弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主         文
1 被告は,原告に対し,50万円及びこれに対する平成15年1月22日から支払済
みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを10分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とす
る。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
        事実及び理由
第1 請求
  被告は,原告に対し,523万円及びこれに対する平成15年1月22日から支払済
みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,被告の従業員から浮気調査の対象とされた原告が,違法な行為によって
損害を受けたとして,民法715条に基づき,損害賠償を請求した事案である。
2 前提事実(争いがないか,証拠上明白な事実)
 被告は,平成14年12月頃,Aから,当時Aの夫であったBの浮気調査の依頼を
受け,被告の従業員をして,平成15年1月11日から同月18日まで,Bの浮気調
査を行わせ,その結果,原告の個人情報が記載され,原告がBから経済的援助を
受けているかの如くに窺われる報告書(甲4・以下「本件報告書」という。)を作成し
た。
 3 争点
(1) 被告の従業員は,上記浮気調査及び本件報告書の作成に当たり,以下のとお
り各種の違法行為を行ったか。
(2) 原告の損害額
 4 争点に関する原告の主張
(1) 違法行為について
 ア 郵便物の盗取
     被告の従業員は,平成15年1月12日頃から同月18日頃の間に,原告の居住
するマンション「a」(以下「本件マンション」という。)前に設置された原告居室用
の郵便ポスト(以下「本件ポスト」という。)内から,本件ポストに投函された原
告宛の携帯電話料金請求書,原告が支払を行っていた電気・ガス・水道等の
公共料金の請求書を盗み出した。
イ プライバシー侵害
    (ア) 被告の従業員は,平成15年1月12日頃から同月22日頃の間に,原告宛
の携帯電話料金請求書を原告に無断で開封するなどして,同請求書の記
載から,原告の氏名,原告の使用していた携帯電話の機種,原告の通話
先に東北地方が多いことなどの原告の個人情報を不当に入手して,原告
のプライバシーを侵害した。
 (イ) 被告は,平成15年1月12日頃から同月18日頃の間に,本件マンション2階
のエレベーター脇にヴィデオカメラを設置し,原告の居室に出入りする人物
や原告の容貌を無断で撮影し,原告のプライバシーを侵害した。
(ウ) 被告は,平成15年1月12日午前1時頃,赤外線ヴィデオカメラで原告
の居室内を撮影しようとして,原告のプライバシーを侵害した。
   ウ 虚偽報告
     被告は,本件報告書に,第二対象者(原告の意味。)の生活状況について,「第
二対象者の出入りが見受けられない」「第二対象者は同室に於いてテレビを
視聴していると判断される」というような第二対象者が平日も本件マンションに
在室しているかの如き記載をし,「第二対象者の勤務している様子はなかっ
た」と虚偽の事実を記載した。
  (2) 損害について
   ア 原告は,被告が原告の居住していたマンションに侵入し,原告の居室近くにヴィ
デオカメラを設置して盗撮していたことや,原告宛の郵便物が抜き取られてい
たことを知り,上記マンションに住み続けることが怖くなり,まだ賃貸借契約期
間中であったにもかかわらず,上記マンションを引っ越すほどの精神的苦痛を
被った。
     原告は,本件報告書の記載を鵜呑みにしたAの代理人弁護士から「原告は勤務
しておらず,Bから経済的援助を受けている」などと,一方的に決め付けられ,
精神的苦痛を被った。
     上記の原告の精神的苦痛を慰謝するには500万円が相当である。
   イ Aは,本件報告書をBと原告との不倫を裏付ける証拠であるとして,平成15年6
月21日,Aを原告,本件原告を被告とする500万円の慰謝料を求める訴訟
を提起し,原告は,その応訴のために弁護士費用23万円を支払った。
 5 争点に関する被告の主張
(1) 違法行為について
 ア 郵便物の盗取
   否認する。
 イ プライバシー侵害
