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平成15年4月22日判決言渡 平成10年(ワ)第10933号損害賠償請求事件
主文
  1 被告は,原告に対し,金880万円及びこれに対する平成8年2月8日から支払済み
まで年5分の割合による金員を支払え。
  2原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを5分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
  4 この判決は,第1項及び第3項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
   被告は,原告に対し,金5000万円及びこれに対する平成8年2月8日から支払済み
まで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,被告の経営する美容外科医院において陰茎の美容形成手術を受けた男性
が手術後陰茎に著しい瘢痕が残り,勃起不全になったと悩んで強度のうつ状態に陥り自殺
するに至ったため,その母親が原告となり,執刀医に過失があるなどと主張して,院長であ
る被告に対し,債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づいて,損害賠償を請求して
いる事案である。
1 争いのない事実等
以下の事実は,当事者間に争いがないか,後掲の証拠によって容易に認定することがで
きる事実である。
(1) 被告は,昭和59年に昭和大学医学部を卒業後,平成3年,A美容外科の東京本院を
開設し,平成7年当時,A美容外科には,東京本院のほかに横浜院などがあった(甲1,乙
4号証,被告本人尋問)。
B医師(以下「B医師」といい,被告と合わせて「被告ら」という。)は,筑波大学医学専門
学部を卒業後,杏林大学の形成外科に入局し,平成6年4月からA美容外科の医師を兼
務し始めた。B医師は,A美容外科に勤務するようになって,初めて長茎術や亀頭・陰茎増
大術(以下「増大術」という。)を習得した。平成7年5月当時は,決まった曜日に勤務すると
いう形でA美容外科に勤務しており,A美容外科の東京本院のほか,横浜院で診察するこ
ともあった(乙1号証,B証言)。
A美容外科は,雑誌などに,「ここまで進んでいるパワーアップ長茎増大術」「話題のドロ
ーアウト法脂肪注入法はこれだ!!」と題する広告を掲載していた。その内容は,長茎術
(ドローアウト法)に関しては,「異物を一切使用しないで,体内に埋もれているペニスを外
に引き出すことによって,平常時で約2~5センチ長くする方法」,「手術は約60分。費用は
40万円。」などというもので,増大術(脂肪注入法)に関しては,「切らずに自分の脂肪を亀
頭部に注入するため,拒絶反応を起こさず,カリ高のみならず亀頭全体が大きくなる。手術
は約30分,費用は35万円。陰茎増大術も同じく脂肪注入法で行われる。手術は30分。
費用は40万円。亀頭増大術とセットで60万円。痛みもなく,傷跡も目立たず,翌日からシ
ャワーも可能」
などというものであった(甲1号証)。
(2) C(以下「C」という。)は,昭和35年9月13日に出生し,昭和58年3月に大学を卒業し
た後,株式会社ホンダ二輪東京に勤務し,平成7年ころからは,物流部チーフを務めてい
た。
  Cは,就職後,肥満が進み,平成4年ころには,体重が140キログラムほどになり,慶
応義塾大学病院に入院し,食餌療法を受けるなどした結果,平成7年には体重は70キロ
グラムほどになり,下腹部の皮膚がたるむようになった。そのため,雑誌で上記記事を読
んでいたCは,平成7年2月20日に,A美容外科でB医師の診察を受け,腹部除脂術の相
談に加え,長茎術の相談をした。その後,Cは,同年4月10日,A美容外科において,D医
師の執刀で上唇の少し鼻寄りにあるホクロを除去する手術を受けた。なお,Cは,同年4月
12日に慶應義塾大学病院に入院し,同月14日に下腹部の余剰皮膚切除手術を受け,同
年5月9日に退院した。
  Cは,同月13日,A美容外科でB医師に,長茎術及び増大術の相談をした。その後,C
は,同月16日,O美容外科クリニックで,長茎術について相談した。
 Cは,その後,以下で認定のとおり,A美容外科で手術及び治療等を受けたが,「自殺の
原因はA美容外科によるペニスの手術です。」「A美容外科相手に私が出した100万円+
慰謝料を裁判をしてでも必らず取り上げて下さい。今後私のような者がない様にしてもらっ
て下さい。」などという内容の遺書を書き残し,結局,平成8年2月8日に自殺した。
  原告は,Cの実母であり,Cの唯一の相続人である(甲2,4,7,8,9,15,23,29,
乙1号証,B証言,原告本人尋問)。
(3) B医師は,平成7年5月25日,A美容外科に勤務しているE医師を補助者として,Cに
対し,以下の内容の陰茎を長くする長茎術及び亀頭と陰茎に脂肪を注入して亀頭を大き
く,陰茎を太くする増大術を施行した(以下両者を合わせて「本件基本手術」という。)。
 長茎術の内容は,Cの恥骨上縁から下へW形に切開を加えて恥骨骨膜上の皮下組織及
び脂肪組織を剥離した上で,恥骨骨膜と陰茎海綿体をつなぐ陰茎提靱帯及び陰茎ワナ靱
帯を剥離し,下縁近くまで解放して,陰茎海綿体を引き出し,空洞をなくすために,恥骨骨
膜と陰茎根部皮下組織をナイロン糸4本で縫合結紮し,皮膚を恥骨方向に引き寄せるよう
に縫合するというものであった。
  他方,増大術の内容は,Cの恥骨上と下腹部を中心に採取した脂肪組織を亀頭に合計
約20ミリリットル,陰茎の白膜上の筋膜には合計約21.5ミリリットル注入するというもの
であった。なお,本件では,B医師は,陰茎に対しては,基部(根元)の方から注入していっ
たところ,途中でCの陰茎に絞扼輪(皮膚が伸びにくくなっている部分)があることが判明し
たため,絞扼輪より末梢側,すなわち亀頭基部の方の陰茎には脂肪を注入しなかった(甲
4,乙1,3号証,B証言,被告本人尋問)。
(4) 被告は,平成7年6月8日,陰茎に痛みなどを訴えていたCを診察したところ,陰茎にリ
ンパ浮腫が生じていることを認め,Cの承諾を得た上で,その陰茎の絞扼輪付近の包皮を
直線状に切り(リニアカットないしストレートカット),その両側の皮膚を縫合する手術を施行
した(以下「絞扼輪解除手術」という。)(甲7,8,乙1,3,4号証,被告本人尋問)。
(5) B医師は,平成7年8月14日,A美容外科の横浜院において,Cを診察し,長茎術の
創部に認められた浸出液の原因を探るため,同部位を再切開したところ,①採脂部の左側
には死腔はなく,単なる炎症後の瘢痕である,②以前から認められた創部の硬結はその
瘢痕によるものである,③直前にCが疼痛を訴えるようになった右側は,深部に向かい死
腔があったものの,外側方向へは死腔は認められないと診断し,死腔にドレーンを2本挿
入し,創を緩やかに縫合した(以下「浸出液原因検索手術」という。)。
  同月20日,被告がドレーンを細い物に交換した。
 B医師は,同月24日,「気が付いたらドレーンが消失していた。1本は自分で抜去できた
が,もう1本は見当たらない。」と訴えていたCを診察し,長茎術の創部を再び開けてドレー
ンを探索し,これを見付け,除去した(以下「ドレーン探索手術」という。)(甲5,7,乙1,4
号証,B証言,被告本人尋問)。
(6) B医師は,平成7年10月15日,Cに対し,以下の手術を実施した(以下「瘢痕切除等
手術」という。)。
    B医師は,まず,長茎術の創部に生じた瘻孔を切除し,恥骨上の瘢痕組織を切除し
た。そして,長茎術創部の死腔を減ずるために,長茎術に準じて,恥骨骨膜と陰茎根部皮
下組織をナイロン糸4本で縫合結紮した上で,周囲の緊張を減ずるために,皮膚を脂肪層
から剥離してから,縫合した。その後,亀頭基部のリンパ浮腫に起因する瘢痕に対し,包
茎手術に準じたデザインを行なった。ただし,近位部には絞扼輪上にジグザグに切れ込み
を入れるデザインを施した(以下「三角皮弁法」という。)。そして,瘢痕を切除し,トリミング
を施しながら縫合した(甲7,乙1号証,B証言)。
(7) 平成7年12月16日,B医師は,勃起時の硬さが減じていることや勃起の持続時間
が減少していることなどを訴えていたCを診察し,東邦大学医学部附属大森病院の泌尿器
科特殊外来リプロダクションセンター(以下「東邦大」という。)に行き,診察を受けることを
勧め,同月25日付けで,東邦大のF教授あてに紹介状を書いた(甲5,乙1号証,B証
言)。
(8) 平成8年1月9日,A美容外科の看護婦が,Cに,ポケットベルで,同年4月17日に東
邦大の予約が入ったことを伝えた(乙1号証)。
(9) Cは,平成8年2月2日,催眠剤を大量に服用して自殺を図ったが,発見が早かったた
め一命をとりとめた。そして,一旦は,東京警察病院に入院したが,同月6日に退院し,同
月8日に再度催眠剤を服用して自殺を図り,同日死亡した(甲9,10,18,19,29,原告
本人尋問)。
 2 争点及び当事者の主張
  (1) 争点1(本件基本手術における違法性・過失の有無)
  (原告の主張)
   ア 同時施行について
    (ア) 同時に少なくとも局部4か所(長茎術部位,陰茎二か所,亀頭少なくとも一か
所)に侵襲を加えると,炎症や血液・リンパ液の浸出を誘発し,リンパ液のうっ滞,血腫,漿
液腫の発生を容易ならしめるし,血腫や漿液腫が発生すると,その後に感染を起こしやす
い。そして,リンパ浮腫,脂肪融解及び感染は,相乗効果をなして事態を悪化させる。以上
のように,そもそも個々の手術に,脂肪融解,感染,リンパ浮腫による器質化・瘢痕化等の
合併症が発生する危険性があり,同時施行によってその危険性は増大するのであるか
ら,医師にはこれら手術を同時施行しない義務がある。
    (イ) しかるに,B医師は,長茎術と増大術とを同時施行した。
   イ 注入脂肪量について
(ア)脂肪が生着するまでは,異物である脂肪を排除しようとする動きが体内に働
き,炎症やリンパ液の流動等の身体反応が発生する。また,最終的に血液循環に取り込ま
れなかった脂肪は壊死し,脂肪融解や感染を引き起こす。そして,脂肪の生着率は,通
常,手術1年後で30パーセント程度に過ぎず,脂肪壊死による感染の危険を最低限に抑
えるために,注入する脂肪は極力少なくすべきである。そして,長茎術で陰茎の基部を締
め付けておき,しかも絞扼輪を解除せずに多量の脂肪を注入すれば,絞扼輪の作用が強
化され,うっ血やリンパ浮腫等のトラブルの原因となるので,この点でも脂肪量は少なくす
べきである。
    (イ) しかるに,B医師は,脂肪を,Cの亀頭に約20ミリリットル,陰茎に約21.5ミリ
リットル注入し,その合計41.5ミリリットルは,Cの陰茎の容積の2分の1程度に達してい
た。
ウ 事前に絞扼輪を解除しなかったことについて
(ア) 陰茎に強い絞扼輪が存在している場合,これを解除しないまま亀頭及び陰茎に
多量の脂肪を注入すれば,絞扼輪が強く作用するとともに,陰茎が圧迫され,リンパ液の
流れが一層妨げられて陰茎にリンパ浮腫が強く出現する危険があり,注入した脂肪が吸
収されない場合には,その脂肪が陰茎において器質化して海綿体内部の血流を阻害し,
脂肪壊死,炎症,感染症を惹起し,器質的勃起不全を生ぜしめる危険性もあった。そして,
絞扼輪よりも中枢側に脂肪を入れることにより,リンパ浮腫発生の危険が回避できるという
ものでもない。よって,B医師には,問診や注視によって絞扼輪の有無を事前確認し,絞扼
輪がある場合には,解除した上で脂肪注入すべき注意義務があるし,手術中に強い絞扼
輪が存在することが判明したときは,直ちに脂
肪注入を中止すべき義務がある。
    (イ) しかるに,B医師は,Cの陰茎に絞扼輪があるにもかかわらず,漫然と亀頭及
び陰茎の絞扼輪に近接した部位に脂肪組織を注入し,術後,陰茎に長期にわたる強い腫
れを生ぜしめ,炎症,脂肪融解,感染症を惹起し,また,絞扼輪解除手術を施行する必要
を生ぜしめた。
エ 感染症について
    (ア) 本件基本手術を施行すれば,脂肪吸引部,長茎術創部及び脂肪注入部に,皮
膚常在菌等の細菌による感染症が発生する危険性が高く,感染症の悪化によって器質的
勃起不全など重大な結果が発生する可能性もある。よって医師は,それらの感染を予防す
