弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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平成29年3月13日宣告
平成28年(わ)第211号業務上過失傷害被告事件
判決
主文
被告人を罰金40万円に処する。
その罰金を完納することができないときは,金5000円を1日
に換算した期間被告人を労役場に留置する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,札幌市中央区(以下略)A札幌駅前本店の副店長として店長職を行う中,
同店店舗の施設・設備の維持・管理等の業務に従事していたものであるが,平成27年
2月15日午前11時40分頃,同店店舗北側壁面の高さ約8メートルから約15メー
トル付近に設置された突出看板の下方付近に当たる同区(以下略)付近歩道上におい
て,前記突出看板の一部である箱状の金属製部品(重量約2.8キログラム)が同歩道
上に落下しているのを認めたところ,当時強風が吹いており,その落下位置等から前記
金属製部品が同店店舗建物から落下したものであり,前記金属製部品に続いて同店店
舗建物から更に部品が落下するおそれがあることを認識し得たのであるから,同店店舗
建物を点検してその脱落箇所の特定に努めるとともに,更なる部品の落下のおそれがな
いことが確認できるまでの間,前記歩道上付近を通行しようとする歩行者に注意喚起す
る措置を講ずるなどして,同店店舗建物から更に部品が落下して歩行者に衝突する危
険を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,前記歩道上付近から
同店店舗の外壁等を眺めるなどしたのみで,前記突出看板に脱落箇所がないかを点検し
ないまま,前記金属製部品が同店店舗建物から落下したものでないと軽信し,何ら措置
を講ぜず漫然放置した過失により,同日午後1時55分頃,前記場所付近歩道上を通行
中の甲(当時21歳)の頭部に前記突出看板上部から落下した柱状の金属製部品(重量
約25.7キログラム)を衝突させ,よって,同人に全治不能の頸髄損傷等の傷害を負
わせた。
(事実認定の補足説明)
第1争点等について
弁護人は,被告人は店舗の施設・設備の維持・管理等の業務に従事していたとはいえ
ないとして,被告人の業務の内容等を争っている。また,被告人が,公訴事実の建物か
ら箱状の部品が落下したのに続いて同建物から更に部品が落下するおそれがあること
を認識し得たとは認められないとして予見可能性を争い,さらに,本件事故発生を確実
に防ぐことができるような措置を執ることは相当困難であったとして,結果の回避可能
性をも争っている。そこで,当裁判所が本件につき被告人を有罪と認定した理由につい
て,以下補足して説明する。
第2被告人の業務の内容等について
1関係証拠によれば,以下の事実が認められる。
被告人は,平成26年4月以降,株式会社A札幌駅前本店(以下「本件店舗」とい
う。)において副店長の職にあった。同社が運営する店舗の多くでは,店長の肩書を有
する者が存在せず,副店長が,全般的に店舗業務を統括するという店長の職務を担うも
のとして当該店舗の責任者とされることが多かったところ,本件店舗では,副店長3名
のうち被告人がそのような店長職を行っていた(以下,このような立場の者を単に「店
長」ということもある。)。同社では,店長の職に就く者に対し,業務内容や心構えな
どを具体的かつ網羅的に記載した内部資料(「店長手引書」と題するもの)を交付して
いたところ,同資料では,店長に求められるマネジメント能力として「安全管理」「設
備保守管理」等の観点が挙げられ,店長の日課業務として,店舗内外の機械設備等に関
する異常の有無につき点検確認を行うことが明記されている(たとえば,開店前の業務
として「店舗・設備機器の確認」「機械、設備(異常音・異臭)、店舗外観等の日常チ
ェック」,開店後営業時間内の業務として「設備、機器類の異常の有無(かに看板、自
動ドア、照明、エアコンなど)」を確認することが,閉店後の業務としては「店内外を
巡回し、異常の有無を確認する」ことや「看板、ネオン等の外部的チェック」がそれぞ
れ記載されている。また,安全衛生管理業務として「店内設備等の概要を把握し、日常
点検を行う。設備等の修理、及び工事においては必ず立会い、保守点検については本部
との連携において実施する」「安全衛生、火災、盗難等の事故を未然に防ぎ、お客様、
社員の安全性を確保する事に徹する」と記載されている。)。
