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判決言渡平成20年7月30日
平成19年(行ケ)第10377号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成20年7月23日
判決
原告ファルマシア・アンド・アップジョン・
カンパニー・エルエルシー
訴訟代理人弁理士高木千嘉
同結田純次
同三輪昭次
同竹林則幸
同犬山広樹
被告特許庁長官
鈴木隆史
指定代理人塚中哲雄
同谷口博
同徳永英男
同内山進
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30
日と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2006−13980号事件について平成19年6月18日に
した審決を取り消す。
第2事案の概要
1本件は,原告が発明の名称を「高選択的ノルエピネフリン再取込みインヒビ
ターおよびその使用方法」とする後記発明につき国際出願の方法により特許出
願をしたところ,日本国特許庁から拒絶査定を受けたので,これを不服として
審判請求をしたが,同庁が補正却下の上,請求不成立の審決をしたことから,
その取消しを求めた事案である。
2争点は,上記補正に係る発明1(本願補正発明1)が,下記引用例1,3,
7及び8との関係で進歩性(特許法29条2項)を有するか,等である。

・引用例1:特開昭61−129174号公報(発明の名称「ベンジルモルホ
リンのフエノキシ誘導体の鏡像異性体およびその塩,出願人A」
(),,「」イタリア国公開日昭和61年6月17日以下引用例1
といい,同記載の発明を「引用発明」という。甲1)
・引用例3:PhilippeDostert,MargheritaS.Benedetti,ItaloPoggesi,
"Reviewofthepharmacokineticsandmetabolismofreboxetine,
aselectivenoradrenalinereuptakeinhibitor",European
Neuropsychopharmacology,1997,Vol.7,Suppl.1,p.S23-S35(以下
「引用例3」という。甲2)
・引用例7:GrahamD.Burrows,M.D.;KayP.Maguire,Ph.D.;andTrevorR.
Norman,Ph.D.,"AntidepressantEfficacyandTolerabilityof
theSelectiveNorepinephrineReuptakeInhibitorReboxetine:A
Review",JournalofClinicalPsychiatry,1998,Vol.59,suppl.
14,P.4-7(以下「引用例7」という。甲3)
・引用例8:DavidHealy,HelenHealy,"Theclinicalpharmacologicprofile
ofreboxetine:doesitinvolvetheputativeneurobiological
substratesofwellbeing?",JournalofAffectiveDisorders,
1998,Vol.51,p.313-322(以下「引用例8」という。甲4)
第3当事者の主張
1請求の原因
(1)特許庁における手続の経緯
原告は,平成11年7月1日・同年7月16日・同年10月6日及び同年
12月13日(いずれも米国)の優先権を主張して,平成12年〔2000
年〕6月22日,名称を「高選択的ノルエピネフリン再取込みインヒビター
およびその使用方法」とする発明につき国際出願(PCT/US00/17
256,特願2001−507467号。以下「本願」という)をし,平。
成13年12月27日に日本国特許庁に翻訳文(甲5,国内公表は平成15
年1月28日〔特表2003−503450号)を提出した。その後,平〕
成17年7月15日付けで特許請求の範囲等の変更を内容とする補正(第1
次補正。甲6)をしたが,平成17年8月17日付けで拒絶理由通知を受け
た。そこで,平成18年2月22日付けで特許請求の範囲の変更を内容とす
る補正(第2次補正。請求項の数12。甲7)をしたが,平成18年3月2
3日付けで拒絶査定を受けたので,原告はこれを不服として平成18年7月
3日付けで審判請求をした。
同請求は特許庁において不服2006−13980号事件として審理さ
れ,その中で原告は平成18年8月2日付けで特許請求の範囲の変更を内容
(。。「」。。)とする補正第3次補正請求項の数5以下本件補正という甲8
をしたが,特許庁は,平成19年6月18日,本件補正を却下した上「本,
,」(),件審判の請求は成り立たないとの審決をし出訴期間として90日附加
その謄本は平成19年7月11日原告に送達された。
(2)発明の内容
ア本件補正前
本件補正前の特許請求の範囲は,平成18年2月22日付け補正(第2
次補正)時のもので,その請求項の数は12であるが,その請求項1に記
載された発明(以下「本願発明1」という)は,次のとおりである。。
「【】,請求項1ノルエピネフリン再取込みの選択的阻害は望まれるが
セロトニン再取込みの阻害は望まれない慢性疼痛,失禁,偏頭痛,繊維
筋痛症もしくは他の身体表現性障害,末梢性神経障害,または慢性疲労
症候群の治療または予防のための医薬組成物であって,該組成物は存在
する(S,S)および(R,R)レボキセチンの総重量に基づき,少な
くとも90重量%の場合により医薬上許容される塩の形態の(S,S)
レボキセチン,および10重量%未満の場合により医薬上許容される塩
の形態の(R,R)レボキセチンを含むことを特徴とする上記医薬組成
物」。
イ本件補正後
本件補正後の特許請求の範囲は,請求項1ないし5から成るが,そのう
ち請求項1に記載された発明(以下「本願補正発明1」という)は,次。
のとおりである。
「【】,請求項1ノルエピネフリン再取込みの選択的阻害は望まれるが
セロトニン再取込みの阻害は望まれない慢性疼痛の治療または予防のた
めの医薬組成物であって,該組成物は存在する(S,S)および(R,
R)レボキセチンの総重量に基づき,少なくとも90重量%の場合によ
り医薬上許容される塩の形態の(S,S)−レボキセチン,および10
重量%未満の場合により医薬上許容される塩の形態の(R,R)−レボ
キセチンを含むことを特徴とする上記医薬組成物」。
(3)審決の内容
ア審決の詳細は,別添審決写しのとおりである。
その理由の要点は,①本願補正発明1は,前記引用例1,3,7及
,び8に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたから
特許法29条2項により特許出願の際独立して特許を受けることがで
きないので,本件補正は却下されるべきである,②本件補正前の発明
である本願発明1も同様の理由で特許を受けることができない,とい
うものである。
イなお審決は,前記引用発明の内容,本願補正発明1と引用発明との一致
点と相違点を次のとおりとした。
〈引用発明の内容〉
「活性成分としての相対純度98.5%以上の(+)2S,3S−2
−〔α−(2−エトキシ−フェノキシ)−ベンジル〕−モルホリンおよ
びその薬学的に許容しうる塩,並びに薬学的に許容しうる担体および/
または希釈剤を含む薬学的組成物」。
〈一致点〉
「医薬組成物であって,該組成物は存在する(S,S)および(R,
R)レボキセチンの総重量に基づき,98.5重量%以上の場合により
医薬上許容される塩の形態の(S,S)−レボキセチン,および1.5
重量%未満の場合により医薬上許容される塩の形態の(R,R)−レボ
キセチンを含むことを特徴とする上記医薬組成物」である点。。
〈相違点〉
本願補正発明1が「ノルエピネフリン再取込みの選択的阻害は望まれ
るが,セロトニン再取込みの阻害は望まれない慢性疼痛の治療または予
防のための」ものであるのに対し,引用発明には,このような医薬用途
が記載されていない点。
(4)審決の取消事由
しかしながら,審決は本願補正発明1に進歩性はないと誤って判断し本件
補正を却下したから,審決は違法として取り消されるべきである。
ア取消事由1(相違点についての判断の誤り)
(ア)疼痛症候群に関する認定・判断の誤り
a審決は,引用例8(甲4)における「対照的に,ノルエピネフリン
再取り込み阻害剤(複数)は,うつ病性障害に有用であり,パニック
障害に対しても有用である可能性がある一方,それらは,注意欠陥多
動性障害および疼痛症候群を含む異なるスペクトルの疾患に,SSR
I(複数)よりも有用であろう(318頁左欄下15行∼下10行。」
・訳文による)との記載に基づき,引用例8にはノルエピネフリン再
取込み阻害剤が疼痛症候群の疾患に有用である旨示唆されているとす
る(審決7頁下2行∼8頁1行。)
しかし,引用例8の「2.1レボキセチン:臨床試験」の項には,
レボキセチン(レボキセチンは,ラセミ体として承認・市販されてい
ることから,ラセミレボキセチンを意味すると理解される)のうつ。
病に対する臨床試験成績については記載されているものの,ノルエピ
ネフリン再取込み阻害剤が疼痛症候群に対し有用であることを示す臨
床試験結果や動物試験結果等は何ら記載されておらず,この点を裏付
ける理論的な説明もない。
この点,審決では省略されているものの,上記引用箇所には「疼,
痛症候群」の後に「LeonardandHealy,1998」と参考文献の記載が()
ありこれはDifferentialEffectsofAntidepressants,1999,発,,「(
行者:MartinDunitz,著者:BrianELeonard,DevidHealy(甲1)」
4,以下「甲14文献」という)を指すものと解される(年の記載。
が異なるが,引用例8の記載は誤記と解される。そして,甲14文。)
献では,抗うつ剤が鎮痛効果をもたらすメカニズムは不明であるとさ
れ,三環系抗うつ剤の疼痛症候群における作用機序に関する更なる示
唆を得るためには,ラセミレボキセチンによる新たな研究が必要であ
るとされている。すなわち,甲14文献では,抗うつ剤が有する数多
くの薬理作用,すなわちノルエピネフリンのターンオーバーを促進す
る作用,セロトニン再取込み阻害作用,ノルエピネフリン再取込み阻
害作用又はα−アドレナリン性受容体若しくはオピオイド受容体への
作用等のうち,どれが鎮痛効果を発揮するかは不明であるとされてお
り,鎮痛効果を発揮する薬理作用としてノルエピネフリン再取込み阻
害作用は特定されていない。
したがって,上記引用箇所の記載は,原典である甲14文献の記載
に即したものではなく,引用例8には疼痛症候群に対するノルエピネ
フリン再取込み阻害剤の有用性が示唆されているとはいえない。
bまた審決は(S,S)−レボキセチンが,疼痛症候群の疾患に有,
効であることは当業者が容易に予測し得ることであるとする(審決8
頁1行∼3行。)
しかし,上記aのとおり,引用例8にはノルエピネフリン再取込み
阻害剤が疼痛症候群に有用であることが示唆されていない上,引用例
8にはどの程度の阻害強度や選択性を有するものが疼痛症候群の治療
に使用できるかは記載されていないし,ラセミレボキセチンに限らず
様々な化合物が含まれるノルエピネフリン再取込み阻害剤において,
どの化合物が疼痛症候群に対し有用であるかについて記載も示唆もさ