るため,十分に消毒し,術中感染予防,術後の抗菌・抗生剤投与等の処置をとり,血液検
査や細菌培養により全身状態をチェックして必要に応じた投薬を行い,感染症を発生させ
たり悪化させたりしない注意義務を負っている。
    (イ) しかるに,B医師は,本件基本手術において,術中感染を発生させ,その後診
察した医師も,Cの疼痛の訴えに対し,抗菌・抗生剤の投与や排液・膿汁の細菌培養,病
理検査を一切行わず,感染巣の検索も著しく遅滞した。
オ リンパ管の損傷について
(ア) 医師は,開創する際に,リンパ管に傷をつけてリンパ系に循環障害を起こすこ
とのないよう,細心の注意を払う義務を負う。
    (イ) しかるに,B医師は,本件基本手術において,恥骨上部,亀頭及び陰茎皮下を
走行するリンパ管を損傷した。
(ウ)なお,そもそも,リンパ浮腫とバンテージや厚紙の筒による陰茎の固定とは関
係がなく,また,Cがバンテージ等を勝手に取り外していたということもないから,バンテー
ジ等を外したことがリンパ浮腫の原因ということはない。
カ 術後措置について
(ア) 本件基本手術は2つの手術を並行して行う強度の侵襲行為を伴う手術であっ
て,感染や強度の腫れの出現を防止するための術後管理が医学的には素人のCには困
難な手術であった。よって,B医師には,術後数日は入院させて経過観察等を行うか,さら
に強固に陰茎を固定した上で,連日通院させて指導を徹底する義務があった。
    (イ) しかるに,B医師は,本件基本手術の後,具体的に出血やリンパ浮腫等が起き
る危険性とそれに対する対処法を指示することなく,手術当日にCを帰宅させ,1週間後に
設定された定期検診まで,感染症に対する主体的予防策を何ら取らず,術後管理を専ら
原告に委ねた。
キ 脂肪不正着について
(ア)脂肪生着が悪い場合,脂肪融解,炎症,変形,壊死を起こすなど深刻な合併症
の危険があるため,医師にはこれら脂肪不生着よる合併症の予防,早期治療に努めるべ
き注意義務があるというべきである。
    (イ) しかるに,A美容外科の医師らは,リンパ浮腫の発生に対しては統一性を欠く
処置をし,Cによる陰茎の変形やしこりその他の訴えにも十分な措置を取らず,リンパ浮腫
や炎症,壊死等を悪化させた。
(被告の主張)
 ア 同時施行について
   長茎術,増大術を同時に,一連の手術として行うことも珍しいことではない。手術自体
は身体に対する侵襲である以上,1個の侵襲よりも複数の侵襲の方が侵襲の度合いが強
いとはいえるとしても,そのことと複数の手術を同時に行うことが許されないかどうかは全く
別の問題である。そして,本件では,C自身が同時手術を希望していたこと,患者の年齢も
若く,身体状態も良好であったことなどから,同時に手術を行ったのであって,この点に何
らの問題もない。
 イ注入脂肪量について
     亀頭及び陰茎の大きさは個体差が大きく,脂肪注入量は,陰茎及び亀頭の大き
さ,脂肪の性質・生着率等を考慮して決定しており,Cの亀頭及び陰茎への注入量が特別
に多量というわけではない。
   ウ 事前に絞扼輪を解除しなかったことについて
     絞扼輪は,包茎手術によって陰茎の包皮を切除しない限り誰にでもあるのであり,
脂肪注入を行う妨げとなるような絞扼輪があったかが問題とされなければならない。そし
て,術後写真から術前の絞扼輪の状態に言及することは困難を伴うが,絞扼輪解除手術
を先行させなければならないような絞扼輪を窺わせる状態ではなく,また,術後の写真の
状態は,脂肪注入後の一般的な状態である。
     術前に判明しなかった絞扼輪が,脂肪注入時に判明することも決して珍しいことで
はない。この場合には,絞扼輪より中枢側に脂肪注入を行うのが一般的であって,絞扼輪
を解除する必要はない。この時点で絞扼輪解除手術を施行すれば,注入した脂肪が解除
部分からしみ出てくるのであって,通常そのような手法は採らない。
     絞扼輪解除手術が必要になったのは,Cが陰茎のバンテージ及び厚紙の筒を勝
手に外し,陰茎の固定を十分に行わず,リンパ浮腫が生じたからである。
   エ感染症について
     本件において,具体的に感染症の発生を疑わせる兆候は全く存在しない。また,B
医師は,術前に上腹部から下腿部までイソジン液にて十分に消毒したし,縫合前に創内を
消毒し,手術終了後には創及び陰茎を消毒した。その後,A美容外科では,手術後,頻繁
に診察及び患部の消毒を行い,術後管理を行うとともに,バンテージの固定を指示し,Cに
抗生剤,鎮痛・抗炎症剤等を処方するなどし,平成7年7月10日には,B医師が採脂部の
内部洗浄を行った。
     右側睾丸の上付近に腫瘤が認められたことはあるが,A美容外科で行った増大術
によって睾丸付近に腫瘤ができるということはあり得ないし,そこから排出されたのは,ア
テロームの嚢腫内容物であって,膿ではない。そして,A美容外科の医師は,それをアテロ
ームと診断したのであるから,腫瘤から排出された黄色汚液について,細菌培養や病理検
査等を行わねばならない理由はない。
オリンパ管の損傷について
     リンパ浮腫自体は,皮下の毛細リンパ管が損傷して起こるもので,外科手術には
不可避である。増大術の後にもしばしば見られることである。本件でも手術的侵襲に伴い,
一時的に非感染性のリンパ浮腫が起きたもので,術後の炎症性の反応である。したがっ
て,この時点で腫れが治癒するというのは困難である。そして,本件基本手術前に,Cに対
してリンパ浮腫が生じることは説明しており,リンパ浮腫の発生は,C自身が承諾していた
合併症の範囲内のもので,リンパ浮腫自体は,術後2週間程度で軽快した。
     通常は,バンテージを巻けばリンパ浮腫は起こらないのであり,Cの陰茎にリンパ
浮腫が生じたのは,A美容外科の術前及び術後の度重なる指示にも関わらず,Cがバンテ
ージや厚紙の筒による圧迫固定を十分行わなかったからである。
  カ 術後措置について
     証人として証言したG医師(以下「G医師」という。)は,最近10年間で4500件以
上の陰茎手術を施行しているが,陰茎の腫れが通常の場合には自然に治癒していくもの
であることを前提に,「軽くガーゼを当てまして,それで帰っていただいています。」と証言し
ており,術後に入院させなければならない理由はない。B医師は,バンテージの固定で対
応しているが,これはさらに丁寧な対応であったといえる。また,B医師は,気になることが
あれば直ちに来院して診察を受けるよう指示したし,気軽に相談できるよう,A美容外科で
は,電話での相談にも応じていた。
   キ 脂肪不生着について
     生着しない脂肪は,ほとんどの場合,自然に周囲組織に吸収される。もちろん,壊
死組織として残ることも極めて稀に起こりうるが,その量は極少量であり,形態的に問題と
なることはない。また,本件では,採脂部以外に脂肪融解は生じていない。
(2) 争点2(勃起不全に関する過失の有無)
  (原告の主張)
   ア(ア) 陰茎は男性の生殖機能にとって不可欠で,性生活において極めて重要な部位
である。この部位の手術に関して外傷,神経切除,血行・内分泌の障害,海綿体挫滅が生
じれば,器質的勃起不全や感覚麻痺が生じる可能性が高い。このような危険性に鑑みれ
ば,恥骨上部や陰茎を手術,開創する執刀医は,間違っても外傷,神経切除,血行・内分
泌の障害,海綿体挫滅を生じさせないよう細心の注意を払う義務がある。とりわけ,本件
のように,既に脂肪融解や炎症の起こっているケースでは器質的勃起不全を生じる可能性
が高く,十分な注意が必要である。
    (イ) しかるに,瘢痕切除等手術において,B医師はこれら注意義務を怠り,下腹部
から陰茎にかけて走行するCの陰茎神経,陰茎から亀頭にかけて走行する陰茎海綿体神
経を切除するなどの損傷を与え,Cに器質的勃起不全を発生させた。
   イ(ア) 手術を繰り返すことにより,陰茎の腫れを悪化させるとともに,貯留したリンパ
液が器質化して海綿体内部の血流を阻害して勃起不全を生ぜしめる危険がある。また,陰
茎背部神経の上の組織である筋膜内の組織が器質化,繊維化してしまうと,陰茎に対する
外部的な刺激が陰茎背部神経に伝わりにくくなり,刺激を勃起中枢に伝えにくくなって,勃
起不全を起こす。さらに,陰茎基部の皮膚拘縮によって陰茎に長期間の感覚鈍麻が起こ
り,勃起不全に陥ることもある。したがって,被告らは,新たな手術が必要となるような手術
や治療をして,勃起不全を生じさせない注意義務を負っていた。
    (イ) しかるに,被告は,絞扼輪解除手術において,漫然とリニアカットの術式を採用
したために,新たな絞扼輪を生ぜしめて瘢痕切除等手術の施行の止むなきに至らしめた。
また,被告は,ドレーンを十分に固定しなかったために,Cの体内にドレーンを迷入せしめ,
ドレーン探索手術の施行の止むなきに至らしめた。その結果,瘢痕切除等手術が施行さ
れ,Cは,平成7年5月25日から同年10月15日までの約5か月間に鼠蹊部で4回,陰茎
だけで3回の手術を受けざるを得なくなり,陰茎に注入した脂肪及び貯留したリンパ液が器
質化したことにより,瘢痕切除等手術以降,海綿体内部の血流が阻害され,小帯部が欠損
したことも加わって,勃起不全を生ぜしめた。
   ウ 仮に,Cの勃起不全が器質的なものではないとしても,Cは,本件基本手術以降
の苦痛や不安を伴う精神的ストレスや瘢痕切除等手術による醜状障害によって,心因的
勃起不全に陥った。
  (被告の主張)
ア(ア) B医師は,平成7年12月16日,Cの陰茎の知覚が無損傷であり,排尿も良好
であることを確認していた。被告らが,客観的事実としてCの勃起不全を確認したことはな
い。
    (イ) 瘢痕切除等手術は,包皮に関する手術であって,解剖学的には勃起に関する
神経の走行とは無関係である。そもそも,その手術によって神経を損傷したのであれば,
その症状は手術直後から現れるはずである。しかし,Cから勃起不全の訴えがなされたの
は,術後2か月が経過した平成7年12月16日が初めてである。したがって,B医師は,瘢
痕切除等手術において,神経を損傷していない。
イ 浸出液原因検索手術及びドレーン探索手術は,採脂部に対する手術であり,勃起
不全とは無関係である。また,絞扼輪解除手術も包皮に関するものであり,これによって勃
起不全が発症することもない。また,Cの陰茎に血行・内分泌障害は生じていないし,海綿
体挫滅も生じていない。よって,本件各手術と,原告が主張する勃起不全の事実とは全く
関連性がない。
ウ A美容外科で手術が重ねられたのは,Cがバンテージを勝手に外したり,陰部をい
じったりしたことも少なからず影響していたといえるし,Cが主観的,心理的な満足を要求し
たことも関係している。
  (3) 争点3(醜状痕を生じさせたり,陰茎を縮小させない注意義務の違反の有無)
  (原告の主張)
   ア 美容形成手術にあたって,医師は,形成に十分配慮し,手術の失敗に伴い傷跡を
拡大させて醜状痕を残したり,陰茎を縮小させたりしないようにする注意義務を負ってい
る。
   イ しかるに,被告らは,感染症や合併症を発生させた上,これに対する適切な処置
を怠り,不統一かつ不適切な処置や指示により,リンパ浮腫,陰茎及び脂肪吸引部の感染
症,脂肪融解を悪化させた。その結果,絞扼輪解除手術及び浸出液原因検索手術を余儀
なくされ,Cの陰茎及び脂肪吸引部の傷跡は益々酷くなった。そして,医師には,ドレーンを
挿入した際,ドレーンの位置が移動したり,抜去・埋没しないように固定すべき注意義務が
あるにもかかわらず,被告はドレーンを体内に迷入させ,Cはドレーン探索手術を余儀なく
され,脂肪吸引部の傷跡もさらに拡大した。
 また,B医師は,瘢痕切除等手術においてこの注意義務を怠り,美容形成手術の
目的に完全に反して,陰茎の傷跡を著しく醜い回復困難なものとし,陰茎を本件基本手術
以前より縮小させた。
 (被告の主張)
   ア A美容外科としては,リンパ浮腫に対して適切に対応していたし,陰茎の固定の向
きは,陰茎の状態によって異なるのであり,A美容外科として不統一な処置をしていたとい
うことはない。
イドレーンが体内に入ったことはやむを得ない合併症である。
   ウ Cには,瘢痕が一部残らざるを得ないことは瘢痕切除等手術前に説明しており,C
はそれを了解していたものである。また,客観的には,陰茎を含む創部の瘢痕もほぼきれ
いになっていたのであり,東京警察病院でも外見では異常がある様には見えないと診断さ
れている。また,瘢痕切除等手術において,陰茎が短くなることなどあり得ない。そして,A