そのほか,同社総務部長(乙)も,上記資料の内容に沿って,店舗建物・設備の日常
的な維持・管理は各店舗店長の職務の一つである旨供述し,たとえば,店長は,店舗建
物や設備に不具合が生じ,それが原因で客に危険が及ばないよう,同社本部の担当部署
(名古屋市所在の建築営繕部)などに修理を依頼するほか,自らもできる限りの措置を
執ることが求められている旨述べている。これらからすると,本件店舗の店長職を行っ
ていた被告人は,以上のように店舗の建物,設備や機器等の点検確認等を日常業務の一
環として行うものとされ,このような意味において施設・設備の維持・管理等の業務に
従事することとされていたものと認められる。
2弁護人は,被告人は,店内設備の維持・管理等の業務に従事していたものの,看
板を含む外装設備については,電球の球切れの確認といった軽微なものを除いては,そ
の維持・管理等の業務には従事しておらず,そのような指示もなかったこと,本件店舗
の外装設備の維持・管理等は,同社本部建築営繕部が担当し,法令上の定期点検は同部
において外部業者に委託していたことなどを挙げ,本件店舗の外装設備の維持・管理等
は,軽微な点検等を除き被告人の業務ではなかった旨主張する。
しかし,店長職を行う者が,その業務として,当該店舗建物の内外にかかわらず施
設・設備の異常の有無を点検することとされていたのは,前記資料の内容から明らかで
あるし,日常業務としての点検確認が店内設備の範囲に限られるというのは,常識的に
も想定し難いというべきである。たしかに,乙の公判供述には,店舗の構造や躯体に関
わる設備や看板等の外装設備の維持・管理は,本部建築営繕部の所管であり,店長にそ
の責任があるわけではない旨述べるところがあり,被告人もこれと同様の認識を述べて
いるが,たとえば,そのような店舗内外の設備等に異常が見られ,周囲に危険が生じか
ねないような状況で,当該店舗にあって店長職を行う者にこれに当面対処する責任が帰
属するというのは,その地位,立場等に照らし当然のことといえる。被告人の業務内容
が弁護人が主張するようなごく軽微な点検等に限られていたと解することはできない
(乙も,公判供述の他の箇所では,店舗の中や周辺で危険があればそれに対応する責任
者は店長である旨述べている。)。業務分掌上,本部建築営繕部が各店舗施設等の法令
点検に当たるなどそれらの維持・管理を所管していたとしても,それは維持・管理業務
が各店舗で店長職を行う者との間でその範囲で分担されていたということにすぎないの
であるから,被告人の業務について先のように認定する妨げにはならない。弁護人の主
張は採用できない。
第3予見可能性及び結果回避可能性について
1前提となる事実関係
(1)本件建物及び本件看板について
本件店舗の建物(以下「本件建物」という。)は,昭和60年3月に建築された株式
会社A所有の地上7階建てのビルであり,JR札幌駅にほど近い繁華街の交差点の南東
角に位置し,北側は幅員約6mの歩道に面している。本件建物の東には隣接してBビル
があった(札幌市中央区(以下略)。以下「Bビル」という。)。
本件建物の北側外壁東端の地上からの高さ約8mないし約15mの箇所には,「A駅
前本店」と縦に表示された看板が北方向に突き出す形で設置されていた(設置工事は昭
和59年12月完工。以下「本件看板」という。)。
本件看板は,黒色に近い濃い茶色の鉄板枠にはめ込まれた白地のアクリル板に黒字
又は赤字でそれぞれ「a」「b」「c」「d」「e」【注:aないしeは,Aの店舗名
称を2文字又は1文字ごとに分けて表示したもの】と表示された八角形型の看板5個
と,やはり黒色に近い濃い茶色の鉄板枠にはめ込まれた白地のアクリル板に黒字で「駅
前本店」と表示された小さな長方形型の看板1個が上から下に配置された合計6個の
文字看板からなるもので,長方形型の看板1個を除きそれぞれ支柱と鉄板を介して本件
建物の外壁に固定されていた(別添本件看板の概観参照(添付省略))。本件看板の最
上部には,ステンレス製板が組み合わされた長方体(台形状)の支柱(上面約150cm,
底面約142.5cm,高さ約30cm,幅約30cmで重量約25.7㎏。外表は黒色に近
い濃い茶色の塗色がなされていた。これを以下「本件支柱」という。)が,最下部にも
これと同型の長方体の支柱がそれぞれ外壁に固定され,以上の文字看板及び長方体の
支柱各々の間にはそれぞれ,H字型の骨組み2個を取り囲むようにステンレス製板が組
み合わされた直方体(箱型状)の支柱が取り付けられていた(このうち本件支柱の直下
のものは,高さ約20cm,長さ約32.7cmないし約35cm,幅約18cmで重量約2.