    (ア) 被告が原告の個人情報を得たのは,Aから,Bがよく電話をかけているという
電話番号の情報提供を受けて,被告の従業員Cが調査会社に調査を外注
したことによる。この調査の結果判明したのは,請求書の送付先が本件マ
ンションであること,携帯電話会社がJ-フォンであること,契約者が原告で
あり,契約の住所地が東北になっていたということである。被告は原告の通
話履歴など取得していないし,本件報告書の「第二対象者は東北とつなが
っている」という記載は,住所地から原告が東北と関連があるという趣旨に
過ぎない。
    (イ)被告の従業員Dが,本件マンション2階のエレベーター脇部分にヴィデオカメ
ラを設置し,廊下部分を撮影したことは認める。
(ウ)撮影対象が不鮮明であり,この程度の内容では,プライバシーの侵害にまで
至らない。
  なお,撮影は,普通のヴィデオカメラである。
ウ 虚偽報告
     本件報告書の記載内容は認める。しかし虚偽であることは否認する。被告は,
調査の結果判明したことを記載したに過ぎない。
(2) 損害について
いずれも因果関係を否認する。
第3 判断
 1 事実認定
証拠(甲22,乙9,10,証人C,同D,原告)及び文中掲記の証拠によれば,以
下の事実が認められる。
(1) Aが,当時の夫であったBの浮気調査の相談のため,被告の事務所を訪れた
のは,平成14年12月28日である。被告の従業員であったCが応対し,その
際,Aは,Bの浮気相手の旦那と称する男性から電話があったこと,相手の女性
は宮城県の女性であるらしいことを話し,平成15年1月11日,正式に被告に対
し,Bの調査を依頼した。この時,Aは,Bが頻繁にかけている携帯電話の番号
と,Bが不動産を賃借した際の不動産仲介業者の担当者の名刺と振込内容を写
した写真を持参した。
(2) 被告においては,Bの尾行調査はDが担当し,電話番号からの調査はCが担
当した。
(3) Cは,電話番号専門の調査業者(乙1ないし乙6参照)に依頼し,1週間ほどで
調査結果の回答がなされた。それによると,携帯電話会社がJ-フォン,契約者
名が原告,請求書の送付先が本件マンションb号室,契約書の住所地が宮城県
になっていた(甲4の35枚目,甲14)。
  また,Cは,本件マンションb号室の公共料金の支払名義人を調査するため,電
気,ガス,水道いずれかの会社等に電話をし,「本件マンションb号室の契約者
はBさんですね。」と問い合わせを行い,確認を取った。
(4) 一方,Dは,平成15年1月11日午後6時30分から尾行を開始し,同日午後1
1時39分,Bが本件マンションに入ったことが確認されたものの,部屋番号まで
は特定できなかった(甲4の11枚目)。同月12日,午後10時51分,Bと原告が
本件マンションのb号室に入るのが確認できた(甲4の16枚目)。そこでDは,同
月17日,本件マンション2階の配電盤(甲6の2)上にヴィデオカメラを遠隔操作
で撮影できるように設置させ,2日間にわたり,原告の居室であるb号室の出入
口を撮影した。これらの映像には,原告の居室に出入りするBや原告が写ってい
る(甲4の29枚目,30枚目,32枚目ないし34枚目)。Dの尾行調査は,同月1
9日午前2時40分まで行われた(甲4の34枚目)。
(5) Cは,自己やDの上記調査結果を踏まえ,Bは,本件マンションb号室で一人暮
らしをしている原告と密会していること,原告の携帯電話会社がJ-フォンである
こと,本件マンションb号室の公共料金の支払名義はB名義であること,原告が
東北とつながっていること,原告の勤務している様子はなかったこと,などとする
内容の本件報告書を同月22日付けで作成し(甲4の1枚目),Aに渡した。
(6) Aは,原告を相手方として,Bとの不貞行為を理由に500万円の損害賠償請求
訴訟を提起した(当庁平成15年(ワ)第1749号・甲20)。原告は,被告の調査
が違法であり,これに基づくAの訴訟の提起は言い掛かりであるなどとして,慰
藉料500万円を請求する反訴(当庁平成16年(ワ)第94号・甲20)を提起した
が,平成17年1月31日,原告とBが連帯して,Aに対し,解決金100万円の支
払義務を認め,これを毎月3万円宛支払うとの内容の和解をした(甲20)。原告
は,この分割金のうち,1万円を毎月支払っている。
(7) なお,現在,原告は,Bと同居している。
 2 検討
  (1) 郵便物の盗取について