美容外科で行った長茎術及び増大術はいずれも成功し,長茎の効果が認められ,かつ亀
頭及び陰茎に注入した脂肪組織も定着していた。
(4) 争点4(自殺防止義務違反の有無)
  (原告の主張)
   ア Cは,それまでの度重なる手術や勃起不全になったことにより,平成7年12月ころ
には強度のうつ状態となり,平成8年1月以降,被告らに対し,自殺企図をほのめかしてい
たのであるから,被告らは,Cが自殺をする可能性が高いことを予見することができた。よ
って,被告らは,Cについて入院等の措置をとるなどして自己の管理下に置くか,精神科の
医師等を推薦して診察・治療を受けるよう指示する義務(自殺防止義務)を負っていた。加
えて,本件では,被告は,Cが副作用としてうつ症状を示すことがあるサノレックスを服用し
ていたことを知っており,Cがうつ状態に陥ったのは被告らの不適切な手術及び術後管理
によるものであるから,一層強度の自殺防止義務を負っていたというべきである。
   イ しかるに,被告らは,瘢痕切除等手術後,「もう手に負えない。」と治療を放棄し,
診察まで3か月以上かかる東邦大を紹介しただけで,それ以上の改善措置を講じようとも
せずに漫然と放置した。さらに,被告らは,自殺をほのめかすCに対して,自殺の方法を示
唆し,求めに応じて睡眠薬を処方するなどし,Cを自殺に至らしめた。
  (被告の主張)
ア自殺は,精神科医においても予測困難といわれており,美容外科である被告らに
自殺防止策を講じるべき法的義務はない。平成8年2月2日の自殺未遂後にも,母親であ
る原告ですら自殺を防止できなかったように,自殺を防止することは非常に困難である。被
告らにおいて,Cの自殺を具体的に予見することなどはできず,これを前提として自殺防止
策を講じることはできない。
イ被告らは,Cからの勃起不全の訴えに対し,真摯な対応をとっていた。具体的に
は,まず,B医師が平成7年12月16日,知覚が無損傷であることや排尿及び勃起状態を
確認し,東邦大を紹介した。そして,被告らは,平成8年1月6日及び7日,Cへの対応が一
方的なものにならないように配慮しつつ,A美容外科での手術によっては神経の損傷は起
こり得ないし,勃起不全も起こり得ないことを説明した。さらに,B医師は,手術痕に硬さが
あるが,修正可能であることも説明し,同人の精神的安定を図るとともに,最終的な判断
は,東邦大の診断を待ちたいと伝え,受診を勧めている。そして,Cから,自殺をほのめか
す発言があったが,B医師は,「医師としても,人間としても手助けすることはできない。」と
明確に拒絶した。
   ウ Cの死因になったブロムワレリル尿素系睡眠剤がA美容外科で処方された事実は
なく,被告が処方したハルシオン及びCに渡す予定であったユウロジンはともに危険性の
少ない薬剤であった。
   エ さらに,Cの母親である原告からの問い合わせに対しても,同月13日,面談の機
会を設定し,医師の守秘義務に反しない範囲での情報交換を行い,異常性が現れた場合
にはためらわずに精神科救急へ連れて行くよう指導するとともに,1か月に1回程度情報
交換することにしていた。
   オ 以上より,被告らは,美容外科において採りうる誠実かつ最善の精神的なケアー
をしていた。
(5) 争点5(説明義務違反の有無等と自殺との相当因果関係)
  (原告の主張)
   ア 本件基本手術における説明義務違反について
    (ア) 脂肪注入による脂肪組織の生着は容易ではなく,生着が悪い場合,炎症,変
形,壊死を起こす等深刻な合併症が生じる可能性が高い。また,脂肪注入部が陰茎の場
合,脂肪注入によって陰茎海綿体が修復困難な損傷を受ける上,感染等を合併する可能
性が高く,ひいては器質的勃起不全を生じる可能性もある。また,これらの手術によって術
部である鼠蹊部及び陰茎に感染による炎症を起こし,また,脂肪注入により,陰茎にリンパ
浮腫を起こすなどの合併症を起こす危険があった。よって,医師は,脂肪注入術を行う場
合,その限界と合併症の危険を隠すことなく患者に知らせ,納得,同意を得た上で施行す
べき義務を負っている。
    (イ) 美容形成手術は必要性に乏しく,緊急性のない手術であり,特に,増大術はC
が当初希望した手術ではなく,B医師の勧誘によって施行することになった手術であること
などを考慮すれば,被告らは,手術に先立ち,Cに対して,リンパ浮腫や脂肪融解・感染
症・器質化・瘢痕化の危険性,その長期化とそのもたらす影響等について,正確な情報を
提供して十二分に説明し,Cの手術に対する誤解や過度の期待を取り除き,十分な時間を
かけてその承諾を得るべき高度の説明義務を負っていたというべきである。
      そして,説明も,単に脂肪融解・感染が起きたら十分に定着しない,脂肪融解や
感染の場合は通院が必要と言えば足りるというのではなく,脂肪融解や感染がいかなる後
遺症なのか,遷延化・長期化の危険性やこれによりもたらされる器質化・瘢痕化・醜状,さ
らに最悪の場合の勃起不全の危険性に至るまで,その予測される後遺症の正確な情報を
患者に提供する義務があった。
    (ウ) しかし,B医師は,「手術は2時間くらいで簡単ですよ。」と勧め,手術の限界や
感染・脂肪融解等がいかに危険で重篤な結果をもたらすか,リンパ浮腫の危険性,その長
期化,陰茎の器質化・瘢痕化,長茎術の創部の炎症・瘢痕化については一切説明せず,
術後の注意としては,「一か月はセックスしないで下さい。」と指摘するのみで,バンテージ
で圧迫固定することや亀頭・陰茎を消毒することなどは説明されなかった。本件手術に関
する説明は,平成7年5月13日1回限りであり,一連の手術に関し,Cが正確な判断がで
きるような十分な説明をしていたとは到底考えられない。
      仮に感染,脂肪融解について示唆があったとしても,それは一般論にすぎず,一
般的に感染・脂肪融解の可能性があるとの告知だけでは,感染・脂肪融解による後遺症
の実態,手術の危険性をCが十分認職できるような説明とは到底いえない。
    (エ) 本件手術は長茎術,増大術の同時施行であり,かつ絞扼輪が強く作用してい
るにも関わらず施行されたものであるが,同時施行及び絞扼輪の存在によるリンパ浮腫の
危険性の増大に関しても何ら説明されておらず,リスク開示やこれを回避するための段階
的施行の選択肢すら説明されなかった。
    (オ) なお,手術に関する説明は,単なるぺーパーの交付ではなく,原則として口頭
で納得を得るまで行われるべきものであり,本件のような単なる注意事項を列記したような
手術申込承諾書にサインしたことをもって説明義務が尽くされたとはいえないことも明らか
である。また,CがA美容外科に行くきっかけになった広告には,本件手術が何ら危険もな
く,効果が絶大であり,後遺症もほとんどないかのような広告がなされている。このことから
すれば,そもそもA美容外科において,説明責任を徹底して果たすような体制があったとは
到底認め難い。
   イ 瘢痕切除等手術における説明義務違反について
    (ア) B医師は,瘢痕切除等手術において,Cの同意を得ずに長茎術を行った。これ
は明らかな説明義務違反である。
    (イ) B医師は,瘢痕切除等手術前に,瘢痕切除及び縫合について,「包皮を亀頭直
下の瘢痕部まで持ち上げて縫合し,傷跡を覆うことができる。」と説明し,成功しない危険
性については一切説明しなかった。手術の結果,包皮が亀頭直下まで届かず,醜い縫合
痕が陰茎中央部に残ったが,そういう状態になるのであれば,Cは手術を承諾しなかったと
考えられ,Cは,B医師の誤った説明のもとに手術を承諾させられたものである。
ウ 自殺との相当因果関係
(ア) Cは,本件基本手術前は心身ともに健康であった。うつ病あるいはうつ状態とな
った既往歴もなければ,その他の精神的な疾患にかかったこともなかった。
    (イ) Cが強度のうつ状態に陥るに至った原因は,本件基本手術から瘢痕切除等手
術までの各手術,各手術間の被告らの不適切な治療行為及び適切な治療を怠った被告ら
の不作為又は被告らの説明義務違反にある。これら以外にCがうつ状態に陥った原因は
なく,Cは,上記各行為により,平成7年12月ころまでに,強度のうつ状態に陥り,勃起不
全を苦に自殺したものである。
     したがって,A美容外科による本件各行為とCの死亡との間には,相当因果関係
がある。
  (被告の主張)
   ア 本件基本手術における説明義務違反について
    (ア) B医師は,長茎術及び増大術についての一般的な説明のほか,陰茎に絞扼輪
があることが判明した場合には,それより中枢側に脂肪を注入すること,それでも増大術
の効果は得られること,術後の患部は安静にし,清潔を保つこと(具体的には,脂肪注入
の針跡部分に貼られたテープをはがさないこと,はがれた場合には最低術後2週間は交
換用テープを改めて貼ること,術後1か月間は1日2回亀頭及び陰茎全体を消毒すること,
シャワーを浴びた後は必ず消毒することなど),そうしないと感染を引き起こすこと,感染を
起こせば注入した脂肪が壊死して脂肪融解が起こること,脂肪融解が起これば増大術の
効果が失われることになるし,亀頭や陰茎に凸凹が生じることもあることを説明した。
また,B医師は,増大術の効果として,脂肪注入量のうち30~40パーセントは嵩が減るこ
と,一応の計算上の大きさと1か月経った後の大きさとは違うこと,術後の合併症につい
て,手術に伴って感染あるいは脂肪融解等が起こった場合には,当然そのための通院が
必要になることを説明していた。
      さらに,術後は,陰茎を圧迫するためにバンテージを巻き,治療効果を確保する
ために陰茎を厚紙の筒で固定するが,医師の診察時以外には外さないこと,勝手に外すと
注入した脂肪細胞が移動したり,患部にリンパ液が貯留したりすることもあり得ることを説
明した。
    (イ) 以上のように,医師が,具体的に手術の効果,合併症について説明を行った。
そして,Cは,平成7年5月18日,手術申込承諾書に署名しているのであって,Cは,手術
による弊害を熟知した上で,手術申込みをしたことは明らかである。この申込書において
も,手術の結果には個人差があること,手術後の治り方や腫れのひき方などは各人各様
であること,手術はときには一度で目的を達しないこと,手術の結果を絶対に保障するもの
ではないこと等の注意書きが記載されているのであって,以上の内容につき,Cが理解し
ていたことは明白である。
 (ウ) なお,Cが平成7年2月20日に東京本院を訪れたのは,長茎術,増大術及び下腹
部の脂肪吸引についての相談のためであり,当初よりそれら手術の希望があったものであ
る。
イ 瘢痕切除等手術における説明義務違反について
 (ア)そもそも,瘢痕切除等手術において,長茎術が施行された事実はない。
    (イ) B医師は,Cに対して,瘢痕切除等手術前に,瘢痕が亀頭直下まであることか
ら,瘢痕を全部切除することは術後の縫合との関係で難しく,一部は残らざるを得ないと説
明した。三角皮弁法を採ることも事前に説明した。
   ウ 自殺との相当因果関係
    (ア) そもそも,自殺のメカニズムは精神科領域においても未だ解明されていないの
であって,安易に自殺の原因行為を拡大して理解することは,損害賠償責任を負う者を拡
大させ,ひいては自由を著しく制限することにもなりかねない。Cの死亡は,自殺によるも
のであって,それこそがまさに原因行為なのであり,本件各手術を自殺の原因行為として
理解することは不適切である。
    (イ) 勃起不全に悩む人は大勢いる。にもかかわらず,大部分の者は自殺には及ん
でいない。本件において,Cが器質的勃起不全になった事実はないが,仮に精神的な理由
で勃起不全に陥ったとしても,これが自殺に結びつくものではない。
   (6) 争点6(損害額)
   (原告の主張)
    原告の損害は,以下のとおり合計1億2491万7680円であるが,原告は,その一
部である5000万円及びこれに対するCが死亡した日である平成8年2月8日から支払済
みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
    ア Cに生じた損害 合計1億1941万7680円
     (ア) 逸失利益 7836万4602円
      (計算式)
       基礎年収(平成8年版『賃金センサス』による産業計・企業規模計の大卒男子
