弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

       主   文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
       事   実
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 甲事件関係
ア 被告神奈川県知事は,同被告が平成5年3月23日にした横浜国際港都建設計
画都市高速鉄道第1号市営地下鉄1号線に関する都市計画変更決定に基づく鉄道建
設事業のうち伊勢山シールド立坑から境川までの区間及び同被告が同日にした藤沢
都市計画都市高速鉄道1号都市高速鉄道1号線に関する都市計画決定に基づく鉄道
建設事業のうち境川から湘南台駅手前までの区間の各工事につき,神奈川県の公金
を支出してはならない。
イ 被告横浜市長は,同神奈川県知事が平成5年3月23日にした横浜国際港都建
設計画都市高速鉄道第1号市営地下鉄1号線に関する都市計画変更決定に基づく鉄
道建設事業のうち伊勢山シールド立坑から境川までの区間横浜地方裁判所の工事に
つき,横浜市の公金を支出してはならない。
ウ 被告藤沢市長は,同神奈川県知事が平成5年3月23日にした藤沢都市計画都
市高速鉄道1号都市高速鉄道1号線に関する都市計画決定に基づく鉄道建設事業の
うち境川から湘南台駅手前までの区間の工事につき,藤沢市の公金を支出してはな
らない。
(2) 乙事件関係
ア 被告P1は,横浜市に対し,416億3462万6000円及びこれに対する
平成12年3月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
イ 被告P2は,神奈川県に対し,17億9845万4000円及びこれに対する
平成12年3月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
ウ 被告P3は,藤沢市に対し,3億7071万8000円及びこれに対する平成
12年3月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
エ 被告P4は,藤沢市に対し,11億1350万8000円及びこれに対する平
成12年3月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 両事件共通
 訴訟費用は被告らの負担とする。
2 請求の趣旨に対する答弁(全被告らの答弁)
(1)本案前の答弁
ア 本件訴えをいずれも却下する。
イ 訴訟費用は原告らの負担とする。
(2) 本案の答弁
ア 原告らの請求をいずれも棄却する。
イ 訴訟費用は原告らの負担とする。
第2 事案の概要
 本件の甲事件は,被告神奈川県知事がした横浜市営地下鉄1号線に係る都市計画
決定に基づく鉄
道建設工事について,原告らが被告神奈川県知事,同横浜市長及び同藤沢市長に対
して公金の支出の差止めを求めた住民訴訟である。
 また,本件の乙事件は,被告P1が横浜市長として上記鉄道建設事業費に充てる
目的で横浜市の一般会計出資金,一般会計補助金及び負担金として支出した金員,
被告P2が県知事として同一の目的で横浜市に対し補助金として支出した金員,被
告P3及び同P4が藤沢市長として同一の目的で横浜市に対し補助金として支出し
た金員について,原告らが横浜市,神奈川県,藤沢市に代わって,上記被告らに対
して支払を求めた住民訴訟である。
第3 当事者の主張
1 請求原因
(1) 当事者
ア 原告番号1ないし57の原告ら(以下「横浜市原告ら」という。)は,横浜市
の住民である。
イ 原告番号58ないし150の原告ら(以下「藤沢市原告ら」という。)は,神
奈川県藤沢市(以下,単に「藤沢市」という。)の住民である。
ウ 乙事件被告P2は,平成7年4月1日当時から口頭弁論終結日である平成12
年5月24日まで神奈川県知事の,同被告P1は,同期間横浜市長の職にあった。
エ 乙事件被告P3は,平成7年4月1日当時から平成8年1月末日まで,同被告
P4は,平成8年2月1日から口頭弁論終結日である平成12年5月24日まで,
それぞれ藤沢市長の職にあった。
(2) 本件事業内容
ア 本件都市計画決定等
 横浜市は,神奈川県知事により既に都市計画決定のされていた横浜国際港都建設
計画都市高速鉄道第1号市営地下鉄1号線(以下「市営地下鉄1号線」又は「本件
鉄道」ということがある。)の既設の部分を,戸塚駅から西に7.39キロメート
ル(横浜市域に所在する分が6.35キロ,藤沢市域に所在する部分が1.04キ
ロ)延伸して(以下,この本件鉄道の延伸部分を「本件延伸部分」ということがあ
る。)小田急電鉄江ノ島線湘南台駅に接続する都市高速鉄道延伸事業(以下「本件
事業」ということがある。)計画を立て,藤沢市との間で地方自治法244条の3
第1項に基づく協議をし,平成2年11月20日,これを藤沢市域内の今田から湘
南台1丁目までに延伸して設置することの了解を得,平成3年4月19日,戸塚か
ら湘南台に及ぶ区間について鉄道事業法に基づく鉄道事業の免許を取得し,同年9
月5日,運輸大臣による工事施行の認可を受けた。
 被告神奈川県知事(以下「被告知事」という。)は,平成5年3
月23日,市営地下鉄1号線を横浜市泉区下飯田町,和泉町及び中田町並びに戸塚
区汲沢8丁目,汲沢2丁目,汲沢1丁目,矢部町及び戸塚町地内に延伸することを
内容とする横浜国際港都建設計画都市高速鉄道第1号市営地下鉄1号線に関する都
市計画の変更決定(以下「横浜都市計画変更決定」という。)をし,その旨告示し
た。また被告知事は,同日,本件延伸部分の藤沢市域内の今田から湘南台1丁目の
区間について,藤沢都市計画都市高速鉄道1号都市高速鉄道1号線として都市計画
決定(以下「藤沢都市計画決定」といい,横浜都市計画変更決定と併せて「本件都
市計画決定等」という。)をし,同日その旨告示した。
 横浜市は,平成5年8月31日,本件都市計画決定等について,被告知事から認
可を受け,本件事業に関する工事を都市計画事業として施行することになった。
イ 相模鉄道の鉄道事業
 相模鉄道株式会社は,相模鉄道いずみ野線(以下「相鉄いずみ野線」という。)
をいずみ中央駅(高架)から西南に3キロメートル延伸して湘南台駅に接続し,湘
南地区まで路線を延伸する事業計画を有しており,昭和40年代に上記計画につい
て鉄道事業免許を受けた。
 その一区間として,いずみ中央駅から湘南台駅までの延伸の工事について運輸大
臣の工事施行認可を受けている。
ウ 本件事業計画(一部地上式の採用)
 本件延伸部分のうち,戸塚から立場駅までの区域(横浜市域)は,市街化が進ん
だ台地である。立場駅から湘南台駅までの区域(横浜市域及び藤沢市域)は,和泉
川,境川を跨ぎ,郊外の田園の広がる和泉)地区,下飯田地区を経て,市街地の湘
南台地区を繋ぐ,やや起伏のある地形である。そして,上記3つの地区はいずれも
台地であって,境川が両市の境であり,境川以東の横浜市域部分は,田園地帯の中
に所々住宅密集地が点在し,道路としても農道を利用したものが多い地域である。
 本件事業は,戸塚駅から立場駅までを地下シールドトンネルを主体とした地下構
造とし,立場駅から湘南台駅までを地上式の開削掘割構造及び高架構造(橋梁)と
して計画された(以下「本件計画」といい,路線の一部を地上面に敷設する計画内
容を「一部地上式」と,地上部分を「本件地上施設部分」ということがある。別紙
1参照。)。ただし,本件訴訟提起後,本件計画では開削掘割構造で建設される予
定であった区間の一部(下飯田地区及び泉ヶ丘地区における740メー
トルの区間)が開削埋戻工法(開削トンネル)による地下式構造に変更された。な
お,藤沢市の部分は相鉄いずみ野線と湘南台の地下駅で連結し,それぞれ小田急線
湘南台駅に地下から連絡する構造になっており,湘南台地下駅部分及び地上から地
下駅に至る線路部分は,開削埋戻工法(地下式)で建設される計画であり,境川を
横断する高架橋付近から,本件鉄道は相鉄いずみ野線と並走する構造となっている
(以下,本件鉄道が相鉄いずみ野線と並走する区間を「本件並走区間」とい
う。)。
(3) 本件都市計画決定等の違法
ア 手続的違法性
(ア) 被告らによる事業費算定の誤り
 地下式構造は,地上式構造に比べ,環境維持保全等の点で優れているから,鉄道
敷設事業である本件事業を策定する場合には,まず路線のすべてを地下化する可能
性を検討すべきであり,技術的に可能であれば合理的な理由がない限り,すべての
路線を地下化する方式(以下「全線地下式」ということがある。)による事業計画
を採用しなければならない。
 被告らは,全線地下式を採用しなかったが,その理由につき,もっぱら事業費が
増大するとしている。すなわち,被告らは,甲事件の提起された時において,既に
開通していた路線のうち上永谷駅から戸塚駅間(シールドトンネルによる地下式構
造の区間である。)の事業費の1キロメートル当たりの単価(以下「1キロ単価」
という。)約230億円を本件事業における予想単値の基準として,本件延伸部分
に全線地下式を採用した場合,一部地上式の本件計画と比べて,事業費が約300
億円増加すると試算していた。
 しかしながら,地上式の計画の場合は,多額の用地費や土地取得に関する交渉の
ための費用がかかるが,地下化によりその費用を大幅に削減することができ,総事
業費としては本件計画とほぼ同程度か,より低額で施工できる可能性さえあり,上
記試算は明らかに不合理である。
(イ) 虚偽の事業費試算に基づく欺罔
 被告知事らは,本件都市計画決定等を行うに際して,事業地及びその沿線に居住
する住民らの全線地下化の要望に対して,総事業費が300億円増加し,事業が不
可能になるとして,その要望を拒絶し,一部地上式を採用した本件都市計画等を行
った。しかし,前記のとおり,被告らの試算は極めて不合理であるから,被告ら
は,意図的に虚偽の試算を行い,横浜市議会,環境影響評価審査会,神奈川県都市
計画地方審議会並びに
説明会及び公聴会に参加した住民らを欺罔していたのであって,本件都市計画決定
等に至る手続きは,著しく不公正である。
(ウ) 都市計画地方審議会における適正な審議の阻害
 都道府県知事が都市計画決定等をするときは,都市計画地方審議会の議を経なけ
ればならず(都市計画法18条1項),都道府県知事は,同審議会における検討に
際して,当該都市計画案に対する住民及び利害関係人の意見を参考にさせるため
に,同法17条2項によって提出された関係市町村の住民及び利害関係人の「意見
書の要旨」を同審議会に提出しなければならない(同法18条2項)。しかしなが
ら,本件都市計画決定等における都市計画地方審議会に対して提出された「意見書
の要旨」(以下「本件意見書の要旨」という。)(甲40)では,現計画に反対す
る意見や構造形式(一部地上式)に反対する意見が,冒頭で「賛成意見」又は「そ
の他」に分類されており,著しく誤謬に満ちている。被告らは,意図的に住民らの
意見を歪曲して同審議会に示し,同審議会における適正な審議を阻害したもので,
到底住民らの意見が適正に同審議会に示されたとはいえない。
イ 実体的違法性
(ア) 環境破壊・公害発生
a 自然環境,眺望・景観の破壊
 平成5年11月に施行された環境基本法は,自然環境保全のため,環境への負荷
が少ない社会経済活動の構築を求め,国及び地方公共団体に対して,その理念にの
っとった施策の策定,実施を義務づけている(同法6・7条)。
 神奈川県は昭和58年にかながわ環境プランを策定し,横浜市も昭和61年に環
境管理計画(環境プラン21)を策定している。双方に共通した理念は,環境基本
法の理念を先んじて取り入れ,都市化の進展の中で残り少ない貴重な自然を保全し
ようというものである。したがって,上記計画を自ら策定した県及び市は他の事業
者や住民の模範として自然の保全を守る責務があるというべきである。
 本件地上施設部分の周辺の地域(以下「本件地上施設周辺区域」という。)は,
横浜市においては残り少ない田園及び山林の残る丘陵地帯が広がっており,和泉
川,境川の周辺には,自然の花,草地が存在している。上記農地及び山林等は,緑
地として保全されるべき貴重な自然であり,このような地域に地上式の高速鉄道を
通すことは,回復し難い自然破壊につながり,かつ良好な眺望・景観を損なうこと
となり,原告ら多くの市民が損害を負うと
いわざるを得ない。
b 騒音・振動等の公害の発生
 本件地上施設周辺区域は,いずれも閑静な住宅地ないし田園地帯である。横浜市
は,昭和49年7月30日横浜市公害対策審議会建議において,鉄道騒音のレベル
を70デシベル以下にすることを保全目標として掲げ,本件事業についても,横浜
市,藤沢市共にそれぞれの環境アセスの評価書や審査過程などでは,70デシベル
以下を騒音の基準目標としている。
 しかしながら,まず,昭和49年の保全目標を基準目標として設定することは,
それ自体環境保全の努力を怠ったもので,不作為の違法がある。また,仮に本件鉄
道の走行だけで70デシベルを超える騒音被害が発生しないとしても,本件並走区
間では本件鉄道と相鉄いずみ野線とが同時に走行することが起こり得るため,それ
によって70デシベルを超える騒音被害が発生することが強く予測される。さら
に,本件地上施設周辺区域では,沿線住民に列車の走行に伴う振動の被害が生ずる
ことも予想される。
c 都市計画基準違反
 都市計画は,本件鉄道のような都市施設について良好な都市環境を保持するよう
に定めなければならず(都市計画法13条1項6号(甲事件の訴えの提起当時は5
号)),また,当該都市に公害防止計画が定められているときは,都市計画は当該
公害防止計画に適合したものでなければならない(同条1項柱書)。一部地上式を
採用した本件計画は,上記自然環境の破壊及び公害の発生を伴うものであるから,
都市計画法13条が定める都市計画基準に反し,違法かつ無効である。
(イ) 震災被害拡大の可能性
 横浜市と藤沢市は,近い将来東海地震ないし首都圏直下地震に見舞われると予想
されている。しかしながら,本件延伸部分のうち,本件地上施設部分の構造は,関
東大震災クラスの震度6の地震を念頭においた旧来の耐震基準によったものである
ため,平成7年1月17日に発生した兵庫県南部地震クラスの地震に耐える構造に
なっていない。したがって,かかる大規模地震が発生した場合,本件地上施設周辺
区域においては,沿線住民及び本件鉄道利用者の生命,身体,財産等に甚大な被害
が発生するおそれがある。他方,地下構造物は,地上構造物に比べて震災の際の被
害が少ないことは実証済みであり,本件地上施設部分を地下化すれば震災による被
害を予防することができる。
 本件事業は,県民,市民に責任を持つべき被告ら地方公共団体の計画す
る事業として,より一層の安全への配慮,検討がなされるべきであり,現計画によ
る本件地上施設部分が危険であることが明白であれば,その都市計画は無効とされ
るべきである。
(ウ) 本件都市計画決定等による土地利用制限の不合理性
 本件事業は一部地上式を採用したため,本件地上施設周辺区域の土地について
は,鉄道建設予定地であることを理由に,土地建物の所有者等に対して利用制限及
び譲渡制限等の各種制限を課されることになる(都市計画法57条の3第1項,5
7条の4)。しかし,このような制限は全線を地下式にすれば本来必要のないもの
である。そして,本件鉄道は,全線を地下化することが技術的にも経済的にも可能
であり,また,その方が事業全体のコストも低額に済む可能性が高い。したがっ
て,本件事業における上記制限は公共の福祉に適合する合理的な制限ということは
できず,かかる本件地上施設部分の建設を内容とする本件都市計画決定等は憲法2
9条に違反する。
(4) 本件公金支出の違法性
ア 本件公金支出の確実性
 前記のとおり,本件事業については,被告知事によって,都市計画決定等及びそ
の認可が行われており,横浜市は,既に民間企業に対して工区ごとに発注契約を締
結している。したがって,本件事業に対して,甲事件被告らがそれぞれ,神奈川
県,横浜市及び藤沢市(以下「本件各自治体」という。)の公金を支出することは
相当の確実さをもって予測され,甲事件提起後後記(6)のとおり現実のものとな
った。(以下,この公金の支出を「本件公金支出」という。)
イ 原因行為(本件都市計画決定等)の違法による本件公金支出の違法
 本件都市計画決定等には前記のとおり重大かつ明白な違法があるから,本件公金
支出は,それを承継し違法となる(最高裁判所昭和52年7月13日大法廷判決,
最高裁判所昭和57年7月13日第3小法廷判決,最高裁判所昭和60年9月12
日第1小法廷判決参照)。
ウ 本件公金支出自体の違法性
 被告らが主張するように,本件事業に関して甲事件被告らが支出する公金が地方
自治法232条の2の補助金又は地方公営企業法17条の2の負担金もしくは同法
17条の3の補助金に該当するもので,本件都市計画決定等はその支出根拠となら
