弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
     当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
         理    由
 弁護人本田義男が陳述した控訴趣意は記録に編綴の同弁護人提出の控訴趣意書記
載のとおりであるからこれを引用する。
 右控訴趣意について、
 原判示第二の(一)乃至(一九)は判示稍明瞭を欠く嫌があるが、原判決は挙示
の関係証拠により被告人は熊本県A協会の専務理事として原判決冒頭記載の事務を
処理していたものであるが、原判示第二(一)乃至(一九)記載のとおり自己又は
第三者の利益を図る目的で任務に背いて熊本県A協会名義をもつて原判示各債権者
より金員を借り受け、又は原判示協会員たる第三者が借り受けた債務の引受をな
し、これ等の債務担保のため、若しくは原判示協会員たる第三者の債務担保のた
め、協会所有の原判示各定期預金債権証書を各債権者を差し入れ、もつて同各預金
債権につき権利質を設定し、よつて同協会に対し右各預金債権証書額面相当の損害
を与えたものである。と認定したものであることを認めることができる。従つて原
判示第二(一)乃至(一九)の全部に亘り被告人が熊本県A協会名義をもつて金借
したもののごとく主張する論旨は肯綮に当らない。
 次に被告人の熊本県A協会名義をもつてした各債務負担行為及び担保設定行為の
効力について考えてみるに、原判決の挙示した関係証拠及び中小漁業融資保証法第
一条、第三条るよると、協会は中小漁業者の漁業経営に必要な資金の融通を円滑に
するため金融機関の中小漁業者等に対する貸付についてA協会がその債務を保証
し、且つ、その保証につき政府が保険を行う制度を確立し、もつて中小漁業の振興
を図ることを目的として制定された中小漁業融資保証法に基いて昭和二八年八月四
日設立された法人であることが明らかである。ところで中小漁業融資保証法(以下
法と略称する)同法施行令(以下令と略称する)右協会の定款及び業務方法書(右
定款と業務方法書はその写を当審において取り調べたが、いずれも原本と同一であ
るから以下定款等と称する)を検するに、協会の行う業務は一、イ、会員たるB組
合がその組合員たる中小漁業者に対しその漁業経営に必要な資金を貸付けるために
必要な資金。ロ、会員たる中小漁業者がその漁業を経営するために必要な資金。
ハ、右イ及びロに掲げるものを除く外会員たる水産業協同組合がその事業を行うた
めに必要な資金の各借入による金融機関(令第一条によりC金庫、D連合会、銀
行、信用金庫に限る)に対する会員の債務の保証。二、法第七七条第二項の規定に
より政府から委託を受けて行うその代位した求債権の行使の業務。並びに三、右各
業務に附帯する業務とされており、(法第四条、定款第二条)協会の運営は一定資
格を有する会員の総額金一千万円を下らない漁業権債券又は現金による出資(会員
は一口金五万円の出資一口以上を有しなければならないし、その出資は全額払と
し、会員は出資の払込について相殺をもつて協会に対抗することはできない。)に
よる財産を基礎としてなされ、(法第一一条、令第二三条、定款一七条、一八条)
又協会の余裕金については定款で定める金融機関への預金。国債証券、地方債券又
は定款で定める金融機関の発行する債券(農林債券)の保有以外の方法により運用
してはならないとされ、(法第四二条、定款三五条)又毎事業年度の剰余金の全部
は積み立てねばならないし、これは損失のてん補に充てる場合を除いては取りくず
してはならないとされている。(法第四四条、定款第三六条)更に政府は会計年度
の半期ごとに協会とあらかじめ一定の金額を定めて包括的に契約を結び、その範囲
内で協会が保証をしたことを政府に通知することにより、その保証について保険関
係が成立し、(法第七〇条)被保険人が弁済期限又は期限の利益を喪失した日から
六月を経た後なおその債務の全部又は一部を履行しない場合において金融機関の請
求があつたときは協会は該金融機関に対し直ちに保証債務を弁済し、(業務方法書
第三〇条)この日から三月経過後で一年三月経過前までに政府は協会の請求により
協会が求債権を行使して取得した額を控除した残額に一定率を乗じた額を保険金と
して協会に支払うが、(法第七二条、第七三条)協会はその業務又は財産状況、会
計状況等について主務大臣(その権限の一部は都道府県知事に委任きれている)の
監督を受けている。(法第六五条乃至第六七条、令第二三条の二)叙上のごとく協
会は法令、定款、業務方法書及び行政庁の監督の制約の下におかれているのであつ
て、その設立目的、業務内容、運営管理の特殊性、設立目的を全う<要旨第一>させ
るための国の経営に対する保証並びに行政庁の監督等に照らして考えると、協会は
前記協会の業務に附随する業務に関するものと認められる範囲のものを
除き、他から金員を借り受け、又は第三者のため債務の引受<要旨第二>をなすがご
ときは協会の業務の範囲外の行為であるというべく、又協会の業務の一として定め