労働者平均年収額)×(1-生活費控除)×本件事故時から就労終期(満67歳)までの32
年間に対応する新ホフマン係数=694万5000円×(1-0.4)×18.8060=7836万
4602円
     (イ) 慰謝料 3000万円
      a Cは,大変真面目で社内の勤務成績も非常に優秀な前途有望な青年であり,
家族や友人思いの心やさしい青年であった。
      b 被告の安易で何らリスクを開示しない勧誘を受け,簡単かつ安全で増大効果
がもたらされる手術と思い込まされ,リスクに関する説明を全く受けないまま本件のような
極めて危険な手術を施行され,合併症発生を阻止する注意義務を果たすどころか増悪す
る杜撰な手術を施行され,その後4度も手術を受け,半年以上も治らず,勃起不全と陰茎
の醜状障害を引き起こされ,その挙句に手に負えないと放置され,Cは絶望のうちに自殺
したものである。
        未婚であったCは,この手術経過により,生殖器を台無しにされ,尊厳を著しく
踏みにじられ,結婚して子供をつくり幸せな家庭を築くという独身の30代男性であれば当
然描く夢を絶たれ,精神的に極限まで追い詰められた。
      c Cには,本件医療事故を契機に別離するまでは恋人もおり,同人の未来は洋
々たるものがあった。本件医療事故により生きる希望を失い,精神状態が悪化し,恋人と
も別れ,死を選択した同人の苦しみ,無念は計り知れない。
      d Cに対する慰謝料としては,3000万円が相当である。
     (ウ) A美容外科ヘ支出した手術代金及び治療費等105万3078円
       Cは,A美容外科に対し,現在判明するだけで,105万3078円を支払った。
     (エ) 弁護士費用 1000万円
    イ 原告固有の損害 合計550万円
     (ア) 慰謝料 500万円
       原告は,被告による粗悪極まりない形成手術及び治療によって,突然,大切に
育ててきた最愛の息子を失った。Cは,原告ら一家の長男であり,夫を失った原告ら家族
の支えであり,大黒柱であった。Cに対して強い愛情と期待をかけてきた原告の失意と悲し
みは大きく,心に受けた傷は今なお重くのしかかり,日常生活にも支障が出るなど被害は
甚大である。Cの死亡により原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては,金500万
円が相当である。
     (イ) 弁護士費用 50万円
 (被告の主張)
    争う。
第3 当裁判所の判断
 1 A美容外科における診療経過等
   冒頭の争いのない事実等のほか,甲3,4,5,6,7,8,9,15,16,17,18,19,
23,29,乙1,3,4号証,B証言,原告本人尋問,被告本人尋問の結果によれば,以下
の事実が認められる。
  (1) 本件基本手術に至る経緯
   ア 平成7年5月13日
     Cは,B医師にホクロ除去手術の術後検診をしてもらったほか,陰茎の長茎術及び
増大術について相談した。B医師は,Cに対し,少なくとも,長茎術や増大術の内容,長茎
術を行えば陰茎が手術前に比べて平常時で2ないし5センチメートル程度,勃起時にはそ
の約半分長くなること,陰茎に絞扼輪がある場合には,それより中枢側(陰茎基部の方)に
脂肪を注入すること,それでも陰茎増大の効果は得られること,注入した脂肪が全て生着
するわけではないこと,感染を起こせば脂肪融解を生じるおそれがあること,術後1か月間
は禁欲する必要があることを説明した。
     そして,B医師は,①長茎術及び亀頭・陰茎増大術,②長茎術及び亀頭増大術,
③亀頭増大術及び陰茎増大術の3つのプランを提案し,各プランごとの手術料金を説明し
たところ,Cは,①のプランを希望したため,B医師は,Cに対して,長茎術及び亀頭・陰茎
増大術を施行することにした。なお,これらの料金は,100万円(別に消費税3万円)であ
った。
   イ 同月16日
     Cは,O美容外科クリニックで長茎術について相談した。Cは,「沈埋型ではないの
で,手術適応はない。勃起時に延びることもない。」という診断を受けた。
   ウ 同月18日
     Cは,同日付けで,手術申込承諾書(甲3号証)に署名・押印し,あわせて,手術代
金の一部として53万円を支払った。なお,この承諾書には,不動文字で,「手術はときには
一度で目的を達成しないこともありえます。その時には普通3~6か月後ぐらいに再手術を
行います。」などと記載してあるが,不動文字のほかに,手術内容等の具体的な説明は一
切記載されていない。
  (2) 本件基本手術とその後の状況
   ア 平成7年5月25日
     B医師は,Cに対し,争いのない事実等(3)で判示した本件基本手術を施行した。そ
の際,B医師は,脂肪注入中に絞扼輪の存在が明らかになったので,脂肪注入は,絞扼
輪から中枢側への注入で止め,絞扼輪より亀頭側には注入せず,また,長茎術と増大術
による炎症反応で絞扼輪と亀頭の間でリンパ流の滞留が生じることから,カルテ(乙1号
証)に,「リンパ浮腫に要注意!!」と記載した。そして,腫れを防ぎ,注入した脂肪が偏ら
ないようにするため,陰茎に自着式のガレンバンテージという包帯(以下「バンテージ」とい
う。)を巻き,長茎術を施行した部位にもバンテージを使い,圧迫固定した。
     手術後,看護婦は,Cに対し,術後の管理について説明を行い,傷口にはテープを
貼ることや陰茎にバンテージを巻くこと,消毒すること,シャワーや入浴に関すること,安静
にすることなど術後の注意事項が書かれている説明書(甲19号証)を渡した。
     なお,同日,Cは,手術代金の残金50万円を支払った。
   イ 同月26日
     Cは,陰茎の根元部分から出血していると電話連絡してから,東京本院を訪れた。
A美容外科に勤務していた医師がCを診察したところ,出血は採脂のため皮膚に加えた切
開の部位からのものであることが判明したが,診察時には,既に出血は止まっており,そ
の医師は特に問題はないと考えた。
   ウ 同月28日
     Cは,亀頭下にリンパ液が貯留して陰茎が変形している,陰茎にかなり痛みがある
旨電話連絡してから,東京本院を訪れた。A美容外科に勤務していたH医師(以下「H医
師」という。)がCを診察したところ,手術創には問題はなく,また,亀頭下にはリンパ液が貯
留していたが,リンパ液を吸引せずに,陰茎にバンデージを巻いて圧迫し,さらに厚紙の筒
で陰茎を上方に固定した。
     なお,Cは,同日,抗生剤,痛止め,バンテージ,ガーゼ等を購入し,1万4714円
支払った。
   エ 同年6月3日
     Cは,A美容外科に勤務していたI医師の診察を受けた。I医師は,Cの亀頭下にリ
ンパ浮腫を認めたため,穿刺してリンパ液を吸引し,Cの陰茎にバンデージを巻いて下向
きに圧迫固定したほか,翌日までに再度リンパ液が貯留するようであれば,再度受診する
よう指示を与えた。
   オ 同月4日
     陰茎にリンパ液が貯留したため,Cは,H医師の診察を受けた。H医師は,亀頭下
にリンパ浮腫を認めたが,感染兆候は認めなかった。そして,H医師は,リンパ液を吸引せ
ずに,陰茎にバンデージを巻いて圧迫固定した。
     この日,Cは,H医師に対して,「慶応義塾大学病院の医師に自らの陰茎を見ても
らったところ,何でこんな手術をやったのか,こんなにリンパ浮腫が起こっているのは見た
ことがない,おかしいから泌尿器科へ行けと言われた。」と言い,A美容外科に対する不信
感を強く示した。これに対し,H医師は,「あなたの場合は,時間的な要素が重要です。必
ず治りますが,完治するには6か月かかります。」と説明した。
     なお,Cは,同日,抗生剤,痛止め等を購入し,8364円支払った。
   カ 同月5日
     被告がCを診察したところ,陰茎の絞扼輪の部分に一部裂傷が認められたが,び
らんはなく,乾燥しており,また,リンパ液はゲル状になっていて,穿刺により吸引すること
はできなかったので,バンテージで圧迫固定した。被告は,Cについては,今後,治療費等
を取らないこととした。
     なお,Cは,被告に,4日にはO美容外科クリニック,5日にはPクリニックにおい
て,陰茎のリンパ浮腫の穿刺を行ってもらったと述べたが,4日にCがO美容外科クリニック
で診察を受けた事実は認められず,Pクリニックでは5日に診察を受けてはいるが,投薬治
療のみで,穿刺がなされたとは認められない(甲15,16号証)。また,Cは,同日,被告
に,自らの認識したこれまでの患部の状況及び7月末までには完治したい,A美容外科の
医師の意見が皆異なっており困惑していることなどを記載した書面を渡した。
   キ 同月6日
 (ア) Cは,東京本院に,陰茎がS字になっている,痛止めを飲まないとじっとしていら
れない,他の美容外科で手に負えないようなことを言われ,この先が心配だ,今日も痛みと
腫れがあり,陰茎がひょうたんのようになっているとの電話をした。
    (イ) その後,Cは,東京本院を訪れ,D医師が診察したところ,陰茎にはリンパ浮腫
が認められ,陰茎の絞扼輪部分には皮膚の裂傷があった。D医師は,Cに対し,繊維化が
起こって長く固まりやすくなるからリンパ液はあまり放っておかない方がよいと説明した。
      Cは,なかなか通院できないので,早く治したいと希望し,A美容外科に対する不
満を強く示した。それに対し,D医師は,「陰茎増大術をやるには支障となるような絞扼輪
が元々あったのかもしれません。それは治療の必要がありますので,いつやるかは別にし
てこのまま自然に直すことには無理があるかもしれません。リンパ液がたまったら放置しな
いように。きちんと対応していきますし,必ず問題が起こらないよう解決しますから,あまり
悪く考えないで信用してください。」と言った。
(ウ)なお,Cを診察したD医師は,軽い絞扼輪(包茎にならない程度)でも陰茎増大
術には不適ではないかと疑問を抱いた。
  (3) 絞扼輪解除手術とその後の状況
   ア 平成7年6月8日
     被告がCを診察し,陰茎にリンパ浮腫が生じていること及びその部分の皮膚が厚く
炎症反応が生じていることを認め,さらに,本件基本手術で注入した脂肪が生着するの
に,あと2,3週間必要であると診察し,その上で,Cに対し,「陰茎増大術における脂肪組
織の注入は,絞扼輪より中枢側に行う。絞扼輪は誰にもあり,絞扼輪を超えて末梢側には
入れない。本件においても,脂肪組織は中枢側に注入されている。しかし,リンパ液が貯留
し,血流がうっ帯し,亀頭基部と絞扼輪の間の炎症反応が強い。このような状態になってし
まえば,リンパ浮腫による絞扼輪部分での血流のうっ滞を解消するために,絞扼輪付近の
包皮を切除して狭窄部を解除した方がよい。」などと説明した。Cが手術を承諾したため,
被告は,同日,絞扼輪解除手術を施
行した。
   イ 同月9日,10日
     Cが東京本院において診察を受けたところ,手術創にはわずかに腫脹が認められ
たが,創自体はきれいであった。また,10日の診察では,亀頭にリンパ浮腫は認められな
かった。
     なお,Cには,当時,交際している女性がおり,その女性と8月初旬から沖縄旅行
を予定していたことから,このころ,「8月初旬にセックスの可能性がある。」と医師に伝え
た。
   ウ 同月11日
     A美容外科に勤務している医師がCを診察し,Cの長茎術の創部にペンローズドレ
ーン(以下「ドレーン」という。)を挿入した。
エ同月12日
     被告がCを診察したところ,亀頭に異常は認められず,陰茎の腫脹は改善傾向に
あったが,恥骨上に硬結が認められた。
   オ 同月14日,15日
    Cは,東京本院において診察を受けた。
   カ 同月18日
   Cは,ドレーンがないことに気付いたと電話をしてから,東京本院を訪れ,H医師が
診察したところ,手術創はきれいであったものの,右側睾丸上の陰嚢部付近にうずら卵大
の腫瘤を認め,これに穿刺したところ,黄色の液が排出されたので,脂肪融解あるいは感
染性のう胞を疑った。H医師は,アテロームではないかとCに説明したが,Cは納得しなか
った。
   キ 同月19日
    (ア) Cが東京本院において診察を受けたところ,絞扼輪解除手術をした部分に裂傷
が認められた。また,上記腫脹は,アテロームか膿瘍腔が疑われた。
    (イ) Cは,5月28日からの陰部の腫れや痛みを訴え,JR東京総合病院泌尿器科