れていない。
したがって,ノルエピネフリン再取込み阻害剤である多数の化合物
の1つであって,特定の化合物であるラセミレボキセチンが疼痛症候
群の治療に有用であることは当業者といえども容易に予測することは
できないし,ましてや(S,S)−レボキセチンが前記疾患に有用で
ある点ついて予測することはできない。そしてこの点は,本願優先日
前にラセミレボキセチン,特に(S,S)−レボキセチンを含有する
疼痛症候群治療薬が市販されていなかったことからも明らかである。
(イ)選択性及びセロトニン再取込み部位に対する親和性に関する認定・判
断の誤り
a審決は,引用例3,7,8を引用の上(S,S)−レボキセチン,
と(R,R)−レボキセチンの混合物であるラセミレボキセチンは高
い選択性を有するノルエピネフリン再取込み阻害剤であり,セロトニ
,,ン再取込み部位に対する親和性がないものであるとしこれを前提に
(S,S)−レボキセチンがセロトニン再取込み部位に対する親和性
がなく,高い選択性を有することは当業者が容易に予測し得ることで
あるとする(8頁4行∼14行。)
bしかし,セロトニン再取込み部位に対するノルエピネフリン再取込
み部位への選択性(以下「セロトニン/ノルエピネフリン再取込み阻
害選択性」という)についてみると,そもそも本願補正発明1は,。
オキサプロチリン,デシプラミン,マプロチリン等の従来使用されて
いた薬剤においてセロトニン/ノルエピネフリン再取込み阻害選択性
が低く,そのため高頻度で副作用が発現するという先行技術の問題点
を踏まえ,ラセミレボキセチンの構成要素である(S,S)−レボキ
セチンが1万2770倍という非常に高いセロトニン/ノルエピネフ
リン再取込み阻害選択性を有すること(ラセミレボキセチンの阻害選
)。択性と比較して約158倍を見出すことによりなされたものである
すなわち,本願補正発明1に係る「ノルエピネフリン再取り込みの選
択的阻害は望まれるが,セロトニン再取り込みの阻害は望まれない慢
性疼痛」という疾患の効果的な治療・予防は(S,S)−レボキセ,
チンが1万2770倍という非常に高いセロトニン/ノルエピネフリ
ン再取込み阻害選択性を有することを見出すことにより,初めて可能
になったのである。
これに対し,引用例3,7,8には,ラセミレボキセチンが選択的
ノルエピネフリン再取込み阻害剤であることや,ラセミレボキセチン
が高いセロトニン/ノルエピネフリン再取込み阻害選択性を有する点
,,は記載されているがその定量的な値については記載されていないし
どのような薬剤と比較して阻害選択性が高いのかについても記載され
ていない。
かえって,本願の国際出願日(平成12年6月22日)前である平
成11年に発行された文献(StuartA.Montgomery,"Predicting
response:noradrenalinereuptakeinhibition",International
ClinicalPsychopharmacology,1999,Vol.14,suppl1,S21-S26,甲
15。以下「甲15文献」という)には,ラセミレボキセチンのセ。
ロトニン/ノルエピネフリン再取込み部位に対する親和性の指標とな
るK値が記載されており,これらの値からセロトニン/ノルエピネi
フリン再取込み阻害選択性を算出すると約134となる。また,昭和
59年に発表された文献(ELLIOTTRICHELSONandMICHAELPFENNING,
"BLOCKADEBYANTIDEPRESSANTSANDRELATEDCOMPOUNDSOFBIOGENIC
AMINEUPTAKEINTORATBRAINSYNAPTOSOMES:MOSTANTIDEPRESSANTS
SELECTIVELYBLOCKNOREPINEPHRINEUPTAKE",EuropeanJournalof
pharmacology,104(1984)p.277-286,甲16,以下「甲16文献」
という)には,先行技術の薬剤であるオキサプロチリン,デシプラ。
ミン,マプロチリンのセロトニン/ノルエピネフリン再取込み部位に
対する親和性の指標となるK値が記載されており,これらの値からi
それぞれのセロトニン/ノルエピネフリン再取込み阻害選択性を算出
すると,約4166,約377,約466となる。このように,ラセ
ミレボキセチンのセロトニン/ノルエピネフリン再取込み阻害選択性
は,従来技術の薬剤であるオキサプロチリン,デシプラミン,マプロ
チリンより低いものであり,むしろ,オキサプロチリン等,従来技術
においてラセミレボキセチンよりも高いセロトニン/ノルエピネフリ
ン再取込み阻害選択性を有する薬剤が存在したことは,広く知られて
いたのである。
そうすると,上記各引用例の記載からは,ラセミレボキセチンが選
択性のない三環系抗うつ剤よりも高いセロトニン/ノルエピネフリン
再取込み阻害選択性を有することを導き出すことはできても,従来技
術であるオキサプロチリン等よりも高い阻害選択性を有することや,
ましてや(S,S)−レボキセチンと同程度に高い阻害選択性を有す
ることを導き出すことはできない。
cまた,セロトニン再取込み部位に対する親和性についてみると,そ
もそも引用例3にはこの点に関する記載は一切ない。
他方,引用例7,8には,審決が指摘するように,ラセミレボキセ
チンにはセロトニン再取込み部位に対する親和性がなく,セロトニン
再取込みを阻害する性質がないかのような記載があるものの,甲15
文献には,ラセミレボキセチンのセロトニン再取込み部位に対する親
和性の指標となる阻害定数が1070nMである旨記載されている。
すなわち,本願優先日前においては,ラセミレボキセチンは前記部位
に対してある程度の親和性を有するものであると広く知られていたの
である。
そうすると,引用例7,8の上記記載は,ラセミレボキセチンは,
セロトニン再取込み部位に対して1070nM程度の親和性を有する
ことを意味すると理解することはできても,親和性がないものである
ことを導き出すことはできない。
d以上によれば,引用例3,7,8の記載からは(S,S)−レボキ
セチンのセロトニン再取込み阻害選択性や同部位に対する親和性に関
して具体的数値を予測することはできず,むしろ様々な数値を取り得
ると考えられるから(S,S)−レボキセチンがセロトニン再取込,
み部位に対する親和性がないとか,本願補正発明1と同程度の高い選
択性を有することは,当業者といえども容易に予測することはできな
い。
(ウ)主要なセロトニン症候群に関する認定・判断の誤り
審決は,引用例3には,高い選択性を有する「レボキセチン」は主要
なセロトニン症候群を引き起こさないものであることが記載されている
とし,これを前提に(S,S)−レボキセチンが主要なセロトニン症,
候群を引き起こさないことは当業者が容易に予測し得ることであるとす
る(審決8頁7行∼14行。)
しかし,引用例3には「主要なセロトニン症候群を引き起こすこと,
はないだろう」という著者の考察が記載されているにすぎず,ラセミレ
ボキセチンによる主要なセロトニン症候群の発現を否定するものではな
いし,ラセミレボキセチンの主要なセロトニン症候群の発現頻度が,本
願補正発明1の(S,S)−レボキセチンの発現頻度ほど低いことを示
すものでもない(なお審決は,引用例3の上記記載について「主要な‘
セロトニン症候群’をレボキセチン治療を受ける患者で引き起こすこと
はないに違いない(審決4頁下6行∼下5行)と認定するが,同所の。」
原文が”shouldnotoccur”であることに照らせば,上記のように訳す
べきである。。)
むしろ,主要なセロトニン症候群はセロトニン再取込み阻害に起因す
るものであるから,その発現頻度はセロトニン/ノルエピネフリン再取
込み阻害選択性に依存するものである(阻害選択性が低いとセロトニン
症候群の発現頻度が高くなる。そして,前記(イ)のとおり,本願補正発)
明1に係る(S,S)−レボキセチンは,1万2770倍という非常に
高いセロトニン/ノルエピネフリン再取込み阻害選択性を有し,これは
オキサプロチリン等の従来技術における薬剤と比較して非常に高いもの
であるのに対し,ラセミレボキセチンは134にとどまる。
そうすると,引用例3からは,ラセミレボキセチンの主要なセロトニ
ン症候群の発現頻度は,選択性のない三環系抗うつ薬よりは低いと理解
することはできても,オキサプロチリン等の従来技術より低いことを導
き出すことはできないし,ましてや本願補正発明1に係る(S,S)−
レボキセチンの上記阻害選択性から把握できるほど発現頻度が低いこと
を導き出すことはできない。
したがって,本願補正発明1に係る(S,S)−レボキセチンが高い
選択性を有し,そのため主要なセロトニン症候群を引き起こさないこと
は,当業者といえども容易に予測することはできない。
(エ)医薬用途の容易想到性判断の誤り
審決は,引用発明の医薬組成物の用途を「ノルエピネフリン再取込,
みの選択的阻害は望まれるが,セロトニン再取込みの阻害は望まれない
慢性疼痛の治療または予防のための」ものとすることは,当業者が容易
に想到し得ることであるとする(審決8頁15行∼18行。)
しかし,上記のとおり,審決の上記判断は(S,S)−レボキセチ,
ンが,疼痛症候群の疾患に有効であることは当業者が容易に予測し得る
ことであるとか(S,S)−レボキセチンが,セロトニン再取込み部,
位に対する親和性がなく,高い選択性を有し,主要なセロトニン症候群
を引き起こさないことは当業者が容易に予測し得ることであるという誤
った前提に基づくものである。
イ作用効果に関する判断の誤り(取消事由2)
(ア)効果の予測性に関する判断の誤り
審決は「S,S)−レボキセチンは‘主要なセロトニン症候群’,(,
を引き起こさないと容易に予想し得るのであるから(S,S)−レボ,
キセチンを有効成分とする本願補正発明1が,セロトニン再取り込み阻
害により引き起こされる副作用を生ぜしめる可能性が低いことも当業者
が容易に予想し得ることである(審決8頁19行∼23行)とする。。」
しかし,上記アのとおり,ラセミレボキセチンが主要なセロトニン症
候群を引き起こさないことは,当業者といえども容易に予測することは
できないのであるから,セロトニン再取込み阻害により引き起こされる
副作用を生ぜしめる可能性が低いことも当業者が容易に予想し得るもの
ではない。
(イ)効果の参酌に関する誤り
a審決は,本願補正発明1は副作用が極めて低い点で格別な効果を奏
するものである旨の原告の主張に対し,本願明細書には,本願補正発
明1の効果である慢性疼痛に対する治療効果,副作用については一切
具体的な記載はなく,その主張を採用することはできない旨判断して
いる(審決8頁24行∼29行。)
bしかし,本願明細書(甲5)には,以下のとおり,従来技術の問題
点(S,S)−レボキセチンの治療効果や副作用に関する本願補正,
発明1の効果が記載されている。
「他の抗うつ剤はノルエピネフリンの再取込みを阻害する高い薬理学的選
択性を有していることが報告されている。例えば,オキサプロチリンは,約
4166のセロトニン再取込みに対するノルエピネフリン再取込みについて
の薬理学的選択性を有し,それはK値に基づく。デシプラミンの対応する薬i
理学的選択性は約377およびマプロチリンのそれは約446である。…オ
キサプロチリン,デシプラミン,およびマプロチリンの比較的高い選択性に