ず,その支出とは無関係であるとしても,次のとおり,本件公金支出は違法であ
る。
(ア) 地方自治法232条の2違反
 地方公共団体が補助金を支出するに
は,公益上の必要性があることが必要である(地方自治法232条の2)。しか
し,本件事業は,前記のとおり,その沿線地域の環境を著しく破壊し,また騒音・
振動・日照阻害や震災時の高架橋倒壊等により沿線住民の生命・身体に危害を与
え,事業予定地及び沿線に居住する住民の権利を侵害する違法な鉄道建設事業であ
る。そして,全線地下式による鉄道建設が技術的にも経済的にも可能であるから,
全線地下化すれば上記違法事由が解消される。それにもかかわらず,甲事件被告ら
は全線地下式の採用を検討せずに,一部地上式を内容とする本件事業に対して公金
を支出しようとしている。よって,被告らは,要考慮事項の考慮を尽くすべき義務
を果たしておらず,「公益上の必要性」の判断において,その裁量権を逸脱した違
法がある。
(イ) 地方公営企業法17条の2・3違反
 地方公営企業に関しては,独立採算性の原則の下,一般会計からの繰入金に対し
ては厳格な規制が加えられており(地方財政法6条),この原則の例外である地方
公営企業法17条の2は,鉄道事業である本件事業に適用されない。また,同法1
7条の3は本件事業に適用されるが,補助金の支出は「災害復旧その他特別の理由
により必要がある場合」に限られている。その趣旨は,その支出を欠くと企業の公
益目的が阻害されるとか事業規模の縮小を余儀なくされるような事態が到来すると
いう場合に限定して,補助金の支出を許容することにある。
 ところが,甲事件被告らは高架式を含む路線延長が企業の公益目的維持に必要で
あるとの説明をしておらず,これを考慮していない。また,同被告らは,最近の技
術水準を前提にして全線を地下化した場合の経費について試算をしていない。この
ような被告らによる横浜市の地方公営企業(その管理者は横浜市交通局長)たる鉄
道事業に対する補助金等の公金支出は,同法17条の2に該当せず,また同法17
条の3所定の要件を欠くものであり,違法である。
(ウ) 地方財政法4条1項違反
 地方公共団体の経費は,その目的を達成するための必要かつ最少の限度を超えて
支出してはならない(地方財政法4条1項)。したがって,被告らが本件事業に対
して公金を支出する場合は,その支出が必要かつ最少の限度であるか否かを判断す
る前提として,一部地上式だけではなく,全線地下式を採用した場合の事業費の試
算を行わなければならない。
 さらに,本件事業にお
いては,本件地上施設部分を地下化した場合,総事業費としては現計画とほぼ同程
度か,より低額で施工できる可能性があった。にもかかわらず,被告らは,本件地
上施設部分を地下化した場合には,事業費が大幅に増額となることが明らかである
と断定し,全線地下式を採用した場合の具体的な事業費を試算することなく,一部
地上式のルートを策定して公金を支出しようとしており,考慮すべき事項を考慮し
ていない重大かつ明白な違法がある。
(5) 回復し難い損害の発生
 本件都市計画事業費の総額は,1237億4400万円であり,便宜平成7年7
月21日時点でみると,横浜市は,本件延伸部分の約52パーセントにあたる区間
の土木工事(契約金額にして465億2700万円)について発注済みである。こ
のような額の公金が支出されれば,本件各自治体の財政に与える影響は甚大であ
り,本件各自治体には回復困難な損害が発生するおそれがある。
(6) 乙事件被告らによる公金の支出
ア 被告P2は,神奈川県知事として,本件鉄道建設事業費に充てる目的で,横浜
市に対し,平成7年4月1日から平成11年3月末までの間に,神奈川県の公金よ
り補助金として合計17億9845万4000円を支出した。
イ 被告P1は,横浜市長として,本件鉄道建設事業費に充てる目的で,平成7年
4月1日から平成11年3月末までの間に,横浜市の公金より一般会計出資金とし
て194億0818万4000円,一般会計補助金として190億2644万20
00円,負担金として32億円の合計416億3462万6000円を支出した。
ウ 被告P3は,藤沢市長として,本件鉄道建設事業費に充てる目的で,横浜市に
対し,平成7年4月1臼から平成8年1月末までの間に,藤沢市の公金より補助金
として1億5371万8000円,負担金として2億1700万円の合計3億70
71万8000円を支出した。
エ 被告P4は,藤沢市長として,本件鉄道建設事業費に充てる目的で,横浜市に
対し,平成8年2月1日から平成11年3月末までの間に,藤沢市の公金より補助
金として7億4550万8000円,負担金として3億6800万円の合計11億
1350万8000円を支出した。
(7) 監査請求の前置
 平成6年7月7日,原告らは神奈川県の監査委員に対し,横浜市原告らは横浜市
の監査委員に対し,及び藤沢市原告らは藤沢市の監査委員に対し,それぞれ,地方
自治法
242条1項に基づいて本件公金支出の差止め等を求める住民監査請求(以下まと
めて「本件各監査請求」と,個別には「本件監査請求」という。)をした。しかし
ながら,横浜市監査委員は同年8月4日,藤沢市監査委員は同月5日,神奈川県監
査委員は同月8日,それぞれ上記監査請求を却下する旨の決定をし,その通知書は
同月5日,同月8日,同月9日にそれぞれの請求人らに到達した。
 上記の通知書には,本件各監査請求を却下した理由として,いずれも,高速鉄道
事業の事業計画は一般行政上の行為であり,財務会計上の行為ではないので,住民
監査請求の対象とはならない旨が記載されている。
(8) 結語
 よって,原告らは被告知事,横浜市原告らは被告横浜市長,藤沢市原告らは被告
藤沢市長に対し,それぞれ地方自治法242条の2第1項1号に基づき,本件事業
のうち伊勢山シールド立坑から湘南台駅手前までの区間の工事につき,一切の公金
の支出をしないように命ずる判決を求める。
 また,地方自治法242の2第1項4号に基づき,不法行為による損害賠償とし
て,乙事件原告らは神奈川県に代位して被告P2に対し17億9845万4000
円,原告番号15,17,24,48ないし51,53及び57の横浜市原告らは
横浜市に代位して被告P1に対し416億3462万6000円,原告番号58,
70,76,77及び106の藤沢市原告らは藤沢市に代位して被告P3に対し3
億7071万8000円,及び被告P4に対し11億1350万8000円,並び
に上記各金員に対する乙事件の訴状送達の日の翌日である平成12年3月9日から
支払済みまで年5分の割合による金員の支払を,それぞれ求める。
2 被告らの本案前の主張
(1) 監査請求の対象行為の不適法性(下記アに係る主張は被告藤沢市長,同P
4及び同P3,同イに係る主張は全被告)
 本件各訴えは地方自治法242条の2に基づくものであり,同法242条1項に
基づく適法な住民監査請求を経なければならない。しかしながら,原告らが行った
本件各監査請求は,いずれも次の理由により不適法である。したがって,本件各訴
えは,適法な住民監査請求を経ておらず,不適法である。
ア 監査請求の対象行為の不特定
 住民監査請求においては,対象となる行為の特定を要するのであり(最高裁判所
平成2年6月5日第3小法廷判決・民集44巻4号719頁),支出の差止めを求
めるのであ
れば,それぞれの支出を他の事項から区別して特定認識できるよう個別具体的に摘
示した上で,その支出ごとの違法性,不当性の判断を求めなければならない。本件
において,被告藤沢市長は,神奈川県及び横浜市との覚書に基づいて,横浜市に対
して公金を支出しているのであって,工事費自体を支出しているわけではない。監
査請求人の原告らは,本件各監査請求で「戸塚から湘南台間の横浜市営地下鉄の延
長工事」のように工事名を摘示することで差止めの対象を特定しようとしている
が,これでは差し止めるべき藤沢市長の公金支出が特定されているといえない。し
たがって,本件各監査請求は対象の特定を欠いている。
イ 財務会計上の行為性の欠如
監査請求人の原告らは,本件都市計画決定等の内容及び手続きが違法であるから,
それを基礎とする本件事業に対し被告らが公金を支出することも違法であると主張
するが,その主張の実質は,本件都市計画決定等の変更及び本件事業の計画変更を
求めるものである。しかしながら,本件都市計画決定等及び本件事業内容の決定
は,一般行政上の行為であって財務会計上の行為ではないから,住民監査請求の対
象とならないというべきである。
(2) 住民訴訟の対象性(財務会計上の行為性)の欠如(被告知事,同P2の主
張)
 住民訴訟の目的は地方財務行政の適正な運営を確保することにあり,住民訴訟の
対象は普通地方公共団体の機関及び職員の財務会計上の行為に限られる。しかしな
がら,原告らが本件公金支出の違法事由として主張する本件都市計画決定等及び本
件事業は,いずれも財務会計上の行為に当たらない。本件各訴えは,財務会計上の
行為以外の行政行為一般を対象としており,住民訴訟の趣旨を逸脱した不適法なも
のである。
(3) 訴えの対象の不特定(被告横浜市長の主張)
 原告らは,本件事業の横浜市域部分のうち「伊勢山シールド立坑から境川までの
区間」及び藤沢市域部分のうち「境川から湘南台駅の手前までの区間」の工事に対
する公金の支出の差止めを求めているが,被告らが実際に支出した公金は,横浜市
域部分ないし藤沢市域部分に対する支出というように特定されることはあっても,
より詳細に各区間(工区)の工事に対する支出として特定されているわけではな
い。したがって,原告らが差止めを求めている上記区間の工事に対して支出される
公金を特定することは不可能であるから,甲事件の訴えの対象は特
定されていないといわざるを得ない。
(4) 監査請求の非前置(乙事件におけるもの)
ア 監査請求と乙事件との対象の非同一性(被告P1の主張)
 監査請求前置の要件を満たすためには,監査請求の対象とされた行為又は事実と
住民訴訟の対象とされた行為又は事実とが同一であることを要する。しかしなが
ら,本件各監査請求と乙事件の訴えとでは相手方が異なり,また,本件各監査請求
が公金の差止めを求めるのに対して,乙事件の請求の趣旨が損害賠償代位請求であ
って,両者の請求の内容が異なっている。以上の点に照らせば,本件各監査請求の
対象と乙事件の対象とは同一ではないというべきである。したがって,乙事件の訴
えは監査請求を前置していない。
イ 監査請求の不存在(市長就任前の監査請求。被告P4の主張)
 被告P4が藤沢市長に就任したのは,平成8年2月26日であるから,原告らが
平成6年7月7日付けでした藤沢市監査委員に対する住民監査請求は,被告P4に
対する訴えの前提要件にはならないというべきである。
(5) 出訴期間の徒過(被告P1の主張)
 仮に,本件各監査請求と乙事件の訴えとの間に同一性が肯定され,乙事件提訴に
際し新たな監査請求が必要ないとしても,遅くとも,原告らが当該公金の支出があ
ったことを知り得た日から30日以内に損害賠償代位請求に係る訴え(乙事件の訴
え)を提起すべきである。ところで,原告らは,甲事件の審理中の平成12年1月
24日には,被告横浜市長から丙第37号証の送付を受け,平成7年度ないし同1
0年度における合計416億3462万6000円の本件公金の支出を知り得たの
であるから,遅くとも同日から30日以内に提起すべきであるのに,乙事件の訴え
は平成12年2月29日に提訴されているから不適法である。
3 被告らの本案前の主張に対する原告らの反論
(1)監査請求の対象行為の適法性(被告らの本案前の主張(1)に対するもの)
 監査請求が本来適法であるにもかかわらず,監査委員がそれを不適法であるとし
て却下した場合には,監査委員が監査の請求があったにもかかわらず監査又は勧告
を行わない場合に該当し,地方自治法242条の2第1項本文に基づいて,住民訴
訟を提起することができるというべきである。
 そして,次のとおり,原告らは適法な監査請求を行っているから,被告らの本案
前の主張は理由がない。
ア 監査請求の対象行為の特定
 原告らは,本
件各監査請求において,「戸塚から湘南台間の横浜市営地下鉄の延長工事」に対す
る「公金支出」に限定してその差止めを求めており,他の事項から区別して監査請
求の対象を特定している。
 また,被告らの引用する判例は,当該行為等の性質,目的等に照らしこれらを一
体とみてその違法又は不当性を判断するのを相当とする場合には他の行為などと区
別して特定認識できるように個別的,具体的に摘示する必要はない旨判示している
と考えられる。本件各監査請求では,本件事業に対する公金の支出の違法性を指摘
しているのであるから,公金支出の違法性又は不当性について一体的に判断するの
が相当な場合というべきであって,個々の公金の支出を1件ずつ個別的,具体的に
摘示する必要はない。
イ 財務会計上の行為
 原告らは,本件計画どおり本件事業が遂行され,被告らが本件事業に対して公金
を支出した場合は,本件各自治体に財務会計上の損害を及ぼすおそれがあるという
理由で,本件各監査請求において本件事業内容に対する監査と本件事業に対する公
金の支出の差止めを求めたものであるから,本件各監査請求は「財務会計上の行
為」に関する適法な請求である。
(2) そのほかの被告らの本案前の主張については,すべて争う。
4 請求原因に対する被告らの認否及び主張
(1) 被告知事及び同P2の認否及び主張
ア 請求原因(2)(本件事業内容)の事実は認める。
イ 同(3)(本件都市計画決定等の違法)ア(手続的違法性)の主張は争う。
ウ 同(3)イ(実体的違法性)のうち,法規の内容,環境プラン21の策定及び
その趣旨,横浜市が鉄道騒音のレベルを70デシベル以下にすることを目標として
おり,本件事業についても70デシベル以下を騒音の基準目標としていることを認
め,その余の主張は争う。
エ 同(4)(本件公金支出の違法性)のうち,イ(違法の承継)及びウ(支出自
体の違法性)の主張は争う。次のとおり原因の違法は承継されないし,支出自体に
違法はない。
(ア) 本件都市計画決定等の違法性の非承継
 本件都市計画決定等は,一般行政上の行為であって,財務会計上の行為ではな
い。そして,一般行政上の行為の違法性が財務会計上の行為に承継されるために
は,前者と後者との間に前者が後者の直接の原因ということができるような密接な
関係があることが必要である。
 しかしながら,本件事業のような鉄道建設事業は,鉄道事業法3条
により,運輸大臣の免許を受ければ用地取得などの事業に着手することができ,ま
た,同法8条により運輸大臣の工事施行認可を受ければ,建設工事に着手すること
ができるとされており,都市計画法に基づく都市計画決定を受けることは要件とさ
れていない。さらに,本件では,被告知事が本件都市計画決定等を行った日よりも
前の平成3年4月19日に,横浜市は運輸大臣の工事施行の免許を受け,本件事業
に着手しており,また,被告知事はこの着手に伴って平成3年度から補助金を支出
してきた。
 以上から,本件公金支出は本件都市計画決定等に基づくものではなく,本件都市
計画決定等は本件公金支出の先行行為に当たらないといえる。したがって,仮に本
件都市計画決定等に違法があったとしても,本件公金支出はその違法性を承継しな
い。
(イ)地方自治法232条の2違反の不存在
 本件事業に対する本件公金支出は,公共交通機関である鉄道の整備を促進し,神
奈川県民の交通利便性を図る目的でなされている。本件鉄道の終点駅となり,小田
急江ノ島線と接続する予定の湘南台駅は,藤沢市,横浜市,綾瀬市及び大和市の行
政境付近に位置し,小田急江ノ島線の同駅付近には大学の校舎及び多数の企業など
が存在することから,藤沢市民はもとより,神奈川県民多数が本件鉄道を利用する
と見込まれる。したがって,本件事業は,本件鉄道の利便性を著しく向上させると
いう公共目的と明らかに合致する。
(ウ) 地方公営企業法17条の2・3違反の不存在
 地方公営企業法17条の2・3及び地方財政法6条は,公営企業を経営している
地方公共団体の一般会計と特別会計との関係及び当該特別会計と他の特別会計との
関係を定めたものであり,特別会計とこれに対する補助金を支出する国又は他の地
方公共団体との関係を定めたものではない。したがって,少なくとも被告知事及び
同P2との関係では,この点に関する原告らの主張は失当である。
(エ) 地方財政法4条1項違反の不存在
 地方財政法4条により,地方公共団体の経費は,その目的を達成するための必要
かつ最少の限度を超えてはならないとしても,他の地方公共団体である横浜市にお
ける地方公営企業(横浜市交通局)が長期的な計画の下に行っている鉄道建設事業
に対する補助金支出については,当該地方公営企業による計画を前提として,社会
的,政策的,経済的見地からその適否を判断すべきであって,当該地方公
営企業が選択していない工事方法による場合の経費と比較して,必要かつ最小の限
度であるか否かを判断する必要はないというべきである。
オ 請求原因(5)(回復しがたい損害の発生)の主張は争う。