で診察を受けたところ,陰茎の根元あたりで脂肪融解が認められると診断された。なお,C
は,本件手術前後の状況を書いた手紙を医師に渡した。
   ク 同月20日
     Cは,東京本院において診察を受けた。
   ケ 同月22日
     Cは,A美容外科で亀頭部等を消毒してもらった。
   コ 同月24日
     A美容外科に勤務していたJ医師(以下「J医師」という。)がCを診察したところ,絞
扼輪解除手術を施した部分に接着不十分な箇所が認められた。
   サ 同月25日
     Cが東京本院において診察を受けたところ,絞扼輪解除手術の部位の肉芽形成が
不十分であると認められた。
   シ 同年7月4日
     Cは,東京本院において創部を消毒してもらった。
 ス 同月7日,9日
     Cが東京本院において診察を受けたところ,Cの陰茎中央部付近に新しく潰瘍が
形成されており,絞扼輪解除手術部位には瘢痕が認められた。
   セ 同月10日
    (ア) Cは,東京本院に電話をして,治してくれるならどの先生でもいい,被告が8月
上旬までに責任をもって治すと言っていたが,その連絡はとれているのかなどと尋ねた。
      その後,Cが東京本院を訪れ,B医師がCを診察したところ,注入した脂肪はほ
ぼ定着し,長茎術による長さと増大術による太さは確保できたと認めたが,他方,採脂部
に空間を認め,イソジンとピロゾンオキシフルを混ぜた液体で内部洗浄を行った。その原因
について,B医師は,残存した脂肪が溶解し形成されたものと考えた。また,Cの陰茎の手
術痕に硬さが認められたほか,亀頭基部と手術痕の間に全体的に腫れが認められた。そ
のため,Cは,絞扼輪切除手術をしたにもかかわらず,絞扼輪が残っていると訴え,B医師
は,これに対し,それは,手術痕の硬さであることを説明した。
    (イ) Cは,Pクリニックで診察を受けた。包皮炎との診断を受け,投薬を受けた。
   ソ 同月11日
     J医師がCを診察したところ,絞扼輪解除手術部位に瘢痕が認められたほか,その
部位と亀頭基部の間に浮腫が見られた。また,Cは,「治してくれるのか。Aには責務があ
る。何回もやってくれるのはありがたいが,治してほしい。前の手術で悪くなった。装甲車を
持ってくるぞ。」などと言い,J医師と言い合いになった。
     J医師は,同月15日にも,Cを診察したが,状況は11日と同様であった。
   タ 同月18日
     被告とJ医師がCを診察し,陰茎に腫れを認めたほか,左陰嚢部に毛嚢炎を認め,
Cに現状などを説明し,Cに服用させる抗生剤を変更した。
   チ 同年8月3日
   B医師がCを診察したところ,リンパ流に沿って引きつれ感と鈍痛,炎症後の硬結
が認められたが,長茎術の手術創部(採脂部)からの浸出液の量は減少した。
   ツ 同月6日
     B医師がCを診察したところ,長茎術の創部に死腔が見られたため,創部内をイソ
ジンとピロゾンオキシフルを混ぜた液体で内部洗浄を行った。また,Cの絞扼輪から亀頭直
下への膨隆は既に器質化していたので,B医師は,いずれ切除することとした。
   テ 同月12日
     Cは,「陰茎の右側付け根から痛みがある。足を動かすだけでも痛い。」と電話した
後,東京本院を訪れ,B医師がCを診察したところ,右側鼠徑部のリンパ節に腫れが見ら
れた。また,長茎術の創部を同月6日と同様の方法で内部洗浄した。
   ト 同月13日
   Cは,東京本院に電話をし,「陰茎右側の付け根の痛みがまだとれない。以前は左
側で今回は右側なので大丈夫なのか。医師に確認してほしい。」などと言った。
  (4) 浸出液原因検索手術とその後の状況
   ア 平成7年8月14日
     A美容外科の横浜院において,B医師がCを診察したところ,採脂部は既に瘢痕化
していた。そして,B医師は,長茎術の創部からの浸出液の原因を探るためにこの創部を
再切開したところ,採脂部の左側に死腔はなく,右側は深部に向かい死腔があったものの
外側方向へは死腔は認められなかったので,炎症の落ち着くのを少しでも早めるために,
この死腔にドレーンを2本挿入して縫合した(浸出液原因検索手術)。なお,この時,長茎
術の際に固定のために使用した糸は,全て抜去した。
 イ 同月15日,16日,17日
     J医師がCを診察したところ,手術創はきれいであったが,17日には浸出液が認め
られた。
   ウ 同月18日,19日
Cは,東京本院において診察を受けた。手術創はきれいであったが,18日には浸
出液が認められた。
   エ 同月20日
     被告がCを診察したところ,浸出液が減少したので,ドレーンを細いものに交換し
た。また,絞扼輪解除手術の創部と亀頭基部の間に浮腫が認められた。
   オ 同月23日
     Cは,東京本院に,ドレーンが中に入り込んでしまったようだと電話した。翌24日,
B医師がCを診察し,手術創を再切開して,ドレーンを発見して除去した(ドレーン探索手
術)。この際,創は閉じずに,イソジン込めガーゼ処置を採り,内部から肉芽が盛り上がっ
て空間が狭小化するのを待つ保存的療法を選択した。この時,Cには感染の兆候は認め
られなかった。
     なお,Cは,このころ,陰茎の機能は問題ないと認識しており,勃起もするし,オナ
ニーもすることができたと認められる(甲7号証)。
   カ 同月26日
     Cは,東京本院において診察を受けたところ,肉芽形成は良好であった。
   キ 同年27日
     B医師がCを診察したところ,特に異常は認められなかった。
   ク 同年9月3日
     B医師がCを診察した。B医師は,Cの長茎術の創部からの浸出液は減少し,上皮
化し,創は狭くなってきていることを認めたことから,まず内腔の肉芽形成を進め,瘢痕が
形成されたら,改めて切除し,縫合する方針でいくことにした。
   ケ 同月17日
Cは,東京本院において診察を受けた。診察した医師は,イサロパンは一応有効で
あり,もう少しイサロパン処置を続けて,深さが減じたら修正をする方針とした。
   コ 同月24日
     Cは,前日から陰茎の根元に発赤があり,陰茎に小豆大の腫瘤があったことから,
気になり,東京本院に電話した後,被告の診察を受けたところ,陰茎の右側根元には発赤
が,左側根元には硬結が認められ,陰茎には脂肪腫が認められた。
   サ 同月25日
     Cが東京本院において診察を受けたところ,上記発赤は消失しており,脂肪腫もし
ばらくして消失した。
(5) 瘢痕切除等手術とその後の状況
   ア 平成7年10月15日
     B医師は,ドレーン探索手術創の内部が狭小化したため,Cに対し,瘻孔やリンパ
浮腫が収まってできた瘢痕の切除等を目的とする瘢痕切除等手術を施行した。
     その後,B医師は,Cに対し,約2週間後に抜糸すること,バンテージは1週間は巻
くことを説明し,その他,長茎術及び包茎手術に準じた諸注意を与えた。また,看護婦は,
Cに対し,消毒は必ずすることなどを説明し,創部から出血した場合のために圧迫止血法
を説明した。
   イ 同月17日
     Cは,東京本院に,「痛みがある。陰茎が腫れている。バンテージに血液がつく。長
茎術をやるとは思っていなかった。ただ縫い合わせるだけだと思っていた。長茎術と亀頭
直下の手術を同時にやったために,腫れがひどくなっているのではないか。腫れがひどけ
れば傷口もきれいにはふさがらないのではないか。」という電話をした。これに対し,看護
婦が長茎術の意味や腫れる理由などを説明した。
   ウ 同月21日
     B医師がCの診察をしたところ,長茎術の創部はきれいで,陰茎に腫脹があるが経
過としては普通である,包茎手術に準じた手術の痕は問題ないと診断した。
   エ 同月29日
     A美容外科に勤務していたK医師が陰茎基部付近の硬結が気になると訴えていた
Cを診察し,いずれよくなると説明した。
   オ 同年11月5日
     B医師がCを診察し,手術創である小帯部の創には保存的療法,他の硬結にはオ
イルとローションケアを行う方針とした。
   カ 同月6日
     B医師がCを診察した。Cは,小帯部の創を縫合してほしいと希望したが,B医師
は,再縫合にあたっては周囲の瘢痕も切除しなければならず,無理な縫い方になるなどと
し,しばらくイサロパンで肉芽形成を進め,瘢痕を治癒させてから,その後やわらかくしてい
くと説明した。
   キ 同月26日
     B医師がCを診察したところ,亀頭基部の瘢痕は硬く,小帯部にはびらんが認めら
れた。B医師は,カルテに,「イサロパン処置。現状を克服するのが最優先!!保存的療
法にて瘢痕治癒を目差す。一度瘢痕治癒した後は,やわらかくなる様なケアを。」と記載し
た。
   ク 同年12月4日
     B医師がCを診察したところ,イサロパンの効果があがり,瘢痕化が促進されてい
た。
   ケ 同月11日
     B医師がCを診察したところ,肉芽形成は良好であり,患部は乾燥していたので,
継続してイサロパンを投与することとし,その後は,オイルとクリーム療法とする方針とし
た。
   コ 同月16日
     B医師がA美容外科受診後初めて勃起不全を訴えたCを診察したところ,知覚は
無損傷であり,排尿も問題なく,勃起も一応可能であり,小帯部の潰瘍は陥凹があるが,
治癒されていると診断した。そして,小帯部はいずれ修正してきれいにし,性機能について
は東邦大で診てみらう方針とした。
   サ 同月25日
     B医師は,同日付けで,「主訴としましては,以前に比べて勃起時の硬さが減じて
いることと,持続時間の減少があるそうです。」などと記載した東邦大のF教授あての紹介
状を書いた。また,B医師は,絞扼輪解除手術は,緊急処置として施行したことや,通常よ
りも陰茎部に腫れが強く出現したのは,脂肪採取部が長茎操作部位に近く,炎症の範囲も
予想以上に大きかったことが考えられたなどと記載したCの診療経過を紹介状に同封し
た。
   シ 同月28日
     Cは,東京本院に電話をして,「紹介状のこともそうだが,これから先どうしてくれる
んだ。誠意を見せてくれ。院長からも連絡がないし,使い物にならないし。本当に治せるの
か。」などと抗議をした。
   ス 平成8年1月2日
     Cは,東京本院に電話をして,「やっと紹介状が届いたが,あの内容は何だ。不備
な点が多すぎる。そちらはどう思っているか分からないが,大学病院で治らないと言われた
ら,どう責任をとってくれるのか。今後もずっと苦しんでいくのか。」などと言い,自殺をほの
めかす発言もした。
なお,Cに送付された紹介状には,「機能的なものは,これから主として東邦大学でみても
らうことになると思いますが,Aでも大学の方針を尊重して並行してフォローしていくことに
なります。」と記載したCあての手紙も同封されていた。
   セ 同月6日
    (ア) B医師がCを診察した。Cは,まず,「自分の感覚としては,陰茎に刺激を与え
ても何ら快感が得られない。それは,10月の修正術後に生じたので,自分としては納得い
かない。修正でふくらんでいた部分は改善されたものの,その傷跡は満足いくものではな
い。これらを一生背負っていくかと考えたら,精神的におかしくなってきても不思議ではな
い。」と言った。それに対し,B医師は,「切除を行ったのは,絞扼輪を含めて器質化した皮
下組織の一部であり,解剖学的に言っても,感覚神経は温存される深さにとどめてある。
陰茎の部分の感覚鈍麻は手術した部位では起こらない。炎症もひどかったし,皮膚も伸展
していることなので,予想はできなかった。こちらとしては,神経は温存しているし,陰茎の
感覚鈍麻が何を原因として起
こったものか分からない。故に,東邦大に行って正確な状態を調べてもらってほしい。」など
と説明した。
      また,Cは,「東邦大の外来に行くのはいいが,そこで決定的なことを言われた時
が恐い。残りの人生を考えると,生きていても仕方がない。できれば,死んでしまいたい。」
と言ったので,B医師は,「これまでの経緯から,一番悲観的なことを考えてしまうのは,十
分理解できる。しかし,東邦大のF教授が診察して下さるまでは,早急に結論は出せない。
調べてもらった中で適任ということで紹介するのだから,外来へ行くことが本当の意味での
第一歩と思う。現段階で誰も結論を出せない。」と説得した。
      さらに,Cが,「自分としては,約8か月治りたい一心で耐えてきた。もう我慢の限