もかかわらず,これらおよび他の知られた物質は,他の神経伝達物質の受容
体を,それらも不都合な副作用に寄与する程度にまで,望ましくなく遮断す
る(段落【0017)。」】
「本発明の方法および組成物は,ノルエピネフリンの再取込みの阻害が利
益を与えるヒト状態を治療するのに有用である,…より詳しくは,本発明の
組成物の投与は,限定されないが,…慢性疼痛,…を含むさまざまなヒト状
態を治療するのに有用である(段落【0040)。」】
「,,()…特にセロトニン対ノルエピネフリンの選択性はラセミ体に対する
81から光学的に純粋な(SS)レボキセチンに対する12770まで増大,,
する。したがって,治療用量の(SS)レボキセチンの投与は,効果的にノ,
ルエピネフリンの再取込みを阻害するが,セロトニン再取込みは本質的に影
響されない。同様に,ノルエピネフリン再取込み部位と他の受容体との作用
の間での分離にさらなる増加がある。結果として,セロトニン再取込みの阻
害および他の受容体にてのブロックに関連する不都合な副作用は明らかにさ
れていない(段落【0072)。」】
()【】【】,そして本願明細書甲5の段落0065∼0070には
本願補正発明1の(S,S)−レボキセチンの優れた薬理学的選択性
及び効力を示すための試験方法が記載され,さらに段落【0071】
の〔表1〕には(S,S)−レボキセチンのノルエピネフリン再取,
込み阻害強度及びセロトニン/ノルエピネフリン再取込み阻害選択性
の測定結果が具体的数値により記載されている。
したがって,当業者であれば,上記ノルエピネフリン再取込み阻害
強度のデータから,本願補正発明1の慢性疼痛に対する治療効果を理
解することができる。
また,当業者であれば,上記セロトニン/ノルエピネフリン再取込
み阻害選択性のデータと,段落【0072】の「ノルエピネフリン再
取込み部位と他の受容体との作用の間での分離にさらなる増加があ
る」という記載から,本願補正発明1の副作用減少効果を理解するこ
とができる。
c以上のことは,次の宣誓供述書により確認することができる。
(a)甲17の宣誓供述書は,平成14年3月22日に,南イリノイ大
学医学部助教授のB博士が宣誓供述し,米国特許商標庁にも提出し
たものであるが,ここには(S,S)−レボキセチンは,ラセミ,
レボキセチンと比較して,他の神経伝達物質の受容体よりもノルエ
ピネフリン再取込み部位に対して非常に高い結合選択性を有するも
のであることが記載されている。
(b)甲18の宣誓供述書は,本願明細書に記載された本願補正発明1
の慢性疼痛に対する治療効果,副作用減少効果を確認するためのも
のであり,平成17年9月23日に,ファイザー株式会社の安全性
及びリスク管理部長のC博士が宣誓供述し,欧州特許庁にも提出し
。,,たものであるそしてこれに記載された臨床試験の結果によれば
①頻脈の背景発現率は年齢とともに上昇することがよく知られていること
から(S,S)−レボキセチンの臨床試験と,ラセミレボキセチンの第I,
I相および第III相試験との比較においては,頻脈は,高齢特性を有す
る(S,S)−レボキセチン投与群でより高頻度に発現すると予想される
こと,
(,),,②SS−レボキセチンの臨床試験においては75歳以上の患者は
ラセミレボキセチンの臨床試験(Study034,035,019)に
おける65歳以上の患者と比較して,同用量の(S,S)−レボキセチン
に暴露されていることから,同程度の頻脈発現率が報告されると予想され
ること,
③甲19の文献(ThierryDenolle,etal,"Hemodynamiceffectsof
reboxetineinhealthymalevolunteers",ClinicalPharmacology&
Therapeutics,1999,Vol.66,No.3)には「S,S-エナンチオマーは,ヒ,
トにおいてレボキセチンの血流力学効果の原因となる」と(S,S)−レ,
ボキセチンが動悸や頻脈等の副作用を引き起こすことが示唆されているこ
と,
が認められ,これらの各点を考慮すると(S,S)−レボキセチン,
投与群において認められた頻脈に関する低い副作用発現率は,予期
せぬ顕著なものである。
また,甲18の宣誓供述書の別添5は上記臨床試験の概要を示し
たものであるが(S,S)−レボキセチンは,帯状疱疹後神経痛,
,。の慢性疼痛患者に対し明らかに有効であったことが示されている
d以上のとおり,本願明細書,本願補正発明1の慢性疼痛に対する治
療効果,副作用減少効果が記載されており,さらにこれらの効果は,
本願明細書に記載された(S,S)−レボキセチンのノルエピネフリ
ン再取込み阻害強度,セロトニン/ノルエピネフリン再取込み阻害選
択性のデータ等により裏付けられており,上記宣誓供述書によっても
確認されているのであるから,本願補正発明1の効果として参酌され
るべきである。
2請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3)の各事実はいずれも認めるが,同(4)は争う。
3被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
(1)取消事由1に対し
ア疼痛症候群に関し
(ア)原告は,引用例8には,ノルエピネフリン再取込み阻害剤が疼痛症候
群に有用であることは示唆されていないと主張する。
しかし,引用例8(甲4)には,審決に(8−e)として摘示したと
おり「対照的に,ノルエピネフリン再取り込み阻害剤(複数)は,う,
つ病性障害に有用であり,パニック障害に対しても有用である可能性が
ある一方,それらは,注意欠陥多動性障害および疼痛症候群を含む異な
るスペクトルの疾患に,SSRI(複数)…よりも有用であろう(審。」
決5頁下10行∼下6行)と記載されている。
この引用例8は,医学の論文誌である「」JournalofAffectiveDisorders
に掲載された英国ウエールズ大学の北ウエールズ精神医学科の研究者に
よる「レボキセチンの臨床的薬理学的プロファイル:レボキセチンは健
康に対する推定上の神経生物学的基質に係わるか?」との標題の論文で
あるところ,その内容は「新しい抗アドレナリン性再取込み阻害抗う,
つ薬であるレボキセチンの臨床試験の概説に続いて,本論文は選択的抗
うつ作用をよりよく理解するための発見的な理論上の枠組みを提示す
る(要約の最初の文章)ものであり,多くの臨床試験の報告や論文を」
引用し,審決で引用したような筆者の見解を記載したものである。
そうすると,引用例8自体に直接的には著者が上記見解に至った具体
,,的臨床試験結果や動物試験結果論理的な説明が記載されていなくとも
引用例8に接した当業者は,著者が,根拠のない単なる希望や空想では
なく,専門家として,レボキセチンに関する多くの臨床例や論文を検討
した上で,上記見解を記載していると考えるのが自然であり,審決が,
引用例8に「ノルエピネフリン再取り込み阻害剤は,疼痛症候群の疾患
に有用であることが示唆されている」旨認定した点に誤りはない。
(イ)原告は,引用例8が引用する甲14文献においては抗うつ剤が有する
数多くの薬理作用のうちどれが鎮痛効果を発揮するかは不明とされてい
るから,引用例8にはノルエピネフリン再取込み阻害剤が疼痛症候群に
有用であることは示唆されていないと主張する。
しかし,引用例8は1998年〔平成10年〕に頒布された文献であ
り,1999年〔平成11〕に頒布された甲14文献を引用することは
ないから,引用例8に引用されている「,」は,LeonardandHea1y1998
甲14文献ではない。
ちなみに,甲14文献には,抗うつ剤は,長い間,慢性疼痛症候群の
治療に用いられていること,これまでにTCA(三環系抗うつ剤)を含
むプラセボ対照研究や選択的セロトニン再取込み阻害剤(SSRI)の
使用の事例報告がなされていること,さらに,著者の見解として,これ
らの研究結果に基づけば,慢性疼痛症候群の分野においてデシプラミン
(ノルアドレナリンの再取込みを阻害する三環系抗うつ剤)やアミトリ
チリン(ノルアドレナリンとセロトニンの両方の再取込みを阻害する三
環系抗うつ剤)に比べて選択的セロトニン再取込み阻害剤(SSRI)
の治療効果が低いことは,三環系抗うつ剤のノルアドレナリンの再取込
み阻害作用が慢性疼痛症候群の治療に効果があることを示唆しているこ
と,この見解の正当性は,選択的ノルアドレナリン再取込み阻害剤であ
るレボキシンによる慢性疼痛症候群の治療の研究により証明されるであ
ろうということが記載されている。これらの甲14文献の記載は,ノル
アドレナリンの再取込みを選択的に阻害する選択的ノルアドレナリン
(ノルエピネフリン)再取込み阻害剤が,慢性疼痛症候群の治療効果が
あり,セロトニン再取込み阻害作用による副作用を避けることができる
ことを示唆するものであり,選択的ノルアドレナリン(ノルエピネフリ
ン)再取込み阻害剤が慢性疼痛症候群の治療に有用であることを示唆す
るものである。
したがって,上記甲14文献の記載も,引用例8記載の見解の正当性
を裏付けるものである。
(ウ)原告は,引用例8にはノルエピネフリン再取込み阻害剤のうちのどの
化合物が疼痛症候群に対し有用であったかについては記載されていない
し,示唆もされていないと主張する。
しかし,引用例8(甲4)は,上記(ア)のとおり,レボキセチンに関
する論文であり,レボキセチンが選択的にノルエピネフリン再取込みを
阻害する抗うつ剤であることが記載されているのであるから,レボキセ
チンは幾つかの国で製造承認されている周知の抗うつ剤であること(引
用例3〔甲2〕S23頁左欄1行∼4行,審決4頁10行∼13行)を
考え合わせれば,当業者であれば,ここでいうノルエピネフリン再取込
み阻害剤の具体例としてレボキセチンを考えるのが当然である。
そして,レボキセチンは(R,R)及び(S,S)エナンチオマーの
混合物であり(S,S)エナンチオマーはより強力であるが,両者の,
間に,薬力学的性質において質的な違いはない(引用例3〔甲2〕要約
1行∼4行,審決4頁2行∼7行)のであるから,審決が,引用例8に
は,ノルエピネフリン再取込み阻害剤は,疼痛症候群の疾患に有用であ
ることが示唆されていると認定し,ノルエピネフリン再取込み阻害剤で
あり,抗うつ剤である(S,S)−レボキセチンが疼痛症候群の患者に
有効であることは当業者が容易に予測し得ることであると判断したこと
に誤りはない。
イ選択性,セロトニン再取込み部位に対する親和性及び主要なセロトニン
症候群に関し
(ア)原告は,引用例3にはセロトニン再取込み部位に対して親和性がない
点については一切記載されていないと主張する。
しかし,引用例3(甲2)には「レボキセチンはノルアドレナリン,
再取り込みの選択的な阻害剤であるので,レボキセチンは,MAO−A
に選択的な,あるいは混合MAOに対する阻害剤と有利に併用されるで
あろう。さらに,レボキセチンのノルアドレナリン再取り込み機構に対
する高い選択性は,MAO阻害剤やセロトニン再取り込み阻害剤,さら
に頻繁にはそれらの併用において報告されている致命的となる可能性の
ある合併症である‘主要なセロトニン症候群’をレボキセチン治療を受
ける患者で引き起こすことはないに違いない(S33頁左欄5行∼1。」
5行,審決4頁下11行∼下5行)と記載されており,レボキセチンが
「ノルアドレナリン(ノルエピネフリン)再取込み機構に対する高い」
選択性を有するノルエピネフリン再取込み阻害剤であることが記載され