8㎏。外表は黒色に近い濃い茶色の塗色がなされていた。これを以下「本件部品」とい
う。)。
(2)落下した本件部品が歩道上で確認された状況等について
平成27年2月15日(以下,時刻の記載は同日のそれを指す。)午前11時から午
前11時30分までの間頃に,本件看板から本件部品が脱落し,Bビル北西角ほど近く
の歩道上に落下した。本件事故発生後の午後2時13分頃以降実施された実況見分結
果によれば,本件部品は,Bビル西端を画する直線から東方向に約80cm,本件建物東
端を画する直線から東方向に約125cmないし約132cm,Bビル北端から北方向に
約60cmの位置にあることが確認された。本件部品は,発見された当時,中のH字型
の骨組みは腐食が進んでいた上,一面のステンレス製板がはがれて歩道上に落ちてお
り,また別の一面のステンレス製板が最大6.3cmの深さで内側に大きくへこんだ状
態となっており,その周辺近くには,こげ茶色調の腐食した鉄片や赤茶色調のステンレ
スの塗膜片が相当量落ちていた。
(3)本件部品落下後の被告人及び関係者の対応と本件事故の発生の状況等について
本件店舗従業員(丙)は,午前11時30分の少し前頃,本件店舗北側のガラスをふ
いていると,通行人の男性が,本件部品の方を指差して「何か落ちてますよ。危ないか
ら気を付けなさい」と言うのでこれを見に行き,その場で本件看板を真下ぐらいから見
上げるなどしたが,その物体が何なのか分からないまま店内に戻り,本件店舗の1階に
いた別の従業員(丁)に,通行人から指摘を受けたことを伝えた。丁は,外に出て本件
部品を眺め,辺りを見回すなどしたが,その物体が何か判断できなかったので,内線電
話で本件店舗3階にいた被告人を呼んだ。被告人は,午前11時40分頃本件店舗を出
て,本件部品に近づき膝を曲げてこれを見た後その周りを眺めてほかに何か落ちていな
いか確認し,その流れで上を見上げ,本件建物及びBビルの外壁を見た。次に,北側車
道近くや本件建物西側に移動するなどして,本件看板を含む本件建物の外壁全体や,本
件建物から南北に走る通りを隔てた西側(本件建物が所在する交差点の南西角)のビル
を眺め,さらに,本件建物の屋上に上がり,本件部品がある場所の真上辺りから本件建
物の外壁を見下ろそうとしたものの,側縁の壁が厚かったためにかなわず,続いて,屋
上にある巨大なネオン看板の周囲などを見回した。被告人は,異常を発見できなかった
ので,本件部品は本件店舗の物ではないと判断し,業務に戻った。
Bビル内の店舗店長(戊)及び従業員(己)は,午後0時30分頃前記歩道上で本件
部品を発見し,これが本件建物から落ちてきたものではないかと思い,歩道上から本件
建物を四,五分ないし10分近くにわたり角度を変えるなどしながら見回して確認した
が,本件部品が欠損しているような箇所は発見できなかった。己は,午後1時前頃,本
件店舗従業員に対し,表の落下物の確認が取れているかどうかと注意したが,同従業員
は,落下位置からしてうちのものではない旨応じた。
その後,午後1時55分頃本件支柱が落下し,歩道を通行していた被害者の頭部に衝
突し,同人は判示傷害を負った。
なお,本件当日は,朝早い時間帯から現場付近にはかなり強い風が吹いており,気象
データ上,札幌市の午前11時40分から午後2時までの間の平均風速(10分単位の
平均値)は9.2m毎秒から14.2m毎秒,最大瞬間風速は19.7m毎秒から25.