力 同(7)(監査請求の前置)のうち,原告らが本件各監査請求をしたか否かに
ついては不知。その余の事実は認める。
(2) 被告横浜市長及び同P1の認否及び主張
ア請求原因(2)(本件事業内容)の事実は認める。
イ 同(3)(本件都市計画決定等の違法)ア(手続的違法性)の主張は争う。本
件都市計画決定等の手続きは次のとおり適法にされている。
(ア) 本件都市計画決定等の手続き
被告知事は,平成3年11月26日から同年12月10日にかけて,本件都市計画
決定等に係る各都市計画案を縦覧に供し(都市計画法17条),平成4年11月2
0日,横浜市及び藤沢市に対して,それぞれの都市計画案について意見を求め,平
成5年2月9日,縦覧期間中に出された住民らの意見書の要旨を神奈川県都市計画
地方審議会に提出するとともに各都市計画案を神奈川県都市計画地方審議会に付議
し(同法18条参照),それぞれ原案どおり可決された。このように,被告知事
は,手続きを遵守した上で本件都市計画決定等を行ったのであって,後記のとおり
環境影響評価手続きも尽くしているから,本件都市計画決定等に至る手続きに違法
はない。
(イ) 事業費の試算
 被告らは,市営地下鉄1号線の沿線の地形及び地象,現状及び将来の土地利用状
況等を勘案し,過去の鉄道建設の実績や経験等を踏まえ,鉄道計画の専門的立場か
ら総合的に判断した結果,泉ヶ丘地区から境川付近については,地上式構造の方が
地下式構造より経済的であることが具体的な検討を行うまでもなく明らかであった
から,一部地上式の本件計画を採用したものである。
 さらに,被告らは,一部地上式の本件計画と全線地下式の計画とどちらがより経
済的かという点を大局的に判断するために,本件計画の路線をすべて地下化した場
合の事業費の増加を試算したところ,約300億円の増額になることが判明した。
この試算は,地下鉄の建設費が高騰を続けていた当時の実情を考慮して,最も新し
い実績であった本件鉄道の上永谷から戸塚間の事業費を基準にしたものであって,
合理性・相当性が認められる。
 なお,横浜市は本件鉄道の一部を地上に建設することを前提に,本件路線のルー
ト等を選択して,本
件計画を策定したのであるから,仮にすべての路線を地下化するのであれば,ルー
ト選択からやり直す必要がある。ただ仮に,現在の路線ルートを前提として全線を
地下化した場合は,概算であるが,簡略な試算方法で約377億円の増額となり
(別紙5計算書(4)参照),線路部及び駅部の単価を個別に計算する方法で約2
48億円の増額となる(別紙5計算書(5)参照)。このことから上記試算の正し
さを裏付けることができる。
(ウ) 都市計画地方審議会における審議
 本件意見書の要旨では,別紙2の都市計画(案)に対する意見書の区分欄におけ
る「賛成」「反対」「その他」の記載を尊重して,そのまま分類して総数を集計し
ており,被告らが住民らの意見を歪曲したという事実はない。
ウ 請求原因(3)(本件都市計画決定等の違法)イ(実体的違法性)のうち,法
規の内容,環境プラン21の策定及びその趣旨,横浜市が鉄道騒音のレベルを70
デシベル以下にすることを目標としており,本件事業についても70デシベル以下
を騒音の基準目標としていることを認め,その余の主張は争う。本件都市計画決定
等は,次のとおり実体的に適法である。
(ア) 自然環境の保全全般について
a 環境影響評価手続き
 本件事業では,別紙3のとおり,横浜市域部分については横浜市環境影響評価指
導指針に基づき,藤沢市域部分については神奈川県環境影響評価条例に基づいて,
それぞれ環境影響評価手続きを行っている。
 都市計画決定権者としての神奈川県知事は,本件事業の影響について多角的に検
討した結果を,神奈川県知事には環境影響予測評価書案として,横浜市長には環境
影響評価準備書としてそれぞれ提出した。そして,それらに対して,学識経験者等
で構成される環境影響評価審査会が科学的・専門的な見地から審査し,その審査の
報告を受けて,被告知事及び被告横浜市長が環境保全の見地から審査書を作成し
て,本件事業における環境保全上の指摘事項を述べ,それに適する建設を行うこと
を明らかにしている。
 このように,被告らは,本件都市計画決定等に際して,十分に環境影響を調査し
たうえで,環境に付加の少ない計画内容を作成したものである。
b 騒音・振動対策
 改良された防音壁を設置し,鉄道軌道の構造を工夫するなどの具体策を講じてい
る。また,相鉄いずみ野線との並走による被害の増大については,ダイヤ調整を行
うことにしており,騒音・振動
等の被害はいずれも社会的受忍限度の範囲内にとどまる。
c 景観対策
 高架橋の高さを低くし,橋脚,橋桁等のデザインも曲線を生かすなど周辺の景観
と調和するように十分検討して設計した。
(イ) 耐震構造の採用
 兵庫県南部地震では,地下構造物(特に開削工法による駅等)に被害が生じてお
り,地下構造物に被害が生じた場合は地上構造物の場合よりも危険性は大きく,利
用者の救出及び路線の復旧が困難となり,重大な事態となることが予測される。し
たがって,地下建造物であっても地上式と同様に耐震性能の強化が重要であること
に違いはない。本件事業では,関東大震災クラスの地震を耐震基準とした法令等に
従って事業が進められてきたが,横浜市は,平成7年8月に運輸省が出した新しい
耐震設計基準に従って耐震設計の見直しを行い,この新しい設計に基づいて工事を
行ったもので,既に兵庫県南部地震クラスの地震に耐え得るような対応をしてい
る。
(ウ) 土地利用の制限
 都市計画法に基づく土地利用の制限は,当該計画の円滑な遂行に対する障害を除
去するために法律によって付与された付随的な法的効果であり,利害関係人一般に
対して発生する性質のもので,何ら不合理なものではない。
エ 請求原因(4)(本件公金支出の違法性)のうち,イ(原因の違法の承継)及
びウ(支出自体の違法)の主張は争う。次のとおり原因の違法は承継されないし,
支出自体に違法はない。
(ア) 先行行為の違法性の非承継
 地下鉄建設事業は都市計画決定がなくても行うことができる(都市計画法11条
1項参照)。横浜市では,運輸大臣から工事施行の免許を受けた平成3年4月19
日から用地の取得などの本件事業に着手しており,仮に本件都市計画決定等が違法
無効とされても,法律上は本件事業を施工することができる。また,横浜市は,本
件事業に関して,平成3年度より,横浜市都市交通基盤整備基金条例に基づく都市
交通基盤整備基金負担金として一般会計予算から補助金を支出してきており,この
支出は本件都市計画決定等に基づくものではない。
 したがって,本件都市計画決定等は本件公金支出の先行行為に当たらないという
べきであり,仮に本件都市計画決定等に違法があるとしても,本件公金支出には承
継されない。
(イ) 地方自治法232条の2違反の不存在
 本件鉄道は,横浜市南西部の交通不便地域の解消を図るとともに,都心部と郊外
地域(横浜市戸塚
区・泉区)及び隣接都市(藤沢市湘南台方面)とを直結し,広域交通ネットワーク
の強化を図ることを目的として計画されたものであり,本件事業には,市民の交通
の利便性の向上を図るという公益上の必要性がある。
(ウ) 地方公営企業法17条の2・3違反の不存在
 地方公営企業法17条の3は,一般会計に帰属すべき公共的利益を確保するため
に,応分の経費を公営企業に補助して当該事業を実施・経営しなければならない合
理的理由ないし公共的必要性が一般的に認められる場合については,同法17条の
2の原則の例外として,一般会計が特別会計に対して補助することを認めている。
そして,同法17条の3の「特別の理由」とは,災害の復旧に準ずるような要請が
あるために,当該地方公営企業の特別会計における独立採算性,受益者負担の原則
又は料金決定原則などを維持しながら経費を捻出することが客観的に困難ないし不
適当な場合をいうと解すべきであり,都市高速鉄道の建設は,都市全体にとって極
めて公共性の高い重要な役割を担う公共交通機関の整備である一方で,その建設に
は巨額の資金,長期間にわたる工事を要し,また,投資の回収期間が長期間になら
ざるを得ないから,上記場合に当たるというべきである。
 本件事業が都市高速鉄道の整備事業に該当し,かつ,その公益上の必要性が高い
ことは前述したとおりである。また,本件事業については,巨額の建設資金を必要
とし,長期間にわたる工事を伴う。したがって,被告横浜市長が本件事業につい
て,一般会計から高速鉄道事業会計へ,出資金,補助金及び横浜市都市交通基盤整
備基金条例に基づく負担金を支出すること(本件公金支出)は,同法17条の3の
「特別の理由」に該当するというべきである(なお,自治省財政局長通知「地方公
営企業繰出金について」参照)。
(エ) 地方財政法4条1項違反の不存在
 地方財政法4条1項は,予算が策定された後の執行面における基本原則を定めた
ものであって,本件公金支出の対象・額を決める段階(予算策定段階)で適用され
る規定ではない。
 また,本件計画に代えて,全線地下式を採用した場合には大幅に事業費が増大す
ることは前記のとおりであるから,全線地下式を採用した場合と比較して,一部地
上式を採用した本件事業に対する本件公金支出が地方財政法4条1項に違反すると
いう原告らの主張は理由がない。
オ 請求原因(5)(回復しがたい損害の
発生)の主張は争う。
力 同(6)(被告らによる公金の支出)の事実は認める。
キ 同(7)(監査請求の前置)の事実は認める。ただし,原告らが本件各監査請
求をしたか否かについては不知。
(3) 被告藤沢市長の認否及び主張
ア 請求原因(2)(本件事業内容)の事実は認める。
イ 同(3)(本件都市計画決定等の違法)ア(手続的違法性)の主張は争う。
ウ 同(3)イ(実体的違法性)のうち,法規の内容,環境プラン21の策定及び
その趣旨,横浜市が鉄道騒音のレベルを70デシベル以下にすることを目標として
おり,本件事業についても70デシベル以下を騒音の基準目標としていることを認
め,その余の主張は争う。
エ 同(4)(本件公金支出の違法性)のうちイ(原因の違法の承継)及びウ(支
出自体の違法)の主張は争う。次のとおり原因の違法は承継されないし,支出自体
に違法はない。
(ア) 先行行為の違法性の非承継
a 先行行為と公金支出との一体性の欠如
 先行行為の違法が後行行為に承継されるためには,両者が一体のものとして評価
されるような密接不可分の関係が必要である。
 藤沢市は,横浜市が行う本件事業の藤沢市域部分に関して,神奈川県との間の
「横浜市高速鉄道1号線の藤沢市延伸に係る補助金に関する覚書」に基づいて,補
助金を横浜市に対して支出するとともに,横浜市との間の「横浜市高速鉄道1号線
の藤沢市域整備に係る負担金に関する覚書」に基づいて,負担金を横浜市に支払っ
たものであり,上記補助金及び負担金の支出はいずれも本件都市計画決定等に基づ
くものではない。
 さらに,先行した行政行為の主体とその後の公金支出の主体が異なる場合には,
両行為の間に一体として評価されるような密接不可分の関係がないというべきであ
る。本件では,先行した本件都市計画決定等を行ったのは被告知事であるから,被
告藤沢市長が行った公金の支出行為との関係では,主体が異なる場合にあたる。
 以上から,本件都市計画決定等は,本件公金支出の先行行為ではないというべき
であり,仮に本件都市計画決定等に違法があるとしても,本件公金支出行為に承継
されることはない。
b 重大かつ明白性の欠如
 仮に先行行為の違法性の承継が肯定されるとしても,先行行為に重大かつ明白な
違法がある場合に限って公金支出が違法になるというべきである。そして、重大か
つ明白な違法とは,その違法が行政機関の責任ある判断とはい
えない程度まで著しく,専門的知識を有しない通常人にとっても容易に認識できる
ほど明白なことをいうと解すべきであり,本件において原告らがかかる程度の重大
かつ明白な違法事由まで主張していないことは明らかである。
 よって,原告らの主張は失当である。
(イ) 地方自治法232条違反の2の不存在
 藤沢市は,本件鉄道の藤沢市域内への延伸が藤沢市民の交通の利便を著しく向上
させるという意味で公益上高度の必要性があると考えて,これに対して建設費を一
部負担し,補助金を支出することとしたものであるから,本件公金支出は地方自治
法232条の2に反しない。
(ウ) 地方公営企業法17条の2・3違反の不存在
 地方財政法6条,地方公営企業法17条の2・3は,同一の地方公共団体内の一
般会計と特別会計の関係を律する規定であり,藤沢市の横浜市交通事業管理者に対
する支出には適用がないから,藤沢市による本件事業に対する公金の支出は,上記
規定に反しない。
(エ) 地方財政法4条1項違反の不存在
 いかなる方式による鉄道を建設するかは,本件鉄道の建設及び経営の主体たる横
浜市交通事業管理者がその裁量により定めるべきであって,被告藤沢市長として
は,その計画内容を前提として,支出の適否を決定せざるを得ない。したがって,
本件事業の事業費と全線地下式を採用した場合の事業費との比較の問題は,被告藤
沢市長による支出の適否には関係がない。
 被告藤沢市長にとっては,藤沢市が自ら高速鉄道を建設経営する場合と比較し
て,横浜市が策定した本件事業に対して公金を支出することが目的を達成するため
の必要かつ最小の限度の支出であることは明らかであるから,このことが地方財政
法4条1項に違反するとはいえない。
オ 請求原因(5)(回復しがたい損害の発生)の主張は争う。
力 同(6)(被告らによる公金の支出)の事実は認める。
キ 同(7)(監査請求の前置)の事実は認める。ただし,原告らの中に住民監査
請求をしていない者がいる。
(4) 被告P3の認否
ア 請求原因(1)(当事者)のうち,原告らが藤沢市に居住するとの事実は不
知。
イ 同(2)(本件事業内容)のうち,ア(本件都市計画決定等)の事実及びウ
(本件事業計画)のうち藤沢市に関する部分の事実は認め,その余の事実は不知。
ウ 同(3)(本件都市計画決定等の違法)ア(手続的違法性)の主張は争う。
エ 同(3)イ(実体的違法性)の
うち,法規の内容は認め,その余の事実は不知,主張は争う。
オ 同(4)(本件公金支出の違法性)イ(原因の違法の承継)は争う。藤沢市
は,横浜市が行う本件事業の藤沢市域部分に関して,神奈川県との間の「横浜市高
速鉄道1号線の藤沢市延伸に係る補助金に関する覚書」に基づいて,補助金を横浜
市に対して支出するとともに,横浜市との間の「横浜市高速鉄道1号線の藤沢市域
整備に係る負担金に関する覚書」に基づいて,負担金を横浜市に支払ったものであ
り,上記補助金及び負担金の支出はいずれも本件都市計画決定等に基づくものでは
ない。したがって,本件都市計画決定等は,本件公金支出の先行行為ではない。
力 同(7)(監査請求の前置)の事実は認める。
(5) 被告P4の認否
ア 請求原因(1)(当事者)のうち,原告らが藤沢市に居住するとの事実は不
知。なお,被告P4が藤沢市長に就任した日は平成8年2月26日である。
イ 同(2)(本件事業内容)のうち,ア(本件都市計画決定等)の事実及びウ
(本件事業計画)のうち藤沢市に関する部分の事実は認め,その余の事実は不知。
ウ 同(3)(本件都市計画決定等の違法)ア(手続的違法性)の主張は争う。
エ 同(3)イ(実体的違法性)のうち,法規の内容は認め,その余の事実は不
知,主張は争う。
オ 同(4)(本件公金支出の違法性)イ(原因の違法の承継)の主張は争う。
 藤沢市は,横浜市が行う本件事業の藤沢市域部分に関して,神奈川県との間の
「横浜市高速鉄道1号線の藤沢市延伸に係る補助金に関する覚書」に基づいて,補
助金を横浜市に対して支出するとともに,横浜市との間の「横浜市高速鉄道1号線
の藤沢市域整備に係る負担金に関する覚書」に基づいて,負担金を横浜市に支払っ
たものであり,上記補助金及び負担金の支出はいずれも本件都市計画決定等に基づ
くものではない。したがって,本件都市計画決定等は,本件公金支出の先行行為で
はない。
力 同(6)(被告らによる公金の支出)のうち,被告P4が藤沢市長として支出
した公金は,補助金として7億4550万8525円,負担金として3億6800
万円の合計11億1350万8525円である。
キ 同(7)(監査請求の前置)の事実は認める。
第4 主要な争点
1 本件各訴えの適法性の有無(本案前の争点)
(1) 監査請求の対象行為の適否(両事件共通の争点)
ア 対象行為の特定の有無
イ 財務会計上の行為
性の有無
ウ 監査請求をしていない原告らの有無
(2) 訴えの対象の特定性の有無(甲事件における争点)
(3) 住民訴訟の対象性(財務会計上の行為性)の有無(両事件共通の争点)
(4) 監査請求前置の有無(乙事件における争点)
出訴期間の遵守の有無(乙事件における争点)
2 公金支出の違法事由(本案の争点)
(1)非財務会計行為の違法を原因とする公金支出(一般論)
(2) 本件事業内容
(3) 本件都市計画決定等の重大明白な違法の有無