るとともに,セロトニン再取込み部位に対して親和性がないことが示唆
されている。
また,引用例7,8の記載をみても,引用例7(甲3)には「ノル,
アドレナリン機構に焦点を絞った研究により,選択的ノルアドレナリン
再取り込み阻害剤(NRI)としては初めてのものであるレボキセチンが
開発された。…これは,旧来の三環式抗うつ剤に伴う典型的な副作用を
免れるものであり,それ故に,セロトニン及びドーパミン再取り込み部
位に親和性がないだけでなく,ムスカリン,ヒスタミン,あるいはアド
レナリン受容体に対するいかなる親和性からも免れるものである(4。」
頁左欄8行∼右欄4行,審決5頁2行∼7行)として,レボキセチンが
選択的ノルアドレナリン(ノルエピネフリン)再取込み阻害剤であり,
。,セロトニン再取込み部位に親和性がないことが記載されている同様に
引用例8(甲4)には「レボキセチンは,ヴィロキサジン由来の選択,
的ノルエピネフリン再取り込み阻害剤である。以前のノルエピネフリン
再取り込み阻害剤,クレシプラミン,マプロチリン,およびロフェプラ
ミンとは異なり,それはノルエピネフリン再取り込み部位以外のヒスタ
ミン性もしくはコリン性受容体,またはアドレナリン性受容体において
有意な影響は与えない(314頁右欄36行∼42行,審決5頁16。」
行∼20行)として,レボキセチンが選択的ノルエピネフリン再取込み
阻害剤であり,以前のものと異なり他の受容体に対する有意な影響を与
えない,すなわち選択性が高いことが記載されており,また「これは,
(審決注レボキセチンのこと)は,5HT(審決注セロトニンのこ
と)の再取り込みを阻害する性質が無いという長所のため,他の向精神
性薬剤との併用に有用である可能性がある(315頁左欄17行∼2。」
2行,審決5頁22行∼24行)として,レボキセチンがセロトニンの
再取込みを阻害する性質がない,すなわち,セロトニン再取込み部位に
親和性がないことが記載されている。
,,,,,(,以上のとおりであるから審決が引用例378を引用しR
R)及び(S,S)−レボキセチンのラセミ混合物である「レボキセチ
ン」は,高い選択性を有するノルエピネフリン再取込み阻害剤であり,
セロトニン再取込み部位に対する親和性がないものであると認定した点
に誤りはない。
(イ)また原告は,引用例3はラセミレボキセチンによる主要なセロトニン
症候群の発現を否定するものではないと主張する。
しかし,上記アのとおり,引用例3には「…さらに,レボキセチン,
のノルアドレナリン再取り込み機構に対する高い選択性は,MAO阻害
剤やセロトニン再取り込み阻害剤,さらに頻繁にはそれらの併用におい
て報告されている致命的となる可能性のある合併症である‘主要なセロ
トニン症候群’をレボキセチン治療を受ける患者で引き起こすことはな
いに違いない(審決4頁下9行∼下5行)として,高い選択性を有す。」
る「レボキセチン」は主要なセロトニン症候群を引き起こさないもので
あることが著者の強い確信をもった見解として記載されているのである
から,審決に誤りはない。
なお原告は,引用例3の原文における「shou1d」につき「きっと…,
だろう」等と翻訳されるものであるとして,あたかも審決は英文で書か
れた引用例3の記載を誤って理解しているがごとき主張をするが,
「shou1d」は,蓋然性が高いことを示す助動詞であるから,審決が「…
に違いない」と翻訳したことに誤りはない。。
,,,(ウ)そして以上の引用例の記載を前提とした上でさらに引用例3には
レボキセチンのエナンチオマー間に,薬力学的性質において質的な違い
は観察されなかったことが記載されていることを考慮すれば,レボキセ
チンのエナンチオマーである(S,S)−レボキセチンが,レボキセチ
ンと同様に,セロトニン再取込み部位に対する親和性がなく,高い選択
性を有し,主要なセロトニン症候群を引き起こさないことも,当業者が
容易に予測し得ることである。
(エ)これに対し原告は,引用例3,7,8の記載から,ラセミレボキセチ
ンが,オキサプロチリン等よりも高い前記阻害選択性を有することや,
ましてや本願明細書に記載されているような高いセロトニン/ノルエピ
ネフリン再取込み阻害選択性を有するものであることを導き出すことは
できないとか,ラセミレボキセチンの主要なセロトニン症候群の発現頻
度がオキサプロチリン等より低いことを導き出すことはできないし,ま
してや本願補正発明1に係る(S,S)−レボキセチンのセロトニン/
ノルエピネフリン再取込み阻害選択性から把握できるほど低いことを導
き出すことはできないとして,この点に関する審決の認定・判断は誤り
であると主張する。
しかし,審決は,オキサプロチリン等よりも高い阻害選択性を有する
とか,本願明細書に記載されているような高いセロトニン/ノルエピネ
フリン再取込み阻害選択性を有することを認定し,又は当業者が容易に
予測し得るものであると判断するものではない。
本願補正発明1により(S,S)−レボキセチンが1万2770倍と
いう非常に高いセロトニン/ノルエピネフリン再取込み阻害選択性を有
することが初めて見出され,この選択性が当業者が容易に予測すること
,,,(,ができないものであるとしても審決が示すとおり引用例3にはS
S)−レボキセチンがノルエピネフリン再取込み阻害剤であり,抗うつ
剤として使用できることが記載されており,一方,引用例8には,ノル
エピネフリン再取込み阻害剤は抗うつ剤であるとともに,疼痛症候群の
疾患に有用であることが示唆されているのであるから,ノルエピネフリ
ン再取込み阻害剤であり,抗うつ剤として使用できる(S,S)−レボ
キセチンが疼痛症候群の疾患に有効であることは当業者が容易に予測し
得ることであり(S,S)−レボキセチンを有効成分とする引用発明,
の医薬組成物の用途を「慢性疼痛治療または予防のための」ものとする
ことは,当業者が容易に想到し得ることである。
そして,セロトニン再取込み部位に対する親和性がなく,高い選択性
を有し,主要なセロトニン症候群を引き起こさない有効成分を,「ノル
エピネフリン再取込みの選択的阻害は望まれるが,セロトニン再取込み
の阻害は望まれない」疾患治療又は予防に用いることは当業者にとって
明らかなことであり(S,S)−レボキセチンが,セロトニン再取込,
み部位に対する親和性がなく,高い選択性を有し,主要なセロトニン症
候群を引き起こさないことは,当業者が容易に予測し得ることであるの
であるから,慢性疼痛治療又は予防を「ノルエピネフリン再取込みの選
択的阻害は望まれるが,セロトニン再取込みの阻害は望まれない」慢性
,。疼痛治療又は予防とすることも当業者が容易に想到し得ることである
ウ医薬用途の容易想到性判断に関し
原告は,引用発明の医薬組成物の用途を,「ノルエピネフリン再取込み
の選択的阻害は望まれるが,セロトニン再取込みの阻害は望まれない慢性
疼痛治療または予防のための」ものとすることは当業者が容易に想到し得
ることであるとした審決の判断は誤った前提に基づくものであるから,誤
りであると主張するが,前提に誤りがないことは上記ア,イのとおりであ
り,審決の判断に誤りはない。
(2)取消事由2に対し
ア効果の予測性に関し
原告は,ラセミレボキセチンが主要なセロトニン症候群を引き起こさな
,,いことは当業者といえども容易に予測することはできないのであるから
セロトニン再取込み阻害により引き起こされる副作用を生ぜしめる可能性
が低いことも当業者が容易に予想し得るものではないと主張する。
しかし,上記のとおり(S,S)−レボキセチンが,主要なセロトニ,
ン症候群を引き起こさないことは当業者が容易に予測し得ることである。
したがって(S,S)−レボキセチンを有効成分とする本願補正発明,
1が,セロトニン再取込み阻害により引き起こされる副作用を生ぜしめる
可能性が低いことも当業者が容易に予想し得ることであるとの審決の判断
に誤りはない。
イ効果の参酌に関し
,,(ア)原告は本願明細書には本願補正発明1の慢性疼痛に対する治療効果
副作用減少効果が記載されており,これらの効果は本願明細書に記載さ
れた(S,S)−レボキセチンのノルエピネフリン再取込み阻害強度,
セロトニン/ノルエピネフリン再取込み阻害選択性のデータ等により裏
付けられているし,甲17及び18の宣誓供述書により確認されている
のであるから,本願補正発明1の効果として参酌されるべきであると主
張する。
しかし,本願明細書(甲5)には「主要なセロトニン症候群を引き,
起こさない」という医薬としての効果について「主要なセロトニン症,
候群の発現頻度」の具体的な値はもちろん,具体的な説明はなんら記載
されていないし,本願補正発明1の効果である治療又は予防効,副作用
については本願明細書に一切具体的な記載はない。
また,そうである以上,本願出願後に作成された宣誓供述書を本願明
細書に記載された本願補正発明1の効果を裏付けるものとして参酌する
ことはできない。
(イ)これに対し原告は,本願明細書の段落【0065】∼【0070】に
は本願補正発明1の(S,S)−レボキセチンの優れた薬理学的選択性
及び効力を示すための試験方法が記載されていると主張するが,本願明
細書の段落【0065】∼【0070】には(S,S)−レボキセチ,
ンのセロトニン/ノルエピネフリンのK値の決定方法が記載されていi
るだけで,本願補正発明1の「ノルエピネフリン再取込みの選択的阻害
は望まれるが,セロトニン再取込みの阻害は望まれない慢性疼痛の治療
または予防のための医薬組成物」の治療又は予防の薬理効果を測定する
方法は記載されていない。
そもそも,セロトニン/ノルエピネフリンのKの選択性と「主要なi
セロトニン症候群の発現頻度」との関係は,K値が生体外での試験にi
より決定される値であるのに対し「主要なセロトニン症候群の発現頻,
度」は生体に抗うつ剤を投与した場合に表れる症状であり,後者は単に
K値にのみにより決まるものではなく,抗うつ剤の種々の性質に依存i
するものである。Kの選択性が低い非選択的三環系抗うつ剤に比べ,i
()Kの選択性が高い選択的ノルエピネフリン再取込み阻害剤SSRIi
では「主要なセロトニン症候群の発現頻度」が高いといった程度の一,
般的な傾向はあるとしても,Kの選択性の値から直ちに「主要なセロi
トニン症候群の発現頻度」が分かるというものではない。
そして,本願明細書(甲5)には,段落【0071】の表1に(S,
S)−レボキセチン(R,R)−レボキセチン,レボキセチン(ラセ,
ミ体)のセロトニン/ノルエピネフリンのKの選択性が記載されておi
り,これによれば(S,S)−レボキセチンのKの選択性は1万27,i
70であり,レボキセチン(ラセミ体)のKの選択性は81と記載さi
れているのであるが,これらKの選択性から具体的な「主要なセロトi
ニン症候群の発現頻度」が予測できるような理論的な説明は一切なく,
また,このような予測が技術常識であるとの証拠を原告は提出していな
い。
したがって,本願明細書にセロトニン/ノルエピネフリンのKの選i
択性が数値として記載されていても,この数値が具体的な「主要なセロ
トニン症候群の発現頻度」を示すものとはいえない。
同様に,原告の挙げる段落【0072】の記載も(S,S)−レボ,
キセチンのセロトニン/ノルエピネフリン再取込み阻害選択性(1万2
770倍)が,どの程度の「主要なセロトニン症候群の発現頻度」をも
たらすかを示すものではない。
第4当裁判所の判断
