弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
       理   由
 抗告人は、「原決定を取消す。手続費用は国の負担とする。」との裁判を求め、
その理由は別紙に記載のとおりである。
 抗告理由一、二、五点について。
 およそ労働組合法二七条八項による裁判所の決定(緊急命令)は、告知によつて
直ちに効力が生じ、同条項による取消、変更のない限り使用者は右命令に従う義務
があり、これに違反するときは同法三二条の過料の制裁を免れないものである。従
つて、救済命令ないし緊急命令が違法であるとの主張は右過料決定に対する不服の
理由とならないことは明らかであつて、抗告理由一、二、五点は、それ自体失当と
いうべきである。
 抗告理由三点について。
 本件記録によるも、抗告人が本件緊急命令を履行することによつて直ちに倒産す
るとは認め難いところであつて、抗告人に右緊急命令履行の期待可能性がないとは
いいえないから、抗告理由三も失当である。
 抗告理由四点について。
 その主張自体に徴し、抗告人において本件緊急命令に定められた義務を履行して
いないことは明らかであつて、右主張は原決定を違法ならしめるものではない。
 なお、本件記録によれば、原決定は本件緊急命令が抗告人に送達された昭和五一
年九月一三日から同年一一月一一日までの右緊急命令不履行に対する過料決定であ
ること、原決定が同年一二月八日抗告人に送達されたこと、抗告人と本件救済命令
申立人全国自動車交通労働組合連合会愛媛地方本部との間において昭和五二年一月
二六日及び同年二月一四日の約定で、本件救済命令取消訴訟事件(松山地方裁判所
昭和五一年(行ウ)第七号事件)の判決確定に至るまでの合意として、①抗告人は
a、b、c、dの四名を原職復帰就労させる、②抗告人は右四名に対する賃金未払
分を昭和五二年三月三一日限り支払う旨約し、抗告人は昭和五二年一月二六日から
右四名を原職に復帰就労させていることが認められる。右認定事実によると、抗告
人と前記救済命令申立人との間の右約定は、前記救済命令取消訴訟事件の判決確定
に至るまでの暫定的な合意でありしかも、その内容は本件緊急命令で履行を命ぜら
れた義務を履行するというに過ぎないものであつて、終局的に本件不当労働行為事
件を解決した合意でないことは明らかであり、更に、右合意は本件緊急命令が抗告
人に送達されてから四か月余後に、原決定が抗告人に送達されてからでも約一か月
半後になされているのである。そうして、緊急命令は労働者の経済的困難を除去
し、引いてはその間において予想される団結権の侵害を防止することを主たる目的
として発せられるものであり、緊急命令違反の過料処分は過去の緊急命令違反に対
する制裁であると同時に緊急命令の将来の履行を強制的に確保するためのものであ
ることに鑑みると、前記合意に基づき抗告人が右aら四名を昭和五二年一月二六日
から原職復帰就労させているからといつて、昭和五一年九月一三日から同年一一月
一一日までの右緊急命令不履行に対してなした原決定が違法となるいわれはなく、
また、特に情状としてその過料額の決定につきこれを酌量しなければならない理由
とはなし難いところである。しかして、本件記録から窺われる諸般の事情からみる
と原決定の科した過料金額が不相当であるとは認められない。
 以上、抗告人主張の抗告理由はいずれも理由がなく、その他記録を精査しても原
決定を取消すべき違法事由は見当らない。
 よつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させ
ることとして主文のとおり決定する。
(裁判官 秋山正雄 福家寛 磯部有宏)
(別紙) 抗告理由
一 救済命令の違法
(一) 昭和五一年六月二二日付愛媛県地方労働委員会の救済命令は、事実を誤認
