弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を原裁判所に差し戻す。
         理    由
 本件控訴の趣意は、末尾に添附した、被告人竝に弁護人樫田忠美提出の別紙各控
訴趣意書記載の通りである。これに対し当裁判所は次の通り判断する。
 弁護人の控訴趣意第一点の(二)、について。
 窃盗罪の成立には被告人が他人の財物を不正に領得する意思を有することを要す
ることは所論の通りである。しこうして右の不正に領得する意思とは、権利者を排
除して他人の財物を自己の所有物としてその経済的方法に従いこれを利用又は処分
する意思をいうものと解すべきところ、原判決が判示第二事実の認定に引用した証
拠によると、被告人は原判示第二、の日時場所において東京都陸運事務所管理にか
かる自動車登録原簿一通を自己の住所氏名を明記した上これが閲覧申請手続をして
閲覧した後これを係員に返還し、係員がこれを机上の決裁箱に入れ置いて執務中の
隙に乗じこれを閲覧した部屋から持ち去り鑵に入れて他家に預けていたが、やがて
知人等に気付かれ騒がれたので約一週間後右自動車登録原簿一通を東京都陸運事務
所郵便受に入れて返還した事実を認めることができるけれども被告人が該自動車登
録原簿一通を右の不正に領得する意思を以て持ち去つたものと認めることができな
いのである。却つて原判決の判示第二、事実の認定に引用した証拠と当審の事実取
調における被告人の検察官に対する昭和二九年一〇月五日附供述調書によると、被
告人は該自動車登録原簿記載の自動車を被告人の斡旋によつて買受けたAがこれを
他に転売して多額の利益を得たにもかかわらず被告人に対して極めて僅少の謝礼を
したに過ぎなかつたので、前記のように自動車登録原簿を閲覧した際係員に対し、
右の自動車は移転登録か、新規登録のいづれかをする準備中であるから、その所有
名義を変更するようなことのないようにしてもらいたいと依頼したが、係員は陸運
事務所としては申請があれば受理しなければならないから、さような申出には応ぜ
られないと述べて拒絶したので、被告人は右の自動車の所有名義を変更することを
一時妨害してA及び買主等を困惑させるにはその登録原簿を持ち去り一時これを利
用することのできないようにする外ないと考えて、その登録原簿を持ち去つたもの
であることが認められるの<要旨>である。このように自動車登録原簿を一時利用す
ることのできない状態に置くためにその備付場所から持ち去つた場合には、
これについて毀棄罪の成立することあるは格別窃盗罪は不正に領得する意思を欠く
ことの故に成立しないものといわねばならない。従つて被告人が前記認定のような
意図の下に自動車登録原簿をその備付場所から持ち去つた所為を被告人がこれを窃
取したものと認定している原判決はこの点において事実を誤認したものであり、し
かもこの事実誤認は判決に影響を及ぼすことは勿論であるから論旨は理由がある。
 仍つて被告人の本件控訴の論旨に対する判断を俟つまでもなく理由があるから刑
事訴訟法第三九七条に依り原判決を破棄することとし、同法第四〇〇条本文に依り
本件を原裁判所に差し戻すこととする。
 仍て主文の通り判決する。
 (裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)

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