1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯,(2)(発明の内容,(3)(審決))
の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
2本願補正発明1の意義
(1)上記1(2)のとおり本願補正発明1の内容は次のとおりのものである当,(
事者間に争いがない。。)
「請求項1】ノルエピネフリン再取込みの選択的阻害は望まれるが,セロト【
ニン再取込みの阻害は望まれない慢性疼痛の治療または予防のための医薬組成物で
あって,該組成物は存在する(S,S)および(R,R)レボキセチンの総重量に
,(,)基づき少なくとも90重量%の場合により医薬上許容される塩の形態のSS
−レボキセチン,および10重量%未満の場合により医薬上許容される塩の形態の
(R,R)−レボキセチンを含むことを特徴とする上記医薬組成物」。
(2)そして,本願明細書(甲5)には,次の記載がある。
ア発明の背景発明の分野
「本発明は,ノルエピネフリンの再取込みの阻害が利益を与える様々な状態に
罹っている個人を治療する方法に関する。特に,本発明は(S,S)レボキセチン
のごとき化合物を個人に投与することを特徴とする治療方法であって,ここに,該
化合物は,セロトニン再取込み部位と比較して,ノルエピネフリン再取込み部位に
対して高い薬理学的選択性を有する。本発明は該化合物を含有する組成物,および
該化合物を含有する医薬の調製にも関する(段落【0001)。」】
イ関連技術の簡単な説明
・「多くのタイプのうつ病,精神的,行動的,および神経学的障害はある種のモノ
アミン神経伝達物質を用いて信号を伝える脳回路における混乱に起因する。モノア
ミン神経伝達物質は,例えば,ノルエピネフリン(ノルアドレナリン,セロトニ)
ン(5−HT,およびドーパミンを含む。通常レベルより低いノルエピネフリン)
は,生活におけるエネルギー,モチベーションおよび興味の欠如を含む種々の症状
に関連する。かくして,通常レベルのノルエピネフリンは報酬(reward)への衝動
および受け入れ能力を維持するのに必須である(段落【0002)。」】
・「これらの神経伝達物質は,小さなギャップ(すなわち,シナプス間隙)を渡っ
てニューロン末端から移動し,もう一つのニューロン表面上の受容体分子に結合す
る。この結合はシナプス後ニューロンにおける反応または変化を開始するか,ある
いは活性化する細胞内変化を誘発する。不活性化が,主に,シナプス前ニューロン
へ戻す神経伝達物質の輸送(すなわち,再取込み)により生じる。ノルアドレナリ
ン伝達の異常は,神経学的障害は,生活におけるエネルギー,モチベーション,お
よび興味の欠如を含む様々な症状の原因となる様々なタイプのうつ病,精神的,行
動的および神経学的障害をもたらす。…(段落【0003)」】
・「レボキセチン(すなわち,2−[2−エトキシフェノキシ(フェニル)メチ()
ル]モルホリン)は,例えば,ノルエピネフリンの再取込みを防止することによっ
て,生理学的に活性なノルエピネフリンの濃度を上昇させる。レボキセチンはノル
エピネフリン再取込み阻害剤であり,うつ病の短期(すなわち,8週間未満)およ
び長期治療に有効であることが示されている。実際に,レボキセチンは,成人およ
び老人患者の両方において共通して処方される抗うつ剤であるフルオレキセチン,
イミプラミンおよびデシプラミンと同じ有効性を有する(段落【0004)。」】
・「現在,レボキセチンは,1:1比の鏡像異性体(R,R)および(S,S)のラ
セミ混合物としてのみ商業的に入手可能であり,一般名称「レボキセチン」への本
明細書の言及は,この鏡像異性体もしくはラセミ混合物をいう。…(段落【00」
15)】
・「しかしながら,レボキセチンの投与は,薬物−薬物相互作用に関連する所望し
ない副作用および,例えば,眩暈,不眠症,めまい,血圧変動,発汗,胃腸障害,
男性の性的不全,ある種の抗コリン様効果(例えば,頻脈および尿停留)のごとき
他の所望しない副作用をもたらす。そのような副作用は,部分的に,レボキセチン
がノルエピネフリンを阻害するのに充分高い選択性を欠如することから,生じる。
換言すれば,レボキセチンは,セロトニンおよびドーパミンのように,該所望しな
い副作用に寄与するのに充分な程度にまで他のモノアミンの再取込みをブロックす
る(段落【0016)。」】
・「他の抗うつ剤はノルエピネフリンの再取込みを阻害する高い薬理学的選択性を
有していることが報告されている。例えば,オキサプロチリンは,約4166のセ
ロトニン再取込みに対するノルエピネフリン再取込みについての薬理学的選択性を
有し,それはKi値に基づく。デシプラミンの対応する薬理学的選択性は約377
。,,およびマプロチリンのそれは約446である…オキサプロチリンデシプラミン
およびマプロチリンの比較的高い選択性にもかかわらず,これらおよび他の知られ
た物質は,他の神経伝達物質の受容体を,それらも不都合な副作用に寄与する程度
にまで,望ましくなく遮断する(段落【0017)。」】
・「したがって,当該分野において,ノルエピネフリンの再取込みの阻害が利益を
与えつつ,従来のノルエピネフリン再取込み阻害剤に関連する不都合な副作用を低
減するか,または除外する様々な状態に罹患している個人の治療法の必要がある。
セロトニンおよびドーパミンのように,他の神経伝達物質よりもノルエピネフリン
の再取込みを選択的に阻害する方法の必要もある。特に,当該分野において,高度
に選択的(1の再取込み部位にて,特異的(他の受容体では活性がない,および))
強力なノルエピネフリン再取込み阻害剤の必要がある。さらに,高度に選択的,か
つ,強力なノルエピネフリン再取込みインヒビターを含有する医薬組成物の必要も
ある。なおさらに,そのような医薬組成物を含有する医薬および,そのような医薬
の製造におけるそのような組成物の使用の必要がある(段落【0018)。」】
ウ発明の概略
「概略的に,本発明は,ノルエピネフリンの再取込みの阻害が利益を与え,よ
り詳しくは,ノルエピネフリンの選択的,特異的,および強力な阻害が利益を与え
る様々なヒト状態を治療するかまたは予防するための組成物および方法に向けられ
る。より特別には,本発明は,レボキセチンまたはその光学的に純粋な(S,S)
立体異性体をヒトに投与することを特徴とするそのような状態の有用な治療または
予防に向けられる。…(段落【0019)」】
エ好ましい具体例の詳細な説明
・「レボキセチンは中枢神経系に活性な既知化合物であり,抗うつ剤として用いら
れてきている。今まで,レボキセチンの使用はうつ病,反抗挑戦性障害,注意欠陥
/多動障害,および行為傷害の治療に限られていた。…これらの治療方法は(S,,
S)および(R,R)レボキセチン立体異性体のラセミ混合物の投与に限定されて
いた(段落【0028)。」】
・「本発明の方法および組成物は,ノルエピネフリンの再取込みの阻害が利益を与
えるヒト状態を治療するのに有用である…。
より詳しくは,本発明の組成物の投与は,限定されないが,…慢性疼痛,…を含
むさまざまなヒト状態を治療するのに有用である(段落【0040)。」】
・「本発明の組成物の好ましい具体例は(S,S)レボキセチンを含む。商業的に,
入手可能なレボキセチンは2−[2−エトキシフェノキシ(フェニル)メチル]()
モルホリンの(R,R)および(S,S)鏡像異性体のラセミ混合物であることは知
られている。該(S,S)立体異性体は,ノルエピネフリンの再取込みを阻害する
,,。ことに関して最も活性で最も選択的な立体異性体であることが今や発見された
さらに,個人に投与したとき,本明細書に記載の用量において,光学的に純粋な物
質として(すなわち,その(R,R)ジアステレオマーの実質的な不存在下におい
て,該個人は商業的に入手可能なレボキセチンの投与に関連する多くの不都合な)
副作用を体験しない。さらに,該(S,S)および(R,R)鏡像異性体は,該セロ
トニン神経伝達物質と比較して,該ノルエピネフリン神経伝達物質について逆の選
択性を有し,光学的に純粋な(S,S)レボキセチンはノルエピネフリンの再取込
みを阻害することにおいて該R,R鏡像異性体または該S,SおよびR,,()()(
R)鏡像異性体のラセミ混合物のいずれよりも顕著により有効であることがさらに
発見された(段落【0044)。」】
・「詳しくは,光学的に純粋な(S,S)レボキセチンを含有する組成物は,ノル
エピネフリンの再取込みを阻害することにおいて,該(R,R)および(S,S)立
体異性体のラセミ混合物を含有する組成物と比較して,約5ないし約8.5倍より
有効である。したがって,該ラセミ混合物(すなわち,商業的に入手可能なレボキ
セチン)の典型的な日用量は,光学的に純粋な(S,S)レボキセチンを用いると
き,約50%ないし約80%減少させ得る。用量の減少は効力の低下をもたらさな
,。」(【】)いが種々の不都合な副作用の低減または排除が観察された段落0045
・「特に,光学的に純粋な(S,S)レボキセチンは,セロトニン再取込みと比較
して,ノルエピネフリン再取込みを選択的に阻害するので,セロトニン再取込みに
関連する不都合な副作用は低減または排除される。そのような不都合な副作用は,
限定されないが,胃腸障害,不安,性的不全,および薬物−薬物相互作用に関連す
る所望しない副作用を含む(段落【0046)。」】
(3)以上によれば,本願補正発明1は,ノルエピネフリン再取込みの選択的阻
害は望まれるが,セロトニン再取込みの阻害は望まれない慢性疼痛の治療又
は予防のための医薬組成物に関するものであり,従来ノルエピネフリン再取
込み阻害剤はうつ病の治療に有効であるとされ,ラセミ混合物としてのレボ
キセチンその他の薬剤が治療に用いられていたが,その投与にはノルエピネ
フリンを阻害するのに充分高い選択性を欠如し,セロトニンやドーパミンと
いった他の神経伝達物質の受容体を遮断してその再取込みをブロックしてし
まうことによる副作用を回避し得なかったところ,うつ病と同様にノルエピ
ネフリン再取込みの選択的阻害は望まれるが,セロトニン再取込みの阻害は
望まれない慢性疼痛の治療等において生じ得る上記と同様の副作用を回避す
るため,前記(1)に記載の組成による薬剤を用いるというものである。そし
て,このような本願補正発明1は(R,R)及び(S,S)鏡像異性体の,
,(,)(,ラセミ混合物であるレボキセチンのうちSS立体異性体としてのS
S)−レボキセチンはノルエピネフリンの再取込みを阻害することに関して
最も活性で,セロトニン再取込みと比較してノルエピネフリンの再取込みを
阻害する点で最も選択的な立体異性体であるため,セロトニン再取込みに関
連する不都合な副作用は低減又は排除されることを発見したことにより生ま
れたものであるとされている。
3取消事由1(相違点についての判断の誤り)について
(1)審決は,本願補正発明1と引用発明との相違点である「ノルエピネフリン
再取込みの選択的阻害は望まれるが,セロトニン再取込みの阻害は望まれな
い慢性疼痛の治療または予防のための」ものであるとの本願補正発明1の構
成は,引用例1,3,7,8に記載された発明に基づいて容易に想到できる
としたのに対し,原告は,このような審決の相違点の判断に誤りがある旨主
張するので,この点について検討する。
(2)アまず,引用例1(甲1)の記載についてみると,前記1(3)のとおり,