界だ。おかしくなっていく自分が恐い。そうなる前に自分自身で終わりにしたい。」と言った
のに対して,B医師は,「明確な回答は出せない。それは医師としても,人間としても手助
けすることは絶対にできない。」と,Cに対して自殺を思いとどまるように言った。
    (イ) Cが治療経過に関する表がほしいと申し出たため,B医師は,診察経過をまと
めた物を作成し,Cに郵送することにした。また,Cが,今後の治療等に関して,書面の形
にした上で保証してほしいと申し出たが,B医師は,保証はできないとした上で,内容の説
明程度で我慢してほしいと言った。
    (ウ) B医師は,カルテに,被告あてに,「患者自身ぎりぎりのところで自分の感情を
コントロールしている様に思われます。現段階では,機能に関して東邦大での診察・治療
が優先されるべきだと思います。」などと記載した。
    (エ) Cは,東京本院を出た後,東京本院に電話で,「手術前の状態に戻してくれる
のなら,5000万円払ってもいい。この先このまま勃起しなかったら,人生終わりだ。生きて
いても仕方ない。彼女とは別れたし,仕事も辞めようかと思っている。死ぬ方法を考えてい
る。先日,水銀を飲んだが,死ねなかった。今日はアルカリ電池を飲もうかと思う。そちらだ
って,うるさいこと言われず楽でしょう。お願いだから,死ぬ方法を教えて下さい。」などと,
涙ながらに繰り返し看護婦に話した。
   ソ 同月7日
    (ア) 被告がCを診察した。Cは,「10月の手術後,完全に勃起しなくなった。勃起し
ても50パーセント。以前は,100パーセント勃起していた。精神安定剤を12月下旬に服用
した。」と言ったので,被告は,陰茎の断面図を書いて,A美容外科での手術では勃起不全
は起こらないことを説明した。
    (イ) 被告は,看護婦に,ハルシオンを2錠郵送するように指示し,翌日,ハルシオン
2錠が速達でCの自宅に郵送された。
   タ 同月9日
    (ア) 原告は,被告からの郵便物を見て,東京本院に電話をかけ,平成7年の暮れ
ころからCの様子がおかしいと話した。電話に出た看護婦は,電話では話せないから,どう
してもということならば,来院するように説明した。
(イ) A美容外科の看護婦は,Cに対し,ポケットベルで,同年4月17日に東邦大の
予約が入ったことを伝えた。その後,Cは,東京本院に電話し,「とにかく,この状態をB医
師や院長に伝えてくれ。」などと言った。
   チ 同月13日
    (ア) B医師が原告と面談した。
      原告は,B医師に対して,平成7年12月中旬ころからCの様子がおかしい,た
だ,飲めないはずの酒を飲む程度で,粗暴になるようなことはないなどと話した。
      B医師は,「Cの病状は,東邦大でなければ対処できないと考えられ,その診察を
待ってからでないと何とも言えない。Cは東邦大に通院するつもりでいるので,家族としても
今までと同じ様に接してほしい。本人が会社へ通勤し,こちらともコンタクトをとっている間
は心理的には何とか支えられているとみてよい。しかし,家族から見て,行動に異常性が
現れた場合には,ためらわずに精神科の救急に連れて行ってほしい。」などと説明した。
    (イ) B医師は,この面談の結果,Cが自殺する可能性はまずないと考えたものの,
原告と1か月に1回程度,Cに関する情報を交換していくことを約束した。
   ツ 同月14日
Cは,東京本院に電話し,「東邦が3か月待ちだからといって,そのまま放っぽらか
しにするのは,無責任すぎる。」と言ったので,電話に出た看護婦がB医師に確認し,慶応
義塾大学病院の医師なら,紹介状を直送することができる旨伝えた。
   テ 同月15日
     Cは,東京本院に,「ハルシオンでは,以前同様なかなか眠れない。もう少し効果
のある物を処方してほしい。」という電話をした。
  ト 同月25日
     Cが東京本院に電話をかけてきて,「何かB医師から預かっている物はないか。」と
言うので,電話に出た看護婦が,経過表を預かっていることを伝えた。また,Cが,「院長が
処方したデパスは,全然効かない。B医師が処方して受付に渡すと言っていた。」と言うの
で,看護婦が,B医師に確認したところ,B医師からユウロジンかリスミーのうち早く入手で
きる方を注文して,1日1回1錠2週間分処方するように指示されたので,看護婦は,早く入
手できるユウロジンを注文した。
     なお,Cは,同月26日に,ユウロジンを受けとった。
  (6) 自殺に至る経過
   ア Cは,平成8年2月2日,自宅の自室において,ブロムワレリル尿素系催眠剤を大
量に服用して,自殺を図った。その際,部屋には,原告あての遺書と被告あての手紙の写
しが置いてあり,その遺書には,「自殺の原因はA美容外科によるペニスの手術です。」
「結果的には皮がたりなくなり,ぬい目が広く,また,以前(5/25より)よりペニスは短かく
なり,皮がたりなくなった為,ぬい目はきたなく,もう最悪である。切り取ってしまった為,皮
はもうなく,もう手術のしようがないとBDrといった。」「A美容外科相手に私が出した100万
円+慰謝料を裁判をしてでも必らず取り上げて下さい。今後私のような者がない様にしても
らって下さい。」などと記載されていた。
イ その後,Cは,慶応義塾大学病院に運ばれ,応急処置を受けた後,同病院が満床であ
ったことから,東京警察病院に転送され,同病院に入院した。そして,東京警察病院の医
師がCの陰茎を見たが,外見上は異常な点は認められなかった。
   ウ Cは,同月5日,抑うつ反応と診断されたが,退院を希望し,精神科に通院するこ
とや自殺しないことなどを約束したことから,同月6日,退院した。
   エ しかし,Cは,同月8日深夜,自宅の自室において,ブロムワレリル尿素系催眠剤
を大量に服用して自殺を図り,同日午前4時ころ,睡眠剤中毒によって死亡した。
 2 争点1(本件基本手術における違法性・過失の有無)に対する判断
  (1) 同時施行について
   ア 原告の主張は,要するに,Cに対して長茎術と増大術とを同時に施行したことによ
り,脂肪融解や感染やリンパ浮腫による瘢痕化等の合併症が発生する危険性を増大させ
たとして,本件基本手術が違法だというものである。
   イ しかしながら,乙5,7号証,G証言によれば,実際に増大術を施行している医師の
間では,長茎術との同時施行が一般的に行われていると認められる上,長茎術や増大術
を個別に施行した場合であっても,リンパ浮腫等の合併症が発生する可能性があり,同時
施行によってこの危険性が質的に異なるほど高まるとは認められない。したがって,B医師
がCに対して長茎術と増大術とを同時に施行したことが違法であるということはできない。
(2) 注入脂肪量について
   ア 次に,原告は,Cに対して注入された脂肪組織の量が多すぎたと主張している。
   イ しかしながら,そもそも,増大術において,亀頭や陰茎に注入すべき脂肪の適切な
量は客観的に明らかではないから,その適否は,注入後の経過を踏まえ,事後的に判断
するほかない。そして,日頃形成外科医として増大術を施行しているG医師,L医師は,本
件で明らかに過量の脂肪が注入されたとは評価しておらず(乙5,8号証,G証言),G医師
は,本件基本手術直後の陰茎の状態(乙3号証の②)は通常の状態である旨供述している
こと,脂肪注入後に亀頭や陰茎に水泡が生ずるなどといった異常は認められないこと,絞
扼輪解除手術後に本件基本手術後に発症したリンパ浮腫は一応収まってきたこと(乙1号
証)などからすれば,B医師が脂肪を過大に注入したとまでいうことはできないというべきで
ある。
 ウ なお,M医師は,本件基本手術における脂肪注入量は過大であると供述するが,そ
の根拠として挙げている膿瘍は,脂肪が流れ出た結果できたと認めるに足りる証拠はな
く,これのみでは注入が過量であったことを基礎づけるとはいい難い。
 エ したがって,Cに注入された脂肪の量についてB医師に過失があったとはいえない。
(3) 事前に絞扼輪を解除しなかったことについて
   ア 原告は,本件基本手術に先立って,Cの絞扼輪を解除するための手術をしておく
べきであったと主張している。
   イ なるほど,美容形成手術という性質からすれば,手術によってリンパ浮腫が生じた
り,これが悪化し,瘢痕が生じることは極力回避すべきであるから,陰茎に真正包茎が見ら
れるとか,術前に絞扼輪が強いことが判明していて,上記リンパ浮腫などを生じる危険性
が高い場合には,担当医師は,脂肪注入前に絞扼輪を解除しておくべき義務があるという
べきである。
   ウ しかし,本件では,Cが真正包茎であったとは認められないし,Cの陰茎に絞扼輪
があったことは認められるものの,術前の写真(乙3号証の①)からその程度は明らかでは
なく,Cの陰茎に強い絞扼輪が作用していたとまで認めることはできず,術前に絞扼輪を解
除しなかったことに違法性や過失があったということはできない。
   エ なお,上記結論に反するM医師らの鑑定意見もあるが(甲30,31,32号証,M
証言),これはCの絞扼輪の状態に関し,上記認定事実と異なる事実を前提にしているか
ら,採用することができない。
   オ また,B医師は,脂肪注入に関し,「絞扼輪が見えたことによって,それ以上入れ
ることはやめたと思います。」と供述しており,そのほか,絞扼輪の存在が判明したにもか
かわらず,B医師がそれ以降も脂肪を注入し続けたことを認めるに足りる証拠もない。
   カ したがって,絞扼輪に関してB医師に違法性や過失があったとはいえない。
  (4) 感染症について
   ア 原告は,Cの創部に感染症が生じていたことを前提に,感染症に関する過失の主
張をしている。
   イ しかし,A美容外科以外の医師を含め,複数の医師がCを診察しているにもかか
わらず,感染症が生じていることを断定する旨の診断はなされていないし(むしろ,平成7
年6月4日のカルテには,「感染兆候はない」という記載がなされるなど,積極的に感染兆
候がないという診断もなされている。),Cの陰茎,長茎術の創部及び採脂部に,発熱や痛
みが継続していたなど感染症を窺わせる明らかな兆候も認められないから,Cの陰茎や長
茎術の創部,採脂部に感染症が生じていたと認めることはできない。
   ウ この点,原告は,抗生剤を投与していたことや,睾丸付近の腫瘤から黄色汚液が
排出されたことなどを感染症の根拠として挙げている。しかし,抗生剤を感染予防の趣旨
で投与することもあるから,抗生剤投与の事実が直ちに感染症を窺わせるわけではない。
また,カルテの記載及び黄色汚液が排出された平成7年6月18日以降,患部の症状が悪
化したことが窺われないことからすれば,黄色汚液については,アテロームや毛嚢炎の可
能性も否定できず,感染症を窺わせるものということはできない。
   エ なお,M医師は,陰茎及び採脂部に感染症が起きていたと証言しているが,その
根拠として挙げるリンパ腺の腫脹や疼痛,リンパ節の腫れ,陰茎に生じた潰瘍,浸出液の
排出などは,感染症でなくとも生じる可能性があり,それらのみでは感染を推認せしめるに
足りるものではない。
   オ したがって,Cが感染症にかかっていたことを前提とする原告の過失の主張は採
用することはできない。
  (5) リンパ管の損傷について
   ア 原告は,本件基本手術によって,Cのリンパ管を損傷し,リンパ浮腫が生じたと主
張している。
   イ しかしながら,外科手術においては,皮下毛細リンパ管の損傷によって少なからず
リンパ浮腫が生ずること(甲21号証),陰茎はその形状や部位からして,リンパ浮腫が生じ
やすいこと,長茎術だけ施行した場合にもリンパ浮腫自体は生じること(B証言,G証言,M
証言)が認められるのであって,本件基本手術後にリンパ浮腫が生じたこと自体は不可避
的なものであり,過失を裏付けるものではない。本件基本手術によって生じたリンパ浮腫
は,絞扼輪解除手術の後に一応収まってきており(乙1号証),このことと本件基本手術の
部位及び内容を考え合わせると,本件基本手術において,皮下毛細リンパ管以外のリン
パ管を損傷した結果,リンパ浮腫が生じたと認めることはできないというべきである。
   ウ なお,M医師は,長期間採脂部から浸出液が出ていたことを根拠として,リンパ管
損傷の可能性がある旨指摘するが,その浸出液がリンパ液であることを認めるに足りる証
拠はなく,M医師自身,「可能性もないとはいえない。」と証言するにとどまり,当時Cを診察
