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○検察官による予備的訴因の追加が違法ではないとされた事例
判決 平成13年10月4日 仙台高等裁判所 平成13年(う)第81号
 覚せい剤取締法違反(予備的訴因 国際的な協力の下に規制薬物に係る
不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法
等の特例等に関する法律違反)被告事件
(原審 仙台地方裁判所石巻支部平成12年(わ)第41号・平成13年4月
    18日判決)
主       文
本件控訴を棄却する。
理       由
第1 本件控訴の趣意は,弁護人照井克洋が提出した控訴趣意書に記載のとお
りであるから,これを引用する。
 控訴趣意の第1は,判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令
違反の主張であり,要するに,被告人は当初覚せい剤所持の事実で起訴さ
れ,被告人及び弁護人は,その所持にかかる物が覚せい剤であることを争
い,原審の審理では所持にかかる物が覚せい剤であるか否かに焦点が合わ
されて攻防が行われ,論告及び弁論も終えて結審したところ,検察官は,
訴因追加のため突如弁論の再開を申し立て,弁護人は反対したが,弁論再
開決定がなされ,新たな公判期日で検察官から,国際的な協力の下に規制
薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神
薬取締法等の特例等に関する法律(以下「麻薬等特例法」という。)違反の
予備的訴因の追加請求があり,弁護人は不適法であるとの意見を述べたが,
原裁判所は,予備的訴因の追加を許可し,その上で,当初の覚せい剤取締
法違反の訴因については証明なしとして無罪としたが,予備的訴因の事実
を認めて被告人を有罪としたものであるが,①最初の結審前の審理は,被
告人の所持にかかる物が覚せい剤であるか否かを唯一の争点とし,専らそ
れについて攻防がなされたのであるが,検察官の予備的訴因の追加請求は,
被告人側のそれまでの訴訟活動を無にし,かつ,それまでの審理経過から
予想もできなかった虚をつく不意打ちであること,②被告人側の防御活動
が功を奏して,無罪の確信が得られ,しかも一旦結審した後に,検察官の
予備的訴因の追加請求がなされたものであること,③被告人の所持にかか
る物が覚せい剤ではないことが当初から判明していた場合でも,なおかつ
麻薬等特例法違反の事実で起訴されたかは極めて疑わしく,現に,被告人
の所持にかかる物を被告人に譲渡したとされるAは,その譲渡の事実につ
いて嫌疑不十分で不起訴処分となっていること,④追加請求にかかる予備
的訴因の麻薬等特例法違反の事実は,当初の訴因である覚せい剤取締法違
反の事実が成立しないとき,当然成立する関係にあるものではないので,
そうした構成要件あるいは犯罪事実の差異は,被告人側の防御活動に重大
な影響を及ぼすものであることからして,検察官の予備的訴因の追加請求
は,時間的限界を超え,権利の乱用として許されるべきではなく,したが
って同予備的訴因の追加を許可した原裁判所の決定は違法であり,その違
法は判決に影響を及ぼすことが明らかである,というのである。
 控訴趣意の第2は,事実誤認の主張であり,要するに,麻薬等特例法8
条2項にいう「規制薬物として」とは,単に行為者が薬物その他の物品を
規制薬物であると主観的に認識しているだけでは足りず,客観的にも規制
薬物であると認識しうる状況下にあることを要求する趣旨であるところ,
本件においては,被告人が当該物を客観的にも規制薬物であると認識しう
る状況の下で所持していたことの立証がなされておらず,当該物の入手経
過の認定資料としては被告人の捜査段階における供述調書が存するのみで,
その真実性を担保するに足る補強証拠がないにもかかわらず,麻薬等特例
法8条2項違反の罪となるべき事実を認定した原判決には事実誤認がある,
というのである。
控訴趣意の第3は,量刑不当の主張であり,要するに,仮に被告人が有
罪とされる場合であっても,被告人は現在前刑の執行猶予期間中であると
ころ,本件により約10か月もの長期間身柄拘束を受けており,しかもそ
の身柄拘束は実質的には無罪とされた覚せい剤取締法違反の事実の審理に
費やされたもので,こうした理不尽にも被告人が被った不利益を実質的に
回復させるためには,再度の執行猶予にすべきであるから,被告人を懲役
6か月の実刑に処した原判決の量刑は重すぎて不当である,というのであ
る。
第2 そこで,記録を調査し,当審における事実取調べの結果も併せて検討す
る。
1 控訴趣意第1の訴訟手続の法令違反の主張について