4m毎秒であった。
2予見可能性に関する検討
(1)ア被告人が本件部品を発見確認した当時の状況等を前提に検討すると,歩道上
で発見確認された本件部品は,一面のステンレス製板がはがれ落ち,腐食が進んだH字
型の骨組みの1つが完全にむき出しとなっていた上,その骨組みと接合していた別の一
面のステンレス製板も大きくへこんで変形し,骨組みからは分離して浮き上がっている
など,非常に古びた部材の外観を呈していた。このような外観のみからは,これがどう
いう物体か,通常どこでいかなる用いられ方をするものなのかなどは直ちに判然とする
ようなものではないが,少なくとも,建築構造物の一部をなす部材である可能性はある
程度現実的なものとして想定し得るといえる。また,本件部品の周辺には,それに由来
することが明らかな鉄片や塗膜片が相当量落ちていたことや,一面のステンレス製板が
はがれ落ち,別の一面のそれが内側に大きくへこんでいたことなどは,どこかから落下
した際の衝撃が原因で生じたものと想定することが十分可能であったと認められる。
そして,本件部品がどこに由来するものであるかについては,たとえば,工事関係者
等が運搬中に何らかの形で本件部品を置き去ったとか,置き去られた本件部品が通行
等の障害にならないよう歩道の端近くまで人の手によって移動させられるなどしたとい
った様々な可能性も想起し得るところではある。しかし,本件部品が発見確認された場
所は,本件建物のほど近くであって,本件建物のどこかから落下すれば,そこに至る可
能性が十分存する範囲であったと認められる。また,本件建物北側の外表は,茶色の柱
や梁等の部分と白色の外壁部分が格子状に繰り返される外観であり,これらは本件部
品の色合いや材質(質感)と異なることが明らかではあるものの,他方,本件部品が発
見確認された場所からほぼ真上に位置する本件看板の外観と対比すると,本件部品の
ステンレス製板の外見は,本件看板等の外観の相当部分を占める鉄板枠と色合い,材質
(質感)が共通,類似しており,かつ,そのことは歩道上からの目視によっても十分に
把握可能であったと認められる。加えて,本件建物及び本件看板は建築又は設置から約
30年が経過しており,被告人もおおむねそのことを知っていたということは,本件部
品の古びた外見等と相まって,これが本件看板を含む本件建物に由来するものであると
の想定をより可能にさせる事情の一つといえる。さらには,本件当日は朝からかなり強
い風が吹いていたところ,本件当時の最大瞬間風速は,予報用語でいう「強い風」(屋
根瓦等がはがれることのある強さの風)に当たり,ここまで強力な風が途切れなく吹い
ていたわけではないとしても,本件建物の周辺でも,建築構造物に取り付けられた設
備・物品等への影響も懸念されるような強さの風が断続的ながら相当時間にわたって吹
いていたと認められる。そうすると,被告人が本件部品を発見確認した当時の状況か
ら,これが本件看板を含む本件建物のどこかから落下したものである可能性を想定する
ことは十分可能であったと認められ,特に,本件部品が発見された場所のほぼ真上に本
件看板があったことや,本件部品の外観が,本件看板等のそれと色合い等が共通してい
ることが十分把握可能であったことからすると,中でも本件看板に関心を寄せ,それに
より本件部品が本件看板に由来する(本件看板から落下してきたものである)可能性を
十分具体的に疑うことができたと認められる。加えて,本件看板は,その構造が,鉄板
枠で形取られた文字看板や支柱など複数の部品が組み合わされたものであったことに
も照らすと,本件部品が脱落・落下した後,元来それと接続,固定されるなど何らかの
形で相互に接着して配置されていた他の部品の設置状況が不安定になっている可能性
も通常疑われるところであるから,本件看板を含む本件建物から更に別の部品が落下す
るおそれがあることについても,やはり想定可能であったと認められる。
イそうすると,本件店舗の店長職を行い,先に検討したように施設・設備の維持・
管理等の業務に従事する立場にあった被告人としては,本件部品が本件看板を含む本
件建物から落下したものであり,これに引き続いて更に部品が落下するおそれがあるこ
とを認識し得る状況にあったものと認められる。
ウなお,検察官は,主張の根拠として,本件部品を発見したBビルの店舗関係者2
名が,それは本件建物から落ちてきたのではないかと思った旨供述していることを挙げ
ている。しかし,いずれの供述も,本件部品の発見当時そのような認識を抱いた根拠と
して,本件部品とは明らかに異なるはずの本件建物の壁面や装飾部品との色合い又は形