引用例1に「活性成分としての相対純度98.5%以上の(+)2S,3
S−2−〔α−(2−エトキシ−フェノキシ)−ベンジル〕−モルホリン
およびその薬学的に許容しうる塩,並びに薬学的に許容しうる担体および
/または希釈剤を含む薬学的組成物」との引用発明が記載されているこ。
とは当事者間に争いがない。
,,,そしてこれを本願補正発明1と対比の上で表現すると引用例1には
「医薬組成物であって,該組成物は存在する(S,S)および(R,R)
レボキセチンの総重量に基づき,98.5重量%以上の場合により医薬上
許容される塩の形態の(S,S)−レボキセチン,および1.5重量%未
満の場合により医薬上許容される塩の形態の(R,R)−レボキセチンを
。」。含むことを特徴とする上記医薬組成物が開示されていると認められる
イ他方,引用例3,7,8には次の記載がある。
(ア)引用例3(甲2)
・「人及び動物モデルにおける,選択的ノルアドレナリン再取り込み阻害剤であ
るレボキセチンの薬物動態及び代謝についてここにレビューする。レボキセチ
ンは,強い抗うつ活性を有し,アルファアドレナリン及びムスカリン受容体に
対して低い親和性を持ち,動物での毒性は低い。これは(R,R)及び(S,
S)エナンチオマーの混合物であり,後者はより強力であるが,両者の間に,
薬力学的性質において質的な違いは観察されなかった(要約1行∼4行・訳。」
文による)
・「レボキセチン,すなわち(RS)−2−[(RS)−α−(2−エトキシフェノ
キシ)ベンジル]モルホリンメタンスルホネートは,新規化学物質であり,最
近いくつかの国で抗うつ剤として承認された(S23頁左欄1行∼4行)。」
・「…レボキセチンは,選択的ノルアドレナリン再取り込み阻害剤であることが
示されており(S23頁左欄9行∼11行・訳文による),」
・「レボキセチンの強力な抗うつ活性は,最初,ハツカネズミでの2つの試験で
明らかにされた。…(S23頁右欄12行∼17行・訳文による)」
・「MAO−A活性に対してレボキセチンの影響が無いことは,ラットの脳のホ
モジェネートを用いたインビトロで確認された…。MAO−Bに対するレボキ
セチンの非常に弱い阻害活性…は,生理学上重要なことではないと信じられて
いる(S24頁左欄10行∼17行・訳文による)。」
・「S,S)エナンチオマーは,その鏡像異性体に比べて,マウスにおけるレ(
スペリン誘発眼瞼痙攣の抑制(EDはそれぞれ0.56,11.64mg/kgp.o.)及50
びノルアドレナリンの再取り込み抑制(ICはそれぞれ3.6nM,85nM)のい50
ずれにおいても,より強力である(S24頁右欄11行∼16行・訳文によ。」
る)
・「レボキセチンはノルアドレナリン再取り込みの選択的な阻害剤であるので,
レボキセチンは‘チーズ効果’の防止のためにMAO−Aに選択的な,あるい,
は混合MAOに対する阻害剤と有利に併用されるであろう。さらに,レボキセ
チンのノルアドレナリン再取り込み機構に対する高い選択性は,MAO阻害剤
やセロトニン再取り込み阻害剤,さらに頻繁にはそれらの併用において報告さ
れている致命的となる可能性のある合併症である‘主要なセロトニン症候群’
…をレボキセチン治療を受ける患者で引き起こすことはないだろう(S33。」
頁左欄5行∼15行・訳文による)
(イ)引用例7(甲3)
・「レボキセチンは,予想された抗うつ特性について,薬理学的および生物学的
試験において抗うつ効果が証明された,珍しい選択的ノルアドレナリン再取り
込み阻害剤(NRI)である(アブストラクト1行∼2行・訳文による)。」
・「ノルアドレナリン機構に焦点を絞った研究により,選択的ノルアドレナリン
再取り込み阻害剤(NRI)としては初めてのものであるレボキセチンが開発
された。…これは,旧来の三環式抗うつ剤に伴う典型的な副作用を免れるもの
であり,それ故に,セロトニン及びドーパミン再取り込み部位に親和性がない
だけでなく,ムスカリン,ヒスタミン,あるいはアドレナリン受容体に対する
いかなる親和性からも免れるものである(4頁左欄8行∼右欄4行・訳文に。」
よる)
なお,図2(Figure2,図3(Figure3)として,レボキセチンの抗うつ薬とし)
ての臨床試験データが示されている。
(ウ)引用例8(甲4)
・「選択的ノルエピネフリン再取込み阻害剤であるレボキセチンの出現は,レボ
キセチンは鎮静剤でなく,また,体重増加を伴わず,そして過剰投与において
安全であるので…,これらの問題の幾つかを我々が未然に防ぐことに役立つで
あろう(314頁右欄22行∼26行・訳文による)。」
・「レボキセチンは,ヴィロキサジン由来の選択的ノルエピネフリン再取り込み
阻害剤である。以前のノルエピネフリン再取り込み阻害剤,クレシプラミン,
マプロチリン,およびロフェプラミンとは異なり,それはノルエピネフリン再
取り込み部位以外のヒスタミン性もしくはコリン性受容体,またはアドレナリ
ン性受容体において有意な影響は与えない(314頁右欄36行∼42行・。」
訳文による)
「(),()・これ原告注レボキセチンのことは5HT原告注セロトニンのこと
の再取り込みを阻害する性質が無いという長所のため,他の向精神性薬剤との
。」()併用に有用である可能性がある315頁左欄17行∼22行・訳文による
・「対照的に,ノルエピネフリン再取り込み阻害剤(複数)は,うつ病性障害に
,,,有用でありパニック障害に対しても有用である可能性がある一方それらは
注意欠陥多動性障害および疼痛症候群を含む異なるスペクトルの疾患に,SS
RI(複数(原告注選択的セロトニン再取り込み阻害剤のこと)よりも有用)
であろう(318頁左欄下15行∼10行・訳文による)。」
なお「2.1.Reboxetine:clinicaltrials(レボキセチン:臨床試験」の,)
項(315頁左欄以下)には,レボキセチンの臨床試験が記載されている。
ウ以上によれば,引用例3には,ラセミレボキセチンが選択的ノルアドレ
(,「」。)ナリンノルエピネフリンと同義以下ノルエピネフリンと表記する
再取込み阻害剤であり,強い抗うつ活性を有することから,いくつかの国
で抗うつ剤として承認されていること,レボキセチンはノルエピネフリン
再取込み機構に対し高い選択性を有しており,そのためセロトニン再取込
み阻害剤の使用による合併症である主要なセロトニン症候群についてはそ
の発生のないことが期待されること,ノルエピネフリンの再取込み抑制は
(R,R)−レボキセチンよりも(S,S)−レボキセチンの方がより強
力であることが記載されている。また,引用例7には,引用例3と同様,
ラセミレボキセチンが選択的ノルエピネフリン再取込み阻害剤であり,抗
うつ効果を有することが記載されているほか,セロトニン及びドーパミン
再取込み部位に親和性がないことが記載されている。さらに,引用例8に
,,はラセミレボキセチンが選択的ノルエピネフリン再取込み阻害剤であり
うつ病性障害に有用であること,ラセミレボキセチンは5HT,すなわち
セロトニンの再取込みを阻害する性質がないこと,ノルエピネフリン再取
込み阻害剤は疼痛症候群(慢性疼痛と同義と理解することができる)を。
含む疾患にも有用であることが示唆されている。
そして,以上の記載によれば,ラセミレボキセチンにはノルエピネフリ
ン再取込みの選択的阻害を望むことができ,かつ,主要なセロトニン症候
群についてはその発生のないことが期待できるという性質が認められるほ
か,このような性質が疼痛症候群を含む疾患に有用であることが示唆され
ており,しかも,ノルエピネフリン再取込みの抑制作用自体は(S,S)
−レボキセチンの方がより強力であることが認められる。
他方,ノルエピネフリンとセロトニンに係る再取込み阻害の選択性に関
しては,ラセミレボキセチンが高い選択性を有する旨の記載はあるのに対
し(S,S)−レボキセチンの選択性について示唆するところは見当た,
らないが,上記のとおりラセミレボキセチンの選択的阻害性が高いことに
加え(S,S)−レボキセチンのノルエピネフリン再取込み抑制という,
主作用が強力でありかつ(R,R)及び(S,S)のエナンチオマーの間
に薬力学的性質において質的な違いが観察されていないことを併せ考慮す
れば,少なくとも当業者において(S,S)−レボキセチンについても選
択性が高いことを想定して副作用(セロトニン症候群)の発現の程度につ
いて検討することに困難があるとは認められない。
そうすると,同じレボキセチン,殊に(S,S)−レボキセチンを一,
定割合以上多く含むレボキセチンに係る医薬組成物である引用発明につ
き,その用途を「ノルエピネフリン再取込みの選択的阻害は望まれるが,
セロトニン再取込みの阻害は望まれない慢性疼痛の治療または予防のため
の」ものとすることは,その発明の属する技術の分野における通常の知識
を有する者(当業者)において容易に想到し得ることであるといわなけれ
ばならない。
(3)アこれに対し原告は,引用例8(甲4)には,ノルエピネフリン再取込み
阻害剤が疼痛症候群に対し有用であることを示す臨床試験結果や動物試験
結果等は何ら記載されておらず,この点を裏付ける理論的な説明もないか
ら,引用例8をもってノルエピネフリン再取込み阻害剤が「慢性疼痛の治
療または予防のため」に有用であることの示唆があるということはできな
い旨主張する。
イしかし,引用例8は「」とう医学論文誌に,JournalofAffectiveDisorders
掲載された英国ウエールズ大学の北ウエールズ精神医学科の研究者による
「"Theclinicalpharmacologicprofileofreboxetine:doesitinvolve
theputativeneurobiologicalsubstratesofwellbeing?"(レボキセチン
の臨床的薬理学的プロファイル:レボキセチンは健康に対する推定上の神
経生物学的基質に係わるか?」との標題の論文であると認められ,しか)
もその内容は,前記のとおり,新しい抗アドレナリン性再取込み阻害抗う
つ薬であるレボキセチンの臨床試験の概説に続いて,選択的抗うつ作用を
よりよく理解するための発見的な理論上の枠組みを提示するというもの
で,多くの臨床試験の報告や論文を引用するものである。
,,このような論文の性質及び内容に鑑みれば引用例8に接した当業者は
著者が,根拠のない単なる希望や空想ではなく,専門家として,レボキセ
チンに関する多くの臨床例や論文を検討した上で,ノルエピネフリン再取
込み阻害剤が疼痛症候群に対し有用である旨の見解を記載していると考え
るのが自然であり,このことは,引用例8に上記見解に至った具体的臨床
試験結果や動物試験結果,論理的な説明の記載があるかどうかにより左右
されるものではない。
ウまた,実際にも,本件優先日(1999年〔平成11年〕7月)に時期
を接して発行された甲14文献(1999年発行)には,次のような記載
がある。
・「SSRI…が以下の状態の治療に有効であるという予備的な証拠が存在する。
・月経前症候群
・早発射精
・線維筋痛症
・慢性疼痛症候群
・統合失調症の陰性症状
しかしながら,これらの研究はいずれもプラセボ対照の二重盲検試験に基づくも
のではないから,これらの状態におけるSSRIの使用は,主として事例報告にとど
まっている。慢性疼痛における抗うつ剤の使用に関しては,唯一の広範囲にわたる
プラセボ対照研究は,TCA…を含む。これらの研究結果により,ノルアドレナリン
とセロトニンの両方の再取込みを阻害する抗うつ剤は,第二世代の抗うつ剤,例え