(4) 本件公金支出の地方自治法232条の2違反の有無
(5) 本件公金支出の地方公営企業法違反の有無
(6) 本件公金支出の地方財政法4条1項違反の有無
       理   由
(証拠により直接認定する事実は,当該事実の前後に,適宜主な証拠を略記する。
書証の成立は弁論の全趣旨により認められる。一度説示した事実は,原則としてそ
の旨を断らない。)
第1 訴えの適法性の有無
1 判断の順序
 本件は,原告ら住民が,本件事業に対して被告らが公金を支出することの差止め
を求め(甲事件),また,既に支出された公金について自治体に代位して損害賠償
を求める(乙事件)ものである。これに対して,被告らから種々の本案前の主張が
されているところ,その内容は,監査請求及び差止請求における対象行為の財務会
計行為性の有無,その特定性の有無等であり,その判断のためには,本件事業内
容,事業主体,本件事業に対する公金の支出の仕組み,本件事業と公金の対応関係
等について,検討することが不可欠である。そこで,本案問題にも関係するもの
の,この点を次の2及び3において先に検討する。
 なお,当事者の関係が請求原因(1)のとおりであること及び乙事件被告らが同
(6)のとおりに本件公金を支出したことは,弁論の全趣旨により認められる(事
項によっては,認否のない当事者もあるし,明示的に争わない当事者又は明示的に
不知と述べる当事者もある。)。
2 市営鉄道の制度の概要
(1) 事業主体
 市営地下鉄の名称から明らかなとおり,本件鉄道は,地方公共団体である横浜市
が経営する鉄道事業であり,地方公営企業法の適用を受ける(同法2条1項5
号)。地方公共団体が地方公営企業を経営しようとする場合には,その設置条例を
定めなければならない(同法4条)ところ,横浜市においては,交通事業(自動車
運送事業及び鉄道事業)を行うために,横浜市交通事業の設置等
に関する条例(丙6)を制定している。地方公営企業を経営する地方公共団体に
は,地方公営企業の業務を執行させるため,事業毎に管理者を置き,管理者の権限
に属する事務を処理させるため,条例で必要な組織を設けることとされており(同
法7条,7条の2,14条),横浜市の交通事業に関しては,横浜市交通局におい
て鉄道事業の管理事務を行い,横浜市交通局長が横浜市長から任命されて横浜市交
通事業管理者となっている(同条例4条,5条)。地方公営企業は,常に企業の経
済性を発揮するとともに,その本来の目的である公共の福祉を増進するように運営
されなければならず(同法3条),その経理は,特別会計を設けて行う(同法17
条)。管理者は,地方公営企業の業務を執行し,当該業務の執行に関し当該地方公
共団体を代表する(同法8条)。
 鉄道事業の免許や本件事業に関する工事施行の認可は横浜市長において取得した
(争いがない。)が,本件鉄道事業の業務執行権限は横浜市長にはなく,横浜市交
通局長にあり,地権者との土地買収契約,工事請負人との請負工事契約は管理者で
ある横浜市交通局長がその名において締結し,その代金は管理者たる横浜市交通局
長が横浜市高速鉄道事業会計(以下「本件特別会計」という。)から支出している
(丙24・32,証人P5,弁論の全趣旨)。
(2) 建設財源(丙9・32,証人P5,弁論の全趣旨)
ア 国の補助金
 本件との関係では詳細は省略するが,本件事業の横浜市域及び藤沢市域に係る事
業資金として国の補助金が出され使用されている。
イ 県の補助金
 地方公共団体は,その公益上必要がある場合においては,寄附又は補助をするこ
とができる(地方自治法232条の2)。また,地方公営企業の経営の健全化を促
進し,その経営基盤を強化するため,自治省財政局長通知(丙34)により,毎年
度地方財政計画において地方公営企業繰出金を計上する旨の基準(地方公営企業繰
出基準)が定められており,これらに基づき,県の補助金(以下「県補助金」とい
う。)が横浜市交通局の本件特別会計に支出されて,一部は本件鉄道の藤沢市域分
の事業費の財源に,残部は横浜市高速鉄道1号線3号線の建設に伴い発行した横浜
市交通局の企業債の利息の返済に充当されている。
ウ 横浜市の財政支援
(ア) 横浜市の一般会計出資金
 地方公共団体は,災害の復旧その他特別の理由により必要がある場合には,一般
会計
又は他の特別会計から地方公営企業の特別会計に補助をすることができるとされて
おり(地方公営企業法17条の3),この規定及び地方公営企業繰出基準に基づ
き,横浜市は,平成3年度より一般会計から高速鉄道事業出資金(以下「横浜市出
資金」という。)を本件特別会計に支出している。この出資金は,本件事業の横浜
市域及び藤沢市域に係る事業資金として使用されている。
(イ) 横浜市の一般会計補助金
 地方公営企業法17条の3及び地方公営企業繰出基準に基づき,横浜市は,平成
3年度より地下鉄建設費補助金(以下「横浜市補助金」という。)を本件特別会計
に支出し,この補助金は本件事業の横浜市域に係る事業資金として使用されてい
る。
(ウ) 横浜市負担金
 横浜市の都市の骨格をなす鉄道及び軌道の建設等の交通基盤の整備の促進に資す
ることを目的として横浜市都市交通基盤整備基金条例(丙8)が設けられており,
横浜市は,地方自治法232条の2及び上記条例に基づき,平成3年度より都市交
通基盤整備基金負担金(以下「横浜市負担金」という。)として一般会計予算から
本件特別会計に支出し,この負担金は本件事業の横浜市域に係る事業資金として使
用されている。
エ 藤沢市の財政支援
(ア) 藤沢市補助金
 地方自治法232条の2,地方公営企業繰出基準及び藤沢市と神奈川県との間の
「横浜市高速鉄道1号線の藤沢市延伸に係る補助金に関する覚書」に基づき,藤沢
市の補助金(以下「藤沢市補助金」という。)が平成3年度より横浜市交通局の特
別会計に支出されて,本件鉄道の藤沢市減分の事業費の財源に使用されている。
(イ) 藤沢市負担金
 地方自治法232条の2及び藤沢市と横浜市交通事業管理者との間の「横浜市高
速鉄道1号線の藤沢市域内整備に係る負担金に関する覚書」に基づき,藤沢市の負
担金(以下「藤沢市負担金」という。)が平成4年度より横浜市交通局の特別会計
に支出されて,本件鉄道の藤沢市域分の事業費の財源に使用されている。
3 本件事業の内容((4)を除き,争いがない。)
(1) 本件事業計画の内容
 横浜市は,市営地下鉄1号線(本件鉄道)を,戸塚駅から西に7.39キロメー
トル(横浜市域に所在する分が6.35キロ,藤沢市域に所在する部分が1.04
キロ)延伸して小田急電鉄江ノ島線湘南台駅に接続する本件事業計画を立てた。
(2) 鉄道事業免許及び都市計画決定
 横浜市は,藤沢市との間
で地方自治法244条の3第1項に基づく協議をし,平成2年11月20日,本件
鉄道を藤沢市域までに延伸して設置することの了解を得,平成3年4月19目,戸
塚から湘南台に及ぶ区間について鉄道事業法3条に基づく第一種鉄道事業の免許を
取得し,同年9月5日,運輸大臣から工事施行の認可を受けた。
 被告知事は,平成5年3月23日,市営地下鉄1号線を本件延伸部分の横浜市域
部分まで延伸することを内容とする横浜都市計画変更決定及びその藤沢市域部分ま
で延伸する旨の藤沢都市計画決定を行った。
(3) 本件事業計画中の係争部分(一部地上式の採用)
 本件延伸部分のうち,戸塚から立場駅までの区域(横浜市域)は,市街化が進ん
だ台地である。立場駅から湘南台駅までの区域(横浜市域及び藤沢市域)は和泉
川,境川を跨いでおり,境川以東が横浜市域,以西が藤沢市域である。
 市営地下鉄1号線の戸塚以東(上永谷・戸塚間)は本件事業以前に既に完成して
おり,本件事業は,戸塚駅から湘南台までを延伸しようという目的のもので,工法
的には,建築物が密集している戸塚駅から立場駅までを地下シ一ルドトンネルを主
体とした地下構造とし,郊外部の立場駅から湘南台駅までを地上式の開削掘割構造
及び高架構造(橋梁)として計画された(別紙1参照)。ただし,本件訴訟提起
後,本件計画では開削掘割構造で建設される予定であった区間の一部(下飯田地区
及び泉ヶ丘地区における740メートルの区間)が開削埋戻工法(開削トンネル)
による地下式構造に変更された。なお,藤沢市の部分は相鉄いずみ野線と湘南台の
地下駅で連結し,それぞれ小田急線湘南台駅に地下から連絡する構造になってお
り,湘南台地下駅部分及び地上から地下駅に至る線路部分は,開削埋戻工法(地下
式)で建設される計画であり,境川を横断する高架橋付近から,本件鉄道は相鉄い
ずみ野線と並走する構造となっている。
(4) 工事の進行
 工事は平成6年2月4日に着工された(丙29)。計画に従って必要な用地の取
得は,藤沢市域で平成10年7月に,横浜市域で同年10月に終了し(丙32),
その後,本件口頭弁論終結時までには開業するに至った。
4 監査請求の対象行為の適否(両事件共通の争点)
(1) 対象行為の特定の有無
ア 被告藤沢市長,同P4及び同P3の主張
 標記の被告らは,「標記被告らに対する本件監査請求は工事名で差止めを求める
公金支出を特定し
ようとしているところ,それでは公金支出が特定しておらず,監査請求は特定して
いないために不適法である。」旨を主張する。
イ 監査請求における対象行為の特定の程度
 住民監査請求は,対象とする当該行為等について監査委員が行うべき監査の端緒
を与える程度に特定すれば足りるというものではなく,当該行為等を他の事項から
区別して特定認識できるように個別的,具体的に摘示することを要する。ただし,
住民監査請求において,複数の行為を包括的にとらえて差止めを求める場合,その
1つ1つの行為を他の行為と区別して特定し認識することができるように個別,具
体的に摘示することまでが常に必要とされるものではない。この場合においては,
監査請求の対象となる行為とそうでない行為とが識別できる程度に特定されている
ことが必要であることはいうまでもないが,事前に行為の差止めを求める監査請求
をするにあたっては,当該行為の適否の判断のほか,さらに,当該行為が行われる
ことが相当の確実さをもって予測されるか否かの点及び当該行為により当該普通地
方公共団体に回復の困難な損害を生ずるおそれがあるか否かの点に対する判断が必
要となることからすれば,これらの点について判断することが可能な程度に,その
対象となる行為の範囲等が特定されていることが必要であり,これをもって足りる
というべきである(差止めの訴えに関するものであるが,最高裁判所平成5年9月
7日第3小法廷判決・民集47巻7号4755頁参照)。
ウ 本件各監査請求の特定の有無
 これを本件について見ると,本件各監査請求は,前記(1)のとおり,本件事業
に対する公金支出自体が違法であるとして,その差止めを求め,全線地下式にする
ように工事計画を見直すことを求めたのであり,一部地上式を採用した本件計画に
対して,包括的に一切の公金の支出を差し止める趣旨でされたと解することができ
る。
 もっとも,甲事件提起当時は戸塚から伊勢山シールド立坑までは着工済みであ
り,原告らとしては,その部分についてはさして異論はなく,未着工の部分である
伊勢山シールド立坑から湘南台までにつき,地上式ではなく地下式の建設をするこ
とを求めて,その部分の建設工事のために本件公金支出をしない旨の差止訴訟を提
起した。これに対し,本件各監査請求は,着工部分も未着工部分も含めた戸塚から
湘南台までの全線を対象として,その工事のための公金を支出す
ることの差止めを求めたものである。
 したがって,甲事件の訴えは,本件各監査請求が対象とした工事のうちの一部の
工事(地上部分に係る工事)に対応する公金の支出の差止めを求めたものである。
 このような点に留意する必要はあるが,本件各監査請求の対象が特定しているか
という争点については,本件事業全体あるいは本件鉄道全線の建設工事のために公
金の支出をすることを差し止めるという監査請求により,請求が特定しているかが
問題とされるわけである。そうすると,このように公金支出の原因として,本件事
業に関する工事あるいは本件計画というものが特定されているから,本件各監査請
求が求められた差止めの対象となる公金支出行為の範囲を識別することができる。
また,原告らは,本件事業の適否ないし本件事業に先行する本件都市計画決定等の
違法性を本件公金支出の具体的な違法事由として主張するのであるから,本件公金
の支出行為を一体とみてその適否等を判断することができる。換言すれば,本件の
ような場合は「当該行為等の性質,目的等に照らしこれらを一体とみてその違法又
は不当性を判断するのを相当とする場合」に該当するといえ,本件各監査請求の対
象は特定されているというべきである。
エ 被告藤沢市長の主張に対する判断監査請求の対象の特定の有無について,藤沢
市長は,神奈川県及び横浜市との間の覚書に基づいて公金を支出しており,本件事
業の工事費として公金を支出したのではないから,本件監査請求において本件事業
の工事名を特定する程度では監査請求の対象の特定として不十分である旨主張す
る。
 しかしながら,上記覚書(丁1はそのうちの1つである。)によれば,藤沢市
は,横浜市高速鉄道1号線の湘南台延伸に係る藤沢市域内における建設費の一部を
負担するというのであるから,公金支出の根拠が覚書にあるということはできるも
のの,公金支出の最終的な目的・使途が本件事業の実現にあることが覚書自体に記
載されていると認められる。このように公金支出が本件事業に対するものという目
的が明確で,かつ,前記のとおり,本件各監査請求において,被告らによる本件事
業に対する公金の支出の差止めを求めているのである(甲8)から,本件監査請求
に対象の特定に欠けるところはないというべきである。したがって,被告藤沢市長
の上記主張は採用できない。
オ 乙事件被告P4及び被告P3の同旨の主張に対する判断
 乙事件被告P4及び被告P3も甲事件被告藤沢市長と同様に本件監査請求に対象
の特定を欠く点がある旨を主張する。乙事件の監査請求前置の問題は,甲事件を予
定してされた本件各監査請求をその後に提起した乙事件にとっての監査請求として
流用できるかを主たる問題とするものである。したがって,後記7で上記の問題を
扱うが,そこで流用できるとの肯定的判断がされれば,標記の主張に対する判断も
甲事件被告らの主張に対する上記判断をもって足りることになると考えられる。
(2) 財務会計上の行為性の有無
ア 監査請求と財務会計上の行為
 甲事件被告らは,本件各監査請求の実質は,本件都市計画決定等及び鉄道建設事
業(本件事業)の計画変更を求めるものであり,本件都市計画決定等及び本件事業
計画の決定は,一般行政上の行為であって財務会計上の行為ではないから,本件各
監査請求が不適法である旨主張する。
 そこで,検討するに,地方自治法242条に定める住民監査請求は,地方公共団
体における財務会計上の違法又は不当な行為について,住民が監査委員の監査を通
じてこれを是正し,もって地方公共団体の適正な財務運営を確保し,住民全体の財
務的な利益を擁護することを目的としている。そして,その対象事項は,同条1項
に定める公金の支出,財産の取得・管理・処分,契約の締結・履行,債務その他の
義務の負担,公金の賦課・徴収又は財産の管理を怠る事実に限られ,いずれも財務
会計上の行為又は怠る事実(以下「財務事項」ということがある。)としての性質
を有するものである。したがって,監査請求の対象は財務事項でなければならな
い。
イ 本件各監査請求の対象行為の財務会計行為性の有無
 アの考え方に基づいて,本件各監査請求を見ると,本件各監査請求は,被告知事
らによる本件事業(延伸の工事)への公金支出の差止め及び工事計画の全線地下式
への見直しを求めているから(甲8ないし11,弁論の全趣旨),地方自治法24
2条1項が定める住民監査請求の対象事項となる公金支出を問題としている。した
がって,本件各監査請求は,監査対象の点では適法であるというべきである。
ウ 甲事件被告らの主張に対する判断
 甲事件被告らは,本件各監査請求の実質が本件都市計画決定等及び鉄道建設事業
(本件事業)の適否という一般行政上の行為であるから,本件各監査請求が不適法
である趣旨を主張するものと解される。
 確かに,原
告らは,本件各監査請求において,本件事業計画を見直し,全線地下式への変更を
求めていることが認められる(甲8,弁論の全趣旨)。しかし,本件各監査請求の
内容は,公金支出の差止めという財務事項を是正することを求め,その理由あるい
は原因となっている事柄について問題を指摘し,その是正のための手段を提示する
ものである。のみならず,監査請求者は,住民監査請求の手続きにより,監査委員
の監査を求めるとともに,監査の結果により必要な措置を講ずべきことを請求する
ことができ(地方自治法242条1項),その「必要な措置」には,当該行為又は
事実の予防,是正のために必要と認められる措置が広く含まれるというべきである
から,上記の財務事項を是正するための手段を監査請求において求めること自体が
「必要な措置」として法律で認められているのである。したがって,本件各監査請