(1) 検察官による訴因変更(予備的訴因の追加を含む。)は,公訴事実の同
一性を害しない限り許される(刑訴法312条1項)。しかし,その訴因
変更が,被告人側に回復し難い防御活動の不利益を与える場合,変更し
ようとする訴因による処罰については,既に検察官が実質的に放棄した
と認められる場合,迅速な裁判の要請に反する場合などについて,許さ
れないことがあると解されるところ,具体的な訴因変更が許されない場
合に当たるか否かは,当該事件の訴訟の経過等を踏まえて判断すべきで
ある。
(2) そこで,原審の審理経過を見ると,被告人は,平成12年7月7日に
覚せい剤を所持していたとの覚せい剤取締法違反の事実(以下,主位的
訴因という。)で起訴され,同年8月30日の第1回公判において,被告
人及び弁護人は所持にかかる物が覚せい剤であることを争ったので,そ
の点を争点として,以後第2回公判から第5回公判まで証拠調べ等が行
われ,同年12月27日の第6回公判において,論告及び弁論がなされ
て結審したところ,検察官から予備的訴因の追加請求を前提に弁論再開
の請求がなされ,弁護人は,予備的訴因の追加請求は不適法であること
を理由に,弁論再開に反対したが,原裁判所は弁論再開を決定し,平成
13年2月14日の第7回公判において,検察官が,覚せい剤様の結晶
を覚せい剤として所持したとの麻薬等特例法違反の事実を予備的訴因(
以下,予備的訴因という。)として追加請求し,それに対し弁護人が上
記と同様不適法であるとの意見を述べたが,裁判所は予備的訴因の追加
を許可し,同年3月9日の第8回公判及び同月28日の第9回公判にお
いて,弁護人の請求にかかる予備的訴因に関する証拠調べが行われた上,
第9回公判において改めて予備的訴因に関する論告及び弁論がなされて
結審し,同年4月18日原判決が言い渡されたものである。
 さらに,主位的訴因に関する原審での検察官の立証状況及びそれを踏
まえた主張を見ると,記録上認められるそれら立証状況及び主張は,原
判決が(覚せい剤取締法違反についての判断)において,主位的訴因に
関する検察官の立証の結果から認定できる事実として列記し,また,検
察官の主張として掲記するとおりであるが,その検察官の立証状況及び
主張にかんがみると,検察官は,主位的訴因において被告人が所持して
いたとされている物(以下,本件物という。)が,押収されておらず証
拠物として存在しないことから,本件物自体によって直接覚せい剤であ
ることを証明できないため,本件物を入手しようとした動機・理由,その
入手するに至る経過,本件物の形状及びそれを舐めた際の状況,本件物
の使用状況,本件物を摂取した共犯者である妻の心身の状況及びその尿
からの覚せい剤の検出などの情況事実を立証することにより,本件物が
覚せい剤であることの証明は可能であると判断し,主位的訴因でもって
起訴をするとともに,原審においてはその立証方針に沿って立証活動を
行ったものと認められる。
(3) そこで,上記のような原審での審理経過並びに検察官の立証状況及び
主張を前提に検討すると,検察官の上記のような立証方針及びそれに沿
った立証活動は,原裁判所も原判決で認めているように,十分に根拠が
あり,主位的訴因の立証として無理なものとはいえなかったと認められ
るのであるから,予備的訴因の追加請求前の最初の結審段階において,
すでに主位的訴因について客観的に無罪が確実といえるような状況にあ
ったものではなく(なお,原判決が主位的訴因について無罪としたのは,
本件物を摂取した共犯者である妻の尿から覚せい剤が検出されていると
しても,同じく摂取した被告人及び他1人の尿からは検出されておらず,
妻も本件物を摂取する前に覚せい剤と認められる物を摂取していること
から,本件物によって覚せい剤が検出されたと断定することはできない
ことを理由とするのである。),ましてや一審段階にあるのであるから,
検察官の本件予備的訴因の追加請求が一旦結審後になされたとしても,
それは被告人側の防御に不意打ちを与えるものではないといえる。また,
原審の審理経過において,予備的訴因にかかる罪名等について釈明等に
より言及されたりすることがなく,また,後に指摘するような被告人に
ついての情状からして,所論が言うように予備的訴因であるならば当初
から起訴はしなかった可能性が高いとは言い難いなど,検察官において
予備的訴因による訴追を実質的に放棄したと見られる状況も存しないの
で,この点でも,被告人側に不意打ちを与えるものではないといえる。
 また,予備的訴因の麻薬等特例法違反の罪(法定刑は2年以下の懲役
または30万円以下の罰金)が,主位的訴因の覚せい剤取締法違反の罪
(法定刑は10年以下の懲役)より軽い罪であり,主位的訴因について