ばミアンセリン,マプロチリン,トラゾドン,またはジメリジンよりもより有効で
あることが示唆された。抗うつ剤が鎮痛作用をもたらす詳細なメカニズムは不明で
あるが,それらは抗うつ効果とは独立してそれらを発揮するように思われる。一つ
の可能性は,慢性疼痛緩和をもたらす抗うつ剤は,直接または間接的にオピオイド
受容体を活性化することによりそのようにすることである(64頁右欄下8行∼。」
66頁右欄3行・訳文による)
・「抗うつ剤は,長い間,慢性疼痛症候群に用いられてきた:事実,それらの有効
性は,若干の研究者により,多くの疼痛症候群は不顕性のうつ病症例であるとの主
張を導いた。SSRIの開発はより完全にこの分野を研究することを可能にした。
デシプラミンやアミトリプチリンと比較した場合のこの分野におけるSSRIの相
対的無効性は,疼痛症候群におけるそれらの使用を支持するのはTCAのノルアド
レナリン性構成要素であることを示唆しているだろう。これら問題は,多分レボキ
セチンでのさらなる研究により明らかにされるであろう(88頁左欄13行∼2。」
7行・訳文による)
以上によれば,甲14文献には,抗うつ剤は長い間慢性疼痛症候群に用
いられ,有効性が示されているが,抗うつ剤が鎮痛作用をもたらす詳細な
メカニズムは不明であること,ノルエピネフリンとセロトニンの両方の再
取込みを阻害する抗うつ剤とSSRIの実験結果の対比から,疼痛症候群
におけるそれらの使用を支持するのはノルエピネフリン性構成要素である
ことが示唆されていること,ノルエピネフリン再取込み阻害剤であるレボ
キセチンにおける更なる研究により,この問題が明らかにされ得るものと
考えられていることが記載されているのであって,その発行当時,抗うつ
剤の慢性疼痛症候群に対する鎮痛効果についての有効性が確認されてお
り,抗うつ剤が鎮痛作用をもたらす詳細なメカニズムが不明であるとして
も,今後,ノルエピネフリン再取込み部位を選択的に阻害するノルエピネ
フリン再取込み阻害剤を用いた更なる研究により解明が進むことが期待さ
れていたことが認められる。そして,このような状況は,これと時期を接
した本願優先日(1999年〔平成11年〕7月)当時においても同様に
当てはまるというべきである。
エそうすると,抗うつ剤として用いられるノルエピネフリン再取込み阻害
剤が慢性疼痛症候群に対して有効であることは,本願の優先日当時,十分
可能性のあるものとして理解されていたものというべきであるから,引用
例8における上記記載は根拠を有するものというべきである。
したがって,その意味においても,原告の前記主張は採用することがで
きない。
オなお原告は,引用例8のみならず甲14文献をもってしても,ノルエピ
ネフリン再取込み阻害剤に含まれる多くの化合物のうちどの化合物が疼痛
症候群に対し有用であったかについては記載も示唆もされていないと主張
する。
この点,原告の上記主張はノルエピネフリン再取込み阻害剤に含まれる
化合物からレボキセチンを選択することの困難性を述べているものと理解
することができるが,引用例8の標題は「レボキセチンの臨床的薬理学的
プロファイル」であるし,前記のとおり,その内容においてもレボキセチ
ンに関する論文であって「ノルエピネフリン再取込み阻害剤」という作,
用で統括した記載がされている箇所も,レボキセチンを念頭においたもの
と考えられるから,引用例8において,ノルエピネフリン再取込み阻害剤
としてレボキセチンを選択することに困難があるということはできない。
また,原告の上記主張をレボキセチンにおける(S,S)エナンチオマ
ーの選択が困難であることをいうものと解したとしても,前記(2)ウのと
おり(S,S)−レボキセチンについて選択性が高いことを想定して副,
作用の発現の程度について検討することに困難があるとは認められない以
上,このことが疼痛症候群の治療等に利用することの動機付けを左右する
ものではない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(4)原告は,選択性,セロトニン再取込み部位に対する親和性及び主要なセロ
トニン症候群に関する審決の認定判断に誤りがあると主張するところ,同主
張は要するに,引用例3,7,8にはラセミレボキセチンが選択的ノルエピ
ネフリン再取込み阻害剤であることや,高いセロトニン/ノルエピネフリン
再取込み阻害選択性を有する点は記載されているが,本願明細書に開示され
た(S,S)−レボキセチンのK値から把握できる高い阻害選択性まではi
記載されていないから,これらの引用例の記載から本願補正発明1を容易に
想到することはできないというものである。
この点,本願明細書(甲5)には「…本発明の一つの具体例は,…該組,
成物は,少なくとも約5000,好ましくは少なくとも約10000,およ
び,より好ましくは少なくとも約12000のセロトニン(K)/ノルエi
ピネフリン(K)の薬理学的選択性を有する化合物を含む(段落【00i。」
19,同旨段落【0020】∼【0022【0030】∼【0032)】】,】
とか「…セロトニン対ノルエピネフリンの選択性は(ラセミ体に対する),,
81から光学的に純粋な(S,S)レボキセチンに対する12,770まで
。」(【】),,(,増大する…段落0072などとしてレボキセチン中でもS
S)−レボキセチンのセロトニン/ノルエピネフリン再取込み阻害選択性に
,,ついてK値に基づき表示するところがみられるのに対し前記(2)のとおりi
引用例3,7,8には,ラセミレボキセチンが選択的ノルエピネフリン再取
込み阻害剤であることや,高いセロトニン/ノルエピネフリン再取込み阻害
選択性を有する点は記載されているものの,その阻害選択性をK値で表すi
ところがない。
,,しかし前記本願補正発明1に係る請求項の記載内容から明らかなとおり
本件においては,前記相違点に係る「ノルエピネフリン再取込みの選択的阻
害は望まれるが,セロトニン再取込みの阻害は望まれない」疾患に対して引
用発明の医薬組成物を用いることが容易想到であるか否かが問題とされてい
るのであり,その容易想到性を導くためには,レボキセチンについて定性的
な意味においての選択性があればよいのであって,原告が主張するようなレ
ベルでの選択性が具体的数値に基づき開示されていることは必要ないといわ
ざるを得ないし,本願補正発明1の内容をこのような具体的なK値で表さi
れた阻害選択性を有するものと把握することは,請求項の記載を超えて本願
補正発明1の意義を把握するものといわざるを得ない(なお,本願補正発明
1において「ノルエピネフリン再取込みの選択的阻害は望まれるが,セロ,
トニン再取込みの阻害は望まれない」との構成は,その後に続く慢性疼痛と
いう疾患の性質を表すものと理解することはできるが,それを超えて本願補
正発明1の構成を限定するものと理解することはできない。そして,引用)
例3,7,8の記載から上記容易想到性を肯定できることは,前記(2)のと
おりである。
また,以上のことは,原告の主張するような,ラセミレボキセチンのセロ
トニン/ノルエピネフリン再取込み部位に対する親和性の指標となるK値i
が約134であるのに対し,先行技術の薬剤であるオキサプロチリン,デシ
プラミン,マプロチリンのセロトニン/ノルエピネフリン再取込み部位に対
する親和性の指標となるK値がそれぞれ約4166,約377,約466i
であることや,前出甲15文献においてラセミレボキセチンがセロトニン再
取込み部位に対しある程度親和性を有する旨の記載があること等を考慮に入
,。れたとしても同様であってこれにより前記認定が左右されるものではない
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(5)原告は,引用発明の医薬組成物の用途を「ノルエピネフリン再取込みの,
選択的阻害は望まれるが,セロトニン再取込みの阻害は望まれない慢性疼痛
の治療または予防のための」ものとすることは,当業者が容易に想到し得る
ことであるとした審決の判断が誤りである旨主張するが,これが誤りでない
ことは前記のとおりである。原告の上記主張は,具体的なK値から把握でi
きるセロトニン/ノルエピネフリン再取込み阻害選択性等に基づき審決の容
易想到性の判断を論難するものであるが,これが採用できないことも前記の
とおりである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
4取消事由2(作用効果に関する判断の誤り)について
(1)原告は(S,S)−レボキセチンは主要なセロトニン症候群を引き起こ,
さないと容易に予想し得るから,これを有効成分とする本願補正発明1にお
いて,セロトニン再取込み阻害により引き起こされる副作用を生ぜしめる可
能性が低いことも当業者が容易に予想し得るとした審決の判断が誤りである
旨主張するが,原告の上記主張は,具体的なK値から把握できるセロトニi
ン/ノルエピネフリン再取込み阻害選択性等に基づき審決の容易想到性の判
,。断を論難するものであってこれが採用できないことは前記のとおりである
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(2)アまた原告は,本願明細書には本願補正発明1の効果等が記載されている
にもかかわらず,これが記載されていないとした審決の判断は誤りである
旨主張するので,以下この点について検討する。
イ本願補正発明1の効果等が記載されていると原告が指摘する本願明細書
(甲5)の記載は,次のとおりである。
・「他の抗うつ剤はノルエピネフリンの再取込みを阻害する高い薬理学的選択性を
有していることが報告されている。例えば,オキサプロチリンは,約4166のセ
ロトニン再取込みに対するノルエピネフリン再取込みについての薬理学的選択性を
有し,それはK値に基づく。デシプラミンの対応する薬理学的選択性は約377i
。,,およびマプロチリンのそれは約446である…オキサプロチリンデシプラミン
およびマプロチリンの比較的高い選択性にもかかわらず,これらおよび他の知られ
た物質は,他の神経伝達物質の受容体を,それらも不都合な副作用に寄与する程度
にまで,望ましくなく遮断する(段落【0017)。」】
・「本発明の方法および組成物は,ノルエピネフリンの再取込みの阻害が利益を与
えるヒト状態を治療するのに有用である,…より詳しくは,本発明の組成物の投与
は,限定されないが,…慢性疼痛,…を含むさまざまなヒト状態を治療するのに有
用である(段落【0040)。」】
・「実施例この実施例は,本発明による組成物の優れた薬理学的選択性および効
力を論証する。より詳しくは,この実施例は(S,S)レボキセチンの優れた薬理
学的選択性および効力を,その(R,R)立体異性体およびラセミレボキセチンと
比較して論証する(段落【0065)。」】
・「約250ないし約300グラムのスプラーギュ−ドーリーラットの首を切り,
即座に大脳皮質を取り出した。大脳皮質は,回転乳棒を用いて,各々0.32モラ
ー(M)のスクロースを含有する9体積の培地に均質化した。得られたホモジネー
トを約1000×gにて約10分間約4℃にて遠心した上清を収集し約20,,。,
000×gにて約20分間,約4℃の温度にて,さらに遠心した。遠心ステップか
ら得られたタンパク質ペレットをクレブス−Hepesバッファーに再懸濁させ
て,約2mg/mlのタンパク質濃度のバッファーにした。該バッファーは約7.