状の類似性を挙げるなど,当時の状況等に即した根拠を十分伴っているわけではない
(同店従業員は,本件部品に関する当時の認識に関し,「今も落下物という定義にはな
ってますけれども,実際のところは,最初,それが落下したものなのか,A側なのかB
ビル側なのかって,もう本当に全部推測なんです」「飽くまで推測でしたので,その時
点で今後落ちてくるということは分からなかったです」など,当時の認識が推測にとど
まることを率直に述べている。)。これらの供述は,本件部品の落下後,本件支柱の落
下前の段階では不確かであった認識が,その段階からすでに具体的な認識であったかの
ように述べられている疑いがあり,証拠価値は大きいものではないと考えられる。
(2)弁護人の主張に関する検討
ア弁護人は,本件部品はBビルの屋上等から落下してきたものである可能性も考
えられたから,発見確認された位置から当然に本件建物に由来するものと認識すべきで
あったとはいえない旨主張する。たしかに,当時本件部品の由来箇所等については様々
な可能性を想定し得る状況にあって,弁護人指摘の可能性も必ずしも排除されなかった
といえる。しかし,本件において,被告人が本件部品の由来箇所をどのように想定し得
たかを検討するに当たっては,その由来箇所が本件建物である可能性が特に高い必然
性,蓋然性をもって想定し得たことを要するわけではない。本件部品が本件看板に由来
する(本件看板から落下したものである)という可能性がそれ自体として十分具体的に
想定し得るものであったことは,すでに検討したとおりであるから,弁護人の主張は採
用できないといわざるを得ない。
また,弁護人は,本件部品は小さく色合いも目立たないなど,注意深く観察しなけれ
ば存在に気付きにくく,本件看板の構造上他の部品の陰になって見えない位置にあった
旨指摘する。しかし,本件部品が本件看板の構造の中で視界に入りにくい位置にあった
としても,先に検討したような諸点,とりわけ,本件看板が本件部品が発見確認された
場所のほぼ真上にあり,本件部品のステンレス製板の外見が,本件看板の鉄板枠と色合
い等が共通,類似しているといった点などを手がかりに,これが本件看板から落下して
きたものである旨相応に具体的に想定することが可能であったことは変わらない。弁護
人は,本件部品は相当さび付いたぼろぼろの外観であり,一見して本件看板の部品であ
ると連想すべきものではないとも指摘するが,本件部品の内側の部分は腐食が進んでい
るものの,ステンレス製板の外表部分には特にさびなどは見当たらず,これが本件看板
の部品であったとしても違和感はない。弁護人のこれらの指摘も採用できない。
イ次に,弁護人は,本件看板の維持・管理は本部建築営繕部の担当であって,被告
人に点検等の指示はなく,点検結果も伝達されていなかったから,強風が吹いていたと
しても,本件建物から部品が落下するといった事態は容易には想定し難いとも主張す
る。しかし,先に認定したとおり,被告人は,日常業務の一環として,店舗内外の機械
設備等に関する異常の有無を確認することとされていたのであるから,そのような立場
の者が本件部品を発見確認すれば,その際の状況等を手がかりに,その由来箇所として
本件看板に関心を寄せることは十分可能であって,それにより本件看板から更に別の部
品が落下するおそれについても認識し得る状況にあったと認められる。この主張も採用
し難い。
ウさらに,弁護人は,本件事故は,本件看板の溶接部の腐食による強度の著しい低
下など,外見からは分からず,業者の点検でも見過ごされていた特殊な原因で発生した
ものであるから,被告人が本件部品を発見確認した当時の状況で,更なる部品の落下を
予見できたかは疑問であるとも主張する。
この点,鑑定書によると,本件支柱等の落下原因は以下のとおりである。本件支柱と
それを外壁に固定していた鉄板とは元々6か所溶接接続されていたと推定されるが,そ
のうち1か所を除く5か所が腐食により分離し,著しく強度が低下していた。本件支柱
と直下の本件部品とは4か所の接続部のうち2か所が小板で接続されていた可能性が
あるが,腐食などにより小板がなくなり,本件部品は本件支柱に固定されていなかった
と考えられる。本件部品と直下の「a」の文字看板は元々固定されておらず前者が後者
の上に乗っただけの状態であったと考えられる。また,本件支柱の下,上記文字看板の
上にあって両者に挟まれていた本件部品が,本件支柱よりも先に落下することについて
は,本件支柱と外壁との接続が腐食により6か所の溶接部分中5か所において本件支