していたB医師も,その原因は不明であるとしていることからすれば,浸出液が出ていたこ
とから直ちにリンパ管損傷の事実を推認することはできないというべきである。
  (6) 術後措置について
   ア 原告は,手術後にCを入院させるなどして術後管理をすべきであったのにこれを
怠った過失があると主張している。
   イ しかしながら,乙5,7,8号証,G証言,M証言によれば,長茎術及び増大術を施
行している医師の中で,同手術後に入院措置をとっている医師がいるとは認められないば
かりか,手術の具体的内容が多少異なるとはいえ,本件基本手術と類似の手術を多数施
行しているG医師は,長茎術及び増大術の術後措置としてガーゼを当てるだけの処置しか
とっておらず,それでも生命や身体に重大な支障が出たことはなかったと証言しているこ
と,Cは本件基本手術当時,A美容外科のある新宿区内に居住しており,異常が現れた場
合には,A美容外科の診察を受けることも十分可能であったこと,B医師が本件基本手術
で一見して明らかな手術ミスをしたとか,Cが手術直後に体調不良を訴えたとか,術後の陰
茎等の状態が異常であったとも認められな
いこと,術後の管理はバンテージを巻き,消毒するなどというものであり,別段Cにとって困
難であったとまではいえないことなどを考えれば,本件基本手術に,入院措置をとるほどの
危険性があったとは認められず,B医師に入院措置をとるべき義務があったということはで
きない。
   ウ なお,Cは,前記診療経過(2)以下で認定のとおり,本件基本手術後,度々A美容
外科を訪れ,診察を受けているのであって,本件基本手術の前記危険性の程度を考慮す
れば,この点においても,術後管理に違法があったとは認められない。
  (7) 脂肪不生着について
   ア 原告は,脂肪不正着による合併症の予防について過失があると主張している。
   イ 確かに,注入した脂肪の全てが生着するわけではなく(甲12,30,32,乙5,8号
証,B証言,G証言,M証言),本件でも注入した脂肪が全て生着しているわけではない
が,そのことによって直ちに合併症などを生じたものということはできない。
     この点で,M医師やN医師は,平成7年6月18日にできたCの睾丸付近の腫瘤が
脂肪融解によるものである可能性を指摘しているが,この内容物である黄色汚液が脂肪
融解によるものであると認めるに足りる証拠はなく,これをもって脂肪融解が起きたという
ことはできない。
     また,平成7年9月24日ころにCの陰茎に脂肪腫が生じるなどしているが,これが
本件各手術と関係があるのか否か,必ずしも明らかではなく,そのほか,Cの陰茎に脂肪
融解が生じ,それによって合併症が生じたことを認めるに足りる証拠はない。
(8) 以上によれば,本件基本手術において,B医師に違法性や過失があったということは
できない。
 3 争点2(勃起不全に関する過失の有無)
  (1) Cに器質的勃起不全が生じたか
   ア 原告は,瘢痕切除等手術により,Cの陰茎神経や陰茎海綿体神経に損傷を与え
て器質的勃起不全を生じさせたと主張している。
   イ しかしながら,Cは,遅くとも平成7年8月24日ころの時点では,陰茎の機能に問
題はないと認識しており(前記診療経過等(4)オ),同人がA美容外科で勃起不全を訴えた
のは,同年12月16日ころが最初であると認められる。したがって,Cに器質的な勃起不全
が生じたとすれば,この期間内に原因が生じたはずである。そして,この原因となる可能性
の高いものとすれば,同年10月15日に施行されたCに対する最後の手術である瘢痕切
除等手術である。しかし,この手術から約2か月経過後の同年12月16日時点でも一応勃
起は認められた(乙1号証)のであり,また,上記手術は,長茎術に準じた手術を施行した
上で,包皮等陰茎の表層の瘢痕を切除するというものであるから,これにより陰茎の勃起
を司る神経が損傷したとは考え
難い。以上によれば,B医師が瘢痕切除等手術でCの神経を損傷し,これによりCに器質
的な勃起不全が生じたとは認められないというべきである。
   ウ なお,原告は,勃起不全になったのは瘢痕切除等手術直後であった旨主張してい
るが,2か月間勃起不全に気付かなかったことのみならず,Cの従前の診療経過からして,
Cが勃起不全を認識しながら訴えずにいたというのは考え難いことからすれば,その主張
を採用することはできない。
(2) 手術の繰り返しやリンパ液貯留によって勃起不全が生じたか
   ア 原告は,陰茎に対する一連の手術による瘢痕等により,陰茎海綿体内の血流が
阻害され,勃起不全につながったなどとも主張しているが,本件での陰茎に対する一連の
手術は,陰茎の中心部まで侵襲を加えるものではなく,これにより,海綿体の血流を阻害
する程度の瘢痕がCの陰茎に生じたとは認められず,また,Cの陰茎の血流が阻害されて
いたことも認められないから,これを前提とする原告の主張を直ちに採用することはできな
い。
   イ また,原告が主張するような,外傷や血行・内分泌の障害,海綿体挫滅などによっ
て,勃起不全が生じたことを証明するに足りる証拠もない。
   ウ なお,原告は,絞扼輪解除手術において,三角皮弁法を採用すべきだったと主張
している。しかし,瘢痕切除等手術において三角皮弁法を採用したB医師が,絞扼輪解除
手術において三角皮弁法を採る理由はないと述べているほか,絞扼輪解除手術時におい
ては,極力傷跡を目立たせないように手術を施行する必要性も高かったと考えられるか
ら,三角皮弁法を採用しなかったことが違法ということはできない。
(3) 心因的勃起不全について
    原告は,一連の手術による苦痛やストレスにより,Cが心因的な勃起不全に陥った
ものであると主張しているが,絞扼輪解除手術以降の各手術は,その時点においては必
要性があったと認められることや,上記のところや次の争点3で判示するように,各手術に
過失があったとはいえないことからすれば,Cに心因的勃起不全が生じていたとしても,被
告やB医師に過失があったとまでいうことはできない。
(4) 以上によれば,Cの訴えていた勃起不全の発生について,被告やB医師に,過失があ
ったということはできない。
 4 争点3(醜状痕を生じさせたり,陰茎を縮小させない注意義務の違反の有無)に対す
る判断
  (1) 原告は,瘢痕切除等手術により,陰茎の傷跡を著しく醜い回復困難なものとし,陰
茎を手術以前よりも縮小させた過失があると主張している。
    この点について,Cは,遺書で,「結果的には皮がたりなくなり,ぬい目が広く,また,
以前(5/25より)よりペニスは短かくなり,皮がたりなくなった為,ぬい目はきたなく,もう
最悪である。切り取ってしまった為,皮はもうなく,もう手術のしようがないとBDrといった。」
と記載している。
  (2) しかしながら,前記認定のとおり,C自身,平成8年1月6日,B医師に対して,「修
正でふくらんでいた部分は改善された」と述べていたことが窺われるし,Cの死亡直前の陰
茎の状況を客観的に記載したと認められる東京警察病院のカルテ(甲19号証)には,「外
見では異常がある様にはみえない」と記載されており,Cの死体検案書(甲9号証)には陰
茎に関する特記事項は記載されていない。これらの事実によれば,Cが自殺した時点で,
Cの陰茎に社会通念上許容できない程の著しい醜状痕が生じていたと認めることはできな
い。
(3) また,陰茎の包皮が足りなくなり,陰茎が縮小したかであるが,これに関連する部分
は,平成7年11月6日にCが小帯部の創を縫合してほしいと希望したのに対して,B医師
が無理な縫い方になるなどとして断ったことを指していると思われる。しかしながら,Cは,
そもそも瘢痕切除等の手術をした翌日である同年10月15日に東京本院に電話をしてい
るが,その際には皮が足りなくなったなどということは言っていないし,それ以後も,B医師
にこのような訴えをしたことは認められない(乙1号証)。また,カルテ(乙1号証)には自殺
直前のCの訴えが克明に書かれているところ,カルテにはCが陰茎が本件基本手術前より
も短くなったと訴えていたことは記載されていない。これらの事実に照らし考えれば,上記
原告の主張を認めることはで
きないというべきである。
  (4) なお,ドレーンは通常抜去しないものと認められる(証人B)ところ,本件において
は,使用したドレーンが2本とも抜去しており,しかも,Cが故意にこれらを抜去したという事
実は認められないから,被告がした平成7年8月20日のドレーン固定は不十分であったと
認められ,このため,Cはドレーン探索手術を受けることを余儀なくされたと認められる。
    しかしながら,ドレーン探索手術自体は長茎術創部を再切開するというもので,同部
位は直前の浸出液原因検索手術のために再切開している部位であることやその後の手術
創の経過(前記診療経過等(4)カ~サ)に照らせば,ドレーン探索手術により長茎術の創部
が著しく醜くなったとまでは認められないというべきである。したがって,被告によるドレーン
装着は不適切であったといわざるを得ないが,これをもって直ちに過失と評価することはで
きない。
 5 争点4(自殺防止義務違反の有無)に対する判断
  (1) 原告は,被告らにCの自殺を防止すべき義務があったと主張している。
  (2) しかしながら,自殺は,誰もがするというものではなく,極めて例外的に自殺をしよう
とする者の意思のみによってなされるものであって,外部からその意思の有無や決意の固
さの程度などを正確に理解し,判断することは極めて困難なことであるから,長茎術等の
術後にこの者を診察している精神科を専門としない医師に,患者の自殺を未然に防止する
義務があるというためには,その医師の診察や治療によりその者の自殺したいという願望
が発生ないし強化され,しかも,その者が自殺する蓋然性が極めて高いものであることが
客観的に明らかであり,緊急に何らかの対策をとらなければその者が自殺に至るのを防止
することができないことを理解しつつ,これを放置していたような事情が認められる場合で
なければならないというべきである。
  (3) これを本件についてみると,Cは,平成8年1月の時点で,自殺をほのめかす発言
をしたことがあったとはいえ,同月6日には今後の治療方針について保証してほしいと申し
出て,一応治療を継続していく意思を表明し,しかも,自殺直前まで仕事に通勤していたこ
とが認められる。Cは同年2月2日に自殺に及んだのであるが,東京警察病院の精神科の
医師は同月6日にCの退院を認めており,この時点では,精神科医さえも入院の必要を認
めていなかったものと考えられる。さらに,Cが自殺したのは,勃起不全の訴えがあってか
ら1か月半程度後のことであり,東邦大を紹介して間もなかったこと,被告やB医師がいわ
ゆる美容整形を専門とする形成外科の医師であることを考え合わせれば,自殺直前の時
点で,被告らがCが実際に自殺すること
を予見できたとはいえないというべきである。したがって,被告やB医師には,Cの自殺を
未然に防止するため,Cに対して精神病院への通院を強く勧めたり,原告に対してCを精
神病院へ連れて行くよう勧めるまでの法的義務はなかったというべきである。
 6 争点5(説明義務違反の有無等と自殺との相当因果関係)に対する判断
  (1) 説明義務違反の有無
   ア 手術は,個人の身体に対する侵襲であるから,手術をするか否かを決定するにあ
たっては,原則として,その者の意思が尊重されるべきである。とりわけ,美容形成手術の
場合には,その目的は極めて個人的な美醜の判断や好みを前提として,その主観的な願
望を満足させるところにあり,これを施行する医学的必要性や緊急性のない場合がほとん
どであるから,美容形成手術を受けるか否かを自己の任意の意思に従って決定するにあ
たっては,その前提として,当該美容形成手術に関する正しい情報,すなわち,手術の具
体的な内容,成功の見通し,手術後患部が治癒するまでに要する時間,その間に通常生
じる患部の状況の変化,術後の管理の方法,発生が合理的に予想される危険性や副作用
等について適切な情報が必要であることは多言を要し
ないところであるから,美容形成手術を他人に勧めたり,その手術を担当しようとする医師
は,その手術を受けさせる前に,その手術を受けようとする者に対して,できる限り多くの
上記情報を提供して説明すべき義務(以下「説明義務」という。)を負っているというべきで
ある。
