこのまま押し進めてよいのかどうかについて
は、深刻な環境破壊が進行している現今において、国民の英知を集めて改めて検討
すべき重要な課題というべきである。原告らの提起した「自然の権利」(人間もそ
の一部である「自然」の内在的価値は実定法上承認されている。それゆえ、自然
は、自身の固有の価値を侵害する人間の行動に対し、その法的監査を請求する資格
がある。こ
れを実効あらしめるため、自然の保護に対し真率であり、自然をよく知り、自然に
対し幅広く深い感性を有する環境NGO等の自然保護団体や個人が、自然の名にお
いて防衛権を代位行使し得る。)という観念は、人(自然人)及び法人の個人的利
益の救済を念頭に置いた従来の現行法の枠組みのままで今後もよいのかどうかとい
う極めて困難で、かつ、避けては通れない問題を我々に提起したということができ
る。
鹿児島地方裁判所民事第一部
裁判長裁判官 榎下義康
裁判官牧真千子及び裁判官冨田敦史はてん補のため署名押印できない。
裁判長裁判官 榎下義康

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