柱の荷重を負担しなくなっていたため,本件支柱は本件部品の上に乗った状態であった
と推定される(この場合,本件部品は,本件支柱と上記文字看板との間に挟まれて,本
件支柱よりも先に落下する可能性は低い。)ところ,本件支柱と外壁との残り1か所の
溶接部分が破断すると,本件支柱は,一時的に本件部品の上に完全に乗った状態となる
が,その重心が外壁側にあるため,弱い力でもそのうち外壁側の部分が下にずれ落ち,
本件支柱がこのようにずれ落ちる過程で,本件部品が外壁の反対側に押し出されて,本
件支柱よりも先に落下する可能性がある。よって,本件部品が本件支柱より先に落下し
ても矛盾はない。本件支柱等の落下原因に関する鑑定結果は,以上のとおりである。
この落下の原因,機序には,本件支柱と外壁及び本件部品との接続の強度が腐食に
より著しく低下し,また,本件部品と直下の上記文字看板は元々固定すらされていなか
ったという点,本件部品は,その上の本件支柱よりも先に落下して,その本件支柱がそ
の後数時間にわたり落下せず本件看板の構造部分にとどまっていたという点で,特殊な
特徴がある。しかし,本件部品に引き続いて本件建物から更に別の部品が落下するおそ
れを認識し得たかどうかについては,このような落下の原因,機序を詳細に認識し得た
かどうかは必ずしも問題とならないと解される。すでにみたように,本件部品が脱落・
落下すれば,その後,本件部品と接着して配置されていた他の部品の設置状況が不安定
になっている可能性が十分疑われる状況にあったと認められるところ,本件店舗の店長
職を行う者について更なる部品の落下のおそれの認識可能性を認定するに当たっては,
そのように疑われる状況が認められることで十分であると解される。この主張も採用で
きないといわざるを得ない。
エ弁護人は,被告人は相当時間を割いて相応に合理的な確認作業を行ったが,本
件建物に脱落箇所を発見することができなかったから,本件看板から更に部品が落下す
るおそれを認識し得たとするのは疑問であるとも主張する。しかし,先の鑑定結果によ
る限りでも,本件部品が脱落・落下した後,本件支柱はその支えを失い上記文字看板及
びそれと外壁を接続する支柱の上にずれ落ちた状態で,数時間にわたりとどまっていた
ことになり,その場合には,北側方向に水平にまっすぐ突出していたはずの本件支柱の
方向や位置が,目に見える形で変化していたと認められる(本件支柱は,約25.7kg
もの重量があり,6か所のうち5か所の外壁との接続部分が腐食により分離していたと
いうのであるから,その荷重を支えていた本件部品が脱落した後もなお元々の配置位置
等を保っていたとはおよそ考えられない。)。これを前提とすると,本件部品を発見確
認した被告人においては,特に本件看板に関心を寄せ,本件部品がそこに由来する可能
性を十分具体的に疑うことができたと認められる以上,周辺の歩道上からであっても,
相応の注意を働かせながら本件看板を観察すれば,本件支柱の配置箇所を含め,本件部
品があった辺りに異常が生じていることは無理なく把握でき,ひいては,更に別の部品
が落下するおそれがあることも認識し得る状況にあったと認められる。被告人が当時脱
落箇所を発見できなかったのは,不十分な確認作業しか行わなかったからであるといわ
ざるを得ない。この弁護人の主張も採用できない。
オ加えて,弁護人は,本件店舗従業員3名の供述を挙げて,本件店舗に勤務する一
定の社会経験を有する者らが,本件部品を実際に目にしながらも更なる部品落下のおそ
れを認識できていなかったとも指摘する。しかし,これらの従業員はごく短時間本件部
品や本件建物の外壁等を見渡したにとどまっており,異常に気付かなかったとしても,
それは十分な注意を払っていなかったということにすぎないというべきである。また,
そもそも本件で問題となるのは,本件店舗で店長職を行う者が,その地位等に照らし
て,更なる部品落下のおそれを認識し得たかどうかである。本件店舗の従業員らは,被
告人とは立場等を異にするから,その意味でも,弁護人の主張は説得力に乏しい。
カところで,弁護人は,本件建物から更に部品が落下するおそれがあることを認識
することがおよそ不可能とはいえないとして予見可能性を肯定し,そのことから予見義
務違反,結果回避義務違反を認定して過失を認めるのは,ほとんど結果責任を問うのに
等しいとも主張している。しかし,これまで述べたように,本件で被告人について認定
することができる認識可能性は,「およそ不可能とはいえない」といった程度の低いも