求において,是正のために必要な措置として本件事業の見直し等を求めていること
をもって,監査請求として不適法であるということはできない。
 そして,本件各監査請求では,第一次的には本件事業に対する公金支出という財
務事項そのものの差止めが求められている。その意味からも,本件各監査請求が本
件事業の変更を求めていることを理由にこれを不適法ということはできない。
 したがって,この点に関する被告らの主張は採用できない。
エ 監査結果と監査前置の有無なお,監査委員は,被告らの上記主張と同様に,本
件各監査請求がいずれも財務会計上の行為を対象としておらず不適法であるとの理
由でこれを却下している(甲9ないし11)。しかし,これは,適法な住民監査請
求を誤って不適法として却下したことに帰するから,このような場合の本件各監査
請求は住民監査請求前置の要件を満たしているとして扱うのが相当である。
オ 乙事件被告らの同旨の主張に対する判断
 乙事件被告らも甲事件被告らと同様に本件各監査請求に財務会計行為性がない旨
を主張する。この点の判断は,(1)オと同様である。
(3) 監査請求をしていない原告らの有無
 被告らは,原告らの中には,本件各監査請求をしていない者がいる旨を主張す
る。
 県の監査通知(甲9)には,「P6ほか169人請求人代理人P7,P8,P
9,P10」と記載されており,P6が原告番号58の者であり,上記代理人が本
件の原告ら代理人であること,169人という数字が本件の原告ら15
0名よりも多いこと,そして,前記の被告らの主張があるだけで他に双方から何ら
の立証もされないこと,以上からすると,本件の原告ら150名は全員上記の県に
対する監査請求をした者であると推認するのが相当である。
 次に,横浜市の監査通知(甲10)には,「P11ほか67人請求人代理人P9
様」と記載されており,P11が原告番号23の者であり,上記代理人が本件の原
告ら代理人であること,67人という数字が本件の横浜市住民たる原告ら57名よ
りも多いこと,そして,前記の被告らの主張があるだけで他に双方から何らの立証
もされないこと,以上からすると,本件の横浜市住民たる原告ら57名は全員上記
の横浜市に対する監査請求をした者であると推認するのが相当である。さらに藤沢
市の監査通知(甲11)には,請求代理人P7,P8,P9,P10様」と記載さ
れている。そして,前記の被告らの主張があるだけで他に双方から何らの立証もさ
れないことからすると,本件の藤沢市住民たる原告ら93名は全員上記の藤沢市に
対する監査請求をした者であると推認するのが相当である。
(4) まとめ
 以上から,本件各監査請求はいずれも適法であるということができる。5 訴え
の対象の特定性の有無
(1) 被告横浜市長の主張の趣旨
 被告横浜市長は,「被告らの支出する公金は,例えば伊勢山工区の建設工事に対
する支出として特定されるものではない。したがって,原告らの請求の趣旨は不特
定である。」旨を主張する。
(2) 住民訴訟における差止請求の特定の程度
 この問題は,差止めを求める監査請求における特定の程度の問題(前記4
(1))と共通する点を含んでいる。すなわち,地方自治法242条の2第1項1
号の規定による住民訴訟の制度は,普通公共団体の執行機関又は職員による同法2
42条1項所定の財務会計上の違法な行為を予防するため,一定の要件の下に,住
民に対し,当該行為の全部又は一部の事前の差止めを裁判所に請求する権能を与
え,もって地方財政行政の適正な運営を確保することを目的としたものである。こ
のような事前の差止請求において対象が特定されているというためには,前に検討
した監査請求における特定の問題の場合と同様に,差止請求の対象となる行為とそ
うでない行為とが識別できる程度に特定されていることのほか,当該行為の適否,
当該行為が行われることが相当の確実さをもって予測されるか否かの
点及び当該行為により当該普通地方公共団体に回復の困難な損害を生ずるおそれが
あるか否かの点について判断することが可能な程度に,その対象となる行為の範囲
等が特定されていることが必要であり,これをもって足りるというべきである(前
掲最高裁判所平成5年9月7日第3小法廷判決)。
(3) 甲事件における特定の有無の問題の捉え方
 (2)の基準により本件について見ると,甲事件の請求の趣旨は,本件事業のう
ち,横浜市域部分の「伊勢山シールド立抗から境川までの区間」及び藤沢市域部分
の「境川から湘南台駅の手前までの区間」の各工事に関する公金支出を対象として
いる。これは,戸塚駅から立場駅までの区間の本件事業内容が地下式による鉄道敷
設であり,原告らとしては,それにつき異論がなかったため,異論のあるその余の
区間を特定してその区間に係る工事を地下式にするように変更するという目的を背
景にして,その区間の地上式でされる工事のための公金の支出の差止めを求めたも
のであると解される。したがって,少なくとも,工事単位では,差止請求の対象と
なる行為とそうでない行為とが識別できる程度に特定され,当該行為の適否,当該
行為が行われることが相当の確実さをもって予測されるか否かの点及び当該行為に
より当該普通地方公共団体に回復の困難な損害を生ずるおそれがあるか否かの点に
ついて判断することが可能である。
 被告横浜市長が主張する趣旨は,特定の工事と公金の支出とを結びつけることは
困難であるから,公金の支出単位で考えると甲事件の請求における差止めの対象は
特定していないという点にある。住民訴訟は財務事項を対象とするものであるから
差止めの対象の適否は工事単位で考えるのではなく,公金支出単位で考えるべきこ
とは当然であり,被告の主張はその限度では正当である。
(4) 本件事業における特定の工事と公金支出との結びつきの可否
 そこで,工事と公金支出との対応関係を検討する。前記2(1)のとおり,本件
鉄道は,地方公共団体が経営する鉄道事業であり,地方公営企業法の適用を受け,
交通事業管理者としての横浜市交通局長が管理者の名と責任において本件鉄道に関
する業務を執行し,横浜市を代表して工事に関する発注や用地の買収のための契約
を締結し,その代金は,地方公営企業法に基づいて特別会計として設けられた本件
特別会計から横浜市交通局長の名と責任で支出されている(丙24
・32,証人P5,弁論の全趣旨)。
 本件事業の事業費及び建設財源は,まず本件延伸部分を横浜市域部分と藤沢市域
部分に分け,それぞれ予算が定められて,これにより事業が執行されている。財源
としては,前記のとおり,横浜市出資金,横浜市補助金,横浜市負担金,県補助
金,藤沢市補助金,藤沢市負担金のほか,国庫補助金及び企業債が存在する。横浜
市出資金,国庫補助金及び企業債は本件延伸部分全域の建設工事費用(用地取得費
を含む直接間接の工事費用)の財源に,横浜市補助金及び横浜市負担金は横浜市域
部分の建設工事の財源に,県補助金の一部(藤沢市減分)は藤沢市域部分の建設工
事の財源に,県補助金の残部(横浜市域分)は本件鉄道等の建設に伴って発行した
企業債の利息の返済に,藤沢市補助金及び藤沢市負担金は藤沢市域部分の建設工事
の財源に,それぞれ充てられている。(丙9・29・37,丁1,証人P5,弁論
の全趣旨)
 横浜市交通局長は,本件事業の土木工事について,戸塚西口工区から湘南台駅工
区の14の工区に分けて,別紙4のとおり,それぞれ別の事業者との間で個別に建
設請負契約を締結し,各工区ごと(境川工区については上部と下部とで分割してい
る。)に代金を支出している(丙24,弁論の全趣旨)。ただし,前記のとおり,
本件各自治体の公金の使途は,横浜市域部分ないし藤沢市域部分として特定される
ことがあっても,各工区ごとに使途が特定された財源となっていない。
(5)甲事件の訴えにおける請求の特定の有無
 (4)のとおりであるから,被告横浜市長らは,公金の具体的な使途について地
上部分と地下部分といった指定をせずに,本件特別会計に対して補助金等を支出し
ており,横浜市交通局長が本件特別会計から請負業者等へ具体的な金員を支出して
いる。しかも,請求の趣旨にある伊勢山シールド立抗から湘南台駅手前までの区間
といっても,伊勢山工区,泉ヶ丘工区,下飯田工区,境川工区(下部・上部),湘
南台工区(相鉄委託工区)の5工区に分けられているので(甲13・14,丙1
7・18・24,弁論の全趣旨),被告らの支出する公金がいずれの工区の地上・
地下のどの工事に充てられるのかを直接的に対応する形で特定することはできな
い。
 しかし,他方では,金額面で考えれば,特定の工区の特定の工事に要する費用は
特定され,それに充てられるべき性質の金員が前記の財源の中から支出されること

判明している。このような場合には,複数の財源のそれぞれの支出額を必要な費用
に満つるように案分することにより,計算上は,どの財源からのいくらの金額がど
の工区のどの工事に使用されるという方法で観念的ながら特定することができる。
本件各監査請求のように本件事業全部に対する公金支出全部の差止めを求める場合
には,全体を対象とするために不特定の非難を受けなかった(前記4(1))。と
ころが,原告らは,甲事件の請求において,この監査請求の場合と異なり,伊勢山
シールド立坑から境川までの区間及び境川から湘南台駅手前までの区間の各工事に
つき,公金を支出してはならない旨の請求の趣旨により訴えを提起した。これは,
戸塚駅から立場駅までの区間の本件事業内容が地下式による鉄道敷設であり,原告
らとしては,それにつき異論がなかったため,異論のある区間を特定しその区間に
係る工事を地下式にするように変更する目的を背景にして,その区間の地上式でさ
れる工事のための公金の支出の差止めを求めたものであると解される。その結果,
監査請求が特定していると判断されながら,監査請求よりもはるかに具体的に必要
な範囲を特定してされた甲事件の請求が反対に不特定であるというのは,いかにも
不合理である。
 したがって,公金支出単位で,算術的には特定できるのであるから,これをもっ
て,甲事件の請求は特定していると解するのが相当である。
(6) 差止めの対象の存否
 なお,甲事件は,本件公金支出の差止めを求めるものであるところ,甲事件提訴
ころに未着工であった伊勢山シールド立坑から湘南台駅までの区間の本件事業に関
する工事も施行され,少なくとも本件口頭弁論終結時には本件事業が全線について
完成し,市営地下鉄1号線の延伸部分が開業するに至っていることは公知の事実で
ある。また,これに伴い,本件公金支出も甲事件提訴時には将来の予定であったも
のが既に支出され,そのために乙事件が提訴されるに至っている。
 ただし,本件公金支出が全部終了済みというわけではない。すなわち,横浜市交
通局長による本件特別会計からの工事請負人等に対する支払は本件事業に関する工
事の完了後ころには終了しているはずであるが,本件各自治体からの本件特別会計
に対する補助金等の支出が未だ完了していない。したがって,既に終了した本件事
業に対する支出に充てるための補助金,負担金がなお今後本件特別会計に対し
て支出(本件公金支出)される予定である。したがって,本件公金支出の差止めを
求める甲事件の訴えがその対象を完全に失ったというわけではない。その意味での
訴えの利益は残存している。そして,その差止めの趣旨は,伊勢山シールド立坑か
ら湘南台駅までの間の建設工事に関する費用を補填するために本件公金を特別会計
に支出することの差止めを求めるということになる。このような相当程度算術的,
観念的な仕方による特定をもって足りると判断することになるが,これも致し方な
いと解する。
6 住民訴訟の対象性(財務会計上の行為性)の有無
(1) 被告知事及び同P2の主張の内容
 被告知事及び同P2は,原告らが本件公金支出の違法事由として具体的に主張す
る点は,いずれも本件都市計画決定等及びそれに基づく本件事業という非財務会計
上の行為であるから,本件各訴えは,住民訴訟の趣旨を逸脱した不適法なものであ
る旨主張する。
(2) 判断
 地方自治法242条の2に定める住民訴訟は,地方財務行政の適正な運営を確保
することを目的としており,その対象とされる事項が同法242条1項に定められ
た財務会計上の行為又は怠る事実(財務事項)に限られるという点では,住民監査
請求の場合と同様である。両者が異なるのは,訴訟は違法な財務会計行為に限定さ
れる(同法242条の2第1項)のに対して,監査請求は不当な財務会計行為も含
まれる(同法242条1項)点である。したがって,この問題に対する考え方は,
住民監査請求における場合(前記4(2))と趣旨において変わらない。
 そこで,これを本件について見ると,甲事件の訴えは,結論として公金支出の差
止めを求めているのであり,乙事件の訴えも公金の支出に基づく損害賠償を求める
ものであるから,その理由として都市計画決定の問題等を指摘していても,両訴と
も財務会計行為を対象としているというべきである。したがって,甲乙事件の訴え
は,住民訴訟の対象として財務会計行為を取り上げているので,その点に不適法は
ないというべきである。上記被告らの主張は,財務事項の違法事由として,当該財
務事項の原因又は目的となった非財務事項の違法性・不当性を主張できるかという
違法性の判断に係る問題であって,本案で検討すべき問題である。
 したがって,この点に関する被告らの主張は理由がない。
7 監査請求前置の有無(乙事件における争点)
(1) 被告P1の主張
 
被告P1は,原告らの乙事件の訴えと本件各監査請求との間には同一性がないた
め,乙事件の訴えは監査請求前置主義に反し不適法である旨主張する。
(2) 差止めの監査請求と損害賠償代位請求訴訟との関係
 確かに,乙事件の請求と同一の内容を求める監査請求があったわけではなく,原
告らは,本件各監査請求をもって,乙事件についての監査請求の前置も満たされて
いるという立場を採っていると解される。そこで,検討するに,住民訴訟について
監査請求が前置されているというためには,原則として,監査請求の対象となった
財務会計上の行為又は怠る事実(財務事項)と住民訴訟の対象となった財務事項と
の間に同一性があることが必要である。本件各監査請求は,一部地上式を採用した
本件事業に対する公金の支出が違法であるとして,本件事業に対する公金の支出の
全部の差止めを求めたものであることは前記のとおりであり,他方,乙事件は,被
告P1らによる本件事業に対する公金支出が違法であるとして,その賠償を求める
ものである。
 以上によれば,乙事件とそれに先立つ本件各監査請求は,いずれも本件事業に対
する本件公金支出の違法性を問題とするものであるから,求める行為が賠償か差止
めかの違いはあるものの,対象につき同一性があるというべきである。したがっ
て,本件各監査請求をもって,乙事件についての監査請求前置の要件を満たしてい
ると認めるのが相当である。
 さらに付言すれば,同一住民が同一の財務事項を対象として再度の監査請求をす
ることは許されないのであるから,本件において,原告らが損害賠償代位請求(乙
事件請求)を提起する前提として,本件公金支出について本件各監査請求とは別に
再度の監査請求をすることは許されない。そうすると,仮に本件で乙事件と本件各
監査請求との請求事項の同一性が否定された場合には,本件公金支出行為について
新たな監査請求もできないために,原告らが争う余地がなくなることになり,不合
理な結果となる。したがって,本件各監査請求と乙事件の訴えの対象との間に同一
性があるとされることは合理的な結果ももたらすものである。
(3) 被告P4の主張に対する判断
 なお,被告P4は,同人が藤沢市長に就任する前になされた藤沢市監査委員に対
する監査請求は,被告P4に対する損害賠償代位請求の前提要件とならない旨主張
する。
 しかし,前記のとおり,住民訴訟の対象と監査請求の
対象とが同一であれば,監査請求の前置を満たすと解されるのであり,本件公金支
出が本件各監査請求の対象でもあり,かつ乙事件の対象でもある以上,乙事件と本
件各監査請求との間には対象の同一性が認められ,被告P4の就任前の公金支出も
乙事件において同被告との関係で監査前置を満たすこととされる。差止めの監査請
求の対象となった財務会計上の行為を誰が行ったかどうかということは,監査請求
前置の有無の判断に影響を与えるものではない。ただし,賠償責任を負うかどうか
の本案の問題においては,被告P4が自己のしていない行為について責任を負うこ
とはまず考えられない。
8 出訴期間の遵守の有無(乙事件における争点)
(1) 事実の経緯
 本件各監査請求について,横浜市監査委員は平成6年8月4日に,藤沢市監査委
員は同月5日に,神奈川県監査委員は同月8日に,それぞれ監査請求を却下する旨
の通知を発し,この通知が同月5日,8臥9日にそれぞれ請求人らに到達したこと
は,当事者間に争いがない。そして,甲事件提起以後の訴えの追加的変更等の経過
が次のとおりであることは,本件記録により明らかである。
ア 原告らは,平成6年9月1日,被告知事,被告横浜市長,被告藤沢市長に対