   イ しかも,美容形成手術を受けようとする者は,Cがそうであったように,雑誌やイン
ターネット等で美容形成手術の広告記事を読み,その手術に危険性はなく,簡単かつ短期
間で満足が得られると考えて,手術を受けようと決意することが多いのではないかと思わ
れるが,このような者は,手術を受けようとする身体の部位について,一般の人よりも強い
コンプレックスとこだわりを抱いているからこそ,そのような美容形成手術を受けようとして
いるものと思われる。したがって,仮に,手術によって主観的に期待しているような効果が
得られないときには,手術の本来の目的とは逆に,より一層強いコンプレックスを抱いてし
まう危険性があることも容易に推測しうるところであるから,これらの手術を施行しようとす
る美容形成外科の医師は,
これらの特殊事情にも配慮した上で,上記のような当該手術の利害得失を個々の患者の
希望や特性に即して丁寧かつ具体的に説明すべき法的義務があるというべきである。
   ウ そこで,本件においてかかる説明義務が果たされていたかを検討すると,まず,本
件基本手術の内容は,前記認定のとおりであって,その多くの場合において,リンパ浮腫
や炎症反応が発生し,患部が相当程度腫れて,悪化すれば器質化が起こり,瘢痕となる
可能性があること,また,長茎術と増大術を同時施行すればリンパ浮腫が生じる危険性は
高くなること,さらには,術後完治するまでに長い場合は6か月程度かかり,再手術を必要
とする場合もありうることのほか,増大術で注入した脂肪の全てが生着するわけではなく,
脂肪融解を起こす可能性もあることなどの事実が認められる(甲30,31,32,乙5号証,
B証言,G証言,M証言)。そして,本件基本手術の直後に撮影された乙3号証の②の写真
を見ると,Cの亀頭や陰茎がひょ
うたんのように丸くなって大きくパンパンに腫れていることが認められるが,G医師は,この
程度の腫れは通常生じうることであり,特におかしなものではないと証言しているところで
ある。
     しかし,一般的に,長茎術や増大術を受けようと考えている者が,一時的とはい
え,手術によって陰部がこのように大きく腫れることを当然に了解しているとは考えられな
いところであるから,通常,手術によってこのように腫れるのであれば,担当医師としては,
手術を受けようとする者に対し,このような状況を含めて上記の諸点を正確に説明しておく
ことが必要であり,説明すべき義務があるというべきである。
   エ そして,前記争いのない事実等やA美容外科における診療経過等で認定したとお
り,B医師は,Cに対し,長茎術と増大術の具体的な内容とその効果,注入した脂肪が全て
生着するわけではないことや脂肪融解の可能性について,一応は説明していたものと認め
られる。
     しかしながら,上記A美容外科における診療経過等(2)で認定したCの本件基本手
術直後の言動に照らせば,Cは,本件基本手術によって陰茎がこれほどまで腫れることを
全く予想しておらず,そもそもリンパ浮腫とはどのような状態のことをいうのか,どの程度の
頻度で起きるのか,腫れが引くにはどのくらいかかるのか,どのような危険性があるのか
などについて,十分認識していたものとは到底認められない。そして,このことは,本件基
本手術の前に,B医師がCに対して,手術によって陰茎が大きく腫れることやリンパ浮腫の
内容やリンパ浮腫が生じた場合の治療方法などについて,Cが理解できるよう具体的に説
明をしていないことを推認させるものである。
     結局,Cは,B医師の説明が十分ではなかった結果,長茎術や増大術について,
手術によって通常起こりうる陰茎の腫れやリンパ浮腫や瘢痕などのマイナス面について十
分知らされることなく,手軽に陰茎を長く,大きくできるものと誤解して,本件基本手術を受
けたものと認めるのが相当である。
   オ ちなみに,A美容外科としては,Cに対して,これらの術後の管理等を記載した説
明書(甲19号証)を交付しているが,その内容をみると,「長茎術を受けられた方へ」と題
するものには,「傷口に貼ってあるテープは,次回抜糸に来られるまで外さずそのままの状
態で御来院下さい」「ペニスに巻いてあるバンテージも外さないで下さい」「抜糸をするま
で,シャワー入浴は避けて下さい」などと記載されている一方,「亀頭部増大術を受けられ
た方へ」と題するものには,「本日より1か月間,1日2~3回毎日消毒を行って下さい」「シ
ャワーは手術後,2日目より浴びていただけますが,シャワー後の消毒は必ず行って下さ
い」「両太股に巻いてあるバンテージは,3日経ちましたら外して結構です」などと記載され
ていて,これらの説明
は,入浴の可否,バンテージの要否について,相反するものとなっており,両手術を同時に
受けた者に対する説明としては不十分なものであることが明らかである。
   カ さらに,B医師は,術後に,看護婦が術後管理についてCに説明したと証言する
が,Cが8月になっても入浴していないこと(甲7号証)など,その後のCの対応に鑑みれ
ば,B医師や看護婦からCに対して誤解のないような十分な説明がなされたものとは認め
難い。また,手術申込承諾書(甲3号証)の記載は,不動文字による一般的な記載にとどま
るものであるから,これによって上記のような説明義務が果たされたということはできない。
 キ なお,原告は,瘢痕切除等手術についても説明義務違反を主張しているが,瘢痕
切除等手術においては,靱帯を剥離するようなことはなされないから,それ以上の説明義
務を負っていたとはいえないし,三角皮弁法の採用についてB医師がCに対して全く説明し
ていなかったということも考え難いから,原告のこの点に関する説明義務違反の主張は理
由がないというべきである。
  (2) 説明義務違反と自殺との相当因果関係の有無
   ア まず,本件基本手術やその後の一連の手術において,被告らに手術ミス等が認
められないことは前述のとおりであり,それらと自殺との相当因果関係は問題とならないの
で,以下では,説明義務違反と自殺との相当因果関係について判断する。
   イ 本件では,Cが本件基本手術を受けた後,予想に反して亀頭や陰茎が大きく腫れ
たり,なかなか腫れが引かないなど,手術の効果が期待に反するものであったところから,
B医師や看護婦などに対して繰り返し不満を述べ,治癒に対する不安を訴えて,次第にノ
イローゼのようになり,抑うつ状態に陥って,ついには自殺するに至ったことは,前記認定
のとおりである。また,本件基本手術の施行について,B医師に説明義務違反が認められ
ることも,上記認定のとおりである。
   ウ しかしながら,自殺をするということは,前記のとおり,社会一般的に極めて稀なこ
とである上,本件のような美容形成手術として行われた長茎術や増大術は,仮に失敗した
としても,これによって当然に死亡するに至るようなものではないし,これによって自殺にま
で至ることは,通常考えられないところである。
   エ しかも,本件全証拠によっても,本件基本手術の際,将来,Cが自殺するようなこ
とを予見することができるような事情が存在していたことを認めることはできない。したがっ
て,B医師が,Cに対して,自殺を未然に防止するような事柄を説明すべきであったとする
ことはできない。
   オ そうすると,B医師において,本件基本手術後の患部の状況や治癒に至る経緯な
どについて説明義務違反があったことは認められるものの,Cの自殺については,相当因
果関係が認められないというほかはない。
(3) 以上のとおり,B医師には,本件基本手術を実施した平成7年5月25日の時点におい
て,Cに対する説明義務違反が認められる。そうすると,A美容外科の経営者であり,B医
師の使用者である被告は,民法715条により,B医師の説明義務違反によってCに生じた
損害について賠償すべき責任がある。
 7 争点6(損害額)に対する判断
  (1) Cに生じた損害について
   ア 原告は,まず,Cに生じた損害として,死亡による逸失利益,慰謝料,手術代金等
を請求しているが,前記認定のとおり,B医師の説明義務違反とCの自殺との間には相当
因果関係を認めることができないので,Cの死亡による逸失利益について,被告に損害賠
償を命じることはできないというべきである。
   イ 次に,慰謝料についてであるが,Cは,大学を卒業して大手企業に就職し,サラリ
ーマンとして働いていた35歳の独身男性であり,交際中の女性との結婚をも考えて,本件
の長茎術と増大術を受ける決心をしたものであること,Cは,本件基本手術が簡単かつ安
全なもので,短期間に治癒して期待したような効果を得られるものと考えていて,本件基本
手術を受けた後の経緯はCにとって全く予想外のことであったこと,本件基本手術を行え
ば,多くの場合,亀頭や陰茎が大きく腫れたり,リンパ浮腫が生じる危険性が高いにもか
かわらず,B医師はCに対してこれらの説明を十分には行わなかったこと,B医師はCに対
してリンパ浮腫の発生から完治まで約1か月と説明したが,実際には完治まで半年以上も
かかり,しかも,その間にドレーンの
装着が不十分だったため,Cはドレーン探索手術を余儀なくされたこと,そして,B医師が
本件基本手術による上記のような状況を十分に説明していれば,遺書にも書いてあるとお
り,Cは本件基本手術を受けない可能性もあったこと,結局,合計5回の手術によってもC
にとって期待したような効果は得られず,精神的に極めて不安定な状態になり,将来を悲
観して交際相手の女性とも別れてしまい,その遺書に,「A美容外科相手に,私が出した1
00万+慰謝料を裁判をしてでも必らず取り上げて下さい。今後私の様な者がない様にして
もらって下さい。」と書いているように,自殺するしかないと思い詰めるまで悩み,最初の手
術から約8か月後ついには自殺するに至ったものであることなど,これまでに認定したすべ
ての事情を総合的に勘案すれば,
B医師もしくはA美容外科としてなすべき説明を怠ったことによりCに生じた精神的な苦痛
に対する慰謝料としては,800万円が相当である。
     なお,Cが被告に支払った手術代金や治療費等についてであるが,本件では,前
記認定のとおり,本件基本手術そのものに失敗があったとまでは認められないことや,そ
の額は上記慰謝料の算定に際して既に考慮されていることから,別個独立の損害算定項
目とはしないものとする。
  (2) 原告固有の慰謝料について
    原告は,その長男であるCの死亡によって筆舌に尽くしがたい苦痛を受けたとして,
原告固有の慰謝料を請求しているが,死亡した者の相続人が固有の慰謝料を請求するこ
とができるのは,その者の死亡と相当因果関係にある責任原因を作出した者に対してであ
るところ,本件では,前記認定,判示のとおり,被告は,B医師の説明義務違反について使
用者責任を負うものにすぎないところ,そもそもB医師の説明義務違反とCの自殺との間に
は相当因果関係は認められないのであるから,被告がCの死亡について,原告固有の慰
謝料を負担する法的理由はないと考えられる。したがって,この点の原告の主張は理由が
ない。
  (3) 弁護士費用について
    本件事案の内容や審理の経過はもとより,当裁判所が認容した損害賠償額その他
これまでに現れた諸般の事情を勘案すると,前記の説明義務違反と相当因果関係が認め
られる損害として原告が被告に対して請求することができる弁護士費用額は,認容額の1
割に相当する80万円が相当である。
(4) まとめ
  したがって,本件で原告が被告に対して請求しうる損害賠償額は,原告が相続したCに
生じた慰謝料800万円と本件訴訟における弁護士費用80万円の合計880万円である。
第4 結論
   以上によれば,原告の請求は,被告に対して880万円及びこれに対する平成8年2
月8日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度
で理由があるから,その限度で認容し,その余の請求は理由がないから棄却することとし,
訴訟費用の負担につき民事訴訟法64条本文,61条を,仮執行の宣言につき同法259条
1項を,それぞれ適用し,同免脱の宣言の申立てについては相当でないから却下すること
として,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第48部
裁判長裁判官須藤典明
裁判官鳥居俊一
裁判官野上誠一

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