のそれまでの防御活動が予備的訴因に対する防御活動としても意味があ
り,かつ,予備的訴因に対して特段困難な防御活動を必要としなかった
のであるから,本件予備的訴因の追加が,被告人側のそれまでの防御活
動を無にし,新たな防御活動でまかないきれない不利益を与えるもので
はないといえる。さらに,原審での上記審理経過及びその審理期間に照
らしても,本件予備的訴因の追加が,迅速な裁判の要請に反するもので
はない。
 なお,本件物を被告人に譲渡したとされるAは,その譲渡にかかる覚
せい剤取締法違反の罪について,嫌疑不十分として不起訴処分とされて
いることが認められるが,当審での事実取調べの結果,同人は同時期に
別件の窃盗罪で起訴されて有罪判決を受けていることが認められ,検察
官は,本件物の譲渡に関する情状等に鑑み,別件窃盗罪で訴追し処罰を
求めれば,刑事政策としてはそれで足りるとの判断から,例え別途麻薬
等特例法違反の罪の適用が考えられたとしても,同罪で起訴するまでの
必要性を認めなかったものとも推測されるので,同人の場合との比較か
ら,直ちに被告人についても麻薬等特例法違反の予備的訴因ならば起訴
しなかったであろうとはいえない。
 そうすると,本件予備的訴因の追加は,被告人側に回復し難い防御活
動の不利益を与え,あるいは検察官において実質的に処罰を放棄したと
認められる状況に反し,または迅速裁判の要請に反するもので,不適法
ないし違法とはいえないので,これを許可した原審の措置にも訴訟手続
の法令違反はない。論旨は理由がない。
 2 控訴趣意第2の事実誤認の主張について
 麻薬等特例法違反の罪が成立するのは,単に行為者が主観的に規制薬物
と認識していただけでは足りず,一般的に規制薬物であると信じるに足り
る客観的状況が存することが必要である旨いうが,原判決が判断するとお
り,被告人は,それまで覚せい剤を使用したことはなかったが,Aに覚せ
い剤というものを注射してもらうなどして,同人が覚せい剤を入手できる
ものと思い,その入手方を依頼し,同人からビニール袋に入った覚せい剤
の一般的な形状である氷砂糖を砕いたような白い粉のものを示され,その
一部を,覚せい剤の一般的な使用方法である水に溶かして注射する方法で
使用し,更にそのうちの一部を代金5000円で譲り受けたものであって,
被告人による本件規制薬物の所持が行われるについては,一般的に規制薬
物であると認識し得るに足る客観的状況が存したことは明らかである。ま
た,その規制薬物の入手経過等に関する被告人の捜査官に対する供述調書
について,その真実性を担保する補強証拠が存することは,原判決が判断
しているとおりである。
したがって,原判決に事実誤認はなく,論旨は理由がない。
 3 控訴趣意第3の量刑不当の主張について
 本件は,被告人が妻と共謀の上,薬物様の物を覚せい剤であるとの認識
の下に所持したという事案であるが,興味本位に覚せい剤を使用してみよ
うと思い,覚せい剤様の物を入手したものであり,平成8年3月にシンナ
ー吸引で保護観察に付された前歴があることをも考えると,被告人には薬
物に対する親和性が認められる。その上,被告人は,平成9年6月30日
に傷害罪で罰金刑に,平成11年10月22日に窃盗罪により懲役1年,
執行猶予3年に処せられながら,その執行猶予期間中に本件を犯したもの
であり,その規範意識の希薄さがうかがわれ,被告人の刑事責任は軽視で
きない。なお,主位的訴因である覚せい剤取締法違反の事実が,審理の結
果実質的に無罪とされたからといって,その審理に必要であった期間の身
柄拘束が理由のないものであったとはいえない。
 そうすると,被告人は未だ薬物に対する顕著な依存性,常習性を有する
には至っていないこと,被告人は本件を反省し,現在就職をしてまじめに
稼働しており,雇用主が被告人の指導監督を誓約していること,被告人は
本件で実刑を科されると前刑の執行猶予が取り消され,服役することとな
ることなど,被告人にとって酌むべき事情を考慮しても,被告人を懲役6
か月の実刑に処した原判決の量刑が重すぎるとはいえない。論旨は理由が
ない。
第3 よって,控訴趣意はいずれも理由がないから,刑訴法396条により本
件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。
平成13年10月4日
仙台高等裁判所第1刑事部
裁判長裁判官   松   浦       繁
   裁判官   春   名   郁   子
裁判官卯木誠は海外出張のため署名押印することができない。
裁判長裁判官   松   浦       繁

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