し,本件事業のうち一部区間(主として本件地上施設部分)の工事に対する公金支
出の差止めを求める甲事件訴状を当裁判所に提出した。
イ 甲事件において被告横浜市長が提出した横浜市交通局作成の丙第37号証
(「戸塚~湘南台年次表(決算)と題する一覧表」)には,平成7年度ないし同1
0年度における被告らによる本件事業への支出金が記載されており,被告横浜市長
は原告らの訴訟代理人弁護士であるP9に対し,平成12年1月24日,上記書証
をファックスで直送し,同日P9が受け取った。
ウ 上記丙第37号証は,平成12年2月9日の第31回口頭弁論期日に,当裁判
所で取り調べられた。
エ 乙事件原告らは,平成12年2月29日,神奈川県,横浜市及び藤沢市(本件
各自治体)にそれぞれ代位して,神奈川県知事の職にある被告P2,横浜市長の職
にある被告P1,藤沢市長の職にあった被告P3及び藤沢市長の職にある被告P4
に対し,既に支出された金員のうち合計449億1730万6000円の損害賠償
を求める乙事件を行訴法19条の追加的併合の訴えとして当裁判所に提起した。
(2) 追加的併合の訴えの出訴期間
 上記経過によれば
,後に追加された乙事件については,出訴期間の遵守が問題となる(甲事件が出訴
期間を遵守していることは明らかである)。
 そこで検討するに,一般に,行政事件訴訟法に定める追加的併合の訴えであって
も,新たな訴えの提起にほかならないから,この追加的併合事件についても出訴期
間の制限は加わり,その遵守の有無は,当該追加的併合事件の訴えの提起時を基準
としてこれを決すべきである(行訴法42条,地方自治法242条の2第2項)。
ただし,基本事件と追加的併合事件との間に訴訟物の同一性が認められるとき,又
は両者の間に存する関係から追加的併合事件に係る訴えを当初の訴えの提起の時に
提起されたものと同視し,出訴期間の遵守に欠けるところがないと解すべき特段の
事情があるときは,別個に考える必要があるというべきである。
(3) 乙事件と出訴期間
 これを本件について見ると,前記認定事実のとおり,原告らが甲事件を提訴し
て,被告横浜市長らに対し本件事業の一部区間に対する公金支出の差止めを請求し
ていたところ,その係属中に被告らにより合計449億1730万6000円の公
金が支出された(概ね争いがない。)ことを知ったため,改めて原告らが,被告P
1ら個人を被告として損害賠償代位請求の乙事件を提起したものである。このよう
に,公金支出の差止訴訟が適法に係属している間に公金の支出がなされ,当該公金
支出等を理由とする損害賠償等の訴えが提起された場合には,前訴と後訴とは,被
告は異なるものの,その対象とする行為自体は,本件では公金の支出という同一の
行為であるということができる。なお,本件では,少なくとも甲事件がその提訴時
には一部区間に対する公金支出を対象とし,乙事件が本件事業全体に対する公金支
出を対象としているという違いはある(さらに,口頭弁論終結時には本件事業が完
成したことに伴う相違点も生じていることは,前記第1の5(6)のとおりであ
る。)が,いずれも一部地上式を採用した本件事業の適否が問題となっており,原
告らが主張している違法事由,争点は同一である。また,甲事件は,差止請求であ
るから本件公金支出前に提訴せざるを得ないのであり,公金を特別会計に全部支出
後には訴えを維持する実益がなくなるものである。これに対し,乙事件は,損害賠
償請求であり,本件公金支出前には提訴することができず,本件公金支出後に初め
て提起することができるものである
。このように甲乙事件は,表裏一体のものである。さらに,そもそも本件公金支出
について再度の監査請求をすることが許されないのは前記のとおりである。上記の
ような事情の下においては,出訴期間との関係では,前訴の提起時に後訴の提起が
されていたものと同視することができるというのが相当である(最高裁判所昭和6
1年2月24日第2小法廷判決・民集40巻1号69頁参照)。したがって,乙事
件は公金の支出後に提起されたわけであるが,その提起は,出訴期間の関係では,
公金支出があってから適法な監査請求を経て適法な出訴期間内に提起されていたも
のと同視するのが相当である。
 この点に関して被告P1は,出訴期間は,遅くとも原告らが本件公金支出の存在
を知ったときから進行するものであり,原告らは遅くとも平成12年1月24日ま
でに本件公金支出の事実を知ったのであるから,乙事件の訴え(平成12年2月2
9日提起)は,その出訴期間を徒過しており不適法である旨主張する。しかし,本
件においては,上記のとおり,乙事件の訴えは,出訴期間の遵守に欠けるところは
ないと解すべきである。
第2 本案についての判断(両事件における争点)
1 判断の順序・方法
 前記第1の5(6)のとおり,甲事件は,伊勢山シールド立坑から湘南台駅まで
の本件事業に関する工事のために横浜市交通局長が本件特別会計から支出した費用
を補填するために,甲事件被告らは本件公金を本件特別会計に支出してはならない
との趣旨の訴えと解される。他方,乙事件は,本件事業に伴い本件各自治体が既に
本件特別会計に支出した公金のうち平成7年4月1日から平成11年3月末日まで
に支出した分について,それが違法であるとして,本件各自治体に代位して支出の
責任者である自治体の長に損害の賠償を求めるものである。
 以上のように,甲事件と乙事件とは,訴えの対象行為の範囲(本件地上施設部分
に係るものか全線に係るものか),捉え方(今後の特別会計に対する支出の差止め
か,過去の一定時期に特別会計に支出した金員に相当する金額の賠償か)の点で異
なるが,違法事由としては,(1)本件都市計画決定等の違法が公金支出の違法を
もたらすか,(2)公金の支出自体が地方自治法232条の2,地方公営企業法1
7条の3,地方財政法4条1項に違反するかという点で共通している。そして,原
告らがいずれの事件においても違法事由として最も問題とし
ているのは,地上部分を認め全線地下式にしなかったという点である。したがっ
て,以下では,甲乙事件共通に地上式の採否を含む違法事由の存否を検討すること
とする。
2 非財務会計行為の違法を原因とする公金支出
(1) 原告らの主張
 甲乙両事件とも,本件公金支出が違法であるとしてその支出分につき,差止め
(甲事件)又は代位による損害賠償(乙事件)を求めるものであり,原告らの主張
する第一次的な違法事由は本件都市計画決定等の違法性及びそれに基づく本件事業
の適否であり,主として非財務会計上の行為を問題としている。そこで,まず,こ
れが許されるかを検討する。
(2) 本件都市計画決定等の違法の公金支出への影響の有無・内容
 地方自治法242条の2に規定された住民訴訟の制度は,地方公共団体の執行機
関又は職員による同法242条1項所定の違法な財務会計上の行為又は怠る事実
(財務事項)が究極的には当該地方公共団体の構成員である住民全体の利益を害す
るものであることから,これを防止するため,住民に対しその予防又は是正を裁判
所に請求する機能を与え,もって地方財政の適正な運営を確保することを目的とし
た制度である(最高裁判所昭和53年3月30日第1小法廷判決・民集32巻2号
485頁)から,住民訴訟において主張することができるのは,原則として財務事
項の違法事由に限られるということができる。
 ただし,住民訴訟において主張できる違法事由を直接の財務会計法規違反に限定
すると,住民訴訟の持つ地方財務行政の適正な運営確保の目的を図る機会は著しく
少なくなる。他方,公金の支出を伴わない行政行為はおよそ存在しないのが実情で
あるから,公金の支出を伴うとして行政行為の適法性を争う途を無限定に認める
と,住民訴訟は広く行政一般を対象とし得ることになり,地方自治法が住民訴訟の
対象を財務事項に限った趣旨を逸脱することになる。また,非財務会計上の行為が
行政処分である場合には,無限定にその違法性を争う余地を認めると行政処分の公
定力を否定する結果になりかねない。
 したがって,住民訴訟において主張し得る違法事由は,当該財務事項自体に財務
会計法規上の違法がある場合のほか,財務事項と事実上直接的な関係に立つ非財務
会計上の行為(以下「原因行為」ということがある。)に法令違反があってこれを
看過しては執行機関の誠実管理執行義務(地方自治法138条の2)違反をも
たらすような場合であると解するのが相当である。そして,上記「事実上直接的な
関係」に該当する場合とは,原因行為を行うことの主たる目的が実質的に見て後行
する公金の支出に向けられていると評価できる場合及び原因行為を直接の目的とし
て公金を支出する場合,並びに原因行為を行うことによって法令上当然に公金の支
出義務を負担する場合などであると解するべきである。
(3) 本件における判断のあり方
 これを本件について見ると,本件公金支出は,前記のとおり地方公営企業法17
条の3,横浜市都市交通基盤整備基金条例又は本件各自治体間の覚書に基づいて,
一般会計からの補助金等として支出されたものであるから,本件都市計画決定等は
本件事業に対する関係で原因行為となっているにすぎず,本件公金支出との結びつ
きは本件事業を介在させているだけ間接的である。
 したがって,本件公金支出行為は,本件都市計画決定等を直接の原因行為とはし
ていないというべきである。ただし,仮に本件都市計画決定等に強度の違法がある
場合には,本件事業を通じて本件公金支出が違法になる余地を否定することはでき
ないであろう。そこで,本件都市計画決定等を含めた本件事業内容を検討し,その
後に,本件都市計画決定等に重大かつ明白な違法があるかどうか等についてさらに
検討を加えていくことにする。
3 本件事業内容
(1) 概要
 本件事業内容が請求原因(2)のとおりであることは,弁論の全趣旨により認め
られる(被告P3及び同P4との関係では弁論の全趣旨,その余の被告らとの関係
では争いがない。)。また,本件鉄道に関する制度の概況等は第1の2,3のとお
りである。
(2) 基本的なルート及び駅位置の選定等
 本件延伸部分周辺の地域は,近時急激に人口が増加し,また今後も増加が見込ま
れる地域であり,従来から鉄道,道路等の整備が遅れ,特に横浜伊勢原線(長後街
道)の道路混雑は深刻な状況にあった。横浜市交通局は,この地域の交通不便を解
消し,横浜市の都市部(横浜,関内地区)とを直結することによって,市域の一体
化を図ると共に,既設の他鉄道路線との連絡を強化し,有機的な鉄道網を形成する
重要路線として,昭和57年度から,市営地下鉄1号線の湘南台までの延伸を計画
してきた。そして,横浜市交通局は,路線及び駅位置選定のための基礎調査を実施
し,戸塚・湘南台間の鉄道路線として考えられるルートについて,地形
及び地質,地域の状況並びに他鉄道との関係等を勘案して比較検討を行った。(丙
17・29・32,証人P12・P5,弁論の全趣旨)
 運輸大臣の諮問機関である運輸政策審議会は,昭和57年9月に「東京圏におけ
る高速鉄道を中心とする交通網の整備に関する基本計画」について諮問を受け,審
議会内に東京圏都市交通部会を設置して,調査審議等を行い,昭和60年7月11
日に答申(丙30。以下「審議会答申」という。)を出したところ,この答申で
は,平成12年までに整備すべき10路線のうちの1つとして本件鉄道が位置づけ
られた。なお,審議会答申は「鉄道を円滑に建設・運営するための方策」の1つと
して「建設費の低減化」を掲げており,「建設費の低減化を図る観点からは,環境
問題に配慮しつつ,可能な限り地下ではなく高架又は地上等に路線を設置すること
が望ましく」としている。
 横浜市交通局は,審議会答申の趣旨に沿って,本件鉄道延伸のルート選定等の作
業に入り,(1)戸塚から湘南台間を直線で結ぶコース,(2)長後街道沿いに延
伸し,戸塚区中和田支所から南西に向かうコース,(3)長後街道沿いに延伸し,
中和田支所より戸塚寄りである長後街道の立場交差点から湘南台に向かうコースの
3ルートに絞って検討を進めたところ,相鉄いずみ野線との重複競合が避けられ,
地域の開発計画と整合しており,バスと鉄道との有機的結合による総合的な地域交
通体系の実現性が高く,経営採算制が他より高く,早期に免許が取得できる可能性
が最も高いとの理由で,(3)のルート(以下「本件ルート」ということがあ
る。)を基本的に採用することとし,横浜市議会への説明を経て,昭和61年7月
18日に公表した。その際,本件鉄道の構造については,建築物が密集している市
街地では地下構造,建設費の削減をはかるために郊外では可能な限り地上構造を採
用することを基本とし,基本ルートの公表とともにこれらの構造計画の概要につい
ても公表した。(丙22・29,証人P12)
 その後,横浜市交通局は,具体的な平面線形及び横断線形,駅の位置,構造形式
等についての計画案の策定作業を進め,戸塚から伊勢山地区までの区間は既に市街
化が進んでいることから,都市計画道路である横浜伊勢原線の道路下に鉄道路線を
敷設することにして,駅部は開削トンネル,駅間の路線部分はシールドトンネルを
採用することとした。他方,泉ヶ丘地区から
湘南台地区までの区間は,市街化調整地域であり,農地又は山林が大部分を占める
こと,地域的には途中和泉川と境川の2つの河川と交差すること,同地区には「い
ずみ田園文化都市構想」による開発計画が予定されていることなど,上記区間にお
ける以上のような土地利用状況,地形及び将来の沿線の開発計画等について考慮
し,横浜市交通局は,和泉川及び境川の横断箇所は高架橋,その前後区間は掘割式
(掘割式の区間とは,線路の施工基面が地表面よりおおむね5メートル以下である
区間が350メートル以上連続している区間で地下式の区間以外のものをいう。丙
28)及び地表式(地表式の区間とは,線路の施工基面がおおむね地表面にある区
間で,嵩上式,掘割式,地下式以外の区間をいう。丙28)等の構造を採用し,特
に,下飯田駅付近の台地部については,いずみ田園文化都市構想区域内にあるた
め,将来の開発の中で計画される道路との立体交差に支障のない深さの構造とし,
地域分断を生じないよう町づくりとの整合性をはかることとした。湘南台駅付近の
区間については,すでに市街化が進んでいることから,境川を横断した後,市街地
に極力影響を与えないよう最急勾配で地上から地下に移行するとともに,湘南台駅
前の駅前広場及び道路下等は開削トンネルとする構造とされた。(丙22・29,
証人P12,弁論の全趣旨)
(3) 都市計画決定及び環境影響評価手続き等の概要
 横浜市交通局は,平成3年4月19日本件鉄道について鉄道事業免許を取得し,
その後,本件計画の確定に向けた諸手続きを開始し,同年7月ないし8月に事前地
元説明会(以下「説明会」という。)を実施した。一方,被告知事は,都市計画変
更手続きと並行して別紙3のとおりの環境評価手続きを経た上で,本件都市計画決
定等をした。
 説明会に出席した住民らの意見は,基本的には本件鉄道の早期整備を期待するも
のが多数であったが,地上構造部分,特に藤沢市域部分について,環境保全の見地
から地下構造に変更して欲しい旨の沿線の住民からの要望が強く,その後も同趣旨
の意見書,要望書及び陳情などが横浜市長及び横浜市議会はじめ各関係機関充てに
提出された。
 そこで,横浜市及び神奈川県は,上記要望について検討を行ったが,結論的には
全線地下化は困難であり,一部地上式にして環境対策を可能な限り講じる旨を説明
した。
その内容の詳細は,後記(4)(5)のとおりである
。(丙12・29,証人P12,弁論の全趣旨)
(4) 全線を地下化した場合の影響
ア 事業費の変動
 横浜市及び神奈川県は,(3)のとおりの要望について検討したが,現状のルー
トのまま地下構造に変更するためには,和泉川と境川の地下を横断する方法により
地下深くに路線を敷設しなければならないこと,そのためには,本件鉄道をすべて
地下構造にして建設する必要があること,全線を地下化した場合には,建設費が大
幅に増額すること,その金額等について次のように判断されること,以上のような
説明をした。
 すなわち,まず,神奈川県は,当時既に完成し,開通していた本件鉄道の上永谷
から戸塚駅までの区間の過去の事業費を参考に,地下式を採用した場合の事業費の
1キロ単価を約230億円と想定して,環境影響評価審査会において,本件延伸部
分をすべて地下化した場合には,一部地上式の本件計画と比較して約300億円の
増加となると説明した(丙10,証人P12)。
 次に,横浜市は,全線を地下化する場合には,鉄道計画上の前提条件が大きく変
わるため,本件延伸部分のルート・構造形式・施工方法等について全面的に再検討
することが必要であるが,過去の路線の建設実績や本件計画策定段階での検討結果
などから,全線地下式は明らかに大幅な事業費の増額を招くことから比較検討の対
象にはならないとした上で,新たに具体的なルート選定等の検討は行わなかった。
ただし,地下化の要望に対して答えるために,仮に本件ルートをそのまま地下化し
た場合における費用を試算したところ,神奈川県による試算と同様,本件計画と比