し、法律の解釈、適用を誤まつて、不当労働行為に該当しない事実を不当労働行為
であると判断した違法のものである。
 このため、抗告人は、松山地方裁判所に右取消を求めるために訴を提起し、現在
同裁判所に係属中である(同裁判所昭和五一年(行ウ)第七号不当労働行為救済命
令取消請求事件)。
(二) 右救済命令の事実誤認及び判断の誤まりについて、その具体的内容は次の
通りである。
本件救済命令は、
1 「丸源」におけるe専務の言動について、同専務が当時個人的に美容院を経営
したい意向を持ち、その店舗の確保をcに依頼した事実をもつて単純に不当労働行
為であると判断している(同命令一〇頁)。
2 本件の契機となった班替について、その根拠を奈辺に求めたのか、「疑問なし
としない」、「必ずしも適切であつたとはいえない」等何等の具体的判断を行うこ
となく、経営の維持のためには、班替を実施せざるを得ない抗告人会社の実情を否
定する判断に帰している(同命令一二頁)。
 そして、右班替を不当労働行為であるとしている。然し、班替は、会社の人事
権・経営権の範囲内の事項であり、不当労働行為的要素を入れる余地が無いもので
ある。
3 a外三名の懲戒解雇について、同人等の業務命令違反の事実を、前示「班替が
必ずしも適切であつたとは言えない以上は、業務命令違反の認定ないし判断は不当
である」と述べ、この点の検討が皆無である(同命令一二頁)。
 抗告人会社は、右四名の解雇については、明らかに「通告書」と題する書面(昭
和五〇年一一月五日付)、「業務命令」(昭和五〇年一〇月三〇日付、同年一一月
一日付、同年一一月五日付)の各書面によつて、同人等が業務命令に違反したこと
を理由として本件懲戒解雇したことを明らかにしている。
4 昭和五〇年一〇月二七日の業務命令について、先ず、争議行為であつたか否か
の判断を、「全自交の委員長もその場にいたことであるから、組合の行為と認める
ことができる」など、その時の状況からみて実質的に組合の争議行為であると判断
している(同命令一三ー一四頁)。
 併し乍ら、争議行為としての通知予告も無く、その実体からみても争議行為では
あり得ない。
 抗告人会社は、昭和五〇年一〇月二六日班別編成実施を行う旨を全自交委員長に
意思表示したところ、右a等従業員が車庫前に自家用車を並べ、営業車輛の就労の
妨害に及んでいる。
 これは、明らかに威力業務妨害罪に該当するところである。勤務時間中における
同人等のこのような行為が正当な行為ではないことは言うまでもなく、更にまた違
法性を阻却すべき事由も皆無である。
 尚、同人等は同年同月二八日には無断欠勤しており、同人等を支援する全自交所
属の従業員は水揚げダウンの怠業行為に及んでいる。
 勿論、この点について、抗告人会社に争議行為の事前通告等何等行っておらず、
違法性を阻却すべき事情も皆無である。
5 一〇月三一日の業務妨害については、右命令も、a、cの行為をゆき過ぎたも
のと認定判断しつつ、結果においては抗告人会社就業規則第一八条を徒らに文理解
釈し、同人等の解雇は酷に過ぎる嫌いがあるとしている(同命令一四頁)。
 このことは、地方労働委員会に判断の権限が無いこと言うまでもない。
 併し乍ら、一件記録に遂一明らかな通り、a、c等の各所為は、企業経営の維持
から到底容認出来るものではない。
 これ等を容認することは、独り抗告人会社に限らず、同会社の如き地方の小規模
のタクシー企業にとってはその存立の基礎自体の破壊を招来するものである。
(三) 本件救済命令は、労働組合法第七条の解釈適用を誤まつた違法もまた存在
する。
 右労働組合法第七条の不当労働行為が成立するためには、正当な組合活動を行つ
たことなどの「故をもつて」不利益取扱いがなされたという因果関係が立証される
ことが必要である。この点、判例における見解は、解雇処分の動機と正当理由のい