0のpHに維持し:20mMHepes;4.16mMNaHCO3;0.44
mMKH2PO4;0.63mMNaH2PO4;127mMNaCl;5.
36mMKCl;1.26mMCaCl2;および0.98mMMgCl2を
含有させた(段落【0066)。」】
・「タンパク質/バッファー懸濁液を166本のアッセイチューブに入れて約30
μg(10−6グラム)ないし約150μgのタンパク質が166本のアッセイチ
ューブ(すなわち,トランスポータアッセイあたり80のアッセイ)に添加される
ようにした。セロトニンおよびノルエピネフリン再取込み部位への結合は以下のよ
うに決定した。3H−ノルエピネフリンのシナプトソームの再取込みは以下のよう
に決定した。約1.4ナノモラーの[3H]シタロプラムおよび約1.9nMの[
3H]ニソキセチンを用いて,それぞれ,セロトニンおよびノルエピネフリン再取
込み部位を標識した。非特異的結合は(セロトニンに対して)100ミクロモラ,
ー(μM)のフルオキセチンおよび(ノルエピネフリンに対して)10μMのデシ
プラミンにより規定した。約500ミクロリッター(μl)の全アッセイ体積のイ
ンキュベーションを(セロトニンに対して)約60分間および(ノルエピネフリン
に対して)120分間行った。両方のインキュベーションを約25℃にて行い,3
×5mlの氷冷200mMトリス−HClpH70中でGFBフィルター約,.(
4時間の約0.5PEIへの予備浸漬)を通過させる48ウェル細胞ハーベスター
での急速濾過によって終了させた。パンチアウトフィルターを7mlバイアルに入
れ,液体シンチレーション計数により放射能アッセイした(段落【0067)。」】
・「レボキセチン(すなわち(R,R)および(S,S)レボキセチンのラセミ混,
合物(R,R)レボキセチンおよび(S,S)レボキセチンのノルエピネフリンお),
よびセロトニン再取込み部位へ結合する能力は,2つの放射性リガンド[3H],
[]。シタロプラムおよび3Hニソキセチンを用いた結合アッセイにおいて評価した
該2つの再取込み部位にて特異的結合の50%を阻害するのに必要な試験化合物の
濃度(IC50値)を非線形最小自乗回帰解析により決定した。IC50値のKi
値への変換は下に示すCheng-Prassoff式を用いて行った(段落【0068)。」】
・「数1】【
(段落【0069)」】
「式中[L]はnMを用いる放射性リガンドの濃度,およびKdはnMでのL[,
の結合親和性である[Y.C.ChengandW.H.Prusoff,"RelationshipBetweenthe。]
InhibitoryConstant(Ki)andtheConcentrationofInhibitorWhichCauses50%
Inhibition(IC50)ofanEnzymaticReaction,"BiochemicalPharmacology,vol.
22,pp.3099-3108(1973)]を参照せよ(段落【0070)。」】
「Cheng-Prassoff式に準じて算出されたKi値を以下の表に示す:【表1】
(段落【0071)」】
・「…特に,セロトニン対ノルエピネフリンの選択性は(ラセミ体に対する)8,
1から光学的に純粋な(SS)レボキセチンに対する12770まで増大する。,,
したがって,治療用量の(SS)レボキセチンの投与は,効果的にノルエピネフ,
リンの再取込みを阻害するが,セロトニン再取込みは本質的に影響されない。同様
に,ノルエピネフリン再取込み部位と他の受容体との作用の間での分離にさらなる
増加がある。結果として,セロトニン再取込みの阻害および他の受容体にてのブロ
ックに関連する不都合な副作用は明らかにされていない(段落【0072)。」】
ウ以上によれば,本願明細書には(S,S)−レボキセチンのK値の算,i
出方法やその具体的な測定結果が具体的数値により記載されていることが
認められる。このような明細書の記載からは,セロトニンの再取込み阻害
,,,(,に比べてノルエピネフリン再取込み阻害の効果が高いことつまりS
S)−レボキセチンがラセミレボキセチン及び(R,R)−レボキセチン
に比べて選択性が高いこと,その結果,セロトニン再取込み部位を阻害す
ることにより生じていた症状が軽減されるであろうという一般的な傾向は
把握することができ,その意味で,K値比が高いことから本願補正発明i
1の医薬組成物が治療上有用なものである可能性があることは理解できる
のであるが,このような可能性は引用例3において既に示された知見であ
,(,って本願補正発明1の進歩性を肯定する根拠となるものではないなお
本願明細書〔甲5〕に「立体化学純度は,医薬の分野では重要であり,,
そこでは,最も頻繁に処方される薬物の多くがキラリティーを示す。例え
,,ばβ−アドレナリン遮断剤のL−鏡像異性体であるプロプラノロールは
そのD−鏡像異性体よりも100倍効力があることが知られている。さら
に,光学純度は医薬薬物分野においては重要である。なぜならば,ある種
の異性体は,有利な又は不活性な効果よりもむしろ有害な効果を与えるか
らである。例えば,サリドマイドのD−鏡像異性体は,妊娠中のつわりの
制御のために処方された場合,安全で有効な鎮静剤であるが,一方,その
対応するL−鏡像異性体は強力な催奇形物質であると信じられている」。
〔段落【0013〕と記載されているように,光学異性体が異なること】
,。)。で効果が大きく異なること自体本願明細書が前提とするところである
そして,以上を超えて,K値比の差がどのように薬理効果又は副作用i
の違いとして反映されるかは本願明細書の記載上から明らかではなく,慢
性疼痛の治療に有効な投与量において,主要なセロトニン症候群のうちの
どの症状がどの程度低減されたかを具体的に確認する記載があるのであれ
ばともかく,K値比の差がそのまま薬理効果又は副作用の差を示すものi
として評価できるものとまでは認められないから,このような本願明細書
の記載を前提としては(S,S)−レボキセチンが,主要なセロトニン,
症候群を引き起こさない点で顕著な効果を奏するということはできない。
したがって,原告の主張は採用することができない。
(3)また原告は,本願補正発明1の効果は,甲17及び甲18の宣誓供述書
により確認することができると主張する。
しかし,甲17及び甲18宣誓供述書は,いずれも本願の出願後(甲1
7は2002年〔平成14年〕3月22日付け,甲18は2005年〔平
成17年〕9月23日付け)で作成されたものであって,直ちにこれを本
願補正発明1の効果として参酌できるものではない。
,,,また原告が指摘する効果に関する記載を見ても甲17宣誓供述書は
「本書に添付した表Ⅰと表Ⅱは,それぞれ様々なモノアミントランスポー
ターや受容体に対する化合物の阻害定数,およびセロトニントランスポー
ターに対するノルエピネフリントランスポーターに関する選択性を示す。
…(甲17の抄訳1頁4行∼6行)として,様々なモノアミントランスポ」
ーターと受容体部位に対する化合物の阻害定数が記載されているのみであ
り(S,S)−レボキセチンの慢性疼痛に対する有効性に関して本願明細,
書に記載された以上の情報を提供するものではない。
,,,,また甲18宣誓供述書についても原告はその表1の記載において
(S,S)−レボキセチン投与群における頻脈や動悸の発現率がラセミレ
ボキセチンに比べて低いことから,頻脈の背景発現率が年齢と共に上昇す
ることなどを考慮すると,予期せぬ顕著な効果といえると主張するのであ
るが,表1に記載された有害事象のいずれが主要なセロトニン症候群に該
当し,かつ,その発現頻度がどの程度であれば主要なセロトニン症候群を
引き起こさないと評価できるのかは不明であって,表1の(S,S)−レ
ボキセチン投与の実験結果のみでは,本願補正発明1が主要なセロトニン
症候群を引き起こさない効果を有し,かつ,それが当業者が予期できない
顕著なものであると評価することはできないというべきである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
5結論
以上によれば,原告主張の取消事由はすべて理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官森義之
裁判官澁谷勝海

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