較して約300億円程度の増額となったため,住民らに対して,その旨,市長名で
回答した。(丙12・29・35,証人P12,弁論の全趣旨)
イ 下飯田駅の利便性の悪化
 また,横浜市及び神奈川県は,(3)のとおりの要望について検討した結果,全
線を地下化した場合には,下飯田駅は,和泉川と境川との間で地上から20メート
ル以上の深さの位置に設けられることになり,同駅の利便性が悪化し,いずみ田園
文化都市構想と合致しないことになる旨の見解を述べた。(丙12・29・35,
証人P12,弁論の全趣旨)
ウ 立場・下飯田間の中間駅の設置構想との関係
 本件ルートのうち,立場駅から下飯田駅間は,約2.1キロメートルであり,他
の駅間と比較してやや距離が長いことから,従来から両駅間に駅(以下「中
間駅」という。)の設置を求める要望が強かった(甲40,丙1・29,弁論の全
趣旨)。そこで,横浜市は,本件計画では中間駅の設置を見送ったものの,将来の
建設を容易にするために,中間駅建設が予定される区間では地上式構造で路線を建
設するとともに線路の勾配等について配慮した計画内容とした。そして,横浜市
は,仮に地下構造を採用した場合,その後に中間駅を建設するには,営業線の脇を
掘削し,それを拡幅して駅を増設する必要があるから,地上式の場合と比較して相
当の時間と費用がかかることになり,全線地下式は困難であるとの考え方を示し
た。(丙12・29,証人P12)。
(5) 環境対策・耐震設計等
ア 環境評価審査会の審査内容
 前記(3)で触れたとおり,都市計画変更手続きと並行して,平成3年から環境
影響評価手続きが採られていたが・騒音,振動,日照障害,電波障害及び景観等に
ついて環境保全目標を満たすことが確認され,環境評価審査会による審査を経て,
平成5年3月に同手続きが終了した(別紙3参照。丙17・18・29,証人P1
2・P5,弁論の全趣旨)。
 上記の環境評価審査会の審査に供された県の評価書案・準備書及び同審査会の審
査を踏まえた被告知事及び同横浜市長の審査書の内容は,次のとおりである。(甲
13ないし16,丙17・18,弁論の全趣旨)
(ア) 騒音
 神奈川県が行った環境影響評価では,本件地上施設部分の騒音レベルは,路線に
最も近接する住居において70デシベルを下回ると予測されたが,その後,藤沢市
域部分の相鉄いずみ野線との並走区間(本件並走区間)において,相鉄いずみ野線
と本件鉄道とが同時に並走した場合の騒音レベルが,軌道中心から30メートルの
地点で71デシベルとなる可能性が指摘されている(甲45,証人P12)。
 地下部分のトンネル振動により発生する家屋内の騒音は,振動対策の実施により
直上部で42デシベルほどであると予測された。
(イ) 振動
 本件地上施設部分の振動レベルは,バラストマットの敷設によりすべての地域で
63デシベルを下回ると予測された。また,地下部分でも,同じくバラストマット
の敷設によって,51デシベル以下になると予測された。
(ウ) 景観
 本件地上施設周辺区域のうち,低床高架部で建設される予定であった泉ヶ丘地区
は,路線を建設する場所が谷部になっていることから景観の影響は少ないと予測さ
れた。また和泉
川及び境川を横断する区間は,高架橋となるため,建造物によって視界が遮られる
が,背景に優れた景観がないから,景観変化による影響は少ないと予測された。
(エ) 日照被害
 下飯田地区の一戸の住居に対して日照障害が生じることが予測された。
イ その後の環境対策
 環境評価審査において,審査会は本件事業について,さらにでき得る限りの環境
対策を検討するように指摘し,横浜市は,その指摘を受けて次のような具体策を採
った(丙29,証人P12,弁論の全趣旨)。
(ア) 防音壁の設置等
 本件並走区間では,採用した逆L字型防音壁の防音効果を高めるために,吸音板
を合成した上で,その高さを1メートル85センチメートルから3メートルに変更
し,さらにその上部については透明板を内側45度に傾けるような工夫を行った。
そして,上下線の路線の間にも防音壁を設置し,路線建造物にはコンクリート箱桁
を採用して,構造物を重量化することで,騒音・振動の低減を図ることとした(別
添図1参照)。
 さらに,本件地上施設部分には,路盤コンクリートとコンクリートまくら木との
間にバラストを敷設するとともに,騒音の低減をはかるために路盤コンクリートの
上に防振マットを敷設することとした(別添図2参照)。
 そして,レールは,継ぎ目を溶接したロングレールを採用し,トンネルの出入り
ロ付近には吸音材を設置することとした。なお,本件並走区間や横浜市の本件地上
施設部分の一部については,地域内の交通上の問題の解消のほか,騒音・振動・日
照障害などに対する緩衝地帯としての役割を果たすために,線路の両脇に道幅6メ
ートルほどの道路を新設することとした。
(イ) 運行後の対策
 摩耗による車輪の偏平化に伴って発生する騒音(いわゆるタイヤフラット音)を
防止するため,運行後も各種の検査を実施するとともに,損傷摩耗が生じた車輪及
びレールを随時削正・交換する旨の車両整備基準を定めた。また,本件並走区間に
おける騒音・振動の影響を緩和するために,相鉄いずみ野線と本件鉄道とが極力並
走しないようにダイヤ調整を行うことが確認された。
(ウ) 景観対策
 周辺景観との調和をはかるため,和泉川及び境川の高架橋の高さをできるだけ低
くすることとした。また,圧迫感を少なくするため,橋脚,橋桁のデザインについ
て曲線を生かしたものにするなどの検討を行い,特に本件並走区間では,景観との
調和を保つようデザイ
ンを工夫して,全体的に周辺環境に調和させるようにすることとした。
ウ 新たな耐震基準の策定
 横浜市交通局は,平成4年から7年ごろ(藤沢市域の高架区間(境川工区)は,
平成5年から6年にかけて)「国鉄建造物設計基準昭和58年」(以下「昭和58
年設計基準」という。)に準拠して,本件鉄道構造物についての詳細設計を行っ
た。昭和58年設計基準は,昭和53年に発生した宮城県沖地震による被害経験を
受けて,それ以前の「建造物設計基準(国鉄 昭和45年3月)」の耐震性能を強
化すべく改訂したものであり,兵庫県南部地震においても昭和58年設計基準に準
拠した構造物には大きな被害を生じていなかったという鉄道施設耐震構造検討委員
会(運輸省の設置機関)の報告(丙31)がある。
 運輸省は,平成7年8月,今後新設する鉄道建造物について新たな耐震設計の実
施を定めたが,これは関東運輸局長の通達によると「今後,詳細設計に着手する鉄
道施設を対象とする」ものであり(関鉄技一第126号「鉄道施設耐震構造検討委
員会の提言に基づく鉄道構造物の耐震性能に係る当面の措置について」(丙25)
参照),既に詳細設計を完了していた本件鉄道は対象外であった。しかし,横浜市
交通局は,上記通達の趣旨を踏まえて兵庫県南部地震クラスの地震に耐えられるこ
とを目標とした耐震設計の見直しに着手し,財団法人鉄道総合技術研究所が平成8
年3月に発行した「新設構造物の当面の耐震設計に関する参考資料」に準拠した具
体的な設計寸法を採用した。そのため,本件延伸部分の鉄道建造物は,この新たな
耐震設計に準拠して設計・建設された。(ウ全体について,丙29,証人P12,
弁論の全趣旨)
4 本件都市計画決定等の重大明白な違法の有無
(1) 虚偽の事業費試算による欺罔の有無
ア 原告らの主張の骨子
 原告らは,本件鉄道について全線を地下化した場合でも事業費は増大せず,むし
ろ減少するのであるから,被告らが行った前記(3(4)ア)試算は,虚偽のもの
である旨主張する。そこで,この点について,原告らの主張に沿って個別に検討す
ることにする。同発注済みの地下式区間工事における発注価格による試算について
原告らは,当時,既に発注済みであったシールドトンネルによる工事区間(戸塚西
口工区,矢沢工区及び広町工区)における土木工事費の1キロ単価の平均が約10
0億円であることから(別紙4。丙24の1から1
3),被告らが・前記のとおり,地下化の場合の1キロ単価を230億円と想定す
ること自体が誤りである旨主張する。
 しかしながら,まず,上記1キロ単価約100億円というのは本件事業における
土木工事の発注金額に過ぎないのに対し,上記1キロ単価230億円というのは,
当時既に完成していた上永谷・戸塚間(市営地下鉄1号線の区域ではあるが,本件
事業とは別区域である。)の建設費総額を基礎とした金額であり,比較する費用の
性質が異なるので,適切な議論ではない。また,上記100億円は3工区を基礎と
した数値であるが,元となった資料(丙24及び別紙4)により発注済みのシール
ドトンネルの工事区間全体について見ると,その1キロ単価は,100億円ではな
く,123億円である。また,これらの発注済みの金額はトンネル(ずい道)部分
の工事費だけであり,地下化により増大することが予想される駅の施設の建造,電
気・ガス等の設備,内装費,換気設備及び排水設備等にかかる費用はこの金額に含
まれていない(証人P12・P5,弁論の全趣旨)。のみならず,係争の本件地上
施設部分には和泉川及び境川があるため,川がない地域の地下工事よりもトンネル
工事の費用が一般に多くかかると想定される。また,本件計画策定当時,地下式の
事業費の1キロ単価が約200億円前後であって,地下鉄建設費が上昇していたこ
とは,関係者には一般に認識されていたことである(丙11,証人P12)。
 他方,横浜市交通局の担当者は,原告らから全線地下化の要望を受けて本件ルー
トをそのまま地下化した場合における費用を試算した(3(4)ア)が,その際の
内部の検討の機会に用いられたという資料(丙35の1)によれば,想定土木費用
は1キロ当たり154億円,同その他費用(駅の施設費,設備・内装費等をいうも
のと解される。)は38億円,同建設費(用地・権利取得費をも含む。)は207
億円となる(3155メートルの区間についてのものである(丙35の2)ので,
これを1キロ単価に換算して,丙35の1の「地下案」の「ずい道費」,「その
他」及び「計」欄の各数値から割り出した。)。また,上永谷・戸塚の実績額より
も相当に低い実績額もあるが,これは,上永谷・戸塚に比べると10年古い工事の
金額ではある(丙10)。
 そうすると,1キロ当たりの地下化想定建設費用について,上永谷・戸塚の実績
額を採用して230億円と
する試算は,見方によればやや高めの想定であったかもしれないということはでき
る。しかし,この230億円は,根拠のない金額ではなく,その当時最も新しく,
かつ,近接する区間に係る同じ市営1号線の実績額であり,それなりの重みはある
し,上記の諸事情に照らすと,見方によってはやはり合理性において優れるといえ
るものである。このようなことを総合すると,本件地上施設部分を地下化した場合
における建設費用について被告らがした想定価格に虚偽があるということはできな
い。
(イ) 「改訂新鉄道システム工学」の数値による試算について
 原告らは,「改訂新鉄道システム工学」(丙13)に基づいて,本件地上施設部
分を地下化した場合の事業費を試算すると,59億2731万円程度の増額にしか
ならないはずであり(別紙5計算書(1)の(3)参照),また,下飯田駅を開削
埋戻工法で建設することを考慮するとより相当額減額することができる旨主張する
(別紙5計算書(2)参照)。
 しかしながら,原告らの上記試算方法は,地上式を採用した際の掘割式構造部分
の土木工事費について,「開削埋戻し工法から屋根部及び支柱の建設費と埋戻費を
除いたものとみなし,開削埋戻し工法による地下線路部の土木工事費の半額として
試算」しているが,この試算は原告らの独自の予測に基づくものであって「改訂新
鉄道システム工学」に基づくものではなく,試算の客観性・合理性に欠ける面があ
る。
 なお,「改訂新鉄道システム工学」に基づいて,被告横浜市長が行った試算で
は,約248億円の増額になるとの結果が出ている(別紙5計算書(5)参照)。
そして,この試算内容が不正確であることを認めるに足りる証拠はない。
(ウ) 地上式の環境対策等によるコストの増大の主張について
 原告らは,地上式より環境負荷及び耐震機能の点で優れている地下式を採用すれ
ば,前記3(5)で検討したような,騒音・振動対策ないし耐震設計の見直しのた
めの補強工事が不要になったのであり,環境コストを考慮すると,地上式の場合と
比べて,数十億円ないしそれ以上の費用を削減できる旨主張する(別紙5計算書
(3)参照)。
 確かに,地上式構造では用地取得費が地下式構造による場合と比較して増大する
こと,環境保全のためのコストの費用がかかること,一般的には地下空間(特にシ
ールド式トンネルによる地下空間)が耐震機能の点で高架式建造物や地上空間
の建造物より優れていることが認められる(甲24,証人P5,弁論の全趣旨)。
また,前記3(5)のとおり,本件地上施設周辺区域の一部においては騒音・日照
障害を軽減するための緩衝帯としての道路を建設したり,本件地上施設部分の防音
壁等を強化していることが認められるから,本件地上施設部分の区間の環境対策に
は相当程度の費用をかけていることが認められる。さらに,実際の費用を検討する
に,1400億円と予定されていた当初の総事業費が,最終的には1650億円と
なる見込みであり,増額された250億円の内訳は,耐震設計の見直しに約20億
円,環境対策(土木費)に約45億円,サービス改善・福祉対策に約75億円,工
期の遅れに伴う経費に約110億円であって,当初予算から比較すると,環境・地
震対策等のために約65億円の費用が費やされていることが認められる(証人P
5,弁論の全趣旨)。
 しかしながら,上記環境対策の増額の大部分は,本件鉄道が住民の私有地の下を
通過する部分の振動対策に費やされたものであり,地下式区間の工事費に充てられ
ている(証人P5)。また,地震対策の増額部分は開削埋戻工法による構造物の耐
震機能の強化に費やされたものであり(証人P5),地上部分の構造物(特に高架
橋)に対する耐震機能の強化のために費用が増大したことを認めるに足りる証拠は
ない。
 したがって,地下式を採用すればそれだけですべての環境・地震問題が解消され
るというものではなく,地下式構造部分についても,環境・地震対策に費用がかか
ることが認められる。
 なお,原告らは,環境保全,公害防止の予算は事業の採算性とは別に考えても良
いはずであり,現在及び将来の国民,住民のために,予算が高くなっても環境保全
のためには,最良の方式を採るべきであると主張する。しかし,環境保全を事業の
効率化より常に無条件に優先させるべきであるとまでいうことはできないのであ
り,その調和こそが重要である。
(エ) 本件計画の変更実績からする地下式の事業費の微増の主張について
 横浜市長は,下飯田地区及び泉ヶ丘地区において,当初掘割式構造で計画してい
た区間の一部である740メートルの区間を開削埋戻しによる地下式構造に変更
し,その際,(1)将来の効率的な土地利用を図ることが可能となる,(2)線路
の深さを変更しない場合には構造変更による事業費の増加が生じない,(3)騒音
対策としても
より効果的である,と説明している(甲29,弁論の全趣旨)。原告らは,この点
に着目した上,前記「改訂新鉄道システム工学」によると,開削トンネルによる地
下式構造とシールドトンネルによる地下式構造では,1キロ当たりの工事費が後者
が前者より5億円高い程度にとどまるから,シールドトンネルにした場合でも事業
費がそれほど増加しないというべきであって,全線地下式を採用した場合に事業費
が大幅に増大するとしてきた被告横浜市長の説明は誤りである旨主張する。
 しかしながら,本件事業では,上記740メートルの区間は当初は,掘割式構造
とされていた区間であり,これを開削埋戻式構造にした場合には,掘割部分に天井
部分をかぶせることになるから,その建設費用が増加するが,用地費が減額となる
(開削埋戻式構造の場合には,通常は地上権の取得で足り,所有権の取得まで要し
ない。)ので,建設事業費は合計ではそれほど増額にはならないというのが横浜市
長の説明の(2)の趣旨と解される。そして,掘割式構造を開削埋戻式構造ではな
く,シールドトンネルにする場合には,費用の増額の程度が前者における増額の程
度で済むという保障はない。この点に関し,原告らは,1キロ当たり5億円程度し
か増加しない旨を主張するが,裏付けとなる的確な証拠はない。しかも,上記74
0メートルの区間以外の本件地上施設部分はもともと地上式を計画していた部分で
あるから,この部分を開削トンネルやシールドトンネル式にする場合には,より事
業費が増加するものと見込まれる。
(オ) 小田急本線における事業費の試算との比較について
 原告らは,小田急本線梅ヶ丘から喜多見間の鉄道建設事業について,東京都が全
線を地下式にした場合を想定して作成した事業費の試算に関する資料(甲41・4
2)によれば,1キロメートル当たりの土木工事費は約65億円であるから,これ
に基づいて試算すると,本件延伸部分の地上区間(2.2キロメート)の事業費総