のではなく,本件店舗の店長職を行う者が,本件公訴事実にあるように,本件建物を点
検し本件部品の脱落箇所の特定に努めるなどの措置に出ようとする動機を基礎づける
ものとしては,十分なものであったと認められる。被告人に対し結果責任を問うのに等
しいなどといった懸念は当たらないというべきである。
(3)以上によれば,被告人は,本件部品を発見確認して以降,本件部品が本件建物
から落下したものであり,引き続いて本件建物から更に部品が落下するおそれがあるこ
とを認識し得たものと認めるに十分であって,このような予見可能性に欠けるところは
なかったと認められる。
3結果回避可能性に関する検討
(1)本件公訴事実に係る結果回避措置の内容は,本件建物を点検して本件部品の脱
落箇所の特定に努めるとともに,更なる部品の落下のおそれがないことが確認できるま
での間,歩道上付近を通行しようとする歩行者に注意喚起をする措置を講じるなどし
て,本件建物から更に部品が落下して歩行者に衝突する危険を未然に防止するというも
のである。本件部品の脱落箇所は,本件看板が見える窓を開放して観察するなどすれば
より的確に把握でき,歩行者に対する注意喚起も,本件店舗内に数多く備え置かれてい
たカラーコーンやコーンバーを用いるなどして十分実施可能であったと認められ,この
ような比較的単純な措置を行えば,本件のような部品の落下による人の身体の安全に対
する危険は,問題なく回避することができたと認められる。
(2)弁護人は,当時本件建物のどこにどのような原因で脱落等の異常が生じている
かは判明していなかったから,どの範囲に通行止め等の措置を講じるべきかの判断が困
難であったと主張する。しかし,本件建物に関する限り,本件部品が脱落・落下した箇
所としてまず想定され得るのは本件看板であったといえるし,いずれにしても,本件部
品が発見確認された場所の上方がその由来箇所であることが十分想定されたのである
から,まずはその付近の歩道を通行しようとする歩行者に注意喚起をすることが考えら
れる状況にあったと認められる。そのような判断が困難であったとは到底いえない。な
お,弁護人は,被告人が点検業者への連絡や警察・消防への通報を経て対処しようとし
たとしても,本件部品の落下から本件支柱の落下までの2時間の間に,本件事故の発生
を防止できたかは疑問であるとも指摘している。しかし,そのように時間を要する対処
のみを選択すればそういった疑問が生じるものの,前記のように比較的単純な措置を講
じる限りにおいても,本件のような事故の発生を相当効果的に回避できたであろうと考
えられるから,その指摘も当たらない。
したがって,本件につき結果回避可能性を争う弁護人の主張にも理由がない。
第4結論
以上から,被告人については,判示罪となるべき事実のとおり業務上過失傷害罪が成
立するものと認定した。
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法211条前段に該当するところ,所定刑中罰金刑を選択し,
その所定金額の範囲内で被告人を罰金40万円に処し,その罰金を完納することができ
ないときは,同法18条により金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留
置することとし,訴訟費用については,刑訴法181条1項本文により全部これを被告
人に負担させることとする。
(量刑の理由)
被告人の過失は,先に検討したとおり,決して軽いものではない。本件事故により被
害者は全治不能の重篤な傷害を負ったのであり,結果は誠に深刻である。他方,本件事
故の本来的な原因は,本件部品や本件支柱の接続部分の強度が著しく劣化し,あるいは
その一部は元来固定すらされていなかったことなどにあると認められ,点検業務を一手
に担うなどして本件看板の維持・管理に当たっていた所管部署担当者等の落ち度も重
大というべきである。この点も,被告人に対する量刑判断に当たっては,相応に考慮す
る必要がある。
そのほか,被告人が,被害者とその家族に対し謝罪するとともに,今後も会社ととも
に誠意ある対応をしていく旨誓約しているといった事情をも考慮して,主文の刑を定め
た。
よって,主文のとおり判決する。
検察官志村康之公判出席
(私選弁護人村松康之(主任),同倉鋪卓徳公判出席)
(求刑・罰金50万円)
平成29年3月21日
札幌地方裁判所刑事第3部
裁判長裁判官金子大作
裁判官坂田正史
裁判官坂本桃

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