   ア 被告の従業員が,平成15年1月12日頃から同月18日頃の間に,本件マンシ
ョン前に設置された原告居室用の本件ポスト内から,本件ポストに投函された
原告宛の携帯電話料金請求書,原告が支払を行っていた電気・ガス・水道等
の公共料金の請求書を盗み出したとの事実を認めるに足りる的確な証拠は
ない。
   イ 原告は,被告の従業員が郵便物を盗取したことの裏付けとして,本件ポストの
鍵が壊され(甲6の28,甲13の1ないし8),原告宛の郵便物が届かなかった
こと,本件報告書の記載内容が原告宛の郵便物から得られる情報と一致する
ことなどを挙げている。
     しかし,本件ポストの鍵が壊されたのに原告が気づいたのは,平成15年7月頃
であるというのであるから(甲22,原告),平成15年1月頃に鍵が壊されたと
の事実を認めることはできず,平成15年1月分のJ-フォンからの携帯電話
の請求書,大阪ガスの料金明細と振込用紙が原告に配達されなかった(甲2
2,原告)としても,前記認定事実からすると,被告は,別の方法で本件報告
書の記載内容に沿う情報を入手していたのであるから,原告の主張する事実
は,裏付けとはならない。
  (2) プライバシー侵害について
   ア 被告の従業員が,平成15年1月12日頃から同月22日頃の間に,原告宛の携
帯電話料金請求書を原告に無断で開封するなどして,同請求書の記載から,
原告の氏名,原告の使用していた携帯電話の機種,原告の通話先に東北地
方が多いことなどの原告の個人情報を不当に入手したといえないことは,前
示のとおりである。
   イ 上記認定事実によると,被告は,従業員をして,平成15年1月17日から同月1
9日までの3日間,本件マンション2階の配電盤の上にヴィデオカメラを設置
し,原告の居室に出入りする人物や原告の容貌を無断で撮影したことが認め
られる。
     これによって,原告のプライバシーが侵害されたことは明らかである。
   ウ 被告の従業員が,平成15年1月12日午前1時頃,赤外線ヴィデオカメラで原
告の居室内を撮影しようとして,原告のプライバシーを侵害したとの事実は,
認められない。
     原告は,本件報告書(甲4)の13枚目の上段の写真をその根拠とするが,この
写真自体からしても,その被写体がなんであるかはまったく不明である上,こ
れは,Dが,当時現場で張り込みをしていたことを裏付けるために近隣の風景
を撮影したというのであるから(証人D),原告のプライバシーが侵害されたと
は認められない。
  (3) 虚偽報告について
    被告が,本件報告書に,第二対象者(原告の意味。)の生活状況について,「第二
対象者の出入りが見受けられない」「第二対象者は同室に於いてテレビを視聴し
ていると判断される」というような第二対象者が平日も本件マンションに在室して
いるかの如き記載をし,「第二対象者の勤務している様子はなかった」と記載し
たことは,争いがない。
しかし,前記認定事実によると,被告は,DやCの調査結果に基づき前記のよ
うな記載を本件報告書に行ったものと認められ,虚偽であることを認識しながら
ことさら本件報告書に記載したものであるとまで認めることはできない。
したがって,本件報告書の記載内容が真実と異なっていた(甲17)としても,
これをもって被告の原告に対する不法行為と認めることはできない。
  (4) 損害について
    上記のとおり,ヴィデオカメラの設置によって,原告の居室に出入りする人物や原
告の容貌が無断で撮影され,原告のプライバシーが侵害されたことは明らかで
あるが,その期間は3日間であること,本件報告書の記載内容を前提にAが原
告に対して訴訟を提起したこと,その訴訟において,原告は,Aに対し100万円
を支払うことで和解したこと,その和解金の支払状況や現在,原告はBと同居し
ていること等を総合考慮すると,原告に対する慰藉料の額としては,50万円が
相当である。
なお,原告は,Aとの前記訴訟における弁護士費用23万円も損害である旨主
張するが,前記認定の被告の不法行為と相当因果関係があるとは認めがたい
ので,これを損害と認めることはできない。
第4 結論
 以上のとおりであるから,主文のとおり判決する。
     京都地方裁判所第1民事部
         裁判官 中 村  隆 次
 

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