られている金融</要旨第二>機関に対する会員の債務の保証とは会員の債務につい
てのいわゆる人的担保たる保証をいい、該保証中には協会の財産権について質権等
を設定するがごときいわゆる物的担保を包含するものでないと解するのを相当とす
る。けだし、協会が会員たる中小漁業者等の金融機関からの融資のため協会の財産
権を担保に供するがごときは協会の基礎を危くしひいてはその設立目的に反するが
故である。従つて協会がその会員たる中小漁業者の金融機関からの融資のため協会
の財産権を担保に供することも亦協会の業務の範囲外の行為というべきであるか
ら、以上のごとき金員を借り受けること又は第三者のため債務の引受をすること、
若しくは協会の財産権を担保に供することは、いずれも法律上無効の行為といわな
ければならない。してみると、被告人が本件協会の専務理事として協会を代表して
原判示のごとく金銭消費貸借契約を締結して金品を借り受け、又は会員たる第三者
のため債務の引受をなし、若しくは右のごとき債務或は会員たる第三者の負担する
債務を担保するため協会所有の定期預金債権につき質権設定契約をなすがごとき
は、いずれも協会の業務の目的を逸脱した行為にして無効というべくなお質権は担
保物権の一種としていわゆる付従性を有するから被担保債権が契約の無効により効
力を生じないときはこれを担保すべき質権も亦その存在理由を失つてその効力を生
じないので原判示の金銭消費貸借契約上の債務及び第三者のため債務の引受をな
し、同債務担保のためにした質権設定契約はこの点からも無効といわなければなら
ない。
 ところで右のように質権設定契約が無効なる場合、該設定契約により協会に損害
を加えるか否かにつき考えるに、質権設定契約が無効であれば該契約当事者乃至は
被担保債権関係当事者間においては質権設定に基く権利関係は発生しないこととな
るが、右のごとき質権設定契約をなし、債権証書を質権者に交付した場合、第三者
に対し有する正当な債権又は既に無効に帰した消費貸借上の債権若しくは債務の引
受のなされた債権の各質権者はこれ等の債権並びに質権の目的となつた右定期預金
債権の弁済期がそれぞれ共に到来するにおいては、後者の定期預金債権の取り立て
をなし、これを前者の自己の債権に充当するの危険が発生する。かような危険性は
すなわち協会に対し、質権の目的となつた定期預金債権証書の額面につき被担保債
権額を限度として損害を与えるものというべきである。論旨は右定期預金債権証書
は一種の証憑書類であつて有価証券ではないからこれが交付を受けた者において預
金返還請求権を取得するいわれがなく、協会は現在本件定期預金債権証書の所持人
に対しその引渡を求める訴を提起中であり、これが返還を受けるにおいては協会は
該預金証書記載の金額の預金の払戻を受け得られるので協会には何等の損害を及ぼ
すものではないと主張するが、原判決が所論定期預金債権証書を質権者に対し単な
る証憑として交付したことを認定したものでないことは原判文に徴し極めて明瞭に
して、原判決が同債権につき権利質を設定したものであることを認定した趣旨であ
ることは既に説示したとおりであるし、なお原判決の挙示した関係証拠並びに当番
における被告人の供述によれば本件関係質権者は既に本件消費貸借に基く債権と、
協会の該質権者たる金融機関に対する定期預金債権とを対当額において相殺をして
おり、又質権者中にはその質権の目的たる定期預金債権の取り立てをなし、これを
自己の債権に充当したもののあることが認められ、協会は既に現実に損害を受けて
いることが明らかである。尤も質権設定契約が無効であるから質権設定者たる協会
には右の各債権者に対し不当利得返還請求権が発生することとなるが、しかし、そ
れはとりもなおさず質権設定のため生じた損害を前提として協会が取得した権利に
外ならない<要旨第三>のである。すると協会の専務理事が自己又は第三者の利益を
図る目的をもつて協会所有の債権につき質権を設定し、質権者に対しそ
の債権証書を交付した以上、それが法律上無効であつても協会に対し財産上の損害
を加えたものということができるから被告人の本件行為については背任罪の成立す
ることは論を俟たない。従つて被告人の原判示所為を認定しこれを背任罪に問擬し
た原判決は正当にして、原判決には所論のごとき事実の誤認はない。論旨は理由が
ない。
 なお本件控訴申立書によれば、不服の理由として更に科刑過重を掲げているが、
本件記録並びに原裁判所において取り調べた証拠に現われている諸般の情状に鑑み
ると、原判決の被告人に対する科刑は相当と認められるので、この点の論旨も理由
がない。
 そこで刑事訴訟法第三九六条に則り本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は
刑事訴訟法第一八一条第一項本文に従い全部被告人をして負担させることとし、主
文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 藤井亮 裁判官 中村荘十郎 裁判官 生田謙二)

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