ずれが決定的であつたかを判断して当該不当労働行為の成否を決すべきであるとし
ている(決定的動機説、別冊ジュリストNo.45労働判例百選第三版二八四頁参
照)。
 従つて、先ず本件の解雇の動機が組合活動を理由としたことのこの動機を組合側
において立証する必要があるのである。
 そして、又、解雇とその動機との間には相当因果関係がなければならないことも
言うまでもない(別冊ジュリスト労働判例百選旧版一五八頁参照)。
 ところが、本件一件記録を見ても又その審理・審問の総ての過程を見ても、本件
解雇が労働組合法第七条に違反する不当労働行為ないしその意思をもつて行つたも
のであるとの決定的動機は組合側において何等主張も立証もなされておらず、更に
また右動機と本件解雇とに相当因果関係が存在するとの立証もまた皆無である。
 他面、本件は抗告人会社の各通告書に記載されている事情から、解雇したとの決
定的動機が立証されているところである。
二 緊急命令の目的及び必要性について。
(一) 緊急命令の目的については、行政訴訟事件係属中における労働者の生活困
窮を防止するという労働者の経済的利益の保全にある。
(二) 緊急命令の必要性も、専ら労働者の生活困窮の防止の点にあること言うま
でもない(近幾大学事件、大阪地決昭和二六年一一月一七日労民集二、六、七三三
参照)。
 従つて、緊急命令の申立は、解雇以来生活に窮迫している事情・生活に相当逼迫
した事情の存すること(朝日新聞事件、東京地決昭和二六年一〇月三〇日労行資
二、一三八、伯木町役場事件、青森地決昭和二六年二月八日労民集二、一、九五参
照)、或いは他に就職し相当の収入を得ている如き特段の事実を認定する資料が無
く、労働者が経済的に困窮していること、それを防止する必要があることが必要で
ある(加古川精神病院事件、神戸地決昭和三一年一〇月一一日労民集七、六、九八
三参照)。
 ところが、本件緊急命令申立書における申立の趣旨を見ると、不当労働行為救済
命令取消請求事件の確定に至るまで、a等四名についての解雇をいず取消れもし、
原職に復帰せしめることの命令を求めており、又、相当賃金額を支払わなければな
らないとの命令を求めているが、右事情よりいずれも棄却を免れないものであつた
と思料する。
(三) 労働委員会による不当労働行為の救済は、不当労働行為を排除し、申立人
をして、不当労働行為が無かつたと同じ事実上の状態を回復させることを目的とす
るものであつて、もとより、申立人に対し、不当労働行為による私法上の損害を与
えることや、相手方使用者に対し懲罰を科することを目的とするものではない。
 従つて、労働組合法第七条一号の不当労働行為について、労働委員会が原状回復
の一手段として使用者に命ずる所謂賃金遡及支払の金額は、当該不当労働行為によ
つて労働者が事実上蒙つた損失の額をもつて限度とし、労働者が解雇期間内に他の
職について得た収入は、私法上労働者においてこれを使用者に償還すべき義務を負
つているかどうかに拘らず、それが副業的なものであつて、解雇がなくても当然取
得できる等特段の事情がないかぎり、これを遡及金額より控除すべきであつて、右
の控除をすることなく、遡及賃金全額の支払いを命ずべきものとすれば、救済命令
は原状回復という本来の目的の範囲を逸脱し、使用者に対し懲罰を科することとな
つて違法たるを免れない(最高裁判所昭和三七年九月一八日第三小法廷判決、在日
米軍調達部東京支部事件)。
(四) 本件地労委の疎明を見ても、生活に困窮している事情について何等これを
具体的に是認し得る資料はない。
 cについては毎月七万円の収入があり、bについても月収最低賃金を得ていると
いう事情があり、aについても月収八万円の収入があることを認め、更にdについ
ても同様である。
 然し、救済を求めるこれ等の者は、昭和五一年三月二六日より別表(一)の通り