額は305億4980円(キロ当たり単価は138億8627円)となり,むしろ
全線地下式の方が本件計画より低額である旨主張する。
 しかしながら,シールドトンネルによる工事費は,トンネルを建設する土地の地
質,形状等により大きく左右されるものであり,小田急本線における場合と本件鉄
道の場合とを単純に比較することは適切ではない。なお,原告らは,本件事業のシ
ールドトンネル部分の
入札実績が1キロメートル当たり約100億円となっていることについて,小田急
本線の場合の65億円と相当の乖離があり,その理由として本件事業では工区を1
4に分割したこと,14工区について28もの業者が受注したことなどからシール
ド立抗の兼用やシールド機械の合理的利用ができなかったこと,さらには談合の結
果,公示価格が高騰したことなどを主張するが,これら事実を認めるに足りる的確
な証拠は存在しない。
イ 小括
 以上検討した結果を総合すると,結局のところ,全線地下式を採用した場合に事
業費がむしろ減少するとか,被告横浜市長らが意図的に虚偽の試算を行ったといっ
た原告らの主張事実を認めるに足りる的確な証拠はないというべきである。
 なお,被告横浜市長らは,本件ルートを選定し,一部地上式構造を採用する際,
全線地下式によるルート選定,事業費の試算等を行わなかったところ,それは,地
下式の方が地上式より事業費が大幅に増加するとの認識から,環境に配慮しつつで
きる限り地上式を採用するとの前提でルート等を選定していたためであったと認め
られるが,前記3(2)のとおり審議会答申で地上路線が望ましいとされていたこ
とやそのような認識が当然視されていた当時の状況等に照らすと,そのような認
識・判断に基づく被告横浜市長の対応に誤りがあるとすることはできない。この
点,原告らは,シールドトンネルの技術革新によって,シールドトンネル掘削に係
る土木費が減少し,地下化による事業費の増加が抑えられたと主張するが,この事
実を認めるに足りる的確な証拠はなく,また仮に時の進展・技術革新による費用の
減少が現実にはあり得たとしても,本件都市計画決定等の当時,被告らに対してそ
のことを予想して計画を策定すべき義務があったと認めることまではできない。
(2) 都市計画審議会における適正な審議の阻害の有無
 原告らは,被告らが神奈川県都市計画地方審議会に提出した関係市町村及び利害
関係人の「都市計画に対する意見書の要旨」(本件意見書の要旨)は,本件延伸部
分の構造形式について反対の趣旨の意見が「賛成意見」ないし「その他」に分類さ
れており,著しく誤謬に満ちているから,住民らの意見が適正に示されていない旨
主張する。
 確かに,本件意見書の要旨には,全線地下式を求める意見のうち多くが「賛成意
見」ないし「その他」に分類されていることが認められる(甲40)。しかしな
がら,住民らが記入した「都市計画(案)に対する意見書」(別紙2)は,「賛
成」「反対」「その他」の区分欄のいずれかに〇を付けるような形式になってお
り,意見書の「賛成」「反対」「その他」の分類は,その住民のした記載に応じて
分類したことが認められる(丙36,証人P12)。したがって,分類が著しく誤
謬に満ちているということはできない。また,本件意見書の要旨は,賛成・反対・
その他といった分類のみならず,理由欄に記載された内容もまとめられており,賛
成に分類されている意見が必ずしも現計画に無条件に賛成するものではないことが
明らかとなるものであり,全線地下化を求める意見が多数寄せられていることは,
本件意見書の要旨に反映されているから,原告らのいうように,住民らの意見が適
正に審議会に示されていないということはできない。
 したがって,この点に関する原告らの主張は理由がない。
(3) 都市計画法13条違反の有無
 原告らは,一部地上式の採用に伴う自然環境の破壊及び公害の発生は,都市計画
法13条の「良好な都市環境の保持」に反すると主張する。
 しかし,環境破壊・公害については,いずれもおよそ受忍限度を超えるものでは
ないことは前記3(5)アのとおりである。よって,原告らのこの主張は理由がな
い。
(4) 憲法29条違反の有無
 原告らは,本件都市計画決定等により,本件地上施設部分の軌道敷等の土地所有
者について都市計画法上の利用制限・譲渡制限が課せられることになるところ,全
線地下式によればおよそ不要な制限であるから,この制限は公共の福祉に適合する
合理的な制限とはいえない旨主張する。
 しかしながら,原告らは,一部地上式による本件事業においては,一般的・抽象
的に都市計画法上の制限がある旨主張するに過ぎず,かつ都市計画法のこの規定が
憲法29条に反すると主張するわけでもないから,主張自体失当である。また,後
記5のとおり,一部地上式による本件事業が,全線地下式との比較において,公益
上の必要性があるとする被告らの判断に裁量権を逸脱した違法はないから,本件地
上施設部分の周辺に加えられる都市計画法上の制限が本来およそ不要なものである
ということはできない。
 よって,原告らの主張は理由がない。
(5) まとめ
 以上検討したことに照らせば,本件都市計画決定等に重大かつ明白な違法がある
と認めることはできない。したがって,その見地か
ら本件公金支出が違法となるものではない。
5 本件公金支出の地方自治法232条の2違反の有無
 地方自治法232条の2は,地方公共団体が補助金を交付する場合に,公益上の
必要性があることを要するとしている。この公益上の必要性の有無については,第
一次的には,当該地方公共団体の議会や首長の裁量的な判断に委ねられていると解
すべきである。
 そして,地方公共団体の議会や首長が補助金交付の際に行った公益上の必要性が
あるとの判断に裁量権の逸脱又は濫用があるか否かは,特に本件のような地方公共
団体が行う事業に対する支出については,当該補助金交付の目的と効果,政策の優
先順位,地方公共団体の財政事情,事業内容の適否等諸般の事情を考慮して,これ
を決すべきものである。
 本件についてこれを見るに,原告らは,一部地上式にして本件地上施設部分を建
設することに公益性がないと主張するが,本件事業自体の公益性についてはむしろ
肯定するのである。そこで,一部地上式の本件事業が,全線を地下化した場合との
比較において,公益性がないといい得るかが補助金交付の裁量判断の適否について
の重要な判断事項となる。一般的には地下式の方が騒音・振動の被害は少ないと想
定されるが,地下式であっても地下の振動の発生もあるからその対策を講ずること
が必要であること,他方,本件地上施設周辺区域については,前記3(5)のとお
り環境評価審査会の審査結果によれば,騒音・振動は受忍限度内であること,景観
への悪影響が少ないこと,以上のとおり見込まれている。また,前記3(4)のと
おり,全線地下化する場合に一部地上式にする場合よりも事業費が少なくなるとま
では認められないこと及び地下化すると中間駅を将来建設する場合に支障となるこ
とが認められるから,これらの諸事情を総合すると,いずれか一方の方式が他方と
比較して圧倒的に優れているとまでは認めることができない。そうすると,一部地
上式を採用するか全線地下式を採用するかは,まさしく本件事業主体(横浜市交通
局)の裁量の範囲に属する事項であるということができ,一部地上式とした本件事
業に補助金を交付するとした被告らの判断には裁量権の逸脱又は濫用があるとは認
められない。
 したがって,本件公金支出が地方自治法232条の2に違反するとの上記原告ら
の主張は理由がない。
6 本件公金支出の地方公営企業法違反の有無
(1) 地方公営企業法上
の補助の制度の趣旨
 地方公営企業は,経営主体は地方公共団体であるが(同法1条),一定の事業目
的のために地域住民に財貨やサービスを供給し,その費用を受益者から料金の形で
回収することにより生産活動を継続する点では民間企業と同様であり,一般行政活
動とは異なる性質をもつことから,常に企業の経済性をも発揮することが要請され
ている(同法3条)。そこで,地方公営企業の経営成績と財務状況とを常に明確に
把握することが必要となり,それを可能ならしめるため,その経理については一般
会計とは区別して事業ごとに特別会計を設けることを原則とし(同法17条1
項),会計処理の方法も一般会計のそれとは異なり企業会計に準拠した扱いをし
(同法20条,同法施行令9条等),さらに,公益性の高い特定の経費を一般会計
又は他の特別会計により義務的に負担させるとした上で(同法17条の2第1
項),それ以外の経費は当該公営企業の経営に伴う収入をもって充てなければなら
ないとすることによって(同法17条の2第2項),当該公営企業特別会計が安易
に一般会計に依存しないようにし,いわゆる独立採算制を採用している。
 独立採算制の見地からは,地方公営企業が,企業としての合理性及び効率性の追
求をなおざりにし,安易に一般会計に依存することは許されないというべきであ
り,しかもその財源となる当該地方公共団体の一般財源が主に住民により納付され
る税金により調達されているものであることから考えると,補助を行うに当たって
は,それによって,独立採算制の原則の例外として公共目的が達成されるか,負担
の公平を害することを正当化するだけの高度の必要性や合理的根拠がなければなら
ないものである。
 そこで,同法17条の3は「災害の復旧その他特別の理由により必要がある場
合」には当該地方公共団体の一般会計等から地方公営企業特別会計に対して補助す
ることができる旨定め,本来任意的な財政援助である一般会計等からの補助につい
て制限を加えている。ここに「災害の復旧」とあるのは,多少の内部留保では巨大
な災害の復旧事業を当該公営企業自身の力によって行うことが不可能な場合があ
り,また,災害復旧財源を料金原価に織り込むと住民の日常生活に不可欠なサービ
ス等の提供に支障を来す場合もあるし,また,単に受益者のみによっては災害復旧
経費をまかなうことは衡平ではないなど,当該補助を行う高度の必要性,
合理性があると考えられることに基づく。
 したがって,同法17条の3にいう「特別の理由」とは,災害の復旧に準じるよ
うな公営企業外の要因又は要請があるために,当該地方公営企業会計において独立
採算制,受益者負担の原則又は料金決定原則という法の諸原則を維持しながら所要
経費をまかなうことが客観的に困難な場合をいうと解すべきである。そして,この
場合に当たるか否かは,具体的事案により個別の検討を要するものであり,当該補
助を必要とするに至った理由を中心に,補助が達成しようとする直接の目的,補助
の規模及び態様,これらと独立採算制等の諸原則との乖離の程度,当該補助の諸効
果,地方公営企業に関する事情(負担能力等)等の諸般の事情を相関的に考慮して
判断すべきである。
(2)本件公金支出の「特別の理由」の有無
 前記認定事実のとおり,本件事業は,横浜市及び藤沢市にまたがる高速鉄道の延
伸工事であって,本件延伸部分の開通自体は周辺地域の住民らのかねてからの要望
であったと認めることができ,原告らも本件鉄道の延伸自体の必要性・公益性につ
いて肯定するものである。そして,本件事業は,上記地域における交通の利便を向
上させるのみならず,上記地域と横浜市の都市部(横浜,関内地区)とを直結する
ことによって,市域の一体化を図ると共に,小田急湘南台駅と連結することによっ
て,有機的な鉄道網を形成し,JR東日本の藤沢駅・横浜駅間の恒常的な通勤混雑
被害の緩和にも役立つものである。さらに,横浜市においては,本件計画を「よこ
はま21世紀プラン」等の総合計画における重要事業の1つとして位置づけてき
た。(甲屯0,丙32,弁論の全趣旨)
 他方,本件事業費の総額は当初1400億円と予測されていたものであり,本件
事業主体である横浜市交通局の本件特別会計上,累積赤字は平成8年度当時におい
て既に約1650億円に達しており(既に完成して開通していた本件鉄道の戸塚以
東の工事にかかった事業費によるものを含む。),横浜市交通局の起債のみで本件
事業を行うことは,大幅な運賃の増額等を招き,事業そのものが成立しないおそれ
がある(丙32・33,証人P5)。
 このように本件事業の必要性は極めて高い。そして,事業が完成し,利用者から
の料金収入が増加すれば,事業収支は黒字となると見込まれる。しかし,当初建設
資金全部を借入金によることは,金利負担に耐えられないので,ま
ず不可能である。したがって,本件事業を行う以上,出資に相当する補助が不可欠
である。
 以上を総合すると,本件特別会計に対する補助金の支出には,地方公営企業法1
7条の3の「特別の理由」があるというべきである。したがって,その余の点につ
いて判断するまでもなく,本件公金支出が地方公営企業法17条の2・3に違反す
るとの上記原告らの主張は採用することができない。
 なお,災害は,突然襲うものであるから,地方公営企業法17条の3の『災害の
復旧」のための補助金支出は,予期せずに被った災害の復旧のために補助金を支出
することを念頭においた規定である。それに対し,市営地下鉄を敷設するというの
は,人為的に予め計画して行うものであり,災害の復旧とは性質が異なるというの
が適切であろう。したがって,本件事業のために補助金を支出することが同条の
「災害の復旧その他特別の理由」の「特別の理由」に該当するかどうかについて
は,法解釈上はいささか疑問がないではない。しかし,原告らも,地下式にしてそ
のために補助金を支出することには異論はないとしており,既に被告らにおいても
特別の理由に該当するとの解釈を積み重ねてきているので,少なくとも,被告らが
本件においてこのような解釈をすることには責に帰すべき事由はないというべきで
ある。
7 本件公金支出の地方財政法4条1項違反の有無
 普通地方公共団体は,事務を処理するにあたっては,最小の経費で最大の効果を
上げるようにする義務があり(地方自治法2条14項),経費はその目的を達成す
るために必要かつ最小の限度を超えて支出してはならないとされている(地方財政
法4条1項)から,この規定に抵触する公金の支出は,違法と評価され得るものと
いうべきである。もっとも,予算の執行において,事務の目的に従った最大効果を
達成するために何をもって必要かつ最小の限度というべきかは,当該事務の目的,
当該経費の額のみならず,予算執行時における経済状態,住民の消費及び生活の水
準等の諸般の事情の下において,社会通念に従って決定されるべきものであるか
ら,第一次的には,予算の執行権限を有する財務会計職員の社会的,政策的又は経
済的見地からする裁量に委ねられているものと解するほかはない。したがって,具
体的な公金の支出が当該事業の目的,効果との均衡を欠いているときは不当の評価
に止まるものであるとしても,具体的な支出が当該事
務の目的,効果と関連せず,又は社会通念に照らして目的,効果と著しく均衡を欠
き,予算の執行権限を有する財務会計職員に与えられた前記裁量を逸脱してされた
ものと認められるときは,違法というべきである。
 原告らは,本件事業において,本件地上施設部分を地下化した場合,総事業費と
して現計画とほぼ同程度か,より低額で施工できる可能性があったにもかかわら
ず,被告らが全線地下式の採用を検討せずに,一部地上式の計画を策定したことに
ついて重大明白な違法がある旨主張するが,前記のとおり,全線地下式を採用した
場合,一部地上式より事業費が減少することを認めるに足りる的確な証拠はない。
さらに,本件計画を策定した当時,通常地下式より地上式の方が工事費が軽減され
るとの認識が一般的であった(丙29・30,証人P12,弁論の全趣旨)から,
横浜市が全線地下式を採用した場合との詳細な比較を行わなかったことに,重大明
白な違法があるということはできない。
 なお,仮に,原告らが主張するように,全線地下式を当初から採用していた場合
には,本件計画による場合より,多少の事業費が減少すると想定しても,本件公金
を支出する時点においては,計画が確定し,既に工事に着手していたのであるか
ら,その時点で事後的に計画を大幅に変更し,全線地下化に踏み切ることは,計画
の変更に伴う大幅な工事費の増大,工事期間の大幅な遅れが生ずることは明らかで
ある。したがって,公金の支出機関としてはそのまま事業費を支出することが,本
件においてはむしろ財務会計上の誠実管理執行義務に適する判断であるというべき
であって,これを違法であるということはできない。
 したがって,その余の点について判断するまでもなく,本件公金支出が地方財政
法4条1項に違反するとの上記原告らの主張は採用することができない。
8 結び
 以上のとおり,本件公金支出に違法は認められない。
第3 結論
 そうすると,原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,
主文のとおり判決する。
横浜地方裁判所第1民事部
裁判長裁判官 岡光民雄
裁判官 窪木稔
裁判官 家原尚秀

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