他に就職し、更に同表記載の通り最低額月収各一二万三、〇〇〇円を得ていること
が認められているところである。
 従つて、前示緊急命令の必要性からみて、右四名の生活の窮迫を防止しなければ
ならない緊急性は存在しないと思料される。
(五) しかるに、本件緊急命令は、所謂バックペイを求める賃金相当額を支払わ
なければならない旨の命令がなされている。
 然し、前示最高裁判所昭和三七年九月一八日第三小法廷判決、東京高等裁判所昭
和三六年一月三〇日東京調達事件控訴審判決等から明らかな通り、使用者の責に帰
すべき事由によつて解雇された労働者が解雇期間内に他に職について利益を得たと
きは、右の利益が副業的なものであつて、解雇がなくても当然取得し得る等の事情
がないかぎり、民法第五三六条二項但書に基づき使用者に償還すべきものとするの
を相当とするのである。
 前示四名が、他に就職して得た賃金は当然副業的なものではあり得ない。
 従つて、右控除を認めずして全額支払いを命じた本件緊急命令は違法であると言
わなければならない。
三 抗告人会社の経営内容について。
 a等四名の月収平均を金一三万円とすれば、抗告人会社は、毎月五二万円を支払
わざるを得ないこととなる。抗告人会社は、営業用車輛台数僅か一六台のきわめて
小規模のタクシー企業であり、同会社の損益計算書、一ケ月経費明細、年間輸送実
績報告書等からも明らかな通り、赤字経営の実情にある。
 従つて、仮りに本件緊急命令の通りに従わなければならないものとすれば、抗告
人会社は直ちに倒産せざるを得ないこと火を見るよりも明らかである。
 このことは、独り抗告人会社という一企業の倒産に止まらず、現在の従業員家族
全員が直ちに路頭に迷うことともなる。
 更にまた、タクシー企業という性格から帯有する社会公共性からも、現在抗告人
会社のタクシーを、急病人の発生など火急の場合、その他一般の日常生活において
唯一の頼みの綱としている松山市城南地区(主として枝松、久米、石井地区)在住
の市民に及ぼす影響は図り知れないものとなる。
四 抗告人会社は、昭和五一年一二月一〇日本件の緊急命令が発せられた日(昭和
五一年九月一三日)の翌日より、右命令によつて命ぜられた支払うべき賃金から、
前示他に就職して得た賃金を控除した額を、前示四名に支払済である(別表(二)
の通り)。
五 原職復帰適格を有しないことについて。
 a等四名は、前示の通り再三再四反覆して行われた重大な業務命令違反行為、職
場規律違反行為を理由として懲戒解雇されたものである。この様な重大な違反行為
のあつた者を職場に復帰させることは、回復出来ない職場秩序の混乱を招来するこ
ととなり、抗告人会社にとつて忍耐の限度をはるかに超越するものである。
 本件緊急命令は、a等四名の原職復帰を命じているが、同人等は抗告人会社従業
員としての適格がない。
 他方、抗告人会社は本件解雇により欠員を補充し、正規の運転手として稼働せし
めている(臨時雇は陸運事務所において許されていない)。
 同人等の氏名は、f、g、h、iの四名で且つまた総て家族持ちである。このた
め、前示四名を原職に復帰せしめることとなると、右四名を解雇せざるを得ず、職
場における秩序を混乱せしめること言うまでもない。
 又、右f外三名を解雇すること自体理由が無いところである。
 更に又、a等四名を原職に復帰せしめる場合には、前示各事情から他の従業員の
給料の支払いも困難となり、抗告人会社はまさに倒産せざるを得ない事態となつて
いる。
六 以上の通りで、抗告人には、本件において労働組合法違反の事実も無く、従つ
て、過料の決定を受ける理由もない。
因つて、抗告の趣旨記載の裁判を求める次第である。
(別表(一)、(二)省略)

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